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本文 - J
BUNSEKI KAGAKU Vol. 65, No. 7, pp. 371–378(2016)
© 2016 The Japan Society for Analytical Chemistry
371
報 文
セレン欠乏によるマウス脳内の必須微量元素
(Fe, Cu, Zn, Mn, Se)を含むタンパク質への影響
安孫子拓斗 ,小林
1
慧人 ,松川
1
岳久 ,篠原
2
厚子 ,古田
2
*1
直紀
セレン通常食を食べさせて飼育したマウス(Se 通常群マウス)とセレン欠乏食で飼育したマウス(Se 欠乏
群マウス)に,セレン -82 安定同位体を濃縮した亜セレン酸{ Se(IV)}またはセレノメチオニン( SeMet)
82
82
を静脈注射したのち,必須微量元素(Fe, Cu, Zn, Mn, Se)の化学形態別分析を,高速液体クロマトグラ
フィー(HPLC)を結合させた誘導結合プラズマ質量分析法(ICPMS)で測定した.セレン欠乏群マウスで
は,恒常性により内因性セレンは一定に保たれ,セレノプロテイン P(Sel-P)の化学形態で保存されていた
セレンは細胞内グルタチオンペルオキシダーゼ(cGPx)の合成に使われた.また,静脈注射したセレンは
Sel-P の合成には使われず cGPx の合成に使われた.SeMet の方が Se(IV) よりも cGPx の合成に有効に使われ
た.Se が欠乏した脳内では,抗酸化作用を補うような反応が観測された.抗酸化作用を示すスーパーオキド
ジスムターゼ(SOD)やメタロチオネイン(MT)が,セレン通常群マウスと比べより多く合成されたのに
対し,ヒドロキシルラジカルを合成するチトクローム c(Cyt c)は,通常群マウスと比べ合成が押さえられ
た.特に,Se(IV) 注射した方が,SeMet 注射した時と比較して,内因性の cGPx, SOD, 及び MT が大きく増
加した.これは,Se(IV) を静脈注射した方がスーパーオキシドがより合成されるため,抗酸化作用を示すタ
ンパク質がより多く必要とされたためである.これらの実験事実より,必須微量元素(Fe, Cu, Zn, Mn, Se)を
含むタンパク質は,活性酸素種による脳細胞の損傷を少なくするために相補的に働いていると考えられた.
より H2O に還元される.H2O2 と O2−・ が反応すると反応
1 緒 言
性の高いヒドロキシラジカル(HO・)が生成する .また
9)
Se は哺乳動物において必須微量元素であり,欠乏すると
パーキンソン病などの神経変性疾患や癌の原因になること
H2O2 は Fe 存在下でもフェントン反応により HO・を生成
2+
する
.フリーラジカルは一度生成すると別の分子と反
10)11)
.Se は生体内でグルタチオンペルオキ
応してまた他のフリーラジカルを生成し,活性酸素種とし
シダーゼ(GPx)の主成分であり,その抗酸化作用により
て多くの生体分子に影響を与え細胞損傷を引き起こす.フ
活性酸素種から細胞損傷を防いでいる .抗酸化作用を有
リーラジカルの過剰生成を抑制するために H2O2 の除去に
するタンパク質は,他にカタラーゼ(CAT),スーパーオキ
は GPx もかかわっている .GPx にはセレノシステイン
シドジスムターゼ(SOD),メタロチオネイン(MT)など
(SeCys)部位があり,H2O2 を H2O に還元する .また,
がある .これらのタンパク質にも微量金属が含まれてお
システイン中のチオール基(R-SH)の酸化は酵素によって
り,CAT は Fe, SOD は Cu, Zn, Mn, MT は Cu, Zn を含有
還元修復を受けることが可能である.MT は構成アミノ酸
している.活性酸素種は体内において,呼吸で取り入れた
のうち 20 個がシステインである金属結合低タンパク質で
酸素をミトコンドリアが消費して水にする際に,一部の酸
あり,すべてのシステイン残基は金属に対して配位する金
素が電子伝達系複合体から電子を受け取り,スーパーオキ
属 ─ 硫黄結合になっている .そのため酸化ストレス時に
シドアニオンラジカル(O2−・)になる.このとき Cu イオ
結合金属が遊離し,MT 自身が酸化されることで HO・を除
ンやチトクローム c(Cyt c)中の Fe が関与していると言わ
去する .MT は MT-I, II, III, IV と 4 種類存在し,MT-I, II
が知られている
1)
2)
3)
4)
れている
.O2−・ は生体内で多量に生成するが,反応性
5)
6)
は低く,SOD により H2O2 に還元され
,H2O2 は CAT に
7)8)
12)
13)
14)
15)
と MT-III, MT-IV で は そ れ ぞ れ 機 能 が 異 な っ て い る .
