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イギリスにおけるエイズと保険
イギリスにおけるエイズと保険 安井 信夫 (中央大学教授) はしがき 昨夏(1987年)、生命保険文化センターの委託研究でアメリカにお けるエイズと保険について調査したのち、イギリスに寄った。昨年末 の報告書にイギリスの情況も合わせて書こうと思ったからであるが、 当時はまだ資料が少なく、まとめるに至らなかった。その後本稿末尾 に付した参考資料に見られるように、多くの資料を入手したので、そ れらをまとめ、ここに記す次第である。 エイズウイルス(HIV)の感染経路、感染の有無を調査する血液テ スト、感染後エイズを発症するまでに至る過程については、昨年12 月生命保険文化センターより発行した視察報告「エイズと人保険」に述 べたので、ここでは割愛する。先の報告書ではHIVをエイズウイル スとして統一したが、最近わが国でもHIVが一般化してきたので、 HIVと記すことにした。 なお注のページ数の前に記した数字は、本稿末尾参考資料の番号を 示す。 ー51- イギリスにおけるエイズと保険 I 概況 イギリス厚生省の発表によると、本年7月未におけるエイズ患者数 は1,669、死亡数は916で、6月未における数字は夫々1,598と897で 1) あった。これはアメリカ合衆国6月6日現在の患者数6万4千金と比 較すると、両国の人口差を考慮に入れても、まだ微小な数字である。 1986年末、イギリス厚生省の発表した数字(1982年記録開始以降) は、患者数610、死亡数293であったから、かなり急増していること が分かる。なお当時全患者数の2/3以上はグレーター・ロンドンから であった。患者のうち17人が女性、538人が同・両性愛者、25人が 2) 血友病患者、13人が静注薬物濫用者であった。 HIV感染者数の把握は、将来のエイズ患者数を予測する上で重要 であるが、感染者数の予測はかなり差がある。脚注1に示したように 8,000人ほどの数から、1986年11月21日、社会サービス局秘書官の 下院における報告での3万人、1987年1月10日付タイムズ紙の一流 3) 専門家の意見としての4万-10万人に及んでいるO このように感染者数が不明確であり、感染の時期、感染者中のエイ ズ発症率も不碓走であるため、将来の死亡予測もかなりの差を生じる。 王立統計協会にKnox教授が提出した論文によると、病気につい 1) 34:P.3 なお、本年1月のイギリス厚生省の発表によれば、HIV感染者は8,000人以上。このうち昨 年末まてtこ1,227人がエイズを発症し、697人が死亡した。エイズ患者の84%は同・両性愛男性。 感染者の過半はロンドン地区、17%は静注薬物濫用者の多いスコットランドである。(11.P.4) 3月24日付タイムズの公表による公式数字によれば、HIV感染者の95%は、同・両性愛男 性と静注薬物濫用者である。(21P.10) 本年6月未のエイズ患者1,598人のうち男性は1,546人、女性は52人。男性中1,315人は伺・ 両性愛者、107人は血友病患者。女性のうち14人は海外で感染。エイズ患者のうち約70%は 25-44歳、20%は45-64歳。6月未までに打IV感染者として報告された累棟総計は8,794人 (3月未では8,443人であった)。(30:P.4) 2) 40:P.4 3)10:P.27 -52- イギリスにおけるエイズと保険 ての広範なパブリシティーによって今後毎年の新感染成長率が下降に 転じるとして、1990年代半ばの年間新感染者数は7万5千であると している。そして現在の感染者が3万-3万5千、このうち半数がエ イズにより死亡し、その生残期間を平均6.2年とすると、10年後の年 間死亡数は3万、2000年までの総死亡数は25万となる。感染者数が これより急増し、1990年代早々からの新感染者10万人とすると、 1990年代後半の年間死亡数は4万-5万。感染者中エイズによる死 亡率を70%とし、平均生残期間を6.4年とすると、1990年代後半に おける年間死亡数は6万-7万、2000年までの死亡会計は50万ほど になる。低く見ても1990年代前半のエイズによる男性死亡数は9千 以上となるが、異性愛者への感染範囲が不明なため、女性死亡数は、 数百が数千かは不明である。 