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第5章 通貨代替と通貨危機 - 内閣府経済社会総合研究所
第5章 通貨代替と通貨危機 要旨 1991 年から 2000 年までの月次データを用いると、1990 年代後半、とりわけ為替レート が大幅に減価した 1997 年中盤から 1998 年末にかけて「通貨代替」と「名目為替レート減 価」が同時性を持って発生していることが確認できる。この様な観察結果を踏まえ、本章 では、通貨危機の第一世代モデル(ファンダメンタルズモデル)に通貨代替を導入した枠 組みを構築する。本章のモデルを用いた理論的・実証的分析によって次の三つの点が明ら かにされる。第一に、異時点間最適化モデルの枠組みにおいて、物価調整速度の如何に関 わらず為替レート減価が通貨代替を促すことである。第二には、内生的な通貨代替を通貨 危機の第一世代モデルに組み入れることにより、拡張的な政策が採用されていない状況で も通貨代替が通貨危機を誘発するケースがありうるということである。最後に、1970 年、 1975 年、1980 年、1985 年の Penn World Tables の個票データを分析することによって、 理論モデルの国際比較での現実妥当性が検証された。実証結果は、為替レートの減価バイ アスと通貨代替の程度の間に強い正の相関関係があり、さらには通貨代替の程度と経済発 展の間に負の関係が見られるということを示している。本章の分析結果は、過度の通貨代 替が通貨危機を誘発する限りにおいて、外貨保有に対する規制が通貨危機の抑止策として 考え得ることを示唆している。 5−1. はじめに 一般に、「通貨危機」とは、財政収支の悪化、インフレ率の上昇、対外収支の悪化、 外貨準備の低下、実物経済の構造的問題などの国内的要因によって、「固定為替相場が変 更されるならば切り下げでしかありえない」という一方向の市場期待のもとで、多額の投 機的資金が一気に国外流出することによっておこる。自国通貨が大量に売られる結果、 通貨当局は固定相場を放棄せざるを得なくなり、通貨が急落するので ある。1 1 通貨危機と金融危機が同時に起こる時、それは「双子の危機 (twin crisis)」と呼ばれ る。Kaminsky and Reinhert (1999) は、双子の危機を経験した 21 の先進国・途上国につ いて 1970 年代から 1995 年までの時系列データに基づき、双子の危機の特性を明らかにし ている。この研究によれば、(1)通常金融部門の危機が通貨危機に先立っておこっている こと、(2)通貨危機が金融危機を悪化させ、一種の悪循環をもたらしていること、(3)金融 自由化がしばしば金融危機に先立っておこっていること、さらに(4)信用拡大・資本流入 が過大評価された為替レートのもとで拡大し、不況が高まった経済活動の後に訪れた場合 に危機が起こることを明らかにしている。 −104− 以下に述べるように、国際金融の分野では、このような通貨危機を説明するためにい くつかのモデルが提唱されてきた。2 先駆的な研究は、ファンダメンタルズの悪化にその 原因を求めた Krugram(1979)や Flood and Garber (1984)のいわゆる「第一世代モデル」、 ファンダメンタルズが必ずしも悪化していなくとも自己実現的期待が通貨危機がおこると いう、Obstfeld (1996)の「第二世代モデル」である。以上の二つのモデルに対し、アジ ア通貨危機を説明する考え方として、従来のモデルに金融システムを取り入れた Krugman (1999), Aghion, Bachetta, and Banerjee (2001) の「バランスシート破綻 (balance sheet crunch)」を重要視する議論も重要視されている。Krugman (1999) はこれを「第三 世代モデル」と呼んでいる。 1990 年代末のアジア通貨危機に共通する特徴として、危機に直面した諸国のマクロ経 済のパフォーマンスがおおむね良好であり、それら諸国の国債の格付けが下げられるよう な状況にはなっていなかったということが挙げられている。従って、国内経済の不振やマ クロ政策の失敗は通貨危機の直接の引き金ではなかった、ということになる。このような 論理は、既存の通貨危機理論の現実妥当性について様々な議論を引き起こしてきた。 以下に述べるように、本章では通貨危機に直面したアジア諸国において、「通貨代替 (currency substitution)」がおこっているという観察事実に注目する。「通貨代替」の 定義には 交換手段として異なる通貨が用いられること、二つ以上の通貨が支払手段とし て競合する状況 (Mckinnon 1985 のいう「直接的通貨代替」)、国内の通貨需要が外国 金利や為替レートから影響を受ける状況、あるいは国内通貨と外国通貨の兌換性などがあ るが(Giovannini and Turtelboom 1994)、本章では、家計の実質貨幣総保有のうち外国 通貨、とりわけ米ドル保有のシェアが自国通貨の保有に対して高まることを「通貨代替」 と定義する。 このように定義される「通貨代替」をデータによって直接把握することは困難である が、代理変数として、国際金融基金(International Monetary Fund)の International Financial Statistics から預金銀行 (deposit money banks) の定期性預金・貯蓄預金・ 外貨建て預金 (time, savings, and foreign currency deposits) の総額3 とそれらを含む M2 の比を見てみよう。図5−1は、それぞれ韓国、マレーシア、インドネシア、タイに ついて、この「通貨代替」の代理変数と対米ドル名目為替レート指数の期末値とを重ねあ わせたものである。これらの図によれは、1990 年代前半では通貨代替に際立ったトレン 2 一方、金融危機を説明するための諸理論も重要である。金融危機のモデルとしては、 金融部門のモラルハザードに注目する Diamond and Dybvig(1993)を応用した Chang and Velasco (1998) のモデルなどがある。 3 より正確には、外貨建て預金のみを分子として取ることが望ましい。例えば、Agenor and Khan (1996) は、外貨建て預金を分離して分析に用いているが、IFS の公表データベ ースにおいては、外貨建て預金のみを分離したデータは得られない。 −105− ドがないものの、1990 年代後半、とりわけ為替レートが大幅に減価した 1997 年中盤から 1998 年末にかけて、通貨代替と名目為替レートの減価が同時性を持っていることが確認 できる。確かに、最近の研究は、アジアにおけるこのような通貨代替と通貨危機との関連 性を示唆している (Collier, Hoeffler, and Pattillo 2001; Domac and Ferri 1999; Bahmani-Oskooee a nd Techaratanachai 2001)。たとえば、Collier, Hoeffler, and Pattillo (2001) は、アジア通貨危機によって最も深刻な影響を受けたタイ、韓国、マレ ーシア、インドネシアの 4 国において、1997 年 3 月から 1999 年 3 月までの間、外国資本 の流出とは別に、約 2,400 億ドルもの国内の金融資産が海外に流出したと試算している。 以上のような観察事実を踏まえ、本章の目的は、主として三つに分けられる。第一に、 異時点間の最適化モデルを用いて、為替レートの減価が通貨代替を促すことを明らかにす ることである(第5−2節・第5−3節)。第二の目的は、内生的な通貨代替が通貨危機 を誘発するメカニズムを通貨危機の第一世代モデルに組み入れて議論することである(第 5−4節)。最後に第三の目的は、国際比較データを分析することによって、理論モデル の現実妥当性を検証することである(第5−5節)。 5−2.通貨危機の諸議論における本章の位置づけ 次に通貨危機の諸モデルの骨子を簡単にまとめながら、本章で行われる分析の位置づ けをあきらかにしてみよう。まず、「第一世代モデル 」はその性格上、「ファンダメン タルズモデル 」とも呼ばれることがあるが、その原型は基本的に購買力平価とアンカバ ーの金利平価が成立するマネタリーモデルに基づいている。