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日本における農政と 持続可能な発展
2015年8月 農業 日本における農政と 持続可能な発展 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 刊行物No. 56 2015年8月 l 農業 日本における農政と持続可能な発展 山下一仁 (Kazuhito Yamashita) 刊行物No. 56 ii 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 発行所 International Centre for Trade and Sustainable Development (ICTSD) International Environment House 2 7 Chemin de Balexert, 1219 ジュネーブ/スイス Tel: +41 22 917 8492 Eメール: [email protected] Fax: +41 22 917 8093 ウェブサイト: www.ictsd.org 発行人・ディレクター: プログラムチーム: Ricardo Meléndez-Ortiz Jonathan Hepburn and Paolo Ghisu 謝辞 主要支援助成および、課題分野への支援助成をして頂きました以下の皆様に、ICTSDより謹んで感 謝の意を表します。; 英国国際開発省(DFID)/スウェーデン国際開発協力庁(SIDA)/オランダ国際協 力総局(DGIS)/デンマーク外務省Danida/フィンランド外務省/ノルウェイ外務省 本草稿の作成に当たり、ご協力およびご助言をいただきました、本間正義教授 、Ni Hongxing 教 授へ、ICTSDおよび著者より深くお礼を申し上げます。 山下一仁氏はキャノングローバル戦略研究所研究主幹および経済産業研究所(RIETI)上席研究員(非 常勤)です。 ICTSDに関する詳細、およびこの課題分野に関する研究についてはウェブサイト上からご覧になれ ます。www.ictsd.org この刊行物に関するご意見ご感想は、Jonathan Hepburn ( [email protected]) もしくはコミュ ニケーション・戦略担当者([email protected])までお送りください。 引用:山下一仁『日本の農業貿易政策と持続可能な発展』(2015年) ;刊行物No. 56; International Centre for Trade and Sustainable Development(貿易と持続可能な開発のための国際センタ ー)ジュネーブ/スイス www.ictsd.org. 著作権 ICTSD, 2015. 本著作の教育目的、非営利目的のための引用・転載は、出典を明らかにする 限り認められています。本著作はthe Creative Commons Attribution-Non-commercial-NoDerivative Works 3.0 ライセンスにおいて認可されています。このライセンスのコピーを参照す るにはこちらにアクセスしてください。http://creativecommons.org/licenses/byncRnd/3.0/ もしくは文書で以下にお問い合わせ願います。Creative Commons, 171 Second Street, Suite 300, and San Francisco, California, 94105, USA. ISSN 1817 356X iii 農業貿易と持続可能な発展 目次 まえがき iv 要約 v はじめに 1 1. 政策目標 2 (1) 農家所得 2 (2) 食料安全保障 3 (3) “多面的機能” 6 (4) その他の政策目標 8 2. 日本の農業貿易政策 10 (1) ウルグアイ・ラウンド農業交渉における日本 10 (2) ドーハ・ラウンド農業交渉での日本 14 (3) TPP交渉においての日本 14 3.政策提言と選択肢 18 (1) 日本農政の特性 18 (2) 高価格と高関税を支持しているのは誰か 20 (3) 安倍政権における政策変更 22 (4) 政策提言; コメの大きな可能性 28 結論 32 参考文献 33 後注 35 iv 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 まえがき 各国政府は世界貿易機関(WTO)での声明のなかで、持続可能な開発という課題にむけて、貿易政策 が大きく寄与するだろうと重ねて述べてきました。なかでも、計画がより良くなされた農業貿易政策が経 済を持続可能かつ公正なかたちで成長させ、また食料不足と農村地域の貧困解決へと貢献することが できるとされています。 貿易の世界的ルールが、さらに広い公序目標の達成に寄与する必要があり、また、他国での貿易による 功績を損うことなく自国目標を推進する政策を立案すべきだという認識が、政府やその他ステークホル ダーにますます深まっています。 これをうけて、ICTSDでは主要経済大国におけるこのような関係性を追求すべく、一連の研究・政策対 話に取り組んできました。アメリカ、EUと日本など経済先進国の農業貿易政策だけではなく、中国やイン ド、ブラジルやアルゼンチンといった大きな新興国にも焦点をあてています。 この一連の研究・政策対話では、食料安全保障分野など国際的に合意された目標にむけて、現行政策 がどう影響しているか概評しています。それに加え、これら議論と研究は政策立案者や専門家の方々に、 食糧市場と農業市場の先行きといった政 策環境の新たな側面の分析を共有する機会を提供していま す。 日本は、トップ10の農業貿易大国であり、農産物の最大の輸入国のひとつです。しかし高水準での関税 保護と、貿易を歪めている国内支持を長年にわたって維持していることから、日本の農業貿易政策が世 界各地の政策立案者やアナリストから注目を集めています。 新たな展開は、日本の農業貿易政策の未来にさらなる課題を生むだけでなく、全体としての世界の農業 貿易システムにも課題を生みます。これには日本とオーストラリア、そしてEUとの二国間協定はもちろん、 環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) 交渉や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉などの地域交 渉も含まれます。 次に続く山下一仁氏の研究では、政策立案者やその他のステークホルダーへ向けて、経済的、社会的、 環境的な目標を現在の日本の農業貿易政 策がどのくらい達 成できているか、食糧 安全保障や貧困削 減、環境保護および気候変動分野をふくめて、公平で具体的証例に基づいたアセスメントを提供されて います。この論文は、現行の多国間ルールとWTOでの農業貿易の進行中の交渉、地域間および二国間 協定、日本が当事者である交渉、という文脈のなかで分析されています。 かくして、この研究がこの領域における議論を力強く進展させることを願っております。 Ricardo Meléndez-Ortiz ICTSD最高責任者 農業貿易と持続可能な発展 要約 日本は多くの農産物を関税大幅削減もしくは関税撤廃の例外にすることを最優先としてきた。環太平 洋戦略的経済連携協定 (TPP) 交渉に関して国会農業委員会は、TPP 協定で日本のコメ、小麦、牛肉と 豚肉、乳製品および砂糖などを関税撤廃の例外とし、もしこれが確保できない場合は、 TPP 交渉から 脱退も辞さないと決議した。この決定が交渉での日本政府を制約するものとなった。 ウルグアイ・ラウンド交渉で守りの姿勢をとったEUは、日本とは対照的に農業政策改革を遂げ、ドーハ・ ラウンドでは積極的な役割を演じた。EUでは価格支持から直接支払いに政策転換し、農業を保護しつ つも消費者に低価格で農産物を提供している。日本において関税が本当に保護しているのは、農産物 の高い国内価格である。コメは日本の政治においてきわめて神聖な生産品である。日本のコメの減反政 策は1970年に導入された。米価支持のこの政策により40%の水田で稲作が放棄されることとなった。 農家が減反政策に参加する補助金費用を国民が負担しているだけでなく、その結果となった高価格をも 負担している。日本のコメ産業が2兆円の価値の一方、納税者・消費者として国民への負担は1兆円にの ぼる。農林水産省は食糧安全保障と「多面的機能」の名のもと、独自の政策を正当化している。しかし 日本の農業政策はその両方を損なわせている。食料安全保障に貢献できたはずの340万ヘクタールの 水田のうち、コメの減反政策のために100万ヘクタールを失っている。その結果、日本農業にともなう多 くの環境的利点を失うこととなった。減反政策は日本のコメ産業も弱体化させている。高米価であるこ とで非効率な小規模兼業農家を産業に滞留させ、専業農家が土地を獲得し耕作規模を拡大させるのを 難しくしている。専業農家は生産コストを削減し、所得を増加させることができないでいる。だが、農協 (JA)はこの政策をつよく要求してきた。高米価の意味するところは、コメ販売手数料の増収であり、高価 格の化学肥料や殺虫剤といった資材の売上増である。くわえて農協(JA)は、農家と非農家を対象に、銀 行、生命保険、傷害保険、すべての農産物の販売と材料はもちろん、日用品やサービスまで取り扱ってい る。農協(JA)にとって、これら兼業コメ農家の継続的な存在は好都合であった。農業所得外の給与所得 は、農業所得の4倍であるほか、耕地を転用目的で売買(毎年数兆円にのぼる)した利益はすべて農協 の銀行口座へと貯蓄され、JAバンクを日本で2番目のメガバンクへと築いた。高米価保持と、農地を保 有している兼業農家が農協(JA)の成長と繁栄の基礎である。日本農業の未来は、戦後農業政策の中心 柱のひとつである減反政策という固い「岩盤」を打ち破ることができるかにかかっていると言える。安倍 政権は70年間で最初の農協改革に乗り出したが、抜本的な改革はまだこれからである。減反政策が廃 止されると、米価は安くなり、兼業農家は農地を貸し出すことになる。くわえて直接支払いの受益者を専 業農家のみに限定すれば、専業農家は地代をより楽に支払うことができるだろう。農地が専業農家の手 に集まることで、農業規模が拡大する。減反政策の中止で、土地面積の単位あたり収量を増加するだろ う。これらすべてが結びつき、世界市場で日本米の競争力を高めることになる。高い関税で国内市場を 保護するという意図に反して、日本農業は衰退をみた。国内市場は高齢化と人口減少のために縮小して いく。日本の農業は輸出市場を開拓することなしには未来はないだろう。輸出拡大のためには輸出先の 関税が低いほうがよい。TPP交渉やその他の貿易自由化において、貿易相手国により課税される関税を 取り除き、輸出を円滑にするためには、農業部門は積極的に行動すべきである。日本はベトナムやタイか らコメを輸入する一方、日本農業は高品質品種であるコシヒカリといった高い付加価値の農産物を輸出 することで生き残ることができる。日本が開発途上国に市場を開くことで、それら諸国の持続的な発展 を高めることができるだろう。 v 1 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 はじめに 日本は先の関税及び貿易に関する一般協定 (GATT) や世界貿易機関 (WTO) ラウンドで防 御的な対応を見せてきた。GATT ウルグアイ・ ラウンドにおける農業交渉では、日本は関税 化 (輸入量制限などの非関税措置から、ゼロ または低税率の関税割当による関税のみの制度 への転換) に抵抗した。その結果、日本農政 の聖域であるコメは、特例措置として関税化 した場合よりも大きな関税割当拡大幅となっ た。また、WTO ドーハ・ラウンド農業交渉で は、100% 上限関税に強く抵抗するとともに、 関税割当拡大と引き換えに大きな関税削減率が 免除される 「重要品目 (sensitive products)」 に、できるだけ多くの農産物を適用させようと 必死になった。 環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP) 交渉におい て、国会農業委員会は、TPP 協定で日本のコ メ、小麦、牛肉と豚肉、乳製品および砂糖など を関税撤廃の例外とし、もしこれが確保できな い場合は、 TPP 交渉から脱退も辞さないと決議 している。高い関税によって保護されている農 産物の価値はおよそ 4 兆円であり、日本自動車 産業の 12 分の 1 にすぎないが、日本の TPP 交 渉を独占しているのは農業部門である。 ウルグアイ・ラウンド農業交渉で防御的な姿勢 をとった EU は、日本とは対照的に農政改革を 実現し、ドーハ・ラウンドではより積極的な役 割を果たした。EU はアメリカとの 100% 上限 関税および輸出補助金廃止に合意した。 日本はできるだけ多くの農産物を、大幅な関税 削減、または関税撤廃の除外品目にすることを 最優先としている。日本が農産物交渉で一貫し て防御的な姿勢にこだわっていることで、他の 分野で諸外国から引き出せるはずの譲歩を勝ち 取ることが難しくなっている。 関税で守っているのは、国内の高い農産物の値 段、つまり食料品価格である。日本と異なり、 アメリカとEUでは財政からの直接支払いを農家 に交付することで、消費者には低い価格で農産 物を供給しながら、農業を保護する政策に切り 替えている。 農業貿易と持続可能な発展 1. 政策目標 (1) 農家所得 農家所得を良い水準に維持することは、日本農 政で主要目標におかれてきた。この主張には政 治的な訴求力がある。現安倍政権首相、農林水 産省大臣および政府の役人は、農協 (JA) 改革 を含めた農政改革は、農家所得の向上という観 点で判断されるべきと強調している。 農業団体とそれら支持基盤を持つ政治家たち は、農家所得を一定水準まで向上させるには 高い農産物価格が必要だと、度々主張してき た。1995 年まで、農林水産省は食糧管理法に 基づいてコメの行政価格を引き上げ、維持して いた。その後も減反政策によって高米価はその まま維持されており、消費者の利益は考慮され ない。 2009 年に 50 年間続いた自民党政権が民主党政 権にかわった後も、農家所得を高く維持すると いう方針はそのまま続行し強化された。民主党 は減反政策での高米価維持にくわえ、 2010 年 にコメ農家へ新しい直接支払いを導入した。 2012 年にふたたび政権に着いた自民党安倍政 権でも、農家所得の増加は引きつづき政策目標 になっている。安倍首相の経済成長戦略では、 さまざまな政策措置で農家所得をむこう 10 年 間で倍増するとしている。そのひとつに、「第 6 次産業 (sixtiary industry)」 がある。 第 1 次産業の農業に加工、流通、ケータリングや外 食、そしてグリーン・ツーリズムといった、 2 次・ 3 次産業を組み合わせ、農産物の付加価値 を高めるというものである。その他に、輸出の 倍増、および農地を借り入れて集積し担い手に 貸し出す 「農地集積バンク」 という新しい団体 の設立がある。