Comments
Description
Transcript
学位論文内容の要旨
博士(理学)小林靖尚 学 位 論 文 題名 Physiological Studies of the Serial Sex Changing Fish,Trz,7n7na okiTzawae ( 両方 向性 転換魚 オキナワベニハゼの生理学的研究) 学位論文内容の要旨 脊椎動物の性は、基本的には配偶子の遺伝情報により決定される。その後胚発生あるい は初期発生の過程で生殖腺の性分化が起こる。一般的に、一旦分化した性は異なる性に転 換されることはない。しかし魚類の中には性転換し、一生の問に両性を経験するものが少 なくない。魚類の性転換は様々な様式が報告されているが、性転換の開始及びその進行に は共通した因子やメカニズムが存在すると考えられる。しかし、これまでは、生態学、行 動学的的見地からの研究が多く、生理学的知見の収集は遅れている。これらの情報を得る ことは、魚類の性転換のメカニズムの解明ぱかりではなく、脊椎動物の性分化機構解明の ためにも重要であると考え本研究を開始した 。 本研究には両方向の性転換様式を持っオキナワベニハゼ(Tr i mm aok i na w a e) を用いた。 両方向の性転換様式は、今まで報告されている雌性先熟、雄性先熱の性転換様式と比べ、 同一個体において繰り返し性転換を再現できることから魚類の性転換や生殖腺の性分化の 機構を研究する上で優れたモデルになると考 えられる。 1 ) 両方向性転換の時間軸の決定: オキナワベニハゼの性転換は、社会構造の変化が直接となり起こることが明らかにされ ているが、どのような時間経過で起こるのかにっいては明らかされていなぃ。そこで、本 研究ではまず、飼育実験により両方向性転換を誘導し、性転換時の行動変化と性転換に要 する期間を調べた。その結果、性行動は性転換の方向にかかわらず、およそ30 分で変化す ることがわかった。また、条件が整ってから(雌から雄への性転換は大小雌のペア、雄か ら雌への性転換は大小雄のペア)最初の産卵が起こることを指標とした場合に、雌から雄 へ は 性 転 換 5日 間 、 一 方 雄 か ら 雌 へ は 10日 間 で 完 了 す る こ と が 明 ら か に な っ た 。 2 ) 芳香化酵素( Cy to ch ro me P 450 a ro ma ta se 、P4 50 ar om )遺伝子の両方向性転換過程にお ける発現変化: エストロゲン生成の鍵酵素で あるP 45 0a ro mが性転換に重要な役割を果たすことが他の 性転換魚で明らかにされつっあ る。本研究では両方向性転換におけるP4 5 0 ar o mの役割を 明らかにする目的で、2種類のP4 5 0 ar o m をクローニングし、性転換過程における卵巣内で の発現変化を調べた。その結果 、主に卵巣に強く発現するP 4 5 0a r o m( P4 5 0 ar o mA ) は正常 - 210 産卵雌の卵形成期に高い発現を示すとともに、性転換過程においては常に高い発現を維持 することがわかった。一方、主に脳に強く発現するP 45 0 a ro m B は、卵形成期には常に低い 発現を示 したが 、性転換 期には低 値なが ら、明ら かな変 化を示し た。また、いずれの P 4 5 0a r om 遺伝子の5 ’上流域にもT ‘A T.A 、C R E 、ER E 配列が認められたが、P 4 5 0 a r o m A 遺伝 子にのみ A d4 配 列が存在した。以上の結果より、P 4 50 a r om A は他の魚類と同様に卵黄形成 に重要な役割を果たしていると考えられる。一方、性転換期を通じての卵巣でのP 4 5 0 a r o m A の高い発現は、本種におけるP 45 0 証o m Aの性転換時における主な役割が卵巣維持であるこ とを強く示唆する。しかし、性転換時におけるP4 5 0 ar o mB の低値での変動にっいての生理 的意味は現在ところの不明である。また、P 4 50 a r om A の発現はAd 4 BP /S F ‐1 で制御されて いる可能性が示唆された。 3 )転写調節因子A d 4B P /S F lの発現変化: P 4 5 0a r om の発現制御機構を調べるために、ステロイド代謝酵素遺伝子群の転写調節因子 のー っとして知られているAd 4 B P/ S F -l 遺伝子をクローニングするとともに、この遺伝子 の卵形成期及び性転換過程における卵巣内での発現変化を調べた。その結果、A d 4 B P / S F l 遺伝子の発現は卵形成期に高値を示すとともに、性転換時には発現量が変動し、雌期に高 く、雄期に低かった。以上のことから、Ad 4 BP / S Fl は卵形成期の卵巣におけるP 4 5 0 a r o m A 遺伝子の発現を制御していることが示唆された。また、」k d 4 B P / S F l の発現が社会構造の変 化による刺激で調節されており、そのことが卵巣の活性化に何らかの作用を及ぼしている のではないかと考えられた。 4 )性転換時における生殖腺刺激ホルモン受容体の役割: 下垂体 から分泌 される 生殖腺刺 激ホル モン( go n ad o t ro p i n、G t H )は、受容体を介して 生殖腺の機能′発達を調節している。しかし、精巣と卵巣を同時に持っオキナワベニハゼで の GtHの 作 用 機 構 は 不 明で あ る 。