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IFRSをめぐる動向と新基準解説 詳細版

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IFRSをめぐる動向と新基準解説 詳細版
ひびき監査法人
No.4
PKF Accountants & business advisers
IFRS をめぐる動向と新基準解説
-IFRS 第 15 号「顧客との契約から生じる収益」-
平成 28 年 6 月 23 日
ひびき監査法人
公認会計士(日・米)岡田博憲
1.
はじめに
2016 年 5 月現在、わが国における IFRS(国際財務報告基準)の適用会社数は 74 社で
あり、適用決定会社数 39 社を加えると IFRS 導入企業数は 100 社を超える状況になって
います。全上場会社数である約 3,500 社と比較するとまだその数は多くはありませんが、
潜在的に IFRS 任意適用を検討している企業を加えると、日本基準から IFRS への移行を
決断する企業数は今後さらに増加するものと思われます。
「海外で資金調達していない」
、
「コストに見合うベネフィットがない」等の理由で IFRS
任意適用に関心のない経営者の方もまだまだ多いと思います。しかし金融庁が 2015 年 4
月 15 日に公表した「IFRS 適用レポート」によれば、すでに IFRS を任意適用した企業の
導入理由のうち、最も多かったのが「経営管理への寄与」でした。これらの企業は、海外
子会社等を含めた企業グループの経営管理上の「モノサシ」を揃え、事業セグメントごと、
地域セグメントごと等の正確な業績の測定および比較を行うことにより、適切な経営資源
の配分および正確な業績評価の実施が可能になることを挙げていました。単に企業のグロ
ーバル化にともなう会計基準の統一というだけでなく、経営管理の高度化という観点から
も積極的に IFRS というツールを活用する企業が増えつつあります。
一方、海外に目を向ければ、すでに EU(欧州連合)は、2005 年 1 月 1 日以降開始する
事業年度より、原則として、EU 域内の証券市場1で公募または上場する EU 域内企業の連
結財務諸表に IFRS の採用を義務付けています。EU の主要な目標である成長と雇用に貢
献する「単一市場」の重要性から、資本市場のインフラである会計基準として IFRS が選
択されたのです。2
また、わが国と経済的な結びつきが強い ASEAN 諸国においても、歴史的に IAS(国際
会計基準)を適用してきた経緯から、多くの国の会計基準が実質的に IFRS とコンバージ
1
EU では証券市場が「規制市場」と「非規制市場」に分かれており、IFRS が義務づけられているのは規
制市場上場企業の連結財務諸表のみです。ただし、その他の連結財務諸表ならびに単体財務諸表について
も、各国の判断で IFRS 適用が可能となっています。
2
EU は、IASB が開発した IFRS をそのまま全面的に受け入れるのではなく、自国の基準として承認する
手続をとっており、IFRS の一部規定をカーブアウトしています。これを「エンドースメント・アプローチ」
といいます。
1
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ェンス(収斂)している状況です。この他中国やカナダ、オーストラリア、ブラジル等を
含めれば、現在では世界 120 カ国以上で IFRS が採用されています。したがって、すでに
これらの国々に事業展開している日系企業にとっては、国内よりも海外連結子会社が先行
して IFRS(ないし IFRS とコンバージェンスされた現地基準)を適用しているケースも多
いと思われます。
さらに米国の動きとしては、FASB(財務会計基準審議会)と IASB(国際会計基準審
議会)は、2002 年 9 月にコネチカット州のノーウォーク(Norwalk)にて共同会議を開催
し、会計基準の国際的なコンバージェンスに向けた合意を交わしました。これが有名な「ノ
ーウォーク合意」です。現在発行されている新基準や現行基準の改訂等の大半は、このノ
ーウォーク合意に基づくものです。
その後 FASB と IASB は、両者の会計基準のコンバージェンスに対するコミットメント
を再確認し、今後の会計基準のコンバージェンスプロジェクトをよりいっそう推進する目
的から、2005 年 4 月、10 月、2006 年 2 月に会議を開催し、2006 年 2 月に両者間の覚書
(Memorandum of Understanding ; MOU)を公表しました。この MOU では、短期プロ
ジェクトによって、短期的に両基準の主要な差異を解消すること、長期的にはその他の分
