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「農政新時代」の行方
みずほインサイト 政 策 2016 年 2 月 18 日 「農政新時代」の行方 政策調査部主任研究員 注目される 2016 年秋のTPP対策「第二弾」 03-3591-1304 堀 千珠 [email protected] ○ 政府はTPP大筋合意を受けて農政が新時代を迎えたとして、2015年11月に「農林水産分野におけ るTPP対策」を決定した。同対策は、「守り」と「攻め」の対策によって構成される。 ○ TPP対策は、農業者を守る効果を発揮する一方、日本農業の国際競争力を底上げする効果は期待 しにくい。 ○ TPP対策の本格的な実施に向けては、いわゆる「ばらまき」に陥らないよう留意することや、日 本農業が抱える問題の根本的な解決につながる追加策を盛り込むことが重要である。 1.TPP交渉の大筋合意によって幕が開けた「農政新時代」 TPP(環太平洋経済連携協定)をめぐる交渉は、開始から5年半、日本の参加から2年強を経た2015 年10月5日に大筋合意の運びとなり、2016年2月4日の署名式をもって最終合意に至った。TPPは、 「モ ノ、サービス、投資、政府調達における高い水準の自由化と、知的財産、国有企業、電子商取引など の広範な分野での高度なルールを、世界のGDPの約4割を占める12カ国で約束するもの1」である。 2017年以降の実現が有力視されているTPPの発効は、参加国間のヒト、モノ、資本、情報の活発な 交流をもたらし、日本経済の活性化に寄与するものと期待される。 一方で、多くの農業者が不安に感じているのが、TPPが農業に及ぼすといわれる負の影響である。 TPP合意では、これまでのEPA(経済連携協定)で64%以下にとどまっていた農林水産物の関税 撤廃率(関税分類上の品目数ベース)が81%に達したほか、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖等 の甘味資源から成る、いわゆる「重要5品目」についても輸入制度の見直しが行われることとなった(次 頁、図表1)。政府が2015年11月、12月にまとめた分析結果2をみる限りでは、TPPの日本農業への 影響は限定的との印象を受けるが3、農業者の間では、関税撤廃等による農産物輸入の拡大が自ら販売 する農産物の販売量減少や単価下落につながることを懸念する声が少なくない。政府によるTPP対 策の実施計画を織り込んだ12月の分析結果の公表後も上記のような声があることは、農業者のTPP に対する不安の根強さをうかがわせる。 では、政府はどのようにTPP対策を進めようとしているのか。その方向性を指し示すのが、2015 年11月に政府が決定した「農林水産分野におけるTPP対策4」である。「TPP大筋合意を受け、い ま、我が国の農政は『農政新時代』とも言うべき新たなステージを迎えている」と前書きに記された 同決定文書では、対策の2大方針が示されるとともに、対策の財源について「政府全体で責任を持って (中略)確保する」ことが記載された。まずは、この2大方針とこれらの方針に基づく具体策の策定 1 図表 1 TPP合意およびTPP対策の概要と政府による影響分析(重要 5 品目) (3) 政府による影響分析 品目 コメ 定量評価 (1) TPP合意の主な内容 (2) 政府が予定して いる品目別TPP対策 定性評価 [2015年11月] ・国家貿易制度と現行の枠外税率を維持。 (1) ・米国、豪州に売買同時入札(SBS)方式の国別輸入枠を設定(13年 国家貿易以外の輸 目以降の数量は米国が7万t、豪州が0.84万t)。 入の増大は見込み ・国別輸入枠に相当する量の国産米を政府が備蓄米として買い入れ 難い (2) る。 (生産減少額、 単位:億円) [2015年12月] 0 [うち小麦] 麦 ・国家貿易制度と現行の枠外税率を維持。 ・米国、豪州、カナダに売買同時入札方式の国別輸入枠を設定(7年 (1) 目以降の数量は3カ国計25.3万t)。 ・輸入時に政府が徴収する差益(マークアップ)を、9年目までに45% 削減。 国産麦の利用を優 先して国家貿易を 行うため、輸入の増 大は見込み難い 小麦 62 (2) 経営所得安定対策を着実に実施する。 [うち牛肉] ・15年目まで輸入急増に対する緊急制限措置(セーフガード)を維持 (1) (ただし、セーフガード発動基準数量は毎年拡大)。 ・関税は現行の38.5%から、16年目以降9%まで削減。 牛肉・ 豚肉 ・肉用牛肥育経営安定特別対策事業(牛マルキン)を法制化。 (2) ・同対策における農業者への収入補填の比率を8割から9割に引き上 当面、輸入の急増 げる。 は見込み難いが、 [うち豚肉] 長期的には、関税 引き下げの影響が ・差額関税制度と、同制度における現行の分岐点価格(524円/kg)を 懸念される 維持。また、11年目までセーフガードを維持。 (1) ・従量税を現行482円/kgから10年目以降に50円/kgに引き下げるほ か、従価税を同期間に4.3%から0%とする。 牛肉 311~625 豚肉 169~332 ・養豚経営安定対策事業(豚マルキン)を法制化。 (2) ・同対策における農業者への収入補填の比率を8割から9割に引き上 げ、国の負担率を現行の50%から75%に変更する。 [うち脱脂粉乳・バター] ・国家貿易制度と現行の枠外税率を維持。 ・民間貿易にTPP枠を新設し(原料乳換算で6年目以降に計7万t)、 (1) 同枠内税率を11年目までに削減(削減額は脱脂粉乳が130円/kg、バ 乳製品 ターが290円/kg)。 当面、輸入の急増 は見込み難いが、 長期的には、関税 引き下げの影響が 懸念される 乳製品 198~291 甘味 資源 甘味資源作物(サト ウキビ等)の生産に 特段の影響は見込 み難いが、加糖調 ・砂糖の安価な代替品として利用されている加糖調製品の輸入に対 製品の流入が懸念 (2) される して、新たに調整金の支払いを課す。 砂糖 52 農産物計 - (2) ・加工原料乳生産者補給金制度の対象に生クリーム等の液状乳製 品向け原料乳を追加し、補給金単価を一本化する。 [うち原料糖] ・糖価調整制度を維持。 (1) ・糖度98.5度以上99.3度未満の精製用原料糖に限り、関税を無税と し、調整金を少額削減。 878~1,516 (注)1.いずれの品目もTPP発効後、段階的に貿易自由化が進む予定。 2. 下線付きの用語については、6~7 頁の【用語解説】を参照。 3. 影響分析の定量評価は、主要農産物 19 品目を対象として、TPP対策の効果を考慮したうえで政府が試算したもの。 (資料)農林水産省「TPP農林水産物市場アクセス交渉の結果」 (2015 年 10 月) 、農林水産業・地域の活力創造本部「農林 水産分野におけるTPP対策」 (2015 年 11 月)、農林水産省「品目毎の農林水産物への影響について」 (2015 年 11 月)、 内閣官房TPP政府対策本部「農林水産物の生産額への影響について」 (2015 年 12 月)より、みずほ総合研究所作成 2 状況について見てみよう。 2.「守り」の対策と「攻め」の対策によって構成されるTPP対策 「農林水産分野におけるTPP対策」には、2大方針として、重要5品目を中心に「経営安定・安定 供給へ備えた措置の充実」を図ることや、「成長産業化に取り組む農業者を応援」することが掲げら れた。前者はいわば「守り」の対策、後者は「攻め」の対策として位置づけられる。 「守り」の対策としては、①米国と豪州に約束した輸入枠に相当する数量の国産米を政府が備蓄米 として毎年買い上げる、②国内産小麦の経営所得安定対策を継続する、③肉用牛肥育経営安定特別対 策事業(牛マルキン)と養豚経営安定対策事業(豚マルキン)を法制化するとともに、これらの事業 における農業者への収入補填の比率を8割から9割に引き上げる、④加工原料乳生産者補給金制度の対 象に生クリーム等の液状乳製品向け原料乳を追加し、補給金単価を一本化する、⑤現行の糖価調整制 度を見直し、加糖調製品の輸入に対して新たに調整金の支払いを課す、等がある(前掲図表1)。①~ ⑤の対策は原則としてTPPの発効にあわせて実施されるが、②の法制化や⑤の制度見直しについて は、一足早く2016年の通常国会で他のTPP関連法案とともに一括審議される予定である。また、④ の補給金単価の一本化も政府の準備が整い次第、実施される見通しである。 