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広告宣伝費が企業利益に与える影響に関する実証分析

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広告宣伝費が企業利益に与える影響に関する実証分析
広告宣伝費が企業利益に与える影響
に関する実証分析
An Empirical Analysis of
the Effect of Advertisement on Firm’s Profit
指導教員
公共システムプログラム
06-10170 斉藤 潤 Jun Saito
田中隆一 Adviser Ryuichi Tanaka
第一章 本研究の背景と目的
1.1 本研究の背景
日本における総広告費は1985年には約3兆5049億円、1990
年代に5兆円台に達し、2008年には約6兆6926億円にまで伸
びている。世界金融危機や景気後退の影響により2007年か
らは減尐する結果となったが、近年広告市場は確実に拡大
傾向にあり、広告は企業のみならず、経済全体にとってよ
り重要な位置を占めるものとなってきていると言える。
では、なぜ企業はこれだけ多くの広告を出すのだろうか。
岸ほか (2000)によると、広告というのは、短期的に個々の
製品の情報を消費者に提供して売上を伸ばすことを目的と
する「商品広告」
、企業の理念や事業概要などを知らせて認
知度やイメージなどの向上を図り、自社製品への購買意欲
を高めようとする「企業広告」などに分けられる。これら
は全て、自社の存在や製品を消費者に知らせ、売上を伸ば
して結果として利益を上げる為の行動だと言える。
このように、広告は本来自企業の利益を高める為の方法
だと考えられるが、自社の広告が同じ業種の他社の売上に
つながっているという可能性も考えられる。例えば、ある
企業が出した広告によってその広告を出した企業の製品の
みならず、類似の製品全体に対する需要が発生する場合で
ある。
このような時、自社広告がどれだけ自社の利益につなが
るかというのは、その企業が属する市場にどれだけ企業が
存在するのか、つまりその業種の売り手集中度がどれだけ
高いかに左右されると考えられる。もしその市場に企業数
が多い(集中度が低い)場合、ある企業が広告を出しても他社
の製品を買ってしまう確率が高くなる。反対にその市場に
企業数が尐ない(集中度が高い)場合、自社が広告を出しても
他社製品の購入につながってしまうリスクが低くなると考
えられる。よって、市場の売り手集中度が高い程、自社広
告が自社の利益に与える影響は高くなると考えられる。
1.2 本研究の目的
前節で述べたように、ある企業が広告を出した時に消費
者のその製品自体への需要が高まった場合、広告を出した
企業以外の売上につながるということも考えられ、そうい
った状況の時、広告が企業の利益に与える影響はその市場
の集中度に左右されると考えられる。
よって本研究では、近年の日本の製造業データを用いて
「市場の売り手集中度の違いによって、広告が企業利益に
与える効果が変化するのかどうか」を実証的に検証するこ
とを目的とする。
第二章 先行研究の紹介と本研究の特徴
2.1 先行研究の紹介
広告と企業利益との関係に関しては、1960 年代以降、主
にアメリカやイギリスにおいて実証研究が蓄積されており、
Bagwell(2007)で述べられているように広告と企業利益との
間には正の関係があるということが確認されている。
日本企業のデータを用いた研究として、中尾(2000)では、
1973~1993 年の製薬企業 19 社のパネルデータを用いて、
OLS、固定効果モデルのいずれのモデルにおいても広告支
出が売上総利益に正の影響を与えることを示した。しかし、
製薬企業 19 社のみを対象にしている点、広告の内生性の問
題に対して広告の1期ラグを用いるにとどまっている点が
問題であると考えられる。
市場の集中度を明示的に考慮して広告と企業利益の関係
を分析した研究として、泉田ほか(2004)がある。そこでは、
被説明変数に総資産利益率を用い、説明変数に売上高広告
宣伝費比率や集中度、その他、企業レベルと業種レベル双
方の変数を用いて推計を行っている。特徴として、集中度
と利益の関係について、効率的な企業が高利益率を実現し、
そういった企業が市場に残り続けた結果高い集中度を生み
出すという効率性仮説への対処として、企業の効率性を表
す労働生産性変化率を説明変数に含めた点が挙げられるが、
問題点として固定効果を考慮出来ていない点が挙げられる。
2.2 本研究の特徴
広告費と企業利益との関係についての先行研究は国内外
問わず数多く存在する。しかし本研究の目的である、集中
度によって広告が企業利益に与える影響が変化するかを検
証している研究は、筆者の知る限り存在していない。
よって本研究の一番の特徴は、広告費が企業利益に与え
る影響が市場の売り手集中度によって変化するのかどうか
に着目した点である。また、固定効果を考慮し、内生性に
対して操作変数法を用いた点も本研究の特徴であると言え
る。
第三章 分析方法