野についても共同で会計基準を開発することが記載されました。3
2008 年 9 月に MOU はアップデートされ、同年 11 月には、SEC(米国証券取引委員会)
によって、2014 年から米国企業に IFRS をアドプション(全面採用)することが発表され
ました。しかし、2010 年 2 月に SEC が IFRS 強制適用の延期を発表したあとは、様々な
政治的判断から、米国の IFRS アドプションの取り組みは一気に後退します。2010 年 10
月の SEC ワークプランプロジェクトの中間報告からは「アドプション」の文字は消え、
その後は IFRS を米国財務諸表システムへ「インコーポレート(取り込み)
」すると置き換
えられたのです。そして 2011 年 5 月の SEC のスタッフ・ペーパーにおいては、US GAAP
(米国基準)に IFRS を組込む方法の 1 つとして、
「コンドースメント・アプローチ」4が
公表されました。その後 2012 年 7 月に SEC によってファイナル・スタッフ・レポートが
公表されましたが、今日に至るまで具体的な政策決定は行われていない状況です。一般的
には、米国による IFRS へのコンバージェンスの動きは後退したと考えられています。し
かし政策的な不透明感はありますが、将来的にも FASB と IASB によって、国際的に統
一された高品質な会計基準の開発や改訂の継続が期待されています。
一方、わが国においては、2007 年 8 月の企業会計基準委員会(ASBJ)と IASB による
「東京合意」以降、米国の動向を注視しながら IFRS と日本基準とのコンバージェンスが
3
現在公表されている IFRS 第 15 号「顧客との契約から生ずる収益」や IFRS 第 17 号「リース」はこの共
同プロジェクトの成果です。
4
「コンドースメント・アプローチ」とは、IASB が公表する新基準は順次エンドースメント(承認)を行
い、
既存の差異のある基準については、
従来のコンバージェンスとは異なり、5~7 年かけて米国基準に IFRS
を組込む方法です。
2
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推進されてきました。また、米国の IFRS アドプションへの取り組みを受けて、2009 年 6
月に、企業会計審議会から IFRS アドプションへの日本版ロードマップ案となる「我が国
における国際会計基準の取り扱いに関する意見書(中間報告)」が公表され、IFRS 強制適
用への動きが一気に加熱したことは記憶に新しいところです。しかし、米国が IFRS 適用
延期を発表したことにあわせて、2011 年 6 月に当時の金融担当大臣が突然 IFRS 強制適用
の延期を発表したことにより、わが国の IFRS 強制適用をめぐる環境は激変しました。強
制適用から任意適用への方向転換です。2009 年 12 月に「企業内容等の開示に関する内閣
府令」および「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」等の関係内閣府令
が改正され、2010 年 3 月期から、IFRS に準拠して作成した連結財務諸表を金融商品取引
法の規定による連結財務諸表として提出することは認められていましたが、わが国の
IFRS 強制適用の取り組みは、いったんここでリセットされたのです。
その後の任意適用への取り組みは、2012 年 7 月に企業会計審議会より公表された「国際
会計基準(IFRS)への対応のあり方についてのこれまでの議論(中間的論点整理)」のな
かに見ることができます。そこでは、「わが国会計基準のあり方を踏まえた主体的コンバ
ージェンス、任意適用の積上げを図りつつ、国際会計基準の適用のあり方について、その
目的やわが国の経済や制度などにもたらす影響を十分に勘案し、最もふさわしい対応を検
討すべきである」と表現されています。
一方で、IFRS のさらなる導入促進を目的として、2015 年 6 月 30 日に ASBJ より修正国
際基準(JMIS)5が公表されました。この基準は、①ピュア IFRS に対して「削除・修正」
する余地を残すことで柔軟な IFRS の受入が可能になること、②「削除・修正」する項目
についてわが国の考えを意見発信することが可能になることを目的としています。JMIS
導入にあたっては、
「のれんの償却」や「その他包括利益におけるリサイクリング」が「削
除・修正」されています。しかしその結果、わが国において、日本基準、US GAAP、IFRS、
JMIS という4つ会計基準が乱立することとなり、現在も混沌とした状況が続いているこ
とはご承知のとおりです。
最近の動向としては、2016 年 6 月 2 日に日本政府は、
「日本再興戦略 2016」を閣議決定