一方、「攻め」の対策として示された主な戦略としては、「次世代を担う経営感覚に優れた担い手 の育成」、「国際競争力のある産地イノベーションの促進」、「畜産・酪農収益力強化総合プロジェ クトの推進」、「高品質な我が国農林水産物の輸出等フロンティアの開拓」、がある(図表2)。2016 年1月に成立した2015年度補正予算では、「攻め」の対策の第一弾として農林水産関係のTPP対策費 図表 2 「攻め」の対策の実施・検討状況等 2015年度補正予算 戦略 対応する事業例 予算額 ( 単位: 億円) 次世代を担う経営感覚に優れた 農地の大区画化・汎用化を促進 担い手の育成 するための公共事業 370 国際競争力のある産地イノベー 産地パワーアップ事業 ションの促進 505 畜産・酪農収益力強化総合プロ 畜産クラスター関連事業 ジェクトの推進 804 農畜産物輸出拡大施設整備事業 高品質な我が国農林水産物の (輸出拡大に必要な施設の整備を 輸出等フロンティアの開拓 支援) その他TPP対策費 TPP対策費合計額 ・ 人材力の強化 ・ 農地の基盤整備 ・ 生産資材価格の低減 ・ サプライチェーンの見直し ・ 肉用牛・酪農の生産基盤のさ らなる強化 43 ・チェックオフ制度の導入 ・収入保険制度の導入 ・飼料用米生産の推進 ・原料原産地表示の拡大 [参考:「攻め」の対策以外の分野における追加策の検討項目] - 追加策の 検討項目 (抜粋) 1,400 3,122 - (注)下線付きの用語については、6~7 頁の【用語解説】を参照。 (資料)農林水産業・地域の活力創造本部「農林水産分野におけるTPP対策」 (2015 年 11 月) 、農林水産省「2015 年度農林 水産関係補正予算の概要」 (2015 年 12 月)より、みずほ総合研究所作成 3 が3,122億円計上され、上記の各戦略に対応する事業が2015年度中に開始されることとなった。代表的 な事業としては、農地の大区画化・汎用化を推進するための公共事業(予算額370億円)、産地パワー アップ事業(同505億円)、畜産クラスター関連事業(同804億円)、農畜産物輸出拡大施設整備事業 (同43億円)が挙げられる。 このほか、「農林水産分野におけるTPP対策」では、人材力の強化、農地の基盤整備、生産資材 価格の低減、サプライチェーンの見直し、肉用牛・酪農の生産基盤のさらなる強化、チェックオフ制 度の導入、収入保険制度の導入、飼料用米生産の推進、原料原産地表示の拡大等について検討を継続 したうえで、2016年秋をめどに追加策(第二弾の対策)の具体的な内容を固める旨が明記された。 3.TPP対策の評価と今後の課題 2015年11月に政府が示した一連のTPP対策には、多様な意見が各方面から寄せられた。全国農業 協同組合中央会(JA全中)の奥野長衛会長は「重要5品目でしっかりと対応して頂いた」と一定の評 価を示した5。一方で、農業関係者の間では「検討がこれで尽くされたとは言い難く、拙速感も拭えな い6」、「農業者の不安を解消するものにはなっていない7」といった声もあった。また、農業関係者 が総じて「守り」の対策の充実を求める観点から批判を展開したのに対し、一部の農業経済学者はT PPを契機に農業の構造改革を進めるべきとの観点から、 「長期ビジョンに欠け、小手先だけの対策8」 にとどまった点や、「減反・高米価政策、農協政策、農地政策という、これまで農業の発展を妨害し てきた『三本柱』の政策にはメスが入らない9」点を批判した。このほか、野党はTPP対策が2016年 夏に予定されている参議院議員選挙に向けた対策として利用されていると与党を非難するとともに、 国会でTPPを承認する前から2015年度補正予算を通じてTPP対策に着手している矛盾を追及した。 筆者も今般のTPP対策は、重要5品目を中心に農業者を守る効果を発揮する一方、小口分散した農 地利用や耕作放棄地の拡大といった日本農業が現在抱えている問題の解決にまで踏み込んでいないこ と等から、農業の国際競争力を底上げする効果は期待しにくいとみている。政府は既に2015年度補正 予算を通じてTPP対策に着手しているが、今後の本格的な対策の実施に向けては日本農業の競争力 を向上させるために以下の2点を意識することが重要となろう(次頁、図表3)。 第一に、TPP対策がいわゆる「ばらまき」に陥らないよう留意することである。