所得は、価格に売上高を乗じ、 経費を差し引いて算出される。成長戦略の発想 は、6 次産業化で付加価値をつけて商品の価格 を上げ、輸出で販売量を増やし、農地集積、規 模拡大によるコストの削減で、所得を上げよう とする考えだ。所得の向上の観点からは、これ はとても合理的に聞こえる。 だが現実には、図 1 が示すように、農家所得 は 1965 年以来、勤労者世帯所得を上回ってい る。これは多くの農家が兼業農家であり、おも な収入を工場や役場など農業以外によって得て いるからだ。農家所得のうち農業所得は 1955 年の 67% から 2003 年には 14% にまで減少 している。もはや農家や農村部だからといって 貧しいのではない。しかしながら、農村部から 離れて久しい多くの国民は、農家をいまだに貧 しいと思っている。そうした人々にとって農家 所得を維持するという主張は、政治的な訴求力 がある。戦前の貧しい農村といった設定のテレ ビドラマは、いまだに多くの日本人を魅了して いる。 2 3 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 図1 : 農業世帯所得と勤労世帯所得 出典:農林水産省、総務省、「家計調査」 (2) 食料安全保障 日本の自給率は 39% と低く、食料安全保障を理 由に自給率を上げるべきと広く信じられている。 人々は低い食料自給率に不安を持っており、輸入 食料に依存せず食料生 産量を増やすべきと常に 論じられている。この主張は、多くの日本人にア ピールする。2014 年の総理府調査1で、日本人の 69% が自給率が低いと考え、83% が将来の食 料供給に不安を持っていると答えた。自給率低下 の問題は小学校教科書でも強調されている。 4 農業貿易と持続可能な発展 図 2 : 食料自給率の変化 (カロリーベース) (%) 80 70 60 50 40 30 20 10 しかしながら食料自給率の増加は、食料安全保障 とは無関係だ。 自給率とは、国内生産量を国内消費量で割ったも のである。しかし国内消費量とは、国内生産量か ら輸出分を差し引いたものと、輸入したものの合 計である。 国民に経済的余裕があり、牛肉やチー ズなどの輸入品を多く消費し、しかも牛肉などの 畜産物を国内で生産するために輸入穀物を必要 とするなら、食料自給率は低下する。現在の国内 生産量でも、50 年前の国内消費の水準やパター ンであったなら、自給率は実質的には増加する。 なぜなら 50 年前の国内消費量の水準は現在よ りもずっと低いからである。国内生産量の減少と 国内消費パターンの変化が、自給率の低下へとつ ながった。 第二次世界大戦後の食料不足で飢餓が起こり、人 々は大変な食料難を経験した。しかしながら、当 時の自給率は 100% である。なぜなら日本は食 料の輸入はしておらず、国内生産量は国内消費量 と等しかったからである。食料自給率が 100% だ からと言って、戦後の飢餓状態のほうが良かった とは誰も言わないだろう。 一言で言えば、自給率は国内消費水準によって、 上がるか下がるかしてしまうのである。食料危機で 輸入できなくなれば、牛肉やチーズ、様々な果物や ワインなど現在のような食生活は維持できない。 そうなればコメや芋など、最低限のレベルで暮ら 2013 2011 2009 2007 2005 2003 2001 1999 1997 1995 1993 1991 1989 1987 1985 1983 1981 1979 1977 1975 1973 1971 1969 1967 1965 0 さなくてはならない。飽食の時代の消費量を前提 とした自給率では、危機時の食料安全保障を測る ことはできない。自給率を食料安全保障の物差し にするのであれば、現在のような飽食の消費量で はなく、最低生活水準の消費量を分母として用い るべきだろう。 農家へより多くの補助金を支払い、国内生産量を 上げれば、たしかに一時的に自給率は上がる。た だし、食料危機の状況で日本政府が農家にそのよ うな補助金を交付することができる保証はどこに もない。自給率の増加は、おそらく世界生産量を わずかばかり増やし開発国の食料代 金をわずか に楽にするかもしれないが、日本の食料安全保障 には貢献しない。 食料安全保障とは食料を物理的にも経済的にも 入手可能であるときに達成される。価格は、需要 と供 給を等しくさせる大 切な基 本 的 役割を担っ ている。政 府の介在がなくとも、この価格が果た す市場原理のおかげで市場での不足と余剰はな い。食料総量を見る限り、世界人口を養うだけの 基 本 的な栄 養は十 分にある。しかし、先 進国に 肥満と食料廃棄が存 在する一方で、開発国には 飢餓と損 失 が 存 在する。市 場によって決 定され る価格は、開発途上国の貧困者にとっては高く、 もし価 格が 高騰すれば食料を買うことはできな い。2008 年、食料価格は急騰し、食料危機が起 きた。食料が経済的に買えないだけでなく、いくつ かの国では物理的に食料入手そのものが困難だ 5 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 った。開発国ではときに、食料が港に到着しても 輸送や流通インフラストラクチャーの不足で食料 が必要となるところまで到達できない。開発国で は、まず経済成長およびインフラストラクチャー 建設が食料危機の克服に不可欠である。 また、価格については長期・短期の状況に分けて 認識する必 要がある。食料価格高騰が食料不足 を深刻化させるのに2つの場合がある。 長期的状況では、開発国の所得増加と世界人口 の増加によって食料需要が増え、供給が追いつか なくなる場合である。食料価格が平均して高い水 準にあると、低所得者層は食料を買えなくなる。さ らなる技術革新や、インフラストラクチャーおよび 生産力向上の手法への投資でこの状況を乗り越 えなければならない。また耕地の土壌浸食、水資 源の枯渇、塩害、農薬の使いすぎなど、世界農業 の持続が危ぶまれる問題もそうである。 短 期的状況では、価格の乱高下が問題だ。過去 100 年の大幅な生産力の増加によって、穀物価 格の値段は実質的には下がっている。世界人口爆 発が起きているにも関わらず、食料の供給量の増 加は、需 要量の増加をしのいできている。しかし 平均的にみれば食料は低価格の水準であっても 1973 年や 2008 年のように、不作やエタノール 新需要などによって食料価格が急騰することがあ る。 日本の食料安全保障にはなにが重要だろうか。日 本は食料価格の短期的、長期的な価格高騰が起 きても購入するだけの経済力がある。日本は世界 最大の農産物の純輸入国である。 2008 年のよ うに穀物価格が 3 倍、 4 倍になっても、日本で の食料品物価は、たった 2.6% 上昇しただけだっ た。これは日本の食料総支出のなかで、輸入され た農産物・水産物のシェアがほんの 2% だけだっ たからだ。日本国内のフードチェーンで最終消費 される飲食料の大部分は、加工、流通、ケータリ ングなどのサービスで構成されている。農林水産 省によると、国産・外産に関わらず、購入される食 料品のなかで農 産物と水産物が占める割合はた ったの 15% だけである。 農業貿易と持続可能な発展 図 3 : 国際穀物価格指数と国内消費者物価指数 出典:食料農業機関FAO 「Food Outlook;総務省」「2010標準消費者物価指数」2001年度価格は100に等しい。 日本は、食料安全保障の観点からは食料を買う 経済力には問題ない。日本は高い輸入代金を払 うことができる。 しかし食料の物理的な入手の 面ではどうだろうか。輸入が途絶すると日本は 食料危機に陥るだろう。これは軍事的な紛争が 生じてシーレーンが破壊されたり、港湾ストラ イキで海外から食料を積んだ船が日本に寄港し ようとしても近づけないという事態である。東 日本大震災の直後、地震と津波の被害にあった 住民は、お金はあったものの、途絶した物流シ ステムのせいで物理的に食料が入手できなかっ た。食料を輸入できないとすると、耕地などを フルに活用し、自国で食料生産をしなければな らない。食料を確保するためには、農業資源を 維持するか、増やす必要がある。平常時の自給 率は、有事のための食料安全保障とはちがうの である。いま、日本政府は農業資源維持の大切 さに気がつきはじめており、 「食料自給力や自 給への将来性」 といった概念の発展に努めてい る。 (3) “多面的機能” 水と土、そして太陽の光は、農業に不可欠な資 源である。世界で行われている農業には、持続 可能ではない農業がある。農業活動によって資 源が破壊され脅かされている。日本を含むモン スーンアジアで営まれてきた水田稲作はほかの 農業とはちがう。 水で言えば、1 トンのトウモロコシを育てるに は 1,000 トンもの水が必要だ。かんがい農地 は、世界の総耕地の 17% に値し、家庭用・工業 用を含む世界給水量の70% が使用される。かん がい用に川や地下水から過度に水を汲み上げる と、将来の給水量が減る。インド、中国そして アメリカの農業は地下水に依存している。 乾燥地帯で適切な排水システムがない中で過度 のかんがいを行えば、深刻な塩害が起きる。塩 害は、アラル海を魚の住めない死の海に変えた ような環境破壊だけではなく、農業生産に欠か せない土壌を喪失させる。 土壌について言えば、耕作に適している表土と 言われる表面の土壌の生成速度は 1cm で 200 ~ 300 年かかるとされている。そのような表土 はたった 30cm の深さだが、表土は風や雨で侵 食されるうえ、大型農耕用機械が表土を深く耕 す。 専用化された機械の増加により、作物の単 作化が進み収穫後の農地が裸地として放置され ることになる。このような農業では、風と雨に よって土壌侵食が進行する。土壌浸食を防ぐ方 法として、もっと不耕起栽培は除草剤が必要で あり、作物の残余が農地を覆うので殺虫剤が必 要になる。これらは、農薬を使うことで環境を 破壊する。 6 7 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 また、畑作農業は連作障害を抱えている。畑に 同じ種類の作物を育て続けると、土壌の栄養を 使い果たし、有害な細菌が増殖する。この問題 を避けるため輪作が発展した。最近では、農家 が専用機を使って、畑に連作をする傾向にあ る。連作障害を減らすために、農家は化学肥料 や除草剤、殺虫剤をもっと使用する。 しかし日本の農業は、アメリカや豪州、中国の それとは違う。日本における農耕地に占める割 合は、水田 54% 、畑地 26% 、牧草地 13% で あり、アメリカでは水田 6% 、畑地 28% 、牧草 地 65% 、豪州においては水田 1% 、畑地 11% 、牧草地 88% 、中国においては水田 13% 、畑 地 9% 、牧草地 75% である。日本以外の 3 カ国 は土地の大部分が作物栽培に適さない不毛な牧 草地であるのに対し、日本では農耕地の半分以 上が水田である。日本の耕地は肥沃であり、た いがいの農家はコメを生産している。 森林と水の機能のおかげで、日本の水田には先 述した持続可能性の問題はない。世界平均の 2 倍にもなる日本の降水量は、国土の 3 分の 2 を覆う森林に貯えられ、木々や葉、森の土壌か ら養分を含んだ水が時間をかけてゆっくりと川 へと注がれる。水田はこの栄養分を含んだ水を 利用している。日本の農耕地で使用される水は 90% が河川から引かれ、地下水は1% に過ぎな い。湿気の多い気候のため表土に草木が茂り、 水田もまた水に覆われているので土壌浸食の心 配がない。このような条件が、水田を土壌浸食 や病害菌の発生から遠ざけている。これが3千 年以上ものあいだ、水資源枯渇、土壌浸食、塩 害や連作障害もなく、毎年同じ作物であるコメ を栽培している理由である。水田農業は、世界 でも真に高い持続性を持った農業だろう。 棚田は人口の貯水池としての機能をもってい る。水資源を蓄えるのに重要な役割を多く担っ ており、洪水や地すべりを防ぎ、美しい風景を つくりだしている。また水田は、多くの生物の 生息場所だ。水田としてその土地が耕作されて しばらく経つと、そこには第2の自然界が形成さ れる。カブトエビは 2 億年前から生息するエビ であるが、水田なしには生きながらえることは なかっただろう。くわえて、日本の水田は 40 万 kmの長さにも及ぶ水路に囲まれている。これは 地球を 10 週できる長さである。水路には多くの 魚や、カエル、水生昆虫などが生息し、野鳥た ちはこれらの生物から命を得ている。何事とも 抗うことなく、水田でのコメの生産活動はこの ような正の外部性を発揮している。 ではコメ生産による負の外部性はどうだろう か。水田はメタンガスを排出する。しかしなが ら、水田は日本で何千年と営まれている。水田 から温室効果ガスが発生するなどというのは、 なにもここ最近の話ではない。くわえて、コメ の生産量は半分になっているほか、過去 50 年の 間に水田の 30% は失われた。夏季に水田の中干 しを長めにすると、温室ガスの排出も大幅に下 げられるほか、コメの育ちも良くなることは、 よく知られている。その一方で、硝酸性窒素を 分解するので地下水の汚れを防ぐ。OECD によ ると、日本における農業全体での温室効果ガス 総排出量 (CO2 換算) は、 1990 年の 3,100 万トンから 2010 年には 2,500 万トンへと削減 されている。2 1998 年 3 月 5 日から 6 日に行われた OECD 農業大臣会合コミュニケでは、農業活動は単に 「食料・繊維の生産」という機能だけにとどま らないとされた。農業活動を通して、景観作り や土地保全などの環境便益、天然資源の持続的 な運用、生物多様性をもたらすなど、多くの農 業地域で社会経済的妥当性に貢献するものだと 会合で再確認されている。この農業活動に付随 してくるこれらの機能は 「農業の多面的機能 (multifunctionality of agriculture)」 と呼ば れている。OECD はこの件に関して、報告書を 出している。 日本では穀物の生産以外に農業の「多面的機 能」、たとえば洪水防止機能、保水機能、生態 系の維持、美しい景観は、保全されるべきと強 調される。水田には水が貯えられ、洪水を防 ぎ、多くの昆虫や魚、野鳥へ生息地になること は説明されたとおりである。 この 「多面的機能」 と食料安全保障の両方の観 点から、我々は、土地と水資源を良好に保全す べきである。 農業の 「多面的機能」 は、農産物と結合されて 生産されるという特徴がある。農業は農産物の 生産以外に、水資源の涵養、洪水防止、生物多 様性や景観など、多面的な生産活動を果たして いる。もし、これらが別々に生み出すことが可 能で、農産物と多面的機能の結合の度合いが十 分でなく、また農産物と多面的機能とも十分な 農業貿易と持続可能な発展 生産物を供給できないなら、個々にそれぞれを 分けて生産するような政策を導入すべきだ 。商 品の生産行為に伴い、 「商品以外の産物」 も共 に生み出される。たとえば、秋に黄金色の稲穂 が波立つ美しい風景は 「コメの生産量」 に結び つく。洪水防止という機能は 「水田」 という生 産要素に結びつく。これが正の外部性だ。