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聖女の回復魔法がどう見ても俺の劣化版な件
聖女の回復魔法がどう見ても俺の劣化版な件について。 きなこ軍曹 タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ 聖女の回復魔法がどう見ても俺の劣化版な件について。 ︻Nコード︼ N7298CU ︻作者名︼ きなこ軍曹 ︻あらすじ︼ 昔、回復魔法を見てすっかり魅了されてしまった俺。しかし教 えてもらうには多大な寄付金が必要になる。一般家庭の俺じゃどう 背伸びしてもそんな金は出せない。ってことで独学で勉強しました、 それはもう必死に。でもそろそろ独学では限界だと感じ始めた頃、 聖女様が慈善活動か何かで回復魔法を使っているのを見ることがで きた。︱︱︱︱え、今のってヒール、だよな?それをたかが数回使 っただけで息を荒くしてるとか、しかも治り悪すぎだろ!じょ、冗 1 談だろ︱︱︱︱? 初めての一人称で書いています︵稀に三人称︶。お見苦しいとは 思いますが、感想にて指摘お待ちしております。感想返信はご容赦 ください。申し訳ありません。▼が付いている話には挿絵付きです。 更新は20時です!︵三日に一度に変更になります ☆8月4日スタート ︻1月20日3ovlweb小説大賞﹃金賞﹄受賞↓↓書籍化決 定しました!︼ ︻3500万PV突破︼ 2 キャラ設定です。︵前書き︶ 描写が雑で申し訳ありません。 そこまでネタバレにはなってない⋮⋮と思います。 3 キャラ設定です。 キャラ設定 アネスト ・主人公 ・まじめな﹁earnest﹂が由来 ・平凡な顔 アスハ ・ギルド受付嬢 ・案内役﹁usher﹂が由来 ・背中あたりまでの茶髪が特徴 ・受付の制服を着用 アウラ ・元:姫、現:奴隷 ・雰囲気﹁aura﹂が由来 ・赤髪ショート リリィ ・アウラの義妹、︵奴隷ではない︶ ・清純な人﹁lily﹂が由来 ・青髪ロング トルエ ・主人公の事務官を務める奴隷 ・真実の﹁true﹂が由来 ・ぼさぼさ頭の茶髪 4 ・散髪によりショートに切り揃えられた デュード ・ヤツ、野郎、君﹁dude﹂が由来 ・ごつごつした兄貴分 ミスト ・霧﹁mist﹂が由来︵ネストと名前が似てますが、 無関係です︶ チルド ・子供﹁child﹂が由来 5 ヒールしか使えません。︵前書き︶ ぱっと思いついたので適当に書いたのですが。 感想お待ちしております。 受付嬢の描写を少し加えました。 6 ヒールしか使えません。 ﹁ヒールッ!﹂ 今日は快晴、回復魔法日和だ。 俺こと、アネストは昔、回復魔法を目の当たりにし、今ではす っかりハマってしまっている。 本来、回復魔法を習うには、教会への多大な寄付金がいる。し かし、唯の平民の一般家庭として生まれた俺ではどう背伸びしても 払える額じゃないのは子供ながらに理解していた。 じゃあどうするか。 それは、自分でやるしかないだろう。 ﹁じゃあ、やりますか!﹂ 俺は、﹁自分﹂の﹁腕﹂を切り落とす。昔やった時はかなり痛 かったが今になってはちょっとかゆいレベルだ。 ﹁えっと、ヒールッ!﹂ 腕がみるみるうちに復活する。そして、数秒とかからないうち には前と変わらない腕がちゃんと肩にはできている。 え、どうやって回復魔法を覚えたかって?そんなの、人間誰で 7 も死にそうになればそれくらいできるようになるさ。最初は指を、 次は手、足、腕。とにかくやれることは何でもやった。でも、独学 じゃこれくらいが限界だろう。そろそろ誰かに教えてもらうしかな い。 回復魔法というものはどんなものでも使えるだけで重宝される、 らしい。少し大きな街で治療でもやれば頑張れば寄付金ぐらいなら 貯められると思う。 俺は今日から16歳。まぁ大人として見られはじめる歳だ。今 までは我慢してきたがそれも今日までだ。今日、村をでることは既 に親に許可ももらっている。 ﹁おー、ネスト!もう行くのかい?﹂ ﹁おっちゃん!もう準備も終わったから大丈夫!﹂ 商人のキャラバンに同行して街までは連れて行ってもらう。 その街はでかかった。俺の村なんかでは比にならない。でも都 はもっとでかいというのだから恐ろしい話だ。 ﹁あ、あのー、ここって冒険者ギルドですよね?﹂ 俺は今冒険者ギルドにいる。冒険者になるつもりではない。 ﹁はい、もしかして新規の方ですか?﹂ 8 受付というのは美人が多いのか、長い茶髪が背中あたりまであ るのが印象的だ。女慣れしていない俺にはちときつい。 ﹁い、いえ。登録ではないんですけど、ギルドのテーブルを一 つ少し貸していただきたくて﹂ ギルドといえば沢山人が集まる。自分で場所を借りるよりかは、 ギルドでやった方がいいと思ったのだ。 ﹁えーっと、それはどういう目的で?﹂ 心なしか、なんか警戒されてる気がする。そ、そんな睨まない でほしいんだけど。はっきりいって怖い。 ﹁い、ひや、ですね。そ、そこでちひょうを⋮⋮﹂ 噛みすぎだ俺。しかしそこは受付嬢。さすがというべきか俺が 言いたいことを分かってくれたようだ。 ﹁あー、そういうことですね。すみません。それなら大丈夫だ と思いますけど、一応規則ですのでギルド長に会ってもらいますね﹂ まさかのギルド長。え、ちょっと早くないですか? ﹁ギルド長!私ですけど、今大丈夫ですかー?﹂ ﹁ん、大丈夫だ﹂ お姉さんに連れてこられたのはある一室。中に入るとそこには 9 子供がいた。 ﹁あ、あれ?なんで子供⋮⋮?﹂ ﹁あぁ、私はエルフだからな。どうしても成長が遅いんだ。こ れでも100は余裕で生きてるぞ﹂ ﹁ロリババァだとぅ!?ハッ!ごめんなさい、何分田舎から来 たもので⋮⋮﹂ そうだ、しっかりしないと、テーブル貸してもらえないかもし れない。 ﹁今回、こちらの、えっと⋮⋮﹂ ﹁あ、アネストです。親しい人にはネストって呼ばれますけど﹂ ﹁あ、分かりました。それでこちらのアネストさんがギルドの テーブルを一つ貸していただきたいということでした。そこで治療 をするという話でしたが﹂ あ、さらっとネストって言われなかった。まぁたしかに俺とじ ゃ釣り合わないけども!!顔面偏差値が!!!皆まで言わすな!! ﹁そういうことか。えっとネストだっけか?お前さんはどれく らい回復魔法が使えるんだ?﹂ ﹁えっと、ヒールだけなんですけど、大丈夫ですか?﹂ そう、俺はヒールしか使えない。魔力は多いのか判らないけど 10 それなりの回数使えると思う。前、一日に何回できるか試したけど 結局朝から夜までやったけど全然余裕だったし。ヒールの魔力消費 が少ないのかもしれない。 ﹁んー。ヒールだけか⋮⋮﹂ やはり難しそうな顔をしている。おい誰だよ!回復魔法は使え るだけで重宝されるとか言った奴! ﹁実は、今この街には回復魔法を使えるやつがいなくてな。ヒ ールだけしか使えなくてもネストのところにはたくさんの客がくる だろうけど、それを捌ききれるかなと思ってだな。それに、一概に ヒールといっても治り方には個人差があるらしいしなぁ﹂ ﹁あ、人数なら大丈夫だと思います。一日ずっと使っても結構 余裕だったし﹂ ﹁?、回復魔法は魔力の消費が激しいはずなんだが⋮⋮?もし かしてネストが言ってるのはヒールじゃないんじゃないか⋮⋮?田 舎から来たって言ってたし⋮⋮﹂ なにやら俯いて呟いている。はぁ、やっぱダメなのかなー。今 更村に帰るわけにもいかないしなぁ。はぁ、ホントどうしよ。 ﹁おい、ネスト。一回お前さんの回復魔法を見してくれないか ?ちょっと確かめたいことがあってな﹂ お、もしかしてこれはラストチャンスか!?これで失敗したら あとがないぞ。頑張らないと。 11 ﹁あ、あの、では今からやりますので、どちらかでいいので俺 の両手両足を切り落としてくれませんか?あまり剣使えないので⋮ ⋮﹂ ﹁﹁ハ?﹂﹂ お姉さんとギルド長の声がかぶった。え、それだけじゃ足りな いのか⋮⋮?もしかして頭!? ﹁あ、ごめんなさい。さすがに頭は無理です!ごめんなさい!﹂ ﹁い、いや、そういうことではなくてな?ていうか両手両足な ら大丈夫なのか?﹂ ギルド長とお姉さんが疑うように俺を見てくる。ん、どうゆう ことだ?別に手足が切れたって死んだりするわけじゃないし。 ﹁えっと、別に両手両足なら大丈夫ですけど⋮⋮?﹂ ﹁ギルド長、もしかして彼は止血するということでしょうか。 たしかにヒールではそれくらいなら傷が治りますし⋮⋮﹂ ﹁うむ、もしかしたら後から腕とかは治してもらえばいいと思 っているんだろう。さすがにそれでは可哀想だしせめて手にすこし 切り傷くらいにしてもらうか。それが治せるだけでも実際ありがた いしな⋮⋮﹂ 12 なにやら二人で話し込んでいる。俺が無能すぎてギルドでは使 えないってことかも⋮⋮ ﹁あのな、ネスト。切るのは手をちょっとだけで大丈夫だ。そ れなら自分でも切れるだろう?﹂ ﹁そうですね、それがいいです﹂ なにやら息ぴったりだが、やっぱり俺が無能すぎて切るのも嫌 だということか⋮⋮もうギルドじゃ無理っぽいな。早く終わらせて 別のとこ行こう⋮⋮ ﹁えっと、手をすこしですね⋮⋮?分かりました⋮⋮﹂ テンションが下がるのを誰が責められようか!いや、誰も責め られまい! 俺は手を切り落とした。俺の手だったものが床に落ちる。 ﹁﹁ッ!?﹂﹂ 二人が驚いた顔をしている。俺の切り方そんなに下手だったん だろうか。今まで気にしたことなかったけど。 ﹁おいっ!何をしてるんだ!少し手を切るだけで良いっていっ ただろうがこの馬鹿!!手を切り落としてどうする!?﹂ えっと?、なにを取り乱してるんだ? 13 ﹁ギルド長そんなことよりも治療を!ネストさんはやく止血を !!﹂ あ、受付のお姉さんにネストって言ってもらえた。なんか慌て てるみたいだけど。よし!これだけで明日からも生きていける! ﹁ヒール﹂ 俺の腕が治る。あ、やべ!この部屋血だらけにしちゃった!ど うしよう掃除すれば弁償とか言われない、よな? ﹁﹁ハ?﹂﹂ ﹁えっと、終わりました。やっぱりダメですよね、これくらい じゃ﹂ 結果は聞くまでもないだろう。というかやっぱり恥ずかしい! ﹁掃除は明日するので今日は帰らせてください⋮⋮﹂ 意気消沈な面持ちでドアノブを回す。 ﹁ちょ、ちょ、ちょっと待ってください﹂ ﹁エ﹂ 後ろからお姉さんが抱きとめてくる。もう一回言おう。抱きと めてくる。要するに大きなお胸さんが背中に当たってるわけで。 14 ﹁いgぱjg﹁いおあjがあfぱjあァアあぁアアアアアファ ファアアアアアア﹂ その弾力に耐えられるわけもなく、俺はお姉さんを即座に引き 剥がしその場を逃げ出した。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁に、逃げられちゃいましたね﹂ 私がそう言うと、ようやくこの事態からギルド長が復活した。 ﹁あ、あれはなんだったんだ。あいつは﹃ヒール﹄って言ってた があれがヒールならば世の回復魔法はなんになるんだ。ゴミか?﹂ 確かに彼が使ったヒールは明らかに常軌を逸していた。手を切り 落としたと思ったらモノの数秒でまた復活したのだ。新しく生えて きたのだ。現に前の手だったものが今も床に転がっている。 ﹁惜しいことをしましたね﹂ おそらく彼はもうギルドには来ないだろう。どういう思惑があっ たのか知らないが、こんなことになるなら最初からテーブルでもな んでも貸しておけばよかったと思う。 ﹁って、お前さん。首の傷、な、治ってないか?﹂ 15 ﹁え⋮⋮﹂ 昔、私が現役の冒険者時代だった頃に付いたものだ。ソレを機に 冒険者を引退し受付の仕事についたのだが、これのせいで周りには 気味悪がられた。今では髪を伸ばして隠していたのだが⋮⋮ ギルド長が私に鏡を渡してくれる。 そこには傷一つない私の首があった。 あの異常な回復魔法を見てからでは、どう考えても彼のせいだと しか思えない。 ﹁ネスト、か⋮⋮﹂ なんだか、頬が熱い 16 これなんて罰ゲーム? 視界を暗闇が支配する。体を覆うソレは少しひんやりとするが それもまた心地いい。 え、俺がどこにいるかって?布団の中に決まってんじゃん。ギ ルドで盛大にやらかしたあと宿屋で部屋を借りて、部屋に入ったと 同時にふて寝しているのだ。 ﹁はぁ、明日からどうしよう⋮⋮。ってその前に掃除に行かな いと、でも顔合わせづらいなぁ﹂ コンコン ドアがなった気がしたけどこの街に初めて来た俺に客なんかくる はずもないか。 コンコン また聞こえるよ⋮⋮。もしかして人恋しいのか俺。はぁ、もう寝 よ。 ゴンゴン! ってやっぱ俺じゃんか! 17 ﹁あ、すみません!今開けるんで!﹂ 宿屋のおばちゃんでした。 ﹁今、下にあんちゃんのお客さんが来てるよ。下で待ってもら ってるから準備できたら降りてきな﹂ どう考えてもギルドの人だよこれ。いや、下手したらギルドで 問題起こしたからって警備の人だったりして⋮⋮ ⋮⋮⋮逃げるか。 そう決意した俺は早速実行に移す。ろくに下も見らずに勢いよ く窓からダイブする。 下には受付のお姉さんが、にっこりと笑いながら待っていると いう事故。 ﹁え。﹂ ﹁やっぱりここにくると思ってました︵ニッコリ︶﹂ 今更、部屋に戻れる訳もなく重力に従いお姉さんのもとへ落下 する。このままではぶつかるのは必至。 しかし、さすが受付嬢。なんの造作もなく抱えられてしまった。 所謂、お姫様抱っこ。俺男なんですけど!?男なんですけど!?大 事だと思ったのでつい⋮⋮、ごめんなさい。 18 ﹁あのー、できればそろそろおろして欲しいんですけど⋮﹂ ﹁えっと、降ろしてもいいんですけど逃げないでくださいね?﹂ ﹁⋮⋮やっぱり捕まえに来たんですか?﹂ ﹁えっと、まず一回ギルドまで行きましょうか。﹂ テンション駄々下がりの俺の手を引くお姉さん。周りからの視 線が痛い。 ﹁手とかつないだりして︵俺︶大丈夫なんでしょうか⋮⋮?﹂ ﹁あ、全然︵私は︶大丈夫ですよ?まぁ確かに今後︵私の仕事 に︶支障があるかもしれませんが。﹂ ﹁死傷!?﹂ 都会では、美人と手をつなぐだけで死傷がでるのか⋮⋮。恐ろ しすぎる。 今俺は本日2回目になるギルドの部屋に来ている。部屋には、 俺、お姉さん、ギルド長の三人がいる。 ﹁ネスト、よく来た。実はお前さんの回復魔法のことで話があ る﹂ 19 ﹁えっと、ハイ⋮⋮﹂ 結果発表だろうか、別にダメなことくらいわかってるから呼び 出さなくてもいいのに⋮⋮ ﹁まず、お前さんはどこで回復魔法を覚えた?﹂ ﹁えっと、独学でやりましたけど⋮⋮﹂ ウチは一般家庭だしな!金はあんまなかったんだ。 ﹁⋮⋮どんなやり方でやったんじゃ?﹂ ん?どんなやり方って、 ﹁ま、まず、指を切りました。そのあとに腕とか足も切りまし た。で、それをヒールで治すってやり方でやってました﹂ ﹁そうか⋮⋮﹂ 急に難しそうな顔をして黙り込み、少しすると顔を上げる。 ﹁次に、お前さんのあれはヒールか?﹂ ﹁え、ひ、ヒールですけど⋮⋮?﹂ もしかしてヒールと思えないくらい下手なのかな。やっぱ独学 じゃ厳しいよな⋮⋮。 ﹁最後に、お前さんはギルドでなにをしたいんじゃ?﹂ 20 ギルドですることといえば⋮⋮? ﹁お金貯め、ですかね﹂ ﹁何故お金を貯めるんじゃ?﹂ ﹁えっと、俺って独学で回復魔法勉強したんですけど、やっぱ りヒールまでしか覚えられなかったので本職の人に教えてもらおう と思って。そうなるとやっぱり沢山お金がいるので⋮⋮﹂ そうすれば、もっとたくさんの回復魔法を使えるようになるだ ろうし。 それから質問は終わったのかギルド長とお姉さんは二人で話し 込んでいた。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ 今、私は目の前の人物、ネストについて考えていた。 いきなりギルドに来たと思うととんでもない回復魔法を使った ソイツは、何を思ったのかいきなりギルドを飛び出していった。 今はアスハ︵受付嬢︶が再度連れてきたのだが、聞くところに よるとあの回復魔法はヒール、らしい。 21 本来ヒールというのはせいぜい傷口を治す程度の効果しかない。 いや、それだけでも十分にありがたいのだが、ネストのあれはもは やヒールなどでは収まりきれないほど規格外な代物であった。 そして、自分ではそれが並以下と思っているのか回復魔法の本 職に教えを乞いに行くという。 ﹁ギルド長、彼のことどうするお考えですか?できれば、私は ギルドに置く方針でお願いしたいのですが﹂ アスハは、首の傷の一件で信頼を置いているので、私にそう進 言してくる。 ﹁⋮⋮うむ、ギルドの一部のスペースを貸すか﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁ネスト、ギルドはお前に一部スペースの使用を許可する!﹂ 話し込んでいると思ったら突然ギルドの使用許可がおりた。 ﹁え、ホントですか!?ありがとうございます!﹂ 22 よ、よかったぁ。これでひとまず安心だ。てっきりダメだと思 ってたから逆に驚いた。 ﹁あと、これは他言無用なのだが⋮⋮﹂ え、なんだ⋮⋮?もしかして悪い話⋮⋮? ﹁お前の使った回復魔法は、ヒールじゃない﹂ ガビーーーーーーーーーン!むっちゃ悪い話でした。まさか、 俺が使ってたのがヒールじゃなかったなんて⋮⋮。 ﹁いや、これは決して悪い話をしているんじゃない﹂ いやいや悪い話ですよ。だって俺、自分ヒール使えますって言 ってたのに実はヒールじゃなかったなんて⋮⋮。これなんて罰ゲー ム? ﹁あのな?普通ヒールっていうのは傷口を閉じるくらいの効果 しかないはずなんだ﹂ え、ヒールは傷口を閉じるだけ⋮⋮? ﹁え、でも俺のヒールって腕とか復活するんですけど﹂ てっきり俺はそれが普通なんだと思ってたけど、違うの? ﹁あれは異常だ。確かに私は本職ではないが、それでもあれが おかしいことくらいわかる﹂ 23 ま、マジですか。 ﹁まぁ聖女とかになったら或いはそれくらいのことができるか もしれんが﹂ ﹁聖女ってなんですか?﹂ 初めて聞く単語に俺は惹かれた。 ﹁都にある教会で一番優れている回復魔法使いに与えられる称 号だ。しかも今代のはかなりの美人でもあるらしい﹂ ま、マジデスカ!!!俺と同じ回復魔法つかいで、しかもその トップ⋮⋮。何より美人!! ﹁やっぱりネストさんもそういうのは興味ありますよね﹂ 冷たい声が響き渡る。 ﹁お、お姉さん⋮⋮?﹂ ﹁私はアスハです。お姉さんではありません。﹂ ピシッと言い放つアスハさん。 ﹁は、はいアスハさん!すみません!﹂ ﹁いえ、いいんですよ?男の子ですもんね。ワカリマス﹂ 絶対わかってない。だってアスハさんの笑顔、怖いもん⋮⋮。 24 ﹁⋮⋮それでだ、話を戻すがその聖女ならネストが教えを乞え るだけの能力を持っているやもしれん﹂ ﹁そ、そうなんですか。まさか俺の回復魔法が意外に凄かった なんて、マジで普通かと思ってました﹂ ﹁意外どころではないぞ、もう化物といっても差し違えないほ どだと思うぞ。あ、そういえば明日聖女がここ来るから﹂ 化物⋮⋮。うーんあんま嬉しくないなぁ。 ﹁って聖女が来る!?明日!?﹂ ﹁あぁ、慈善活動でギルドで怪我してる奴を治療して回ってる んだ﹂ 明日⋮⋮。明日になれば聖女に会えるかもしれない。もしかし たら教えを乞えるかもしれない。今日できることといえば、早く寝 るしかないな!! ﹁ギルド長、アスハさん!今日俺早く帰ってもう寝ますね!あと ギルドの一件ありがとうございますーーー!﹂ そして俺は帰って寝ようと思ってたのだが窓から飛び降りたこ とが宿屋のおばちゃんにばれていて、こってり絞られた。 25 な、泣いてないからな!!! 26 もらってくれる?︵意味深︶︵前書き︶ ブクマ、評価ありがとうございます。 27 もらってくれる?︵意味深︶ 宿屋のおばちゃんにこってり絞られた俺であったが、今は期待で 胸が一杯だった。 なぜかって?そんなの決まってる。﹁聖女様﹂に会えるからだ。 どうやら、治療様子は一般に公開されているらしく見るのは簡単、 ということだった。 大事なのは﹁聖女様﹂がどれだけ回復魔法を使えるかということ だ。 そしてもっと大事なのは﹁聖女様﹂がどれだけ美人なのかという ことだ。聖女がどれだけ美人かということだ!! 街は活気に満ちたいた。道には屋台が開かれ人通りは多い。すで に軽いお祭り状態である。 ﹁おい、聞いたか?聖女様が今街についたらしいぞ!﹂ ﹁お、早いな!治療はどれくらいに始まるんだ?﹂ ﹁聖女様が少し休憩なされたらすぐに始まるそうだ。﹂ 俺は耳を澄ませて情報を集める。べ、別にこの街に来たばっかで 28 友達がいないだけだからな! できるだけ前の方で見れるように早目に移動する。幸いにもまだ 数人しか来ていなかったので余裕で前に陣取ることができた。 どうやらまだ開始には少々時間があるようだ。失敗したなぁ、な んか適当に食い物でも買ってこれば良かった。朝飯も食ってないか ら腹が減った⋮⋮。 ﹁えっと、ネスト君?お、おはよう。﹂ ﹁ぇあッ!?ど、とどちらひゃまで?﹂ だって目の前にボンキュッボンの女の人がいたんだよ!?噛まず にいられるはずがないじゃん! ﹁私だよ私、アスハ。﹂ な、なんと、アスハさんだったとは⋮⋮。 ﹁あ、おはようございます。制服じゃなかったので分かりません でした。﹂ だって俺今まで私服姿のアスハさん見たことないし⋮⋮。という かやっぱ美人! 29 ﹁えっと、それでアスハさんは何しに?やっぱ聖女様を見に来た んですか?﹂ ﹁う、うん。確かにそれもあるんだけど、もしかしたらネスト君 に会えるかもと思って⋮⋮⋮⋮。﹂ ﹁え、なんですか?﹂ 後半の方が声が小さくて聞こえなかった。 ﹁そういえばネスト君って朝ごはん食べた?もし食べてなかった らでいいんだけど、実はお弁当作りすぎちゃって⋮⋮。どうかな?﹂ ど、どうかなってもしかしなくても一緒に食べていいってことデ スカ?? アスハさんにお礼を言い、弁当に手をつける。 ﹁う、うまい!!﹂ なにこれ、むっちゃ美味しい!アスハさん料理うまかったんだ⋮ ⋮。しかも美人!まじ美人!!こんな人が俺の奥さんだったら⋮⋮。 ﹁ご、ごっくん﹂ だがしかし、そんな夢を見ても仕方ない。どう俺が背伸びしても アスハさんと釣り合いが取れるわけもない。イケメンに生まれなか ったことは悲しいがこの弁当だけでこれからも生きていける! ﹁これホントおいしいですよ、もう売りに出せるレベルで。アス 30 ハさんの旦那さんになる人が羨ましいです!﹂ 俺がイケメンだったらこんな料理を朝昼晩食えてたんだろうか、 残念だ⋮⋮。 ﹁えッ!?﹂ 突然顔を真っ赤に染めるアスハさん。なにやら慌てふためいてい る。 ﹁じゃ、じゃあネスト君がもらってくれる?︵私を︶﹂ ﹁え、もちろんもらいますよ!︵弁当を︶﹂ ﹁ええええええええ!?﹂ 本当どうしたんだアスハさん。俺がなんかまずいことでもしちゃ ったのだろうか。 ﹁あれ、やっぱ弁当もらったらダメでした?﹂ ﹁え、弁当?﹂ 突然動きを止め俺に問いかけてくるアスハさん。それはもう鬼気 としている。 ﹁べ、弁当の話じゃないんですか⋮⋮?もらうもらわないって⋮ ⋮。﹂ 俺がそう言うと、擬音で﹁ボンッ!﹂的な音がなるくらい顔を真 31 っ赤にしてアスハさんは走り去っていってしまった。ど、どうした らいいんだこの弁当⋮⋮。食べていいんだよな⋮⋮? 俺が弁当を完食したあたりからだんだんと人が集まりだした。そ こにはやはりというべきか怪我した人が大勢いる。 周りの会話を聞くに、もうすぐ始まりそうだ。 周りの歓声が大きくなる。どうやら俺が待ちに待った聖女様が現 れるようだ。美人来い!! 聖女様が俺たちの前に現れる。フードを深く被って。 そのことは周りも不思議に思ったのかどよめきが次第に広がって いく。 ﹁みなさん、おはようございます。﹂ 澄んだ声色、ただ一言。大して大きな声を出したわけでもないの に周りに響き渡る。それだけで、どよめきまでもがおさまる。 ﹁では治療を開始します。﹂ 32 さすが聖女というべきか、みるみるうちに傷を治していく。しか し、治療をしているのはカスリ傷程度の物ばっかりで、俺が期待し ているような聖女様のすごい魔法はお目にかかれない。 ここは腹を括るしかないか、俺は治療客として聖女に近づく。さ すがに後々目立つのが嫌なので顔はフードで覆っている。 ﹁こんにちは、貴方はどこを治療しに?﹂ 近くで聞くとさらに綺麗に聞こえる声。そしてフードの中をちら りと覗ける聖女様の素顔。少しだけ見えただけでもそれが美人だろ うと分かる。 ﹁えっと、腕を治療してもらおうと思ったんですけど⋮⋮。﹂ ﹁?あなたの腕は怪我しているようには見えませんけど⋮⋮。﹂ ﹁あ、今からするのでお願いします。﹂ そして俺は片腕を切り落とす。 ﹁ッ!?貴方何してるんですか!?今治療しますからじっとして いてください。﹂ せ、聖女様に怒られた⋮⋮。たしかにやりすぎたかもしれんなぁ。 俺の腕の付け根からは今も大量の血が溢れている。 ﹁ハイヒールッ!!﹂ 33 おお、これが聖女様の魔法、か、あ⋮⋮? ﹁えっと、終わり、ですか?﹂ 血は、止まっている。けれど、それだけで腕は治ってない。 ﹁貴方!どうしてこんな馬鹿なことをしたんですか!!腕を切る なんて!!もう、一生使えないんですよ!?﹂ ﹁ハ?え、聖女様は腕を治すことができるんじゃないんですか⋮ ⋮?﹂ 周りのやつらは俺たちの様子を固唾を飲んで見物している。 ﹁馬鹿なんですか!?戻るわけがないでしょう!?自慢するわけ ではないですが、私は回復魔法に関しては自分でも他より知ってい るつもりです。それでも、切った腕を治すなんて魔法は聞いたこと ありません。﹂ 俺はその場に立ち尽くす。え、じゃあ俺のヒールはどうなるんだ よ。俺は誰に回復魔法を教えてもらえばいいんだ⋮⋮。 ﹁なんか、すみませんでした。﹂ 俺は茫然自失なまま周りの皆に一言入れて、自分の腕だったもの を拾い宿屋に戻った。 34 それじゃあ俺の回復魔法ってなんなんだ⋮⋮?聖女様でもできな いようなことをいとも簡単にやってのけてしまう。 ﹁ハッ⋮⋮、こんなの化物以外のなにもんでもないじゃんか⋮。﹂ 自分の腕を治しながら自嘲気味に呟く。ヒールというだけで生え てくる腕、それがどれだけおかしいことか今更ながらにようやくし っかりと理解した俺。 これからは、度が過ぎた回復魔法は出来るだけ使わないようにし よう。 俺はそう心に刻んだ。 35 認められてみろや!︵前書き︶ ブクマ、評価ありがとうございます。 アウラとリリィの描写を少し加えました 36 認められてみろや! 俺は翌日ギルドに来ていた。フードをかぶっていたお陰かどうや ら昨日のアレが俺だとはばれていないっぽい。 ﹁アスハさん、おはようございます。あ、これ昨日の弁当箱です。 おいしかったです。﹂ ﹁ネストさんおはようございます。わざわざ弁当箱ありがとうご ざいます。あと、治療はあちらのテーブルを用意しましたので使っ てください。﹂ そういいながらアスハさんは俺に一つのテーブルを示す。 ﹁基本的に値段などはネストさんが決めてくださって大丈夫です。 さすがに高すぎるのアレですけど、ネストさんならその心配もない ので。よろしくお願いしますね。﹂ とは言っても今日は治療をする気はない。どうやら俺のヒールは 異常なようなので、最低限普通のヒールも使えるようになりたい。 今日一日で覚えられなかったら明日もやるけど、今までと違って現 物を間近で見ることができたし。多分すぐ覚えられるだろう。 ﹃治療始めます。値段は傷の具合を見て要交渉。﹄ ﹁よいしょっと。﹂ 37 おれはあらかじめ作ってきた看板を机の横に立てる。周りは何事 かとこちらを見ていたが看板をみるとどうやら少し喜んでいるよう だった。 俺は荷物からナイフを取り出す。 ﹁じゃあ始めますか。﹂ 俺は今までと違い、手に少し残る程度の傷跡を付ける。ここで傷 を全て直しても意味ないので傷が少し治るように集中する。 ﹁ヒール。﹂ しかし、少しだけ治るようにしたかったのだがやはりというべき か、一回目は全て治ってしまい失敗に終わった。 少しでも魔力のコントロールが良くなるように、何度も何度もた だ繰り返す。 ﹁ヒール。﹂ そして、何回目か分からなくなってきたあたりで、ようやく成功 した。 38 それからは失敗することなく順調に成功を重ねた。 これで怪しまれることなくヒールを使える。 そこで俺はそれ以上特になにもすることはないので、ギルドを後 にした。 俺は、宿屋に帰る途中でおもしろいものを見つけた。﹁奴隷市場﹂ だ。 今まではそんなこととは縁のない生活を送ってきたので少し興味 がわいた。 奴隷市場にはたくさんの奴隷がいた。種族は様々。人間からエル フまでいる。もちろん奴隷は高い。特に買う気は無いのだが、見て 回ってるとある一文が目に入った。 ﹃奴隷市場からの挑戦状! 傾国の姫に認められてみろや!﹄ 内容は、簡単に言ってしまうと﹁昔、お姫様だった奴隷が言うこ とを聞いてくれない。もし、彼女が主君と認めるならばあなたに無 料で差し上げよう!ただし、失敗すればいま所持しているお金の半 分を置いていってください※誰でも可﹂ということらしい。 別に今持っているのは少々の金だし、これならやってみてもいい か。どうせ俺明日から稼ぎ口あるし⋮⋮。やるなら金がない今だな! 39 そして今俺は元お姫様と会っている、はずなのだが何故か彼女は 後ろのベッドで横になっている女の子を介抱している。 後ろから覗ける彼女は、ショートに切り揃えられた赤い髪がなん ともいいがたい魅力を放っている。 ベッドの子の方は気分が悪いのか、顔が青く、自身の髪の色であ る青と遜色ないほどだ。 ﹁あのー、元お姫様?ちょっとお話がしたいなぁーなんて⋮⋮。﹂ ﹁喋りかけないで!私は今忙しいんだから早くどっか行って!!﹂ これは良い商売してるなぁ奴隷市場さん。ちょっと厳しすぎだろ ⋮。 ﹁えっと、その子は?﹂ もうお姫様は無理だなと思った俺はずっと気になっていた女の子 のことについて聞いてみた。 ﹁ッ、⋮⋮この子は私の妹なの。血は繋がってないけど。﹂ ﹁はぁ、そうなのか。というか、どこか具合でも悪いの?﹂ そうでなければお姫様がこんなに必死に看病するとも思えないし。 40 ﹁この子は病気なの。それも治す手段は見つかってない病気。今 は薬でどうにか生きてるけど、その薬っていうのを貰うためには私 がここで貴方たちを追い返さないといけないの。だから早く帰って くれない?﹂ ほぉー。今の時代そんな稼ぎ方があるのか。奴隷市場の人は頭い いな、感心感心。 しかしどうしよう⋮⋮。これは回復魔法を使うべきなのだろうか。 可哀想だし⋮⋮、はぁ。 ﹁ヒール。﹂ できるだけ使わないって決めたんだけどな、これは仕方ないか。 女の子の体が光に包まれる。光は一瞬で収まりそこにいるのは気 持ちよさそうに寝ている女の子だけ。 ﹁え、あ、あなた何したの!?﹂ ﹁えっと、回復魔法だけど。多分その子治ったと思うよ。﹂ ﹁回復魔法って⋮⋮。﹂ お姫様はなにやら口を開けたまま呆然としている。 ﹁じゃあ俺もう帰るね。その子多分もうすぐ目を覚ますと思うし。 ﹂ ﹁え、ちょ、ちょっと待って!﹂ 41 部屋から出ていこうとする俺の腕を掴む元お姫様。なんかデジャ ヴを感じる⋮⋮。 ﹁あ、あなた私が欲しいんじゃないの!?だから直してくれたん じゃないの!?﹂ あぁー確かに客観的に見たらそういうことになっちゃうのか⋮。 でも別に俺は奴隷が欲しいわけでもないんだけど。 ﹁えっと、別に面白そうだからやってみたってだけで、よく考え たら宿代とか嵩むし、別にいらないかなって。﹂ ﹁別にいらない!?﹂ 何故かお姫様がショックを受けているようだが、気にせず外へ向 かう。 ﹁わ、私なら夜の相手もで、できるわよ⋮⋮?﹂ ピクッ。 まず、俺は言うまでもなく女性経験はない。童貞だ。それがこん な甘い誘惑を受けた時はHPなんて残り1くらいだ。 ﹁で、でも、お姫様が出て行ったらその子はどうするんだ?﹂ HP1でなんとか反撃を試みる俺。 ﹁実は、その子は奴隷じゃないの、ただここにいるってだけで。 42 だ、だから今ならもう一人付いてくるわよ?﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱お父さんお母さんごめんな さい。俺のHPはもう0です。 ﹁はぁ∼、やっとあそこから出れたー!﹂ となりを歩くのはお姫様。そして女の子は俺の背中で寝ている。 奴隷市場の人は最初ものすごい驚いていたが、そこはプロ。すぐ に顔を引き締めて契約を済ませてくれた。すこし悔しそうな顔をし ていたのは見ないふりをした。 というか、勢いで奴隷貰っちゃったけど、これから実際どうしよ う⋮⋮。俺は一人、頭を抱えていた。 43 お尻の感触は鼻血もんだったぜ!︵前書き︶ ブクマ、評価ありがとうございます。 おかげさまで総合評価800行きました。 44 お尻の感触は鼻血もんだったぜ! ﹁それじゃあまず、自己紹介と行こうか。﹂ 今、俺たちは宿屋の食堂にいた。未だに俺の膝の上では女の子が 深い眠りについている。 実のところよく考えたらろくに名前も知らないのに連れてきてし まったと今更ながら後悔してる。 ﹁まず俺はアネスト。親しい人にはネストって呼ばれてるんだ。 今日から姫様のご主人様になる、よろしく。﹂ ﹁わ、私はアウラって言うわ。えっと、向こうではよ、夜の相手 もするって言ったけど、あ、あれはなんていうか連れて行ってもら うための勢いというか⋮⋮。むぐッ!?﹂ 俺は食堂の真ん中でトンデモ発言をしようとしているアウラの口 を塞ぐ。 ﹁ば、馬鹿!ここどこだと思ってんだ。まず、もともとそんなこ とする気ないから大丈夫だって。﹂ 本当は結構気にしていたんだけど内緒にしてたほうがいいだろう。 それにしても周りの視線が痛いな⋮⋮。もしかしたら今の発言を 聞かれていたのかもしれない。 45 ﹁そういうことは公共の場所で言わないようにしような?危ない から︵俺の命が︶﹂ 笑顔で迫る俺に、必死に頷くアウラ。 ﹁それで、この子は?﹂ ﹁ん、その子はリリィって言うの。手出したらダメだからね?ま だ子供なんだから。﹂ ﹁わ、分かってるよ。それに俺ロリコンじゃないし。﹂ まぁ確かに?膝の上で寝ているリリィはかわいいし、ついほっぺ を触りたくなるけど?そ、それは違うだろ? ﹁なら、いいけど⋮⋮。﹂ それでも疑いの目を向けてくるアウラに視線を泳がせる俺。べ、 別にやましいことがあるとかじゃないからな!? 互いの自己紹介も済んだところで部屋に戻る。別の部屋にしよう と思ったのだがアウラが別にいいっていうものだから結局同じ部屋 に泊まることになった。 特にすることもないので軽く体を洗って眠ることにした。 ここでアクシデントが起こる。 46 ﹁いや、仮にも俺は男だし、女の子に床に寝てもらうわけにはい かないんだよ。﹂ ﹁ダメ!私だって奴隷だし、主人を床に寝かして自分だけベッド なんてありえないの。﹂ ずっとこの状態なのである。どうしたものかと悩む俺の視線にリ リィが映る。 ﹁⋮⋮⋮⋮俺がベッドで寝たらリリィを襲うぞ。﹂ もちろんそんなことするつもりは無いのだが、こうでも言わない とアウラはベッドで寝てくれないだろう。 ﹁あ、あんたまさかと思ったけどそういう趣味だったなんて⋮⋮ ⋮⋮。﹂ ん?なんか真に受けてないか?し、しかしここまできたら寝ても らうまで我慢するしかない! ﹁そうさ、俺は生粋のロリコンさ。そして膝から伝わるリリィの お尻の感触は鼻血もんだったぜ!﹂ ﹁うわ⋮⋮、わ、私がベッドで寝るから。ロリコンは床で寝てな さい。﹂ 絶対零度の視線を向けてくるアウラ。 って、俺これでも一応ご主人様なんだけどな⋮⋮。まぁベッドで 寝てもらえたし明日にでも弁解すればいいか⋮⋮。 47 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ 私はアウラ、元姫で現奴隷だ。 私は少し変わった奴隷だと自分でもわかる。私を買いたいという 人が現れたらそれを追い返すように言われている。 本当はアイツらのいうことなんて聞きたくない、けど今私には病 気の妹、リリィがいる。 リリィの看病をしてる時にソイツは来た。 ﹁あのー、元お姫様?ちょっとお話がしたいなぁーなんて⋮⋮。﹂ 元々相手なんかするつもりは無かったがソイツはいつもの客とは 違っていた。普通なら私は奴隷なのだからといって、圧力をかけて くるように話しかけてくるのだが、ソイツは随分腰が低いみたいだ った。 そういうことも関係したのか、気がついたら普段なら話したりし ないようなリリィのことまでそいつに話してしまっていた。 ダメよアウラ、今までだって皆同じだったじゃない。それに仮に ソイツがいい人だったとしても、リリィのことがある限り私はこの 48 檻から逃げることはできないのだ。 ﹁ヒール。﹂ ソイツは何かを呟いた。何かと思った瞬間、今度はリリィの体が 光に包まれた。光はすぐに引いたがリリィにはある変化があった。 今までは苦しそうにしていた寝顔が今では気持ちよさそうにして いるのだ。 ソイツが言うには回復魔法を使って病気を治したようだった。こ れなら心置きなくソイツと一緒に行ける、と思った矢先 ﹁別にいらないかな。﹂ え!?どういうこと!?てっきり私が欲しくて治療を施したのだ と思っていたのだが違ったようだ。 しかし、ここで連れて行ってもらわなければ私は本当に奴隷とし てどこかの誰とも知らぬような人に買われてしまうだろう。それだ けは嫌だった。どうにかして引き止める手段が無いものか、と考え ている内 にそいつは今にも部屋から出ようとしている。 ﹁わ、私なら夜の相手もで、できるわよ⋮⋮?﹂ 本当はそんなことしたこともなく、できればしたくなかった。そ れでも私はこの絶好の機会を逃したくなかった。案の定というべき か結局ソイツは私たちを引き取ってくれた。 49 食堂らしき所に着いてから初めて名前も聞いてないことに気がつ いた。 どうやらソイツはアネストっていう名前らしい。でも何て呼べば いいのだろう⋮⋮。奴隷だから、ご主人様とか言うべきなのだろう か。それとも親しい人が呼ぶように、ネスト、って呼ぶのがいいの だろうか。 ネストは私たちのために部屋を借りてくれるといったが、これ以 上の迷惑をかけるわけにはいかないと思い同じ部屋にしてもらった。 そこでもまたアクシデントが起こる。 ネストが私たちにベッドを譲って自分は床で寝るというのだ。仮 にも私の主人なのにそんなことさせていいわけがない。 なかなか決着がつかないとき、何を思ったのかネストがニヤリと したような気がした。 ﹁⋮⋮⋮⋮俺がベッドで寝たらリリィを襲うぞ。﹂ 実際、衝撃的だったがベッドに入ってよく考えてみたら、それは 私をベッドで寝かせるための方便だったのだろう。 床で眠りにくそうにしている彼に布団を掛けて私はまたベッドに 戻り眠りについた。 50 お休みなさい、ネスト。私の初めてのご主人様。 51 物理ダメージがあるだと⋮⋮ッ!︵前書き︶ 1円=1エンです。ブクマ、評価ありがとうございます。1000 00pvいきました。 おかげさまで日間ランキングにも載りました。読者の皆様に感謝で す。 感想で指摘された点で、値段をアスハに聞くという点を最初の客に 聞くという内容に書き換えました。 52 物理ダメージがあるだと⋮⋮ッ! ﹁ネスト起きてー。朝だよ﹂ ⋮⋮やばい、とうとう俺は幼女の幻聴まで聞こえるようになって しまったのか。疲れてるだろう、もう少し寝るか。 ﹁もう、ネストぉ起きてってばぁ。っそい!﹂ 俺相当疲れてるみたいだ。だって少し目を開けたら上から幼女が ダイブしてきてるんだから。よし、寝るk﹁グフッ!﹂ ま、まさかの物理ダメージがあるだと⋮⋮ッ! ﹁ってリリィか?﹂ ようやく目が覚めてきて状況を把握する。 ﹁初めまして!アタシ、リリィ!あと、病気治してくれてありが とぉ!﹂ ﹁うむ、どういたしまして。﹂ 昨日結構回復魔法を使うか悩んだけど、これなら治して良かった な。﹁別に頼んでないしぃ﹂、とか言われた日には泣くぞ。 53 食堂で朝食を取りながら俺たちは今後の計画を立てた。 ﹁えっと、俺今日からギルドでちょっとした商売やるんだけど。 アウラたちはどうする?ついてきても暇だと思うし、﹂ ﹁それなら、今日は宿で休ませてもらっていい?まだ結構疲れて るし。﹂ ﹁了解。リリィはどうする?﹂ ﹁ネストと一緒に行くぅ!﹂ ﹁オッケー。じゃあアウラ留守番お願いな。夕方には帰れると思 うから。﹂ そして現在、ギルドのテーブルを借りて治療を始める。てっきり アウラと一緒にいると思っていたリリィは俺の膝の上で大人しく座 っている。 そこへ、いかにも冒険者という風貌のおっちゃんが来た。 ﹁おう、あんちゃん。ちと治療をしてもらいたいんだが、頼める か?﹂ ﹁治療するところを見してもらっても大丈夫?﹂ 54 どうやらおっちゃんは腕を怪我しているようだ。それなりに深い 傷だが、これくらいなら怪しまれることもないだろう。 ﹁これくらいなら治せるよ。﹂ ﹁どれくらい掛かりそうだ?﹂ うーん、こういうのって相場はいくらくらいなんだ?アスハさん に聞くにしてもまずこのお客さんを応対しないといけない。 ﹁えっと、おっちゃんが初めてのお客さんだからお代はいいよ。 その代わりといっちゃなんだけど、普通ヒールってどれくらい掛か るもんなの?えっと、ヒール﹂ 瞬く間に治っていく自分の傷を見ておっちゃんが驚いている。 ﹁これはたまげたなぁ!回復魔法って奴はすげぇんだな!これく らいなら大体1000エンくらいじゃねぇか?俺もよく知ってるわ けじゃないが﹂ ありがとさん、とおっちゃんは言い残して帰っていった。おっち ゃんのクチコミに期待だな。 あと、基本値段はおっちゃんの言うとおり1000エンにしてお くことにした。 55 治療初日、朝から夕方まで開いていたのだが、意外にもたくさん の客が来て驚いた。そのおかげで俺の財布は現在潤っている。 その間、リリィは俺の膝でニコニコ笑いながら座っていた。くぅ ぅッ!可愛いな!! ギルドからの帰りに服屋さんに寄った。もちろんリリィの服のた めだ。 店員さんと試行錯誤を繰り返し、ようやく決まったのが1時間後。 ﹁ネストぉ!新しい服ありがとぉ!﹂ ﹁ん、どういたしまして。﹂ 少し、帰るのが遅くなってしまったがアウラなら大丈夫だろう。 ︱︱︱︱︱俺の認識は甘かったんだろう。 ドアを開けた瞬間にアウラが飛びかかってきた。 56 ﹁ちょっ、遅れたのは悪かったって。でも、そんなことで怒んな く、て、も⋮⋮。﹂ アウラは目元を腫らして、こちらを見下ろしていた。 ﹁もう、もう帰ってこないかと思ったじゃないッ!夕方には帰る って言ったのに、中々帰ってこないし!てっきり、私もうネストに 捨てられちゃったのかと思ったじゃない!!﹂ アウラの涙が、一滴、また一滴と、俺の頬に落ちてくる。 確かに、俺はちょっとしか遅れてないといえばそうだ。けど、ア ウラにとってのソレは彼女をそうさせてしまうのには十分な時間だ ったんだろう。 ﹁ごめん、俺がよく考えてなかったから⋮⋮。﹂ ﹁ぐすっ、明日からは私も一緒に行くから、絶対。ダメって言っ てもついて行くから。﹂ ﹁そうだね⋮⋮、一緒に行こうか。﹂ 俺は、これからはアウラたちのことも考えて行かないといけない な、って改めて思った。 57 ようやくアウラも落ち着いてきて食事をとることになった。 ﹁それで、さっきから気になってたんだけど、リリィ新しい服着 てるわよね?﹂ ﹁え?うん、俺が買ったけど。﹂ ﹁私のは?﹂ ﹁うん?あー、ごめんなさい?﹂ 次の日アウラの分まで買わされました。財布は軽くなりました。 58 ぼ、ボクっ娘だとぉ!?︵前書き︶ ブクマ、評価ありがとうございます。 ブクマ4000、300000pv、10000pt、日間ランキ ング1位達成しました 読んでくださっている方々に感謝です。 トルエの描写を少し加えました。 59 ぼ、ボクっ娘だとぉ!? 俺がギルドで治療を始めてから数日が経った。 さすがギルドというべきか、怪我人が多いことこの上ない。 俺は今日も怪我人の対応に追われていた。怪我自体は一瞬で治せ るのだが如何せん客が多いので人数が足りない。 アウラたちが手伝ってくれてはいるもののやはり足りない。 ﹁あぁ!しんどいわ!これ多すぎだろ!?﹂ ﹁何言ってんのよ。そんなこと言う暇があればさっさと治療しな さい!﹂ ﹁だってさぁ、一日に1000人弱だぞ!?さすがにキツいわ!﹂ さすがに多すぎだろ、みんなどんだけ怪我してるんだって話だ。 ﹁今日はココまで!﹂ ようやく夕方になりこの地獄から解放された。 今日の稼ぎはだいたい100万エン。確かに俺がたくさん稼が 60 せてもらってるのは事実だ。実際ここ数日だけでも何百万って稼い でるし⋮⋮。 ﹁あと一人ネストがいればぁ楽になるのにねぇ!﹂ リリィが言ったことが現実になればどれだけ楽になるだろうか。 もう一人俺がいればなぁ。 ⋮⋮⋮⋮もう一人俺が居れば⋮⋮? ﹁なんだ!簡単な話じゃないか!﹂ 俺の突然の大声に辺りの視線が集まるがそんなこと気にしない。 思い立ったら即実行! ﹁居ないなら別のとこから持ってこればいいんじゃないか。﹂ そして現在俺は奴隷市場にいる。アウラたちには先に帰ってもら っているから心おきなく探すことができる。 ﹁これはこれは、お久しぶりでございますアネスト様。今日はど のような奴隷を所望ですかな?﹂ ﹁回復魔法が使えるやつなら何でもいい。﹂ 奴隷商に俺の希望を伝えると何故か渋い顔を浮かべられた。 61 ﹁実は回復魔法を使える者は少なくてですね、ただ今当店にも一 人しかおりません。少々お値段が張りますが大丈夫でしょうか?﹂ ﹁一応あるだけ持ってきたんだけどそれで足りるかな。﹂ 高かったらその時はまた金貯めてくるしかないんだけど⋮⋮。 ﹁500万となっておりますが、どうでしょうか。﹂ んー、ちょっと高いかなぁ。いや、足りるんだけど。。 俺が買うか買わないかで迷っていたのだが、どうやらその奴隷は 頭が良く事務もやらせることができるということだったので買うこ とにした。 その奴隷はリリィと同じくらいの歳の男の子で、一般的なヒール なら苦なく使えるらしい。髪は茶髪だがかなりぼさぼさである。 俺たちの奴隷契約が終わるまでその男の子は一言も喋らず、終わ ってからも﹁よろしくお願いします、ご主人様。﹂くらいしか話そ うとしなかった。 俺は今、宿屋で正座させられていた。宿屋に新しい奴隷を連れて 62 帰ったら、アウラがキレた。 ﹁これどういうことネスト!?なんか真剣そうな顔してたから先 に帰ってみたら、どうして新しい奴隷を連れてきてるのよ!!﹂ ﹁ご、ごめんなさい⋮⋮。﹂ 俺が怒られているのを、男の子は口を挟むことなく大人しく見て いる。 ﹁しかもせっかく稼いだお金を500万も使ったりして!﹂ ごもっともです。けど、これからのことを考えたりするとやっぱ り必要な経費だったと思う。 ﹁確かに沢山使っちゃったけど、後悔はしていない!!﹂﹂ ﹁なに開き直ってるのよ!!﹂ その後も延々と怒られ続け、その日は部屋の外で眠る羽目になっ た。 俺、一応ご主人様のはずなんだけどな⋮⋮⋮⋮。 あ、夜ご飯も抜きでした。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ 63 僕の名前はトルエ。僕の家はみんなと違って裕福だった。 僕の両親は教会にたくさんの寄付金を払って、僕に回復魔法を覚 えさせてくれた。 けど、そのあと色々あって家が没落した。両親はどこに行ったの かわからない。そんな中僕は奴隷として売られることになった。 もともと人に自分から話しかけるような性格でもないし、奴隷に なったせいかもっと人と話さなくなった。 ある日僕は男の人に買われた。その人は自分の奴隷に怒られて部 屋を追い出されるような人だった。 次の日皆で自己紹介をした。 ﹁ぼ、僕はトルエっていいます⋮⋮。﹂ 久しぶりに話したからちゃんと言えてるかわからなかったけど皆 笑って歓迎してくれた。 そして今日は僕のご主人様、とお風呂に入ることになった。 ご主人様に体を洗ってもらえることになったので服を脱ぐ。でも いつまでたってもご主人様は洗ってくれない。どうやら何かの衝撃 で固まっているようだった。 ﹁お、おい、トルエ。お、お前って男じゃないのか⋮⋮!?﹂ 64 ご主人様はなにを言っているんだろう。 ﹁え、っと、女だけど⋮⋮?﹂ なんで?と質問するがご主人様はまた固まってしまっている。 結局そのまま動かないので僕は自分で体を洗ってお風呂から上が った。 しばらく経った後お風呂場からご主人様の声が聞こえた ﹁ぼ、ぼ、ボクっ娘だとぉ!?!?!?﹂ 今日からよろしくお願いします、僕のご主人様。 65 前も、洗って.....?︵前書き︶ ブクマ、評価ありがとうございます。 66 前も、洗って.....? 男の子だと思ってたトルエは実は女の子で、所謂﹁ボクっ娘﹂とい うやつだった。 まさかの事態に一時は錯乱してしまったが、もう大丈夫だ、と思 いたい。 今日はギルドでのお仕事は休みだ。さすがに、ぶっ続けでやると 精神的にキツいので三日に一回は休みを取ることにしたのだ。 女の子の服というのは高いものだ。男なら1000エンもあれば 揃えられるのに、これが女になると1万で済めばいい方である。そ してこれからまた財布からお金が消えていく。 ﹁ご主人様は、どうやって回復魔法を覚えたの⋮⋮?﹂ 最近トルエはよくし ゃべるようになったと思う。今でこそこんなふうに質問してくるが、 最初の方はほとんど話してくれなかった。 トルエの境遇は少し前に聞かせてもらったが、その中でトルエが どうやって回復魔法を覚えたのかも知っている。 67 ﹁んー。気合かなっ!﹂ 実際、教会からは教えてもらってないので嘘ではないはずだ。腕 とかも切ったし⋮⋮。 話しているうちに服屋につく。プロが作っているだけあってどれ も良いものばかりだと思う。 店員さんにある程度の服を選んでもらい、その中から決めること になった。 ﹁ご主人様、これ似合う⋮⋮?﹂ 試着室から恥ずかしそうにでてくるトルエ。赤と黒を基調にした 可愛らしいワンピースがとても似合っていると思う。 ﹁おぉ、可愛いと思うよ。﹂ ﹁じゃあ、これにする⋮⋮。﹂ ﹁え、でもまだ全部試してないぞ?﹂ たくさん選んでもらったのにまだ一着しか着てない。 ﹁これが、良い。﹂ 結局トルエが欲しがったそのワンピースを買うことになった。服 は汚したくない、ということだったので袋の中に入れてもらうのも 忘れない。 68 さて、次は散髪屋だ。奴隷生活が長かったのか、トルエの髪はボ サボサになってしまっている。 俺はトルエの散髪が終わるまでお店を回る。その途中おしゃれな 小物店を見つけたので、アウラとリリィにお土産として腕輪を買っ た。 散髪屋に戻るとトルエが女の子になっていた。いや、確かに元々 女の子だったのだが、今ではザ・女の子的な感じに仕上がっている。 ボサボサだった髪は整えられ、とても女の子らしい。 トルエ本人もその変化を気に入っているようで僅かに微笑んでい た。 宿屋に帰ると、案の定アウラたちがトルエの変化に驚いていたが 腕輪を上げるとそっちに気が行ったみたいだ。すると、俺の袖をト ルエが掴む。 ﹁ん、どうした?﹂ ﹁ぼ、僕には⋮⋮?﹂ あ、やべ。てっきり服とかで満足したと思っていたので何も準備 69 していない。 ﹁ご、ごめん!準備するの忘れてた!⋮⋮代わりに、俺にできる ことなら何でもしてあげるから許してくれ!﹂ ﹁何でも⋮⋮。﹂ アウラの二の舞になることは防げた俺はホッと胸をなでおろす。 ﹁それじゃあ、一緒にお風呂、入りたい⋮⋮。この前洗ってもら えなかったから⋮⋮﹂ それ以上の爆弾が来ました。しかし、何でもやるといった手前断 るわけにも行かない。 そして俺とトルエは今風呂場にいる。 ﹁じゃあ洗うから、ふ、服を脱いでくれ⋮⋮﹂ ﹁ん、わかった⋮﹂ そう言ってなんの躊躇いもなく自分の身体を晒すトルエ。俺は出 来るだけ目に入れないように気をつける。 直に触るのはさすがに無理なのでタオル越しに身体を洗ってやる。 その時、今まで背中を洗っていたトルエが突然こちらに身体を向 けてくる。 70 ﹁前も、洗って⋮⋮?﹂ そうなると当然俺の目にはトルエの胸やらが入るわけで⋮⋮。そ れは子供といえど女性特有の曲線を描き⋮⋮、ブハッ! ﹁やっぱ今日はダメだ!!!﹂ 俺は鼻血を垂らしながら風呂場を後にした。 そのあとトルエには二人と同じ腕輪を買ってあげました。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ また、洗ってもらえなかった⋮⋮。 僕、トルエは色々あってご主人様に身体を洗ってもらうことにな った。 71 この前は洗ってもらえなかったので、背中を洗ってもらっている ときはとても気持ちよかった。 もうすぐ背中が洗い終わる。僕は、ご主人様の手が少し止まった 間に身体を回転させてご主人様と向かい合っていた。 背中を洗ってもらったから当然前も洗ってくれると思っていたけ ど、ご主人様は叫びながら出て行っちゃった。 やっぱ、胸なのかな⋮⋮。 僕の胸がもうちょっと大きくなったら、その時は、洗ってくれる かな⋮⋮? 僕は少しでも胸が大きくなるように身体を洗う時自分の胸を揉ん でみる。 待ってて、ご主人様⋮⋮!すぐ大きくなってみせるから⋮⋮! 72 今日、家を買います。︵前書き︶ pv、ブクマありがとうございます。 73 今日、家を買います。 ギルドでの仕事を始めてから数ヶ月経った。 最近では、ギルドのおっちゃんたちだけではなく、街の娘さんと かも来てくれるようになった。 どうやらクチコミで広がっているらしい。 そのお陰かこの街ではある程度知られるようになり、いろいろな ところでサービスもしてもらえるようになった。 アウラ達とも大分打ち解けて、最近では自分でいうのもなんだが 尻に敷かれている気がする。 そして今俺は重大な問題にぶち当たっていた。 ﹁なぁ、前々から言おうとは思ってたんだけど⋮⋮、﹂ ﹁ん、なによ?﹂ テーブルの向かいの席からアウラが聞いてくる。 ﹁部屋が狭い。﹂ 74 そう、俺たちの生活で決定的に不足しているのが衣食住のうちの 住だ。人数が増えた分の宿代は嵩むわ、ベッドでは寝られないわで、 大変なことになっている。 ﹁だから⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮今日、家を買います。﹂ ﹁え、今日買うの!?﹂ ﹁実は、不動産屋にはもう話をつけてるんだ。それで、最後にア ウラたちに見てもらってから決めようと思って。﹂ ﹁で、でもお金は⋮⋮?﹂ 心配そうに見つめてくるトルエの頭を撫でる。 ﹁そんなの余裕だったぜ!!﹂ 本当に余裕だった。どうやら俺たちの治療が思った以上の稼ぎだ ったらしく、家を買ってもまだまだ手元に残るくらいだった。 ﹁わぁーい!!新しいおうちぃ!!﹂ リリィはどうやら満足しているみたいだった。 75 そういう訳で、今俺たちは件の家の前にいる。 ﹁え、これデカくない!?﹂ アウラが言いたいことはよく分かる。だってこれ元貴族様の御家 らしいもん。 ﹁うーん。お金もかなり余裕があったし、この家でいいとかなと 思ったんだけど、どうかな。﹂ ﹁そんなの、あなたは私たちのご主人様なんだから、ネストがこ こで良いっていうんだったら私たちは何も言わないわ。﹂ アウラの言葉に二人もウンウン、と頷いている。 ﹁それなら、いつもそうしてくれたら良いんだけど⋮⋮。﹂ ﹁それは別よ。自分のご主人様が恥ずかしくないようにしっかり 見張っとかないと。﹂ ﹁みはっとかないと!﹂ アウラにリリィまでもが同調する。よく見たらトルエまでもが静 かに頷いている。 どうやらこの場に俺の味方はいないらしい⋮⋮。 76 購入するという旨を不動産屋に告げ、俺たちは宿屋に戻る。入居 できるのは来週からでその間に汚れているところを片付けてくれる らしい。 今までお世話になったこの宿と離れるのは心に思うところがない わけではない。 田舎者の俺をたくさん世話してくれた優しい宿屋のおばちゃん。 おいしい料理を振舞ってくれるおっちゃん。 そして看板娘のかわいこちゃん。 ﹁おばちゃんたち。俺、家買ったから宿屋を出ていくことになっ たよ⋮⋮。﹂ ﹁おう、もう出て行っちゃうのかい。なら今日は送別会だね!﹂ 宿屋を出て行く俺のために早くお店で送別会をしてもらうことに なった。 ﹁飲め飲め!今日は俺のおごりだ!﹂ がっはっは、と笑いながら俺の背中を叩いてくるおっちゃん。痛 いのは我慢だ⋮⋮! ﹁それで、いつ新しい家に行くんだい?﹂ ﹁えっと、来週、かな?﹂ 77 ﹁そうかい、もっと居てもらいたかったんだけどね。寂しくなる よ。﹂ その日は朝までみんなで騒ぎまくった。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ 私は宿屋の看板娘。 ある日うちの宿屋に私と同じくらいの男の人がやって来た。どう やら田舎の村からこちらに仕事を探しに来たらしい。 彼はアネストさんというらしい。 アネストさんとは、たまに食堂で会うくらいしかなかったのだが、 いつだったか私がミスをして手を少し切ってしまった。 するとそのアネストさんがやって来てなんと私の怪我を治してく れた。どうやら回復魔法を使えるようだった。 それからというもの、私が怪我をしているのを見るとすぐに治し てくれるようになった。 けど、とうとうアネストさんが宿屋を出ていくことになった。 やはり寂しくなると思う。 78 送別会でみんなと談笑している彼を見ると顔が熱くなるのが分か る。 けど、私は宿屋の娘。一期一会なのは当たり前。 そしてアネストさんは宿屋を出て行った。 その日は一日中泣いた。お母さんは何も言わなかった。 それから少し経って私は宿屋のおつかいで市場に来ていた。 そこにはなんとアネストさんがいた。 ﹁アネストさんお久しぶりです!こんなところでどうしたんです か、もしかしてまた宿に泊まりに?﹂ もしそうだとしたら、今度こそはこの想いを伝えよう。それが叶 わないものだとしても⋮⋮。 ﹁え?いや、俺この近くに住んでるから⋮⋮?親父さん達には言 っておいたんだけど、もしかして知らなかった?﹂ な、なんということだ。お母さんたちはこのことを知っていたの か! 今、私はどんな顔をしているんだろうか。どんどん顔が赤くなっ ていくのが自分でも分かる。 79 ﹁ご、ごめんなさいぃぃぃぃ⋮⋮!!!﹂ その日は一日布団をかぶり続けた。 80 詰んだな!! ﹁じゃあ、始めるか⋮⋮﹂ ﹁えぇ、そうね⋮⋮﹂ ﹁第一回!緊急御家会議ぃ!!﹂ 俺たちは今、新しく買った家でひとつのテーブルを囲っていた。 理由は言わずもがな。 料理、洗濯、お掃除をだれがするかで俺は悩んでいるのだ。俺が できるのは精々掃除くらいだろう。洗濯もがんばればいけると思う。 だが、決定的に料理ができない。村にいた頃も実家だったから全 て親頼みだった。 ﹁アウラたちのなかで、料理できるやついるか⋮⋮?﹂ アウラはどうだろうか。あ、ダメだ、目逸らしたもんコイツ。 リリィはどうだ!頭の上にクエスチョンマーク浮かべてる時点で ダメだな。 だ、大丈夫だ、まだトルエがいる!! ﹁ごめんなさいご主人様⋮⋮。僕、料理というものをしたことが なくて⋮⋮﹂ 81 ﹁だ、だよな⋮⋮﹂ 期待の目を向けた俺にしゅんとするトルエ。 ﹁べ、別にトルエが気にすることじゃないよ﹂ ﹁でも、今日からなに、食べるの⋮⋮?﹂ そうなのだ、現実問題どうしたらいいだろう。ここから毎食街で 食べるって言ってもこの家からだと少し遠い。 それに、外食だと栄養が偏る心配も出てくるし⋮⋮。 ﹁今から人を雇うのも時間が掛かるわよね﹂ アウラが言うとおりだ。奴隷を買うにしても、その前にいろいろ と準備しないといけないし。 ﹁詰んだな!!﹂ これは打つ手なしだ。こうなりゃ自棄だ!アスハさんにでも頼み に行こう!もしかしたら作ってくれるかもしれないし! ﹁ご主人様⋮⋮、実は昨日街でこんなの見つけた⋮⋮﹂ 俺がアスハさんに頼みに行こうとしたところで、トルエが一枚の チラシを机の上に出した。 ﹃お料理教室を開催します!!料理ができないそこのアナタ、も 82 っと料理が上手になりたいそこのアナタ!そんなアナタの希望を叶 えます!!﹄ か、神だろこれ、グッドタイミングだよ!! ﹁これだ!!もうこの際みんなで行くぞ!﹂ ﹁えぇ!?私たちも行くの!?﹂ ﹁当たり前だ!そしたら順番制で出来るからな!﹂ ﹁では、料理教室始めますぅ∼﹂ そして俺たちは今料理教室に居る。どうやら俺たちの他にも希望 者が居たらしく、かなりの人数が集まっている。 ﹁本日はなんと!今流行りのアネストさんも来ていらっしゃいま すぅ∼!﹂ へぇ、誰のことだろ⋮⋮⋮⋮って俺じゃん!?今流行ってんの俺 !? 周りの奥さん型が﹁あらまぁ﹂という感じで目をキラキラさせて いる。 ﹁い、居心地が悪いなこれ⋮⋮﹂ 83 まぁそんなこんなでそれからも料理教室に通い続け、俺たちはあ る程度の料理スキルを身につけることができた。 今になってはリリィまでもが夕食を作れるまでになっている。 そんな中で唯一、トルエだけが未だに料理を作れずにいた。俺の 予想では一番最初に覚えると思っていたのだがどうやら料理は苦手 のようだ。 トルエは今も一人で料理教室に通っているからいずれはできるよ うになるだろう。 今日は週に一度の買い物の日だ。リリィと一緒に一週間分の野菜 を買うのだ。 途中で宿屋の看板娘さんと会ったりしたけど、特に問題なく食料 を調達することが出来た。 ここ最近では結構な人数の店主がいろいろサービスしてくれるよ うになった。治療のときにお返ししますんで、と言うと笑いながら 手を振ってくれる。俺としては嬉しい限りだ。 ﹁ネストはぁ人気者なんだね!みんな手振ってくれるし!﹂ 84 ﹁いや、皆が優しいだけだって﹂ ﹁それでもやっぱりネストは人気者だよぉ!﹂ 俺たちは会話を楽しみながら家への帰り道につく。 ﹁こんな日がいつまでも続いたらいいね!﹂ ホント、こんな日常がずっと続いたらいいな。 柄にもなくそんなことを思ってしまった。 その日の夕食担当はリリィだったが、やっぱりリリィの料理は美 味しかった。 ︱︱︱︱︱︱だけど、そんな日常を脅かす事態が少しずつ迫って きていることに、俺たちは誰も気がついていなかった。 85 じゃあ、行きますか。 その日はいつもと変わらない日常で、なんの変哲もない一日、の はずだった。 なのに、俺の視線の先にはいるのは、ゴブリンの軍勢。 そして、それらを率いているだろうゴブリンキングがいる。 俺の後ろには、誰もいない。いつもいるはずのアウラもリリィも、 そしてトルエもいない。 どうしてこんなことになった。 それを説明するには少し時間を遡る。 ﹁じゃあ今日もやりますか!﹂ 俺はそういって﹃明日から治療始めます。値段は傷の具合を見て 要交渉。﹄の看板を机の横に置く。 既に並び始めている客をアウラとリリィが整理し、それを俺とト ルエが治療する。 トルエが来てから俺の仕事は随分と余裕が出るようになった。 86 トルエの回復魔法はどうやら優秀らしく、俺ほどではないにしろ よく頑張ってくれている。 そこで、ふとギルドの入口にいる冒険者たちの集団が目に入る。 なにやら緊張しているみたいだ。 ﹁アスハさん、今日ってギルドで何かあるんですか?﹂ 近くを通った受付嬢ことアスハさんに質問する。 ﹁実は、この街の近くにモンスターの大群が現れたみたいで今日 は討伐隊を組んでソレを退治しに行くんですよ。腕の立つギルドメ ンバーは皆さん行かれると思いますよ﹂ それって危ないんじゃ⋮⋮?という疑問はあったが、なんだかん だ言っても、ここのギルドの人たちは意外にも優秀らしく、よくモ ンスターのお肉とかを貰ったりする。 俺たちの治療が一段落した頃、討伐隊は出発した。 ﹁それじゃ、俺たちも昼飯にするか﹂ 今日は久しぶりに宿の食堂にお邪魔させてもらった。やっぱり俺 たちみたいな素人とは違ってプロのおっちゃんが作る料理は絶品だ った。 おいしい昼飯に満足した俺たちはギルドに戻るが、なにやらギル ドが慌ただしい。 87 ﹁あ、ネストさんたち、いらっしゃったんですね!﹂ なにやらアスハさんが焦った様子で俺たちに寄ってくる。 ﹁えっと、なにかあったんですか?﹂ ﹁はい、実は先ほど討伐隊がモンスターの大群と接触したんです が、街を挟んだ逆方向に、もう一つモンスターの大群が発見されま して。討伐隊の皆さんも、大群と戦っていて戻ってこれないらしく ⋮⋮﹂ ﹁え⋮⋮。それやばくないですか!?﹂ ﹁やばいんです!!今ギルド長と幹部の皆様方でお話なさってる んですけど、どうやら、打つ手がないみたいで⋮⋮。今、討伐隊が 頑張ってるみたいなんですけど、もしそれが間に合わなかったら⋮ ⋮⋮⋮﹂ そう言って顔を暗くするアスハさん。 普通に考えて、討伐隊が間に合う可能性は低いだろう。俺たちが 昼飯を取る前に出発したから、まだ二時間も経っていないはずだ。 移動時間とかも考えたら尚更だろう。 ﹁俺たちがお力になれたら良いんですけど、討伐とか経験なくて ⋮⋮。すみません⋮⋮﹂ 俺をはじめとした、アウラやリリィ、トルエもモンスターと戦っ た経験など無いに等しいだろう。それに自分から危ないところにも 88 行きたくない。 ﹁そう、ですよね⋮⋮﹂ なんだか気まずくなった雰囲気に耐えられず俺たちはギルドを後 にした。 モンスターの大群のことは既に民衆にも伝えられているらしく、 荷物をまとめるている者、家の前で泣いている者、いろいろな人た ちがいる。 それは、俺たちがお世話になった宿屋なんかも例外ではない。 ﹁ネストぉ、わたしたちどうなっちゃうの?﹂ リリィが心配そうに俺を見つめてくるが、俺には答えることがで きない。アウラやトルエも同じように顔を俯けている。 それで答えを察したのだろう。リリィの目に涙が溜まる。 ﹁わたしイヤだ!だって、ここのみんないっぱいやさしくしてく れるもん!それなのに、それなのにみんないなくなっちゃうなんて イヤだ!!ねぇネストぉ、なんとかできないのぉ!?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ゴメン。助けてあげたいけど、俺たちには何も出来な いんだ⋮⋮﹂ 俺たちはろくに戦えもしない一般市民で、逃げることしかできな い。足止めすることができたとしたら、それだけでも御の字だろう。 89 いや、待てよ⋮⋮?足止め出来れば御の字⋮⋮?別に倒さなくて 良い⋮⋮? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮それなら、俺にも出来るんじゃないか? もちろんリスクは大きいけど、街の皆が助かるかもしれないなら、 それは賭けてみてもいいんじゃないだろうか? ﹁えっとゴメン!ちょっと俺用事思い出したから、先帰っててく れ!﹂ アウラたちを先に帰して俺は急いで準備を始める。俺が向かった 先は武器屋。 動きやすい防具を用意し、顔バレ防止のためのコートも忘れない。 準備が整った俺は、今街の外にいる。ずっと奥に見える黒い点々 のアレがモンスターの大群なんだろう。 ﹁やっぱ、やめとけばよかったかなぁ⋮⋮﹂ つい口から出てしまう弱音。 90 ﹁ま、でもこれで街が助かってくれるなら満足、かな⋮⋮﹂ そんなことを言ってみても、やっぱり怖いものは怖いし、やりた くないものはやりたくない。 ⋮⋮⋮⋮でも、街の皆が泣いているのは見たくないし、アスハさ んが暗い顔してるのだって見たくない。アウラたちが泣いてるのは もっと見たくない。 やりたくないことはたくさんあるけど、それでも俺は、﹃後悔﹄ だけはしたくないから、﹃戦う﹄んだ。 モンスターとの距離が徐々に短くなる。どうやら、モンスターは ゴブリンのようだ。単体では雑魚と言われるゴブリンでもここまで 多いとさすがに驚異である。 俺の視線の先にはいるのは、ゴブリンの軍勢。 そして、それらを率いているだろう、ゴブリンよりも一際大きい ゴブリンキングが見える。 俺の後ろには誰もいないけど、ずっと後ろには皆がいる。守らな いといけないものがある。 91 俺は昔からの慣れ親しんだナイフを取り出す。それは、今まで何 十回、何百回、何千回、何万回と自分の身体を傷つけてきたナイフ。 そして、今日初めて敵を傷つけるナイフ。 ﹁じゃあ、行きますか﹂ 俺は単身、ゴブリンの大群に向かって走り出した。 92 俺がやった⋮らしい。︵前書き︶ pv、ブクマ、評価ありがとうございます。 93 俺がやった⋮らしい。 ﹁グギャァアアアアア﹂ 眼前に広がるゴブリンの大群。 そこに単身で突っ込むなど正気の沙汰ではないんだろうけど、俺 だって作戦がないわけじゃない。 俺には﹃回復魔法﹄がある。それもとびきりのやつが。 もし俺が怪我したとしてもソレで治してしまえばいいのだ。 ゴブリンが手に届く距離にまで近づく。 そこで俺は不思議な感覚に陥った。手が、独りでに動き出した気 がしたのだ。 ﹁え?﹂ よく見ると、俺の手にはゴブリンの体液と思われる汁がべっとり とついている。そして後ろには真っ二つになっているゴブリンの死 体があった。 どうやら、俺がやった⋮らしい。しかし、今はそんなこと考えて いる暇はない。何千ものゴブリンが俺目掛けて攻撃してくる。 94 しかし、攻撃があたっても、常日頃から腕を切ったりしている俺 には屁でもないようなモノばかりだ。 ﹁あ、あれ!?ゴブリン弱ッ!?﹂ 多少傷が多くなってくれば自分で回復できる。そしてまたゴブリ ンを切っていく。 もはや、手が勝手に動くことなんて気にならなくなってきた。た だ、近くにいるゴブリンの身体をなぞるだけ。そうするだけでゴブ リンが死んでいく。 ﹁ヒールッ!﹂ 何回目のヒールだったのか、ついにソレは現れた。 ゴブリンよりも一際大きく手にはなにやら棍棒のようなものも持 っている。 ﹁ゴブリンキング、か⋮⋮﹂ ﹁グギャァアアアアああアアアアアアアアああアアアア!!!﹂ ゴブリンキングの咆哮を皮切りに、ほかのゴブリンが一斉に襲っ てくる。 ﹁ッ!?ックソったれ!!﹂ 95 俺は襲いかかってくるゴブリンをナイフでなぞる。 そしてまた、ゴブリンが死んでいく。 とうとう、今ソコにいるのは俺とゴブリンキングだけになった。 俺が全部のゴブリンを殺したのか、それとも生き残ったゴブリン が逃げ出したのかは判らないが、これなら街は大丈夫だろう。 それにしても、どうして俺はゴブリンを殺せたんだろうか 今まで俺はモンスターと戦った経験なんて村でもしたことがない。 そうなると考えられるのは、回復魔法の特訓の成果だろうか。 ずっと自分の身体を切り刻んでいたから﹃痛みの感じ方﹄を忘れ た。 ずっと自分の身体を切り刻んでいたから﹃ナイフの使い方﹄を覚 えた。 ずっと自分の身体を切り刻んでいたから﹃生き物の殺し方﹄を覚 えた。 おそらく、そういう事なんだろう。 96 ﹁回復魔法様様だな。ヒール﹂ 俺は体に残っている噛み跡や切り傷を治す。 残る敵はゴブリンキング、ただ一匹。 しかし、その巨躯に似合わない素早い動きに不意を突かれ、一 撃をもらってしまった。ゴブリンとは比べ物にならないその衝撃に 身体が宙を舞うが、それでも俺には届かない。 ヒールを使いながら立ち上がり、俺はゴブリンキングを見据え る。 ﹁お前たちには悪いけど、ここを退くわけにはいかないんだ。だ から、ここで死んでくれ﹂ ﹁ハァ、これ倒したのは良いけど、なんて説明しよう﹂ 俺は地面に転がっているゴブリンキングだったものに目をやりな がら、今しがたこちらに向かってきている討伐隊のことを考えてい 97 た。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ モンスターの大群が発生されたという知らせがきてから、冒険者 である俺は討伐隊の中にいた。 俺は冒険者の中ではそれなりに腕が立つと自負している。討伐隊 でも重要な前線を任された。 モンスターの大群の討伐は思いの外難航していた。しかし、そん なとき後方からとんでもない知らせが舞い込んでくる。 ﹁緊急!緊急!!街の反対側で新たなモンスターの大群が発見さ れた!!こちらと同規模の大群と見られるとのこと!!﹂ なんだって!?今の状態だけでもこちとらきついってのに逆には これと同じのがいるだって!? 腕の立つ冒険者はほとんどがこちらに来ていると聞いている。と いうことは今、街はほとんど無防備ということだ。 ﹁こちらの大群を殲滅した後、救援に向かう!!﹂ 指揮官はああ言っているが、到底間に合うとも思えない。 98 しばらくした後、大群を殲滅し終わったので今度は街の反対側に 向かう。 ﹁おいおい、これどんな冗談だよ。﹂ 俺たちが街の反対側についたとき、そこには既にモンスターの大 群は居なかった。 唯、真っ黒のコートにフードを被った奴が一人。地面にはゴブリ ンの死体と思われるものが数え切れないほど転がっている。よく見 たらゴブリンキングまでもが死体となって転がっているではないか。 それが示すことは一つ。俺たちが何十人もいてやっと倒しきった 大群をたった独りで殺しきったということだ。 柄にもなく鳥肌が立つ。 ふとソイツが口を開いた。 ﹁俺は、この街で世話になってるもんだ。恩返しだとでも思って くれればいい﹂ そう言い残し、ソイツは街に帰っていった。 俺を含めた討伐隊の全てが、その場から動くことができなかった。 99 今、街ではその噂で持ちきりである、 噂によると、ソイツは街でこう呼ばれているらしい︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱﹃漆黒の救世主﹄様 と。 100 もし嘘だったら⋮⋮︵前書き︶ ブクマ、評価ありがとうございます。 101 もし嘘だったら⋮⋮ ﹁ねぇ、ネストそろそろ起きなさいよ﹂ ﹁き、今日は疲れてるから寝る⋮⋮﹂ 起こしに来てくれたアウラには悪いが、昨日の一件で疲れている 俺はまだ寝たいのだ。 ﹁ダメよ。今日だって仕事あるんだから、討伐隊のみんなだって 待ってるわよ?﹂ ﹁し、仕事は休みにする﹂ ﹁ダメに決まってるでしょ。ほら、いい加減起きなさい!﹂ そう言ってアウラは俺の布団を奪い去る。仕方なしに今日も仕事 はすることになった。 俺は昨日、ゴブリンの大群と戦った。足止めできたら御の字と思 ってたのだが、蓋を開けてみたらゴブリンが弱すぎて結局全滅︵?︶ させてしまった。 その際、フードを被っていたので顔バレはしていないと思う。 しかし、さっきから聞こえてくる周りの声の中でどうにも気にな 102 ることがある。 ﹁ねぇ聞いた!?モンスターの大群をたった独りで全滅させちゃ ったっていう話!﹂ ﹁知ってる知ってる!﹃漆黒の救世主﹄様でしょ!﹂ いや誰だよ!?もしかしなくても﹃漆黒の救世主﹄様って俺のこ となんだろうけど⋮⋮、それにしてもダサすぎだろ!!なんだよ﹃ 漆黒の救世主﹄って!! うんうん唸っている俺に疑うように聞いてくる。 ﹁あの、まさかとは思うけど﹃漆黒の救世主﹄様ってネストのこ と、じゃないわよね?﹂ ﹁う⋮﹂ そういえばアウラたちには言ってなかったっけ。出来れば内緒に したいんだけど⋮⋮。 ﹁え、もしかしてネスト、ホントなの!?﹂ ﹁う、うーん、どうだったかなぁ。ち、ちょっと街の外には出た けど﹂ ﹁はぁ、別に隠さなくていいわよ。責めてるわけじゃないんだし ⋮⋮﹂ 俺はアウラたちに隠し続けるのは得策ではないと判断し、事の顛 103 末を一部を除き話した。 一部というのは、俺が常日頃から腕や足を切っていた、というと ころだ。俺はこの街に来てからそれが異常だということを知ったの で、最近ではやっていないが、やろうと思ったらいつでもできる。 けど、やっぱりアウラたちに心配させるわけにはいかないので黙 っておくことにした。 皆には内緒にしておくようにお願いしたので、バレる可能性はな いだろう。 正直、甘く見てました。何がって?そりゃ、アスハさんを。 俺たちをギルドで待っていたのは怪我した討伐隊でもなく、主婦 のおばちゃんでもなく、ニッコリと笑顔を浮かべたアスハさんだっ た。 ﹁アネストさん、ちょっといいですか?﹂ あ、これ完璧怒ってるわ。だって他人行儀でアネストって呼ばれ たもん。 ﹁アネストさん、なんで呼ばれたか分かりますか?﹂ アスハさんに呼ばれる理由といったら、昨日なにもしないで家に 104 帰るって言ったことだろうか。 ﹁えっと、昨日討伐の手伝いをしなかった、からですか?﹂ ﹁いいえ?そのことは関係ありません﹂ アスハさんは未だにニッコリと笑いながら俺の言葉を否定してく る。 ﹁えっと、それじゃあ⋮⋮﹂ 他に何か呼ばれるようなことしたかな俺。さすがに昨日独りでゴ ブリンに突撃したことじゃないだろうし⋮⋮、え、違うよな⋮⋮? ﹁分かりませんか?それなら教えて差し上げます﹂ そう言うアスハさんは笑顔を顔に貼り付けている。正直マジ怖い です。 ﹁ではさっそく、﹃漆黒の救世主﹄様、とやらはアネストさん、 あなたですよね?﹂ ば、バレてたぁああ!!な、なんで!? ﹁ひ、ひやッ?お、俺ひゃにゃいでしゅよ!?﹂ いや、俺噛みすぎだよ。あ、これなんかデジャヴ。 ﹁へぇ、そうなんですか。なら私は信じますけど、もし嘘だった ら⋮⋮、分かってますよね︵ニッコリ︶?﹂ 105 ﹁ご、ごめんなさい!!嘘です!俺です!!﹂ ﹁よろしい。あ、ただ確認したかっただけですのでネストさんは 気にしないでくださいね?﹂ ア、アスハさん怖すぎるよ⋮⋮。 怒らせないようにしよう⋮⋮、と俺は肝に銘じた。 ﹁で、でもなんで俺だって分かったんですか?﹂ ﹁それくらい分かりますよ。この街でそんなことできるのネスト さんくらいですよ?﹂ ﹁え、でも俺モンスター倒したこと無かったですよね?﹂ ﹁前にアネストさんが手を切るのを拝見させていただいた時に、 ナイフの使い方がうまいな、って思ってましたから、私﹂ そ、そんなこと思ってたのか。恐るべしアスハさん⋮⋮。自分で も気付いてなかったのに⋮⋮。 ﹁ネストさんがお強いのは判ってましたけど、あまり無茶しない でください!私だって心配くらいするんですから⋮⋮﹂ ﹁あ、はい、ごめんなさい﹂ ﹁むぅー。ホントに判ってるんですか??﹂ 106 ジトっと上目遣いでこちらを睨みつけてくる。そんな、アスハさ んの珍しい行動に思わず驚いてしまう。 ﹁ア、アスハでもそういう顔したりするんですね、正直意外です けどか、かわいいですよ?﹂ 途中まで行って恥ずかしいことを言ってしまっていることに気付 いたが、ここまできたら最後まで言ってしまえ!っと思ったが、恥 ずかしさのあまり最後が疑問系になってしまった。 ﹁な、なに言ってるんですか!?変なこと言わないでください! !﹂ そう言い残して、アスハさんは走り去っていってしまった。やっ ぱ似合わないことするもんじゃないな⋮⋮。 忘れてたけど、討伐隊の治療が忙しくて死ぬかと思いました。 107 お前それ言っちゃう!?︵前書き︶ ブクマ、評価、感謝です。 108 お前それ言っちゃう!? 討伐隊の治療がやっとのことで終わった俺たちは、今ギルドのテ ーブルでお茶を飲んでいた。 ﹁き、今日は多かったわね⋮⋮﹂ アウラが満身創痍といった感じでぐったりとしている。 トルエも回復魔法の使いすぎで魔力が切れそうなのか辛そうにし ている。 まぁ、リリィに至っては途中から俺の膝の上で寝てたんだけどな。 しかし、かく言う俺も疲れていないわけではない。魔力は全然余 裕なのだが、一日中おっちゃんたちに回復魔法をかけ続けるという のは、なんかなぁ、分かるだろ? ﹁じゃあそろそろ帰る?﹂ 未だに皆ぐったりしているようだったが、いつまでもここに居る わけにはいかない。 リリィは最後まで起きなかったので俺が抱えて帰ることになった のだが、 ﹁ロリコン﹂ 109 ﹁ちょ、お前それ言っちゃう!?﹂ ﹁ご主人様は、ロリコンなんですか⋮⋮?﹂ ﹁いやトルエ、違うからな?俺はロリコンじゃないからな?﹂ 次の日、俺がロリコンだという噂がギルドで流れた。 おい、おっちゃんたち昨日治療してやったのに!! アスハさんには一日中無視された⋮⋮。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁では、優秀な回復魔法使いを集める、ということでよろしいで すか?﹂ ﹁うむ。よろしく頼む﹂ 私は焦っていた。一刻を争う事態に頭がよく働いてくれない。 しかし私にはやらなければいけないことがまだまだ残っている。 110 そして私は椅子から立ち上がった。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ロリコンという疑惑をなんとか解消した翌日、俺は家でゆっくり していた。 今日は3日ぶりの休みだ。昼まで寝たらどこか遊びにでも行こう かな、と思いもう一度眠りにつく。 そして今は昼過ぎ、珍しく一人で街をぶらついている。 相変わらずこの街の人はいい人ばかりで俺を見かけると手を振っ てきてくれたりする。 そんなみんなに手を振返しながら、あの時ゴブリン倒してて良か ったなぁ、なんて考えていた。 ﹁あなたは回復魔法使いアネスト様でいらっしゃいますでしょう か!!﹂ 111 俺は突然の声に驚きながら何事かと思い後ろを向く。そこには全 身を甲冑で覆っている人が数人立っていた。 ﹁は、はぁ。アネストは俺ですけど⋮⋮、な、何か御用ですか?﹂ もちろんこんなやつらは俺の知り合いには居なかったはずだ。そ れなのに向こうは俺のことを知っているらしい。 ﹁王の命令で、都からあなたをお迎えに参りました!!何でも、 緊急の事態だったようなので一緒に来てもらいます﹂ そう言って、俺の両脇を抱える甲冑野郎。 ﹁って今すぐ!?ちょ、その前に少し時間くれよ!!﹂ アウラたちにも一言入れておかないと後で何を言われるか分から ない、主に俺の身が。 ﹁すみませんが一刻を争うということだったので申し訳ありませ ん﹂ おいおいマジかよ⋮⋮、これ帰ってきたら説教だわ⋮⋮。 ﹁あれ、ネストさん?﹂ 偶然通りかかったのか、俺たちの横に宿屋の看板娘ちゃんが来て いた。 ﹁あ、ちょうど良かった!もしアウラたち見かけたら俺、王様に 112 呼ばれて都行ったから心配しないでくれって伝えといてくれ!!﹂ そう言い残すと同時に、俺は甲冑野郎に連れて行かれてしまった。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ 今、私たちはこれからのことについて話し合っていた。 どうやら、ネストが私たちの知らないところで都に連れて行かれ たらしい。 ﹁まったく、ネストはなにやってるのよ⋮⋮﹂ 思わず口から溢れるため息。 いつもはニコニコしているリリィでさえも今の状況に顔を暗くし ている。 ﹁ネスト、大丈夫なのぅ?﹂ ﹁それは多分大丈夫だと思うわ。何でも王様からの命令らしいし﹂ しかし大丈夫だと思っていても、どうしても悪い可能性を思い浮 かべてしまう。 ﹁うん、やっぱり考えても無駄ね!もう私たちも都に行くわよ! !﹂ 113 ﹁おぉー!!﹂ そうと決まれば話は早い。お金はいつもの仕事で貯めてるのもあ るからそれで足りるだろう。 そして、残りはどうやって行くか、だが⋮⋮ ﹁アスハさん。都まで行きたいんですけど何かいい方法ってあり ますか?﹂ 私たちはギルドにいるアスハさんに聞いてみることにした。 ﹁あ、もしかしなくてもネストさんのことですよね?私も行きた いんですけど仕事を抜けられなくて⋮⋮。ですが、移動手段だった ら行商人に頼ればいいと思いますよ。幸いにもトルエさんが回復魔 法を使え るということなので簡単に乗せてもらえると思いますよ﹂ ﹁じゃあよろしくお願いします﹂ 私たちは都まで乗せていってくれるという行商人に挨拶をすませ、 荷馬車に乗り込んだ。 114 全てはネストに会うために。 115 この人王様だ! ⋮⋮今俺は都にいる。 右には甲冑野郎、左には甲冑野郎、そして後ろにも甲冑野郎。 ﹁ウザいわ!!﹂ ﹁えっと、すみませんが我慢してください。王命なもので⋮⋮﹂ 俺の心からの叫びに申し訳なさそうに頭を下げる甲冑野郎。 ﹁というか、なんで俺呼ばれたんですか?﹂ ﹁いえ、王様より優秀な回復魔法使いを探して来いと言われまし て、街で聴き回った結果あなたの名前が挙がりまして﹂ 街のみんなのせいかぁあああ!! ﹁ギルドの受付の方もベタ褒めしていらっしゃいましたよ?﹂ アスハさぁあああああああん!!?? 思わぬところからの裏切りにガクッと肩を落とす。 ﹁そういうわけであなたをお連れしたのです、いきなりで申し訳 ないとは思ってますが⋮⋮﹂ 116 ﹁い、いや。だ、大丈夫です⋮⋮﹂ ﹁そうですか!なら、このまま王様がお話があるようなので、向 かいましょうか﹂ ﹁ちょっと待てぇぇえええええ!!!!﹂ 今王様とか聞こえたぞ!? ﹁わっ!ど、どうかしましたか?﹂ ﹁どうかしましたかじゃねぇよォォお!!!え、何今から王様の とこ行くの!?なにも準備とかしてないけど!?﹂ さも当たり前のように言ってくる甲冑野郎だが、いきなり王様っ て一般市民の俺にはきつすぎる! ﹁そんなに元気なら大丈夫ですよ﹂ そしてニコッと笑いかけてくる︵気がする︶甲冑野郎。 ﹁いや、どのあたりが大丈夫なの!?そこちゃんと説明してくれ よ!ねえ!?﹂ 俺の抵抗虚しく、結局大きい扉の前に連れてこられる。 これ絶対中に王様いるやつだよ⋮⋮。だって扉の前に怖そうな人 が並んでるもん!! ﹃入ってくれ﹄ 117 扉の中から響いてくる声に扉の周りの人達が反応し大きな扉を開 ける。 中には、俺と同じような一般人っぽい人達が数人、そしてその奥 には一目見て、この人王様だ!って分かる人がいた。 どうやら、呼ばれたのは俺だけでなく部屋の中にいる人全員がそ ういうことらしい。 ﹁君たちを呼ばしてもらったのは私だ。突然のことで申し訳なか ったが一刻を争う事態でな⋮⋮﹂ そこで王様が俺たちに説明をしてくれる。 簡単に言うと、﹃自分の奥さんと娘さんが謎の奇病にかかってし まった。だから治療できそうな者を連れてきた﹄って感じだった。 そこで俺はふと疑問に思ったことを聞いてみる。 ﹁あの、王様。俺たちを連れてきた理由は分かったんですけど、 聖女様とかの方が可能性としては高いんじゃないんですか?﹂ 一般的に最も優秀とされる回復魔法使いは聖女様である。なのに、 ここにはその聖女様がいないのである。 118 俺の質問がまずかったのか王様は顔をしかめる。 ﹁実はな⋮⋮、聖女とは私の娘なのだ﹂ ﹁﹁﹁はい?﹂﹂﹂ 突然の爆弾発言に、俺を含めて連れてこられた一同が皆唖然とな っていた。 ﹁え、でもさっき娘さんは奇病になった、って⋮⋮?﹂ ﹁そうなのだ。本当はその病気にかかっていたのは私の妻だけで、 聖女である我が娘が治療を試みたのだが、逆に娘にまで伝染ってし まったのだ﹂ その言葉に皆が固まる。今の言葉は言い換えてしまえば、一番の 回復魔法の使い手である聖女が治療に失敗した、ということになる。 そんな病気を少し優秀な回復魔法使いが治療できるとも思えない。 ﹁無理なことを言っているのは分かっている⋮⋮。だから、無理 だと思うものは辞退してもらっても構わない⋮⋮﹂ 王様のその言葉に最初は動けずにいた俺たちだったが、最初の一 人が出て行ったのを皮切りにして続々と皆がでていく。 もしかしたら、俺だったら治すことができるかもしれない⋮⋮。 でもやっぱり確証もないし、それにやろうと思うきっかけもない。 気がついた時には俺と王様以外その部屋には誰もいなくなってい 119 た。護衛の人もこの気まずい空気を読んだのか部屋の外に出て行っ てしまった。 そんな中で俺は王様に最後に聞いてみた。 ﹁王様、もし誰かが二人の治療に成功とかしたりしたら⋮⋮⋮⋮ どうするつもりだったんですか?﹂ 王様は部屋に誰もいないと思っていたのか、俺が居ることに気が つくと若干の驚きを見せる。 ﹁あ、あぁ。それは、聖女である娘でも治療できなかった病気を 治療できる程の素晴らしい腕を持った回復魔法使いであれば、娘と 婚約させたいと思っている。もちろん本人たちの意思を尊重するが ⋮⋮﹂ ﹁へ、へぇ、そうですか⋮⋮﹂ 一瞬、﹁俺やります!!﹂とか言いそうになったが、よく考えて みたら超絶美人の聖女様が俺みたいなのを相手にするわけもないだ ろう。 そうなれば、ただ俺の回復魔法について知られるだけになってし まい損をするだけになる。 ﹁やっぱり俺に出来るとも思えないんで、辞退させていただきま す﹂ 王様には悪いが、やっぱり自分の身が大事だ。見ず知らずの人の ために危険なところに行けるほど俺は善人じゃない。 120 そう、それができるのは俺じゃない。 それができるとしたらそれは⋮⋮ ﹃漆黒の救世主﹄様だ。 121 て、手が反応してる!?︵前書き︶ ブクマ、評価ありがとうございます 122 て、手が反応してる!? 城を出た後、俺はまず初めに都の外へ向かった。 しばらく都の外を歩いてから、周りに人がいないことを確認する。 俺は、ゴブリンの一件から今まできちんとした時間を取れずに出 来ていなかったいくつかの実験をすることにした。 これは、これから城に忍び込むとしても自分の力量くらいはある 程度知っておく必要がある、と思ったからだ。 まず初めに﹁本当にアレが回復魔法の特訓の賜物だったとして、 ソレを本当に使えるのか﹂という実験だ。 都の外には多くのモンスターが生息している。ちょうどその時、 ゴブリンの小さい群れを見つけた。なにやら物を運んでいたようで 俺に気がつくと動きを止めた。 俺はゴブリンたちと対峙し、慣れ親しんだナイフを構える。 ⋮⋮⋮⋮。次第に、あの時のように、まるで手が独りでに動いて いるかのような感覚がやってくる。 その瞬間、一匹のゴブリンが襲いかかってきたが、俺のナイフに 123 よって体や腕が切り取られた。 まさか、ゴブリンのような人型にだけ反応しているのかとも思い、 別のモンスターでも試してみたが、そちらでも腕や足を切り取るこ とができた。 こうして初めの実験では、﹁使える﹂ことが判った。 次は﹁ソレは生き物以外では、あの感覚がちゃんと反応するのか﹂ という実験だ。 ある程度の大きさの石を拾い、それを頭上に放り投げる。 ⋮⋮⋮⋮コトン。 石が落ちてくるが、最後まであの﹁反応﹂が来ることはなかった。 結果、﹁生き物﹂以外では、ソレは反応しないようだ、というこ とが判った。 その次に﹁ナイフ以外を扱えるのか﹂という実験をする。 まず、先ほど倒したゴブリンが持っていた剣を使ってみる。数回 のモンスターとの戦いで、どうやら使えるには使えるがナイフのほ うが使いやすい、ということが判った。 124 次に、そこらへんに落ちていた木の棒で試してみる。さすがに、 刃があるわけではないし無理だろうと思いながら、目の前のゴブリ ンを見据える。 ⋮⋮えっ?て、手が反応してる!? ゴブリンはそんなこと知らずか、先のゴブリンと同じように襲い かかってきた。 ⋮⋮俺の手が独りでに動き出す。 まず木の棒で倒せるはずがないと思ってた俺だったが、後ろには 腕や足やらを切られ、絶命しているゴブリンが転がっていた。 これにはさすがの俺でも驚くしかない。刃がついていない木の棒 でこうすることができたのだ。 それから数回試してみるが、やはり結果は同じで、木の棒でもゴ ブリンや別のモンスターの腕や足を切り取ることが出来た。 自分自身でもその仕組みがどうなっているのか判らなかったが、 いざ、というときに木の棒でも戦えるというのは素直に嬉しい。 その後、ちょっと興奮してモンスターをヤりまくっちゃったが⋮⋮ 実験の結果として、他の武器でも使えるには使えるが、ナイフが 一番使いやすいということと、最悪木の棒でも戦えます、というこ とが判った。 125 最後に﹁自分がどれくらいの痛みを感じるのか﹂という実験だ。 先程から、モンスターと戦ってて分かったんだが、どうやら俺は ﹁手﹂だけは動いてくれるようだが、身体はその限りではないよう で攻撃もちょくちょくもらっていた。 その時は痛いとも感じなかったが、念の為に、実験することにし たのだ。 まず、昔からやっていたように、指を切るが、これはちょっとか ゆいくらいだ。 次に、これも昔からやっていたように、腕を切るが、これもちょ っとかゆいくらいで、ついでに足も切ってみたのだがこれもまた同 じだった。 さすがに頭や首は怖くてやらなかったが、それ以外の場所は例外 なく切ってみてもかゆい、としか思えなかった。 結果として、頭や首は不明だが、それ以外なら大丈夫だというこ とが判った。 これで、一応の実験したかったことはできたので、ヒールを使い つつ片付けをし、俺は街へと戻ることにした。 モンスターの死体は、処理の仕方が分かりませんでした⋮⋮ 126 女装とかしてみたらどう⋮⋮?︵前書き︶ ブクマ、評価ありがとうございます。 感想で頂いた一部を引用させていただきました。︵ご本人の許可有︶ 感謝です。 127 女装とかしてみたらどう⋮⋮? モンスターの死体を放置してきた俺は、都の前まで戻ってきてい たのだが、関所で何やらもめているようだった。 ﹁どうして私たちは入れないのよ!?﹂ ﹁そう言われましても⋮⋮、主人不在の奴隷は都に入れてはいけ ないという規則がありましてね⋮⋮?青髪の子だけであれば可能な のですが⋮⋮﹂ ﹁その都に私たちのネ、ご主人様がいるのよ!それにこの子だけ で探せるわけないじゃない!!﹂﹂ ﹁そ、そうおっしゃられてもですね⋮⋮﹂ もめているのは、赤髪の女の子、そして連れだと思われる青髪の 少女、茶髪の少女。 どこかで見たような気がする組み合わせだが、俺は中に入るため に関所のおっちゃんに声をかける。 ﹁えっと、俺入って大丈夫かな⋮⋮?﹂ ﹁あっ!はい、どうぞ﹂ 128 おっちゃんとは、都を出るときにも少し喋っていたので、特にな にかを聞かれることなく通行を許可してくれる。 ﹁ネ、ネスト!?﹂ そこで何やらもめていた赤髪の女の子から名前を呼ばれる。 ﹁え、確かに俺はネストって呼ばれてるけど、あん、た、だ⋮⋮﹂ あんた誰だ、って聞こうとしていた俺だったが、素通りしようと していた女の子は俺の知っている子だった。 ﹁って、え⋮?アウラ?﹂ ﹁そうよ!!﹂ もしやと思って、他の二人もよく見たらリリィとトルエだった。 ﹁あれ、どうしてここに?﹂ 一応だが、心配するなって伝言も残して来たんだけど。 ﹁⋮⋮⋮⋮、心配だったし⋮﹂ ﹁え、なに?﹂ 何やらアウラが言ったようだが、よく聞こえなかった。 ﹁な、なんでもないわよ馬鹿ネスト!!﹂ 129 何故か怒鳴られてしまったが、周りから視線が集まってるし、ひ とまずは宿に向かうことにする。 ﹁あ、おっちゃん。俺がこの子達の主人なんだけど入って大丈夫 だよね?﹂ そう言いながら奴隷商人にもらっておいた証明書を見せる。証明 書を受け取ったおっちゃんはある程度確認したのか通行を許可して くれた。 俺たちはそれから宿屋に向かい、アウラたちから事の顛末を聞い た。 どうやらここまでは行商人の荷馬車に乗せてもらって来たらしい が、関所で止められてしまい、そこに俺が来たということだったら しい。 ﹁全く、いきなり連れて行かれちゃうもんだから心配したのよ? リリィとトルエが﹂ ﹁ってアウラはしてなかったんかい!!﹂ ﹁あれ、でもアウラお姉ちゃんも、ものすごく慌ててなかムグッ !﹂ 何やらリリィが言いかけていたが言い終わる前にアウラに口を塞 がれてしまう。 ﹁リリィー?それは言わなくてもいいのよ?﹂ 130 ﹁う、うん﹂ 部屋の隅に連れて行かれるリリィ。 ﹁そういえば、ネストはどうして都に呼ばれたの⋮⋮?﹂ アウラとリリィが何かやっているうちにトルエが聞いてくる。 ﹁えっと、何でも王様の娘さんと奥さんが病気になっちゃったみ たいで、それを治せないかって﹂ ﹁じゃあ、ご主人様は、治してあげたんだよね⋮⋮?﹂ ﹁い、いや?そ、その時にやったら後々困ると思ったから、さ?﹂ ﹁え、じゃあ治してあげないの⋮⋮?﹂ 尊敬の眼差しを向けてきていたトルエが一転、何やらショックを 受けている。 ﹁い、いや、ちゃんと治しに行くから!ただ、顔がバレると後か ら大変だと思って今日の夜忍び込むつもりだったんだ﹂ ﹁さ、さすがご主人様ッ⋮⋮!﹂ 俺の言葉に感無量といった感じのトルエだったが、そこでアウラ たちが戻ってくる。どうやらちゃんと俺の話は聞こえていたらしい。 ﹁でも、忍び込むって言ってもどうするつもりなの?王様がいる お城なんだから警備もたくさんいるだろうし⋮⋮﹂ 131 ﹁た、確かに⋮⋮。でも俺だったらヒールとか使えばゴリ押し出 来ないか?﹂ それで行けると思ってたんだけど、もしかして無理っぽいか? ﹁多分、厳しいわね。ここのお城がどうかは分からないけど、私 のお城ではかなりの人数が警備についてたわよ?﹂ ﹁ま、まじか。やっぱり治療行くのやめようかなぁ﹂ ﹁えッ⋮⋮⋮⋮﹂ トルエが﹁嘘だよね⋮⋮?﹂という感じの視線を向けてくるが、 治療に行って捕まってしまいました、では元も子もないだろう。 ﹁せめて城に入ることが出来たらまだ行けるかもしれないんだけ ど⋮⋮﹂ ﹁門番を静かに対処できるかどうかってなら、睡眠薬とかはどう ?﹂ ﹁けど、睡眠薬は大丈夫でもそれをどうやって門番に怪しまれず に飲ませるか、が厳しくないか?﹂ アウラと二人で門番の対処の仕方について考えていたら、トルエ がおずおず、といった感じで声をかけてくる。 ﹁ご、ご主人様、僕、化粧できるからご主人様が女装とかしてみ たらどう⋮⋮?﹂ 132 珍しく提案してきたトルエに驚かされたが、それはちょっときつ くないか? ﹁えっと、トルエ?さすがにそれはちょ﹁それよ!!﹂え?﹂ ﹁ネストが女装して色仕掛けすればいいのよ!服は私のを貸して あげるからそれで城の中に侵入してきなさい!!﹂ ﹁い、いや待て、男の俺が女装したところですぐバレるだろ!﹂ しかし、結局俺の抵抗虚しく一度女装をやってみることになった。 そして数十分後、そこには猫耳、猫の手足の形をした手袋と靴を はいた、傍から見たら完全な猫耳少女な俺がいた⋮⋮。 猫耳はなぜかリリィが買ってきました。 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これを言う時に俗に言う上目遣いが大事らしい。それだけでなく 飲ませるだけでなく自分も飲むことが怪しまれないことに必要だそ うだ。 確かにいきなりお茶を飲ませてくる奴がいたら驚くだろう。 ﹁い、いやっ!いただこうかな!!﹂ 俺は自分の分と門番の二人分のお茶を準備し、まず自分でそれを 飲む。 もちろんその中には睡眠薬が入っているが、小声でヒールと呟き、 睡魔からの脱却に成功する。 俺が飲んだのを見て、門番たちもお茶を口にする。 ﹁な、急にねむ、く⋮⋮﹂ ﹁お、俺も、だ⋮⋮﹂ 137 門番たちは睡眠薬が効いたようで、すぐに眠りについてくれた。 最初の計画が成功した俺は、城へ侵入すると中に警備がいないか 確認し、女装から﹃漆黒の救世主﹄の姿へと着替える。 しかし、王女様の部屋を探そうとして、自分が部屋の場所を知ら ないことに気付いた。 ﹁おい!あんた大丈夫か!?何があったんだ!?﹂ その時、門番がいる方向から大きな声が聞こえた。これはマズイ ⋮⋮。まさかこんなに早くに気づかれると思ってなかった! 俺は慌ててその場から走り出す。後ろからは何人もの足音が聞こ えているが、そんなこと気にせず走り続ける。 俺は、しばらく走り続けながら件の部屋を探していたが、一向に 見つからない。 そんなことをしている内に、ついに挟み撃ちをされてしまった。 ﹁この賊めが!城に忍び込むとはいい度胸だがここまでだ!!成 敗してくれる!!﹂ 138 そういうと同時に何人かが飛びかかってくるが、ここで実験の成 果を発揮する。 素早く懐からナイフを取り出した俺は、飛びかかってきた奴らの 腕を切り落とし、その間に再び逃げ出す。 ﹁⋮⋮え?⋮⋮ぅ、うわぁぁああああああ。腕がぁあああああ﹂ ﹁ヒールッッ!!﹂ 俺は痛みで転がっている奴らに向かって走りながら治療する。 切られたはずの腕がまた生えてきたことに茫然自失になっている みたいだけど、そんなことを気にしている暇はない。今はただひた すら走って部屋を見つけることに専念する。 走ることに集中しすぎたのか、俺は今、城の明かりすら点いてい ないようなところに来てしまった。 そこには少し古びた扉があるだけで、他はとくに何もない。 さすがにここに聖女様はいないよな⋮⋮と思い、また探そうと後 ろを向いたとき、部屋の中から何やら音が聞こえてた、気がした。 どうにもその音が気になり、俺は扉を開ける。 ﹁ッッ!!??﹂ 139 その瞬間俺は、中にいた人物に剣で腕を少し斬られてしまった。 痛いというわけではないがとにかく驚いた。 ﹁あなたが、何者であっても、私は、屈することなど、ありませ ん、から﹂ その娘は、以前にも聞いたことがあるような声をしている、もの すごい美人な女の子だった︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁ご主人様、行ってらっしゃい⋮⋮﹂ ﹁おう!﹂ 僕たちは、今しがた睡眠薬入りのお茶を持ち、門番のところへと 向かっていたご主人様を見送っていた。 失敗すれば捕まってしまうというのに、それでもお姫様を助けに 行くご主人様はやっぱりすごい人だ。 奴隷である僕たちにも優しいご主人様。 140 ご主人様が帰ってきたら、女装を立案した僕に何かご褒美をくれ るかもしれない。そしたら今度こそお風呂で身体を洗ってもらおう。 ﹁ねぇー、アウラお姉ちゃん達ー﹂ リリィが声をかけてくるが、今回あまり手助けできなかったから 何か思うところがあるのかもしれない。 ﹁なに⋮⋮?﹂ ﹁えっとねー?別にご主人様が女装しなくても、私たちの誰かが 行けば良かったんじゃないのー?﹂ ﹁﹁あ﹂﹂ ⋮⋮⋮⋮どうやら、今回のご褒美はお預けになりそうだ。 141 142 近寄らないで、ください⋮⋮︵前書き︶ ︳︶m すみません、今回かなり短いです。 次からは長くしますのでm︵︳ 143 近寄らないで、ください⋮⋮ ﹁あなたが、何者であっても、私は、屈することなど、ありませ ん、から⋮⋮﹂ そう言う美人さんは顔色が悪く、立っているのもやっとだったよ うで、言い切ると同時に倒れてしまう。 ﹁おい、大丈夫か!?﹂ ﹁近寄らないで、ください⋮⋮﹂ しかし、ここで放置するのも後味が悪い。こんな城の端っこにい るってことは治療代も払えないような使用人なんだろう。 ﹁⋮⋮えっと、ヒール﹂ 出会ったのも何かの縁だろうし、俺は彼女に回復魔法を使った。 ﹁⋮⋮え?﹂ 次第に顔色が良くなり、具合も戻ってきたのか、静かに立ちあが る美人さん。 ﹁あ、あなたがやったんですか⋮⋮⋮⋮?﹂ ﹁ん?治療したのは俺だけど⋮⋮。あ、お金は要らないからね?