原型モデルにおいて、通貨危 機が発生する構造的要因は、固定相場制が採用されている一方、拡張的な財政政策が取ら れているという「非整合性」にある。この「非整合性」が解決されなければ、固定相場制 の崩壊を合理的に予想する投機家の攻撃が引き金となり、固定相場制の崩壊が不可避的に 起こることになる。 第一世代モデルは、特定の通貨危機に対する極めて有益な説明力を持つ。たとえば、 1998 年のロシア通貨危機は、脆弱な政府が拡大する財政赤字を造幣益(seigniorage)に よってファイナンスせざるを得ない状況にあったために生じたものである (Krugman 1999, p.2)。 しかしながら、失業率や財政赤字、公債残高などで見た経済のファンダメ ンタルズが基本的に変化していないにもかかわらず、1992-93 年の欧州で通貨危機が発生 したことは説明できない (Obstfeld 1996)。Obstfeld (1994)は、欧州における通貨危機 の期間において、外貨準備の低下は問題となっていなかったが、政府は高金利や失業率上 昇のコストを考えることにより、固定相場制を見捨てざるを得なかったことを指摘してい る。 このような指摘は、調整ゲーム (coordination game) の枠組みで自己実現的期待によ る通貨危機の発生を示す、Obstfeld (1996)のモデル(「第二世代モデル」)を支持する −106− ものである。4 第二世代モデルは、ファンダメンタルズが悪化しておらず潤沢な外貨準備 があるにもかかわらず、通貨危機が多額の投機が同時に起こることにより生じ得ることを 示している。とりわけ、Obstfeld(1994)は、政府が固定相場制を破棄するインセンティ ブを持つ点について、免責条項 (escape clause)5 のある固定相場制下での政府の最適化 行動として政府の「裁量」をモデル化している。政府の行動は、通貨切り下げによるイン フレーションのコストと供給ショックによる厚生コスト、固定相場制を放棄し通貨切り下 げを行うことによる政治的コストを最小化する。この場合の均衡は、ファンダメンタルズ にかかわらず、民間の経済主体の期待に依存する。その結果、民間の経済主体が予想する 為替レート制度(固定相場制が維持されるか、あるいは破棄されるか)が自己実現的とな り、均衡が複数存在することになる。 しかしながら、第二世代モデルで用いられる調整ゲームには、民間経済主体の間でフ ァンダメンタルズに関する正確な情報が等しく共有されているという仮定が入っている。 Morris and Shin (1998; 2000) は、このような、いわゆる「コモン・ノレッジ(common knowledge)」の仮定を緩め、各経済主体が観察するファンダメンタルズに個別の小さな ノイズがあるとすると、複数均衡が消滅し、単一の均衡になることを論証している。この ような、より現実的なモデルにおいては、ある程度の中央銀行外貨保有があるにもかかわ らず、投機家の期待に基づいていっせいに大規模な投機攻撃が起きると、それが自己実現 し通貨危機が生じるという考え方は支持されない。しかしながら、このような状況のもと でも、すべての投機家がファンダメンタルズ悪化の確かなシグナルを共有すると投機攻撃 の起こる確率は有意に上昇する。 次に、通貨危機に陥ったアジア諸国のファンダメンタルズについて考えてみよう。ア ジア諸国の財政収支は、1997 年初頭において好ましい水準にあったので、固定相場制と 政府の拡張的政策との非整合性が通貨危機をもたらすという「第一世代」モデルの原型に は当てはまらない。さらに、政府が雇用と為替レート安定のトレードオフに直面していた とする「第二世代モデル」の原型にも当てはまらない。これは、Krugman (1999) が指摘 したことで、そのため、彼はアジア危機の説明として、次のような「第三世代モデル」を 提唱したのである。 4 調整ゲームとは、ゲームのプレーヤーが同じ戦略をとるという組合せが(複数の)ナッ シュ均衡となるゲームを指す。経済学への代表的な応用例としては、ニューケインジア ン・マクロ経済学における「協調の失敗(coordination failure)」や経済発展論におけ るビッグプッシュ・モデルなどがある。これらについては、Matsuyama (1996) を参照せ よ。 5 免責条項とは、マクロ的なショックが政府の許容範囲を越える場合は、政府が固定相場 制を破棄し、通貨の切り下げを行うことができることを指す。固定相場制の破棄には直接 のコストがかかるが、固定相場制の維持にかかる費用があまりにも高ければ、それを破棄 することが正当化されうるであろう。免責条項とは、この意味で、固定相場維持に対する 政府のコミットメントが不完全であることを示す。 −107− すなわち、Krugman (1999)の「第三世代モデル」は、外貨建ての借入れによって投資を ファイナンスする企業のバランスシート悪化と為替レート切下げとの補完性に注目する。 とりわけ、企業が銀行融資に過度に依存していたとされるアジアでは、以上の補完性を通 じて、企業のバランスシート破綻と通貨危機がおこりうることになる。このモデルの骨子 は、次のようなものである。まず、企業はその資産レベルに従って借り入れ制約を受けて おり、その結果、資産レベルが企業の投資レベルを決めている。また、通常のように、多 くのアジア中進国における民間企業の負債はドル建てであると考えられる。そうすると、 通貨危機の自己実現化プロセスが生じる可能性がある。すなわち、まず、なんらかの理由 で海外投資家の当該国への投資意欲が減退したとしよう。そうすると、海外投資家の資本 逃避は、為替レートの急落をもたらす。為替レートの急落は、ドル建て負債を抱える国内 企業のバランスシートを即座に悪化させ、国内投資を破綻させる。この状況は、更なる資 本逃避を誘発する。このように、バランスシートが破綻すると、通貨危機は自己実現的か つ累積的に生じるのである。このような状況においては、一般的なマクロ経済政策は無効 となる。なぜなら、たとえば、国内経済を刺激するための造幣益による拡張的金融政策は、 更なる為替レート減価を生み国内企業バランスシートの更なる悪化をもたらすからである。 Krugman (1999) は、以上のメカニズムに従って、アジアでは本質的には実体の無い理由 に基づいた投資家の投資意欲減退が自己実現化のプロセスに従って通貨危機をもたらした と考えた。さらには、政府が標準的なマクロ経済政策を取ることができないという深刻な 状況が生じたのである。 しかしながら、この「第三世代モデル」では、何が投資家の期待を変え、通貨危機の 引き金になるのかが明らかにされていない。この意味で、第一世代、第二世代モデルの問 題点を解決しているとはいえない。そこで、本章では、人々の最適化行動から導き出され る通貨代替に注目し、それが自己実現的な通貨危機の引き金になることを示す。本章のモ デルの基本構造は、通貨需要関数に基づいたマネタリーモデルであり、この意味で第一世 代モデルの拡張になっている。特筆すべき点は、以上のような既存理論と異なり、図5− 1から観察されるような「通貨代替」と「為替レート減価」の補完性に注目していること である。すなわち、為替レート減価は自国通貨から外国通貨への代替を促進し、自国通貨 から外国通貨への代替は為替レート減価を正当化ということである。本章では、このよう な補完性によって第一世代モデルの枠組みにおいて、ファンダメンタルズが悪化していな くとも通貨危機が起こりうることを示す。6 さらに、本章のモデルによって、投機攻撃が 起こる理由が、為替レート減価の予想が経済主体の通貨代替を促し、そのような観察可能 な通貨代替が引き金となるためであることが示唆されている。 6 ごく最近の研究では、内生的なリスクプレミアムや政策レジームの内生的決定を取り入 れることで、第一世代モデルを拡張する試みもある(Flood and Marion (2000); −108− 5−3.異時点間資源配分における通貨代替のモデル 通貨代替を論ずるにあたり、本章では貨幣需要関数が内生的に導出されるマクロモデ ルを用いる。貨幣需要関数のミクロ的基礎付けについては、Clower (1967) や Lucas and Stokey (1987) のキャッシュ・イン・アドバンスモデル7 、Baumol (1952) の在庫・取引費 用モデル8 、Saving (1971) の取引費用モデル、Sidrauski (1967) の MIUF(money-inutility-function)モデルがある9 。