もし もこの商品生産以外に生みだされる外部性が、 価格がついてないゆえに十分生まれなければ、 政策で増加させる必要がある。水田稲作の過程 または水田維持の過程では、これら機能が生み だされる。稲作のために水路から田んぼへ水を 引くと、同時にカブトエビが生息できるように なる。ということは、コメ生産の拡大もしくは 水田を良好に保つということは、「商品以外の 産物」が増やすことになる。 だが農林水産省は 「多面的機能」 を一般的な 農業保護の正当化の口実にし、農業保護全体を 弁護している。関税が撤廃されると 「多面的機 能」 は喪失され、その保全には農産物に対する 関税が必要だと主張している。 2014 年に、農林水産省は、耕地・農業道路・ 水路といった農業資源の保全・向上のために、 農業団体や地域に 480 億円にのぼる直接支払い を導入した。この直接支払いは 「多面的機能」 推進が名目だ。ただどういった多面的機能を推 進するのかは、はっきり特定されていない。農 業・農村は、 「多面的機能」 を良い状態に保っ てきたと述べ、その例として土地のメンテナン ス、水資源の創出、自然保全、美しい景観作り としている。3 農政は、特定の政策や状況の中で何が具体的な 多面的機能なのかをはっきりさせないで、異な る種類の政策や政策目的をひっくるめて、全て 「多面的機能」 という言葉で正当化しようとし ているという批判がある。農薬の使いすぎは、 カブトエビや生物を駆除してしまう。だが、農 林水産省の 「多面的機能」 の主張は、日本人の 一般的農業観を映し出している。つまり農業、 とりわけコメの生産は快適な環境を作り出し、 日本の社会と自然に良いという考えである。日 本人は代々 3 千年もの間、水田稲作を行ってき た。コメの生産というものは実に持続可能であ る。 日本における社会、また農村は稲作を基盤 として形成された。それは水路や道路など稲作 に必要な仕事をこなすため、村人が共同体とな って協力する必要があったからだ。麦や他の穀 物は、農家と村人が一体となって働く必要に迫 られない。この意味でコメの生産は他の穀物生 産とかなり違う。コメの生産は日本人の社会の 基礎を形作っているため、それゆえ「良い」と される。 コメは特別である。たとえば半導体は日本の産 業の中枢を担うものとして “産業のコメ” など と呼ばれてきた。コメが農業政策とくに貿易政 策で他の農産物とは別格である所以だ。 この新しい直接支払い制度でコメの生産量は増 加しない。なぜなら、それは 「生産手段」 に 結びついており、 「生産」 自体に結びついてな いからだ。もし黄金に波立つ稲穂の風景のよう に多面的機能が生産と結びつくならば、そうし た多面的機能を増やす政策は、コメの生産量を 増加させることになる。だがこの制度は、その ような多面的機能を増進させようとはしていな い。 (4) その他の政策目標 諸外国では取り組まれ日本農政では取り組まれ ない政策目標がある。 日本は世界第3位の経済国で、 2013 年の時点で 総国民所得が 38,468 米ドルだ。政府は経済発展 問題に取り組む必要はない。 しかし経済全体では所得格差、農村部の発展の 遅れ等がある。だが農政の領域とならない。も はや農家は貧しくはないうえに、 農村でさえ農 業の重要性が低下している。農村では、農家の 戸数が少なくなっており、世帯中 70% が農家で ある農村は、全国で 1970 年の 63% から 2010 年には 11% まで激減した。4 経済全体では、農 業分野の国内総生産シェアは、 1960 年の 9% から 2010 年には 1% にまで低下した。九州や 北海道といった農業のもっともさかんな地方で もやっと 5% だ。農林水産省はそれでも農村部 の発展のために、加工へ助成金を支払ったり、 町役場や農協が運営する農業施設を広げるなど してきた。 貧しくて食料が買えず、栄養失調になる人々が いる。だがこのような人々のための所得移転制 度は農政領域外にある。アメリカ農務省では、 フードスタンプに予算の半分以上が充てられる が日本にはない。5 8 9 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 気候変動は日本農政の主要政策目標にはなって いない。環境に優しい農業に対して直接支払い 制度があり、気候変動緩和に含まれている。し かし支払額はわずか30億円だ。くわえて、農 林水産省の資料によると、気候変動の緩和目的 で、二酸化炭素ガス抑制に支払われているのは 国内4,549,000ヘクタール中、たった22,000ヘ クタールである。 農業貿易と持続可能な発展 2. 日本の農業貿易政策 (1) ウルグアイ・ラウンド農業交渉における日本 ウルグアイ・ラウンド交渉はいままでのGATTより包 括的で野心的であった。物品貿易に加えて、サービ スの貿易や知的所有権が世界貿易機関(WTO) に導入された。農業分野における交渉もまた重大 なものとなった。一連の交渉のあと、米国が世界貿 易を歪めていた EU の農業政策にとうとう規律する ことができた。そして WTO がマーケットアクセス、 輸出補助金同様、国内農業補助金政策を規律する ことが決まった。 a. マーケットアクセス: 包括的関税化と特別措置 日本政府は価格支持で国内農業を保護し、コメ、 麦や大麦、でんぷん、乳製品など重要農産物は輸 入数量制限を多用していた。これはウルグアイ・ラ ウンドの 「包括的関税化」 と相容れなかった。そ のなかでも、生産農家の数が非常に多く、政治的 な影響力が大きいコメは、関税化がもっとも難し い。衆参両本会議ではコメは一粒たりとも輸入し ないという決議が2回行われた。当時、コメを関税 化するかどうかは日本政治において一番重要な議 題だった。 1993 年ウルグアイ・ラウンド締結の一日前の朝 4 時、首相によるテレビ放送でコメの関税化特例措 置として関税割当制にしたうえでコメの部分開放に 踏み切ることが公表された。同年、日本では大不作 が起き、例年よりも 26% 少ない収穫高になり日本 は 260 万トンのコメを輸入せざるをえない状況で あった。国会決議は実現しなかったし、日本のコメ 市場開放は避けれないと思われた。大不作がなけ れば、交渉はまた違った結果になっていたかもしれ ない。 コメの関税化特例措置の代償として、関税化すれ ば通常消費量の 5% で済んだ低関税の輸入割当 量 (ミニマムアクセス) を、8% にまで拡大するこ とで同意した。もし国民と政治家が、入手可能な関 連情報をもとにコメについて冷静に話し合っていれ ば、法外なミニマムアクセス枠という最後の手段を 受け入れる必要はなかった。農業交渉のモダリティ は、供給過剰だった 1986 年から 1988 年の歴史 的に高い国内価格と低い国際価格という、当時の 大きな内外価格差を関税に置き換えたため、いく ら高い関税率でも可能になった。このモダリティの 結果できた高関税率のため実際輸入が入ってくる ことは想定されない一方、非常に低関税率のミニ マムアクセスは必然的に日本が関税割当量分きっ ちり輸入することを余儀なくさせた。包括的関税化 に対する激しい反対意見が、冷静で論理的な議論 を阻んだと言っても良い。当初アメリカはコメの特 例措置を好まなかった。だが関税化よりも拡大さ れたミニマムアクセスが得られ、日本のコメ市場に 莫大なアクセスが保証されることから最終的に特 例措置を支援した。 日本がコメのミニマムアクセスを承諾した際、内閣 はこれいよって国内のコメ需給に影響を与えない、 つまり減反政策は強化しないという決定をした。 国産米は主食用として消費され、ミニマムアクセス 米はおもに加工用途、飼料用、もしくは食料援助に 処分されることになる。輸入されたコメが主食用と して販売されると、さらにそれを上回る量の国産米 が政府の財政負担によって援助等に処分された。 食料援助はアメリカでは国内の農産物余剰を意味 するのに対して、日本ではミニマムアクセスの処分 を意味している。 1995 年から 2013 年の間に、日本に1,280万ト ンものミニマムアクセス米が輸入された。そのうち 10% にあたる 130 万トンが国内での主食用とさ れ、 430 万トンが加工用へ、 320 万トンが飼料 用途へ、 300 万トンが食料援助、 80 万トンが 在庫へと回っている。130 万トンの主食用ミニマム アクセス米を上回る 220 万トンもの国産米が食料 援助と飼料用途へと回されている。加工用途、飼 料用途のコメ価格は、輸入されたコメ価格よりずっ と低い。くわえて輸入米の保管にかかるコストがあ り、 1995 年度から 2012 年度の処分費用は政 府支出で 2,570 億円にものぼった。国民の税金を ムダにしているようなものだ。このお金は、日本の 農業発展や食料安全保障にまったく貢献していな い。 日本は毎年平均して、 15 万 8 千トンを食料援助 へと輸出している。2008 年の食料危機では、コメ 輸出量の減少を心配したアメリカと協議し、 5 万 トンの米がフィリピンへと出荷された。日本の食料 援助は開発国の農家の生活を脅かすような規模で はない。しかしながら、政府支出によるミニマムア クセス米の処分費用は、日本の農業資源の維持の ために使われるべきだ。もしくは、開発国の生産力 向上に使われるべきである。 1999 年に日本は特例措置を止め、関税化に切り 替えた。これには多くの理由はあるが、毎年のアク 10 11 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 セス量の増加で輸入米処分の政府支出がいっそう 増すこと、農業協定附属書5第2項により関税化へ の移行で以後のミニマムアクセス増加を抑えること ができるからである。関税化が遅れたペナルティと して、ミニマムアクセスは 1986 年‐1988 年基準期 間の国内消費量 5% ではなく 7.2% に増えた。原 則に対し例外を要求すれば必ず代償を要求される のが GATT と WTO の基本ルールである。 牛肉もまた、輸入数量制限の対象であった。ウルグ アイ・ラウンド交渉外でのアメリカとの二国間会議 で、 1991 年に日本は牛肉の輸入数量制限を廃止 した。牛肉の関税を 1991 年初年度は 25% から 70% に引き上げる代わりに、 1992 年には 60% に、 1993 年には 50% と引き下げることとした。 事実、これがウルグアイ・ラウンド交渉関税化のモ デルはとなった。1993 年、ウルグアイ・ラウンド交 渉の一環で、日本はアメリカとの間で、適用される 関税率を 38.5% に引き下げ、また、輸入量が前年 度同期より 117% 以上増加した場合、 WTO 加盟 国の譲許税率である 50% まで関税を自動的に引 き上げることができるセーフガード(救済措置)を 取ることができるとした。 乳 製 品 は 関 税 化 の恩 恵を 受 け た 。1 9 8 8 年 に GATT ・パネルは、全脂粉乳、脱脂粉乳、その他 酪農品の輸入制限措置は、 GATT 規定に違反し ていると裁定した。しかしながら日本は、提訴国で あるアメリカとの協議で、アメリカの懸念だったアイ スクリームやフローズンヨーグルトなど付加価値商 品を除き、輸入制限措置廃止を先延ばしにしてい た。日本はウルグアイ・ラウンド交渉で全ての乳製 品について輸入制限措置から関税化に移行した。 これら輸入制限措置廃止を先延ばしにしていたお かげで、GATT で約束していた低い乳製品の関税 を、1986年-1988年の内外価格差まで大幅に引き 上げることができた。6, 7 b. 国内助成措置 国内助成措置に関しては、1995年度の AMS (助 成合計量) 総計は、3 兆 5,080 億円であり、コメ の AMS はそのうち 76% となる 2 兆 6620 億円 となっている。AMS 構成は 1998 年に根本から変 わった。コメのAMSがまったくもって消えたのであ る。ウルグアイ・ラウンド合意後、食糧管理法に基 づいたコメの行政価格が廃止されたからだ。コメの AMS 廃止で、1998 年度の AMS 総計は 7,670 億 円に減少した。これは 1995 年度の 22% である。 (コメの行政価格と食糧管理法は1995 年に廃 止。 農林水産省は 1998 年まで AMS の変更を 遅らせた。) 2012年度の AMS 総計は、WTO上の 約束水準 3 兆 9,730 億円の15% だった。 日本の 保護水準は十分にウルグアイ・ラウンド交渉で取り 決められた限度内である。基準期間に高い AMS 水準を記録していたこと、それに主な理由としてコ メの AMS 廃止があったからだ。 コメの減反政策は、政府と農協、それに農家も加 わった価格維持カルテルである。農家のコメ生産 量を減少させ、米 価を高くする政 策である。しか し、カルテル参加者が供給制限し高米価にしたに もかかわらず、カルテル不参加のアウトサイダーが 自由に生産すれば、このアウトサイダーの方が必ず もうかる。カルテル破りが起きないように、カルテ ル参加へのインセティブがある必要がある。それが 農家へ生産要素縮小に支払われる補助金であり、 カルテルに農家を参加させるインセンティブだ。農 協の会員は農家なので、独占禁止法が適用されず、 合法的に農家のためにカルテルを形成できる。 しかしながら、減反政策はもともと高米価維持が 目的ではなかった。1995 年まで、政府は高い政府 買入価格で農協を通じ農家から直接コメを買って いた。食糧管理法にもとづく行政価格だ。高米価 のもとでコメの生産量が増え、 1960 年代後半に は余ってしまった。そこで 1970 年に政府は減反政 策を導入し、農家からのコメの購入量を減らし財 政負担を軽減しようとした。最初は、 「農家がコ メを生産しない行為」 に対して補助金が支払われ た。しかしすぐに転作を目的とするようになった。そ してコメ生産量減少、自給率向上を目的としてコメ ではなく麦、大豆、果物、野菜、そのほかの作物を 植える農家に対して補助金を交付した。これは同 じ減反政策 (set-aside program) と言っても、 農業で痩せてしまった土地を回収するアメリカの保 全回復プログラムとはまったく異なるものである。 日本で減反される土地はアメリカとは違い、肥沃 で、持続可能な水田だ。 1993 年のウルグアイ・ラウンド後半、アメリカは、 日本でコメ転作による麦と大豆の生産量増加が、 これらの農産物についてアメリカから日本への輸 出量を減少させると懸念し、減反政策縮小を主張 した。日本は、水田は多くの環境保全上の利点をも たらすとして、減反政策は環境直接支払いであると 主張した。さらに補助金額は、コメ生産所得と他の 作物生産所得との差額よりも少なく、 WTO 農業 協定附属書 12 項 (b) “支払額は、付帯費用も しくは政府プログラム実施に起因する所得の損失 分を限度とする。” に準拠すると主張した。長時間 の論議の末、アメリカがついに日本の主張を受け入 農業貿易と持続可能な発展 れた。これらの補助金は、ウルグアイ・ラウンド交渉 において「緑の政策」の環境保全プログラムに分類 されている。 しかし、食糧管理法は 1995 年に廃止されている。 コメの減反政策の役割は変わった。食糧管理法に もとづいて政府の財政負担を軽減する手段ではな くなった。