しました。その中には「未来投資に向けた制度改革」における新たに講ずべき具体的施策
として「会計基準の品質向上」が含まれており、IFRS の任意適用企業の拡大促進につい
て関係機関等と連携し、IFRS に移行した企業の経験を共有する機会を設けるとともに、
IFRS に係る解釈について発信・周知することにより、IFRS 適用企業や IFRS への移行を
検討している企業等の実務の円滑化を図り、IFRS の任意適用企業の拡大を促進すると宣
言されています。
本稿においては、世界的に IFRS の採用が広がる中で、先般アップデートされた収益認
5
正式名称は、
「修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成され
る会計基準)
」です。
3
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識の基準である IFRS 第 15 号「顧客との契約から生じる収益」を解説します。
この基準は、将来、わが国の会計基準や実務にも強い影響を与えると言われていますの
で、すでにご関心の高い方も多いと思います。ASBJ においても、現在、IFRS 第 15 号を
踏まえた収益認識に関する包括的な会計基準の開発に向けた検討を開始しています。その
ため、仮に IFRS 第 15 号と同様の内容をわが国における収益認識に関する包括的な会計
基準として導入した場合に生じ得る適用上の課題や今後の検討の進め方に対する意見を
幅広く把握する目的から、2016 年 2 月 4 日に「収益認識に関する包括的な会計基準の開
発についての意見の募集」が公表されています(2016 年 5 月 31 日をもってコメントの受
付は終了しました)
。
なお、本稿における意見の部分はあくまで筆者の個人的な見解であり、法人としての公
式なコメントではないことをお断りしておきます。
2.
IFRS 第 15 号 「顧客との契約から生じる収益」の概要
① 収益認識モデルの見直し
2014 年 5 月 28 日、IASB は収益に関する新基準 IFRS 第 15 号「顧客との契約から生じ
る収益」を公表しました。
本基準は、収益に関する包括的な単一の会計基準を開発することにより、財務諸表作成
者による会計基準の適用を容易にするとともに、企業間の比較可能性を向上させ、財務諸
表利用者にとってより有用な情報を開示することを目的としたものです。
また 2016 年 4 月 12 日には、改訂基準書「IFRS 第 15 号の明確化」
(IFRS 第 15 号「顧
客との契約から生じる収益」の改訂)が公表されています。本改訂は、2015 年 7 月 30 日
に公表された公開草案「IFRS 第 15 号の明確化」に寄せられたコメントを踏まえ、一部公
開草案を修正のうえ最終化されたものです。これにより、IFRS 第 15 号を適用する際に問
題となるような一部の要求事項等につき明確化されています。なお、IFRS 第 15 号も IASB
と FASB との共同プロジェクトの成果のひとつであり、米国においても実質的に同じ内容
の会計基準更新書(ASU)第 2014-09 号「顧客との契約から生じる収益(Topic 606)」が
公表され、従来の収益に係る基準が全面改訂されています。
これまで収益の基準に関しては、IAS 第 18 号「収益」および IAS 第 11 号「工事契約」
において規定されていました。しかし IAS 第 18 号および IAS 第 11 号は、基準を適用す
べき業種や取引が限定されているいわば「複数モデル」となっており、すべての業種や取
引に対して網羅的に収益の基準を適用することが困難となっていました。また、収益認識
のタイミングとして、
「リスクと経済価値の移転」を判断基準としており、そのことが資
産・負債アプローチをとる IFRS の概念フレームワークにおける
「収益」の定義6や他の IFRS
6
2015 年 5 月 28 日に IASB が公表した概念フレームワークの改訂を提案する公開草案(ED/2015/3)
「財
務報告のための概念フレームワーク」によれば、
「収益とは、資本の増加をもたらす資産の増加または負債
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の基準との理論的な不整合を起こしていると考えられていました。そこで、収益認識モデ
ルを大幅に見直し、単純なモデルによってすべての業種や取引に包括的に適用する「単一
モデル」を開発すると同時に、収益認識のタイミングとして「支配の移転」を判断基準と
することに変更したのです。
収益認識モデルの見直し
IAS 第 18 号および IAS 第 11 号
収益認識モデル
収益認識のタイミング
IFRS 第 15 号