いずれがよりすぐれた現実妥当性を持つかは実証的な 問題であるが、理論的には、Feenstra (1986)が 取引費用アプローチと MIUF が機能的に 同値であることを示しており、さらには、ある仮定のもとで、キャッシュ・イン・アドバ ンスモデルは MIUF に書き換えられ (Blanchard and Fischer, 1989: 192)、取引費用モデ ルは MIUF に書き換えられる (Obstfeld and Rogoff , 1996: 530-532)。以上の点を踏ま え、本章では、MIUF の枠組みを用いることにする。 ここでは、MIUF の動学的な枠組みを自国通貨、外国通貨の二つのケースに拡張した Obstfeld and Rogoff (1996: 551-553) の設定を応用した Sawada and Yotopoulos(2001)のモ デルを用いることにしよう。定義により、国内の代表的個人が保有する総貨幣 M は国内通 貨 M D と外国通貨 M F で構成される: M t = M Dt + εt M Ft ここで、ε は名目為替レート(外貨1単位あたりの自国通貨価格)である。この代表的個人 は、以下の対数線形の MIUF 型効用関数を最大にする: ∞ M ε M U t = ∑ ρ s − t θu (C s ) + (1 − θ ) γ log Ds + (1 − γ ) log t Fs ,(5-1) s =t Ps Ps ここで、u(C) は瞬時効用関数であり、ρ は割引ファクターである。θ と γは効用関数の パラメタであり、P t は国内物価を示している。この代表的個人は、債券と自国通貨、外 国通貨を資産として蓄積できると考える。そうすると、代表的個人の最適化問題は、以下 の異時点間予算制約式のもとでの (5−1)式の最大化となる: Cavallari and Corsetti (2000); Dooley (2000))。本章は、これらの研究と異なり「通 貨代替」を導入することによって第 1 世代モデルを拡張するものである。 7 キャッシュ・イン・アドバンスモデルとは、財の購入には事前に現金が必要であるため に貨幣需要が生じるというモデルである。 8 貨幣の取得には、銀行に行き現金を引き出すなどの取引費用がかかる。一方、貨幣の保 有には取引費用はかからないが機会費用としての利子費用がかかる。経済主体はこれら 2 つのコストを比較し最適な貨幣需要を決定する。 9 MIUF は、効用関数に貨幣が入ったモデルである。このモデルでは、効用最大化から直接 に貨幣需要関数が導出される。 −109− ( B t +1 − B t ) + ( M Dt − M Dt ) εt ( M Ft − M Ft −1 ) + = rBt + Yt − Ct − Tt , Pt Pt B は債券保有であり r はその利率、Y と T はそれぞれ外生的な所得、一括税を示してい る。簡単化のため、(1 + r)ρ = 1 を仮定しよう。(5−2)式からわかるように、この場 合、消費が一定になる。そうすると、C, MD, MF, に関する一階の条件は、それぞれ以下の ようになる (導出過程については補論 A を見よ): u ' (Ct ) = u ' (C t +1 ) , (5‐2) (1 − θ )γ ρθu ' ( Ct +1 ) θu ' ( Ct ) + − = 0, M Dt Pt +1 Pt (5‐3) (1 − θ)(1 − γ ) ρθu ' ( Ct +1 )εt +1 θu ' (Ct )εt + − = 0. M Ft Pt +1 Pt (5‐4) ここで、「通貨代替」の程度を示す変数として、以下のように外貨保有が総貨幣保有に占 める割合の変数α を定義しよう: M Dt = (1-αt ) Mt εt M Ft = αt M t . (5‐4a) (5‐4b) この「通貨代替」の変数α は 0 と 1 の間を取る変数であるが、α = 0 のとき、「通貨代 替」はなく、自国の個人はすべての貨幣を自国通貨で保有する。また、外貨保有に対する 厳格な規制が存在する場合にも、α = 0 が成立する。一方、α = 1 は自国の個人がすべて の貨幣を外貨で持つという状況を示しており、完全な「ドル化 (dollarization)」 が起 こっている状況といえよう。 ここで、εt+1 /εt = 1 + zt+1 とし、zt+1 が(一期先の)通貨減価率を示しているものとしよ う。 そうすると、(5−2)、(5−3)、(5−4)、(5−4a)、(5−4b) を統合する と: αt = (1 − γ )it +1 , it +1 − γ zt +1 (5‐5) が得られる (導出については補論 B を見よ)。(5−5)式において、 i t+1 = (1+r)(P t+1 /P t )-1 は名目金利を示している。ここで、為替レートの減価が通貨代替 を誘発するかどうか、すなわち ∂αt/∂zt+1 >0 が成立するかどうかを調べるためには、物価 −110− の調整スピードを考慮する必要がある。物価が、瞬時に調整する場合には、購買力平価、 すなわち P t = εt P* が成立する。ここで、 P* は一般性を損なわずに簡単化のため一定と 仮定された外国物価である。一方、物価が硬直的である場合には、名目金利が為替レート 減価によって影響されないことになる。以上の設定のもとでは、物価の調整速度にかかわ らず∂αt /∂z t+1 >0 が成立する。すなわち、以下の定理が証明できる。 定理 1: 物価の調整速度にかかわらず、(一期先の)為替レートの減価は通貨代替を誘 発する。 証明: 補論 C を見よ。 直観的には、定理 1 の結果は、貨幣需要関数の価格変化に対する代替効果を示していると 言える。10 5−4.通貨代替によって拡張された通貨危機の第 1 世代モデル Krugman (1979) による通貨危機の第一世代モデルは、Flood and Garber(1984)によっ て線形化されたが、ここでは Obstfeld and Rogoff (1996, pp. 558-566)の対数線形モデ ルを用い、「通貨代替」を導入することによって、第一世代モデルを拡張することにしよ う。このモデルは、基本的に小国開放経済において、購買力平価 (PPP) とカバーなし金 利平価 (UIP) が成立することを仮定している。すなわち、 pt = e t + p t* it+1 = i t+1* + E tet+1 - et, (5‐7a) (5‐7b) である。ここで、e は名目直接為替レートの対数値、p は物価水準の対数値であり、 名 目金利は i で表されている。 海外の変数は * をつけることによって表されている。 ここで、(5−4a)式より、M Dt = (1-αt) Mt であることを考慮し、総貨幣の需要関数が 対数線形であると仮定すると、国内貨幣市場均衡条件は以下のように与えられる: m Dt – p t = log (1-αt ) + φy t - ηit+1, (5‐8) ここで、m D と y はそれぞれ自国マネーサプライと所得の対数値を示しており、パラメタ また、 補論 C によれば、∂αt /∂γ < 0 と ∂(∂αt/∂zt+1)/∂γ < 0 が成立する。このことは、 自国通貨への強い選好は、通貨代替を軽減し、為替レートによる通貨代替の減価バイアス を軽減する。逆に、外貨への強い選好は通貨代替を誘発する。 10 −111− φ とηは、それぞれ貨幣需要の所得弾力性、貨幣需要の半金利弾力性を示している。 (5−7a)、(5−7b)、(5−8)式を統合することにより、PPP, UIP と国内貨幣市場 均衡条件を満たす差分方程式を得る: m Dt – φy t - e t + ηi t+1 * - p t * = log(1-αt) - η(Etet+1 - et), (5‐9) この式は為替レートの動学を示している。ここで簡単化のため、- φyt + ηit+1* - pt* = 0 を仮定しリスクを無視すると、連続型での為替レート動学は以下のようになる: m Dt – e t = log(1-αt ) - η e&t (5‐10) ここで、中央銀行が国内の政府国債 BH と外貨準備 AF を所有しているものとする。11 こ のとき、中央銀行のバランスシートは、以下のように表される。 BHt + exp(et)AFt = MDt/µ (5‐11) ここで、µ >1 は通貨乗数を示している。 以上のような設定のもとで、為替レートの水準を e に固定化した固定相場制を考えよう。 