いまでは高米価格を維持するためだけに ある。これは AMS として把握されていない価格支 持の別の形である。2012 年度の農家に支給される 減反補助金額は、 2,500 億円になる。 WTO 農業協定附属書 12 項 (b) は、農薬の低 減、温室効果ガス排出削減、自然生息地の増加な どの、環境保全を目的として導入された。コメの減 反・転作補助金は、コメではなく他の作物が植えら れている場所に交付される。しかし、水田稲作で生 み出される生物多様性、水資源の涵養、風景など の環境保全の利点は、転作によって失われる。さら に、 1970 年に始まった減反政策の導入で 340 万 ヘクタールの水田のうち、 100 万ヘクタールが失 われた。これは環境保全プログラムとは言えないも のである。 c. 輸出制限 日本は 1993 年の GATT ウルグアイ・ラウンド交渉 の最終段階で、輸出制限措置禁止を提案した。食 料輸入国である日本の立場としては、輸出制限措 置は不都合だ。実際にジュネーブで行われた貿易 交渉で私は日本代表団の一員として参加していた。 我々の提案は開発国からかなりの反対にあい、な かでも一番断固と反対したのはインドだった。提案 はある程度まで達成されたものの、交渉の結果、 内容は相当薄まったものになった。 高価で豊富な食料を買うことができる先進国にと っては想像しがたいだろうが、開発国では十分な食 料を買うために経済成長は重要課題である。2008 年、国際穀物価格が 3 倍に高騰した。その際、イン ドは穀物輸出を禁止した。ほおっておくと、自国産 穀物はインド国内市場よりも価格の高い海外市場 に輸出されるからだ。そうするとインド国内の供給 量が減り、国内価格は国際価格と同じ水準にまで 上昇する。結果として、所得の大部分を食費に費や す貧しい人たちが十分な食料を買えず深刻な問題 になる。インドには貧しい人たちも多く、インド政府 はこれを防ごうとした。実際にインドの輸出制限措 置は、国際穀物価格を一定水準まで押し上げ、フィ リピンなど食料輸入国の貧しい人たちに影響がで た。だからといって国際社会は、飢餓が発生するか もしれないインドに、輸出禁止を解いて輸出をしな さいとまでは言えない。 図4 : 主なコメ輸出国の生産量と輸出量 (引用) アメリカ合衆国農務省 「世界市場と貿易」 FAO 統計データベース (100 万トン) 12 13 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 国際コメ市場はいくつかの開発途上国の輸出国か ら構成されている。2008 年、ベトナム、カンボジア もまた、インドと同じように輸出制限措置をとった が、タイは発動しなかった。タイでは輸出用農産物 が多く海外市場が重要であったこと、一人当たり の所得がベトナムとインドに比べはるかに多く、高 い食料価格も耐えられたことがある。 では、もしアメリカや豪州が不作の際に穀物輸出 制限措置を発動すればどうなるか。大規模穀物輸 出国による輸出制限措置は、恐ろしい世界危機を 招きかねない。しかし、アメリカや豪州などの大輸 出国には穀物を輸出しなければならない事情があ る。これらの国では生産量が膨大なため、輸出が できなかったら国内価格が国際価格よりも下回っ てしまうからである。言い換えれば、国際価格が国 内価格よりも高ければ― ―国内価格は収穫高に左 右されるが――輸出産業はビジネス利益のため輸出 し続ける。インドとは異なり、富める先進国では貧 しい人々を守るため輸出制限措置を課する必要が ない。ではもし、国内生産量の低下で国際価格よ りも国内価格が高くなる場合はどうだろう。このよ うな場合、先進国であれば海外市場から穀物を輸 入し、自国の消費者の負担を減らすうえで自由貿 易に委ねるだろう。8 図5 : 主な小麦輸出国の生産量 出典:アメリカ合衆国農務省 供給と流通データベース *印は2008年の輸出規制措置国。 さらに言うと、輸出制限措置は墓穴を掘る行為で ある。1973 年、アメリカは大豆の輸出を禁じたこ とがあった。主要輸入国であった日本は、ブラジル の農地開発を援助しブラジルは世界第 2 の大豆輸 出国にまでなった。1980 年代にアメリカはソ連へ の禁輸措置を行った。結局ほかの輸出国が売り上 げを伸ばしアメリカはソ連市場を失った。これはア メリカの深刻な農業不況を招く原因となった。アメ リカは同じ過ちを二度と繰り返さないだろう。2013 年度の小麦 5 大輸出国のうち 2008 年に輸出制 限措置を適用したのはロシアだけだ。EU を除き、 輸出シェアの大部分は主要輸出国が占めている。ア メリカ、豪州、カナダの小麦業界などは、海外市場 なしでやっていけない。 そのような理由で、輸出数量制限を規制するという 日本側の提案にアメリカと豪州は反対しなかった。 小麦や大豆、トウモロコシについて輸出数量制限 規制の必要性はないが、輸出国が開発国のコメの 場合はちがう。さらに、世界全体でコメの貿易規模 は、ほかの穀物に比べて小さい。世界のコメ市場は 「薄い市場(thin market)」 と言い表される。ほ とんどのコメ消費国は、輸入米に頼るよりコメを自 給している。 つまり、インドのような開発国で輸出数量制限措置 の規制が論外である一方、国際価格に影響を及ぼ すアメリカなど大規模の穀物輸出国は、輸出数量 制限をしない。国際社会は、インドのような開発国 に輸出数量制限措置の規制化を強いることはでき ない。では輸出制限措置国に対し、それらの国から の輸入品に対して関税を高くするなどして報復措 置をとることはできるだろうか。食料危機の際これ らの国は農産物を輸出しない。また、開発国では 農業貿易と持続可能な発展 産業が十分に発達してないため、工業製品も輸出 しない。さらに、開発国に輸出数量制限の代償を 払えと要求できるだろうか。たとえ、工業製品への 関税削減をこれらの国が補償として申し出たところ で、輸入数量制限でひどい影響を受けた食料輸入 開発国は工業製品の輸出がないので、補償されな い。輸入数量制限措置への国際的規制化には、こ のような機能的限界がある。最近になり APEC エ コノミー が輸出数量制限の問題に取組みはじめた のは有意味だが、世界の食料安全保障問題を解決 するには、貧困緩和と食料生産率向上がより重要 課題である。もしくは危機に備えて在庫しておくべ きだろう。 (2)ドーハ・ラウンド農業交渉での日本 ドーハ・ラウンドの際、2003 年EU は WTO の 「 緑の政策 (green box)」 直接支払い、もしくは 「デカップリング」型直接支払いへと政策を変更 した。デカップリングされた支払いとは、支払いが 生 産 量、価格、生 産要素と関連しない直 接 所得 補償である。同時期、EU はバターの支持価格を 25% 引き下げた。バターの従量税率は 1 トンあた り 1,896 ユーロであり、 1986 年‐ 1988 年平均 輸入価格で置き換えると 200% の従価税率にな る。簡単に言うと、200% の従価税であれば、100 ユーロの輸入品の CIF 価格は国内に入るとき300 ユーロになる。この価格が国内価格と同等である 場合、25% 引き下げられた国内価格は 225 ユー ロだ。CIF 価格が 100 ユーロなので、125% 関税で 十分この国内価格は維持できる。これはアメリカの バターにかかる関税と同水準である。この共通農 業政策 (CAP) 改革が示すように、EU は関税を アメリカと同じレベルにする用意ができている。こ れは 2003 年の CAP 改革の重要方針だ。さらに 関税化の算定に使われた1986 年から 1988 年に 比べ、その後の輸入価格上昇で、現行の関税には 不必要な“水増し”がある。そのため EU は 100% の上限関税率の受け入れが可能だったのだろう。こ れが 2003 年 8 月のアメリカ・ EU 合意へとつな がった。 この合意は日本政府を大変混乱させた。農林水産 大臣は、アメリカ・ EU 合意の直後に声明を出して いる。諸外国の直接支払いを視野に入れ、今後 5 ヵ年の食料・農業・農村基本計画を見直すと発表 した。農林水産省は騒然となり、アメリカ・EU合意 の上限関税導入に呆然とした。日本が交渉で連携 していたと思っていた EU は、アメリカ・ EU 間交渉 のことを一切日本には知らせていなかった。もっと わるいことに、コメと農産物への関税が 100% に 低減したら、政策を変えない限り日本農業は生き 残れない。EU が 1993 年のウルグアイ・ラウンドで したように、農林水産省は、農業保護はもはや直 接支払いに切り替えるほかないと考えた。 しかしながらも、農林水産省はこの姿勢を 2 回変 えた。 1 度目は、2003 年 9 月に行われたカンクン閣僚会 議の議長テキストに、非貿易的関心事項の観点か ら指定される限定的な品目については上限関税の 例外にできる旨の記述が括弧つきながら加えられ た時である。 農林水産省はウルグアイ・ラウンドと 同様、コメを特例措置にし、上限関税の例外にで きるかもしれないと考えた。それならばコメの価格 水準を低くする必要はないので、コメを直接支払い の対象からはずした。 2 度目は 2004 年の枠組み合意で関税率 75% を 超える品目に対する 70% 関税削減率の例外とし て 「重要品目(sensitive products)」 という考 え方が導入された時だ。 この合意では重要品目 数はまだ規定されておらず、農林水産省はコメだけ でなく、小麦、大麦、砂糖、乳製品、牛肉、豚肉、 で んぷんなど重要生産品全てを 「重要品目」 に指 定すると農業界に説明した。これら農産物の国内 価格水準が据え置きされたので、農林水産省は農 家へ価格引下げ補償のための直接支払いを導入し なくてよくなった。 (3) TPP交渉においての日本 環太平洋戦略的経済連携協定 (TPP)の目的 は、アジア太平洋地域における貿易の自由化と促 進およびへの投資の保護や促進である。アメリカ は、TPPを21世紀型の自由貿易協定と位置づけて いる。TPPでは、物品の関税廃止・削減、金融障 壁、その他サービス貿易ほか、貿易と労働、貿易と 環境、投資と公正な競争についてルールが作られ る。このうち貿易と環境、貿易と労働という新分野 は、加盟国が労働基準や環境基準を緩めて企業の 生産競争力を高めることを規制する目的がある。 14 15 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 図6 : WTO と TPP の関係 これらの分野は、日本がいままで結んできた二国 間自由貿易協定でも対象になっているものも多い が、 TPP ではさらなるルールの強化などが話し合 われる。競争という分野には、外国企業と製品が 不利益を受けないよう政府の国有企業優遇策に対 する規律の導入が含まれる。 国有企業の制限には意見の隔たりがある。アメリカ は、民間企業との競争がゆがめられるとして、国有 企業の税制・補助金など優遇措置の廃止を求めて いる。それに対し、国有企業を多く持っているマレ ーシアやベトナムが反対している。ある程度の優遇 措置を例外として認める方向で話し合われている 図7 : 東京と北京における日本産米の価格 注:国有企業(state-owned enterprise- SOE) が、 例外を少なくしたいアメリカと日本側に比べ、 国有企業を多く抱える新興国はできるだけ優遇措 置を残そうとしている。 国有企業は、補助金や優遇措置だけでなく、独占 によって市場を歪める問題がある。この問題は、日 本農業にとっても重要だ。これまで高い関税で守 ってきた日本の市場は、今後高齢化と人口減少で 縮小する。農業を維持、振興しようとすると、輸出 により海外市場を開拓せざるをえない。農業こそ、 貿易相手国の関税を撤廃し輸出をより容易にする TPP などの貿易自由化交渉には積極的に対応すべ きだ。 農業貿易と持続可能な発展 コメは関税 1% で中国へ輸出できるものの、国有 企業が流通を独占し多額のマージンを取っている ため、日本ではキログラムあたり 300 円の日本米 が、上海や北京のスーパーマーケットでは 1,300 円になっている。 もし関税をゼロにしても、国有 企業による事実上の関税があるかぎり輸出は増え ない。TPP が拡大されると、いずれ中国も参加せざ るを得なくなるだろう。アメリカも中国の将来的な TPP 参加を想定し、中国の国有企業を念頭に置き ながら国有企業の規律を作ろうとしている。この意 味で中国はTPP交渉の影の参加者だ。TPP 交渉で 国有企業に対する規律を作ることは、日本農業に とっても中国市場開拓の道となる。しかし、この点 が交渉されているかどうかは、定かではない。 大半の TPP 交渉国は、農産物関税撤廃の原則に 従っている。しかし原則には例外がつきものだ。ア メリカは豪州の砂糖、ニュージーランドの乳製品に 対する関税を維持したいという強い意向を持ってい る。カナダは乳製品と鶏肉の関税維持を求め、そ の一方、アメリカがカナダに乳製品関税撤廃を要 求している。 そして 2013 年に交渉に参加した日本は、ほかに 例を見ないほど多くの除外品目を要求している。国 会の農林水産委員会は、コメ、小麦、牛肉、豚肉、 乳製品、砂糖、そのほか農林水産物の重要品目な どを関税撤廃の例外とすることを決議した。これが 日本のTPP交渉を硬直化させている。 先の 4 月、オバマ大統領訪日での二国間協議で、 突っ込んだ話し合いが行われた。報道によると、農 産物における 「重要 5 品目」 の関税撤廃はない とされた。コメ、小麦、砂糖に関しては関税率を維 持するものの、コメについては関税割当て枠の拡 大、小麦については関税割当て枠内の課徴金の引 き下げを行うとともに、牛肉、豚肉、乳製品に関し ては関税が下げられることとなった。 なぜアメリカがコメと小麦、砂糖に対する関税維持 に合意したのだろうか。 まず、アメリカの砂糖は競争力がない。 次に、コメは政治的な重要性から、日本が関税削 減できないのはアメリカも知っている。そして関税 撤廃をムダに迫るより、関税割当枠を拡大したほう が、アメリカのコメ輸出産業には利益になる。ウル グアイ・ラウンドの 5 年後の 1999 年、日本はつい に関税化を受け入れた。当時の政府 (もしくは農 林水産省) は、 WTO ルールへの例外要求が代 償をともなうこと、関税化がミニマム・アクセスほど ダメージが大きくないことをようやく理解した。しか し、日本はまた同じ過ちをしでかそうとしている。ド ーハ・ラウンドでの 「重要品目」 要求、 TPP で の関税撤廃例外措置、これらは関税割当の拡大と いう代償をともなう。それらは 1999 年当時に回避 しようとしたアクセス量を上回るものになる。自給 率向上目標をかかげていたところに、かえって自給 率の低下を招くことになる。 最後に、 「国家貿易企業」 としての農林水産省 は、数十年間にわたってアメリカから小麦を定率 60% で輸入し、 20% をカナダから、同じく 20% を豪州から輸入してきた。これは管理貿易である。 もし小麦に対する関税が撤廃されると、アメリカ産 小麦は、カナダや豪州だけでなく EU との競争にも 直面する。これではアメリカの小麦輸出がダメージ を受ける。