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ロービジョンにむけた読書支援
ロービジョンにむけた読書支援 株式会社ボイジャー http://www.voyager.co.jp 1.電子本リーダーのロービジョン機能 読書生活に文庫本があるように、電子本というもの T-Time を自分のパソコンにいれておけば、おもに があります。コンピュータをはじめとする電子機器を インターネット上に販売されている電子本コンテンツ 利用して本の版面を表示させるというものです。机上 が文庫本のように読めます。講談社、新潮社、角川書 のパソコンで可読することから始まったのですが、文 店など大手の出版社が採用しているだけではなく、小 庫本がハンディであるようにおよそ液晶のついたさま 規模の出版社、ブログサイトなどインディーズの方々 ざまなモバイルな機器に電子本はひろがってきていま にも利用いただいています。 す。 この電子本リーダーに標準の機能として「ロービ ボイジャーは、 『ティー・タイム(T-Time)』とい ジョン・モード」を実装させました。すでに公開され う電子本のリーダー(ビュワー)を開発し公開してい ている電子本約 12,000 作品(2006 年 8 月現在)は ます。これを使って読むわけです。インターネットを すべて、400%拡大を基準としてさらに文字サイズの みるときブラウザといって "Explorer" とか "Safari" と 拡大、太文字表示、輝度反転、拡大鏡など視覚障碍者 かを使うでしょう、あれとおなじです。ただインター 対応の拡充が実現しました。 ネットのブラウザと大きく違う点は、本のように表示 これらの機能は電子本リーダー T-Time の標準機能 してくれるということです。縦書き表示が可能です として搭載するもので無償配布されます。読者は、コ し、ふりがな等も本の体裁とおなじようになります。 ンテンツ購入以外一切の費用を必要としません。ロー ビジョン対応となった T-Time 新バージョンは2月1 日より公開されており、ボイジャーホームページより どなたでもダウンロードできます。 T-Time で表示した電子本の版面 1 を、労力をかけて、コストをかけて行なうのはなかな かできることではありません。いずれの面からも十分 な出版を促進できない状態にあります。 一方で電子本は、文字表示の拡大をすでに実装され た機能としてもっているのが一般的です。私たちは電 子本の普及に努めてきましが、そうした際に必ず機能 の豊富さの一つとして文字が拡大できることを誇らし げに述べてきました。しかしこれは私たちの示威のた めのものでしかなく、一つの「飾り」的な意味しかもっ ていませんでした。活字を大きくする、白黒を反転す 400%拡大の基準画面、ここから更に拡大が可能となる 芥川龍之介『戯作三昧』 青空文庫より る等々を必要とする世界について、真剣に知ろうとす ることはなかったのです。電子本には普及を妨げるお おくの課題が横たわっており、なによりもまず当面の 危機をクリアすることが優先されてしまったのです。 3.電子本 常にあった三つの危機 本とは、格納性にすぐれ、可読性にすぐれ、持ち運 びにもすぐれたビークルだといわれます。ビークルと はビハイクル(vehicle)=乗物という意味です。電 子本とは、ですから「新しい本」としての「新しい乗 物」の上に存在するわけで、つまり大なり小なりコン ピュータというハードに乗っかった中味なのです。本 は存在しさえすれば誰でも読めます、存在しさえすれ ば消えにくい。電子本はどうかといえば、大きな三つ ロービジョン対応の T-Time は無償でダウンロードできる http://www.voyager.co.jp/T-Time/index.html の危機に直面していました。 1.充電の危機→電気がなければ読めない 2.機能はすでに実装されていた 2.撤退の危機→ハードの生産中止がつきまとう 日本には 30 万人の視覚障碍者がいます。そのうち 3.分裂の危機→リーダーがまちまち の7∼8割は、弱視といわれる人たちです。日本眼科 充電切れの忌まわしさはいわずもがなでしょう。み 医会は、視覚的に日常生活に困難をきたすという基準 なさんも体験していることだとおもいます。 で考えると障碍者は全国で 100 万人いるだろうと推定 撤退の危機とは、ハードが短命だということです。次々 しています。こうしたさまざまな視力の問題を抱える に新しいものが出てきては古いものを押しやります。 状態をロービジョンといっています。 変化をもとに常に新しい製品を売り込む世界なので 視覚障碍というとすぐ点字のことが頭に浮かびます す。極端ないいかたをすれば、売ったハードは早く買 が、点字を読める人は3万人ほどです。徐々にあるい 替えて欲しいというのが本音ではないでしょうか。