この場合、(5−10)式から明らかなように、以下が成立する: mDt – e = log(1-αt). (5‐12) さらに、固定相場制の下で政府が拡張的政策を恒常的に採用し、生み出された財政赤字を 国債発行でファイナンスし、中央銀行がその国債をすべて引き受けるものと考えよう。こ こで、国債発行残高の成長率がλであると、以下のような関係が導かれる。 B& Ht = BHt λ. (5‐13) そうすると、Krugman (1979) に従い外貨準備が枯渇した状況(すなわち AF = 0)にお いて、固定相場制が崩れたときに潜在的に成り立つべき「影の均衡為替レート (shadow equilibrium exchange rate)」を以下のように求めることができる。 まず、中央銀行の バランスシート(5−11)式から、以下の関係が導かれる。 11 BH は、個人の資産 Bt と異なることに注意されたい。 −112− m1 t = log µ + bHt , (5‐14) ただし、小文字は対数値を示している。(5−13) 式と (5−14) 式から明らかなように、 & 1 t = λ であ 外貨準備が枯渇した場合、マネーサプライはλ の率で成長する。すなわち、 m & 1 t = e&t = λ が成立す る。さらに、(5−10)式から明らかなように均斉成長経路上では m る。この場合、(5−10)式と(5−14)式より、外貨準備が枯渇し、固定相場制が崩れた場 合に成立する「影の均衡為替レート」の水準は、以下のようになる: et = bHt + log µ - log(1-αt) + ηλ (5‐15) 従って、(5−15)式は、図5−2において、傾き 1 を持つ右上がりの直線として表わされ ることになる。まず、通貨代替の変数 αt が正の値を取る場合には、通貨代替がない場合 に比べて、この直線は左にシフトする。ここで、固定相場制が T 時点で崩れる状況は、図 5−2における点 E によって表される。まず、国債発行残高の水準が A 点で表されるケー スを考えよう。このとき、投機攻撃によって固定相場制が崩れたとしても、為替レートは 切り上がる。この場合、「切り下げでしかありえない」と予想してバーツでの借り入れを していた投機家は、多大な損失をこうむることになる。一方、国債発行残高の水準が B 点 にある時に投機攻撃が生じ、固定相場制が崩れた場合、為替レートは急激に切り下がる。 このとき、投機家は多大な利益を得ることができるが、この様な投機利益を得るために、 国債の残高が B 点に達するまで待つ必要はない。従って、実際に投機が起こるのは E 点だ ということになる。 さらに重要なのは、強い通貨代替は通貨危機のタイミングを左にシフトさせ、通貨危 機をより早く誘発する可能性があることである。これを示すために、 bH0 が初期時点の国 債残高を示しているとする。政府国債残高は、λの率で成長するため、 b Ht = b H 0 + λ t が 成立し、通貨危機が起こるまでの時間 T は、以下のように表わされる: T= e − bH 0 − log µ + log( 1 − αt ) − η. λ この式から、∂T/∂α < 0 であることが明らかなので、通貨代替は通貨危機をより早く誘発 することが分かる。さらに、政府が過度の拡張的政策を採用しておらず、 λの値が 小さ くても、強い通貨代替の存在によって、α の値が大きくなり、通貨危機が誘発される可 能性がある。図5−1から観察される通貨代替と為替レート切り下げの同時性は、ファン ダメンタルズが必ずしも悪化していないと考えられていたアジア諸国において、以上の状 況が生じていた可能性を示唆している。 −113− 以上のモデルの結果を直観的に考えると、以下のようになる。強い通貨代替の存在は、 他の条件を一定にすれば、国内通貨に対する需要を外貨に比べて相対的に低下させる。そ うすると、国内貨幣市場の均衡条件から物価が上がる効果が出てくる。その結果、購買力 平価にしたがって、為替レート減価が帰結することになる。 5−5.通貨選択と通貨切り下げに関する実証分析 5−5−1.拡張モデルの現実妥当性 以上、第5−3節および第5−4節の 2 つのモデルは補完的であり、「為替レート切 り下げのスパイラル」の可能性を示唆している。すなわち、第5−3節のモデルは為替レ ート減価が自国通貨から外国通貨への代替を促進することを示している。一方、第5−4 節のモデルは、自国通貨から外国通貨への代替が為替レート減価を促し、通貨危機を促す ことを示している。従って、為替レートの切り下げが、通貨代替を通じて自己正当化のス パイラルを生む可能性がある。さらに重要な点は、第一世代モデルの枠組みにおいても、 「通貨代替」と「為替レート減価」の補完性を通じ、ファンダメンタルズが悪化していな くとも通貨危機が起こりうることである。投機攻撃が起こる理由として、為替レート減価 の予想が経済主体の通貨代替を促し、そのような観察可能な通貨代替がシグナルとなるこ とが示唆される。 本節では、1970 年、1975 年、1980 年、1985 年の Penn World Tables の国際比較の個票 データを分析することによって、理論モデルの現実妥当性を検証する。まず、実証分析の ために資本移動が完全であり UIP が成立するという仮定を緩める必要がある。従って、 (5−15)式に資本移動管理(キャピタルコントロール)の存在を示す 変数 β を加えて、 以下のように拡張する。 e t = b Ht + log µ + αt + ηλ + β, (5‐16) ここで、(5−16)式で考慮されている為替レートは「影の均衡為替レート」であるので、 実際には闇市場(ブラックマーケット)の為替レート BM で表わされるものとしよう。実 際、世界の多くの国においては、為替レートの取引に様々な規制があり、その結果、通貨 危機に陥ったアジア諸国においても、外国為替の闇市場が存在していた。さらに、(5− 16)式の右辺の第1、第2、第4項はマネタリーモデルから導出されるものであり、貿易 財の購買力平価 PPP T に対応するものであると考えられる。従って、(5−16)式は、以下 のように書き換えられる。 BMt = ln PPPTt + αt + β, −114− (5‐17) ここで、貿易財の購買力平価を満たすレート(PPP レート)と名目為替レートとの乖離を 明示的に考慮して、(5−17)式の両辺から名目為替レート ln NERt を引くことにより、最 終的に以下のような計測可能な式を得る。 BPit = ln DNERit + β Dit +αit, (5‐18) ここで、BP it ,= BM it ‐ln NERit は闇市場のプレミアムであり、ln DNERit は PPP レートと名 目為替レートとの乖離を示している。Dit,は資本規制が存在するときに 1 を取るダミー変 数である。以下、(5−18)式を OLS で推計し、分散・共分散行列を Huber-White の一致性 のある方法で推計した後、通貨代替の変数αit を回帰残差として計算する。 5−5−2.データと推計結果 ここでは、 (5−18)式の推計に必要なデータとして、次の 3 つを用いる。第一に、闇 市場プレミアムであるが、これについては、Adrian Wood (1999) の 42 ヶ国の国際比較 パネルデータを用いる。第二に、資本規制の情報としては、Ernst & Whinney (various years) のデータを使うことによって「国際資本流入規制」の存在を示すダミー変数を作 成する。最後に、為替レートの乖離指標としては、Kravis, , Heston and Summers (1982) による 1970 年、1975 年、1980 年、1985 年の Penn World Tables の個票データをもとに、 貿易財の購買力平価を満たす為替レートを推計した Yotopoulos (1996) のデータを使う。 表5−1は、データの記述統計を示しており、表5−2は、(5−18)式の推計結果 を示している。表5−2において、資本規制ダミーは、正かつ統計的に有意な係数を持っ ている。このことは、「国際資本流入規制」の存在が外貨の価値を相対的に高め、ブラッ クマーケットプレミアムを上昇させることを示している。本章の中心的関心である通貨代 替変数αit の推計値は、(5−18)式を推計した残差から得られる。