﹂ 144 これ以上ここに居ても警備の人が来たら危ないし、そろそろお暇 させていただこう。 ﹁じゃ、じゃあ俺はこれで⋮⋮﹂ ﹁ま、待ってください!!あの、できれば母も、治していただけ ませんか⋮⋮?﹂ どうやら親子二人で病気にかかってしまったようで、今は奥のベ ッドで寝ているということだった。 ﹁ヒール﹂ お母さんのところに案内してもらい回復魔法をかける。顔色が良 くなり、前はつらそうにしていた寝息も徐々に安定してきた。 ﹁あ、あの!これを⋮⋮﹂ 今度こそ出ていこうとしていた時に美人さんが何やら渡してきた。 よくみると自身がつけているイヤリングの片方を渡してきている。 ﹁これは⋮⋮?﹂ ﹁はい、これは代々私の家に伝わっているもので、再会を願って あなたに渡しておきます。治療代とでも思って頂ければ⋮⋮﹂ ﹁へぇ、そういうことなら貰っておこうかな。じゃあ、今度こそ 俺は行きますね﹂ 145 それにしても、綺麗なイヤリングだなこれ。どうしてこんなもの を使用人なんかが持ってるんだろう⋮⋮。 俺は部屋を出て、再び聖女様の部屋を探す。しかし、いくら探し ても結局見つけることができず、どんどん警備の人数も増えてきて、 俺は仕方なしに宿屋に帰ることにした。 ﹁はぁ、せっかく女装までして忍び込んだのに結局治療できたの は使用人の二人だけ、か⋮⋮﹂ 俺は重たい足を引きずりながら、宿屋に帰った。 146 治療を始めますね。︵前書き︶ 聖女視点で始まりました。 今回から、小説の書き方として一人称だけでなく三人称も取り入れ ていこうと思います。今回は視点が変わったために少し三人称を使 っておりますが、これからは戦闘のシーンなどで三人称を使ってい こうと思います。 感想お待ちしております。 147 治療を始めますね。 ﹁おはようございます、お父様﹂ 聖女であり、王女でもある私は自分の父である国王のもとへ来て いました。 用件はすでに分かっています。謎の奇病に掛かった母、女王の治 療の件について、です。 ﹁おはようルナ。此度来てもらったのは他でもない、我が妻の件 についてである。聖女でもあるルナに治療を頼みたいのだが、出来 るか?﹂ ﹁⋮⋮治せるかは分かりませんが、やってみます﹂ 私の言葉にお父様は頷くと、﹁では頼む﹂と言い残しまた仕事に 戻っていきました。 ﹁お母様、入りますよ﹂ 部屋の外から呼びかけるも返事がないので、私は勝手に入ること にしました。 お母様は、ベッドに横になり眠ってはいますが、顔色は優れずと 148 ても心地よさそうに眠っているとは思えません。 服を脱がし、奇病の特徴を探します。 背中に黒い斑点のようなものを数箇所、腕にも同じ斑点が数箇所。 どうやらそれがこの病気の特徴のようでした。 ﹁ではお母様、治療を始めますね﹂ 回復魔法として一般的に知られているのは﹃ヒール﹄ではありま すが、実は回復魔法はそれだけではありません。 まず、この病気が毒か何かの類である場合、使用する回復魔法は ﹃ヒール﹄ではなく﹃ポイズンヒール﹄を使用しなければいけませ ん。 そして、その病気で疲労していた時のために﹃リフレッシュ﹄も 使用しなければいけなくなってくる時もあります。 しかし、何度も何度も﹃ポイズンヒール﹄や﹃リフレッシュ﹄を お母様にかけますが、腕や背中にある斑点は一向に消える気配があ りません。 149 王に治療に失敗したという旨を伝えると、嘆き悲しみその日は仕 事の一切に手を付けられなかったようでした。 ﹁⋮⋮すみません、お父様。私の力が足りなかったばかりに﹂ 自分の非力さにお父様やお母様に合わせる顔がありません⋮⋮ 翌日、自室で目を覚ますと、どうにも身体が怠い気がしました。 ⋮⋮昨日の治療で魔力を使いすぎたのでしょうか。 そう思いながらも、聖女の仕事を放り出すわけにも行かないので、 自室にある鏡の前で修道服に着替え始めます。 ふと、自分の腕に何やら黒いものが見えた気がしました。 まさか⋮⋮と思い腕を見ると、そこには王妃と同じ黒い斑点があ ったのです。 その時点で初めて、この病気が人に伝染るということが判明しま した。 確かに昨日の時点でそのことを考慮すればよかったのですが、自 分の母の一大事にそのことすらも忘れてしまっていたようです。 すぐさま国王の部屋まで向かいます。幸いにも朝早いということ があってか、国王の部屋の前には警備の人がいませんでした。 150 ﹁お父様、朝早くすみませんが起きていらっしゃいますか?﹂ ﹁⋮⋮うむ、起きているぞ﹂ 未だに昨日のことを引きずっているのかお父様の声には、いつも の覇気が感じられません。 ﹁どうか、このままで話をさせてください﹂ 国王であるお父様に伝染すわけにはいかないので扉越しの会話の 許可をもらいます。 ﹁実は、昨日治療に向かったお母様の病気についてなのですが、 どうやら人に伝染る類のものであったらしく、私にも伝染ってしま いました⋮⋮﹂ ﹁何ッ!?﹂ ﹁開けないでくださいっ!!﹂ 私の強い声に驚いたお父様は、扉を開けようとするのを止めてく ださいました。 ﹁申し訳ありませんが、この病気は私には治せそうにありません。 そして、どうやらこの病気は人に伝染ってしまうものらしいので、 私とお母様を城の端の部屋に移動させてください。そして、私がこ こを離れたあと、すぐに換気をするように命じてください﹂ ﹁⋮⋮わ、分かった。お前の言うとおりにしよう⋮⋮﹂ 151 それを聞いた私は自室に戻り、生活に最低限必要なものを準備し て、与えられた部屋に向かったのです。 お母様は厳重な管理の下で部屋に移動させられてきました。 それから数日が経った今日、食事は一日に三回部屋の前まで届け られますが、今ではそれを取りに行くことさえ私には辛くなってき ました。食事も満足に取れず顔も幾分かやせ細ったように感じます。 ⋮⋮せっかく回復魔法を学んできたのに結局お母様さえ救えずに 自分も死んでしまうのでしょうか⋮⋮⋮⋮ こぼれ落ちてくる涙を止めることができず、私は長らく枕に顔を 押し付けました。 ⋮⋮ふと目が覚めると部屋の外が何やら騒がしく感じます。 いつもの食事を届けてくれる音ではないようで、少し耳を澄ませ ると微かに聞こえる警備の声でどうやら賊が城に侵入したらしいこ とが分かりました。 152 ⋮⋮おそらくですが今部屋の前で聞こえた音から、扉の外に居る のが賊なのでしょう。 重い身体に鞭をうち、部屋に何故か置いてあった剣を手にとりま した。 ⋮⋮⋮⋮扉が開かれる︱︱ 私は手に持った剣を扉の隙間から伺える腕に向かって勢いよく振 り下ろしたのでした︱︱︱ 153 渡しちゃったの⋮⋮?︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 前回の話を三人称から一人称にもどしました。 そちらからご覧いただけると幸いです。 154 渡しちゃったの⋮⋮? 剣を振り落としていた私は初めてそこで件の賊でない可能性の有 に気がつきました。 咄嗟に腕を下げ、大怪我を負わせること防げたことに安心したの も束の間、部屋に入ってきたのは、見るからに賊の男。 こんなことならそのまま切り落としておけばよかった⋮⋮ しかし、私にそれ以上の行動をとれる体力は残っておらず、床に 倒れ込んでしまいました。 それからは、賊だと思っていた男が私とお母様を治療していきま す。 その後、私は自分以上の回復魔法の使い手の男に対し、いつかま た再会できるように、という祈りを込めて自分のイヤリングを一つ 送りました。 賊の男が出て行ってから少し経ち、お母様が目を覚まされました。 155 念の為に身体に斑点が無いかを調べましたが、私共々に身体には斑 点は見つかりませんでした。 ﹁あら、あなたイヤリングはどうしたの?﹂ お母様が私の片耳にイヤリングがついていないことに気付いたよ うで事情を聞いてきます。 ﹁実は⋮⋮﹂ 私は先程までの出来事と、再会のためにイヤリングは差し上げた ということを話しました。 ﹁あなたあのイヤリング渡しちゃったの⋮⋮?﹂ ﹁はい、渡しましたけど⋮⋮。なにかまずいことが⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮あれは王家の直系の人間が再会の祈りをこめて渡すものだ から、別に間違ってはいないのだけれど⋮⋮﹂ しかし、という顔の王妃に私は戸惑いました。 ﹁⋮⋮⋮⋮簡単に言っちゃうと、あのイヤリングは結婚相手に対 して渡すものなのよ。私もお父さんに貰ったのよ﹂ ﹁ッ!!﹂ 私としてはそこに他意などなく純粋に再会を祈って渡したのです が、どうやら少々まずいことをしてしまったようです。 156 賊の男の人がそのことを知った時のことを考えると⋮⋮ 私は恥ずかしさのあまり、お父様に報告することも忘れて布団に くるまり続けてしまいました。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ⋮⋮俺は一人宿屋に向かっていた。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ ため息だって吐きたくなる。王女様を治療しに行ったのに、結局 治療できたのは使用人であるだろう二人だけ。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ ため息だって二度くらい吐きたくなる。王女様さえ治療できなか った俺は指名手配されるだろう。明日くらいにはギルドでも﹃手掛 かり求む!﹄みたいな依頼がきているかもしれない。 俺は一人暗闇を歩きながら、耳に付けたイヤリングをパチン、と 指で弾いた。 157 ﹁はぁ!?城に行ったけど治療できなかったぁ!?﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 案の定、俺はアウラに説教されている。 宿屋に帰った時は、心配してくれていたのか安心したような顔だ ったはずなのだが、俺が治療に失敗したということを言うとすぐに 正座させられてしまった。 ﹁⋮⋮で?どうして治療できなかったわけ?﹂ ﹁えっと、警備が思ったより多くいて、部屋も探したんだけど⋮ ⋮﹂ ﹁そんなの最初から分かってたでしょ!!﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ ﹁まぁ、無事に帰ってきてくれたのは良かったけど⋮⋮﹂ しばらく説教された後解放された俺は、身体を洗ったりしてから ベッドに横になった。 今の部屋は、さすが都というべきかやはり広い。ベッドが二つも あるので俺以外はもう一つのベッドで眠れるのだ。 158 皆も寝静まった頃だろうか、俺のベッドに何かが入ってきた気が したが、俺も眠くてしかたなかったので気にせずにそのまま眠るこ とにした。 ⋮⋮⋮⋮暑い。俺は重い瞼を開け布団の中を覗き込む。 そこには、俺に抱きつきながら眠っているリリィの姿があった。 ⋮⋮さすが幼女というべきか、女の子の特徴とも言えるお胸は慎ま しいもので、女性経験皆無の俺でも全然耐えられそうだ。 暗くて見えにくいが、俺の服が湿っていることからどうやら泣い ていたらしい。これで涎とかだったらさすがに御免被るのだが、乙 女が涎垂らしながら眠るなんてことはないと祈りたい。 ﹁⋮⋮⋮⋮リリィ﹂ 起こそうと揺さぶってみるも逆に抱きつく力が増したような気が する。 このままにしておくか⋮⋮⋮⋮ 俺は途切れてしまいそうな意識の中で、目の前にある頭を撫でな がら再びの眠りについた。 159 マジありがとうございますッ!!︵前書き︶ すみません、時間がなくて今回も短いです>< 気をつけます! ブクマ評価感謝です。 160 マジありがとうございますッ!! ﹁⋮⋮ト、⋮スト!﹂ ⋮⋮誰だよ、人が気持ちよく眠ってるっていうのに⋮⋮。 昨日のこともあってか普段はそこまで弱いということはない朝で も今日の俺にはつらいものがある。 ﹁ネスト、起きて!﹂ ﹁⋮⋮ん。アウラか。まだ俺眠たいんだけど⋮⋮﹂ ﹁それどころじゃないのよっ!!リリィが居なくなっちゃ、った、 の⋮⋮﹂ アウラがまだ眠っていた俺の身体から布団を引き剥がす。 ﹁⋮⋮⋮⋮ねぇ?どうしてリリィがネストのベッドに居るのかし ら?﹂ 冷たい声が響く。その瞬間俺の眠気はどこかへと吹っ飛び、代わ りと言っていいのか俺の背中に冷や汗が流れる。 ﹁アウラ、さん⋮⋮?﹂ 恐る恐る自分のベッドを見るとそこにはリリィが寝ている。しか も俺に抱きついた状態で。 161 確かによく考えてみたら夜中にリリィがベッドに入ってきたよう な気がする⋮⋮ ﹁⋮⋮こ、このロリコンがぁあああああ!!!﹂ ﹁ご、ごめんなさいぃぃいいい!!!﹂ 運良くリリィが抱きついてくれてたおかげで俺は叩かれたりする ことなくその場を乗り切る。 リリィさんマジありがとうございますッ!! ⋮⋮⋮⋮まぁこんなことになったのもリリィのせいなんだけど。 俺たち四人は都を観光している途中である。折角来たのだから少 しくらい遊んでいきたいっ、というリリィの意向でこうしてぶらぶ らと歩いている。 俺の頬には真っ赤な手の跡。言うまでもなくアウラにつけられた ものだ。 162 叩かれないと思って安心していたら、リリィが起きて俺から離れ た時になっていきなり叩かれた。 ﹁ったく、手加減ってものを知らないのかね?﹂ ﹁もう、私が悪かったわよ。でもいきなり一緒に眠ってたりした らこっちだって驚くわよ﹂ ﹁ふーん、そんなもんなのか?﹂ 俺たちは何気ない会話をしながら都をぶらつく。さすがに都だけ あって街よりも賑わっている。露店もたくさんあるし、宿屋だって 広かった。 ﹁リリィたちはなにか食べたいものはあるか⋮⋮って居ねえ!?﹂ ﹁え、嘘ッ!?﹂ 後ろを振り返るとそこにいたはずのトルエとリリィがいない。 ﹁でもまぁトルエもいるし、大丈夫だろ。遅くなったら宿屋にも 帰って来れるはずだし﹂ リリィだけだったらすぐにでも探して回るだろうけど、トルエは 頭もいいし、幸いにも少々のお金も持たせてある。 ﹁じゃあ二人で回るか﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ 163 若干アウラの顔が赤い気がするけど、熱だったりしたら俺が回復 魔法を使えばいいか。 さすがに少しはリリィたちを探しながら、都の観光を楽しむ俺と アウラ。 ちょうど時間もいい感じに昼になってきたので、俺たちは一度昼 飯を取ることにした。 ﹁⋮⋮そういえば今まで聞くの忘れてたけど、なんでアウラは奴 隷になったんだ?﹂ そういえば、アウラが俺の奴隷になってから結構な時間が経った けど未だにそのことは聞いてなかったな⋮⋮ ふと気になった俺は、料理を注文したあとの待ち時間に思い切っ て聞いてみる。 ⋮⋮少しの沈黙のあと、アウラはゆっくりと話し始めた。 ﹁私が奴隷になったのは︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱ 164 ある国で﹃アウラ﹄という可愛らしい女の子が生まれました。幸 運なことに、彼女のお家は一国の王家。 特に不自由な生活を送ることもなく、毎日を楽しく暮らしていま した。 彼女には勉学の才もあり、歳を十数えた頃から政治にも少しずつ 関わるようになります。 国民は彼女に目を奪われ、そこに不満などが貯まることもなく年 を重ねました。 しかし、ある日その国に一人の男があらわれたのです⋮⋮⋮⋮ 165 マジありがとうございますッ!!︵後書き︶ きりが悪いのですが、次に続きます>< 166 ﹃今﹄を思いっきり︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 167 ﹃今﹄を思いっきり その男は、冒険者ギルドに登録したかと思うと、あっという間に ランクをあげていきます。 街がモンスターの群れに襲われた時も多大な貢献をし、王城に呼 ばれたりもしました。 横暴な冒険者が多い中で人柄も良かった彼は、街からの信頼を得 て一気に人気者になったのです。 ⋮⋮⋮⋮そんなある日、再び街にモンスターの群れが襲ってきま した。 数多くの冒険者が討伐に向かいます。当然彼も例外なく討伐隊と して組み込まれていました。偶然にも冒険者の数が少なく、その分 は王城の警備が討伐隊として参加します。 王城には、アウラを含む王家の人間と国家の重鎮、そして数人の 警備が残っていました。 王様が討伐隊の報告を待っている時に、鎧をきた警備と思われる 168 者がやって来ました。 ﹁む⋮⋮、討伐隊は、どうなったのだ﹂ 自らの兜を外し、討伐隊について報告してきたのは︱︱ ﹁討伐隊は⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮全滅しましたぁ﹂ ・ ︱︱ニタァと笑みを浮かべる彼でした。 次の瞬間には王様の首が飛んでいました。彼が剣を抜き放ち、途 轍もない速さで周りの重鎮を斬り殺します。床は血で染まり、彼自 身も返り血で真っ赤に染まっていました。 ﹁い、いやぁ⋮⋮﹂ 戦うすべを知らないアウラも例外でなく、彼に身体を切られてし まいます。 ﹁これでまず一つ目だ⋮⋮﹂ アウラが床に倒れふしながら見たのは、笑いながらそう呟き部屋 から出て行く彼の姿でした。 私、こんなところで死んじゃうの⋮⋮⋮⋮? 彼に切られた傷から血が今も溢れ続けています。アウラはそれを 止めることもできずにただ泣き続けました。 169 そして、アウラは何かこちらに近づいてくる人影を見たのを最後 に意識を手放しました。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱ ﹁⋮⋮⋮⋮それから私が目を覚ました時にはどうしてか体の傷が 消えていたわ。お父様たちは皆そのまま死んじゃったけど、私だけ が生き残ったの。私は最後に見た誰かが、私を治療してくれたんだ と思った。でもそんな回復魔法があるなんて聞いたことがなかった し、探しに行こうとしたんだけど捕まっちゃって⋮⋮。そして奴隷 として生活してた時にネストが来た、ってわけ。リリィは奴隷とし て捕まってる時に初めて会ったわ﹂ 俺は、自分の過去を話してくれたアウラにかける言葉が見つけら れず、ただ﹁そうか⋮⋮﹂と呟くことしか出来なかった。 ﹁まぁ、もう過ぎたことよ!今更気にしなくてもいいの!!ほら 料理も来たし食べるわよ!﹂ ﹁ぁ、うん⋮⋮﹂ アウラは気にしなくていいって言ってるけど、本当にそうなんだ ろうか⋮⋮ 俺には女の子の気持ちなんて良く分からない。けど、今俺にでき 170 ることはないんだろうか⋮⋮ 美味しそうに料理を食べてるアウラに、何かしてやれることはな んだろうか⋮⋮ 美味しい料理のはずなのに何故か味が良く分からない料理を口に 運びながら、俺は考える。 目の前のアウラに俺ができることといったら︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱﹃今﹄を思いっきり﹃楽しませる﹄ことだ ﹁なんだこれ!?すごい美味しいぞ!!﹂ ﹁そうでしょ!!メニュー見た時から美味しそうな感じがしたの よねコレ﹂ ﹁あぁ、本当美味しいよコレ。さすがアウラだな!﹂ そう思えた時には、味がよく分からなかった料理がとても美味し く感じられるようになっていた。 171 172 ﹃今﹄を思いっきり︵後書き︶ ︳︶m 過去編で三人称を使ったので、丁寧な感じにしたのですがどうでし ょうか。 感想でアドバイス待ってますm︵︳ 173 オレハ、ロリコン︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。今回はトルエ回です。 次回からは冒険者編やろうかなーと思ってます。 174 オレハ、ロリコン 昼食も食べ終わり、俺たちは店を出る。 そこにさっきのような気まずさはなく、再び観光してまわること になった。 ⋮⋮それからは特に何があるわけでもなく、ただ二人でなんの変 哲もないようなことばかり話したりした。 ﹁あぁぁ!やっと帰って来たぁ!!﹂ ﹁おっと、リリィか﹂ 宿屋に帰り着くと既にリリィたちは帰ってきていたらしく、扉を 開けた瞬間に飛び込んでくる。 ﹁もう!おとな二人がそろって迷子になっちゃうなんてぇ!﹂ ﹁あはははは⋮⋮﹂ どう考えてもリリィが迷子になったんだろ、という大人気ない言 葉が喉まで出かかっていたがそこは我慢。苦笑いをしながら﹁ごめ ん﹂と謝っておく。 175 ﹁ごめんなさいご主人様、リリィが僕の手を引っ張っていっちゃ って⋮⋮﹂ ﹁いや別にいいよ。アウラとも色々話せたし﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺の言葉に下をむくトルエ。 ⋮⋮あれ?なにかまずいこと言っちゃったか? ﹁⋮⋮ご主人様﹂ ﹁お、おう。何かあったか?﹂ ﹁⋮⋮昨日はリリィと寝て、今日はアウラさんと二人で過ごして たんですよね⋮⋮﹂ ﹁そうだけど?﹂ おっと、これは何やら雲行きが怪しい気がするぞー? ﹁なら、次は僕の番です、か⋮⋮?﹂ そう言いながら、俺に期待の目を向けてくるトルエ。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あぁ、トルエの番だ﹂ 頭が良いといっても実際はまだ子供で、たまには大人に甘えたい 176 時もあるはずだ。少し悩んだけどトルエならそこまで大変じゃない だろうし⋮⋮ ﹁えっと、じゃあトルエは何がしたいんだ?﹂ ﹁お風呂﹂ 珍しくトルエが間髪入れずに答える。 ﹁⋮⋮ぇ、なんだって?﹂ おそらく聞き間違いだろう。今日は一日いろいろと大変だったし 疲れているんだろう、きっと、うん。 ﹁お風呂、一緒に入りたい。それに僕、三度目のなんとかって聞 いたことあります⋮⋮﹂ もちろん俺はそんな言葉聞いたことないが、今更引き下がるわけ にもいかなかった。 あれ?これ何か前もやった気がする⋮⋮ ﹁ご主人様、じゃあ行きましょう﹂ 手を引っ張られ脱衣所まで連れて行かれる。 宿屋が広い分お風呂もさすがにでかかったが、まさかこんなとこ ろで仇になるなんてッ⋮⋮!! ⋮⋮いや、でも今日だってリリィと一緒に寝れたし、もしかした 177 ら俺イケるんじゃないか!? 俺があれこれと唸っている間にトルエが服を脱ぎ終わり風呂場に 向かう。 ﹁ッ!!!﹂ トルエの髪、背中が見えた。そして俺の視線はそこで止まるはず もなく⋮⋮ 二つの丘が見えた︱︱︱ ヤメロダイジョウブダ。オレハ、ロリコンナンカジャナインダカ ラ。アンシンシロ、ヤレバデキルオレ! 服を脱ぎ終わった俺は、ゆっくりとトルエが待っている風呂場に 向かう。 ﹁トルエー入るぞー﹂ さすがに俺は腰にタオルを巻いているが、こどものトルエはそん なこと気にする様子もなく、その身を隠すものはなに一つとしてな い。極力見ないように努力しながらトルエに近づく。 178 ﹁ご主人様、今日は最後まで洗ってください﹂ ﹁⋮⋮おう﹂ トルエに渡されたタオルを濡らし、石鹸で泡立てる。 そうだ、泡でトルエの身体を隠したらイイんだ!! そうと決まれば後は全力で泡を立てるだけだ。トルエは不思議そ うにしながらも洗ってもらえるのを今か今かと待っていた。 ﹁じゃあ、行くぞ﹂ ﹁うん﹂ 俺の努力の結果今ではかなりの量の泡になっている。それをトル エの身体を包むように洗い始める。 ﹁んっ﹂ トルエがくすぐったそうに声を上げる。その声一つで俺の精神が 傷つけられていく。 ︱︱そして俺はようやく今洗い終わった。 身体の一部を除き、全てを洗い終わった俺は満足感で一杯のまま、 トルエの身体の泡を洗い落としてあげることにした。 179 ﹁どうだトルエ気持ちよかったか?﹂ ﹁うん、ご主人様の洗い方上手で僕すごい気持ちよかったです⋮ ⋮﹂ ﹁そうかそうか。じゃあ、また洗ってやる、よ⋮⋮⋮⋮ぁ?﹂ トルエの身体を包んでいた泡が消えていっていた。というか絶賛 俺が洗い流していた。 慌てて目を逸らそうとしたが時すでに遅し。俺の目の前には、先 ほど見た丘とは違う、まだ小さい二つの丘だが、確かにそこにあっ た。 ﹁どうしたの、ご主人様⋮⋮?﹂ 呆然とする俺を心配したトルエがさらに身体を近づけてくる。当 然そこにある二つの丘も近くにやってくるわけで⋮⋮ ﹁あぁあアアアあぁぁアあぁあああぁアアあぁああああああああ あああぁぁァぁァ⋮⋮﹂ 180 気がついた時には、ベッドの上で寝てました。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮裸で。 181 おねがいしまーっす!!︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 182 おねがいしまーっす!! ﹁あッ!おかえりなさい、ネストさん!﹂ ﹁えっと、ただいまです、アスハさん﹂ 俺たちは今、都から再び自宅のある街まで帰って来ていた。 アウラたち曰く、アスハさんが俺のことを心配してくれていたと いうことだったので、まずギルドに顔を出すことにした。 ﹁お元気そうでなによりです﹂ そういいながらも怪我がないかを確認してくるアスハさん。 まぁ心配をしてくれるのはありがたいんだけど、ギルドの真ん中 で俺の身体をペタペタ触ってくるもんだから、周りの視線が、痛い ⋮⋮。 ﹁えっと、アスハさん、最近なにかありました?﹂ 心配してくれている相手に対して、やめろ、というわけにもいか ないので話題を変えてみる。 ﹁あっ、そうでした。この街に有名なギルドメンバーの方がいら っしゃって、しばらくの間、冒険者教室みたいなことをするらしい ですよ﹂ 183 今思い出しました!という風に手を合わせるアスハさん。ひとま ずの目的は達成できて、幾分か周りの視線が和らいだ気がする。 ﹁冒険者教室⋮⋮?﹂ ﹁はい、何でも都の方で活躍していたパーティーの皆さんがいら っしゃったので、戦闘メインのコースもあれば、回復魔法やアイテ ム管理の後方支援コース、モンスターの特徴や弱点を指示する指揮 コースがあるようですね﹂ へぇ、それなら⋮⋮ ﹁おう!俺はデュードってモンだ!まぁ自分でいうのもなんだが 意外に名の売れたパーティで前衛をしてる。今日から俺は戦闘を主 にみんなに教えていくからよろしくな!!﹂ ﹁﹁﹁﹁﹁おねがいしまーっす!!﹂﹂﹂﹂﹂ 俺は今、戦闘コースを受けに冒険者教室に来ている。ちなみにア ウラたちはいない。 回復魔法が使えるトルエは後方支援コース、勉学の才がある、ら しいアウラは指揮コース。一番悩んだリリィは、料理が上手く手先 184 が器用そうだったのでトルエと同じ後方支援コースを受けることに なった。 ﹁じゃあまずは防御の仕方からだ!﹂ さも当然という顔でそう言ってくるデュード先生に冒険者教室に 来ていた俺を含む生徒たちが一斉に首をかしげる。 ﹁先生、攻撃じゃなくて防御が最初なんですか⋮⋮?﹂ その中の一人が俺たちの思っていたことを聞く。 ﹁ああ、防御が最初だ!攻撃は最大の防御!なんてことをいうら しいが俺からしてみたらそんなのは間違いだ!逆に防御こそが最大 の攻撃だとすら俺は思っている!﹂ ⋮⋮防御こそが最大の攻撃? ﹁敵の渾身の一撃を防いでみろ!!それだけで相手は﹃詰んだ﹄ と勝手に思ってくれる!!そんな奴にお前らは負けるのかぁ!!負 けねぇだろぉお!!﹂ その発想はなかった。でも、確かにそうかもしれない。俺だって、 ナイフが効かない相手が出てきたら勝てる気がしない。 ﹁﹁﹁﹁おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!﹂﹂﹂﹂ 185 さすが冒険者というべきか、こういうときのノリは本当に良い。 かく言う俺もその波に乗らせてもらっている。 ﹁じゃあ、防御の仕方から教えてくぞぉおお!!﹂ ﹁﹁﹁﹁うぉおおおおお!!!﹂﹂﹂﹂ 俺たちを含む皆の気持ちが一つになった瞬間だった。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁では、これから指揮コースを始めます。私はミストです。これ からよろしくお願いします﹂ 私は今、指揮コースを受けている。皆は別のところに行っちゃっ たけど、私にできることをしようと思って参加した。 ﹁では、そちらから自己紹介をお願いしますね﹂ 参加している人は多いわけではないが少ないわけでもない。 一人一人自己紹介が終わって、私の番が回ってくる。 ﹁えっと、アウラって言います。今はアネストの奴隷ですが、よ ろしくお願いします⋮⋮﹂ 186 やっぱり今でも奴隷っていうのはこう、なんか来るものがある。 ネストは私に奴隷としての行動とかをさせないようにしてくれてい るが、主人がいない奴隷というものはそれだけで蔑まれるのが一般 的だ。 この前の都での一件でそのことがよくわかった。 ﹁ん?⋮⋮あぁ!やっぱりアウラちゃんじゃないかい!﹂ ﹁え⋮⋮﹂ そこにいたのはいつかの料理教室でお世話になった奥様。 ﹁ってあれっ!?﹂ よく見ると知らない人だと思っていたのは皆街でお世話になった 人たちだらけ。 ﹁最近見なかったから心配してたんだよ﹂ ﹁そうそう、お店にも来てくれなかったし﹂ ﹁あ、ごめんなさい。私たちちょっと都の方まで出かけてたから ⋮⋮⋮⋮あっ﹂ 知っている人だったから敬語を使うのを忘れてしまった。 ﹁いいよいいよ。今更改まったりしなくても。そんなことさせた らネストちゃんに治療してもらえなくなるじゃない﹂ 187 ﹁あの子の魔法はすごいものねぇー!﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮やっぱり、ネストが救ったこの街は皆いい人たちば っかりだ。 ネストが柄にもなく頑張るわけだ。 ﹁えっと、じゃあ皆はなんで冒険者教室に参加したの?﹂ ﹁んー、やっぱりこの前のモンスターの群れが襲ってきたとき男 どもばっかりに任せててウチらはなにもできなかったからね。少し は頑張ろうと思ったのよ﹂ 私と一緒なんだ⋮⋮。私もネストを助けられるぐらい頑張らなき ゃいけない!! ﹁⋮⋮⋮⋮あの、そろそろいいですか?﹂ ﹁﹁﹁﹁あっ、すみません!!﹂﹂﹂﹂ そういえば、今その冒険者教室の真っ最中だった。ミストさんも 苦笑いしながら再開する。 ⋮⋮待っててネスト、役に立てるように頑張るから。 ⋮⋮⋮⋮なんか遠くから雄叫びみたいなのが聞こえるけど、私頑 張るからッ!! 188 189 そして、殴られる。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 明日の朝にキャラ設定を載せようと思いますので、よろしくお願い します。 作者の描写が足りないので申し訳ないです>< 190 そして、殴られる。 ﹁じゃあまずは防御の基本からだが、それは、﹃敵の攻撃に当た らない﹄ことだ!敵の攻撃を無駄に受ければそれだけで自分の体力 がどんどん消耗していくからな。できるだけ相手の攻撃を見極めて 避けることが大事だ!﹂ ﹁﹁﹁﹁うっす!!!!﹂﹂﹂﹂ デュード先生の指導のもと、俺たちは冒険者教室を開始していた。 先生曰く﹃防御こそが最大の攻撃﹄ということで、早速その防御に ついての教えだ。 訓練の仕方はいたって簡単。 まず一列に並ぶ。次に一人ずつデュード先生のところへ行く。そ して、殴られる。最後に再び列の最後尾に並ぶ。 それだけだ。 本当は殴られるのを避ける、なのだが、さすが有名な冒険者だけ あって簡単に避けさせたりしてくれない。 最初の方は皆勢い込んで避けようとしていたが、今では如何にし て攻撃を緩和するか、を考えるようになっていた。 191 それくらいデュード先生に殴られるのが痛く、そして避けられな いということだ。 といっても、俺からしてみれば頬に少し衝撃が来るだけであまり 痛みは感じなかったのだが、一人だけ痛くなさそうにしてて不審が られるのも困ると思ったので﹁クッ!!!﹂とか言いながら、真面 目に避ける練習をしながら殴られ続けた。 訓練が終わるころには皆の顔が真っ赤に膨れ上がり、鼻血を流し ている人もいた。 ﹁じゃあ、今日はこれで終わりだ!!このあとは俺のパーティー メンバーが回復魔法を使えるから治してもらえばいいからな!!﹂ ﹁あ、俺、回復魔法使えるんで治しますよ﹂ このまま帰って皆に心配させるのも悪いし⋮⋮ ﹁だが、この人数を治療できるのか?少なくない人数がいると思 うんだが﹂ ﹁このくらいなら全然大丈夫ですよ﹂ それに、この訓練を受けていた人は大体が街で顔なじみの人だっ たので、俺が回復魔法を使えるのを知っているはずだ。 192 俺の前に並んでもらって一人ずつ回復魔法を掛けていく。 ﹁⋮⋮なんでこんなに回復魔法使えるのに、こっちに来たんだ⋮ ⋮?﹂ 離れたところでデュード先生がなにやら言っているが今は治療に 専念しよう。 ﹁ヒールッ︱︱︱﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁うんッ、それじゃあ始めようかッ!!﹂ ﹁﹁﹁﹁よろしくお願いします﹂﹂﹂﹂ 今、僕たちは後方支援コースの訓練を受けている。 ﹁アタシの名前はチルドよッ!こんなんだけど回復魔法も使えん のよォッ!!﹂ そういいながら自身の大きな胸を張るチルドさん。 193 ﹁じゃあトルエちゃん!後方支援で大事なことはなんだと思う?﹂ みんなの自己紹介も終わったところでチルドさんが僕にそう聞い てくる。 ﹁えっと、できるだけ前衛の皆を手助けすることだと思います⋮ ⋮﹂ ﹁うん、まぁそれも大事なんだけどね。私が思う後方支援で一番 大事なことは、﹃自分が今何ができるかを知る﹄ことだよ!!﹂ ﹁自分が今何ができるかを知る⋮⋮?﹂ ﹁そう!皆も考えてみてね?今あなたの前に怪我した味方ともの すんごい強い敵がいます。けどあなたには味方の怪我を治す手段が ありません。そしてその敵は自分たちの滞在している街を狙ってい ます﹂ ﹁﹁﹁﹁⋮⋮﹂﹂﹂﹂ みんながその状況を想像する。 僕だったらご主人様が怪我した味方なのかな⋮⋮?この際ご主人 様が自分で怪我を治すことはできないようにしようかな⋮⋮。 ﹁みんなだったらその時どうする?﹂ 194 ⋮⋮僕だったら、どうするんだろう。ご主人様を見捨てるなんて できるとは思えないけど、そしたら街が襲われちゃう⋮⋮ ﹁ネストだったら自分でかいふくできるからぁ大丈夫かなぁ﹂ 隣ではリリィがそう言っていた。 ﹁へぇ!そのネストって人は回復魔法使えるんだぁ!﹂ ﹁うん、そうなのぉ!!﹂ ﹁じゃあそのネストって人の魔力が尽きちゃって回復魔法を使え なかったら、どうする?﹂ ﹁うぅーん、わかんない!!﹂ 首を傾げながらその状況がわからないというリリィ。 周りの人達はそんなリリィを微笑ましいモノのように見ているが、 実際のところ僕にもそんな状況は想像が出来なかった。 ご主人様はギルドで治療をしているけど、一日にたくさんの人を 治療している。 みんなはそのことを当たり前だと思っているのかもしれないけど、 回復魔法が使える僕からしてみればそれはありえないことだ。 回復魔法は他の魔法と違って消費する魔力が多い。ぼくも頑張っ て一日にたくさんの人を治療するけど、それは何回も休憩をとって いるからだ。 195 休憩なしで一日治療を続けるなんてとてもじゃないけど出来ると は思えない。 そして、治療が終わっても特別つらそうにしているわけでもなく、 朝きたときと同じようにケロッとしている。 そんなご主人様が回復魔法を使えなくなる。 多分、そんな敵がいるとしたら、今更私たちが街に伝えに行った としても無駄なんだと思う。 まぁでも、本当にそんな敵がいるとも思えないけど⋮⋮ ﹁あ、この中で回復魔法使える人いるー?﹂ 訓練も終わりに近づいてきた頃、チルドさんがそう言ってきた。 ﹁えっと、私が使えます⋮⋮﹂ ﹁えぇッ!トルエちゃん回復魔法使えるの!?まだ小さいのにす ごいんだねッ!﹂ 196 ﹁そんなことは⋮⋮﹂ 回復魔法を使える人は他にも数人いたようで、チルドさんのとこ ろに集まってくる。 ﹁えっとね、回復魔法を使える人を集めたのは、私のパーティー メンバーがやってる戦闘メインのコースでたくさんの人が怪我して る予定だから、治療を手伝ってもらおうというわけ。結構な人数が いて、アタシだけじゃきついかな、と思ってね﹂ そのコースはご主人様がいったコースだけど、やっぱり怪我した のかな⋮⋮ ﹁あッ!きたきたッ!!﹂ そういうチルドさんは私たちの後ろの方を見ている。 そしてチルドさんのパーティーメンバーだと思われる大きな人が 近づいてきた。 ﹁ああ、チル。治療の件なんだが⋮⋮﹂ ﹁うん、回復魔法を使える子が何人かいたからもう集めたから大 丈夫だよッ!!﹂ ﹁その事なんだが、実は俺たちの方に回復魔法が使えるやつがい てよ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮うん?﹂ 197 ﹁そいつが全部治療しちまったわ﹂ ﹁ええッ!?なんでそんな人がそっちにいるのッ!?﹂ ﹁うーん、なんでだろうなぁ?﹂ こっちに来て欲しかったぁあ!!と嘆くチルドさんには申し訳な いけど、もしかしなくてもご主人様なんだろうなぁ⋮⋮ やっぱり、ご主人様はすごいなぁ︱︱︱ 198 ⋮⋮じゃあ、やるか︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 199 ⋮⋮じゃあ、やるか ﹁よぉーしッ!!じゃあ今日もいつもと同じ訓練をするぞぉ!!﹂ ﹁﹁﹁﹁う、うーっす⋮⋮﹂﹂﹂﹂ 俺たちはあれから毎日殴られまくった。俺が回復魔法を使えるこ とが分かってからはさらに殴られるようになった。 本当は攻撃を避ける練習のための訓練なのだが、今までで一回で も避けることが出来たのはマグレで2、3人だったはずだ。 列に並ぶ、殴られる、列に戻る。ただこれを続ける。 ﹁じゃあこの訓練は一回終わりな!!﹂ ﹁え、まだ昼ですけど⋮⋮﹂ いつもは夕方ごろになるまで殴り続けるのだが、今日はまだ昼な 200 のに殴られるのは終わりのようだ。 ﹁みんなはこの訓練は俺に殴られてるだけだと思ってるだろう! !﹂ ﹁﹁﹁﹁⋮⋮﹂﹂﹂﹂ ⋮⋮思ってるんじゃなくて、俺たちは実際に殴られてるだけです。 ﹁よし!ここらで一回二人一組になって殴りあってみろ!!そし たら訓練の成果が分かるはずだ!﹂ 俺たちは不審に思いながらもデュード先生の言うとおり二人組を つくる。俺の相手は見たら﹁あ、こいつ冒険者だ﹂ってわかるよう な奴。 ﹁⋮⋮じゃあ、やる?﹂ ﹁おう、お前さんにはいつも治療してもらってるから軽く殴って やるよ﹂ ﹁あぁ、よろしく﹂ まぁ強く殴られても痛くはないんだけど⋮⋮ ﹁よし、みんな二人組になったみたいだな。じゃあ始めッッ!! !﹂ 201 ﹁﹁﹁﹁うぉぉおおおおおおお﹂﹂﹂﹂ 先生の合図を皮切りに殴り合いが始まった。 っていうかコイツ、軽くやるって言ってたけど、今の雄叫びは絶 対本気でやる気だろ!! 俺の相手が左足を踏み込んでいる、なら︱︱ 、、、 来るのは﹃右の拳﹄ 、、 俺は冷静に相手の行動を読み、逆にカウンターを仕掛ける。相 手は予想していたのかそれを避けると俺から距離を取る。 ︱︱︱え? ﹁⋮⋮ぁあ?いま何が起こった?﹂ ﹁いや、何かよく相手の行動が見えたっていうか⋮⋮﹂ 202 ﹁俺もだ。攻撃外したあと、なんでかカウンターが来ることが分 かった﹂ 周りを見てみるとどうやら皆も同じようなことが起こったらしく、 動きを止めていた。 デュード先生は一人満足そうな顔をしている。 ﹁これが、訓練の成果だ!﹂ ﹁え、でも俺たち避けてませんよ?ずっと殴られてただけでした し⋮⋮﹂ ﹁お前らは途中から、俺の攻撃をどうすれば痛くないようにでき るか考えて訓練をこなしてただろ?俺の攻撃は自分でいうのもアレ だがそこらの冒険者のソレとは違う。だから練習で俺の攻撃の速さ に慣れているお前たちにとって、お前たちの普通の攻撃を避けるな んて簡単なんだよ﹂ まさかあの殴られてるだけの訓練にそんな意味があったとはっ⋮ ⋮!! それはやっぱりデュード先生が凄腕の冒険者ということなんだろ う。 ﹁うわっ!!﹂ 俺の殴り合いの相手がいきなり殴りかかってきた。けど、本当に 203 訓練の成果が出ているらしく、まだ危ういながらもきちんと回避す ることが出来た。 ﹁こりゃ、すげーな﹂ ⋮⋮ああ、本当にすごい。これだけの短期間でここまで出来るよ うになるとは思ってもみなかった。 ﹁それと!まだこれは一時的に俺の動きに慣れているだけだから、 明日からもしばらくは俺の攻撃を避ける訓練な!!!﹂ ついさっきまでは﹁今日もまた殴られるだけか⋮⋮﹂と文句を言 っていた皆だったが、今ではデュード先生を信頼しているはずだ。 ﹁﹁﹁﹁よろしくお願いしますッッ!!!﹂﹂﹂﹂ ⋮⋮⋮⋮多分それは今までの挨拶のどれよりも大きい声だったと 思う。 柄にもなく俺も周りの皆とバカみたいに声を出し続けた。 204 お前は敵だッッ!!︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 205 お前は敵だッッ!! 主にデュード先生に殴られるだけの訓練が始まって一週間が経っ た。回復魔法があるので顔に傷は残っていない。 これまでにデュード先生の攻撃を避けることができるようになっ たのは誰もいないが、皆それぞれ自分の成長を実感していた。 ﹁よし、じゃあ今日からは別の訓練に入る!!今日から一週間、 お前たちにはギルドでクエストを受けてもらう!!﹂ ﹁ギルド、ですか⋮⋮?﹂ ﹁あぁ、ゴブリンなんかのモンスターを倒してきてもらう。独り で受けるのもよし、パーティーで受けるのもよし。モンスターを倒 してくれればそれでいい﹂ 206 ⋮⋮⋮⋮ということで、俺たちは今ギルドに来ています。 ﹁ネストさん、おはようございます!﹂ ギルドに入った瞬間にアスハさんがいつものように寄ってくる。 ﹁あれ、冒険者教室はもう終わったんですか?﹂ ﹁いえ、今日から一週間ギルドでクエストを受けることになった ので⋮⋮﹂ ﹁﹁﹁⋮⋮﹂﹂﹂ ギルドにやって来るまで楽しく話していたはずの皆が今は仲良く 話している俺たちを黙って見ている。 ﹁では、どのクエストを受けるか決まったら持ってきてください ね﹂ アスハさんはそう言い残して受付に帰っていった。俺は後ろから の視線を感じ、恐る恐る後ろを振り返る。 ﹁俺、お前とパーティー組めたら組もうと思ってたけど、やっぱ やめるわ﹂ ﹁﹁﹁俺も﹂﹂﹂ 案の定そんなことを言ってきた。 ﹁いや、別にそんな関係があるとかじゃないからな!?色々迷惑 207 かけてたこともあるし、仕事で仕方なくやってるんだよ﹂ 最初あったときも俺の印象悪かったし⋮⋮ ﹁そ、そうなのか⋮⋮。いや、なら良いんだ。やっぱ俺たちは仲 間だよな!﹂ ﹁そうだぜっ!﹂ 俺の一言が功を奏したのか、俺とパーティーを組まないという雰 囲気は和らいできた気がする。 ﹁あ、でもこいつ女の子の連れが三人いるわ。しかもかなり美人﹂ ﹁﹁﹁お前は敵だッッ!!﹂﹂﹂ ︱︱︱結局俺のところに残った奴は誰ひとりとしておらず、図ら ずも独りでクエストを受けることになりそうだ⋮⋮ 独りになった俺は、結局何もしないわけにはいかないので、どん なクエストがあるか掲示板を見に行く。 掲示板には﹃薬草の採取﹄から﹃モンスターの討伐﹄、他にも﹃ 街の清掃﹄なんかもクエストとして貼られていた。 208 今回の訓練はモンスターの討伐なので、他はまた気が向いたとき にでも受けることにしよう。 モンスター討伐といってもゴブリンやオーク、オーガなどがあっ た。独りで受けても危険がないやつといえば、既に倒したことのあ るゴブリンが無難だろう。 他のやつは見たことがなく、よく強さもわからなかった。 幸いにもゴブリン討伐のクエストは街の近くなので、今行けば余 裕で夕方にも帰って来れるはずだ。 ゴブリン討伐のクエスト用紙をアスハさんがいる受付まで持って いく。 ﹁えっと、今回はこれでお願いします﹂ ﹁はい、ゴブリンならネストさんなら余裕でしょうが気をつけて くださいね?﹂ そのまま席を離れようとしたところでアスハさんからストップが かかる。 ﹁ネストさんは今回が初めてのクエストなので、ギルドカードを 発行しなければいけません﹂ ﹁ギルドカード?﹂ 209 ﹁はい、このカードを持つことで自分がギルドのメンバーだと言 うことができ、身分証明書にもなります。また、武器や防具なども カードを提示することで一割の値引きがされます﹂ ﹁失くした時とかはどうすれば?﹂ ﹁その時は申し訳ありませんが再発行をしなければいけません。 最初の発行のときは無料なのですが、再発行の時は手数料として2 0万エンをかかりますので気をつけてください﹂ ﹁分かりました。えっと、他になにか規則とかはあるんですか?﹂ ﹁あと一つ大事なことがあります。稀にですがギルドからの招集 があることがあります﹂ ﹁招集、というと⋮⋮?﹂ ﹁例えばこの前のゴブリンの群れが襲ってきたときなどの討伐隊 がそれですね。それでもある程度の実力があると判断されなければ 呼ばれませんけど﹂ ﹁ちなみに断った場合とかの罰とかはあるんですか?﹂ ﹁いえ、特には決められておりませんね。命が掛かってますので 無理にとは言えませんし⋮⋮。それでもみなさんのほとんどが招集 をお受けくださってるので助かってます﹂ ⋮⋮⋮⋮他にも数個の質問をしたあと、俺は無事にギルドカード を手にすることが出来た。 210 俺の周りには数体のゴブリンの死体。 今まではこのまま何もせずに放置していたのだが、アスハさんに よると﹁討伐したモンスターは証明として討伐部位をもってかえる 必要があります﹂ということだったので、ゴブリンの討伐部位であ る耳をナイフで切り落とす。 ﹁うぅ、やっぱり気持ち悪い﹂ 今まで特に意識せず腕の動くままに敵を切ってきたので自分の意 思で切るというのはなんとも気持ちが悪い。どうやら俺の腕は生き 物以外には反応しないみたいなのでどうしても自分でやらなければ いけないのだ。 耳を切り取った俺は、手をゴブリンの血で染めながら街へと帰っ た。 211 黒マントだぞ!?正体不明だぞ!?︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 212 黒マントだぞ!?正体不明だぞ!? ﹁そこの人ぉ、俺とパーティー組まないっすか?﹂ ﹁⋮⋮え、俺?﹂ 独りでのゴブリン退治を始めた翌日、俺はちょっと軽そうな男に パーティーに誘われていた。 ﹁実は俺、ゴブリンキングの討伐クエストを受けたんすけど、一 緒に行くはずだった奴がいきなりいなくなっちゃってっすねぇ⋮⋮。 そこに大量にゴブリンの耳を持ってきたアンタがやってきた、とい うわけ っす。しかも俺この街に来たばっかで道とかもよくわからないんす よ﹂ ﹁あぁ、俺で良かったらいいよ﹂ どうせ冒険者教室のやつらは俺とは組まないだろうし⋮⋮。 ﹁おっ、ホントっすか!?いやぁ助かりましたぁ。ゴブリンキン グって新人だけじゃつらいって聞いてたんで助かるっす!﹂ ﹁俺も昨日登録したばかりの新人なんだけど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮え、でも昨日ゴブリンをたくさん倒してきてたっすよ ね?﹂ 213 ﹁あぁ、昨日登録してすぐに倒しに行ったから﹂ ﹁えぇ⋮⋮﹂ その声は明らかに落胆しているようだった。 ﹁⋮⋮なんか、ごめんな?﹂ それならこのパーティの話も無くなるか。せっかく初めてパーテ ィーでクエストに行けると思ったのに⋮⋮。 ﹁じゃあ後二、三人必要っすね﹂ ﹁⋮⋮もしかしなくてもパーティーの話って続いてるのか?﹂ 俺がまたゴブリンのクエストを受けようかなと思っていると、男 がさも当然というふうに言ってきた。 ﹁えっと、大丈夫だったら手伝ってもらいたいっすね﹂ そういえば、この街にも来たばかりだって言っていたし、同じ新 人同士仲良くやっていきたい。 ﹁こっちは大丈夫だ、じゃああと少し人を探しに行くか﹂ ﹁っすね!!﹂ 俺たちは残りのパーティーメンバー探しを開始した。 214 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱ ﹁はぁ、どこかに娘たちを治せる者をいないものか⋮⋮⋮⋮﹂ 優秀な回復魔法使いという者たちを呼んでから数日、私は国王と しての仕事を続けていた。 結局その者たちに娘たちを治療することは叶わず、今現在も部下 のものに別の回復魔法使いを探しに行ってもらっている。 しかし、娘に治療できなかった病気を他の者が治療できるとも思 えない。 重たくなった手にペンを握り今日も仕事をする。 コンコン 215 ふと、部屋の扉が叩かれる。 ﹁⋮⋮誰だ﹂ 夜遅くなったこの時間に来るものに対し不審に思ったが扉の向こ うに声をかける。 もしかしたら優秀な回復魔法使いが見つかったのかもしれない。 不安と期待をたたえる私は相手の反応を待つ。 ﹁︱︱︱︱︱︱あなた﹂ ﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱は?﹂ 216 今のは、誰の声、だった? 長年に渡って私のとなりで話しかけてきた。そう、今の声は︱︱ ﹁︱︱︱︱︱︱お父様﹂ 待て、これは幻聴ではないのか? まさか、これも聞き覚えのある。この声も︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱ 椅子から立ち上がり震える手で扉を開ける。 ﹁あぁぁああああああッッッ!!!﹂ ずっと悩んでいた。もしかしたらこのまま二人共死んでしまうの 217 ではないかと。 今、私の前に居たのは最愛の、妻と娘だった︱︱。 ﹁ど、どうしたんだ!?病気は大丈夫なのか!?﹂ どうみても二人の顔色はよく健康そのものだが、それでも聞かず にはいられない。 ﹁ええ、大丈夫よあなた﹂ ﹁はい、このとおり病気も治りました﹂ ﹁それは良かったッッ!!本ッ当に良かったッッ!!﹂ 視界がぼやける。 こんな姿、部下に見せることは出来ないが今日くらい、否、今く らいは許して欲しい。 私は二人を抱き寄せ大声で泣き叫び続けた︱︱ 私の声に警備の者たちが何事かとやって来た。 218 そこで私たちの姿を見ると、娘たちの回復を察したのか皆もまた 一緒に泣き叫んだ。 しばらくしてようやく落ち着くことが出来た。 今は警備の者たちを持ち場に帰して部屋には私と妻と娘の三人だ けが残った。 ﹁そ、それで、どうして病気が治ったのだ?自然に治ったのか?﹂ 先ほど醜態をさらしてしまった手前、どうにも恥ずかしい。 ﹁いえ、自然に治ったわけではありません﹂ ﹁それでは、どのように治ったのだ?﹂ ﹁﹃回復魔法﹄です﹂ ﹁⋮⋮それは、自分のか?﹂ 私の知る一番の回復魔法使いの娘が治したのであれば納得できる。 ﹁いえ、私ではありません﹂ 219 ﹁では一体誰が治したのだ?私が呼んだ回復魔法使いは、皆全て 帰ってしまったぞ?﹂ 一人だけ少し残っていた気がするが、その者も最後には帰ってし まったはずだ。 ﹁この前、城に賊が侵入したようですね﹂ ﹁あ、あぁ確かに侵入されたな。なんでも腕を切る幻術を見せて きて捕まえることまではできなかったのだが﹂ ﹁恐らく、その人に治療していただきました﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮いや、待て。それだと数日前には治っていたことにな るのだが﹂ 賊に侵入されたという報告書が来たのは数日前だったはずだ。 ﹁はい、そうなりますね。しかし再発の可能性が皆無とは言い切 れなかったので数日の間部屋で過ごしておりました。その結果、完 治したということが分かりましたのでこちらに参ったのです﹂ ﹁うむ、そういうことなら仕方ない。では、その治療したものは ?﹂ ﹁私たちを治療したあとすぐに城を出て行ってしまわれたようで す﹂ ﹁しかもこの子ったらイヤリングの一つをその人にあげちゃった 220 みたいなのよね﹂ 娘の話に被せて妻がそう言ってくる。 娘が持っているイヤリングといえば、結婚をする際に渡すものだ ろう。 ﹁な、なんだと!?いや、まぁ治療してくれたものにはそういう 褒美もどうかと思っていたのだが⋮⋮。いや、本人の意思を確認し てだぞ!?﹂ 勝手に結婚の話をしていた私に二人がジト目を向けてきていたの で慌てて弁解する。 ﹁それがね、この子ちゃんとイヤリングの意味を分かってなかっ たみたいで、治療してくれた人に﹃再会のために﹄って渡したらし いのよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 恥ずかしそうに下を向いている娘に対してそれ以上の言葉は言え なかった。おそらくこれまでに妻にもたくさん笑われたりしたのだ ろう。 ﹁⋮⋮まぁそれは良い。最悪の場合は別の物を用意するしかない か﹂ 代々王家に伝わってきたものだが、それでも娘の相手は慎重に選 びたい。 221 ﹁そういえば、治療した者は誰だったのだ?﹂ 二人のことで一つも礼をしない訳にはいかない。 ﹁⋮⋮分かりません﹂ しかし、娘は予想外のことを言ってきた。おそらく口止めされた のだろう。 ﹁別に隠さなくてもよいぞ?城に侵入したことはお前たちのこと を考えれば逆に褒めたいくらいだ。自らの身を危険に晒してまで治 療してくれたのだから﹂ ﹁いえ、そうではないんです。名前も言わずにすぐに帰ってしま ったのです﹂ これは驚きだ。これでは礼をすることも出来ない。 ﹁容姿はどのようであった?それで皆に探させてみよう﹂ ギルドにでも調査依頼をすればいいだろう。すぐにとはいかない だろうが、いずれは見つかるはずだ。 ﹁それが、黒のマントでフードも被っていたので顔も分かりませ んでした。声は男性のものでしたけど⋮⋮﹂ ﹁な、な、なんだと⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁お、お父様?﹂ 222 く、黒のマントで正体を隠して、王女を救った、だと⋮⋮⋮⋮? そ、そんなの︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁格好良いぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいッッッッ!!!﹂ ﹁キャッ!﹂ なんか前で妻たちが驚いているがそんなこと知らん!! ﹁黒マントぉぉぉぉぉおおおおおおおおッッッ完ッ璧だぁぁぁあ ああああああッッ!!﹂ そいつは天才だッ!!男のロマンってもんを完璧に理解してる! !! ﹁あぁああッッ!!一度見てみたいぃぃいい!!会って弟子入り したいぃぃッ!!﹂ ﹁お、落ち着いてくださいお父様﹂ ﹁これが落ち着いていられるか!!黒マントだぞ!?正体不明だ ぞ!?こうしちゃおれん!!すぐに部下にその黒マントの情報を集 めさせなければッッ!!﹂ 私の声で都合よく警備の者たちが再びやって来た。 223 ﹁国王様!!どうなされましたか!?﹂ ﹁皆の者!!今すぐ﹃黒マントの男﹄を調べよ!!しかし決して 正体までは探ろうとはするな!!どこにいるかなどの情報だけでよ い!!﹂ ﹁は、はい!!分かりました!!﹂ そう言い残してすぐに仕事に取り掛からせる。 ⋮⋮くそぉ!!もっと早くこのことを知っておれば⋮⋮⋮⋮ 報告書にはなにも書いてなかったから気付けなかった!!誰だこ の報告書を書いたやつ!!今すぐ降格だぁああああッッ!!! 224 飛び降りればいい。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 225 飛び降りればいい。 ﹃∼黒マントについての報告書∼ 件の人物について、目撃情報有り 目撃された場所、街 呼称 漆黒の救世主 以上﹄ 私は、たった今届けられた報告書を読んでいた。 そこには私が尊敬してやまない黒マント師匠についての情報が書 かれていた。 ﹁それにしてもさすがだ⋮⋮。﹃漆黒の救世主﹄とは分かってお られる﹂ 現在部屋には私一人だけ。この間は皆の前で取り乱してしまった が今回はそのようなことはしていない。 やはり国王というものは威厳ある態度が必要なのだ。 ﹁﹃漆黒の救世主﹄殿は街で目撃されているのか。なら行かずに 226 はいられまいなぁ!!﹂ しかし国王という立場上そう簡単に行けるわけでもない。だが﹃ 漆黒の救世主﹄をこの目で直接見なくて良いものだろうか、否ッ、 いられるはずがないッ!! 街へ行く方法は限られているが、今回は﹃お忍びでの街への視察﹄ とでもしておけばよい。 私はその日のうちに最小限の荷物と数人の護衛だけを連れて城を 出発したのであった。 お忍びなので黒のマントを羽織りながら︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱ ﹁よし、やっと集まったな﹂ ﹁そうっすねッ!!結構かかっちゃったっす﹂ 俺たちは一日かけてようやくパーティーメンバーを見つけること が出来ていた。 聞くところによるとクエストは明日から二泊三日で行う予定らし 227 い。それなら冒険者教室の訓練にも間に合うだろう。 ﹁そういえば、ずっと一緒にいたのにまだ自己紹介がまだっすね﹂ 確かに一緒にメンバー探しをしていたにも関わらず誰の名前も知 らなかった。 ﹁じゃあまずは俺からっす。俺の名前はヴァイスっていうっすよ ぉ﹂ ﹁えっと俺はアネスト。大体の人にはネストって呼ばれてる﹂ 残りは先ほど勧誘に成功した二人。一人は大きな盾、もう一人は 杖を所持している。 ﹁おう、俺はサイアンってもんだ、装備からわかるかもしれんが 盾役を普段している。ちなみにこっちは弟だ﹂ そういって傍らの一人を前に出す。 ﹁えっと、僕はゲイルです。﹃風魔法﹄を使えます﹂ ﹁⋮⋮すまんが﹃風魔法﹄ってのは?﹂ 俺の言葉になんでそんなことも知らないの!?とこちらに目を向 けてくる三人。仕方ないだろ、俺この前まで村にいたんだから。 228 ﹁﹃風魔法﹄っていうのは簡単に言うと﹃風﹄を操ることができ る魔法です。風を纏めてあげればカマイタチのように物を切ること も可能です﹂ ﹁も、もしかして空も飛べるのか!?﹂ ﹁⋮⋮これまでにも確かに、﹃風魔法﹄で空を飛ぼうとした人は 何人も居ましたが成功した、というのは聞いたことがないですね﹂ それは残念。一度でいいから空から街とかを見下ろしてみたかっ たんだけどなぁ⋮⋮。 ﹁あ、でも知性のある古龍が、恩人である冒険者を背に乗せて空 を飛び回ったという話なら聞いたことがありますよ?﹂ ﹁いやいやゲイルっち。そんな簡単に古龍に恩は売れないっすよ ⋮⋮﹂ 一瞬だけ垣間見えた希望だったが、その可能性も限りなく低いら しい。 ﹁まぁ、ちょっと気になっただけだからさ﹂ でも死ぬまでには絶対空は飛びたい。最悪回復魔法をかけながら 高いところから飛び降りればいい。 ⋮⋮⋮⋮怖いから今はまだやらないけどな? 229 それから四人で会話を楽しんだあと、俺たちは二泊三日の時に必 要になりそうなモノの買い出しに向かった。 話している時に分かったのだが、どうやらサイアンとゲイルの兄 弟はヴァイスと同じくここの街には最近来たようで俺が店の案内を することになった。 ﹁まず何が必要だと思う?﹂ ﹁うーん、やっぱ武器とか防具とかじゃないっすか?見た感じだ とネストさんナイフしか持ってないですよね?﹂ ﹁あぁ、これが一番使い慣れてるからな﹂ 剣とかを使ったのも数回しかない。木の棒もたまに遊びで使って いるくらいだ。 ﹁でもやっぱ念の為に一本くらいはちゃんとした剣も持ってた方 がいいっすよ?﹂ ﹁そうかなぁ⋮⋮。じゃあ最初は武器屋でいいか﹂ 武器屋に行った俺たちは、少し時間がかかったものの少し軽めの 初心者用の剣を買った。 230 ﹁やっぱ食糧も必要っすね﹂ ﹁長持ちする食糧といったらやっぱ干し肉とかですよね?﹂ ﹁おう、俺は干し肉好きだからたくさん買うか!!﹂ 俺たちが次に向かったのは食糧品の店。 ﹁あらあら、ネストちゃんじゃないのぉ!!久しぶりね﹂ 普段からよく来ているだけでなく家事で火傷した時とかも治療し たりするときに顔を合わせているので店の奥様とはすでに顔なじみ だ。 ﹁今日はアウラちゃんたちと一緒じゃないのねぇ﹂ ﹁はい、今は冒険者の教室に行ってるので別行動です。今日はち ょっとクエストで二泊三日なので保存のきく食糧品を買いに来たん ですけど、オススメとかありますか?﹂ 俺たちのやり取りを後ろの三人が珍しそうに見ている気がする。 ﹁んーとねぇ、これでしょぉ?それにこれもぉ、あとこれかしら﹂ そう言ってどんどん店にある台の上に品物を並べていく奥様。 ﹁あ、今回はパーティーで行くんで四人分でお願いします﹂ 231 ﹁あらそうなの?じゃあもっといるわねぇ﹂ 結局、台が一杯になるくらいまで品物は置き続けられた。まぁ二 泊三日で男四人分ならこれくらいが妥当なのかもしれない。 ﹁えっと、じゃあこれ買います﹂ ﹁いいよぉ、5000エンねぇ﹂ 明らかに安い気がするけど、そこはサービスしてくれているんだ ろう。 ﹁いつもありがとうございます。怪我した時とかは言ってくださ いね?﹂ ⋮⋮買った食糧は荷物になるので後で取りに来るまで置いてくれ ることになった。 そのことにも三人は驚いてたけどな。 232 ⋮⋮本当ごめん。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 233 ⋮⋮本当ごめん。 食糧品の店をあとにした俺たちはまだ買い出しを続けていた。 ﹁じゃあ次は﹃アイテム﹄っすかね?﹂ ﹁ん、アイテムって何を買うんだ?﹂ 今までにアイテムが売っているお店には行ったことがあるが、特 に買い物をしたことはなかった。 ﹁そりゃ、回復薬っすよ。これがないと怪我した時とか困るっす からね﹂ ﹁そうですね、僕も何個か買っておこうと思ってます﹂ ⋮⋮⋮⋮あれ、そういえば皆は俺が回復魔法使えるの知らないの か。 ﹁⋮⋮えっと、俺が回復魔法使えるから買わなくていいと思うぞ﹂ ﹁﹁﹁え!?﹂﹂﹂ ﹁ギルドでもよく治療してるからな、さっきの店の人ともそうい うのでお世話になってたからサービスしてもらえたんだよ﹂ ﹁な、なるほど、そういうわけだったんすね。それにしても冒険 者なのに回復魔法使えるなんてすごいっすねぇ﹂ 234 ﹁そんなことないと思うけど⋮。まぁだから回復薬はいらないと 思うんだが⋮⋮﹂ 怪我したとしても、俺が居ればすぐに治療することができる。 ﹁でも、やっぱり買いに行ったほうがいいですよ﹂ しかし、ゲイル曰くやはりアイテムを買うべきらしい。 ﹁万が一、怪我を負ったときネストさんが回復魔法を使えない場 合やはぐれてしまった場合なども考えると各々数個ずつは持ってお くべきだと思います﹂ 今まで一人でゴブリンとかを倒しに行っていたせいか、やはりそ ういうところまで気が向けられない。 確かに緊急事態などを考えると買っておくべきか⋮⋮ ジェイドの提案でやはり回復薬は買うことになった。 しかし、一つだけ言いたいことがある⋮⋮。回復薬、高すぎだろ ッ!! ﹁回復薬ってこんなに高いものなのか?﹂ 235 だって、一個一万エンって、俺の治療費の十倍くらいだぞ!? ﹁え、都に売られていたやつよりもかなり安くて驚いたんですが ⋮⋮。ねえ兄さん?﹂ ﹁あぁ、確かに安かった﹂ ﹁俺も安くて驚いたっす!﹂ 一万エンで安いって都はどんだけ高いんだよ!? 今回のゴブリンキング討伐の報酬は百万になっている。本来なら 俺たちみたいな新人が倒せる相手ではなく、もっと手練の人が受け るクエストなのだが、そこは人数でカバーする。 すなわち、単純計算で一人二十五万になる。回復薬を一人五本ず つ買って五万、差し引いて二十万の利益が手に入るわけだ。 ﹁⋮⋮もしかして回復薬ってすごい効果がある、とかなのか?﹂ それなら納得できる。なにせ普通のヒールが傷口を閉じる程度と 聞いているので、もしかしたらもうちょっとは効果があるのかもし れない。 ﹁えっと、直接見たわけではなく聞いた話なんですけど、回復魔 法のヒールに匹敵するらしいですよ﹂ ﹁へ、へぇ、そ、そうなのかぁ⋮⋮。ちなみに回復魔法で治療し てもらうのって、ど、どれくらい掛かるものなんだ?﹂ 236 ちなみに俺のヒールは一回大体、千エン前後。 ﹁都で治療してもらった時に見た感じだと、﹃ヒール﹄が一万﹂ ﹁ヒールが一万ッッ!!??﹂ ちょ、俺その十分の一なんですけどぉッ!? ﹁﹃ポイズンヒール﹄が五万、﹃リフレッシュ﹄が一万、﹃ハイ ヒール﹄なら十万くらいが相場になってましたね﹂ ﹁⋮⋮﹃ポイズンヒール﹄と﹃リフレッシュ﹂ってなんだ?﹂ あいにくだが俺は﹃ヒール﹄と﹃ハイヒール﹄しか知らない。 ﹁え、協会で回復魔法を習った時に教えてもらったんじゃないん ですか⋮⋮?﹂ ﹁い、いや、俺独学でなんかできるようになっちゃって、ハハハ ⋮⋮﹂ ﹁そうなんですか⋮⋮。独学で使えるようになるとはネストさん に元々回復魔法の才能があったのかもしれないですね﹂ もし本当に俺に才能があったとしたら、それは運が良かったんだ ろう。一目惚れした回復魔法を自分でも使えるようになったんだか ら。 ﹁それで、﹃ポイズンヒール﹄と﹃リフレッシュ﹄についてです 237 が︱︱﹂ ⋮⋮⋮⋮なんてことだ。 今の今まで、俺は勘違いしていた。﹃ヒール﹄というものはすべ ての怪我や病気に効果があるものだと思っていた。 けど本当は回復魔法は回復魔法でも、﹃ヒール﹄や﹃ハイヒール﹄ は傷に対してのみ効果を発揮し、﹃ポイズンヒール﹄は病気や毒に 対してのみ効果を発揮する。そして﹃リフレッシュ﹄は疲労などに 対してのみ効果を発揮するようだ。 しかし俺の﹃ヒール﹄はお城の一件で使用人の病気を治療できて いる。そのあとに疲れも取れていたようにも見えた。 ⋮⋮ということはだ。俺は﹃ポイズンヒール﹄や﹃リフレッシュ﹄ を使わないといけない場面で﹃ヒール﹄を使ってしまったというこ とだ。 しかもそれでちゃんと効果が出たというオマケ付きで。 あの時は顔を隠していたからまだよかったかもしれないけど、こ れから病気の人とかを治療するときにはちゃんと使い分けをしなけ ればいけなくなってくる。 それを今知ることが出来たのは運が良かった。 238 俺はもっと、自分の行動には気をつけなければいけないな⋮⋮⋮ ⋮。 ﹁他にも回復魔法の種類とかあったら教えて欲しいんだけど⋮⋮﹂ ﹁すみませんが、本職ではないのでそれくらいのことしか知らな いですね⋮⋮。お役にたてず申し訳ありません﹂ ﹁いやいやっ!!全然助かったよ﹂ しかし他に回復魔法があるかもしれないというのはマズイ。どこ からボロが出るかも分からない。 まぁ、帰ったらトルエに教えてもらえばいいか⋮⋮ それにしても⋮⋮⋮⋮ 最初に治療してあげたおっちゃん、 239 おっちゃんのせいで俺すごい安い値段で治療してたな⋮⋮⋮⋮ いや確かにね?そのおかげでたくさん人が来てくれたんだけども ッ!! アイテムを買っているときにやけに回復薬の売れ残りが多いと思 ったけど⋮⋮ それ絶対俺のせいだよ⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮本当ごめん。 240 脱いでもらった。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 241 脱いでもらった。 今日はゴブリンキング討伐のクエストの出発日。 ギルドに一度集合ということだったが、少し早く来すぎてしまっ た。 ﹁ネストさん、少しよろしいですか?﹂ いつもの治療している時みたくギルドの机に座っていると、アス ハさんがやってきた。 ﹁はい、なんですか?﹂ ﹁実は⋮⋮、今ギルドに普段都で仕事をしていらっしゃる国王様 がお忍びで視察に来ておりましてですね⋮⋮﹂ それって、一般人の俺に言っていい情報なのだろうか。 ﹁お、王様ですか⋮⋮。この前呼ばれたときに治療を断っちゃっ たんで今顔を合わせるのはまずいですよね⋮⋮﹂ 治療をすれば治ったかもしれないのに、それを俺はしなかった。 回復魔法に目をつけられるのは嫌だったからだ。 それでも顔バレ予防をしてから城に忍びこんだんだけど、結局城 242 の使用人しか治療できなかった。 恐らくだけど聖女様はもう⋮⋮ ﹁そんなことがあったんですか⋮⋮。ちょうど今日から少しの間 クエストでしたから良かったですね﹂ ﹁それは本当に良かったです。次あった時に不敬罪とか言われて も困るので⋮⋮﹂ ﹁ですね、まぁ今の国王様は聡明で寛大であると民衆からも高い 支持を得ているので、恐らくは大丈夫でしょうけど﹂ それなら少しは安心、していいのか⋮⋮? ﹁その件でお願いなんですけど、国王様に街を案内する役をアウ ラさんにやってもらえないかと﹂ 確かにアウラは元王族だし、一応礼儀も弁えている、はずだ⋮⋮ ﹁えっと、それなら大丈夫です。あ、でも一応本人の確認も取っ てからにしてやってください﹂ ﹁はい、それはもちろんです﹂ それから少しした後、パーティーのメンバーが揃い、俺たちはア スハさんに見送られながら出発した。 243 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱ ﹁﹁﹁よろしくお願いします﹂﹂﹂ 私は今日も、いつもと同じく冒険者教室に来ていた。これまでに 色々なモンスターの特性や弱点などを教わり、今ではほとんど覚え ている。 ﹁⋮⋮すみませんがアウラさんはこちらにいらっしゃいますか?﹂ 名前を呼ばれたのでそちらに顔を向ける。 そこにはギルドの受付のアスハがいる。 ﹁ここにいるわよ﹂ わざわざギルドから来たのだから何か用があるのだろう。 ﹁少しお時間をいただけますか?ここではちょっと話しにくいの で⋮⋮﹂ ﹁分かった。じゃあ行きましょう﹂ アスハには以前都に行く前に敬語は使わないでくださいと言われ たので素で話している。 244 皆がいるところから離れて、人気が少ないところに向かう。 ﹁それで、なにかあったの?わざわざ貴方がここまで来るなんて﹂ ﹁実は今ギルドに国王様がお忍びで街の視察にいらっしゃってま して、その案内役を頼みたかったのですがどうですか?﹂ ﹁⋮⋮でも私一応奴隷だけど、大丈夫なの?確かに昔は王族だっ たけど﹂ ﹁その件で国王様に確認を取ったところ別に構わない、とのこと でしたので。ネストさんについては朝のうちに了承をいただきまし た。但し﹁本人の確認も取ってから﹂とおっしゃってましたけどね﹂ ⋮⋮ネストは今日の朝からクエストに出発すると言っていたから、 朝のうちに確認したのだろう。 ﹁⋮⋮まぁそれなら別に構わないけど、今すぐ行ったほうがいい の?﹂ ﹁その予定ですが、アウラさんには一度正装に着替えてもらいま す。お忍びなのであまり派手なものではないですけど﹂ 245 そして私はミストさんに一言伝えてから、部屋を出て行ったアス ハを追いかけた。 アスハと共に正装に着替えた私は、国王様が待つ部屋の前までや って来た。 ドアをノックし中の反応を伺う。 ﹁⋮⋮うむ、中に入ってくれ﹂ 恐らく国王様のであろう声が聞こえて少しの間を置きアスハに先 導され部屋に入った。 ﹁お待たせして申し訳ありません。この度の国王様の案内役の者 を連れて参りました﹂ アスハがちらりと目を向けてきたのは、ここで自己紹介をしろと いうことだろう。 ﹁お初にお目に掛かります。今回の案内役を務めさせていただき ますアウラです。奴隷という卑しい身分ではございますが、不便を 感じさせないよう努めますのでどうぞお願い致します﹂ 最近はあまり使っていない敬語を総動員して自己紹介を済ます。 246 ﹁うむ、少しの間ではあるがよろしく頼む﹂ 本来それは私のような奴隷に言う言葉じゃないはずなんだろうけ ど、この国王様は私の知っている国王とは違うようだ。 正装に着替える時にアスハに少し教えてもらったけど、確かにこ れなら民衆に人気があるのも頷ける。 ギルドから出て行く時に、国王様は黒のマントを着ていたのだが、 最近はネストのせいで﹃黒の救世主﹄とやらに街が敏感になってい るから、と言って脱いでもらった。 心なし国王様の顔が暗くなった気がしたけど、気のせいよね⋮⋮? 247 体験させてあげたい。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 248 体験させてあげたい。 ﹁国王様、こちらが街の商店街になります。街に住んでいる者がこ こで買い物をしたりします﹂ やはり街の見所といったらここだ。まぁ都ほどじゃないにしろ人 通りが多く、それでいて治安も良い。 ﹁⋮⋮﹂ ⋮⋮⋮⋮それにしても、本当に国王様の反応は薄いわね。 もしかして気付かないうちになにかマズイことでも言っちゃった りした? ﹁⋮⋮あの、国王様。どうかなされましたか?﹂ ﹁その、﹃国王様﹄というのはよせ。これはお忍びなのだから、 普通に接してくれたら良い﹂ ﹁し、しかしそういうわけには⋮⋮﹂ ﹁エスイックだ﹂ ﹁え?﹂ ﹁私の名前だ。これからはできれば呼び捨てでエスイックと頼む。 それに敬語も不要だからな﹂ 249 ⋮⋮いやいや、奴隷の私が国王様を呼び捨てとか、それこそ私が 案内する意味ないじゃないッ!! けど、ここで断ってしまえば機嫌を損ねてしまうのは必須だろう。 んぅー。どうしたものか⋮⋮ ﹁︱︱実は私は本当は王族なんかではなく、何の権力も持たない 唯の人としてこの世に生まれてきたかった。権力を持つ者というの は、﹃国のために﹄﹃民のために﹄働くことが当たり前だと思われ ている。 それだけでなく、自分の行動でさえも制限されることが多々あるの だ。国王である私なんかがその良い例だな。⋮⋮まぁ今回は少しば かり強引に来たが。お主の以前の話もギルドで聞いたが、王族だっ たお主には分かるであろう?﹂ ⋮⋮それは、王族だった私にも確かに通ずるところがある。 昔はお城を出ることすら特別な時にしか許可してもらえなかった。 それにその時も何人もの護衛を連れて、だ。 奴隷にはなってしまった。けど、リリィという妹ができた。街の 皆にも仲良くしてもらえた。そしてなにより、ネストというご主人 250 様に出会えた。 ︱︱それはきっと、王族だったら手に入らなかったモノだ。 今、王族として国王様が同じことを思っているのなら、﹃今日﹄ くらいは、もし今日がダメならせめて﹃今﹄だけでも、それを体験 させてあげたい。 ﹁分かったわ、エスイックね。けど後からいきなり不敬罪とかい うのは無しだからね?﹂ ﹁ああ、それくらいは分かっている﹂ ﹁⋮⋮それにしても、もし何の権力も持たない唯の一般人として 生まれてきてたら、エスイックは何をしたかったの?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹃漆黒の救世主﹄だな。いや、それが無理だというこ とは分かっているぞ?だからここは無難に冒険者だな。男であるな らば一度くらいは冒険をしてみたい、皆思うものだ﹂ ﹁へ、へぇ、私のご主人様も今クエストに行ってるのよね。た、 たしかゴブリンキング、だったかしら⋮⋮﹂ ちょ、エスイック今﹃黒の救世主﹄とか言ってたけど、それネス トのことじゃないわよね⋮⋮? ﹁ほう、ゴブリンキングとな、お主のご主人様とやらもどうやら ﹃黒の救世主﹄様に憧れているようだな﹂ ﹁そ、そうなのかしらね﹂ 251 それ絶対ネストォォォォオオオオッッ!!!し、しかもどさくさ に紛れて様付けしてたわよね!? クエストから帰って来たらくれぐれも王様の前では正体バレない ように言わないといけないわね⋮⋮⋮⋮ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱ ﹁そういえば、ネストっちってギルドの人とも仲良かったんスね﹂ 街を荷馬車で出発してからヴァイスがそんなことを言ってきた。 ﹁確かに仲良さげに話してましたねぇ﹂ ﹁あぁ、俺たちがいたギルドじゃ見送りなんてモンはもちろん、 話すことさえ稀だったな﹂ 荷馬車の御者をしてもらっているサイアン兄弟も後ろを振り返り 会話に参加してくる。 ﹁うーん。仲が良いっていうか、色々ギルドにはお世話になって るから、その関係で良くしてもらってるだけじゃないか?﹂ 252 なにせアスハさんは美人が多いギルドの受付の人たちの中でご多 分に漏れず美人。 さらに冒険者たちへの対応も丁寧である、ということから数多く の男たちからのアピールを受けているのをよく見る。 それでも未だに誰とも付き合っているという話などは全く耳にし たことがない。そのせいか既に意中の男がいるのではないか、実は 女のほうが好きなのではないか、などの様々な憶測が飛び交ってい るほどだ。 ﹁へぇ、そんなもんスかね。てっきりそういう関係なのかと期待 してたんスけど残念っス﹂ ﹁まぁ確かに美人だし、付き合える人は羨ましいと思うけどなぁ。 俺も一回弁当を作ってもらえたんだけど、すごい美味かったぞ﹂ あれは本当に美味かった⋮⋮ 次の機会があれば良いけど、自分から言うのも図々しい。 ﹁⋮⋮⋮⋮いや、それどう考えてもそういうことっスよね⋮⋮﹂ ﹁そういうこと?﹂ ﹁﹁﹁⋮⋮﹂﹂﹂ 何故黙る。そういうことっていうのは何なのか教えて欲しいんだ が⋮⋮ 253 ﹁そ、そういえば、ネストとヴァイスは夜の番を頼みたいから今 のうちに寝といてくれよ﹂ ﹁り、了解っス﹂ 結局そのまま無視されたけど、サイアンが言ったことも本当だ。 忠告に従い、俺とヴァイスは揺れる荷馬車の中で横になった。 ⋮⋮うん。まぁ、荷馬車の中って寝にくいよな。分かってたけど 道中、といっても俺たちが寝ていた間なのだが、特に問題などな くゴブリンキングが目撃された場所の近くまでやってくることがで きた。 ゲイル曰く、あまりにもモンスターの数が少なすぎるらしいのだ が、居ないに越したことはないだろう。 254 空が暗くなり始め、野営の準備に入り俺はヴァイスと二人、焚き 火のための薪を探していた。 ⋮⋮⋮⋮どれくらいの間、探していたんだろうか。気がつけば持 ってきたカゴ一杯の薪が入っていた。 ﹁じゃあこのくらいで帰るか﹂ ﹁そうっすね﹂ ちょうど目に入った棒を最後にしようと、手に取った。 ﹃グルルルル⋮⋮⋮⋮﹄ ︱︱︱︱︱︱︱微かに聞こえた﹃ソレ﹄の唸り声。 ゴブリンやゴブリンキングなんかじゃ決して発することが出来な 255 いような、低く、それでいて重い声。 下げた視線の先で微かに見える﹃ソレ﹄の影。 俺の身体と同じくらいの鉤爪を持つ﹃ソレ﹄の巨大な足。 恐る恐る視線を上げた先に居たのは︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱﹃ドラゴン﹄ 256 ちょっと空飛んでくるわ。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 257 ちょっと空飛んでくるわ。 ﹁ド、ドラゴンっすよ、これ⋮⋮﹂ そう、今俺たちの目の前にいるのは紛れもない﹃ドラゴン﹄。 深紅の鱗に身を包み、絶対的な存在感を放っているドラゴンと俺 たちでは、埋めることが出来ない壁があることが本能的に理解でき る。 薪探しに気を取られすぎていた俺は、既に手を伸ばせば届く距離 にまで近づいていた。 一刻も早くそこから離れようとしながらも、出来るだけ物音を立 てないようにする。 ⋮⋮しかし、それがかえってドラゴンを不快にさせたのか、その 大きな鉤爪を持ち上げ始めた。 そして、その大きさからは想像もできないような速さで俺目掛け て振り下ろしてくる。 かろうじて目で追える速さで振り下ろしてくるドラゴンの腕に対 258 し、今度は俺の腕が反応し始めた。 ⋮⋮⋮⋮これならもしかして、ドラゴンも倒したりできるんじゃ ないか? 独りでに動き出す腕はこれまでもたくさんのモンスターを殺して きたし⋮⋮ そう思っていたのも束の間。 鉤爪と俺の腕が交錯した一瞬後、宙を舞っていたのは、﹃俺の腕﹄ 。 その瞬間に俺は自分の考えが甘かったことに気がついた。 まず﹃ドラゴン﹄を他のモンスターと比べること自体が間違いだ ったのだ。ただ、そこにいるだけで周りを圧倒するようなドラゴン と唯のモンスターでは天と地ほどの差があるというのに。 ﹁ネ、ネストっちッ!!﹂ あまりの出来事に一瞬、呆然としてしまっていたが、ヴァイスの 声で我に返ることができた。 ﹁ヒールッッ!!﹂ 259 すぐさま自分の腕に回復魔法をかけ、ただ逃げることに専念する。 ﹁ネ、ネストっち!?う、腕が生えてきてるっすよ!?﹂ ﹁あぁ、後で説明でもなんでもしてやるからひとまず逃げるぞ! !﹂ 今すべきことはドラゴンから逃げることだ。今も、あの巨体を揺 らしながら俺たち向かって追いかけて、きて、る⋮⋮? 、 後ろを振り返るとそこにはなにもおらず、当のドラゴンは先程ま でと同じ場所で今もこちらを見ている。 ﹁あれ、追いかけてこないっすね⋮⋮﹂ 空も暗くなってきている中で俺はドラゴンをジッと見つめる。 、、、、、、、 ﹁あのドラゴンって俺たちを追いかけてこないんじゃなくて、追 いかけられないんじゃないか?﹂ ドラゴンは立ち上がろうとしてはまた座り込む、の動作を繰り返 しているように見えた。 ﹁そ、そうかもしれないっスね。た、助かったっス⋮⋮﹂ ヴァイスが緊張から解放されたのかその場に座り込む。 しかし、はっきり言って今はそれどころではなかった。その時俺 の頭の中を占めていたのは、ゲイルのある言葉だった。 260 、、 ﹃あ、でも知性のある古龍が、恩人である冒険者を背に乗せて空 を飛び回ったという話なら聞いたことがありますよ?﹄ 要するに︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ 、、、、、、 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ドラゴンを治療したら、空を 飛べるんだろ? あの後、少し気になってアウラに古龍とは何か、ということを聞 いておいた。 曰く、﹃古龍﹄とは長い年月を経て知恵を持ったドラゴンの別称 のようなものらしい。 ドラゴンなんて見たことは無かったが、それでも今回のドラゴン は明らかに大きすぎる気がする。 、、、、 恐らく、長い年月を生きてきたのだろう。 たくさん生きているということは最低限知性も身につけているは ずだ。 261 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱条件は、揃った。 ﹁ふふふ﹂ もしかしたら空を飛べるかもしれない、という期待に口元が緩む。 ﹁ネ、ネストっち?どうしたんスか、いきなり﹂ ﹁俺、今からちょっと空飛んでくるわ﹂ そう言い残し俺はドラゴンに向かって歩き出す。後ろからヴァイ スの慌てたような声が聞こえるけど、そんなの今はどうでもいい。 俺は、飛ぶんだッッ!! ドラゴンの近くまで行った俺は、ドラゴンの動きに注意しながら 怪我をしているところを見てみた。 どうやら、翼を怪我しているようで飛べないらしい。 262 安心しろ、俺が今すぐ治してやるから⋮⋮ッ!! ﹁ヒィィルゥゥゥウウウウッッッ!!!!﹂ ⋮⋮もしかしたら、今までで一番魔力を込めたヒールだったかも しれない。 けど、それで空が飛べるのなら万々歳だ!! ⋮⋮ドラゴンが自分の身体の違和感に気がつき始めた。次第に翼 も動かし始めている。 ある程度確認し終わったのか、俺をじっと見つめてくるドラゴン。 知性があるようだから、俺が治療したのが分かっているのだろう。 ︱︱そして、とうとう立ち上がる。 そのまま数回翼を動かし、俺に背を向けた。 ﹁俺の背中に乗れってこギャぶッッ!!??﹂ 263 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱俺は今、空を飛んでいます。 、、、、、、、、 、、 ちょっと地面との距離が近い気がするけど、あまり我が儘は言い ません。 飛べれば、良いんです。 、、、、、、、 ⋮⋮例えそれが、ドラゴンの尻尾に吹き飛ばされたからだとして も。 楽しい時間も終わり、地面を転がる。 すぐさまヒールをかけ、ヴァイスのいる元へと駆け出す。 264 ﹁アハハハハハッハッハハハハ﹂ ︱︱︱別に方法なんてどうでもいいんだ。ドラゴンの尻尾に吹き 飛ばされたからって、結局のところ、空は飛べたんだから︱︱︱ ﹁なわけねぇぇええええええええええええッッッッ!!!﹂ あれのどこが空飛んだんだよ!? 俺が言ってる空を飛ぶっていうのは、もっとこうあるだろ!? 空を飛んで追いかけてくるドラゴンから逃げ切れたら、ゲイルを 一回殴ろう。 ﹁チ、チクショォォォォオオオオオオオオッッッ!!!﹂ 俺は泣きながら暗闇を走り続けた︱︱︱。 265 楽だったわ。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 266 楽だったわ。 ﹁はぁ⋮⋮、もう大丈夫、か⋮⋮?﹂ ﹁そ、そうみたいっスね⋮⋮﹂ ⋮⋮ドラゴンから逃げるのは本当に大変だった。 疲れたら俺の﹃ヒール﹄で治して、また疲れたら治す。それの繰 り返しで死ぬかと思った⋮⋮ ﹁お、やっと帰ってきたか。いつまで経っても帰って来ないから 何かあったのかと思ったぞ﹂ ﹁あ、あぁ﹂ やはりサイアンたちには心配をかけていたようだったが、俺たち は少し遅めの食事にありつけた。 サイアンたちは御者を任せているので夜番も俺とヴァイスの仕事 だ。 ﹁じゃあ、俺たちは寝させてもらうわ﹂ 267 ﹁よろしくお願いします﹂ 二人はそう言って荷馬車の中へ入っていった。俺とヴァイスは夜 の間だけだが火の番をしなければならない。 ﹁⋮⋮﹂ いつもは皆と話しまくっているヴァイスだが、帰ってきてからほ とんど話していない。 ﹁⋮⋮ネストっちの回復魔法って結局何だったんスか?切られた 腕を一瞬で治してたっすよね。秘密にしてるのかと思ってサイっち たちがいる時は言わなかったっスけど﹂ そうだ、ヴァイスには俺の本当の回復魔法を見られてしまってい た。先程はそれどころではない状態だったので誤魔化せたと思って たのだが、どうやら今まで黙っていたのはそういうことだったらし い。 ﹁そ、それはだな⋮⋮﹂ 俺の回復魔法のことは基本的に秘密にしている。使うときがあっ たとしてもその時は顔バレをしないようにしたり、と気を使ってい る。 しかし、一緒にクエストを受けているヴァイスと気まずい雰囲気 になるのもダメだ。 ヴァイスの前で回復魔法を使ってしまった俺が悪いだろうし、こ 268 こは諦めて話すしかないか⋮⋮。 ほかの人には言わないようにお願いもしないといけないけど。 ﹁⋮⋮実は、俺の回復魔法ってちょっと普通と違って効果があり すぎるみたいなんだ﹂ ﹁まぁ、確かに凄かったっスね﹂ ﹁でも、俺としてはあまり目立ちたくないっていうか、回復魔法 を使うとしても顔バレしないように気をつけてるんだ﹂ その結果﹃漆黒の救世主﹄とかいう恥ずかしい名前を貰ったんだ けど。 ﹁え、それでも腕とか切られたら痛すぎて治療に集中できないと 思うんスけど⋮⋮﹂ ﹁それに関しては俺の回復魔法の特訓が原因なんだ﹂ ﹁回復魔法の特訓っスか?﹂ ﹁あぁ、俺って回復魔法の特訓をするときは、自分の手とかを切 りまくってたからそのせいで痛覚がおかしくなって、今では腕を切 られてもほとんど痛くないくらいなんだ﹂ ﹁そ、それは凄いっスね⋮⋮﹂ ﹁俺の回復魔法についてはそんなとこかな。この事は他の人には 言わないでくれると助かる﹂ 269 もしここから俺の事が広がったりして国王様の耳に入ったら、王 女様の件で捕まったりするかもしれないし⋮⋮ 普通に死刑とかされるかもしれない。 ﹁了解っス。もともとそんなつもりも無いっスし﹂ ﹁あぁ、よろしく頼む﹂ 夜も明けてきて、サイアンたちが起きてきた。 少しの間だけ俺とヴァイスが仮眠をとり、その後にゴブリンキン グを討伐しに行く。 まぁ、ゴブリンキングは一対一で戦っても勝てたので、今回の四 対一ははっきり言って余裕だった。 怪我をしたら俺が治し、また攻撃を再開する。 十分もしないうちにゴブリンキングを倒し終えることができた。 ﹁こんなに簡単だと思いませんでしたね。やっぱ回復がいると助 かります﹂ 270 ﹁いや、ゲイルの風魔法も凄かったし、前衛がいるのも楽だった わ﹂ 俺たちはゴブリンキングの討伐部位を切り取り、街への帰路につ いた。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱ 俺はギルドに登録している冒険者だ。 今日はパーティーで街から少し離れたところで薬草を採取してい た。 ﹁いやぁ今日はモンスターも少なくて大量だったなぁ!!﹂ ﹁確かにまだ一回しか見てないものね﹂ 普段であれば十回ほどは遭遇するゴブリンなどのモンスターも今 日はなりを潜めている。 271 モンスターも出てこないので見張りもせずに皆で薬草を集める。 しばらくした後、持てるだけの薬草を採取した俺たちは一度休憩 を取ることにした。 ﹁これだけあればしばらくは楽して暮らせそうだなぁ!!﹂ 薬草の需要は意外にも高く、数があれば高値で引き取ってもらえ る。 ︱︱︱ドスン ふと、地鳴りがした。まるで何かの足音のような⋮⋮ ︱︱︱ドスンドスン それも複数。 272 ︱︱︱ドスンドスンッ!! 音はだんだんと大きくなっていき、やがてその音は止まる。 ﹁﹁﹁⋮⋮﹂﹂﹂ 俺のパーティーの皆が俺の後ろの方をみて呆然としていた。 なにか俺の後ろにいるのだろうか⋮⋮。後ろを振り返った先には ︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱鬼が、いた。 まるで獲物を見つけたかのように笑みを浮かべている。 それはどこからどうみても﹃オーガ﹄だった。 ﹁ッッ!!﹂ その数、﹃三﹄ オーガとは群れることはないモンスターとして有名なはずだ。 273 仮に一体であったとしてもそれなりの大きさの村を滅ぼせるほど の力を持ったオーガ、それが三体もいる。 ここは街からそれほど離れていないところだ。このままいけば、 街へと襲いかかる可能性がある。 ﹁おい、お前らッッ!!俺が囮になるからギルドに報告しにいけ ッッ!!何が何でもこのことを伝えるんだッッ!!!﹂ それなら今自分たちがしなければいけないことは、一刻も早くこ のことを街に伝えることだ。 ﹁そ、そんなッ!?﹂ ﹁いいから行けぇぇえええッッ!!!!﹂ オーガが振り下ろしてくる拳を避けながら叫ぶ。 ﹁し、死んだりしたら許さないから!!!﹂ ﹁すぐ戻ってくる!!﹂ そう言って街の方へと走り出して行った。 けど、皆も気づいているはずだ。俺とはもう会えないということ に。 ﹁はぁ、くそったれが⋮⋮﹂ 自分の運の無さにとことん嫌になる。 274 ⋮⋮俺が死んだ後、街は大丈夫だろうか。皆は生き残ってくれる だろうか⋮⋮。 確か街には有名な冒険者もいたはずだ。 それに、最近噂になっている﹃漆黒の救世主﹄もいるだろう。 今はそいつらに賭けるしかない、か⋮⋮。 俺は、再び振り下ろされてくる拳を見つめながら、そんなことを 思った︱︱。 275 ︳︶m 泣いちゃいますからね?︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 276 泣いちゃいますからね? ﹁はぁ、戻ってきたな⋮⋮﹂ ﹁そうっスね﹂ 俺たちは、ゴブリンキングを倒した後帰路に着き、やっとのこと で街まで帰って来た。 ﹁じゃあ俺は荷馬車返してくるっすから先ギルド行っててくださ いっス﹂ ﹁了解﹂ ヴァイスには、借りてた荷馬車を返しに行ってもらい、俺たちは ギルドでクエストの完了報告をしに行く。 ﹁⋮⋮なんか街が慌ただしくないですか?﹂ ゲイルに言われ、周りを見てみると確かに何か慌てているような 感じがする。 しかし、慌てているのは冒険者らしき人たちだけで、お店の人な んかはいつも通り仕事をしていた。 ﹁⋮⋮どうなってんだ?﹂ 277 ひとまずギルドに行けば何があったのか分かるだろう。 ﹁あ、ネストさん!おかえりなさい﹂ ⋮⋮こういうのが誤解を生む原因なんだろうかと思いながらも、 ただいまと返す。 ﹁アスハさん何か冒険者の人たちが様子がおかしい気がするんで すけど何かあったんですか?﹂ ギルドの中に冒険者はほとんどおらず何処かへ行ってしまってい た。 ﹁あ、もしかして、また何かモンスターが現れたとかですか?﹂ 半分冗談、半分本気という割合で聞いてみる。 ﹁⋮⋮実は、そうなんです﹂ ﹁街の人達は、知ってるんですか?﹂ ﹁いえ、まだ公表していません⋮⋮﹂ あぁ、だから冒険者の人だけが何か慌てていたのか。 ﹁でもなんで公表してないんですか?﹂ 278 ゴブリンの時は早々に街の人たちに公表していた気がするのだが ⋮⋮。今回は何か問題でもあるんだろうか。 ﹁⋮⋮そのモンスターが厄介でして、﹃オーガ﹄なんです。街の 近くに現れたモンスターっていうのが﹂ ﹁﹃オーガ﹄ですか⋮⋮﹂ やばい、俺の知らないモンスターなのは確実だ。大きな蛾とかか ⋮⋮? 後ろのサイアンたちの驚きからしたら強いモンスターっていうの は分かるんだけど。 ﹁今、調査隊に確認しに行ってもらってるんですけど、最初に発 見した冒険者のパーティーからの報告では、おそらくその数﹃三﹄。 今、ギルドに所属しているメンバーでギリギリ対応できるかできな いかのレベルです﹂ ﹁そ、それってヤバくないですか?﹂ ﹁ヤバイんです﹂ 大きな蛾だとしたら、どんな攻撃をしてくるんだろうか⋮⋮ うん、全く想像がつかん。 ﹁ネストさん、ちょっとお話があるので少し奥に行けませんか?﹂ 279 ﹁あ、はい﹂ ここで話さないということは、サイアンたちには聞かせられない 話なのだろうと思い、素直に付いて行く。 ﹁それで付いてきてもらった理由なんですが、オーガを足止めし てもらえないでしょうか。﹃漆黒の救世主﹄として﹂ ⋮⋮⋮⋮アスハさんも知ってたんですねソレ。 ﹁さっきはああ言いましたが、今のギルドで対処できるのは精々 二体までが限界です。危険は承知でお願いします。街を、街の皆を 救ってください﹂ 肩を震わせ顔を俯かせながらそう頼んでくるアスハさんに、無理 とは言えない。 ﹁えっと、分かりました。だから顔を上げてください﹂ オーガのことは全く知らないけど、アウラを連れていけば大丈夫 なはず。指揮コースに通っているアウラならオーガの戦い方なんか も詳しいだろう。 さすがに戦闘に参加させるつもりは無いので、離れさせてはおく が⋮⋮ 280 ﹁⋮⋮ありがとうございます﹂ しかし、アスハさんの顔は未だに暗い。 ﹁⋮⋮えっと、他に俺に出来ることがあれば聞きますけど﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ やはり反応が薄い。こ、これは早くオーガの場所とかを聞いて行 ったほうが良いかもしれないな⋮⋮。 ﹁それじゃあ、オーガのところ行ってくるんですけどどこに居る んですか?﹂ ﹁⋮⋮三体のオーガはこの街を囲うように三方向から近づいてき ています。ネストさんにはここのオーガをお願いします﹂ 簡易的な地図で場所を示しながら説明してくれる。 ﹁じゃあ早速行ってきますんで﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 説明はしてくれたが、それ以降の反応が無くなってしまった。ま ぁ、何か思うところがあるのかもしれない。 ⋮⋮しかし、サイアンたちがいるところへ戻ろうとした時後ろか ら引っ張られた。 もちろん引っ張っているのはアスハさんしか居ない。 281 ﹁ア、アスハさん⋮⋮?﹂ 初めて会った日のことを思い出し、緊張してしまう。 ﹃⋮⋮⋮⋮絶対、私の前から居なくなったりしないでください。 もし、そんなことしたら私、泣いちゃいますからね?﹄ ﹁ッッ!!??﹂ 耳元でそう囁かれたかと思うと、頬に柔らかい﹃何か﹄が⋮⋮ アスハさんは顔を俯かせながらその場からすごい勢いで走り去っ ていった。 ﹁オ、オーガ、倒しにいくか⋮⋮﹂ 気持ちを切り替えようとそう呟いてみたものの、頭の中はアスハ さんのことで一杯だった。 さすがに今のがギルドの仕事という訳ではないだろうし、かとい って俺に好意を持ってくれると考えるのも自惚れだと思う。 282 ︱︱︱︱けど俺は、そんな未来に期待せずにはいられなかった。 ﹁アスハさん、か⋮⋮﹂ 自分の気持ちは判らないけど。 もし、そうだったら嬉しい、かな⋮⋮ 283 ごめんなさい、嘘です。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 284 ごめんなさい、嘘です。 ﹁ちょっと、どうしたんスか?さっき一緒にいたギルドの人顔真 っ赤にして出て行きましたけど⋮⋮﹂ ギルドの入口を指差しながら、ヴァイスが俺に聞いてくる。 ﹁い、いや、なんでもない⋮⋮﹂ 本当はアスハさんと色々あったのだが、今はそんなことをしてい る場合でもない。 ﹁サイアンたちは、討伐隊参加するのか?﹂ アスハさんの話から察するにオーガなるモンスターは相当に強い ことが窺える。 別にサイアンたちだけでなく、今回は他の冒険者の人たちだって 同じだ。この前に参加したゴブリンの討伐隊とは訳が違う。 恐らく、死の危険性も出てくるはず。それでも、討伐隊として参 加してくれるんだろうか⋮⋮? ﹁⋮⋮⋮⋮俺は行くぞ﹂ 285 しばらくの沈黙のあとサイアンが小さな声で、されど決意の篭っ た声で答えた。 ﹁僕も、行きます﹂ ゲイルも続く。 ﹁⋮⋮ハァ、これじゃあ俺も行かないといけなくなるじゃないっ スかぁ﹂ 最後に、ヴァイスも。 ﹁よし、じゃあ皆だな。まず、オーガは三つの場所に分かれてい るらしい。戦力が偏っているかもしれないし、俺たちは二手に分か れてそれぞれの討伐隊に参加するか﹂ ﹁それがいいですね﹂ ﹁じゃあ俺とヴァイス、ゲイルとサイアンで別れよう。今からは 各自で装備の準備とかをやろう﹂ そこまで言って、俺はヴァイスを引っ張ってギルドを出て行った。 俺の意見にゲイルが賛同してくれたが、俺の狙いは別にある。俺 の狙いはというと、怪しまれずに一人でオーガのところまでいくこ とだ。 ﹁ヴァイス、さっきはああ言ったけど俺は一人で別のところに行 かないといけないんだ﹂ 286 ﹁えっと、つまりどういうことっスか?﹂ ﹁実は、この街が同時に対処できるオーガの数は三体じゃなくて、 二体なんだ。だから、足止めのために俺が行ってくれないか頼まれ たんだ﹂ ヴァイスは数少ない俺の本当の回復魔法の能力を知っている奴な ので、特に﹃漆黒の救世主﹄のことも隠す必要はないと思いこの組 み分けにした。 ﹁それって、一人で行くんスか?﹂ ﹁いや、もう一人連れていく予定だな。如何せんおれがモンスタ ーについて知ら無さ過ぎるから戦闘の時に指示ををしてもらう予定 だ﹂ アウラは冒険者教室でも特に物覚えも早く、どんどんモンスター の特性や弱点なんかを覚えて言ってるようだし、今回初めてそれを 実践してもらう。 ﹁その人は戦うことはできるっスか?﹂ ﹁うーん、それは無理だな。戦闘の時は離れたところから指示し てもらおうと思ったんだけど、やっぱり厳しいか?﹂ それが無理だとしたら、なんの情報も無しにオーガと戦わなけれ ばならなくなってしまう。 ﹁はいッス。オーガは意外に頭もいいっていうし、危ないかもし 287 れないッス﹂ ﹁⋮⋮となると、やっぱ一人で行くしかない、か⋮⋮﹂ 確かに、一緒に連れて行ってアウラが襲われたりしたらひとたま りもない。 多少の怪我ならすぐにでも治せるが、もし即死するような攻撃を 受けたりしたらということも考えられる。 俺は冒険者教室で攻撃を避ける練習をしたら多少は大丈夫なんだ ろうけど⋮⋮ ﹁それなら俺も一緒について行きますッス。これでも意外と動け るし一人守りながら逃げ回るくらいなら余裕ッス﹂ 俺がどうしようかと悩んでいる時に、ヴァイスがそんなことを言 ってきた。 しかし、確かにそれなら安定して指示も貰えるし、危険もなくな る。しかも既に俺のことを知っているヴァイスなら顔バレなども気 にしなくて良い。 ﹁⋮⋮えっと、じゃあそれで頼んでいいか?﹂ ﹁了解ッス﹂ 288 ﹁⋮⋮それで私のところに来た、というわけね﹂ ﹁そ、そうなんだ。俺実はオーガのこととかもほとんど知らなく てさ⋮⋮﹂ アウラは自宅へ帰ったというミストさんの言葉を聞いて、走って 帰ってきた俺はアウラに今の状況を説明していた。 ﹁じゃあ何でそんな危ないこと引き受けたのッ!!??﹂ ﹁ま、街の皆のためになると思って⋮⋮﹂ ⋮⋮ごめんなさい、嘘です。アスハさんにあんなこと言われて断 れなかっただけです。 ﹁そ、それなら仕方ないけど⋮⋮。でもそれでネストが死んじゃ ったりしたら、ネストの奴隷の私たちはどうしたら良いの⋮⋮?﹂ あっさり俺の嘘を信じたアウラだったが、すぐに下を向いてしま う。 ﹁大丈夫だって。俺の回復魔法知ってるだろ?それに訓練も受け て攻撃も避けられるようになったし﹂ まぁ確かに俺がこのまま死んでしまったとしたら、主を失くした 奴隷として一生を過ごさなければいけないと考えれば確かにそうな 289 のかもしれない。 ﹁じゃあ、今のうちに奴隷から解放しとくよ。一度契約した奴隷 なら、主が自分で解放することもできるって奴隷商の人も言ってた し﹂ ﹁ぇ⋮⋮﹂ アウラが少し顔を上げた気がするし、やっぱそれが原因だったん だろう。 ﹁それならもし俺が失敗して何かあったとしても大丈夫だろ?﹂ これで話も進めることができると思い、アウラの顔を見た俺は、 何が起こっているのか分からなかった。 ︱︱︱アウラが、泣いていた。 呆然としたような顔を俺に向け、その目からは今も涙が溢れ続け ている。 ﹁あ、あれッ?わ、私どうして、い、いや何もないから、ホント に何も、ないからっ﹂ 服の袖で溢れ出す涙を抑えるアウラがそう呟くが、どう考えても 何もないはずがない。 ﹁お、おい、何かあったのか?どこか痛いところでもあるのか?﹂ しかし、何か思い当たる節がある訳でもなく、そんな理由しか思 290 いつかない。 今も必死に涙を止めようと服の袖を擦りつけているが、涙は止ま ることなく、ただ袖の染みが大きくなり続けていた。 ﹁⋮⋮ごめん、やっぱり今は、無理。少ししたら、また、ちゃん とするからっ⋮⋮。今は、ごめんっ﹂ ⋮⋮アウラはそう言い残し家から出て行ってしまった。開け放た れた扉が、如何にアウラに何かがあったのかを示している。 少ししたら、というのがどれくらいなのか判らないが、おそらく オーガについて指示をもらうのは厳しいだろう。 ⋮⋮アウラが泣いているのは初めて見たかもしれない。 一応主の、俺に遠慮することなくいろんなことを言ってくるアウ ラ。確かに少しばかり強気な部分もあるけど、いつも明るく周りに 接し、今では街の人からの人気も高い。 