16)
MT-I, II は多くの臓器に存在し,重金属の毒性軽減や代謝
調整の機能があるが,MT-III は脳にのみ特有に存在し,
*
1
2
E-mail : [email protected]
中央大学理工学部応用化学科 : 112-8551 東京都文京区春日
1-13-27
順天堂大学医学部 : 113-8421 東京都文京区本郷 2-1-1
MT-I, II のような機能がない.しかし神経突起の成長抑制
の機能があり,また MT-I-III に共通する機能として抗酸化
作用が挙げられる .MT-IV は生体機能がほとんど不明で
17)
B U N S E K I K A G A K U
372
Table 1
> 99.72 %)
(Eurisotope 製),2- アミノ -4- ブロモブタン酸
Experimental conditions of ICPMS
RF power
Plasma Ar gas flow rate
Auxiliary Ar gas flow rate
Career Ar gas flow rate
Collision cell gas flow rate
Isotopes Measured
Vol. 65 (2016)
1500 W
−1
15 L min
−1
1.0 L min
−1
1.0 L min
−1
3.5 mL min (He)
55
57
63
66
78
81
82
Mn, Fe, Cu, Zn, Se, Br, Se
臭化水素酸塩(Sigma Chemicals 製)及びメチルリチウム
ジエチルエーテル(Sigma Chemicals 製)を使用した.ト
リス硝酸緩衝溶液を調製するために,トリス塩基(Sigma
Chemicals 製) 及 び 硝 酸(70 %, 電 子 工 業 用,Kanto
Chemical Co., Inc. 製)を使用した.酸分解には硝酸及び過
酸化水素水(30 %,電子工業用,Kanto Chemical Co., Inc.
製)を用いた.
ある.
2・3 動物実験
脳内の Se 濃度は肝臓や腎臓といった他の臓器と比較し
て低い.しかし,Se 欠乏状態において脳は他の臓器より優
マウスを用いた動物実験は,順天堂大学医学部衛生学教
先的に Se を取り込むと言われており,脳内の Se 濃度には
室の飼育施設で行った.生後 4 週齢のオスのマウス(Crlj,
恒常性がある .このことは脳が活性酸素種による酸化ス
Charlesriver Laboratories Japan, Inc. 製)に初めの 1 週間は
トレスの影響を受けやすいことに関連があると考えられて
通常飼料(2.25 μg Se day )を与えた.その後,Se 栄養状
いる .脳には MT-III が局在し,このタンパク質について
態の異なる二つのグループに分け,4 週間通常飼料を与え
18)
19)
も抗酸化作用が認められている
20)∼22)
.脳で活性酸素種に
よる細胞損傷が起こると,パーキンソン病(PD)やアルツ
ハイマー病(AD)になるとされ
23)∼25)
,MT-III を含めた脳
−1
たものを通常群マウス(Se adequate)
,Se 欠乏試料( < 0.2
−1
μg Se day )を与えたものを Se 欠乏群マウス(Se deficient)
とした.そして両群のマウスに生理食塩水(control), Se
82
内の金属と結合したタンパク質を調べることは重要である
濃縮 Se(IV)( Se 0.12 %,
といえる.