従って、通貨代替変数 は資本流入規制によって説明されない部分を示すことになり、モデルに基づいてこの残差 を通貨代替の推計値と解釈する。こうして推計された通貨代替変数と為替レート乖離変数 との関係は、図5−3に示されている。この実証結果によれば、為替レートの減価バイア スと通貨代替との間に強い相関関係があることが示される。すなわち、「通貨代替」と 「為替レート減価」との間には、補完性があることが観察されるのである。このことは、 通貨代替の対象となりやすい「脆弱な通貨 (soft currency) 」には、本質的な減価バイ アスがあることを示唆している (Yotopoulos 1997; Yotopoulos and Sawada 1999)。 さらに、通貨代替あるいは、通貨の脆弱性は、経済発展プロセスと体系的に結びつ いているのであろうか。図5−4は、通貨代替と経済発展の指標である一人当たり GDP と の関係を示している。この図によれば、通貨代替と経済発展の間には、強い負の関係が見 られる。さらに、一定の所得水準のもとで、資本規制の存在が通貨代替の程度を軽減する ことが示唆される。以上の観察結果は、発展途上国の脆弱な通貨には、本源的な通貨代替 バイアスがあり、それが通貨危機を誘発する危険性を持っていることを示唆すると同時に、 −115− そのような危険を軽減するために、過度の通貨代替に対する規制の役割を考慮する必要を 示している。 5−6.まとめ 本章では、1997 年中盤のアジア通貨危機が始まった時期から 1998 年末にかけて共通に 観測される「通貨代替」と「名目為替レート減価」との同時性に注目し、通貨危機の第一 世代モデルに通貨代替を導入したモデルを展開した。本章のモデルを用いた理論的結果は、 二つにまとめることができる。まず、第5−3節においては、個人の異時点間の最適化行 動に基づいた動学モデルにおいて、物価調整速度の如何に関わらず、為替レート減価が通 貨代替を促すことが示された。一方、第5−4節における理論的結果は、内生的な通貨代 替を通貨危機の第一世代モデルに組み入れることにより得られた。そのような拡張された 第一世代モデルにおいては、過度に拡張的な財政政策が採用されていなくても、通貨代替 が通貨危機を誘発するケースがありうることが示された。アジア通貨危機では、このよう なプロセスが働いていた可能性がある。 これら二つのモデルは、「為替レート切り下げのスパイラル」の可能性を示唆してい る。第5−3節のモデルは、為替レート減価が自国通貨から外国通貨への代替を促進する ことを示している。一方、第5−4節のモデルは、自国通貨から外国通貨への代替が為替 レート減価を促し、通貨危機を促すことを示している。従って、これら二つのプロセスが 複合すれば、為替レート切り下げが更なる減価をもたらすという自己正当化のスパイラル を生む可能性がある。さらに重要なことに、「通貨代替」と「為替レート減価」の補完性 によって、第一世代モデルにおいても、ファンダメンタルズが悪化していなくても通貨危 機は起こりうる。このモデルは、投機攻撃が起こる理由として、為替レート減価の予想が 経済主体の通貨代替を促し、そのような観察可能な通貨代替が投機の引き金となることを 示唆している。 最後に、1970 年、1975 年、1980 年、1985 年の Penn World Tables の個票データを分析 することによって、理論モデルの国際比較での現実妥当性が検証された。実証結果は、為 替レートの減価バイアスと通貨代替の程度の間に強い正の相関関係があり、さらには通貨 代替の程度と経済発展の間に負の関係が見られることを示している。最後に、政策的なイ ンプリケーションとして、本章の分析結果は、過度の通貨代替が通貨危機を誘発する限り において、外貨保有に対する規制が通貨危機の抑止策として考え得ることを示唆している。 −116− 補論 A: 一階の条件の導出 異時点間予算制約式のもとで(5−1) 式を最大化するために、以下のようなラグランジ ュ関数を定義しよう。 ∞ M ε M Lt = ∑ ρ s −t θu( Cs ) + (1 − θ ) γ log 1s + (1 − γ ) log s Fs s =t Ps Ps ∞ M εM M εM + ∑ λs (1 + r ) Bs + 1s −1 + s Fs −1 + Yt − Ct − B s +1 − 1 s − s Fs , Pt Ps Pt Ps s= t (A1) このとき、Ct , Ct+1 , Bt+1 , MDt , M Ft , にかかわる一階の条件は以下のようになる:: θu ' (Ct ) = λt , ρθu ' ( Ct +1 ) = λt +1 , (1 + r ) λt +1 = λt , (A2) (A3) (A4) (1 − θ)γ λt +1 λt + − = 0, M Dt Pt +1 Pt (A5) (1 − θ)(1 − γ ) λt +1εt +1 λt εt + − = 0. M Ft Pt +1 Pt (A6) ここで、(A2), (A3), (A4), 式と (1 + r)ρ = 1, より消費のオイラー方程式を得る:. u ' (Ct ) = u ' (C t +1 ) . (A7) (A5) 式は(A2), (A3), (A7) 式を用いて以下のように変形できる: (1 − θ)γ ρθu' (Ct ) θu ' ( Ct ) + − = 0, M Dt Pt +1 Pt (A8a) の(A8a) から貨幣需要関数を得る: M Dt 1 − θ −1 1 + it +1 , = γ [u' (Ct ) ] Pt θ i t +1 (A8b) さらに、(A6), (A2), (A3), (A7) から、 (1 − θ )(1 − γ ) ρθu ' (Ct )εt +1 θu ' ( Ct )εt + − =0. M Ft Pt +1 Pt (A9a) を得る。これによって外貨への需要関数が得られる: εt M Ft (1 − θ ) −1 1 + i t +1 = (1 − γ )[u ' (Ct )] Pt θ it +1 − z t +1 −117− (A9b) 補論 B: 通貨代替変数の導出 (A8b) と(A9b) より、以下を得る。 αt = ε tM Ft ε t M Ft + M Dt 1−γ it +1 − z t +1 (1 − γ )it +1 = = , (B1) 1 −γ γ it +1 − γ z t +1 + it +1 − z t +1 it +1 補論 C: 定理1の証明 ω を財価格の調整速度としよう(1 ≥ ω ≥ 0)。すると、Pt+1 /Pt = (1-ω)(1+zt)+(1-ω)(Pt+1/Pt). で あるので、通貨代替変数は、: α t = (1 − γ ){(1 + r )[ω (1 + zt +1 ) + (1 − ω )( Pt +1 / Pt )] − 1} . と {(1 + r )[ω (1 + z t +1 ) + (1 − ω )( Pt +1 / Pt )] − 1} − γ zt +1 なる。ここで、 Π t +1 ≡ ω(1 + zt ) + (1 − ω)( Pt +1 / Pt ) と定義すると、zt+1≥0 と Pt+1/Pt≥1. の仮 定のもとで、 ∂α t = ∂z t +1 = = = = (1 − γ )[(1 + r )Π t +1 − 1][(1 + r )ω − γ ] (1 − γ )(1 + r )ω − [(1 + r )Π t +1 − 1] − γ z t +1 {[(1 + r ) Π t +1 − 1] − γ zt +1 } 2 (1 − γ )(1 + r )ω {[(1 + r ) Π t +1 − 1] − γ zt +1 } − (1 − γ )[(1 + r )Π t +1 − 1][(1 + r )ω − γ ] {[(1 + r ) Π t +1 − 1] − γ zt +1 } 2 (1 − γ ){− (1 + r )ωγ z t +1 + [(1 + r )Π t +1 − 1]γ } {[(1 + r )Π t +1 − 1] − γ z t +1 }2 (1 − γ )[(1 + r )(Π t +1γ − ωγ zt +1 ) − γ } {[(1 + r )Π t +1 − 1] − γ z t +1 }2 (1 − γ )γ {(1 + r )[ω + (1 − ω )( Pt +1 / Pt )] − 1} {[(1 + r )Π t +1 − 1] − γ z t +1 } 2 となる。