イギリスでの年間死亡数65万からすれば、年1万の超過死亡の影 響は少ないが、これが主として15-60歳男性であり、その年間死亡 4) 数4万5千からすれば、その影響は大きい。 イギリス・アクチュアリ協会は1987年5月、エイズ研究の作業部 会を設け、エイズによる死亡数を予測した。ここでの前提は、HIV は大部分、高危険グループ内に留まり異性愛者へ拡大しないというこ とである。また高危険グループからの感染者数はここ暫く倍増するが、 その率は何年か先に純化する。若干の人は安全なグループへ復帰する。 感染老中エイズ発症率は7年後50%、10年後75%である。エイズ発 症者の半分はその診断後1年内に死亡し、半分の生残者は2年目に死 亡すると仮定した。 感染率、感染後の生残期間等によって最悪のシナリオAから最良の Fまでを予想した。いずれのシナリオも死亡数の頂点は1990年代後 4)10:P.28 ー53- イギリスにおけるエイズと保険 半であるが、その年間死亡数はシナリオAで6万近く、Fでは1万5 千ほどである。 同部会は毎年末の感染者数も予測している。それによると最高は 1990年代後半の14万台から最低は1990年代央の3万ほどとなって 5) いる。 1987年4月未までに、イギリスの保険会社は180件ほどのエイズ による死亡保険金支払請求を記録した。被保険者数は約130名、保険 金額は550万ポンドであった。死亡は30-49歳男性と3人の女怪で あった。この保険金額は支払総額からみて少額だが、未経験の余分の 保険金支払請求であって、短期間に発生し、その多くは若年層に対す るものであった。次の2∼3年内への影響が懸念される。また死亡原 因の記録、死亡証明書が、エイズまたはARC(エイズ関連症候群)に 触れていないかも知れぬから、上記の数字は恐らく過小評価であるこ 6) とも念頭に置かねばならない。 1987年9月末までに保険金支払請求件数は202となり、金額は 800万ポンドを超えた。この請求件数のうち50%が養老保険関係だが、 金額では17%にすぎない。だが定期保険は、件数では12%だが、金 7) 額では58%を占めた。 エイズ関連の1件当り保険金支払は通常の契約よりも高額である。 その理由の1つとして、同性愛者はミドルクラスで、高給料の仕事に 従事しており、自分の権利を良く知っているからだとされる。アメリ カの生命保険会社によると、エイズ関連の保険金支払は平均の3-4 倍に達しており、イギリス保険協会はこうした傾向が生ずるか否かを 5) 33:P.24,36:PP.6-7 6) 9.P.172 7) 36:P.4 ー54- イギリスにおけるエイズと保険 8) 確認するため、保険金支払記録を保有している0しかしマーカンタイ ル.アンド・ジェネラル再保険会社の調査によると、きわめて高額の 9) 保険については逆選択はほとんどない。 ェィズによる個々の生命保険会社への影響は区々であるが、最も被 害の大きいと見られる会社は、過去に無涌己当保険の契約量が多く、低 10) い保証付保険料率で種々の定期保険の契約を主体とした会社である0 ll 保険協会の勧告 イギリス保険協会は1986年6月、7月1日以降申込書中に次の質 問を入れるよう勧告した。 -あなたは今までに、エイズまたはエイズ関連の症状に関して、医 学的な忠告または治療、あるいは血液テストを受けましたか。" 勧告後2∼3カ月間にほとんどの会社が、これをそのまま、あるい 11)12) は若干修正して採り入れた 。 しかし若干の会社はこれを採用せず、なかでもプルデンシャル社は この質問を全く必要なしとし、別の会社は血液テストについての質問 8) 6:P.7 9) 36:P.5 10) 33.P.24 11) 2:P.3,8:P.2,31:P.22 12)これより以前、家屋抵当貸付市場の仲介者は、ゲイ・タイムズの広告やラジオ番組の中で、 保険会社は近く査定を強化するだろうから、エイズ危険のある人は今すぐ生命保険を契約するよ うに勧告している。 またかなりの会社は、HIV感染者による逆選択を防止するため、申込書の中に特別な質問を 加えていた。 またある生命保険会社は、アメリカでは若干の同性愛者団体が告知義務違反規定を出し抜くよ う勧告している例をあげ、外務員やブローカーが得る情報は重要だとして、査定担当者の注意を 促している。