0.52 %,
74
Se 1.85 %,
80
Se 0.17 %,
76
Se 0.15 %,
77
78
Se
Se 97.19 %,Oak Ridge National
82
Laboratory 製)溶液,または Se 濃縮 SeMet( Se 0.00 %,
82
2 実 験
Se 0.08 %,
76
Se 0.02 %,
77
74
Se 0.03 %,
78
Se 0.15 %,
80
82
Se
−1
2・1 装 置
99.72 %, Eurisotope 製)溶液(2.25 μg Se 匹 )を尾の静
酸分解操作では,マイクロ波前処理装置(ETHOS One,
脈に注射した.先行研究 から肝臓で作られた GPx は静脈
Milestone 製)と中圧ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)
注射後 6 時間で全身に運ばれていることが分かっているた
82
26)
容器を用いた.均質化操作には,ホモジナイザー用撹拌機
め,投与後 6 時間のマウスに関して解剖を行った.セボフ
(AS ONE 製)及びテフロンホモジナイザー(AS ONE 製)
ランを用いて過度の麻酔をかけてハサミで開腹後,ヘパリ
を用いた.超遠心分離操作では,超遠心機 Optima L-70K
ンが含まれている注射を用いて下大静脈から血液を採取し
(BECKMAN COULTER 製)及び超遠心機用ローター Type
た.血液を採取したのちに安楽死させた.臓器は臓器中に
70 Ti(BECKMAN COULTER 製)を用いた.高速液体ク
含まれる Se のみを測定するために,下大静脈より 5 % グ
ロマトグラフィー誘導結合プラズマ質量分析計(HPLC-
ルコースを注入し血液を除去した(潅流).そして,12 臓
ICPMS)を用いた必須微量元素の化学形態別分析には,
器(肝臓,腎臓,膵 臓,脾 臓,心臓,肺,胸腺,顎下腺,
ガードカラム(Asahipak GS-2G 7B, 50×7.5 mm I.D., 粒径
脳,精巣,精巣上体及び精嚢)及び筋肉を摘出し,即座に
9 μm, Shodex 製),サイズ排除カラム(Asahipak GS-520
−80 ℃ の冷凍庫で冷凍保存を行った.本研究では摘出し
HQ, 300×7.5 mm I.D., 粒径 6 μm, Shodex 製),ヘパリン
た臓器のうち脳のみを使用した .
アフィニティーカラム(AFpak AHR-894, 50×8.0 mm I.D.,
Shodex 製) 及 び PU-1580i( JASCO Cooperation 製) と
2・4 試料前処理
ICP-MS(7500ce, Agilent Technology 製)をオンライン接
マウスの全脳 0.45 g に 50 mmol L
−1
−1
トリス硝酸緩衝溶液
ト
(pH 7.4)650 μL 加え,テフロンホモジナイザーを用いて
リス硝酸緩衝液(pH 7.4)を用い,試料 100 μL,移動相
均質化を行った.均質化した溶液を 4 ℃,150000×g で 60
続した装置を用いた.HPLC の移動相には 50 mmol L
0.6 mL min
−1
で測定した.
分間遠心分離を行い,可溶性画分を得た.全量分析用(可
溶性画分)と化学形態別分析用の試料として可溶性画分を
2・2 試 薬
それぞれ 0.2 g と 0.6 g に分けた.全量分析用の試料は 70 %
動物実験において,マウスに麻酔をかけるためにセボフ
硝酸 200 μL と 30 % 過酸化水素水 100 μL を加えてマイク
ラン(Wako 製)を用いた.血液抗凝固剤としてヘパリン
ロ波分解を行った.分解後の溶液を 1.0 g になるように
(Wako 製),臓器の潅 流にグルコース(Wako 製)を用い
た.静脈注射用溶液を調製するために, Se(金属粉形態,
82
0.1 M 硝酸で希釈して測定試料とした.化学形態別用の試
料は孔径 0.45 μm のメンブレンフィルターを用いて沪過し
報 文 安孫子,小林,松川,篠原,古田 : セレン欠乏によるマウス脳内の必須微量元素(Fe, Cu, Zn, Mn, Se)を含むタンパク質への影響
373
2・6 化学形態別分析
化学形態別分析用試料 100 μL,移動相には 50 mmol L
Tris-HNO3(pH 7.4)及び 1.4 mol L
の 50 mmol L
−1
−1
−1
ammonium acetate
Tris-HNO3 溶液を用いた.また,ガードカ
ラム及びサイズ排除カラム,ヘパリンアフィニティーカラ
ムを接続した HPLC-ICPMS により測定した.
3 結果及び考察
3・1 内因性 Se と外因性 Se
脳の全量分析で測定された Se のピークを内因性 Se と
78
し,投与された Se を外因性 Se,マウス体内に元から存
82
82
在していた Se を内因性 Se とすると,測定によって得ら
82
82
れた Se 値は外因性と内因性の Se の合計値となる.そこ
82
82
で Se の測定値を Se の天然存在比で割り, Se の天然存
78
78
82
在比をかけることで内因性の Se を算出した.外因性 Se
82
82
は Se の測定値から内因性 Se 値を引いて求めた.