そんなアウラが泣くなんて、よほどのことがあったのかもしれな いけど、俺にはやっぱり思い当たる節もない。 それに、奴隷から解放するということはアウラにとっても嬉しい ことのはずなのに⋮⋮ ⋮⋮けど、今はそればかり考えているわけにもいかない。 291 ひとまずはオーガの件を片付けよう。そして時間が出来たらアウ ラに直接聞けばいいのだ。 俺は自分の部屋から﹃漆黒の救世主﹄の時に着る用の黒マントを 取り出し、ヴァイスとの待ち合わせ場所に向かった。 292 ごめんなさい、嘘です。︵後書き︶ ︳︶m ごめんなさい。中途半端になっちゃいました⋮⋮ 本当申し訳ないですm︵︳ ︳︶m あと、思いつきでセリフを書きなぐったんで多分おかしいですけど、 あとで修正入れるかもですm︵︳ 293 無理をしてみよう。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 294 無理をしてみよう。 ﹁あれ、一人ッスか?﹂ 待ち合わせしていた場所に既にヴァイスはやって来ていた。 ﹁あぁ、ちょっと色々あってな。もしかしたら後から来てくれる かもしれないけど、多分間に合わないだろうな﹂ 一応、家から出るときに今から向かう場所を書いたメモを残して おいたが、それに気づくとも限らない。 ﹁ヴァイスってオーガのこととかって知ってるか?﹂ ﹁まぁ、一般レベルであればッスけど﹂ ﹁じゃあ、ヴァイスがオーガについて教えてくれると助かる﹂ この際だし、俺より詳しければ誰でもいい。 もともとヴァイスも来る予定だったし、大丈夫なはずだ。 ﹁了解ッス﹂ ﹁じゃあ急いで向かうか﹂ 俺たちは早速街をでて、オーガのいる方へと向かった。念の為に、 295 既に黒マントは着用している。 ﹁それ何ッスか?﹂ 変なものでも見るかのようにヴァイスが聞いてくる。そういえば まだ﹃これ﹄について説明してなかったな。 ﹁俺があまり皆に回復魔法のこととかを知られたくないのは前に いっただろ?それで顔バレ防止の時にこれ着てモンスターの群れと かと戦ったらいつの間にか﹃漆黒の救世主﹄とか呼ばれるようにな っちゃっ てな⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮だ、ダサくないッスか?﹂ ﹁ダサくないわけ無いじゃんッ!?﹂ そんなことは俺も分かっている。街で偶然耳にしたそれを痛々し い名前だなぁとか思ってたら、実は俺のことでしたって分かったと きなんてもう⋮⋮ッ!! しかし、今更それをどうすることができるわけでもない。 しかも何故か街の人達は﹃漆黒の救世主﹄という名前に違和感が ないあまりか、あまつさえ格好良いなどと言っているのだから恐ろ しい。 普通に考えればそれがどれだけ痛い名前なのか分かるはずなのに ⋮⋮。 296 オーガについての事前情報を聞いている内に、目的の場所へと着 いた。 それによると驚くべきことに﹃オーガ﹄というものは人型である らしい。もちろん空も飛ばない。 大きな蛾とは何にも関係ないことが分かったが、それならどうい う理由で﹃オーガ﹄なんて名前が付いているんだろうか⋮⋮ 他に頭に入れておくべき情報と言ったら、オーガの圧倒的な筋力 についてだろうか。 オーガは筋力だけならドラゴンをも凌駕するらしい。まともに受 けてしまえばひとたまりもないということだ。 ﹁はぁ、今更ながら緊張してきたぁ﹂ まだ、視界にはオーガらしきものは見えて来ないが、恐らくもう すぐそこまで迫っているのだろう。 ゴブリンは蓋を開けてしまえば大したことのない相手だったし、 ドラゴンは怖かったが逃げることができた。 297 けど、今回は違う。 ﹃強い﹄ということは既に分かっている。下手したら死んでしま うかもしれないということも分かる。 そしてこれが決して﹃逃げられない﹄戦いであるということも︱ ︱︱ ﹁ヴァイスはもし誰かが来た時はよろしく頼む﹂ ﹁了解ッス﹂ 今、オーガが向かってきていることは街の人たちは知らない。 誰かが街の外に出て、俺たちが戦っているところに来てしまって は戦闘に集中できなくなってしまう。 ヴァイスには街の人がやってきたら、危険なモンスターがいると いうことを伝えて、さらに口止めをするようにも頼んでおく。 もし、﹁アウラ﹂という名前の女の子が来たら指示を仰ぐように とも言っておいた。 298 視界の奥に、微かに動くような影が見えた気がした。 目を凝らし﹃それ﹄を見る。 影は間違いなく徐々に大きさを増していき、遠目にでもそれが巨 大であることが理解できた。 ﹁⋮⋮あ、そういえば結局アウラたちを奴隷契約から解放してな いわ﹂ ﹁⋮⋮?ネストっちって奴隷居たんですか?﹂ ﹁あぁ、今回一緒に来る予定だったやつもその一人なんだけど、 俺にもしものときがあった時のために奴隷から解放されたいんだろ ?って言ったら、どっか行っちゃってだな⋮⋮﹂ 今も少し考えたりしているが、やっぱりどうして泣いたのか分か らない。 ﹁えっと、その子がアウラって子ですよね。そのアウラって子は 本当に奴隷を解放されたかったんスかね?ネストっちたちの関係が どんなものかは知らないッスけど、ネストっちがそう言ってどっか 行ったっていうなら、それはそういうことだと思うッス﹂ ⋮⋮⋮⋮そんなことが果たして有り得るのだろうか。 奴隷が奴隷から解放されたくないなんてことが本当にあるんだろ うか。 俺ならすぐにでも解放されたいと思うはずだ。 299 よっぽど主がいい人だったりするなら確かに分からない気がしな くもないが、アウラの主は俺だ。 俺はある程度遠慮しないようには言っていたが、実際はそのくら いしかしていなかった。 毎日、一緒に街をぶらぶらしたり、一緒に料理をしたり。 そんな主なのに、解放されたくないなんて有り得るのだろうか⋮ ⋮。 こればっかりはアウラに直接聞かなければ分からない。 けど、俺としては奴隷から開放してあげたいと思っている。この 前都に来た時の関所での一件からそう思うようになったのだ。 ⋮⋮⋮⋮まぁ、アウラとちゃんと話すためにも、ひとまずは目の 前のオーガを倒さないとな。 気がつけばオーガらしき影にしか見えなかったそれも今でははっ きりとそれが﹃オーガ﹄であることが分かるようになっていた。 ﹁じゃあそろそろヴァイスは離れててくれ﹂ ﹁了解ッス。気をつけてくださいねッス﹂ 300 ﹁あぁ。頑張るよ﹂ 今回は足止めを、ということで頼まれたが別のオーガがそんな早 くにやられるとも思えない。 となると、やはり俺が止めまでをささないといけなくなるかもし れなくなってくる。 、、 あまりアスハさんに心配をかけるわけにもいけないけど、今日く らいはちょっと、無理をしてみよう。 街を守るために︱︱︱ 街の皆を守るために︱︱︱ そして、アウラとちゃんと話をするために︱︱︱ 俺は目の前に迫ってきているオーガに目掛けて走り出した。 301 比べモンになんねえわ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 ︳︶m 戦闘の描写が下手ですみません。 先に言っておきますm︵︳ 302 比べモンになんねえわ オーガとの距離が縮まっていく。 走る俺とは逆に、オーガはゆっくりと着実に俺に向かって歩いて くる。 それは余裕の表れなのかどうかは分からないが、近づくごとにそ の巨躯が改めて分かった。 この前見たドラゴンに匹敵する大きさだろう。 このままいけば、俺とオーガの戦闘が始まるのは街からはある程 度離れた場所でできそうだ。 そうすれば、それだけ街の人が危険にさらされる可能性も低くな り、俺も戦闘に集中できる。 オーガとの距離がさらに近づく。 既にオーガが腕を伸ばせば届きそうな距離というか、実際オーガ の腕が俺を捉えようとしてきた。 しかし、遅い。どう考えてもデュード先生の方が速い。 303 まぁ普通に考えてもこの大きさならこのくらいの速さが限界なん だろうけど、これならいくらでも避けられる。 ﹁ッ!?﹂ しかし、俺は見た。 、、、、、、、、、、 オーガがニタリと笑うのを︱︱ 次の瞬間、それまでの速さから一変して明らかに速さが増した。 完璧に油断していた俺はその速さに対応することが出来ず、その まま殴り飛ばされる。 ありがたいことに痛みはやはり感じることはなく、地面を転がり ながらもすぐにヒールをかける。 変な方向に曲がった腕や脚が一瞬にして元に戻り、万全の状態に まで回復する。 そこでオーガの顔が笑みから困惑しているような顔に変わった。 おそらく、これまでに対峙してきた相手は今の一撃で再起不能、 または即死していたんだろう。 俺も場所が悪かったら即死していたかもしれないくらいの一撃だ ったと思うが、今回は俺に運が味方した。 ﹁⋮⋮ハッ。やっぱ今までと比べモンになんねえわコレ﹂ 304 だが、オーガにとっても俺は今までの殺られるだけの相手ではな い。 気合を入れ直し、もう一度オーガのもとまで向かう。オーガの方 も俺が今までの敵とは違うと理解したのか、こちらの様子を窺って きているように見えた。 ﹁ここからが本番だ⋮⋮ッ!!﹂ もう、油断しない。全力で、完璧に対処してみせる︱︱ ナイフを逆手に持ち替え、本当の俺とオーガとの戦いが始まった。 迫り来るオーガの拳を見ながら、訓練で学んだことを思い出し冷 静に対処する。 オーガが人型ということもあり、訓練の成果が存分に活かしなが ら、着実にオーガの懐に潜り込む。 腕を伸ばせば既に届く距離にまで来ることができた。 俺の腕が、動き出す︱︱︱ いつもならそのまま相手の腕や脚を切り取るが、ゴブリンの細い 腕と違ってオーガの腕は俺の身体よりも太い。 ナイフの長さ分の深さの切り傷はつけることができたが、切り取 305 ることまでは叶わなかった。 そうなれば使い慣れていないがこの前に購入した初心者用の剣を 使う方が効率がいいはずだ。 念の為に、と思い持ってきたことが功を奏した。マントの下に潜 めておいた剣を取り出し腕の切り取りにかかる。 しかしオーガも簡単にはさせてくれるはずもなく、振り返りざま に拳を放ってきた。 それを下にしゃがみ込むことで危なげに回避に成功するが、俺の 腕はそれすらも利用し頭上を通り過ぎていくオーガの拳に剣を突き 刺しそのまま腕を切り落としてしまった。 ﹁グギャァァァアァァアアアアアッッッ!!!!﹂ オーガの絶叫が響き渡る。 これまでであれば腕を切り落とした時点で戦意を失くす相手が多 かったが、さすがオーガというべきか直ぐに立ち直り俺に突進して くる。 ﹁ヒールッッ!!﹂ 自分に回復魔法をかけながら、オーガの突進の受け流しにかかる。 回復魔法無しで受け流しをしようとすれば、恐らく腕が耐えられ ないだろう。 306 上手く突進を受け流した俺の腕が、こちらに背中を向けているオ ーガを捉えた。 背中から首にかけてを線を引くようになぞる。 ﹁グギャアアアアアァァァァァァアァアアァァアアアッッッッ! !!!!﹂ 先ほどより大きな絶叫を上げる。必死に俺から離れようとするオ ーガを見るとどうやら既に戦意も無さそうだ。 だからといってここでやめるつもりもない。ここで逃がしてまた 街に被害を出すわけにもいかないのだ。 最後の止めにオーガの身体と頭の間を本気の力を込めて、なぞる ︱︱︱ ごとん、という鈍い音を立ててオーガの頭だったものが地面に落 ちた。 ⋮⋮⋮⋮お、終わった、のか⋮⋮? ﹁ヒール﹂ ひとまず戦闘で疲労した自分に回復魔法をかけておく。 307 目の前で首の無い状態で倒れているオーガを見る。 その時になってようやく自分が殺ったのだという自覚が湧いてき た。 どれくらいの間、見続けていたのだろうか。 後ろから足音が聞こえてきた。俺が遅すぎたのでヴァイスが自分 から見に来たのだろう。 ﹁あぁ、ヴァイスすまん。ちょっとオーガ見てたら、そっちに行 くの、が遅く、なった⋮⋮ってあれ?﹂ しかし、俺が振り返るとそこには誰も居らず、ただ生暖かい風が 吹いてきただけだった。 ﹁ヴァイス⋮⋮?﹂ 確かに足音は聞こえたはずだった。なのにそこには誰もいない。 不思議に思ったが自分の聞き間違いだったのかもしれないと思い 直し、何気なく視界を下げる。 ﹁は⋮⋮?﹂ そこには俺の胸から血に濡れた剣が生えていた。 咄嗟に振り返ると、そこには︱︱︱ 308 ニタリ、と先ほどのオーガと同じ笑みを浮かべているヴァイスが いた︱︱︱ 309 オーガの真似をしてみた︵前書き︶ ︳︶m ヴァイスくんの﹁ッス﹂がそろそろきつい⋮⋮ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 310 オーガの真似をしてみた ﹁ククク、痛覚が無いっていうのは本当だったんスね﹂ ﹁⋮⋮おい、ヴァイス冗談はやめろ﹂ 別に痛くはないが、自分の胸から剣が生えているというのは気持 ちいいモノではない。 ましてや、さっきのオーガの顔真似など何を考えているんだ。 、、、、、、、、 ﹁そうッスね。確かにそろそろ冗談は止めるッス﹂ そう言いながら、後ろの方に隠していたのか徐ろに前に押し出す。 ﹁ッッ!!??﹂ 両手両足を拘束され、話せないように口を布で詰められた﹃アウ ラ﹄がいた。 ﹁ンゥゥゥッッ!﹂ 必死にヴァイスから離れようと暴れている。しかし、二人には明 らかに力の差がある。 方や、冒険者として活動している者。方や、毎日モンスターにつ いての知識を蓄えている者だ。 311 しかもアウラは両手足も拘束されているのでろくに身体を動かす ことさえ出来ない様子。 ﹁その剣を抜けばこの女を殺しますから気をつけてくださいッス﹂ ﹁なッ!?﹂ ﹁あ、それとその剣は痛覚を増幅させる拷問用の薬が塗られてあ るんで、すぐに効いてくると思うッスから﹂ ⋮⋮これは、一体なにがどうなってるんだ? ﹁アハハ、何がどうなっているんだみたいな顔してるッスね。ま だ分からないんスか?俺が裏切り者だった、ということッスよ。オ ーガを呼んだのも自分ッス﹂ ﹁⋮⋮それで何が目的なんだ⋮⋮?﹂ まずどうやってオーガを操っていたのかも分からない。それほど 強大な力を持っているとも考えられるが、一向に目的が不明瞭な気 がする。 ﹁うーん、目的ッスかぁ。強いて言えばそれが﹃上からの命令﹄ だからッスよ﹂ ﹁それは、こんな風にオーガで街を襲わせること、なのか⋮⋮?﹂ ﹁そうッス。そして最終的には街を最後まで破壊しないといけな いんッスよ?というか、今回のオーガの前にゴブリンの大群を送り 込んだんスけど、﹃誰かさん﹄にやられてしまったんスよねぇ﹂ 312 ⋮⋮⋮⋮⋮。 どう考えても俺のことだ。 ﹁お、そろそろ痛みがでてくるころッスか?それを使えばどれだ け痛みに強い奴でも泣き叫ぶほどらしいんで頑張ってくださいッス﹂ ⋮⋮確かに、少しだけ痛くなってきた気がする。 今までは少しかゆいくらいだったソレが、今は回復魔法を覚える 前に、転んで怪我した時くらいの痛みがあった。 しかし、薬はこれだけでは終わらないという。 見ればアウラは既に顔面蒼白でこちらを見てきている。 ⋮⋮こんなことになるなら、もっとアウラと話せば良かった。こ のままいけばアウラを奴隷から解放できないままで終わってしまう。 それだけは絶対に阻止したいのだが、それをさせてくれるとも思 えない。 ⋮⋮⋮⋮やっぱりこのまま死ぬしかしかないのか︱︱︱ 313 、、、、、、、、、 ︱︱︱あれ、これ以上痛くならないんだが⋮⋮? もしかしてこれってすごい効果が遅いのか? ﹁そろそろ痛くなりすぎて話すこともできなくなってきたッスか ?まぁそれもしょうがないッスけどね﹂ ⋮⋮どうしよう。これ絶対俺がおかしいんだわ⋮⋮。 俺が黙っているのを勝手に勘違いしてくれたみたいだけど、さっ きから相変わらず痛みはあのままだ。 ﹁その回復魔法は厄介ッスからねぇ。痛みで治療に集中できなく なるはずッス﹂ ⋮⋮なるほど、どうやら狙いはそういうことだったらしい。その 間に街を襲う予定なのだろう。 それから、少し経ってもやはり、痛みはそれ以上にならない。 もしかしたら効果が遅いだけなのかもしれない、と思って身構え ていたのだが、それ以上の痛みになる気配はなさそうだ。 ⋮⋮けど、このまま突っ立っていても何かが起きるわけではない。 オーガを倒した討伐隊がこちらに向かってくることに賭けてもい いが、正直あまり期待できない。 314 それに時間がかかればかかるほど、俺に薬の効果が出てないこと がバレる可能性が出てくる。 ⋮⋮じゃあ、どうしよう。 まだ、胸に剣が刺さったままで血もでてきている。 こちらとしても早く治療したい。 何か、何かこの状況を打破できる方法はないものか⋮⋮? ︱︱︱あった。 ⋮⋮けど、正直あまりやりたくない。 しかし、今この時を逃して取り返しのつかない事態になったりし てもダメだ⋮⋮ 覚悟を決めろッ︱︱︱ 315 ﹁ギャァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!痛いぃぃぃい いいッ!!グァアアアアアアッッ!!﹂ ⋮⋮恥ずかしすぎる。 俺は今うずくまりながら思いっきり泣き叫んでいる⋮⋮ 叫び方はさっきのオーガの真似をしてみたらなんかそれっぽくな った気がする。 なんで俺がこんなことをしているのかというと、ヴァイスの一言 によって思いついたのだ。 ﹃それを使えばどれだけ痛みに強い奴でも泣き叫ぶほどらしいん 、、、、 で頑張ってくださいッス﹄ 、、、、、、、、 ⋮⋮痛みに強い奴でも泣き叫ぶ。 ﹁アハハッ、やっぱ痛覚がない人でもこれぐらいなるんスねぇ﹂ うずくまっているから顔は見えないけど、おそらく物凄い顔をし てそうだ。 アウラは多分真っ青になっているかもしれないけど、今は我慢し てもらうしかない。 ﹁ピギャァァァアアアアアアッッッ!!!﹂ 316 最後に盛大な叫び声をあげて、そのまま地面に倒れこむ。 少しやりすぎたかもしれないが、これくらいやった方が強烈だろ う。 ﹁⋮⋮あれ、もしかして死んじゃいました?まぁこれだけの時間、 剣を刺したままだったスから仕方ないと言えば仕方ないッスね﹂ ⋮⋮よしッ!! ひとまずの死んだフリ計画は成功した!! ﹁じゃあ、もうこの人も特に必要ないッスか。殺すッス﹂ ⋮⋮な、なんだって!? やばい、それは考えて無かった。 必死にさらなる打開策を考えるが中々良い案が浮かんでこない。 ﹁あ、でも血まみれで街に行くのもダメだから、このまま放置し とけば良いッスね。ネストっちが死んでなんか反応も無くなったッ スし﹂ 偶然にも、運良くアウラは見逃されることになった。 ⋮⋮ヴァイスの足音が離れていく。どうやら街の方へと向かって 言ったらしい。 すぐに起き上がるわけにもいかないので、しばらく倒れたままの 317 状態を維持する。 すると、何かが擦り寄ってくるような感触があった。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮!⋮⋮⋮⋮ぅう、っネストぉぉ⋮⋮。⋮⋮っおきて よぉぉっ⋮⋮!!﹂ ︱︱︱アウラだ。 腕と足を縛られながらも、ここまで来たらしい。 ⋮⋮⋮⋮さ、さて、どうしよう? 318 冗談でした、てへっ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 書きなぐったんで多分おかしいです。 あとで修正するかもしれませんm︵︳ ︳︶m 319 冗談でした、てへっ こ、これはどうしたものか⋮⋮。 今更、冗談でしたっ、てへっ。とか、言える雰囲気じゃないぞ、 これ⋮⋮。 どう考えてもさっきよりマズイ状況になってるんだが⋮⋮ ﹁⋮⋮ぅぅ⋮⋮。⋮⋮っ⋮⋮!﹂ 今も俺の背中に顔を押し当てて泣き続けている。 そろそろ、剣を抜いて治療したいところなんだけど⋮⋮。 ﹁⋮⋮っゴメンなさい⋮⋮!!⋮⋮っゴメンなさい⋮⋮っ!!⋮ ⋮わたしがっ⋮⋮っわたしが悪かったから⋮⋮っ!!﹂ 俺には、アウラが何を思って何に謝っているのか分からない。 ただ言えるのは、そろそろ冗談だと言わないと、本気で後がやば いということだけだ。 ⋮⋮よし、今言うべきだッ! ﹁⋮⋮ぅぅ⋮⋮。⋮⋮っネストぉ⋮⋮!!﹂ しかし、冗談だと言おうとした時、ちょうど俺の名前が呼ばれて 320 結局冗談とは言えなかった。 ﹁⋮⋮っわたし⋮⋮っ⋮⋮!!⋮⋮今までっ⋮⋮っいろいろ⋮⋮ ひどいことっ⋮⋮っ⋮⋮してきたっ⋮⋮!!﹂ ホントだよ。トルエを連れてきた日なんか、なぁ? ﹁⋮⋮っあやまるから⋮⋮っ⋮⋮わたしがっ⋮⋮っわるかったか ら⋮⋮っ⋮⋮だから⋮⋮もどってきてよぉっ⋮⋮っ⋮⋮!!﹂ 戻るもなにも、最初からどこにも行ってないんだけどな。 あ、これもうホントやばい。そろそろ言わないと本当に後で殺さ れるかもしれないくらいヤバイかもしれない。 けど、いつ出ていけばいいのかも分からないのも事実。 ﹁⋮⋮っ今日だって⋮⋮奴隷を解放されるって聞いてっ⋮⋮っわ たし⋮⋮捨てられちゃうんだって⋮⋮っ﹂ ⋮⋮まさかそんなことを思っていたなんて⋮⋮ 俺はただ奴隷だから不便だろうと思って言っただけなのに⋮⋮ あれ、でもよく考えたらアウラだったら別に俺と一緒にいなくて も大丈夫な気がするんだが。 ﹁⋮⋮っわたしはただっ⋮⋮っネストのそばに⋮⋮ぅ⋮⋮居たか っただけなのに⋮⋮っ⋮⋮!!﹂ 321 ⋮⋮どうして、﹃俺﹄なんだろうか。 本当に何かしたつもりもないし、普通のことだけをしていたと思 う。 そんな俺と一緒に居たいなんて、そこがどうしてか知りたい。 ﹁⋮⋮⋮⋮っこれからだって⋮⋮っ⋮⋮一緒に⋮⋮っいたいよぉ ⋮⋮っネストぉ⋮⋮っ!!﹂ 相変わらず俺の背中に頭を擦りつけてくるアウラ。 剣が刺さってるから危ない、ということも出来ずただただ死んだ ふりを続ける。 ﹁⋮⋮置いてかないでっ⋮⋮っ今なら⋮⋮っ⋮⋮何でも言えるか らっ⋮⋮っ⋮⋮ずっと言ってなかったことだって⋮⋮っ全部言える から⋮⋮っ!!﹂ ⋮⋮アウラが俺に言えなかったこととは、一体何だろうか。 も、もしかして鼻毛が出てましたとか、じゃない、よな⋮⋮?え、 違うよな!? ﹁⋮⋮っわたし⋮⋮っ⋮⋮っネストのこと⋮⋮﹂ あ、あれ?これ、このまま聞いて大丈夫なヤツ?も、もしかして ダメなヤツじゃないか⋮⋮? 322 ﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱好き⋮⋮。ずっと⋮⋮っずっと言えなかっ たけど⋮⋮わたし⋮⋮っ⋮⋮ネストのこと⋮⋮好きだったッ!!﹂ ︱︱︱アウラが、俺のことを、好き⋮⋮? 俺はアウラの主でアウラは俺の奴隷で、好かれる理由なんて⋮⋮。 というか女の子から、初めて好きって言われた︱︱。 ﹁⋮⋮好き⋮⋮っ⋮⋮っ好き好き好き好き好き好き好き好き好き 好きッ!!﹂ は、初めて好きって言われまくった︱︱。 それから、少し落ち着いたのか背中にしがみつく力が弱まってき た気がする。 ﹁⋮⋮こんなに好きって言ってあげたんだから⋮⋮っいい加減起 きなさいよ⋮⋮っ!!﹂ と思ったけど、やっぱりまた力が強くなった。 これって、起きたら起きたで、アウラが怒ると思うんだけど⋮⋮。 けど、これ以上死んだフリを続けてても、ヴァイスに追いつけな くなるかもしれない。 323 それにそろそろ治療もしたい。 もう、怒られること覚悟で起きよう。 そう決意した時、ちょうどアウラがどうしてか背中に刺さってい た剣を抜いてくれた。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮これで最後なら⋮⋮もう一回くらい⋮⋮っわたしの 我が儘を聞いてよね⋮⋮っ⋮⋮﹂ アウラは何を思ったのか俺の身体を仰向けにし始めた。ちなみに 俺は目を閉じている。 ⋮⋮最後の我が儘ってなんだ︱︱︱? ﹁ネスト⋮⋮﹂ ⋮⋮名前を呼ばれたが、特に何か起こる気配もない。 起きるなら、今か⋮⋮。 そして、俺が静かに目を開けた瞬間︱︱︱︱︱︱ 324 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱俺はアウラにキスをされた。 アスハさんがしてくれたような頬ではなく、口に。 アウラは目を閉じていて、俺が起きていることに気がついていな い。 ⋮⋮キスは数十秒経った今でも終わることなく続いている。 俺は何がどうしてこうなっているのか分からず、ただただ混乱し ていた。 それからさらに数十秒。 とうとう、キスに終わりの気配が見えてきた。 ⋮⋮アウラが目を、開ける。 当然俺と目が合うわけで︱︱︱ ﹁え⋮⋮⋮⋮?﹂ アウラが目に見えて固まった。俺と同じく何が起こっているのか 分からないといった顔をしている。 ﹁お、おはよう?﹂ いつまでもこのままでいるわけにもいかないので、恐る恐る声を かける。 325 ﹁ぇ。⋮⋮っえ!?﹂ アウラは顔を真っ赤に染めて、俺から離れる。 ﹁ど、どうしてっ!?た、たしかに、起きてって言ったけどっ⋮ ⋮。えっ、どういうことっ!?﹂ 俺が生きていることに対し、何をどうしたらいいのかよく分かっ ていないようだ。 ﹁落ち着けアウラ。これはだな⋮⋮﹂ ﹁こ、これは⋮⋮?﹂ 今、アウラを落ち着かせるために言わなければいけない言葉は決 まっている。 ﹁︱︱冗談でした、てへっ﹂ 326 ︳︶m なにをしていらっしゃるんでしょうか︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 327 なにをしていらっしゃるんでしょうか 今俺とアウラの間には何とも言えない空気が漂っている、気がす る。 アウラはあんなことを言った手前、俺と顔を合わせづらそうだ。 俺も俺でこのあと怒られてしまうのではないか、と緊張していた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ヒ、ヒール﹂ 埒があかないのでひとまず自分の治療だけ済ませておく。 ﹁⋮⋮さ、さっきのって、聞いてたわよね⋮⋮?﹂ さっきの、というと恐らく先ほどの﹁好き﹂についてだろう。 ﹁さ、最初から全部、聞いてたってことよね⋮⋮?﹂ ﹁あ、あぁ。全部聞いてた﹂ ⋮⋮最初から最後まで全部聞いてしまいました。 ﹁そ、そうよね⋮⋮。聞いちゃったわよね⋮⋮﹂ 328 ﹁⋮⋮ご、ごめん?﹂ もとはと言えばヴァイスが裏切ったりするのが悪いのであって俺 が悪いわけではないと思う。 だが確かに、いつまでも死んだふりをしていた俺にも非がない、 ということも一概には言えない。 ﹁﹁⋮⋮﹂﹂ ⋮⋮しかし、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。 冗談抜きの話、そろそろヴァイスを追いかけないと不味いだろう。 ﹁じ、じゃあそろそろ俺行かないと⋮⋮﹂ 俺がそう行ったとき、アウラがおもむろにその場から動き始めた。 、、、、、 ﹁え、えっと、アウラさんは、なにをしていらっしゃるんでしょ うか⋮⋮?﹂ ﹁何も﹂ 、、、、、、、 、、、、、、、 ︱︱︱じゃあどうして落ちている剣を拾っているんですか? 、、、、、、、 そしてどうして剣を持ったままこっちに来てるんでしょうか? 329 ﹁い、一旦落ち着こう、な⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮落ち着いてるけど?﹂ ︱︱︱それならどうして涙目で顔真っ赤なんですか? そしてどうしてプルプル震えてるんでしょうか? ﹁⋮⋮ネストは黙ってそこに立っておけばいいのよ﹂ ﹁は、はい﹂ 自分の奴隷であるアウラからの命令に、思わず従ってしまう。 ⋮⋮剣を持ったまま俺に近づいてきたアウラは、顔を真っ赤に染 めながらも、俺がたった今治療をしたところを再び突き刺してきた。 ﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂ 俺もアウラもただずっと無言のままでいる。 それから少し経った後、アウラはそっと剣の柄から手を離したか と思うと何も言わずその場から離れていった。 一人では危険かとも思ったけど、アウラが向かったのは街の近く なのでおそらく大丈夫だろう。 頭もいいアウラなら危険な場所とかも熟知しているはずだし⋮⋮。 330 ﹁ヒール﹂ アウラが離れて行ったあと、俺はアウラに刺された剣を身体から 抜き治療をした。 奴隷が主を剣で刺すなんて一体どう言うことなんだと思うかもし れないが、俺からしてみれば、逆に良くこれくらいのことだけで済 んだと思う。 アウラのことだからもっと非道いことをしてくるのでは、と思っ ていたので正直安心した。 ⋮⋮まぁいつまでもこんなところにいるわけにもいかない。 俺は数箇所の穴が空いたマントを羽織直し、ヴァイスが向かった 街へと走った。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱ 私は今、ギルドに居る。 何でも危険なモンスターが出たらしく、国王である私は街で最も 安全だと言われるギルドの一室にいるように頼まれたのだ。 331 ちなみに念のための護衛として、元冒険者の受付嬢を置いていっ てくれた。 ⋮⋮私としては本当は、街のためにと戦う冒険者たちの勇姿を少 しでも見たかったのだが、国王という立場上仕方がない。 それにしても、﹃漆黒の救世主﹄様も戦っているのだろうか。 この街へやって来た本当の目的が今そこにあるということが分か れば無理にでも、その場へと向かう予定だ。 この際立場など気にしていられない。 そこに私の憧れの人がいるのならば、それを一体誰が止めること が出来るだろうか。いや、誰もできないだろう、というかそんなこ とさせない。 時間が少し、また少しと進んでいく。 それがどれ程繰り返されたのか分からなくなった頃、部屋の扉が 叩かれた。 ﹁はい、どちら様ですか?﹂ それに受付嬢が対応する。 ﹁討伐の件で報告に来た者なのですが大丈夫ですか?﹂ ⋮⋮かなりの時間が経ったので、そろそろ討伐が終えたのだろう か。 332 ﹁⋮⋮﹂ しかし、あまり受付嬢の反応が芳しくない。苦虫をすり潰したか のような顔をしている。 そう思うと私の方へと向かい小声で耳打ちしてきた。 ﹁⋮⋮報告ならば、ここではなくギルド長にするのが普通です⋮ ⋮。⋮⋮国王様を狙った賊の可能性がありますので、気をつけてく ださい⋮⋮﹂ 気をつけろと言われてもこの部屋では逃げ回ることくらいしかで きないのだが⋮⋮ 受付嬢が静かに扉を開ける。 そこにいたのは、血で服を真っ赤に染めている男だった︱︱ ﹁ッッ!!﹂ それを確認した受付嬢がすぐに攻撃をしかけるが、男はそれを軽 くいなすと懐に隠していたナイフで一突きし、そのまま後ろへと投 げ飛ばしてしまった。 ﹁クククッ⋮⋮。全く、弱いのばっかッスね。上から聞いてた奴 も特に苦労することなかったッスし﹂ ﹁お、お主の目的はなんだ⋮⋮﹂ 333 ﹁ハァ⋮⋮。またそれッスか?﹃上からの命令﹄としか言えない ッス﹂ 男はそう言うと私にナイフを向けながら近づいてくる。 逃げなければいけないと分かっているも、身体が言うことをきい てくれない。 ﹁じゃ、これで終わりッス﹂ 男はそう言うと、掲げたナイフを振り下ろす︱︱。 ﹁ッ﹂ すぐにやってくるだろう痛みに備え、目を瞑る。 しかし、いつになっても痛みはやってこない。恐る恐る目を開け ると 傷んだ黒マントに身を包む﹃ソレ﹄が居た︱︱。 334 ︳︶m ﹃漆黒の救世主﹄様に憧れて︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 335 ﹃漆黒の救世主﹄様に憧れて アウラと別れた俺は、ヴァイスが向かった先、つまり街の方へと 走り出した。 街は、意外にも変わっている様子などなく、いつも通りの平常運 転をしている。 一つだけ違うところと言えば、皆が俺を見ていることくらいだ。 よく考えたら﹃漆黒の救世主﹄の格好をしているので仕方ないの かもしれない。 ﹁あ、あの⋮⋮。あなたはもしかして﹃漆黒の救世主﹄様なんで すか⋮⋮?﹂ 俺を見ている人たちのうちの一人が恐る恐るといった感じで聞い てくる。 ⋮⋮これは本物と言わない方良いだろうか? 本物だと分かれば、今から行動するのにも支障が出てくるかもし れない。 ﹁いや、﹃漆黒の救世主﹄様に憧れて、ね?﹂ 336 例え本物であるとしても、ここは嘘をついておいたほうが良さそ うだ。 俺がそう言うと、周りの人からは﹁やっぱりなぁ﹂といった納得 の声が聞こえてくる。 しかし、やはり格好が格好なのでチラチラとこちらを窺ってくる 人たちもいるのは仕方ない。 ここは一旦ギルドに行った方がいいか⋮⋮。 今なら冒険者の皆も討伐隊として駆り出されているだろうから、 人数も少ないはずだ。 出来るだけ人目につかないような道を通り抜け、俺はギルドまで たどり着くことが出来た。 俺は念の為に、と静かにギルドの扉を開ける。 ﹁なッ!?﹂ ギルドは、血で真っ赤に染められていた︱︱ 以前にお世話になったギルド長や、見覚えのある鎧を着た人たち が床に転がっている。 337 ﹁⋮⋮うぅ﹂ ﹁っ!?おい、大丈夫かッ!?﹂ もしかしたら皆死んでいるのではという最悪の事態を想像したが、 その中でギルド長がうめき声をあげた。 よく見ると、ほかの人たちも怪我はしているが死んでしまってい るのは幸いにも誰ひとりとして居なかった。 すぐさま皆に治療をかける。 ギルド長以外は治療しても意識がまだ戻らなかったので、唯一意 識のあるギルド長の下へ、何があったのか確認に向かった。 ﹁ギルド長、なにがあったんですか⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮冒険者が来たと思ったら、いきなり斬りかかって来たんだ。 私はあまり接近戦は得意ではなく、不覚にも遅れをとってしまった ⋮⋮﹂ 恐らくだが、それはヴァイスのことを言っているんだろう。 ﹁⋮⋮それで、その冒険者は今どこに?﹂ 一刻も早くヴァイスを追わなければ、さらに被害が広がってしま うかもしれない。 ﹁ハッ!!そうだった!!今そいつはギルドの奥にある部屋に向 かったはずなんだが、そこでアスハと国王様を待機させていたんだ 338 った!!﹂ ﹁えぇッ!?﹂ 万が一国王が殺されでもしたら、一大事では済まされなくなって しまう。 しかも、そこにはアスハさんもいるというではないか。 俺は、その言葉を聞くやいなや、ギルド長の静止もろくに聞かず ギルドの奥へと一心不乱に走り出した。 ギルドの長い廊下の角を曲がろうとしたとき、何やら奥から大き な音が聞こえた。 何かと思い身構えた瞬間、曲がり角から見覚えのある人物が飛ん できた。 受付嬢の制服に身を包んだアスハさんだ︱︱ とっさにヒールをかけ、間一髪で抱きかかえる。 ﹁えッ!?ネストさん!?﹂ 黒マントを見てもアスハさんは直ぐに俺だと気づいてくれた。 しかし俺の腕の中で顔を紅に染めたかと思うと、今すぐにでも俺 の腕から降りようとする。 339 それに従いゆっくりと慎重に腕から降ろす。 ﹁アスハさん、国王様は!?﹂ アスハさんが飛ばされてきたということは、既にそこにヴァイス がいるのだろう。 ﹁へ、部屋の中にっ﹂ ﹁了解ですッ!!﹂ 全速力でアスハさんが居たであろう部屋に向かう。 部屋に入ると既にヴァイスが王様へとナイフをふり下ろそうとし てきた。 ⋮⋮クソッ!!これじゃナイフは避けられないッ!! 俺は咄嗟に国王様とヴァイスの間に身体を滑り込ませ、降ろされ てくるナイフに腕を突き出した。 今も薬が効いているのか、前と違って身体の中に異物が入ってく るのが分かる。 どうやら、国王様を守ることはできたようだ。 ﹁国王様ッ!!今のうちに早く逃げてくださいッ!!﹂ ヴァイスは殺したはずの俺がここに居ることに呆気にとられて未 340 だ現状を把握しきれていない。 ﹁わ、分かったっ﹂ 俺の言葉に慌てて部屋を飛び出す国王様。ひとまずはこれで安心 できる⋮⋮。 ﹁⋮⋮どういうことッスか?確かにあの時、殺しちゃったと思っ たんスけど⋮⋮﹂ ようやくヴァイスが口を開く。 そしてやはりというべきか、その件について聞いてきた。 ﹁あぁ、あれね⋮⋮。うん、あれ死んだフリ﹂ ﹁⋮⋮﹂ ヴァイスはその事実に空いた口がふさがらないといった感じで呆 けている。 ﹁まぁ今はそんなことは関係ないだろ?﹂ ﹁⋮⋮それも、そうッスね﹂ 俺とヴァイスは、静かにナイフを構えた︱︱。 341 342 一撃で決めるッ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 中途半端に切れてしまって申し訳ありませんm︵︳ ︳︶m 343 一撃で決めるッ ﹁それにしてもアレでよく死ななかったッスねぇ﹂ ナイフを構え、一歩も動かない状態のままのヴァイスが俺に対し 言ってくる。 ﹁薬はちゃんと塗っておいたはずなんスけど⋮⋮﹂ どうやら未だに俺がここにいることが不思議でたまらないようだ。 ﹁あぁ薬の効果は出てたぞ。ちゃんと痛みはあったし﹂ 確かに、効果はあったものの、それはほんの少しだけ。 別にそんなことまで教えてやるつもりもないのだが⋮⋮。 ﹁⋮⋮﹂ 再び俺たちの間を沈黙が支配し始める。 しかし、会話をしている時も、今こうして黙っている時も、ナイ フは互いに構えられ続けていた。 ただ、今もお互いに相手の出方を窺っているのだ。 344 ﹁⋮⋮あの、一つだけいいッスか?﹂ そんな中でヴァイスが自分の構えを解き、そんなことを言ってき た。 ﹁⋮⋮なんだよ﹂ 俺はというと、ヴァイスの狙いが分からずにいたので油断するこ となくナイフを構え続けている。 ﹁せっかく本気で戦えそうなんスから、やっぱりこんな狭苦しい 部屋じゃなくて、もっと広いところでやりたくないッスか?﹂ ﹁⋮⋮ハ?﹂ いや、もちろんヴァイスの言わんとすることはわかるのだが、こ の緊迫した空気の中ではあまりにも似つかわしくない軽い調子で言 ってきたので、少し驚いてしまった。 ﹁ま、まぁそれくらいなら別に構わないけど⋮⋮﹂ 俺としても広いところで戦えるなら、動きやすいだろうし、そっ ちの方が正直ありがたい。 ﹁ここあたりでいい場所ってあるッスか?別にさっきの街の外で も良いんスけど、邪魔が入っても嫌ッスし⋮⋮﹂ ⋮⋮ここあたりで広くて戦いやすいような場所。それでいて邪魔 も入りにくいような場所といったら⋮⋮ 345 あの場所だな︱︱︱。 そして俺たちは、本気で戦える場所へとやってきた。 そこは、俺や他の冒険者たちが幾度となく殴られ、そして殴られ 続けた、冒険者教室を行う場所だった。 ここであれば、オーガの討伐隊の冒険者は来ないだろうし、冒険 者以外の人など特別な用事でもない限りまず来るはずもない。 ﹁へぇ、街にこんな場所があったんスね⋮⋮﹂ やはりというべきか、最近街に来たばかりのヴァイスはここのこ とは知らなかったようだ。 ﹁じゃ、今度こそ始めるッスか﹂ その言葉で再び俺はナイフをヴァイスへと向ける。 ﹁あ、始めるって言っても、さっきみたいに両方ともなにもしな いのは面倒くさいッスし、木の棒でも投げて、それが落ちたら両方 とも突っ込む、とかどうッスか?それならあまり時間も掛からない だろうッスし﹂ ﹁⋮⋮そっちがそれでいいなら、こっちは別に構わないけど﹂ ヴァイスの言ったやり方の方が確かに無駄に時間をかけなくてす 346 むだろう。 それに、早く終わればその分、﹃アネスト﹄として皆に治療をす ることもできる。 ﹁じゃあ、それでよろしく頼むッス﹂ ﹁⋮⋮あぁ﹂ 裏切り者であるヴァイスの言うことを信じて大丈夫か、と聞かれ れば、絶対大丈夫だとは言い切れない。 しかし、実際ここへ来る時に会った国王様などには目もくれず、 ただ俺の後ろについて来たことを考えると、どうしてか大丈夫な気 がするから不思議なモノだ。 ヴァイスがそこら辺に落ちている木の棒の一つを手に取る。 ﹁簡単に負けたりしないでくださいッスね﹂ ﹁あぁ任せろ。逆にぶった斬ってやるから︱︱﹂ そう行った後、ヴァイスが木の棒を自分の真上へと思いっきり投 げた。 それと同時に俺から更に離れたところへと移動し、木の棒が落ち てくるその時を待ち続ける。 347 木の棒の行方を確認しながらも、俺たちはお互いに相手から目を 離さない。 木の棒が回転しながら地面へと近づく。 それを確認した俺は、素早くヴァイスの下まで行けるように、身 体を沈める。 ⋮⋮とうとう木の棒が地面に落ちた。 カタンと響きの良い音が聞こえた時には既に、俺とヴァイスは互 いに向かって駆け出していた。 手には使い慣れたナイフを握り締め、ただ目の前の敵にだけ集中 する。 一撃で決めるッ︱︱︱︱︱!! 互いの距離が、既に手の届くところまでになっている。 先にヴァイスが仕掛けてきた。 俺と同じように右手にナイフを持ち、一撃を与えようとしてくる。 確かにその攻撃は速い⋮⋮。けど、デュード先生ほどじゃないッ ッ!! 348 その攻撃を危なげにだが、確かに避け切った俺は、他には特にす ることはない。 ⋮⋮あとは腕が勝手に終わらせてくれるからだ。 何時も通り、俺の腕がヴァイスへと伸びていく。 そして、握っているナイフが相手を斬りつける︱︱︱ ﹁なッ!?﹂ ︱︱︱ことはなかった。 俺のナイフはヴァイスのもう片方の手に隠されていたナイフによ って、防がれていた︱︱︱。 349 これで、終わりだッッ!!︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 また中途半端なところできれてしまって申し訳ないm︵︳ ︳︶m 350 これで、終わりだッッ!! ﹁⋮⋮クソッ﹂ 俺とヴァイスは未だに決着がついていなかった。 俺の唯一の攻撃手段である腕の攻撃は、ヴァイスの二本のナイフ によって尽く弾かれてしまう。 ﹁こんなもんッスかぁ?﹂ どちらも当たらない攻撃を繰り返す中で、ヴァイスが軽い口調で 言ってくる。 これまでは、俺が意識せずとも腕が勝手に反応して相手を斬るこ とができていたのだが、それを防がれてしまっている今、俺に他の 攻撃手段はない⋮⋮。 ヴァイスの言っている通り、俺の本気はこんなもんでしかなかっ た。 ﹁⋮⋮ハァ、正直がっかりッス。それなら俺も遊びはこれくらい にしとくッスか﹂ ﹁ッ!?﹂ 351 次の瞬間、ヴァイスの攻撃の速さが明らかに上がり、それだけで なく力も上がったようだ。 てっきりヴァイスも本気だと思っていたので、最終的に回復魔法 を使い続けての体力勝ちも厳しくなってきた。 ヴァイスがまじめに戦い始めてから、俺は防戦一方になっていた。 腕の反応する間もなく攻撃を繰り出してくるヴァイスによって、 俺は徐々に追い詰められていく。 前までは避けることができていたその攻撃も、今では避けきれず に傷をつけられることが多くなってきた。 かろうじて首への攻撃だけは避けている、そんな状態だ。 しかし、まだ俺には回復魔法が残っている。 ﹁⋮⋮ッ。ヒールッ!﹂ 傷をつけられては治療をして難を逃れていた。 しばらくの間、それを繰り返していた時、ヴァイスがふと攻撃を 止めた。 352 ﹁⋮⋮やっぱりその回復魔法は凄いッス。でも、さすがに首まで 斬られたりしたら、どうなるか分からないッスよね?﹂ 俺の首を見ながら、ニヤリと笑いかけてくる。 あからさまに首を守っていたのが、仇になってしまった⋮⋮。 ﹁まぁ、簡単には斬らせてもらえないかもッスけど、これならど うッスか?﹂ そう言い切ると同時に、ヴァイスの姿が消えた。 どこへ行ったかなど、探すのを後回しにして慌ててナイフで首を 守る。 ﹁ッッ!!﹂ 瞬間、腕に物凄い衝撃がやってきて、受けきれずに後ろへ吹き飛 ばされてしまう。 ﹁ヒールッ﹂ 起き上りざまに治療を終わらせ、次の一撃に備える。 しかし、ヴァイスは先程まで俺がいた場所から動かず、俺の準備 ができるのを待っているのか何もしてこない。 ﹁⋮⋮今のはまだ本番の前の準備運動みたいなもんッス。これか ら、今出せる全力を見せるッスから、頑張ってくださいッスね﹂ 353 ﹁いやいや、今のが本気じゃないとか有りかよ⋮⋮﹂ 俺なんて、ずっと前から手詰まりだっていうのに⋮⋮。 けど、泣き言ばかりも言っていられない。 すでにヴァイスは攻撃の準備に入っている。 ⋮⋮なにか、なにかもう一回だけヴァイスを出し抜けるようなモ ノはないだろうか。 この前、ドラゴンに遭遇した時に、色々と自分のことを話してし まったのがダメだった。 その、何かを探している俺の目に﹃ソレ﹄がとまった。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は﹃ソレ﹄を手に取ると、自分の真上へと思いッ切り投げた。 ﹁⋮⋮今更自棄になっても遅いッスよッッ!!!!﹂ その瞬間、ヴァイスが再び消えた。だが、おそらく狙いは俺の首。 衝撃に耐えられずにナイフが壊れてしまうかもしれない。 354 ⋮⋮けど、それが何だ。 俺にはもっと、もっと凄い回復魔法があるじゃないかッ︱︱︱!! 腕に、攻撃の衝撃が伝わり始め、ナイフが砕けていくのが分かる。 やがて攻撃は完璧にナイフを砕ききり、俺の首へと伸びてくる。 、、、、、、、、、、 それを感じながら俺は腕を前へと突き出した。 ﹁ヒールヒールッヒールヒールヒールヒールヒールッヒールヒー ルヒールッッッッ︱︱︱!!﹂ 折角、痛みがないんだ。それならもっと自分の身体を使えばいい ︱︱。 そして折角、回復魔法が使えるんだ。それなら今こそ、それを使 えばいい︱︱︱。 ⋮⋮薬のせいか、ヴァイスのナイフが手の中に入ろうとしてくる のが良く分かる。 けど、そんなことさせない。 俺はただひたすらに回復魔法を使い続けた。 355 ⋮⋮次第に、攻撃の勢いがなくなってくる。 ﹁おいおい、これなんの冗談ッスか⋮⋮﹂ ヴァイスのナイフは、俺の手によって止められていた。 、、 ﹁ハッ⋮⋮。これが、俺の本気だよ﹂ ﹁け、けどもうネストっちには、ぶ、武器がないッスよね⋮⋮?﹂ ヴァイスはよほど自分の全力を止められたことが驚きなのか、俺 から離れることも忘れてしまっている。 ふと何時かのデュード先生の言葉が頭によぎる。 ﹃敵の渾身の一撃を防いでみろ!!それだけで相手は﹃詰んだ﹄ と勝手に思ってくれる!!そんな奴にお前らは負けるのかぁ!!﹄ ⋮⋮あぁ、ホントだわ。マジで、負ける気がしねぇ︱︱︱。 ﹁⋮⋮武器がないなんて、誰が言ったんだ?﹂ 俺はナイフから手を離し、落ちてきた﹃ソレ﹄を掴み取る。 それは、一本の木の棒︱︱︱。 ﹁これで、終わりだッッ!!﹂ 腕が、反応する。 356 手に持った木の棒が、呆然としているヴァイスの腕を、切り落と した︱︱︱︱。 357 ︳︶m 木の棒がそんなに切れ味いいなんて︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 358 木の棒がそんなに切れ味いいなんて ﹁ハァ⋮⋮ハァ⋮⋮。木の棒がそんなに切れ味いいなんて聞いて ないッスよ⋮⋮﹂ 俺に両腕をきられ、地面に倒れているヴァイスが息も絶え絶えの 様子で言う。 ﹁⋮⋮ハハッ。だからぶった斬ってやるっていっただろ?﹂ ⋮⋮まぁ、正直俺としても、イチかバチかの賭けだったんだが、 運良く成功してくれて助かった。 ﹁⋮⋮ッホント、期待以上だったッスわ﹂ 既にヴァイスは戦う気はないようで、立ち上がろうともしない。 ﹁それでなんだが、そろそろ何が目的でこんなことしたのか教え てくれても良いんじゃないか?﹂ オーガを集めてまでこんなことをしたんだからそれなりの理由が あるはずだ。 ﹁⋮⋮ハァ、だから、上の命令だって何回も言ったじゃないッス か⋮⋮﹂ 359 しかし、返って来た答えは既に聞いたことのあるもの。 ﹁それでもさすがに少し位は知ってるだろ?少しでいいから教え てくれよ。そしたら治療もしてやるからさ﹂ ヴァイスの怪我はこのまま放っておいたら、高確率で死に至るほ どのモノだ。 きっとそれが、今俺がもっている唯一の交渉をすすめられる鍵。 ﹁⋮⋮﹂ ヴァイスも自分の怪我の深刻さがわかっているようで、案の定と いうべきかあからさまに俺から目を逸らす。 ﹁ほら、お前も分かってんだろ?別に知ってること全部じゃなく ていいから、今話せるやつだけでも教えてくれよ﹂ ヴァイスにも色々と事情があるのだろう。本当に教えられないこ ともきっとあるはずだ。 話せることだけ話せば治療するというのもいささか問題があるか もしれないが俺が知っている中ではヴァイスは誰も殺すところまで はしていない。 それなら俺も殺すまではしてやりたくない。 まぁ、オーガと戦っている冒険者たちの安否は判らないが、デュ ード先生たちもいるはずなので、恐らくは安心しても良いだろう。 360 しかし、どういうわけかヴァイスはいつまでも渋って話そうとし ない。 ﹁なぁ、少しくらい教えてくれよ。一応、俺が勝ったんだしさ﹂ まぁ、ほとんど運で勝ったようなものなんだけどな⋮⋮。 ﹁⋮⋮⋮⋮いや、どうやらまだそうと決まった訳じゃないみたい ッスよ?﹂ ﹁ハ?﹂ 久しぶりに話したかと思ったらいきなりそんなことを言ってきた ヴァイスの意図がよく分からず思わず聞き返してしまった。 ﹁︱︱︱まさか、ヴァイス君が負けるとは思いませんでしたよ﹂ ﹁ッッ!!??﹂ ﹃ソイツ﹄は俺の後ろに、いつのまにか立っていた。 どこか懐かしさを感じさせてくれる、俺とは真逆の白に染められ たマントを羽織り、顔も隠している。 とっさにその場から離れ、木の棒を構えるが、﹃ソイツ﹄は俺を 361 無視してヴァイスの下へと向かう。 ﹁ヒール﹂ ﹃ソイツ﹄はヴァイスに回復魔法をかけた。 、、、、、 止血だけでもしておこう、という考えなのだろうか⋮⋮? ﹁︱︱︱ハ?﹂ 、、、 次の瞬間、木の棒に斬られたハズのヴァイスの腕が、新しく生え ていた。 ﹁はぁ、マジで痛かったッス。来るの遅すぎじゃないッスか?﹂ ﹁いやいや、これでも結構急ぎましたよ。ヴァイス君が負けると 思ってなかったので確かに少しはゆっくりしていたかもしれません が⋮⋮﹂ ﹁そ、それを言われたら何も言えないじゃないッスかぁ﹂ ⋮⋮何やら仲良さげに話しているが、そんなことはどうでもいい。 、、、、、、、、、 今はそんなことより、今の回復魔法は何だ? 見覚えがあるなんてモノじゃない。それは、俺の回復魔法、その 362 ものだった。 ﹁ア、アンタ、もしかして、俺と昔会ったことがないか⋮⋮?﹂ 昔のことなんて正直ほとんど忘れてしまったけれど、最初に見た 、、、、、、、 回復魔法に憧れて、それを参考にして今まで回復魔法の練習をして きたことは覚えている。 、、、、 ⋮⋮それなら俺と同じ回復魔法を使えるやつが、少なくともあと 一人いるのは必然じゃないか。 確かに、昔見た一般的な回復魔法が、子供だった俺の中で知らぬ 間に変わっていった、という可能性だってあるのは分かっている。 けど、もし本当に俺が始めて見た回復魔法だったとしたら、いく つかの辻褄が合う気がする。 どこか変な懐かしさを感じるその白マントも納得できるし、そし て何より俺の回復魔法の異常さも然り、だ。 ﹁⋮⋮﹂ ﹃ソイツ﹄は黙ってこちらを見ている。ヴァイスとの会話もやめ、 確かに俺を見ていた。 ⋮⋮どれくらいの間そうしていたのだろう。 ふと﹃ソイツ﹄が俺から目を離した。 363 ﹁ヴァイス君、どうやら冒険者によってオーガが倒されたようで す。私たちもそろそろお暇させてもらうとしましょう﹂ ﹁了解ッス﹂ そう言うと、﹃ソイツ﹄はマントの下から何やら球体のような物 を取り出し、それを地面へと投げつける。 すると、そこから出てきた煙が俺たちを包み込み始めた。 ﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱﹂ ﹁ッ!!﹂ ﹃ソイツ﹄は、最後にそう言い残すと、完全に煙の中へと姿を消 した。 煙が風に煽られ、次第に視界がよくなってきたとき、そこに二人 の姿はなく、ただ俺だけがその場に立っていた。 結局、ヴァイスたちの狙いは何も分からなかったが、一つだけ分 かった。 なぜなら、﹃ソイツ﹄は俺に対して確かにこう言い残して言った からだ。 、、、、 ﹃それじゃあ、まだ足りませんよ。アネスト君﹄ 364 俺は、﹃ソイツ﹄と昔、会ったことがある︱︱︱。 365 ︳︶m 漆黒の救世主、参上ッッ!!︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 366 漆黒の救世主、参上ッッ!! ﹁オーガ討伐を記念して、乾杯ッ!!﹂ ﹁﹁﹁カンパーッイ!!!﹂﹂﹂ 今、俺はギルドで行われている宴会に参加していた。 ヴァイスとの戦闘を終え、ギルドに戻った俺は、まずアスハさん に、敵と二人きりになるような場所へ行ったことを怒られ、その後 は﹃漆黒の救世主﹄ではなく﹃アネスト﹄として怪我した人の治療 をしていった。 そして、血で汚れたギルドを掃除して今に至る。 実際は、ヴァイスのことなどまだまだ本当に解決したわけではな いが、今は楽しむべきだろう。 ﹁おうおう野郎どもッ、飲みまくってるかぁぁあああッ!!﹂ ﹁﹁うおおぉおぉぉぉおぉおおおおッッ!!!﹂﹂ さすが冒険者、こういう時の盛り上がり方が違う。 あ、ちなみに俺はギルドの宴会に参加しているっていったけど、 まだ何も食べたり飲んだりはしていない。 367 ⋮⋮じゃあなにをしているのかというと、それは﹃料理﹄だ。 今回のことは冒険者以外の人のほとんどは知らないので、この宴 会には参加させられなかった。 となると、料理を作れる人数が必然的にすくなってしまうわけで ⋮⋮。 確かにそういうところも冒険者らしいっちゃらしいんだけどな? 料理をしているのは、俺とリリィ、アウラとアスハさんの二組。 俺とアウラの気まずい雰囲気を素早く察知したアスハさんは、こ の組み分けにしたのだ。 ト、トルエが料理してないのは、まぁアレだ。今は家だ。 つまり俺はリリィと二人で料理をしているということになるのだ が⋮⋮ ﹁ネストっとふったりっきりぃー﹂ 何がそんなに嬉しいのか、料理の合間を見つけては俺にくっつい てくる。確かによく考えてみれば、このごろは忙しくてあまり遊ん であげられなかったかもれない。 ﹁リリィは可愛いなぁ﹂ くっついてくるリリィの頭を撫で回す。 368 こうやって素直なあたり、どこかの誰かさんとは違う。 ﹁リリィは後ろからナイフでさしてきたりしないもんなぁ?﹂ ﹁んぅー?﹂ 俺の言葉に、その小さな頭をかしげる。 またそういう仕草も可愛いんだよなぁっ!! そのあと、リリィの頭を堪能した俺は、リリィと共に料理を再開 した。 料理もあらかた出来上がり、俺たちはやっとのことで食事にあり つくことができた。 ﹁おうネスト!!これお前が作ったんだってなぁ!!めっちゃ美 味しいぞ!!﹂ うん、それアスハさんが作った奴な。 次第に冒険者のみんなも、酒で酔いつぶれていき、ギルドの床で 横になり始めてしまっている。 リリィもアスハさんとアウラに連れられていってしまった。 369 とうとう起きているのが俺だけになり、そろそろ寝ることにする。 ﹁寝る前に便所⋮⋮﹂ 確かギルドの廊下の途中で見かけた気がする。 暗い廊下を歩いていくと、便所だと思われる部屋が見えてきた。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ガタン。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ それは便所の隣にある部屋から聞こえてきた、と思う。 ⋮⋮もしかしてヴァイスたちがこっそり戻ってきたとかか? もしそうだとしたら大変だ。俺は恐る恐る扉へと手を伸ばす。 部屋の中にいたのは、﹃黒マント﹄︱︱。 しかし、暗くてそれ以上のことは良く分からない。 ﹁漆黒の救世主、参上ッッ!!﹂ ﹁いや誰だよお前ッ!!??﹂ 370 思わず突っ込んでしまったのを誰が責められようか。 ﹁ッ!!﹂ 自称﹃漆黒の救世主﹄は俺がいることに気がつくと、大慌てで隠 れようとするが、正直今更としか思えない。 ﹁待てっ!﹂ 念の為に捕まえて、正体を確認しておいたほうがいいだろう。 ﹁⋮⋮って、国王様ッ!?﹂ 自称﹃漆黒の救世主﹄の正体は、なんと国王様だった。 ﹁す、すみませんっ!!﹂ 慌てて頭を下げ謝る。しかし、国王様も慌てているみたいだ。 ﹁い、いやっ、これは違うんだ!!ちょっと﹃漆黒の救世主﹄様 になってみたいとかそういうわけじゃないんだッッ!!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 隠したいなら、まずは様付けからやめるべきだろう⋮⋮ 国王様も今のでうまく隠せているとも思っていないのか、顔色が 優れない。 ﹁⋮⋮ひとまず、外行きません?﹂ 371 ここで話しているのを誰かに見られたりしたら、お忍びで来てい るらしい国王様に迷惑がかかるかもしれない。 幸い今は夜遅いし、外で話せば喋り声で起きてくるようなことも ないはずだ。 俺が先導し、誰にも見られずに俺の家の近くまでやって来ること ができた。 ﹁⋮⋮えっと、まず国王様は俺のこと覚えてますか?一回会った ことがあるんですが﹂ ﹁あぁ、覚えているぞ。娘の治療のために連れてこられた回復魔 法使いの一人だったな﹂ 国王様とは一度しか会ったことがなかったから、てっきり忘れら れてると思ったけど、意外にも覚えていてくれたようだ。 ﹁えぇ、それであってます。あと、一応アウラの主です﹂ アスハさんから、俺がいない間に国王様の案内をしていたという ことを聞いていたので、そのことも付け加えておく。 ﹁ほう、アウラの主であったか。この度は世話になったと本人に も伝えておいてくれ。あとアウラにも言ったのだが、二人のときは 敬語は使わなくていい﹂ いや、ついでみたいに言ったけど普通ダメだよねそれ。 372 まぁ俺は敬語使うの苦手だから、やめられるならやめる。 アスハさんに使っているのは、もう癖になっているから仕方ない ことだけど⋮⋮。 ﹁分かった。⋮⋮それで、結局国王様はギルドで何してたんだッ !?﹂ 俺がそう聞いた途端、国王様が俺の前までやってきて、俺の方を 強く握り締めた。 ﹁一生に一度のお願いだっ!!あのことは誰にも言わないでくれ !!﹂ 必死の形相でつめよってくる国王様に、慌てて頷く。 ﹁わ、わかったから。一旦離れてくれっ﹂ しかし、何故か国王様の様子がおかしい。黙り込んで、俺のこと を目を見開きながら凝視してきている。 ⋮⋮いや、違う。たしかにこちらを向いているのは確かだが、目 が合わない。 じゃあ、どこを向いているんだ⋮⋮? 国王様の視線からすると、﹃耳﹄か? ﹁えっと、国王様?﹂ 373 急な変化に驚きつつも、国王様に声をかけた。 ﹁⋮⋮⋮⋮す、すまないが、もう一回だけ、一生に一度のお願い をきいてくれないか?﹂ ﹁え、まあいいけど⋮⋮?﹂ そういう国王様の視線は未だに俺の耳を見ている。 二回目の一生に一度のお願いとは一体なんだろうか。 そう難しいことはいってこないと思うが、どうしても少し緊張し てしまう。 ⋮⋮数秒の後、とうとう国王様が俺にお願いをしてきた。 ﹁あ、握手してくださいッッ!!﹂ 腰を深く曲げ、俺の目の前に、その両手を差し出しながら︱︱︱ ︱。 374 うんごめん無理︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 375 うんごめん無理 国王様は依然として俺に手を差し出したままだ。 何が何だかわからないが、このまま放置しておくわけにもいかず、 恐る恐る、その差し出された手を握り返す。 ﹁ッ!!﹂ 握った瞬間、国王様の身体がビクッと振動しても、そのまま握り しめて数秒後、ゆっくりと手を離した。 国王様もようやく腰を伸ばしたが、その目はまるで子供のように 喜びに満ち溢れ、自分の手を見つめていた。 ﹁えっと、なんでこんなことを⋮⋮?﹂ いつまで経ってもその状態から戻る気配がない国王様に疑問の声 をぶつける。 すると、その言葉に反応した国王様はゆっくりとこちらを見返し てきた。 ﹁そ、そのイヤリング⋮⋮﹂ ⋮⋮あ、そういえばこのイヤリング、お城の使用人の子を治療し た時にもらった奴だけど、もしかして国王様はその子のことを知っ ていたんじゃないだろうか。 376 そうであれば、夜中に忍び込んだ﹃漆黒の救世主﹄がもつはずの イヤリングを俺が持っていた、ならば俺が﹃漆黒の救世主﹄だ、と いうことになったのだろう。 ﹁⋮⋮私の娘のです﹂ ﹁え︱︱?﹂ い、今なんて言った?こ、国王様の娘ってことはつまり、聖女様 ってことか⋮⋮? ﹁あ、あなたが﹃漆黒の救世主﹄様ですよね⋮⋮?﹂ ⋮⋮これは、正直に答えるべきだろうか、それともとぼけるべき だろうか。 正直、使用人の子が持っていたイヤリングであれば、そこらへん の店で買ったなどと言えばよかったかもしれないが、それが聖女様 が持っていたとなれば、そこらへんの店で買えるわけがない。 ﹁いや、わかってますよっ!!正体をバラさずに人を助けること こそが男のロマンってことですよね!!今回はすみません!!です が誰にも正体を言ったりすることはないので安心してくださいッ! !﹂ しかし、俺が言うべきか言わざるべきかで悩んでいるときに、何 やら国王様が熱く語り始めてしまった。 ﹁い、一旦落ち着いてくれっ!﹂ 377 夜中だというのに、あまりにも大声で語るものだからさすがに止 めさせた。 ﹁ハッ!!すみません、私としたことが取り乱してしまったよう で⋮⋮﹂ まぁ様付けしてしまうほど憧れていた人が目の前に現れたりした ら、だれでもこんなふうになってしまうのかもしれないが⋮⋮。 ﹁あー、まぁなんだ。確かに俺は﹃漆黒の救世主﹄なんて呼ばれ たりしちゃいるけど、実際はこんな全然たいしたことない奴だから さ。敬語も使わないでくれ﹂ ﹁なッ!?私如きの虫けらが﹃漆黒の救世主﹄様に敬語を使わな いわけには⋮⋮ッ!!﹂ いや、あんた国王だよなッ!? ﹁えっと、ほらさっき国王様も言ってたみたいに、俺としてはあ まり目立ちたくないんだよ。なのに一介の回復魔法使いなんかに国 王様が敬語を使っちゃったりしたら嫌でも目立っちゃうだろ?だか ら俺のためだと思って、な?﹂ ﹁で、ですが⋮⋮﹂ しかし、やはり国王様の中でよほど﹃漆黒の救世主﹄が神格化さ れているのか、いつまで経っても了承してくれようとしない。 このままにしておくわけにもいかないしな⋮⋮。 378 ﹁そ、それじゃあ、敬語をやめてくれたら何か一つだけいうこと 聞いてやるよ﹂ ﹁ッ!!﹂ 先ほど握手したとき以上の反応をしめす国王様。 ﹁そ、それは本当ですかッ!?﹂ ﹁あぁ本当だ。まぁ敬語をやめたらの話だけどな﹂ ﹁や、やめます!!敬語使うのやめます!!﹂ ﹁やめますぅ⋮⋮?﹂ 国王様もようやく了承してくれたが、俺は更に国王様をおいつめ る。 ﹁や、やめるっ!!私は敬語は使わないぞぉッ!!﹂ やっとのことで、完全に俺に対しての敬語をやめさせることに成 功した。 ﹁それで、俺に何をさせたいんだ?﹂ そして今、俺は約束通り国王様のいうことを一つ聞こうとしてい るのだが、国王様の顔が満面の笑みに包まれている。 ⋮⋮あ、これヤバイのがくるやつだわ。 379 ﹁わ、私を﹃漆黒の救世主﹄様の弟子にしてくれッ!!﹂ ﹁うんごめん無理﹂ 途端、国王様の顔が絶望に染まった。 ﹁ど、どうしてだッ!?﹂ いや、どうしても何も君、国王様でしょ?どこに国王様を弟子に とる奴なんかがいるんだよ⋮⋮。 ﹁そ、そんな、せめて少しくらいは考えてくれ!!せっかく敬語 もやめたんだぞ!?﹂ ﹁うーん、確かになぁ⋮⋮﹂ ﹁せ、せめて明日の朝までッ!!明日の朝までは考えてくれッ! !その時にもう一回きくから!!﹂ 国王様の強い希望によって、明日までこの件を考えることになっ た。 けど、もし断って国王様が﹃漆黒の救世主﹄の正体をバラしたり したら大変だしな。あぁ、今考えるの面倒だから寝る前にでも考え ればいいか⋮⋮。 話も一段落した俺たちは、俺の家へと向かっている。 380 今更ギルドへ帰るのも億劫になったので割と近い俺の家を選んだ のだ。 ﹁あ、そういえばなんだけどさ⋮⋮﹂ ﹁ん、なんだ?﹂ ﹁このイヤリングってやっぱり外した方が良いか?﹂ 今までは特に何も考えることなくただつけていたけど、それがき っかけで正体がバレてしまったんだし⋮⋮。 ﹁うーむ。イヤリングのことを知っているのは国の中でも数人ほ どしかいない。 普通に生活していればまずバレる心配はないだろうが、私みたい な例外がいないとも限らない。 心配ならば念の為にとっておくのも、ひとつの手だと思うぞ﹂ ﹁了解。じゃあ外しとくかな﹂ 国王様からのすすめもあったので、俺は耳につけていたイヤリン グを外し、ポケットの中にしまいこんだ。 ﹁ただいま、トルエ﹂ 381 家に帰ると、トルエが玄関まで出迎えにやって来てくれた。 ﹁おかえりなさいご主人様⋮⋮。と、そっちは⋮⋮﹂ どうやら貴族だったころにもあったことがないらしく、初めて見 る国王様が誰か分からないらしく、首をかしげている。 ﹁あぁ、街の知り合いだよ﹂ どうせ後でバレてしまうかもしれないが、別にこんな夜でなくて もいいかな、と思い嘘をついた。 国王様から何もいわれないあたり、本人も別にそれで構わないと いうことだろう。 ﹁そうだ、ご主人様たちってお腹すいてますか⋮⋮?﹂ トルエが俺たちに聞いてくるが、運がいいことに俺は飯は食べて きたので腹は空いていない。 後は、国王様だけだが⋮⋮ ﹁実は何も食べていなかったので、何かもらえるのであれば感謝 する﹂ ⋮⋮やっぱり。だって宴会に出てなかったもんな。 、、、、、 けど、ご愁傷さま。トルエの料理を食べることになるなんて。 ⋮⋮料理教室に通っているトルエだが、確かにトルエは進化し続 382 けていた。 、、、 料理の不味さが︱︱。 ﹁じ、じゃあ俺は先に部屋戻っとくから⋮⋮﹂ ﹁あ、ご主人様っ!!﹂ 早々に自室に戻ろうとする俺をトルエが呼び止めてきた。 ⋮⋮な、何だろうか? ﹁実はさっき、お客様が来たんだけど、お客様がお疲れになって いたのと、今日は僕、ご主人様が帰らないと思っていたので、一番 広いご主人様の部屋に通したけど大丈夫だった⋮⋮?﹂ ﹁あぁ大丈夫だよ。対応ありがとな﹂ ご褒美にと、頭を撫でてあげる。 このごろはリリィやトルエのご褒美にはこれをするようにしてい る。どうやらそれが嬉しいようで、気持ちよさそうに目を細めてい る。 ⋮⋮それにしても良かった。飯をたべろとか言われなくて、本当 良かった。 おそらく後から聞こえてくるであろう叫び声を思いながら、俺は ひとまずの汚れた服を着替えるために、新しい服がある自室の扉を 開けた。 383 ﹁︱︱︱え?﹂ ﹁ぇ﹂ 確かにトルエには客がいるとは聞いていたが、男か女かまでは聞 くのを忘れていた。 中にいたのは、着替えの途中なのか、服を脱いだ女の子がいた。 しかも、その女の子は見覚えもあった。 ﹁あ、あれ、お前⋮⋮﹂ そこに居たのは、お城で逃げ回っている時に見つけた一室で治療 した女の子。 つまり﹃聖女﹄様だった︱︱︱。 384 聖女の回復魔法がどう見ても俺の劣化版な件について︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 誤字脱字指摘も感謝!! 385 聖女の回復魔法がどう見ても俺の劣化版な件について ﹁⋮⋮ひっ⋮⋮﹂ 聖女様は俺と目が合うと、怯えたような声をあげ次の瞬間には悲 鳴をあげようとしている。 ﹁す、すまんッ!!﹂ 俺はその前に身体を回転させてすぐさま部屋の扉をしめた。 ⋮⋮というか、トルエが言ってた客というのがまさか﹃聖女﹄様 だったとは思わなかった。 それにしても、もしかして都からここまで独りで来たのだろうか。 ﹁⋮⋮あ、あの、まだいらっしゃいますか⋮⋮?﹂ あれこれと考えている内に部屋の中から小さな声で呼びかけられ た。 ﹁あ、あぁ、はい一応いますけど﹂ ﹁⋮⋮え、えっと、着替えが終わったので、もう入ってきても大 丈夫です﹂ 聖女から入室の許可をもらった俺は、慎重に扉を開ける。 386 ⋮⋮ただし、聖女と話すときに一つだけ気をつけなければならな いことがある。 それは俺が聖女の正体を知っていることを、気づかれたらいけな いということだ。 ﹁えっと、初めまして。ルナと申します。当代の﹃聖女﹄を務め させてもらっております﹂ ⋮⋮そんな俺の杞憂を知ってか知らずか、聖女様が意外にもすぐ に自分の素性を明かしてしまった。 ﹁あ、あれ、自分が﹃聖女﹄っていうのは、そう簡単にバラして も大丈夫なモノなんでしょうか?﹂ 以前の慈善活動かなんかの時は、てっきり素性がバレないように するための服装なんだと思っていたのだが⋮⋮。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ するとどうしてか、聖女様が無言になり顔も青くなり始めた。 ﹁ダ、ダメだったんでしょうか⋮⋮⋮⋮?﹂ そして、顔を青くしたまま俺に聞いてくる。 ﹁あー、これからは確かに言わない方がいいかもしれませんね。 俺は誰にも言わないので安心してもらっても大丈夫ですけど﹂ ﹁あ、ありがとうございます。で、でも私だって今からそれを頼 387 もうとしてたんですっ﹂ こちらとしては気を使って言っただけなのだが、どうやらこの聖 女様は負けん気が強いのかもしれない。 であれば逆にそれを利用しない手はないか⋮⋮ ﹁じゃあ俺も敬語とか使わないほうがいいよな?何が原因でバレ るか分からないんだし﹂ ﹁っ、えぇ、それで構いません﹂ ﹁あ、それじゃあなんだけど、聖女様はどうやってここまで来た んだ?見たところ護衛とかもいないよな﹂ 聖女様からの了承をもらった俺は、早速敬語なしで気になってい たことを聞いてみた。 ﹁⋮⋮それが、私も最初は数人の護衛を連れていたんですが、道 中で真っ赤なドラゴンに襲われてしまって﹂ あ、あれれ?真っ赤なドラゴンってもしかして俺たちが見たやつ じゃないよな⋮⋮? ﹁普通ドラゴンがそんなところに出たりするわけないはずなので、 もしかしたら近くで傷を療養し終えたドラゴンに運悪く遭遇してし まったのかもしれません⋮⋮﹂ うん、多分それ俺が治療したやつだろうなっ。 388 ﹁た、大変だったんだな﹂ 動揺を悟られないように必死に平静を装う。 ﹁護衛の人たちが囮になって、私を先に行かせてくれたのでここ まで来れたのですが、護衛の方たちが心配で⋮⋮﹂ ﹁そ、そうだな﹂ ホント、心から護衛の人たちの無事をお祈りしておきます。 ﹁あと、そういえば、どうしてこんなところに来たんだ?﹂ さっきはどうやってここに来たのかを聞いたが、どうしてかとい う理由は聞いていなかった。 ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ﹁ギャァァァァアアアアアッッ!!﹂ 聖女様が何かを言いかけたとき、部屋の外から国王様の叫び声が 聞こえた。 すっかり忘れてしまっていたのだが、確かにトルエの料理を食べ 始める頃合だろう。 ﹁今のは⋮⋮お父様っ!?﹂ ﹁あっ、おい!﹂ 389 俺は急に部屋から飛び出していった聖女様の追いかけ、トルエた ちのもとへと向かった。 俺が聖女様に追いついたとき、部屋の床では、白目をむいて倒れ ている国王様に聖女様が回復魔法をかけており、トルエはというと 部屋の隅っこで、膝を抱えながら座っている。 ﹁ヒールッ!⋮⋮やっぱりヒールじゃダメみたいですね⋮⋮なら、 デスポイズンッ、リフレッシュッ、ハイヒールッ!!﹂ 怒涛の回復魔法三連続が功を奏したのか、国王は意識は戻ってい ないにしろ、その顔は幾分か楽になったような表情を浮かべていた。 ﹁はぁ、これで安心ですね。⋮⋮あら?﹂ 治療し終えた聖女様の目にはどうやらトルエ作の料理が映ってし まったようである。 ﹁そういえば、まだ何も食べていませんでした。お父様も頂いた ようですし、私もすこし頂かせてもらいますね?﹂ 冷静に考えれば、何が原因で国王様が倒れていたのかわかるはず だが、疲れていてその判断力も鈍っている聖女様には厳しかった。 ﹁⋮⋮うぐっ⋮⋮﹂ 俺が止めるまもなく、料理を口にした聖女様は、先ほどの国王様 390 と同じ道をたどってしまった。 せっかくの綺麗な顔でさえ、白目をむかせてしまうトルエの料理 に改めて恐怖を感じた⋮⋮。 ﹁⋮⋮ぐすっ⋮⋮っ⋮⋮﹂ この状態をつくりだしたのが自分だということが分かっているト ルエは今もずっと隅っこにいる。 ﹁⋮⋮トルエ、誰だって失敗はあるさ。つ、次また挑戦、す、す ればいいよ﹂ ﹁⋮⋮ご、ご主人様ぁ﹂ トルエをなぐさめ終わった俺は、倒れたままの聖女様に近づき治 療を行う。 ﹁ヒール﹂ 先ほど聖女様が使って治療できなかったトルエの料理。 しかし、俺が治療をした瞬間、辛そうに白目をむいていた聖女様 の顔には、穏やかになり元の綺麗な顔が戻っていた。 ﹁はぁ、やっぱりそうなるよな⋮⋮﹂ やっぱり一回くらい、 聖女の回復魔法がどう見ても俺の劣化版な件について、 391 誰かどういうことか説明してくれっ!! そしてこの状況もついでになんとかしてくれッ!! 俺は、床で寝転がっている二人を見ながら、人知れずそう呟いた ︱︱︱。 392 聖女の回復魔法がどう見ても俺の劣化版な件について︵後書き︶ ひとまずは連載当初自分が書きたかった︵?︶ところまでは終える ことができましたっ!! ここまで読んでくれた皆さんに本当に感謝しています!! な、なんかあとがき書いててこのまま終わっちゃうような雰囲気の 書き方だと自分でも思いますが、まだ全然続きますので!! そこは安心してくださいっ! 一日一回更新のほうも続けていくと思いますのでよろしくお願い致 します。 これからもみなさんの期待に応えられるような作品になれるように ︳*︶> 頑張りますので応援お願いします!! ではそろそろ失礼します<︵︳ 393 最愛の我が妹︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 394 最愛の我が妹 ﹁クソッ、クソッ!!﹂ 妾は今、暗闇に支配された長い廊下で悪態をついていた。 ﹁⋮⋮姫様、例の反勢力と思われる一人を確保しましたが、いか がなされますか?﹂ 突如、暗闇の中の一部が歪んだかと思うと、そこから自分の部下 が現れ、報告をしてくる。 ﹁すぐ向かう﹂ ﹁⋮⋮了解しました﹂ 部下に連れてこられた部屋にはひとりの男が強固な鎖によって拘 束されていた。 ﹁おいお前、妾の妹をどこへやったのじゃ﹂ 妾は、その男の胸ぐらを掴み強く揺さぶった。 ﹁だ、誰がそんなこと話すかよっ﹂ 395 ﹁⋮⋮⋮⋮ぁあ?﹂ 男の身体を持ち上げ強く睨みつける。何時でもお前なんか殺せる んだ、ということを示すためだ。 ﹁⋮⋮ひっ、お、俺は命令があったからやっただけで⋮⋮﹂ ﹁そんなことは聞いておらんのじゃッ!!妹の行方を早く言わん かいッッ!!﹂ ﹁に、人間の国にっ!!﹂ 怒り狂う妾の前に、あっけなく情報を漏らす男は、必死に妾から 離れようともがくが、拘束されている上に胸ぐらを掴まれているた めにそれも叶わない。 ﹁人間の、国じゃと⋮⋮?﹂ 人間の国は妾も昔に何度か連れて行ってもらったことがあった。 人数が多いにも関わらず治安がよかったことを今でも覚えている。 妹の居場所がそこだと聞いて少しだけだが安心できた。 人間の国であれば、無知で幼い妹でも無事な可能性が高いはずだ。 ﹁⋮⋮それで、人間の国に送っただけか?﹂ ﹁ぇ⋮⋮あぅ⋮⋮ぅう﹂ 396 しかし、男は他に何か言いにくいことでもあるのか、口を開こう とするも中々その次が出てこない。 ﹁早く言わんかっっ!!!!﹂ その時男の胸ぐらが破けた。 いつまでもその続きを言おうとしない男に苛立ってしまい、つい 掴む力を込めすぎてしまったのだろう。 ﹁じ、実は、人間の国に送った時に、死に至らしめる毒を、飲ま せました⋮⋮﹂ ﹁なんじゃとッッ!?﹂ では、こんなことしている暇などではないではないかっ!! 一刻も早く見つけ出して、なんとか治療しなければならない。 ﹁姫様、こやつはどうしておきましょうか﹂ ﹁⋮⋮まだ何か情報をもっておるかもしれん。しばらくはこのま まにしておけ。妾はこれからちと人間の国にまで行かなければなら ん﹂ 妾は、男の処遇をきいてくる部下にそう言い残したあと、準備を してその日のうちに人間の国へ向けて城を発った。 397 もう少しで助けに行くゆえ、今しがた待っておれっ!! 、、、 最愛の我が妹、リリィ︱︱︱ 398 最愛の我が妹︵後書き︶ 一応第二部のプロローグ的なものでかなり短いです⋮⋮ ︳︶m あと少しなにかくっつけようと思ったのですが、申し訳ありません m︵︳ 399 実は、初めてです︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 400 実は、初めてです ﹁ふーんふふーん﹂ 俺は今、鼻歌をかなでながら朝食を用意している。 昨日の悲劇を繰り返さないためにも、今朝はトルエにかわって俺 が料理担当だ。 ﹁お、おはようございます﹂ ﹁ん?﹂ 綺麗で透き通る声が聞こえたので後ろを振り返ってみると、どう やら目が覚めたらしい聖女様が立っていた。 ﹁あ、おはよう聖女様﹂ いきなり現れた聖女様に驚きつつも、挨拶はきちんと返すのが礼 儀だ。 ﹁あの、私前から思ってたんですけど、私が聖女っていうのを隠 すために敬語やめたんですよね⋮⋮?﹂ ﹁え、まぁそうだけど⋮⋮?﹂ 401 ﹁なら私のことを﹃聖女様﹄って呼んでたら元も子もなくないで すか?﹂ ﹁⋮⋮あ﹂ 言われてみれば、確かにそうだ。っていうか逆に俺は何をやりた かったんだろうか。 ﹁えっとじゃあ、ルナ⋮⋮?﹂ 昨日教えてもらったはずの聖女様の本名を、記憶の底から必死に 呼び起こす。 ﹁はい、それでお願いしますっ﹂ そこで自分の自己紹介もそういえばまだしていなかったことに気 付き、慌ててすることにした。 ﹁お、俺の名前はアネスト。親しい人、っていうか最近はほとん どの人にネストって呼ばれてる﹂ ﹁分かりました。よろしくお願いしますね、ネストさんっ﹂ ﹁あ、あぁよろしく⋮⋮﹂ 俺の名前を楽しそうに呼んでくるが、やはり今まで見てきた人た ちの中でも一位二位を争うほどの美人なので、思わず目をそらしな 402 がら返してしまった。 ﹁あの、それでネストさんは今何を?﹂ 互いの名前の呼び方なども確認できたことだし、そのままここか ら離れていくと思っていたのだが、当のルナ本人はというと俺の料 理している姿をとても不思議そうな顔で見ている。 ﹁⋮⋮何をっていうか、普通に料理してるんだけど﹂ まさか分からなかったのか?という意味もこめてそう返す。 ﹁っ⋮⋮そ、それくらい分かっていましたし、私にだってできま すっ!﹂ 俺のその言葉に込められた意味にあざとく気づいたのか、ルナは 先程までの楽しそうな雰囲気から一変して俺を睨みつけてきた。 ﹁へぇ、じゃあやってみる?﹂ 是非とも聖女であるルナが作った料理というのを食べてみたい。 俺は早速今作りかけていたものを片付けると、ルナに料理する場 所を譲った。 ﹁⋮⋮﹂ そして、ルナが無言のまま料理を開始した。 403 ⋮⋮これは今何を作っているんだろうか。 ルナの料理しているところを後ろから見ていたのだが、何を作り たいのか一向に分からない。 何か見た目で分かるようなモノもない、それでいて何か匂いで分 かるようなモノでもないのだ。 これ以上見ていたら、料理が出てきた時に食べられなくなってし まうかもしれないと思い、俺は静かに椅子に座り机に突っ伏した。 ﹁⋮⋮⋮⋮トさん、⋮⋮ストさん、ネストさんっ﹂ ﹁⋮⋮んぅ⋮⋮っ⋮⋮?﹂ 目を開けると、眩しい光が視界に入り込んできた。 どうやら料理が出来上がるのを待つ間に寝てしまっていたらしい。 ﹁で、できました﹂ そう言って、ルナが料理を盛り付けたのだろう皿を机に置いてき た。 404 ⋮⋮これは何なんだろう。 作っている時に何か分からなかったものが、出来上がった今でも 何を作ったのかが分からない。 ﹁じ、じゃあ一口﹂ 緊張しながらも、ゆっくりとルナが作った料理を口にする。 ﹁ど、どうですか⋮⋮?﹂ ルナが俺に感想を求めてくるが、これは⋮⋮、マズイ⋮⋮。 しかもトルエのやつと違って食えない程ではないのがまたキツイ。 ﹁⋮⋮ルナ、今までに料理したことは⋮⋮?﹂ ﹁ご、ごめんなさい。実は、初めてです⋮﹂ この料理を見るからに、実はも何も、料理が初めてなことくらい は直ぐに分かる。 ﹁はぁ、それなら最初からそう言ってくれれば良かったのに﹂ ﹁だ、だって﹂ ルナはしゅんとしながら、自らも恐る恐る自分の料理を口に運ぶ。 ﹁う、本当に美味しくないですこれ⋮⋮﹂ 405 そして、一口食べただけで、それからは一向に口に運ぼうとしな くなってしまった。 しかし、よほど自分の料理の結果が悔しかったのか、料理を見つ めながら、今にも泣き出してしまいそうな雰囲気で顔を下に向けて いる。 ﹁はぁ、ルナ﹂ 俺はため息をつきながら、椅子から重い腰をあげてルナを呼ぶ。 ﹁⋮⋮なんですか?﹂ ようやく自分の料理から目を離し、今度はその泣きそうな顔を俺 に向けてくる。 ﹁あー、簡単なものでいいなら、俺が料理教えられると思うけど、 やる?﹂ 落ち込んでるルナには、多分これが今できる精一杯の慰めだろう。 やるかやらないかはルナが決めればいい。 ﹁ホントですかっ!?﹂ 途端、料理をできるようになるかもしれない、という期待に顔を 輝かせながら俺を見てくるあたり、どうやら成功のようだ。 ﹁まぁ教えるにしても、まずは片付けからだな﹂ ﹁ぁ⋮⋮﹂ 406 ﹁で、できました⋮⋮っ!!﹂ それは俺がルナに料理を教え始めてから何回目かのとき。 俺たちの目の前の机には、不格好ながらもきちんと料理として通 用するモノが置かれていた。 鼻から入ってくるその匂いも、香ばしい。 ﹁じ、じゃあ、食べてみようか﹂ そして、俺たちは二人で同時にそれを口に入れた。 舌の上でしっかりと味わいながら最後は飲み込む。 ﹁⋮⋮⋮⋮ふつう、だな﹂ ﹁⋮⋮ふつう、ですね﹂ ﹁ということは⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮成功、ですっ!!﹂ 正直、味は平凡かそれ以下だろう。 407 しかし、それでも今日まで料理をしたことがなかったルナがそこ まで成長したのだ。 俺たちは互いにその喜びを噛み締めながら、残りも全て食べきっ た。 ﹁はぁ、よかったな、料理ができるようになって﹂ ﹁はいっ!!本当に良かったですっ!!﹂ 今までで一番の笑顔を向けながらルナがうなずく。今度は俺も顔 をそらすことなくしっかりと笑い返すことができた。 ﹁じゃあ、他の二人の分もルナに任せて大丈夫かな﹂ ﹁はいっ、任せてくださいっ!!﹂ 料理をルナに任せた俺は、未だに起きてこない国王様とトルエ を起こしに部屋まで向かおうと席を立ち上がったが、気づいたら既 にトルエが俺の後ろに立っていた。 ﹁⋮⋮﹂ トルエは無言で立ち続けている。 ﹁おっ、トルエじゃないか。ちょうど今起こしに行こうとしてた から驚いたよ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 408 俺の声は聞こえているはずなのに、トルエは無言で下を向いてい る。 ﹁えっと、トルエ⋮⋮?﹂ いつもと違うトルエに恐る恐る声をかける。 ﹁⋮⋮⋮⋮僕が今まで出来なかったことは、やっぱり普通はでき るんだね⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ トルエの話を聞いて、ようやくトルエの様子がおかしいことの理 由が分かった。 今までずっと練習してきているはずのトルエを、ルナがあっさり 抜いてしまったことに落ち込んでいるのだ。 恐らく俺たちが気づかなかっただけで、トルエはもっと前から俺 たちの様子を見ていたのかもしれない。 ⋮⋮さ、さて、これはどう慰めたらいいのだろうか⋮⋮ 下手なことを言ってしまえば逆効果になってしまうかもしれない。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮。 ﹁ト、トルエ﹂ 今、言うべきだろう言葉を見つけた俺は、優しくトルエの肩を掴 409 む。 ﹁⋮⋮ご主人様⋮⋮﹂ トルエも俺の顔をじっと見つめ返してくる。 今、俺が言うべき言葉は︱︱︱ ﹁誰にだって、向き不向きってのがあるから仕方ない﹂ トルエがしばらく部屋に引き篭りました。 410 ︳︶m モジャモジャーーッッ!!︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 411 モジャモジャーーッッ!! ﹁トルエー。おーい、トルエー﹂ ﹁⋮⋮﹂ 俺の精一杯の慰めが失敗だったのか、トルエが部屋に引きこもっ てしまった。 呼びかけても反応がない。 ルナが自分のせいでこうなってしまったのか、と心配していたの で、ルナには心配しなくて大丈夫だと言っておいたが、これはもし かしたらしばらく部屋から出てきてくれない可能性もある。 ここは仕方ないが一旦諦めて、リリィたちが帰ってきたときに慰 めてもうらうか、それとも時間が解決してくれることに期待してお こう。 今、国王様用の朝食をルナに準備してもらっているので、ひとま ずはトルエより国王様を起こさなければいけない。 ということで普段は使っていないが、現在は国王様に使ってもら っている部屋の前までやってきた。 ﹁国王様、起きてる?﹂ ﹁⋮⋮あぁ、起きてるぞ﹂ 412 少しの間のあと、どうやら起きているらしい国王様の小さな声が 聞こえてきた。 ﹁もうすぐ朝食の準備が出来るんで、そろそろ準備してくれると 助かる﹂ ﹁分かった﹂ 扉の前で待ってしばらく経ち、ようやく部屋の中から服なんかを 着替え終わった国王様がでてきた。 ちなみに服は俺のだ。 しかし、まだ国王様は完璧に準備が終わったというわけでもない らしく、その頭にはいくつかの寝癖が目立っている。 ﹁じゃあ行きますか﹂ 国王様を連れて、先ほどまで俺がいた場所へ向かう。 近づくにつれて料理の良い匂いが漂い始め、国王様もその匂いに 気づいている。 ﹁⋮⋮ル、ルナじゃないか﹂ 国王様はルナの存在に気づくと、どういうわけか驚く。 413 ⋮⋮あ、よく考えたら昨日は会う前に気絶してたから、ルナがい ることをしらなかったのか。 ﹁おはようございます、お父様﹂ ﹁ル、ルナは今何を⋮⋮?﹂ そしてやはりというべきか、ルナの料理姿を見て、その存在に気 付いた時以上の驚きを見せてくれた。 ﹁ルナ、おまえは今まで料理したことなんかあったのか⋮⋮?﹂ ﹁いえ?今日ネストさんに教えてもらって初めてさせてもらいま した﹂ その言葉を聞いた途端、顔を青くする国王様。 恐らくだが、昨日の料理のことを思い出したのだろう。 ⋮⋮それからは、食べるのを嫌がる国王様に、ルナと二人がかり で食べさせ、自分の娘がつくった料理の出来に感動した国王様がい きなり踊りだしたりしたのだが、まぁとにかく大変としかいいよう がなかった。 ﹁まさか娘の手料理を食べられる日が来るとは⋮⋮っ!!﹂ 414 今、食事のあとにお茶を飲んでいるのだが、国王様の興奮は未だ に収まっておらず、自分の父のそんな姿を見て、ルナもさすがに苦 笑いを浮かべていた。 ﹁たっだいまぁー!!﹂ そんな時、玄関から唐突にリリィの元気な声が聞こえてきた。 響きのよい足音が、だんだんとこちらに近づいてくるのが良くわ かる。 次の瞬間には勢いよく扉が開かれた。 ﹁おかえり、リリィ﹂ その勢いのまま俺の下まで駆け寄ってきたリリィの頭を撫でてや る。 ﹁んぅ、お客さん?﹂ 気持ちよさそうに頭を撫でられながら、俺に聞いてくる。 ルナと国王様のことを言っているのだろう。 ﹁あぁ、お客さんだよ﹂ 415 撫でられ終わったリリィが、ルナより少し近くにいる国王様を不 思議そうに見上げている。 ﹁⋮⋮モジャモジャーーッッ!!﹂ リリィが国王様の寝癖に飛びかかった。 あまりにも突然のことすぎて誰も反応できずに、国王様もリリィ にされるがままになっている。 俺はとっさに国王様からリリィを引き離す。 ﹁リ、リリィ、いきなりあんなことやったらダメだろ⋮⋮?﹂ 幸い、あまり国王様は気にしている様子もないので、とりあえず は謝罪の意も込めてリリィに自己紹介をさせる。 ﹁えっと、リリィっていいます。あと、髪ひっぱってごめんなさ い﹂ ﹁う、うむ。私もそんなに気にしていないので、お主もそんなに 気にしなくて良いぞ?﹂ 謝るリリィに国王様が優しく声をかける。 すると、何を勘違いしたのか再びリリィが国王様に飛びかかろう としたのでさすがに俺が止めさせた。 416 ﹁そういえば、アウラは?﹂ リリィと一緒にいるはずだったのだが、家に帰ってきたときリリ ィは一人だった。 ﹁えーっとねぇ、アウラおねえちゃんは、何かアスハさんとおはな しがあるって言ってたよぉ?﹂ リリィがいつもみたく俺のひざの上に座りながらアウラの居場所 を教えてくれる。 ﹁ん、了解﹂ まぁ確かにあんなことがあったあとだし、色々とアスハさんに相 談しているのかもしれない。 そういえば結局アスハさんのアレの件もよくわからないままだ⋮⋮ トントン︱︱︱ ﹁ん?﹂ 俺がいろいろと悩んでいると、先ほどのリリィとは違って、玄関 の方から扉を叩く音が聞こえてきた。 ﹁あぁ、俺がちょっと見てくる﹂ 417 他の人にいかせるのは、この面子を考えたらちょっと厳しい。 トントン︱︱ 玄関のほうへと行くと、再び扉を叩かれた。 ﹁今出まーす﹂ ゆっくり扉を開いた先にいたのは、汚れてはいるものの何度か見 たことのある騎士の鎧をきた人達が立っていた。 ﹁⋮⋮いきなりで申し訳ありませんが、ここあたりでちょっと身 分が高そうな人を見かけませんでしたか?﹂ 身分の高そうな人というのは、まず間違いなく聖女であるルナの ことか、国王様か、それとも両方のいずれかだろう。 ﹁あぁ多分それなら今ウチにいますけど﹂ ﹁ほ、本当ですかっ!?﹂ 俺の言葉に反応し、大きい声を張り上げる一番偉いと思われる人。 ﹁は、はい。えっと、もしかしなくても聖女様と国王様、ですよ ね?﹂ ﹁はいっ!そうです!!﹂ その勢いに若干驚きながらも、呼んでくれるように頼まれた俺は 418 中で待っている二人を呼びに戻る。 ﹁なぁ国王様たちの護衛っぽい人たちが来てるけど⋮⋮﹂ ﹁あっ!﹂ 護衛が来ていることを伝えると、何か思い出したかのようにルナ が声をあげる。 ﹁⋮⋮そういえば、お父様を連れ戻すようにお母様から言われて ここまで来たんでした﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮そういうことはもっと早く言おうな⋮⋮?﹂ 急いで各々荷物などを整理し終えたあと、護衛の人たちが待って いる玄関まで向かう。 ﹁⋮⋮世話になったな、感謝する﹂ 皆を代表してか、国王様がお礼を言う。 ﹁いえいえ、こちらこそ国王様の助けとなることができて光栄で す﹂ 今は護衛の人もいるために、俺が使える少々の敬語を駆使して対 応している。 ﹁⋮⋮では、また﹂ 419 そう言い残し、国王様たちはおそらく都へと帰っていった。 姿が見えなくなるまで見送っていようと思っていたら、遠くまで いったところで王様が一人だけこちらへと戻ってきた。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮はぁ、そういえばこれを渡すのを忘れていた。名前 を既に書いてしまっているが、ぜひ使ってやってくれ﹂ 息をきらしながら、何やら黒いモノを渡してくる。 よく見ると、俺が﹃漆黒の救世主﹄のときにつかっているやつよ り上質そうな黒マントだった。 ﹁ありがとう、助かるよ﹂ ちょうど、色々と傷が出来ていたところだし、ありがたく受け取 る。 黒マントを渡した国王様は、今度こそ皆で帰っていった。 ⋮⋮そういえば黒マントに名前が書いてあるって言ってたな。 なんだかんだで結局国王様の名前を聞いてなかったし、見てみる か⋮⋮。 黒マントの内側に書いてあるだろう、国王様の名前を探す。 420 そして俺はようやく見つけることができた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そこには、こう書いてあった︱︱︱ ﹃漆黒の救世主 様﹄ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮はぁ、捨てるか。 421 ︳︶m さっきの仕返し、です︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 422 さっきの仕返し、です ﹁みんなかえっちゃったねぇー﹂ ﹁そうだなぁー﹂ 今、俺とリリィは、ルナや国王様も帰ったので二人だけである。 朝食の片付けなんかも一通り終わってしまった俺たちは暇を持て 余していた。 ﹁あ、そういえばリリィ、トルエが色々あって今落ち込んでるか ら、悪いけどちょっと慰めに行ってくれないか?﹂ リリィであれば、多少は効果もあるだろうし、トルエには早く元 気をだしてもらいたい。 ﹁わかったぁ!!﹂ 俺の頼みを聞いて、リリィが早速トルエの部屋へと向かってくれ る。 ⋮⋮あの調子だったら恐らくはトルエのこともうまくやってくれ ると期待するが、今度こそ俺は一人になってしまった。 ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮今日はなんか忙しかったな⋮⋮﹂ 423 思わず口からそんな言葉がこぼれる。 ﹁へぇ、そんなに大変だったんですか?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂ 今俺は別に誰かに対して行ったわけではなく、本当に独り言とし て口にしてしまったのだが、突然後ろからそれに応える声がかえっ てきた。 ﹁ア、アスハさん⋮⋮?﹂ 恐る恐る振り返った先にいたのは、いつもギルドでお世話になっ ているアスハさんだった。 ﹁はい、アスハです。昨日ぶりですね﹂ ﹁そ、そうですね⋮⋮﹂ 音もたてずにどうやってここまで来たのかは分からないが、さす がに驚かされた。 ﹁えっと、そ、それで何か用でもありましたか⋮⋮?﹂ しかし、何か用があるのか聞いてから気づいたのだが、この前ア スハさんが俺にしてくれたことを思い出した。 自分の顔がすこしずつ熱をもちはじめたのがわかる。 ﹁はい、実はアウラさんの件でちょっと⋮⋮﹂ 424 そんな俺にアスハさんが用件を言ってきた。 それを聞いて、アウラには申し訳ないが熱くなってきた顔がだん だんと冷めていく。 冷静に考えてみれば、リリィからアウラがアスハさんと話をして いると聞かされていたのだから、アスハさんの用件も当然そのこと についてだというのが分かるだろうに、変に勘違いしてしまった。 ﹁あの、ネストさんは、アウラさんとその、したんですよね⋮⋮ ?﹂ 若干言いにくそうに顔をそらしながらアスハさんが聞いてくる。 ﹁⋮⋮た、多分⋮⋮﹂ まさかアウラがそこまで言ってしまっているとは思っていなかっ たので、どこまでアスハさんに知られているのか分からず、言い表 し難い気恥かしさに駆られる。 ﹁やっぱりアウラさんとしても恥ずかしいみたいで⋮⋮﹂ ﹁で、ですよね⋮⋮﹂ やっぱりあそこでもっと早くに死んだふりをやめるべきだった⋮ ⋮。 そしたらこんな事態にもならなかったはずだ。 425 ﹁それで、このままじゃ、わ、私も含めて普通通りの生活が難し くなるかもしれないので︱︱︱ ︱︱︱忘れてください﹂ ﹁ッ!?﹂ アスハさんの言葉を聞いた瞬間、後ろから頭を殴られた。 何かと思い見てみると、そこには何やら硬そうな鈍器をもってい るアウラがいた。 ﹁なっ!?アウラ何やって⋮⋮っ!?﹂ ﹁わ、忘れさせるためには、頭を殴るのが一番だって、聞いたか ら⋮⋮﹂ だ、誰がそんな要らないことアウラに教えたんだよッ!? ﹁そ、そんなんで忘れるわけがッ!?﹂ アウラと話していたら再び後ろから頭を殴られた。 ﹁ア、アスハさんまでっ!?﹂ ﹁ごめんなさい、やっぱり私もちょっと大胆なことをしてしまっ たので、忘れてください﹂ ﹁ま、まじですか⋮⋮﹂ 426 怪我することに慣れていない頭だったが、運がいいことに痛みは ない。 だが、頭がおもいっきり揺さぶられたせいか、うまく治療に集中 できない。 ﹁い、一旦落ち着こう?﹂ 鈍器をもつ二人の魔の手から必死に逃亡を試みる。 ﹁逃げないでおとなしく殴られなさいっ!!﹂ ﹁いやいや、無理だって!そんなんで忘れるわけがないだろ!?﹂ 次第に壁際まで追い詰められてきてしまったので、起死回生の一 手を狙う。 ﹁うわっ!?﹂ そんなとき、二人とはまた別の手が後ろから俺を捕まえてくる。 ﹁さっきの仕返し、です⋮⋮﹂ ﹁ト、トルエ!?﹂ まさかのトルエ参戦で俺はあえなく敵に捕まってしまった。 ﹁フフフ、観念しなさいネスト⋮⋮﹂ ﹁ネストさん安心してください。できるだけ優しくするので⋮⋮﹂ 427 ﹁い、い、イヤだァァァァァァアアアアアッッ!!﹂ そして、そのことばを皮切りにだんだんと聞こえてくる声が小さ くなっていき、最後には完全に聞こえなくなってしまった︱︱︱。 ﹁ん⋮⋮んぅ⋮⋮?﹂ ﹁あ、起きた?﹂ どうやら、国王様たちが帰ったあといつの間にか眠ってしまって いた間に、アウラが帰ってきていたらしい。 ﹁あぁ、お帰りアウラ﹂ どうしてか久しぶりにアウラと話したような感覚がする。 ﹁ただいま、ってネストはその⋮⋮、な、何か私と気まずくなっ ちゃうようなことをした覚えとかってある⋮⋮?﹂ 何やらアウラが顔を少し赤くしながら、俺にきいてくる。 ﹁⋮⋮いや?何もおぼえてないけど⋮⋮﹂ ﹁そ、それならいいのっ。今のは気にしなくて大丈夫だからっ﹂ 428 アウラは、俺のことばを聞くと、少しホッとしたような顔で胸を なでおろしていた。 ﹁じ、じゃあ私ちょっと用事あるから⋮⋮﹂ 結局、俺と話し始めてから、すぐにどこかへと出かけていってし まった。 ⋮⋮⋮⋮何か、引っかかるような気がするけど、別にいつもどお りだし俺の勘違いかな? 多分、顔が少し腫れている気がするのも︱︱︱ 気のせい、だよな︱︱︱? 429 ︳︶m すっごく大きいから気持ちいい︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 430 すっごく大きいから気持ちいい ﹁よし、じゃあ始めまーす!﹂ 俺たちは今、久しぶりにギルドで治療をしている。 ⋮⋮それにしてもさっきは驚いた。 朝、顔を洗おうと鏡の前に立ったら、どういうわけか真っ赤に腫 れ上がった俺の顔がそこにあった。 驚いて、博識のアウラ先生に聞いてみたところ、どうやら夜のあ いだに血を吸う虫に噛まれまくったということらしい。 まぁそんなこんなあったが、すぐに治療も終わらせ大事にはいた らなかった。 ﹁おう!今日もよろしく頼むわ!﹂ さて、今日のお客さん第一号も来たことだし、治療に集中するか ︱︱。 ﹁はぁ⋮⋮やっと一通り終わったな⋮⋮﹂ 431 時間も昼食をとるくらいになり始めたころ、ようやく並んでいた 人たちのほとんどを治療し終えることができた。 ﹁アウラとトルエは先に昼食とってきていいぞー﹂ 急ぎのお客さんがきたときのために、念のため俺かトルエが残っ ている必要があるので、この組み合わせになるのは仕方がない。 ﹁分かったわ、でも一応できるだけ早く帰ってくるようにするか ら﹂ そう言って、トルエとアウラがギルドの外へと出て行った。 残されたリリィは俺の膝の上に座りだし、気持ちよさそうに目を 細めている。 ﹁じゃあ次の人、どうぞー﹂ そして、俺は再び治療を再開した。 ﹁おう、あんちゃんいつもお疲れぇ﹂ みんなも朝食をとっているのか、珍しく客足が途絶えたとき、よ く治療をうけにくる冒険者のおっちゃんたちが数人話しかけてきた。 432 パッと見た感じ怪我をしているようには見えないので、ただ話を しにきたということだろう。 ﹁んぅ、ちょっとおはなつみにいってくるぅ!﹂ ちょうどその時、最近アウラたちに教えられたばかりの隠語を使 いながら、リリィが俺のひざからおりた。 ﹁了解﹂ おっちゃんたちもリリィがいない方が話せることも増えるかもし れないな、とか考えながらリリィを見送る。 ﹁よっこらせっ、と⋮⋮。⋮⋮で、あんちゃんは結局誰が本命な んだい⋮⋮?﹂ 席に座った一人のおっちゃんが身を乗り出しながらそう切り出す。 ﹁えっと、何が⋮⋮?﹂ だがあいにく俺にはイマイチその意味が分からなかった。 ﹁⋮⋮本命ってのがまずわからないんだけど?﹂ ﹁おいおい⋮⋮﹂ すると、おっちゃんたちが呆れたような顔を浮かべるが、知らな いものは知らないのだからどうしようもない。 ﹁はぁ、まぁつまりあれだ。誰と一番ヤってみたいか、ってこと 433 だ﹂ ﹁ハァッ!?﹂ いやおかしいだろ。どうしていきなりそんな話になったのかがま ずわからない。 ﹁だって、あんちゃんいっつも三人くらい可愛い娘連れてんだろ ?まぁ二人はまだ子供みたいだから一人に絞られるっちゃあそうだ が、噂じゃギルドのアスハさんとまでヤケに親しげだって聞いたぞ ?﹂ ﹁ま、まあ確かに皆可愛いのは否定できないけど⋮⋮﹂ だからといって、そんなに話がうまく進むわけもない。 俺はそこらへんの一般人とも変わらないし、まず相手にもされな いはずだ。 ﹁はぁっ!?あんちゃんそれでも男かよぉ。ま、まさか⋮⋮男が 好きなのか⋮⋮?﹂ ﹁違ぇーよッ!?﹂ 見当違いなことを言いながら俺から遠ざかるおっちゃん達に慌て て否定する。 変な噂でもたったらどうするんだ。 ﹁ははは、冗談に決まってんだろ?﹂ 434 ﹁勘弁してくれ⋮⋮﹂ ほんと、冗談に聞こえないから。 ﹁たっだいまぁー!!﹂ 俺がため息をついていると、お花摘みから帰ってきたリリィが俺 の膝の上に座ってくる。 ﹁ねぇ、何はなしてたのー?﹂ 無邪気な笑顔を浮かべながら俺とおっちゃんに聞いてくるが、今 話していた内容を伝えるわけにもいかない。 おっちゃんたちもさすがに子供の前では自重してくれるだろう。 ﹁リリィちゃんとこのお兄ちゃんがどういう関係なのかなーって 話をしてたんだよ﹂ おっちゃんのうちの一人が勇敢にもリリィに伝える。 ⋮⋮少々きわどいけど、それならぎりぎり大丈夫なところだ。 ﹁んー?ネストとのかんけい?﹂ ﹁そ、そうなんだよ。このおっちゃんたちがしつこくってさ。教 えてやってくれよ﹂ リリィならば変なことは言わないだろうし、というか実際何もや 435 ってない。 ﹁えっとねぇー、リリィはネストの上にいるよぉー?﹂ ﹁﹁﹁⋮⋮は?﹂﹂﹂ ﹁ネストの上はねぇ、すっごく大きいから気持ちいいのぉー﹂ ちょ、ちょっとまて? え、リリィは何を言ってるんだ? もしかして、膝の上ってことか⋮⋮? ﹁⋮⋮まさかあんちゃんがそんなやつだったなんて﹂ ﹁そ、それならまだ男が好きな方が⋮⋮﹂ ﹁恐ろしやァ⋮⋮﹂ だんだんとおっちゃん達が俺から離れていく。 