(4:P.26) さらにこれより先、マーカンタイル・アンド・ジェネラル再保険会社は、その雑誌No.10n AIDSの中で、元受会社に対し査定の変更を望んでいる。(5:P.3493) -55一 イギリスにおけるエイズと保険 を含めたが、見込客の感情を書することを懸念して、エイズに関する 13) 質問を削除した。 このような質問の挿入に対し、ゲイ権団体は差別であるとして反発 してきた。多くの会社は血液テストを受けたと答えた申込者に、補足 質問表を渡しており、これが彼らの警戒感を強めた。 ある同性愛平等運動家はそのメンバーに、生活様式についての質問 には一切回答せぬよう、あるいは嘘をつくよう勧告し、「我々は血液 テストについての質問を、同性愛者を差別する方法であると考える。 これは生活様式についての質問である。……血液テストは信頼できず、 保険会社はやがてこれに気づき、テストを受けたことだけでその人を 14) 差別しよう」と語った。 これに対しイギリス保険協会の1人は、我々は今日まで何等差別を しておらず、人々は献血の際血液テストを受けているとし、「誰かが 心電図検査を受けたと言えば、査定担当者は高危険の理由の有無を知 るために、受けた理由を尋ねざるを得ないだろう。……補足質問表の ポイントは乱交のような追加危険の有無である」と語り、またテスト 15) は信頼し得るものと答えた。補足質問表は専ら申込者の生活様式や 性生活に関するもので、乱交の証拠があれば、会社はほぼ確実に申込 16) を謝絶するだろう。 この段階(1987年1月)ではまだ、申込書に乱交の質問を含めてい ない。だが若干の会社は、将来この質問や性行為による伝染性疾患に 17) ついての質問を、申込書に加えねばならなくなろうと語っていた。 13) 14) 2:P.3,3:P.9 6:P.7 2 °P.3 15) 2:P.3 16) 6:P.7 17) 1:P.1 -56- イギリスにおけるエイズと保険 HIV抗体テストを受けたと答えたが、陰性である申込者への対応 は厄介だ。通常この人の保険料は割増となる。自分自身健体を証明す るのに労を惜しまなかった人への割増は疑問である。保険会社の論理 としては、その人の感染の疑いを持ったところに割増の根拠を求める のだが、再びHlV感染の危険に、自分自身を曝すことを意味しない。 また医学専門家は、保険業界のこうした立場は、血液テストを受ける 18) ことを速巡させ、これにより研究と病気の抑制を阻害するとしている。 1987年7月28日、イギリス保険協会は逆選択防止を強化するため、 申込書の質問の改訂を勧告した。新しい質問は次のようである。 あなたは今までに、 (A)ェイズまたは性行為による伝染性疾患に関して、勧告または医 学的な忠告を受けたことがありますか。 (B)ェイズ血液テストを受けたことがありますか。そうであればそ 19) の詳細、日付、結果を知らせて下さい。 協会によるこうした動きは、エイズ関連死亡保険金の影響について、 生命保険会社の関心が高まったこと、一層厳格な査定の必要を反映し たものである。すなわち先の質問が、潜在的高危険グループを明確に するのに不十分なことが分かり、一層正確な表現が必要となったため だとしながらも、ファイナンシャル・タイムズ紙は次のように指摘し ている。 しかしそれにもまして重要なのは、生命保険会社に対する患者の医 学的詳細の説明をめぐって、医療専門家と生命保険産業の間の反目が 増大したため、質問の改訂が必要となったのである。 通常生命保険会社は申込者の医師に、血液テストの詳細な報告を求 18) 31.PP.22-23 19) 8:P.1 ー57- イギリスにおけるエイズと保険 めている。しかし医学会は医師に、生命保険会社へのいかなる報告の 回答も患者に示すよう、また患者の許可なくこれを会社に送らないよ う通告している。また多くの医師は、患者のエイズあるいはエイズ関 20) 連調査の詳細を、全社に知らせることを拒否している。 1988年になってイギリス保険協会は、生活様式についての質問表 と血液テストの拡大を会月会社に提案した。これによると生命保険金 額7万5千ポンド以上の全男性申込者に補足質問を求めている。質問 は申込者またはそのパートナー(たち)は同性愛者か、両性愛着か、静 注薬物濫用者か、血友病患者かどうかである。