82
82
内因性 Se= Se [counts]×
82
78
( Se 天然存在比/ Se 天然存在比)
82
78
外因性 Se= Se [counts]−内因性 Se
82
82
3・2 全量分析(可溶性画分)
Fig. 1 Total analysis (soluble fraction) of
82
82
endogenous Se, exogenous Se, Mn, Fe, Cu, Zn
, Se adequate-control;
, Se deficient-control;
,
Se adequate-Se (IV) injection; , Se deficient-Se (IV)
injection;
, Se adequate-SeMet injection;
, Se
deficient-SeMet injection. Left Y axis is
82
concentration of endogenous Se and right Y axis is
82
concentration of exogenous Se. Experiments were
conducted for 3 mice and an error bar indicates
standard deviation.
82
Fig. 1 に脳の可溶性画分の全量分析の結果を示す.内因
性 Se の濃度は Se 栄養状態によらず,通常群と比較して
82
Se 欠乏群でほとんど変化しなかった.これにより Se の摂
取量が減少しても脳内の Se 濃度は恒常性を示すことが確
かめられた.一方,外因性 Se は通常群と比較して Se 欠
82
乏群で高く,より多く取り込まれていることが分かった.
さらに,通常群及び Se 欠乏群で Se(IV) 投与時よりセレノ
82
メチオニン( SeMet)投与時の方が Se 濃度が高い.その
82
ため Se の取り込みは SeMet として取り込まれることが優
たものを測定試料とした.また,別のマウスに対して全量
勢であると考えられる.
分析(可溶性画分及び不溶性画分)を行った.試料は可溶
ま た Mn 濃 度 は 通 常 群 に お い て control と 比 較 し て
Se(IV), SeMet 投与は高くなっているが,Se 欠乏群同士
性画分を分けずに脳左前 1/3 切り出し,0.15 g の脳を均質
82
化せず 70 % 硝酸 400 μL と 30 % 過酸化水素水 200 μL を
では control と比較して Se(IV), SeMet 投与は低くなっ
加えてマイクロ波分解を行うことで全量分析用試料を得
ている.このことから,Se 欠乏において Se 投与がタンパ
た.
ク質中の Mn 濃度に影響を与えていると考えられる.一方,
82
82
82
Fe 濃度は Se 投与形態によらず通常群と比較して Se 欠乏群
2・5 全量分析
で高くなった.これは Se 欠乏において Se 投与がタンパク
測定は,100 μL のサンプルループを用い,フローイン
質中の Fe 濃度に影響を与えていると考えられる.
ジ ェ ク シ ョ ン 法(FI)
-ICPMS に よ っ て 行 っ た. ま た,
Cu 及び Zn 濃度は通常群と比較して Se 欠乏群では高く
ICP-MS を用いて Se を測定する際には Br からのスペクト
なっている.さらに通常群の Se(IV) 投与時の濃度は,通
ル干渉( Se: Br H)及び C による増感効果の影響を受け
常群の control と通常群の SeMet 投与時の濃度と比較し
る.これらを補正するために,マウス脳酸分解後に残存す
て高い.Zn の場合,Se 欠乏群で Zn 濃度が減少しているよ
る C 濃度を ICP 発光分析法により測定し,増感率と C 濃度
うに見えるが,通常群の control と通常群の Se(IV) 投与
の関係式より ,FI-ICPMS によって得られた Se 濃度の補
時の濃度とを比較すると, Se(IV) 投与時の濃度が著しく
正を行った.
高いことが分かる.Se(IV) は毒性を示すため,通常群マウ
82
81
27)
1
82
82
82
82
B U N S E K I K A G A K U
374
Separation of SEC
Separation of Heparin AF
cGPx
800
Sel-P
250
78Se
Signal intensity / counts
Signal intensity / counts
Vol. 65 (2016)
600
400
200
0
500
1000
78Se
200
150
100
50
0
1500
1500
Retention time / sec
2000
cGPx
82Se
400
200
0
82Se
150
100
50
0
500
1000
1500
Retention time /sec
Fig. 2
Sel-P
200
Signal intensity / counts
Signal intensity / counts
600
2500
Retention time / sec
̶̶
78
1500
̶̶
2000
2500
̶ ̶
Retention time /sec
82
HPLC-ICPMS chromatograms of Se and Se isotopes with use of size exclusion
, Se
chromatography (500–1500 sec) and affinity chromatography (1500–2500 sec).
adequate-control;
, Se deficient-control;
, Se adequate-Se(IV) injection;
, Se deficientSe(IV) injection;
, Se adequate-SeMet injection;
, Se deficient-SeMet injection.