し は中途にして視力を失いかけた人にとっては、点字を かしそこに乗っている中味はどうすればいいのか? 習得するのは大きな課題だといわなければなりませ 買った本がハードの切替で読めなくなってしまうの ん。ロービジョン者にむけた読書支援は、文章を声で か、読者の憤懣はやりきれません。この問題は消費者 読む音訳や拡大活字本によるものが中心になります。 センターに持込まれたことさえあるのです。 こうした支援がいかに大変なことか、例えば本を考え 分裂の危機とは何でしょう?電子本は、これを実際 てみましょう。拡大活字本にするには新たなもう一つ に出版する上で一定のフォーマットを必要とします。 の本を作らなければならないわけです。別個の本を、 この領域は比較的自由に活動できる場だということ それも大量に売りさばけないことがわかっているもの で、有象無象、ベンチャー企業がはいり込み、フォー 2 マットの角逐合戦を繰り返しました。大企業との離合 集散も繰り返えされたわけです。自分の生き残りを優 先し、読者のことはほとんど顧みることはありません でした。読者とは「買う人」だとしか考えなかったの です。 4.今そこにある液晶デバイスを本にする 誰もが読めるべき、いつまでも残るべき……少なく ともこの二つの課題が達成されないかぎり電子本を出 版することに夜明けはないだろうとおもいます。だと したら、まず、このハードでしか読めない「本」、な どと平然としているわけにはいかないはずです。まし スローガンには「今そこにある液晶デバイスを本にします」と書かれた てや短命なのです。短命についえるものの上に人は真 面目なものを残そうとは考えないでしょう。そういう 5.誰もが読め、いつまでも残る…… 観点で私たちは自分たちの電子本への取り組みを点検 電子本の情報は、文字や版面のサイズを自在に変形 したのです。 させることができます。ですからその人が買った電子 変わる内容、変わらぬシステム、これが出版です。 本をその人が欲する電子機器の上に表示する道をつく 出版とはシステムがコロコロ変わってはダメです、変 ることは不可能ではありませんでした。私たちは追求 わっていいのは内容です、中味だけです。技術を先取 しました。短命なハード機器の上に電子本が背負って りするハードは、変わらぬシステムとはいきません。 いる「撤退の危機」を乗り越えようという方策でもあ この信頼に足らない激しく「変わるシステム」に乗っ り、あがきであったのかもしれません。誰もが読め、 て出版するためには、どうしたらいいのか、どんな考 いつまでも残る……本の切実な願いがそこにあったこ えが必要なのかということでした。 とは明らかです。 もしかして「本」というものにとっては、技術は前 ここまでできるようになって、ロービジョンの問題 衛ではなく、後衛なのではないかとおもうようになり は、再び私たちに大きな疑問符を投げかけました。誰 ました。前へ前へと首を伸ばすことではなく、メディ もが読めるべき……もう一度この言葉を繰り返してみ アの最後部をしっかりと見守るものなのではないの ました。ほんとうにそうなっているのか? か。それはたとえハードに依存しなければならない電 電子化によって「本」は溶解します。良いか悪いか 子本にとってもおなじことなのだと感じたのです。 それは別としても「本」の中味は流れ出したのです。 そうおもって世の中に数多送り出される液晶デバイ 流れ出た情報を人に配る水路を考える、これが未来の スをみていたら、共通する「しんがり」がみえてきま 出版だろうとおもった、そこまでは良かったのですが、 した。iPod のような音楽機器にも PSP のようなゲー 誰もが読めるべきだということのなかに、視覚障碍と ム機にも、カメラにも携帯電話にも写真をみる共通す いうロービジョンへの視点はなかったのです。 るビュワー(リーダー)がみんな備わっていることに 別個の本をつくる必要もなく、表示手順の工夫で済 気づいたのです。 む可能なことだったのです。電子本に本来備わった機 デジカメや携帯の画面に、 私たちは彼女や彼氏、ペッ 能だったのです。にもかかわらず、ロービジョン対応 トなどの写真をいれ込んでいます。そこに版面を写真 を明確に推進する意思が働かなかったのです。問題な としてため込んでやれば本になるじゃないか、とお く見えている立場と見えていない人の立場の間に厳然 もったのです。写真を次々とみるのは、 ページをめくっ と存在するこれこそが大きな溝だったのだろうとおも ていることとおなじです。液晶デバイスに文字が載り います。 ページがめくれるなら本になります、最低限の要件は もし文字が大きくなることで多少とも読書の困難を あるでしょう。本とはかくのごとくシンプルなもの、 軽減できるのであるならば、電子本にとってロービ だから強いのです。 