この観点でみると、小麦に対する関税と 関税割当をそのままにして、関税割当内で国家貿 易企業が徴収している課徴金の額を引き下げるこ とは、アメリカにとって有益だ。 二国間協議は続いているが、結論には至っていな い。厄介なのは牛肉と豚肉のセーフガードメカニズ ムだ。アメリカは牛肉・豚肉の関税撤廃要求を取り やめた。しかしまだかなりの関税削減率を要求して いる。一方、日本はできるだけセーフガードを発動 しやすくして輸入急増を防ぎたい。日米がウルグア イ・ラウンド交渉で締結した同じ類のセーフガード だ。しかしながら現行関税 38.5% は引き下げ、輸 入急増時にセーフガードが発動されると 38.5% に 引き上げられる。アメリカはもっと低い水準、例え ば 30% を要求しているとする報道もある。発動の 基準となる数量についても、現在のアメリカからの 輸入量は 20 万トン程度だが、アメリカで BSE が発 生して日本への輸入が減少する前の 40 万トン近い 水準を要求するアメリカと、 20 ~ 30 万トン程度 にしてできるだけ発動しやすくしたい日本との間で 隔たりがある。 国産牛肉と豚肉業界は、大幅な関税削減による深 刻なダメージがないにも関わらず、関税削減に強く 反対している。 牛肉に対する関税は、 1991 年に輸入数量制限 を廃止し自由化したときの70% からほぼ半分の現 行の 38.5% へ削減した。 にもかかわらず、日本の 牛肉生産の太宗占める和牛の生産は、拡大した。 くわえて 2012年以来為替レートが50% 円安にな った。2012 年に 100 円で輸入された牛肉は、 16 17 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 38.5% の関税がかけられて、 138.5 円で国内に入 っていた。その牛肉は今のレートでは関税抜きでも 150円 で輸入される。この値段は、2012 年時の通 関後輸入価格より高い。 牛肉用として育てられる乳牛から生まれたオスの 子牛と、乳が出なくなって牛肉用に処分される乳用 種の牛肉が、輸入牛肉と競合している。しかしなが ら、これらは総牛肉生産 4,600 億円のうち、9 分 の 1 である。肉牛生産者に影響が出るようであれ ば、政府財政から直接支払いを行うことも考えら れる。補助金の額が総生産額の 3 分の 1 でも、 150 億円の補填で済む。 豚肉については、キログラム 410 円 (枝肉ベース) 以下の輸入価格の豚肉について、 この 410 円と 輸入価格の差を差額関税として徴収する特殊な制 度を採用している。そうすることで、価格が低めに 輸入されるときも、豚肉の輸入価格をつねに 410 円まで引き上げることができる。これはある種、最 低輸入価格制度である。分岐点価格 ( 410 円 + 1.043 = 393 円 ) を超えるものについては、従価 税 4.3% を課している。 実際には、輸入業者がヒレやロースなどの高級部 位とハムやソーセージ用の低級部位を上手に組み 合わせて梱包し、輸入価格はキログラム393円で 調整される。そのため、ほとんど関税は支払われ ないで輸入されている。輸入額は 4,000 億円なの に、 2010 年度で 180 億円しか関税は支払われて いない。率にすると 4.5% 程度である。これは従価 税の 4.3% にほぼ一致する。 アメリカ農業界は通商代表部に日本のこれら品目 とくに牛肉・豚肉に対する関税廃止を強く打診して おり、日米二国間交渉の結果に強く反発していると 報道された。7 月 30 日、140 名のアメリカ議員は オバマ大統領へ、関税撤廃についての多くの例外 を主張する日本の提案は前代未聞であり、ほかの 国との交渉へ差し支えるとして日本を外して交渉を 妥結すべきだという書簡を送っている。 アメリカ中間選挙では、共和党が連邦議会上院の 多数を占めて勝利した。その結果、上下両院とも共 和党が多数を占めたことで両院のねじれが解消さ れた。民主党とは異なり、共和党は自由貿易に積 極的である。上院共和党のリーダーであるミッチ・ マコネル院内総務は、選挙キャンペーン中に、貿易 自由化に協力すると発言した。選挙前は難しかっ たが、ようやくアメリカ政府は、通商交渉権限を持 っている連邦議会から権限を授権してもらう TPA (大統領貿易促進権限法) を獲得できた。 オバマ政権が推進したいTPP交渉が、野党の勝利 によって前進することになる。TPP交渉をはじめ、 民主党は貿易自由化交渉に積極的ではない。労働 組合を支持母体とする民主党は、海外から安い商 品が入ってきて、雇用が損なわれるとして自由貿易 に否定的だ。 TPP 交渉は、TPA を獲得した後の2015年に妥結 されるとみられている。大統領選挙はその翌年の 2016 年だ。2015年はアメリカにとって選挙もな く、特定の産業界に不利益を与える自由貿易協定 も選挙を心配しないで妥結することが可能だ。しか も共和党中心の議会なので、議会承認を得るのは たやすい。 農業貿易と持続可能な発展 3.政策提言と選択肢 (1) 日本農政の特性 OECD によって開発された PSE (生産者支持推 定量) という農業保護指標は、WTO 農業合意に よって AMS (国内助成合計量) という法的拘 束力を持ったものに転換されたものである。PSE は農家への補助金や直接支払いなど 「納税者負 担」 分と、関税など国境措置による国際価格より 高い価格支持の 「消費者負担」 分 (内外価格 差に国内生産数量をかけたもの) の合計額であ る。 日本は農業セクターの関税削減に強硬に反対して いることから、海外からは大農業保護国と批判さ れている。日本国内では、農業問題は、どの貿易 交渉でも常に問題となり、国益を損ねていると批 判されている。 これは日本の農業保護の仕方が間違っているから だ。費用便益分析では正の外部性がある農業生 産については、関税による価格支持政策と関税撤 廃による自由貿易のどちらがいいのか言いにくい。 たとえば価格支持は自由貿易より、より多くの正 の外部性をともなう国内生産を増加させる。自由 貿易は価格支持より価格が下がるので消費者余 剰を増加させる。最良の政策は直接支払いを伴う 自由貿易である。自由貿易は消費者 余剰を最 大 化し、直接支払いはより正の外部性を増大させ、 国内生産量を拡大させる。 価格支持から直接支払いに切り替えた EU とは 対照的に、日本については、農政と農業交渉での 立場は、ウルグアイ・ラウンド以降あまり変わって いない。高い国内価格を維持するため、日本は関 税と非関税措置に頼り、国際市場から国内市場を 切り離してきた。 2010 年、自民党から政権をとった民主党は、戸 別所得補償という直接支払いを導入した。EU と は違い、この改革は国内価格引き下げを狙ったも のではなかった。この政 策は生 産 制 限である減 反政 策に参加する農家だけを受給資格があると し、農業協定 6 条 5 項 「青の政策 (blue-box policy)」 として報告された。ドーハ・ラウンド交 渉のモダリティーテキストで青の政策が削減対象 とされているのだが、この政策を減反政 策にリン クさせることで現行の農業 協定の削減対 象外の 政策とした。 しかしながらこのリンケージは、農 家にとっては減反参加でより多くの利益を受ける ため減反参加率が向上した。この政策は米価引下 げより、高価格維持に貢献している。 PSE は 2 つの部分 (消費者負担と納税者負担) からなる。関税による消費者負担の割合はアメリ カでは 1986 ~ 1988 年時の 37% から 2010 年 度には 6% に減少、 EU では 86% から 15% へ 減少した。一方日本では同時期に 90% から 78% と、わずかに下降しただけだった。アメリカ・ EU とも、消費者負担から納税者負担へと農業保護 を移行させた。EU がアメリカ式の農業政策に切 り替え、日本のみが改革から取り残され、 EU ・ 日本対アメリカという構図から、アメリカ・ EU 対 日本という構図に変わった。関税から直接支払い に切り替えたアメリカや EU とは違い、日本はコメ や小麦、砂糖、乳製品へ突出した関税を課してい る。アメリカの直接支払いは 2014 年度の農業法 で廃止されたが、アメリカは価格支持政策に戻ろ うとはしない。 OECD によると、日本の農業保護のうち、消費者 負担額として計 測した額は4兆円に上るという。9 消費者は国際価格を上回る価格の農産物を買 わせられている。国内農産物を守るために、消費 者が負担を強いられているのである。外国産農産 物に対しても関税が課せられ、国内産と値段は変 わらなくなっている。このため実際に消費者が負 担している分は、4兆円よりもはるかに高いもので ある。小麦を例にみると、消費量の 14% に過ぎ ない国産小麦の高い価格を守るために、86% の 外国産麦についても関税を課し消費者に負担さ せている。国内農産物に対する消費者の負担額を 財政負担による直 接支払いに換えれば、財政負 担による置換の必要なしに外国産農 産物につい ての消費者負担を取りのぞける。 少ない財政支 出で消費者への負担を軽くすることができる。 18 19 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 図8 : 直接支払いへの転換による消費者負担の減少 コメ市場は政府によって小麦以上にゆがめられ ている。農家への減反補助金は、年間4,000億円 にものぼる。その結果、コメは均衡市場価格よ りも高くなり、 消費者負担は 6,000 億円になっ ている。コメの生産合計額 2 兆円に対して、コ メの保護のために納税者・消費者に年間合計 1 兆円以上の負担させている。 納税者の税金が消 費者負担を悪化させる。2重にムダのある政策 である。 日本のある政治家は、日本とアメリカの交渉で は両国の国益をかけて激しい攻防があったと語 った。アメリカの国益が国内産業の利益をかけ た輸出拡大だというのは分かる。では日本の国 益とはなにか。いったい日本政府は国内農業を 守るために交渉したのだろうか。もし農業保護 が目的なら、高い関税を主張する必要はない。 EU がそうしたように、財政資金からの直接支払 いで達成できる。 高い関税が守っているのは、農産物の高い国内 価格、言い換えれば食料品価格だ。2012 年、 低所得者層が高い食料品を買うことになるとし て、多くの政治家が消費税増税に反対し、与党 の分裂まで招いた。その一方、関税と減反で食 料品価格を吊り上げることは、国益のために良 いとされる。日本が国際価格よりも高い国内価 格を維持することで農家保護するかぎり、関税 が必要になるのだ。 自民党、民主党の両党も、閣僚メンバーも関税 維持は TPP 交渉において国益だと言っている。 この関税で守ろうとしている 「国益」 とは農業 ではなく、農産物の高価格だ。 そして食料品価 格は高くなる。高価格維持のために関税が必要 で、既存関税率を守り抜くためには、日本政府 はアメリカ産業界の要求であるコメの関税なし の関税割当枠拡大に同意せねばならない。 この 方策では輸入量が増え、政府が目標としていた 自給率が下がる。 日本政府は 1997 年度に 3 兆 1,710 億円だった AMS が、 2012 年度には 6,090 億円にまで大幅 減少し、大改革を達成したと言っている。この 大幅減少は、食管法の行政価格であった政府買 入価格を廃止したからである。それ以来ずっと 減反政策によって価格が高く維持されてきた。 実質的な農業保護の規模である PSEの数値はあ まり変わっていない。 AMS の消費者負担、価格支持の算定方法は、〔 各年の行政価格と国際価格( 1986 年‐ 1988 年 時)の差〕×国内生産量である。実際の国内一 般価格ではなく、行政価格をとっている。行政 価格がなけれは、たとえ国内市場価格が国際価 農業貿易と持続可能な発展 格よりも高くても、 AMS には内外価格差分は 含まれない。AMS 算定による消費者負担の部 分は、政府が行政価格を廃止すると消えてしま うのである。PSEは、行政価格の存在いかんに かかわらず、関税など国境措置も含めて実現さ れるすべての価格支持を算定する。(各年の内 外価格差×国内生産量で算定される)したがっ て、現実の消費者の負担を表す PSE は、行政価 格がなくなっても減少しない。この結果日本の AMSは大幅に削減されたのに、PSEはほとんど 変わらないということになる。 図 9 : AMS と PSE の変化 (引用)OECD PSEデータベース WTO加盟国の透明性ツールキット (2) 高価格と高関税を支持しているのは誰か 日本農政は、特にコメに見られるような高い農 産物価格維持に努めてきた。農協 (JA) は戦 後政治的に最も大きな利害団体であり、この農 政を強く後押ししてきた。 戦後の食料不足の際、闇市で米が高く売られる のを防ぐために対策をとる必要があった。戦時 中にすべての農業・農村のビジネスを統制して いた団体があり、販売から農業資材の購入、農 家への融資を運営していた。政府はこの組織を 農協 (JA) として改組した。 アメリカ・ EU の協同組合は生産資材購入や農 産物販売、融資、作物ごとなど事業・機能ごと に専門化された農協になっている。農産物販売 や資材の購入とともに、農家でなくとも利用で きる銀行サービスから生命保険や傷害保険のサ ービス提供、日用品供給まで行っているのは農 協 (JA) だけである。日本の農協は協同組合 としてユニークなだけでなく、日本のどの法人 も持っていない特権を有している。 食糧管理法があった 1995 年までは農家は農協 へコメを持ち込み、これを政府が高い行政価格 で買うことで農家所得を保護していた。農協は 農家が勤労者世帯との所得の差をなくすために は高米価格が必要だと主張してきた。農協は与 党自民党に票をもたらし、その見返りとして様 々な補助金と高い政府買入れ価格を実現した。 制度廃止後も減反政策でコメの価格を高く吊り 上げている。 米価が高いとコメの販売手数料収入が高くなる うえ、農家に肥料、農薬や農業機械を高く売れ る。本来、協同組合による資材の共同購入は市 場での交渉力を高めて組合員に資材を安く売る ためのものだが、農協にしてみれば組合員に高 く売るほうが利益になる。 高い米価から得ら れた収益は、農家から農協に貯金されたので資 産が増えた。肥料価格を高く維持し、肥料産業 に貸し付けた農協預金の利回りを確保するこ ともできた。幅広い機能を持った農協は高米価 によって生産資材・農産物販売、金融業者とし て、繁栄してきた。 その一方で、高米価はコメ産業を衰退させてき た。米価が引き上げられた結果、市場では生き 残ることができないはずの零細兼業農家が多数 滞留してしまった。そうすると農地が主業農家 の手に渡らないことになる。そのため主業農家 20 21 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 が農地を広げて経営規模を拡大し、コストダウ ンと利益拡大をはかることが難しくなった。現 在、コメ農家は戸数では全農家の 70% を占め ているにもかかわらず、農業総産出額の 20% 図 10 : 営農類型別にみた農業者のシェア (引用) 農林水産省 図 11 : 営農類型別にみた産出量の割合 (引用) 農林水産省 の産出しか生まない。