スに Se(IV) を投与するとマウス脳内では Cu 及び Zn 濃度
ンパク質を溶出させるために移動相を変える時に SEC に
を増加させ,解毒作用を高めていると考えられる.このこ
流れないように溶出経路を作製した.また,各元素の同定
とについては,以下の化学形態別分析の節で理由を考察す
されたピークはそれぞれのタンパク質の標品を添加して同
る.
定した.Fig. 2 に Se 及び Se のピークを示す.同定した
78
82
cGPx は 950 sec,セレノプロテイン P(Sel-P)は 1950 sec
3・3 全量分析(可溶性画分及び不溶性画分)
にそれぞれのタンパク質のピークを観測した.続いて
脳全体の全量分析結果から可溶性画分の結果を差し引く
Fig. 3 に Cu, Zn, Mn 及び Fe の SEC クロマトグラムを示す.
ことで不溶性画分の濃度を算出した.全体の元素濃度に占
SOD-1 は Cu 及び Zn の 1000 sec,SOD-2 は Mn の 980 sec,
める 可 溶性 画分の 割合 は約 30 ∼ 50 % で あ る こ とが 分
MT-1, 2 は Cu 及び Zn の 1050 sec,MT-3 は Cu 及び Zn の
かった.
900 sec,CAT は Fe の 950 sec,Cyt c は Fe の 1180 sec にそ
れぞれのタンパク質のピークを観測した.また,Fe の場
3・4 化学形態別分析
合,1050 sec には Se 欠乏群マウスの Se(IV) 投与,SeMet
3・4・1 ピークの同定 化学形態別分析では.サイズ
投与で大きくなるピーク(紫色と黄色)を観測したが,同
排除カラム(SEC)にヘパリンと相互作用するタンパク質
定には至っていない.以上を踏まえ,検出されたピークの
を特異的に吸着することのできるアフィニティーカラム
総面積を 100 % とし,各ピークの比率を算出し,可溶性画
(AF)を SEC カラムの後に直列で接続して測定した.AF は
分の全量分析の結果を比例配分することで,同定したタン
移動相を変えることでタンパク質の吸着,溶出を制御する
パク質の濃度を定量した.Se 欠乏群マウスの SeMet 投与に
ため,SEC と AF の間に切り替えバルブを設け,AF からタ
おける 800 sec 付近のピーク(黄色)はどの元素もインジェ
SOD-1
30 × 104
63Cu
MT-3
MT-1, 2
20 × 104
10 × 104
Signal intensity / counts
Signal intensity / counts
報 文 安孫子,小林,松川,篠原,古田 : セレン欠乏によるマウス脳内の必須微量元素(Fe, Cu, Zn, Mn, Se)を含むタンパク質への影響
1000
SOD-1
15 × 104
66Zn
MT-3
5 × 104
0
1500
500
1000
SOD-2
55Mn
2.0 × 104
1.5 × 104
1.0 × 104
0.5 × 104
0
500
̶
1000
̶̶
66
Fig. 3 HPLC-ICPMS chromatograms of Cu,
exclusion chromatography (500–1500 sec)
CAT
5 × 104
57Fe
3 × 104
2 × 104
1 × 104
0
500
66
Cyt c
4 × 104
1500
Retention time / sec
, Se adequate-control;
deficient-Se(IV) injection;
1500
Retention time / sec
Signal intensity / counts
Signal intensity / counts
Retention time / sec
2.5 × 104
MT-1, 2
10 × 104
0
500
375
̶̶
Zn,
55
Mn, and
1000
Retention time / sec
57
1500
̶
Fe isotopes with use of size
, Se deficient-control;
, Se adequate-Se(IV) injection;
, Se
, Se adequate-SeMet injection;
, Se deficient-SeMet injection.
クションバルブを切り替えた時の影響であるため計算から
除外した.