会社によってはすでに これらの質問をしており、またこれより少額の保険にも実施しているO 血液テストに関して協会は、15万ポンド以上の保険を申込む全男 性をテストするよう勧告している。以前は25万ポンド以上であった。 生活様式質問表およびテストは、以前独身男性に限られていたが、 全男性に拡張されたことは興味深い。これは既婚男性に感染率が高 まってきたことを反映してである。女性の感染率は低いため、金額限 度は示されなかった。なおアクチュアリ協会は男女を問わず、5万ポ 21) ンド以上の申込者全員をテストするよう要望している。 これに対し業界誌ポストマガジンは、テストについての勧告を評価 しながらも、生活様式についての質問表は、高危険グループと高危険 行動の混同であり、私生活への不当な介入であり、正直な回答は期待 22) できないと論評した。 この論評には以下のようなさまざまな論議が展開された。 20) 7 21)14:P.4 22)13:P.9 -58- イギリスにおけるエイズと保険 高危険行動は同・両性愛男性仲間に最も普及し、この仲間が高危険 グループを構成しているのだ。テストはこれを実施する時点で陽性か 否かを表わすにすぎず、査定に役立つけれどこれだけでは不十分なの 23) だ。 高危険グループに属しているよりも高危険行動の証拠を求めるべき だとする貴誌の見解は、性行動と明確な乱交についての意向を尋ねね ばならぬゆえ、現在の立場より一層侵入的である。また血液テスト結 果が陰性でも、将来感染の可能性があり、生活様式を知る必要がある のだ。質問表に対し全ての申込者が不告知だと想定することは、明確 24) な情報の必要が正当化され得るかぎり、尋ねない理由とはならない。 HIV感染者の圧倒的多数は高危険グループである。質問表によっ てこれを確認することは査定上必要であり、その中での個人間の差異 を求めるため、血液テストが必要となる。保険産業は最大善意の主義 に基づくものである。申込書本体の質問と質問表への答えに同程度の 正直さを期待する。申込書の質問には、申込者は情報によって保険入 手の機会を逸することを知っての上で、心疾患、糖尿病などの症状を 明らかにしている。生活様式の質問表の答えは、同等の告知義務が課 せられるべきである。査定は申込者の謝絶ではなく、引受条件が現契 約者と将来の申込者双方に公正を確保するよう設定されねばならぬの 25) だO 性行動、性的嗜好の質問に正直な答えを期待することは、きわめて 愚かなことだ。1988年3月未までにイギリスに、およそ1,200人の同 ・両性愛エイズ患者があり、650人が死亡した。一方HIV感染者は 5万ほどと見られる。異論のあるところだが、同・両性愛者数は300 23)15:P.10 24)16.P.8 25) 21:P.10 -59- イギリスにおけるエイズと保険 万一500万だ。300万だとして2%未満が感染者であり、したがって 26) 98%の同・両性愛者はその性行動によって、差別されることになる。 質問表は現段階でこれを利用する会社に効果があろう。答えの評価 に関してではなく、質問表自体高危険者の加入を抑止する効果がある からだ。高危険者は他社で契約することになろう。質問表を利用する 会社が増え、答えの真実性が低下するにつれて、抑止効果は薄れよう 27) が、少なくとも早期死亡保険金支払を拒否する根拠にはなろう。 ‖ 定期保険と団体保険 定期保険はエイズによる影響を最も受け易い種目である。政府アク チュアリ局の人の意見によると、特に男性契約において最大となり、 追加死亡は20∼30歳において保険料の2倍、40歳においてさえかな 28) りの数に達しょう。 Zurich生命は定期保険料率を約2倍に引上げた最初の会社である。 1988年4月からの新料率は40歳者禁煙男性10年定期、月額12.55ポ ンドである。同社は将来の経験によって料率変更する権利を留保して 29) いる。 Allied Dunbar社は8月1日から定期保険の保険料率を引き上げ た030歳者禁煙男性料率は対10万8.16ポンドから22.16ポンドと なった。18歳以上仝独身男性にエイズについての補足質問表を手渡 し、保険金額25万ポンド以上の生命保険の全独身男性申込者に、H 26) 25:P.10 27) 37:P.13,38:P.15 28) 9:P.172 なお彼は、終身保険においても追加死亡は、20歳で約25%、30歳で15%増と予想している。 