速い奴は既にギルドの入口にまで行っている。 ﹁じゃ、お、俺はお先に﹂ ﹁が、頑張ってな⋮⋮?﹂ そして各々好き勝手いいながら散らばっていく。 436 ﹁ご、誤解だぁぁぁぁぁああああああああああっっっ!!!﹂ 俺の絶叫に反応するものはそこにはもう、居ない︱︱ 次の日から、俺が幼女趣味の変態だという噂が流れました。 437 ﹃幼女趣味の変態﹄が︵前書き︶ まずごめんなさい。 今回中途半端に切れちゃってます⋮⋮ 少々リアルが忙しくて、途中で切っちゃいました。 ですので、中途半端なのが嫌っ! ︳︶m っていう人は明日の八時に一緒に見たほうがいいかもしれません。 ブクマ評価感謝しておりますm︵︳ 438 ﹃幼女趣味の変態﹄が ﹁⋮⋮はぁ﹂ ﹁ご、ご主人様そんな落ち込まないで﹂ 俺は今トルエと買い物に来ている。 例の﹃幼女趣味の変態﹄という噂がたってから、俺は少し自宅に 引きこもっていた。 その間にトルエやアウラが頑張って誤解を解いてくれたらしい。 今回はそのお礼として今日はトルエの相手をしているのだ。 だけどやっぱり一度広がってしまった噂というものはやはり簡単 には無くなってくれるわけもない。 今もトルエと歩いているとチラチラとこちらを窺ってくるような 視線を感じる。 ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 俺はその憂鬱さを少しでも吐き出すために二度目のため息をつい た。 439 ﹁ご主人様、僕ここ行きたい﹂ そういってトルエが指差した場所には以前に服を買ってあげたお 店だった。 そういえば今までまだあの服を着ているのを見たことがない。 一体いつになったらきてくれるのだろうか⋮⋮。 ﹁あぁ、じゃあそこ行こうか﹂ しかし今日はトルエにお礼をするためにきたのだから、満足して もらえるように頑張ろうっ! 俺はトルエに手をひかれながら、そう意気込んだ。 ﹁えっと、トルエ⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮﹂ お店の中に入り、トルエは色々と置かれている商品を見ていって 何かを探しているような素振りを見せているのだが、一向に服を選 ばない。 440 声をかけるが、よほど集中しているらしく俺の声にも反応しなく なった。 時間もかかりそうだったので、仕方なくトルエから一旦離れて、 アウラとリリィにあげる服を選ぶことにする。 前回はそのせいで二度にわたってこの店に脚を運ぶことになって しまったので、今回は先に買って帰ることにしたのだ。 ﹁うーん、分からん⋮⋮﹂ 俺が男だからか、それともただ単に田舎者のせいでそういう流行 りに疎いせいか、アウラたちに何を買っていけばいいかが全くわか らない。 ﹁すみませんが、最近の女の子の服で流行りとかってありますか ?﹂ このまましていても埒があかないので、思い切って店員さんに聞 いてみる。 ﹁は、流行りですか⋮⋮?﹂ 店員さんは若干顔をひきつらせながら俺に確認してくる。 今の反応は、男が女物の服を買おうとしているから驚かれただけ で、決して噂の﹃幼女趣味の変態﹄がまたやらかしてるよ、とか思 われたとかでは決してないはずだ。 441 うん、絶対そうだ。 ﹁お、お土産で買いたいんですが⋮⋮﹂ だからこれも決して誤解をとこうとか思っていった訳じゃないか らな? ﹁そ、それでしたら、最近はこちらあたりの商品が皆さんには人 気ですね﹂ 最近の流行りらしい服の場所を手で指し示しながらそう教えてく れる。 値段を見てみると、まぁまぁ掛かってしまうようだがギルドで稼 いでいる俺には余裕だ。 ﹁あ、ありがとうございます。ちょっと見てみます﹂ 俺がお礼を言うと、店員さんは大急ぎでその場から離れていった。 ⋮⋮きっと仕事で忙しいんだろうなぁ⋮⋮。 ﹁んー、これかなぁー﹂ 店員さんに教えてもらった最近の流行りというところで色々と探 してみたのだが、あまりピンとくるものがない。 442 俺の感覚がおかしいのか、どうしてこれが流行っているのかが良 く分からん。 そんなこんなしていると意外にも時間がけっこうたっていたよう で、そろそろお昼の時間にもなってしまう。 トルエの方もまだ探しているようで、お店の中を探し回っている。 ﹁⋮⋮ん⋮⋮⋮ぅ?﹂ ふとその時、あまり目立たないようなところに置かれている服の 掛かっている棚が目に入った。 どこか不自然さを感じるソレを不思議に思い、近づいてみる。 そこには今まで見ていた流行りのようなものではないが、どこか 目にとまってしまうような服が置かれていた。 ﹁⋮⋮⋮⋮これにしよう﹂ その中でも一段と目に止まった一着を手に取る。 ⋮⋮これはアウラの分、だな。 ﹁⋮⋮リリィのはこれかな﹂ 今まで迷っていたのが嘘のように、どんどんと決まっていく。 最後、ここまできたらトルエの分もと思って、もう一着選んでお いた。 443 選び終わった俺は、そのまま会計をするところまで向かうが、そ の途中でトルエも選び終わったのか、﹁これがいい﹂といって渡し てくる。 ﹁えっと、これは?﹂ トルエが渡してきたのは、何やら生地が薄く、全体的にみて少し 黒っぽいような、それでいて女物の下着を上下足したようなつくり の服だった。 ﹁それは﹃水着﹄という水の中で着る用の服、らしい。水とお湯 に両方対応してるから、これで一緒にお風呂入れる⋮⋮﹂ ﹁へぇそれはすごい﹂ それなら、何も心配することなくトルエとお風呂に入れる。 トルエから受け取った水着なるものと、お土産にかったやつの計 四着を会計にもっていく。 ﹁⋮⋮⋮⋮こ、これを買うんですね⋮⋮﹂ 何やら会計をするときに店員さんがなにやら言っていたが、まぁ 良いものも買えたし気にしなくていいか。 そして俺たちは、服を包んでもらってある紙袋を手にしながら店 をでた。 444 445 お風呂、はいろ?︵前書き︶ ︳︶m 一応、昨日の続きです。お待たせしてごめんなさい。 ブクマ評価感謝ですm︵︳ 446 お風呂、はいろ? ﹁ただいまー﹂ 俺とトルエは買い物をしたあと、美味しいと評判のお店で昼食を とったりして時間を潰した。 夕方にもなり、ちょうど良い時間くらいになったので家に帰って きたのだ。 ﹁おかえりぃーっ!﹂ リリィが玄関まで迎えに来てくれる。 ﹁あれ、アウラは?﹂ 何時もなら、リリィより遅れつつも玄関まで来てくれるアウラが 今日に至っては何故か来ない。 ﹁んーアウラお姉ちゃんはいまお料理つくってるよぉ﹂ ﹁あ、そういえば今日はアウラが夜担当だったか﹂ 447 ﹁アウラ、ただいま﹂ 玄関から移動した俺は、今ちょうど料理をしているアウラに向か っていう。 ﹁あ、おかえり﹂ 頭だけこちらにやりながら俺にそう言ってくるアウラ。 アウラにも帰ってきたことを伝えた俺は一度部屋に戻った。 ﹁はぁ、うまかったぁー﹂ 今俺は、皆でアウラが作った夕食を食べ終わり、一人部屋に戻っ てきていた。 少し前までは料理が出来なかった俺たちだが、今に至ってはトル エはまぁあれだが、それ以外は皆かなり料理に関しては手馴れたも のになっていた。 今日のアウラの作った料理も美味しかったし、明日の朝担当のリ リィにも期待だな。 トントン 448 ﹁⋮⋮ん、誰だ?﹂ 俺がベッドの上で休んでいると部屋の扉が叩かれた。 扉の向こうに向かって声をかける。 ﹁僕だけど、入っていい⋮⋮?﹂ どうやらトルエが俺の部屋まで来たらしい。 ﹁入っていいよ﹂ 特に入ってきてダメなことをしているわけでもないし、外で待っ ているトルエを中に呼ぶ。 トルエは今日買ったばかりの水着を手にしながら俺の部屋へと入 ってきた。 ﹁⋮⋮これあるから、お風呂、はいろ?﹂ トルエが遠慮がちにだが、しっかりと自分の希望を伝えてくる。 ﹁あー、まぁいっか﹂ 今までは失敗続きのトルエとのお風呂だが、今日はそのために水 着を買ってきたので、心配することはないだろう。 俺は自分の着替えを取り出すと、トルエと共に脱衣所へ向かった。 449 先にトルエには水着に着替えてもらってお風呂に行ってもらい、 俺は急いでお風呂に入る準備をする。 腰にはきちんとタオルを巻き、ちゃんと身体を洗うようのも持っ てきた。 ﹁⋮⋮よしっ!行くかっ!﹂ 俺はそう意気込むと、満を持してトルエの待つお風呂へと向かっ た。 ﹁お、おぉぅ⋮⋮﹂ トルエが着ている水着は、意外にも破壊力が高かった。 黒に染められた特別な布が、くっきりと身体に張り付いているの か、しっかりとトルエの身体の形がわかってしまう。 村をでたころならこの時点でダメだったかもしれないが、街で女 の子に少しは慣れた俺ならこれくらいなら、いけるッッ︱︱!! ﹁はぁ、一緒に風呂ってのは⋮⋮、良いな⋮⋮﹂ 結果から言ってしまうと、完璧だった。 450 水着で洗えないところはあったが、それ以外であれば楽勝に洗う ことができるのだ。 そしてトルエにもお返しにといわれ、背中を流してもらえた俺は、 今は二人で溜めた湯に浸かっていた。 ﹁⋮⋮ん、僕も、気持ちいい⋮⋮﹂ トルエもご満悦の表情で、身体を湯に沈めている。 これなら毎日でも一緒に入ってもいい。 やっぱり女の子に背中を流してもらえるのは、男ならば誰だって 嬉しいはずだ。 ﹁その水着ってのはすごいなぁー﹂ 、、、、、、、、、 トルエの身体を包み込み、だんだんと色が薄くなってくる水着を 見つめる。 ﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂ い、色が、薄くなってる⋮⋮? 俺の見間違えか、どこか水着の黒さがだんだんと薄くなって、透 けてきている気がする。 ﹁あ、あれ、トルエ⋮⋮?その水着なんだか色が薄くなってきて る気がするんだけど⋮⋮?﹂ 451 すると、トルエが俺の問いに不思議そうな顔を向けてくる。 ﹁⋮⋮?これってこういうものなんじゃないの⋮⋮?﹂ ︱︱︱え? ﹁えっと、水着って、お風呂とかに一緒に入ったときに色が薄く なるから、そういうことが好きな貴族御用達の、服だよ⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁この前、冒険者の人が、ご主人様を元気付けたいならこういう ので楽しませてあげたら、良いって言われたから⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮マ、マジですか⋮⋮﹂ それは危なかった。 このままだと完全に透けてしまって、前みたいに倒れてしまうと ころだったかもしれない。 ﹁さ、先に上がっとくな?﹂ ﹁つ、疲れたぁ⋮⋮﹂ 脱衣所で着替えた俺は、そのまま部屋へ直行しベッドへと倒れ込 んだ。 452 ﹁い、一応最後までトルエとお風呂、入れたよな?﹂ 色々と落とし穴のある水着だったが、思い返してみてもちゃんと トルエとお風呂に入れたことだし、悪いことばかりでもない、よな? 完全に透けるまで結構な時間がかかるみたいだし。 色々考えている内に眠くなってきたので、俺はその眠気に従って 目を閉じた。 次の日、﹃幼女趣味の変態﹄が、貴族御用達の、しかも小さい子 用の﹃水着﹄を買った、という噂が俺の耳に入ってきた︱︱︱。 453 ︳︶m どぉーんッッ!!︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 454 どぉーんッッ!! ﹁はぁ?腕相撲王者決定戦ぅ?﹂ 俺は例の一件の後、もちろんのごとく引きこもったのだが、なん とアスハさんがわざわざ家まで俺を呼びに来てくれたので行かない わけにはいかなかった。 アスハさんに連れられてむかったギルドでは、入口にデカデカと そう書かれた看板が立っていた。 ﹁はい、実はギルド主催で行うことになりまして、連戦の方のた めにネストさんを連れてくるように言われたのです﹂ ﹁⋮⋮﹂ まぁ、さ?分かってたよ、それくらい。 アスハさんが俺なんかのためにわざわざ家まで迎えに来てくれる なんておかしいって。 ﹁ネストさん?﹂ ﹁い、いやっ、実は俺もこれにでようかなぁ⋮⋮なんて﹂ 無言の俺に顔を近づけてくるアスハさんに思ってもみないことが 口からポロリと出てしまった。 455 ﹁それはいいですね!私応援してます!﹂ 慌てて冗談だと言おうとしたとき、アスハさんが珍しく少し興奮 したように拳を握りしめている。 ⋮⋮うん、出るしか、ないよなこれ。 ﹁さぁ、続いての挑戦者はぁ!!こいつだぁぁああ!!﹂ 訳も分からない内にどんどんと話が進み、俺の出場が決定してし まった。 俺の出番は今の挑戦者の次。 これは、前回の腕相撲王者に挑戦者が挑戦し、挑戦者が勝ったら 王者になれるのだが、もちろんそれだけじゃ終わらない。 決められた制限時間内であれば、今度はその新しい王者に挑戦す ることができるのだ。 勝ったらまた王者交代。 これが時間が一杯になるまで繰り返される。 456 しかし、王者になった人は連戦することが前提なので、試合ごと に回復魔法で回復しなければいけない。 それが俺の役目でもあるのだ。 因みに今の王者は前王者のままだ。 圧倒的な力で、相手をねじ伏せており、未だ誰も王者になること ができていない。 ﹁終了ぉぉぉおおおお!!!﹂ 今の試合の結果は、やはり前王者が圧勝した。 次はもちろん俺の番だ。 ﹁ヒール﹂ 相手に治療をし終え、俺は王者を机にはさんだところにある席に すわった。 ﹁ネストさーん、頑張ってくださーい!﹂ ﹁ッ!!﹂ 後ろから、アスハさんの応援の声が、聞こえてしまった。 ⋮⋮これは勝つしかない︱︱ッ!! なし崩しにここまで来た俺だが、作戦を考えていないわけではな 457 い。 俺の、俺による、俺のための作戦が、きちんと用意されている。 ﹁っへ、幼女趣味の変態さんなんかには負けないぜぇ?﹂ ⋮⋮ふふふ、おまえはもう負けている。 ﹁では、よぉぉぉおおおい!!﹂ 審判役の人か誰かが合図をとり始める。 ﹁始めっっ!!!﹂ その瞬間、俺たちの試合が始まった。 ﹁⋮⋮ヒールヒールヒール⋮⋮ヒール⋮⋮ヒール﹂ 俺は開始からずっと誰にも聞こえないほどの声で自分に回復魔法 をかけている。 そうすることによって常に万全の体制で戦える、というわけだ。 ﹁⋮⋮クッ⋮⋮!﹂ だが、それだけでは俺も厳しいだろう。いくら万全の体制であっ たとしても元々の違いがある。 ではどうするか。そんなの簡単だ。 458 今まで実は王者には回復魔法をかけていない。 かけるとみせかけて実は全て俺自身にかけていたのだ。 ﹁⋮⋮ぐぁぁっ!!!﹂ そして、長い戦いの末、俺は見事勝利を掴んだ。 ﹁⋮⋮す、すげぇ、あいつ倒しちまったぜ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮幼女趣味の変態⋮⋮見直したぜ⋮⋮﹂ 後ろでなにやらざわついているが、俺は満足だ。これで少しは俺 のひどい噂もとどまってくれるかもしれないし、なによりアスハさ んにいいところを見せることができた。 ﹁新王者ァァ!!ネストォォォォォオオオ!!!﹂ ﹁うぉぉおぉおおおおおおおおおおおっっ!!﹂ 審判が俺の名前を大声で叫ぶと、ギルドは冒険者たちの歓声であ ふれかった。 ﹁さて、次の挑戦者だがぁ⋮⋮?実はまだ決まっていない!!﹂ ギルドの中の声が静まってきた頃、審判がトンデモ発言をしてき 459 た。 このまま誰もでてこなければ、俺が新王者ということになるのだ が、終了の時間まではあと少ししか無かったはずだ。 ﹁ふふふ⋮⋮﹂ つい口から笑いが出てしまった。 だけど、これはもうほとんど決まったようなものだろう。 ﹁リリィもやりたぁーいっ!!!﹂ 俺がそんなことを考えていたとき、観衆のなかからそんな声が聞 こえてきた。 そしてそのまま俺の前へと連れてこられたのは、なんとリリィ本 人。 ﹁えーっと⋮⋮、時間を見る限りだとこれが最後の試合になりそ うだぁぁ⋮⋮﹂ 審判もこの小さな挑戦者にどう盛り上げたらいいかわからないよ うだ。 俺も驚いたが、これはこれで良い。 なぜなら俺の勝ちがもう決まったからだ。 リリィには悪いが、勝たせてもらう。さすがにリリィ相手だった 460 ら余裕だろうし。 ⋮⋮ふふふ︱︱。 ﹁で、では、用意ぃぃ!!始めッ!!﹂ ついに、その試合が始まった。 すぐに終わらせるのもアレだし、最初は軽くやってあげよう。 ﹁ネストぉー?これってあいてのうでをたおしたら、かち?﹂ ﹁そうだよー﹂ どうやらやり方すら知らなかったらしいリリィに教えてあげる。 じゃあ、そろそろ決めようか︱︱︱。 ﹁どぉーんッッ!!﹂ そしてその声が聞こえた次の瞬間、決着がついた。 ﹁⋮⋮え?﹂ 461 試合を行っていた机は見事に真っ二つに割れ、俺はそのまま地面 へと叩きつけられた。 、、、 そう、俺は負けた︱︱︱ その小さな身体のどこに秘めているのか分からないリリィのあり えない力によって︱︱︱。 ﹁幼女趣味だからって、そこまで⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮自分で叩きつけて机をわるなんて⋮⋮﹂ 俺の耳にその小さなつぶやきが入る。 ﹁し、勝者はなんとリリィィイイイイイ!!今回の腕相撲王者は リリィに決まったぁああああ!!﹂ ﹁﹁﹁﹁うぉぉおおおおおおおおおお!!!﹂﹂﹂﹂ ギルドが今日一番の歓声に包まれる。 俺は一人、家に向かって泣きながら走り続けた︱︱。 462 ︳︶m 見てみたいですね。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 463 見てみたいですね。 ﹁はぁ、ようやく着きましたね⋮⋮﹂ 私たちは今、お父様を街まで迎えに行き、ようやく都へと帰って くることができています。 帰りの道中では、行きとは違ってドラゴンに遭遇したり、モンス ターの群れに襲われたりなどの問題もなく、順調でした。 護衛の方たちに囲まれながら王城へとなんとかたどり着くことが できます。 ﹁こ、国王様っ!!﹂ 王城に入ると、お父様の部下の方が私たちによってきました。 ﹁うむ、どうしたのじゃ?﹂ そんな彼にお父様が声をかけます。 ﹁そ、それがっ⋮⋮﹂ なんと、彼の話によると魔族の国の姫が数人の護衛だけを引き連 れて、王城へとやってきたそうです。 魔族、といっても根本は私たちとはほとんど変わりません。 464 姿形も人間と酷似しています。 唯一の外見の違いといえば、魔族が成人する際に背中から翼、腰 からは尾、が生えてくるといったことでしょうか。 聞いた話によると、背中の翼は小さく収納できたりするようです ね。 因みに、魔族と人間の仲はあまり良くなかったそうです。 過去形なのは、魔族の現王がこの国へと平和条約を結びに来たこ とで、それからは良好な関係が続いています。 もちろん今でも心の中では不満を持つ人もいらっしゃるとは思い ますが、ほとんどの方たちは魔族との関係に快諾してくれているの でありがたいです。 あ、そういえば魔族の方は、闇属性の適性があり、闇属性魔法を 最低でも少しは使えるということも聞きました。 あとは、人間とは比べ物にならない身体能力もあるそうなので、 是非見てみたいですね。 ﹁何か、緊急なお話でもあるのでしょうか⋮⋮?﹂ 私はお父様と一緒に、魔族の姫様がお待ちになられている部屋ま で向かいます。 465 ﹁お待たせして申し訳ない﹂ 部屋に入るときにお父様が魔族の姫様に向かって謝罪します。 ﹁いや、急に来たのは妾の方じゃ。謝る必要はない﹂ 魔族の姫様はどうやらずいぶんと古風な喋り方をするようだと、 お父様の後ろの方で思いました。 ﹁妾の名前はパルフェクトじゃ。これからはそう呼んでくれ﹂ ﹁それで、パルフェクト姫は何か御用でも⋮⋮?﹂ 早速お父様は本題に入ります。 ﹁⋮⋮実は、魔族の国の者が、妾の妹を人間国に連れてきてしま ったようなのじゃ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮?何か問題でもあるんですか?﹂ 特に問題ないような気がするのですが⋮⋮ ﹁その、魔族の者というのが妾の父、つまり現魔王の反対勢力の 奴らだったのじゃ。それで、連れてくるときに妹に毒を飲ませたら しく⋮⋮﹂ ⋮⋮確かにそれなら心配になるのも無理はありませんね。 パルフェクト姫も悔しそうに顔を歪めています。 466 ﹁それで、ここに来たのはその妹を探すことに助力をお願いしに きたのじゃ﹂ パルフェクト姫がお父様の顔をじっと見つめています。 ﹁⋮⋮分かりました。あらゆる手を使って必ず見つけ出しましょ う!!﹂ お父様もすぐにそれを承諾してくれました。 ﹁それで、探すにあたって、容姿や名前などを教えてくれると助 かる﹂ 私たちが協力することに当たって、必要最低限な情報をお父様が 聞きます。 ﹁まず容姿についてじゃが、青い髪の幼女じゃな。普段は明るい 性格なのじゃが、毒を飲まされた今では、それもきついかもしれぬ が⋮⋮﹂ ﹁な、名前は何て言うんですか?﹂ 情報を言っていくたびに、どんどんと落ち込んでいくパルフェク ト姫に私が慌てて質問を続けます。 467 、、、 ﹁⋮⋮リリィじゃ﹂ ﹁﹁⋮⋮え﹂﹂ パルフェクト姫から告げられた名前に私とお父様が反応します。 ﹁⋮⋮?もしや知っておるのか!?﹂ 目聡くそれに気付いたパルフェクト姫が私たちに問い詰めてきま す。 ﹁えっと、私たちの知り合いの回復魔法使いにリリィという子供 を連れている者がいたのですが⋮⋮﹂ ネストさんのところにいた子が確かリリィと言っていました。 ですが⋮⋮ ﹁でも、その子は普通にピンピンしてましたよ?﹂ リリィちゃんはお父様の髪を引張ったりするほどの元気に溢れて いました。 こう考えてみると確かにパルフェクト姫が言うリリィ、という子 の特徴に似ている気がします。 もしかしたら、ネストさんがその病気を治してしまった、という 可能性もありますがまずそれは厳しいでしょう。 468 ﹁回復魔法使い、か⋮⋮﹂ パルフェクト姫も渋い顔をしています。 ﹁⋮⋮魔族に回復魔法は、効きづらいからな⋮⋮﹂ ﹁はい⋮⋮﹂ そうなのです。魔族は闇属性の適正があるのですが、そのせいで 光属性である回復魔法とは相性が悪いのです。 そのせいで、魔族の方には回復魔法の効果が薄いことはほとんど の回復魔法使いが知っていることです。 ﹁ですが、もしかしたらということもありますので一応連絡はし ておきます。ね、お父様?﹂ もしかしたら本当にパルフェクト姫のいうリリィがネストさんの ところのリリィちゃんで、何らかの方法で治療に成功したのかもし れません。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁お父様?﹂ どうしたのかお父様が固まっています。 ﹁うむ、それはありがたい。しかし、妾の方でも探させてもらう ぞ﹂ 469 ﹁はい、妹さんのこと心配ですものね。こちらも全力で協力させ てもらいますので﹂ 固まってしまっているお父様の代わりに私が挨拶を交わし、パル フェクト姫は城から出て行ってしまいました。 何やら去り際にじっとこちらを見つめていた気がしますけど、気 のせいでしょう。 ﹁⋮⋮﹂ 未だに動かないお父様は置いといて、今は帰ってきたことをお母 様に伝えに行きましょうか︱︱。 470 ︳︶m その柔肌を撫でるように︵前書き︶ ブクマ評価感謝してますm︵︳ 471 その柔肌を撫でるように ﹁⋮⋮わからん﹂ 俺は今部屋の中でずっと考え続けていた。 言わずもがな、リリィのことについてだ。 つい先日の腕相撲勝負において、俺はリリィの圧倒的な力の前に 敗北を喫した。 ﹁⋮⋮いやまておかしい﹂ 、、、、、 リリィの圧倒的な力ってなんだよ⋮⋮。 ﹁最初がおかしいから今まで分からなかったのか⋮⋮﹂ 部屋に引きこもること丸一日、俺はようやくそのことにたどり着 くことができた。 ﹁⋮⋮﹂ では、圧倒的な力とは何か。 ちょっとズルはしてしまったが、一回は腕相撲王者まで上り詰め た俺の腕を、机が真っ二つになってしまうほど強く叩きつけられる ほどの力。 472 あの細腕のどこにそんな力が隠されているのだろうか⋮⋮。 わ、分からん⋮⋮⋮⋮。 とにかく今はリリィの件を調べなければならない。 ﹁よし誰もいない⋮⋮﹂ そうと決まれば即行動だ。廊下にだれもいないことを確認し、リ リィがいるだろうところに向かう。 案の定というべきか、リリィはちょうど料理を作っている真っ最 中であった。 ﹁リ、リリィ﹂ 若干緊張しながらも、リリィを呼ぶ。 ﹁ん、ネストぉやっとでてきたのー?﹂ ﹁ち、ちょっとリリィに用事があってな⋮⋮﹂ 俺が部屋にこもりきりだったのはリリィだけでなく、アウラたち にももちろん知られてしまっている。 ﹁リリィにー?﹂ ﹁あ、あぁ。だから一回俺の部屋に来てくれる?﹂ 473 首をかしげるリリィは、俺の言葉を聞くと一度料理を中断した。 ﹁あ、別に料理がすんでからでも全然大丈夫だぞ?﹂ まさか今すぐ来てくれると思わなかった俺はリリィにそう教える。 ﹁ん、りょうりよりもネストのほうがいいーっ!!﹂ そう言いながら俺の腰あたりに抱きついてくるリリィ。 か、かわいすぎる⋮⋮ッ!! ﹁そ、そうか。じゃあ行こうか﹂ 上擦ってしまう声をどうにか落ち着け、リリィの手を引きながら 部屋へと向かう。 ﹁え、えっとそれで、リリィに用事っていうのはな⋮⋮﹂ 部屋に着いた俺は、まずリリィをベッドに座らせ、そう切り出し た。 ﹁⋮⋮リリィの身体についてのことなんだ﹂ ﹁リリィのからだぁ?﹂ 俺の言葉の意味がよくわからなかったのか、俺の言葉を繰り返し 474 てリリィが聞いてくる。 ﹁あぁ、ちょっと調べないといけないことがあってだな⋮⋮﹂ そう俺は、俺が幼女であるリリィに腕相撲で負けた訳を調べない といけないのだ。 ﹁じゃあまずは腕を見せてくれるか?﹂ 最初に調べるのは本命である腕。 リリィは俺が言ったとおりにこちらに向けて腕を伸ばしてくる。 俺はゆっくりとその差し出された腕に触れる。 やはりというべきか、その腕は何の変哲もない、ただの柔らかい 腕だった。 こんなに真剣に女の子の腕を見たことや触ったことが無いので、 普通の女の子との違いは分からないが、恐らくはアウラたちもこん な感じだと思う。 ⋮⋮気持ちいい。 これなら何時まででも触っていられる自信がある。 ﹁⋮⋮んっ⋮⋮くすぐったいーっ!﹂ 俺がリリィの腕の柔らかさを堪能していると、我慢していたのか リリィは腕を引っ込めてしまった。 475 ﹁あ、ごめんごめん﹂ あまりにも気持ちよかったから我を忘れてつい触りすぎてしまっ た。 イカンイカン、これは遊びじゃないんだから。 ﹁じ、じゃあちょっとこっちに背中を向けて服を脱いでくれるか ?﹂ リリィの力の原因が腕にないのならば、その身体のどこにあるか わからない。 前はさすがに厳しいので後ろを確かめれば良いだろう。 ﹁うんっ、わかったぁー!!﹂ なんの躊躇いもなくリリィが今現在着ていた服を脱ぎだす。 ﹁ッ!?﹂ しかもこちらを向いたまま脱ぎだしたので慌てて目を逸らす。 ﹁できたよぉー﹂ 程なくしてリリィの準備が出来たと言ってきた。 ちらりとリリィの方を確認すると、きちんと服を脱いでこちらに 背中を向けていたので、胸をなでおろしながらリリィの身体を調べ 476 にかかる。 俺の指が、リリィの背中の白い肌に触れた。 ﹁⋮⋮んっ⋮⋮﹂ リリィがくすぐったさからか、声をあげる。 だが、調べ物には犠牲はつきものという。リリィには悪いが今は 我慢してもらおう。 リリィの背中はとても柔らかかった。 上からその柔肌を撫でるようにゆっくりと動かす。 ﹁⋮⋮んぅ⋮⋮っ⋮⋮﹂ それに合わせて、だんだんと大きくなってくるリリィの声。 それでも俺はその背中を調べ続けていた。 ﹁⋮⋮⋮ネスト、一体何をやってるのかしら⋮⋮?﹂ 俺の部屋に、恐ろしい鬼の冷ややかな声が、響き渡った︱︱。 477 ﹁え⋮⋮﹂ 背中を調べることに夢中になっていた俺は、恐る恐る自分の部屋 の扉の方へと視線を向ける。 そこには、アウラがまるでゴミを見るような目で俺へと向けてい た。 そこで俺は傍から見た俺たちを想像してみる。 ⋮⋮男が幼女の服を脱がせて背中から襲ってる、ようにしか見え ないわコレ。 ﹁い、いや、違うんだこれはっ!!﹂ 恐らくこれを誤解と解くのには時間が足りないかもしれないが、 それでも少しの希望にすがってしまう。 ﹁⋮⋮ネスト宛に手紙があったから来てみれば⋮⋮﹂ そういうアウラの手の中には確かに何やら手紙のようなものが握 られている。 ﹁こんの変態がぁぁぁあああああああっっっ!!!!﹂ そして、俺の部屋にアウラの怒声が響き渡った︱︱︱。 478 俺がしばらく部屋から出してもらえなかったのは言うまでもない、 か⋮⋮。 479 ︳︶m 男の夢、だと思います︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 480 男の夢、だと思います ﹁ヒール⋮⋮ヒール⋮⋮﹂ 俺は今、都へと向けてただひたすら回復魔法をかけながら走り続 けている。 どうしてこんなことになっているかというと、国王様からパーテ ィーの招待状をもらったのだ。 何でもこの前のお礼だそうで、服なども全て向こうで用意してく れるらしい。 ただ、アウラやトルエが奴隷というのは内密に頼む、ということ だった。 リリィは一応のところは俺の奴隷じゃないので関係ないのだが、 確かに国王様たちが来るようなパーティーには平民などは入れない だろう。 ましては奴隷であれば、然りである。 ⋮⋮では、都に行くのだから別に何か荷馬車でも借りれば良いだ ろう、と思うかもしれないが、実は荷馬車は借りている。 ただ、この前のリリィの件でお怒りのアウラが、俺を乗せてくれ なかった。 481 何でも、自分の妹を変態に近づけられない、ということだった。 ﹁⋮⋮ヒール⋮⋮⋮⋮ヒール﹂ そういう訳で、俺は今も回復魔法をかけながら、前をゆっくりと 進んでいる荷馬車を追いかけ続けた︱︱。 ﹁はぁ、疲れた⋮⋮﹂ 肉体的には回復魔法があるので疲れてはいないのだが、精神的に 疲れてしまった。 因みに今は馬を休憩させるために、俺たちも一休みしている。 ﹁変態のくせにだらしないわね、これくらいで音をあげるなんて﹂ なんとも理不尽なことを言ってくるアウラ。 だがしかし、ここで言い返したりはしない。 そんなことをすれば、さらにひどい仕打ちを受けるのはわかりき っているからだ。 ﹁たいへんだったねぇー﹂ アウラが離れていって少し安心していた俺にリリィが励ましの言 482 葉をかけてくれる。 ﹁リリィは優しいなぁ⋮⋮﹂ 傍に寄ってきたリリィの頭を撫でながらそう呟く。 アウラもいないので目一杯に撫で回してあげた。 ﹁じゃあリリィはもどるねぇーっ!﹂ 満足したのか、リリィが荷馬車の中へと戻っていく。 若干の名残惜しさを覚えながらも、俺は一人、暇を潰すために散 歩をすることにした。 ﹁ヒール⋮⋮ッヒールッ!!﹂ 俺は今、ドラゴンに追いかけられている。 そのドラゴンというのはもちろん俺が以前に遭遇した真っ赤なド ラゴンだ。 ﹁⋮⋮ッ⋮⋮ヒ、ヒールッ!!﹂ 回復魔法で疲れを取りながら逃げているのだが、このままアウラ 483 たちのところへ戻るわけにもいかないだろう。 どうにかしてこのドラゴンを撒かなければいけない。 だが、どうすればいいのか知っているわけでもないので、ただ今 はひたすら逃げているという状況だ。 ﹁⋮⋮っ!?﹂ 前の方を見てみると、なんとそこには国王様と同じくらいの年齢 だろうおじさんが立っていた。 ﹁っおじさん!!ドラゴンが追いかけてきてるから逃げろッッ! !﹂ しかし、おじさんは一向に逃げる素振りを見せず、あろうことか こちらへと歩いてきてしまった。 ﹁⋮⋮ッ!?﹂ 俺は、慌てて方向転換をして、ドラゴンをおじさんから遠ざけよ うとするが、既に時遅し。 ドラゴンは、おじさんに気がつき、俺よりそちらのほうが捉えや すいとでも思ったのか、その大きな口を開きながらおじさんに向け て突進していった。 ﹁⋮⋮⋮う⋮⋮ぃ﹂ おじさんはその場で立ち止まると、何やら呟いている。 484 ﹁グギャァァァアアアアアア⋮⋮ァアァ⋮⋮ァ﹂ 次の瞬間、ドラゴンの咆哮が聞こえてきたかと思うと、そのまま ドラゴンはおじさんの前で倒れてしまった。 ﹁⋮⋮﹂ えっと、今のはなんだったのだろうか。 もしかして、お腹が空きすぎて死んでしまった、とかじゃないよ な⋮⋮? 一番可能性があるのは、おじさんが何かをした、ということ。 ﹁⋮⋮君は﹂ ﹁ッ!?﹂ 気づいたらおじさんは俺の目の前まで移動してきており、慌てて 身構える。 おなご ﹁君は、女子をどう思う﹂ ﹁⋮⋮はい?﹂ 目の前のおじさんをよく見ると、何やら黒い服装で、顔は威厳の ありそうな人だった。 そんな人が、いきなり俺に女の子について質問してきた。 485 しかし、恐らく命の恩人に対し無視をするわけにもいかないので、 必死に考える。 ﹁⋮⋮お、男の夢、だと思います⋮﹂ なんか痛いことを言ってしまった気がするが、それくらいしか思 いつかなかったのだからどうしようもない。 ﹁ほう、﹃夢﹄とな。これはまた珍妙な答えであるな﹂ おじさんは自らの顎に手をやり、物思いするような格好になった。 ﹁⋮⋮では﹂ しばらくそのままだったのだが、ついに顎から手を話し、俺に声 をかけてきた。 おなご ﹁小さき女子は、どう思う﹂ ﹁⋮⋮ち、小さき女子、ですか⋮⋮?﹂ 、、 ﹁あぁ、俗に言う幼女であるな﹂ よ、幼女についての質問だと⋮⋮? 最近何かとそういう関係の出来事が多い気がするのは気のせいだ ろうか。 ⋮⋮まぁ今はそんなことよりも幼女のことを考えなければならな 486 い。 ﹁⋮⋮﹂ 俺の中での幼女、といえば﹃トルエ﹄﹃リリィ﹄の二人だろう。 ﹃トルエ﹄は、歳の割にしっかりしてるし、頭も良い。ただ料理 だけは苦手。 ﹃リリィ﹄は、歳相応の性格をしてるが、料理がうまい。あと馬 鹿力。 なら、俺の中での﹃幼女﹄は︱︱︱ ﹁﹃自分の娘﹄、ですかね⋮⋮﹂ ︱︱多分、これだな。 ﹁﹃自分の娘﹄っていうのは、えっと、なんて言えばいいのかな ⋮。あー、要するに何が出てくるか分からないから気をつけないと いけないけど、ちゃんと独り立ちできるまで見守っていろよ、って いう意味ですかね﹂ 俺の答えに不思議そうな顔をしてくるおじさん。 俺だって自分が何を言っているかなんて分からないけど、頭に浮 かんだのがこれだった。 トルエやリリィが自分の娘じゃないことくらい、俺にだって分か ってる。 487 でもそういうのじゃなくて、ただそういう気持ちでいろよ、って いうことだと思う。 ﹁﹃自分の娘﹄、か⋮⋮﹂ ﹁ダメ、でしたかね⋮⋮?﹂ 俺の答えを、おじさんが静かに呟く。 咄嗟に思いついた言葉を言ってしまっただけなので、それが良い のか悪いのかなんて分からない。 ﹁⋮⋮いや、君の答えは良かった。良い答えが聞けて嬉しかった よ﹂ ﹁そ、そうですか﹂ どうやらおじさんの気に召したようで一安心だ。 ﹁ネストー!!﹂ 遠くからアウラの俺を呼ぶ声が聞こえる。 ﹁あ、ヤバっ!!﹂ かなり時間をくってしまった。多分怒られる⋮⋮。 488 ﹁えっと、ドラゴン倒してくれて有難うございました。助かりま した﹂ 最後におじさんにお礼を言う。 真偽は分からないけど、恐らくこのおじさんがドラゴンを倒して くれたはずだ。 ﹁いや、全然構わないよ。あ、最後にこの出逢いに感謝して君に 良いものをあげよう﹂ そう言っておじさんが何やら黒い玉のようなモノをくれた。 ﹁あの、これは⋮⋮?﹂ それが何なのか分からずおじさんに聞く。 ﹁それは一回きりしか使えない。君が絶体絶命の時に使えばいい。 ただ、この黒い玉は本当に使うべきときにだけ飲み込みなさい。い いか、使うときは本当に今使うべきなのか考えなさい⋮⋮﹂ ﹁は、はい⋮⋮﹂ 聞く限りだと何やらすごいものをくれたらしい。 ⋮⋮それにしても使うべきとき、というのはどんな時なんだろう か? ﹁ネストーー?﹂ 489 だんだんとアウラの声が近づいてきている。 ﹁あ、すみません。俺はこれで失礼します。えっと、色々ありが とうございました﹂ 俺は最後にそう言って、アウラの声のする方向へと走り出した。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁フフフ⋮⋮﹂ 探しモノをしていたら、久しぶりに面白い人間にあった。 女子を﹃男の夢﹄、幼女を﹃自分の娘﹄とのたまうソイツは自分 の仲間の方へと帰っていってしまった。 もっと色々と聞きたかったのだが残念だ。 だが、あの人間なら安心できる。 まぁ、渡した玉をいつ使うかは分からんが、恐らくは大丈夫だろ う。 ﹁フハハハハ⋮⋮ッ!!﹂ 490 あぁ、こんなに笑うのは何時ぶりだろうか。 そういえば、名前を聞くのを忘れていた⋮⋮。 ﹁だが、大丈夫だろう﹂ 恐らくまた何時かに会うことができる。 遥か下にある大地を見下ろしながら、私はその何時かに頬が緩ま ずには居られなかった︱︱︱。 491 ︳︶m だってこんな顔だし︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ すみません今回短いです>< 申し訳ない!! 492 だってこんな顔だし ﹁⋮⋮やっと見えてきたなぁ﹂ 俺は、視界に隅に捉えることができた都を思いながらそう呟いた。 ここへ来るとき、走らされるわ、ドラゴンに襲われるわで色々大 変だったが、途中からは俺も荷馬車にのらせてもらえ、快適な旅路 を過ごすことができたと思う。 ﹁都へようこそ!!﹂ 無事に関所も抜けられ、俺たちは都の街をぶらついている。 ﹁んー、やっぱ最初は宿でも探そうか?﹂ ﹁そうした方がいいでしょうね﹂ 手紙によると、パーティーが行われるのは明日の夜。 それまでは自分たちで時間を潰さなければならないというわけだ。 ひとまずは、今日一泊する宿屋を探しにいく。 ﹁そこのお兄さーんッ!!﹂ 493 ふとどこからか大きな声が聞こえ、自分のことではないだろうと 思いながらも、辺りを見回す。 ﹁⋮⋮﹂ そして、こちらの方へと手を振っている女の子と目があった、気 がした。 ﹁⋮⋮いやまさか、な⋮⋮?﹂ 少しだけ女の子の顔を見てみたが、多分あったことはない。一度 見たら、記憶に残りそうな頭のバンダナも、多分見たことはないは ずだ。 きっと俺の近くの人に手を振っているんだろうと思い、その場か ら離れることにする。 ﹁え、あれってネストにいってるんじゃないの?﹂ 後ろからアウラがそう聞いてくるが、多分違うと思う、と返して そのまま歩き続ける。 ﹁ち、ちょっと待ってってばーそこのお兄さーん!!﹂ ⋮⋮やっぱり俺に言っているのだろうか。 でも俺の顔は平凡だし、女の子から声をかけられるような格好良 い顔じゃない。 494 く、くそっ!! ﹁っ﹂ そんなとき、腕を誰かに掴まれた。 驚いて、誰が掴んできているのかを確認すると、先程まで手を振 っていた件の女の子がいた。 ﹁もうー!なんで逃げるんですかー!?﹂ 女の子は可愛く頬をふくらませ、私怒ってます、という感じで俺 を見てくる。 ﹁あ、いや、まさか俺が呼ばれているとは思わなくて⋮⋮﹂ だってこんな顔だしー? ⋮⋮。 ﹁まぁ別にそれは良いんですけど、お兄さん達って宿探してるん ですよね?﹂ ﹁⋮⋮え、まあそうだけど、なんで知ってるの?﹂ ﹁そんな荷物があったら誰だってこの街の人じゃないことくらい 分かりますから、宿も必要だろうなーって思ったんです。私の家、 宿屋なのでぜひ来てください!﹂ ﹁なるほど﹂ 495 なんだそういうことだったのか。 、、、、、、 でも分かってたけどやっぱり、そういうことじゃ無かったってこ とか⋮⋮。 ﹁じ、じゃあ頼もうかな﹂ 後ろの皆にも、それでいいよなと確認し、俺は女の子に案内を頼 む。 ﹁ありがとうございますーっ!!﹂ 俺たちは、こっちにきてくださいー!と言ってくる女の子からは ぐれないように後ろを追いかける。 ただひとり、俺だけは自分の平凡な顔に少しだけ肩を落とした。 496 ︳︶m 服を着ているのが恥ずかしい︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 497 服を着ているのが恥ずかしい ﹁⋮⋮意外と遠くないか?﹂ 例の女の子についていってからどれくらい経ったのだろうか。 俺たちは先ほどまでの通りよりも少しばかり人が多く歩いている 通りまで連れてこられていた。 宿屋まで案内してくれると教えてもらったのだが、一向に着く気 配がない。 ﹁もうちょっとで着くよー﹂ 軽くこちらを振り返りながら女の子が言ってくる。 つい先程から同じようなことばかり聞いている気がするんだが⋮ ⋮。 ﹁アウラたちは疲れてないか?﹂ 結構な距離を歩いてきたので、おそらく疲れれているはずだ。 俺には回復魔法があるから、疲労をとることなんて簡単にできる。 ﹁だいじょうぶーっ!!﹂ しかし、俺の心配をよそにリリィが元気な声で手を伸ばしていた。 498 アウラたちの方もまだ余裕そうで、息も乱れてない。 ﹁⋮⋮ってあれ⋮⋮?﹂ みんなの疲れ具合も確認できた俺は、再び女の子へと視線を戻し たのだが、人が多いせいか見当たらない。 ﹁⋮⋮見つからない﹂ それからも皆で探したのだが、結局その女の子が見つかることは なかった。 ﹁⋮⋮で?気づいたら財布が無くなっていた、と?﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 俺は今、絶賛アウラにお説教を受けていた。 どうしてかというと、どうやら俺は先程の女の子に自分の財布を とられてしまっていたようなのだ。 財布は何時でも取り出せるようにと、ポケットに入れていたのが 仇になってしまった。 499 ﹁もっととられにくい所に入れておきなさいよ!﹂ ﹁ご、ごもっともです⋮⋮﹂ 何時とられてしまったのかと聞かれれば、おそらく俺が後ろを振 り返っていたあの時だろう。 財布には少ないとは言っても、最近はある程度稼がせてもらって いる身なので、普通の人からしてみたらかなりの大金だ。 それが一瞬にしてなくなってしまうとは⋮⋮ いくら都が治安が良いといっても、油断してはいけないと身をも って知ることができた。 自分たちを心配した時にとられただろうことをアウラも理解して いるのか、今回はあまり怒られずに済んだ。 運がいいことに、俺は前もってトルエにもお金を持たせていたの で宿屋に困ることはない。 話が終わった俺たちは、自力で早々のうちに宿屋を見つけた。 お金をもっているとはいっても、あまり無駄遣いはできないので 俺たちは皆で一部屋だけを借りることにする。 500 一部屋しか借りていないといっても、さすがにベッドは二つある とこにしたのだが⋮⋮ ﹁⋮⋮はぁ、やっとゆっくりできる⋮⋮﹂ 部屋に着いた俺は、そのままベッドに転がり込む。 アウラやトルエももうひとつのベッドに倒れ込んでいる。 ただ、リリィだけは未だに疲れていないのか、平気そうな顔をし てこちらを見ていた。 そして何を思ったのかその顔がまるで面白いことでも思いついた かのような笑みに包まれる。 ﹁とりゃぁぁああっっ!!﹂ ﹁⋮⋮っ!?﹂ なんとその場からこちらに向かって飛びかかってきた。 慌てて身体をおこし、飛んでくるリリィを受け止めるべく両手を 広げる。 ﹁⋮⋮うぐっ﹂ 多少の衝撃はあったもののなんとかリリィの受け止めに成功し、 ベッドに腰掛けさせる。 ﹁あははっ!!たのしぃーーっ!!﹂ 501 その綺麗で細い脚を目一杯にジタバタさせながら、﹁楽しかった﹂ と俺に笑いかけてくれるリリィが可愛い。 べ、別に他意はないんだけどね? いやホント。 ﹁あ、そういえば渡すのがあったんだ﹂ 順番にお風呂にも入り終わったアウラたちに、そう話しかける。 ﹁これなんだけど⋮⋮﹂ そう言いながら手渡すのは、以前に服屋で買った女性用の服。 忌々しき水着なんかを売っていたところで買ったやつだ。 ﹁えっと、これは⋮⋮?﹂ おずおずとトルエが聞いてくる。 ﹁いや、国王様たちが服を準備してくれるとは言ってたけど、城 に行くまでにもちゃんとした服は必要かなーっておもって﹂ ﹁あ、ありがとうございます⋮⋮っ!﹂ 502 トルエが目をうるうるさせながらお礼をいってくる。 ﹁あ、ありがと⋮⋮﹂ アウラも満更でもなさそうな顔をしながら小さい声でそう言って きた。 ﹁やったぁーっ!!﹂ リリィは、いつもとかわらず元気いっぱいで、服を振り回しなが ら俺の周りを回っている。 ﹁じ、じゃあちょっと一回着てみようかしら⋮⋮﹂ そういうと、アウラはリリィとトルエを連れて、脱衣所の方まで 向かった。 その間、俺はずっと待っている。 ﹁き、着てみたわよ﹂ ﹁お、おぅ⋮⋮﹂ 最初に脱衣所からでてきたアウラは、もちろんだが俺が買った服 に身を包んでいる。 503 その服はなんというか、アウラの可愛さを際立たせている気がす る。 自分で言うのもなんだが、服を見る目があるのかもしれない。 ﹁に、似合ってるよ﹂ 普段はそんなこと言わないから、やっぱり恥ずかしい。 ﹁そ、そう?ま、まぁ確かに可愛い服だしね⋮⋮﹂ アウラも新しい服を着ているのが恥ずかしいのか、顔を赤くして いる。 ﹁⋮⋮けど、どうしてこんなに大きさがピッタリなのかしら⋮⋮ ?﹂ しかしそれも束の間、アウラがジトっとした目で俺を見つめてく る。 ﹁⋮⋮﹂ どうしてと言われても一目見たときにそれを買おうとおもったの で答えようがない。 ﹁えーっと⋮⋮﹂ どうにかそのことを上手く伝えられたらいいのだが、どうしたら いいのかが分からない。 504 ﹁⋮⋮変態﹂ 自分の二本の腕で、その身体を隠すように抱きしめながら、アウ ラは脱衣所まで帰っていった。 ⋮⋮次からはちょっと大きさの違うやつを、買おう。 俺は心に誓った︱︱︱。 505 男が好きなわけ︵前書き︶ すみません! 予約ミスで遅れました>< 気をつけます!! 506 男が好きなわけ ﹁ほら、じゃあ明日も早いんだから寝るぞ﹂ アウラに服の大きさの件で言われたあと、俺は次に出てきたトル エやリリィたちの対応に追われ、それもようやく一段落し今は皆で くつろいでいた。 ﹁そうですね⋮⋮﹂ ﹁えーっ!?﹂ 俺の言葉にトルエが頷くが、リリィはまだ眠りたくないようでイ ヤイヤと首を振っている。 ﹁まだ眠たくないもんっ﹂ ﹁そうは言ってもなぁ⋮⋮﹂ 明日も朝早いうちに城に行って、服の準備もしなければいけない。 助け舟をだしてもらうべくアウラに視線を送る。 ﹁⋮⋮はぁ、仕方ないわね﹂ するとベッドに腰掛けていたアウラがその腰を上げたかと思った らどんどんとリリィに歩み寄る。 507 ﹁リリィ、あまり我が儘いっちゃだめでしょ?ほら、私と一緒に 寝ましょ﹂ 普段俺にかけないような、優しい声色でリリィを抱きかかえる。 ﹁うんっ分かった、アウラお姉ちゃんっ!﹂ リリィもアウラに抱かれると今まで我が儘を言っていたのが嘘の ように大人しく、俺とは別のベッドに連れて行かれていった。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は助かったとホッとする反面、少し残念に思いながら、布団に 身をくるみ目を閉じた。 ﹁︱︱︱ん﹂ ふと布団の中で何かが動いた気がした。 暗闇の中、なんとか目を凝らしてその中を見てみると、どうやら 誰かが俺の布団までやってきているようだ。 ﹁リリィか⋮⋮?﹂ 以前にも似たようなことがあったし、他の二人はそんなことしな いか⋮⋮。 ﹁ご主人様⋮⋮﹂ 508 ﹁っ!?﹂ しかし俺の予想虚しく、布団の中から微かに聞こえてきたのは、 トルエの声。 まさかの事態に少し大げさな反応をとってしまった。 ﹁ど、どうした⋮⋮?﹂ 今までのトルエからは考え難い行動に、驚きながらも起きている らしいトルエに聞く。 ﹁ぼ、僕は、ご主人様に、もっと、もっと好きになって、もらい たいです⋮⋮っ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 一言ずつ区切りながら、しっかりと自分の意思を伝えてくるに俺 は黙り込んでしまう。 ⋮⋮これはどういうことだろうか。 ﹁えっと、それはまたどうして⋮⋮?﹂ やはり考えてみても分からないので、素直にトルエに聞いてみる。 ﹁⋮⋮ギルドでご主人様がいないとき、冒険者のおじさんたちに 聞いたんだけど⋮⋮﹂ 509 俺が昼飯をとっている時なんかのことだろう。 、、、、、、 ﹁男の人が奴隷を買うっていうのは、その、そういうことだって ⋮⋮﹂ ﹁う、うん?﹂ ち、ちょっと待て? トルエがいうそういうこと、っていうのは、もしかしなくてもそ ういうことってことだよな⋮⋮? ﹁だから、奴隷にそういうことをしないってことは、男の人が好 きなのか、そうじゃなかったら︱︱︱﹂ トルエの言葉がそこで一度止められる。 トルエは布団の中からだんだんと上に上がってきて、いつの間に かその息が俺の首にあたる程までになっている。 そして、俺の服を強く握り締め、その小さな頭を俺の胸元にのせ てきた。 、、、、、、 ﹁︱︱︱奴隷のことが好きじゃないんだって⋮⋮﹂ トルエの頭があたっているあたりの服がだんだんと湿ってきてい る。 ﹁⋮⋮大丈夫だから﹂ 510 俺は、気づけばそんなことをつぶやいていた。 布団の中で、トルエのその小さな身体を抱きしめながら、俺は何 度も、トルエが泣き止んでくれるまで何度も、つぶやき続けた︱︱。 ﹁⋮⋮⋮⋮すぅ⋮⋮﹂ 泣き疲れたのか、トルエはそのまま泣き止むとほぼ同時に眠りに ついてしまった。 俺の腕に頭をのせながら気持ちよさそうに眠るトルエの髪をなで ながら、俺も明日に備えて今度こそ眠ることにした。 ﹁よし、じゃあ行くか﹂ 二度寝などもすることなく、きちんと起きることのできた俺たち は、準備もすませ早目に城へと向かうことにした。 昨日の一件があってか、トルエは俺に少しずつだが甘えてくるよ うになった気がする。 今だって、俺の腕をずっと握りしめている。 ﹁⋮⋮﹂ 511 それを少し不機嫌そうに見ているのがアウラ。 、、 因みに、今日の朝にトルエと一緒に寝ているのを怒られなかった かというと、今日の朝には怒られなかった。 どうしてかというと、それは昨日の夜のうちに一緒に寝ているこ とがバレたからだ。 どういう理由か、トルエが寝たあと俺も寝ていたのだが、トルエ のときと同じように何やら布団の中に入ってきたかと思ったら、ア ウラだった。 もちろん俺は寝始めてから少ししか経っていなかったこともあり、 すぐに起きたのだが、アウラは暗闇の中でも分かってしまうくらい に顔を赤く染めると、﹁トルエを連れて帰りにきたのよっ!!﹂と 大きさを抑えた声で俺に言い残し、トルエを連れて自分のベッドへ と帰っていった。 そういうわけで俺は怒られずにすんだわけだ。 ﹁お世話になりましたー﹂ ﹁はいよー!!﹂ 宿屋のおばちゃんに、挨拶をすませた俺たちは、いよいよ城へ向 かうことになった。 512 ここからだとそこまで遠くないはずなので、少しすればつくこと ができるだろう。 そして、俺たちはリリィを除いて、緊張を胸にしながらゆっくり と城へ向けて、歩き始めた。 因みに、俺が奴隷に手を出さないからって、男が好きなわけじゃ ないからなッ!? 513 ︳︶m お脱ぎになっていただきます︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 514 お脱ぎになっていただきます ﹁やっぱ、でっかいなぁ⋮⋮!﹂ 俺は目の前に広がる巨大な城を見ながら、そう呟いた。 以前にも一度だけ城には来たことがあったのだが、そのときはド タバタしていたので城の全貌を見ることはできなかったのだ。 しかし、こうやって自分の意思で脚を運んでみると、その城の大 きさ、というものが嫌でも分かる。 ﹁そうかしら、普通お城っていったらこれくらいだと思うけれど ⋮⋮﹂ 元王族であるアウラからしてみればこれくらいの建物は、確かに 普通なのかもしれないが、一庶民である俺からしてみればちょっと 大きさの桁が違う気がする。 ﹁リリィのおうちといっしょくらいだぁー!﹂ ⋮⋮いやいや、どう贔屓目で見ても、俺の家なんかとは比べ物に ならないだろ。 リリィの発言に少々うれしさを感じながら、俺たちは門番の人た ちに、城の中に連れられていった。 515 ﹁では、採寸しますのでお召し物をお脱ぎになっていただきます﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ 城の中へ入れた俺たちは、女性陣と男性陣、といっても男は俺し かいないのだが、その二つに分けられ、それぞれ別の部屋へと入る ことになった。 部屋の中にはメイドさんという使用人の方たちがいたのだが、な んとその人たちが俺の服をどんどんと脱がしていっている。 恥ずかしさを感じるまもなく、下着以外の服を脱がされてしまっ た俺は、どんどんと採寸されていく自分の身体をただ呆然とみるこ と以外、出来ることがなかった。 ﹁終わりましたので、今から服を用意いたします。もうしばしお 待ちください﹂ 程なくして、メイドさんの内の一番偉そうな人が俺の前までやっ てきてそう教えてくれる。 ﹁⋮⋮り、了解です﹂ 俺はメイドさんが用意してくれた、椅子に座り込み、先ほどまで の恥ずかしい出来事を一瞬でも早く忘れ去れるように、ひたすらに 516 別のことばかりを考えていた。 ﹁アウラ様たちはこちらです﹂ 私たちは今、ネストとは違う部屋に連れてこられていた。 この人たちは私とトルエが奴隷である、ということを知らないの か、懇切丁寧に対応してくれる。 ﹁⋮⋮それにしても、そのお召し物は大変皆様方に、お似合いで 美しく御座いますね﹂ 私よりも明らかに年上そうなメイドが私たちの服を見ながらそう 言ってきた。 ﹁ネストが買ってきてくれたのーっ!!﹂ その言葉にいち早く、リリィが嬉しそうに服を見せびらかしなが ら応える。 ﹁ネストさん、というのは一緒に城へと来られた殿方のことです よね?大変素晴らしい感性をお持ちなのでしょうね⋮⋮﹂ ﹁そう言ってくださると、ネストも喜ぶと思います﹂ かくいう私も、ネストが買ってきてくれたこの服は、贔屓目でな くとも、かなり私たち一人一人にとても合う一品だと思っていたの 517 で、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。 ネストには恥ずかしくてつい、ひどいことを言っちゃった。 しかし、以前に冒険者の人たちから言われたのだが、男が奴隷を 買って手を出さないのは、その奴隷のことを好きではないのではな いか、と教えてもらった。 トルエはまだ年が十分でないから仕方ないにしても、年も同じく らいの私に手を出さないのは、ネストが本当に私のことが嫌いなの かもしれない、と思っていた矢先に、いきなりそんなお土産をくれ たので、そうやってついひどいことを言うのも仕方ない、と思う⋮ ⋮。 だけど、結局その夜も久しぶりに同じ部屋で泊まったのに、私に は特に興味もないようにして、そのまま眠ってしまった。 私はそれが悔しくて、そして悲しくて、けどそれを誰にも気づか れたくなかったから、布団を顔に押し当てたまま眠った。 ふと、夜中に目が覚めてしまい、手を出されないのなら、自分か らいってでも、と寝ぼけたままの頭でそう考えて、ネストのベッド に潜り込もうとしたのだが。そこには既に、トルエがネストの腕に 抱かれて眠っているではないか。 その夜は、その二人を引き離すだけで終わってしまったのだが、 結局どうしてそんなことになっていたのかは聞けずじまいで今も気 になっている。 このパーティーが終わったら、あの夜のことを、聞いてみよう︱ 518 ︱。 私はメイドに採寸をされながら、そう思った。 519 ︳︶m こんなもんだ︵前書き︶ ブクマ評価感謝m︵︳ 520 こんなもんだ ﹁大変お似合いですよ、ネスト様﹂ ﹁そ、そうですかね⋮⋮?﹂ 採寸が終わった俺は、メイドさんたちが用意してくれた服に着替 え、鏡の前に立っていた。 いわゆる正装という、生まれて初めての体験に少しだけ緊張する。 ⋮⋮どこか全体的に黒っぽい気がするけど、そういうのが普通な のだろうか。 それにしても、褒められる、ということに慣れていないからか、 少々照れくさい。 もしかしたら、ただ単に女の人に褒められたからとか、はたまた メイドさんに褒められたからかもしれないが⋮⋮。 ﹁ネスト殿はいらっしゃるか﹂ 準備も終わり、ゆっくりしていた俺の耳に、部屋の外から聞き覚 えのある声が、聞こえてきた。 521 これはおそらく、国王様の声だ。 ﹁いらっしゃいますよ。今あけますね﹂ 俺よりも早く、控えていたメイドさんが扉を開けると、そこには やはり国王様が立っていた。 ﹁⋮⋮ネスト殿に少し用があってな﹂ 国王様が、以前に会った時よりも厳格そうな声で俺たちに言って くる。 もしかしたらメイドさんたちがいるから少し無理をしているのか もしれない。 国王様に呼ばれた俺は、メイドさんたちに一言お礼を言い残し、 前を歩く国王様についていった。 国王様に連れて行かれた場所は、城のとある一室。 結構歩いたから、もしかしたら国王様の自室とかかもしれない。 ﹁では、入ってくれ﹂ 国王様自身がその部屋の扉を開けて、俺を中に招き入れてくれる。 ﹁⋮⋮暗くないか?﹂ 522 まず部屋に入った瞬間、俺はそう思った。 部屋の窓には、カーテンがされ、壁なんかにも、何やら黒い布っ ぽいものが掛かっているのだ。 ﹁いや、こんなものではないだろうか?﹂ しかし、国王様はこの環境にはなれているのか、特に気にした様 子もない。 ﹁そ、そんなもんか?﹂ ﹁こんなもんだ﹂ 国王様がそういうのであれば、致し方ない。 俺もそのことには、もう気にしないことにした。 ﹁それで、話っていうのは?﹂ この部屋まで来たのも、わざわざ国王様が俺のことを呼びにきて くれたからだ。 ﹁⋮⋮話の前に、少し自己紹介をさせてくれ。お主のは以前に教 えてもらったが、そういえば私は名前も言ってなかったからな﹂ 確かに、俺は未だに国王様の名前も知らないし、いつまでも国王 523 様と呼ぶのも疲れてきたところだったので、その言葉に頷く。 ﹁私の名前はエスイックだ。これからはそう呼んでくれ﹂ ﹁了解、エスイック﹂ 早速、名前を呼ばせてもらう。 そのことに、エスイックも嬉しそうに微笑んでいる。 ﹁⋮⋮それで、自己紹介も終わったし、本題なのだが⋮⋮﹂ ﹁ん、何だ?﹂ 何か気まずそうに、俺に告げようとしてくるエスイックが、気に なった。 ﹁実は、お主が連れている、リリィ、という娘のことなのじゃが ⋮⋮﹂ ﹁リリィが何かあったか?﹂ もしかして、この前の髪を引っ張ったりしたことを、根に持って いるのだろうか。 いや、でもあの時は、別に気にしないと言っていたし⋮⋮。 、、 ﹁⋮⋮あの娘は、魔族、ではないか?﹂ 524 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱は? 今、なんていった⋮⋮?リリィが魔族⋮⋮? 田舎者の俺でもさすがに魔族のことは知っている。 というか、偶に村にもやってきて、食料を買ったり売ったりして いた。 でも、リリィが魔族っていうのはどういうことだ。 いきなりすぎて、意味が分からない。 ﹁実は、魔族の姫が、自分の妹がさらわれてしまったらしく、そ の妹の名前が﹃リリィ﹄というらしい。情報によると、リリィとい う娘は、さらわれているときに、毒を飲まされてしまったらしく、 弱っている、とのことだ。本来であれば、魔族には人間の回復魔法 は効きづらいらしいのだが、お主ならば治療することも、恐らくは 容易であろう。それに容姿などの情報はお主のとこにおったリリィ と一致しているのだ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 言われてみれば、確かにリリィは俺と初めてあったとき、体調は 芳しくなかった。 それに、もし本当に、リリィが魔族だったならば、あのリリィの 力のことも納得できる。 525 ﹁そ、それで、もしリリィが本当にその、魔族で、魔族の姫の妹 だったら⋮⋮?﹂ 俺は、恐る恐るエスイックに聞く。 ただ、俺が予想している応えではないことを期待して︱︱。 ﹁リリィは、連れていかれる、であろうな⋮⋮﹂ エスイックからの応えは、無慈悲にも、俺が予想した通りの答え だった。 ﹁⋮⋮まぁ、仕方ない、よな﹂ ﹁⋮⋮すまんな﹂ 落胆する俺に対し、自ら頭を下げてくるエスイック。 ﹁い、いや、エスイックが悪いってわけじゃないし⋮⋮﹂ そうは言いつつも、俺は、自分の気分がどんどんと沈んでいくの が、嫌でも理解できた︱︱。 526 ﹁もしかしたら、パーティーの最中に、魔族側から何らかの接触 があるかもしれんから、気をつけておいてくれ﹂ ﹁あぁ⋮⋮﹂ エスイックの用というのは、そのことだったらしく、話が終わっ たので、俺は先ほどまでの部屋に帰ることにする。 ⋮⋮それにしても、リリィが魔族、かもしれないなんて。 もちろん今はまだ、その可能性があるということなのは分かって いるのだが⋮⋮。 ﹁あ、そういえば⋮⋮﹂ そんなことを考えながら、部屋を出ていこうとする俺に、エスイ ックが声をかけてきた。 ﹁私があげた、あの黒マントは使ってくれただろうか⋮⋮?﹂ エスイックは俺に期待のまなざしを向けながらそう聞いてくる。 ⋮⋮捨ててしまったなんて、言えない。 そんなことを言えば、本気で落ち込んでしまうかもしれない。 だから俺は、冷静にこう言ってやった︱︱。 527 ﹁⋮⋮あ、あぁ、あれね。う、うん。もう何回も、つ、使ってる よ?うんホント﹂ 528 ︳︶m ネストかっこいいーっ!!︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 529 ネストかっこいいーっ!! ﹁そ、それじゃあ、また⋮⋮﹂ ﹁うむ﹂ エスイックとの話も終わった俺は、先ほど歩いてきた廊下を、再 び戻り、メイドさんたちがいるだろう部屋まで帰って来た。 ﹁もう、おそいわよ﹂ ﹁⋮⋮あれ?﹂ 部屋まで帰ってくると、そこには別れたはずのアウラたちが、メ イドさんたちと待っていた。 しかも、皆も既にそれぞれに合ったドレスに身を包んでいる。 ﹁⋮⋮これ、どうかしら﹂ そこで、昨日と同じようにアウラが俺に感想を求めてくる。 ﹁あ、あぁ。えっと、似合ってるよ﹂ きっと、私服には出すことのできない、アウラの気品のようなモ ノが前面にでていて、正直見惚れてしまった。 530 恥ずかしいから、言わないけど⋮⋮。 ﹁ネストぉー!わたしはぁー?﹂ その時、俺とアウラの間に、リリィが割り込んできた。 一瞬、珍しくリリィに対し、不満そうな顔をアウラが浮かべた気 がするけど、気のせい、か。 ﹁おー、やっぱリリィは可愛いなぁー!﹂ 何の躊躇いもなく、俺に抱きついてくるリリィに、今さっきエス イックに言われたことを思い出したが、今は、まだ聞かなくてもい いか。 ﹁むー!﹂ 俺がリリィの頭を撫でていると、何かを察したのか、リリィが不 満そうな顔で俺を見上げてきている。 ﹁あはは、ごめんごめん﹂ それからは、目の前のことに集中して、リリィの頭を撫でまくっ た。 リリィを褒め終わったあとは、トルエの番だ。 531 昨日の夜の一件もあったし、ここで失敗は許されない。 ﹁トルエはやっぱり大人っぽいなぁ﹂ ﹁⋮⋮うん﹂ 元々あまり喋らないことや、リリィとは違って、直接あまり俺に 甘えてこないあたりが、トルエを年齢よりも、大人らしさを出して いる。 ﹁⋮⋮﹂ 俺の言葉に頷くだけで、それ以降はやはり話そうとはしてくれな い。 ﹁えっと、こっちにおいで﹂ 俺はそんなトルエに、手招きをして、すぐ目の前にまでやって来 させると、先程のリリィと同じように、トルエの頭を撫でてあげた。 ﹁⋮⋮んっ⋮⋮﹂ トルエがくすぐったそうに身をよじっても、俺は撫でるのをやめ ない。 ﹁⋮⋮大丈夫、トルエもかわいいよ﹂ 俺は一度だけそうつぶやくと、再びトルエをなで続けた。 532 ﹁あ、ありがとう⋮⋮﹂ ﹁どういたしまして﹂ しばらくして、トルエが満足そうにしたので、俺はトルエから離 れた。 離れる時に、少し手元が名残おしい気がしたけど、あまり女の子 の頭を撫でるのもアレかなと思い、我慢する。 ﹁ネスト様方、そろそろ会場へと移動していただきます﹂ ちょうどその時、メイドさんからお声がかかる。 ﹁あれ、でもまだちょっと早くないですか?﹂ もらった手紙によると、確か夜に始まる、と書いてあった気がす るのだが⋮⋮。 ﹁いえ、パーティーへと参加される皆様は、挨拶などもしてまわ ったりするので、これくらいの時間が妥当かと﹂ ﹁あ、そうなんですか﹂ メイドさんがそういうのなら、きっとそうなのだろう。 俺たちは、メイドさんに連れられて、パーティーの行われる会場 へと脚を運んだ。 533 パーティ会場には、メイドさんの言うとおり、既に何人もの貴族 だろう人たちが来ていた。 ﹁なぁ、アウラ、こういうときってどうすればっ!?﹂ 俺たちも挨拶とかをしたほうがいいのか、ということを、アウラ に聞こうとしたら、いきなり俺とアウラの間に、何人もの男が割り 込んできた。 ﹁お、俺アイウイって言いますっ!﹂ ﹁僕はウエイムです!よ、よろしくお願いします!﹂ 何かと思えば、皆はアウラに自己紹介をしているようだった。 まぁ、確かにアウラは美人だから、こういう場所で囲まれてしま うのは仕方ないのかもしれない。 ﹁じ、じゃあ、トルエに聞こうかって⋮⋮﹂ 時すでに遅し。 トルエもまた、数人の男の子に囲まれてしまっていた。 リリィは大丈夫なのかと思い、見てみると、どうやらリリィは俺 にくっついて、難を逃れたらしい。 534 ﹁⋮⋮﹂ え、俺には誰も来ていないのかって? ⋮⋮リ、リリィが来てるじゃないかっ! ﹁⋮⋮えっと、端っこの方に行くか⋮⋮﹂ ﹁うん?﹂ 結局、俺は首をかしげているリリィを連れて、会場の端っこの方 へと行くことにした。 そんな時、どんどんと会場には食事が運ばれてきていた。 肉や野菜、さらには果物まで、本当にたくさんの種類の料理があ る。 周りの人達を見るに、運ばれてきた料理は、食べてもいいらしい。 ﹁リリィも食べる?﹂ ﹁んー﹂ リリィの顔を見ると、あまりまだお腹は空いていないようなので、 もう少し待つことにした。 535 ﹃パリンッ﹄ ふと、皿が割れるような音が響き渡った。 ﹁す、すみませんっ!!﹂ ついで聞こえてくるのが、女の人の謝罪。 何かと思い見てみれば、どうやら若いメイドさんが、料理の入っ た皿を落としてしまったようだ。 何度も頭を下げながら、今も割れた皿の片付けをしている。 周りの貴族の人たちは、非難の声こそあげていないが、やはりあ まり良い顔はしていない。 ﹁痛っ!﹂ そこで、メイドさんが皿で指を切ったらしく、少しだけ声をあげ た。 ﹁ネストー?﹂ リリィから声をかけられた時には、俺は急いで、そのメイドさん のところへ駆け寄っていた。 ﹁うふふー﹂ 俺が、自分の言いたいことを分かっていたことが嬉しいのかリリ ィが笑っている。 536 ﹁手、出して﹂ ﹁え、は、はい⋮⋮﹂ メイドさんが恐る恐る俺に怪我してない方の手を差し出してくる。 もしかしたら、何か怒られるのかと心配しているのかもしれない。 ﹁こっちじゃなくて、そっち﹂ 俺は、メイドさんの反対の手を取った。別に悪いことをしようと しているわけではないので、メイドさんが恐がっているのはこの際 無視していいだろう。 ﹁ヒール﹂ 俺は回復魔法を唱える。 すると、今まで血が流れていたメイドさんの手の怪我は、綺麗さ っぱり無くなった。 ﹁えっと、じゃあ俺はこれで﹂ 呆けているメイドさんを残して、俺はリリィと二人、先程までい た会場の端っこの方へと、再び戻ることにした。 ﹁ネストかっこいいーっ!!﹂ ﹁ありがと﹂ 537 俺は、リリィからの賛辞に、頬を緩ませながら、歩き続けた。 538 ︳︶m 俺はどんどん増えていく︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ あと、今回すこし短いです。 ︳︶m 明日のと一緒に見たほうがよろしいかもしれません。 本当すみませんm︵︳ 539 俺はどんどん増えていく ﹁は、初めましてっ!私シルシエウと言います!お、お見知りお きくださいっ!﹂ ﹁わたくしはウイトエウと申します!ぜ、ぜひ今度お食事でもっ !﹂ ﹁⋮⋮は、はぁ﹂ メイドさんの治療を終えて、リリィと二人、隅っこの方へと戻っ た俺たちだったが、どういうわけか今、貴族のご令嬢たちに囲まれ ていた。 さっきまでは、見向きもされなかったのに、いきなり手を裏返し たかのような反応に、正直戸惑っている。 ﹁ネストぉー。あついー﹂ 未だに俺にしがみついているリリィは、その巻き添えをくらって、 離れるに離れられなくなっていた。 ﹁本当、いきなりどうしたんだ⋮⋮?﹂ 俺はどんどん増えていくご令嬢たちを見回しながら、人知れず、 そう呟いた。 540 ﹁はぁ⋮⋮っ、疲れたぁ⋮⋮﹂ それからもしばらく、ご令嬢たちにもみくちゃにされていたが、 ようやく俺は解放された。 ﹁良かったわね、可愛い子たちから言い寄られて﹂ ﹁あれって、言い寄られてた、のか⋮⋮?﹂ 俺は、後ろから声をかけてきた、アウラを振り返りながら、そう 零す。 振り返ってみて分かったのだが、アウラはなにか気に食わないの か、不機嫌そうな顔をしていた。 ﹁皆の前で回復魔法なんて使ったら、それだけで回復魔法を覚え られるだけの資金を持っている、って思われるのよ。そしてそんな 身でも、メイドを治療したから、人柄も良いとかって思われたんじ ゃないかしら﹂ ﹁はぁ、そういうことだったのか⋮⋮﹂ あれくらいの傷の治療だったら、別に異常な回復魔法を持ってる とも思われないから、大丈夫だと油断していたけど、そんな落とし 穴があったとは⋮⋮。 ﹁⋮⋮これからは気をつけなさいよね﹂ 541 やはりどこか不機嫌さを残すそんな口調で、俺にそう言い残すと、 アウラは再びさっきまでいたところへと帰っていった。 ﹁⋮⋮?﹂ アウラが不機嫌な理由がよく分からずに、その場で首をかしげる。 ﹁なにかあったのかな、っていない⋮⋮﹂ こういう時は、リリィに聞いてみようと思ったのだが、先程の囲 まれているのがそんなに嫌だったのか、いつの間にかいなくなって いた。 ﹁では、そろそろ踊りましょうか﹂ いつの間に来ていたのか、聖女のルナが、そのよく通る声でそう 告げた。 ﹁⋮⋮少し、外にでも行って時間潰すか﹂ 俺は咄嗟に会場から抜け出した。 どうしてかと聞かれれば、俺が踊りの経験がないからだ。 恥をかくことがわかっているものに、自分から行くのはさすがに 無理だ。 542 城の中を歩き回り、その内に中庭のようなところへとたどり着い た。 ﹁⋮⋮こんなところあったのか﹂ 以前に城に忍び込んだとき、色々と走り回ったのだが、ここは初 めて来る場所だ。 足元に生えている芝生は、どこも綺麗に切り揃えられており、と ても整っていた。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ その芝生をつぶしてしまうようで申し訳ないが、俺はそこにそっ と横になる。 その中庭らしき場所には、天井がなく、空を仰ぎ見ることができ た。 空は暗闇に支配され、終わることなく、永遠と広がっているよう な感じがする。 ﹁⋮⋮綺麗、だな⋮⋮﹂ 今いる中庭が、人の多い都には感じられず、どこか誰もいない、 世界の果てのような気がしてくる。 芝生は心地のよいやわらかさで、これまた夜空のおかげか、ひん やりとしていて気持ちがいい。 543 ﹃ジャリ⋮⋮﹄ だから、そんな小さな足音でも、容易に聞こえることができた。 ﹁⋮⋮だれかいるのか?﹂ もしかしたら、自分と同じでパーティーから抜け出してきたのか もしれない。 ﹁⋮⋮﹂ 少しの沈黙のあと、ゆっくりと暗闇の中から影がその正体を現し た。 ﹁⋮⋮リリィ、だよー?﹂ そこにいたのは、メイドさんに用意してもらったドレスを着てい て、さっき、いつの間にかいなくなっていた、リリィだった︱︱。 544 二人で踊るか⋮⋮?︵前書き︶ ブクマ評価感謝しておりますm︵︳ ︳︶m 545 二人で踊るか⋮⋮? ﹁⋮⋮リリィ?﹂ 暗闇の中から出てきたのは、いなくなっていたリリィ。 ﹁あれ、どうしてここに?﹂ 今は普通なら、踊っている時間だろうし、リリィが踊れなかった としても、ここに来る理由がないと思うのだが⋮⋮。 ﹁んー?ネストとおどりたいなーっておもってたら、どっかにい くのがみえてからついてきたんだよー﹂ ﹁あ、そうだったのか。なんかごめんな⋮⋮﹂ ﹁うん、べつにいいよー?﹂ ﹁えっと、二人で踊るか⋮⋮?﹂ リリィは別にいい、と言っているが、もしかしたらリリィは踊る のを楽しみにしていたのかもしれない。 ﹁え、いいのーっ!?﹂ 案の定と言うべきか、すごい勢いで俺の提案に飛びついてきた。 546 ﹁あぁ、いいよ﹂ ここなら人もいないし、別に踊るのが下手だと言っても、恥ずか しくない。 俺は、リリィと踊るために、ひんやりとして気持ちいい芝生から 身体をおこし、リリィの下へと向かった。 ﹁えっと、こうするのかな⋮⋮?﹂ 今までろくに踊りなどしたことがなければ、先ほど後ろ目でちら りと見た程度の俺は、 リリィと身体が密着するかしないかのところで、リリィの腰に手を やった。 ﹁ふふーんふーん﹂ それからは、リリィの鼻歌にあわせて、脚を動かす。 正直これであっているのかは分からないが、リリィも楽しそうに しているし、やってみて分かったのだが、これが意外にも楽しかっ たりするのだから不思議だ。 空は暗闇に支配され、足元は綺麗に切り揃えられた芝生が生い茂 っている。 廊下から伝わってきているのか、心地いい風が頬をなでる。 547 ﹁ふーんふぅーんふーん﹂ 相変わらず聞こえるのはリリィの、その刻みのいい鼻声だけ。 もしそれ以外に音が聞こえるとするならば、時折、俺が間違えた ときにあげてしまう小さな声。 俺とリリィは、誰もいない、音もない、灯りもない、そんな中で、 二人楽しく踊り続けた︱︱。 ﹁たのしかったーっ!!﹂ しばらくして、ようやく踊り終わった俺は、再び芝生の上へと倒 れ込み、空を見上げた。 因みにリリィはというと、俺の上でくつろいでいる。可愛い。 ﹁⋮⋮パーティー、楽しかったな﹂ ﹁うんっ。またきたいーっ﹂ 俺の言葉に、空を見上げながら、リリィがそう応える。 、、 ﹃⋮⋮あの娘は、魔族、ではないか?﹄ そのとき、ふと、エスイックのそんな声が、頭の中で聞こえた気 がした。 548 そしてもし、本当にリリィが魔族だったら︱︱ ︱︱魔族の国へと連れ帰られてしまう。 ﹁⋮⋮﹂ もう、思い切って聞いてみた方が早くていいかもしれない。 少しの沈黙のあと、俺はついにそう決意した。 ﹁なぁ、リリィって︱︱﹂ できれば、違うといってほしい。 そして、またこうやって皆で何の心配もなく楽しみたい。 ﹁︱︱魔族なのか?﹂ 俺はリリィを自分の上にのっけ、頭を撫でながら聞いた。 ﹁ん?リリィは︱︱﹂ そしてついにリリィが俺の問いに応えようとした瞬間︱︱ ﹃パリィィッッン﹄ ︱︱何かが割れたような、大きな音が、俺たちの耳に入った。 ﹁っ!?﹂ 549 今のは恐らくパーティー会場の方から聞こえた気がする。 リリィは、今の音に驚いてしまったらしく、俺に抱きついてきた。 ﹃もしかしたら、パーティーの最中に、魔族側から何らかの接触 があるかもしれんから、気をつけておいてくれ﹄ そういえば、エスイックはこうも言っていた。 ﹁ッ!!﹂ 俺は咄嗟にリリィを抱きかかえ、音のしたパーティー会場へと走 った。 ﹁ヒールッ!﹂ 回復魔法の名前を言い換えるのも忘れて、俺はひたすらに走り続 け、パーティー会場へとたどり着く。 パーティー会場の床には、恐らく窓の破片らしきものが散乱して いた。 そこにいる人たちは皆、その割れた窓を見つめている。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ 俺は、あたりを見渡しながら、その人たちの間を走り抜ける。 550 ﹁⋮⋮おいおい、冗談、だろ⋮⋮?﹂ そして、一つだけ。俺は、一つだけわかったことがあった。 アウラとトルエが、いない︱︱︱︱。 551 はい、あーん︵前書き︶ ブクマ評価感謝してますm︵︳ ︳︶m 552 はい、あーん 俺たちが、会場へと戻ってきたとき、そこにはアウラとトルエが 居なかった。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ だけどまだ、希望がないわけではない。 もしかしたら、踊りに疲れた二人が、俺たちと同じように城の中 を歩き回っているだけなのかもしれないのだ。 ﹁⋮⋮っヒール⋮⋮⋮⋮ヒール⋮⋮﹂ 俺は、幾度となく、自分に対し回復魔法をかけて、二人を探し回 る。 ⋮⋮二人が城の中にいるのは可能性が低いことくらい分かってる。 なぜなら、会場にいたメイドさんが、俺に気まずそうな視線を送 ってきていたのだ。 その視線の意味は恐らく⋮⋮。 だけど、俺はそんな一縷の望みに賭けるしかなかった。 ﹁⋮⋮⋮⋮ヒール⋮⋮っ⋮⋮﹂ 553 誰もいない廊下、聞こえるのは自分の足音。 ﹁ヒールッッ!!﹂ そして、俺の焦りか何かがのっている、そんな怒鳴り声だけが、 長い廊下に反響していった︱︱。 ﹁⋮⋮﹂ どれだけの間、走り続けていたのだろうか。 回復魔法を使い続けて城の中を走り回ってから、ついに最初にい た、会場にまで戻ってきてしまった。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は、どうしてか覚束無い足取りで、会場にいた男に近寄ってい く。 ﹁⋮⋮ここで、何があったんだ⋮⋮?﹂ 最初からこうやって、誰かに聞いていればよかったのは、俺にだ って分かっていたが、結局はこうして最後になるまで聞けずにいた。 ﹁え、あぁ、実は人がさらわれてしまって⋮⋮﹂ やっぱり⋮⋮。 554 俺は思わず舌打ちをしてしまいたい衝動に駆られるが、我慢して 続きを聞く。 ﹁確か、赤い髪のこと、茶色の髪の子、だった気がするな⋮⋮。 いきなりだったから誰も止められなかったんだ⋮⋮﹂ ⋮⋮悔しいことに、髪の色まで一致している。 ﹁⋮⋮あ、確か匂いがどうとか、って言ってたかな⋮⋮?﹂ それは恐らく、リリィの匂いのことだろう。 昨日も途中からは一緒に寝ていたから、二人ともにリリィの匂い がついていたはずだ。 ﹁⋮⋮ありがとう﹂ 自分の中で、どんどんと負の感情が大きくなっていくのが、どう してもわかってしまう。 ﹁おぉ、ここにおったか﹂ ﹁⋮⋮?﹂ ふと、そんなとき後ろから声をかけられた。 振り向くと、そこにはどういうわけか国王であるエスイックが立 っていた。 ﹁ハッ、国王様!?﹂ 555 俺と話していた貴族の人が、いきなり頭を下げるが、俺は今それ どころではない。 ﹁⋮⋮何か⋮⋮?﹂ ﹁いや、先ほど魔族の使い魔がやってきて、人を攫っていったの は、すでに知っておるか?﹂ ﹁あぁ、知ってる﹂ 魔族の使い魔、ってところは初耳だが、そんなとこは今重要じゃ ない。 ﹁⋮⋮言いにくいが︱︱﹂ エスイックが、そこで俺の目を見つめてくる。 きっと、俺はひどい顔をしているのだろう。 エスイックの瞳に移る、俺の顔は見えない。 でも、分かる。俺には分かってしまう。 エスイックの次に言おうとしている言葉が。 そしてそれを聞きたくない自分がいることが。 ﹁︱︱お主の連れじゃ﹂ 556 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮ それから先のことは、覚えていない。 気がついたら、俺はどこかの部屋のベッドに横になっていて、布 団を握りしめていた。 ﹁⋮⋮ぁぁ﹂ 目のあたりが、どこか湿っている気がする。 そして声がかすれてしまうほど、喉がおかしくなっている気がす る。 ﹁⋮⋮ひ⋮ぃる﹂ かすれ声のまま回復魔法を唱え、治療をする。 ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ きっとエスイックたちには迷惑をかけたのかもしれない。 悪いことをしたなぁ⋮⋮。 557 だけど、何時までたってもこうして居られるわけじゃない。 俺は布団を脱ぎ捨て、部屋を出るために扉へと近づく。 ﹁ネストー、おきたぁー?﹂ ちょうどその時、リリィが何やら食事を手に、扉をあけて部屋の 中へと入ってきた。 ﹁あ、ネストおきたんだぁー!﹂ ﹁あ、あぁ⋮⋮﹂ 俺がエスイックの話を聞いてから何があったのか分からないので、 何を話したらいいのか分からない。 ﹁ネストのためにつくってきたから、たべてー﹂ リリィに一度ベッドに戻るように促され、俺はそれに従う。 ﹁ふーふー﹂ リリィは、持ってきた料理に息を吹きかけている。 ﹁はい、あーん﹂ そして、そのまま俺に食べさせようとしてきた。 ﹁あ、あーん﹂ 558 ⋮⋮あ、おいしい。やっぱりリリィが作ってくれる料理は皆美味 しいものばかりだ。 ﹁ってちっがーーっっう!!﹂ 俺は一体何をしているんだ!? よく今の状況を考えてみれば、アウラたちが連れ去られたんだぞ !? 今はこんなことをしている暇なんかないっ!! もっと他にしなけらばいけないことがあるのだ!! それは︱︱ ﹁なぁ、リリィ﹂ ﹁な、なにー?﹂ 突然の俺の叫び声に驚いたのか、少し戸惑いがちに返事をしてく る。 ﹁あのさ、リリィってさ︱︱﹂ さっきも一度聞いたこと。 だけどあの時は色々騒ぎが起こったために結局聞けずじまいだっ た。 559 ﹁︱︱魔族、だよな⋮⋮?﹂ 今度は、さっきとは少し違って、﹃魔族なのか?﹄ではなく、ほ とんど確証をもって、ついにリリィに本当のことを聞いたのだった。 560 もう、諦めよう︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 561 もう、諦めよう ﹁リリィって、魔族なのか?﹂ 俺たち以外誰もいないその部屋で、俺はついにリリィに聞いた。 ﹁⋮⋮え?そうだけどー?﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ 俺が緊張しながら聞いたというのに、リリィは特に何か気にする ようなことも無さげに、そういった。 こ、これはどうしたらいいんだろうか。 ﹁えっと、じゃあなんで今まで教えてくれなかったんだ⋮?﹂ もっと早くにそれを教えてくれていたら、良かったのに⋮。 ﹁だって聞かれなかったもんっ!﹂ 俺が呆れたように聞くと、リリィがすこし怒ったように頬を膨ら ませながら、そう言ってくる。 ﹁いや、確かに聞いたりはしなかったけどさぁ⋮。﹂ それでも自分から教えてくれても良かっただろう。 562 ﹁うぅ⋮﹂ 俺の言葉にリリィが目に涙を浮かべながら俺から顔を背ける。 ﹁あーごめんごめん。聞かなかった俺が悪かったから﹂ これではまるで俺が泣かせたみたいだ。 もしこれで誰かが来たりしたら、また勘違いされてしまうじゃ︱ ︱︱ ﹁大丈夫ですかー?ネストさん﹂ ︱︱︱ないか⋮。 ちょうどそのとき、ルナが部屋の中に入ってきてしまった。 ﹁⋮⋮⋮﹂ そしてやはり俺たちの様子をみて、無言になる。 あ、これ絶対勘違いされてるわ。 ﹁い、一応言っておくけど、別にリリィをいじめてた訳じゃあ⋮﹂ 自分で言っておいてなんだけど、言い訳にしか聞こえないわこれ。 ﹁リリィちゃん、こっちおいで⋮?﹂ やはりというべきか、ルナは俺の言葉を無視して、泣いているリ 563 リィを自分の下へと呼ぶ。 ﹁⋮⋮ネストがいい⋮⋮⋮﹂ ﹁っ﹂ だがそんなルナに対し、なんとリリィは泣きながらも俺に抱き着 いてきた。 ﹁⋮⋮ふ⋮ふふ⋮っ⋮⋮ふ⋮﹂ 俺はというと、驚きに目を見開いているルナへ、笑いをこらえる のに必死だった。 ﹁⋮⋮っっ!!﹂ そんな俺に気付いたのか、ルナは一度だけこちらをにらみつける と、部屋から出て行ってしまった。 ふふふ、俺の勝ちだ⋮⋮っ!! ﹁⋮⋮ごめんね、ネスト⋮﹂ ルナが出て行ったあと、リリィがそう呟く。 ﹁いや、俺の方こそごめんな⋮?﹂ リリィの頭をなでながら、俺もそう返した。 564 ﹁えっと、それでどうしようかって話なんだけど⋮﹂ リリィも落ち着いてきたので、リリィを自分の膝の上にのせると、 俺はそう切り出した、 ﹁どうしたらいいかな﹂ 正直なんの考えもない。 そもそも魔族がどうとかっていうのもそんなには知らない。 力が強い事と羽とかがあることくらいか⋮⋮。 ﹁あれ、そういえばリリィって羽は⋮?﹂ そこで俺はリリィに魔族特有の羽が無いことに気が付き、そう聞 いた。 ﹁はねはおとなになったらはえるみたいだよー?﹂ ﹁へぇ⋮﹂ どうやらただ単に俺が知らなかっただけのようだ。 ま、まぁ田舎から出てきたから、あまり知らなくても普通だよな っ!? ﹁それで、アウラたちのことなんだけど、どうしようか⋮⋮﹂ 565 今回のことは、俺たちだけでは手に負えないだろう。 んー、どうしようかなぁ⋮⋮ ﹁私がいるぞッッ!!﹂ ﹁っ﹂ そう言い放ちながら扉をあけ放って、部屋に入ってきたのは、国 王様であるエスイック。 そのいきなりの登場に、膝の上でリリィがおびえてしまっている。 ﹁こういうときこそ私の出番だろう!﹂ ⋮⋮確かに、国王であるエスイックならば、色々な場面で力にな ってくれるかもしれない。 ﹁えっと、じゃあ頼もう、かな⋮?﹂ ﹁心得たっ!!﹂ 目をキラキラさせながら、エスイックは俺にそう応えた。 ﹁あ、そういえば、念のためにも黒マントは準備しておいた方が いいだろうが、今持っているか?﹂ そこで、エスイックが思い出したかのように俺に聞いてくる。 566 ﹁⋮⋮﹂ もちろん持ってきたりしていない。というか既に捨てている、と は言えない。 ﹁⋮⋮⋮あ、あぁ、実は家に忘れてきちゃったからさぁ、新しく 買うよ﹂ この応えであれば、エスイックも納得してくれて、俺もあの恥ず かしい黒マントを着なくて済み、みんなしあわせだ。 ﹁いや、実はまだアレと同じ奴なら山ほど持っているから大丈夫 だ!﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮。 ﹁た、助かるよ⋮⋮﹂ もう、諦めよう︱︱︱︱︱。 567 ︳︶m リリィと別れたくない。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 1200万pv&200万UA感謝!! 568 リリィと別れたくない。 ﹁それで、手伝ってくれるって言ったけど、何してくれるんだ?﹂ アウラたちを助けに行くにしても、実際そこが問題だ。 因みにリリィが、恐らく魔族の人たちが探しているリリィである ことは、伝えてある。 ﹁うむ、ネストが﹃漆黒の救世主﹄様になって突っ込む、という のはどうだろうか?﹂ ﹁いやそれおかしいよな!?﹂ それのどこでエスイックが力を貸してくれているのだろうか。 黒マントか?黒マントだなっ? ﹁いやいや冗談だ﹂ エスイックが手を振りながら、冗談だと言ってくるが、正直、全 然冗談に聞こえなかった。 ﹁うーむ、ではどうしようかのぉ⋮⋮﹂ ﹁いや考えてないのかよっ!?﹂ 569 あんな登場の仕方をしたのだから、何か良い案でもあると思って たわ! ﹁⋮⋮﹂ もしかしたらそれも冗談なのかと疑ったが、今エスイックが全力 で考えているような様子を見ると、どうやら本当だったらしい。 ﹁⋮⋮おいおい⋮⋮﹂ 俺は、目のまえで考え込んでいるエスイックと、未だに俺にくっ ついているリリィに、ため息を零した。 ﹁⋮⋮使者としてであれば、どうだろうか﹂ エスイックがしばらく考え込んでいたと思うと、小さな声でそう 呟いた。 ﹁使者?﹂ 俺は、思わず聞き返してしまう。 いきなり話しかけられたことと、純粋に言葉の意味がよくわから なかったからだ。 ﹁あぁ。魔族の国への正式な使者としてであれば、特に問題もな く、二人が連れて行かれたであろう城へと行くことができる﹂ 570 ﹁おぉっ!﹂ それなら余計な手間も省けられる。 ﹁理由は、パーティー中に招待客が攫われた、ということで十分 だろうな﹂ ﹁そうと決まれば早く行かないと!﹂ 今もアウラたちが危険な状態だったりするかもしれない。 俺は早く出発できるようにエスイックを急かす。 ﹁いや、そこまで急ぐ必要もないはずだ。リリィ殿と間違われて 攫われたのであれば、すぐにそれに気づくだろうし、仮にもパーテ ィーに出席していた客を、そう無下にも扱えないはずだ﹂ ﹁いや、それでも万が一って可能性も⋮⋮﹂ 俺はなおもエスイックに食い下がる。 ﹁実は、恐らく無事だということは、それだけが理由ではないの だ﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ 他にも何か理由があるならば早く教えて欲しい。 ﹁他の理由っていうと⋮⋮?﹂ 571 ﹁そ、それはだな⋮⋮。その、パルフェクト姫、つまり魔族の姫 の、せ、性格というか、好みというか⋮⋮﹂ 珍しく歯切れわるく、エスイックがボソボソと応える。 ﹁と、とにかく!二人が無事であるということは私が保証する! 安心してくれ!﹂ 大きな声でエスイックはそう締めくくると、それ以上は追求され たくないのか、使者を送ったりする手続きやなんやらがあると言い 残して、部屋から出て行ってしまった。 ﹁安心してくれ、って言われてもなぁ⋮⋮﹂ 今までエスイックを見てきた中で、正直あまり期待はできない気 がする⋮⋮。 ﹁あ、そういえば、リリィはどうしよう﹂ ﹁んぅー?﹂ 俺の言葉にリリィが見上げながら首をかしげている。 ﹁いや、狙いっていうか、リリィを連れて帰るために来たみたい だからさ、使者として行く時は、ここで待っててもらったほうがい いかなぁって思ったんだけど﹂ というか逆に待っていてもらわないと困る。 572 もしかしたら俺がアウラたちを助けている時に、リリィが連れて 行かれる、みたいなことがあってはいけないのだ。 いや、元々リリィの住んでいたところだから、仕方ないのかもし れないが、俺としてはこんないきなりにリリィと別れたくない。 ﹁いやぁーっ!!﹂ だが当然のように、リリィが駄々をこねる。 ﹁そう言われてもなぁ⋮⋮﹂ 別にリリィを連れて行って良いこともないだろう。 ﹁リリィだったらー、いろいろなとこあんないできるよー!﹂ ﹁う⋮⋮﹂ 確かにそれはありがたい。 普通の店なんかがあるとことであれば、道案内などにでも頼めば 済むかもしれないが、城の中なんかの、普通は入れない場所ならば リリィの力が必要になってくるかもしれない。 ﹁はぁ、じゃあ付いてきてもらうけど、一人でどっか行ったりし たらダメだぞ?﹂ 結局リリィには、付いてきてもらうことになったが、今俺にでき る対策としてはこれくらいが限界だ。 573 あとは、俺の言うことを聞いて、ちゃんと行動してくれることだ けが頼みだ。 他に、何かあるとすれば︱︱ ︱︱︱︱﹃漆黒の救世主﹄になる必要がないことを、祈っておく くらい、かな。 574 ︳︶m こういう時は年配者だな︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 575 こういう時は年配者だな ﹁では、健闘を祈るっ﹂ ﹁あぁ、いってくる﹂ 俺は今、エスイックに見送られながら、城を出発しようとしてい た。 あのあと、色々とエスイックが準備してくれたらしく、早いうち に出発することができることになったのだ。 ﹁ふふーっん﹂ 魔族の国への使者として、エスイックが用意してくれた馬車に乗 って向かうのだが、広い馬車の中でリリィが脚を振りながら楽しそ うに鼻歌を奏でている。 因みに馬車の中にいるのは俺とリリィの二人だけで、他には誰に もいない。 エスイックから出来るだけ少ない人数で行くように頼まれたので、 もともと行く予定だった俺たちと、御者を務めてもらう一人だけだ。 ﹁では、出発しますぞぉ﹂ 御者をつとめてくれるのは、見た目のままの喋り方のおばちゃん。 576 ﹁あ、おねがいします﹂ ﹁おねがいしますーっ!﹂ 俺に続いて、リリィが大きな声で、御者のおばちゃんにそうお願 いする。 ﹁あいよぉー﹂ その低い声で、御者のおばちゃんはそう言うと、馬車を進めさせ た。 ﹁そういえば、リリィってお姫様だったんだな﹂ 馬車の中で、リリィと話している時に、ふと思い出したので聞い てみた。 ﹁んぅー、すごいのー?﹂ ﹁あぁ、すごいぞー﹂ 小さいからか、自分の立場をよく分かっていないようで、逆に聞 き返したので、少しだけ教えてやる。 ﹁あのなぁ、お姫様っていうのは、皆のあこがれなんだぞ。お姫 様はみんなきれいだからなー﹂ ﹁リリィがおひめさまだったら、ネストもあこがれるのー?﹂ 577 ﹁あぁ、めっちゃ憧れるな﹂ ﹁ふーん﹂ 俺の言葉に、若干嬉しそうな声色をあげると、リリィは俺の膝に 自分の頭をおいてきた。 誰かから聞いたか忘れたけど、こういうのを﹃膝枕﹄というらし い。 あ、それと﹃膝枕﹄は男がしてもらうのが普通、ってのも聞いた 気がするけど、まぁそれは別にいいだろう。 ﹁魔族の国、ってどんなだろうなぁー﹂ 今も俺の膝の上に頭をあずけてきているリリィに、聞いてみる。 俺がまだ、自分の村にいたときには、何度か魔族を見ることがあ ったが、正直あまり俺たちとの違いもなかったはずだ。 もしかしたら、魔族の国もそんな変わらないのかもしれない。 ﹁んにゅー、えっとねーたのしいよぉー?﹂ しばらく考えるような素振りを見せたリリィだったが、結局教え 578 てくれたのはちょっとだけ、いやかなり曖昧なモノだった。 ﹁そ、そうか⋮⋮﹂ これは、やっぱり一回直接見てみないと、ダメみたいだな⋮⋮。 ﹁⋮⋮そういえば、あんたたちはどういう理由で送られてきた使 者なんだい?﹂ 休憩中に、御者のおばちゃんが俺たちに話しかけてきた。 えっと、これは別に言ってもいいよな⋮⋮? ﹁あぁ、俺たちは元々は街からパーティーに参加したんだけど、 連れが人違いで魔族の国に連れて行かれちゃったみたいで、今回は その迎えに行きたいってエスイ、国王様に頼んだんです﹂ その人違いの原因が、今俺にもたれかかりながら寝ているリリィ なんだけど、別にそれは言う必要はないだろう。 ﹁へぇ、それは災難だったねぇ﹂ 俺の言葉に、驚きながらそう口にするおばちゃん。 ﹁ま、まぁ一応?じ、自分の大事な人、なんで⋮⋮﹂ ⋮⋮ぅぅ、普段こんなことを言わないから恥ずかしい。 579 相手が年配者ということもあってか、どうしてか言う必要がない ようなことも言ってしまった。 ﹁へぇ、やるねぇ﹂ すると、おばちゃんはなにを勘違いしたのか、そのシワだらけの 顔に、面白いものでも見つけたかのような笑みを浮かべて俺を見て くる。 ﹁ち、ちがいますって、そんなんじゃないんでっ﹂ 一体なにが違って、なにがそんなんじゃないのかは分からないが、 俺は言い訳がましく弁解した。 ﹁⋮⋮その、ただなんていうか⋮⋮。⋮⋮ぅぁあーっ!﹂ 何か言わなければいけないと思ったけど、結局何も思いつかず、 変な声を上げてしまった。 ﹁くくくっ﹂ おばちゃんは、笑いをこらえようとしているが、正直全然堪えら れていない。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ やっぱり、こういう時は年配者だな⋮⋮。 自分の村でも、年配者を敵に回した子供が、数日後くらいにえら く年配者に従順になっていたのを思い出しながら、俺はそう思った。 580 ﹁まぁがんばるといいよ﹂ ﹁はい、ありがとうございます﹂ 応援してくれたおばちゃんに、俺はお礼をいうのを忘れない。 ﹁じゃあ、いくよぉ⋮﹂ 俺との話が終わると、おばちゃんは自らの御者の仕事に戻り、再 び馬車は動き出したのだった。 581 ︳︶m なんかぷよぷよしている︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 582 なんかぷよぷよしている ﹁おぉーい、魔族の国が見えてきたよぉー﹂ 俺たちが暇を持て余していたころ、おばちゃんから声が掛かった。 ﹁⋮⋮おぉ﹂ 遠目に見える魔族の国は、なんというか普通にデカかった。 多分、都と同じくらいの大きさだと思う。 ﹁ほら、あそこが関所だよ﹂ おばちゃんが指を差しながら、関所の場所を教えてくれる。 ﹁⋮⋮?﹂ 遥か先に見える関所のところで立っている人が、その、なんとい うか、大きく見える気がするんだけど、多分離れてて変なふうに見 えているからだろうか。 ﹁⋮⋮﹂ だんだんと関所に近づいて気がついた。 関所のところには、大きな鎧が置かれていたのらしい。 583 その隣では普通に、恐らく関所を管理している人が、関所を通り 抜ける人たちを確認したりしている。 ﹁じゃあ、馬車は別のところから入らないといけないから、先に 入っといてくれ﹂ ﹁了解です﹂ 俺とリリィは、おばちゃんに従って、関所の前で馬車からおろし てもらった。 ﹁じゃあ関所抜けたら待っといておくれ﹂ おばちゃんはそう言い残すと、馬車用の入口に向かっていった。 ﹁えっと、じゃあ行こうか﹂ ﹁うんっ!﹂ ずっとここにいるわけにもいかないので、俺はリリィの手を引き ながら、関所に向かった。 ﹁ん、あなたたちは?﹂ 俺たちが目に入ったのか、関所で立っている人が声を掛けてきた。 ﹁あ、えっと使者として来たんですけど⋮⋮﹂ 584 俺はそう言いながら、荷物の中から正式な書類を見せる。 ﹁あ、使者の方でしたか、一応確認させてもらいますね﹂ ﹁お願いします﹂ 俺は、関所にいた人に書類を渡して、別の部屋で待たされること になった。 ﹁あ、そういえばあの関所のとなりにあった鎧ってなんなんです か?﹂ 待っている時間が、結構あったので気になっていたことを聞いて みた。 、、、 ﹁あれですか?私の使い魔ですけど⋮⋮﹂ ﹁使い魔、ですか?﹂ 聞いたことがない言葉だったので、思わず聞き返してしまった。 、、、 ﹁はい、私の使い魔のオーガですよ﹂ ﹁オーガ!?﹂ オーガって言ったらあれだよな?あの俺が倒した奴だよな? ﹁オーガってモンスターのやつですよね⋮⋮?﹂ 恐る恐る、聞いてみる。 585 ﹁はい、ほかのと見分けるために鎧を着せていますけどね﹂ ﹁へ、へぇ⋮⋮﹂ まさかここにオーガがいるなんて思ってなかったわ⋮⋮ ﹁あ、使者の方の確認取れましたので、お通りくださって大丈夫 ですよ﹂ ﹁了解です﹂ そして使者の確認も取れた俺たちは、無事に関所を通ることがで きた。 ⋮⋮あ、そういえば結局使い魔が何なのか聞くのを忘れてた。 まぁ後でリリィにでも聞いてみればいいかな。 ﹁おぉ、遅かったね﹂ 関所をでると、先に待っていたおばちゃんが声を掛けてきた。 ﹁はい、書類の確認に時間がかかったみたいで、すみません﹂ 俺は自分の荷物に視線をおとしながら、そう謝る。 ﹁いやいや、あたしもそんな待ったってわけじゃないよ﹂ 586 それからも少し立ち話したあと、俺たちは宿屋に向かうことにな った。 ﹁というか、やっぱり皆なんかモンスター連れてるんですね⋮⋮﹂ 道を歩きながら辺りを見回すと、やはりというべきなのか、歩い ている人の周りにはなんか色々なモンスターがいる。 俺がよくお世話になったゴブリンや、なんか見たことのないぷよ ぷよしていて、どろっとしているやつなんかもいる。 因みにモンスターを連れている、魔族の方には翼や尻尾が生えて いるけど、それは前から知っていたので驚かない。 ﹁あぁ、あれは使い魔だからね﹂ おばちゃんもやはり使い魔を知っているのか、事もなさげに俺に そう告げてくる。 ﹁あの、使い魔って⋮⋮?﹂ 後からリリィにでも聞こうとは思っていたが、やっぱり今知りた くなってしまったので、つい聞いてしまった。 ﹁ん?使い魔かい?﹂ ﹁はい、実はあまりそういうことを知らなくて⋮⋮﹂ やっぱり村にいるころからもっと色々なことを勉強しておけば良 587 かった。 ﹁えっとね、闇魔法の適正のある魔族は、モンスターを召喚して 自分と契約することができるんだよ﹂ ﹁つまり、それが﹃使い魔﹄だと?﹂ ﹁そういうことになるね。関所のとこにいた、鎧をきたオーガな んてのは魔族の中でも優秀なやつみたいだけど、大抵はそこらへん のゴブリンとかスライムとかだよ﹂ ﹁へぇ⋮⋮﹂ スライムっていうのは、このなんかぷよぷよしているやつのこと だろう。 というかおばちゃんは、あの鎧がオーガだって気づいてたのか。 ﹁あ、ここが今日一泊する宿屋だよ﹂ そう言いながら、ひとつの宿屋の前でおばちゃんが止まる。 なんでも今日はここに泊まって、明日からはお城に部屋を用意さ れているらしい。 因みにどうしてこの宿屋なのかというと、今までおばちゃんが泊 まった中で、料理が特に美味しかったからだそうだ。 ﹁じゃあ、行くよ﹂ 588 俺たちは、おばちゃんに先導されながら、宿屋の扉を開けた。 589 ︳︶m やはり子供でも魔族。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 590 やはり子供でも魔族。 ﹁じゃああたしはここに泊まっているから、何かあったら来な﹂ ﹁分かりました。じゃあ、行ってきます﹂ 魔族の国へと来てから、一晩を過ごし、俺たちは今宿屋の一階に ある食堂にいた。 御者を務めてくれていたおばちゃんが、俺たちを見送ってくれて いるのだ。 ﹁またねーっ!﹂ そして、リリィもあいさつをすませたので、俺はリリィと二人、 城へ向けて出発した。 ﹁はぁ、なんかこんな感じで前も城を見上げた気がするなぁ⋮⋮﹂ ﹁んー?﹂ 宿屋を出るあたりから、どうにも都にいた時と同じ行動をしてい るような感じがする。 前に都で城を見たときも、その大きさに驚いたものだ。 591 ﹁これって一応、リリィが住んでたところなんだよな⋮⋮?﹂ ﹁そだよーっ?﹂ あ、因みに今城の前にいるのだが、リリィには顔を隠せるような 子供用のコートを着てもらっている。 城にいるときにリリィのことがバレたら、元も子もないのだ。 ﹁えっと、じゃあ入ろうか﹂ 俺は、少し先に見える門番を見ながら、リリィにそう言った。 ﹁あの、使者として来たんですけど⋮⋮﹂ 俺は、門番にそう言いながら、書類を見せる。 ﹁あ、使者の方ですか。伺っておりますのでどうぞ﹂ 特に何かきかれたりすることもなく、俺たちは城へと入ることに 成功した。 中に入ると、都の時と同じくメイドさんたちがいる。 ﹁ようこそおいでくださいました、⋮⋮その﹂ ﹁あ、すみません。アネストです。よろしくお願いします﹂ 592 今のメイドさんの少しの間は恐らく俺の名前がわからなかったか らだろうと思い、俺は慌てて自己紹介をする。 ﹁アネスト様ですね、こちらこそよろしくお願い致します﹂ そのメイドさんを皮切りに、少し後ろに控えていたメイドさんた ちも、お願い致します、と俺に言ってきた。 ﹁それで、大変恐縮なのですが、ただ今、魔王様がお出かけにな られていまして、恐らく帰ってこられるのが、今日の夜か、明日の 朝になってしまうと思われます。