物品の販売(IAS 第 18 号)

サービスの提供(IAS 第 18 号) 

工事契約(IAS 第 11 号)
リスクと経済価値の移転

一定期間にわたり認識
一時点で認識
支配の移転
収益認識のタイミングとしての「支配の移転」とは、顧客が財またはサービスを支配し
たときに収益を認識する考え方です。つまり顧客が、財またはサービスの使用を指図し、
その財またはサービスからの残りの便益のほとんどすべてを獲得する能力を有したとき
に収益は認識されます。
② 適用範囲
IFRS 第 15 号は、すべての「顧客との契約」に適用されます。ただし以下の「顧客との
契約」は除きます。

リース契約(IAS 第 17 号「リース」
)

保険契約(IFRS 第 4 号「保険契約」
)

金融商品およびその他契約上の権利・義務(IFRS 第 9 号「金融商品」、IFRS 第 10
号「連結財務諸表」等)

(顧客への販売を容易にするための)特定の同業他社との非貨幣性の特定の交換取
引(例えば、石油業界におけるバーター取引)
③ 収益認識の5つのステップ
企業は、収益の認識を、約束した財またはサービスの顧客への移転を当該財またはサー
ビスとの交換で権利を得ると見込んでいる対価を反映する金額で描写するように行わな
ければなりません
(IFRS 第 15 号第 2 項)
。基準はこれを「コアとなる原則(core principle)
」
として定義しています。そのために基準は、次の5つのステップによって収益を認識する
ことを要求しています。
の減少(資本に対する請求権の保有者からの拠出に関連するものを除く)をいう」と提案されており、現
行の概念フレームワークと同様に、資産および負債の変動に関連付けて定義されています。
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ステップ1
顧客との契約
の識別
ステップ2
契約における
別個の履行義
務の識別
ステップ4
ステップ3
取引価格の算
定
取引価格を契約
における別個の
履行義務に配分
ステップ5
履行義務の充足
(収益の認識)
(ステップ1)顧客との契約の識別
ステップ1として、企業は「顧客との契約」を識別しなければなりません。顧客との契
約とは、強制可能な権利および義務を生じさせる複数の当事者間の合意であり(口頭、書
面、企業の商慣行)、顧客とは、企業と契約した当事者のことをいいます。一般的に契約
とは契約書に記載された文言をイメージするかと思いますが、ここでの契約はそれには限
定されないことに注意が必要です。
IFRS 第 15 号で収益認識の対象となる「顧客との契約」
の要件は次のとおりです(第 9 項)(全ての要件を満たすことが必要です)
。
a.
各契約当事者が契約を承認しており、それぞれの義務の充足を確約していること
b.
企業が、移転される財またはサービスに関する各契約当事者の権利を識別できるこ
と
c.
企業が、それらの財またはサービスに関する支払条件を識別できること
d.
契約に経済的実質(commercial substance)がある(すなわち、契約の結果、企業
の将来キャッシュ・フローのリスク、時期、金額が変動すると見込まれる)こと
e.
顧客に移転する財またはサービスに対する対価を企業が回収できる可能性が高い
(probable)こと
なお、e.の回収可能性の評価では、財またはサービスに対する対価の金額について、顧
客が期日に支払う能力と支払いの意思を持っているかどうかを検討します。回収できる可
能性が高い(probable)とは、
「回収できる可能性のほうが回収できない可能性よりも高いこ
と(more likely than not)
」をいいます。
また、複数の契約を結合して単一の契約として会計処理をするかどうか(契約の結合)
については、同一の顧客(または関連当事者)と同時またはほぼ同時に締結された複数の
契約が、以下の要件のいずれかを満たす場合には単一の契約として会計処理することにな
ります(第 15 項、17 項)
。
a.
単一の商業的な目的をもってまとめて交渉されている。
b.
支払われる対価の金額がその他の契約の価格や履行に左右される。
c.
契約で約束された財またはサービスが単一の履行義務である。