29) 29:P.15,31.P.22 この記事の中で保険金額は示されていない。 -60- イギリスにおけるエイズと保険 30) IV血液テストを強制する。 イギリスの定期保険料率は激しい鏡争によって、すでに世界的にも 著しく低い水準にあった。また定期保険には、転換特典、延長特典、 増額特典が付与されている場合が多く、転換・延長・増額時の料率は 渡保険契約時に保証された料率である。多年にわたり死亡率の着実な 改善が見られたため、問題はなかったのだが、エイズはこの状況を一 31) 変させたのである。 ほかの会社でも定期保険料率は大幅に引上げられた。引上げ幅は 30∼300%に及び、20代、30代の男性に対して最大の増加となってい 32) る。 こうした動きのほかに、新種定期保険も開発された。Commercial Unionは、1988年5月からエイズ免責を導入し、料率引上げを小差 にとどめた保険(30歳男女性料率は30-50%増)と、エイズ危険を担 保する保険(30歳男性10年定期保険の料率は160%増)の2本だてと 33) なる。Friends Providentもこの種の保険を導入した。またMIグ ループは、更新条件付5年定期保険において、更新時に医的証明は求 めないがHIV抗体テストを要求する保険を導入した。Equitable生 命は、被保険者が保険期間満了時まで生存した場合、エイズ危険のた めの割増保険料分を返還する一種の生残配当の導入を考慮している。 30)28:P.15 この記事の中で保険期間は示されていない。 31) 33.P・24 32)31:P.23 33)20:PJ 全てのエイズ関連死亡保険金支払請求を確認することは至難であるが・この免責条項は高危険 者の加入を妨げる効果があろう。(33:P・25) イギリスの保険契約は長年にわたって制限を解除してきており、免責付の契約は普及していな い。欧州大陸とは対照的に、戦争条項を欠いている。(38:P・16) ー61- イギリスにおけるエイズと保険 34) この種の保険は欧州大陸に見られる。 団体生命保険についても、定期保険と似た問題が生じている。団体 生命保険市場は価格競争が激しく、料率は著しく低い。そのため料率 は、特に若年男性に対して、大幅に引上げられねばならぬし、料率保 証期間も1年に短縮し、加入予定者に対し健康についての詳細な質問 表を交付する必要が出てきた。団体規模が大きい場合、わずかの健康 上の質問だけで高額の保険が契約されるからである。 継続選択権は団体から去る被保険者に、個別生命保険へ転換し得る 特典を与えている。この際保険金額の増額がなければ、保険可能体の 証明は不要である。これは常に逆選択の余地を与える。 団体から離脱する顧客にブローカーは健康上の質問をし、健体者で あれば一般の生命保険を勧め、専事体者と見れば継続選択権によって転 換を勧める。 仲介者は常にその顧客の最善の利益のために行動するにすぎぬから、 この慣行に道徳上の間題はない。しかしエイズは団体保険の提供者、 生命保険会社に深刻な問題となっている。将来継続選択権が存続する かどうかは分からないが、存続するにしても制限された形のものとな 35) ろう。 34) 31:P.23,33:P.25 5年毎の抗体テストの要求はエイズ免責条項よりも、保険金支払請求の抑制効果があろう。実 行性とコストからして、会社やブローカーはこの方法の普及に努めないだろうが、将来はもっと 一般化しよう。これにより低危険グループから多くの加入者を待、市場の良さ部分を占め、他社 の料率算定構造を膏やかすに至るかも知れぬ。(駕:PJ8) 35) 9`P.173,35:PP」.1∼12 -62- イギリスにおけるエイズと保険 IV 再保険会社の勧告 一般大衆を対象とする元受生命保険会社は、多年にわたって投資活 動が優先され、死亡危険を扱う活動は二の次に置かれていた。これに 反し生命再保険会社の活動は逆であり、死亡危険の扱いが優先される。 しかも再保険会社は海外事業を通して、エイズの危険を痛感してきた。 そのため保険協会よりも厳しい査定を求め(次表参照)、次のように勧 告している。 