ですので申し訳ありませんがアネ スト様方には、城の一室を用意させていただきましたので、そちら でお休みになってもらうことになります﹂ ﹁わ、分かりました﹂ 俺が会いたいのは、アウラたちを間違えて連れて行ってしまった 魔族の姫、確かパルフェ何とか、に会いたいのだけれど、ここは大 人しく部屋に行っておこう。 もしかしたら、その間に隙を見つけて、城を回れるかもしれない し⋮⋮。 そして、俺はメイドさんに連れられて、顔を隠したままのリリィ と手をつなぎながら部屋に向かった。 593 ﹁こちらになります﹂ そういってメイドさんに連れてこられたのは、さっきまでいたと ころから、少しだけ歩いた所にある、一室だった。 そこは、俺とリリィの二人で休むには少しばかり大きいような、 そんな部屋だった。 ﹁では、何か御用がありましたらお呼びください﹂ メイドさんはそう言い残すと、俺がお礼をする間もなく、仕事に 戻っていった。 ﹁ねぇー、これもうぬいでいいー?﹂ メイドさんが部屋から出て行ってから少しして、リリィが顔を隠 すために着ていたコートを脱いでいいか、と聞いてきた。 ﹁んー、どうだろう﹂ もしいきなりメイドさんが部屋にやって来たときに困るかもしれ ない。 ﹁これ、あついーっ!﹂ だが、そんな俺の心配をよそに、リリィは着ていたコートを脱ぐ と、ベッドの上に投げ出してしまった。 594 ﹁はぁ、仕方ない、か⋮⋮﹂ まぁ俺が足音なんかを聞いておけば、大丈夫かな。 俺は、部屋の中で楽しそうにはしゃいでいるリリィを見ながら、 耳をすませた。 ﹁度々申し訳ありません。実は魔王様が帰られるのが、二日後と なってしまいました。ですので明日も一日お暇かとは思いますが、 ご容赦ください﹂ その日の夕食を持ってきてくれたメイドさんが、俺にそう教えて くれた。 因みにリリィにはきちんとコートを着せているから安心だ。 ﹁そうですか、分かりました﹂ 俺としては正直そっちの方が好都合だ。 その分、一日中城の中を探せるからな。時間に余裕ができた。 本当に申し訳ありません、と再び頭を下げてくるメイドさんには 悪いけど、俺は一人隠れてほくそ笑んだ。 595 ﹁ネストー、もうねちゃうのぉーっ!?﹂ 食事をとってから、俺はそうそうにベッドに潜り込んだ。 するとそれをすかさず、リリィが聞いてきた。 ﹁あ、あぁ。ちょっと早いけど寝ようかなぁ、なんて⋮⋮﹂ 明日に備えて、少しでも万全の体制でのぞみたい。 そのために今日は早く寝ようとしていたのだが⋮⋮ ﹁だめだよー!!﹂ そんなことをリリィが許してくれるわけにもなく、無理やり布団 を奪われてしまった。 やはり子供でも魔族。 腕相撲で俺がかなわなかったその力に俺が耐えられるわけもなか った。 ﹁ネストはリリィといっしょにねないとダメなのー!﹂ ﹁そんなこと言われてもな⋮⋮﹂ 俺はもう寝たいし⋮⋮。 リリィに合わせて、寝る時間を遅くしてしまったら、明日万が一 ってこともある。 596 ﹁じ、じゃあ、リリィも一緒に俺のベッドで寝るか?﹂ 起死回生の一手を狙って、俺がそう言う。 ﹁ホントーっ!?﹂ すると、凄まじい勢いでリリィが食いついてきた。 ﹁さいきん、アウラおねえちゃんがネストといっしょにねたらダ メだっていってたからがまんしてたのーっ!﹂ ﹁へ、へぇ、そうなのか⋮⋮﹂ きっと俺が変態と噂されたあたりからだろう。 けど今回はそれが逆に功をそうしてくれたので、運が良かった。 ﹁じ、じゃあ、寝ようか﹂ ﹁うんっ!﹂ 元気にうなずくリリィの腰に手をやり、俺は二人でベッドに横に なった︱︱。 597 リリィを押し倒した。︵前書き︶ ブクマ評価感謝しておりますm︵︳ ︳︶m 598 リリィを押し倒した。 ﹁⋮⋮んぁ⋮⋮ぁ⋮⋮もう、朝か⋮⋮﹂ 俺は、窓から入ってくる光に、目を細めながら重たい身体をおこ した。 ﹁⋮⋮んぅ⋮⋮?﹂ 俺のとなりにいるリリィは、未だに眠たそうにしている。 ﹁ほら、リリィ朝だぞ﹂ その小さな身体を軽く揺さぶりながら、耳元で囁く。 ﹁⋮⋮んっ⋮⋮もぅ、くすぐったいよぉ⋮⋮﹂ すると、リリィは眠たそうにしながらも、どうにか身体を起こし てくれた。 そこで俺はリリィに向かい合う。 今日はいろいろとしなければいけないことを、リリィに伝えるた めだ。 ﹁えっとな、今日は一日特に用事もないんだけど、俺はここでア ウラたちを探さないといけないんだ﹂ 599 ﹁うん?﹂ 俺の言葉に、寝起きでよく頭が働いていないのか、リリィが首を かしげる。 だけど俺は気にしないで続ける。 ﹁だから今日は俺は城の中を回るんだけど、最初のうちは俺が一 人で探す。そして、それでよく分からなかった時は、リリィにも手 伝ってもらおうと思ってる﹂ 本当は最初から城の中をリリィに案内してもらったほうが良いの かもしれないが、できるだけリリィが見つかる危険性をなくすため に、初めのうちは、俺が一人で探す方がいいかなと思ったのだ。 ﹁わあったー﹂ どこか呂律が回っていないような口調だったけど、きちんとリリ ィは理解したのか、片手を真上にあげながら、俺に了解の意を伝え てきた。 よし、じゃあリリィの確認もとれたことだし、早速城の中の探索 に出かけようかな︱︱ ﹃トントン﹄ ︱︱と思った矢先、部屋の扉がたたかれた。 ﹁っ!?﹂ 600 俺は咄嗟に扉の方へと視線を向けた。 おそらくリリィと話していたために、昨日のように部屋に近づい てくる足音に気付けなかったのだろう。 慌ててリリィに着せなければいけないコートを探すが、無情にも コートはベッドから意外に離れているテーブルの上にたたんでおか れていた。 ここからでは、扉を叩いた人が、扉を開けるまでには間に合わな い。 ﹁失礼します﹂ そう思った次の瞬間、昨日に何度か聞いたメイドさんの声が聞こ えてきた。 ﹁ど、どうしよう⋮⋮っ!?﹂ 今のメイドさんの言葉では、もう既に部屋の中に入ろうとしてい るのが分かる。 ﹁っ!!﹂ 、、、、、 俺は咄嗟にベッドに座っているリリィを押し倒した。 ﹁おはようございます、アネスト様方﹂ 次の瞬間、部屋に入ってきたメイドさんから、挨拶をうける。 601 ﹁あ、お、おはようございます﹂ 顔は見えていないはずだが、恐らく身体の大きさなんかから、小 さい子だと分かるリリィを押し倒している俺を見て、メイドさんは 今なにを思っているんだろうか⋮⋮。 あまり感情を表にださない性格なのかもしれないが、メイドさん の顔を伺ってみてもその本心を知ることは出来ない。 ﹁朝食の準備が出来ましたが、こちらにお持ちしましょうか?﹂ ﹁あ、はい。お願いします⋮⋮﹂ 淡々と、用件だけを述べるメイドさんに、俺はただ頷くことしか できなかった。 ﹁はぁ、やっぱり美味しかったな﹂ 朝食も食べ終わり、俺たちは今、向かい合いながら椅子に座って いる。 既に食べ終わった食器なんかは、メイドさんが片付けてくれて、 今ではテーブルには汚れ一つない綺麗な状態にされていた。 ﹁えっと、じゃあ少しアウラたちを探してくるから、ちゃんとそ のコートで顔を見られないようにしとくんだぞ?﹂ ﹁わかったーっ!﹂ 602 俺は、リリィのその言葉に、若干不安を覚えながらも、用意され た部屋からゆっくりと出た。 ﹁⋮⋮誰も、いないよな⋮⋮?﹂ 部屋を出てから、辺りを見回してみるが、その長い廊下に誰かい るような気配はない。 ﹁⋮⋮よし、じゃあ最初はこっち、かな⋮⋮?﹂ もちろんどこにいるかなんて分からないので、手当たり次第探す 必要がある。 ひとまずは部屋にやってきたときとは逆方向へと行くことにした。 ﹁よし、じゃあいっちょやりますか⋮⋮!﹂ 俺は、見えるだけでもかなりの量のある扉の数を思いながら、そ う意気込んだ。 ﹁⋮⋮見つからない。ホント見つからない﹂ 探し始めてからしばらく、俺はいくら探しても見つからない現状 に、だんだんと危機感を覚え始めていた。 与えられた期限は、恐らく今日一日。 603 ⋮⋮一回部屋に戻って、リリィと探すか? もしかしたらそっちの方がアウラたちを見つけられる可能性も高 いかもしれない。 ﹃⋮⋮ょね⋮⋮﹄ ﹃⋮⋮ぁ⋮⋮です⋮⋮﹄ ﹁ッ!?﹂ 俺が部屋に戻るか迷っているとき、ふと耳に聞き覚えのある声が 聞こえてきた気がした。 俺は声のした方へと全力で走る。 ﹃へぇ⋮⋮﹄ ﹃すごい⋮⋮﹄ だんだんとその声が大きくなってきた感じがする。 そして、その声はある一室の中から聞こえているようだった。 ﹁⋮⋮﹂ 中からは、アウラとトルエの声と、あと誰かの声がしている。 604 エスイックは大丈夫だと言っていたけど、今になって、もしかし たら二人がひどいことでもされているのではないかと、心配になっ てきた。 ﹁⋮⋮っ﹂ 俺は、緊張とともに、部屋の扉を開け放った。 ﹁⋮⋮ってあれ?﹂ 部屋の中には、アウラとトルエ、あと誰か良く分からない奴の三 人がいた。 下着姿で︱︱︱。 605 ︳︶m 知らない天井︵前書き︶ ブクマ評価感謝m︵︳ すこし視点が変わります アウラ視点はあと一話で終わらせられると思います。 606 知らない天井 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 私は今、エスイックに招待されたパーティにやってきていた。 私たちが会場についたときには、既にそこにはたくさんの招待客 がやってきており、会場に入った瞬間、私は何人もの男性に囲まれ てしまう。 そのせいでネストとも引き離されてしまった。 ﹁俺は︱︱﹂ いろんな方向から、それぞれ自己紹介されるが、正直全く頭に入 ってこない。 私はそんな中、ひとりイライラが募っていた。 まず、もともと私はイラついていのだ。 どうしてかという、それはネストのせい。 私とリリィとトルエがそれぞれドレスに着替えたとき、一番最初 に私にネストは﹁似合っている﹂と言ってくれた。 そう言われたときは、誰にも言わなかったけど、褒められたこと が嬉しくて、頬が緩むのをこらえるのに必死だった。 607 私の次にネストが褒めたのはリリィで、なんと私には言わなかっ たくせに、リリィには﹁可愛い﹂と言ったのだ! しかも抱きつきながら、というのも頂けない。 最終的に、ネストに﹁可愛い﹂と言われなかったのは、私だけだ った。 そんな訳で私は今、絶賛イラつき中なのだ。 しかし、そんなにいつまでもイラついているワケにはいかない。 もうすぐ皆のお楽しみの踊りの時間があるのだ。 男性と女性が二人一組になって、抱き合いながら踊るソレは、意 中の相手にアピールできる絶好の機会。 私もさっきは、何人もの人に誘われたが、丁重にお断りさせても らった。 私が踊るのは、もう決まっているからだ。 私が踊るのはそう、きっとそんな踊りの暗黙の了解さえも知らな いような、私のご主人様︱︱︱ ︱︱︱ネスト、ただひとり。 ﹁⋮⋮っていないじゃない!!﹂ 608 そう思って探していた矢先、既にそこにはネストは居なかった。 ﹁もう、ネストのバカ⋮⋮﹂ 私のそのつぶやきに返事してくれるのは、誰もいない。 それからは、特に誰かと踊る気にもなれず、ただひとりで、会場 の隅っこのほうで、軽く食事をとっていた。 ﹁あら、トルエじゃない﹂ ﹁あ、アウラさん、こんなとこにいたんですね﹂ ふとその途中でトルエを見つけてからは、二人で一緒に行動した。 なんでもトルエの方も、いろいろと大変だったらしい。 ほんと、ネストも含めて男ってやつは、なんでこうアレなのかし ら⋮⋮。 私は人知れず、ため息を零した。 ﹃ネェネェ、ココカラリリィサマノニオイガスルヨ?﹄ ﹃ホントダ﹄ その二つの声が聞こえてきたのは、いつだっただろうか。 609 確か、踊りの時間がそろそろ佳境に近づいてきたころだったと思 う。 ﹁⋮⋮?﹂ どこか拙い喋り方の声が、聞こえてきた。 辺りを見回すと、トルエも同じことが聞こえたのか、私と目が合 うと﹁今のって⋮⋮?﹂と首をかしげている。 ⋮⋮本当になんだったのだろうか。 ﹃アハハ、ボクタチノスガタガミエナイナンテ、ヤッパリボクタ チハカクレルノガウマインダ﹄ ﹃アハハ、ソウダネ。アト、タブンコノフタリカラリリィサマノ ニオイガシテルヨ?﹄ ﹃ホントダネ、ドウシヨウカ﹄ ﹃ドッチガホンモノカナ?﹄ その声は次第に大きくなって、いつの間にか、かなり近づいてき ているような気がした。 でも、何を言っているのかは、話し方が変だからか良く分からな い。 ﹃ンーワカンナイヤ、モウイッソノコトフタリトモマトメテツレ 610 テイコウヨ﹄ ﹃ダイジョウブカナ?アトデオコラレタリシナイカナ?﹄ ﹃イイヨイイヨ、パルフェクトサマダッテヨロコンデクレルヨ﹄ ﹃ソウダネ、ソウシヨウ﹄ 最後に聞こえたその声は、私たちのすぐ近くで聞こえた。 トルエは怖いとは言わないけど、私にくっついてきている。 正直私だって怖いが、ネストがいない今、トルエをしっかり守っ てあげなければいけない。 ﹁⋮⋮﹂ しかし、そんな私の思いとは裏腹に、それからは一向に声は聞こ えなくなった。 ﹁えっと、もう、大丈夫かな⋮⋮?﹂ トルエが、私の服を握り締めながらそう呟いてくる。 ﹁そうね、多分、大丈夫⋮⋮ッッ!!??﹂ 大丈夫、と言った直後、目の前に黒の塊のようなものが現れた。 ﹁ッ!?﹂ そして私たちは、抵抗することもできずに、ただその中へと引き 611 ずり込まれた。 ﹁⋮⋮ん⋮⋮?﹂ どれくらいの時間が経ったのだろうか。 何かに引きずりこまれた私の目が覚めると、そこには知らない天 井が広がっていた︱︱︱。 612 す、素晴らしいのじゃ︵前書き︶ ブクマ評価感謝しております。 次からはネスト視点に戻ります。 613 す、素晴らしいのじゃ ﹁えっと、ここは⋮⋮?﹂ 私は今自分がどこにいるのか分からず、ひとまず身の回りを確認 してみる。 すると、どうやら自分がどこかの部屋に寝かされていたことがわ かった。 べつに何か特別なモノがあるわけでもない、一般的な部屋だ。 ﹁⋮⋮ぅぅ⋮⋮﹂ ﹁っ!?﹂ いきなり自分のとなりから声が聞こえてきたかと思ったら、とな りにはトルエが寝かされていた。 そういえばパーティー会場で何かに飲み込まれたときにトルエは 私の近くにいたのだから、一緒にこうなってしまったのも仕方ない だろう。 それにしても、どうして私たちはここに連れてこられたのだろう か⋮⋮。 そうやって連れてこられる理由が自分自身にないとは言えない。 614 元々私は、そういう立場だったのだ。だからこういう事態が起こ る可能性が、微かにあったのかもしれない。 ⋮⋮まぁ、もしかしたら別の理由があったのかもしれないけど。 ﹃コンコン﹄ そんな感じで色々と考えている時に、ふと扉が叩かれる音がした。 私は咄嗟に扉の向こうにいる相手に身構える。 ﹃失礼するのじゃ﹄ 扉の向こうから聞こえてきた声は、古風な喋り方に反して、透き 通るような綺麗な声だった。 そして、開かれた扉から入ってきたのは、やはり綺麗な女の人が 入ってきた。 ﹁っ、目を覚ましておられたか⋮⋮﹂ その女の人は、私が起きているとは思っていなかったらしく、私 が自分を見ているのに気がつき驚いている。 ⋮⋮だから、扉を叩いたあと、こちらが反応する前に入ってきた のだろう。 ﹁えっと、ここは⋮⋮?﹂ 私はそんな女の人の様子に、敵意を感じることがなかったので、 615 敵かもしれないという不安はありながらも、今私がいる場所を聞い てみた。 ﹁⋮⋮ここは、魔族の国にある魔王城じゃ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂ 今、自分の聞き間違いでないとするならば、魔王城という言葉が 聞こえたのだが⋮⋮。 ﹁えっと、どういうこと⋮⋮?﹂ 私は思わず、目を見開きながら聞き返してしまった。 ﹁そ、その⋮⋮﹂ すると、とたんに女の人が狼狽え始める。 それにどこか、私から目をそらそうとしている気がする。 ﹁あのー?﹂ 私はよくその行動の意味がわからず、声をかける。 ﹁す、す、すまんのじゃぁぁあああっっ!!﹂ 次の瞬間、部屋の中に女の人の大きな声が響き渡った。 聞こえてきたのは、どうしてか私に謝罪してくる声。 616 ﹁えっと、どういうこと?﹂ さっきと同じで、その言葉の意味が分からなかった。 ﹁じ、実はその、間違いだったのじゃ!妾の使い魔が、お主らを 妾の妹だと勘違いしたらしく、ここまで連れてきてしまったらしく ての⋮⋮﹂ ﹁は、はぁ⋮⋮﹂ それはなんというか、運が悪い。 自分の運の悪さに、思わず相手を責める気もなくなってしまう。 ﹁ま、まぁ間違いは誰にでもあるし、仕方ないわよね⋮⋮﹂ ﹁そう言ってくれるとありがたいのじゃ⋮⋮﹂ 女の人の方も、色々と大変だったのか、どこかきつそうにしてい る。 ﹁それにしても、どうして私たちが間違われたのかしら﹂ 何か間違われるような理由があったから、ここまで連れてこられ たのだろうし、それが何だったのかも気になっていた。 ﹁実は、お主らから妾の妹の匂いがした、ということだったのじ ゃが⋮⋮﹂ ﹁妹さんの匂い?﹂ 617 匂いが似てたのか、或いは本当に私たちに、妹さんの匂いがつい ていたのかしら。 パーティー会場にはたくさんの人がきていたし、もしかしたらそ の中に妹さんが紛れ込んでいたのかもしれない。 ﹁⋮⋮リリィ、という名前なのじゃがなぁ⋮⋮﹂ ﹁っっ!?﹂ 私は、その、女の人の口から告げられた、妹さんの名前に、動揺 しているのが、顔に出ないようにするのに必死だった。 自分でもどうしてそんなにしているのか分からなかいれど、どう してか、ここで自分がリリィのことをしっていることを言わない方 が良いと思ったのだ。 ﹁み、見つかると、いいですね⋮⋮﹂ 本当は知っているのに知らないフリをするのは難しかったけれど、 うまくごまかせたと思う。 ﹁そうじゃのう﹂ 女の人も、私の言葉に何度も頷いていた︱︱。 それからは、しばらく特に何か問題でもなく、時間を重ねていっ 618 た。 今頃は、ネストも心配してくれているだろうか⋮⋮。 そんなことを思いながら、部屋の窓から外を眺めていると、部屋 にパルフェクトがやってきた。 あの後、私たちのためにいろいろと便宜を図ってくれた彼女と、 仲良くなり、今ではトルエも含めた三人で遊んだりする仲にまでな った。 今日は皆で考えた遊びをすることになっている。 いろいろなことで勝負して、負けた人が罰として、一枚一枚、自 分の服を脱いでいくのだ。 一人の女として、こんな遊びはどうなのか、ということも確かに ないことはないが、パルフェクトがどうしてもしたい、ということ で、今回こうしてやることになった。 それから私たちは本当に色々な勝負をした。 計算に始まり、くすぐりあいなんかもした。 結果として意外にもそれぞれ皆善戦し、平等に下着姿にまでなっ ていた。 ﹁⋮⋮す、素晴らしいのじゃ⋮⋮!!﹂ パルフェクトがなにやら呟きながら、鼻血を流しているのには驚 619 きだが、なんだかんだ言って、意外にも楽しかった。 だけど、ちょっと喉も乾いたし、少し休憩しようかなとおもい、 何気なく後ろを振り返るとそこには︱︱︱ ︱︱︱口をあんぐりと開けたネストが立っていた。 620 ︳︶m 扉をそっと閉めた。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 621 扉をそっと閉めた。 扉を開けたら、そこにはアウラとトルエ、そしてあと一人の女の 人が、下着姿で部屋の中にいた。 ﹁⋮⋮っ!?﹂ しかも、俺が呆然とその光景を眺めていると、唐突にこちらを振 り向いてきたアウラと目が合ってしまった。 俺は慌てて部屋の外に出て、音がたたないように扉をそっと閉め た。 ﹁⋮⋮﹂ 今のは一体なんだったのだろうか⋮⋮。 アウラたちの声がすると思って扉を開けてみれば、中にいたのは 下着姿の三人。 そのうちひとりはどういう訳か鼻血も流しているようだった。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ その事実に、張り詰めていた緊張が一気に解れ、俺は思わずため 息をこぼさずには居られなかった。 622 しかし、下着姿を見られたアウラが、悲鳴をあげたりしなくて助 かった。 普段だったらきっと俺が弁解する間もなく悲鳴をあげるだろうし、 もしかしたらアウラはアウラで何かを察してくれたのかもしれない。 ﹃ガチャ﹄ ﹁っ﹂ そんな風に、俺がいろいろ考えていると部屋の扉がいきなり開い たので思わず身構えてしまう。 ﹁⋮⋮ってアウラか﹂ 部屋の中から出てきたのは、先ほど俺に気付いたアウラだった。 ﹁⋮⋮どうしてネストがここに?﹂ 部屋の扉を閉めたアウラが、小声で俺に聞いてくる。 ﹁えっと、人間の国からの使者ってことで、アウラたちを迎えに 来たんだけど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮あ、そういうことね。てっきり一人で来ちゃったのかと思 ったじゃない﹂ アウラは得心がいったという顔で頷く。 ﹁それにしても、どうしてこんなところに一人でいるの?﹂ 623 アウラがいうこんなところとは、今いる廊下のことだろう。 ﹁あー、実はな⋮⋮﹂ 俺は、ここに来るまでに至った理由を簡単にアウラに教えてやる。 ﹁へぇ、そういうことだったのね﹂ ﹁あぁ、それで探す前に一回魔王様に謁見しないといけないみた いなんだけど、その前にアウラたちを探しにきたんだ﹂ 魔王様を待っている間に一度でもアウラたちの安全を自分の目で 確認しておきたかった。 ﹁えっと、それでなんだけど⋮⋮﹂ アウラたちにはもう一つ伝えなければならないことがある。 ﹁実は、リリィのことなんだけど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮魔族、なんでしょ?﹂ ﹁え、知ってたのか﹂ そう、アウラが言うとおり、言わなければいけないもう一つのこ ととは、リリィのことである。 リリィは魔族で、そしてお姫様らしいのだ。 624 ﹁⋮⋮言うの?﹂ アウラが俺を真剣な顔で見つめてくる。 ﹁魔王様に言うつもりは、悪いけどあまりない﹂ 単なる俺のワガママだけど、俺はリリィと一緒にいたい。 ﹁今、私とトルエと一緒にいる人は、リリィの本当のお姉さんで 妹のリリィを探してるわ。私たちが連れて行かれたのは、リリィの 匂いで私たちと勘違いしたからみたい﹂ ﹁⋮⋮黙っておくのは、難しいか?﹂ さっき、少しだけ部屋の中を覗いたとき、三人は仲良さそうにし ていたのを覚えている。 もしかしたら、そんな仲の良い相手に隠し事、しかも妹のことを 黙っておくのは、辛いものがあるのかもしれない。 ﹁⋮⋮私もまだリリィと一緒にいたい。悪いことしてるってのは、 わかってるんだけど⋮⋮﹂ アウラは相手に対する罪悪感からか、下を向いているが、それで もやはり俺と同じでリリィと一緒にいたいようだ。 ﹁じゃあ、悪いけどそれで頼む⋮⋮﹂ 俺はそれだけを言い残すと、誰かに見つかる前に早々に自分の部 屋へと向かった。 625 ﹁⋮⋮はぁ﹂ ﹁どーしたのネストー?﹂ 部屋へ戻るやいなや、ベッドに倒れこんだ俺にコートを着たリリ ィが駆け寄ってくる。 ﹁い、いや、何でもない⋮⋮﹂ 俺は早々のうちに、今感じている罪悪感を少しでも忘れるように、 ベッドに潜り込んだ。 すぐ近くでリリィが奏で始めた鼻歌が耳に入る。 しかし、いくら布団に頭をおしあてても、ついさっき見たアウラ の辛そうな顔だけは、頭の中から離れることはなかった︱︱。 626 やっぱりお姫様︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 627 やっぱりお姫様 ﹁⋮⋮ぁ⋮⋮﹂ どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。 俺の目が覚めたとき、窓から見える外がまだ明るいことから、寝 始めてから少ししか経っていないことが分かった。 ﹁あ、ネスト起きたーっ!﹂ 俺が起きたことに気がついたリリィが、すぐに駆け寄ってくる。 ﹁あぁ⋮⋮﹂ 幸いにも眠っている間に、落ち込んでいた気分も少しは良くなっ てくれている気がする。 ﹁そういえば、リリィは何をしてたんだ?﹂ 少しとはいっても、俺が寝ていたのは事実だし、もしかしたらず っと暇していたかもしれない。 ﹁ん、ナイショだよーっ?﹂ 応えを待っていた俺に対し、自分の口に人差し指をもってきなが らリリィが楽しそうに教えてくれる。 628 ﹁内緒かぁ﹂ まさかそんなことを言われるとは思わなかったが、女の子は女の 子らしく、何かやっていたのかもしれないと、少々戸惑いながらも 納得する。 ﹁あ、そういえばアウラたち見つかったよ﹂ 部屋に戻ってきてからすぐにベッドに入ったので、言うのを忘れ ていたが、思い出したのでリリィに教えてあげる。 ﹁ほんとー!?よかったねっ!﹂ リリィも嬉しそうにしてくれている。 そんなリリィには悪いけど、リリィの本当のお姉さんがいたこと は、俺には言えなかった。 ﹁えっと、じゃあ用も済んで、まだ時間もたくさんあるし、遊ぶ か?﹂ ﹁うんっ!﹂ 少しでも気を紛らわせようとする俺の誘いに、リリィはなんの躊 躇いもなく頷いた。 629 ﹁はぁ、遊んだなぁ⋮⋮﹂ 遊び始めてからかなりの時間が経ち、窓から見える外は既に暗闇 に包まれていた。 さすがに遊んでいる合間に何度か休憩はとったが、大体は遊んで いたと思う。 ﹁そだねー﹂ リリィも、さすがに疲れたのか、眠そうに目を擦っている。 リリィは魔族ということもあってか、最初全然疲れる様子を見せ なかったのだが、俺が自分に回復魔法を使いながら遊んでいたら、 さすがに後半は疲れてきていた。 ⋮⋮⋮⋮因みに今、俺たちは同じベッドで横になっている。 俺の腕につつまれるような形で、一緒に横になっているリリィは 気持ちよさそうに俺に身体を預けてきてくれる。 俺のほうもリリィと遊んだおかげで、かなり気を紛らわせること ができた、と思う。 そういえば、今日の夕食を運んできてくれたメイドさんが教えて くれたのだが、俺が王様に謁見するのは明日の夕方になりそう、と いうことだった。 本当であればもっと早くの予定だったのに、遅れてしまって申し 訳ありません、と謝罪してくるメイドさんに、分かりましたと了解 630 の意を伝えると、再び申し訳ありませんと俺に謝ると部屋を出て行 った。 その時には、ちゃんとリリィにはコートを来てもらっていたので 大丈夫だ。 そこで俺は、自分の腕の中にいるリリィに目を向ける。 俺の手に触れている、その髪は触り心地もよく、それでいて綺麗 だ。 布団のなかで感じるリリィの身体の暖かさも、気持ちいい。 ⋮⋮やっぱりまだ、リリィと一緒にいたい。 俺は、微かに香るリリィの匂いを感じながら、改めてそう思った。 ﹁ネストおきてる⋮⋮?﹂ ベッドに横になってからしばらく経った時、リリィが珍しく小声 でおれに聞いてくる。 ﹁⋮⋮あぁ、起きてるよ﹂ 正直、眠ってしまう寸前、というところだったが、リリィの声が 聞こえてきたので何とか反応する。 ﹁⋮⋮まえにもきいたんだけど、ネストはおひめさまにあこがれ 631 てるんだよね⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮あぁ、憧れる、よ⋮⋮?﹂ だがやはり眠たいという気持ちには勝てず、半分寝ぼけながら応 える。 やっぱりお姫様、っていうのはやっぱりそれだけで凄いと思う。 高貴で気品があって礼儀正しく、それでいて美しい。 お姫様っていうのは、俺だけじゃなくてきっと男なら誰でも一度 は憧れるものだと思う。 ⋮⋮まぁそれでも、俺はリリィにはずっと俺の傍にいてほしい、 と思うけどな。 ﹁⋮⋮じゃあ俺は眠いから、もう、寝る、よ⋮⋮﹂ そこまで話したところで、俺はとうとう本格的に眠ることにした。 目を閉じる前に、リリィがなんだか嬉しそうな顔をしていた気が するけど、何かいいことでもあったのだあろうか。 まぁリリィが嬉しいことなら、何でもいい、か⋮⋮。 俺はそう思いながら、意識を手放した。 632 ﹁⋮⋮朝、か⋮⋮?﹂ 窓から朝の光が射し込んで、起きたばかりの俺には少々まぶしい。 だけどそこには確かな暖かさもあって、それが気持ちよかったり もするから何とも言えない。 ﹁ほらリリィ、そろそろ起き、ない、と⋮⋮﹂ 俺は、そこまで言ってようやく気がついた。 リリィが、いない︱︱︱ 633 ︳︶m よく考えてみろ。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 634 よく考えてみろ。 ﹁え、リリィ⋮⋮?ど、どこにいるんだ⋮⋮?﹂ 俺は慌ててベッドから起き上がり、部屋中を探し回った。 ベッドの下に始まり、机の下、カーテンの裏、本当に部屋のあら ゆるところを探し尽くした。 それでも、リリィは見つからなかった。 ﹁ど、どうしよう⋮⋮﹂ もしかしたら、少しだけ部屋の外に行っただけなのかもしれない。 実際リリィにとっては自分の家な訳だし⋮⋮。 もしかしたら今にでも扉の向こうから足音が聞こえてくるかもし れない。 ﹃コトンコトン﹄ そんな期待をしていると、偶然にも本当に扉の向こうから足音が 聞こえてきた。 俺は、その相手がきっとリリィだろうと思い、ほっと安心する。 そして、帰ってきたら少しは注意をするようにいった方が、いい 635 かもしれない。 ﹃コトンコトン、コトン⋮⋮﹄ 足音が、恐らく扉の前でとまった。 ﹃コンコン﹄ そして、扉の向こうにいる相手は、扉を二回ほど軽く叩いてきた。 ﹁⋮⋮?﹂ そこで少し疑問に思った。 普通に考えて、リリィがこの部屋の扉を叩く必要があるだろうか。 どう考えてもそんな必要はない。 では、今扉を叩いたのは、誰なのか。 ﹃ガチャリ﹄ まるで、その答えを俺に示すように、その扉が開かれた。 そして、扉をあけて、部屋に入ってきたのは︱︱ ︱︱メイドさんだった。 ﹁おはようございます﹂ 636 相変わらずの無表情で、俺に挨拶を告げてくる。 ﹁あ、おはようございます﹂ リリィじゃなかったことに少しがっかりしつつも、俺は挨拶を返 す。 それにしても、何か用事だろうか。 けどまだ朝食には早い気がするし、何よりメイドさんは何も持っ てきていない。 ﹁アネスト様、本日の夕方に魔王様に謁見されるご予定でしたが、 その前に魔王様の娘様、パルフェクト姫様にお会いになっていただ きます﹂ ﹁⋮⋮はぁ﹂ いやまぁ別にそれはいいのだが、急にどうしたんだろうか。 ﹁では、部屋の外で待っていますので、準備ができたら一声お掛 けください﹂ メイドさんはそう言うと、一度部屋を出て行った。 ガチャリ、と閉められた扉の音が嫌に部屋の中に響く。 ﹁⋮⋮リリィはどうしよう﹂ 俺が魔族の姫様と会っているときに、帰ってきて俺がいないこと 637 に慌てたりしないだろうか。 他にもあれこれと心配事があるが、それより今は早く服を着替え ないといけない。 部屋の外でメイドさんが待っているので、あまりに時間をかけす ぎると迷惑になってしまう。 都から持ってきていた使者としての正装に慌てて着替える。 ﹁⋮⋮よしっ、と。あのー、準備できましたー﹂ きちんと鏡の前でおかしいところがないかを確認し、俺は部屋の 外にいるはずのメイドさんに声をかける。 ﹁分かりました、では部屋を用意してありますので向かいましょ うか﹂ メイドさんが扉を開けながら、俺にそう告げ、自分は俺を先導す るために前を歩き始めた。 ﹁⋮⋮﹂ 互いに無言のまま、俺はただメイドさんの後ろをついていく。 そして少し、その状態が続いた後、メイドさんはすこし大きな扉 の前でその脚を止めた。 ﹁ここです﹂ 638 メイドさんが淡々とその扉を示しながら、俺にその部屋に入るよ うに告げる。 ﹁えっと、失礼します?﹂ やはり、こういうことにあまり慣れていないので、自分でもこれ からどうしたらいいのか分からない。 ひとまず、メイドさんに言われたとおりに、ゆっくりと扉をあけ て、部屋の中へと入る。 ﹁うむ、その椅子にでも座ってくれればいいのじゃ﹂ ﹁あ、はい﹂ 部屋の中には、昨日アウラたちを探している時に見た鼻血を流し ていた女の人がいた。 美人なんだけど、鼻血を流していた衝撃が強すぎて、つい女の人 の鼻を見つめてしまいそうになるのを、ぐっとこらえる。 俺は、女の人に与えられた椅子に座ると、女の人と向かい合った。 ﹁まず、知っているかもしれんが妾の名前はパルフェクトじゃ﹂ ﹁あ、俺、いや、自分はアネストって言います。よろしく、お願 いします﹂ 噛みそうになるのを、どうにか言い切れた俺は、ほっと胸をなで おろした。 639 ﹁えっと、それで自分ってどうしてここに⋮⋮?﹂ 元々俺は、パルフェクト姫様に会う予定はなく、最初から魔王様 に会う予定だったのだ。 呼ばれたからには何か用件があるはずだ。 ﹁うむ、お主に一つ聞きたいことがあってな﹂ ﹁聞きたいこと、ですか⋮⋮?﹂ 俺は今までパルフェクト姫様と会うような機会はなかったはずだ し、聞きたいこととは、一体なんのことだろう。 別にパルフェクト姫様との関係も何のつながりもない。 ﹁お主︱︱﹂ そんなことを考えていると、パルフェクト姫様が口を開いた。 、、、、、、、、、 、、 そこで俺はひとつのことに気がついた。 、、、、、、、、 別にパルフェクト姫様との関係も何もない、だって︱︱? 馬鹿言うな。 よく考えてみろ。 俺とパルフェクト姫様の間につながることが一つだけ、たった一 640 つだけあるじゃないか︱︱。 ﹁リリィを匿っておったな?﹂ そうそれは、紛れもなくリリィのことだ︱︱︱︱。 641 ︳︶m 俺の勝手な思い込み︵前書き︶ ブクマ評価感謝m︵︳ 642 俺の勝手な思い込み 俺とパルフェクト姫様に共通してつながっていること、それはリ リィだ。 ﹁お主、リリィを匿っておったな?﹂ 案の定というべきか、パルフェクト姫様はやはりそのことを俺に 聞いてきた。 冷や汗が頬を伝っているのが分かる。 ﹁⋮⋮リリィは今どこに?﹂ おそらく既にリリィは魔族側にいるだろうが、聞かずにはいられ ない。 ﹁もちろんこちらで身柄を預からせてもらっておる﹂ ﹁⋮⋮﹂ パルフェクト姫様から、半ば想定していた通りの応えが返ってき て、俺は何も言えなくなってしまう。 ﹁お主は妾たちがリリィを探していたのをしっておったな⋮⋮?﹂ パルフェクト姫様が俺を睨みつけながら、そう聞いてくる。 643 ﹁⋮⋮﹂ リリィが探されているのはもちろん知っていたし、それでもリリ ィと一緒にいたいがために、俺は必死になってリリィが見つからな いようにしていた。 だから、パルフェクト姫様の言ったことは間違っていないどころ か、その通りだ。 図星をつかれた俺に残されたことと言えば、ただ、押し黙ること だけだった。 ﹁それに、お主は色々とリリィにあのダサいコートまで着せてい たらしいの﹂ ﹁⋮⋮﹂ いや、それは今言うことなのか?とも思ったけど、口を挟める雰 囲気でもなく、俺はただ黙り続けている。 ﹁他にも︱︱﹂ それからしばらく、パルフェクト様から色々なことを言われた。 その間も俺は一度も口を開いていない。 ﹁︱︱まぁこんなものかの﹂ 644 ﹁⋮⋮﹂ やっと解放されると思い、表には出さないが、内ではホッとして いた。 ﹁して、お主はアウラやトルエの主、と聞いたが、本当か?﹂ 終わったと思っていたら、パルフェクト姫様が唐突に俺にそう聞 いてくる。 ﹁は、はい。そうですけど⋮⋮﹂ すると、俺の応えを聞いたパルフェクト姫様が明らかに落胆した ような顔になった。 ﹁⋮⋮はぁ、どうしてあのような優美なものたちがお主のような ものに仕えんといけないのであろうか﹂ ﹁す、すみません⋮⋮﹂ 俺はため息をつくパルフェクト姫様に、どうしていいか分からず ひとまず謝る。 そこで、俺はどうして今回リリィのことがバレたのかが気になっ た。 ﹁因みに、リリィのことを教えてくれたのは、アウラたちではな いぞ﹂ ﹁⋮⋮え⋮⋮?﹂ 645 俺はパルフェクト姫様の意外な一言に思わず驚く。 てっきりアウラが我慢できずに言ってしまったのかと思っていた のだが、それじゃあ一体誰がバラしたのだろうか。 ﹁リリィのことを教えてくれたのは︱︱ ︱︱リリィ自身じゃ﹂ ﹁︱︱は?﹂ リリィ自身が、リリィのことをバラしたとは、どういうことだ⋮ ⋮? ﹁リリィ自身がここに仕えているメイドに、自分の正体を明かし たのじゃ﹂ ﹁な、なんでそんなこと⋮⋮﹂ 俺はただ、リリィのためだと思っていたのに⋮⋮。 ﹁そんなこと妾には分からんが、おおかたリリィの気持ちでも聞 いていなかったんじゃないのではないか?﹂ パルフェクト姫様が俺を嘲るように、そう言ってくる。 ﹁リリィの、気持ち⋮⋮?﹂ 一体何を言っているんだ。 646 リリィの気持ちなんてとっくの昔に聞いて︱︱︱︱︱︱︱ない⋮ ⋮? ﹁ぇ、お、俺⋮⋮﹂ 俺がリリィ自身の気持ちを聞いたことなんて、あったか⋮⋮? 俺としては、ただリリィと一緒に過ごしたい。 もちろんリリィも、俺と同じ気持ちでいてくれているはずだと、 思っていた。 けど、一体誰が、いつ、そんなことをいったんだ⋮⋮? 全部、全部俺の勝手な思い込みだったんじゃないのか⋮⋮? いや、リリィ自身が自分の意思で魔族側に帰っていった、という ことは、もうそういうことなのか⋮⋮。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は、ようやくそのことに気付き、ただ呆然とする。 ﹁はっ、どうやら図星だったようじゃのう﹂ ﹁⋮⋮﹂ パルフェクト姫様は、俺の沈黙から、自分の言ったことがその通 りだとわかったらしく、再び俺を嘲り始めた。 647 しかし、実際その通りであって、俺は言い訳をする気にもなれず、 ただ自分の足元を見ていただけだった。 ﹁はぁ、お主のような奴は父上にあう価値もないの﹂ ずっと黙っている俺に飽きたのか、パルフェクト姫様は呆れたよ うな声でため息をつく。 ﹁お主が曲がりなりにも正式な使者として来ておらんければ、ア ウラたちを返す必要もなかっただろうにのぅ⋮⋮﹂ パルフェクト姫様が心底残念そうにいうのを見計らってか、ちょ うどその時扉が開かれたかと思うと、メイドさんが部屋に置いてあ った、俺の荷物を持って部屋の中へと入ってきた。 ﹁これでお主の荷物全てじゃ。今すぐにでもこの城から出て行け。 父上には私から謁見は中止になったと伝えておく。最後にアウラた ちには既に城の外でお主を待つように伝えておる﹂ 早口でそうまくし立てると、パルフェクト姫様はメイドさんを連 れて部屋から出て行ってしまった。 部屋の中を静寂が支配する。 ﹁⋮⋮くそ⋮⋮っ⋮⋮﹂ 自分の情けなさに、その頑丈な床をなぐりつける。 痛みなんてないはずなのに、どこか殴った場所がヒリヒリとして 648 いる気がして、俺は思わず目の奥あたりが熱くなった︱︱。 649 ︳︶m 愛の前では関係ありません︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 650 愛の前では関係ありません ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は今、ただ一人でその長い廊下を歩いている。 重たい荷物を片手に歩く廊下は、前に通った時よりも、長く、そ して暗いような気がした。 ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 一体これで何回ため息を吐いただろうか。 別に最初から数えていた訳ではないが、それでも両手で数えられ る程度ではないはずだ。 けど、今ため息を吐かないで、じゃあいつため息を吐けばいいの だろうか、という話でもある。 ﹁俺のせい、だよな⋮⋮﹂ 誰がどう見ても、俺が勝手にリリィの気持ちを決め付けていたた めに、結局はこういう事態になってしまっている。 もし、俺がもうちょっとリリィに気を配りながら行動していたら、 今がもっと素晴らしいものになっていた可能性だってあったはずだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 651 やはり俺は、ため息を吐かずには居られなかった︱︱。 ﹃⋮⋮わいいっ?⋮⋮﹄ 俺が未だに廊下を歩いていると、唐突にそんな声が聞こえてきた。 聞き間違えるはずもない、これはリリィの声だ。 ﹁⋮⋮﹂ 俺はゆっくりと、声がした方へと歩き出す。 ﹃⋮⋮えねえ、これかわいいーっ?⋮⋮﹄ ﹃はい、可愛いですよリリィ様﹄ 聞こえてくる声から察するに、どうやら服か何かを着ているのだ ろう。 ﹁⋮⋮﹂ 俺はとうとう、リリィがいるだろう部屋の前にまでやって来た。 ﹃ふふふーっ!﹄ 部屋から聞こえてくる声は、かなり鮮明になり、今ではほとんど 全て聞こえるようにまでなっている。 652 ﹁⋮⋮﹂ 俺は最期に一度だけでも、リリィに会って、そしてリリィに謝り たくて、その扉に手を掛けた。 ﹁⋮⋮﹂ ⋮⋮でも、今更あったところで、一体俺に何ができるというのだ ろうか。 リリィは、自分の意思で魔族側に帰っていったのだ。 それなのに最後に会いたいとか、謝りたいとか、そんなの唯の自 己満足じゃないか。 今回だって、俺の勝手な行動のせいで、皆に迷惑をかけたのに、 またそれを繰り返すっていうのか⋮⋮? ﹁⋮⋮いい加減、それくらい学べよ⋮⋮﹂ 俺は自嘲的に、そう小声で呟くと、後ろ髪をひかれるような心地 がしながらも、再び城の出口へと向かい始めた。 ﹁⋮⋮迷った﹂ リリィの声が聞こえる方へと、行ったりしていたせいか、俺は今 道に迷っていた。 653 ﹁アネスト様﹂ これはどうしたものかと悩んでいると、ふと後ろから声をかけら れた。 誰かと思い振り返ってみるとそこにはメイドさんが立っている。 ﹁アネスト様、こちらでございます﹂ ﹁⋮⋮あ、すみません﹂ どうやらメイドさんは道に迷った俺を、出口まで連れて行ってく れるようだ。 ﹁⋮⋮﹂ やはりというべきか、俺とメイドさんの間は沈黙で支配されてい る。 元々俺は、メイドさんからしてみれば、自分の主の娘を匿ってい た張本人なのだから、俺とは話などしたいはずがない。 今案内してくれているのも、一刻も早く俺を城から追い出したい からなのだろう。 ﹁⋮⋮アネスト様は、リリィ様をどうなさるおつもりだったので すか⋮⋮?﹂ そんな風に俺が考えていたとき、いきなりメイドさんが俺に聞い 654 てきた。 ﹁え、えっと、どうとは一体⋮⋮?﹂ てっきり話しかけてくることもないだろうと思っていた俺は、メ イドさんのいきなりの質問に俺は驚いてしまい、意味もわからなか ったので思わず聞き返す。 ﹁ですので、リリィ様を匿い通せたら、具体的にどうするおつも りだったのですか?ということです﹂ ﹁⋮⋮﹂ リリィを匿い通せたら、どうしていたか。 俺はメイドさんのその質問に、応えられずにいた。 そこでようやく俺はリリィを匿い通せたとき、リリィと具体的に 何がしたかったのか、自分でもよくわかっていなかったことに気が ついたのだ。 リリィと一緒に生活する、と応えようとも思っていたが、それで はあまりにも漠然としすぎているだろう。 ﹁結婚、とかですか?﹂ ﹁⋮⋮は、はぁっ!?﹂ 俺が無言で応えを考えていると、メイドさんはいきなりとんでも ないことをいってきた。 655 ﹁け、結婚ってまだリリィは子供ですよ!?﹂ 俺は、思わず声の大きさを落とすこともわすれて、叫んでしまう。 ﹁そんなの愛の前では関係ありません﹂ だがしかし、メイドさんは俺の言葉をあっさりと切り捨てる。 ﹁⋮⋮うぅ⋮⋮﹂ 冗談でそんなことを言っているのかは分からないが、俺にはそう いうのは無理だと言うことがわかった。 ﹁結婚でないならば、一体何を目的に匿ってなさっていたのです か?﹂ しかし、メイドさんはその質問をやめてくれることはなく、再び 俺に聞いてきた。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は、必死に考えた。 どうしてリリィを匿っていたのか。 どうしてリリィと一緒にいたかったのか。 そして、どうしてリリィの気持ちさえ聞くのを忘れ、自分勝手な 行動をとってしまったのか。 656 ﹁⋮⋮わかりません﹂ しばらく経ってから、俺はようやくメイドさんの質問に応えた。 ﹁⋮⋮そうですか﹂ 俺の応えに、どこか落胆してしまったような声色で、メイドさん は言う。 ﹁⋮⋮はい、すみませんが俺には、どうして俺があそこまでして リリィを匿っていたのか、具体的なことはわかりません﹂ ﹁それはもう聞きま︱︱﹂ ﹁それでも、どこか漠然としてしまっていても良いと言ってくれ るなら、俺がリリィを匿っていたわけは︱︱︱︱︱︱﹂ 繰り返し同じことを言う俺に、少し面倒そうにメイドさんが告げ る言葉を遮り、自分自身の本当の応えを言う。 ﹁︱︱︱リリィを手放したくなかったからです﹂ きっと、これがリリィを匿っていた、本当の理由。 657 きっと俺は泣いてしまう。︵前書き︶ ブクマ評価感謝しております。 658 きっと俺は泣いてしまう。 ︱︱︱リリィを手放したくなかったから。 俺がリリィを匿っていたのは、きっとこれが理由だと思う。 ﹁⋮⋮﹂ メイドさんは俺の言葉を黙って聞いていた。 その無表情からは、メイドさんが一体何を考えているのかは見当 がつかない。 ﹁⋮⋮まぁ、もう無理な話なんですけどね⋮⋮﹂ そうだ、今更そんなことを言ったって、既にリリィは俺の下から 離れてしまっている。 そして俺はというと、ちょうど今魔王城を出ようとしている真っ 最中なのだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺が変に自嘲的な感じを出してしまったせいで、俺たちの間を再 び沈黙が支配してしまう。 ﹁あ、あれって、玄関、ですよね?﹂ 659 そんな気まずい状態の時、幸いにも視線の奥の方に、玄関だと思 われる場所を見つけることが出来た。 ﹁⋮⋮はい、あちらが玄関になっております﹂ やはり、どこか不機嫌とまではいかないまでも、なにかそういう あまり機嫌がいいようには見えない。 ちらちらと、メイドさんを伺うも、やはりよく分からなかった。 ﹁えっと、案内してくれてありがとうございました﹂ とうとう玄関の扉の前までやってきた俺は、となりにいるメイド さんに向かってお礼をいう。 ﹁いえ、仕事ですので気にしないでください﹂ お礼をいう俺に対し、メイドさんは淡々とそう告げる。 というかやっぱり、仕事だからここまで案内してくれていたらし い。 案内してもらっている時に、少々変な話題も出てきたりしたけど、 まぁそれは魔王城での数少ない良い方の思い出としてとっておけば いいだろう。 ﹁アウラ様方は外でお待ちになっておられると思われますので﹂ 俺が扉に手を掛けたとき、メイドさんが教えてくれる。 660 ﹁⋮⋮じゃあ、さようなら﹂ 多分これからはもう会うこともないだろうメイドさんに別れの言 葉を告げながら、俺は今からアウラたちにどんな顔をすればいいの か、多少の憂いを含みながら扉を開け、魔王城から出た。 ﹁⋮⋮﹂ 一歩、魔王城から出ると、来るときには感じなかった肌寒さを感 じることが出来た。 ﹁えっと⋮⋮﹂ メイドさんの言うとおり、アウラたちは玄関の外で俺を待ってく れている。 二人とも俺と同じで少し肌寒いのか、軽く身を寄せ合っていた。 ﹁⋮⋮﹂ 何か言わなければいけないと思いながらも、逆にこの状況でなに を言えば良いのかも分からず、結局俺は何も言うことが出来ないで いる。 ﹁⋮⋮リリィ、は⋮⋮?﹂ アウラが、いつもなら有り得ないような、か細い声で俺に聞いて くる。 661 ﹁⋮⋮﹂ その問に対し、俺は今しがた出てきたばかりの、魔王城に視線を 向けることしかできない。 ﹁⋮⋮﹂ それだけでアウラたちも察してくれたのか、それ以上は聞いてこ ようとはしなかった。 ﹁⋮⋮じゃあ、行こうか⋮⋮﹂ しばらくの間、俺たちは魔王城の玄関を出たあたりで、ただ立ち 続けていた。 しかし何時までもそうしている訳にもいかないので、俺は必要最 低限の言葉をいうだけで、アウラたちを先導することにした。 既に俺の中で、目的地は決まっているが、それをアウラたちには 言っていない。 今はできるだけ、しゃべりたくなかったからだ。 それでもアウラたちは何も言わず、俺についてきてくれている。 ﹁⋮⋮﹂ 662 魔王城からしばらく歩くと、次第に街の人が多くなってきた。 そこには都と同じように、たくさんのお店があり、そして数多く の品を売り買いしている人たちがいる。 普段であれば、楽しそうに見えるソレだが、今となってはその賑 わいでさえも、俺には耳障りの一つにしか感じられなくなってしま った。 肩がぶつかりそうになる人がいるならば、思わず睨んでしまいそ うになる。 使い魔のモンスターが足元にいるならば、思わず蹴り上げてしま いそうになる。 ﹁⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ 俺は無言で後ろを歩いていたアウラたちの手を強く握り締めた。 握った瞬間、二人の身体がビクッと揺れるが、俺は決してその手 を離さなかった。 人ごみの中で、決してその手を、二人を手放さないように︱︱。 663 ﹁ご主人様、少し痛いです⋮⋮﹂ ﹁あっ、ごめん⋮⋮﹂ いつの間にか、強く握り締めすぎていたようで、俺はすぐに手を 離す。 ﹁ヒール﹂ そしてすぐさま、トルエの手に回復魔法をかける。 ﹁ごめん、気が回らなくて⋮⋮﹂ やっぱり、リリィが居なくなってしまったことで、俺は動揺して しまっているのかもしれない。 今だってまた、トルエたちに悪いことをしてしまった。 いきなり手を繋いだりして気持ち悪いとか思われていたりしたら、 きっと俺は泣いてしまう。 ﹁⋮⋮あ、着いた﹂ そんなこんなしていると、俺たちは目的の場所の目の前までやっ て来ていた。 ﹁⋮⋮ここ、ですか?﹂ トルエが戸惑いがちに俺に聞いてくる。 664 ﹁⋮⋮あぁ、都に帰るときのために、ここで待ってくれている人 がいるんだ﹂ そう、今俺たちは、御者のおばちゃんが待っているはずの、宿屋 の前にまでやって来ていた。 665 ︳︶m しないといけないこと︵前書き︶ ブクマ評価感謝m︵︳ 666 しないといけないこと 俺たちは、御者のおばちゃんが待っているはずの宿屋の前にまで やって来ていた。 ﹁えっと、じゃあ入ろうか﹂ 何時までも宿屋の前にたっていても迷惑にしかならないだろうし、 俺は二人を連れて、早速宿屋のなかに入ることにした。 ﹁いらっしゃい!﹂ 宿屋に入ると、中から威勢のよい声が聞こえてくる。 そしてさらにはたくさんの喧騒が聞こえる。 ﹁食事か宿泊、どっちにする?﹂ 宿屋のおばちゃんが後ろで食事をとっている人達を見ながら俺に そう聞いてくる。 ﹁えっと、あ、いた﹂ 俺は御者のおばちゃんが食堂にいるのを見つけたので、宿屋のお ばちゃんには食事でよろしくお願いします、と頼むとアウラたちの 手を引きながら、御者のおばちゃんの下へと向かった。 ﹁こんな昼間からこんなに飲んで大丈夫なんですか⋮⋮?﹂ 667 俺たちがおばちゃんのところへとついたとき、まず酒のひどい匂 いに顔を歪めた。 おばちゃんが座っている机を見ると、そこには何本もの酒瓶が転 がっており、おばちゃんもかなり酔っているようだった。 ﹁あんだーい⋮⋮っ⋮⋮?﹂ 俺の声が聞こえているかも怪しく、俺たちはひとまず同じ机に座 る。 ﹁えっと、都に帰るのは何時くらいなら大丈夫ですかー?﹂ おばちゃんにも聞こえるように、俺はおばちゃんの耳元で大きな 声で聞いてみた。 ﹁あぁっ?あにいってんだい!!まだ飲むにきみゃってんだろぉ ぅ!?﹂ ﹁えぇ⋮⋮?﹂ おばちゃんはそう叫ぶと、再び酒瓶に入っている残りの酒を飲み 始める。 俺はてっきり、すぐにおばちゃんの御者のもとで都にまで帰るこ とができると思っていたので、どうするか悩まなければいけなくな った。 ﹁だいたいあんた、新しい子はちゅれてかえってきたみたいだけ 668 ど、あのかわうぃい子は一体どうしちゃんだい?﹂ 俺が頭を悩ませていると、ふとおばちゃんがそう聞いてきた。 その質問にアウラとトルエは顔を暗くし、俺も応えに詰まってし まう。 ﹁⋮⋮どうしたんだい⋮⋮?﹂ おばちゃんの方もその微妙な空気を察したのか、酔っぱらいの顔 から真剣な顔になった。 ﹁い、いや実はリリィは魔族のお姫様で、魔王城に帰っちゃいま した⋮⋮﹂ 俺は落ち込んでいたせいもあってか、隠すことも忘れておばちゃ んに教える。 ﹁⋮⋮﹂ 俺の一言でその場はなんとも言えない雰囲気に包まれてしまった。 真剣な顔をしていたおばちゃんも眉を潜めている。 ﹁⋮⋮あんたはそれを止めたのかい⋮⋮?﹂ おばちゃんが低い声で俺に聞く。 その声には若干の怒りをも含んでいるように感じれた。 ﹁実は、リリィが魔族だってことは都にいるときからわかってま 669 した﹂ 国王様にそのことを言われたときは疑ったこと。 そしてリリィ本人からそのことを聞いたときは驚いたこと。 そしてそれが分かったときには、リリィを魔族側から匿おうと思 ったこと。 でも結局は、リリィ自ら魔王城へと帰っていってしまったこと。 ﹁そして俺は、リリィを匿っていたという理由で、魔王様に謁見 する前にこうやって返されたんです。一応アウラたちは無事だった んですけど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 俺は結局おばちゃんにここまで来るに至った出来事をほとんど話 した。 ﹁そういう訳で、ここにリリィはいません⋮⋮﹂ 最後辺りは俺も自分の足元に視線をやっていた。 そうしないと、俺の情けない顔を見られてしまうと思ったからだ。 知らぬ間に、俺は自分の拳を強く握りしめていた。 既にその拳からは、自分の血がにじみ出ているのが分かる。 670 ﹁⋮⋮それで?﹂ そのとき、おばちゃんがそんなことを言ってきた。 俺は思わず下げていた視線を再びおばちゃんに向けた。 ﹁それで、というのは?﹂ 俺はおばちゃんの言いたいことが分からず聞き返す。 ﹁だから、それであんたはどうするのかを聞いてるんだ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ どうするも何も、もう都に帰るしかないじゃないか。 こんなことを聞くなんて、やっぱりまだ酔っ払っているのか⋮⋮? ﹁⋮⋮もしかして、このまま帰る、なんて言わないだろうねぇ⋮ ⋮?﹂ ﹁⋮⋮え﹂ 他になにかすることがあるのか? ⋮⋮買い物? ⋮⋮酒? ﹁えっと、俺は何をすれば⋮⋮?﹂ 671 結局分からずに、俺は直接おばちゃんに話をきくことにした。 ﹁そうだねぇ。あんたが今、しないといけないことは︱︱︱﹂ そこでおばちゃんは答えをもったいぶって、ニヤリと笑みを浮か べる。 ﹁早く教えてくださいよ﹂ 俺はいつまでもその先をいわないおばちゃんにしびれを切らし、 早く教えるよう急かす。 そして、ついにおばちゃんはその口を、開いた。 ﹁︱︱︱酒を飲むことだよ﹂ 672 お酒をください︵前書き︶ ブクマ評価感謝です 673 お酒をください ﹁さ、酒ですか⋮⋮?﹂ 俺は御者のおばちゃんの一言に、かなり驚かされていた。 いや、確かに酒を思いつかなかったわけではないけれど、それは 冗談であって本気でそんなことを考えていたわけではない。 ﹁酒だ⋮⋮っ!﹂ おばちゃんはそう言い切ると同時に、その手を力強く机に振り下 ろした。 ﹁っ!?﹂ 俺たちを含む、食堂にいた人たちが一体何事かとこちらを振り向 くが、こういったことには慣れているのか、すぐに自分たちの談笑 を再開させている。 ﹁いいかい、ここの酒は最高なんだよ。これを飲まずして帰れる かってもんだ!﹂ そう力説するおばちゃんの頬は若干朱に染まっている。 どうやらやはり、お酒に酔ってしまっているようだ。 ﹁ほら、あんたたちも飲みな!﹂ 674 ﹁いやいや、トルエはまだ子供なんでっ!﹂ 俺はアウラたちにお酒を飲ませようと迫るおばちゃんをなんとか 止め、アウラたちには先に部屋をとっておくように言い、その場か ら離れさせる。 二人が離れていく姿に、どこか残念そうな顔を浮かべるおばちゃ ん。 ﹁なら、あんたは飲むよね?﹂ しかし、それもつかの間。 おばちゃんは今度は俺に狙いを定めてきて、酒をすすめてくる。 断ろうとも思ったけど、初めて飲むお酒というものに確かに興味 がないわけでもなかったし、落ち込んでいる気分を紛らわせるのに もいいかな、と思い俺はそのすすめ通り、お酒を飲んでみることに した。 ﹁⋮⋮う⋮⋮﹂ とは思ってみても、やはり目の前に置かれた大きな酒瓶を目の当 たりにすると、やはり気後れしてしまうのは仕方ない。 おばちゃん曰く、これぐらいは子供でも飲める、ということらし いけど、本当だろうか。 匂いからするに結構きつそうで、量も半端ではない。 675 だがしかし、既に飲もうと決めた手前、俺はひと思いに酒瓶ごと 酒をあおった。 ﹁⋮⋮うっ⋮⋮﹂ 一気に飲んだので、一体どれほどの量を飲んだのか分からないが、 それでも口に含んだ瞬間、物凄い衝撃を受けた。 こ、これが、お酒⋮⋮。 初めて飲むソレは、喉に絡みついて、それなのにどんどんと身体 の中に染み渡っていってしまうような、そんな感じがした。 ﹁⋮⋮ぅぷ﹂ やはり少し一気飲みしすぎたのか、地味にきつい。 それでも俺は、お酒を飲むのをやめようとは思わなかった。 飲み続けたら、この心にひっかかっている何か、気持ちの悪いよ うな、何か気分を落としてしまうようなソレを、忘れさせてくれる と思ったから。 それからどれくらいお酒をのんでいたのだろうか。 676 飲んだ酒瓶の数を数えようと、机の上を見てみる。 ﹁⋮⋮あれ⋮⋮?﹂ これは、何本なんだっけ? 四本⋮⋮? いや、五本⋮⋮? どういうわけか、酒瓶が何本か数えられない。 一体どうしたんだろうか。 酒瓶が自分から動くなんて、おもしろいことも起こるものなんだ なぁ⋮⋮。 ﹁あんたも結構飲んだんだねぇ!﹂ ﹁⋮⋮うぅ、はい﹂ そんなことを考えていた俺に、おばちゃんが声を掛けてきた。 ﹁美味しいだろこの酒﹂ ﹁ひゃい、すごいおいしいです﹂ そこで俺は、もう一本の酒瓶を飲もうと手を伸ばすが、その酒瓶 はおばちゃんに奪われてしまった。 677 ﹁⋮⋮なにするんですかぁ﹂ 俺はおばちゃんに非難の目を向けながらそう呟く。 せっかく人が飲もうとしたお酒を奪うなんてひどいことをするも のだ。 ﹁まぁまぁちょっと話をするのもいいものだよ﹂ ﹁⋮⋮仕方ないでしゅね﹂ さっきからどうしてか、舌がよく回っていない気もするけど、ま ぁ今はいいや。 ﹁それで、なんのはなしを?﹂ ﹁ほらそんな急がせるもんじゃないよ﹂ おばちゃんは俺に諭すようにそう言ってくる。 ﹁⋮⋮じゃあお酒をください﹂ 俺は早くお酒が飲みたいんだ。 こんなことに付き合っている暇なんかない。 ﹁はぁ、しかたないねぇ⋮⋮﹂ おばちゃんは軽くため息をつくと、俺の前の椅子に陣取り、こち らに顔を向けてきた。 678 ﹁⋮⋮あんた、リリィって娘のこと、どうするつもりなんだい?﹂ ﹁⋮⋮どうするっちぇ言われても⋮⋮﹂ 実際どうしようもないし⋮⋮。 リリィだって俺に来られても迷惑だろうし⋮⋮。 ﹁⋮⋮じゃあ、聞き方をかえようか﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 聞き方を、変える? おばちゃんは何を言っているんだ? というか、さっきからおばちゃんが三人に見えるけど何かしてる のかな。 まぁ今はそんなことよりも続きを聞かないと。 ﹁あんたはリリィって娘のこと︱︱﹂ ﹁おれは?﹂ 俺はおばちゃんの次の一言を待った。 一体何を聞かれるのだろう、と。 679 、、、、、、、、 ﹁︱︱︱どうしたいんだい?﹂ おばちゃんは、俺の顔を見つめながら、確かにそう聞いてきた。 680 手放したくなんか、ない︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 681 手放したくなんか、ない ﹃あんたはリリィって娘のこと︱︱︱どうしたいんだい?﹄ おばちゃんが真剣な顔で、そう聞いてきた。 ﹁⋮⋮リリィを、リリィをてばなしたくない﹂ お酒のせいか舌がよくまわらない。 けれどその応えは、特に考えたわけでもなく、口から勝手に溢れ てきた。 それは、魔王城を出るときに、メイドさんに言ったことと同じ、 具体性を持たない、漠然とした応えだった。 ﹁⋮⋮それだけかい?﹂ だがしかし、おばちゃんはそれでは納得してくれていない。 その様子を見て、俺はメイドさんの時には思いつかなかった、何 かを探してみる。 ﹁⋮⋮料理が、したい﹂ ふと耳に入ってきた、聞きなれた声。 682 俺が聞き間違えるはずもないその声は、どう聞いても、自分自身 の声、だった。 もちろんそんなことを言おうとしていたわけじゃない。 今だってずっと考え続けているのだ。 ﹁⋮⋮買い物に、行きたい﹂ なのに、その声は止まらない。 ﹁手をつなぎたい﹂ ﹁頭を撫でてあげたい﹂ ﹁皆で一緒に遊びたい﹂ ﹁一緒に寝たい﹂ ﹁抱きつかれたい﹂ まるでその声に自由意思があるかのように、どんどんと、とめど なく溢れ続けている。 ﹁そして︱︱﹂ そこでようやく、俺の言葉が一度だけ途切れた。 しかし俺は、すぐに自分の口がまた開いていくのを実感できた。 683 ﹁︱︱︱手放したくなんか、ない﹂ 最後に口からこぼれ落ちてきたのは、最初と同じ言葉。 そこまで言い終わると、俺の言葉は今までのことがウソだったか のように黙り込んでしまった。 ﹁⋮⋮﹂ 恐る恐るおばちゃんの方を見ると、少しニヤリとしたように見え たのだが、次の瞬間には再び俺に向けてきたのは、真剣な目だった。 ﹁そんなにたくさんあるなら、どうして魔王城なんかに置いてき たんだい?﹂ そしてその次には、俺を責めるかのような口調で言ってくる。 ﹁本当はあんたにとってのその娘が大した意味を持っていなかっ たってことじゃないのかい?﹂ ﹁ふッ︱︱ッざけんなッッッ!!!!﹂ 気がつけば俺は、おばちゃんがその言葉を言い終わるやいなや、 おばちゃんに怒鳴りつけていた。 けどわざわざそれを止めようとも思わない。 言ったらいけないことを、言ったんだ。 、、 ﹁リリィは俺にとって、大事な、大事な家族だったんだッ!!﹂ 684 周りからの視線が集まってくるが、そんなの知るもんか。 俺は今、苛ついているんだ。 ﹁ならなんでそんな簡単に諦め切れるんだい?﹂ けどおばちゃんは、そんな俺の怒声に間髪いれずにそう言ってく る。 ︱︱やっぱりおばちゃんはわかってない。 ﹁︱︱だって、諦めるしかないじゃんかよッッ!!俺だってリリ ィを連れて帰りたかったよ!?でも、無理なんだッ!!リリィが、 リリィ自身が!魔王城に帰ったんだから、仕方ないじゃんッ!?﹂ そうだ。 俺だってもっと頑張りたかったよッ! でも、リリィ本人がそうしたいって言うなら、俺はどうしたらい いんだよ⋮⋮っ!! ﹁それが︱︱どうしたッ!!﹂ 俺が再び悔しさに苛まれていると、今度はおばちゃんが俺に怒鳴 りだした。 ﹁男なら︱︱︱︱︱無理やりにでも女を手に入れてみせなッッ! !﹂ 685 ﹁む、無理やりに⋮⋮?﹂ 俺はおばちゃんの言葉に今までの威勢を削ぎ落とされる。 ﹁あぁっ!!男なら、駆け落ちまがいのことでもやってみせてか らグダグダ言えっ!!﹂ ﹁⋮⋮﹂ でもそんなことをしたら、ここまで連れてきてくれたエスイック にも迷惑がかかってしまうかもしれない。 しかしどうやらおばちゃんの言葉をそこまででは無かったようで、 また口を開いた。 ﹁それにあんたはまだ魔王様とあっていないんだろう!?それな ら一度は﹃お義父さん、娘さんを僕にくださいッ!!﹄ぐらい言っ てみろ!!﹂ ﹁ど、どうやって!?﹂ 確かにそれならもしかしたら可能性があるかもしれない。 魔王様がどんな人かは分からないけれど、リリィを手放さなくて 済むなら俺は、挑戦してみたい。 俺は思わず、どうしたらいいかおばちゃんに聞き返していた。 ﹁︱︱本気でやるんだね?﹂ 686 おばちゃんは俺を試すかのように、聞いてくる。 ﹁やる﹂ その質問に、俺はすぐに肯定の意を示した。 ﹁じゃあどうやって魔王様に会うかだけど﹂ ﹁はい﹂ 俺たちは一度ちゃんと椅子に座り直して、転がっている酒瓶なん かをきちんと片付け、本題に入った。 ﹁あんたが手伝ってほしい、っていうなら手伝ってやるけど、や っぱり誠意を示すためには一人で行った方がいいだろうけどねぇ⋮ ⋮﹂ ﹁一人、ですか⋮⋮﹂ 正直不安しか浮かんでこない。 ﹁まぁでもさすがにそれは無理だろうとも思ってる﹂ おばちゃんは少しため息をつくと、何やら考え出した。 俺はその間、机にきちんと並べられた空きの酒瓶を眺めている。 ﹃︱︱︱というのはどうだろうか?﹄ 687 ふと、エスイックのそんな一言が頭によぎった。 ﹁⋮⋮うぅ⋮⋮ん﹂ 俺のまえで、一生懸命に俺が魔王様のところまでたどり着く方法 を考えてくれているおばちゃんに顔を向ける。 ﹁⋮⋮俺、やっぱり一人で行くよ﹂ ﹁なっ!?﹂ まさかそんなことを言い出すとは思わなかったのか、おばちゃん は驚いたような顔をこちらに向けるが、俺の顔を見たらどこか安心 したように軽く笑った。 一体俺がどんな顔をしているのかは分からないが、人の顔を見て 笑うとは失礼だな。 まぁそれも仕方ないのかもしれない。 だって俺は今、とんでもない悪巧みを思いついた顔をしているだろ うから。 どこか、いつもならしないような気もするけど、まぁそれは気の せいか何かだろう。 ﹁⋮⋮何か秘策でもあるんだろう?﹂ おばちゃんがそんな俺に聞いてきた。 688 もちろんそんなの︱︱ ﹁︱︱︱あるに決まってるじゃないか﹂ それも、とびっきりの奴が。 そう、﹃漆黒の救世主﹄様が︱︱︱︱︱︱。 689 ︳︶m 今から会いにいく︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 690 今から会いにいく ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺は今一人、暗闇の中をゆっくりと歩いていた。 おばちゃんと飲んでいる間に、いつの間にか夜になってしまって いたらしい。 俺は、宿屋でおばちゃんとの話が終わったあと、すぐに自分の荷 物の中からエスイックにもらった黒マントを準備した。 不思議そうにそれを眺めるおばちゃんに一言二言だけを残して、 今は魔王城へと向かっているのだ。 ﹁⋮⋮﹂ 人がいる気配はなく、暗闇の中にいるのは俺ひとりだけである。 俺はそっと、自分が着ている黒マントを見下ろした。 ﹁⋮⋮いや、ありえない﹂ この黒マントが格好良く見えるなんて、きっとお酒に酔っている からだと信じたい。 因みに既に酔いを覚ますために回復魔法を使ったのだが、きっと 珍しく効果がなかったんだと思う。 691 じゃなければ、この黒マントが格好いいなんて、思うはずもない。 ﹁⋮⋮まぁ確かに暗闇の中じゃ行動しやすいけど﹂ そこだけは認めてもいいと思う。 俺が以前使っていた黒マントは、質が悪かったのか暗いところで もどうしても少しだけ色が目立った。 けどエスイックからもらった奴は、やはり高級品。 端から端までが漆黒の一色で染められ、唯一の別の色といえば、 名前のところにある刺繍ぐらいだろう。 これならば、この暗闇の中じゃ目立つことなく行動することがで き、恥ずかしい思いもしなくていいはずだ。 俺はそのことをほくそ笑むと、再びゆっくりと歩き出したのだっ た。 ﹁えっと、こっちだよな⋮⋮?﹂ 俺は道に迷わないようにしながら、ある一つのことを考えていた。 それは、どうやってリリィを城の外に連れ出すか、だ。 692 もちろん城の中に入るまでならば、俺だったら特に難しいことじ ゃないはず。 これは嘘でもなんでもなく、ただ俺の回復魔法のおかげだ。 それで、入ったまでは良いものの、そのあとをどうするかが問題 なのだ。 さっきはお酒に酔っていたせいもあってか、特に考えることもな く、おばちゃんの手助けを断ったが、正直どうすればいいか分から ない。 ﹁⋮⋮うーん﹂ いい案が浮かばずに、思わずうなってしまう。 だけど、そんなことをしても良い案が浮かぶわけでもない。 もちろん最終手段としてならば、おばちゃんが言っていた通り、 無理やりにでも連れて行くというのが必要になってくるのかもしれ ないが、それだとほかの人に迷惑がかかってしまうかもしれない。 もし、リリィを連れ出したのが俺だとバレたら、その被害はエス イックだけにとどまらず、きっと魔族と人間の関係にも影響が出て しまう可能性が高い。 おばちゃんはあんなことを言っていたけど、それはきっと俺と同 じでお酒に酔っていたんだろう。 ﹁やっぱり、一回戻っておばちゃんに手伝ってもらうか⋮⋮?﹂ 693 けど、一度手助けはいらないと行ってしまった手前、やはり少し 恥ずかしいモノがある。 ﹃魔王様が帰られるのが、二日後となってしまいました﹄ あれこれと考えている内に、そういえばメイドさんがこんなこと を言っていたことを思い出した。 確か、これを言われたのが今日の二日前。 それなら、もしかしたら既に魔王様はこちらへと帰ってきている かもしれない。 そして、おばちゃん曰くこういうときは言うことが決まっている らしい。 もし魔王様が寛容なひとで、リリィを連れて行くことを許してく れたなら、皆にも迷惑をかけずに済みそうだ。 俺はその可能性にかけ、ふたたび魔王城へと歩き出した。 視界の奥の方に、だんだんと魔王城が近づいてきているのが窺う ことができた。 出て行く時は落胆の雰囲気に呑まれ、澱んでしまっていたソレも、 今の微かに流れ出す希望に、幾分かマシになったように思える。 694 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺は、どんどんと近づいてくる魔王城を前に、軽く息を吐く。 どこか緊張しているような自分を少しでも落ち着けるために。 ﹁⋮⋮まぁ、厳しいよな﹂ いきなりそんなことをやってみて上手くいく訳もなく、やはりど こか緊張してしまっている。 そんな俺とは真逆に、辺りには誰もおらず、ただ肌寒い夜風だけ が、枯れ木の枝を揺らしていた。 ﹁あ、これは必要ない、よな⋮⋮?﹂ 俺は黒マントの中から、普段愛用しているナイフを取り出す。 今から会いにいくのは、魔王様で、そしてリリィのお父さんだ。 少しでも誠意を見せるためには、武器なんて持っていったらダメ だ。 それだけじゃなくて、魔王城を警備している人も傷つけたら印象 が悪くなってしまう。 つまり、俺がしないといけないことは、武器を持たず、警備を傷 つけることなく、リリィのお父さんのところまで到達する。この三 つだ。 695 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺がそこらにいる一般人であるならば、今からやろうとしている ことは、無謀というほかない所業だろう。 けど、俺にはほかの人にはない特別なモノがある。 どんなに深い傷を受けても、すぐに癒してしまう、そんな回復魔 法が︱︱。 だからリリィのお父さんがいるところまでは、ただ走り続ければ いいだけ、というわけである。 ﹁⋮⋮﹂ いつの間にか玄関の前にまでやってきていた俺は、そんなことを 考える。 因みにどういうわけか、門番などはおらず、特に苦労することも なく玄関の前にまでやってこれた。 ﹁⋮⋮大丈夫だ。だって俺は今から﹃アネスト﹄じゃないんだか ら﹂ 俺は小声でそう呟く。 続きはあえて、口には出さない。 そのほうが俺の中に残ってくれるような、そんな気がしたから。 696 だから、心の中で呟く。 今から俺は︱︱︱ ︱︱︱﹃漆黒の救世主﹄だ、と。 697 私の勘違いだったようです。︵前書き︶ ブクマ評価感謝します。 698 私の勘違いだったようです。 ﹁⋮⋮﹂ 俺はできるだけ音をたてないようにして扉をあけると、ついに魔 王城への侵入に成功した。 ﹁⋮⋮だれも、いない?﹂ 中に入ってみると、そこにはどういう訳か誰もいない。 しかし、それならば俺にとっては逆に好都合だ。 俺は早速魔王様がいるはずの部屋を見つけるために、魔王城の中 を探索することにした。 ﹁⋮⋮はぁっ、はぁっ⋮⋮ヒールっ⋮⋮!﹂ 魔王様を探すの意外と楽かも、とか思ってた時期が俺にもありま した。 俺は今、何人もの警備と思わしき魔族に追いかけられていた。 ある者は自分の足で走り、またある者は背中に生えている翼でそ 699 の体を浮かしながら俺を追いかけてきている。 必死に逃げながらも、俺はひたすら魔王様の部屋っぽいところを 探していた。 ﹁そこの賊、止まれッッ!!﹂ 後ろからは怒鳴り声が聞こえ、さらに何やら武器のようなものを 俺に投げつけてくる。 言わずもがな、既に漆黒だった黒マントには、数箇所の穴があき、 そこには暗い赤色の血が滲んでいる。 怪我をしたら回復をする。 俺は、後ろから追いかけてくる魔族たちに追いつかれないよう、 ただ無心にヒールをかけながら走り続けたのだった。 ﹁⋮⋮はぁ、撒いたか⋮⋮?﹂ 俺は回復魔法で息を整えながら、誰もいなくなった後ろの方を振 り返ってみる。 回復魔法を使い、ひたすら走った甲斐あってか、俺の視線の先に は長く続いている廊下があるだけだ。 しかし魔族側に見つかってしまったのも事実。 700 きっと今頃は魔王城全体に俺の情報が行き渡っているかもしれな い。 ということは、やはり一刻も早く魔王様を見つけなければいけな いといわけだ。 ﹁⋮⋮でも、やっぱり見つからん﹂ 回復魔法を使いながら走り続け、かつ魔王様の部屋っぽいところ は探しているのだが、どこにあるのも平凡そうな扉ばかりで、中々 それっぽい部屋を見つけることができない。 ﹁⋮⋮ん?﹂ ふと変わらない扉がある中で、一つだけ少し装飾のされている部 屋を見つけた。 まさかこれが魔王様の部屋なはずがない、とは思いつつも、念の ために確認してみようと扉に近づく。 ﹃ガチャリ﹄ ﹁ッ!?﹂ しかし、俺が扉に手をかけようとしたその瞬間、まだ触れていな いはずの扉が部屋の中から誰かに開けられた。 俺は咄嗟に後ずさり、部屋から出てくる相手に構える。 701 ﹁あ⋮⋮﹂ 部屋から出てきたのは、俺が魔王城から出て行く時に玄関まで案 内してくれたメイドさんだった。 ﹁⋮⋮あなたは︱︱アネスト様ですか?﹂ メイドさんは俺に気がつくと、一瞬目を細めたが、すぐにいつも の無表情に戻り、あろうことか﹃漆黒の救世主﹄である俺の正体を 言い当ててしまった。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は何と言えば良いのかわからないのと、いきなり正体がバレた ことに気がつかれたことに呆気にとられ、その場で固まってしまう。 ﹁⋮⋮いえ、どうやらやはり私の勘違いだったようです。失礼し ました﹂ するとメイドさんはどういう訳か、いきなりそんなことを言うと、 軽く頭を下げた。 俺にはメイドさんがどうしてそんなことをしているのか分からず、 ただ困惑していた。 ﹁魔王様の部屋はあちらです。少し入り組んだところにあります が、行ってしまえばお分かりになると思います﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ 702 ﹃ガタン﹄ メイドさんは俺が何かを言おうとする前に、再びその部屋の中に 戻り、ご丁寧に扉まで閉めていった。 ﹁⋮⋮﹂ 今のは、どういうことだったんだろう。 多分だけどメイドさんは俺が俺だってことに気がついている。 それなのに何をするでもなく、ただ俺に魔王様の部屋の場所を教 えてくれた。 ﹁⋮⋮ありがとうございます﹂ 俺は部屋の中に聞こえるか聞こえないか、できれば聞こえていて 欲しいくらいの小さな声で、一言お礼を残し、再び魔王様の部屋を 探しはじめることにした。 探し始めたといっても、既に場所はメイドさんから教えて貰って いるので、大した苦ではない。 メイドさんの言うとおりに進むと、確かに入り組んだ場所ではあ ったものの、明らかにほかの部屋の扉とは違ったソレがあった。 ﹁⋮⋮えっと、ヒール﹂ 703 別にどこか疲れているとかではないのだが、一応、回復魔法をか けておく。 ﹁よし、じゃあ行こう⋮⋮﹂ 俺はそう決意すると、その大きな扉に手を掛ける。 扉に触れているところから、扉の冷たさが伝わってくる。 それが俺の高ぶった気持ちを、少しだけでも冷やしてくれている なら嬉しい。 ﹁⋮⋮まぁ、頑張るしか、ないよな⋮⋮﹂ そして俺は腕に力をこめ、その重たい扉をゆっくりと開け放った。 全てはリリィを連れて帰るために︱︱。 704 ︳︶m あっぱれである。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ あと、感想でご指摘を受けたので一応確認をしておきますね。 ︳︶ 自分がかるく流したので勘違いしてしまった方もいらっしゃるかも しれませんが、リリィは奴隷ではありません。 勘違いさせてしまった方々、申し訳ありませんでしたm︵︳ m 705 あっぱれである。 俺はついに魔王様がいると思われる部屋の扉を開ける。 ﹁︱︱︱え﹂ 重たい扉を開けた先は、ただ椅子が一つ置かれているだけの部屋 だった。 俺としてはもっとごちゃごちゃしているのかと思っていたのだが、 何とも驚きだ。 だがしかし、俺はもう一つ驚かされたことがある。 今、部屋に唯一置かれている椅子の上には、魔王様が座っている のだが、なんとその魔王様には見覚えがあった。 魔王様は、以前ドラゴンに襲われている俺を助けてくれた、あの おじさんだった。 ﹁︱︱良く参った。小さきものよ﹂ 部屋の中を、魔王様の低い声が響き渡る。 どうやら魔王様は俺が俺だということに気がついていないのか、 特に気にしていない様子だ。 706 ﹁⋮⋮あ、はい﹂ 思わず素で返事を返してしまう。 そこでふと、開けたままの扉が気になったので、一度閉める。 さきほど撒いた警備の魔族の方たちに気づかれないようにするた めだ。 もちろんこんなことをしてもほんの少しの時間稼ぎになるかも怪 しいのだが⋮⋮。 ﹁安心して良い。この部屋の周りには魔力の多い者以外は入るこ とができない結界をはっている。優秀な者たちではあるが、その結 界を越せるまでではない﹂ そんな俺の行動から、俺の心配を読み取ったのか、すぐにそう教 えてくれる。 しかし魔王様は前にあった時のような、優しい調子ではなく、魔 王様らしい威厳のある雰囲気を周りに放っている。 ﹁︱︱私の配下たちの警備を掻い潜りここまでやってくるとは、 敵ながらあっぱれである。だがしかし、私を警備の者たちと一緒に してもらっては困る。もしそう思っているならば早々に立ち去るが 良い。一度は見逃してやる﹂ ﹁⋮⋮ッ﹂ 俺にそう告げる魔王様は、自分の手のひらに何やら黒いモノを浮 707 かばせる。 さらに背中からは、巨大で漆黒の翼がまるで俺を威嚇しているか のように広げられている。 ﹁⋮⋮﹂ 俺はそのとき、このマントを脱ぐか脱がないかで迷っていた。 このマントを取ればきっと、魔王様は俺に気がついて話を聞いて くれるかもしれない。 でもそれ以上に、俺のことを知っている人に﹃漆黒の救世主﹄の 正体を知られたくないという気持ちが大きかった。 ﹁︱︱どうした小さき者よ。それほどまでに私との対峙を望むか﹂ そんなこんな考えているうちにも、どんどんと話は進んでいって しまう。 ﹁⋮⋮ぅぅ﹂ この際﹃漆黒の救世主﹄の正体がバレてしまうのも致し方ない。 ﹁父上ッ。ご無事ですかっ!?﹂ ﹁ごふばッッ!!??﹂ ﹃漆黒の救世主﹄の正体をバラすために、自らに身につけている 漆黒のマントを脱ごうとした、その瞬間、真後ろにあった扉がもの 708 すごい勢いで開けられた。 そうすればもちろん扉の前にいた俺は開けられた扉にぶつかって しまうわけで、そのあまりの勢いに俺は軽く宙に浮くとそのまま魔 王様の手前あたりにまで飛ばされてしまった。 ﹁⋮⋮﹂ 魔王様もまさかこんなことになるとは思っていなかったのか、呆 気にとられたように黙り込んでいる。 ﹁ひ、ヒール⋮⋮﹂ 回復魔法を唱えながら、開け放たれた扉の方へと視線を向ける。 ﹁そ、そいつが敵ですか!?﹂ するとやはりというべきか、そこにはパルフェクト姫が立ってい た。 確かに魔王様の娘であるパルフェクト姫であれば、魔王様が言っ ていた結界だって関係ないだろう。 まぁまさかこんな早くにやってくるとは思っていなかったのだが。 ﹁パルフェクト、落ち着きなさい﹂ 魔王様はやや取り乱しているパルフェクト姫を宥めようとする。 手のひらの上に浮かばせていたモノはいつのまにか消えており、 709 翼も今となってはどこかへ行ってしまっている。 ﹁⋮⋮﹂ 魔王様がパルフェクト姫を宥めているあいだに俺は足に力をこめ て立ち上がる。 ﹁︱︱︱あ﹂ しかし、俺が立ち上がった瞬間、今までの攻撃の積み重ねのせい か、なんとマントが脱げてしまった。 今現在、俺の前には魔王様、後ろにはパルフェクト姫。 その状態で俺の黒マントが脱げてしまえばどうなってしまうかな ど分かりきっている。 ﹁ん、君はたしか⋮⋮﹂ ﹁お、お主は⋮⋮っ!!﹂ やはり、魔王様には覚えられていたようで、意外そうなものを見 るような目でこちらを見ている。 そしてパルフェクト姫様のほうは、まるで嫌なものでも見たかの ように、顔をしかめている。 ﹁ん、パルフェクトも知っているのか?﹂ ﹁ち、父上こそご存知なのですか⋮⋮っ?﹂ 710 しかしそこでどちらともに面識があることを互いに驚いている。 魔王様は、俺に対して何かあったのか、というような視線を向け てくる。 ﹁⋮⋮﹂ そこで、俺のことを見るパルフェクト姫の視線が厳しいものだと いうことに気付き、僅かに目を細める。 ﹁⋮⋮何があったのか、聞こうか﹂ たったそれだけで魔王様は何かを察したのか、俺たち二人にそう 聞いてきた。 パルフェクト姫は、肩をビクッと揺らし、顔を下にむける。 ﹁⋮⋮はい﹂ 再びその場を支配し始めた、魔王様の雰囲気に、俺はただ頷くこ としかできない。 ﹁実は︱︱︱﹂ そして俺は、ここにやってくるまでに至った、いきさつを話し始 めた。 711 ︳︶m ちょっとおかしいみたいなんです︵前書き︶ ブクマ評価感謝しますm︵︳ 712 ちょっとおかしいみたいなんです ﹁つまり君がリリィを匿っていた、ということだね?﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ ﹁それをパルフェクトにバレてしまって、城を追い出されてしま った、と﹂ ﹁そうですのじゃ﹂ 魔王様からの確認に、俺たちはそのとおりだと頷く。 俺はここまでにひとまず、俺が正式な使者としてきたこと、そし てそれから城を追い出されるまでの経緯を話していた。 ﹁⋮⋮ふむ、まずアネスト君のほうだが、やはりリリィを匿って いたのはまずかったかもしれない。できれば先にそれをパルフェク トにでも伝えて欲しかったな﹂ ﹁⋮⋮﹂ あまりの正論に俺は黙るほかない。 横に立っているパルフェクト姫がドヤ顔でこちらを見ているのが 腹立つけど、それも仕方ないのだろう。 713 ﹁パルフェクトは︱︱︱論外だ﹂ ﹁え⋮⋮﹂ てっきり自分がリリィを見つけたことを褒められるとでも思って いたのか、いきなりの論外発言に目を丸くしている。 ﹁正式な使者としてきているアネスト君を、勝手に返してしまう などもってのほかだ。間違えて魔族の国に連れてきたアネスト君の 連れを返してしまえばそれで終わり、だなんてあるはずがないだろ う﹂ ﹁⋮⋮ぅ﹂ 魔王様の言葉に、パルフェクト姫が肩を縮ませる。 どうやら自分もそこまでは考えていなかったらしい。 ﹁アネスト君がこうやってもう一度城に来てくれたから良かった ものの、もしアネスト君がこのことを人間の国の王にでも伝えてい たら私たち魔族の印象が悪くなることは避けられなかっただろうな﹂ ﹁ご、ごめんなさいなのじゃ⋮⋮﹂ 確かに魔王様のいうこともごもっともなのかもしれないが、俺と しては別にそこまでするつもりはなかったのだけれど⋮⋮ ﹁⋮⋮ん、そういえばどうしてアネスト君はもう一度この城へ?﹂ そこでようやくそこに気がついたのか、魔王様がパルフェクト姫 714 に向けていた視線をこちらに向けながら質問してくる。 俺はようやくそこで、自分が言いたいことが言える、と思った。 ﹁リ、リリィを、連れて帰るためです﹂ ﹁⋮⋮リリィは自分の意思でここに残ったんじゃなかったのかい ?﹂ 俺の言葉に、魔王様は不思議そうに首をかしげながら、パルフェ クト姫に確かめる。 ﹁そ、そうですのじゃっ!﹂ すかさずパルフェクト姫が肯定する。 ﹁⋮⋮と言っているが、アネスト君はどうするつもりなんだね?﹂ 俺はその問いに思わず言葉が詰まってしまう。 ﹁⋮⋮﹂ 本当は、少しだけ強引になっても連れて帰りたい、とも言いたい のだが、そんなことを言っても無駄なだけだろう。 ﹁まぁひとまず、リリィを呼んできたほうがいいかな?﹂ そんな俺に対し魔王様がそう言ってくれた。 どうやらリリィをここに連れてきてくれるというのだ。 715 ﹁そっちのほうが、色々と話せるだろう?私も一度はリリィが本 当の気持ち、とやらをきいてみたいしね﹂ ﹁あ、ありがとうございますっ!﹂ 俺は思わず魔王様に頭を下げる。 けどこれは、リリィの本心を自分で聞いてそれから判断してみろ、 ということなのかもしれない。 それでも俺にとってはまたとない機会だ。 ﹁⋮⋮﹂ そんな中、パルフェクト姫だけが不自然に黙り込んでいる。 ﹁どうしたんだいパルフェクト?リリィを呼んできてほしいんだ けど﹂ 魔王様もそう思ったらしく、パルフェクト姫に声をかけている。 ﹁リ、リリィをなのじゃ⋮⋮?﹂ 本当にどうしたのか、何やらリリィを呼びに行きたくなさそうに していた。 ﹁ち、ちょっとリリィは今風邪なのじゃっ!﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ 716 リリィが風邪⋮⋮? ﹁あ、それ俺が治せます﹂ それならば大丈夫だ。なんたって俺は回復魔法が使えるのだから。 ﹁ほう、君は回復魔法を使えるのかね?﹂ ﹁はい、一応ですけど使えます﹂ 俺が回復魔法を使えるとは思っていなかったのか、魔王様は感心 しているようだ。 ﹁そういえば、リリィが人間の国に連れて行かれた時に何やら飲 まされてしまったらしいのだが、もしかしてそれもアネスト君が?﹂ ﹁あ、多分。はい﹂ 確かに俺が最初にリリィとあったとき、ベッドで横になっていた。 恐らくはそれのことだろう。 ﹁う、うそじゃ!人間の回復魔法は魔族には効きにくいのだから、 無理に決まっておる!﹂ そんなとき、先まで黙り込んでいたことが嘘かのように、大声を だしながらそんなことを言ってきた。 ﹁え、そうなんですか?﹂ 717 俺は全くそんなことは知らなかったのだが⋮⋮。 ﹁あぁ、確かにそうだったな﹂ 魔王様はパルフェクト姫の言葉にうなずいてしまった。 しかしそんなことを言われても俺は確かにリリィを治療している。 そこで俺は一つの理由に思い至った。 ﹁実は俺の回復魔法、ちょっとおかしいみたいなんです﹂ 多分これが原因なはずだ。 、、、、、 パルフェクト姫曰く、魔族には効きにくい、らしい。 けれどきっと俺の回復魔法がそれを上回ったために、リリィを治 療できたのだろう。 ﹁おかしい、とは⋮⋮?﹂ 魔王様が何やら期待するような目で俺を見てきている。 これは一度やってみせた方が早いだろうな、と俺は魔王様を見な がらそう思う。 だから俺は魔王様に一つ、頼み事をすることにした。 718 ﹁魔王様、俺の腕を切り落としてみてください︱︱︱﹂ 719 回復魔法ですけど、何か?︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 ︳︶m 今回少し短いのでご了承ください。 申し訳ないですm︵︳ 720 回復魔法ですけど、何か? ﹁俺の腕を切り落としてみてください﹂ 俺はそう言いながら、以前にギルドでもこんなことがあったなぁ、 と懐かしく思った。 ﹁⋮⋮ふむ、君が言うならば、それに従おう。だが切り落とすと いうよりか、消し飛ばす、という風になってしまうが良いだろうか﹂ ﹁えっ!?﹂ 魔王様は少し黙り込んだあと、俺にそう確認してくる。 隣でパルフェクト姫が驚いたような声を上げているが、気にしな い。 俺は、別に構わないと頷くと、魔王様が俺の腕を消し飛ばす、そ の瞬間を待った。 ﹁⋮⋮ッ⋮⋮!﹂ そして、魔王様が一度意気込んだかと思うと、俺の腕のあたりが 何やら黒いモノに覆われてしまう。 ﹁ッッ!?﹂ 721 一瞬後、俺の腕からは紅い血が滴り落ち、床には血溜まりができ ている。 それを見たパルフェクト姫は、その顔を青くさせる。 ﹁な、なにをしておるのじゃっ!?﹂ そして物凄いで俺に詰め寄ってくる。 ﹁⋮⋮えっと、ヒール?﹂ 何か悪いことをしたかな、と思いつつ俺はいつもと同じように回 復魔法を自分に掛けた。 ﹁⋮⋮ほう﹂ ﹁っっ!?﹂ それに対し、二人はそれぞれ違った表情を見せる。 まず魔王様はというと、俺の回復魔法により新たに生えてきた腕 を感心したように見てきている。 そしてパルフェクト姫はというと、俺の切り落とされた腕をまじ まじと見たあと、俺の新しく生えた腕に、目を見開いていた。 ﹁⋮⋮えっと、こんなもんですかね﹂ 俺はそんな二人に対し、このままにしておくわけにもいかないの でひとまず声をかける。 722 ﹁い、今のは一体なんなのじゃっ!?﹂ すると、パルフェクト姫は未だに俺の回復魔法に感心している魔 王様とは違って、俺に食って掛かってきた。 ﹁⋮⋮え、一応回復魔法ですけど、何か?﹂ ﹁なっ⋮⋮﹂ パルフェクト姫は、俺のその応えに愕然としているようだ。 ﹁これは、すごいものだな﹂ そこでようやく、魔王様が我に返ったのか、そう呟いた。 ﹁確かにこれなら魔族にでも回復魔法が効くというのは頷ける﹂ そして一人頷きながら、俺に称賛の言葉を告げてくる。 ﹁⋮⋮﹂ しかしやはりというべきか、パルフェクト姫はどこか納得のいか ないような顔をしている。 けれど俺の回復魔法を目の当たりにして、何も言えずに黙り込ん でいた。 ﹁よし、これならリリィの風邪も治してくれるだろうし、ここに 連れてきてあげなさい、パルフェクト﹂ 723 ﹁⋮⋮﹂ しかしパルフェクト姫は、そんな魔王様の言葉に再び顔を青くし たかと思うと、下を向いてしまった。 ﹁ん、パルフェクトどうしたんだい?早くリリィを連れてきてあ げなさい﹂ 魔王様は自分の言葉に応えないパルフェクト姫を急かす。 ﹁︱︱︱その必要はありません﹂ その時、後ろの方から声が聞こえてきた。 ﹁⋮⋮え?﹂ 思わず扉のほうを振り返ってみると、そこにはドレスを着飾った、 女の人が立っている。 ﹁⋮⋮えっ!?﹂ その女の人が誰だろうと思い、少し目を細めて見てみる。 その結果、そこに立っていたドレスを着ている女の人は、どう見 ても︱︱︱︱︱︱メイドさんだった。 724 ︳︶m 今まで見ていたハズ︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ キリが悪いです、申し訳ない>< 725 今まで見ていたハズ ﹁⋮⋮え⋮⋮えっ!?﹂ 綺麗なドレスを着て、部屋の中にやってきたのは、どこからどう 見てもメイドさんだった。 それも俺にこの部屋の場所を教えてくれたりと、色々お世話して くれたメイドさんだ。 ﹁⋮⋮め、メイドさん、ですよね⋮⋮?﹂ 俺は魔王様とパルフェクト姫に恐る恐る尋ねてみる。 ﹁あぁ、私の妻だが?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂ えっと、どういうことだ? メイドさんじゃないの⋮⋮? ま、魔王様のおくさん⋮⋮? ﹁ど、どういうことですか⋮⋮?﹂ 俺はもしかしてと思いながらも、恐る恐る魔王様に聞いてみる。 726 ﹁私の妻の夢がメイドさんだったらしくてな、やりたいというか らメイドをしてもらってるのだ﹂ ﹁えぇ⋮⋮﹂ そんなことって普通あるだろうか⋮⋮。 メイドさんだと思っていたから正直どんな接し方をしていたかが 分からない。 もしかしたら何か無礼なことをしていたかもしれないし、色々と マズイことをしていたかもしれない。 そしたら今の﹃リリィを連れてくる必要がない﹄ってのも、もし かしたらそう言う意味なのだろうか⋮⋮。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は何と言ったらいいのか分からず、パルフェクト姫と同じよう に黙ってしまう。 ﹁ん、それでリリィを呼ぶ必要がない、とはどういうことなのだ ?﹂ ちょうどその時、俺が聞きたかったことを魔王様が聞いてくれた。 俺は思わず悪い予感が頭をよぎり、身を固くしてしまう。 ﹁それは︱︱︱﹂ 727 ついにメイドさん、もとい魔王様の奥さんが口を開く。 一体、何を言われるのだろうか。 魔王様の奥さんが応えるまでの間が、とても長く感じた。 ﹁︱︱︱自分でここまで来てくれると思いますので﹂ ﹁︱︱︱え?﹂ 俺は魔王様の奥さんのその言葉に、ゆっくりと顔をあげる。 ﹁い、今なんて⋮⋮?﹂ 俺は気づけば、魔王様の奥さんに聞き返していた。 ﹁リリィはここへ自分でやってくると思われます、と言いました が何か?﹂ そう再び応え直してくれるメイドさんは相変わらずの無表情。 だけど俺はその言葉に思わずホッとせずには居られなかった。 ﹁だがリリィは風邪だと聞いたぞ?﹂ そんな時魔王様がそう声をあげる。 確かにパルフェクト姫が言うには、リリィは風邪だということだ ったのだが⋮⋮。 728 俺と魔王様は未だに下を向いているパルフェクト姫に目を向ける。 そんな視線を察したのか、パルフェクト姫がビクッと肩をはねさ せた。 ﹁リリィは風邪などには掛かっていないので安心してください﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ それならどうして、パルフェクト姫はそんなことを言ったのだろ うか。 いやまぁ、リリィが元気というのであれば俺としても嬉しいのだ が⋮⋮。 ﹁それは一体どういうことなのかね?﹂ やはりというべきか、どういうことか気になったらしい魔王様が パルフェクト姫に問い詰める。 ﹁い、いや⋮⋮﹂ 辛うじてパルフェクト姫が顔を上げるが、それだけ言うとまた黙 り込んでしまう。 ﹁⋮⋮﹂ その間、俺は何かできるわけでもなく、ただことの成り行きを見 ていた。 729 ﹁⋮⋮むぅ、それで実際のところどういうことなのだ?﹂ 魔王様は、これ以上パルフェクト姫に聞いても教えてくれないと 思ったのか、今度は自分の奥さんに聞いている。 ﹁それはリリィ本人から聞けばよろしいかと﹂ しかし、その魔王様の奥さんも教えてはくれなかった。 魔王様もそれを聞いて諦めたのか、今からやって来るらしいリリ ィに聞くことにしたようだ。 ﹁⋮⋮﹂ そうは言っても、いつになったらリリィが来るのだろうか。 魔王様もそこは別に気にならなかったのか、特に聞こうともしな い。 ﹁えっと、リリィは⋮⋮?﹂ 俺は思わず、魔王様の奥さんにそう聞いてみる。 ﹁恐らく、もうすぐかと﹂ しかし俺が期待していた応えとは違って、それだけを告げるだけ の魔王様の奥さん。 ﹁⋮⋮あ、はい﹂ 730 それ以上無理に聞くわけにもいかず、俺はまた黙り込む。 ﹁⋮⋮﹂ 結局その後は特にだれも喋ったりすることはなく、ただ時間だけ が過ぎていった。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺はたまらずため息をこぼしてしまう。 ﹃ドゴォォ⋮⋮ン﹄ その瞬間、どこか遠くの方で何かが崩れるような音が聞こえた、 ような気がした。 ﹁⋮⋮え?﹂ 俺は音の聞こえた気がした方向を見てみるが、ただ扉があるだけ で何も変わった様子はない。 周りを見てみると、魔王様の奥さんは特に何か反応するようなこ とはなく、そして、パルフェクト姫はというとさっきみたいにその 肩をビクッとさせて、さらに魔王様を見てみると、意外にも俺と同 じように何があったのか気になるかのように辺りをキョロキョロし ていた。 ﹁⋮⋮今のは?﹂ 731 そんな魔王様は、目があったらしい奥さんに聞いているが、当の 本人は特に何かを答えたりするようなことはせず、ただ無表情のま まだ。 ﹁⋮⋮﹂ 無視された魔王様は、どこかシュンとしたような顔を浮かべなが らも、すぐに気を取り直したかのようにしていた。 ﹃ドゴォォォ⋮ン﹄ ﹃ドゴォォォン﹄ ﹃ドゴォォォンッ﹄ そんなことをしている間にも、音は鳴り響き続いていて、しかも その音はどんどんと近づいてきているらしい。 その音が近づいてくる度に、パルフェクト姫だけでなく、俺と魔 王様も肩をビクッと揺らしてしまっていた。 ただ魔王様の奥さんだけが何も気にすることなく、いつもの無表 情でいるだけだ。 ﹃ドゴォォォォンッ﹄ そしてついに、その音は、いや、その轟音は部屋の間近で聞こえ た気がした。 ﹁⋮⋮﹂ 732 すると、その轟音が聞こえたとき、どういうわけか魔王様の奥さ んが横に動いている。 どういうわけか分からなかったが、特に気にする必用もないし、 そんなことよりも今は近くで鳴り響いている轟音の方が大事だと思 い直す。 ﹁⋮⋮﹂ そんな時、ふとどうしてか分からないけれど、何気なく扉のほう が気になった。 そしてそのまま扉のほうを見続けている。 その間、特にさっきまでの音も聞こえなくなり、少し安心してい た。 ﹃ドゴォォォォォォオンッッッ!!!!!﹄ ﹁︱︱︱え?﹂ しかし、そんな風に油断していたとき、ソレはやってきた。 気がつけば目の前に、今まで見ていたハズの扉が、近づいてきて いた。 ﹁ぶぎゃっっ!!﹂ そしてそのまま俺は、本来あるべきはずのところから吹き飛んで 733 、、、、、、、 きた扉に、吹き飛ばされたのだった︱︱︱。 734 ︳︶m ぜんぜんたのしくない︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 735 ぜんぜんたのしくない ﹁ぶぎゃっっ!!﹂ 俺は前から物凄い勢いで飛んでくるその扉に、何か出来る訳もな くそのまま直撃した。 俺にぶつかった扉はその勢いを殺すことなく、依然として吹き飛 んでいる。 つまりは俺も一緒に飛ばされてしまっているというわけだ。 ﹁ぐぼはっっ!!﹂ 少しの間、扉とともに空中を吹き飛ばされていると、背中のほう になにか硬いものが当たったかと思うと、とてつもない圧迫感に襲 われた。 働かない頭で何とか周りを確認しようと試みた結果、どうやら俺 は扉と壁に挟まれてしまったらしい。 しかも勢いが凄まじかったせいだろう、俺の身体は壁にめり込ん でいる。 ﹁⋮⋮ひ⋮⋮ひぃ、る⋮⋮﹂ 俺は軋む身体に鞭を打ち、なんとか自分を治療することに成功し た。 736 しかし依然として俺の身体は壁にめり込んだままだ。 ﹁⋮⋮﹂ きっと待っておけば魔王様たちが出るのを手伝ってくれるハズだ し、無理に出る必要もない。 それに今この部屋に何かがいるかもしれないのだから、そっちの ほうが好都合だろう。 ﹁⋮⋮﹂ 俺はそう思い、息を潜めている。 ﹁⋮⋮ぅそ、っき﹂ ふと、部屋の中に小さな、とても小さな声が響いた。 ﹁︱︱︱ぇ﹂ 今のは、一体誰の声だったのだろうか⋮⋮。 ﹁⋮⋮ぅそつき﹂ その声はまるで、俺の耳が聞き慣れているかのように、すんなり と頭に入ってくる。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ 737 扉越しに、声の主がすすり泣いているのが分かる。 この声は、わざわざ確かめたりすることもなく︱︱︱ ﹁⋮⋮うそつきッッ!!﹂ ︱︱︱リリィの声だ。 どうやら、今この部屋にはリリィがやってきているらしい。 となるともしかして、この扉をリリィが飛ばしてきたことになる のだけれど、まぁそこは気にしたらダメか。 そんなことより、リリィが言ったことは、どういう意味なのだろ うか。 ﹃うそつき﹄。それが一体誰に向けられたものだったのかは、ま だ分からない。 俺はこの状況から抜け出そうと、手足を動かしてみるが、一向に 抜け出せそうにもないので、今は大人しく皆の会話を聞くことにし た。 ﹁⋮⋮えっと、どうしたんだいリリィ?﹂ 恐らく緊迫した空気の中で、魔王様がリリィを宥めようとしてい るのが分かる。 きっと魔王様もどうしてこんなことになっているのか分からない 上で困惑しているだろう。 738 事の真相を知っていそうなメイドさん、じゃなくて魔王様の奥さ んは特に何をしているわけでもなさそうだ。 パルフェクト姫の声も聞こえないことから、恐らくどうしてこん な事になっているのかを、やはり知っているのかもしれない。 ﹁いやッッ!!﹂ そんなことを考えていると、リリィの一際大きな声が聞こえてき た。 ﹁⋮⋮え⋮⋮﹂ あ、多分今少し聞こえてきたのは魔王様か。 きっと宥めることは出来ずに、リリィからは逃げられたりしたの だろう。 シュンとしている魔王様が目に浮かぶ。 しかしそんなことをしている間にも事は進んでいく。 ﹁⋮⋮おねえちゃんのうそつきッ!!﹂ どうやらリリィがさっきから言っている﹃うそつき﹄とはパルフ ェクト姫のことだったらしい。 だから、顔を青くしたりしていたのかもしれない。 739 ﹁たのしいっていってたのに、ぜんぜんたのしくないッッ!!﹂ ﹁⋮⋮﹂ リリィの発言に対し、誰も何も言わない。 俺も扉と壁に挟まれて出るに出られないのだ。 ﹁それに、ネストもかえしちゃうなんてなにやってるのっ!?﹂ 突然、俺の名前が出たために軽く驚いてしまう。 どうやら話を聞いていると、リリィがパルフェクト姫に怒ってい るのは、楽しくないのに加えて、俺を城から追い出したから、とい うことらしい。 ﹁⋮⋮ってあれ⋮⋮?﹂ でもリリィは自分の意思でパルフェクト姫のところへ行ったんじ ゃなかったか⋮⋮? それなのにどうして今更俺のことを気にしている意味が分からな い。 ﹁⋮⋮うそ⋮⋮っ⋮⋮つき⋮っ!﹂ 俺がリリィの言葉に困惑していると、リリィが再び﹃うそつき﹄ と呟いた。 しかも、さっきはすすり泣きだったソレも、どういう訳か今は泣 740 きじゃくりながら、嗚咽をこぼしている。 ⋮⋮これも恐らくパルフェクト姫に対して言っているのだろうか。 俺は扉と壁の間で、息を潜めながらリリィの続きの言葉を待った。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮ぅぅ⋮⋮っ⋮⋮!﹂ リリィは涙をこらえようとしているのかもしれないが、逆にそれ が、俺の耳に伝わってくる。 ﹁⋮⋮っ﹂ その途中でその嗚咽が少しだけ止んだ。 きっと今から一体誰が﹃うそつき﹄なのかを告げようとしている のだろう。 