3・4・2 各タンパク質の解析 Fig. 4 に内因性 Se の
82
cGPx 及び Sel-P 中の Se 濃度と,外因性 Se の cGPx 及び
82
Sel-P 中の Se 濃度を示す.cGPx 中の内因性 Se は通常群
82
と比較して Se 欠乏群で高くなった.しかし,Sel-P 中の内
因性 Se の濃度は通常群と比較して Se 欠乏群で低くなっ
82
た.このことから,Se 欠乏状態では Sel-P 中の Se を使い,
cGPx の合成をしていることが分かった.また,外因性 Se
82
は Se 投与時,cGPx において通常群と比較して Se 欠乏群
で著しく高くなり,Sel-P においては著しく低くなった.こ
のことから,Sel-P として Se は貯蔵されず,すぐに cGPx
の合成に使われていることが分かった.つまり Se 栄養状
態が通常の場合,投与された Se は血液中を Sel-P の化学形
態で輸送されているが,Se 欠乏状態の場合,Se は Sel-P と
して貯蔵されていた内因性 Se 及び外因性 Se を cGPx の合
成に使っていると考えられる.
Fig. 5 に SOD-1 中の Cu,Zn 濃度,及び SOD-2 中の Mn
濃度を示す.SOD-1 中の Cu 及び Zn 濃度はどちらも投与
形態によらず,通常群と比較して Se 欠乏群で高くなった.
Fig. 4 cGPx and Sel-P of endogenous and
82
exogenous Se
, Se adequate-control;
, Se deficient-control;
,
Se adequate-Se (IV) injection; , Se deficient-Se (IV)
injection;
, Se adequate-SeMet injection;
, Se
deficient-SeMet injection. Experiments were
conducted for 3 mice and an error bar indicates
standard deviation.
B U N S E K I K A G A K U
376
Fig. 5 Concentrations of Cu and Zn in SOD-1 and
Mn in SOD-2
, Se adequate-control;
, Se deficient-control;
,
Se adequate-Se (IV) injection; , Se deficient-Se (IV)
injection;
, Se adequate-SeMet injection;
, Se
deficient-SeMet injection. Experiments were
conducted for 3 mice and an error bar indicates
standard deviation.
Fig. 6
MT-3
Vol. 65 (2016)
Concentrations of Cu and Zn in MT-1, 2 and
, Se adequate-control;
, Se deficient-control;
,
Se adequate-Se (IV) injection; , Se deficient-Se (IV)
injection;
, Se adequate-SeMet injection;
, Se
deficient-SeMet injection. Experiments were
conducted for 3 mice and an error bar indicates
standard deviation.
これは Se 欠乏状態による酸化ストレスを抑制するため,
SOD-1 の濃度を高くすることで SOD の抗酸化活性を強め
ていると考えられる.
また,SOD-2 中の Mn 濃度も投与形態によらず,通常群
と比較して Se 欠乏群で高くなった.SOD-2 はストレス刺
激 に 反 応 し て 発 現 す る た め, 発 現 量 の 多 い Se 欠 乏 群
Se(IV) 投与が最もストレスが高いと考えられる.この結果
は,cGPx の場合,内因性 Se の濃度が Se 欠乏群 Se(IV) 投
Fig. 7
与の時,最も高かったのと同じであることから,脳内では
, Se adequate-control;
, Se deficient-control;
,
Se adequate-Se (IV) injection; , Se deficient-Se (IV)
injection;
, Se adequate-SeMet injection;
, Se
deficient-SeMet injection. Experiments were
conducted for 3 mice and an error bar indicates
standard deviation.
82
Se 欠乏の Se(IV) 投与時に酸化ストレスが高まると考えら
れる.
Fig. 6 に MT-1, 2, 3 中の Cu 及び Zn 濃度を示す.MT-1,
2 中の Cu 及び Zn 濃度は投与形態によらず,通常群と比較
Concentrations of Fe in CAT and Cyt c
して Se 欠乏群で高くなった.特に酸化ストレスが高いと
考えられる Se(IV) 投与時では最も MT-1, 2 内の金属濃度が
Cyt c 中の Fe 濃度は投与形態によらず,通常群と比較し
高くなった.
一方,MT-3 中の Cu 及び Zn 濃度も Se(IV) 以外の投与形
て Se 欠乏群で低くなった.特に control で最も減少量が大
態で,通常群と比較して Se 欠乏群で高くなった.Se 欠乏
きかった.これは Cyt c によって合成される活性酸素種の
の Se(IV) 投与時のみ MT-3 中の金属濃度が減少したのは,
生成量を抑えるため,Cyt c の合成を抑制したためだと考え
細胞質内のオートファジー(自食作用)により MT-3 が減
られる.