また高いコストのコメ は、コメの消費量も減少させる。高米価政策を とることで、コメの生産・消費の両方が影響を 受けコメ産業は衰退した。 農業貿易と持続可能な発展 コメ農業を衰退させている零細な兼業農家の存 在は、農協にとっては好都合だった。農業収入 のほぼ 4 倍以上ある兼業所得が JA 農協バンク に預金された。それだけでなく、農地の切り売 りで得た年間数兆円にも及ぶ転用売却益も預金 されたので、 JA 農協バンクは日本で第 2 を争 うメガバンクとなった。農協の発展を支えてき たのは、高米価とこれによって滞留した兼業農 家だった。高米価を起点として、すべての歯車 がうまく回ったシステムだった。 図 12 : 農家の所得の内訳 (引用) 農林水産省「平成24年度営農類型別経営統計(個別経営)」 (3) 安倍政権における政策変更 a.農業所得を今後10年間で倍に増やす安倍首相 の経済成長戦略 前にも触れたように、安倍政権は 6 次産業化 と輸出額の倍増、農地集積バンクによって農業 所得を倍増するとした。しかし残念ながら、こ れらの政策で農家所得を倍増にはできない。な ぜなら、これらはいずれも過去に実施して効果 がなかった政策のリメイクだからである。たい がいの農家は加工技術やそのための時間は取れ ない。第 1 次安倍政権 (2006 - 2007年) は 農産物の輸出振興に努めてきたが、実際は輸出 額は減少した。セールスプロモーションがいく らよくても、高すぎる商品は売れない。必要な のは、価格競争である。農地を集積することに よってコストを下げることはできる。しかしな がら、 40 年間もの間、減反政策によってコメ の供給量を減らし高米価を維持してきたのであ る。減反政策で高米価にし、零細兼業農家に高 コスト生産を許すので、農地を借りて規模を拡 大したい主業農家には農地がいきわたらない。 安倍政権の農業集積バンク施行後でさえ、岡山 県では、主業農家は800ヘクタールの農地の需 要がある一方で、たった8ヘクタールの供給し かない。 人口減少と高齢化で国内市場が縮小することを 考えると、輸出強化策は、正しい政策と言え る。日本が輸出を倍増しても、農産物輸出をす る途上国には影響はない。日本の農産物輸入額 は690億ドル相当に対し、輸出額は30億ドルほ どにすぎない。くわえて高価格・高品質を生か した日本の輸出農産物は、大量に貿易されるほ かの作物と競合しない。 22 23 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 日本米の品質は世界でも優れており、輸出量は 確実に伸びている。 まず減反政策を廃止すれば 米価が下がる。農地のリースが増え、生産コス トが下がる。それがコメ輸出の競争力を高める ことになるだろう。農業所得を倍増するにはこ の方法しかないだろう。過去に効果がなかった 政策をうわべだけ取り繕っても、減反政策を依 然として維持するという根本的な状況を変えな いのでは効果がない。 b. “多面的機能” への直接支払い 輸入品よりも高い国内農産物は、国民と消費者 へ理不尽な負担を強いる。いくら多面的機能の ためとはいえ、それでも農業保護をすべきとい うことにはならない。言い換えれば、多面的機 能の利便を理由に、国民や消費者が負担するコ ストを度外視しても、農業保護をするのはまち がっている。 さらに、国内の農業生産は安上がりでなければ ならない。安いコストで同等価値のものが他か ら運ばれてくれば、国内農業にこだわる必要は ない。洪水防止や水資源の涵養も、農業に多大 のコストがかかるのであれば、農産物は国際価 格で輸入して、 “多面的機能” はダム建設や 植林などの森林の整備で対応するほうが、国民 負担は少なくてよい。 つまり、農業保護は多面 的機能の達成のみならず、国民負担を軽減させ るための生産コスト削減によって正当化される べきだ。 2014 年に、農地や農業道路、水路を良好な状 態に保つためとして、農業団体への直接支払い が導入された。この直接支払いは、多面的機能 の強化という名目になっている。しかしなが ら、財政から多面的機能の直接支払いを行うと いうことは、農業にかかる国民負担をさらに増 加させる。それを避けるためには、農産物価格 を下げて、消費者としての国民の負担を軽減 する必要がある。これまで多面的機能があるこ とを農業保護の口実として、消費者に国際価格 よりも高い農産物価格を強いてきた。多面的機 能を推進するために、国民が納税者として財政 からの直接支払いを行うならば、農産物価格を 下げていく必要がある。そうでなければ国民 は、1 度目は農産物の消費者として、2 度目は 補助金の納税者として多面的機能へ2重に支払 うことなる。農業の多面的機能維持に政府が財 政から支出し、国民が消費者としてもう1度同 じ目的のために支払うのは理屈にあわない。 c. 強化された減反政策 2013 年、安倍首相は減反政策の廃止を発表 し、戦後農政の根幹を変える大改革を達成した と主張した。自民党にはおよそ不可能と思われ ていた改革だとも主張した。しかし、この発言 は誤りだった。 1970 年以来始まった減反政策では、水田を転 作した米農家に補助金が支払われた。補助金の 額は、転用された面積を元に支払われる。減反 政策に加えて、2010年には当時与党であった 日本民主党が 「戸別所得補償」 という補助金 を導入した。農家ごとに「生産目標数量」を定 め、目標達成した農家に支払うとされた。 この 補助金は、コメの耕作面積を基準として支払わ れる金額が決まる。しかし 2013 年に自民党の 政策変更により、民主党の戸別所得補償は、生 産目標数量とともに廃止されることとなった。 戸別所得補償廃止で浮いた額は、 1970 年以来 続けられた減反補助金の拡充に充てられる。つ まり、農政の中核である高米価政策にいささか の変更もない。 2009 年自民党政権末期、コメ農家にとって作 りにくい小麦や大豆への転用以外にも、非食用 のエサ用米・米粉までもが転作とみなされ、減 反の対象とされた。当たり前だが、コメ農家に とって、最も作りやすい作物はコメだ。自民党 の見直し案では、1ヘクタールあたり 80万円 であった補助金を、10 5 万円に引き上げるこ とになった。 おおまかに説明すると、均衡価格 60 キロ 8,000 円の主食用米価を減反で 14,000 円に引 き上げたうえで、その主食用価格 14,000 円と 3,000 円の米粉用のコメや2,000円のエサ用の コメとの大幅な価格差を減反補助金という税金 で補てんするというものだった。こうして、安 い米粉・エサ米などを作っても高い主食用のコ メを作ったと同じ農家手取りが確保できるよう にした。それでも米粉・エサ用の需要先が少な いので、この見直し案で補助金をさらに増額し て、エサ用の米価をさらに引き下げて需要・生 産を増やそうとした。 これではどのような問題が生じるだろうか。 まず財政負担、税金の投入の問題がある。先の 減反政策ではコメ農家が米粉・エサ用の生産を 農業貿易と持続可能な発展 した場合でも、主食用に販売した場合の 1 ヘク タール当たりの収入 105 万円と同じ収入を確保 できるよう 80 万円を交付された。2013 年、 米粉・エサ用のコメ作付面積は 6.8 万ヘクター ルで、減反面積 100 万ヘクタールの 1 割にも ならないが、補助単価が大きいので、トータル 2,500 億円の減反補助金のうち 544 億円がこれ だけに支払われている。新たな減反政策では、 補助金単価が 1 ヘクタールあたり 105 万円に 増額された。 農林水産省は、エサ用の米の需要は最大で 450 万トンとしている。もしこれだけのエサ用米が 生産されるとそれだけで 7,000 億円かかる。 残りの減反面積を合わせると、減反補助金は 8,000 億円にも達することになる。減反補助金 については、5,500 億円もの税金投入の増加と なる。もし米粉・エサ用の生産量が増えれば、 戸別所得補償廃止によって浮いた額を上回る支 出になるおそれがある。 新しい見直しで補助金が効きすぎて、エサ用の コメの収益の方がよくなれば、主食用のコメの 作付けが減少し、主食用の米価がさらに上がっ てしまうかもしれない。これでは国民は消費者 としても、納税者としても大きな経済負担を背 負わされることになる。2015 年にはこれが現 実になるかもしれない。 2014 年にコメが余り、価格が 20 から 30% 下 落している。2012 年は 4 年ぶりの豊作になっ た。JA 全農 (全国農業協同組合連合会) はコ メ 60 キログラムあたり 16,500 円の相対取引 価格で卸売業者に販売した。この価格は東日本 大震災の影響で高値だった前年度 2011 年を上 回り、 2010 年度の 12,700 円と比べると 30% も上昇した。豊作で収穫量が上がったにもかか わらず、価格が上がるのは不思議なことであ る。2013 年には前年を越える豊作となった。 しかし依然として価格は 14,500 円と高いまま だった。 豊作なのに米価格が上昇したのは、 JA 全農が 市場へ供給を抑えたからだった。JA 全農は、 コメ流通の 5 割以上を占めるにもかかわらず、 協同組合なので独占禁止法が適用されない。豊 作で供給制限をすれば、在庫を大量に抱える ことになる。2012 年 6 月民間在庫は 180 万 トンだった。2013 年 6 月には 224 万トンに なり、2014 年 6 月には 257 万トンになると 予想された。農協や卸の団体などで構成される 支援機構が、220 億円を使って 35 万トンを買 い取り、市場から切り離すことにしたために、 2014 年 6 月の在庫は222万トンに低下した。 それでも依然として在庫は通常の年を大きく 上回っていた。2012 年度と比べても 42 万ト ンの過剰在庫のうえ、コメの需要が減ったこと で、新しく 25 万トンのコメが在庫に上乗せさ れると予想された。そうすると過剰在庫は合わ せて 67 万トン、コメの流通量の 1 割に匹敵す る量に増加する。 過剰在庫は保管費用の増加を招き、農協の経営 を圧迫する。いずれ農協は在庫を処分しなけれ ばならない。このような背景のもとで、米価は 下落した。 農家は 2013 年度に 1 ヘクタールあたり 105万 円得たのに対し、2014 年度には70 万円しか得 ることができなくなった。その結果、2015 年 になって農家は米粉・エサ用に転作し、 1 ヘク タールあたり 105万円(主食用を育てるのと同 等分) の補助金をもらう方が儲かると判断する だろう。JA 全農は、2015 年度にエサ用米の生 産を 20 万トンから 60 万トンに引き上げる計 画をしている。 24 25 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 図 13 : 主食用米とエサ用米の利益比較 これは貿易摩擦を引き起こしかねない。現在、 日本はアメリカから飼料用として 1,000 万トン のトウモロコシを輸入している。この見直し案 で毎年のエサ用米の生産が増加すると、アメリ カからのトウモロコシ輸入量は実質的に減少す るだろう。米粉についても同じで、国内での生 産が増加すれば、アメリカからの小麦輸入量は 減少することになる。この件に対しアメリカが WTO へ訴えて、その結果、報復措置として日本 車にもっと高い輸入税が課せられるような事態 が、想定される。そうすれば日本経済へ大きな 打撃になる。 前述にあるように、減反補助金は農業協定附 属書 2 の12項 (環境直接支払い) に基づくと して、 WTO には農業協定上、削減対象とされ ず、したがって外国から訴えられない緑の政策 扱いとして届けられている。しかしながら、こ れらの補助金は主食用米ではなく、自給率を高 める目的で小麦、大豆、米粉・エサ用のコメの 生産増加に支払われる。緑の政策だとして主張 するには難がある。コメを植えることは他の作 物よりも生物多様性や水源の涵養、風景など環 境保全の恩恵をもたらす。米粉・エサ用の収入 を主食用米より高くするのは、環境プログラム の12項 (b) に違反している。 ガット/W TO紛争解決には確固とした判例が ある。すでに各国スケジュールで取り決めら れ WTO で合意されているものでも、ガットや WTOの規定に反していれば訴えられる。 くわえて、平和条項 (農業協定第 13 条) と いう農業補助金についての規定が農業協定 1 条 (f)によってすでに失効しているので、農業協 定は農業補助金にはもう適用できない。WTO の補助金・相殺関税協定 ( SCM 協定)が農業 補助金にも直接適用されることになっている。 このため、農業協定の緑、青、黄色というカテ ゴリーは、効力を失っている。 SCM 協定のも とでは、緑の政策も損害があれば訴えられる。 影響をこうむる国は報復措置をとることができ る。 1993 年に EU 共同農業政策が大きな変化をむか えた原因が、増え続ける財政負担と 10 年に及ぶ アメリカとの貿易紛争であったことは事実だ。 安倍政権が減反政策変更をフルに実行すれば、 財政負担とアメリカとの貿易紛争に耐えられな いだろう。長年に渡って続いてきた減反政策も 農業貿易と持続可能な発展 廃止せざるを得なくなり、 おそらく TPP への全 面参加につながるだろう。 c. 農協改革 2014年政府の規制改革会議は農協改革を提案し た。その1 ヶ月後に安倍内閣で閣議決定された 農協改革案は、農協の反対と与党自民党によっ て大幅に骨抜きにされたものとなった。 まず規制改革会議は、地域の特性を生かした農 業を後押しすることを目指すとし、全国や都道 府県の農業協同組合中央会に関する農協法の規 定をなくして、地域農協を指導・監査する権限 規定を廃止するべきだと提案した。これは協同 組合としてふさわしくない農協上部のトップダ ウン体制をなくすためである。また、農協法で 全国や都道府県の中央会が政治活動のために地 域農協から賦課金を徴収することが認められて おり、これを廃止して農協の持つ強い政治力を 削ぐ意味もあった。しかしながら、修正後の改 革案には 「農協系統組織での検討を踏まえるこ と」 とされた。 規制改革会議のもともとの改革案では、農産物 の集荷や販売を一手に担い、資材販売なども行 っている JA 全農 (全国農業協同組合連合会) を 株式会社化させるともあった。JA 全農は肥料で 8 割、農薬と農業機械で 6 割のシェアを持つ巨 大な企業体であるのに、協同組合という理由で 独占禁止法が適用されてこなかった。さらに、 一般の法人が 25.5% であるのに 19% という安 い法人税、固定資産税の免除など、さまざまな 優遇措置が認められてきた。 また農協は、農業資材を共同で安く購入するた めに農家が作った組織であるはずなのに、独占 禁止法の適用外であるために、農業資材を農家 に高価格で販売している。ふつうの販売ルート では肥料は JA 全農よりも 3 割も安く購入できる という。10 肥料、殺虫剤、農業機械や飼料など にいたっては、アメリカのほぼ 2 倍の価格に売 られている。