3.1 理論モデル
「市場の売り手集中度の違いによって、広告が企業利益
に与える効果が変化する」ということを、クールノーモデ
ルを用いて説明する。
p Ab
n
q
i
・・・(1)
A
0
a
,
i 1
・・・(2)
p :価格、 qi :企業 i の生産量、 n :企業数とした時、
企業 i の逆需要関数は(1)式で表される。また、切片 A は広
告 (ai ) の関数であると考え A  f (ai ) と表せられるとす
る。広告は製品に対する需要を増加させると考えられる為、
(2)式が成立すると仮定する。
すると、費用 (C ) を C  cai と書く時、企業 i の利得関数
は(3)式で表すことが出来る。
n
 i  pqi  cai  ( A  b qi )qi  cai ・・・(3)
i 1
(3)より、一階の条件を用いて企業 i の利得を最大化させる
qi を求めると(4)式が得られる。またここで、全企業につい
て対象であるという仮定を置き、さらに q についてまとめ
ると(5)式を得ることが出来、各企業の利得は(1)と(5)から(6)
で得られる。
Ab
qi 
q
j i
j
・・・(4)
2b
  pq  ca  ( A  bnq)
,
q
A ・・・(5)
b(n  1)
A
A2
 ca 
 ca ・・・(6)
b(n  1)
b(n  1) 2
ここで、利得πに対する広告の限界効果を計算すると、
A

2 A A
 0 である為、

 c となり、(2)式より
a
a b(n  1) 2 a
企業数 n が減ると広告の限界効果は大きくなることが分か
る。つまり、
「企業数が尐ない程、広告が企業利益に与える
影響は大きくなる」と言える。
以上の話を、企業数から集中度に話を置き換えると、各
企業が対象であると仮定する時、企業数は集中度の減尐関
数であると考えられる為、「集中度が高い(企業数が尐ない)
程、利益に対する広告の限界効果は大きくなる」というこ
とが言える。
3.2 推計モデル
推計モデルは以下のようになる。
yit    1 (adv)it   2 (adv HHI)it  3 ( HHI)it
 Xit β4  ai  t   it ・・・(※)
y it :企業 i の時点 t における利益指標
, (adv) it :広告,
(adv HHI)it :広告と集中度の交差項 , ( HHI)it :集中度,
X it :その他コントロール変数 , ai :企業毎の固定効果
 t :年度ダミー ,  it :誤差項
被説明変数としては、営業利益を総資産で割った値を用
いた。泉田ほか(2004)では総資産利益率(経常利益/総資産)
を利益率指標として用いているが、中尾(2000)で指摘されて
いるように、金融収支と広告支出が直接的に関連がないと
思われる製造業においては金融収支が含まれる経常利益は
相応しくないと考えられる為、本研究ではこの値を用いる。
説明変数として、広告の変数には、各企業の規模の違い
を考慮する為に、広告宣伝費を売上高で割った値(売上高広
告宣伝費比率)を用いる。市場の売り手集中度を示す変数と
しては、HHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)を用い
ている。HHI とは市場の集中度を測る指標の一つであり、
業種内の各企業のシェアを二乗した値で表される。また、
広告と HHI の交差項も含めている。
その他、コントロール変数としては、泉田ほか(2004)に倣
って、企業レベルの売上高研究開発費比率、労働生産性変
化率、シェア、従業員数、従業員数変動比と、業種レベル
の同業者数、同業者数変動比、市場規模変動比、輸入比率、
輸出比率を用いる。年度による影響を考慮する為、年度ダ
ミーも含めている。
またこの推計モデルにおいて、利益に対する広告の限界
効果を計算すると以下のようになる
y
  1   2 ( HHI )
(adv)
このように、利益に対する広告の限界効果は 1   2 HHI
で表される。HHI は常に正の値を取る変数であるから、HHI
の係数  2 が正に有意であれば、利益に対する広告の効果は
集中度が高いほど大きくなるということが言える。
3.3 分析手法
パネルデータで分析を行うにあたり、企業利益に影響を
与える要因の中には実際に観測することが出来ない、各企
業に特有の個別効果があると考えられる。また広告と利益
の間には、利益として増加した分の資金を広告費にあてる
というように、広告と利益の間の逆の因果による内生性の
存在が疑われる。よって本研究では、まず前期からの差分
を取って固定効果を取り除く。続いて、
「広告」と「HHI×
広告」の 2 つの内生変数に対して、
「広告の 2 期ラグ」
、楠
田(1979)に倣い「最終消費比率」、またそれぞれと HHI との
交差項の合計 4 つ変数を用いて操作変数法を行う。4 つの
操作変数は、①誤差項と無相関、②内生変数と相関有り、
という 2 つの要件を満たすことが統計的に確認されている。
第四章 分析データ
本研究では、日本の証券市場に上場している製造業の中
から、必要なデータの入手が可能な 2002 年~2006 年、724