少されたためだと考えられる .
28)
Fig. 7 に CAT 及び Cyt c 中の Fe 濃度を示す.CAT 中の
4 結 論
Fe 濃度はいずれの投与形態においても通常群と比較して
Se 欠乏群マウスの脳内では,通常群と比較して内因性
Se 欠乏群でほとんど変化がなかった.これは脳内での
Se 濃度に大きな変化が示されず,恒常性が確認された.ま
CAT 活 性 が ほ と ん ど な い こ と と 一 致 す る . し か し,
た,外因性 Se の投与形態別の濃度変化から脳への Se の取
29)
SeMet 投与時に Fe 濃度が高くなったことから,Se 投与形
り込みは SeMet が優勢であり,Se 欠乏状態では Se は Sel-P
態によって脳内での CAT 合成に違いがあると考えられる.
に貯蔵されず,cGPx として増加することが分かった.さ
報 文 安孫子,小林,松川,篠原,古田 : セレン欠乏によるマウス脳内の必須微量元素(Fe, Cu, Zn, Mn, Se)を含むタンパク質への影響
らに,SOD や MT といった抗酸化作用を持つタンパク質に
含まれる金属濃度は通常群と比較して Se 欠乏状態で増加
しており,HO・を生成する Cyt c は減少していることから,
脳内の抗酸化作用を補うような働きをしているといえる.
特に Se 欠乏群マウスに Se(IV) を投与した場合は,SeMet
を投与した場合と比較して内因性 cGPx や SOD, MT-1, 2 の
濃度が高いことから,Se(IV) 投与では O2−・ の発生が多く,
そのためより多くの抗酸化作用を有するタンパク質が合成
されると考えられる.このことから Se 欠乏群マウスの脳
内では他の抗酸化作用を有する酵素が相補的に働き,活性
酸素種による脳細胞の損傷を少なくするようなメカニズム
があると考えられる.
文 献
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B U N S E K I K A G A K U
378
Vol. 65 (2016)
Effects of Selenium Deficiency on Proteins Containing Essential
Trace Elements (Fe, Cu, Zn, Mn, Se) in Mouse Brain
1
1
2
*1
2
Takuto ABIKO , Keito KOBAYASHI , Takehisa MATSUKAWA , Atsuko SHINOHARA and Naoki FURUTA
*
E-mail : [email protected]
1
Faculty of Science and Engineering, Department of Applied Chemistry, Chuo University, 1-13-27, Kasuga,
Bunkyo-ku, Tokyo 112-8551
2
Faculty of Medicine, Department of Epidemiology and Environmental Health, Juntendo University, 2-1-1,
Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8421
(Received March 24, 2016; Accepted April 16, 2016)
82
82
After selenium-82 isotope-enriched selenite ( Se(IV)) or selenomethionine ( SeMet) was
intravenously injected to mice fed with selenium adequate diets (Se adequate mice) and to
mice fed with selenium deficient diets (Se deficient mice), speciation analysis of essential trace
elements (Fe, Cu, Zn, Mn, Se) containing proteins in brain was conducted by using inductive
coupled plasma mass spectrometry (ICPMS) combined with high-performance liquid
chromatography (HPLC). In Se deficient mice, endogenous selenium was kept constant due
to homeostasis, and selenium stored as a chemical form of selenoprotein P (Sel-P) was used to
produce cellular glutathione peroxidase (cGPx). Injected Se was not used to produce Sel-P,
but used to produce cGPx. cGPx was more efficiently produced by SeMet injection than
Se(IV) injection. When Se was deficient in the brain, complementary reactions to reduce
superoxide were observed. Superoxide dismutase (SOD) and metallothionein (MT), which
play an important role in antioxidant, were produced more compared with Se adequate mice,
whereas cytochrome c (Cyt c), which produces hydroxyl radical, was less produced compared
with Se adequate mice. Particularly large increase of endogenous cGPx, SOD and MT was
observed after Se(IV) injection compared with SeMet injection. That implies antioxidant
proteins were required because superoxide were more produced when Se(IV) was injected.
From these experimental results, it could be considered that essential elements (Fe, Cu, Zn,
Mn, Se) containing proteins complementarily worked to reduce damage of brain cells from
active oxygen.
Keywords: HPLC-ICPMS; selenium deficient; glutathione peroxidase; superoxide dismutase;
metallothionein; cytochrome c.
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