これら農業資材が高ければ、農家 にとって経済負担になり、さらには消費者の買 う食料価格に上乗せられる。もし JA 全農がこれ ら特権を失えば、企業として対等な立場で競争 せざるを得なくなり、農業資材と農産物の販売 価格は下がるだろう。 しかしながら改革案は変更され、「株式会社化 の考慮を促す」としながらも、「独占禁止法が 適用される場合の問題点を精査して問題がなけ れば」 という条件もつけられた。つまり判断は JA 全農自身がすることになった。 規制改革会議がまとめた当初の報告に対して、 民間組織である農協に政府は干渉するのはおか しいと農協側から反論が出された。自民党との 調整後政府がまとめた農協改革案では、この反 論を受けて農協改革に関しては農協側が独自に 判断して行うとされた。しかし、銀行は証券や 他の業務の兼業は禁止されているし、生命保険 会社は損害保険業務を兼業できない。農産物の 販売だけでなく、葬式サービスも、銀行、生命 保険、損害保険の業務も、全ての業務が可能な 法人は農協しかない。この幅広い分野での特権 はすべて農協法で定められている。農協法は、 戦後の食料難時代に米を政府に集荷するために GHQ (連合軍最高司令官総司令部) と農林水 産省で成立した法であり、1947 年の成立以降ほ ぼ改正されていない。 いまの時代の農協法のあ り方について、政府や国会が議論するのは当然 である。 60 年間も手が付けられなかった農協改革を達成 するのは容易ではない。 このような改革は、と もすれば 10 年以上はかかる手ごわい課題であ る。しかし今回、規制改革会議の農協改革案提 出は見事な仕事だったと言える。日本での農業 改革がやっと着手されつつある。 どの国にも農業のために政治活動を行う団体は あるが、その団体が経済活動も行っているのは 日本の農協をおいて他にない。しかも農協の政 治的・経済的利益が高価格維持とリンクしてい る。農協が守ろうとしているのは、組合員であ る農家や日本農業にとっての利益というより農 協組織の利益である。 閣議決定後、安倍総理は農協の政治活動の中心 だった全国農業協同組合中央会 (JA全中) や 都道府県の中央会に関する規定を農協法から削 除すると主張した。これに対して JA 全中は監 査権限は規定されるべきだと主張した。なぜな ら、監査は地域農協をコントロールする上で重 要だったからだ。JA 全中による強制監査を廃止 し、JA 全農を株式会社化して独占禁止法を適用 できるようにすることが、農業資材の価格を下 げ、農家の所得を増やすことにつながる。それ によって消費者は食料価格が下がるという恩恵 を受ける。 26 27 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 最終的に、安倍政権と JA 全中は以下のことに合 意した : ‐ JA 全中に関する規定を農協法から削除し、 JA 全中を一般社団法人とする ‐地域農協は全中監査と監査法人の監査を選択で きるようにする ‐都道府県の中央会は引き続き農協法で規定する ‐全農などの株式会社化は農協側の選択とする ‐准組合員への事業の規制は見送る 全中監査を強制でなくしたことで、 JA 全中の統 制がある程度弱まるだろう。しかし、JA 全中の 政治力は排除されない。2013 年度で言うと、全 中は 80 億円、都道府県の中央会が徴収するもの を含めると 300 億円超の賦課金を系統農協など から徴収してきた。 都道府県の中央会はそのまま維持され、まだ強 制的に賦課金を徴収することができる。都道府 県の中央会は JA 全中の会員なので、都道府県の 中央会が集めた賦課金は従来通り、 JA 全中に流 れて行く。 JA 全農に集約された農協は、肥料販売で 80% のシェアを持つ巨大な企業体を形成している。 それなのに独占禁止法は適用外とされている。 それは彼らが協同組合だからだ。さらに低い法 人税、固定資産税も免除される。協同組合であ り続けるメリットのほうが大きいので、全農等 があえて株式会社化を選ぶとは思えない。 改革案で示された、准組合員の事業利用を正組 合員の 2 分の 1 に規制するというのは見せ球 だったのだろう。准組合員なしでは地域農協は 融資の利用客を失う。農協側にとって准組合員 が維持できるのであれば、全中監査を捨てるこ となどどうでもよいという判断になったのだろ う。 しかし、非農家の准組合員の方が多い 「農業」 協同組合というのは尋常ではない。いまの地域 農協の農業部門は解散させ、銀行・保険事業や 生活資材供給を行う地域協同組合とすべきだ。 農協は必要があれば主業農家が自主的に設立す るだろう。それが本来の協同組合である。 今の地域農協では、主業農家も零細な兼業・高 齢農家も同じく 1 票の決定権を持つため、少数 の主業農家ではなく、農業をやっているとは言 えない多数の零細農家の意見が、農協の意思決 定に反映されてしまう。この 1 人 1 票制の改革 や農協の地域協同組合化など、本質的な部分は まだ提案もされていない。これで農協改革を終 わらせてはならない。 農林水産省、農協、農林族議員の間にこれまで も争いはあったが、表面化したことはなかっ た。しかし農協改革をめぐり、農協側は農水省 の変節を激しく指摘するなど、農水省と全面対 決の様相を呈している。今回、農協改革がたと え期待する成果を上げなかったとしても、これ に亀裂を生じさせたことの意義は大きい。 d. 農地政策改革 また、規制改革会議は企業の農業セクターへの 参入を促すとも提案している。農業生産法人に 関する現行の規制では、加工、流通の企業のみ に限って最大 25% の出資比率まで農業生産法人 に出資できる。規制改革会議は企業の種類を限 定しないで、 50% まで出資できるよう引き上げ る提案をした。自民党はこの案を受け入れた。 農業生産法人については、農地法は企業の農地 取得を認めてこなかった。これは地主の土地を 分配し小作人に所有権を与えた戦後の農地改革 の自作農主義という原則があるためだ。つま り、農地について所有権などの権利を持つ者が 耕作者であるべきだという考え方である。株式 会社の場合、従業員が耕し株主が農地の所有者 となるので、それでは農地法の思想にあわな い。ほとんどが農業者の出資で農業者以外の出 資比率を 25% 未満に限定するなど、農家が農業 生産法人となったような場合しか、農地につい ての権利の取得を認めてこなかった。言い換え れば、多かれ少なかれ農家によって作られた企 業しか農地の取得を許されなかった。 しかしながら農地法は 2009 年に改正され、賃 借で農業に参入する組織は、ほとんど制限なし で農地を借りることができるとされた。この改 正で、「農地の権利者が耕作者であるべき」 と いう原則では、ほぼなくなった。株主が賃借を し、会社の従業員が耕作するからだ。企業にと って、借地権で農業を行う権利がありながら、 農地所有権が許されないという法的根拠はなく なった。 農業貿易と持続可能な発展 そうは言っても、すぐにどの企業にも農地所有 を許可するという改正は、極端かもしれない。 規制改革会議は、農業者以外の出資比率を 25% から 50% に段階的に引き上げるアプローチを 取るべきとしている。しかしこの提案だと、こ れから農業に参入したい若者や、やる気ある企 業家も小さなベンチャー企業を立ち上げる際に 少なくとも資金の半分を自ら出さなければなら ない。さまざまな新規参入者を呼び込むために は、農業者の必要出資比率は資本金が少ないベ ンチャー企業のために廃止されるべきだ。 (4) 政策提言; コメの大きな可能性 農林水産省は TPP 参加後の関税・輸入課徴金撤 廃の影響について公表した。そのなかで、農業 生産は現在の水準である 8 兆 5,000 億円から 4 兆 1,000 億円減少するとされた。そのうちコ メの生産の減少は2 兆円とした。11 食料自給率 は、40% から 14% にまで落ちる。それだけで なく、3 兆 7,000 億円の価値と言われる農業の 多面的機能が消滅するという。12 のちに、農林 水産省は数字を下方修正したが、それでも TPP 合意に参加すれば日本の農業が壊滅的な損害を こうむると主張した。 農林水産省、農協など農業界は、日本の農業は 規模が小さく、アメリカや豪州と競争はできな いと言っている。農家 1 戸当たりの農地面積 は、日本を 1 とすると EU は 6 、アメリカは 75 、豪州にいたっては 1309 となる。13 条件が同 じなら、もちろん規模が大きい方がコストは低 下する。しかし重要なのは規模だけではない。 たとえばアメリカは世界最大の農産物輸出国だ が、農地は豪州の 17 分の 1 だ。各国で土壌の 肥沃度や作物の種類が違う。豪州では土地が 痩せているので、主に草地で牛を放牧している のに対し、アメリカではトウモロコシ、大豆、 小麦作り、これをエサにして高級な牛肉を生産 している。アメリカは豪州から低級牛肉をハン バーガー用に輸入し、その一方でトウモロコシ などで育てられた高級牛肉を日本へ輸出してい る。そして日本の農地では、主にコメを育てて いる。 前述の農業界の議論には、日本の農産物はコス トの面で競争力がないという前提がある。しか し競争力という場合、単にコストだけではなく 品質も重要である。車を例にとれば、高級車と 低価格の軽自動車の違いがあるが、同じことが 農業にも言える。 日本産コシヒカリは品質に優 れ、価格も非常に高く、香港ではカリフォルニ ア産コシヒカリの 1.6 倍高い価格、中国産コシ ヒカリの 2.5 倍高い価格で売られている。コメ の品質は気候と自然条件で左右され、コメの成 分を決定する。一般的には、たんぱく質が低い ほうが味が良いとされる。実際に日本でもコシ ヒカリの質と価格は産地によって決まる。その なかでも山間部にある新潟県魚沼地方は日本で もっとも評判が高く、日本の他の産地のコシヒ カリよりも 1.5 倍の高値がつく。 日本はベンツやフォードを輸入しながら、トヨ タ、日産、ホンダを輸出している。アメリカは 350 万トンのコメを輸出しながら、 80 万トンの ジャスミン米という高級米を輸入している。そ れに加え、アメリカは世界第 3 番位の牛肉輸出 国でありながら、同時に世界第 1 位の牛肉輸入 国でもある。つまり、産業内貿易は工業に限ら ず農業にも当てはまるということだ。日本がも し弁当や外食産業向けにコメを輸入したとして も、高級米の輸出は可能だ。安い低級米の輸入 を恐れることはない。日本が諸外国にコメとそ の他農産物に対する関税廃止を要求するなら、 自国の輸入関税も廃止すべきだろう。日本市場 の開放は、開発国の持続的な発展を助けるだろ う。 日本の農業においてコメの生産は著しく下降し ているものの、品質の面では世界に勝ってい る。しかしコメの生産を減らして高価格を維持 する減反政策が、日本米の価格競争力を奪って いる。この政策をとりのぞけば、日本は主要米 輸出国に変わることができるだろう。 単位数量あたりのコストは、面積あたりのコス トを面積あたりの収量 (単収) で割ったもので ある。したがって、単収が拡大し増加すればコ ストは下がる。 高米価は、零細な兼業農家をコメ産業に滞留さ せてしまう。主たる収入が農業である主業農家 の販売シェアは野菜では 80% 以上であるのに対 し、コメでは 40% にも満たない。14 1970 年にコメの生産抑制が決まり、単収向上の ための品種改良は国内の研究者の間でタブー化 された。1970 年に減反開始されるまで、カリフ ォルニア米と日本米の単収は同等だった。だが 今では日本米の単収はカリフォルニア米より6 割も低い。15 28 29 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 もし減反政策が廃止されて、単収がカリフォル ニア米並になれば、コストは 4割 まで下がるだ ろう。民間企業の三井化学 (株) が開発した 「みつひかり」 という品種は、カリフォルニア 米より単収が優れ、一部農家の間で生産されて いる。農協は種や苗を農家に供給するが、農協 自体はコメの生産量減少による高米価で利益を 得るため、みつひかりのような品種の種を採用 することはない。 図 14 : 生産コストとコメ所得 2012 年 (引用)農林水産省 「農業経営統計調査」 コメ生産を抑制する減反さえ廃止されると、米 価が下がって兼業農家は農地を貸し出すだろ う。そのうえ、直接支払いの受給者を主業農家 に限れば、主業農家の地代負担能力が上がる。 そうすることで兼業農家がいままで保持してい た農地が主業農家に集積し、主業農家の生産規 模は拡大するだろう。規模拡大はコストが下が ることを意味する。15 ヘクタールほどの農地を 耕作すると、かかるコストは 60 キログラムあ たり 6,500 円だ。しかしもし減反政策を廃止し 米単収がカリフォルニア米並みになれば、この コストはおよそ 4,100 円まで下がるだろう。こ れは国内生産コストの平均 9,800 円の半分以下 だ。 図 12 は関税割当で日本が輸入した中国とカリフ ォルニア産の米価格である。中国産米は日本産 米との価格差がなくなったので、もはや輸入さ れなくなった。かわりにカリフォルニア米が輸 入されている。日本は 10 万トンの主食用米輸入 枠を維持してきた。2010 年度と 2013 年度の例 外を除き、消化率はつねに 100 % であった。こ れは日本米、中国米もしくはカリフォルニア米 の価格差のためである。しかし 2014 年度には 農業貿易と持続可能な発展 消化率が 12% まで減少した。2015 年 3 月に行 われた 2014 年度最終回の入札では、農林水産 省から 88,610 トンの枠が提示されたにも関わら ず、輸入されたのは 216 トンだけだった。 日本 米と中国米もしくはカリフォルニア米のあいだ には、もはや価格差がなくなったのである。輸 入されるカリフォルニア米価格は、 60キロあた り 12,582 円であり、 2014 年度60キロ 12,481 円の日本の国産米よりも高い。国産米の価格は 低下傾向にあり、2015年5月では11,891円と なっている。内外価格差は逆転したのだ。さら に、国産米の高品質を考えると、実質的な内外 価格差の逆転は大きなものである。 しかも、この 12,500 円という国産の米価は減反 で維持されている価格である。コメの減反がな くなれば、価格水準はおよそ 7,500 円にまで下 がり、中国米価格を下回るレベルになる。そう なれば関税は必要なくなる。中国は日本にコメ を輸出する一方、都市部と農村部の1人当たり所 得格差が 3.5 倍という大きな内政上の問題を抱 えている。中国がこの問題に取り組んで農村部 の労働コストが上がっていくにつれて、農産物 価格も上昇するだろう。そうすると日本の農産 物はより価格的に競争力をもつことになる。 中国米が 13,000 円まで値上がりするのに対し て、日本米は 7,500 円まで価格が下がる。そう なれば商社は日本市場で 7,500 円でコメを買 い、13,000 円で輸出することができるだろう。 輸出が増えれば、国内市場の供給量が減少する ので、国内価格は輸出価格まで上昇するだろ う。それによってコメの国内生産量は拡大し、 コメの農業所得を倍以上に拡大できる。 