査定限度金額表 再保険会社 生活様式質問表 ポンド 保険協会 独 身 男 性 10,000 ポンド 75,000 既 婚 男 性 75,000 75,000 全 男 性 150,000 150,000 全 女 性 150,000 HIV抗体テ スト テスト不要 (出所:31:P.23) 1987年7月28日の保険協会が勧告した申込書の質問に、診察また はテストを求める意向があったかどうかを加える。 16∼59歳独身、別居、離婚男性で、保険金額1万ポンド以上の、 結婚している男性7万5千ポンド以上の申込者に、補足質問表の記入 を求める。その内客は性的慣習、静注薬物濫用、血友病の存在、エイ ズに関しての相談または治療の明細、B型肝炎を含む性行為による伝 染性疾患の治療である。この際会社はこれらの情報を厳秘で扱うこと を強調せねばならぬ。 -63一 イギリスにおけるエイズと保険 16-59歳で保険金額15万ポンド以上の申込者には、性・婚姻状況 を問わず、HIV血液テストを求める。 保険金額限度を決定する際には、最近における他社契約も考慮する 必要がある。 再保険会社は必要な査定管理をして来なかった元受会社の申込を拒 否できるから、強い立場にある。筆者Sankey氏は、全額保有を意図 する生命保険会社は唆味な査定を続けることができようが、これはゲ イや薬剤濫用者仲間に拡まり、申込が流入し、後日保険金請求がこれ 36) に続こうと警告している。 なおここで血液テストについて言及しておこう。血液テスト要求限 度額15万ポンドは他国に比べて2倍ほどの高い水準にある。これが 可能な理由としては次のようなことがあげられる。 申込書質問と共に、他国ではプライバシーの侵害、差別行為として 不可能な質問表を利用することができ、またイギリスには良質な一般 開業医と、国民保健制度があって、査定に必要な情報を得ることが可 37) 能である。 イギリスでは45歳までの無診査限度額は20万ポンドである。だか ら医的診査を要せず、血液テストのみ必要な区域が存在する。保険会 社によってテスト費用は異なるが、血液テストを伴う完全な医的診査 の直接費は40ポンド、血液テストのみ20ポンド。これに医師報告書 38) 12.5ポンド、情報蒐集、分析等の費用が必要となる。 血液テストに関してイギリス医学会の倫理委員会が懸念している点 36)35.P.12 37)36:P息38・PPJ・5-16 38) 38:P.16 -64- イギリスにおけるエイズと保険 は、プライバシーの侵害、良く分かった上での同意とテスト前後にお けるカウンセリングの必要である。厚生省の懸念は、性行為による伝 染性疾患治療の告知が生命保険の謝絶につながるのであれば、この人 39) の通院を禁じてしまうことになることだ。 マーカンタイル・アンド・ジェネラル再保険会社は、上記のような 勧告をする一方、責任準備金の横増しをした。 1988年5月、将来のエイズ保険金支払請求に備えて6,000万ポン ド積増したが、さらに年末までに6,000万ポンド、計1億2,000万ポ ンドの穣増しをする。(多くの元受会社も穣増しをしたが、1,000万ポ 40) ンドを超える会社は稀である)。 こうしたエイズ対策について、同社のロック(John Lock)氏は次 のように説明したO イギリスおよびアメリカのアクチュアリ協会の報告によれば、HI V感染者のうちエイズを発症する人の割合は100%に近くなっている。 39) 38:PJ6 8本経済新聞昭和63年7月30日の朝刊は、患者本人の同意なしにHIV血液テストをしては ならぬとの、医学会の決議を伝えたあと、昨年同学会は検査に当って本人の同意の必要はないと の見解をとっていたと報じている。 40)19.P.6,32:P.21 元受会社にとって追加責任準備金の必要度は、会社の規模だけでなく、契約の混合割合、特に 長期間料率保証付で契約したものがどれ程かによる。(38:PJ8) また再保険会社は1986年当時、エイズによる生命保険金支払増を次のように予想していた。 エイズによる生命保険者への費用増は予測し難い。1990年までに毎月、500人の男性がエイズ により死亡すると仮定すれば(これは現在の予想に沿っている)、20-64歳中死亡する男性数は イギリス全体で、約6%増となろう。イギリスでエイズにより死亡した250人ほどのうち、25% 以上が生命保険を契約していた。 