まず、「攻め」 の対策についてみると、2015年度補正予算で実施される農地の大区画化・汎用化のための公共事業、 産地パワーアップ事業、畜産クラスター関連事業は、いずれも日本農業の競争力強化につながる政策 的支援である。しかし、事業の運用いかんでは過剰な設備投資を招くおそれもあり、注意が必要であ る。畜産クラスター関連事業については、政府が現行の業務フローを見直して審査を厳格化するとの 報道があったが10、公共事業や新規事業である産地パワーアップ事業についても同様に厳しい予算執 行体制を整え、事業対象をしっかりと選別することが求められる。 また、政府による備蓄米の買い上げ等の「守り」の対策についても、第一弾の「攻め」の対策の効 果や第二弾の対策との整合性を見極めながら、中長期的には予算規模の縮小に取り組んでいく必要が ある。第二弾の対策に関していえば、図表2に示した検討項目のうち今後の行方が特に気になるのが、 実質的に「守り」の対策の性質を持つ収入保険制度の導入と飼料用米生産の推進である。これら項目 に関する対策の実施は、特に米を生産する農業者の所得安定に寄与するとみられる一方11、多大な財 4 政負担を招いたり、競争力強化に向けた経営努力を鈍らせたりするおそれもある。政府としては、こ うした点も踏まえたうえで、第一弾と第二弾をあわせた「守り」の対策パッケージが過剰な農業保護 につながらないよう予算規模や実施内容の調整を対策間で図っていく必要があろう。 第二に、日本農業が抱える問題を根本的に解決するための対策を第二弾の対策に盛り込むことであ る。近年、政府は積極的に農政改革を進めてきたが12、その効果については見込み薄との見方が少な からずあり、さらなる取り組みが求められる。特に今後期待したいのが、小口分散した農地利用や耕 作放棄地の拡大といった日本の農地利用の構造的な問題に関わる対策である。農業経済学者がかねて より提案している農用地区域指定(ゾーニング)の運用の厳格化13や農地の所有・利用状況を全国で 徹底的に調査する「平成検地」の実施14は、農地所有者の反発や膨大な手間を理由に見送られてきた ものの、農地問題の根本的な解決につながる対策として有望視される。ゾーニングの厳格な運用は虫 食い的な農地転用の防止、「平成検地」は農地集約手続きの円滑化や不適切な農地利用の監視にそれ ぞれ効果があると考えられる。政府は検討項目として掲げている農地の基盤整備と関連づけて、これ ら対策の実現を図っていくべきであろう。このほか、酪農生産基盤の強化という検討項目に関連する 対策として、酪農業者の「自由な販売を閉ざしている15」との批判がある指定生乳生産者団体制度の 抜本的な見直しを行うことも政府に薦めたい。国の指定を受けた10の地域別団体に原料乳を集約して 一括取引する原則を定めた同制度の規制を緩和すれば、酪農業者が商品の差別化や乳製品の内製化に よる収益拡大を図りやすくなると見込まれる。 第二弾の対策については、2016年秋をめどに具体的な内容が固められるとのことだが、実際には今 後、自由民主党(自民党)による参議院選挙前の政権公約の作成(2016年春頃)、政府内に設置され た農林水産業・地域の活力創造本部による中間的なとりまとめ(同年6月頃)、といった節目ごとに内 図表 3 TPP対策の本格的な実施に向けたポイント ポイント1:対策が「ば らまき」に陥らないよう 留意 <「攻め」の対策> ・厳しい予算執行体制を整え、事業対象をしっかりと選別する (主な対象:農地の大区画化・汎用化のための公共事業、産地 パワーアップ事業、畜産クラスター関連事業) <「守り」の対策> ・第一弾の「攻め」の対策の効果や第二弾の対策との整合性を 見極めながら、中長期的に予算規模の縮小に取り組む (整合性の見極めが重要となる追加策:収入保険制度の導入、 飼料用米生産の推進) <検討項目に応じた対策の例> 検討 項目 ポイント2:日本農業が 抱え る問題を根本的に 解決するための対策を 盛り込む 農地の 基盤整備 対策 の例 農用地区域指定(ゾーニング)の運用の 厳格化 農地の所有・利用状況の徹底的な調査 (「平成検地」) 酪農の生産 指定生乳生産者団体制度の規制緩和 基盤の強化 (資料)みずほ総合研究所作成 5 容がより明らかになっていくものと見込まれる。