社を対象とした。データ出典は、企業データは日経 NEEDS、
業種データは経済産業省「工業統計調査」、「簡易延長産業
連関表」となっている。また本研究における各企業の業種
分類は全て、日経 NEEDS における日本標準産業分類(1)に
従っている。本来は複数業種にまたがる企業も存在し、そ
うした企業の業種別データは各業種の売上高などをウェイ
トとして加重平均した値を用いるべきである。しかし各企
業の業種毎の売上高などのデータの入手が不可能であった
為、本研究においては各企業の業種別データは日本標準産
業分類(1)として記載されている、各企業の代表的な業種の
もののみを用いた。
第五章 推定結果・考察
表より、HHI と売上高広告費比率の交差項の係数が正に
有意であり、利益に対する広告の効果が HHI によって変化
することが統計的に有意に確認された。符号は正であり、
本研究の仮説通り集中度が高い業種に属する企業ほど利益
に対する広告の効果が大きくなることが分かる。続いて、
売上高広告費比率の単体と合わせて考えた時の限界効果の
符号について見てみると、交差項の係数が正であると同時
に売上高広告費比率の単体の係数も正で有意な値で得られ
た為、交差項に各業種の HHI の値を代入して広告の限界効
果を求めた場合、各限界効果は正になる。平均的な集中度
の 業 種 の 限 界 効 果 を 確 認 し て み る と 、 HHI の 平 均 値
(1.244617)を代入した場合、広告の限界効果は有意水準 1%
で 2.036901 という値が得られた。また、HHI に最大値、最
小値、上位から 10%区切りの値を代入した各場合において
も限界効果は正に有意な結果が得られ、広告の限界効果が
常に正であることが確認された。
説明変数
売上高広告費比率
係数
標準誤差
1.6696 **
0.7570
HHI×売上高広告費比率
HHI
0.2951 ***
-0.0091 **
0.0995
0.0047
売上高研究開発費比率
-0.5284 ***
0.0646
労働生産性変化率
シェア
従業員数
従業員数変動比
0.0106 ***
0.0063 *
-0.0002
-0.0005
0.0009
0.0032
0.0003
0.0014
0.0094 ***
0.0038
市場規模変動比
同業者数
-9.47E-06
0.0001
同業者数変動比
-0.0048
0.0068
輸入比率
-0.1374 ***
0.0508
輸出比率
0.0609 **
0.0260
定数項
0.0101 ***
0.0012
サンプルサイズ
2172
***1%有意水準 **5%有意水準 *10%有意水準
第六章 結論と今後の課題
6.1 結論
本研究では、近年の日本の製造業パネルデータを用い、
市場の売り手集中度が高い程広告が企業利益に与える影響
は大きくなるという仮説のもと、固定効果、広告の内生性
を考慮した上で分析を行った。その結果、集中度が高い程
広告が企業利益に与える影響は大きくなるという、仮説通
りの結果が得られた。
また、集中度と広告との交差項、広告のみの項の双方を
合わせて考え、集中度ごとの広告の限界効果を見てみると、
集中度がどのような値の場合においても広告の限界効果は
常に正に有意な結果が得られた。これは中尾(2000)などの先
行研究の結果と同様に、(どのような集中度の業種において
も)広告が企業利益に対して正の影響を与えるという結果
が得られたと言える。
6.2 今後の課題
本研究の分析においては、集中度が高い程広告が利益に
与える影響は大きくなるという結果が、本当に自社広告が
他社製品の売上につながった為に起こったものなのか、と
いうことまでは分からない為、今後自社広告と他社の利益
との関係、また他社の広告と自社の利益との関係について
も詳細な分析が必要であると考えられる。
また本研究では各企業の業種毎の売上高データの入手が
不可能だった為、各企業は日経 NEEDS より得られる代表
的な一つの業種分類に従うという仮定の下で分析を進めた。
各企業の業種ごとの売上高データを用いることが出来れば
より正確な分析を行うことが出来ると思われる。
主要参考文献
・泉田成美、船越誠、高橋佳久(2004)「動態的競争が企業利
益率に与える影響に関する実証分析」公正取引委員会競
争政策研究センター研究会報告書(2004 年 4 月)
・中尾武雄(2000)「製薬企業における広告・研究開発と利潤
の関係について ―パネルデータおよび時系列データと
多重方程式モデルの分析―」, 同志社大学経済学会『經濟
學論叢 第 52 巻 第 1 号』pp.1-28
・岸志津江、田中洋、嶋村和恵(2000)「現代広告論」有斐閣
アルマ
・Bagwell ,Kyle (2007) “The Economic Analysis of Advertising,”
Handbook of Industrial Organization, volume3,pp. 1701-1844.
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