[証明終わり] −118− > 0, . 参考文献 Aghion, Philippe, Philippe Bacchetta, and Abhijit Banerjee , “ Currency crises and monetary policy in an economy with credit constraints”, European Economic Review 45, 2001, 1121-1150. 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Yotopoulos, Pan A. and Yasuyuki Sawada, “Free Currency Markets, Financial Crises and the Growth Debacle: Is There a Causal Relationship?”, Seoul Journal of Economics 12, 1999, 419-456. −121− 表 5−1 データの記述統計 変数名 平均値 (標準偏差) ブラックマーケットプレミアム (%) Yotopoulos (1996) の為替レート乖離変数 一人当たり実質 GDP 4.03 (.57) -0.171 (0.304) 6781.64 (3884.00) サンプル数 75 出所)Sawada and Yotopoulos (2001), Table1 より作成 表5−2 通貨代替変数の推計式 被説明変数 =ブラックマーケットプレミアム( BP) 変数名 係数 (t -値) 名目為替レート乖離インデックス 資本規制ダミー 1+ 0.458 (7.70)*** 0.018 (0.23) 1980 年ダミー 1985 年ダミー 0.293 (3.90)*** 定数項 -0.118 (1.863)* サンプル数 R-squared 75 0.491 出所)Sawada and Yotopoulos (2001), Table2 より作成 注 1) + 係数が 1 に制約されている 注 2) *** と * はそれぞれ 1% ・10%,水準で統計的に有意 −122− 図5−1a 韓国における通貨代替と名目為替レート 0.95 2.5 0.9 2 1.5 0.8 0.75 1 0.7 0.5 0.65 20 00 M7 20 00 M1 19 99 M7 19 99 M1 19 98 M7 19 98 M1 19 97 M7 19 97 M1 19 96 M7 19 96 M1 19 95 M7 19 95 M1 19 94 M7 19 94 M1 19 93 M7 19 93 M1 19 92 M7 19 92 M1 0 19 91 M7 19 91 M1 0.6 Year/Month 韓国 通貨代替指標 韓国 名目為替レート データ出所)IMF, International Financial Statistics 注)名目為替レートは、各月末の値であり、1991 年 1 月の値を 1 とした指数である。 −123− 名目為替レート指数 通貨代替指標 0.85 図5−1b マレーシアにおける通貨代替と名目為替レート 0.95 2.5 0.9 2 1.5 0.8 0.75 1 0.7 0.5 0.65 20 00 M7 20 00 M1 19 99 M7 19 99 M1 19 98 M7 19 98 M1 19 97 M7 19 97 M1 19 96 M7 19 96 M1 19 95 M7 19 95 M1 19 94 M7 19 94 M1 19 93 M7 19 93 M1 19 92 M7 19 92 M1 0 19 91 M7 19 91 M1 0.6 Year/Month マレーシア 通貨代替指標 マレーシア 名目為替レート データ出所)IMF, International Financial Statistics 注)名目為替レートは、各月末の値であり、1991 年 1 月の値を 1 とした指数である。 −124− 名目為替レート指数 通貨代替指標 0.85 図5−1c インドネシアにおける通貨代替と名目為替レート 0.9 9 8 0.85 7 5 4 0.75 3 2 0.7 1 20 00 M7 20 00 M1 19 99 M7 19 99 M1 19 98 M7 19 98 M1 19 97 M7 19 97 M1 19 96 M7 19 96 M1 19 95 M7 19 95 M1 19 94 M7 19 94 M1 19 93 M7 19 93 M1 19 92 M7 19 92 M1 0 19 91 M7 19 91 M1 0.65 Year/Month インドネシア 通貨代替指標 インドネシア 名目為替レート データ出所)IMF, International Financial Statistics 注)名目為替レートは、各月末の値であり、1991 年 1 月の値を 1 とした指数である。 −125− 名目為替レート指数 通貨代替指標 6 0.8 図5−1d タイにおける通貨代替と名目為替レート 0.95 2.5 0.94 0.93 2 0.91 1.5 0.9 0.89 1 0.88 0.87 0.5 0.86 20 00 M7 20 00 M1 19 99 M7 19 99 M1 19 98 M7 19 98 M1 19 97 M7 19 97 M1 19 96 M7 19 96 M1 19 95 M7 19 95 M1 19 94 M7 19 94 M1 19 93 M7 19 93 M1 19 92 M7 19 92 M1 0 19 91 M7 19 91 M1 0.85 Year/Month タイ 通貨代替指標 タイ 名目為替レート データ出所)IMF, International Financial Statistics 注)名目為替レートは、各月末の値であり、1991 年 1 月の値を 1 とした指数である。 −126− 名目為替レート指数 通貨代替指標 0.92 図5−2 通貨危機のタイミング Equation (5−15) eT α=α (z)>0 e 0 E A b HT B −127− bH 図5−3 通貨代替と為替レート乖離インデックス 推計された通貨代替変数 Softness Index With Capital Control Without Capital Control .623 -.700 -1.008 .346 NER Distortion Index (ln DNER) 名目為替レート乖離インデックス 減価バイアス 過大評価バイアス 出所)Sawada and Yotopoulos(2001) Figure4 より作成 注) 以上の標本に、定義により右下がりの関係を示す BP=0 のケースは含まれていない。 (1975, 1980, and 1985 年のデータによる) −128− 図5−4 通貨代替と経済発展の関係 推計された通貨代替変数 Softness Index Without capital control With capital control .623 -.700 632 Per Capita Real GDP (1980 dollar) 一人当たり実質 GDP 出所)Sawada and Yotopoulos (2001) Figure5 より作成 注)一人当たり実質 GDP は Summers and Heston (1991) のデータによる。 (1975, 80, and 85 年のデータ) −129− 15264 ワークショップにおける主要コメント1 本研究プロジェクトでは、研究報告を作成するにあたり、平成 13 年 6 月 4 日、竹田 陽介 上智大学経済学部助教授、藤井英次 小樽商科大学商学部経済学科助教授、Sung Jin Kang 筑波大学社会工学系講師、Kwanho Shin 高麗大学経済学部助教授をコメンテータ に迎え、ワークショップを開催した。その場において出された主な意見は以下のとおり である。 本報告書の内容は、このワークショップにおけるコメントを受けて、ワークショップ 発表時の原稿に、筆者が可能な限り改善・修正を加えたものになっている。 第1章 経済発展と資本逃避 竹田教授: ● 相対的リスク回避度ではなく、絶対的リスク回避度を採用した理由はなにか。相対 的リスク回避度は、絶対的リスク回避度より一般的であり、前者を考慮する場合、 最適ポートフォリオは W で示される初期の資産の程度により決まる。