ジョン対応はまず最初に取り組むべき大きな課題だっ 3 たはずです。ロービジョンの読書支援をおこなう「出 ジョンの本を出していることにもなっているわけで 版ユニバーサルデザイン研究会」などに参加させてい す。 ただき、T-Time がいますぐになしえるものの一つと 電子本がしていることは、ロービジョンの人に向け して、文字の拡大機能について真剣に向き合うべきだ て何か特別のことをしているというのではありませ と知らされました。特別なものではなく常備する電 ん。電子本という仕組みが、そのリーダーを使って単 子本リーダーの中に当たり前の機能としてロービジョ 純に表示状態を変化させる機能を備えているだけで ン・モードが組込まれているべきである、そして誰も す。だからこそ、千差万別な人々の可読環境に対する がいつでも引き出せる機能として備わっているべきも 当たり前の基準としてこれを活用していくことこそ のであるという考えにたどりついてきたのです。 もっとも大事な出版としての態度だというべきであり ましょう。遅ればせながらそれに気づいてきた、そし て同時に一方で出版社の電子本発行の気運にも拍車が かかってきたという、いわば出会いが形成されつつあ るのではないかと思います。 電子本から一冊だけ印刷し簡易製本するオンデマン ド本をつくるサービスもはじまりました。講談社の電 子本データにはすでにオンデマンド印刷する仕組みが 備わっており、読者の注文に応じて文字の大小を印刷 できます。ネット書店から電子本を選択し、拡大活字 の本を自分だけに一冊印刷してもらうことが可能に なったわけです。 時間はかかるでしょうが徐々に電子本の作品数が増 えていけば、ロービジョンの人々にとっても読みたい キーボード上の「1」 「2」 「3」のナンバーキーのみの操作によって 文字拡大、輝度反転、太字という基本操作が可能となる 本がすぐに選択できる環境が自然と形成されていくこ とになるでしょう。 6.備えておくべき当たり前の基準 今回の試みにより、 インターネット上の電子書店「理 想書店」「電子文庫パブリ」 「ビットウェイブックス」 「Σ Book.jp」 「電子書店パピレス」 「ウェブの書斎」 「グー テンベルグ 21」「Boon-gate.com」 「e 文庫」 「モバイ ルブック」「楽天ダウンロード」などで販売されてい る電子本(ドットブック形式あるいはテキスト形式) をそのまま拡大表示で読むことができるようになりま した。鈴木光司、角田光代、石田衣良、藤沢周平、平 岩弓枝氏などの人気作家をはじめ、インターネット図 書館「青空文庫」の 5,600 作品などもすべてロービジョ ン対応となります。 講談社が発売する電子本(現時点で約 700 作品)も ここには含まれていますが、吉川英治の『宮本武蔵』 『新・平家物語』をはじめ『三国志』 『新・水滸伝』ま 講談社オンデマンドの吉川英治『新・平家物語』より 左から、四六判通常活字、高齢者向けワイド大活字、菊判特大活字 で代表作品のことごとくが文字拡大、太文字表示、輝 7.これからの課題、展望 度反転、拡大鏡など、いますぐにでも当たり前の機能 としてロービジョン対応として読むことができます。 これはまだ緒についた段階です。多くの課題が残さ 出版社が電子本を定期的に出し続けることが、ロービ れています。 4 まずは音声読み上げがあるといいという意見が圧倒 ンスするちょっとたどたどしい日本語を耳にしたりし 的です。音声読み上げは既存のソフトがあり、すでに ます。自動販売機で「ありがとう」などと予期せぬ発 備えられているソフトとの連携が肝心でしょう。文字 声にびっくりされた経験をおもちのかたは少なくない 配列、表示文字数、フォント等の問題も指摘されてい でしょう。すでに私たちの生活のかなりの局面にこう ます。表示上の問題は一方では個人差もあり、最大公 した自動音声読上げ機能ははいりこんできています。 約数のニーズよりもバリエーションを選択できる余地 もちろん本を読上げるソフトウェアはいくつも開発さ のある電子本リーダーの良さを発展させていくことで れています。ですから T-Time が音声読上げするから 対処すべきことかもしれません。 といって、それのどこが特別なのか、むしろ遅きに失 普及のためには、ソフトのインストールやコンテン した感さえあるとおもわれるかもしれません。 ツの購入、ダウンロードが簡単にできることも達成し コンピュータをつかって読上げるには、発声の源で なければならない重要項目です。ステップ数は少なく、 ある文字情報の存在がなければなりません。一般に本 キー操作だけで購入、ダウンロードができる、一度登 とはこの文字情報のつらなりによってつくられた作品 録をすれば二度目からは入力が省ける、他人の手を借 =著作物なわけです。電子本にとって、この著作物を りず一人でできること……。