現在のところは、農林水産省、自民党の農林水産業 骨太方針策定プロジェクトチーム、規制改革会議の農業ワーキング・グループ等で第二弾の対策に関 する議論が活発に行われている。今後、こうした議論から日本農業の競争力強化に大きな効果を発揮 する対策が導き出され、農業者にとって明るい「農政新時代」が切り拓かれていくのかどうか、注目 される。 【用語解説】 ◆売買同時入札(SBS)方式:コメの輸入業者と需要者が連名で入札を行う方式。輸入業者が政府 に売る価格と、需要者が政府から買う価格との差(すなわち政府の利ざや)が大きい順に落札される 仕組みを取る。SBSとは、Simultaneous Buy and Sell の略。 ◆経営所得安定対策:諸外国に比べて生産条件が不利な稲作や畑作等に対して行われている施策。小 麦については、品質区分や栽培面積に応じて直接交付金が支払われるほか、当年産の販売収入が標準 的収入(過去 5 年のうち、最高・最低を除く 3 年の平均収入)を下回った場合、その差額の 9 割が農 業者と国による積立金(負担率:農業者 25%、国 75%)から補填される。 ◆肉用牛肥育経営安定特別対策事業(牛マルキン) :肉用牛肥育経営が赤字に陥った場合に、収入と生 産費との差額の 8 割を補填する国の事業。補填金は、農業者の拠出と国の助成によって設けられた基 金(負担率:農業者 25%、国 75%)から交付される。 ◆差額関税制度16:国内価格を参考に決められた基準輸入価格(a)を下回る価格(b)の外国産豚肉が輸入 される場合、(a)-(b)の差額を関税として徴収する制度(一部、従量税が適用となる例外あり)。この 制度のもとで 1kg 当たりの課税額が最も低水準になる輸入価格のことを分岐点価格と呼ぶ。なお、(a) を上回る価格の外国産豚肉には従価税が適用される。 ◆養豚経営安定対策事業(豚マルキン) :養豚経営が赤字に陥った場合に、収入と生産費の差額の 8 割 を補填する国の事業。補填金は、農業者と国による積立金(負担率:農業者 50%、国 50%)から交付 される。 ◆加工原料乳生産者補給金制度:飲用向けに比べて価格が安いバターや脱脂粉乳等向けの原料乳を販 売した農業者に対して、国が補給金を交付する制度。 ◆糖価調整制度:輸入原料糖に対して調整金の支払いを課すことで、国産原料糖との価格差を縮小す るとともに、甘味資源作物や国産原料糖の生産者への助成の原資を国が確保する制度。 ◆加糖調製品:砂糖に他の食品素材(例:ココア、粉乳)を加えた食品加工用原料で、菓子、パン、清涼 飲料のメーカー等によって原料として利用されている。砂糖と違って輸入が自由化されており、砂糖の代 替品として海外から安価で調達されている。 ◆産地パワーアップ事業:水田、畑作、野菜、果樹等の産地が収益性の高い生産体制の構築に取り組む場 合に、高性能な機械や施設への投資を支援する事業。 ◆畜産クラスター関連事業17:畜産業者を中心とする畜産関係者が連携し、地域をあげて畜産の高収益化に 取り組む動きを支援する一連の事業。2015 年度補正予算では、①高性能な機械や施設等への投資を支援す る畜産・酪農収益力強化整備等特別対策事業(予算額 610 億円)、②草地整備等に伴う公共事業(同 164 億円)、③和牛受精卵の活用等を推進する畜産・酪農生産力強化対策事業(同 30 億円)が実施される。 6 ◆チェックオフ制度:農業者が出荷する際に少額の拠出金を集め、国内外における農産物の販売促進や消 費者向けの情報発信の原資とする制度。 ◆収入保険制度:自然災害や農産物の価格低下による農業者の収入減少を補填するための制度。政府は経 営所得安定対策の大幅な見直しを決定した 2013 年以降、同制度の導入に向けた検討を本格化している。 ◆飼料用米:家畜のエサとして使用される米。政府は生産過剰による主食用米の価格下落を防ぐ観点から 近年、飼料用米に対する交付金の支給額を増やすことによって、農業者が主食用米から飼料用米へと生産 品目をシフトするよう促している。 1 菅原淳一「TPP大筋合意をどう読むか-待たれる早期の全条文・付属文書の公開」(みずほ総合研究所『みずほイ ンサイト』、2015 年 10 月 19 日、http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/pl151019.pdf)。 