ただし、膨大な数の顧客との契約や履行義務が要求される場合の実務的負荷を軽減する
ため、
「ポートフォリオ・アプローチ」という実務上の便宜が認められており(第 4 項)
、
一定の要件をみたす場合には、類似する契約のポートフォリオをあたかも一つの契約であ
るかのように取り扱うことができます。
ところで、工事契約のように、顧客との合意によって契約条件を途中で変更することが
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あります。基準上、契約の変更(contract modifications)とは、契約当事者によって承認
された契約の範囲または契約金額の変更をいいます(第 18 項)
。契約の変更は、契約の当
事者の強制可能な権利および義務を創出または変更するものであり、契約変更の承認は、
文書、口頭、企業の商慣習による黙示的なものでもよいとされています。
ここで問題となるのは、契約変更にともなう会計処理です。契約範囲の変更と取引価格
(独立販売価格)の追加の両方がある場合には、契約変更により追加された財またはサー
ビスを別契約として処理しますが、それ以外の既存の契約の変更の場合は、以下のような
取り扱いになっています。
すでに充足された履行義務と変更後の
取引価格を配分して、変更による影響を将来
残りの履行義務とを区別できる場合
に向けて処理する。
すでに充足された履行義務と変更後の
変更による影響を累積的にキャッチアップ
残りの履行義務とを区別できない場合
する方法で収益の修正として認識する。
(ステップ2)契約における別個の履行義務の識別
履行義務とは、顧客に財またはサービスを移転するという顧客との契約における約束を
いいます。履行義務を識別することは、会計上の収益認識の単位を決定することですので、
IFRS 第 15 号のなかで最も重要なステップです。例えば、製品の販売と製品保証サービス
の提供がセットになっている場合や、特定の仕様に基づいた製造機械や工作機械の据付け
を行う取引について、機械の販売と据付サービスがセットになっているケース等では慎重
な判断が必要になります。
会計上、別個の履行義務として識別される場合は次のとおりとなります。
1.契約に複数の財またはサービスが含まれている場合(第 27 項)
以下の a. と b.の双方を満たす区別できる財またはサービスを提供している場合に
は、財またはサービスを区別して履行義務として識別します。
a. 顧客が、その財またはサービスからの便益を、単独でまたは顧客にとって容易に利
用可能な他の資源と一緒にして得ることができる。
b. その財またはサービスを、契約上、その他の財またはサービスとは区別して識別で
きる(例えば、相互に高度に依存または関連していない場合)。
2.上記 1.に従い「区別できる」となった複数の財またはサービスが、以下の a.と b.
の双方を満たす場合には、一体として単一の履行義務とします。
a. 区別できる複数の財またはサービスが実質的に同質、かつ
b. 連続的に一貫した形態で、一定の期間にわたって提供されている
1.a.に関しては、財またはサービスの性質から鑑みて別個のものとなることが可能かどう
かについての要件であり、1.b.は契約の性質から鑑みて別個のものとなることが可能かどう
かについての要件です。
また、1.b.「区分して識別可能」に関して、2016 年 4 月 12 日に公表された改訂基準書「IFRS
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第 15 号の明確化」においてその解釈が明確化されています。すなわちこの要件を検討する
目的は、約束の性質について、個々の財またはサービスを別々に移転することなのか、あ
るいは、財またはサービスが、インプットとなる結合された単一または複数の項目を移転
することなのかを契約に照らして判断することであるとしています。
(ステップ3)取引価格の算定
取引価格とは、財またはサービスと交換に企業が権利を得ると見込んでいる対価の金額
をいいます(第 47 項)
。取引価格の算定時に考慮する主な検討事項は以下のとおりです(第
48 項)
。
① 時間価値の調整(財務的な要素が重要な場合)