コンテンツの豊富さがあ 保護するということは非常に大事なことです。電子本 り、他人の手を借りずに買え、これに音声も加われば にとり組む私たちとしては、作品としての情報と単な 視覚障碍者の読書環境は一変するだろうとの指摘は、 る文字情報とは区別して考えなければなりません。作 明らかに私たちが取り組まねばならない明日の課題だ 品として一定の完成された形をもつ情報が、単なる文 と思います。 字情報の固まりとして加工、改変されうる状態にもど されることを容易にするわけにはいかなかったので 出版人は長いこと「出版」と「電子出版」を区別し す。 てきました。そう呼んだ真意は自分たちとは違う別物 ということを強調したかったのではないかと思いま 音声読上げは、文字情報を受取ってそれを発声させ す。「まがい物」に対する蔑みもあったことでしょう。 る「エンジン」が存在します。この「エンジン」は、 私たちの活動は長い間そういわれて仕方のないもので 読み上げる対象が単なる文字情報なのか著作物である もありました。しかし時が経過し、点在したさまざま のか判断をつけることはできません。しかし、もし な活動が結びつき、ネットワークを組み、誰もが読め、 T-Time で表示される電子本はすべて著作物なのだと いつまでも残る全書籍の電子化計画への方向性があら いうことにしてしまえば話しは簡単でしょう。その著 われてきたとき、それは別物なんかではない出版自身 作物を単なる文字情報に戻すことなく「エンジン」が の未来であるということが明らかになってきたので 発声する仕組みをつくればいいだけのことになりま す。 す。T-Time で表示する作品と「エンジン」が別々に おおくの人の協力を必要とします。人々が力を合わ 存在し、作品側から読上げて欲しいと依頼すれば、た せる場こそ出版の立脚する根本であるはずです。ロー だちに「エンジン」が稼働するという仕組みです。 ビジョンへの対応は、出版の未来に対する課題を明ら まずは「読上げてくれ」という依頼。「止めて」と かにしてくれているのではないでしょうか。 いう依頼。もっと声を「大きく」あるいは「小さく」 、 読み方を「早く」「遅く」。これらの指示はパソコンの 8.半年後の追記 ファンクションキーに割当られました。実際に利用さ T-Time がロービジョン対応として文字の拡大機能 れるであろう方達の意見をお聞きして、キーの割当を を 改 善 し た の は 今 年(2006 年 ) の 2 月 で し た。 そ 検討しました。また「読上げてくれ」を押すことによっ れから半年、こんどは音声読上げが可能になりまし て、T-Time が小さなリモコン・パッドを画面上に表 た。10 月には音声機能をカバーする新バージョンの 示させます。視覚的に認識できる人ならば、こうした T-Time が正式に公開されます。 ユーザー・インターフェースを利用することもできる でしょう。 鉄道やバスに乗ったときに、つぎの停車駅をアナウ 5 読み上げを選択すると「電子かたりべ」を起動させ、リモコンが表示される リモコン操作と同時にパソコンのファンクションキーでの操作が可能である さて、わずか半年でこのような対応ができるように なった背景について触れておきたいとおもいます。読 み上げ「エンジン」を提供したのは、 株式会社アルファ システムズです。この会社が所有する 「電子かたりべ」 というシステムが、T-Time と呼応する仕組みをつく りました。T-Time は「電子かたりべ」に依頼を送り、 応えがあればリモコンを表示し、あるいはファンク ションキーを有効にする準備をととのえる対応をし、 そのキーが押されることで、作品は明瞭な音声で読上 げられます。「電子かたりべ」は、年間使用料が 3,000 円です。試用あるいは割引などのサービスの詳細は別 途ご確認ください。(http://www.e-kataribe.com/) 講談社は、音声読上げ対応を歓迎していますので、 自社発行の電子本すべてが読上げ対象となります。 『徳 川家康』とか『宮本武蔵』といった歴史小説での人名 の読み上げに課題が残ることは事実ですが、出版社の 支持によって一歩が踏み出せたことは大きな成果だと いえるでしょう。 まさに力を合わせることによって実現できたことで す。すでに開発されていた仕組みが出会い、相互にも てるものをもちよって協力したのです。お互いの力を だすことによって効率を生みだすことができたので す。ロービジョンは私たち世界の広い範囲に存在しま す。加齢、事故、発病などなど、誰もがロービジョン との関係をもつ立場にあります。電子本におけるこう した一例は、ロービジョンに対処するあたりまえの基 準として、新しい出版に取組む開発者の念頭におかれ るべきことではないかとおもいます。 *この文章は「出版ニュース」2006 年 3 月下旬号に掲載されたものに追記されたものです。 6 7