アメリカや豪州と競争できないという日本農業 界の主張には、日本政府が関税撤廃になったと きに何も策を講じないという前提がある。EU は アメリカの 10 分の 1 、豪州の 1,000 分の 5 の 規模でありながら、高い生産性と直接支払い制 度が小麦など穀物の輸出を可能にしている。 16 イギリスの小麦単収は豪州の 4 倍であり、これ はイギリスの小麦の生産性が 4 倍も高いことを 示している。 コメの国際価格は上昇している。直接支払いの 補助金をコメ農家に採用したとしても、支払い 額は小さくなるだろう。現在の価格水準でも、 台湾や香港など海外へ輸出している生産者はい る。品質で世界に冠たる日本米が、耕作規模拡 大と単収の向上で価格競争力を達成できれば、 鬼に金棒である。 減退廃止による米価下落の補償を主業農家に限 定すれば、その支払い額はおよそ 1,500 億円 だろう。コメ以外の農産物についての追加措置 2,500 億円程度、 即時関税撤廃もしくは 10 年 間段階的廃止後でも、直接支払いは合計 4,000 億円の費用で済むことになる。17 この合計費用 4,000億円というのは、減反補助金で浮く 2,500 億円と 1,500 億円のコメ農家への戸別所得補償 の2つの制度を廃止すれば十分賄える。 10 年間 でコスト削減が進めば、必要額はもっと少なく なる。 30 31 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 図15 : 日本米、中国米、カリフォルニア米の価格差 (引用) 農林水産省「輸入米に係る SBS の結果概要」18 関税撤廃を恐れるどころか、日本は輸出を一層 拡大できる。北海道の牛乳は、毎年 100 万トン 近くが都府県へ輸送されているし、中国では労 働コストが上昇している。それらをかんがみれ ば、牛乳を近隣諸国へ輸出することも可能だ。 コメ同様、日本の乳製品は評判が高い。多くの 中国人観光客が日本を訪れては、育児用粉ミル クを買い求めている。世界でもっとも効率性の 高い牛乳生産国のニュージーランドは、中国へ 生乳を出荷できない。そのかわりに中国へ牛を 出荷している。日本と中国は生乳を出荷できる ほどの距離だ。日本とニュージーランドの生乳 の価格差も縮まりつつある。適切な直接支払い と農協の独占的な体制をなくすことで、日本の 牛乳はアジア市場で価格競争力を持つことがで きる。 科学的根拠なく輸入制限をする国には、 WTO の SPS (衛生と植物防疫のための措置)協定違 反であるとして、 WTO の委員会や紛争処理手 続きを活用すればよい。19 貿易自由化に向けた 積極的な行動こそ、輸出市場の開拓に必須であ る。 農業貿易と持続可能な発展 結論 日本農政の主要目標は、農家所得を高く保つこと だ。しかし、これはおよそ的を得た目標ではない。 日本では多くの農 家が兼 業 農 家であり、耕 作 規 模が非常に小さく農業収入の割合も小さい。しか し勤労者 世帯よりも所得が多い。主 業農家は生 計を立てるのにやっとだ。しかし減反政 策による 高米 価は、兼 業 農 家をコメ産 業に滞留させてき た。それゆえ主業農家にとっては、農地を確保し て規模を拡大し、コストを下げて所得を増やすこ とも困難になった。 農林水産省は食料安全保障と 「多面的機能」 の名の下にこの政策を正当化してきた。 これら は農家所得向上よりも理にかなっている。しかし 現実には、日本農政が食料安全保障と 「多面的 機能」 を損なっている。日本農業の 「多面的機 能」 のほとんどは、水田が発揮する。 「多面的機 能」 は、水田稲作がもたらす正の外部性であっ て、その保全には水田にコメが植えられなければ ならない。しかし現在では、米価支持のために減 反 政 策によって4割もの水田を減 反している。米 粉・エサ用米の作付けの補助金を増額する新た な減反見直し政策は、コメ作付けは増えるかもし れないが、コストがかかりすぎる。それどころか、 この政策は食料自給率向上の真逆をいく。1970 年からこの減反政策で 340 万ヘクタール中 100 万ヘクタールの水田が失われた。それらは約 3 千年間続いた水田であり、そのような広大な面積 をなくすのは、ムダそのものである。これが日本の 食料安全保障を危うくしている。 WTO 枠組みにおいて、日本はコメなど重要品目 への高い関税を維 持したいがために、関税 率の 維 持の見返りとして低 税率の関税割当数 量の大 幅拡大を主張した。この意味するところは、高い 関税率によって国内価格が維持されるならば、食 料自給率は低下してもよいということだ。 日本の農 政の本当に意図することは、法 や公 式 文書に書かれた政策方針にはないようだ。 減反は、戦後農政の中核のひとつである。この強 固な岩盤を見事に打ち破ることができるかどうか で、日本農業の未 来がかかっていると言っても過 言ではない。 高関税で国内市場を守っても、農業は衰退した。 高齢化と人口減 少で国内市場も縮小していく中 では、輸出市 場を開 拓しなければ、日本農 業に 未 来はない。輸出を拡 大するには相手国の関税 は低い方がよい。農業界こそ、貿易相手国の関税 を撤廃し輸出を容易にする TPP などの貿易自由 化交渉に積極的に対応すべきなのだ。農業生 産 を縮小ではなく、拡 大に転じることで、世界で高 まる食料需要に対応でき、開発国の貧しい人々の 食料品価格の負担をやわらげることができるだろ う。農 業 生 産を維 持しつつ農 業資 源も保全でき る。そして日本だけでなく、世界の食料安全保障 に大きな貢献するだろう。 ベトナムやタイからコメを輸入しつつも、コシヒカ リのような高い付加価値のある農 産 物を輸出す れば生き残ることは可能だ。日本は途 上国に市 場を開き、その持続的な発展を強化することがで きる。しかしながら日本は、開発国を含め TPP 参 加国に向けた農 業市場開放に消極的であり、日 本への農産物輸出機会を奪っている。 くわえて、日本が関税撤廃に数多くの例外を要求 するれば、 TPP 交渉のほかの領域で、国有企業 のルールや規律など他国も例外を要求するように なる。それは世界の貿易システムに大きな貢献を 果たすだろう TPP 合意の意義を薄め、おもに開 発国の TPP 参加を通じた経済構造改革を妨げる ことになるだろう。 32 33 山下一仁 / 日本の農業貿易政策と持続可能な発展 参考文献 農林水産省 (2007年) 「農業経営動向統計 (Census of Agricultural Management Trends)」 (2007年12月30日) http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001061617. 農林水産省 (2010年) 「農林水産省試算 (Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries Trial Calculation)」 http://www.maff.go.jp/j/kokusai/renkei/fta_kanren/pdf/shisan.pdf. 農林水産省 (2012年 a) 『2010年世界農林業センサス (Report on Results of 2010 World Census of Agriculture and Forestry in Japan)』 (2012年2月29日) http://www.maff. go.jp/j/tokei/census/afc/about/2010.html. 農林水産省 (2012年 b) 『生産農業所得統計 (Production Agriculture Income Statistics)』 (2012年 5月31日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/nougyou_sansyutu/. 農林水産省 (2014年 a) 『農業構造動態調査 (Agricultural Structure Movement Survey)』 (2014年2月18日) http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukou/. 農林水産省 (2014年 b) 『食料需給率 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Publications include: • Argentina’s Agricultural Trade Policy and Sustainable Development. By Marcelo Regúnaga, Agustín Tejeda Rodriguez. Issue Paper No. 55, 2015. • La Política de Comercio Agrícola de Argentina y el Desarrollo Sustentable. Por Marcelo Regúnaga y Agustín Tejeda Rodriguez. Documento de Fondo No. 55, 2015. • Low-Carbon Agriculture in Brazil: The Environmental and Trade Impact of Current Farm Policies. By Marcelo Marques de Magalhães and Divina Aparecida Leonel Lunas Lima. Issue Paper No. 54, 2014. • Agricultura de Baixo-Carbono no Brasil: O Impacto Ambiental e Comercial das Atuais Políticas Agrícolas. Por Marcelo Marques de Magalhães, Divina Aparecida Leonel Lunas Lima. Edição No. 54, 2014. • The 2014 Agricultural Act: U.S. Farm Policy in the context of the 1994 Marrakesh Agreement and the Doha Round. By Vincent H. Smith. Issue Paper No. 52, 2014. • Public Stockholding for Food Security Purposes: Scenarios and Options for a Permanent Solution. By Raul Montemayor. Issue Paper No. 51, 2014. • Agricultural Export Restrictions and the WTO: What Options do Policy-Makers Have for Promoting Food Security? By Giovanni Anania. Issue Paper No. 50, 2013. • India’s Agricultural Trade Policy and Sustainable Development. By Anwarul Hoda and Ashok Gulati. Issue Paper No. 49, 2013. • Global Biofuel Trade: How Uncoordinated Biofuel Policy Fuels Resource Use and GHG Emissions. By S. Meyer, J. Schmidhuber, J. Barreiro-Hurlé. Issue Paper No. 48, 2013. • Agricultural Domestic Support and Sustainable Development in China. By Ni Hongxing. Issue Paper No. 47, 2013. • The 2012 US Farm Bill and Cotton Subsidies: An assessment of the Stacked Income Protection Plan. By Harry de Gorter. Issue Paper No. 46, 2012. • Potential Impact of Proposed 2012 Farm Bill Commodity Programs on Developing Countries. By Bruce Babcock and Nick Paulson. Issue Paper No. 45, 2012. • US Farm Policy and Risk Assistance. The Competing Senate and House Agriculture Committee Bills of July 2012. By Carl Zulauf and David Orden. Issue Paper No. 44, 2012. • Net Food-Importing Developing Countries: Who They Are, and Policy Options for Global Price Volatility. By Alberto Valdés and William Foster. Issue Paper No. 43, 2012. • Trade Policy Responses to Food Price Volatility in Poor Net Food-Importing Countries. By Panos Konandreas. Issue Paper No. 42, 2012. • Trade Policy Options for Enhancing Food Aid Effectiveness. By Edward Clay. Issue Paper No. 41, 2012. ICTSD (International Centre for Trade and Sustainable Development –貿易と持続可能な開発のた めの国際センター)www.ictsd.org ICTSD (International Centre for Trade and Sustainable Development –貿易と持続可能な開発の ための国際センター)は、ジュネーブ・スイスを拠点とした独立したシンク・アンド・ドゥ・タンク (think-and-do-tank)です。1996年設立。スイスの拠点のほか、ブラジル、メキシコ、チリ、セネ ガル、カナダ、ロシア、中国など世界中でスタッフが業務に携わっています。 ICTSDは持続可能な開 発の向上をめざし、国際貿易システムに働きかけることを目的としています。そのため貿易政策のス テークホルダーに対し、情報、ネットワーク作り、意見交換、重点領域として絞り込んだ研究、キャ パシティー・ビルディングを行っています。ICTSDでは、パートナーおよび学識者、研究者、NGO、 政策立案者、シンクタンクなど何百もの世界規模のネットワークと共同でプログラムを実施していま す。