顧客の選択による場合やビジネス上の理由がある場合は除きます。

履行義務の充足から支払までが 1 年以内の場合は選択可能です(実務上の便宜)
。
② 変動対価(例えば、値引き、リベート、業績ボーナス等)

不確実性の解消時に重要な収益の戻入れにならない「可能性が非常に高い」
(highly
probable)範囲で、変動対価の見積もりを取引価格に含めます。
③ 現金以外の対価

現金以外の対価を合理的に見積もることが出来る場合は、公正価値で測定します。

合理的に見積もれない場合は、当該対価と交換する財またはサービスの独立販売価
格を参照します。
④ 顧客に支払われる対価

企業が顧客に支払った(または支払う予定である)現金の金額や、企業に対して負
う金額と相殺できるクレジットその他の項目(クーポンなど)が含まれます。

当該支払いが企業に移転する区別できる財またはサービスと交換に行われるもの
でない限り、取引価格の減額(収益の減額)として会計処理します。
⑤ 第三者のために回収する金額は除外します(例えば、本人/代理人取引)。
変動対価に関しては、その状況に応じて、期待値または最頻値(最も可能性が高い金額)
で見積ります。また、不確実性の解消時に重要な収益の戻入れにならない「可能性が非常
に高い」
(highly probable)範囲を判断するには、以下の重要な収益の戻入れの可能性や
度合いが高まる指標(以下に限定されません)を考慮します(第 57 項)。