これを1990年に予想されるエイズ死亡数にあてはめると、エイズ死亡保険金支払平均1,000 ポンド当り、150万ポンドが普通契約の死亡保険金(現在は約10億ポンド)に加わるだろう。 したがってエイズ保険金の平均が25,000ポンドとすれば、死亡保険金支払に3,750万ポンドが 加わることになる。これは比率からみて大したことはないように見えるが、エイズ患者の平均死 亡年齢が35歳にすぎないことと、これらの保険金支払は保険料計算に含まれていないから、せ いぜい現有責任準備金に一部が積立てられているにすぎないことを、想起して欲しい。(41:P. 16) -65- イギリスにおけるエイズと保険 エイズによる追加死亡は1年前の予想をはるかに上回ろう。追加死亡 は全年齢の死亡からすればわずかな割合であるが、死亡危険に専門化 している生命再保険会社への影響は深刻である。年末までの積増しは、 1988年中に契約された保険の多くが、追加費用を反映した条件で契 41) 約されていないからである。 なお同社のエイズに対する準備金には、イギリスおよび外国からの 再保、支店を通しての海外契約の再保険に対する分が含まれている。 これには北アメリカ支店を通して契約されたアメリカ合衆国とカナダ の生保険契約は含まれるが、1982年に子会社として設立されたアメ リカのマーカンタイル・アンド・ジェネラル生命再保険会社契約は除 42) かれている。 またロイズのアンダーライターが語ったところによると、エイズに よる死亡数は10カ月毎に倍増し、平均保険金額がエイズ以外の者の 契約の約2倍であるので、責任準備金の問題は深刻であり、何らかの 行動が必要となろうとしている。またロイズのあるブローカーはある 種の生命保険、特に短期の定期保険に配慮するよう、保険会社に勧告 43) している。 V 長期健康保険 死亡保険においてエイズ免責条項を設ける際の問題は、死亡がエイ ズによるものと確認できない場合が少なくないことだ、誰しも正確に はエイズによっては死亡せず、免疫系統不全によって癌、肺炎等に 41)32:PP.21,31 42)32:P.21 43) 22:P.2 -66- イギリスにおけるエイズと保険 よって死亡する。アイルランド共和国では42人のエイズ患者中17人 44) が死亡したが、誰も死亡証明書にエイズと記録されなかった。 健康保険であると事態は異なる。少なくとも診査可能な保険金請求 者がいる。そこで保険者はエイズによる労働不能に対する免責、ある いは保険金支払請求者がHIV抗体陽性を示す場合給付を除外すると 45) いう厳しい免責条項の使用も考慮される。 エイズは発症してから死亡まで比較的短いため、一見健康保険に 46) とって問題は少なそうだ。AZTなどの新薬の延命効果によって、 医療費の支払が増大することの影響も考慮されるが、これよりも所得 補償給付に関して一層大きな問題がある。 治療によって病が治まったけれど、再雇用に不十分な程度も考えら 47) れるO LかLHIVに感染しただけでも給付の対象となり得る。この 例として航空機操縦士の場合があるO HIV抗体陽性を示すために、 ある国への入国が認められなければ、彼は近くの国へ飛行することが できないO これは彼の通常の仕事を遂行できぬことを意味し、長期健 康保険約款により、実際には病気ではないが、保険金を請求できよう。 同様の例は他の職業でも起り得る。例えば医師が手術をできない場合 48) である。 アクチュアリ協会エイズ作業部会は長期健康保険に関し免責条項を 導入するか、あるいは給付額年5,000ポンド以上の契約には血液テス トを求めるよう勧告した。 44) 23:P.8 45) 38.P.17 46) 35:P.11 47) 9:P」.73 48) 39,P.35 この文章ではPHIをr把rSOnalhealthinsuranceとしているが、記述内容から見て、一般に 用いられているPHI、すなわちpermanent healthinsuranceを指している。 -67- イギリスにおけるエイズと保険 免責条項として、同協会が勧告した方式は次の3つであるO l.エイズ、HIV疾患、その他HIV感染から、あるいはこれに 関連して生ずる症状を免責とする。2.保険金請求者がHIV感染で あることが分かれば保険金は支払わない。3.