この初期の資 産への依存を投資家が金融市場に及ぼす相対的な影響の尺度として利用することは 有益ではないか。 ● 資本逃避が発生した場合、通貨の切り上げを誘発するために、政府は直ちにそして 十分に期待通りの通貨の切り下げを実現させることが必要。これにより減価後の為 替レートは一定もしくは増価することになり、危機から抜け出すための一時的な治 療法であると提案している。これは興味深い提案であるが、短期的に金融危機から 抜け出すのに最良な政策手段は何であるのか。 ● 本モデルは「第一世代モデル」に属しているが、 「第二世代モデル」、また国際収支 の危機と銀行危機という「双子の危機」という言葉で動機づけられる「第三世代モ デル」に注目することも必要。 ● 国際金融市場のビッグプレーヤーが果たす役割に注目しているが、投資家の間に不 均一性があることを強く主張したい。ビッグプレーヤーとその他の投資家が利用で きる情報が不均衡である場合、別のタイプのゲームが生まれることがある。 シン教授: ● バロー教授のペーパーによると、東アジア諸国の成長率はほぼ金融危機が発生する 前のレベルに回復しているとのこと。これは金融危機からほぼ完全に回復したこと を意味している。一方、本ペーパーでは、ひとたび劣位均衡に達すると、その状態 1 本主要コメントは浦沢(内閣府経済社会総合研究所研究官)、木下(同情報研究交流部委嘱調査員)の責 任により編集されたものであり、ありうべき誤謬は編者達の責任である。 −130− から抜け出すのは非常に困難であるということだが、バロー教授が提示した事実と このモデルの関係はどうか。 高木教授: ● アジア経済が危機から回復したと信じるなら、東アジアの通貨危機を説明する上で、 第二世代の理論を取り入れることは非常に重要だと考える。 ● 東アジアの通貨危機の原因を説明するために、このモデルが有効であることをどの ように説明することができるか。 渋谷教授: ● 東アジアの通貨危機の原因を説明することが、このモデルを考えた第一の動機であ るが、いろいろな危機に広く当てはめることができると考えている。 ● バロー教授は、 東アジアの成長率は危機以前の成長率まで回復したと述べているが、 これは私のモデルによる見解と完全に一致している。 ● 資本逃避は起りうるが、高資本均衡が回復されるかぎり、均衡は安定し回復する。 報告の冒頭で、資本均衡点について良い点と悪い点があると説明したが、良い点で は資本逃避と経済危機を簡単に管理することができる。悪い点は、低資本均衡から 始まる経済の場合であり、高資本均衡に到達するのが非常に難しい。しかし、一度、 高資本均衡に達した場合、低資本均衡に戻ることはまれとなり、これは発展途上国 にとって良いこと。 第2章 アジア危機の発生要因−対外借入制約に基づく再検証− シン教授 ● 対外支払能力は経済ファンダメンタルズの一側面に過ぎないと述べているが、すべ ての面について検討しなければ、危機の原因が経済ファンダメンタルズによるもの なのか、金融パニックによるものなのか結論付けられないのではないか。 ● Amhed と Rogers、Trehan と Walsh が設定した条件は、政府の制約の問題にも適用で きるかもしれないが、対外借入制約に適用するのは不向きではないか。もっと多く の条件をつける必要があるのではないか。 ● コインテグレーション( cointegration: 共和分)の関係にあるベクトルが所与の場 合しか考慮されていないが、係数を推定する場合も検討すべき。 竹田教授 ● 対外支払能力の予算制約は誰の予算なのか。マクロ経済における、予算制約はどう いう意味なのか。 藤井教授 ● 外貨準備などの他の経済ファンダメンタルズを調べることはできないか。 −131− ● アジア危機は複雑であり、このペーパーによると、支払能力のあるなしに関わらず 危機が起きるとされており、危機発生の予測に関しては、不確実な面が残る。しか し、唯一、アメリカは過去に深刻な対外資本勘定の問題を抱えながら、パニック行 動や危機を一度も経験していない。この事はなぜなのか。 カン教授 ● 経済のファンダメンタルズをどのように定義するのか。金融機関組織、政治組織や その他、非経済的な変数を取り入れるとすれば、結果も変わってくるのではないか。 澤田教授 ● 国家だけではなく、民間に対する支払能力を取り扱うのも適当ではないか。 宮尾教授 ● アジア危機の要因として、経済ファンダメンタルズと金融パニックのどちらかを区別 することが本研究のテーマ。そのために経済ファンダメンタルズの一つの側面に焦点 を絞って、各国の支払い可能性を検証した。しかし外貨準備等、別の側面からのアプ ローチも重要であり、できれば他のファンダメンタルズ要因をすべて調査することが 望ましい。今後、そういった分析枠組みを検討したい。 ● コインテグレーション(cointegration: 共和分)ベクトルについては、指摘のような分析 も可能。また資本流入後に統計量の有意性が強まったというテスト結果については、 理由は定かではない。ここではむしろ、支払い可能性という仮説の採択あるいは棄却 のみを問題としている。 ● 予算制約については、本ペーパーは経済全体を対象にしており、その中には民間分門 である企業、家計、あるいは政府、中央銀行等の経済主体が全て含まれている。こう した経済主体のすべての行動が、Xt、Mt、Btという変数に反映されていると考えら れる。 ● アメリカの対外債務については様々な分析がなされているが、基本的には、同様のア プローチから支払い可能性条件を満たしているという結果が報告されている。しかし、 支払い可能であっても危機はパニックから起こり得る。ご指摘のとおり、危機の予測 という観点からは、確実な答えを出すことは困難である。 第3章 金融為替政策と資本流入 浜田所長: ● アジアにおける多くの国を比較し、 通貨危機という現象を広い視点から捕らえた点、 また、東アジアにおける大規模な資金流入の原因を考えるうえで、リスクプレミア ムが非常に重要であるという結論は説得力がある。 ● 1994 年から 1997 年にかけて、マレーシアには多くの規制や優遇税制措置があった。 −132− これらの事象を研究の枠組みに取り入れ分析することはできないのか。税、補助金 といったスキームの活用、また、資本規制、資本管理のあり方など、制度上の変化 を研究対象に取り入れることができるのではないか。 ● これまで東アジアの経済危機と同じような問題が多くの国で起ってきた。例えば、 ペソ問題はよい例であるが、危機以前において、人々はいつかペソが切り下げられ ると予測していた。しかし、そこでの期待は必ずしも合理的期待形成の公式どおり に働くわけではなく、ペソ問題のように、可能性が小さくても人々の通貨切り下げ という期待が働くこともあった。このモデルではこの種の期待の形成について考察 することができるはずだが、本論文ではどのように扱っているのか。 シン教授: ● 金利格差について、本論文で用いられている金利はデフォルトリスクや信用リスク などを反映しているため、高く出ているのではないか。その結果、リスクプレミア ムも過大評価されているのではないか。 カン教授: ● 為替レートについて、通貨危機の直前に過大評価されていたと強く主張する研究者 がいるが、いくつかの構造的な変数を検討することで、為替レートの推定について、 通貨危機の直前に為替レートが過大評価されていたのか、過小評価されていたのか 比較検討することができるのではないか。 ● 論文の結果からは、通貨危機の直前に構造変化が起こっていないようであるが、通 貨危機の直前、つまり 1 年か 2 年前に何か変化が起きていたかどうかを調べること はできるのか。 高木教授: ● 特にインドネシア、韓国、マレーシア、そしてタイでは、通貨危機の直前にスポッ トレートに比べ為替レートの期待値が長い間高い値になっていた。つまり、これら の国では平価切下げの期待が長い間続いていたのではないか。 ● ペソ危機について、重要であると思う。しかし、ペソ危機の発生を問題提起するこ とは、為替制度が信認できるものではなかったことを初めから認めてしまうことに なる。ここで試みたことは、為替政策の信認度を数量化することであり、それゆえ、 ペソ問題を研究に含めてしまうと、研究を始める前に結論を提示してしまうことに なると考えていた。 浜田所長: ● ペソ危機でも為替制度の信認度を問題として取り上げることができるのではないか。 どのようなアプローチで分析すればよいのかわからないが、為替制度が持続するか、 しないかという点を検討することはできると思う。 −133− 第4章 資本自由化の形態と為替リスク負担 藤井教授: ● アジア通貨危機について、しばしば議論されていることは、アジア市場では自由化 の程度も速度も進みすぎていたため、投資家は為替リスクのヘッジを行うべきであ ったということ。それ故、市場が完全に自由化された場合と完全にヘッジされてい る場合を比較することが有益であると考えるが、現在のモデルではこの二つのケー スを比較することができないのではないか。 ● 本論文では、外国人投資家の態度が明確に定義されていないが、外国人投資家の態 度をもっと詳しく説明することができれば、さらに有益であると思う。 浜田所長: ● 本論文では、資本市場を開放するならば、片方の国だけではなく、双方の国で開放 することが望ましいと述べている。その点がこの論文の1つの結論であるが、私は シンガポールとマレーシアが資本取引に関して、正反対のことを行っていたという ことに興味を持った。 横川教授: ● マレーシアとシンガポールの経験と本モデルとの関連性に関して、それらの国では 外国人の資本市場への投資を許可したが、 金融市場への投資は許可していなかった。 シン教授: ● アジア通貨危機におけるケースを考えた場合、本来内生的である外国人投資家の態 度が、外生的な変化の影響を受けることも考えられるのではないか。 ● 国内資産に対する外国人投資家の需要が外生的な変化の影響を受けるのではないか という考えは、金融パニックの見解と関連がある。金融パニックが起こると経済の ファンダメンタルズとは無関係に、外生的な影響が突然発生し、他の変数に影響を 及ぼすことになるという見解。そうあるなら金融パニックの見解を取り入れてみた ら面白いのではないか。 第5章 通貨代替と通貨危機 カン教授 ● 外貨流出防止のため、個人が自国の銀行に外貨口座を持つことが許されない場合、 通貨代替の基本的なモチベーションは何か。 ● 通貨代替の要因は期待為替レートの関数であると仮定しているが、外生的な要因と して取り入れ、これらの方程式を解くと、この通貨代替を示す変数は為替レート以 外の他の変数の関数として考えられるのではないか。 −134− ● 通貨代替を示す変数は回帰残差であると仮定しているが、銀行のバランスシートな ど通貨代替の要因の変化の様子を示すデータを探すべきだと思う。 ● 資本逃避と国内通貨の切り上げ・下げは金融危機の原因ではなく、それ自体が金融 危機と考えている。α(通貨代替を示す変数)の決定要因は何か考えてみてはどう か。 ● 生産性や低インフレ率などの良好な経済のファンダメンタルズとの因果関係を検討 しないで、通貨代替と平価切下げに注目したのはなぜか。 浜田所長 ● 貨幣の取引の側面をもっと調査するべき。期待の一致や特定の国でドルを使うよう になる(ドル化する)メカニズムを分析する必要があるのではないか。アルゼンチ ンやロシアで起きていることがこのモデルで説明できると思われる。 ● 本ペーパーの出発点は通貨代替が通貨危機にどのような影響を及ぼすかということ と思われるが、換言すれば、どのような状況で通貨代替が起こるかということであ り、非常に興味深い問題だ。 澤田教授 ● 最も深刻な問題はデータが不足していること。例えば、国内通貨建て資産と米ドル 建て資産の割合を直接捕らえる時系列データがあれば、指摘のあったアルゼンチン についての計測結果の現実妥当性問題は検証できると考える。 ● 効用最大化モデルの定式化自体が実際の通貨代替を説明するには制約的ではないか とのコメントに関しては、指摘のとおり。ただし、本ペーパーでの問題意識は、通 貨代替と通貨の過大評価または平価切下げの間にどんな傾向があるか観察すること。 ● αについても、データ不足により、回帰残差として間接的にしか推定できない。中 央銀行のバランスシート等のデータが入手できればこの実証的な問題を改善する事 ができると思われる。 ● 通貨代替と経済発展の関係については、理論的な枠組みがあるわけではない。これ は、厳密な理論的フレームワークに基づくというよりは、データの分析から読み取 れるという実証的な発見にすぎない。 以上 −135− −136− 図 第1章 表 索 引 経済発展と資本逃避 図1−1 従来の収穫逓減生産関数 ……………………………………………………… 28 図1−2 発展段階と成長率 (先進国 ) ………………………………………………… 29 図1−3 発展段階と成長率 (世界 104 カ国) …………………………………………… 30 図1−4 収穫逓増と収穫逓減を持った生産関数 ……………………………………… 31 図1−5 反応関数と複数ナッシュ均衡 ………………………………………………… 32 図1−6 反 応 関 数 で 見 た経済離陸と資本逃避 ………………………………………… 33 図1−7 超過収益曲線とリスクプレミアム線 ………………………………………… 34 図1−8 期待為替レート、期待生産性、世界金利の変化 …………………………… 35 図1−9 為替リスク、生産性リスク、危険回避度の変化 ……………………………36 図1−10 国際金融市場の発展と経済離陸 …………………………………………… 37 図1−11 国内資本蓄積と資本自由化 ………………………………………………… 38 第2章 アジア危機の発生要因−対外借入制約に基づく再検証− 表2−1 輸出、輸入、純利払いに関する単位根テスト ……………………………… 50 表2−2 輸出、輸入、純利払いに関する共和分テスト ……………………………… 51 表2−3 対外債務の変化に関する単位根テスト ……………………………………… 52 表2−4 追加的な検証結果:危機後の標本期間を含めた場合 ……………………… 53 図2−1 タイの国際収支データ ………………………………………………………… 54 図2−2 インドネシアの国際収支データ ……………………………………………… 56 図2−3 韓国の国際収支データ ………………………………………………………… 58 第3章 金融為替政策と資本流入 表3−1 対ドル金利差と超過収益率 (1ヶ月物 ) …………………………………… 73 表3−2 Granger の因果性検定 …………………………………………………………… 74 表3−3 通貨供給量決定式 ……………………………………………………………… 75 表3−4 不胎化ダミー …………………………………………………………………… 76 表3−5 リスクプレミ ア ム の モ デ ル 推 計 ……………………………………………… 77 図3−1 東アジア通貨のリスクプレミアム (対ドル;1ヶ月物) ………………… 78 図3−2 東アジア通貨の対ドル為替レート …………………………………………… 80 第4章 資本自由化の形態と為替リスク負担 表4−1 資本の完全自由化の下での投資行動 ………………………………………… 97 表4−2 外国通貨建て貸借禁止の下での投資行動 …………………………………… 98 表4−3 外国通貨建てのみの貸借が可能な場合の投資行動 ………………………… 99 −137− 表4−4 自国通貨建ての貸借による資本移動のみが可能な場合の投資行動 ………… 100 表4−5 外貨建て貸借による資本移動のみが可能な場合の投資行動 … … … … … 101 表4−6 外貨、自国通貨による貸借は可能だが外国実物投資は不可能な場合の投資行動 … 102 表4−A1 資産の実質収益の平均、標準偏差、相関…………………………………… 103 第5章 通貨代替と通貨危機 表5−1 データの記述統計 …………………………………………………………… 122 表5−2 通貨代替変数の推計式 ……………………………………………………… 122 図5−1a 韓国における通貨代替と名目為替レート ………………………………… 123 図5−1b マレーシアにおける通貨代替と名目為替レート ………………………… 124 図5−1c インドネシアにおける通貨代替と名目為替レート ……………………… 125 図5−1d タイにおける通貨代替と名目為替レート ………………………………… 126 図5−2 通貨危機のタイミング ……………………………………………………… 127 図5−3 通貨代替と為替レート乖離インデックス ………………………………… 128 図5−4 通貨代替と経済発展の関係 ………………………………………………… 129 −138−