長期にわたる不確実な状態が解消しない場合

類似した種類の契約について、企業の経験が限定的な場合

企業の影響力の及ばない要因の影響を受ける場合

可能性のある対価が多数あり、金額の範囲が広い場合
なお、売上高または利用量を基礎とした知的財産ライセンスのロイヤルティー契約に関
して例外的な取扱いがあります(第 58 項、B63)
。この取り扱いでは、将来の売上または
利用が発生し、これに対応する履行義務が充足された時に収益を認識します。したがって、
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「可能性が非常に高い」
(highly probable)という閾値の制約を受けません。
(ステップ4)取引価格を契約における別個の履行義務に配分
取引価格の別個の履行義務への配分とは、企業が履行義務の充足と交換に権利を得ると
見込んでいる金額をそれぞれの履行義務に配分することをいいます(第 73 項)。観察可能
な独立販売価格がある場合、ステップ3で算定した取引価格を独立販売価格の比率で別個
の履行義務へ配分します。観察可能な独立販売価格がない場合は、①調整後市場調査アプ
ローチ、②見積コストマージンアプローチ、③残余アプローチによって独立販売価格を見
積もります(第 79 項)
。
独立販売価格の見積り方
見積り方法
調整後市場評価アプローチ
内
容
財またはサービスを販売する市場を評価して、当該市場
の顧客が当該財またはサービスに対して支払ってもよい
と考えるであろう価格を見積ります。
見積コストマージンアプロ
履行義務を充足するための予想コストを予測し、当該財
ーチ
またはサービスに対する適切なマージンを追加します。
残余アプローチ(限定的な
取引価格の総額から契約で約束した他の財またはサービ
状況でのみ)
スの観察可能な独立販売価格の合計を控除した額を参照
して行います(ただし、独立販売価格の変動性が非常に
高いかまたは不確定である場合のみに認められます)。
また値引に関しては、原則として、値引をすべての別個の履行義務に対し、区別できる
財またはサービスの独立販売価格の比率で配分しなければなりません。ただし、以下のす
べてを満たす場合には、値引をすべての特定の1つ以上の履行義務に配分します(第 82
項)
。
a. 通常、契約中の区別できる財またはサービス(または財またはサービスの束)を単独で
販売している。
b. 通常、財またはサービスの個別の独立販売価格に値引を考慮して、束ねて販売してい
る。
c. 上記b.で示した区別できる財またはサービスに帰属する値引が、当該契約における値
引とほぼ同じであり、契約における値引全体がどの履行義務に対するものであるかの
証拠が提供されている。
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(取引価格の配分イメージ)
履行義務A
顧客との契約
56円
70円
取引価格
120円
履行義務B
64円
80円
取引価格:120円 履行義務の独立販売価格 A:70円 B:80円
取引価格の別個の履行義務への配分
履行義務A:120円×70円/(70円+80円)=56円
履行義務B:120円×80円/(70円+80円)=64円
(ステップ5)履行義務の充足(収益の認識)
収益の認識単位について、いつ収益を認識するかを判断します。

企業は、約束した財またはサービス(すなわち、資産)を顧客に移転することによ
って企業が履行義務を充足した時に(または充足するにつれて)、収益を認識しなけ
ればなりません。

資産は、顧客が当該資産に対する支配を獲得した時に(または獲得するにつれて)、
顧客に移転されます。
いつ収益を認識するかに関しては、別個の履行義務についてそれぞれ判断します。最初
に「一定の期間にわたって充足する」履行義務かどうかを判断し、該当するならば顧客へ
の財またはサービスの支配の移転を描写する進捗の測定(進捗度の測定)により収益を認
識します(アウトプット法、インプット法等)(第 41 項)。
進捗度の測定方法
方
法
アウトプット法
内
容
現在までに移転した財またはサービスの顧客にとっての
価値の直接的な測定と、契約で約束した残りの財またはサ
ービスとの比率に基づいて、収益を認識します。
インプット法
収益の認識を、履行義務の充足のための企業の労力または
インプット(例えば、費やした労働時間、発生したコスト
等)が、当該履行義務の充足のための予想されるインプッ
ト合計に占める割合に基づいて行います。
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「一定の期間にわたって充足する」履行義務に該当するための要件(第 35 項)は以下
の通りです(どれかひとつに該当すればよい)。
a. 顧客は履行と同時に便益を受け消費する(例えば、清掃サービス)。
b. 企業の履行により創出・増価される資産を顧客が支配している(例えば、建設工事)
。
c. 創出した資産は他に転用できず、かつ履行済み部分に対する対価の支払を受ける権利
が企業にある(例えば、コンサルティングサービス)
「一定の期間にわたって充足する」履行義務でない場合であれば、財またはサービスの
支配が顧客へ移転したときに(一時点で)収益を認識します。
財またはサービスの支配の移転を示す指標には以下のようなものがあります(例示列挙)
(第 38 項)
。

企業が資産に対する支払を受ける現在の権利を有している。

顧客が資産に対する法的所有権を有している。

企業が資産の物理的占有を移転した。

顧客が資産の所有に伴う重要なリスクと経済価値を有している。

顧客が資産を検収した。
(収益認識のイメージ)
顧客との契約
取引価格
120円
履行義務Aの充足=収益認識(56円)
履行義務B
64円
④ 開示(第 110-129 項)
IFRS 第 15 号においては、従来の基準と比較して開示が大幅に拡充されています。
財務諸表の利用者が、企業の顧客との契約から生じる収益の内容、金額、タイミング、
不確実性およびキャッシュ・フローを理解するために、定性的、定量的情報を開示しま
す。
a. 顧客との契約
b. 顧客との契約に IFRS 第 15 号を適用する際の重要な判断、判断の変更
c. 顧客との契約を獲得または履行するためのコストから認識した資産
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具体的開示項目
開示項目
定量的情報
定性的情報
a. 顧客との契約