そ こ で 2 種類のG tH受 容体 (FS HR、 LH R)を クロ ー ニ ングし 、生殖腺 での発現を調べた。その結果、2 種類のGt H 受容体はいずれも、雄として 機能している時には、精巣に強く発現し、卵巣での発現はきわめて低かった。逆に、雌と して機能している時には、精巣での発現は低く、卵巣で強く発現していた。一方、性転換 時生殖腺での発現は、性転換の方向に従って急速に変動することが初めて明らかになった。 すなわち、雌から雄への性転換時には、卵巣から精巣、雄から雌への性転換時には精巣か ら卵巣へとその発現部位が急速(1 日以内)に切り替わった。以上の結果より、ベニハゼ のG t H の作用は受け手側である受容体により調節されており、その発現局在は性転換よっ て明確に切り替わることが示された。これらの結果は、G t H/ G t H受容体系がオキナワベニ ハ ゼ の 両 方 向 性 転 換に 重要 な 役割 を 果た す こと を強 く 示唆 す る。 これまでの性転換に関する研究は、一過性で不可逆的な性転換を行う種を用いての解析 が多く、可逆的な両方向の性転換を行う種での研究は行われていなかった。本研究で得ら れた結果は、魚類性転換のメカニズムの解明に役立っものと考えられる。また、初期発生 期に起こる生殖細胞の分化、成長、成熟機構等の研究の発展にも寄与するものと期待され る。 ー 211― 学位論文審査の要旨 主査 教授 鈴木 範男 副査 教授 高橋 孝行 副査 教授 浦野 明央 副査 助教授 清水 隆 副査 助教授 田中 実 学 位論文題名 Ph ys io lo gi ca lSt ud ie so fth e Se ri alS exC ha n gl n g Fi S h ,7 ンZ ケ九ケ兜ロ〇カ励口Z 秒口¢ ( 両 方向 性 転換 魚オキナワ ベニハゼの 生理学的研 究) 魚 類 の生 殖様 式は 様々 なも のが 報告されている。その多くが 雌雄異体で一旦決定された 性が 変 わる こと は無 いが 、雌 雄同 体で、一生の問に性転換を行 う種が少なからず報告され ている。その性転換の開始及び 進行には共通したメカニズムが存在することが考えられる。 しか し 、報 告さ れて いる 多く の性 転換様式が一過性で不可逆的 なものであることから、そ の解 析 は遅 れて いる 。近 年、 同一 個体が両方向に繰り返し性転 換出来る新たな性転換様式 がオ キ ナワベニハゼ(T ri mm a ok in awa e) において見いだされた。 このことは魚類の性転換機 構を解明する上で優れたモデルになると考えられる。 本 学 位論 文は 、魚 類の 性転 換機 構の解明を目的として、オキ ナワベニハゼを用い両方向 性転換過程における生理変化を解析したものである。 学 位 論文 は4章か らな り、 第1章 では 、両 方向 性転 換時 の行 動 変化 及び 性転 換に 要す る 日数 を 明ら かに した 。第 2 章 では 、 性転 換に 重要 な働 きを 持っ と考えられている芳香化酵 素(P450 aro mata se、P450 arom )の 性転 換時 にお ける 卵巣 内で の 発現 挙動 を解 析し た。 そ の結 果 、2種類 のP450 arom が クロ ー ニン グさ れ、 その うち P 450ar omAは他 の魚 類と 同様 に 卵 形 成 藍 期 の 卵 巣 で 強 い 発 現 が み ら れ 、 性 転 換 時 に も 常に 高 い発 現を 示し た。 一方 、 P4 50aro mBは脳 に強 く発 現し 、性 転 換時 の卵 巣で 低値 なが らも 変動を示した。また、いず れの P45 0aro m遺 伝子 の5’上 流域 に もT AT A、C RE 、ER E配列が認められたが、P4 50 ar om A遺伝 子にのみAd 4配列が存在した。これらの結果から、P4 50 ar ・0 mA が卵巣の機能、特に卵形成促 進、 さ らに は性 転換 期に おけ る卵 巣の 維持 に働 くこ とが 考え られた。第3章では、ステロ イド 代 謝酵 素遺 伝子 の転 写調 節因 子のーつであるAd 4B P/S F‐1のc DN Aを単離し、その性転 換に伴う卵巣内での発現挙動を 解析した。その結果、A d4 BP/S F‐1 の発現は、性転換の雌期 では高く、雄期では低い発現量を示した。これらの結果は、性転換の刺激により、A l i 4 B P /S F ―1 の発 現 が調 節さ れ、 その こと が卵 巣の 活性 化に 繋が るの では なぃかと考えられた。第4章 では、脳.生殖腺の関係を調べ るため、生殖腺内での生殖腺刺激ホルモン受容体遺伝子の発 現を 調 べた 。そ の結 果、 ′FSH Rと LH Rと もに 、雌 期に は卵 巣に 、雄期には精巣に強い発現 が見られた。また、いずれの受 容体の発現も、雄から雌への性転換時には精巣から卵巣ヘ、 雌か ら 雄へ の性 転換 時に は卵 巣か ら精 巣へ と1日 以内 に急 速に 変化した。このことは、ベ ニ ハ ゼ の 甜 iは 受 け 手 側 で あ る受 容体 によ り作 用調 節さ れて お り、 この 2 種 の甜 i受容 体 遺伝 子 の発 現の オン 、オ フが 性転 換時 に重 要な 役割 を果 たし て いる こと が考 えら れた 。 以 上 の研 究結 果は 、魚 類性 転換 機構の新たな理解に資するも のである。よって著者は、 北海道大学博士(理学)の学位を授与される資格あるものと認める。 ― 212―