両者の中間方式で、自 ら自身に加えない傷害による労働不能を除き、HIV感染したことが 分かれば、免責とする。同部会は第1の方式は定義上の問題から、第 49) 2の方式は厳格さのゆえに、第3の方式に傾いているようだ。 この勧告に先立ち、Scottish Mutualはエイズのため、長期健康保 険の販売を中止した(同社契約中、この種目は小部分にすぎぬ)。 Provident Mutualはエイズについての不確実性から、この保険種目 の料率を引上げた。Permanent保険会社は5月末、7月1日以降、 エイズに対して保険金を支払わないと公表した。これに同調する全社 50) は増大すると見られるO VI その他の保険等 エイズによって不慮の事故を惹き起すことはまず考えられないから、 この面での傷害保険への影響はないO しかし、パートナーがエイズで あるという情報による精神的ショックは、身体傷害であるという考え 方がある。したがって保険証券の文言には充分な配慮が必要となる。 なお、性行為による伝染性疾患を免責とするだけでは不十分である。 他の経路によってエイズが感染する可能性があるからだ。 責任保険に関してはイギリスでまだエイズについての報告はない。 49) 27:P.2,35:P.11 第2の方式は厳正かつ正確であるが、公衆に販売し難く、支払をするに当ってはかなりの決断 を要しよう。たとえば労働不能の原因がElV陽性と無関係の場合、保険金の支払請求に応ずる であろう。 50) 24 P.11 -6g- イギリスにおけるエイズと保険 現在保険会社はこれについての免責条項を加えるよりも、危険をでき るだけ減じ、安全な仕事を遂行するよう、その努力が向けられているO たとえば、刺青や鍼療法に関しては新しい、または消毒した針を用い る等である。 営業中断保険としては、届出義務のある疾患による営業中断に、保 険会社は関心を高めてきた。現在のところエイズ自体は届出義務のあ る疾患ではないが、エイズ発生の噂は消費者の信頼を喪失させよう。 食品工場やホテルに発生の喝が広まれば、営業中断はかなり長期に及 ぶであろう。イギリス保険協会の勧告した文言は、この危険を避ける 51) 表現となっている。 社会保障制度の重要な一環である国民保健制度への影響も大きい。 1987年におけるエイズ死亡は、25-44歳男性死亡者の1/30を占めた が、これは傷害・毒物によるものを除く自然原因死亡の1/20となっ ている。 エイズによる死亡平均年齢を35歳とすると、年間400人の死亡は、 潜在男性労働生活12,000年の喪失を意味する。1990年までの死亡が ここ2-3年と同様に進行すると、若年層の死亡は肺癌、交通事故に よる死亡を超えると見られる。 国民保健制度として、3,000人がエイズと診断されると、1988年中 に8,100万ポンドの費用を要すると見られる。入院、在宅診療等に要 する費用は、エイズ以外の急性の疾病による12万人の入院治療費と 同額である。なお上記金額には、すでにエイズと診断された人の治療 52) 費を含めていない。既に財政的に苦しい同制度への影響は多大である。 51) 9 PP.173-174 52)17 ー69- イギリスにおけるエイズと保険 参考資料 1.Rachel Royce"AIDS:Promiscuity Question not needed -yet"P∂st magazine andInsurtmce Monitor,22Janury, 1987 2.David Worsfold ルAIDS Discrimination Tag unfair,SayS ABI"n)St hhwzine,160ctober,1986 3."AIDS-Time for Care"Ebst Mewzine,300ctober,1986 4.John Gaselee"A Question of AIDS?"わst MaBuZine and 瑠S〟和乃Ce〟0乃わγ,29May,1986 5."AIDS Victims areInsurable"Ibst MLmZine andInswance Monitor,12December,1985 6.David Worsfold"Fears grow over AIDSImpact"post 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