認識した収益の金額等
収益の分解

製品別、地域別、契約別
-

等
分解した収益の開示と、各報
告セグメントについて開示さ
れる収益情報(企業が IFRS
第 8 号「事業セグメント」を
適用している場合)との間の
関係
契約残高

債権、契約資産および契

当報告期間中の契約資産およ
約負債の期首残高および
び契約負債の残高の重大な変
期末残高(別個に表示ま
動
たは開示していない場
合)

当報告期間に認識した収
益のうち期首現在の契約
負債残高に含まれていた
もの。

当報告期間に、過去の期
間に充足(または部分的
に充足)した履行義務か
ら認識した収益
履行義務

-
履行義務を充足する通常の時
点(例えば、出荷時、引渡時、
サービスの完了時など)
、重大
な支払条件などの履行義務に
関する情報
残存履行義務

報告期間末現在で未充足
に配分した取
(または部分的に未充
引価格
足)の履行義務に配分し

企業がいつ収益として認識す
ると見込んでいるのかの説明
た取引価格の総額

b. 重 要 な 適 用 上
の判断
(一定期間にわたり充足する
履行義務)
① 収益を認識するために使用し
た方法
② その使用した方法が財または
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開示項目
定量的情報
定性的情報
サービスの移転の忠実な描写
となる理由

(一定時点で充足される履行
義務)
① 充足時点の説明

取引価格の算定(変動対価の
見積り等)と配分方法
c. 契約コスト

契約の獲得または履行コ

ストに係る資産の主要区
分別期末残高

契約の獲得または履行コスト
の金額算定の判断

償却方法

採用した実務上の便宜に係る
当報告期間に認識した償
却および減損損失
実務上の便宜
-
事実(貨幣の時間的価値およ
び契約獲得の増分コストの資
産化)
⑤ 適用日
IFRS 第 15 号の発効日(強制適用日)は、2018 年 1 月 1 日です。

3月決算の場合、2018 年 4 月 1 日に開始する事業年度から強制適用になります。

早期適用が認められています。
IFRS 第 15 号の適用に際しては、①表示する過去の各報告期間に遡及適用すること(軽
減措置あり)
、②遡及適用した累積的影響を適用開始日に認識すること(適用開始年度につ
いて IAS 第 8 号に従った注記があります)のいずれも認められます。また IFRS 初度適用の
会社に関しては、①、②の併用が可能です。
3.
おわりに
収益は、企業の経営成績をはかる重要なモノサシであり、IFRS 第 15 号が適用された場
合、多くの企業に何らかの影響があると考えられます。とくに IFRS 第 15 号の影響を受け
やすいパターンとして、次の項目が挙げられます。

契約の期間が長期にわたる、あるいは取引契約の変更が多い。

現行の工事進行基準の適用がある。

複数の財またはサービスを一体として販売している。

財またはサービスの追加や無料提供がある。

対価が事後的に変動する(値引き、返品、リベートなど)。
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
ライセンスの供与がある。

代理人としての取引がある。
影響が大きい思われる業種としては、ソフトウエア・IT 業、建設業、個別受注(重工業、
造船業、プラント業など)
、製薬業、通信業、自動車業、小売業、商社などが考えられます。
また、収益の認識時点や認識される会計単位が企業によっては大きく変わる可能性があ
ることから、販売管理システムや在庫管理(原価管理)システム等への影響も無視できま
せん。今後の日本基準への影響も踏まえて、早めの調査と対応が望まれます。
以
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上
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