2 政府が 2015 年 11 月にまとめた分析結果とは、農林水産省「品目毎の農林水産物への影響について」 (2015 年 11 月 4 日、http://www.maff.go.jp/j/kanbo/tpp/pdf/151104_soukatu.pdf)を指す。また、同年 12 月にまとめた分析結果と は 、 内 閣 官 房 T P P 政 府 対 策 本 部 「 農 林 水 産 物 の 生 産 額 へ の 影 響 に つ い て 」( 2015 年 12 月 24 日 、 http://www.cas.go.jp/jp/tpp/kouka/pdf/151224/151224_tpp_keizaikoukabunnseki03.pdf)を指す。 3 ただし、農産物の国内需要が頭打ち傾向にあるうえ、輸出の拡大を考慮していないにもかかわらず、政府が 2015 年 12 月の影響分析において生産量が減少しないと見込んで試算を行った点には疑問が残る。 4 農 林 水 産 業 ・ 地 域 の 活 力 創 造 本 部 「 農 林 水 産 分 野 に お け る T P P 対 策 」( 2015 年 11 月 25 日 、 http://www.maff.go.jp/j/kanbo/tpp/pdf/katu_ryoku_honbu.pdf)。 5 日本農業新聞 2015 年 11 月 18 日。 6 日本農業新聞 2015 年 11 月 26 日。 7 清水徹朗「TPPの日本農業への影響と今後の見通し」(農林中金総合研究所『農林金融』2016 年 1 月号) 。 8 本間正義「農業、長期展望欠く」(日本経済新聞 2015 年 11 月 26 日) 。 9 山下一仁「TPPは農業に影響を与えないのに不要な農業対策がなぜ行われるのか」(ダイヤモンド社『ダイヤモン ド・オンライン』、2015 年 12 月 25 日) 。 10 日本経済新聞 2015 年 12 月 18 日。 11 収入保険制度については米以外の品目も対象となる見通しだが、米は長期的に需要が縮小しているうえ、生産して いる農業者が多いため、同制度の導入によって農業者が受ける恩恵が最も大きい品目であると考えられる。 12 政府が近年取り組んできた農政改革の概要については、堀千珠「安倍政権下で進む農政改革-農業の成長産業化に 向 け 、『 岩 盤 規 制 』 の 見 直 し に も 着 手 」( み ず ほ 総 合 研 究 所 『 み ず ほ リ サ ー チ 』 2015 年 2 月 号 、 http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/research/r150201policy.pdf)を参照されたい。 13 山下一仁『農業ビッグバンの経済学』(日本経済新聞出版社、2010 年) 。 14 神門善久『さよならニッポン農業』(日本放送出版協会、2010 年) 。 15 規 制 改 革 会 議 資 料 「 農 業 ワ ー キ ン グ ・ グ ル ー プ 関 連 の 提 案 内 容 」 2015 年 12 月 21 日 (http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee4/151221/item3-1-3.pdf)。 16 差額関税制度の運用イメージについては、農林水産省「TPP協定交渉の合意内容について(畜産関係品目) 」 (2015 年 10 月 15 日、http://www.maff.go.jp/j/kanbo/tpp/block/pdf/chikusan_1_1.pdf)の 3 頁を参照されたい。 17 畜産クラスター関連事業の経緯や 2015 年度当初予算までの実施状況については、堀千珠「酪農生産基盤の強化に向 けて-畜産クラスター構築に向けた取り組みに期待」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』、2015 年 8 月 12 日、 http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/pl150812.pdf)を参照されたい。 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 7