俺は扉と壁の間で、軽く拳を握る。 ﹁︱︱︱︱︱︱の、うそつきぃぃッッッ!!!!﹂ ﹁え⋮⋮﹂ リリィがそう叫んだ瞬間、俺は自分の身体が変に跳ねたのが分か った。 そう、リリィの言葉によって。 リリィはこう言ったのだ。 741 ネストの嘘つき︱︱︱︱︱と。 742 いい加減、邪魔︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 743 いい加減、邪魔 ネストの嘘つき︱︱︱。 俺は一瞬、リリィが何と言ったのか意味が分からなかった。 ただ、自分が予想していたモノと違った、という理由ではなく、 もっと別の何かのせいで身体に力が入った気がした。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は壁と扉に挟まれて何もすることもできないが、そのせいでリ リィには俺がここにいることは気づかれていないはずだ。 それでもリリィは俺の名前を口にした。 ﹁⋮⋮俺が、嘘つき⋮⋮﹂ 俺は誰にも聞こえないような声で、ただポツリと呟く。 そして同時に考える。 俺はリリィにどんな嘘をついたのか。 俺は必死に自分の記憶を辿る。 しかし、いくら考えてみても思い当たるようなことはなかった。 744 ﹁⋮⋮っ⋮ネストのうそつきっ⋮⋮っ!!﹂ またリリィの叫びが聞こえてくる。 リリィがいう、俺の嘘、とは一体何なのだろうか。 ︱︱︱ダメだ。 本当に思いつかない。 俺はそのもどかしさに、苛立ち歯ぎしりせずには居られなかった。 ﹁⋮⋮うそ⋮⋮っ⋮つき⋮⋮っ⋮!﹂ その間も、リリィはそうつぶやき続ける。 ﹁⋮⋮リリィ、一体何があったんだい?﹂ そんな時、魔王様がついに意を決したのか、リリィに聞いていた。 それは俺からしてみれば大変ありがたく、今の何も分かっていな い現状を少しでも抜け出せる気がする。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ リリィからの返事は、まだない。 返事までの、このわずかな時間でさえも俺にはとても長く感じた。 目の前にある扉も、どこか少し重くなったような気がする。 745 ﹁︱︱︱おひめさま﹂ そしてついにリリィはそう呟いた。 ﹁⋮⋮?﹂ しかしはっきり言ってそれだけでは何も分からない。 それが一体どうしたというのだろうか。 ﹁お姫様、とは?﹂ 魔王様も同じことを思ったらしく、リリィに聞いてくれる。 ﹁⋮⋮﹂ そして再びの沈黙。 自然と手に力が入るのが分かる。 ﹁⋮⋮ネストは︱︱︱﹂ どれくらいの時間が経ったのだろうか。 ようやくリリィの小さな口が、開いた。 ﹁︱︱︱おひめさまに、あこがれてるんだって﹂ ︱︱︱え? 746 俺が、何だって⋮⋮? リリィは、それだけを言うとまた黙り込んでしまっている。 思わず、リリィがいるだろうあたりの扉を見つめる。 ﹁⋮⋮だから、だからっ、リリィはこうやっておひめさまになっ たのに⋮⋮っ!!﹂ その時、リリィの声が再び耳に入ってきた。 俺は、リリィの言葉を頼りに自分の記憶をもう一度たどってみる。 ︱︱︱あった。 リリィが言っているのは、恐らくこれだ。 それは、リリィがいなくなる前の日の夜。 ﹃⋮⋮まえにもきいたんだけど、ネストはおひめさまにあこがれて るんだよね⋮⋮?﹄ ﹃⋮⋮あぁ、憧れる、よ⋮⋮?﹄ 寝ぼけていた俺に聞いてきたリリィに、そうやって応えた。 ⋮⋮実はさっき記憶をたどっていた時には、このことを思い出し 747 ていた。 しかしまさかこれが理由だとも思わず、気にしないでそのまま流 したのだ。 誰だって、そんなことが理由だとは思わないだろう。 けれど、リリィにとっては﹃そんなこと﹄ではなかった。 ただそれだけのことだ。 ﹁⋮⋮ははっ⋮⋮﹂ 思わず自嘲的な笑いが出る。 俺は一体何回やらかしたら済むのだろうか。 だから何回もいわれてるじゃないか。 リリィの気持ちを考えろ︱︱︱って、 その時に気付けなかったのは、今更言っても仕方ないことくらい 分かってる。 けど、ならどうして今、そのことに気づけなかったのか。 こうしてリリィが自分の口から言ってくれなければ、そんなこと にも気づけなかった自分が、嫌になる。 ﹁︱︱︱リリィ、いらない子、なのかな﹂ 748 ︱︱︱ッッ。 ダメだ、そんなことを言ったら。 ﹁ここでおとなしくしてたほうが、いいのかな⋮⋮﹂ リリィが悪いんじゃないんだから。 ﹁たぶん、そのほうがいいんだよ、ね?﹂ それ以上言わないでくれ⋮⋮。 ﹁ネストは、リリィのこと、きらい、なんだよね⋮⋮?﹂ リリィの掠れ声が、嫌に俺の耳に入ってくる。 その時、俺の中で何かが、何か熱いモノが、胸のあたりで渦巻い ていたモノが、込み上げてきた。 ﹁ふっざけんなッッ!!!﹂ 気がつけば、俺は叫んでいた。 別にリリィに言ったわけじゃない。 パルフェクト姫にいったわけでもなければ、もちろん魔王様でも 魔王様の奥さんでもない。 ただ、リリィの気持ちに気づけなかった﹃自分自身﹄に︱︱。 749 ただ、リリィにそんなことを思わせてしまった﹃自分自身﹄に︱ ︱。 ただ、リリィにここまでさせてしまった﹃自分自身﹄に︱︱。 そしてなにより、リリィを泣かせてしまった﹃自分自身﹄に︱︱。 ﹁いい加減、邪魔、だッッ!!﹂ 俺は、全力で今の挟まれている状況から抜け出そうとする。 ﹁ヒールッ!!﹂ 疲れたならばすぐに回復魔法を使い、ひたすら抜け出すことだけ を考える。 ギシ︱︱︱。 そのすぐ後、少しだけだが動いたような気がした。 だけど、それ以降どれだけ押して見ても一向に動く気配がない。 カタ、カタ︱︱︱。 そんな時、ふと誰かの足音が聞こえた。 それでも俺は気にすることなく、ただ抜け出そうと色々し続けて 750 いる。 ﹁︱︱︱ぇ?﹂ 、、、、、、、 ふとそんな時、目の前の扉だったものが誰かに、持ち上げられた。 ﹁︱︱︱ネスト?﹂ ようやく扉と壁の間から解放された俺の目の前にいたのは、目を 見開いてこちらを見ている︱︱︱リリィだった。 751 ︳︶m 娘さんを僕にください︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 色々と誤字報告をいただいておりますが、時間のある土日に纏めて なおしますのでご了承くださいm︵︳ 752 娘さんを僕にください 扉を持ち上げてくれたのは、リリィだった。 俺がこれだけ抜け出せずに必死になっていた扉を、軽々と持ち上 げるリリィと目が合う。 ﹁⋮⋮ネスト?﹂ それは俺が知っているリリィの、無邪気なソレとは違って、まる でどこか遠慮でもしているかのようなか細い声だった。 ﹁⋮⋮あぁ﹂ そんなふうにさせてしまっているのも自分だという事実が、どう しても気まずく感じてしまう。 ﹁⋮⋮ごめんなさい﹂ 俺が一人、そう感じていると、リリィがポツリと呟いた。 ﹁⋮⋮リリィ、いらないこじゃなくなるように、がんばる、っか ら⋮⋮だから︱︱﹂ ︱︱おいていかないで。 753 リリィは大粒の涙を流しながら、俺に手を伸ばしてくる。 けれどその手は短く、俺にはまだ届かない。 しかしリリィはそれ以上は近づいて来ようとせず、未だにその小 さな手は一人虚空を彷徨っている。 ﹁⋮⋮ごめん﹂ 手を伸ばしながら顔を下げているリリィに、俺はただ謝る。 ﹁俺、リリィのことをちゃんと考えて無かった﹂ 誰かに教えてもらわなければ、気付くことさえも出来ない。 ﹁それに、考えてみても分からないことの方が多かった﹂ リリィの気持ちをどれだけ考えてみても、俺には分からないこと の方が多い。 ﹁こんな、こんなダメダメな俺でよかったら︱︱﹂ 俺は目を瞑り、腕を伸ばす。 ゆっくりと、少しずつ腕を伸ばしていく。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ 754 微かに指先に何かが触れる感触がした。 そして俺は、それを包むように握り締める。 それは、抵抗することなく俺に握られている。 瞑っていた目をゆっくりと開けながら、俺は顔を上げた。 そこには俺と同じように、顔をあげたリリィがこちらを見つめて いる。 俺はリリィの目を見返しながら、続きの言葉を紡いだ。 ﹁一緒にいてやってください、これからもずっと、ずっと︱︱﹂ その言葉と同時に、俺にできる精一杯の力を込めて、リリィの手 を握りしめる。 リリィは、そんな俺の手を軽く握り返し、涙を笑顔で塗りつぶす。 ﹁︱︱︱うんッ!!﹂ そう頷くリリィの顔は多分、今までで一番の、無邪気な笑顔に彩 られていた。 755 ﹁︱︱︱それで、これからの話だけれど﹂ ﹁はい﹂ 俺は今、魔王様たちと話を始めようとしていた。 ﹁⋮⋮んぅ⋮⋮﹂ 因みにリリィはといえば、以前と同じように俺に抱きつきながら 頭を俺に擦りつけてきている。 ﹁ぐっ⋮⋮!!﹂ どういうわけか、その様子を恨めしそうにパルフェクト姫が見て きているが、今は無視させてもらおう。 ﹁アネスト君は、これから具体的にどうするんだい?﹂ そんな俺たちに若干の苦笑いを浮かべながら、魔王様が俺に聞い てくる。 ﹁⋮⋮都に、帰ろうと思ってます﹂ 既に予定よりも少し遅れてしまっているので、エスイックたちが 心配しているかもしれない。 宿屋ではアウラたちも待たせているし、急いだほうがいいかもし れない。 756 ﹁ふむ、それは良いのだけれど、リリィのことはどうするつもり なんだい?﹂ 魔王様は自分の顎に手をやりながら、リリィに目を向ける。 ﹁んっ!!﹂ 魔王様と目があったらしいリリィは、すぐに俺の身体を使ってそ の視線から逃れる。 ﹁⋮⋮﹂ いやだからって、魔王様までそんな視線を俺に向けないでくださ い⋮⋮。 ﹁さて、冗談はさておき、アネストさん、あなたはリリィを連れ て行くのでしょうか?﹂ そんな時、魔王様の奥さんが核心をつくような質問をこちらにし てくる。 ﹁⋮⋮﹂ これは何と答えれば良いのだろうか。 もちろんリリィは一緒に連れて行くつもりで、リリィもそうした いということだったのだけれど、それを魔王様たちが許してくれる というわけではない。 出来るだけ言葉を慎重に選ぶ必要がある。 757 ﹁⋮⋮ん⋮⋮﹂ いきなり黙り込んでしまったことを心配したのか、抱きしめてく る力が強くなったリリィと目が合った。 泣いた跡が少しだけ残ってしまっているけれど、それ以外は以前 のリリィそのものだ。 そのことに俺は思わず頬が緩まずにはいられなかった。 ⋮⋮あ、そういえばこんな時に言うことを御者のおばちゃんから 教わったんだった。 俺なんかが考えた言葉より、年配者であるおばちゃんの言うこと の方が正しいに決まっている。 宿屋でおばちゃんに言われたことを頭の中から呼び起こす。 そうだ、おばちゃんが言っていたのは、確か︱︱︱ ﹁おとうさんッ!娘さんを僕にください︱︱︱ッッ!!﹂ 758 俺の本気の力がどう見てもリリィの劣化版な件について。︵前書 き︶ ブクマ評価感謝しています。 759 俺の本気の力がどう見てもリリィの劣化版な件について。 ﹁はぁー、大変だったけど、まぁ結構楽しかった、のかな?﹂ そう零す俺は今、都へ向かう馬車に揺られていた。 リリィはというと相変わらず俺の膝の上でくつろいでいる。 まぁ何はともあれ、俺たちは無事に魔族の国から出発することが できた、というわけだ。 俺が魔王様に﹃娘さんをください﹄と発言したあと、それはもう 大変だった。 まずパルフェクト姫が暴れだし、そして魔王様も床に手をつけ﹁ とうとうこの時がきてしまったか⋮⋮﹂とか呟いて、挙げ句の果て にはいつも無表情の魔王様の奥さんでさえも、口に手をやり、どこ か嬉しそうに微笑んでいた。 当然どうしてそんなことになってしまうのか分からず慌てる俺に、 魔王様の奥さんが俺が言った言葉の本当の意味を教えてくれたのだ が⋮⋮先に言っておくとそれは誤解だ。 俺はもちろんそんな意味を知らずに言っただけで他意なんかはな い。 760 ⋮⋮本当だぞ? まぁその後もいろいろと皆の誤解を解くために時間が掛かったが、 どうにかこうにか誤解を解くことに成功した。 そしてしばらくの間、再び魔王様たちとの話しを進めた結果、ど うにかリリィを連れていく許可をもらえたのだ。 条件としては、たまにリリィを連れて帰ってくる、という約束を したくらいだったが、パルフェクト姫の目が血走っていたのででき るだけ連れて帰ってきたほうがいいかもしれない。 そして俺たちはエスイックも心配してくれているかもしれないか らといって、魔王様たちに見送られながら、その日のうちに魔族の 国を発ったのだった。 ﹁あ、そういえばおばちゃんのせいで非道い目に遭ったんだった ⋮⋮?﹂ 思い返しているうちに、そのことを思い出したので横に座って手 綱をひいているおばちゃんをジト目で睨む。 ﹁そうかいそうかい﹂ ﹁⋮⋮﹂ おばちゃんは俺の言葉を特に気にするようなこともなく、手綱を 761 引き続けている。 ﹁というか、どうしてあんなコトを思いついたのかが分からない ⋮⋮﹂ おばちゃんの言うとおりにしよう!と思いホイホイ言うことを聞 いていた俺が馬鹿だったといえば仕方ないが、まさかあの言葉にそ んな意味があるとは思うまい。 ﹁あれはねぇ、私の旦那が結婚する時に言ってくれた言葉なんだ よ﹂ ﹁⋮⋮えっ!?﹂ 俺はおばちゃんのその言葉に驚く。 そのせいで膝の上でくつろいでいたリリィにまで驚かせてしまっ た。 ﹁え、け、結婚してたんですか⋮⋮?﹂ 失礼かもしれないがまさか結婚しているとは思わなかった。 ﹁あぁ、若気の至りさね﹂ どこか遠くの方を見ながら、懐かしそうにおばちゃんに、そんな 過去があったんだなぁと、俺も感慨深く頷く。 ﹁ち、因みに子供とかは⋮⋮?﹂ 762 俺は恐る恐る、少し気になっていたことを聞いてみた。 ﹁いるよ、一人だけだけどね﹂ ﹁おぉ⋮⋮﹂ 驚きすぎて思わず変な声を出してしまう。 しかしそれは驚かずにはいられない。 おばちゃんが結婚していただけでも驚きなのに、子供まで居たな んて⋮⋮。 とてもじゃないが、宿屋でお酒飲みまくっている人だとは思えない。 ﹁エスイックというんだがねぇ、知らないかい?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮え﹂ 今聞こえたらいけない人の名前が聞こえた気がするんだけれど、 聞き間違い、かな? も、もしそうだとしたらやっぱりおばちゃんも⋮⋮。 ﹁そ、それって国王様じゃ⋮⋮?﹂ やはりどうしても気になってしまい、聞き返さずにはいられない。 ﹁なんだ、知ってたのかい。まぁそういうことさ﹂ 763 ﹁⋮⋮マジカヨ⋮⋮﹂ ⋮⋮ほ、本当にそうだったとは。 ﹁で、でもそれならどうしてこんなことしてるんですか?﹂ エスイックの親が御者なんて務める意味が分からない。 ﹁息子に頼んだんさ。こういう時じゃないと外に出られないから ね﹂ ﹁⋮⋮﹂ そんな理由で自分の親にこんなことを許すとは、エスイックらし いといえば、そうなのか⋮⋮? ﹁というかそれなら余計俺にあんなことさせたらいけなかったん じゃ⋮⋮?﹂ おばちゃんの立場なら、逆に俺を止めさせないと、エスイックと かにも迷惑がかかるはずだ。 ﹁まぁ、そっちのほうがおもしろそうだったしね﹂ ﹁ダメだろそれ!?﹂ もしかしてエスイックがあんな性格なのも、このおばちゃんの血 を引いているからじゃないのだろうか。 というか多分絶対そうだ。 764 俺は隣で楽しそうに笑みを浮かべているおばちゃんをみながら、 そんなことを思った︱︱︱。 ﹁んぅーっ﹂ ちょうど馬を休ませるために、少しの休憩をとろうとした時、座 り疲れたのか、俺の膝に座っているリリィが立ち上がる。 夜も明けてきて、今ではある程度は明るくなってきている。 ﹁ネストーっ、あっち行ってみようーっ?﹂ リリィが俺の手を引きながら、何やら少し大きな岩があるところ を指差している。 特にすることも無かったので、気晴らしもかねて俺はリリィに付 いて行く。 ﹁よし、じゃあやろう!﹂ そしてその岩のところまで着くと、リリィは突然その岩に手を置 いた。 それは所謂、﹃腕相撲﹄の格好だった。 よくよく見れば確かにその岩は腕相撲にはもってこいの平坦な岩 765 だった。 ﹁い、いや俺は⋮⋮っ!?﹂ 慌てて逃げようとするも時すでに遅し。 岩においていない方の腕で俺の脚をがっちりと掴んでしまってい る。 ﹁やろっ?﹂ 固まっている俺にリリィが満面の笑みを浮かべる。 俺は、どうすることもできず、岩を挟んでリリィの向かい側に座 らされたのだった。 ﹁あら、おもしろいことやってるわね﹂ ﹁本当だ﹂ いつの間にか俺たちの周りには、アウラ、トルエまでもが集まっ てきている。 よく辺りを見回せば、おばちゃんもニヤリと笑みを浮かべながら こちらを見ていた。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 思わずため息をつく。 766 今にも試合開始の合図をしようとしているアウラ、期待するよう に俺たちを見ているトルエ。 そして目の前で俺と手を組んでいるリリィ。 俺は、みんなを見回しながら、まぁこんな感じも楽しい、のかな ?と思わないことも無いかもしれない。 ﹁はじめッッ!!﹂ そしてアウラの明るい声で、俺とリリィの試合開始の幕が切って 落とされたのだった。 もう、結果なんて︱︱︱言わなくていいよね? ⋮⋮あ、でもやっぱりこれだけ最後に言わせてくれ。 俺の本気の力がどう見てもリリィの劣化版な件について。 もうこれ魔族とか以上に、リリィの力が圧倒的な気がするのは俺 だけだろうか。 空を仰ぎながら、俺は、人知れずそんなことを思った︱︱︱。 767 ︳︶m 俺の本気の力がどう見てもリリィの劣化版な件について。︵後書 き︶ こんばんわですm︵︳ 一応リリィ編︵?︶終わり、ですかね⋮⋮ リリィ編はただ書くのが難しかったです⋮⋮ 政治的なことなど、色々ご指摘も受けたのでそこも直していけたら いいかな、と思っています。 これまで読んでくださって皆様ありがとうございます。 これからも続きますが、どうぞよろしくしていただけると幸いです。 次は、どんな話にしようかな⋮⋮ 768 部屋の中には︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 769 部屋の中には ﹁はぁ、やっとついた⋮⋮﹂ 俺は今しがた自分たちが通ってきた遥か後ろの方を見てみる。 きっと、この馬車から続いている、通った跡はまだ残ってるんだ ろうなぁ、なんて思いながら俺は、前にそびえ立つ大きな建物を見 る。 それはエスイックが住んでいる王城。 ︱︱︱そう、要するに俺たちはエスイックたちが待っているだろ う都に到着したのだった。 ﹁⋮⋮すぅ⋮⋮﹂ 長い行程で珍しく疲れたのか、リリィはいつも通り俺の膝の上で 眠ってしまっている。 しかもご丁寧に服の裾あたりを握りながら、というオマケ付きだ。 少し辺りを見回してみれば、そこにはトルエやアウラも二人寄り 添いながら眠っている。 ﹁⋮⋮ヒール﹂ 770 俺はそんな皆に一人ずつ回復魔法をかけてあげる。 おばちゃんから聞いたのだが、既におばちゃんはエスイックから 俺の回復魔法のことを伝えられていたようなので、特に﹃リフレッ シュ﹄などと言い換える必要はない。 俺がまずリリィに回復魔法をかけると、気持ちいいのか、軽く微 笑みをその寝顔の中に浮かべていた。 トルエやアウラたちも同様で、やはり疲れていたらしいことが分 かる。 それを和らげることに成功した俺は、軽くホッとしながらおばち ゃんの方を向く。 ﹁俺たちは、もうすぐ降りるんですよね?﹂ 事前に聞いていた話では、おばちゃんが俺たちを王城の近くでお ろしてくれる、ということだったので、もう一度確認する。 ﹁あぁ、そうだよ。あたしは馬車を返さないといけないからね﹂ おばちゃんはこちらを振り返りながらそう言う。 なんと、国王様の親であるおばちゃん自身が馬車を返すというの だから驚きだ。 こうやって馬車の御者を務めてくれているだけでもとんでもない のに、そんなことまでするあたりが、やはりエスイックに似ている かも、とおばちゃんに言ったりはしないが、そう思った。 771 ﹁じゃあ、ありがとうございました﹂ 馬車からおろされた俺たちは、各々おばちゃんにお礼を言う。 おばちゃんは気にしないでいいと言いながら馬車を返すために、 俺たちとは別の方向へ向かっていく。 馬車が見えなくなるまで見送っていた俺たちは、馬車が完全に見 えなくなると、後ろを振り返り、王城に入るために玄関へと向かっ た。 途中で門番の人たちに止められたが、エスイックからも何か連絡 があったのか、軽く事情を伝えると、すぐに通してくれた。 ﹁⋮⋮あれ、確かこっち、だったよな?﹂ 前回のように誰かメイドさんが居たりすることはなく、俺たちは 前回の記憶を辿りながら、ゆっくりと廊下を進んでいく。 ﹁あら、アネスト様方ではございませんか﹂ 廊下を歩いている途中で、掃除をしていたらしいメイドさんに出 くわした。 772 ﹁あ、こんにちは。えっと国王様に会いたいんですけど⋮⋮﹂ 俺はそこで、アウラたちを見て気づく。 馬車にのっていた時間が長かったからだろうけど、少しだけ服が 汚れてしまっている。 俺は特に気にしないが、やはり女の子というのは、こういうのに 敏感なはずだ。 ﹁⋮⋮と思ったんですけど、服って貸してもらえますかね。三人 分なんですが﹂ ﹁あ、はい。ではこちらにどうぞ﹂ 後ろの三人に目をやりながらメイドさんに聞いてみると、俺の意 を察してくれたのか、すぐにアウラたちを先導するようにして歩き 始めた。 ﹁じゃあ俺は先に国王様に会いにいきますんで、お願いします﹂ メイドさんの背中に向けてお礼を言うと、わざわざ振り返り頭を 下げてくる。 そしてすぐに再びアウラたちを先導していった。 ﹁⋮⋮じゃあ行くか﹂ 俺は一人、後ろを振り返り、見覚えのある廊下を歩き出した。 773 ﹁えっと、ここ、だったよな⋮⋮?﹂ しばらく歩いていると、やはり見覚えのある扉が目に入り、脚を 止める。 普通の扉とは違い、少し修飾されている扉は、以前にエスイック に連れてこられた部屋だ。 ﹁じゃあ、失礼しまーす﹂ 俺は早くエスイックに帰った、という旨を伝えなければいけない と思うばかり、中を確認することなく、扉を開けてしまった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ やはりというべきか、部屋の中はどこか薄暗く、エスイックの趣 味を表している。 俺は部屋の中にいる﹃ソレ﹄を見て思わず黙り込んでしまう。 部屋の中には︱︱︱︱︱︱﹃漆黒の救世主﹄が佇んでいた。 774 一つあげよう︵前書き︶ ブクマ評価ありがとうございます。 775 一つあげよう ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 部屋の中には、﹃漆黒の救世主﹄がいた。 否、部屋の中には、﹃漆黒の救世主﹄の格好をしているエスイッ クがいたのだ。 俺が唖然としている中で、当のエスイック自身はというと、とく に俺に気付いた感じはしない。 すると、突然にエスイックが自分の腕を前に突き出した。 ﹁私こそが︱︱︱﹃漆黒の救世主﹄だッッ!!﹂ いや、違うからねっ!? 何をするのかと思えば、一体何を言っているんだ。 しかもエスイックは、腕を回しこちらを振り返りながら、そう叫 んだわけで、当然のように俺とエスイックの目が合う。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺たちはお互いに何を言ったら良いのか分からず、黙り込んでし まう。 776 俺には、何か見たらいけないものを見てしまった、という罪悪感 があって、きっとエスイックには見られたらいけないものを見られ てしまった、という羞恥心から、その沈黙は続く。 ﹁⋮⋮え、えっと、今帰ってきたんだけど⋮⋮﹂ しかし、さすがにずっとこのままという訳にもいかないので、俺 は恐る恐るエスイックに声をかける。 ﹁あ、あぁっ、ぶ、無事でなによりだ﹂ エスイックの方もかなり慌てているが、ちゃんと俺に返してくれ た。 ま、まぁ誰にだって人に知られたくないことだって、あるものだ し。 今のは見なかったことにしよう⋮⋮。 実は以前にもこんなことがあったような気もするけど、た、多分 気のせいだ。 ﹁ぶ、部下からは聞いていたが、全員無事だったようでよかった﹂ やはりエスイックも今のことにあまり触れられたくないのか、続 けて俺に言ってくる。 もちろんエスイックの趣味のことは、前から知っていたけれども、 今回のような決め台詞まで言っているのは、恥ずかしかったのだろ 777 う。 ﹁魔王様もいい人だったから助かったよ﹂ きっと魔王様があんな性格じゃなければ、今頃リリィはこちらへ と帰って来られなかっただろうし、そこは本当に良かったと思う。 ﹁それで、他の者たちはどうしたのだ?﹂ 話しているうちに、エスイックもすっかり調子を取り戻して、さ っきまで慌てていた様子はもうほとんど見受けられないほどにまで なっていた。 ﹁あぁ、馬車に乗っている時間が長かったから、少し汚れちゃっ たみたいで、今服を借りていると思う﹂ 結構前にメイドさんに頼んだので、ちょうど今着替えているくら いだろうか。 ﹁あ、そういえばっ!馬車の御者をしてくれた人が、エスイック のお母さんだって言ってたんだけど⋮⋮﹂ エスイックに会ったら、聞いてみようと思っていたのをすっかり 忘れてしまっていた。 おばちゃんが言っていたことは本当なのだろうか⋮⋮? 確かに色々とエスイックに似ているようなところはあったが、や はり本人の口から聞かなければ信じることができないのもまた事実 だ。 778 ﹁あぁ、確かに私の母だが、それがどうしたのだ?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 俺はエスイックのその応えに思わず押し黙る。 正直さすがにエスイックでも自分のお母さんに馬車の御者を務め させたりはしないだろう、と思っていた。 しかしエスイックが言うには、本当にあのおばちゃんをエスイッ クのお母さんだったということだ。 まぁ多分そんなことをさせたのも、お母さんの頼みを聞かないわ けにはいかない、とかエスイックの言いそうなことが簡単に予想で きるようになった気がする。 それからは、具体的にどんなことがあったのか、などを色々と聞 かれ、それに俺が答えていくという感じで、しばらくの間話してい た。 ﹁ん、話によると、もしかして私があげた黒マントは⋮⋮﹂ 俺の話を興味深そうに聴き続けていたエスイックが突然声を掛け てきた。 ﹁あ、そういえば破れたんだった﹂ 779 魔王城で色々とやっている内に、エスイックにもらった黒マント は既にボロボロだ。 せっかくもらったモノをダメにしてしまったので、悪いと思いな がらエスイックを見てみると、当の本人はどこか嬉しそうにしてい る。 ﹁⋮⋮実はな、あの黒マントを改良して耐久性もあげたんだ﹂ そして、その嬉しそうな表情のまま、俺に、これまた嬉しそうに エスイックが話してくる。 ﹁へぇ、それはすごい﹂ 耐久性も上がってくれるのは俺としてもありがたい。 ﹁⋮⋮これなんだが、どうだ?﹂ そう言ってエスイックはどこに持っていたのか、後ろの方に手を やると、黒マントを出してくる。 ﹁⋮⋮﹂ エスイックが渡してきたその黒マントは、やはり綺麗な漆黒で染 められ、確かに男心を燻る格好良さを持っている気がした。 ﹁まだたくさんあるから、一つあげよう﹂ エスイックはその黒マントを差し出しながら、俺に手渡ししてく 780 る。 その黒マントは、色だけではなく、触り心地も滑らかで、これを 作った人の腕前が素人目にでもすごいものだと理解できた。 ﹁あ、ネストーっ!﹂ そんなことを思っていると、後ろの方からリリィの声が聞こえて くる。 振り向くとやはり、リリィたちがこちらに向かってきていた。 ただしリリィ一人だけは、俺に飛びかかるようにしてその場から 飛び跳ねてくる。 ﹁⋮⋮えっ!?﹂ 普通の人であるならば到底届くことはできないだろうその距離を、 魔族であるリリィは軽々とここまで飛んで来れそうな勢いである。 俺は若干慌てながらもリリィに向けて腕を広げる。 しかしそこで気がついてしまった。 俺の腕には︱︱︱黒マントがある。 ﹁⋮⋮あ﹂ 俺は、慌てて黒マントをどうにかしようと試みるが、仮にも国王 様であるエスイックからもらった黒マントを床に置くのはさすがに 781 忍びなく、ではどうするか考えるが、時すでに遅し。 リリィは既に手が届きそうな距離にまで飛んできている。 仕方なく、黒マントを持ちながら受け止めようとするが、慌てて しまったせいか、リリィを抱きとめようとした瞬間、畳まれてあっ たその黒マントが、広がってしまった。 ﹁︱︱︱あ﹂ これはマズイ、と思った次の瞬間には、﹃ビリヴィリッッ!!﹄ なんて音が、あたりに響いていた。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は今しがた抱きとめたリリィを、ゆっくりと床に下ろすと、恐 る恐る自分の手元を見てみる。 案の定と言うべきか、エスイックからもらった黒マントは無残に もしっかり破れていた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 次の日には、破れた黒マントを何とも言えない顔で見つめる男二 人がいた、という噂が流れたらしい。 782 783 空を飛ばさせてくれ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 784 空を飛ばさせてくれ ﹁リリィ、俺に︱︱︱空を飛ばさせてくれ﹂ 俺は、リリィの小さな手を握り締めながら、そう呟いた。 ⋮⋮どうしてこうなったのかは、少しだけ時を遡る。 ﹁︱︱じゃあ、ありがとうございました﹂ 今日俺たちは、長い間留守にしていた街に帰ろうとしている。 俺はその見送りに来てくれた国王様であるエスイック、聖女様で あるルナ、そしてさらには国王様のお母さんに対し、お礼を言って いる途中だ。 ﹁いえいえ、こちらも楽しませていただきましたし﹂ ルナが俺にそう返してくる。 確かに俺たちが王城にお世話になっている間にも色々とあったの も事実だ。 リリィのありえない力が問題を起こしたり、まぁ本当に色々と大 変だった。 785 ルナもそのことを思い出してか、どこか苦笑いを浮かべている。 ﹁⋮⋮まぁ、お世話になりました﹂ そんなことをしていると、そろそろ俺たちを街に連れ帰ってくれ る馬車が動き出したので、俺は最後にもう一度感謝の意を伝えた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ だんだんと都から離れていく俺たちに、ルナが依然と手を振りな がら見送ってくれている。 俺はルナに手を振り返しながら、しばらくは都には来ないかな、 と思った。 というかしばらく街からは出なくていいと思う。 ここ最近ずっと忙しかったし、少しは久しぶりの自宅で休みたい。 しかし、ずっと休んでいたギルドでの治療もやらないといけない ⋮⋮。 俺は今からの予定を思いながら、小さくため息を吐いた。 786 街へ向かう時に、何時ものように少しだけ休憩を挟むことになっ た。 そこは以前にも休憩をした、そう、俺がドラゴンに襲われた時に 休憩をした場所だ。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺は一人、馬車から離れてドラゴンに追いかけられたところを歩 いている。 特に何かあるわけではないが、どこか感慨深いような気がした。 ﹁ネストーっ﹂ ﹁うわっ!?﹂ そんなことを考えていると、突然後ろから声をかけられたので驚 いてしまった。 声の主を見てみると、そこにはいたずらが成功したような顔を浮 かべるリリィが立っている。 ﹁なんだ、リリィか⋮⋮﹂ 結構本気で驚いたので、リリィだと気付いた俺は思わず胸をなで 下ろす。 実際ここでは一回ドラゴンにも襲われたことがあるし、自分でも 787 分からないところで、少し警戒していたのかもしれない。 ﹁あそぼーっ﹂ そんな俺を知ってか知らずか、リリィが楽しそうに笑いかけてく る。 そしてすぐに俺の前まで走り込んでくると、俺の手を引きながら どんどんと進んでいく 俺は特に断る理由も無かったのでリリィにされるがまま、リリィ についていった。 ﹁ここがいいーっ﹂ そういって俺の目の前にいるリリィが指差すのは、大きな広場の ようなところだ。 ﹁こ、ここ⋮⋮?﹂ ドラゴンに追いかけられた時、色々と走り回ったと思うが、こん なとこがあるとは思わなかった。 しかし確かにここならゆっくりもできるし、案外良いかもしれな い。 ﹁ネストーっ、これみてーっ!!﹂ 788 ﹁ん?﹂ すると、リリィが何やら俺に声をかけてきた。 リリィは何やら手に握っているらしいが、それが何かまでは良く 分からない。 ﹁いくよーっ?﹂ リリィはそんな掛け声をかけると、思い切り自分の腕を振りかぶ った。 その瞬間、リリィから何かが真っ直ぐ空に飛んでいった。 思わず目で追いかけると、それは既に遥か空高くにまで飛んでい て、だんだんと良く見えなくなってしまっている。 ﹁⋮⋮﹂ 俺はその様子を唖然としたまま見上げている。 しばらくそのまま見上げていると、今しがたリリィが投げたソレ が、だんだんと落下してきた。 ﹁⋮⋮っと﹂ それからまた少し経つと、物凄い勢いで落下してきたソレを、リ リィが軽々と受け止める。 789 ﹁すごいでしょーっ!?﹂ 驚いている俺に対して、リリィがたった今受け止めたらしいソレ を見せてきた。 リリィの手の中にあるソレは、どうやら唯の少し大きめな石だっ たようだ。 ﹁⋮⋮﹂ そんな俺にリリイが感想を求めてくるが、正直俺は全く別のこと を考えていた。 ⋮⋮⋮⋮これなら、これなら︱︱︱空を飛べるんじゃないか? 俺は今、その考えだけに頭を支配されていた。 今まで思いつかなかったが、リリィの力を以てすれば、きっと空 を飛べる。 ドラゴンに遭遇した時に、少しだけ空を飛んだような気がするが、 実際はあれは吹き飛ばされただけだ。 その考えに行き着いた俺は、リリィに詰め寄る。 ﹁なぁ、リリィ、俺に︱︱︱空を飛ばさせてくれ﹂ 俺は、リリィの小さな手を握り締めながら、そう呟いた。 ﹁ん、べつにいいよー?﹂ 790 そんな俺に首をかしげながらリリィは了解の意を示してくれた。 そのことに俺は心の中で喜びを噛み締めている。 ﹁じゃあ、いくよーっ!?﹂ 俺は今、リリィによって身体を持ち上げられていた。 やはりリリィの力は凄まじく、俺の身体を軽々と持ち上げている。 ﹁︱︱︱ぇいっ!!﹂ 次の瞬間、リリィが俺を投げ飛ばした。 ﹁︱︱︱ぇ﹂ 真上ではなく︱︱︱斜めに。 てっきり俺はさっきと同じように真上に投げてくれると思ってい たので、まさか斜めに投げられるとは思わなかった。 リリィに投げられた俺は、物凄い速さで空中を進んでいる。 そんな俺は、投げられたあとしばらく経ってからようやく自分の 今の状態を理解することができた。 791 ⋮⋮これ、死ぬっっ!! 俺は顔にあたる風を我慢しながら、ゆっくりと目を開けて下を向 く。 地面は遥か遠くのところにあり、しかも俺はどんどんとその地面 に向かって落下を始めてしまっている。 ﹁ひ、ひ、ヒーッル!﹂ これは、回復魔法を使わないと本当にマズイ。 その間にも俺と地面の距離はかなり縮まってきている。 ﹁ヒールゥヒぃールひーるひぃーるっヒィルゥゥゥ!!!﹂ そして、俺は地面に落ちてしまう瞬間まで、回復魔法を使い続け たと思うが、あまりの怖さに俺は意識を手放した。 あとになってから、何故か無傷のまま泡を吹いている俺をリリィ が馬車まで抱えてきたということを、聞いちゃった⋮⋮。 792 相変わらずの木の棒︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 設定を抜けば、これで100話到達です! 昨日の時点で祝100をしてくださった読者様方も 有難うございましたっ!! これからも頑張らせていただきます!! 793 相変わらずの木の棒 ﹁じゃあ、俺ちょっと周りのゴブリン倒してくるわー﹂ ﹁気をつけて行ってくるのよ?﹂ ﹁分かってるって﹂ 俺は心配そうに声を掛けてくるアウラに、手を振りながら返すと、 再び歩き出した。 どうしてこんなことをしているかと聞かれれば、ゴブリンが多く 集まってきているせいで、馬車が動けなくなっているからである。 ﹁それにしても結構いるなぁ⋮⋮﹂ 俺は目の前に群がるゴブリンを、ざっと目で数えてみると少なく とも五十匹くらいはいるみたいだ。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 予想していた以上の数に思わずため息をついてしまうが、ゴブリ ンたちをどうにかしなければいけないのもまた事実。 794 俺はもう一度目の前のゴブリンたちを見て、二度目のため息をつ くと同時に、使い慣れたナイフを片手に駆け出したのだった。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ やはり数が数なだけに偶に攻撃を喰らってしまうこともあるが、 これまた何時もの如く特に痛くもないので、軽く治療を済ませると、 ゴブリンとの戦闘を再開する。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺はしばらくの間、淡々とゴブリンとの戦闘を続けていて一つだ け思うことがあった。 それは、同じことをし続けているせいで、だんだんと戦闘が作業 になっているのではないか、ということだ。 ゴブリンたちには申し訳ないのだが、正直飽きてきてしまった。 なんでもこのゴブリンの大群を放置していたら、馬車の進行が遅 れてしまうということだけなく、近くの小さな村々を襲ってしまう 可能性があるらしく、今回こうやって俺が戦っているのだが、これ が如何せんつまらない。 ﹁んー⋮⋮﹂ 挙げ句の果てには戦闘中であるというのによそ見をしてしまうま でになっている。 795 ゴブリンとは言え、仮にもこうやって命を奪っているのだから、 もっと真面目にやらなければいけないということは分かっているの だが、それでもこうずっと単純作業のようなものが続いていれば仕 方ない、と思う。 ﹁⋮⋮どうしようか﹂ 俺は何か今の状態を抜け出せるものがないものかと思い、辺りを 見回す。 ﹁⋮⋮あ﹂ 見回し始めてから間もなく、俺の視界に一本の木の棒が入った。 ﹁⋮⋮よっと﹂ ちょうどその時に迫ってきていたゴブリンの腕を軽くナイフでな ぞり切り落とすと、俺は一度戦闘から抜け出し、その木の棒が落ち ているところまで向かう。 ﹁⋮⋮﹂ その間にももちろんゴブリンは俺へと迫ってきているが、俺は気 にせず、ゆっくりと自分の腕を木の棒へと伸ばす。 ﹃ブギャァァッッ!!﹄ ちょうど俺の手が木の棒に触れるか触れないかというところで、 俺の耳にゴブリンの叫び声が聞こえる。 796 ﹁⋮⋮フッ⋮⋮!﹂ 俺は叫び声のした後ろの方へと、振り返りざまに木の棒を振った。 ﹃グ、グガギャギャァァッッ!!﹄ 瞬間、あたりに響いたのはゴブリンの断末魔。 ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ、やっぱり斬れる、よな⋮⋮﹂ 俺は相変わらずの木の棒の切れ味に驚きつつ、どんどんと襲いか かってくるゴブリンに意識を向けたのだった︱︱︱。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ ﹁こ、国王様、これが今回の報告書です﹂ ﹁うむ﹂ 私は、部下の男から何時ものように報告書を受け取った。 ただいつもと違ってその男が少し緊張していたような気がするの は、この報告書が原因なのだろうか。 ﹁で、では失礼します﹂ 部下の男は、私に一度頭を下げると、そのまま部屋を出て行って 797 しまった。 私は手元にある報告書を見る。 そして何時ものようにその報告書を一瞥していると、その中に興 味深い報告書を見つけた。 ﹃都から街を結ぶ路において、ゴブリンの大量な斬殺死体が発見 される。その数は五十以上にも及んでおり、何らかの事態が起こっ たと推測できる。 また、その斬殺死体の切断部分がかの﹃屠殺魔女﹄と酷似してい る。しかし以前の事例とは異なり、ゴブリンの討伐部位である耳が 全て切り取られていた。 これがこの道を通りかかった一介の冒険者か、それとも﹃屠殺魔 女﹄なのか。 もし後者であった場合、知性を持ち、かつ冒険者として人間に紛 れている可能性もありえる。 不測の事態に備え、十分に警戒体制をとるべきである﹄ 報告書にはこのように書かれていた。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 私はその報告書を机の上におくと、人知れず、甘い溜息を零した のだった︱︱。 798 ︳︶m 今日も来ないんでしょうか︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 祝連載三ヶ月! 読者の皆様これからもどうぞよろしくお願いしますっ! あ、あと申し訳ないのですが、今回キリが悪いですm︵︳ ︳︶m 799 今日も来ないんでしょうか ﹁⋮⋮つ、つ、着いたァァァァアアッッ!!﹂ 俺たちは今、本当に久しぶりに自宅まで帰ってきていた。 そのことに思わず玄関の前で思いっきり声を上げてしまったが、 まぁ仕方ないと思う。 だって本当にいつ以来だろうか、この家に帰ってきたのは。 俺が王城のパーティーに招待される前だから、相当前のはずだ。 ﹁はぁーっ﹂ 自分の部屋に入ると、その見慣れた空間に思わずベッドに飛び込 んでしまった。 特に何かあるわけでもなく、ほんの少しの小物と家具が置いてあ るぐらいのこの部屋がやはりどこよりも心地がいい。 ﹁⋮⋮ベッド、最高⋮⋮﹂ さらに言えば、長い間馬車に乗っていたので、とてもこのベッド に横になれる時を楽しみにしていたのだ。 やはり馬車と違ってベッドはいい。 800 眠っている自分を包み込んでくれるような気さえする。 ﹁⋮⋮あ﹂ 俺はそこで、そういえば街の皆に帰ってきたと一言言うことを忘 れていた。 馬車が街につきそうな時、俺たちは一足先に馬車から降ろしても らい、こうして自宅へと帰ってきたのだ。 だから当然街の誰かにあった訳でもなく、ましてやギルドにでさ え顔を出していない。 ﹁⋮⋮行った方がいいかな⋮⋮?﹂ ベッドで仰向けになり、見慣れた天井を見上げながらふと口に出 す。 ﹁うーん⋮⋮﹂ いや、もう結構夜も遅いし、今日じゃなくて明日にでも行けばい いか。 俺は窓から見える暗闇を思いながら、そのまま眠りについたのだ った。 ∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼ ﹁⋮⋮はぁ、今日も無駄になるんでしょうか﹂ 801 ギルド職員である私、アスハは今目の前にある二つの弁当箱を見 ていた。 、 一つはもちろん自分の分、そしてもう一つは﹃彼﹄の分だ。 ﹃彼﹄は今、用事で都の方へと出かけているらしいのだが、私は こうやって弁当を作っている。 それも﹃彼﹄が出かけてからほとんど毎日弁当を二つ作っている。 もちろんいつも残してしまうのだが、もしかしたら今日帰ってき てくれるのではないか、なんて思ってしまい、また今日も何時もの ように二つ目の弁当を用意しているわけだ。 ﹁⋮⋮﹂ でもやっぱり、今日も来ないんでしょうか⋮。 口には出さないけれど、私は心の中でそのことを理解していた。 ﹁おはようー。アスハー﹂ 仕事場であるギルドにやってくると、既に何人か同じギルド職員 が来ている。 ﹁おはようございます﹂ 802 どこか眠たそうにしている同僚に、私は一言だけ挨拶を返すと、 今日の仕事に取り掛かった。 ﹃こんちわー﹄ ﹁︱︱︱︱︱︱ぇ﹂ それは私がギルドの受付に座っていたときのことだった。 冒険者たちの喧騒の中にも関わらず、すんなりと私の耳に入って きたその声に思わず書類から目を離し、顔をあげる。 そして今しがたギルドにやってきただろう人物を探す。 何人もの冒険者がいる中で、その隙間からどうにかギルドの入口 あたりに目を凝らす。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ︱︱︱︱︱いた。 一瞬だけだったけど、玄関のあたりに﹃彼﹄を見つけることがで きた。 そしてその一瞬の間になんと、目があった。 803 かと思うと、﹃彼﹄は冒険者をかき分けて、なんと私の方へとや ってきている。 ⋮⋮え、これどうしたらいいのでしょうか⋮⋮!? 慌てていることがどうにかあまり顔にでないように気をつけるも、 ちゃんと出来ているかどうかは分からない。 けれどこのいきなりの事態に私はとても混乱していた。 私の足元には、今朝方一生懸命作ってきた弁当が置かれている。 どうせ今日も無駄になってしまうんだろう、と思いながらも、そ のもしかしたらを想像したら作らずには居られなかった弁当が、そ こにある。 でも私はそこで一つの問題にぶち当たっていた。 ⋮⋮これってどうやって渡したらいいんでしょうか。 思わず足元の弁当箱を見つめる。 ﹁アスハさん、お久しぶりです﹂ そして私のそんな葛藤を知ってか知らずか、﹃彼﹄は声をかけて くる。 ﹁⋮⋮はい、お久しぶりですね﹂ 804 ゆっくりと弁当箱から視線を上げながらそう返す。 今、そう返した私の視線の先には﹃彼﹄︱︱︱︱︱︱ネストさん が立っていた。 805 早退します︵前書き︶ ブクマ評価感謝です! ご、ごめんなさい。意外に長くなってしまって、終わりませんでし た。。。 ︳︶m しかも書いているうちになんかシリアス︵?︶っぽくなっちゃって しまって 申し訳ないですm︵︳ 明日には終わらせます⋮⋮!! 806 早退します ﹁お久しぶりですね﹂ そうつぶやく私の目の前にはネストさんが立っていた。 ⋮⋮これは一体どうしたら良いのでしょうか。 私はこの突然の事態に、内心ではかなり焦っていた。 ﹁⋮⋮﹂ 足元にある二つの弁当箱のうち、一つはもともとネストさんの為 に作ってきたものだ。 しかし作ってきたはいいが、これをどうやって渡せばいいかを考 えていなかった。 ﹁おいネストー、早く治療してくれーっ!﹂ 私がどうしようかと考えていたとき、冒険者たちがネストを呼び 始める。 ﹁あ、じゃあ俺は治療してくるんで﹂ ﹁あっ⋮⋮﹂ 807 そう言い残し受付から立ち去るネストさんに思わず手を伸ばそう とするも、私は途中でそれをやめる。 ﹁⋮⋮まぁ、お昼用ですし、まだ時間はありますからね﹂ 私はお昼休みのときにでも渡せば大丈夫でしょう、と小声で呟く。 ちょうどその時、ネストさんは治療を開始していた︱︱。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 私は今の現状に深く溜息をついていた。 時はとっくに夕方頃になっており、既にギルドにいる冒険者の数 も減ってきている。 ⋮⋮因みにまだ弁当は渡せていない。 ネストさんの方も、どんどんと治療をこなし、もうそろそろ終わ ってしまいそうな勢いだ。 ひさしぶりの治療ということで、たくさんのお客さんも来ていた はずなのに。 ﹁⋮⋮﹂ 私は再び足元に視線を落とす。 808 そこには朝と変わらずに二つの弁当箱が置かれてある。 ただ朝と違う点をあげるとするならば、そのうちの一つが既にか らっぽであるということくらいだろうか。 お昼休みに一人で昼食をとったりしないで、もっと自然にネスト さんに渡せればよかったのだが今となってはもう遅い。 それに今更渡したところでどうかなるとも思えない。 ネストさんも、夕食の前にこんなものをもらっても迷惑だろう。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 私は、本日何度目になるか分からない溜息を零したのだった︱︱。 ﹃よし、終わったぁーっ!﹄ 書類を整理している私の耳にそんな声が聞こえてくる。 思わず作業の手を止めて、そちらの方向を向く。 そこには案の定、治療を終えたネストさんが帰る準備を始めよう とする姿があった。 ﹁⋮⋮﹂ 809 私はもう今日は弁当を渡すのはやめようかな、と思っている。 別に今日渡さなくたって、明日、そうまた明日にもう一回作って こればいいのだ。 ﹁じゃあお疲れ様でしたー﹂ ネストさんはギルドに残っている人たちに労いの挨拶だけを残し ていくと、その扉から出て行ってしまった。 ﹁⋮⋮﹂ 私は今しがたネストさんが出て行ったその扉を見つめる。 ︱︱︱これで、良いのでしょうか。 自分の胸の中で、そんな自分の声が聞こえてきた。 ︱︱︱せっかく作った弁当をまた無駄にしてもいいのでしょうか。 確かにもったいないけど、また明日作ればいい。 ︱︱︱今日渡せなかったのに、どうして明日になれば渡せるんで しょうか。 ⋮⋮⋮⋮。 自分の中で、二つの意見が葛藤しているのがわかる。 810 ︱︱︱今、ネストさんにお弁当を渡したく、ありませんか? ⋮⋮⋮⋮。 私はその自分自身に対する問いに、思わず作業の手を止める。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ⋮⋮どうしよう、どうしよう、本当に︱︱︱︱︱どうしようもな い。 ﹁すみません、今日早退します!﹂ ﹁⋮⋮えっ!?﹂ 後ろの方で同じギルド職員の人が驚いたような声を上げるが、今 は無視させてもらおう。 決めたならすぐに行動だ。 私は一つの弁当箱を手に取り、ギルドの扉を開け放つ。 そしてすぐに、ネストさんが帰ったであろう道を、走り出した。 ﹁はぁ⋮⋮っ、はぁ⋮⋮﹂ 走る私の頬を、ひんやりとした風がなでる。 811 ⋮⋮こんなに本気で走ったのは何時ぶりだろうか。 多分冒険者を引退してからはこんなに走ったことはなかったはず だ。 ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮っ!!﹂ その頑張りが功を奏したのか、私の視界にネストさんの後ろ姿が 映る。 ︱︱︱あと、少しっ!! ここからあそこまでなら簡単に追いつくことができるはず。 ﹁︱︱︱ぁ﹂ その時、慌てすぎたからか、自分の足に自分のもう片方の足が引 っかかり、転んでしまった。 ﹁⋮⋮っ﹂ そのすぐあとに襲いかかってくる痛み。 弁当を持っていたためにちゃんとした受身をとることができず、 結構強く倒れてしまう。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ︱︱︱やっぱり、弁当は渡せないんですね。 812 普段はこんなことしないくせに、こういう大事なときに限って失 敗をしてしまう。 よく見ると、地面には自分のだと思われる血が流れているのがわ かる。 ﹁⋮⋮っ﹂ ︱︱︱大丈夫、また明日作れば大丈夫。 ⋮⋮そ、そうですよね⋮⋮? ︱︱︱そう、また明日作れば良い。 まるでさっきまでの葛藤が嘘のように、自分の中ですぐにそう決 まる。 自分もその答えに納得、しているのだと思う。 でも、それならどうして︱︱︱︱︱︱︱︱︱こんなにも悲しいの でしょうか。 ﹁⋮⋮ぁ﹂ 自分の頬を流れる何かが、冷たく感じる。 813 ﹁あれ、アスハ、さん⋮⋮?﹂ ﹁︱︱︱ぇ?﹂ ふと耳に入ってきたその声に、ゆっくりと顔をあげる。 ﹁だ、大丈夫ですか⋮⋮?﹂ そこには、朝とは違って私のことを心配そうに見つめてくるネス トさんがいた︱︱。 814 限界を迎えていた。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 昨日手違いで夜に一話投稿してしまったので、 そちらを見ていない方はそちらからどうぞ! 815 限界を迎えていた。 ﹁終わったーっ!!﹂ 俺はその達成感から大きく伸びをしながらそう呟く。 今日は久しぶりにギルドでたくさんの人を治療した。 アウラたちにも手伝ってもらったりして、なんとかかんとか数を 減らしていき、ついに今最後の一人の治療を終えたところ、という わけである。 因みに数が少なくなってきてからは、トルエもきつそうだったの でアウラたちは早目に帰らせた。 というわけで今は一人で帰る準備をしている。 といっても特に何かを持ってきたりしたわけではないのだが、机 を綺麗にしたり、軽く掃除をした。 これからはまたしばらくここでお世話になるだろうし、綺麗にし ておかなければいけないだろう。 そして、ある程度綺麗になったと思ったので、俺はギルドに一言 挨拶すると、そのまま自宅への帰途へついた。 816 ﹁それにしても今日は本当に多かったなぁ⋮⋮﹂ 俺は今日一日を振り返り、しみじみと呟いた。 こんなに多かったのも、俺が結構長いあいだ、街にいなかったた めだろう。 ﹃グゥゥウウ﹄ そんなことを考えていると、お腹からそんな音が響いた。 実は今日、あまりにも人が多かったせいで昼食をとる時間がなか ったのだ。 だから今、とてもお腹が減っているわけで⋮⋮。 アウラたちが既に夕食を作ってくれていたら助かるけれど、まだ 時間帯的にはそこまで遅い時間でもないので正直あまり期待できな いかもしれない。 こんなことなら帰らせる前に、夕食を作っておくように頼んでお くべきだった。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ しかし今更そんなことを嘆いたところで何も意味はない。 ﹁少しだけ何か食べていこうかなぁ⋮⋮﹂ 817 ふとそんなことを思い、俺は辺りを見回す。 しかしこうやって歩いている内に、そういうお店がある一帯を抜 けてしまっていたのか食事ができそうなところはなかった。 ﹁⋮⋮⋮⋮ん?﹂ そんな時、俺はふと、特に意味もなく後ろを振り返っていた。 ﹁⋮⋮⋮⋮え!?﹂ 俺が何気なく振り返った先には、なんと人がうつぶせに倒れてい るではないか。 慌てて倒れている人の下へ向かう。 するとその途中で、倒れている人の後ろ姿に、どこか見覚えがあ る気がした。 その人は、ギルド職員の制服を着ていて、その髪色も見覚えがあ る。 ﹁あれ、アスハさん⋮⋮?﹂ 思わずそう呼びかけると、その人は身体を少しだけ震わせたかと 思うと、ゆっくり顔をこちらに向けてきた。 ﹁だ、大丈夫ですか⋮⋮?﹂ やはりというべきか、倒れていたのはギルド職員であり、俺の知 818 り合いのアスハさんだった。 どうしてアスハさんがこんなところにいて、そしてこんなところ で倒れているのかわからず、困惑するが今はそんなことより治療を した方がいいだろう。 アスハさんの腕や、足など、他にも数箇所擦りむいたような傷が 出来ており、そこからは今も血が流れ出している。 ﹁ヒ、ヒール﹂ 俺は若干慌てながらも、ちゃんとアスハさんを治療し終える。 ﹁⋮⋮あ、ありがとうございました﹂ 治療が終わったアスハさんは、ゆっくりとその場に立ち上がると 俺にお礼を言ってくる。 ﹁いや、全然大丈夫なんですけど、どうしてこんなところに?﹂ アスハさんの自宅の場所を知っているわけではないが、今までこ こら辺であったりしなかったということは恐らく違うはずだ。 ﹁⋮⋮﹂ しかし俺の質問に対し、アスハさんは応えにくそうに目を逸らす。 ﹁⋮⋮?﹂ 俺はその意味が分からず、首をかしげる。 819 ﹁⋮⋮あ﹂ しかしそんな時、俺の目にあるものが目に入った。 ﹁ア、アスハさん⋮⋮、それってもしかしてお弁当ですか⋮⋮?﹂ 俺の視線の先にはアスハさんの手に握られたお弁当があった。 ﹁⋮⋮そ、そうですが﹂ アスハさんはどこか躊躇うような素振りを見せながらも、俺の言 葉に頷く。 ﹁も、もらえたりなんてことは、しませんよね⋮⋮?﹂ 俺はかすかな希望をもって、アスハさんに聞いてみた。 元々お腹が空いていたということに加えて、アスハさんの手作り だろう弁当が目の前にあるという今の状況に、俺の空腹具合は限界 を迎えていた。 ﹁⋮⋮⋮⋮どうぞ﹂ ﹁えっ!?﹂ アスハさんは、その手に持っている弁当をおずおずと俺に手渡し てくる。 自分で言っておいてなんだが、まさか本当にもらえるとは思って 820 いなかった俺は、驚きつつも、落としたりしないように丁寧にそれ を受け取った。 ﹁あ、ありがとうございますっ!!﹂ あまりの嬉しさに思わず大きな声をあげてしまうが、この際気に しなくていいだろう。 ﹁い、今食べていいですか!?﹂ 俺は近くに置いてあった長椅子を指差しながらアスハさんに聞い てみる。 ﹁えっ、い、今ですか⋮⋮?﹂ しかし俺の言葉にあまりアスハさんはいい顔をせず、少し顔に影 を落とした。 ﹁ダメ、ですか⋮⋮?﹂ 俺としては、本当にお腹が減ってきているので今すぐにでも食べ たいのだが⋮⋮。 ﹁⋮⋮うぅ、どうぞ⋮⋮﹂ するとアスハさんは若干渋りながらも、了承の意を俺に伝えてき てくれた。 ﹁アスハさんも行きましょうっ!﹂ 821 俺はアスハさんの手を引くと、休憩するためにおかれたのだろう 長椅子に腰を下ろした。 ﹁じゃあ、開けてみますね⋮⋮?﹂ 長椅子に座った俺は、横に座るアスハさんに確認をとる。 ﹁⋮⋮﹂ アスハさんの方も、どこか緊張しているような面持ちで、微かに 頷いた。 ﹁では⋮⋮﹂ 俺がゆっくりとお弁当の蓋を開けると、その中には︱︱︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱何も入っていなかった。 つまりは、その弁当は既に平らげられていたのだった。 822 ︳︶m ちょっと待とうか、アウラくん。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 823 ちょっと待とうか、アウラくん。 ﹁それにしてもやっぱり美味しかったなぁ⋮⋮﹂ 俺はベッドに横になりながら、さっき食べたアスハさんの弁当の ことを思い返していた。 最初、俺が弁当を開けたとき、その中には何も入っておらず、既 に食べ終えられていたのだが、それを見たアスハさんが固まったか と思うと、﹁ここで少し待っていてください﹂と言い残してどこか へ走り去っていってしまったのだ。 するとそれから少しだけ経った後、手に何かを持ちながらアスハ さんが帰って来た。 その何かをアスハさんが手渡してくるので見てみると、そこには 先ほどと同じような弁当箱。 恐る恐るその蓋を開けてみると、今度はちゃんと美味しそうなモ ノが並んでいて、俺の空腹を刺激した。 アスハさんから箸を渡された俺は、再度食べていいかということ を確認し、その弁当を食べ始めた。 食べながらふと、どうしてアスハさんは二つも弁当を持っている のだろうか、と思ったりもしたが、そんなことがどうでもなるくら いその弁当のうまいこと。 824 ﹁⋮⋮はぁ﹂ また、食べたいなぁ⋮⋮。 今回食べさしてもらったのは二度目だったが、やはりどうしても また食べたくなってしまう。 もちろんリリィたちが作るものもとても美味しいのだけれど、ア スハさんが作る料理は、俺やリリィたちが作る味とは違う気がする。 それがとても新鮮に感じることができて、とても美味しく感じら れる原因なのかもしれない。 ﹁うーん﹂ 自分から頼むのも恥ずかしいものがあるし、やっぱりアスハさん が作ってくれるのを待つしかないか⋮⋮。 俺は少し残念に思いながら、ベッドに頭を押し付けた︱︱。 ﹁⋮⋮ストー?ネストってばー﹂ ﹁⋮⋮ん⋮⋮ぅん?﹂ 自分の名前を呼ぶ声に、俺はゆっくりと目を覚ます。 ベッドで横になっている内にいつの間にか寝てしまっていたらし 825 い。 ﹁⋮⋮﹂ 一体誰が俺を読んでいたのかと思っていると、俺の身体に跨り、 さらに顔を近づけてきているリリィと目があった。 ﹁あ、おきたーっ﹂ リリィは俺が目を覚ましたことに気がつくと、ベッドから降りる。 ﹁⋮⋮それで、どうしたんだ?﹂ リリィが俺を起こしに来たということは何か用事でもあったので はないかと思い、俺はリリィに尋ねる。 ﹁ん、ごはんできたよ?﹂ ﹁⋮⋮あぁ、了解﹂ 俺は眠たい目を擦りながら、ベッドから身体を起こす。 きっとリリィが言っているのは、夕食のことだろう。 確かに俺は家に帰ってきてからは何も食べることなくこうやって 眠っていたのだから、わざわざ起こしにきてくれたということか。 幸いにも、アスハさんのお弁当はそこまで量も多くなかったので、 夕食程度であるならば軽く食べきることができるはずだ。 826 ﹁ふぅ⋮⋮っと⋮⋮﹂ 俺はベッドから立ち上がると、リリィが出て行った扉の方へと脚 を進めた。 ﹁おぉ、美味しそうだなぁ﹂ 俺は机に置かれたその料理に思わずそう零す。 肉なんかはもちろん、ちゃんと野菜まである。 ﹁じゃあ、食べようか﹂ 机には、俺、リリィ、アウラ、そしてトルエの四人がみんな揃っ たので、俺たちは食事をはじめる。 ﹁⋮⋮うん、おいしい﹂ 料理を一口分だけ、口に運ぶ。 口の中でふんわりととろけていく、ソレに思わずそう零す。 ﹁それリリィが作ったんだよー?﹂ 俺のその言葉に、嬉しそうにリリィが反応する。 ﹁へぇ、すごいなぁ﹂ 827 俺が、となりに座っているリリィの頭を撫でながらそう褒めてあ げると、リリィは嬉しそうに微笑む。 ﹁⋮⋮﹂ それに反してアウラたちがどこか浮かない顔をしているが、多分 気のせいだろう。 そんなことを思いながら、俺は再び料理を口に運び始めた︱︱。 ﹁⋮⋮⋮ふぅ、お腹いっぱいだわぁ⋮⋮﹂ 俺はとりあえず、今目の前にある料理は食べきろうと思っていた のだが、意外にも量が多くてきつかった。 まぁなんにせよちゃんと食べきれたので、良かったとしよう。 ﹁え、もうお腹いっぱい、なの⋮⋮?﹂ そんな俺に、アウラが意外そうな顔をこちらに向けてきた。 ﹁い、いや、でももう全部食べ終わったし⋮⋮﹂ 俺は変なこと言うアウラに、自分の空になった皿を示しながらそ う返す。 828 ﹁⋮⋮?ネストって今日昼食べてなかったわよね?﹂ するとアウラは、今度は確認するように聞いてきた。 ﹁ま、まぁ確かに食べなかったけど﹂ そのあとにアスハさんの弁当もらったし⋮⋮。 ﹁だから今日はたくさん作っておいたのよ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂ アウラはそう言うと、一度机から離れ、台所へと向かう。 俺はその後ろ姿を、恐る恐る目で追いかける。 ﹁⋮⋮﹂ すると、俺の気のせいだとは思うが、アウラは新しい料理が入っ た皿を持ってきた。 ﹁⋮⋮﹂ ち、ちょっと待とうか、アウラくん。 ﹁はい、これネストの分よ﹂ そう言って、無慈悲にも俺の目の前に新たな料理をおくアウラ。 829 ﹁あ、それもリリィがつくったやつーっ﹂ その料理をみてリリィがキラキラとした目を俺に向けてくる。 やめてくれ⋮⋮。 ⋮⋮そんな顔されたら、食べないといけなくなるじゃないか⋮⋮。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ しかし俺は中々、料理を食べ始める勇気が湧いてこない。 きっと一度でも食べ始めたならば、それを食べ終わるまで続けな ければいけないだろうからだ。 ﹁おいしい、よ?﹂ そんな俺に、リリィがそう言ってくる。 ﹁はい、あーん﹂ しかも何を思ったのか、その料理から一口分だけを取ると、俺の 口の前まで持ってきた。 これってもう食べるしか、ないじゃん⋮⋮? 830 すべてが終わったあと、俺が自分のお腹に対して回復魔法を掛けま くったのは、言わなくてもいい、よな? 831 仕返しをしよう︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 832 仕返しをしよう ﹁⋮⋮お腹が、重い⋮⋮﹂ 昨日から一夜が開けて、俺はベッドの上でそう呟いている。 回復魔法のおかげか、それとも単純に時間が経ったからか、俺の お腹事情は少しは改善されたようだ。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は、軽くお腹をさすりながら、見慣れている天井を黙って見上 げている。 そんな中、俺の頭、否、お腹の中ではある考えがよぎった。 ︱︱︱︱アウラに仕返しをしよう、と。 そう決意した俺はゆっくりとベッドから起き上がると、これまた ゆっくりと、自分の部屋から出る。 ﹁⋮⋮フフフ⋮⋮﹂ 今からやろうとしていることを思うと、自然と笑みがこぼれてし 833 まった。 すぐに誰かに見つかったときのことを考えて、表情を引き締める が、しかし思わず笑ってしまうのも仕方ない。 だって今からアウラにしようとしていることを考えれば、なぁ? ﹁ふふ⋮っ⋮⋮﹂ 俺はいけないとは思いながらも、再び笑いがこみ上げてくること を我慢することは出来なかった。 ﹁⋮⋮よし、じゃあやるか﹂ まだ、薄暗さが残る朝。 その時俺はただ一人、自分の家の庭にやって来ていた。 それは、あるものを探すためだ。 完全に周りが明るくなってきてしまったら、皆が起きてきてしま うと思い、わざわざこんな時間にやって来たが、あかりが少ないた めに、目的のものを見つけられない。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ そのことに俺は思わず溜息を零す。 834 既に探し始めて結構な時間が経っている。 しかしやはり見つからない。 周りも次第に明るくなってきており、皆が起きてくるまでの時間 も刻々と迫ってきているはずだ。 もしかしたら既に起きているかもしれない。 ﹁⋮⋮⋮⋮あ﹂ そんな時、周りが明るくなってきたおかげで、ついにソレを見つ けることができた。 ﹁⋮⋮ふっふふ⋮⋮﹂ 喜びのあまり、ついさっきみたいに笑うのを我慢できなくなって しまうが、まぁやっと見つけられたのだから、それくらいは良いか。 そうほくそ笑む俺の手には︱︱︱︱︱︱気持ち悪い虫の死骸が握 られていた。 ﹁⋮⋮誰もいない、よな⋮⋮?﹂ ゆっくりと、音を立てないように玄関の扉を開ける。 835 誰もいないことを隙間から確認した俺は、念の為にと、地面を這 いながら音を立てないように進む。 ﹁なにやってるのぉ?﹂ ﹁っ!?﹂ 突如、かけられた声に俺は思わず肩を震わせる。 顔を上げてみると、そこには眠たそうにしているリリィが居た。 ﹁⋮⋮お、おはよう﹂ 何を言えばいいのか分からず、ただそれだけを呟く。 ﹁ん、おはよぅ﹂ リリィも目を擦りながら俺にそう返す。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ しかし、これは一体どうしたらいいだろうか。 今からやろうとしていることは、本当だったら誰にもバレたらい けないことなのだが⋮⋮。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺はゆっくりと人差し指を自分の口元に押し当てる。 836 所謂、静かにして、というやつだ。 ﹁⋮⋮ぅん﹂ 俺の真面目な顔をしていたせいか、リリィは眠たそうにしながら も、コクリと頷いてくれた。 俺はそのことを確認すると、再び床を這いながら進む。 ﹁⋮⋮﹂ ふと、後ろを確認すると、どういうわけかリリィがついて来てい る。 しかしここで一悶着をして、アウラたちに気がつかれるよりは、 こうやって静かについてきてくれるほうがいいかもしれないと思い、 俺は特に何かいうこともなく、目的の場所を目指した。 ﹁⋮⋮よし、着いた⋮⋮﹂ 今俺は︱︱︱お風呂場の前にいる。 因みに後ろにはリリィがきちんとついて来ている。 ﹁⋮⋮ふふふっ﹂ 837 おっと、イカンイカン。 どうにかここまで来ることができたのだから、最後までやり遂げ なければいけない。 ﹁⋮⋮ちょっとここで待っててくれな⋮⋮?﹂ 俺が後ろで待っているリリィにそう言うと、リリィはやはり眠た そうにゆっくりと頷いた。 ﹁⋮⋮よし、これで大丈夫﹂ 俺の目の前には、虫の死骸。 それもかなり気持ち悪いやつだ。 それをお風呂場の真ん中らへんに置いておく。 ﹁あとは、アウラがお風呂に入るのを待つだけ⋮⋮﹂ その時の俺はきっと、物凄い悪い笑みを浮かべていただろう︱︱ ︱。 ﹁あ、アウラおはよう﹂ 838 都合がいいことに、今日の朝食を作る担当は俺だったので、つい でに料理をしていたら、アウラが起きてきた。 ﹁まだ結構かかるから、先にお風呂入ってきたら?﹂ 俺は、作りかけの料理を目で示しながらアウラに提案する。 ﹁そうね。なら先に入ってこようかしら﹂ ⋮⋮ふふふ︱︱︱計画通り。 俺の提案に何の疑問も抱くことなく、アウラはお風呂場へと向か っていった。 因みにリリィは椅子に座りながら、朝食を今か今かと待っている。 そして俺は、アウラの叫び声が聞こえてくるのを、今か今かと待 っている。 ﹃キャァァァァアアッッ!!﹄ ︱︱︱ほらほら、聞こえてきた。 俺は、仕返しが成功したことに笑みを浮かべる。 ﹁ね、ネストっ!む、虫がっっ!!﹂ ﹁なっ!?﹂ 839 、、 次の瞬間、ドタドタという音が聞こえてきたかと思うと、なんと アウラが全裸で俺の目の前にやってきた。 これには、俺もびっくりだ。 ﹁おkふぁおkふぁ@fkpッッッ!?﹂ あまりにもびっくりしすぎて、自分でもわかるくらい変な声を出 してしまった。 ﹁こ、これっ!﹂ 俺は近くにあった身体を隠せる程度の大きさの布をアウラに投げ つけると、アウラに背を向ける。 ﹁どうしたのぉー?﹂ そんな時、リリィがアウラの声に心配してきたのか、こちらへと やって来た。 ﹁む、虫がいたのよっ!お風呂場にっ!!﹂ アウラがおそらく涙目になりながら、リリィにそう訴える。 ﹁⋮⋮﹂ 俺はしてやったり、と思いながらアウラの声を聞いている。 ﹁んー?﹂ 840 リリィはというと、アウラの言葉に首をかしげていた。 ﹁あっ﹂ そんな時、リリィが何かを思い出したかのような声をあげる。 ﹁だから、ネストあんなところにいたのかぁー!!﹂ そして、そんな爆弾を落とした。 ﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂ ︱︱︱時が、止まった。 ﹁⋮⋮どういうこと?﹂ さっきまでの勢いが嘘のように、一変して今度は俺を睨みつけて くるアウラ。 ﹁い、いや⋮⋮?﹂ 俺は、アウラから視線を外しながら、そう反応することしかでき なかった。 841 その後、俺がどうなったかは、言うまでもない︱︱︱。 ただ、街では男の叫び声が聞こえた、ということだけは言ってお こう︱︱︱。 842 ︳︶m 現実が充実していない野郎ども︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 843 現実が充実していない野郎ども ﹁⋮⋮はぁ、昨日は大変だったなぁ⋮⋮﹂ 俺はベッドから天井を見上げながらそう呟く。 あのあと、お風呂場にあった虫が、実は俺の仕業であるというこ とが発覚し、色々とやり返された。 まぁ確かに俺の方が明らかに悪いのだが⋮⋮。 ﹁⋮⋮今日はギルド行こう、かな﹂ 結局昨日はギルドには行かなかったので、もしかしたら治療する 人がたくさんいるかもしれない。 俺は、そう思うとベッドから立ち上がり、着替え始めた。 ﹁⋮⋮あれ、アウラは?﹂ 着替え終わった俺が、いつもご飯を食べる部屋まで行くと、そこ には料理を作っているリリィ、それと大人しく座っているトルエの 二人だけがいた。 844 不思議に思い、座っているトルエに聞いてみる。 ﹁えっと、ギルドに行ったよ⋮⋮?﹂ すると、どこか目をそらしながらもトルエはそう教えてくれた。 ﹁ふーん﹂ どうしてそんな余所余所しい態度なのかは分からないが、まぁ今 はそんなことはいいだろう。 アウラの方もきっと早目にギルドに行って、治療をする準備でも してくれているのかもしれない。 俺はそう一人納得すると椅子に座り、リリィの朝食ができるのを 今か今かと待ち続けた。 ﹁じゃあ俺は先行ってるから﹂ リリィ特製の朝食も食べ終わった俺は玄関から、まだ家の中に残 っているリリィとトルエにそう伝える。 子供二人を残して先にいってしまう、というのもアレかもしれな いが、トルエもいるし大丈夫だろう。 845 俺はそう思い、玄関の扉を開け、一人街へと向かった。 ﹁あ、ネストちゃんじゃない。今日もがんばってねぇ﹂ ﹁あ、ありがとうございますー﹂ 街を歩いていると、途中で顔なじみのおばちゃんから声をかけら れた。 適当に返事をしながら、俺は再びギルドへと歩き出す。 ﹁⋮⋮﹂ その、俺が歩きだそうとした瞬間、おばちゃんがいきなり近づい てきたかと思うと、まるで俺の足に自分の脚をかけるように、その 脚を突き出してきた。 ﹁︱︱︱え?﹂ 当然俺が反応できる訳もなく、そのまま足に引っかかると﹁ブギ ャッ﹂という変な声をあげつつ、前に転んでしまう。 ﹁ひ、ひーる⋮⋮﹂ 顔を地面にくっつけながら、俺はそう呟く。 ﹁⋮⋮﹂ 846 俺は、ゆっくりと地面から立ち上がり、どうしてこんなことをし たのかおばちゃんに聞くべく、後ろを振り返る。 ﹁⋮⋮﹂ しかし、そこには当たり前というべきか、おばちゃんは既におら ず、ただ冷たい風だけが吹いているだけだった。 ﹁⋮⋮うわっ、と⋮⋮﹂ また、転んだ。 一体これで何回目だろうか。 もうすぐギルドに着きそうなのだが、ここに来るまでに恐らく十 回以上脚をかけられているのだ。 もちろん俺だってそこまでやられたら、避けらそうなものだが、 相手はなんと一人ではなく大人数できたりもするから困る。 さっきなんて五人同時にやってきて、三回も転ばされてしまった。 文句を言おうともしているのだが、皆はその瞬間に土煙を残した りしながら去っていくのだ。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 847 一体全体どうして皆こんなことをしてくるのだろうか。 俺は少し憂鬱になりながら、だんだんと近づいてきたギルドへと 目を向ける。 ﹁⋮⋮﹂ なんか今日治療をするのが嫌になってきた。 なぜなら先程から脚をかけたりしてくるのは、みんな一度以上は 治療したことのある冒険者がほとんどだったからだ。 ﹁⋮⋮まぁ、良いか⋮⋮﹂ しかし今日治療して欲しい人もいるだろうから、と思い、俺は目 の前のギルドの扉をゆっくりと開けた。 ﹁よし、今日も終わったぁ⋮⋮﹂ ギルドでも何度か転ばされたりすることもあったが、無事にみん なを治療し終えることができた。 正直もう転ばせてくるのは諦めている。 これ以上周りに気を配ったりしたら、余計に疲れてしまうし、ど うせ痛みも感じたりするわけでもないしな。 848 けど唯一気になるところと言えば、どうしていきなり皆がこんな ことをしてくるようになったのか、である。 何か理由がなければ、こんなことにはならないだろう。 ﹁⋮⋮うーん﹂ そんな時、ふと依頼の紙が貼られているところが目に入った。 ﹁⋮⋮?﹂ その中で一つだけ、何やら目立つように貼られてある依頼書があ る。 なんだろうと思い、その紙の目の前までやってくる。 ﹃俺を転ばせて見やがれっ!現実が充実していない野郎どもっ! 依頼者︱︱アネスト﹄ ﹁⋮⋮﹂ 俺は、無言でその紙を破りとった。 ⋮⋮依頼者なんだから、いいよな? 因みに報酬など書かれていなかったということは、無料なのだろ 849 う。 ﹁⋮⋮はぁ、帰ろ﹂ 俺は来たときと同じように、ゆっくりとギルドの扉を開け、来た 時とは違って、その扉から外に出たのだった。 ﹁⋮⋮ここなら大丈夫、だよな?﹂ 俺は今、帰り道の途中なのだが、今日は見晴らしのいい広場を通 って帰ることにしている。 確かに少し遠回りになってしまうが、転ばされるよりは幾分かマ シだと思い、この道を選んだのだ。 確かにあの誰か貼ったのか分からない依頼書は破っておいたが、 その前に見ていた人、つまり現実が充実していない人たちが俺に脚 をかけてくるかもしれない。 何をもってして、現実が充実しているのか判断するのかは分から ないが、まぁ、こうしてくるということは、そういうことなのだろ う。 しかしそんな相手でも、この見通しの良いところであれば、さす がの俺でも避けられる。 ﹁⋮⋮ん﹂ 850 一度周りを見回すが、今のところは誰も居なさそうだ。 ﹁︱︱︱ぇ?﹂ そんなことを思った瞬間、なんと俺は、転んでしまった。 しかし今見回した限りでは、誰もいなかったはず。 ﹁っ!?﹂ 治療することも忘れて、慌てて後ろを振り返る。 しかしそこには、誰もいない。 きっと物凄い足が早い人が居たんだな、と思い少し腹が立つ。 わざわざそこまでしなくてもいいだろ、と。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ しかし、誰かにその怒りを伝えることもできず、下に顔をやりな がら溜息を零す。 ﹁⋮⋮⋮⋮あ﹂ 俺はそこで、見てしまった。 851 地面に転がっている少しだけ大きい︱︱︱︱︱石を。 そこは、今しがた俺が転んだ、ちょうどその場所だった。 852 まるで獣︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 今回キリが悪いですごめんなさいm︵︳ ︳︶m 853 まるで獣 ﹁⋮⋮よしっ、じゃあ今日もはじめるぞーっ!﹂ 俺は軽く腕を上げながら、ギルドに響くくらいの声でそう告げる。 昨日は転ばされすぎて疲れたが、一夜あけたらそんなことをされ ることもなく、リリィたちと順調にギルドまでやってくることがで きた。 まぁ当然といえば当然なのだが、来るときに足元を見まくってい たのは仕方ないだろう。 因みに、昨日の依頼書が結局誰だったのか。 アウラに聞いてみたら、余所余所しい顔をしながら﹁し、知らな いわよ﹂と一言。 俺の方も無理して聞かなくてもいいと思っていたので、特にそれ 以上は追求することなくその話題は終わることとなった。 今となっては謎に包まれてしまったが、まぁいいか。 そんなことより今は治療だ。 俺はそう頭を切り替えると、俺の前にやって来た患者に目を向け た。 854 ﹁はぁ、じゃあ昼休憩なー﹂ 俺のその言葉にギルドの中からは軽く文句の声のようなモノが上 がるが、気にしない。 何故か。その声を上げているのは皆すでに治療を終えている冒険 者のおっちゃんたちだからだ。 それに一応は急ぎの患者のような人たちは皆治療を終えたし、ト ルエを残しておく必要もないな。 そう思い、俺たちは昼食をとるべく、ギルドの扉へと向かった。 ﹃ガタンッ!!﹄ ﹁え⋮⋮﹂ しかし、俺が扉に手をかけようかというその瞬間、扉が乱暴に開 かれ、俺に迫ってきた。 ﹁う、うわぁっ!!﹂ そしてそこからは何やら誰かが飛び込んでくる。 そうすると当然、扉の前にいた俺とぶつかってしまうわけで⋮⋮。 外から飛び込んできた誰か共々ギルドの床に転がる。 855 その時に気がついたのだが、どうやら中に飛び込んできたのは三 人だったようで、一人を二人が横から肩で支えている、といった感 じだ。 ﹁⋮⋮っしょっと⋮⋮﹂ 俺はゆっくりと立ち上がり、一体どうしたのかとその三人を見て みる。 ふとそこで、さらに気がついたことがあった。 俺の手が、血で染まっていたのだ。 ﹁イタタタタ⋮⋮﹂ その時、三人の内の二人が立ち上がった。 ﹁⋮⋮ってこんなことしてる暇ねぇ!﹂ かと思ったら今度はいきなりそう叫ぶ。 ﹁おいネスト、こいつ治療してやってくれねぇか!?街の近くで 倒れててよ!﹂ ﹁っ、了解!﹂ 手に血がついていることに気がついた時から、怪我をしているの かもと思っていたが、やはりそうだったらしい。 856 二人の言葉を聞いた俺は、直ぐに治療に取り掛かる。 実際傷がどれくらいなのかは分からないが、この際ちゃんと治療 をしたほうが良さそうだ。 ﹁⋮ッヒール﹂ 俺がそう呟くと、怪我をしている人の身体が微かな光に包まれた かと思うと、すぐにその光が収まった。 ﹁よし、多分だけどこれで大丈夫﹂ ﹁そ、そうか⋮⋮﹂ 俺の言葉に、連れてきた二人だけでなく、ギルドにいた冒険者や 職員たちもホッと胸をなでおろしている。 ﹁多分元々そこまで傷が深くなかったみたいなんで﹂ 念の為に、と思いそれだけちょっと付け足しておく。 ﹁よし、じゃあちょっと事情も聞かないとイカンから、起こすか﹂ いま治療したばっかりというのに、一緒に連れてきた人はそうや っていうと、本当に起こそうとしているらしく、その人の頭をかる く叩く。 その倒れている人は頭に布を巻いており、起こそうと叩くたびに その結び目がどんどんと緩んでいくのがふと気になった。 857 ﹁⋮⋮ぁ﹂ 俺がふと気になっていたその結び目が、ほどけた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ その瞬間だったか、ギルドの中が凍りついた。 その布の下には、人間とは思えない、まるで獣そのものの耳が、 あった︱︱。 858 獣の耳はピクピク︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 次説明回になるかもしれません>< 859 獣の耳はピクピク ﹁⋮⋮えっと?﹂ 俺は突然ギルドの雰囲気が変わったことに戸惑っていた。 倒れていた人の頭に巻いていたその布が解け、獣そのものの耳が 顕になってからこうなったのだ。 ﹁おいおい⋮⋮﹃獣人﹄じゃないか⋮⋮﹂ そんな中、誰かがそう呟くのが聞こえた。 ﹁﹃獣人﹄⋮⋮?﹂ 俺は今まで生活してきた中で初めて聞く単語に思わず首をかしげ る。 しかし、今の呟きにはとても歓迎しているような響きは含まれて いなかった。 逆にどこか不快さのようなものが感じられた気がする。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は静かに周りを見回す。 すると目があった人達は気まずそうに目を逸らし、無言のまま立 860 ち尽くしている。 ﹁⋮⋮あ、今日は治療これで終わります﹂ 俺はそう言うと、倒れている人の肩を支えるようにして、ゆっく りと立たせる。 最初、ここまで連れてきてくれた二人は既にその人から離れてし まっていて、こちらをジッと見つめていた。 ﹁⋮⋮じゃあ﹂ 俺はそう一言だけ残すと、肩でその人を支えながら、ゆっくりと ギルドの扉をあける。 誰かが驚いたような声を上げていたけど、今は帰ったほうが良さ そうだ。 ﹁うーん⋮⋮﹂ 俺は、隣で一向に目を覚まさないその人を見る。 倒れていた時は分からなかったが、その人はどうやら男らしい。 そして、俺はそのことが分かると、改めてその耳を確かめる。 やはりどこからどう見ても獣である。 861 ﹁ふぅー﹂ つい悪戯心が湧いてしまい、思わず息を吹きかけてみる。 それに反応してかその獣の耳はピクピクと反応してくれた。 ﹁おぉぅ⋮⋮﹂ これでどうやら本物らしいということが分かったが、それはそれ で感慨深いものがある。 一体どういうつくりをしているのだろうか⋮⋮。 俺がそんなことを思っているうちに、いつの間にか俺の家がだん だんと近づいてきたのだった。 ﹁ぅ⋮⋮こ、ここは⋮⋮?﹂ ﹁あ、起きた?﹂ 家に帰り着いて少ししたとき、その獣耳の男が目を覚ます。 ﹁っ!?﹂ その男は俺に気がつくと、物凄い速さで後ずさる。 862 ⋮⋮かと思うと、こちらを睨みつけてきた。 もしかして、俺のことを敵だと思っているのだろうか。 ﹁あー、俺敵じゃないから大丈夫。怪我もしてたから治療したし﹂ 俺は両手を上げながら自分の無害を示す。 ﹁⋮⋮?﹂ その男は訝しみながらも、俺に敵意がないことを察してくれたの か、警戒を少し解いてくれたようだ。 ﹁⋮⋮それで、ここは?﹂ すると落ち着いてきた男が、俺にそう聞いてくる。 ﹁えっと、ここは俺の家なんだけど。何でもアンタがこの街の近 くで倒れていたのを俺のところまで冒険者が連れてきてくれたんだ。 これでも俺、回復魔法も使えるし﹂ ﹁⋮⋮そうか﹂ 俺の言葉に納得してくれたらしい男は、ゆっくりと元いた場所ま で戻ってくる。 ﹁⋮⋮⋮⋮ブロセルだ﹂ ﹁え?﹂ 863 男は黙り込んだかと思うと、突然にそう呟いた。 ﹁ブロセル、俺の名前だ﹂ ﹁あ、あぁ。名前ね﹂ どうやらこの獣耳の男はブロセルという名前だということが分か った。 ﹁俺はアネストって言うんだ。みんなにはネストって言われてる けど﹂ 相手の名前を教えてもらったからには自分もしないわけにはいか ないと思い、俺もそう返す。 ブロセルは、﹁ネスト、か﹂と小さく呟くと再び黙り込む。 そこで俺はふと、ブロセルに聞きたいことがあったことを思い出 した。 それは、もちろん﹃獣耳﹄についてだ。 ﹁なぁブロセル、その耳って⋮⋮なに?﹂ 俺は目でブロセルの獣耳を見つめながら、ブロセルにそう尋ねる。 ﹁む?ただの耳だぞ?﹂ ブロセルは俺の質問の意味が分からないといった風に首をかしげ ながらそう呟く。 864 ﹁俺は﹃獣人﹄だからな﹂ ︱︱︱︱また出た。 やはり今までの記憶を辿ってみても、そんな単語は聞いたことが ない、と思う。 ﹁その、﹃獣人﹄ってのはなんなんだ?﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ やっぱりいくら考えてみても分からないので、諦めて本人に聞い てみたところ、ブロセルは再び意味が分からないような声をあげる。 ﹁⋮⋮もしかして、﹃獣人﹄をしらない、と?﹂ しかし俺の表情から何かを察してくれたのか、俺にそう聞いてく れる。 ﹁⋮⋮知らない﹂ きっとブロセルの反応からして、一般常識なのだろうけれど、田 舎者の俺はそんなこと知らない。 俺は少し恥ずかしさを覚えながらも正直にブロセルに応えた。 ﹁⋮⋮はぁ、じゃあ教えるぞ?﹂ ﹁お願いします﹂ 865 ブロセルは少し驚きのようなものをその表情に浮かべながらも、 俺に獣人について教えてくれるようだ。 ﹁いいか?獣人ってのは︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱﹂ 866 獣人と人間は敵︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 867 獣人と人間は敵 ﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ってところだな﹂ ﹁うーん、大体は分かったと思う﹂ 俺は結構長いあいだブロセルの話を聞いていた。 曰く、獣人と人間は敵対関係にある。 曰く、獣人は人間だけではなく人間と比較的仲がよい魔族とも敵 対関係にある。 曰く、人間と獣人、そして魔族はそれぞれで、敵対関係にある国 に対する反教育のようなものを行っている。 ここまでが大体人間と獣人の関係についての話だ。 そして俺はさらに獣人についても聞いてみた。 曰く、獣人は五感が優れている。 曰く、獣人は身体強化という魔法のおかげで、魔族同等の身体能 力を引き出せる。 というのが、俺がブロセルから聞いたことだ。 ﹁⋮⋮あれ?﹂ 868 しかし俺はそこでふと疑問に思ったことが二つほどあった。 ﹁ならどうしてブロセルは仲が悪いはずの人間のいる街に来たん だ?﹂ まず一つ目はこれだ。 今の話を聞く限り、獣人は国全体で人間を嫌うように教育してい る、ということだったが、ならどうしてブロセルがわざわざここま で来た意味が分からない。 ﹁⋮⋮妹、妹を探すために﹂ ﹁妹⋮⋮?﹂ 俺はブロセルの応えに思わず目を細める。 なんだかこの前にリリィの件があったばっかりだったので、つい、 またか⋮⋮と思ってしまった。 ﹁念の為に聞くけど、その妹の名前って﹃トルエ﹄とか﹃アウラ﹄ じゃ、ないよな?﹂ 俺は一応の確認のためにブロセルに聞いてみる。 ﹁あぁ、システル、という名前だから違うな﹂ ﹁そ、そうだよな﹂ 869 よく考えてみてもアウラやトルエにはブロセルのような獣耳は生 えていない。 というかよく考えてみなくても分かるようなことだった。 ﹁⋮⋮それでその妹っていうのはこの街に来てるのか?﹂ 俺は、暗い顔をしているブロセルが気になり、そう聞く。 ﹁⋮⋮いや、急に居なくなったから、いろいろなところを探して 回っているんだ。そしたらこの街にたどり着きそうなところでさす がに疲れが限界まできてしまったらしくてな⋮⋮﹂ ブロセルはそういうと、悔しそうに顔を歪め、床を睨みつける。 あ、そういえばもう一つの質問もあったんだ、と思い出した俺は 丁度いいタイミングかと思い聞いてみることにする。 ﹁それで、怪我してた時なんだけどこの街の冒険者がブロセルを 連れてきてくれたんだ﹂ ﹁ん、あぁ、多分その時は俺が頭に布がまいてたんじゃないか?﹂ 俺の言葉を特に不思議に思うようすもなく、ブロセルはそう答え る。 ﹁あぁ、それはそうなんだけど﹂ 俺もそれは分かっている。 870 最初はブロセルの言うとおり、頭に布を巻いていたから冒険者も 親切にしていてくれたんだと思うけど⋮⋮、俺が聞きたいのはこれ じゃない。 ﹁俺が治療し終わったあと、ブロセルの頭に巻いてた布が解けた んだ﹂ ﹁⋮⋮そうか﹂ ブロセルは落ち込んだような声で、俺にそう返す。 しかし俺は続ける。 、、 ﹁⋮⋮それなら、どうして皆は何もしてこなかったんだ?﹂ 俺が本当に聞きたいのは、これだ。 ブロセルの頭に巻いていた布がほどけたとき、ギルドにいる人た ちは、こちらを少し嫌そうに見るだけで、他には特に何もしてこな かった。 普通敵ならあそこで襲わないでいつ襲うんだって話だ。 ﹁⋮⋮あぁ、それならこの﹃耳﹄のせいじゃないか?﹂ 俺の言葉にブロセルは自らの耳をピクピクさせながらそう教えて くれる。 ﹁﹃耳﹄ってその﹃獣耳﹄のことか?﹂ 871 俺はブロセルが言うことがにわかには信じられず思わず聞き返す。 だって、﹃耳﹄が嫌いだからあの時襲わなかったなんて⋮⋮。 ﹁⋮⋮俺の国で聞いた話によると、人間は普通は耳が動かないら しいな﹂ ﹁ん、そりゃあ普通は動かせないと思うけど⋮⋮﹂ 俺は耳を動かしてみようと思ってみるも、まず耳にどうやって力 を入れたらいいのか分からず断念する。 多分みんなも同じだと思う。 ﹁だから人間はこの耳が動くのが苦手らしい。まぁ本当にそれが 理由なのかは分からないが⋮⋮﹂ ﹁ま、まじか⋮⋮﹂ 俺はピクピクと動いているブロセルの耳をみながらそう呟く。 どう見てもこの耳が原因でギルドで皆が襲ってこなかったとは思 えないんだが⋮⋮。 かく言うブロセルも、自分でそのことが分かっているのか、少し 首をかしげている。 けど、よく考えてみたら俺が以前にエスイックのいる城に忍び込 もうとしたとき、獣っぽい衣装をしていた気がするんだが、それは どうだったんだろうか⋮⋮。 872 ﹁うーん、良く分からないな﹂ やはり少し考えてみても他に何か原因らしきものも見つからなか った。 ﹁けど、もし本当にその耳が怖くて襲ってこなかったっていうな ら︱︱﹂ 俺はいつも治療にくる冒険者のおっちゃん達を思い浮かべる。 ﹁︱︱︱︱すごいビビリなんだな﹂ 873 ︳︶m ブロセルはいいお嫁さん︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 874 ブロセルはいいお嫁さん ﹁こ、これはどれがいいんだろうか⋮⋮?﹂ 俺は今、馬車を借りるために専門のお店へとやって来ていた。 どうして馬車を借りようとしているのかと聞かれれば、都に行く ためだ。 そしてどうして都に行こうとしているのかと聞かれれば、獣人で あるブロセルの妹探しを手伝うためだ。 ﹁あ、おっちゃん、馬車を借りるにはどうしたらいいんだ?﹂ その時、偶然にも通りかかった店主であるおっちゃんに聞いてみ る。 どうせこうし続けていたところで素人の俺にはわからないだろう し。 ﹁ん?あぁ馬車ね。すまんが実は馬車は予約が一杯でなぁ。もう ちょっとしないと空きがでないんだわ﹂ ﹁おぉぅ⋮⋮﹂ まさか最初の段階でつまずいてしまうとは思っていなかった俺は おっちゃんの応えに変な声を上げてしまう。 875 おっちゃんの話をもう少し聞いてみたところ、次に馬車が空きそ うなのは三日後くらいだそうで、俺は念の為に次の馬車の予約をし てから家への帰途へついた。 ﹁ただいまー⋮⋮ってあれ?﹂ 馬車を借りる店から帰った俺を待っていたのは、出かける前より 綺麗になった家だった。 一瞬気のせいかと思ったが、やっぱりいろいろなところが綺麗に なっている。 床も心なしか少し光っている気がする。 ﹁⋮⋮?﹂ 確か今アウラとリリィ、そしてトルエは家にはいないはずだ。 なぜかというと、どうやらアウラは獣人の耳が苦手らしく、そし て意外にもリリィも獣耳がダメらしい。 トルエはというと、二人とは逆に特に獣耳が苦手ではないそうで、 今いないのはただ二人に会いに行っているからだ。 では、一体誰が掃除をしたのか。 876 ﹁⋮⋮い﹂ ふとその時、台所から何やら物音が聞こえた。 俺は足音をたてないようにして、ゆっくりと台所へと向かう。 ﹁⋮⋮よし、できた﹂ そこにはなんと、手馴れた様子で料理をするブロセルの姿があっ た。 ﹁⋮⋮な、なにしてるんだ?﹂ ﹁あぁ、世話になってる身として家事をやろうと思ってな﹂ いきなり声をかけた俺に対し、特に驚くこともなくそう返してく るブロセル。 そういえば獣人は五感が優れている、と言っていたからそれのお かげなのかもしれない。 ﹁ってことはこの家を掃除したのも?﹂ ﹁俺だな﹂ 料理を作り続けているブロセルが、こちらを振り返ることなく即 答する。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 877 俺はそんなブロセルを素直に凄いと思った。 料理は一通りできる俺でも、ここまで綺麗に掃除は出来ないだろ うし、アウラたちなら出来るかもしれないが、これをやったのが男 だというのが凄い。 ブロセルはいいお嫁さんになりそうだなぁ、と心の中でそう思う。 ﹁ネストは確か朝飯は食ってなかったはずだが?﹂ ﹁あぁ、まだ食べてないけど﹂ ブロセルの言うとおり、俺はまだ朝食を食べていない。 朝一に馬車のお店に行ったのだが、その甲斐虚しく無駄足となっ てしまった、というわけである。 ﹁じゃあネストもこれ食べるよな?﹂ ブロセルは自分が今作っている料理を目で示しながら、俺にそう 提案してくれる。 ﹁ん、じゃあ貰っていいかな?﹂ ﹁あぁ、たくさん作ったからな﹂ ﹁おぉ、ありがとう﹂ 俺はブロセルの言葉に甘えて、料理をもらうことにした。 878 ちょうど料理の方も出来上がったのか、ブロセルがどんどんと皿 に料理を盛っていく。 皿に盛りつけられた料理からはまるで、美味しさを表してくれて いるような湯気が料理を包み込み、俺の食欲に火をつける。 ﹁⋮⋮ごくり﹂ 思わず喉を鳴らす。 ﹁よいっしっと﹂ ﹁⋮⋮じゃあ、早速﹂ ブロセルが席についたことを確認した俺は、一言だけ告げると、 まず一口、口に運ぶ。 舌の上でとろけるほどの料理のやわらかさ。 鼻に残るこの匂い。 そして、口の中いっぱいに広がる、料理そのものの味。 ﹁こ、これ︱︱︱︱﹂ 食べている最中なのは重々承知だが、言わずにはいられない。 879 ﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱マズイ﹂ ブロセルの料理は一見美味しそうで、恐ろしく美味しくなかった 880 俺はまだ死にたくない。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 881 俺はまだ死にたくない。 ﹁これ、マズイ⋮⋮﹂ 俺はブロセルの料理を味わうと、そう呟く。 今までのブロセルの家事が完璧だったために、今回のは少しばか り落差が激しい。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は手を膝の上に置き、目の前にある料理を眺める。 やっぱり見た目はとても美味しそうで、盛り付け方もなんか上手 い気がする。 ﹁⋮⋮﹂ 眺めているうちに、不味かったのは俺の勘違いだったのではとい う考えにたどり着いた俺は恐る恐る、もう一口だけ食べてみた。 ﹁⋮⋮マズイ⋮⋮﹂ やはり、美味しくない。 しかし、不味いといっても食べられないほどではないことに気が ついた。 882 既にリリィの作った料理を食べているからそう思ってしまうのか もしれないが⋮⋮。 ﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂ ふと、俺の前に座っているブロセルに目を向けてみると、そこに は何と美味しそうに料理を食べるブロセルがいた。 ﹁今回のは上出来だな⋮⋮﹂ しかもブロセルの口からはそんな言葉が溢れている。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は改めてその料理を見てみるが、やはり次の一口を食べる気は 起きず、結局、申し訳ないが残りはブロセルに食べてもらうことと なった。 因みにブロセルは、俺の分もおいしいと呟きながら、完食してい たのだった。 ﹁⋮⋮おなか減った⋮⋮﹂ 俺はお腹をさすりながら一人机に突っ伏している。 883 さっきはブロセルの料理を食べることができなかった。 自分でも作ろうと思ったが、どうしてもやる気が起きず、今に至 っている。 ﹁⋮⋮というか、ブロセルの味覚大丈夫なのか⋮⋮?﹂ 俺はふと頭に浮かんだ疑問を声に出す。 しかし、もちろん誰かがその答えを返してくれるわけでもなく、 結局は自分で考えなければならない。 ﹁うーん⋮⋮﹂ たぶん、可能性としては二つ。 まず、ブロセル自身の味覚がおかしい、という可能性。 俺としては、これが最有力候補だと思っている。 そしてもう一つは、人間と獣人の味覚に差があるという可能性だ。 本当にあるのかは分からないが、もしかしたらそういう可能性も ある、ということも考えられる。 ﹁⋮⋮ん、待てよ⋮⋮?﹂ そんなことを考えていたその時、俺はあるひとつの重要なことを 思い出した。 884 ﹁⋮⋮味覚がおかしいなら、トルエの料理も、いけるんじゃない か⋮⋮?﹂ そうそれは、トルエの、あの料理のことである。 この際、人間と獣人の味覚に差があるなんてことはどうでもいい。 今は、ブロセルがトルエの料理を食べて、どうなるかが重要だ。 すっかり腹の減りも気にならなくなった俺は、そろそろ帰ってく るだろうトルエの為に、料理を始めるのだった。 ﹁えっと、じゃあ作るよ⋮⋮?﹂ 今、俺の目の前には、料理を作ろうと意気込んでいるトルエがい る。 いつもであれば、そんなことをさせまいとする俺だが、今日はブ ロセルの味覚を確かめるために、仕方なくやっているのだ。 そう、仕方なくやっているのだ。 断じて、美味しくない料理を食べさせられた腹いせなどではない。 ﹁⋮⋮お、俺は向こうで待ってるから﹂ 885 しかしさすがにトルエが料理しているところを見る勇気も起きず、 俺は大人しく椅子に座って待つことにする。 因みにトルエが帰ってきたのは意外にも夕方ごろで、ちょうどブ ロセルも夕食を作ろうと貸している部屋から出てきたときだった。 料理をしようとするブロセルに、トルエが作るから大丈夫だと伝 え、今は一緒にトルエの料理を待っているという訳だ。 ﹃カタンカタン﹄ その時ふと聞こえる野菜を切る音。 普段ならどこか、うとうとしてしまいそうになるその小さな音も、 俺にはまるで死の宣告が足音を立てながら近づいてきているような 音に聞こえて仕方ない。 ﹁⋮⋮﹂ ブロセルはというと、トルエの料理の恐ろしさを知らないために、 別段気にした様子もなく、ただ料理ができるのをうずうずと待って いるだけだ。 ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 自分でこんなことをやろう言い始めたが、既に俺は、若干の後悔 を胸に抱いていたのだった。 886 ﹁できたよ⋮⋮?﹂ そう言いながら皿に盛り付けた料理を持ってきてくれるのは、ど こか不安そうな顔をするトルエ。 因みに皿はブロセルの分だけである。 トルエには悪いが、俺はまだ死にたくない。 ﹁ん、じゃあもらおう﹂ 目の前に置かれた料理を、ブロセルが口に運ぶ。 そして数回、咀嚼するような仕草をしたかと思ったら、ブロセル が︱︱︱︱固まった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 固まる一瞬前に目を見開き、少し口を開けたまま、固まっている のだ。 ⋮⋮あ、これはさすがに厳しかったか? 俺はさすがにトルエの料理を食べさせたことを申し訳なく思いつ つ、すぐに回復魔法をかけようと試みる。 ﹁⋮⋮⋮⋮う﹂ その時、ブロセルから微かに反応があった、気がした。 887 まさかトルエの料理を食べて、ここまで耐えることができるとは、 と感心しつつブロセルを見てみると、口元が少しだけ震えているの がわかった。 ﹁⋮⋮?﹂ 何かをぼそぼそとつぶやいているようだが、よく聞こえない。 ﹁⋮⋮⋮⋮まい﹂ 俺はブロセルが何を言っているのかを確かめるために口元に近づ く。 ﹁⋮⋮うまいッッ!!!﹂ ﹁うわっ!?﹂ しかし俺が近づいたその瞬間、いきなりブロセルが叫んだ。 ありえない言葉を口にしながら。 ﹁う、うまい⋮⋮?﹂ 俺は恐る恐る、ブロセルに声をかける。 ﹁あぁ、うまいっ!これはうまいぞッッ!!﹂ その問いに大きな声で即答しながら、ブロセルは再びトルエの料 理を口に運び始めた。 888 ﹁⋮⋮﹂ 俺はここで一つ確信する。 ブロセル、もしくは獣人そのものが、味覚がおかしい、と。 あ、俺の飯⋮⋮⋮⋮ 889 可愛いのではないだろうか。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 890 可愛いのではないだろうか。 ﹁ブロセルー、準備できたかー?﹂ 俺は貸している部屋で、都に行く準備をしているブロセルに声を かける。 昨日、とうとう馬車を貸せるという連絡をもらった俺たちは、こ うやって準備をしているわけだ。 では、どうして都に行くのか。 それは、居なくなってしまったというブロセルの妹を探しに行く ためだ。 ﹁あぁ、今終わった﹂ 声をかけて少し経ってから、荷物を持ったブロセルが部屋から出 てきた。 ﹁トルエは先に馬車に乗ってるからブロセルも乗っててくれ﹂ ﹁ん?ネストは乗らないのか?﹂ ﹁あぁ、ちょっとギルドに挨拶しに行ってくる﹂ 前回、何も言うことなくギルドで治療をするのを休んでいたので、 今回はちゃんとギルドに行ってから、都へ向かおうと思っていたの 891 だ。 ブロセルにそう言い残した俺は、ギルドの方へと向かった。 ﹁お疲れ様でーす﹂ 俺はそう言いながら扉を開け、ギルドの中へとはいる。 俺の登場に皆が声をかけてくれ、それに対して適当に返しながら 俺は目的の人の所へと向かった。 ﹁こんにちは、アスハさん﹂ ﹁はい、こんにちはネストさん﹂ 俺の挨拶に返してくれたのは、ギルドでいつもお世話になったい るアスハさんだ。 ギルドの受付であるアスハさんに、都に出かける旨を伝えたら、 恐らく皆にも広めてくれるだろう。 ﹁えっと、実はしばらく都の方に出かけることになったんで、ギ ルドでの治療はしばらく休みます﹂ ﹁そう、ですか⋮⋮﹂ 俺の言葉に心なしかアスハさんの表情に暗さが増したような気が 892 するが、多分気のせいだ。 ﹁あ、でもアウラとリリィは残るんで、何かあったりしたらお願 いしていいですか⋮⋮?﹂ アスハがいるから、恐らくは大丈夫だろうとは思っているが、リ リィとかあたりが何かやらかすかもしれない。 俺は少し遠慮がちにアスハさんに頼む。 ﹁はい、それはいいですけど。⋮⋮それってもしかして﹃獣人﹄ の方も一緒だから、とかでしょうか?﹂ アウラたちのことを了承してくれたアスハさんは、察しがイイら しく、二人が残る理由をすぐに言い当てる。 ﹁実はそうなんですよ。トルエは平気みたいなんですけど、どう にも他の二人は苦手みたいで﹂ 特に隠すことでもないので俺は直ぐにそう肯定し、苦笑いを浮か べながら思わず頬をかいた。 ﹁じゃあ皆にもよろしくお願いします﹂ それから少し世間話のようなものをした俺は、ブロセルたちを待 たせていることに気がつき、その場を離れようとする。 893 ﹁⋮⋮あっ!﹂ その時、珍しくアスハさんが少し大きな声を出す。 ギルドにいた冒険者たちもこちらの方を何事かと見てきていた。 アスハさんもすぐに自分の声の大きさに気がついたのか、手のひ らで自分の口を抑えている。 ﹁ど、どうしました?﹂ アスハさんらしからぬその仕草に思わず見とれてしまうが、俺は アスハさんに聞いてみた。 ﹁す、すみません。そういえば国王様からネストさんに手紙が届 いているのを忘れてました⋮⋮﹂ 申し訳なさそうに頭をさげながら、おずおずと件の手紙を差し出 してくる。 俺は、大丈夫ですよ、とアスハさんを励ましながらそれを受け取 った。 ﹁あ、そういえばアスハさんは﹃獣人﹄苦手ですか?﹂ 手紙も受け取った俺は今度こそ馬車に戻ろうと思ったが、ふとそ のことが気になったので、流れで聞いてみる。 ﹁そうですね⋮⋮確かにあの﹃耳﹄は少し苦手かもしれません﹂ 894 少し考える素振りを見せて、アスハさんはそう答えてくれる。 ﹁そ、そうですか⋮⋮﹂ 俺は、最後に皆に手を振りながら、馬車へと戻ったのだった。 馬車へ戻る途中、俺は歩きながら先ほどのアスハさんの答えを思 い出していた。 ﹁うーん、やっぱり苦手かぁ⋮⋮﹂ そして何とはなしにアスハさんの姿も思い浮かべてみる。 いつものギルド職員の制服を着たアスハさん。 俺はその姿にある一つのものを付け足す。 それは﹃獣耳﹄だ。 皆は苦手だとか、気持ち悪いなどと言うかもしれないが、これは 案外可愛いのではないだろうか。 今俺の頭の中には﹃獣耳﹄をつけたアスハさんがいた。 そんな普段とは違ったアスハさんが、猫のような仕草をしている のを想像してみる。 895 ⋮⋮⋮⋮あ、鼻血が。 896 期待しているよ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 897 期待しているよ ﹁じゃあ先に宿に行っててくれ﹂ ﹁あぁ﹂ ブロセルが俺の言葉にそう返し、宿屋へと向かっていく。 そう、俺たちは既に都へと着いている。 街からここに来るまで、特に何か起こるわけでもなく無事にやっ てくることができた。 道中、エスイックからの手紙の中身を確認してみると、どうやら 都で武闘大会か何やらをするらしく、それの治療員として来てくれ、 ということだった。 詳しい内容などはあまり書かれていなかったので、今は挨拶も兼 ねて王城へ向かっている。 ﹁⋮⋮﹂ 後ろには俺の服の裾を掴みながら、黙って俺について来ているト ルエがいる。 これは、別に獣人が苦手だからとかそういうわけではなく、ただ あまり知らない人と二人になるのが、苦手なだけだろう。 898 そんなことを考えている内に、俺たちは王城の前までやって来た。 門番の人に国王様からの手紙を見せ、すんなりと中に通される。 城の中に入ると、今度はメイドさんたちが俺たちをエスイックが いるだろう部屋の前まで連れて行ってくれた。 ﹁失礼します﹂ 一応他の人の目を気にしながら、丁寧に部屋の中に入る。 中を見てみるとどうやら、エスイックの他に誰かいるという訳で はなく、ただ何時ものようにエスイックが椅子に腰をかけているだ けだった。 ﹁待っておったぞ﹂ そう言いながらエスイックは俺たちに手招きをする。 俺たちはエスイックに従い、エスイックの近くに用意されていた 椅子に腰を下ろした。 ﹁それで、俺が今回呼ばれたのって、治療員としてだよな?﹂ ﹁あぁ、いきなりで申し訳ないができればお願いしたい﹂ 俺の確認に対し、エスイックはある張り紙を渡しながらそう言っ 899 てくる。 それに目を通してみると、どうやら武闘大会の概要のようなもの だった。 それによると、前回の武闘大会の参加者人数や、優秀な参加者へ の報酬などがいろいろと書かれている。 ﹁まぁ、俺もちょうど都に来る用事もあったから別に大丈夫だな﹂ もともと都に来たのは獣人であるブロセルの妹を探すためだが、 この概要からするに、武闘大会の開催日はまだ先のようだし、それ までは妹探しの手伝いもできるだろう。 ﹁ん、用事とは?﹂ 俺の言葉にエスイックが首をかしげる。 そんなエスイックに俺は都に来るに至った訳を話し始めた。 ﹁ほう、そんなことがあったのか﹂ 俺の話を最後まで聞いたエスイックの口からそう溢れる。 ﹁⋮⋮エスイックから見て、人間と獣人ってのはやっぱり敵対し てるのか?﹂ 900 俺は少し考えた末に、国王であるエスイックに聞いてみた。 ﹁⋮⋮確かに、人間と獣人は仲が悪い﹂ 俺の質問から少しの間のあと、エスイックは答え始める。 ﹁しかし、人間は獣人に対して、そこまで敵対しているというわ けではない﹂ ﹁⋮⋮というと?﹂ いまいちその言葉の意味が分からない俺は、もう少し詳しい説明 を求める。 ﹁獣人は人間に対して敵対心を持っているが、その逆はそうでも ないというわけだ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁確かに人間の中には、獣人の耳なんかに苦手意識を持つ者が多 い。しかしそれだけだ。少なくとも私はそう思っている﹂ ﹁⋮⋮なるほど﹂ 俺はそこでようやくブロセルがギルドで獣人とバレた時のことな ど、合点がいった。 あの時襲ってこなかったのは、耳が怖かったとかではなく、まず 襲う気がなかったということだったのだ。 901 ﹁じ、じゃあなんで獣人は人間に敵対してるんだ?﹂ 別に人間が敵対しているわけでもないのに、どうして獣人が敵対 してきているのかが分からない。 ﹁⋮⋮獣人は、人間よりも長寿なのだ﹂ エスイックは少し間をおいたかと思うと、そう告げる。 ﹁⋮⋮?﹂ しかし、長寿だから何かあるのだろうか。 ﹁⋮⋮昔、人間と獣人の間で大きな戦いがあった﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁文献によると、とても大きな戦だったということが記されてお る﹂ ﹁つまり、その戦を体験している獣人がまだ生きている、と?﹂ 今までの話をつなげ、俺はそう確認する。 ﹁⋮⋮それが国の上層部を占めているのだ﹂ ﹁おぉぅ⋮⋮﹂ しかしエスイックの口からは俺の想像を超えた答えが帰って来た。 902 確かに自分の同胞がたくさん殺されてしまっただろう戦を経験し てしまえば、人間に対して敵対心を持つのもうなずけてしまう。 ﹁まぁそのことも今後解決しなければいけないな﹂ エスイックのその言葉を最後に、ひとまずこの話は終わった︱︱。 ﹁それで具体的には、俺はどんな感じで治療すればいいんだ?﹂ 今度は打って変わって、武闘会での俺の役割について話している。 ﹁そうだな、そこあたりはルナが仕切っているから、後で聞かな いといかんな﹂ ルナ、というのは国王であるエスイックの娘さんで、﹃聖女﹄も 務めている才女だ。 ﹁そうなんですか。じゃあまた後で教えてください﹂ 俺は今まで大人しく横で座っていたトルエの手を引くと、一度挨 拶をしてから扉へと向かう。 ﹁あ、そういえば!﹂ と、そこで何やらエスイックが声をかけてくる。 ﹁ネスト、お主最近ゴブリンを大量に倒したり、したか⋮⋮?﹂ 903 そう聞いてくるエスイックは、何かを期待しているような、そん な顔をしていた︱︱︱。 904 綺麗なお姉さんしかいない。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 長くなりそうだったので途中で切りました>< キリが悪いので次回更新分と一気見することをオススメします。 905 綺麗なお姉さんしかいない。 ﹁じゃあ俺はこれで﹂ 俺はエスイックにそう言い残し、部屋の扉を通り抜ける。 先ほどの﹁ゴブリン﹂についての問いに対し、心当たりがあった 俺は、特に何の気なしに﹁多分俺だと思う﹂と肯定したが、それを 聞いたエスイックは何やら感慨深そうに頷いただけだった。 ﹁⋮⋮緊張した⋮⋮﹂ 俺の手に握られているトルエの手から、トルエの緊張が若干和ら いだことが窺える。 トルエは元とは言え、貴族だった身だから、一般人の俺とはエス イックに感じるものが違うのだろう。 俺たちは部屋の外で待機していたらしいメイドさんに連れられて、 王城から外に出たのだった。 ﹁うーん、これからどうするか⋮⋮﹂ 俺は今、ブロセルと共にこれからの予定について考えていた。 906 ﹁俺はひとまず武闘大会が始まるあたりまでは探すの手伝うよ﹂ ﹁それは助かる﹂ しかし、そうは言ってもどこを探すかを絞らなければ、手のつけ ようがない。 ﹁やっぱり、ギルドが一番いいか?﹂ 俺は少し考えた末に、そう呟いた。 街にもギルドがあるように、もちろん都にだってギルドはある。 恐らくそこにはたくさんの冒険者なんかもいるはず。 そして人を探すには、ひとまずは人が多いところで探したほうが 効率もいいだろう。 ﹁たしかにそうだな﹂ 俺の言葉にブロセルが同意したことで、俺たちの最初の予定が決 まった。 ﹁で、でっかいな⋮⋮﹂ 俺たちは今、都にあるギルドの目の前にまでやってきているが、 907 やはり街と都は違うのか、まず外観の大きさが違う。 街でさえ大きいと思っていた俺にとってはもう驚くこと以外には 何もできない。 というか今まで都に何回か来ているのにどうしてこのギルドに気 がつかなかったのかが不思議だ。 ﹁⋮⋮こ、こんにちはー﹂ 俺は少し遠慮がちにギルドの扉を開けた。 後ろにはトルエ、そしてそのまた後ろにブロセルという順でギル ドに入るが、もちろんブロセルの頭には獣耳がバレないよう、バン ダナを巻いている。 ﹁⋮⋮﹂ ギルド内からはそんな俺たちに対し不躾な視線が向けられるが、 こういう時は絡まれる前に早く受付に向かったほうが良いかもしれ ない。 ﹁⋮⋮ぁ﹂ しかしここで一つ問題が発生する。 ︱︱︱︱︱受付に綺麗なお姉さんしかいない。 俺はその緊急事態に思わず戸惑ってしまう。 908 ﹁あれ、ネストじゃねぇかい?﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ ふとその時、隣から声をかけられる。 咄嗟のことでてっきり誰かに絡まれたのかと思い身構えたがよく 見てみると、なんと以前﹃冒険者教室﹄でお世話になったデュード 先生がそこに立っていた。 ﹁あ、先生お久しぶりです﹂ 俺は慌てて頭を下げて挨拶を済ませる。 ﹁おいおい、もう冒険者教室は終わったんだから﹃先生﹄はやめ てくれ﹂ ﹁そ、そうですか?﹂ ではこれからはお言葉に甘えてデュードさんとでも呼ばせてもら おう。 ﹁ん、それでネストはこんなところで何を⋮⋮?﹂ デュードさんが俺の後ろの方に目をやりながら俺に聞いてくる。 トルエは﹃冒険者教室﹄で会っているはずだから、デュードさん が見ているのは必然的にブロセルになるはずだ。 909 ﹁⋮⋮デュードさんは﹃獣人﹄って苦手ですか?﹂ そこで俺は、そのことを確認するために小声でそう聞いてみた。 冒険者として名高いデュードさんならば、顔が広いだろうし人探 しもだいぶ簡単になるかもしれないが、獣人に対して苦手意識があ るならば、無理にお願いはできない。 ﹁いや?俺は別に普通だが、それがどうした?﹂ しかし運がいい事にデュードさんから帰って来た答えは特に気に しない、ということだった。 その言葉を聞いた俺は、思い切ってデュードさんを頼ることにし た。 ﹁⋮⋮実は今、とある獣人を探してまして、その獣人っていうの がこの人の妹なんです﹂ 俺は視線でブロセルを示しながらそう説明する。 獣人の妹がいる、ということは特殊な事情でもない限り、その人 も獣人ということは明らか。 デュードさんもそのことを察したのか、目を細めてブロセルのバ ンダナで隠された頭を見ている。 ﹁できればデュードさんに探すのを手伝ってほしいんですが、ど うですか⋮⋮?﹂ 910 ﹁それは別に構わないが⋮⋮﹂ 俺はブロセルの妹探しを手伝ってくれるというデュードさんの言 葉にホッと胸をなで下ろす。 ﹁どこあたりを探すとかは決めているのか?﹂ そんな俺にデュードさんが聞いてくる。 ﹁⋮⋮できれば人が多いところ、ですかね﹂ 俺は少し悩んだ末にそう呟く。 元はといえばギルドにやってきたのも人が多くて手がかりか何か があるかもしれないと思ったからで、やはり探すなら人が多いとこ ろがいいはずだ。 ﹁うーん⋮⋮人が多いところ、ねぇ⋮⋮﹂ 俺のその言葉に、デュードさんは顎に手をやりながら考え込んで いる。 ﹁⋮⋮あ﹂ しばらく考えこんだ末に、デュードさんは何かを思いついたよう な声をあげた。 ﹁何か良い所でもありましたか?﹂ 911 思わず聞かずにはいられなかった俺は、すぐさま聞いてみる。 ﹁う、うー⋮⋮ん﹂ しかしデュードさんはどこか答えるのを渋っており、中々教えて くれない。 ﹁お願いします﹂ 俺は教えてもらえるようにデュードさんに頭を下げる。 ﹁はぁ、仕方ない、か⋮⋮⋮﹂ そしてようやくデュードさんは教えてくれる気になったらしく、 今まで答えるのを渋っていた言葉を口にしだした。 ﹁いいか?人がたくさん集まる場所、それはな︱︱︱︱︱︱﹂ ﹁⋮⋮は、はい﹂ 俺は思わずごくり、と唾を飲み込んだ。 ﹁︱︱︱︱︱︱﹃奴隷競り﹄の会場だ﹂ その言葉に、少しだけ空気が冷えたような気がした。 912 あ、これ無理だ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 3OVL一次通過しました。 ありがとうございますm︵︳ ︳︶m 913 あ、これ無理だ ﹁⋮⋮ど、﹃奴隷競り﹄の会場⋮⋮?﹂ 俺はデュードさんの言葉に思わず聞き返す。 もちろん﹃奴隷競り﹄という言葉の意味はわかるが、それでどう して人がたくさん集まるのかが分からない。 少なくとも、街にあった奴隷市場では、競りでなかったにしろ、 そこまでたくさんの人は集まっていなかったはずだ。 ﹁⋮⋮あぁ、﹃市場﹄と﹃競り﹄は比べ物にならねぇからな。そ れに都ってことも加われば⋮⋮﹂ 俺の率直な疑問にデュードさんはそれだけ教えてくれると、早速 ﹃奴隷競り﹄の会場へと向かうのか、ギルドの出口へと向かってし まう。 俺たちはデュードさんの背中を見失わないように、慌てて後ろを 追いかけるのだった。 ﹁⋮⋮多すぎだろ、ここ⋮⋮﹂ 914 奴隷競りの会場らしい場所へと着いた俺は、思わず呟く。 周りを見渡せば、人、人、人。 正直今の状態ではトルエとブロセルと逸れないようにすることと、 デュードさんを見失わないようにすることだけで精一杯だ。 ﹁ネストー、こっちだ﹂ 既に若干見失いかけていたデュードさんから声がかけられたかと 思うと、人ごみの中から手を掴まれたかと思うと、思い切り引っ張 られた。 引っ張られた先で顔をあげると、そこにはデュードさんがニカっ とこちらに笑いかけている。 ﹁どうだ、多いだろ?﹂ ﹁は、はい。正直ここまでとは思ってませんでした⋮⋮﹂ 俺は人の多さに窮屈さを覚えながらも、デュードさんにそう返す。 しかし誰だってここまでとは想像できないだろう。 そして俺はふと、恐らく奴隷がやってくるであろうステージの方 へと顔を向ける。 ﹁そうだ、あそこに一人一人やってきて競られていくんだ﹂ 俺の視線から察してくれたらしいデュードさんが軽く説明してく 915 れた。 どうやら﹃競り﹄の形式は、まず奴隷商が出てきて挨拶をする。 そして次に一人目の奴隷が出てきて、それを会場に集まった貴族 や冒険者が競り落とす。 ⋮⋮といった形らしい。 俺は特に誰かを買ったりするつもりもないので、当初の目的通り に、ここにいるかもしれないブロセルの妹らしき﹃獣人﹄がいない かを探し始めた。 ﹁では今回の﹃奴隷競り﹄を開始いたしまぁーーすっ!!﹂ 俺やブロセルが周りに獣人がいないかを探しているとき、そんな 声が聞こえてきたと思っていると、いつの間にか奴隷商の挨拶も終 わっていたらしく、一人目の奴隷が出てきた。 目を細めて見てみるとどうやら、細身の男の子のようだ。 まだ幼さを隠しきれていないその表情の中には、緊張の色も見え るような気がする。 ﹁では価格の提示をおねがいしまーぁす﹂ 奴隷商のその言葉を皮切りに、俺の周りにいる人たちが、どんど 916 んと価格を口にしていく。 ﹁︱︱︱万エン﹂ ふとその時、近くで知っている声がしたかと思い、顔を向けてみ ると、そこにはなんとデュードさんが手をあげている姿があった。 ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ そして、俺の驚きと同じように会場も静かになる。 ﹁⋮⋮では、︱︱︱万エンで決定です!!落札者の方は後ほど別 室にお越し下さい!!﹂ しかも奴隷商の言葉を聞く限りでは、デュードさんがそのまま競 り落としてしまったらしい。 ﹁⋮⋮俺はここで競りに出されている子供たちを自立できるよう に、教えたりしているんだ﹂ 俺が驚きの表情を浮かべていることに気がついたデュードさんは、 少し恥ずかしいものを見られたかのように頬を掻いている。 ﹁これでも俺、意外に冒険者で儲かってるからな。自己満足って 言われたらそうかもしれないが、それでもたまにこうやって競りに 来てるんだ﹂ ﹁⋮⋮へぇ⋮⋮﹂ 俺はただそう呟く。 917 けれど、恥ずかしそうに頬をかくデュードさんは、なんだか格好 良く見えた。 ﹁それではお待ちかねぇー。ここからは夜の時間だよーぉっ!﹂ それからもどんどんと競りが行われている中で、突然、奴隷商が そう声を張り上げる。 すると、それまで喧騒に包まれていた会場が、あっという間に静 まり返ってしまった。 ﹁⋮⋮?﹂ 俺も周りに合わせて口を開かないようにしているが、今から何が 始まるのだろうか。 夜の時間、とも言われていたが、今はまだ昼過ぎくらいのはずだ。 ﹃⋮⋮﹄ その時、ステージの脇から中央へと、一人の女性が歩いてきた。 ︱︱︱︱︱下着姿で。 ﹁ッッ!!??﹂ 918 自分で言うのもアレだが、そういうことにあまり経験がない俺は、 もちろん一瞬で目を背ける。 ﹁こ、これって⋮⋮?﹂ 混乱している俺は、顔を下に向けながらデュードさんにそう質問 する。 ﹁あぁ、これは所謂﹃夜の相手﹄を務める奴隷だ﹂ そんな俺に、デュードさんがそう教えてくれ、俺は恐る恐るもう 一度ステージへと目を向ける。 ﹃⋮⋮﹄ 下着姿の女の人がそこには立っていて、周りの人が色々な価格を 提示している。 ⋮⋮あ、これ無理だわ。 俺はすぐに再び目を逸らす。 ﹁⋮⋮こんなに人が多いのもこれが理由の一つだな﹂ 少し呆れたような声色で、デュードさんがそう呟く。 その呆れの対象が、俺なのか、それともこの会場にやってきてい る人たちのことを指しているのかは分からないけれど、一つだけ言 わせてほしい。 919 じゃあなんでデュードさんは︱︱︱︱︱︱そんなにステージを凝 視しているのか、と。 920 負けてないから︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 921 負けてないから ﹁⋮⋮⋮﹂ 奴隷競りの会場が喧騒に包まれている中、俺は自分の足下を見つ めていた。 今はデュードさんは放っておこう。 ⋮⋮しかしやはりこういうことには何時まで経っても慣れないもの がある。 元々村で育っていた俺にとって年が近い女の子なんてほとんど居 なかったし、街に来てからアウラたちとも出会ったりしたが、如何 せんああいう﹃お姉さん﹄風な人たちには苦手意識がある気がする。 ﹁はいっ、じゃあ今日の奴隷競りもとうとう次で最後だぁーーっ !!﹂ そんなことを考えていると、ステージの方から奴隷商の大きな声 が聞こえてきた。 どうやら次で終わってしまうらしいので、俺も早いところ会場に やってきた人たちの中に獣人がいないか確かめないといけない。 ﹁⋮⋮⋮⋮?﹂ 922 俺はそのとき、今まで聞こえていたはずの辺りのざわめきが聞こ えなくなっていることに気がついた。 何かあったのかとふと心配になり、思わず周りを見回してみる。 しかし特に何かがあるわけでもなく俺は首をかしげるが、その時、 周りの人たちの視線がある一点に向かっていることに気がついた。 その視線をたどって見てみると、そこにあるのは奴隷競りのステ ージ。 どうせ物凄い際どい服でも着たお姉さんとかが来たんだろうな⋮ ⋮と思いながらも、俺は目を細めながら周りと同じようにステージ に視線を向けたのだった。 ﹁︱︱︱︱︱え﹂ 俺は、ステージを一瞥した瞬間、まるで何かに思い切り頭を殴ら れたかのような衝撃を受けた。 俺の視線を向けた先、ステージに居たのは際どい服を着たお姉さ んではなく、普通の、否、ちょっと質素さがにじみ出ている服を着 ている女の子だ。 ただ一つだけ、たった一つだけ今までの奴隷達とは決定的に違う ものがあった。 923 それは、その女の子に﹃獣耳﹄が生えている、ということだ。 ブロセルと同じ﹃獣耳﹄。 しかしそこには圧倒的で﹃絶対的﹄な、﹃越えられない壁﹄が確 かにあった。 ただ、女の子が獣耳をつけているという、その事実が︱︱︱︱素 晴らしい。 ﹁では、競りを開始しますっ!﹂ 俺が人知れずそんなことを考えていると、ついに競りが開始され た。 いつもなら直ぐにでも金額を提示する人が大勢いるのだが、やは り﹃獣人﹄ということがあるからか、未だに一人も金額を提示して いない。 ⋮⋮⋮⋮これは、買うべきだろうか⋮⋮? 俺は、一人思い悩む。 もちろん本心としては買いたいという気持ちが強い。 しかし、獣人は人間が嫌いだという。 どうしても、買ったところで⋮⋮という気持ちが出てきてしまい、 値段を提示することには、あと一歩きっかけが足りない。 924 ﹁五十万エン﹂ ふとその時、誰かが値段を提示した。 声のした方に目をやると、そこには若干太り気味の貴族みたいな 男が立っている。 ﹁⋮⋮⋮⋮六十万エン﹂ 気がつけば俺は、そう呟いていた。 奴隷商からも見えるように真上へと手を伸ばしながら。 やはり、どうしてもあの﹃女の子の獣耳﹄というものをもっと間 近に体験してみたかったのだ。 そのためには初めに金額を提示した貴族の男に競り勝たなければ いけない。 ﹁百万﹂ 案の定と言うべきか、貴族の男は値段を幾分か釣り上げつつ金額 を提示してきた。 ﹁百五十万﹂ 俺も負けじと値段を釣り上げながら応戦する。 周りの人からの視線を感じつつも、俺は貴族の男との戦いを続け た。 925 ﹁五百万﹂ 気がつけば、俺と貴族の男の戦いは、以前回復魔法を使えるトル エを買ったときの値段にまでつり上がっていた。 今では俺たち二人のどちらかが金額を提示する毎に、周りにはど よめきが広がっていっている。 ﹁っ五百五十万!﹂ どうやらさすがにここ辺りで貴族の男はきつくなってきたのか、 少し顔を歪め始めだした。 ⋮⋮あとひと押し、か? ﹁六百万﹂ 俺は、貴族の男に競り勝つことができそうだと、ホッと胸をなで 下ろす。 俺の提示した金額に再び辺りが騒然となるが、特に気にしたりは しない。 ﹁⋮⋮ぐぅ⋮⋮﹂ やはりここあたりが限界らしく、男は悔しそうに拳を握っている。 926 ﹁い、い⋮⋮﹂ その時、男が何やらをつぶやき始めた。 ﹁一千万っっ!!﹂ かと思うといきなり、今までよりかなり釣り上げた金額を提示し てくる。 男の形相から察するに、きっと必死なのだろう。 周りもその男の執念のようなものを感じたのか、それとも純粋に 一千万という金額に驚いたのか、今日一番のどよめきが起こる。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺は思わぬ出費に思わず溜息を吐く。 するとそれを見てきていた貴族の男が、こちらにニコッと笑いか けてくる。 ﹁ま、まぁここまで金額が上がるとは思わなかったけど、いい体 験が出来たよ。今度一緒に食事でも行ってみたいものだね⋮⋮﹂ そしてそう話しかけながらこちらに近づいてくる。 きっと、大幅に金額を釣り上げたことで、自分が競り勝ったと思 っているのだろう。 927 周りの人たちも、うんうん、と何やら頷いている。 だけど俺︱︱︱︱︱︱︱︱︱まだ競り負けてないからな? ﹁一千五百万﹂ 俺は少し笑みを浮かべ、はじめと同じように手を真上に伸ばしな がら金額を提示した。 流石にこれ以上は貴族の男も諦めてくれるだろう、という少し大 げさなほど金額を釣り上げてしまったきがするが、まぁいいだろう。 ﹁⋮⋮﹂ 俺の目の前にまでやってきていた貴族の男は、ただ黙り込んでし まった。 よく見たら貴族の男だけでなく、他の皆も黙り込んでしまってい る。 ﹁で、では千五百万で決定ーーっ!!!﹂ 少し経ってから、ようやく我にかえってくれたらしい奴隷商が、 そう宣言する。 俺は、奴隷契約のための別室に移動することになり、その場から 離れることになった。 928 別室に向かっている途中、俺は一人ずっとニヤニヤしていた。 ただ﹃女の子﹄の﹃獣耳﹄の触り心地を想像しながら︱︱︱。 929 ︳︶m 触らせてくださぁい︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 930 触らせてくださぁい ﹁⋮⋮あ、やべ⋮⋮﹂ 奴隷契約のため別室へと向かっていた俺は、そこでようやく奴隷 競りの会場にやって来た当初の目的を思い出した。 俺は思わず、トルエやブロセルのいる会場の方へと目を向ける。 ﹁⋮⋮急ぐか⋮⋮﹂ しかしここで引き返す訳にもいかない俺は、再び視線を前に向け、 奴隷契約のための別室へと急ぐのだった。 ﹁ここ、かな?﹂ 恐らく目的の部屋の前にまでやってきた俺は、恐る恐る扉を開け る。 扉を開けた部屋の中には、既に先程までステージにいた奴隷商と、 獣人の女の子が待っていた。 ﹁では、まず説明をさせていただきますね﹂ 931 部屋に入り一息ついた頃、奴隷商がそう切り出す。 ﹁ご存知のとおり、今回脚を運んでもらったのは奴隷契約を行う ためです﹂ ﹁はい﹂ 俺は以前アウラやトルエと契約した時と、同じ言葉を聞かされる。 ﹁しかし今回行うのはただの奴隷契約ではなく、﹃犯罪奴隷﹄と の契約になっております﹂ ﹁⋮⋮ん?﹂ ﹁こちらもおそらくご存知かと思いますが念の為に説明させてい ただきます﹂ ﹁あ、お願いします﹂ ⋮⋮犯罪奴隷って、何だろう。 ま、まぁ説明してくれるみたいだから助かったけど⋮⋮。 ﹁犯罪奴隷とは、まぁそのままの意味なのですが、罪を犯したた めに奴隷となった者のことです。そのために様々な手続きが必要に なる、というわけです﹂ ﹁は、犯罪、ですか⋮⋮﹂ 俺は、こんな女の子が何の罪を犯したのだろうかと、何気なしに 932 女の子のことを見てみる。 ﹁⋮⋮⋮⋮え﹂ そこには、俺の知っている女の子が立っていた。 ﹁あ、あれ、お前⋮⋮あの時の⋮⋮?﹂ なんとその女の子は、以前俺の道案内をしてくれたかと思うと、 俺の財布を盗んでいった女の子だった。 というかどうして今までそのことに気がつかなかったのか。 はいそうです。 獣耳ばかり見ていたからです。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺の言葉に対し、顔を下げる獣人の女の子。 この反応から見て、もしかすると既に俺のことに気がついていた のかもしれない。 ﹁あ、あの奴隷商さん﹂ そこで俺は、確認のために奴隷商に話しかける。 ﹁もしかしてこの女の子の罪って、盗難、とかですか⋮⋮?﹂ 933 ﹁はい、そのとおりでございます﹂ 俺の言葉に対し、奴隷商はすぐにそう返す。 ﹁そ、そうですか⋮⋮﹂ やはり、俺の予想は正しかったらしく、俺の財布を盗んだあとも そういうことをやっていたらしい。 もしかしたらその前にも⋮⋮。 ﹁あれ、もしかしてお客さんも盗られたりしましたか?﹂ 俺たちの様子から目聡く察してきた奴隷商がそう尋ねてきた。 ﹁あ、はい。実は前に一度だけ⋮⋮﹂ 特に隠すことでもないと思ったので俺は奴隷商にそう答える。 ﹁それならちょうど良かったですね﹂ ﹁ん?﹂ すると俺の答えを聞いた奴隷商はどこか含み笑いを浮かべ、つぶ やき出す。 ﹁今から行うのは犯罪奴隷専用の契約なのですが︱︱︱﹂ ﹁はい﹂ 934 確か説明の最初の方でそんなことを言っていた気がする。 ⋮⋮それのどこが良いのだろうか? 俺は奴隷商の続きの言葉を待つ。 ﹁︱︱︱︱服従の契約、と呼ばれています﹂ ﹁⋮⋮服従?⋮⋮お、俺が?﹂ ﹁奴隷です﹂ ﹁⋮⋮﹂ うん、分かってたよ? 、、、 冗談だからそんな哀れむような目でこっちを見ないでくれると助 かる。 ﹁そ、それで服従の契約、とは?﹂ 、、、、、、、、 俺は気を取り直して、気になっていることを聞いてみる。 、、 ﹁服従の契約をした奴隷は、主の命令に絶対従わなければいけま せん﹂ ﹁⋮⋮え、絶対って⋮⋮?﹂ ﹁何でもです。日頃の雑用、夜の相手、そして︱︱︱死であった としても﹂ 935 俺に畳かかけてくるようにそう教えてくる奴隷商は、獣人の女の 子に目を向けると、嬉しそうに嫌な笑みを浮かべる。 もしかしたら奴隷商の言うことでも聞かなかったのかもしれない。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮⋮⋮﹂ 奴隷商の言葉を聞いて、女の子はその小さな手を握り締めている。 よく見れば、少しだけ丸められたその肩も、小刻みに震えていた。 きっとこれから自分の主となる俺が無理難題な命令をしてくるの かも、と心配しているのかもしれない。 、、、、、 けどそんなことどうでもいい。 今は、もっと大事なことがあるだろう? ﹁⋮⋮本当に何でも良いんですね?﹂ 俺は最後の確認にと、奴隷商に確認をする。 ﹁えぇ、何でもどうぞ﹂ 奴隷商も笑みを浮かべながら、頷いてきた。 ﹁じゃあ︱︱︱︱﹂ 俺は、獣人の女の子の方へと身体を向ける。 936 顔を下に向けた女の子の横顔から覗ける瞳には、濡れている気が するけど、今は仕方ない。 ﹁︱︱︱︱獣耳触らせてくださぁいッッッ!!!﹂ 俺は、物凄い速さで頭を下げながら、女の子にそうお願いしたの だった。 937 ︳︶m 触りたい、女の子の獣耳を。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 938 触りたい、女の子の獣耳を。 ﹁⋮⋮⋮⋮あれ?﹂ 頭を下げていた俺は、周りの反応がないことを不審に思い頭をあ げた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 顔をあげた先に居たのは、こちらを目を見開きながら見てきてい る女の子と、何故か戸惑っている奴隷商。 ﹁⋮⋮あれ、何でも良かったんじゃ⋮⋮?﹂ 俺は少し前に奴隷商に教えてもらったはずだ。 わざわざ確認までしたのだから間違っているはずはないと思う。 ﹁⋮⋮あ、はい。大丈夫ですよ?﹂ ようやく我に返ってくれたらしい奴隷商は、慌てながらそう教え てくれる。 ﹁契約したあとならば、の話ですがね﹂ しかし、奴隷商はそう付け足した。 939 ﹁⋮⋮あ、確かに﹂ 普通に考えたら分かるようなことなのだが、どうにも女の子の獣 耳を見てから興奮してしまっていたようだ。 きっと二人が固まっていたのは、そんな一般常識のようなことを 俺が忘れていたからだろう。 俺は少し恥ずかしさを覚えながらも、特に気にしていない風を装 い奴隷商の次の言葉を待った。 ﹁で、では契約に移りたいと思います﹂ そして奴隷商は契約の説明を始める。 ﹁まず、今回行う奴隷契約は犯罪奴隷専用の契約です。やり方は お互いの血を数滴、ここに付けて頂ければそれで大丈夫ですのでお 願いします﹂ そう言いながら奴隷商は俺の前に一枚の書類のようなものを差し 出してきた。 俺にはさっぱり分からないが、恐らくこれが契約書のようなもの になるのだろうなぁと思いながら、俺は懐からナイフを取り出し自 分の指の先を軽くなぞる。 そして指から出てきた血を数滴その書類に垂らした。 俺がやらないといけないことは、恐らくこれ意外にはないはずな ので、俺は持っていたナイフを獣人の女の子に手渡す。 940 ﹁⋮⋮え﹂ 何やらナイフを渡した時に驚いたような声をあげられたが、女の 子もすぐに自分の指を切ると、書類に血を垂らしてくれた。 ﹁⋮⋮はい、これで契約は完了です﹂ それから少し経ち、特に何か変わった様子があるわけでもないが、 奴隷商はそう告げてくる。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺はその時ふと、黙って下を向いている女の子に目を向けてみた。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ するとどうやら向こうもこちらを見ていたようで、目が合う。 女の子は俺と目が合うと慌てて視線を逸らすが、俺はその時女の 子の手からまだ血が垂れていることに気がついた。 ﹁ちょっと見せてみて﹂ 俺はそう言うと、優しく女の子の手を握りすぐに回復魔法をかけ る。 ﹁おぉ、これは⋮⋮﹂ 俺が治療を終えると、奴隷商は感心したようにそう呟き、納得し 941 、、、、、、 たかのような顔を浮かべていた。 、、、、、、 まぁそんなことはどうでもいいんだってっっ!! 大事なのはこれで何でもできる、ということだ。 俺は触りたい、女の子の獣耳を。 ﹁そ、それじゃあ︱︱﹂ そして、俺が満を持して女の子の獣耳を触らせてもらおうとした 時︱︱ ﹁すみませーん。お客様のお連れの方がお見えになってますが⋮ ⋮﹂ ︱︱後ろの扉が、開いてしまった。 ﹁ご主人様⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮と、トルエ⋮⋮﹂ 恐る恐る振り返った先には、なんとトルエが立っていた。 そしてどうしてかトルエは泣きそうな顔をしている。 ま、まさか俺が獣耳を触らせて貰おうとしたことがバレたのだろ 942 うか⋮⋮? い、いや別に何かやましいことがある訳ではないぞ? ﹁あぁ、ネストこんなところにいたのか﹂ そんな時、新たに部屋の中にブロセルが入ってきた。 ﹁あ、あぁ⋮⋮﹂ どうやら少なくともブロセルにはバレていないようなので、ひと まず少し安心する。 ﹁⋮⋮﹂ しかしやはりトルエは今も暗い顔のままだ。 ﹁あぁ、実はネストが高い金だして奴隷を買ったから、もう自分 は要らないんじゃないか、って心配してるんだ﹂ ﹁え⋮⋮﹂ どうしてトルエがこんな状態なのか、ブロセルが訳を教えてくれ たが俺は思わず言葉を失う。 まさかそんな理由だとは思っていなかったために、驚いてしまっ た。 ﹁⋮⋮トルエ﹂ 943 俺はトルエを安心させてあげるために声をかける。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ 声をかけられたトルエの僅かに揺れる肩に手を置く。 ﹁大丈夫、トルエは要らない子なんかじゃないから、絶対﹂ 俺はゆっくりとトルエを慰めた。 ﹁⋮⋮うん﹂ 俺の言葉が功を奏したのか、トルエの表情も少しは元に戻った気 がする。 ﹁まぁネストがそんなことをするとも思ってなかったけどな﹂ トルエの後ろに立っていたブロセルもそうやってトルエを慰めて いる。 ﹁どうせ俺の妹の手がかりにでもなると思って、そうしてくれた んだ﹂ そして、そんなことをのたまった。 、、、、、、 ﹁当たり前だろ?﹂ もちろん俺はというと、その言葉に乗っからせてもらう。 元々そんなことなどすっかり忘れていたのだが、言い訳を探して 944 いた俺にしてみればありがたい。 ﹁え、しかしお客様先ほど︱︱﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁い、いえ何でもございません﹂ そこで要らないことを言おうとしてくる奴隷商を目で黙らせた俺 は、奴隷契約も済んだのでさっさとこの部屋から出ることにする。 既にお金は払ってあるので、もう帰ってもいいはずだ。 そのことを奴隷商に確認すると、別にいいということだったので 俺たちは獣人の女の子を連れて、部屋から出たのだった。 俺は今、獣人の女の子の手を引いて歩いていた。 ちらり、と横目で女の子の耳を盗み見る。 ピクピクと動くその二つの耳は、やはりブロセルのものとは違う 何かがあり、すごく魅力的だとしか言い様がない。 しかし俺のとなりにはトルエが歩いているために、女の子の獣耳 を触らせてもらうわけにはいかず、我慢している。 そして少しでも気を紛らわす為に、俺は何気なしに自分の耳を触 るのだった。 945 カワイイネキミ。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 946 カワイイネキミ。 ﹁⋮⋮⋮⋮あぁ、そういえば自己紹介とかしたほうが、いいよな ?﹂ 宿屋に向かっている途中、俺は無言の空気に耐え切れずそう提案 する。 奴隷競りの会場を出たあと俺たちはここまでほとんど無言だった。 理由は明らかで、俺のとなりに獣人の女の子がいるせいだ。 しかもその女の子が、俺が競り落とした奴隷であるという事実も 十分に理由の一端になっている。 ﹁そ、それもそうだな﹂ 俺の提案に、自身も恐らくこの空気に気まずさを感じていたのだ ろうブロセルも乗っかってきた。 ﹁じゃあまず俺から。俺は一応だけど回復魔法を使えるんだ。そ して他にも︱︱︱﹂ そこからある程度自分の自己紹介も終わり、他にもブロセル、ト ルエの順にそれぞれの自己紹介を済ませていく。 そして最後に獣人の女の子の順番が回ってきた。 947 ﹁⋮⋮私は、ニア﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ニアという名前らしい女の子は、それだけを言うとまた黙りこん でしまう。 ⋮⋮これはどうしたものか。 かろうじて名前だけは教えてくれたものの、それ以外は全く話そ うとする気配がない。 ﹁⋮⋮そ、そういえばどうして人の物を盗んだりしたんだ?﹂ これ以上黙っていても何かあるわけでもないので、俺は気になっ ていたことを聞いてみることにした。 ﹁⋮⋮﹂ しかしやはりあまりそのことは話したくない話題なのか、ニアは 脚を止めて顔をうつむかせてしまう。 ﹁⋮⋮⋮⋮一つだけ寄り道したら、ダメかな⋮⋮?﹂ これは聞かなければ良かったかもしれないと思っていたその時、 ニアが小さい声で呟いた。 ﹁ん、別にいいけど﹂ 948 特に急いで宿屋に帰る必要も無いので俺はすぐに頷く。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮ついてきて﹂ ニアは何か驚いたような素振りを見せつつも、俺たちを先導する ように歩き出した。 ﹁⋮⋮こ、これは﹂ ニアに連れて行かれた場所でその光景を見た俺は、思わずそう口 にする。 ﹁⋮⋮﹂ ブロセルも同様で目の前の光景に驚かされているのだろう。 今、俺たちの視線の先には数人の獣人の子供たちが仲良さげに遊 んでいる姿がある。 ﹁⋮⋮え、どういうことだ⋮⋮?﹂ 獣人がどうしてこんなところに居るのかが分からない俺は頭の整 理が追いつかずにいた。 ﹁⋮⋮私がお金を盗んだりしてたのは、この子達に食べ物を配る ため﹂ 949 そんな中でニアは俺たちにそう教えてくれると、自身は子供たち に近づいていく。 ﹁あ、ニアおねーちゃんだー!﹂ ﹁遅れちゃってごめんねー﹂ 子供たちはそんなニアに対し警戒心などを抱く様子もなくすぐに 駆け寄り、ニア自身も先ほどの俺たちに見せていたような態度では なく、明るい表情を子供たちに見せていた。 ﹁な、なぁブロセル、これってどういうことなんだ?﹂ 俺は同じ獣人であるブロセルに今回の子供たちのことを聞いてみ る。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ しかしいくら答えを待っても一向に返事はなく、俺は子供たちか ら視線を外してブロセルに目を向ける。 するとどうやらブロセルは子供達を見ているというより、ある一 人の子供だけを見ているような気がした。 ﹁⋮⋮⋮⋮エ、エステル⋮⋮﹂ その時、ブロセルが何かを呟いたのが聞こえてきた。 そしてそのままゆっくりと子供達へと近づいていく。 950 するとニアに駆け寄っている内の子供たちの中の一人がブロセル に気がついたかと思うと、驚いたような顔をしてブロセルに駆け寄 る。 ﹁お、お兄ちゃん⋮⋮?﹂ 俺の耳に辛うじて聞こえてきたその子供の呟きは当然ブロセルも 聞こえているはずで、ブロセルはその子供を包み込むように抱きか かえた。 ﹁⋮⋮⋮⋮っ﹂ 少し離れているためにあまり話している内容などは分からないが、 恐らくあのブロセルの様子からブロセルが探していた妹なのだろう。 なんというか意図しないところであっさりと見つかってしまった ので俺はとなりに立っていたトルエと顔を見合わせる。 ﹁ご主人様はもしかしてこれを想定して⋮⋮?﹂ トルエの俺に対する斜め上すぎる評価があるような気がするけど、 わざわざ訂正しなくてもいいよね? 俺はブロセルとその妹の獣人の子供、そして仲良さそうにはしゃ いでいるニアたちを見ながら、トルエの頭を撫でてあげるのだった。 ﹁⋮⋮えっと、あの子達の面倒を少しの間だけでいいから見てく 951 れたりしない⋮⋮?﹂ ニアたちが仲良さそうにはしゃぎ始めてからしばらくたった今、 俺はニアに頭を下げられていた。 ﹁俺からも頼む﹂ 頭を下げるニアの隣にはブロセルもこちらに頭を下げてきている。 子供たちはというとそんな俺たちを離れたところから窺っており、 さらに隣にいるトルエは期待するような目で俺を見てきていた。 ﹁ま、まぁ別にいいけど⋮⋮﹂ さすがにこの状態では断れないだろうというか、元々断る気もな かったが俺はそう答える。 ﹁ほ、ホントっ!?﹂ 頭を下げてくる前の強ばった表情と打って変わって、今度は華が 咲いたような笑顔を浮かべており、その獣耳も嬉しそうにピンと伸 ばされていた。 ウンカワイイネキミ。 それから子供たちにニアが説明し、獣人だとバレてしまうと宿屋 に泊まれなくなるかもしれないのでバンダナを皆に配る。 そして獣人だとバレないよう、完璧に準備してから俺たちは宿屋 へと向かったのだったが⋮⋮⋮⋮ 952 そもそも俺たちの人数が多すぎたせいで、宿屋には泊まることが できなかった。 953 なら俺が俺がッ!︵前書き︶ ブクマ評価、300万UA感謝ですm︵︳ ︳︶m 954 なら俺が俺がッ! ﹁あぁごめんねー。今日はもう皆部屋が一杯でねぇ﹂ ﹁あ、そうですか⋮⋮﹂ 一体これで何件の宿を回ったのだろうか。 宿屋を探し始めてから俺たちは未だに今日一泊する宿屋を見つけ られずにいる。 その理由としては大体が人数が多すぎて空きがない、というのが やはり一番多い。 そしてなんと次に多いのが、ニアが獣人であるということが既に バレている場合だ。 どうしてかというと宿屋のお客さんにあの時俺がニアを競り落と した瞬間を見ていた人がいたりして、その結果宿屋にも泊まれなく なる、ということが続いている。 ﹁うーん⋮⋮。どうするかぁ⋮⋮﹂ 当初の予定であった俺とブロセル、そしてトルエの三人とあと一 人程度であるならば泊まれる宿屋も多いのだが、そこにニアや獣人 の子供たちが続けば泊まれる宿屋はほとんど皆無だろう。 955 都中を探し回れば一件くらいは俺たちが泊まれる宿屋が見つかる かもしれないが、正直面倒で仕方ない。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 俺は何回目かわからない溜息をこぼすのだった。 ﹁あーっ!!見つかんねぇーーっ!!﹂ それからも数件俺たちは黙々と宿屋を回った。 しかし宿屋は見つからなかった! ﹁うーん、確かに少し疲れてきたねー﹂ そして俺の横でのうのうとそんなことをのたまうのはニア。 とても奴隷契約をした時のような重苦しい空気はどこに行ったの やら、今では口笛を吹き出しそうな勢いすらある。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ まぁ獣耳が可愛いからイイけどっ!! ﹁けど本当にそろそろ見つけないとヤバイな⋮⋮﹂ ブロセルが空を見上げながらそう呟く。 956 釣られて俺も空を見上げてみれば、確かにだんだんと暗くなりそ うな雰囲気が出てきているかもしれない。 ﹁けど泊まれる宿屋がないからなぁ⋮⋮﹂ 何か泊まれるようないい宿屋はないだろうか。 欲を言えば、ニアたちが獣人だとバレても泊まらせてくれるよう なところが望ましい。 ﹁んー⋮⋮⋮⋮ん?﹂ ふと視界の隅に大きな建物が映った。 それはつい今日エスイックとあった場所、そう︱︱︱︱王城だ。 ﹁⋮⋮あー⋮⋮うん。泊まる場所多分決まったからついてきて﹂ 恐らく先に泊まる場所を教えたら驚いて余計に時間がかかると思 った俺は、軽く後ろを振り返りながらみんなに聞こえるようにそう 言う。 ﹁りょうかーいっ﹂ すぐにニアが反応し、その後ろでは獣人の子供たちがコクコクと 頷いている。 それを確認した俺はゆっくりと王城へと脚を運び始めた。 957 ﹁⋮⋮⋮⋮それでここにやって来た、と?﹂ ﹁は、はい⋮⋮﹂ 俺は今、王城の門の前で正座させられていた。 後ろではニアたちが何事かと窺っている。 そして今俺の目の前にいるのは王女兼聖女のルナ。 どうしてこんなことになっているかと言うと、俺が王城に泊めて もらおうと思ってここに来るまでは良かったのだが、当然の如く門 番に止められた。 てっきり朝会った人だと思い近づいて言ったら全然違う人だった らしく、結局王城に入ることができないという事態に陥っている時、 偶然通りかかったルナに発見されたというところだ。 、、 因みに俺が保護した獣人たちと一緒に泊まらせてくれないか、と いう旨は既にルナには伝えてある。 ﹁はぁ⋮⋮仕方ないですね。お父様に聞いてみましょう﹂ ルナはそう呟くと俺たちを先導するように王城の玄関へと向かっ た。 958 今度は門番も特に何か言ってくるようなことはなく、背筋を伸ば して持ち場に戻っていく。 ﹁っしょっと。じゃあ行こうか﹂ 俺は長かった正座を崩し、後ろで唖然としているブロセルたちに そう声をかける。 皆は納得がいかないような顔を浮かべながらも俺についてくるの だった。 ﹁⋮⋮それで⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は今、ルナによってエスイックのいる部屋まで連れてこられて いた。 、、 視線の先には椅子に座っている国王のエスイック、そしてエスイ ックの目の前にはルナが正座させられている。 ﹁また一人で外に行っておったな⋮⋮?﹂ エスイックはルナへと確認するようにそう聞く。 二人の会話を聞いているとどうやらルナが護衛もつけずに城の外 へと出て行っていた、ということらしい。 959 実は既に俺たちが泊まる許可は貰えており、ブロセルやトルエ、 そして他の皆も部屋に移動したのだが、どういうわけか俺はこの部 屋に残されているのだ。 ﹁⋮⋮﹂ 当然俺が口が挟めるようなことでも無いので大人しくしているの だが、一体どうして俺が残されたのだろうか。 ﹁どうして護衛をつけたがらないのだ?﹂ 黙り込んでいるルナに対し、エスイックは疲れたように質問する。 ﹁⋮⋮私はもっと色々なことを体験したいのです﹂ すると今まで黙っていたルナがとうとう答え始めた。 ﹁護衛の方たちが頑張ってくださっているのは分かりますが、私 はもっと自分で色々とやってみたいのです﹂ これにはエスイックも﹁うむ⋮⋮﹂と唸る。 確かにルナの言うことは俺にも分からないでもない。 ﹁しかしさすがに誰も連れて行かないというのは⋮⋮なぁ?﹂ ん⋮⋮? ﹁ですが誰か良さそうな人がいるわけでもないでしょう?⋮⋮ね 960 ぇ?﹂ んん⋮⋮? 、、、 エスイックとルナは難しそうな声を出しながら、最後に何故かこ ちらに確かめてくる。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ その時俺はどうして一人だけこの部屋に残されたか、今になって ようやく理解した。 恐らくエスイックとルナは、ルナの護衛を俺にたのもうとしてい るのだ。 これが最初から仕組まれていたものなのか、それとも即興で考え ただけなのかは俺の知るところではないがこれはきっと泊まる代わ りに、ということだろう。 正直ルナは王女でもあり聖女でもあるから、護衛は相当大変なは ずだ。 もちろん自分から﹁あ、なら俺が俺がッ!﹂なんて言うつもりは ないが、向こうからちゃんと頼まれたら断ることはできない。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 俺はこちらを見て笑みを浮かべている二人を横目に一体今日何度 目だろう溜息をつく。 961 仕方ないから今度ルナか誰かに、エスイックのちょっとした趣味 でも教えてあげればいいか、と俺は一人高い天井を見上げながらそ う思った。 962 なんてこったい⋮⋮︵前書き︶ ブクマ評価いつもありがとうございますm︵︳ ︳︶m 963 なんてこったい⋮⋮ ﹁おーい、風呂入るぞー﹂ 俺は獣人の子供達にそう呼びかける。 子供たちは今となっては素直に俺の言うことを聞くようになった。 なぜかと言うと、怪我を回復魔法で治すところを見せてあげたか らである。 やはり小さい目からすれば、昔の俺と同じようにソレがとても凄 いもののように見えてしまうのだ。 因みに先ほどのルナの護衛についてだが、今度一緒に商店街へ行 くことになった。 エスイックも俺なら安心だ、と喜んでいたのを覚えている。 それから部屋へと戻ろうとした俺に、メイドさんがお風呂の用意 ができましたと告げてきたので、今こうやって子供たちに呼びかけ ているのだ。 ﹁はーい﹂ ﹁まってー﹂ 964 あちらこちらで子供たちの騒がしい声が聞こえてくる。 ﹁言っとくけど男の子だけだからなー﹂ 念の為に、と思い俺はそう伝えておく。 ブロセルの妹や、他にも女の子の小さい獣人の子もいたからだ。 以前トルエをお風呂に入れたときのような失態をここで犯すわけ にはいかない。 ﹁さきいっとくねー﹂ ﹁ぼくもー﹂ どうやら既に風呂の場所を知っているらしい数人の子供たちが、 我先にと風呂場へと走っていく。 ﹁あれ、ブロセルは入らないのか?﹂ 俺は特に準備を始めようとしないブロセルに聞いてみる。 ﹁あぁ、後でゆっくり入るから大丈夫だ﹂ ﹁了解﹂ 俺はそれを聞くと、子供たちを追いかけるように風呂場へと向か う。 すぐ近くでトルエが何とも言えない顔でこちらを見ていたが今回 965 は我慢してもらうしかないな。 俺は心の中でトルエに謝り、その場から離れた。 ﹁⋮⋮まぁ、子供だしな﹂ 俺は目の前の脱衣所の有様をみながらそう呟く。 既に子供たちがお風呂で身体を洗っているらしい音が聞こえるが、 脱衣所には服が脱ぎ散らかされていた。 ﹁仕方ないなぁ⋮⋮﹂ 俺はそれをメイドさんからもらった籠の中に詰め込んでいく。 ﹁⋮⋮ん、なんだこれ?﹂ その時ふと床に一本の長い髪の毛のようなものが落ちていること に気がついた。 子供たちには少し長すぎるような、そして茶色がかった髪の毛だ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ もしかして誰か女の人の髪の毛、とかじゃないよな⋮⋮? 俺は思わず目の前のものを見つめる。 966 ﹁ま、まぁいいや﹂ しかしこんなことをしても意味が無いので、俺は恐る恐るそれを 脱衣所の端っこの方へおき、自分も風呂へ入るべく服を脱ぎ始めた。 ﹁よしっ、じゃあ入るか﹂ 全て脱ぎ終わった俺は、ゆっくりと風呂の扉を開ける。 中からは湯気がたちこめ、暖かい空気が身体全体を包みこむ。 ﹁あ、おそいよー﹂ すると子供たちは当然俺に気がつき、皆こちらによってくる。 ﹁あぁごめんごめ⋮⋮ん⋮⋮ん?﹂ 俺は子供たちの頭を撫でてやり、謝りながら何気なしに視線を落 とした。 するとそこにあるものに俺は思わず目を奪われる。 ﹁⋮⋮え、⋮⋮えっ!?﹂ ソレがあるのは子供たちの腰とお尻のちょうど真ん中あたり。 湯気のせいでどうなっているのかまではよく見えないが、確かに ソレはそこにあった。 967 ﹁そ、それって︱︱︱︱︱︱︱尻尾か⋮⋮?﹂ そう、そこには何と、細長い尻尾が生えていたのだ。 ﹁ん?これは尻尾だけど?﹂ ﹁っ!?﹂ 無邪気に呟く子供たちの言葉に合わせるように、それぞれの尻尾 がくねくねと揺れ動く。 ﹁⋮⋮まじか⋮⋮﹂ 俺は風呂場の入口で立ち尽くし続けていた。 そして、ある一つの可能性を思い浮かべていたのだ。 ﹁も、もしかしてだけど、それって獣人なら女の子にもその⋮⋮ 生えてるのか⋮⋮?﹂ 俺は恐る恐る俺が一番聞きたかったことを聞いてみる。 多分⋮⋮否、絶対それが一番大事なことだからだ。 ﹁そりゃあもちろん!﹂ 子供達は俺がそんな状態だとも知らずに、明るい無垢な笑顔を俺 に向けてくる。 しかし今はそれどころではない。 968 、、、、、、、、 、、、、 、、、、、、、、 だって、女の子の腰とお尻の間から尻尾が生えているのだから。 そこで俺は当然のようにニアを思い出した。 獣耳だけでもとても可愛らしいのに、それに尻尾がつくなんて⋮ ⋮。 なんてこったい⋮⋮ッ!! 想像してみろ⋮⋮! ニアに尻尾が生えている姿を⋮⋮!! その事実に俺は拳を天に突き上げる。 そして俺はその時、自分の鼻の中で微かに血の匂いがするのを感 じたのだった︱︱。 969 遠慮なく触って︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 970 遠慮なく触って ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 俺はベッドの中で一人、溜息を吐いた。 お風呂に入ったあと俺たちは色々と話をしたりして。その後はそ れぞれ自分の部屋へと戻っていった。 というのもメイドさんの配慮で、子供達や女性は別々がいいだろ うというのと、それならば俺やブロセルは一人部屋がいいだろう、 と今の部屋にしてくれたのだ。 当然俺はニアの獣耳やさらには尻尾を触れる時を期待していたの だが、部屋に連れて行かれるまでずっと俺の傍にいたトルエや子供 達にそんな姿を見られる訳にもいかず、何とか自分の欲求を我慢し 続けていた。 部屋の中は灯りもなく暗闇に支配されていて、当然部屋の中には 俺以外には誰もいない。 ﹁⋮⋮寝るか﹂ 心の中では未だに触りたいという気持ちがあったものの、俺は明 日に備えて大人しく眠りにつくことにした。 971 ︱︱ガチャ。 ﹁⋮⋮⋮⋮ぅんぅ⋮⋮?﹂ 欲求を抑えてようやく目蓋が重くなってきた頃、微かに扉が開け られたような音が聞こえてきた。 しかしちょうど眠くなってきていた俺は、特に反応することもな くベッドで横になっている。 この時間にやってくるということは恐らくトルエあたりだろうと 働かない頭の中で考えたからだ。 ﹁⋮⋮ん⋮⋮⋮⋮﹂ 扉が開けられた音がしてから少ししたあと、まもなくして誰かが 俺のベッドの中に入ってきた。 恐らくはトルエだろうその誰かは、目を瞑っている俺の胸元まで やってくると、俺に身体を預けるようにして動かなくなる。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 何か怖い夢でも見たのだろう、と俺は慰めるためにも目の前に感 じる頭を優しく撫で始めた。 手が触れた瞬間、どうやら俺が眠っていると思っていたらしく、 ビクッという反応が帰ってくるが、それ以降は大人しく俺に撫でら 972 れている。 ﹁⋮⋮⋮⋮ん⋮⋮?﹂ それからしばらく無言でその頭を撫でていた俺は、ふと撫でてい る手に変な感触があることに気がついた。 それは何やら髪の毛にしては硬いような気がするが、しかし頭に しては明らかに柔らかすぎる。 眠たい気持ちを必死に抑えてその何かを触り続け、どうやらそれ が曲がったり動いたりすることがわかった。 ﹁⋮⋮⋮⋮むぅ⋮⋮﹂ そしてとても触り心地が良く、何時まででも触り続けられるよう な気さえする。 ﹁⋮⋮⋮⋮?﹂ それならば反対の手でも触ってみようと、もう片方の手をその頭 まで持ってきたところ、なんと手には今まで触っていたのとはまた 別のそれがあることに気がついた。 ﹁⋮⋮⋮⋮ぉぉぅ⋮⋮﹂ 俺は眠気が覚め始めてきていることを自覚しつつ、それを触り続 ける。 一体これは何なのだろう。 973 俺はまだ働ききれていない頭で考える。 頭の上にある二つの触り心地が良いもの。 そして途中で曲がったり、自分で動いたりしている。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ぇ﹂ 俺はその時、その条件にあてはまるかもしれないものが一つだけ 思い浮かんだ。 その瞬間俺からは眠気というもの全てがなくなり、俺の頬には冷 や汗が流れ始める。 いやしかしここに居るのはトルエのはずで、そんなことはありえ るはずがない⋮⋮。 俺は閉じていた目蓋を恐る恐る開ける。 ちょうどその時、部屋の窓から一筋の月明かりが射し込んできて 俺たちを照らす。 ﹁⋮⋮⋮⋮っ⋮⋮﹂ 俺が目を開けた先には、涙を浮かべこちらを見上げてきている︱ ︱︱︱ニアがいた。 そしてニアの頭には俺の両手が置かれている。 974 つまり、﹃獣耳﹄を遠慮なく触っていたわけで⋮⋮。 ﹁⋮⋮ご、ごめんっ!!﹂ 大慌てでその手をニアの獣耳から離し、自分自身もベッドから落 ちない程度でニアから遠ざかる。 ﹁⋮⋮ッ!?﹂ あらわ しかし俺がニアから離れたその瞬間、今まで布団に覆われていた ニアの身体が露になった。 そして俺は驚愕する。 ニアは︱︱︱︱︱服を着ていなかった。 ﹁あふぁヴぁかるふぁああああああっっ!!??﹂ 偶然にも真っ暗な部屋の中で月明かりに照らされたニアの身体を 見た俺は、自分でも何を言っているのか分からないことを叫びなが ら、ベッドから転げ落ちた。 975 ︳︶m 回復魔法が使えるわ!!︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 976 回復魔法が使えるわ!! ﹁な、なにをしてるんだっ!?﹂ 俺は後ずさりながら、自分の身体を隠そうとしないニアに、目を 瞑りながら聞く。 眠気なんてあっという間にどこかへ行ってしまっているはずなの に、俺は今どうしてこうなっているのかが全くわからない。 ﹁⋮⋮いがあるの﹂ その時かすかに、ニアが何かを言ったのがわかった。 ﹁なんだってっ?﹂ 俺は目を瞑り、顔を俯けながら聞き返す。 ﹁⋮⋮お願いがあるの﹂ 少しの沈黙のあと、ニアの小さな声が聞こえてきた。 それは子供たちがいた頃のような元気がある声ではなく、どこか 遠慮しているような、そんな感じの声で、俺は思わず戸惑う。 ﹁あ、あぁ。分かったからひとまず身体を隠してくれっ!﹂ 一体どんなお願いなのかと思ったが、それよりもまず身体を隠し 977 て欲しい。 でないと何時までも目をつむってなければならない。 ﹁⋮⋮隠したよ﹂ 少ししてニアからそう教えられたので、俺は恐る恐る目を開けつ つ顔も同時にあげる。 ニアは俺がさっきまで使っていた布団をマントのように使って、 身を隠していた。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ ようやく少しは緊張が和らいだ俺は、思わず溜息をつく。 どうしてかそれに合わせるようにニアの顔が暗くなり、うつむい てしまう。 ﹁それで、お願いっていうのは?﹂ しかし、何時までもこうしている訳にもいかないので、俺はニア に聞いてみる。 ﹁⋮⋮⋮⋮子供たちを、私たち獣人の国﹃ビエスト国﹄に、連れ て帰って欲しいの﹂ ニアはうつむかせていた顔を上げ、俺を見つめながらそうお願い をしてくる。 978 ﹁⋮⋮えっと、それで?﹂ 俺はそのニアのお願いに対し、正直拍子抜けしていた。 ここまで自分の身を犠牲にしてやってきたのだから、もっと別の お願いをされるのか俺は考えていたのだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ しかし俺の反応がまずかったのか、ニアは再び俺から視線を外す。 ﹁⋮⋮?﹂ 俺はどうしたのか分からず首をかしげる。 ﹁⋮⋮私になら、何してもいいから⋮⋮だからお願い﹂ するとニアはそう言いながら俺に頭を下げてくる。 ⋮⋮うん? 本当一体どうしたのだろうか。 会話が繋がってない気がするんだけど⋮⋮。 俺は今までの会話を思い浮かべてみる。 ﹁⋮⋮⋮⋮あ﹂ そこで俺はようやく気がついた。 979 そして恐らくニアは勘違いをしているのだろう。 俺が、ニアのお願いに﹃それで?﹄と言ったことに対して、ニア はきっと俺が何かを要求しているのだと思っている。 だから俺に﹃何してもいい﹄と言う前に、俺から目をそらしたり したのだろう。 ﹁いやいや、別に何もいらないって。俺が言ったのは、他に何か お願いはないのかって意味で﹂ ひとまず俺は慌ててニアに説明する。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ 俺の言葉の意味をようやく理解したらしいニアは顔を真っ赤に染 め、布団を一層強く抱き始めていた。 何というか、まぁ誰にでも勘違いってあるからな。 ﹁じ、じゃあ子供たちは連れて帰ってくれるのね?﹂ 誤解が解けてニアも調子を取り戻してきて、元気が出てきたよう に思える。 ﹁あぁ⋮⋮っていうかニアは帰らなくていいのか?﹂ 俺は頷くが、ふとその時ニアはどうするのか気になった。 980 ﹁べ、別に﹃ビエスト国﹄に帰りたいならその時は奴隷解放もで きるし⋮⋮﹂ 俺は少しだけ獣耳や尻尾に未練を感じつつ、ニアにそう伝える。 ﹁⋮⋮私は、大丈夫﹂ しかしニアは首を横に振りながら、どこか辛そうな笑みを浮かべ そう答える。 ﹁⋮⋮?なんで?﹂ 俺は純粋な興味から、ニアに聞いてみた。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ だが俺と目があったニアは、どうしてか先ほどと同じように俺か ら目を背ける。 その時、月明かりがニアの頬から伝ったソレを照らした。 顔を背けているためにここからはしっかりと見えるわけではない。 それでも俺にはソレがとてもハッキリと目に映ったような気がし た。 きっとニアはこのことについてあまり触れられたくないのかもし れないが、ここはどうしてか引いてしまってはいけないような、そ んな気がする。 981 、、、 ﹁ニア、本当ごめんなんだけど︱︱︱︱︱︱教えて﹂ 、、 だから俺は初めて命令をした。 すると奴隷契約がちゃんと効いているのだろう、ニアは驚いたよ うに目を見開きながら、こちらを向いてくる。 、、、 ﹁じゃあ、お願い﹂ 俺の言葉から間もなくして、ニアは口を開き始めた。 ﹁わ、私が犯罪奴隷として捕まってから、私は奴隷商に引き取ら れた﹂ そこで俺は頭の中であの時の奴隷商を思い浮かべる。 ﹁私は気が強くて奴隷商にたくさん反抗して、そしてその分ひど い扱いを受けて⋮⋮﹂ あぁ、だから契約をするとき何かいやらしい感じでニアを見てい たのか。 俺はその時のことを思い浮かべながら、一人で納得する。 ﹁そしてその時︱︱︱︱︱︱尻尾を切られた﹂ ︱︱︱︱︱は? 何だって⋮⋮? 982 じ、冗談だよね⋮⋮? ﹁こんな尻尾じゃもう⋮⋮っ⋮⋮帰れないよ⋮⋮っ!﹂ そう言い切ったと同時にニアは布団を抱いたまま、その場に座り 込む。 ニアは自分の膝に顔を押し当てて、静かに肩を揺らしていた。 ﹁⋮⋮ど、どうしよう⋮⋮﹂ 自分で話すように言っておきながら、事の重大さに今頃気がつい た俺はどうすればいいのか分からず慌てている。 ニアの尻尾が切られてしまったということは俺も当然サワレナイ。 今、そんなことを考えているような時じゃないのは分かっている が、頭の隅では考えずにはいられない。 ﹁な、何か⋮⋮﹂ 何かこの状況を打破できるようなものはないのか、と俺は一生懸 命周りを見回してみたりして考える。 しかし都合よくそんなものがある訳でもない。 ﹁大丈夫⋮⋮っ⋮⋮だから⋮っ⋮⋮心配しないで⋮⋮っ?﹂ そう俺に言ってくるニアの目は涙で赤く染まっているのが、月の 明りでどうしてもわかってしまう。 983 そんなのを見てしまって、心配しないということはまず出来るわ けがない。 何か、何か切られた尻尾を治せるものはないのだろうか⋮⋮。 ﹁⋮⋮って俺の回復魔法が使えるわ!!﹂ どうして今まで気がつかなかったのか分からないが、俺はそのこ とに気がつくと大声をあげる。 目の前にいるニアは突然の俺の大声に驚いているが、まぁ仕方が ない。 俺は急いでニアに近づき、自分の手をかざす。 泣いた跡がくっきりと残っているニアの目が、不思議そうに俺の 手を見上げてきている。 ﹁ヒールッッ!!﹂ そして俺は、契約したときの軽傷を治したときに使ったような加 減した回復魔法ではなく、もっと普段俺の腕を生やしたりする回復 魔法を使った。 ﹁⋮⋮え?えっ!?﹂ 治療したあとすぐ自分の変化に気がついたのか、ニアは布団を被 っていたことも忘れて立ち上がる。 984 ﹁⋮⋮えっ!?﹂ そしたら当然俺の前にはニアが裸で立っているわけで。 ﹁⋮⋮う、嘘っ!?﹂ しかもニアは自分の尻尾が治っていることを確認するためにその 場で回転する。 ﹁⋮⋮ッッ!!﹂ そしてその瞬間俺は目にした。 何モノにも隠されていない、ニアの尻尾を。 ﹁アァァああアアぁあぁアァッぁあああぁああああ!!??﹂ 俺はその謎の奇声を耳にしたのを最後に意識を手放したのだった。 次に目が覚めたとき、窓から陽の光が差し込んでくる朝を床で迎 えていたのは、言うまでもない。 985 ︳︶m お口に合わなかったようだ。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 986 お口に合わなかったようだ。 ﹁うーん、晴れてよかったー﹂ 俺は青い空を見上げながらそう呟く。 そして突然だが実は俺は今、馬車に乗っている。 もちろんトルエやブロセル、ニアに獣人の子供達も一緒だ。 どうして馬車なんかに乗っているのかと聞かれれば、ニアが夜に 俺の部屋を訪れてきた翌日にまで遡る。 ニアから獣人の国﹃ビエスト国﹄へ連れて帰ってくれないかと頼 まれた俺は早速、国王であるエスイックに頼み込んでいた。 といっても皆が乗れるだけの馬車が一つあれば良かったので、エ スイックはすぐに用意してくれることになった。 因みに今回御者はブロセルが務めることになっている。 ビエスト国に着くまで時間もかかりそうなので、その間に俺が御 者のやり方を教えてもらえば大丈夫だろうと考えたわけだ。 しかし俺がビエスト国へ行こうとしたとき、エスイックではなく 聖女であるルナが口を挟んでくる。 何でも一緒に城の外へ行く約束はどうするのか、ということらし 987 く俺は頭を下げながら、帰ってきたら城の外へ行こうと何とか説得 することに成功したのだった。 ﹁あ、あのねご主人様﹂ ﹁うん?﹂ 俺が馬車に揺られながら景色を眺めていると、後ろからニアが声 をかけてくる。 因みにニアはあの夜の一件以来俺のことをトルエと同じように﹃ ご主人様﹄と呼ぶようになった。 ﹁⋮⋮⋮⋮ううん、やっぱ何でもないや﹂ しかしどういう訳か都を出発してから、ニアの元気がないように 見える。 もしかしたら尻尾が治ったことで自分もビエスト国へ帰りたくな ったが、それを言い出せないのかもしれない。 だが俺はこんなこともあろうかとニアとの奴隷契約書を持ってき ている。 これならばビエスト国に着いた時に、この契約書を俺が破ればそ れで万事解決だ。 988 俺は、遠くまで広がる草原に目をやりながら、一人のんびりとそ んなことを考えていたのだった。 ﹁よし、じゃあ作るか﹂ ﹁うん⋮⋮﹂ 俺は隣で意気込んでいるトルエに声をかける。 トルエも久しぶりの料理だからか、少しだけ緊張しているようだ。 そう、俺とトルエは今料理を始めようとしていた。 以前では考えられなかったようなことだが、それにはちゃんとし た理由がある。 それは、人間と獣人の味覚の違い、だ。 これまでブロセルやニア、そして子供達と過ごしてきてどうやら やはり人間と獣人は味の感じ方が違うらしい、ということがわかっ た。 それならば、トルエに任せようというブロセルの意見もあって、 こうしてトルエが料理をしようとしているのだ。 もちろんそれでは俺とトルエは何を食べたらいいのか、という事 態になる。 989 その結果、俺が自分とトルエの分の食事、そしてトルエが獣人の 皆の分、という担当分けになった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 作っているときは俺たちは互いに無言で、黙々と料理を作ってい る。 というか申し訳ないが、トルエが料理を作っているという事実が 正直恐怖以外のなにものでもない。 まぁそんなことはさておき、俺たちは着々と料理を完成させてい って、とうとう盛り付けをするだけになった。 ﹁うわぁーおいしそー!﹂ ﹁ほんとだぁー!!﹂ 子供たちが俺たちの料理を見てはしゃぎ回るが、それも仕方ない のかもしれない。 ﹁⋮⋮よし、じゃあ食べようか﹂ すべての盛り付けも終わり、皆が用意できたので早速俺たちは食 事をとることになった。 俺の料理は当然、自分とトルエの二つ分があり、そしてトルエが 作った料理はちゃんと他のみんなの分が用意されていて、皆はその 料理をとても美味しそうに食べている。 990 ﹁これおいしいーっ!!﹂ ﹁すごーっい!!﹂ やはりトルエの料理を食べてそんな感想が出てくるということは、 獣人と俺たちは味の感じ方が全然違うんだなぁと改めて実感させら れる。 ﹁ぼくそれもたべてみたーいっ!!﹂ そんな時、一人の獣人の子供が俺の手元にある料理を見ながらそ う言ってきた。 ﹁ん、別にいいけど﹂ 俺は特に気にせずその子に料理を渡す。 その子は俺から料理を受け取り一言お礼を言うと、すぐに料理を 口にする。 ﹁⋮⋮⋮⋮うぇぇ⋮⋮﹂ しかしやはりというべきかあまりお口に合わなかったようだ。 ﹁こっちの方がやっぱりおいしい!!﹂ そういってまるで口直しをするかのようにトルエが作った料理を 食べ始めた。 991 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は何も言えず、ただ自分が作った料理を食べ続ける。 しかしその時ふとトルエの顔が目に映った。 トルエは俺に対して、どこか勝ち誇ったかのような表情を向けて きている。 ⋮⋮もちろん、獣人にとってはトルエの料理の方が美味しいのか もしれない。 でも、それでも⋮⋮。 納 得 が い か な い っっ!!! 992 涙は止まっていた。︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 ニア視点でお送りします。 993 涙は止まっていた。 ﹁千五百万エン﹂ ︱︱︱私をそんなおかしな値段で買った新しいご主人様は、どこ か人が良さそうなそんな人だった。 奴隷の契約をする時まず私は新しくご主人様となる人が私の知っ ている人であった。 なんとその人は私が以前に財布を盗んだ一人だったのだ。 生活するためにもたくさんのお金が必要で、誰から財布をとった のかなど覚えていないことが普通だったのだが、その人の財布には かなりの額のお金が入っていたので覚えていた。 そして当然というべきかその人は私のことに気がつく。 しかしそんなことは既に気にしていないかのように振舞って、あ まつさえ私のわがままも聞いてくれた。 あまりにも自然だったので、後から盗んだことを謝っていないこ とに気がつき頭を悩ませるのだが、それは今話をしなくてもいいだ ろう。 それから私は、世話をしていた獣人の子供たちだけでも国に連れ 994 て帰ってくれないかと夜に頼み込んだ。 その時私は尻尾が切られていてどうせ自分には国には居場所がな い、それならいっそ自分の身を犠牲にしてでも⋮⋮と意気込み、ご 主人様に懇願する。 それなのにご主人様はありえないような力を以てして、なんと私 の切られた尻尾を元に戻してしまった。 そしてご主人様は当たり前のような顔をしながら、国に連れ帰っ てくれる約束もしてくれたのだった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 私はご主人様を見ながら、ふと考える。 今まで私は獣人の国に帰るのは無理だと思っていたが、今回ご主 人様が私の尻尾を治してくれたことで、国に帰ることは無理でもな んでもなくなった。 それどころかビエスト国へ向けて出発する際、私はご主人様が荷 物の中に恐らく私との契約書だろう物をいれているのを見た。 人が良さそうなご主人様のことだ。 もしかしたら、私を奴隷から開放してくれる気なのかもしれない。 それは高いお金を払って私を買ってくれたご主人様には悪いこと 995 でも、私にとっては願ってもいない話、のはず。 それならどうして︱︱︱︱︱︱こんなにも胸が苦しいのだろう。 ﹁はぁー、遠かったぁ⋮⋮﹂ そしてとうとう、私たち一行はビエスト国の近くまでたどり着い た。 ご主人様は伸びをしながら、少しだけ遠くに見えるビエスト国を 見つめている。 今回少しビエスト国から離れたところに馬車を止めているのは、 何でもご主人様が誰か偉い人にそう言われたかららしい。 恐らく、獣人は人間を嫌っているためで安全策をとったのだろう。 ﹁ネスト、これまでありがとう﹂ ﹁ありがとーっ!!﹂ 馬車から先に降りていたブロセルが、ご主人様の名前を呼びお礼 を言っている。 子供たちもすっかりご主人様に懐いて、もしかしたらビエスト国 での人間に対しての考えや風潮に合わなくなってしまっているかも しれないが、それもご主人様なら仕方ないと思う。 996 ブロセルたちはこちらに手を振りながら、馬車から離れていく。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ご主人様は手を振り返しながら、どこか寂しそうな顔を浮かべて いた。 ﹁⋮⋮よしっ﹂ そしてブロセルたちが見えなくなってから、ご主人様は何やらこ ちらに笑顔を向けてから自分の荷物をあさり出す。 ﹁⋮⋮﹂ 私はその後ろ姿を見つめることしかできない。 ﹁ニア﹂ どうやら目的のものを見つけたらしいご主人様が、私の名前を呼 ぶ。 ︱︱︱契約解除しよう。 やはり、ご主人様は私に奴隷契約の契約書を向けてきた。 ﹁⋮⋮うん﹂ 997 きっとこれが一番良い。 私は自分の胸にあるモヤモヤとした何かを感じながらも、ゆっく りと頷いた。 奴隷契約の解除の仕方は簡単。 ただその書類を破ってしまえばそれで終わり。 もちろん契約者、さらに主でなければ破っても契約は解除されな いのだけれど⋮⋮。 ﹁じゃあ、やろうか﹂ そしてついにご主人様は契約書を破るべく、腕に力を込めている。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮!﹂ ﹁⋮⋮え⋮⋮?﹂ ︱︱︱気がつけば私は、ご主人様を押し倒していた。 自分でも何をしているのか分からない。 ただ、胸の中のモヤモヤとした何かが私を動かしたのだ。 ﹁ど、どうしたニア!?﹂ ご主人様は近くにいるはずなのに、その声はどこか遠くで聞こえ 998 ているような気がする。 ﹁⋮⋮い、⋮⋮じょ⋮⋮ない﹂ そしてさらに加えて、どこからか別の声が聞こえる。 ﹁⋮⋮解除したく⋮⋮っ⋮⋮ない⋮⋮っ!﹂ ︱︱︱それは紛れもなく、一片の間違う余地もなく、今までずっ と聞いてきた私の声だった。 ﹁耳だって⋮⋮触っていいし⋮⋮っ!﹂ 私の口からどんどんと溢れだしてくるたくさんの言葉。 ご主人様や人間のほとんどは知らないらしいが、本来獣人の年頃 の女の子が自分の耳を触らせてもいいのは、自分が生涯を寄り添う と決めた人だけである。 それでも私はご主人様と一緒に居られるなら、とそう思った。 ﹁⋮⋮えっと⋮⋮﹂ 対してご主人様はどこか気まずそうな顔を浮かべて、どこかを見 つめていた。 ﹁⋮⋮⋮⋮ぁ﹂ その視線を追った先にあったのは、ちょうど真ん中で破られてあ る私とご主人様をつなぐ契約書。 999 ︱︱︱間に合わなかった。 その事実だけが、私に襲いかかる。 ﹁⋮⋮うぅ⋮⋮っ⋮⋮﹂ そして自分とは思えない程、目からは涙が止めるまもなく溢れ出 してくる。 、、、、、 ﹁泣かないで﹂ ﹁⋮⋮ぇ⋮⋮?﹂ ふと頭に感じた温もり。 気がつけば私の頭にはご主人様の手が優しく置かれている。 そしてその瞬間、私の涙は止まっていた。 ﹁⋮⋮え、な、なんで⋮⋮?﹂ それはつまり未だに私たちの奴隷契約が続いているということ。 ﹁あー、多分これニアが破っちゃったみたい﹂ 1000 状況を理解できていない私に、頬を掻きながらご主人様が教えて くれる。 どうやら私がご主人様を押し倒した時に破ってしまったと言うこ とらしい。 私は思わず胸をなで下ろし、ご主人様に身体を預ける。 ﹁⋮⋮また、契約書をもらいに行かないといけないな﹂ ご主人様は私の耳元でそっと呟く。 ﹁⋮⋮うん﹂ そしてそう頷く私はきっと︱︱︱心から笑えていた、と思う。 ﹁⋮⋮⋮⋮そろそろ出発しましょう⋮⋮?﹂ その後、すっかり忘れていたトルエちゃんから、どこか怒りを含 んだ声でそう声かけられたのは、また別の話。 1001 宣戦布告をして︵前書き︶ 色々な方々からメッセージなどをいただき、それぞれの国名が決ま りました! 今回は一番作者が覚えやすいのを選ばせていただきました。感想な どで一緒に考えてくださった皆様はありがとうございましたm︵︳ ︳︶m では、決まった国名ですが 人間の国:ヒュメアン国 魔族の国:ディエビル国 獣人の国:ビエスト国 となりました。大体それぞれの英単語からとってあり、覚えやすい ︳︶m かなと思いました。最後にもう一度、考えてくださった皆様ありが とうございましたm︵︳ 1002 宣戦布告をして ﹁はぁーっ!やっと着いたぁー!!﹂ 俺は少し遠くに見える人間の国﹃ヒュメアン国﹄の都に、思わず 伸びをしながら声を出した。 ﹁んぅーっ!﹂ 気がつけばとなりにはニアもやってきて、俺と同じように背中を 伸ばしている。 獣人であるニアがどうしてまたビエスト国から帰ってきているの かは、まぁ色々あったとしか言い様がない。 もちろん俺が無理やりに連れて帰って来たということだけは無い ので安心して欲しい。 ﹁ご主人様ぁー、やっぱり私これしてたほうがいいのー?﹂ ニアは自分の頭をすっぽり覆い隠している、大きなバンダナを鬱 陶しそうに言ってくる。 ﹁あぁ、それは念の為にしてた方がいいかな﹂ どうしてニアの顔を隠すような真似をするのかというと、ニアが 獣人だとバレないようにするためだ。 1003 奴隷競りで売られていたことや、俺が高いお金を払ってニアを競 り落としたこともあり、恐らくニアの顔を覚えている人は少なくは ないだろう。 だからひとまずはこうやって顔を隠してもらっているのだ。 ﹁まぁ少し我慢しててくれ﹂ それでもやはり頭にあるのが気になるらしいニアの頭を撫でてあ げる。 ﹁⋮⋮むぅ。まぁご主人様がそう言うなら﹂ するとニアはやはり怒っているのか俺から目を逸らしつつも、ち ゃんと頭を隠していてくれるようだった。 ﹁じゃあ一回エスイックに会ってくるからここで待っててくれ﹂ ﹁? りょーかい﹂ ﹁⋮⋮﹂ 都に着いた俺たちはまず最初にエスイックのいる城へと向かった。 なぜかと言うと、都を出発する際に帰ってきたら一度来てくれと 言われていたからである。 1004 門番は頭を隠すニアを訝しみながらも、俺がエスイックから渡さ れていた書類のようなものを見せると敬礼して道を開けてくれた。 それから何時ものようにメイドさんから部屋に案内されて今に至 る、というわけだ。 俺は首を傾げるニアと、どうしてかあまり機嫌の宜しくないトル エを部屋に残し、エスイックの待っている部屋へと急いだのだった。 ﹁それで話っていうのは?﹂ 俺は今、目の前にいるエスイックにそう尋ねている。 当初俺はエスイックに帰ってきたことの報告と、ニアをしばらく 城に居させてもいいかという許可を貰おうと部屋にやってきたのだ が、何でも少し大事な話があるらしく呼び止められたのだ。 因みにまだニアのことは話していない。 ﹁⋮⋮うむ、実はな⋮⋮﹂ 国王であるエスイックはよほど何か大変なことがあったのか、気 まずそうな顔を浮かべている。 しかしついに話すことを決意したのか、下に向けていた顔をこち らに向けてきた。 1005 ﹁︱︱︱ビエスト国が宣戦布告をしてきた﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ 俺は一瞬何を言われたのかよくわからなかった。 エスイックの言葉を何回も自分の頭で整理してからようやくその 意味を理解することができた。 ﹁え、ど、どうして!?﹂ しかし理解はできてもどうしてそんなことになったのかまでは分 からず、俺はエスイックに聞いてみる。 ﹁まぁ元々獣人が人間を嫌っていたということも確かにある﹂ ﹁あぁ﹂ 俺はエスイックの言葉に同意する。 しかしそこでふと、その言い方は何やら別の本当の理由でもある ような、そんな言い方であることに気がついた。 ﹁あぁ、実はもっと別の理由があるのだ﹂ 俺の顔から察してくれたエスイックが直ぐに教えてくれようとす る。 その時俺はどうしてか、その理由を何やら聞いてはならないよう な気がした。 1006 しかし当然今更部屋から出たりするわけにもいかないので、俺は エスイックの言葉に身構える。 ﹁人間が獣人をさらったらしいのだ﹂ ﹁は?﹂ エスイックから教えられた理由は特に何も俺に関係するようなこ とはなく、思わずその獣人をさらったという人物を殴りたくなった。 ﹁何でも馬車に乗った人間の男がビエスト国の近くまでやってき て、数人の獣人を馬車から下ろしたところまでは良かったらしいの だが、一人の獣人の女をそのまま連れていってしまった、というこ とらしい﹂ ﹁へぇ⋮⋮え?﹂ 一体その男は何をしているのだろうと思った俺だったが、直ぐに 気づいてしまった。 ︱︱︱それって俺じゃね?と。 ブロセルたちを国に帰してあげて、ニアを連れて帰って来た。 ︱︱︱あ、完璧に俺だわ。 俺は自分の頬を冷や汗のようなものが伝っていくのを感じた。 ﹁疑うわけではないが⋮⋮お主ではないよな⋮⋮?﹂ 1007 エスイックは頬をひくつかせて俺にそう尋ねてくる。 対して俺は今からどうエスイックに謝ろうか、それだけを考えて いたのだった。 1008 多分気のせい︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 1009 多分気のせい ﹁はぁ⋮⋮やっぱりお主だったか⋮⋮﹂ エスイックは顎に手を当てて溜息を吐いている ﹁⋮⋮本当申し訳ない⋮⋮﹂ 俺はただただ謝る。 ︱︱︱結局俺はニアのことを正直にエスイックに話した。 ここ以外にニアを置いておけるような場所にアテがあるわけでも なく、実質エスイックを頼る他なかったからだ。 俺がニアのことを話すと、エスイックはどうやら既に予想はして いたらしくあまり驚いたりすることはなかった。 ﹁けどまさかこんなことになるなんて⋮⋮﹂ しかし俺はビエスト国からの宣戦布告に対し戸惑いを隠せずにい た。 まさかニアを連れて帰ってきたことで獣人から宣戦布告をされる など誰が考えられるだろうか。 ﹁実は⋮⋮﹂ 1010 そこでエスイックが何やらこちらに向けて言おうとしている。 正直﹃獣人﹄が﹃人間﹄に対して宣戦布告をしてきたという今の 現状だけでもいっぱいいっぱいなのに、これ以上何があるのだろう か。 ﹁獣人は魔族にも宣戦布告をしてきている﹂ ﹁⋮⋮まじかよ﹂ 俺はエスイックからの衝撃発言に思わずそう呟いていた。 ﹁え、で、でもなんで魔族にもなんだ?﹂ 俺は驚きを隠せないままエスイックに理由を聞く。 ﹁うむ、まぁ恐らくは人間と仲が良いから、だとかだろうな﹂ ﹁そ、そんな理由で⋮⋮?﹂ しかしエスイックから返って来た答えは特段意外なものでもなく、 単純そのものだった。 ﹁え、でもそしたら獣人は人間と魔族、両方と一気に戦うのか?﹂ 俺が知っている魔族がおかしいだけなのかもしれないが、リリィ の父である魔王様は戦ったわけではないが、ドラゴン相手に圧倒し たりしていたりその実力は測りしれない。 もちろん人間にだって腕の立つ冒険者なんかもたくさんいるだろ 1011 う。 ﹁あぁ、確かに獣人のしていることは無謀に近いものだと言わざ るを得ないが、裏を返せばそれだけ自信がある、ということかもし れん。私も聞いた話だが何でも獣人は身体能力だけでなく五感まで 優れているらしいからな﹂ ﹁あぁ⋮⋮﹂ 確かに俺もそんな話をブロセルから聞いたような気がする。 ﹁でもやっぱり俺のせいだよなぁ⋮⋮﹂ まぁどちらにせよ俺がニアを連れてかえってきたせいでこうやっ て戦争が起こりそうになっているわけで⋮⋮。 もちろんニアを連れてかえってこなければよかったなどと思って いるわけではないが、どうしてもそのことに責任を感じずにはいら れない。 戦争といえばたくさんの人が命の危険に晒されてしまう。 俺がもっと自分の行動を省みていれば、この事態は回避できてい たのかもしれない。 ﹁︱︱︱まぁそう責任を感じる必要はない﹂ ﹁え?﹂ 1012 俺が一人自分の行動を悔いていた時に、目の前のエスイックが声 をかけてくる。 しかもどういうわけか、責任を感じる必要はないと言う。 ﹁もともと獣人は人間を嫌っておった。恐らくだが今回お主が獣 人の娘を連れて返ってこなかったとしても、何かに因縁つけて宣戦 布告をしてきただろう﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁だからお主がそんなに気負う必要はないぞ﹂ ﹁⋮⋮わかった﹂ 俺自身、それで納得したわけではない。 しかし、エスイックが俺を慰めようとしてくれていることはわか った。 実際それで俺の気持ちも少しは楽になった気がする。 ﹁うむ、じゃあその獣人の娘はしばらくは城の一室に居てもらお う。貴族にも獣人が苦手な者も少なからずいるし、それに宣戦布告 のこともあるしな﹂ ﹁あぁ、ニアには伝えとくよ﹂ そして何とかニアが城にいる許可がもらえた俺は、用事はこれく 1013 らいだ、というエスイックの言葉に従ってトルエとニアが待つ部屋 へと向かったのだった。 ﹁んぅー、じゃあこの部屋からでなければいいのね?﹂ ﹁あぁ、それで頼む﹂ 部屋に戻ってきた俺はまずニアに獣人が宣戦布告をしてきたこと を教えた。 俺がニアを連れてかえってきたことが直接の理由だということは 俺だけが知っておけばいいかなと思い、そのことは教えていない。 ただ当然というべきかニアは獣人の宣戦布告に驚いた様子だった。 同じ獣人として何か思うところがあるかもしれないと思っていた 俺だったが、ただ驚いただけでそれ以上は特に気にしていないらし く、俺もホッと胸をなでおろすことができた。 それから念の為にできるだけこの部屋から出ないように、という こともニアに伝えると、宣戦布告のことより明らかに落胆したよう な顔をしつつも渋々と了解してくれた。 ひとまずの用事を済ませることができた俺は、一度ギルドにでも 向かおうかなと考える。 ﹁じゃあちょっとギルドに行ってくるから﹂ 1014 すぐに用意を済ませた俺は早速部屋の入口でもあり出口でもある 扉へと向かう。 ﹁⋮⋮あ、僕もいきたい﹂ そこで後ろからトルエが俺に声を掛けてきた。 ﹁トルエちゃんは私といるから行ってきていいよ﹂ 別に断る理由もないので一緒に連れて行こうかと思い後ろを振り 返ると、既にトルエはニアの腕に掴まれている。 ﹁うぅーっ﹂ 何やらその腕の中のトルエから呻き声のようなものが聞こえるが、 多分気のせいだろう。 しかし、いつの間にこの二人は仲良くなったのだろうか。 馬車にいるときはどうにも反りが合わないような二人だったのに、 もしかしたら俺がいないところで何かあったのかもしれない。 ﹁ん、じゃあ俺は一人で行ってくるから﹂ ﹁はぁーい、行ってらっしゃーい﹂ そして結局俺は一人でギルドへと向かうことにする。 部屋から出たあと、後ろからトルエの呻き声のようなモノが聞こ 1015 えたような気もするけど多分これも気のせいだろう、と俺は一人廊 下を歩いていくのだった。 1016 あの女誰︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 この度30000ブクマ達成ですm︵︳ ︳︶m 1017 あの女誰 ﹁ギルドはもうそろそろ騒ぎになってるかもしれないなぁ⋮⋮﹂ 俺はたくさんの人が行き交う道を俯きながらギルドへと向かう。 エスイックの話によるともうすぐギルドには宣戦布告のことを公 表する、ということだったので俺が着いたときにはどうなっている か分からない。 ﹁⋮⋮何しようかなぁ⋮⋮﹂ 人にぶつからないようにしながら俺は考える。 ニアたちにはギルドへと行く、と言ったが実のところ純粋に気晴 らしがしたかっただけだ。 恐らくギルドであれば俺の気を逸らす話題が少しくらいならある だろう。 ﹁⋮⋮適当に討伐クエストでも受けてもいいし﹂ 実際それが一番気を紛らわすためには効果的かもしれない。 ﹁⋮⋮っと、すみません﹂ そんなことを考えながら歩いていると、道を歩いていた人と偶然 ぶつかってしまった。 1018 どう見ても俺が下を向きながら歩いていたのが悪いので間髪いれ ずに謝る。 ﹁い、いえっ、こちらこ、そ⋮⋮ってネスト!?﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ 突然呼ばれた俺の名前に思わず相手の顔を確かめると、なんとそ こにはアウラが立っていた。 ﹁え、えっ!?﹂ しかもそれだけでなく、アウラの後ろにはリリィやアスハさんま でもが驚いた顔をしてこちらを見ているではないか。 ﹁ど、どうしてここにいるんだ?﹂ アウラたちは今街で留守番してもらっていたはずで、こんなとこ ろにいる予定など何もなかったはずだ。 ﹁それは私が説明します﹂ 俺と質問に対し、アウラの後ろにいたアスハさんが俺に近づいて くる。 ﹁実は私、この度行われる武闘大会の事務員として召集されまし て、ネストさんに任せられた二人をおいてくるわけにもいかなかっ たので、一緒に連れてきてしまいました﹂ 1019 ﹁あぁ、そういうことか﹂ 街にあるギルドでも優秀らしいアスハさんなら招集されるのも仕 方ないのかもしれない。 しかし一つだけ気になることがあった。 ﹁けど、アウラは都に入るとき大丈夫でした?﹂ 以前アウラたちが都に入る時に主人がいない奴隷は入れてもらえ ない、ということがあった。 今回俺は同行していなかったはずなのにどうして入ることができ たのだろうか。 ﹁あぁ、それでしたら今は武闘大会で商人の方などが稼ぎ時です から、関所はほとんど無いに等しいところまで解放されているんで すよ﹂ ﹁なるほど⋮⋮﹂ 確かにビエスト国に出発するときと帰ってきたときを比べても商 店街の賑わいは増している気がする。 ﹁ネストー久しぶりーっ!﹂ するとアスハさんと話していた俺に、リリィが思い切り飛び込ん できた。 ﹁よっ⋮⋮と﹂ 1020 突然のことながらも何とか転ばないようにリリィを抱きとめる。 ﹁うへへぇー﹂ 俺の腕に抱かれたリリィはゴシゴシと俺の身体に頭を擦りつけて きて、気持ちよさそうにしていた。 俺はすぐ目の前にあるリリィの頭を優しく撫でる。 ﹁⋮⋮﹂ どうしてかアウラとアスハさんが無言でこちらを見ているようだ けど、まぁ今はこのリリィを撫でていよう。 それからしばらくリリィの頭を撫でてあげて、ようやく満足して くれたらしいリリィが俺から少し離れる。 それでもかなり近い距離なのだがまぁいいか。 ﹁それでネストさんは何か用事でも?﹂ その時ふと思い出したかのように、アスハさんが俺に聞いてくる。 ﹁あ⋮⋮あー﹂ そこで俺自身、ギルドへ行こうとしていたことを思い出した。 1021 それは元はといえば少しでも気を紛らわすためだ。 ﹁⋮⋮いや、特にないよ﹂ しかし俺はやっぱりギルドへ行くのは止めることにした。 ﹁そうですか。実は私たちももう用事は済ませたので、これから どうしましょう?﹂ なぜなら既に十分、俺の気を紛らわすことができたから。 ﹁じゃあお城にいこう!﹂ 俺はトルエたちも待たせているので一度城へと帰るよう提案し、 そしてリリィと手をつなぎながら城へと脚を向けたのだった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は今正座させられていた。 時を少し遡って説明しよう。 まず俺はアウラたちを連れて城へと帰り、トルエたちが待ってい る部屋へとたどり着いた。 そして部屋の扉を開けてからようやくそういえばアウラたちは獣 人が苦手だったことを思い出し、慌てて部屋の外に出そうとしたの だ。 1022 しかし時すでに遅くアウラたちの目にはトルエと遊ぶニアに向け られている。 それでも何とか俺はアウラとアスハさんだけは部屋の外に出すこ とに成功し、部屋の扉を閉めた。 因みにリリィは獣人が苦手なはずなのだがどうしてか部屋の中に 我先にと入っていってしまっている。 そこでようやくアウラたちに向かい合う。 途端︱︱︱ ﹁あの女誰︵ですか︶?﹂ ︱︱︱と問い詰められた。 それも物凄い笑顔で。 そして今に至る、というわけだ。 俺は正座をしながら、まずニアに出会うまでの話、そしてブロセ ルたちをビエスト国に連れて帰るまでの話、そして今までの話を二 人に説明した。 もちろん所々言わない方がいいところは端折ったが。 ﹁⋮⋮ふぅ⋮⋮﹂ 1023 これで二人も納得してくれただろう、と俺は溜息をつく。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ しかしどういうわけか二人は黙り込んだままだ。 ﹁⋮⋮ねぇ﹂ ﹁ん?﹂ そしてしばらく経ってからようやくアウラに呼びかけられた。 ﹁そのニアって娘、いくらで買ったのかしら?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 今度は俺が、そのアウラの質問に黙りこむ。 なぜならそれはちょうど俺が先ほどの説明で言わない方がいいと 端折ったところだったからだ。 しかし聞かれたからには答えないわけにはいかない。 ﹁⋮⋮えっと、せ、千五百エンくらいだった、かな?﹂ あまり黙っているのも怪しいかもしれないと俺は慌てて答えるが、 さすがに本当の値段の千五百万エンはまずいと思った結果、つい桁 を外しすぎてしまった。 これではさすがに信じてくれないかもしれない⋮⋮。 1024 ﹁へぇ⋮⋮千五百エン⋮⋮ねぇ?﹂ しかし運がいい事にアウラは値段を呟きながらこくこくと頷いて いる。 どうやら信じてくれたようだ。 ﹁そ、そうなんだよ、ハハ⋮⋮﹂ アウラが信じてくれたことに、俺は安心から思わず頬が緩むのを 堪えきれなかった。 ﹁︱︱︱じゃあトルエに聞いてくるわね﹂ ﹁はい、お願いします﹂ ⋮⋮え、と思ったときには既に俺はアスハさんによって後ろから しがみつかれ、アウラは部屋の中へと入っていっている。 ﹁ち、ちょっと待って!?﹂ 慌てて引きとめようとするも時すでに遅し。 後ろからはがっちりとアスハさんが俺にしがみついていて、抜け 1025 出せない。 ﹁もう観念してください?﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 後ろからアスハさんが俺の耳元でそう囁いてくる。 ⋮⋮これは後で怒られるのは免れられないな、とさすがに諦めた 俺だったがふと気づいてしまった。 、、、、、、、、 アスハさんの胸が当たっていることに︱︱︱。 1026 眠らせてもらえない︵前書き︶ ︳︶m ブクマ評価感謝です!3OVL二次通過しました! ありがとうございますm︵︳ 1027 眠らせてもらえない ﹁よし、じゃあ一応自己紹介をしようか﹂ 俺は部屋の中の皆を見回しながらそう言う。 部屋の中にはアウラ、トルエ、リリィ、アスハ、ニア、そして俺 がそれぞれ座っている。 リリィだけはいつものように俺の膝の上に座っているのだが⋮⋮。 まず自己紹介をする理由は、アウラたちとニアはそれぞれに互い のことを知らないからというただそれだけである。 あ、因みに俺の鼻からは既に血は流れていないので安心して欲し い。 もう一つ言わせて貰えば、どうしてアウラたちは獣人であるニア に対して嫌悪感を出していないのかだが、それはアウラたち曰く﹃ そんなこと気にしている場合ではない﹄とよく意味が分からない答 えが返ってきた。 、、 ﹁私はアウラよ。ネストの最初の奴隷だからよろしく﹂ 俺が一人、そんなことを考えているとまず初めにアウラが自己紹 介を始めていた。 それを聞く限り何かを強調しているような感じがするが、どうし 1028 てか今のアウラの自己紹介を聞いてからニアが俺を睨んできている。 、、 ﹁私はアスハと言います。ネストさんがギルドで最初に話しかけ た受付ですね。よろしくお願いします﹂ 次にアスハさんの自己紹介。 しかし最後のは言う必要があるのだろうか、と俺は首を傾げた。 ﹁⋮⋮﹂ そんな俺に対し、ニア、さらにアウラまでもが俺を睨みつけてき ている。 い、一体どうしたんだ⋮⋮と俺は困惑するも、すぐにリリィの手 が俺の視界を遮った。 ﹁リリィはリリィだよー!ネストに最初に治療してもらったのー !﹂ 相変わらずの元気な調子でリリィが手を上げながら自己紹介をす る。 リリィの言う俺が最初に治療した、というのはここにいる皆の中 でという意味なのか、それとも出会った時に最初に治療してもらっ た、とどちらなのか分からないが、それはまぁどうでもいいだろう。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ アウラがそんなこともあったわね、というような顔を浮かべてい 1029 るのに対し、ニアはどうしてかまたもや俺を睨みつけてきている。 しかしこれでアウラ、アスハさん、リリィの三人の自己紹介が終 わったので、最後はニアの番になった。 俺は自己紹介をするようにと、ニアに目で教える。 、、 ﹁⋮⋮私はニア。見ての通り獣人。ご主人様に最初に裸を見られ たけどよろしく﹂ ﹁ぶっ!?﹂ そして俺はニアの自己紹介に思わず吹き出した。 一体何をいっているんだろうか!? しかも最初に裸を見られたってどういうことだ!? 絶対他のみんなに合わせて適当なことを言ったに違いない。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そんな俺の内情を知ってか知らずか、アウラやアスハさんは物凄 い目で俺を睨みつけてきている。 しかし実際あの夜に裸を見てしまったことに変わりはないので、 全てを否定することもできない。 ﹁⋮⋮あー、うん﹂ 1030 結局俺はそんな変な声をあげることしかできなかった。 けれどそこで諦めてはいけない。 ﹁あ、そ、そういえば話さないといけないことがあったんだった﹂ 話題を変えるために、すぐに別の話題を取り上げる。 ﹁じ、実は、獣人の国から宣戦布告されたんだ⋮⋮﹂ 話題をそらす為に話すようなことではないことは重々承知してい るが、ここは仕方ない。 ﹁え⋮⋮﹂ 案の定と言うべきか、既にこのことを知っているトルエやニア、 そしてまずことの意味が分かっていないリリィ以外の二人、つまり 今問題のアウラとアスハさんが見事に食いついてきてくれた。 ﹁そ、それって本当なの⋮⋮?﹂ 俺の言葉にアウラは疑いの目で俺に聞いてくる。 ﹁あぁ、信じられないかもしれないけど本当のことなんだ﹂ 確かに俺もいきなりこんなことを言われたらまず信じられないだ ろう。 けれど直接的な原因を作ったのが俺ということもあり、信じない わけには行かなかったのだ。 1031 ﹁ギルドには伝えたのでしょうか?﹂ その時やはりギルド職員というべきか、アスハさんはそんなこと を聞いてくる。 ﹁えっと、確かエスイックがもうすぐギルドには公表する、とか 言ってましたけど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮国王様が⋮⋮﹂ 俺の言葉にアスハさんは小さくそう呟く。 そしてどうやらアスハさんはエスイック、国王の名前を知ってい るらしい。 というかもしかしたら実は案外、有名なのかもしれないが⋮⋮。 ﹁つまり戦争になる、ってことよね⋮⋮?﹂ そしてアウラが確かめるように俺に聞いてくる。 ﹁た、多分⋮⋮﹂ 俺もくわしいことはまだ分からないので、そういう他言い様がな い。 それからもしばらく皆でこれからの話などをしている内、窓から 差し込んでくる日が、傾いていることに気づいた俺たちはようやく その話を終えたのだった。 1032 戦争、かぁ⋮⋮。 俺は一人心の中でそう呟く。 今、窓からは日が射し込んでくることはなく、部屋の中は暗闇に 包まれている。 因みに俺はベッドの中だ。 もちろん俺が経験したことなどないその言葉に、俺は思わず色々 考えさせられる。 ブロセルから少し聞いた話によると、今でも昔の人間との戦争を 経験した国の重鎮たちは人間を恨んでいるらしい。 ﹁⋮⋮﹂ けれど、やはり今俺が何かできるわけでもなく、俺はただ顔をベ ッドに押し当てた。。 ﹁ねぇネスト﹂ その時ふと声をかけられ、何かと思いベッドから起き上がってみ るとそこにはアウラとアスハさんが立っている。 ﹁ん、何?﹂ 1033 俺はこちらを見つめてきているアウラたちにそう尋ねる。 ﹁︱︱︱ニアって娘の裸を見たことに対して何か言い訳でもあれば 聞くけど?﹂ ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮⋮⋮ ⋮⋮ どうやら俺はまだ眠らせてもらえないらしい。 1034 眠らせてもらえない︵後書き︶ http://ncode.syosetu.com/n5161 da/ 新作載せました!一読していただけたら幸いです。 1035 まずこいつ誰だよ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 ︳︶m これから物語も進めていきたいので少しずつキリが悪いことが増え てくるかもしれませんm︵︳ 1036 まずこいつ誰だよ ﹁それでビエスト国の宣戦布告に対する対応だが、どうするか﹂ ﹁うむぅ⋮⋮﹂ 俺の前では今、緊急の会議が行われていた。 俺は一応参考人として居合わせてはいるが、多分俺の出番はない のではないだろうか。 なぜなら会議に出席しているのは国王のエスイックを始めとした 国のお偉方々であり、さらに言えば魔族の王でもありリリィの父で もある魔王様、そしてその部下の方々といった物凄い面子によって 進行されているからである。 最初はエスイックたちの人間だけで進行していた会議だったが、 途中で部屋の窓から飛んで入ってきたのだ。 さすがにそれを事前に知らなかった俺は一体何事かと思ったが、 窓から入ってきたのが魔王様だったのですぐに落ち着くことができ た。 それからは二種族合同での会議で進んでいるのだが、順調に進ん でいるとは言い難い。 先程から同じことばかりを議論しているような気もする。 1037 しかし確かに難しい問題であることも確かで、俺も何かを言える わけでもない。 ﹁⋮⋮むぅ。一方的に宣戦布告をしてきたからなぁ⋮⋮﹂ エスイックも難しそうな顔をして唸っている。 ﹁やはり、戦争は避けられないかもしれませんな⋮⋮﹂ 魔王様も顔をしかめながらそう呟いた。 その言葉に周りの人も仕方なさそうな顔を浮かべながら頷いてい る。 ﹁となるとまず人数を集めないといけないのか﹂ 人間の方のお偉方の内にいる一人がそう切り出す。 ﹁まずギルドで冒険者に頼むとして、城が抱える騎士たちも駆り 出さなければいけないな﹂ そしてまた別の一人がそれに反応するような形で少しずつ会議は 進んでいく。 俺はエスイックの後ろの席で大人しく目の前で行われている会議 を聞く。 資金はどうするか、予想される被害、他にも色々と話が進んでい く中で、俺はふと疑問に思ったことがあった。 1038 、、、、、、、、 ﹁あ、あの⋮⋮戦争を避けるために何か考えたりは、しないんで すか?﹂ 俺は意を決して、質問してみる。 そう、今まで会議が進んでいく中で、戦争をどう対処するかとい うことはたくさん話し合っているにも関わらず、一度も戦争を避け るために何かできることはないかということは議論されていなかっ た。 戦争の直接的な原因を作った俺が言うのもお門違いではあるが、 ただ今回の会議でそれだけが気になっていたのだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮?﹂ しかし俺の質問に対しほとんどの人が意味が分からないような顔 を浮かべながらこちらを見てきている。 まずこいつ誰だよ、とか思われているのかもしれない。 ﹁まずこいつ誰だよ﹂ というか言われた。 魔王様が連れてきた部下の一人が俺に突っかかってくる。 ﹁あぁ、私の直属の部下、といったところだな﹂ するとそんな俺を助けてくれようとエスイックがそう周りに宣言 してくれる。 1039 エスイックの言葉もあってか、俺に突っかかってきた魔族だけで なく、周りの皆もそれからは特に俺に構うようなこともなく、そし て俺の質問は流されつつ会議は進んでいった。 ﹁はぁ⋮⋮疲れた﹂ 会議も終わり、俺は少し大きめの溜息を吐いた。 やはりこういった緊張感漂うような雰囲気は苦手だなぁ⋮⋮と一 人考えながら、俺は部屋に残っているエスイック、そして魔王様に 目を向ける。 ﹁やっぱり戦争、しちゃうんだな⋮⋮﹂ 俺の言葉に王様二人は浮かない顔を浮かべている。 結局先ほどの会議ではほぼ確実に種族間の戦争が行われるという ことでまとめられた。 これは既に決まってしまったことなので、その決定を覆すことも 難しいはずだ。 ﹁⋮⋮準備も急がないといけないな﹂ エスイックは疲労感を含んだ声でそう呟く。 1040 何でも部下からの報告で、既に獣人たちの軍勢がこのヒュメアン 国の都に向かってきているらしいのだ。 ﹁⋮⋮うちも急いでこちらに向かってもらっている﹂ 魔王様もやはりどこか疲れを隠せていないような声でエスイック に反応する。 会議が終わってすぐに、魔王様の部下たちが自国へと軍を呼びに 行っているので恐らく間に合わないことはないだろう。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ やはりどうにも戦争を避けられなさそうな現状に思わずため息が 隠せない。 ﹁お主はやはり怪我人の治療、であるよなぁ⋮⋮﹂ エスイックの言葉に、魔王様も頷く。 確かに自分でもそれが一番たくさんの人を治療できる最善手かな と思う。 ﹁はぁ⋮⋮⋮⋮﹂ 俺はこれから起こってしまう戦争を思い浮かべて、恐らく本日一 番だろう溜息を吐いたのだった。 1041 まずこいつ誰だよ︵後書き︶ 落下物にお気を付けください。という新作です。 一読頂けたら幸いです。 http://ncode.syosetu.com/n668 2da/ 1042 ︳︶m 嫌、でしょうか⋮⋮?︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 1043 嫌、でしょうか⋮⋮? ﹁うわぁ⋮⋮やっぱりこうなってるよな⋮⋮﹂ 俺は思わず目の前の光景にそう呟く。 今、俺はギルドにやって来ているのだが、どうにも皆﹃戦争﹄に 対して浮き足立っているようだ。 恐らくだが、ここにいる皆の中で今まで戦争を経験した人など一 人もいないのだろう。 ブロセルに聞いた話によると何でもかなり昔に戦争はあったらし いが、寿命が獣人に比べて短いらしい人間たちでは、今こうやって 冒険者をしていることはありえないはずだ。 かくいう俺も戦争など経験したこともなければ見たこともないの で偉そうなことは言えないのだが。 今日ギルドにはアウラたちは連れずに一人でやってきている。 特に理由は無いが、まぁ戦争の話を皆の前でしなくてもいいかな と思い一人でやってきたのだ。 ただアスハさんだけは仕事の多いギルドの手伝いとして既にこち 1044 らにやってきているはずである。 ﹁⋮⋮あ﹂ アスハさんを探してみると受付の一つを担当しているらしい。 その列にはアスハさんが美人だからかたくさんの冒険者が並んで いてどうにも忙しそうだ。 俺も受付に用事があったのだが、今回は別のところに行かせても らうことにしよう。 ﹁あの、すみません﹂ そう思った俺は早速別の空いている受付のお姉さんに声をかける。 この人もアスハさんに劣らず美人なのだが、やはり多くの男の冒 険者は普段見ることがないアスハさんの方へと流れているのだろう。 ﹁あ、はい。﹃緊急クエスト﹄のご受注でしょうか?﹂ はい、と答える俺に受付のお姉さんは手馴れた様子でどんどんと 進めていく。 ﹁まず﹃緊急クエスト﹄へのご参加ありがとうございます。しか し命の危険も出てきますが大丈夫ですか?﹂ ﹁はい。大丈夫です﹂ 緊急クエストとはもちろん﹃戦争﹄のことである。 1045 ﹃緊急クエスト﹄を受けることによって報酬が分配されることに なっているのだ。 そのため緊急クエストを受けようとする冒険者たちで今はギルド が人で一杯である。 ﹁次に希望の参加場所ですがどういたしましょうか。もちろん他 の方々と希望が多数重なった場合は希望に沿えない結果となってし まうかもしれませんが⋮⋮﹂ ﹁回復魔法が使えるので後方支援でお願いします﹂ 回復魔法を使える俺が後方支援に回ったほうが、よりたくさんの 人を治療できるのではないかと思ったからだ。 それにエスイックや魔王様からも回復を頼むと言われてある。 二人からの頼みを断るわけにもいかないので、俺はお姉さんにそ う答えた。 俺は後方支援で希望を出したがもしかすると他の人と希望が重な って前衛になる可能性もあるはずだ。 それに他の人には戦わせておいて自分だけは後方支援に回るなど 言語道断だと言われるかもしれない。 ﹁こ、後方支援ですか?﹂ 案の定お姉さんが俺に尋ねてきたと思ったが、どうにも顔を見て 1046 みるとそんな蔑みの目などではなくどこかホッとしたような表情で ある。 ﹁実は冒険者の皆さんは前衛に希望が多くてですね⋮⋮﹂ 俺が首をかしげていたのに気づいたお姉さんが、わざわざそう説 明してくれる。 ﹁へぇ⋮⋮﹂ それは正直意外だった。 ﹁ですので後方支援の方が正直ありがたいですね﹂ どうやらそういう理由でお姉さんはホッとしていたらしい。 まぁ、ということは俺の希望は通るようなので、俺としても正直 助かった。 ﹁じゃあそれでよろしくお願いします﹂ それから少し世間話のような話もして俺はお姉さんのいる受付か ら離れた。 ﹁よし、なら帰るかな﹂ 色々としなければいけないことも終わったので、俺はギルドの出 1047 口へと向かう。 ﹁ネストさん﹂ 後ろからの声に振り向くとそこにはアスハさんがギルドの制服姿 で立っていた。 ﹁あ、アスハさん﹂ 俺は久しぶりに見たアスハさんの制服姿に思わず緊張する。 さっきはたくさんの冒険者たちが並んでいたために良く見えなか ったのだ。 ﹁ネストさんはもう帰られますよね?﹂ ﹁あ、はい﹂ しかしアスハさんはこんなところ居て大丈夫なのだろうか。 今も周りの冒険者たちが嫉妬の目をこちらに向けてきている。 そんな目を向けられても別にそういう関係でもないのでどうしよ うもないのだが⋮⋮。 ﹁私ももう帰るので一緒に帰りましょう﹂ ﹁え﹂ アスハさんの言葉に俺だけでなく周りの冒険者、主に今までアス 1048 ハさんの受付に並んでいた冒険者たちから驚きの声があがる。 ﹁し、仕事は大丈夫なんですか⋮⋮?﹂ 恐らく俺は他の冒険者たちの疑問に思っているだろうことを代表 して聞く。 ﹁はい、もう終わりました﹂ ⋮⋮では、この並んでいる人達は一体何なんだろうか。 まぁアスハさんも今日一日仕事をして疲れたのだろう。 こちらを睨んできている冒険者たちには悪いが、俺はどうするこ ともできない。 ﹁⋮⋮それとも私と帰るの、嫌、でしょうか⋮⋮?﹂ ﹁そ、そんなとんでもない!﹂ アスハさんの上目遣いに俺は思わずたじろぐが、何とかそう答え る。 ﹁じゃあ行きましょうか﹂ そして俺たちは二人でギルドの出口をくぐったのだった。 1049 ﹁そういえばネストさん﹂ ﹁はい、何ですか?﹂ アスハさんは今、俺の斜め後ろを歩いていた。 既に日は傾いていて、辺りは橙色に染まりだしている。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ だが、いつまで経ってもアスハさんからの返事がない。 ﹁⋮⋮今日、私以外の受付に行ってましたよね⋮⋮?﹂ 気がつけばアスハさんは俺のすぐ後ろまでやってきていて、俺の 肩を掴んでいる。 耳元で囁いてくるアスハさんに、俺は冷や汗を禁じ得なかった。 1050 嫌、でしょうか⋮⋮?︵後書き︶ 懲りずにまた別の新作です。 ︻落下物にお気を付けください︼ http://ncode.syosetu.com/n6682 da/ 一読頂けたら幸いです。 1051 まるで夢物語みたい︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 1052 まるで夢物語みたい ﹁お、良いところに。少し付き合ってはくれないか?﹂ ﹁ん?﹂ 俺は後ろからかけられた声に振り向く。 そこには疲れた様子を隠せていない国王、エスイックがいた。 もしかしなくても戦争についての会議などが忙しいのだろう。 ﹁あぁ、別に大丈夫だ﹂ ﹁おぉそうか、では早速行こうか﹂ 俺の言葉に若干嬉しそうな顔を浮かべたエスイックは、俺を先導 するように先を歩き始めた。 ﹁⋮⋮これは?﹂ 俺は目の前の光景に思わずエスイックに尋ねる。 今、俺の目の前には恐らくお酒だろう飲み物と、少しの料理が並 べられていた。 1053 ﹁もちろん夜の宴の準備だが?まぁ宴にしては少し小さいのは仕 方ないが﹂ ﹁いや、そういうことを聞いてるわけじゃないんだけど⋮⋮﹂ 俺の質問に対し、何を気にするでもなくエスイックはそう答える が、当然そんなのは見れば分かる。 俺が聞きたいのは、一体どうしてこんなことをしているのか、と いうことなのだが⋮⋮。 ﹁まぁ、今日はゆっくりできる最後の日になるかもしれませんか ら﹂ ﹁⋮⋮え⋮⋮!?﹂ 俺の疑問に答えてくれたのは、いつの間にか俺のすぐ後ろにまで やって来ていた魔王様だった。 突然の魔王様の現れに俺は思わず驚いてしまう。 ﹁それにエスイック殿は他の方々の人一倍この件について努力し てますし、他の皆さんも今日くらいは許してくれるでしょう﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は魔王様の言葉に、エスイックの顔を改めて見てみる。 確かにエスイックの目元には隈ができており、疲労感を漂わせて 1054 いた。 きっとそんなエスイックが俺を呼んだのも、ここに呼べるような 人が俺ぐらいしかいなかったのだろう。 ﹁よし、じゃあ楽しもうか﹂ 俺の顔から諦めのような空気を察したのか、エスイックは椅子に 座り酒瓶を持ちながら、俺と魔王様にそう言ってきたのだった。 ﹁はぁ⋮⋮やっぱり戦争はいやだなぁ⋮⋮﹂ そう呟くエスイックの頬は、お酒がまわっているせいか若干赤く 染まっていた。 かくいう俺自身も自分の顔が火照っているのが分かる。 ﹁⋮⋮そういえば昔もこんな風にアイツと酒を飲み交わしたなぁ﹂ ﹁そういえば、そんなこともありましたねぇ⋮⋮﹂ 懐かしそうな顔をしながら話す二人のその会話に俺はついていけ ない。 ﹁アイツ、とは?﹂ だが気になったので思い切って聞いてみた。 1055 ﹁⋮⋮獣王だ﹂ エスイックは一層懐かしさを感じたように、その目を閉じる。 ﹁いつだったか遠い昔、実は一度だけ私たちは獣王を交えて酒を 飲んだことがあるのだ﹂ ﹁ちょうどこんな感じで三人でね﹂ エスイックの言葉に付け足すようにして魔王様が教えてくれる。 ﹁え、でも⋮⋮?﹂ 獣人と人間は仲が悪いはずなのに、そんなことが有り得るのだろ うか。 ﹁その時はまだ人間、魔族ですらそんなに仲が良くなかったんだ よね﹂ 俺が首を傾げていると、魔王様はさらにそう付け足す。 ﹁つまり私たちは一人の国の王としてではなく、一人の友として その場にいたわけだ﹂ ﹁⋮⋮﹂ エスイックも魔王様に釣られるようにして、どんどんと昔のこと を語っていく。 ﹁﹃誰も傷つかない世界を創ろう﹄︱︱︱当時まだ私たちが大人 1056 ではなかった時に、描いていた夢だ﹂ ﹁まぁ年を重ねるにつれてどんどんとそれが夢物語なんだってい うことに気がついてきたけど﹂ 魔王様はまるで自重するように、手を肩あたりまであげて首を振 っている。 気がつけばエスイックも遠い過去を思い出したように笑みを浮か べていた。 ﹁え、ってことは今の獣王は別に人間が嫌いじゃない、ってこと なのか⋮⋮?﹂ 今の二人の話から察するに、恐らくはそういうことなのだろうが、 それならばどうして戦争などが起きるのだろうか。 ﹁獣王一人が別に人間たちのことを嫌いでないとしても、それだ けで他の年をとった獣人たちの気持ちが変わるわけではないからな﹂ ﹁うーん、ん⋮⋮?﹂ エスイックが俺に教えてくれるがやはり俺にはあまりよく分から なかった。 ただ、結局戦争は避けられない、ということなのだろう。 ﹁やっぱり友達と戦うってのは気持ち的に大丈夫なのか?﹂ エスイックたちはこれまでそういった事実は教えてくれなかった。 1057 しかしやはり自分の友達が治める国と戦うっていうのはいい気分 はしないはずだ。 、、 ﹁⋮⋮戦争とは敗者を決めるものだ﹂ すると突然、エスイックが真剣な顔になって語りだす。 ﹁故にもし負けてしまった方はこれからの未来にも苦難を強いら れることとなるだろう﹂ ﹁私は自分の国の国民が、仲間が、そして何より家族がそんな苦 しい生活を強いられる姿を見たくない。戦死者に対して悲しむ姿も 見たくない﹂ ﹁そのためなら、例え友が敵だとしても私は戦うし︱︱︱︱︱戦 わなければならない﹂ 1058 そう言い切ったエスイックの目は閉じられている。 ﹁⋮⋮そうだね﹂ 魔王様もエスイックの言葉に同意している。 ﹁⋮⋮ただもしこの戦争が、まるで夢物語みたいに誰ひとりとし て傷つくことなく終わったりするんだったら、また何か未来が変わ るのかもしれないね﹂ そう呟く魔王様とエスイックの顔はどこか寂しそうに笑っていた。 1059 まるで夢物語みたい︵後書き︶ 新作﹃落下物にお気を付けください。﹄ http://ncode.syosetu.com/n6682 da/ 一読頂けたら幸いです>< 1060 ︳︶m アスハさんだぞ?︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 1061 アスハさんだぞ? 誰ひとりとして傷つくことがなく戦争が終われば、未来が変わる。 それが夢物語なんてことは、俺でも分かる。 戦争となればきっと千や万単位の戦死者や負傷者も出るとも聞い た。 そうなれば例え俺が回復魔法で一人一人を治療しても意味がない。 それに治療される人の中にはもう怪我したくないから戦場に行き たくない、という人が出てくる可能性だってある。 ﹁やっぱり﹃夢物語﹄なのかなぁ⋮⋮﹂ しかしそんな夢物語が起きてくれる可能性を俺は否定したくなか った。 ﹁あ、ネストおかえりー!﹂ 皆のいる部屋に戻ると、そこには既に獣人であるニアと普通に話 しているアウラたちがいた。 1062 一緒に過ごしているうちに獣人に対しての苦手意識なんかも解れ てくれたのだろうか。 ﹁ただいま、リリィ﹂ 帰ってくるなり俺に抱きついてきたリリィの頭を撫でる。 リリィは気持ちよさそうに身を捩りながら、俺の抱きしめる腕の 力を強めてきた。 ﹁⋮⋮うっ!!﹂ 痛い、とんでもなく痛い。 身体からミシミシという音が聞こえそうだ。 今までこんなことなかったはずなのに、一体どうしたんだろう。 ﹁ネスト、戦争行くの⋮⋮?﹂ するとその時、リリィが心配そうな顔でこちらを見上げて聞いて きた。 なるほど。 そういう理由があったのか。 俺は痛む身体にヒールをかけながら、リリィの柔らかい頬っぺた を手でさする。 1063 ﹁俺は後方支援だから、そんなに危険じゃないみたいだよ?﹂ ﹁⋮⋮ホント?﹂ ﹁あぁ﹂ 俺の言葉に少し安心したように聞いてくるリリィに頷き返す。 ﹁じゃあたくさんの人を治療してあげないといけないんだね!﹂ 打って変わって、笑顔でそう笑いかけてくるリリィ。 ﹁⋮⋮あぁ、頑張らないとな﹂ そんなリリィに俺は気まずさを感じながら、そう笑い返したのだ った。 ﹁はぁ⋮⋮疲れたなぁ﹂ 俺は布団を被りながらそうため息を吐く。 今日も色々と大変だった。 ギルドに行ったり、エスイックたちと食事をしたり⋮⋮。 ってあれ? 1064 実はそんなに大変な一日の内容でもないのか⋮⋮? しかし自分の身体はきつい一日を過ごした時と同じように、疲れ を訴えてきている。 ﹁あぁ、多分戦争がもうすぐだから気を張ってたのかな﹂ それならば納得が行く。 自分自身あまりそういうことは気にしない質だと思っていたが案 外そうでもないのかもしれない。 ︱︱︱ガチャリ。 その時ふと、部屋の扉の方からそんな音が聞こえてきた。 今、俺は唯一の男ということでほかの皆とは別の部屋で眠ってい る。 だからトイレに向かった誰かが帰って来たなどということではな いはずだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ となると一体だれが来たのだろうか。 1065 俺は布団の中で息をひそめる。 何か前にもこんなことがあったなぁ、と思っていると、その来客 はもそりと布団の中に入ってきた。 この部屋にやって来るまでに冷えたのか、肌に触れる相手の身体 は若干の冷たさが残っている。 ⋮⋮これは一体誰だろうか。 布団の中に入ってきたということは、俺の知る誰かのはずだろう し。 そしてこの身体の大きさから察するに多分リリィとトルエ以外の 誰かだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 俺は寝返りを打つふりをして、自分の手を相手の頭の上にのっけ てみる。 さすがに起きているのがバレるかもしれないと思ったが、どうや ら少し驚くぐらいで済んだようだ。 俺は最小限だけ手を動かして、軽く頭を撫でてみる。 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ 1066 するとどうやらニアではないということも分かった。 なぜならそこには獣耳と思わしき物がなかったからだ。 ⋮⋮となると可能性としてはアウラ、アスハさんのどちらか。 しかし二人ともそんなことをするとは考えにくい。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ あ、もしかして⋮⋮ 必死に考えているうちに一つの出来事に思い当たった。 それは今日のギルドからの帰り道でのこと。 ギルドでアスハさん以外の受付に行ったことで少しアスハさんを 怒らせてしまったのだ。 俺は知らないが、もしかしたら最初に行った受付以外は行かない という暗黙のルールでもあるのだろう。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ⋮⋮え、じ、じゃあここに居るのって︱︱︱アスハさんなのか! !?? 自分で考えておいて何だが、それはちょっとヤバくないか? 1067 俺は自分の身体が強張るのが分かった。 しかしそれも仕方ない。 だって今同じベッドであのアスハさんが寝ているのかもしれない のだから。 いや、さすがにそれはないか。 だってアスハさんだぞ? あのアスハさんは絶対そんなことはしない。 ギルドでだって今まで一度も浮いた噂すらたたないアスハさんだ ぞ? 第一まずそういう関係じゃないんだから、ありえない。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は、恐る恐る、ゆっくりと、目を開けてみる。 ﹁おはようございます﹂ 1068 鼻と目の先にアスハさんがいた。 1069 アスハさんだぞ?︵後書き︶ 落下物にお気を付けください。連載中です。 http://ncode.syosetu.com/n668 2da/ 一読頂けたら幸いです。 1070 私は優しいんです︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳︳︶m 1071 私は優しいんです ﹁っっ!!??﹂ 俺はまさかアスハさんが本当にいるとは思わず、叫び声をあげそ うになった。 しかし寸前のところでアスハさんの手が俺の口を塞ぐ。 ﹁お、落ち着いてください﹂ ﹁むむぅぅ!?﹂ ベッドの上で二人。 さすがにこの状況で落ち着くのは酷なものがある。 ﹁⋮⋮わ、私だって恥ずかしいんですから少し落ち着いてくださ いっ﹂ ﹁⋮⋮む、むむぅ⋮⋮﹂ しかしアスハさんの本当に恥ずかしそうな顔を見ていると、徐々 に落ち着いてきた。 ﹁そ、それでアスハさんは何を⋮⋮?﹂ 1072 俺の口を塞いでいたアスハさんの手がどけられたので、俺はアス ハさんに聞いてみる。 アスハさんがこんな夜中にこんなことしてくるなんてよっぽどの ことだ。 もしかすると昼のことを本当に気にしているのかもしれないが⋮ ⋮。 ﹁⋮⋮﹂ しかしアスハさんは恥ずかしそうな顔を浮かべるだけで一向に口 を開かない。 その間もアスハさんは俺と身体を密着させているわけで、俺は今 までで一番と言っていいほど身を固くしている。 ﹁⋮⋮あ、アスハさん⋮⋮?﹂ それからもアスハさんは中々口を開かないので、痺れを切らした 俺は、アスハさんに呼びかける。 ﹁⋮⋮もうすぐ、戦争に行く人たちの出発の準備が始まるそうで す⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ ようやく開かれたアスハさんの口からは、まだ俺も知らなかった 情報が教えられる。 1073 恐らくギルド職員として働いているために、そういった情報が集 まりやすいのかもしれない。 しかし、もうそろそろ俺たちが戦争に向かわなければいけないの も確かだ。 今も着々と、獣人たちの軍勢はこちらへと向かってきているらし く、俺たち人間側も急いで準備する必要がある、みたいなことをエ スイックも言っていた。 ﹁⋮⋮やっぱり⋮⋮行っちゃうんですよね⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮﹂ アスハさんはどこか寂しそうな顔を浮かべながら俺に聞いてくる。 暗くて良く分からないが、もしかしたらそこには涙も浮かんでい るのかもしれない。 ﹁⋮⋮はい、すみません⋮⋮﹂ 多分アスハさんは優しいのだろう。 自分がよく受付で担当する冒険者の一人が戦争に行くということ に、ここまで心配してくれるなんて。 ﹁アスハさんは優しいですね、ただの自分が担当の冒険者一人の 為にこんなに心配してくれるなんて﹂ 思わず思っていたことをそのまま口にしてしまった。 1074 ﹁⋮⋮っ⋮⋮﹂ するとどうしてかアスハさんは驚いた顔をこちらに見せてきたか と思うと、すぐに顔を逸らしてしまう。 ﹁⋮⋮アスハさん?﹂ その反応の意味が分からず、俺は再びアスハさんに呼びかける。 何か気に障ることでも行ってしまったのだろうか。 ﹁⋮⋮そうです。私は優しいんです﹂ ﹁あ、はい⋮⋮﹂ まさか自分で言われるとは思わず、俺は変な返事をしてしまう。 しかしその時、アスハさんは俺の顔を強く見つめてきている。 ﹁⋮⋮だから⋮⋮﹂ アスハさんは何かを言おうとしているのか口を少しだけ開く。 ﹁⋮⋮帰ってきてください﹂ そしてそう続けた。 いつの間にか俺の顔にその両手を触れながら。 1075 ﹁⋮⋮ちゃんと、私たちのところに⋮⋮私のところに、帰ってき てください﹂ ﹁⋮⋮は、はい﹂ アスハさんは顔をグンと俺に近づけながら、そう伝えてきた。 俺は困惑しながらもなんとか返事だけはする。 ﹁⋮⋮約束ですよ⋮⋮?﹂ そして最後に念押しをするかのように、アスハさんはほとんどキ スをするぐらい顔を近づけてそう呟いたかと思うと、そのままベッ ドを降りて部屋を出て行ってしまった。 ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮﹂ 緊張が急に解け、思わずため息を吐く。 それにしてもまさかアスハさんが一人の冒険者の為にあそこまで するような人だったとは⋮⋮。 俺だから来た、みたいなことだったら嬉しいけど、それはさすが に夢の見すぎだろうか。 きっと俺が唯一、直接行ける距離だったからとかに違いない。 ﹁⋮⋮それにしても⋮⋮﹂ ただ、アスハさんとベッドの中で一緒にいたとき、ずっと思って 1076 いたことがある。 それのせいで緊張が増していたとも思ってもいいくらいだ。 ﹁⋮⋮アスハさん、いい匂いだったなぁ⋮⋮﹂ アスハさんは本当にいい匂いでした。 俺はベッドからアスハさんのぬくもりが無くなる前に、再び眠り についたのだった。 1077 私は優しいんです︵後書き︶ 新作﹃異世界に落ちたけどお前ら何か質問ある︵笑︶?﹄連載中で す! http://ncode.syosetu.com/n6682 da/ 一読いただけたら幸いです。 1078 見つけた︵前書き︶ ︳︶m ゴメンなさい。初めて携帯で書いたのでとても短いです。本当ゴメ ンなさい。 次はちゃんと更新するので、申し訳ありませんm︵︳ 1079 見つけた ﹁ここに集まってくれた全ての者たち!!まず感謝する!!!﹂ 辺りに国王であるエスイックの声が響き渡った。 今はちょうど所謂出発式のようなものが執り行われている。 そして、エスイックの激励を聞いているのは、もちろん俺だけで はなく大勢の戦争参加者の皆だ。 俺は今、後方支援をする人たちが集まっているところにやって来 ている。 後方支援は一番最後に出発するために、門からは一番遠いところ だ。 そして逆に前衛は比較的門に近いところへと集められているらし い。 俺たち後方支援と、前衛の数をざっと目で数えてみても明らかに 後方支援の数が少ない。 もしかしたら回復魔法使いは全体的に見ても少ないのだろうか。 ﹁では高いところからですまぬが、皆の帰りを祈っている!!﹂ 1080 ﹁うぉぉぉおおおおお!!!﹂ エスイックの締めの言葉に、それぞれが自らの腕を空に掲げて、 自分を奮い立たせる。 ﹁うぉぉぉおおおおお!!!﹂ 俺も例に漏れず、手を空に掲げて大声を上げ続けたのだった。 ﹁あ、そういえば⋮﹂ もうそろそろ前衛の皆が門から出発する時間になった時、俺はふ と城に荷物を忘れていないか心配になり始めた。 幸いにもまだ後方支援の出発までには時間がある。 俺は、荷物の忘れが無いか最終チェックをするべく、一人で城の 中に戻った。 ﹁確かこっちだったよな?﹂ やっぱり誰かメイドさんとかでも探したほうがよかっただろうか。 俺は広い城の中で若干道に迷いながら廊下を進んでいる。 ﹁ネストさん⋮?﹂ 1081 ﹁え?﹂ その時いきなり後ろから掛けられた声に俺は振り向く。 そこには戸惑いの顔を浮かべたルナが立っていた。 ﹁ん、ルナどうしたんだ?﹂ ﹁その、ネストさんっぽい人が城の中に入っていくのが見えたの で⋮﹂ どうやら俺が忘れ物のチェックに来ていたのを、どこからか見ら れていたらしい。 ﹁あぁ、実は忘れ物がないかを確かめてなかったから、今のうち に確かめに来てたんだ﹂ ﹁あ、そうだったんですね﹂ 俺の言葉に納得したルナが頷く。 ﹁見つけた﹂ ちょうど偶然にもその時、俺は自分が泊まっていた部屋を見つけ たのだった。 1082 1083 何より腹立たしい。︵前書き︶ ブクマ評価ありがとうございますm︵︳︳︶m 1084 何より腹立たしい。 ﹁うーん、何も忘れ物はない、よな⋮⋮?﹂ 俺は今、忘れ物が無いかの最終チェックをしている。 まだ時間はあるので、見落としがないように慎重に探していく。 ルナは開いたままの扉に寄りかかって、下を向いていた。 ﹁ネストさんってどうして回復魔法を覚えようと思ったんですか ?﹂ それからしばらく部屋の中を見回っていると、ルナが唐突にそん なことを聞いてきた。 ﹁うーん。どうして、かぁ⋮⋮﹂ 俺が回復魔法使いを目指すきっかけになったのはやっぱり子供の 1085 ころの思い出だ。 今ではあまり覚えてすらいないのだが⋮⋮。 でもついにこの前、昔俺に回復魔法を見せてくれた人らしき人に も会うことができた。 まぁまだ推測の域をでてないからこれ以上はどうしようもないん だけど。 ﹁まぁいろいろだよ﹂ 俺はあまり覚えていないことを説明するのも悪いと思い、そうぼ かす。 ルナはそうですか⋮⋮と呟くと再び下を向いた。 ﹁ルナはどうなんだ?﹂ どうしてかあまり元気がないように見えるルナの気を紛らわそう と俺は聞いてみる。 ルナは俺の質問に顔を上げてこちらを見つめてきた。 ﹁私は、昔に見た回復魔法に憧れて回復魔法の道を志しました﹂ ﹁へぇ⋮⋮﹂ ルナには言わなかったけど、俺が回復魔法使いを目指した理由と ほとんど同じだ。 1086 ﹁私が初めて回復魔法を目にした時、私にはそれがまるでこの世 のものではないような気さえしました﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁他の魔法を見る機会もありましたが、それでもやっぱり一番感 動したのは回復魔法だったんです﹂ ﹁⋮⋮﹂ ルナは床に目線を戻しながら話し続ける。 ﹁子供のころから、みんなの病気や怪我を全部治す、と意気込ん でずっと回復魔法を練習してきました﹂ ﹁⋮⋮﹂ ﹁でも、こうやって今回戦争に直面して思ったんです﹂ ︱︱︱︱︱︱︱︱︱回復魔法は人の役に立っていないんじゃない か、って。 ﹁え⋮⋮?﹂ 1087 俺はルナのその言葉に思わず驚きの声を上げる。 ﹁私はこれまでの努力が実って、聖女という称号までいただきま した﹂ ﹁あ、あぁ⋮⋮﹂ 確か聖女とは今代のもっともすぐれた回復魔法使いに贈られると いうことを聞いた覚えがある。 まぁ俺は例外としてだけど。 ﹁でも実際は実の母の病気すら治せず、挙句の果てには自分まで 病気にかかってしまいました﹂ ﹁あ、あぁ⋮﹂ たぶん俺が治療しに城へ侵入した時のことを言っているのだろう。 ﹁それを治してくれたのは、黒いマントに身を包んだお方で、聖 女である私よりも遥かに優れた回復魔法使いだったんです﹂ あ、それ俺だわ。 ﹁私は自分の力の無さを痛感しました﹂ ﹁⋮⋮﹂ 俺は自分のことだけに何もいうことができない。 1088 ﹁⋮⋮そして今回、この戦争です。私たち回復魔法使いは後方支 援として前線の方々の後をついていきます。前線の方たちが怪我し た時に治療するために﹂ ﹁そうだな﹂ というかスラっと流したけどもしかしてルナも戦争についていく のだろうか⋮⋮⋮!?﹂ ﹁それってどう治療するんですか?﹂ ﹁え、どうって普通に後ろにもどってきた人に回復魔法をかける んじゃないのか?﹂ 変なことを言ってくるルナに俺は思わず当たり前のことを返す。 、、、、、 ﹁では、怪我した方たちがどうやって後ろまで帰ってくるんです か?﹂ ﹁⋮⋮あ﹂ 俺はそこで初めてルナが言っていることが分かった。 俺たち回復魔法使いは、治療員として戦争についていく。 けれど、怪我した人たちが後ろにまで帰ってくる手段がない今、 回復魔法はほとんど意味がないのでは、ということだろう。 ﹁それに仮に怪我してから後ろまで戻ってくることができても、 1089 私たち回復魔法使いには千切れた腕を元に戻すこともできません﹂ ﹁⋮⋮﹂ 確かに、俺は別として、普通の回復魔法使いであれば千切れた腕 を元に戻すなんてことはできないだろう。 ﹁それなら⋮⋮回復魔法がこんなに使えない魔法だったのなら、 いっそのこともっと沢山の人と一緒に戦える攻撃魔法とかを練習し てきたほうがよかったんじゃないんですか?﹂ ﹁⋮⋮⋮﹂ ルナはその瞳に涙を浮かべながら、俺にというより自分に問いか けている。 だから俺にはルナの考えに対して、賛同することも否定すること もできない。 、、、、、 ﹁回復魔法って⋮⋮っ⋮こんなものだったんですか?﹂ だから︱︱︱そんなことを言うルナに対して、何もいうことがで きない自分が、何より腹立たしい。 1090 ﹃それじゃあ、まだ足りませんよ﹄ いつかの白マントに言われた言葉が俺の中で蘇る。 俺はこれまでに必死で回復魔法を練習してきた。 指を、腕を、足を、何度も何度も切り落としてきた。 指を、腕を、足を、何度も何度も生やし治してきた。 これ以上、いったい俺にどんな練習ができて、どんなことができ るようになるというのだろうか。 ﹁⋮⋮あ、これ﹂ その時場違いはなはだしいが、俺は椅子の下に自分の荷物が置き 忘れていることに気が付いた。 ルナは未だに嗚咽を零しているが、俺には慰めることもできてい ない。 その中で見つけた自分の荷物に、俺は引き寄せられるように手に 取る。 ﹁⋮⋮何入れてたんだったか﹂ 1091 俺はゆっくりと荷物の中身を確かめる。 ﹁あっ、と﹂ 荷物の中にあった一つ目は、ルナからもらったペンダントだった。 これはエスイックにルナにはバレないようにしていたほうが言わ れているので、ルナに見つからないように荷物に戻す。 ﹁⋮⋮⋮これ﹂ 荷物の中に入っていた二つ目のモノ。 俺はそれを見たとき、今までこの存在を忘れていたことを悔やん だ。 どうしてもっと早くに気が付かなかったんだ、と。 これがあればもしかしたら、誰も傷つかない戦争にすることがで きるかもしれない。 これがあればもしかしたら、ルナに対して、否、ルナ以外のすべ 夢物語 を現実にす ての回復魔法使いに改めて回復魔法の存在意義というものを確かめ させられるかもしれない。 これがあればもしかしたら、そんな全ての ることができるかもしれない。 1092 俺は自分が思い描く計画に、何が必要かを考える。 できるだけ迅速に、かつ確実性に富むもの。 そのためにまず必要なものそれは︱︱︱︱ ︱︱︱︱︱空を飛ぶことだ。 1093 ︳︶m じゃあ行きますか︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 1094 じゃあ行きますか ﹁⋮⋮いけるかもしれない﹂ 俺の思い描く計画を成功させるためには、まず空を飛ばなければ ならない。 空を飛ぶことは無謀だと思っていたが、今俺の中では一つの空を 飛ぶ案が頭の中に思い浮かんでいた。 ﹁ち、ちょっとごめん!﹂ 俺はそれができるのか、ということを聞くためにルナを押しのけ て目的の場所へと向かった。 ﹁無理だ﹂ ﹁えぇー⋮⋮﹂ 俺は今、エスイックや魔王様のいる部屋までやってきていた。 俺が空を飛ぶ方法の一つとして目をつけたのは、魔王様である。 魔族の背中には翼が生えており、空を飛ぶことができるというこ 1095 とは前にも聞いた。 それならば俺ひとりくらい持ちながら空を飛べるのではないか、 と考えたわけである。 しかし魔王様に聞いてみると、どうやら人を運びながらというの はできないらしい。 なんでも翼にそこまで力がなく、自分の体重を運ぶのだけで精一 杯ということだった。 ﹁しかし空を飛ぼうなど一体どういうことなのだ?﹂ エスイックは突然やってきた俺に対し、少し期待するような顔で 聞いてきた。 ﹁あぁ。少し、夢物語っていうのを実際に見てみたくなってさ﹂ まだ、空を飛ぶ方法がないと決まったわけでは、ない。 ﹁ほぅ﹂ 俺は今から自分のやろうとしていたことを魔王様たちに話してみ た。 1096 ﹁しかしそれは副作用があるぞ﹂ ﹁え?﹂ 突然の魔王様の言葉に俺は思わず聞き返す。 そんなこと今まで知らなかったのだ。 ﹁ど、どんな副作用なんだ⋮⋮?﹂ ﹁願ったものに対して同等の対価となるものが自分に降りかかっ てくるのだ﹂ ﹁⋮⋮﹂ 願ったものに対しての同等の対価。 それは一体どれほどのものになるのか。 ﹁でも、副作用の対象は俺だけなんですよね?﹂ うむ、と頷く魔王様に少しだけホッとする。 ﹁なら大丈夫です﹂ これで周りの人にまで影響が及んだりしたら俺がやろうとするこ との元も子もなくなってしまう。 ただ副作用が自分だけというのなら俺としては全然構わない。 1097 ﹁⋮⋮そうか﹂ 俺の決意を汲んでくれたのか、エスイックと魔王様は静かに頷い た。 ﹁じゃあ行ってきます!!﹂ 俺は唯一の荷物だけを握りしめてエスイックたちの居る部屋から 走り出た。 既に前線の皆は出発している。 獣人の大軍との交戦が始まるのも時間の問題だろう。 そう。 これは時間との勝負なのだ。 俺は走る。 ﹁ヒール!!﹂ 疲れは回復魔法を使って払拭し︱︱ 1098 ﹁ヒールッッ!!﹂ 足の痛みは回復魔法を使って治療し︱︱ ﹁ヒールッッッ!!!!﹂ 胸の中に残る不安は、回復魔法でどうにか頑張る。 ﹁あぁーっ!!やっぱ怖いわーっ!!﹂ 、、、、、、、 俺は遥か下に見える獣人と人間の両軍を見ながらそう呟いた。 今、俺は崖の上にやってきている。 ちょうど良い具合の位置に大きな崖があったから助かった。 ﹁はぁ⋮⋮緊張してきた⋮﹂ だがそれも仕方ないだろう。 これからやろうとしていることを知れば、誰だって緊張するはず だ。 ﹁⋮⋮⋮やめたいわぁ﹂ 1099 ここで止めることができたらどれほど楽だろうか。 こんなこと俺だってやりたくてやっているわけではないのだ。 失敗したら皆の命も危ないし、もし成功したとしても副作用で俺 の命の危険だってある。 どうしてこんなことを俺がしなくてはならないのだろうか。 やりたくない、止めたい、逃げ出したい。 心の中でいろんな負の感情が渦巻いている。 けど、ここで逃げるわけにはいかない。 そして絶対に計画を成功させなければならない。 成功してもし仮に、俺が死んでしまったとしても、それでほかの 人が生き延びてくれるなら悔いが無いわけでは無いが、まぁ仕方な いと思える。 ﹁あ、そういえば約束破っちゃうかもなぁ⋮⋮⋮⋮﹂ 俺はその時ふと、昨晩のことを思い出した。 同じベッドの中に感じたアスハさんの温もり。 そして念押しまでされたあの約束。 帰ってくるように、と言われていたけれどそれは厳しいかもしれ 1100 ないなぁ。 他にもアウラ、リリィ、トルエ、そしてニア。 奴隷という立場から解放させることを忘れていたのも数人いたけ れど、それはエスイックか誰かがもしっていう時には対応してくれ ると信じよう。 ﹁はぁ⋮⋮そろそろか⋮⋮﹂ 俺はそろそろ交戦を始めようとしている両軍を見下ろす。 あ、そういえば何時だったか、こんなことを考えていた気がする。 死ぬまでには絶対空は飛びたい。 最悪回復魔法をかけながら高いところから飛び降りればいい。 今考えたらとんでもないことを考えていたんだなぁと理解できる。 まぁ今はそんなことどうでもいいか。 そこでようやく俺はお馴染みの黒マントを羽織る。 1101 最初は恥ずかしかったが今では緊張を和らげてくれる良いパート ナーだ。 そして俺はずっと手に握っていたモノを口に含み一息で飲み込む。 それは何時の日か魔王様に貰った黒い玉。 すっかり忘れていて申し訳ないけど、今回は使わせてもらおう。 ︱︱︱︱ドクン。 ︱︱︱︱ドクン。 あぁ、少しずつ身体が熱くなって気がする。 ﹁じゃあ行きますか﹂ そして俺は一つの魔法を唱えながら、崖から身を落としたのだっ た。 1102 ︳︶m ただ俺は、空を飛んでいた︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 1103 ただ俺は、空を飛んでいた 夢物語を実現させるためには、何が必要か。 俺が願わなければいけない力とは一体何か。 俺は考えた。 誰も死なず、誰も傷つくことなく戦争を終える為に必要な力。 それを考えてみた時、俺の頭に最後まで残っていたのは回復魔法 だった。 誰にも死なせない為には、まず傷つかなければいい。 誰にも傷を負わせないためには、その都度治療すればいい。 自分でいうのもアレだが、俺は周りとは違う特別な回復魔法を持 っている。 しかし、それでも足りないのだ。 戦争を経験したりしたことなどないけれど、聞いた話によると多 大な怪我人が出るらしい。 1104 そんなたくさんの数を俺ひとりで治療することなどまず不可能だ。 確かに一人一人の大怪我であれば完全に治せる自信はある。 しかしそれでは他の人の治療が間に合わない。 そこでもう一度、その時に何が、どんな力があればいいのかを考 えてみた。 そして閃いた。 回復が間に合わないなら、どうにか間に合わせればいいだけじゃ ないか、と。 一人一人で間に合わないのなら、どうにか間に合わせればいいだ けじゃないか、と。 夢物語が実現できないのであれば、どうにか実現してみせればい いだけじゃないか、と。 だから俺は願った。 全てを実現させるために必要な力を。 1105 だから俺はまず自分に対して唱えた。 回復し続けろ 、、、、、、 否、呟いた。 そして今、俺は空を飛んでいる。 何者にも縛られず、空を飛んでいる。 向かい風なんて気にならない。 ただ俺は、空を飛んでいたのだ。 あと残っているのは最後の仕上げだけだ。 俺は空を飛びながら息を大きく吸い込む。 ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッッッッ!!!!!! そして大分近づいてきた人間、魔族、獣人たち皆にむかって俺は、 叫んだ。 1106 ∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼・∼ 今日、俺は初めて戦争というものを経験する。 恐らくここにいる皆も今回が初めての戦争のはずだ。 今回の戦争の敵は獣人の大軍らしいが、正直俺はあまり獣人に対 して敵対心などはなかった。 しかしだからといって戦争をやらないというわけにはいかない。 俺には家族もいる。 もし人間側が負けたら、家族が、そして他の皆もどうなるかは分 からない。 だから戦うしかないのだ。 俺が配置されているのは前線の真ん中あたり。 もちろん自分で前線に行きたいと志願した。 1107 格好いい国王様の演説も終わり、ついに出発だ。 獣人の大群はもうかなり都に近づいてきているらしく、一刻の猶 予も残されていないと聞いた。 そしてついに門が開けられた。 皆それぞれ真剣な面持ちをしている。 俺も緊張で手汗が出始めていることを感じながら、周りに合わせ てゆっくりと歩き始めたのだった。 ﹁おぉ⋮⋮﹂ ようやく獣人たちの大軍が目に入り始めた。 数だけで言ってしまえばここからでは分からないが、かなり多い ように思える。 ﹁⋮⋮ふぅ⋮⋮﹂ 今からこの大軍同士で戦いを始めると思ったら、思わず深呼吸を してしまった。 しかし実際、これからの戦争でどれだけの数の人や魔族、そして 獣人が死んでいくのかは分からない。 そしてそんな心配をする余裕も俺にはない。 1108 ただ自分が生きて帰ることだけを考えなければいけないのだ。 俺は再び背筋を伸ばし、獣人の大軍へと脚を向けたのだった。 ﹁お、おい⋮⋮アレなんだ⋮⋮?﹂ ﹁ん?﹂ その時、後ろの方からそんな声が聞こえてきた。 何かと思って後ろを振り返ってみると、どうやら後ろの人達は何 やら上の方を見ているらしい。 ﹁⋮⋮なにかあるのか?﹂ 不思議に思った俺は日で眩しい中、手をかざしながら遥か上方へ と目を向ける。 ﹁なっ!?﹂ そこには黒いマントのようなものを着ているが、確かに人の形を しているモノが落ちてきていた。 目で見てみる限り、ちょうど落ちてくるのは人間と獣人の軍の真 ん中辺り。 1109 一体どういうことかと辺りが騒然となる。 ﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱ッッッッ!!!﹂ するとその時、何やら上から叫び声のようなものが聞こえてきた かと思うと自分の身体が何か温かいモノに包み込まれたような気が した。 そして次の瞬間、黒マントを着た人は物凄い音と土煙を立てなが ら地面に落ちた。 目で見えた限りでもかなりの距離から落ちてきていたはずだ。 さすがにあれでは助かるまい。 ﹁⋮⋮ぇ﹂ きっと誰もが俺と同じようにそう思っていただろう。 しかし土煙が晴れたあとに残っていたのは、平然と棒立ちしてい る黒マントだった。 そしてまるで、それが皮切りになったかのように両軍はぶつかる ようにして戦いを始めている。 ﹁うわっ!﹂ 気がつけば目の前に敵が斬りかかってきており、俺は思わず腕で 顔を隠す。 1110 しかし何時まで経っても痛みはやってこない。 薄らと目を開けるとそこには驚いたように剣を振り下ろした敵が つっ立っている。 どうやら外してくれたらしい。 ﹁うおぉおぉぉぉおおお!!!﹂ 俺はそのチャンスを逃すことなく自らの剣を振り下ろす。 しかし、俺は見た。 切ったはずの敵の首が、繋がっているのを。 1111 笑い続けていて欲しい。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですー! もうすぐ三章も終わりますので、お付き合いくださいm︵︳ ︳︶m あと、三章が終了した後は隔日更新から三日に一度の更新とさせて いただきます。またそのことは活動報告などでも詳しく載せると思 いますのでご確認ください。 1112 笑い続けていて欲しい。 ﹁では皆の無事を祝福して乾杯ッ!!﹂ ﹁かんぱーいッ!!﹂ エスイックの掛け声と共に、俺たちは手にもつグラスを真上へと 掲げた。 今、俺たちは戦争終了の祝賀会を行っている。 だが祝賀会をしているからといって、別に俺たち人間と魔族の同 盟軍が戦争に勝利したわけではない。 あの日、あの時、俺は力を手にした。 その結果として今回の戦争での戦死者は両軍共に一人もいない。 エスイックたちが口にした夢物語を実現することができたわけだ。 本来であれば俺は力の代償として、何かを支払わなければならな いはずだった。 しかし今のところ別に何かが失くなったような感覚もない。 魔王様にも聞いてみたが、どうやら自分も使ったことがなかった ようなので首をかしげていた。 1113 それを俺に渡してくるあたり、やっぱり魔王なんだなぁと感じた りしなくもないのだが⋮⋮。 ﹁そういえばネストさんはどこに行ってたんですか?﹂ 後ろからの声に振り返ると、いつの間にか俺のすぐ近くにルナが やって来ていた。 ﹁あ、あぁ⋮⋮﹂ 恐らくルナは戦争の時の話をしているのだろう。 ルナは俺が後方支援に組み込まれているということを知っていた ので、もしかしたら探していたのかもしれない。 ﹁えっとぉ⋮⋮そ、そう!トイレ!あ、あの時お腹痛くてトイレ に行ってたんだ﹂ 自分でも苦しい言い訳だとは分かっているが、今は他に言いよう もない。 ﹁あ、そうだったんですね。大丈夫でしたか?﹂ さすがルナというべきか、ちょろい。 こういう時は世間知らずのままでいてくれてありがとうと言うべ 1114 きだろう。 ﹁ネストさん、少しいいですか?﹂ その時ふと後ろから声をかけられた。 ちょうど先程のルナと同じような状況だが、その声色は落ち着い ていてルナとはまた別だ。 ﹁あ、大丈夫ですよ﹂ 俺はそう答えながら振り返る。 そこには俺が予想していたとおり、アスハさんがこちらを見つめ ながら立っていた。 そしてそのままアスハさんに連れられて俺は人気の少ない廊下へ と向かった。 ﹁まず、無事に帰ってきてくださってありがとうございます。安 心しました﹂ 廊下に連れられて、アスハさんと向かい合う。 すると開口一番アスハさんは軽く頭を下げてそんなことを言って 1115 きた。 ﹁い、いやいや、お礼を言われることじゃないですよ。しかも俺 後方支援だったんで⋮⋮﹂ 本当は少しだけ無茶なことをやっているがここでは言わなくても いいだろう。 ﹁⋮⋮嘘ですよね?﹂ ﹁はい?﹂ 俺はアスハさんのつぶやきに思わず聞き返す。 ﹁戦争を止めたのはネストさんですよね?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ば、バレてるぅー。 ﹁⋮⋮は、はい。そうです﹂ よく考えてみたらアスハさんは俺が漆黒の救世主の正体であると いうことを知っている数少ない人物の一人だった。 恐らく黒マントが空から降ってきたとか聞いたのかもしれない。 ﹁⋮⋮どうしてそんな無茶したんですか?﹂ ﹁⋮⋮﹂ 1116 責めるような目を向けてくるアスハさんに、俺は思わず黙り込む。 自分でもあれが無茶だったということは自覚せざるをえない。 途方もない高さの崖から成功するかも分からない回復魔法を唱え ながら飛び降りる。 そしてついでとばかりに戦争も止める。 今考えても鳥肌が立つ。 ﹁⋮⋮ごめんなさい﹂ だから俺は言い訳をするつもりはない。 ﹁でも、俺は誰にも傷ついて欲しくなかった﹂ そして後悔もしない。 ﹁別に回復魔法使いの一人だからとかじゃなくて︱︱﹂ 俺はアスハさんの目を見つめる。 、、、、、、、、 アスハさんも俺から目を逸らしたりせず、ただ俺と目を合わせて いる。 、、、、、、 ﹁俺がただそうしたかったんです﹂ ﹁⋮⋮﹂ 1117 ﹁だって、俺の手が、俺の回復魔法が届けられるなら、せめてそ の人たちには皆笑っていて欲しいじゃないですか﹂ アスハさんにも、リリィにも、トルエにも、アウラにも、そして ニアにも。 俺は皆には笑い続けていて欲しい。 これからもずっと。 ﹁⋮⋮﹂ アスハさんは俺の話が終わるまでずっと黙って聞いてくれていた。 一度も目を逸らしたりもせずに、だ。 自分でも結構恥ずかしいようなことをつらつらと並べてしまった ような気がするが、まぁ今更仕方ない。 ﹁⋮⋮はぁ、分かりました。でもこれからはあまり無茶だけはし ないでくださいね?﹂ アスハさんは最後に念押しするようにそう言うと、先に一人で今 来た道を戻っていった。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 1118 俺はようやくの緊張からの解放に思わずため息をつく。 やっぱり最初からだけどアスハさんの前だと少し緊張するんだよ なぁ⋮⋮。 俺はそんなことを考えながら、リリィやアウラが待っているはず の会場へと戻り始めたのだった。 1119 ︳︶m 俺の回復魔法がどう見ても聖女の劣化版な件について。︵前書き ︶ ブクマ評価いつもありがとうございますm︵︳ 1120 俺の回復魔法がどう見ても聖女の劣化版な件について。 ﹁あっ! ネストどこ行ってたのー?﹂ ﹁あぁ少し用があってな﹂ 会場に戻ると、まず初めにリリィが駆け寄ってきた。 ﹁もう、探したんだからね?﹂ その後ろからは少しだけ不機嫌そうな顔をしているアウラ。 ﹁もう用は大丈夫なんですか⋮⋮?﹂ さらにその後ろにはトルエ。 本当だったらニアもいたかもしれないのだが、さすがに獣人とい うこともあり今回は留守番してもらっているのだ。 ﹁ネストもちゃんとかえってきてくれたし良かったぁー!﹂ リリィは俺の腰に腕を回しながらそんな嬉しいことを言ってくれ る。 俺はリリィの頭を優しく撫でながら祝賀会の会場を見渡す。 1121 そこには何時かの会議かで話し合ったりした国の偉い人達、そし てその他にも俺の知らない人がたくさんいる。 さらに言えば、人間だけでなく魔族もたくさん祝賀会の出席して いるようだ。 場所によっては人間と魔族の友人らしき人たちが仲良くお酒を飲 み交わしている姿も見受けられる。 ただ、ここにはまだ獣人がいない。 国王であるエスイックや魔王様の目指している未来はまだ遠い。 しかし今回の戦争で、人間や魔族の皆の、獣人に対する敵対心は あまりうまれなかったはずだ。 もちろん最初から多少はある獣耳などに対しての嫌悪感はあるだ ろうが、それはまた敵対心とは別物だと信じたい。 獣人が今人間たちのことをどう思っているかという正確なことは 分からない。 それでも今回の俺の計画は、一つの夢物語が実現できたのだろう。 ﹁⋮⋮回復魔法、か﹂ ここ最近忘れかけていた、回復魔法への憧れが少しだけ自分の中 で蘇ってきたような、そんな気がして俺はそう呟いた。 1122 ﹁んぅー?どうしたのー?﹂ ﹁いや、何でもないよ﹂ 俺は不思議そうに首を傾げるリリィの頭を撫でた。 ﹁あぁー少し喉渇いたかも﹂ 祝賀会に用意された料理はどれも絶品で、食べずには居られない。 しかしたくさん食べた後、ふと何か飲み物がほしくなった俺は辺 りを見回す。 ﹁あ﹂ するとちょうど近くにメイドさんが飲み物の入ったグラスを歩き ながら配っている姿を見つけることができた。 ﹁すみませーん、一つください﹂ ﹁あ、はい。どうぞ﹂ メイドさんから受け取ったグラスからは、柑橘系の果汁の匂いが 香ってきている。 ﹁っ﹂ 1123 しかしいざ飲もうとした瞬間、俺は誤ってグラスを手から滑らせ てしまった。 直後響き渡るグラスの割れるような音。 ﹁あぁー⋮⋮﹂ 思わずそんな声を上げながら俺はすぐにグラスの破片を集める。 周りからの視線が集まっているだろうことを予想し、俺はきまず さを感じていた。 ﹁痛っ﹂ 、、、、、、 床に散らばった破片を集めているとき、ふと指先に痛みを感じた。 見てみるとどうやら破片で指先を切ってしまっているらしく、今 も血が少しずつ流れ出している。 ﹁⋮⋮ん?﹂ その時俺は何かが何時もと違うような、奇妙な違和感を覚えた。 ﹁⋮⋮?﹂ しかしいくら考えてみてもその違和感の正体は分からず、俺は多 分気のせいだろうと一人納得する。 1124 だがこのまま血が流れ出し続けるのも床が汚れてしまう。 ﹁ヒール﹂ そう思った俺は何時もの如く回復魔法を唱えた。 俺の回復魔法は切った腕でも生やすことができる。 そして今回の怪我はグラスの破片で少し切った程度の切り傷。 そのはずだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 、、、、、、 ならどうして治らないんだ。 ﹁ヒ、ヒール﹂ ヒール、ヒール、ヒールヒール。 どうしてか治らない切り傷に俺は何度も回復魔法をかけつづける。 しかし結果は変わることなく、依然として血は流れ出している。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そこで俺は床に落ちているグラスの破片の一つを手に取った。 そして俺は自分の指を撫でるように滑らせる。 1125 ﹁っ﹂ 、、、、、、、、 次の瞬間、確かな痛みと共に薄らと血がにじみ出てきた。 ﹁⋮⋮ヒール﹂ 俺はとある確信を持ちながら、小声で回復魔法を唱える。 ﹁⋮⋮﹂ 案の定というべきか、俺の予想通りそこには治る様子のない傷跡 が残っている。 ﹁あれ、ネストさん何してるんですか?﹂ 俺はすぐ近くからかけられた声の方を振り返る。 そこには先ほども少し会話したルナが不思議そうな顔をしながら 立っている。 ﹁⋮⋮あぁ、いきなりで悪いんだけどこれちょっと回復魔法かけ てくれない?﹂ 俺は指先に残っている二つの傷跡をルナに見せながらそう呟く。 1126 ﹁? 別にいいですけど⋮⋮⋮﹂ ルナは首を傾げながらもすぐに回復魔法を唱える。 ﹁⋮⋮⋮⋮まぁそういうことだよな﹂ 先程まで確かにあった傷跡は、もはや最初からなかったのではな いかと疑ってしまうほど完璧に無くなっている。 つまりはそういうことだ。 ﹁⋮⋮あー⋮⋮⋮⋮﹂ さすがにこれは自分ひとりだけではどうしようもない。 一度、エスイックや魔王様に相談した方がいいだろう。 俺の回復魔法がどう見ても聖女の劣化版な件について。 そして痛覚も戻ってきている件について。 ﹁はぁ⋮⋮⋮⋮﹂ 俺はこれからの想像もできない未来に思わずため息をこぼした。 1127 俺の回復魔法がどう見ても聖女の劣化版な件について。︵後書き ︶ 以下あとがき ︳︶m まずこれまで読んでくださってきている皆様、何時もありがとうご ざいますm︵︳ ひとまずですがこれで第三章は終了となります。続きが気になる終 わり方になってしまいましたが如何でしたでしょうか。継続回復は 結構前々からやりたかったことだったので今回それを書く事ができ たのは作者としても楽しかったです。︵まぁちゃんと書けているか は別として⋮⋮ 一応ですが、今回の話をもってこの作品の隔日更新の方も終了とな ︳︶m ります泣。これからは三日に一度の更新となりますのでよろしくお 願いしますm︵︳ 次回からは今までの回復系主人公から一転して貧弱系主人公になっ ︳*︶> てしまうかもしれないネスト君ですがこれからもよろしくしていた だけると幸いです。 では、この辺で失礼します<︵︳ 1128 聖女をやらせてもらっています︵前書き︶ 四章スタートです。 1129 聖女をやらせてもらっています ﹁はい、みんな静かにー﹂ 俺の前に立っている年配の教師がそう言うと、途端にうるさかっ た教室が静かになる。 ﹁今日は新しくこのクラスに加わる人がいますので注目してくだ さい﹂ 教師の合図に従って俺は一歩前に出る。 代償 ってやつな ﹁あ、えっと⋮⋮、ネストって言います。よろしくお願いします﹂ ⋮⋮⋮⋮。 どうしてこんなことになったのか。 それは少しだけ時を遡る。 ﹁なぁ、これがやっぱり魔王様が言っていた んですか?﹂ ﹁あぁ、多分だけどそうだろうね﹂ 1130 ﹁⋮⋮やっぱそうですかぁ﹂ 俺は、回復魔法が使えなくなった。 指先にあるちょっとした傷でさえ治すことができない。 そしてもう一つ。 今まで全くといっていいほど感じていなかった痛みが、今になっ て再び感じるようになったのだ。 つまるところ、今まで回復魔法が使えて痛みも感じなくて、そし て色んなものが切れるという三つの特技があったはずなのに、今に なってしまってはただ物を切ることしかできなくなったというわけ である。 ﹁⋮⋮これって元に戻りますかね?痛みとかはまだしも回復魔法 だけでも元に戻ってくれたら嬉しいんですが⋮⋮﹂ ﹁うーん、あの薬自体、君にあげた分の一つしかなかったからな ぁ。戻るかもしれないし戻らないかもしれない、としか言い様がな いかな⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮そうですか﹂ うーん、これはどうしたものか。 俺の異常な回復魔法がこれから戻るかもしれないし、逆にこれか ら一生使えないかもしれないのである。 1131 さすがにそれは嫌だ。 痛覚が戻ってきたのは別に気にしていないけど、それでもやっぱ り回復魔法だけはどうにかしないといけない。 これまで俺が生きてきた中で最も意味があるといっても過言では ないモノ。 それが回復魔法だ。 勘違いの末に少し普通とはかけ離れた回復魔法にはなってしまっ たけど、それでも俺は自分の回復魔法は嫌いじゃなかった。 切れたはずの腕を生やせる。 もちろん足だって生やせる。 しかし、今まで積み重ねてきた物がいきなり無くなってしまうの はやはり辛い。 どうにかして回復魔法を戻す手段はないものだろうか⋮⋮。 ﹁回復魔法の学校に行ってみるのはどうだろう﹂ 今までずっと黙っていたエスイックが静かに口を開いた。 1132 ﹁回復魔法の学校?﹂ ﹁⋮⋮確かお主はこれまでずっと独学で回復魔法を学んできたと 言っておったな﹂ ﹁あぁ、そうだけど⋮⋮﹂ ﹁それならば一度、本物の回復魔法を学ぶことで何か得るものが あるかもしれんぞ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮なるほど﹂ 確かにエスイックの言うとおりかもしれない。 今までずっと独学で学んできたために、回復魔法の種類なども全 くといっていいほど知らなかった。 学校に行くことで何か回復魔法の真理に辿り着くことができるか もしれない。 ﹁行ってみるか?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は、確かな決意を胸に静かに頷いた。 1133 ﹁それじゃあネスト君はあそこの席へ﹂ ﹁あ、はい﹂ 教室のあちこちから不思議そうなモノを見る目で見られている気 がする。 そんな中で俺は教師に示された席へと向かった。 ﹁あ、今日はもう一人このクラスに新しい人が加わります﹂ ﹁もう一人っ!?﹂ 教師からのその爆弾発言に俺だけでなく、他の面々も驚きの声を 上げている。 一体誰が新しく来るのだろうか。 俺が学校に行くという話をアウラたちにしたら、確かに一緒に行 きたいとは言っていた。 だけどあまりエスイックに迷惑もかけられないと思った俺は、珍 しくこうやって一人で学校に来たのだ。 だからさすがに俺が知っている人とかではないとは思うのだが⋮ ⋮。 1134 どうしてだろう。 嫌な予感がする⋮⋮。 ﹁では入ってきてください﹂ 教師のその言葉につられるようにして、その扉が開かれた。 ﹁は?﹂ 俺はきっと間抜けな顔をしているのだろう。 俺と目があったソイツは俺をみてクスリと微笑んでいる。 ﹁では、自己紹介を﹂ そして俺と同じように一歩だけ前に出る。 ﹁皆さん、初めまして。ルナと申します。一応聖女をやらせても らっていますが、気にせず話しかけてくれたら嬉しいです﹂ 1135 凛と澄んだ声が教室の中に響き渡る。 そう、俺の視線の先には、微笑みを浮かべているルナが立ってい た。 1136 聖女をやらせてもらっています︵後書き︶ 新連載始めました! しゃもじの英雄∼ごはんを食べて異世界最強∼ http://ncode.syosetu.com/n7766 db/ 一読頂けたら幸いです>< 1137 二人きりの部活︵前書き︶ ブクマ評価感謝です! 1138 二人きりの部活 ﹁ネストさん、ここが食堂ですよ﹂ ﹁う、うん﹂ ﹁あっ、ネストさん、ここは図書館ですね!﹂ ﹁あ、うん﹂ ﹁ネストさんっネストさん!ここは﹂ ﹁あーっ!分かったから、ちょっと待ってくれ!﹂ ⋮⋮⋮⋮。 一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。 まず聖女であるルナが今更回復魔法の学校にいることがおかしい。 そしてルナはこんな風に俺の世話を焼いてくれるわけで⋮⋮。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 1139 そんなことを続けていた結果、俺は聖女と親しい男として嫉妬や 奇妙なモノを見る目で周りから見られ始めていた。 一部では俺がどこかの大貴族の隠し子などではないかなどと馬鹿 なことも噂されているらしい。 そんなことがあってつまり、俺は今誰ひとりとして友達がいない という状況に陥っている。 それも当然だろう。 だって俺の隣にはずっと聖女が待機しているのだから。 ﹁なぁルナ、さすがにずっと一緒だと誰も寄ってこないんだが⋮ ⋮﹂ ﹁え?でも私自己紹介の時にそういうことは気にしないでいいで すよって言いましたけど⋮⋮﹂ そんな言葉だけで聖女に近寄ってこれるようになる人なんてほと んどいないに決まってるだろう。 しかしルナもルナなりに俺が色々と学園生活で困らないように頑 張ってくれているのも事実。 そんなルナに対して﹁邪魔だ﹂など言えるわけもない。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺は人知れず小さなため息をこぼした。 1140 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺は今、自分の机に突っ伏していた。 ちょうど今まで教鞭を振るっていた教師が、教室から出て行って いる。 ﹁これ、難しすぎじゃないか⋮⋮?﹂ チラリと周りを見回してみるが、特にきつそうな様子もなく皆の ほほんとしている。 俺からしてみれば最初から最後まで意味が分からないことの連続 で、いわゆる知恵熱というものを体験していた。 回復魔法の学校だから、回復魔法だけを教えるのかと思っていた 俺だったが、どうやらそれは間違いだったらしい。 何やら計算をさせられたり、国の歴史を覚えさせられたり。 ルナに聞いてみたところ、回復魔法だけを訓練する特別コースみ たいなのもあるらしいが、エスイックが俺に常識を覚えさせるため に普通コースにしたようだ。 くそ、エスイックめ! 1141 今度会ったとき成敗してくれるわっ! ﹁では次始めますよー﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ だが俺がそう決意した時には既に、次の授業の教師がやって来て いた。 ﹁終わった⋮⋮ようやく帰れる⋮⋮﹂ 本日の全ての授業が終わり、ようやく帰れる時間となった。 きっとリリィたちが俺の帰りを待ってくれていることだろう。 ﹁よし、じゃあ﹂ ﹁ネストさん、では行きましょうかっ﹂ 帰ろう、と言おうとした時、ルナから声がかかる。 そしていきなり俺の手を掴んだかと思うと、そのまま教室を出て ずんずんと廊下を進んでいく。 帰るのかとも思ったが、俺とルナは荷物を教室においてきたまま 1142 なのでそれはありえない。 ﹁ここですっ﹂ そういって連れられた先には一つの扉があった。 どうやらこの部屋になにかがあるらしい。 ﹁えっと、何?﹂ ﹁部活ですっ!﹂ ﹁⋮⋮ぶかつ?﹂ ぶかつ とは一体なんだろうか。 俺の問いに対して首を傾げながらルナはそう教えてくれる。 それにしても ﹁では入りましょうか﹂ 依然として手はつないだまま、俺はルナと部屋の中にはいる。 ﹁⋮⋮⋮⋮?﹂ 何かあるだろうと思っていた俺だったが予想に反して、その部屋 には机が数個あるだけでどこも不思議なところはない。 ﹁えっと、ルナ?﹂ 意味が分からず、俺はルナに聞いてみる。 1143 ﹁これからネストさんの回復魔法を戻すための部活をやりますっ﹂ ﹁は?﹂ ﹁大丈夫です!私がちゃんと教えてさしあげますので!﹂ ﹁あ、あぁ﹂ ルナは俺の異常な回復魔法について知らない。 一緒に過ごしている時にそれとなく聞いてみたが、どうやらエス イックもルナには普通の回復魔法が使えなくなったと説明している ようだった。 ﹁これでも私聖女ですからねっ!頑張りましょうっ!﹂ 確かに、教師なんかに教えてもらうよりも、一番の回復魔法の使 い手であるルナに教えてもらうのが一番の回復魔法再習得の近道か もしれない。 俺はそんなことを思いながら、二人きりの部活に臨んだ。 1144 二人きりの部活︵後書き︶ 新連載始めました! しゃもじの英雄∼ごはんを食べて異世界最強∼ http://ncode.syosetu.com/n7766 db/ 一読頂けたら幸いです>< 1145 空気が凍った。 部活 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は昨日の のことを振り返る。 最も優れた回復魔法使いである聖女。 しかし、だからといって教えるのが上手いという訳ではなかった らしい。 どうやらルナは回復魔法を感覚的に覚えていたようで、イマイチ 分かりにくかった。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 運が良いのか、今日ルナは学校を休んでいる。 だからルナと一緒に行く予定だった朝の学園への道も一人で歩い ているわけだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ しかし先ほどから如何せん視線を向けられている気がする。 1146 もしかしなくても昨日一日中ルナと一緒に行動していたからだろ う。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ これではこれからの学園生活でルナ以外誰とも仲良くなれないか もしれないな。 そう思うと自然にため息が出た。 回復魔法を教えてくれる学園の校舎はでかい。 たくさんの寄付金があるからか、それこそ王城に匹敵するくらい の大きさだろうか。 それだけの広さということはつまりそれだけの数の生徒がいると いうわけである。 それなのに未だにちゃんとした会話をルナ以外誰ともしたことが ない。 これは、まずい。 何がまずいとかそういうのを説明できる訳じゃないが、明らかに 俺は今浮いている。 1147 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 教室の隅の方の机で、俺は一人窓から外を眺めながらため息をつ いた。 ﹁えーっと、確かネスト、だったよな?﹂ ﹁え?﹂ 明らかに自分の名前を呼ぶ声に思わず振り返る。 そこには活発そうな雰囲気の男子生徒が一人立っていた。 ﹁あれ、違った?﹂ ﹁い、いや合ってるけど⋮⋮﹂ まさか俺に話しかけてくるような人がいるなんて⋮⋮。 周りもこの男子生徒の行動に対してざわめきを隠せていない。 ﹁おぉ良かった。間違ったかと思ったじゃねーか﹂ 名前も知らない目の前の男子生徒は俺の肩をポンと叩きながらそ う言ってくる。 ﹁えっと⋮⋮﹂ 1148 ﹁あー、俺はダンって言うんだ。よろしく﹂ ﹁よ、よろしく﹂ ダンから差し出された手に、俺は戸惑いながらも自分の手を重ね る。 けど、これは思ってもいないところで良い事が起きたものだ。 まさか自分から行動する前に、相手の方からこうして接触してき てくれたのだから。 俺は表情に出ないようにしつつも内心では頬がつい笑ってしまい 友達 というモノがこんなにも素晴らしいものだ そうになるのをこらえるので精一杯だった。 あぁ、まさか ったなんて⋮⋮!! 俺は今、ダンと共に購買に並びながらそんなことを考えていた。 今日一日ダンと一緒に色々と話したりしたりして、今までにない 経験もたくさんした気がする。 授業中のおしゃべりや、早弁というもの、他にも色々やったがど れも楽しかった。 ﹁ん、ネストは何にするんだ?﹂ 1149 ﹁あー、アレでいいかな﹂ ルナともこういったやり取りができない訳では無いが、やはり同 性の方が気は楽だ。 自分も変に緊張しなくてもいい。 そして俺は購買のおばちゃんから商品を受け取ると、ダンと共に 空いている席へと向かった。 ﹁ん、ネストもう帰るだろ?﹂ ﹁あぁ帰るよ﹂ ようやく最後の授業も終わり、ようやく帰宅の時間になったと思 ったらダンから声をかけられた。 ﹁一緒に帰ろうぜ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ど、どうしたそんなに泣きそうな顔して⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮い、いや何でもない﹂ 1150 まさか友達と一緒に帰れることになるとは思ってもみなかった。 そして向こうから提案してくれるとも思っていなかった。 ﹁じ、じゃあ帰ろうか﹂ 高ぶる気持ちを何とか抑えて、俺はダンにそう声かけた。 因みにダンはまだ回復魔法は少ししか使えない。 今の俺ほどではないが、ただ今絶賛修行中らしい。 今日の昼休みに、これから一緒にがんばろうと話したばかりだ。 校舎から出て、ダンと二人で校門へと向かう。 友達と帰るという初めての経験に緊張も当然している。 そして俺が王城に住んでいるということをどう言い訳したらいい だろうか、と今更ながらに思い出していた。 うん、本当どうしよう。 ﹁⋮⋮ん?﹂ ふと前の方を見てみると、どうやら校門のところに何やら集まり 1151 が出来ている。 何か珍しい物でもあるのだろうか、とダンと一緒に近づく。 ﹁あ、ネストだ!﹂ その時、聞こえてはいけないはずの声が聞こえてきた。 ﹁ん、どこ⋮⋮? あっ! 本当ね!﹂ そしてまた聞こえてはいけない声。 ﹁あ、ご主人様こっちですよー⋮⋮﹂ 1152 これも聞こえてきてはいけない声だ。 ﹁って何でここにいるんだよ!?﹂ 俺は思わずそう叫んでいた。 ﹁んー!﹂ しかしリリィはそんなこと我関せずといったふうに、いつもの如 く俺に飛びついてくる。 ﹁うおっ、と﹂ そして何だかんだ言っても、俺の方もいつものように受け止めて しまう。 ﹁ど、どうしてここにいるんだ?﹂ 周りの視線が集まってきているのを感じながらも、俺はアウラた ちに近づいて聞く。 ﹁どうしてって、迎えに決まってるでしょ?﹂ ﹁ま、まぁ確かに⋮⋮﹂ 当たり前の答えに思わずそう呟く。 1153 ﹁⋮⋮え、その娘たちってネストの知り合い?﹂ ﹁あ、あぁ﹂ やばい、そういえばダンがいたんだった。 ここでアウラたちが変なことを言ったりしたら、折角できた友達 がいなくなってしまう。 ﹁ん、リリィはネストとー、同じベッドで寝たりするような関係 だよぉー?﹂ 空気が凍った。 どうしてそんな言葉を選んだのかは定かではないが、リリィ、そ れは言ったらダメなやつだよ? ﹁ネ、ネストお前こんな小さい子に⋮⋮ごめんちょっとさすがに 無理だわ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮あぁ、うん。何かごめんな?﹂ 1154 そして俺は、初めてできた友達をその日のうちに失ったのだった。 1155 回復魔法を覚えるコツ︵前書き︶ オーバーラップ金賞受賞しました!読者の皆様感謝です!! 1156 回復魔法を覚えるコツ ﹁ネストさん﹂ ﹁ん?﹂ 城の廊下を歩いていると、ふと呼び止められた。 振り返った先には笑顔を浮かべたルナが立っている。 ﹁今日ってお暇ですよね? 学園も今日はお休みですし﹂ 確かにルナの言うとおり、今日は学園も休みで他にも特に用事は ない。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ だけど、どうしてだろうか。 物凄く嫌な予感がする。 ﹁今日、商店街に行きませんか?﹂ ほら言わんこっちゃない。 また面倒なことを⋮⋮。 1157 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ しかし断るにも既にルナは行く気満々のようで、楽しみにしてい るのが手に取るように分かる。 断るのは至難の業だ。 ﹁あー、えっとその⋮⋮俺今日、回復魔法の練習しようと思って たんだけど⋮⋮﹂ それでも俺はあきらめない。 聖女でもあり、王女でもあるルナとお出かけするということは、 それほどまでに面倒であるということだ。 ﹁約束しましたよね?﹂ ﹁あ、はい﹂ 笑顔が、怖かった。 1158 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 俺はルナに聞こえないように一人ため息を吐く。 結局、俺たちは今商店街にやって来ていた。 ルナは顔バレを防ぐためにか、変なお面をつけている。 こんなお面をつけている方が、逆に一人だけ浮いてしまうような 気もするが案外そうでもないらしい。 お、あ。商店街は無事に戦争を終えることができたということで、 皆お祭り気分一色になっている。 その結果、案外ルナのようにお面をつけている人たちも少なくは ないのだ。 ﹁っていうか学園では何もしてないけど大丈夫なのか?﹂ ﹁あ、それは大丈夫です。学園は警備に対して多額の費用をかけ ているようなので﹂ ﹁なるほど﹂ 確かにあの大きな建物を見れば、警備も半端ではなさそうだ。 1159 ﹁あ、ほらネストさん見てください!あれ凄いですよ!!﹂ ﹁あ、あぁ⋮⋮﹂ 普段からでは考えられないルナのはしゃぎように思わずたじろぐ。 そんなルナは今、俺の手を引きながらとある屋台に向かっている。 きっとこれまでの護衛付きでの買い物などであれば、こんなこと は全て護衛の人か誰かがやっていたのだろう。 することやること全てが初体験なのかもしれない。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ そう思うと、今日少し我慢してついて来たのは正解だったのかな、 と一人空を見上げた。 ﹁そういえばネストさんは回復魔法の調子は⋮⋮良くないみたい ですね﹂ ﹁あぁ⋮⋮﹂ 空も赤くなり始め、そろそろ帰らなければならないという時間が 迫ってきた。 ﹁夜とかも結構練習とかしてるんだけどな⋮⋮﹂ 1160 夜な夜な一人で城の中庭に出向き、回復魔法を唱える。 ただそれだけのことが、回復魔法を使えない今、とてつもなく辛 い。 暗闇の中、ただ﹁ヒール、ヒールッ﹂と呟く。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 昨日の夜にもやったそのことを思い出し、俺は大きなため息を零 す。 しかしあれだけやっても何の成長の欠片も見られないのでは、最 早やっている意味すらないのではないかと気分が落ち込んでしまう のも仕方ない。 ﹁回復魔法を早く使えるようになれるコツとかないのかなぁ⋮⋮﹂ 俺は聖女であるルナに聞いてみる。 といってもそんな物があったら既に教えてくれているはずだろう と、直ぐに諦める。 1161 ﹁一つだけ、あるかもしれません﹂ ﹁え﹂ しかしルナから呟かれた言葉はまさかの肯定。 ﹁でもこれは私が勝手にそう思っているだけなので本当かどうか はわかりません⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁それでも良いならお教えします﹂ ﹁⋮⋮教えてくれると嬉しい﹂ 藁にもすがる気持ちで俺はそう呟いていた。 もう一度、回復魔法を覚えなおしたいという一心で。 大切なものを見つけることです ﹁回復魔法を早く覚えるコツ、それは⋮⋮﹂ 1162 ﹁大切な、もの⋮⋮?﹂ 俺は反芻するようにルナの言葉を繰り返す。 ﹁何か自分の命に変えても、その大切な何かを守りたいと思える ものを見つけることが、回復魔法を覚えるコツではないかと思いま す﹂ 自分の命に変えても、その大切な何かを守りたいと思えるもの。 ルナにはそう思えるものが何かあるのだろうか。 真っ赤な陽に照らされるルナのお面の下で一体どんな表情を浮か べているのか、少し気になった。 1163 回復魔法を覚えるコツ︵後書き︶ http://ncode.syosetu.com/n0198 dc/ 短編︻君に恋したのは昨日の僕︼投稿しました! 一読いただければ幸いです!! 1164 ︳︶m 一緒に寝るのは恥ずかしい︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 1165 一緒に寝るのは恥ずかしい ﹁うーん⋮⋮大切なもの、かぁ⋮⋮﹂ 俺にとっての大事なものといえば、それはアウラやリリィたちで あることは明白だろう。 けどそれがどうして、回復魔法を覚えるコツになるのかがイマイ チピンとこない。 ﹁うー⋮⋮ん﹂ 俺はベッドに横になりながら唸る。 ﹁大切なもの⋮⋮﹂ 既に何回目か分からないその言葉を呟きながら。 ⋮⋮⋮⋮。 だがやはり良く分からない。 ﹁まぁ、また明日にしよう﹂ 既に結構な眠気があったこともあって、俺は温かいベッドの上で 目を閉じた。 1166 ﹁うっ!!??﹂ それはいきなりのことだった。 何も見えない暗闇の中で、俺の身体に何かが飛びかかってきた。 ﹁えっえっ!?﹂ 突然のことに慌てる俺と、どうやら俺にしがみついているらしい 何か。 一体何が起こっているのだろうか、と未だによく働かない頭で考 える。 しかし何も見えない中で、それを理解するというのはあまりにも 酷。 とてもじゃないが寝起きの俺では無理だ。 ﹁んぅぅぅ﹂. そんなことをしている間にも、俺の身体の上にいる何かはぎゅぅ ぅっと俺にしがみついてきている。 ﹁うおっと!﹂ 1167 何とか脱出を試みた結果、俺はその何かと共にベッドから転げ落 ちてしまった。 ﹁みゃっ!﹂ その時、変な声が響いたかと思うと、それと同時に俺の拘束が解 かれた。 ﹁⋮⋮ってニア、か?﹂ すぐに離れて、確認してみるとそこには何やらもぞもぞしている ニアが転がっていた。 ﹁⋮⋮えっと、何をしてるんだ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺の問いに対して、俯くニア。 暗闇の中でも分かるくらい、ニアの顔は真っ赤に染まっている。 ﹁⋮⋮ょうきなの﹂ ﹁え?﹂ その時、ニアが何かをぼそぼそと呟いた。 ﹁⋮⋮つじょ⋮きなの﹂ ﹁⋮⋮え﹂ 1168 ﹁⋮⋮発情期、なの﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ マジですか。 発情期と言えば、あれだろうか。 その、何か⋮⋮そう、性的に興奮する時期、とかそういうやつだ ったはず、だ⋮⋮。 ﹁そ、その、私今回が初めての発情期で⋮⋮我慢ができなくて⋮ ⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ニアはそれだけを言うとまた恥ずかしそうに俯く。 ﹁⋮⋮え、発情期っていうのは初めてだと我慢とかはやっぱり難 しいのか?﹂ 俺は自分の頬が火照っているのを感じながらも、俯くニアに尋ね る、。 ﹁⋮⋮⋮⋮うぅ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ しかしその問いに対して、ニアの顔がより一層赤く染まったよう 1169 な気がする。 ﹁⋮⋮最近、ご主人様がその⋮⋮⋮構ってくれなかったから⋮⋮﹂ ﹁え⋮⋮﹂ 一瞬自分の耳がおかしくなったのかと思ったが、ニアの顔を手で 塞いでいる様子を見るとどうやら聞き間違いじゃないようだ。 ﹁⋮⋮あ、あー⋮⋮ごめんなさい?﹂ 確かに言われてみれば、この頃ニアと一緒にいる時間が少なかっ たかもしれない。 しかしそれはニアが悪いとかではなくて、ニアが獣人である為に 城の中といえど、おおっぴらに出来ない。 まだ獣人との戦争が終わったばかりのこの時期に、実は王城に獣 人が紛れ込んでいるなどという噂が流れてしまってはマズイという ものでは済まされないのだ。 だからこの頃、どうしてもニアに構える時間が少なくなっていた。 きっとそれが今回こういう事態に陥ってしまった理由の一つなの だろう。 1170 ﹁そ、それで俺に何かできることがあるのか⋮⋮?﹂ こうなってしまった要因が自分にもあるのであれば、俺が解決す るのを手伝うのは必然だ。 ﹁それなら⋮⋮﹂ ﹁それなら?﹂ どうやら何かあるらしい。 一緒に、寝てくれない⋮⋮? 俺は、次のニアの言葉を待つ。 ﹁は?﹂ 一緒に寝る⋮⋮? ﹁ち、ちょっと待て﹂ ﹁やっぱり、だめ⋮⋮?﹂ ﹁うっ⋮⋮﹂ 獣耳をヒクヒクさせながら、そう言ってくる。 1171 上目遣いで。 ﹁で、でも⋮⋮﹂ 寝るっていうのはつまり、そのそういう訳で⋮⋮。 ﹁あっ、そ、その寝るっていってもただ一緒に横になってくれれ ば⋮⋮﹂ ﹁あ、あぁそういうことか⋮⋮﹂ 俺の戸惑いを察してくれたニアが慌てて弁解してきて、ようやく その意味を理解しホッとする。 ﹁そ、それなら⋮⋮まぁいいよ﹂ 俺は、床に落ちた布団を拾いながら、ベッドに戻る。 当然、一緒に寝るのは恥ずかしいが、それでニアが少しでも楽に なるならそれでいい。 ﹁ほら、おいで﹂ 俺はニアに手を差し出す。 ﹁⋮⋮っ﹂ ゆっくりとニアがその手を掴み、ベッドに入り込んできた。 1172 二人の距離が無くなり、背中にはニアの温かみを感じられる、 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ あぁ、やっぱり緊張する。 何だかんだ言っても女の子と一緒に眠るというのはこう、くるも のがある。 ﹁⋮⋮おやすみ﹂ ﹁あぁ﹂ 俺は、ゆっくりと目を閉じながらニアの頭を撫でた。 眠ってしまうまでずっと、撫で続けた。 1173 ︳︶m 気持ちいいのを我慢している︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 1174 気持ちいいのを我慢している ﹁⋮⋮おはよう﹂ ﹁う、うん。おはよう、ご主人様﹂ 顔に朝日を感じ目を開けてみると、既にニアは起きてこちらの顔 を覗き込んでいた。 気のせいか、若干顔が近すぎたような気もするが。 ﹁もう落ち着いた?﹂ 落ち着いた云々というのは、ニアはどうやら初めて発情期という ものを体験していたらしい。 そのせいで昨日はニアと一緒に寝た。 一緒に寝た、といっても大人の階段を上るとかそういった話では 全くなく、純粋に同じベッドで横になったというだけの話だ。 まぁそれだけでも俺はかなり緊張して、眠るのに結構な時間を要 したのだが⋮⋮。 ﹁う、うん。もう大丈⋮⋮あ、やっぱりまだ少しその、アレだか ら今日は一緒に居ちゃダメ、かな⋮⋮?﹂ 1175 ﹁え、あぁ⋮⋮今日なら学園も休みだから別にいいよ﹂ それに恥ずかしそうにモジモジしながら上目遣いでそう俺の手を 握ってくるニアの頼みだ。 断れる訳がない。 ﹁本当っ!?﹂ ﹁あ、あぁ﹂ しかし、たった今日一日一緒にいるってだけで、そんなのに嬉し そうにされると俺も少し恥ずかしい。 俺は、嬉しそうに尻尾を振るニアを見ながら、頬をかいた。 ﹁えっと、何する?﹂ 朝食も食べ終え、俺たちは暇を持て余していた。 ﹁んー?私は今のままでも楽しいけど?﹂ そう呟くニアは、何時ものリリィにように俺の膝の上で落ち着い ている。 リリィとは違って若干の重さを感じるが、それでもやはり女の子 なのでとても軽い。 1176 ﹁そうか? うーん﹂ 膝の上に女の子を乗せるというのは緊張するかもしれないと思っ たが、どうやらリリィのおかげか慣れているらしく、特にそんなこ ともなかったのだ。 だからニアが楽しいと思っていても、俺としては少し飽き始めて いる。 他に何か楽しいことは無いものだろうか。 気持ちよさそうに俺の身体に頭を擦りつけてくるニアの頭を撫で ながら色々と考える。 ﹁⋮⋮ん、この音って何?﹂ その時ふと、何かがゴロゴロと音を立てているような気がした。 少なくとも音を出しているのは俺ではないはずなので、ニアに聞 いてみる。 ﹁みゅ、あぁこれは気持ちいい時に勝手に鳴っちゃうだけだから 気にしないで?﹂ ニアは最早既に眠たそうな雰囲気を醸し出しながらそう答える。 それにしてもこれは気持ちいい時に鳴るものなのか。 確かに、この音を聞いている方も若干の気持ちよさを感じられる 1177 気がする。 ゴロゴロゴロゴロ⋮⋮。 ゴロゴロゴロ⋮⋮。 ゴロゴロゴロゴロゴロ⋮⋮。 ニアの頭やらを撫でながら、少しその音に耳を傾けてわかったの だが、どうやら撫でるところによって音の大きさが変わっているら しい。 頭であれば普通にゴロゴロと鳴っているが、顎の下を優しく撫で ると音が大きくなっている。 つまりはニアにとって、頭を撫でられるよりも顎の下を優しく撫 でられる方がいいということだ。 俺はその後もしばらくニアを撫でながら、その日一日を過ごした。 その夜、俺が一人で部屋にいるとリリィが遊びにきた。 ニアは今日も一緒に寝たいと言っていたのだが、それでは俺が寝 不足になってしまう可能性もあったので今日は我慢してもらってい る。 ﹁リリィ、どうしたんだ?﹂ 1178 ﹁んぅ、今日一緒に遊べなかったから、夜一緒に寝てもらおうと 思ってー!﹂ ﹁あぁ、それならいいよ﹂ 幸い、リリィはまだ子供なので別に一緒に寝ることに対して、今 更何かを思ったりすることはない。 これならば特に寝不足になることもなく、ぐっすりと眠ることが できるだろう。 ﹁ほら、おいで﹂ 俺はリリィをベッドの中に呼び込む。 ﹁んぅー﹂ リリィは何時もみたく暴れるわけでもなく、大人しく俺の腕に抱 かれている。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は何気なしにリリィの頭を撫でる。 ちょうど今日ニアを撫でていたような感じで。 ﹁んぅーっ﹂ リリィはそれこそまるでニアみたく、気持ちよさそうに俺の手へ 1179 と頭をすりすりと擦りつけてくる。 ﹁ん﹂ その時、ふと思った。 ゴロゴロとまでは鳴らないが、リリィとニアが気持ちよくなる場 所は同じなのではないだろうか、と。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そう思い至った俺は、気持ちよさそうに目を細めるリリィの頭か ら、顎の下へと撫でる手を移動させてみる。 ﹁⋮⋮ぅ﹂ 案の定と言うべきか、リリィは少し背中を丸めている。 きっと気持ちいいのを我慢しているのだろう。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そう思い、俺はリリィの顎を撫で続ける。 ﹁⋮⋮うぅ、くすぐったいっ!!﹂ 1180 それは突然だった。 リリィが突然目を見開いたかと思うと、俺の身体を思い切り突き 飛ばした。 リリィが、だ。 魔族であるリリィの力ともなれば当然相当なもので。 俺は抵抗する間もなく、リリィの細腕の餌食となる。 ただ、やっぱり気持ち良くなる場所は一人一人違うんだな、とそ んなことを思いながら俺は壁に打ち付けられ意識を手放した。 1181 リリィを辱めた︵前書き︶ ︳︶m 少しキリが悪いので、次回更新分と纏めて見るほうがいいかもしれ ません>< 申し訳ないですm︵︳ 1182 リリィを辱めた ﹁それで? 何か申し開きとかあるなら聞くけど?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は今、アウラによって正座させられていた。 理由は簡単。 昨日、リリィを辱めた件についてだ。 俺が気絶したあと、大きな音を聞きつけてアウラたちが部屋にや ってきたらしい。 部屋の中には頬を赤く染めるリリィ、そして鼻血を出しながら床 に転がる俺。 完璧に俺が何かやらかしてしまった構図がそこに完成していた。 そして俺が目を覚ました後、こうやって正座をさせられているの だ。 ﹁⋮⋮えっとアレは違うんだよ﹂ ﹁何が違うの?﹂ 俺の弁解に間髪入れずにそう返してくるアウラ。 1183 ﹁そ、そのニアが気持ちよくなるらしい場所が、リリィも気持ち 良くなるのかなと思って⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ニアにもそういうことしたんだ﹂ ﹁あ﹂ 墓穴を掘るとはこういうことを言うのだろうか。 しかし今更そんなことはなかったと嘘をつくこともできない。 ﹁え、っと何か⋮⋮ニアが発情期だったらしくて、夜に俺の部屋 に来たんだよ﹂ ﹁へぇ、それで?﹂ 怖いです、アウラさんの笑顔が怖いです。 ﹁それでただ一緒に寝ただけ、だけど⋮⋮﹂ ﹁一緒に寝たっ!?﹂ ﹁え﹂ 俺は恐る恐る顔をあげる。 するとそこには物凄い怒っていますという雰囲気を醸し出してい るアウラがいた。 1184 ﹁ど、どうしたんだ?﹂ 思わず俺はアウラに声をかける。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ しかしアウラからの反応はない。 俯いているために、その顔も良く見えない。 ﹁⋮⋮アウラ?﹂ 俺は正座した状態のまま、アウラの顔を覗き込む。 ﹁ネストのバカぁぁあああああ!!﹂ ﹁えっ!?﹂ その瞬間、俺はアウラの細腕によって思い切り突き飛ばされた。 背中に軽い衝撃を受けつつ、俺は床を転がる。 だが昨日のリリィのアレを受けている俺からしてみれば全然優し いものだ。 俺は転がりつつも直ぐにバランスを整えてアウラの方を見る。 しかしそこには既にアウラはおらず、ただ開けっ放しの扉だけが ゆらゆらと揺れていた。 1185 その日、学園へと行く前、そして帰ってきたあともアウラが俺の 前に姿を見せることはなかった。 そしてとうとう寝る時間。 俺は暗闇のなかで一人、昨日と同じように布団を被っていた。 さすがに三日連続で夜に誰かが来ることはないだろうと思いなが らも、チラりと扉の方に目を向ける。 キィィィィイイイ⋮⋮⋮⋮ ﹁え﹂ するとちょうどその時、ゆっくりと部屋の扉が音を立てながら開 かれた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 部屋の外からの光で逆光になっているらしく、入ってきた人の顔 は良く見えない。 1186 けど俺にはどうしてか入ってきた人の正体が直ぐに分かった。 ︱︱︱アウラだ。 俺がアウラに気づいているという事は、アウラ自身分かっている はずなのだが、特に気にした様子もなく扉の前に突っ立っている。 否、ゆっくりだがベッドに近づいてきているようだ。 俺はアウラがどんな表情をしているのか気になりつつも、逆光で 見えないもどかしさに悩まされていた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 既に手を伸ばせば届いてベッドに届いてしまいそうな距離にまで、 アウラは近づいてきている。 ﹁⋮⋮っ﹂ アウラはそのままゆっくりベッドに倒れこんできた。 俺はいきなりのことに思わず身を固くする。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 1187 これから何が起こっても不思議ではないこの状況。 しかし、実際にはただそれだけ。 それ以上は何もない。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ん﹂ 布団越しにアウラの僅かな温もりを感じることができる。 お風呂に入ってきたあとなのか、いい匂いも香ってくる。 俺はゆっくりとアウラの頭を撫でる。 ﹁んぅ⋮⋮っ⋮⋮﹂ 僅かにアウラの身体が震えるが、嫌そうにはしていないようなの で俺は撫で続けた。 ﹁⋮⋮んぅ⋮⋮﹂ そのうちアウラが、まるでリリィのように俺の身体へと頭を擦り つけてくる。 一体アウラはどうしてしまったのだろうか、と思いつつも普段見 慣れていないアウラの様子に思わず俺も緊張してしまう。 1188 きっとこれは夢だ。 アウラが現実でこんなことをするはずがないし、する理由もない。 では、いつから俺は夢を見ていたのだろうか。 まぁそんなことはどうでもいい。 夢なら夢らしく、アウラを思う存分可愛がってやればいいのだ。 ﹁⋮⋮っ﹂ 俺はアウラを布団の中へと引き込む。 そして布団越しではないアウラの本当の温もりを感じながら腕で 包み込む。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ アウラのいい匂いのする髪に、自分の頭を押し当てて抱きしめる 腕に力を込めた。 夢っていうのは偶にこういった素晴らしいシチュエーションのモ ノがあるから好きだ。 普段は怒ったりしているアウラが俺の腕の中で大人しく抱かれて いる。 1189 現実ではまず考えられない。 俺はすぐ近くに﹃アウラ﹄を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。 1190 変な音が聞こえたよ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。あ、そういえば今日誕生日だ⋮⋮ 1191 変な音が聞こえたよ ﹁では、次は回復魔法の実技を行いますので﹂ 教壇に立つ教師のその台詞に皆が顔をあげる。 ﹁よっしゃぁぁあああ!!﹂ 中には声を上げてガッツポーズをとる人までいる。 ﹁はぁ⋮⋮やっとか⋮⋮﹂ きつい座学の時間を何とか乗り越えた俺は今、机に突っ伏してい た。 どうして回復魔法の学園なのにこんなことをしなくちゃいけない のだろうか。 まぁ確かに俺は結構最近まで田舎の村に住んでいて、一般常識み たいなのを知らないことがあるから、ちょうど良いのかもしれない が⋮⋮。 ﹁あ! ネスト君はちょっと来てくれるかな?﹂ ﹁⋮⋮え、あ、はい﹂ 突っ伏していた時いきなり呼ばれたので、慌てて教師のもとへと 1192 向かう。 何か用事だろうか。 ﹁ネスト君、確かまだ魔力量の検査してなかったよね?﹂ ﹁はい、何か用意をする時間をくれって言われましたけど﹂ 本当であれば学園に来て一番最初にやる予定だったのだが、何し ろいきなりだったもので学園側も準備が遅れてしまったらしく、後 日また、ということで落ち着いていた。 もしかすると準備ができたのだろうか。 ﹁実は昨日用意が出来たらしくてね。案内するからついて来てく れる?﹂ とか思っていたら案の定その通りだった。 ﹁はい﹂ 俺は黙々と廊下を進んでいく教師の背中を見失わないようにして 追いかけた。 ﹁えっとここは⋮⋮?﹂ 1193 俺が連れてこられたのは先ほどまでの明るい教室などではなく、 どんよりとした暗闇の部屋につれて来られていた。 辛うじてある程度は見えるが、正直不気味である。 ﹁あれ、先生⋮⋮? 先生っ?﹂ 今まですぐ近くにいたはずの先生がいつの間にかどこかへと行っ てしまったらしく、全く反応がない。 ﹁えっと⋮⋮これはどうしたらいいんだ?﹂ きっとここで俺の魔力量をはかるのだろうが、何をしたら良いな ど全く聞いていないのだ。 ﹃良く来た﹄ ﹁え⋮⋮?﹂ それはまるで頭の中に直接聞こえてくるかのような感覚だった。 しかし暗闇の中を見回しても特に人影などは見当たらない。 ﹁気のせい、か⋮⋮?﹂ 緊張しすぎたせいで変な幻聴が聞こえてきたのだろう。 1194 ﹃気のせいではない﹄ ﹁っ!?﹂ どうやら気のせいではなかったらしい。 少しだけ不機嫌そうな声が再び頭の中に響いてきた。 ﹁だ、誰だ⋮⋮?﹂ もう一度部屋の中を見てみても、やはり部屋の中に誰かいるよう には思えない。 ﹃私はこの学園の理事長だ﹄ ﹁え、り、理事長⋮⋮?﹂ 理事長ということはこの学園のトップ、ということだ。 確かにそんな凄い人なら、頭の中に直接言葉を送ってくることも 無理ではないのかもしれない。 ﹁⋮⋮えっと、魔力量の検査をするためにここに連れてこられた んですけど﹂ 俺は一刻も早くこの緊張する空間から抜け出すために、早速本題 に移った。 ﹃む、そういえばそうだった。魔力量はそこにある水晶に手をか 1195 ざせば測れるから﹄ ﹁あ、分かりました﹂ 部屋の中を見回すと確かに水晶のようなものがポツンと置かれて ある。 俺は足元に気をつけながらゆっくりと近づく。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ もしこれで魔力が無いとか言われたらどうしよう。 そしたら俺が再び回復魔法を使える可能性が、ほとんど皆無とい うことになるのではないだろうか。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そう考えるとどうしても尻込みしてしまう。 しかしいくらここで突っ立っていたからといって、俺の無くなっ ているかもしれない魔力が戻るわけではない。 ﹁⋮⋮⋮⋮!﹂ 俺は覚悟を決めて、右手を水晶に近づけていく。 ただ結果が怖いので、もちろん目は瞑っている。 1196 ︱︱︱パリン。 ﹁⋮⋮?﹂ 何か今、変な音が聞こえたような気がした。 それこそまるで何か水晶が割れるような音が。 ﹃⋮⋮なっ!?﹄ ﹁⋮⋮え﹂ 頭の中で声が聞こえたと同時に、俺はゆっくりと目を開ける。 そこには真っ二つに割れた水晶が机の上に転がっていた。 ﹁えっと、これはどういうことなんですか?﹂ この様子だと少なくとも魔力が無いという可能性は低いと思うの だが⋮⋮。 ﹃⋮⋮⋮⋮﹄ ﹁⋮⋮⋮⋮あの?﹂ 1197 ﹃あ、あぁ⋮⋮。魔力量は測れたからもう戻って大丈夫だぞ﹄ ﹁お、俺って魔力ちゃんとありました?﹂ ﹃あぁ、ちゃんとあったから安心していい﹄ 俺はその理事長の言葉にホッと胸をなで下ろす。 しかしどれだけの魔力量があったのかまでは教えてもらえないら しい。 俺はそのことを少し残念に思いながらも、足早に暗い部屋から飛 び出した。 1198 ︳︶m バレたらバレた時︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 更新遅れてごめんなさい>< 1199 バレたらバレた時 魔力量の測定が終わって、あの不気味な部屋から早々に抜け出し た俺は屋外にある訓練場へとやって来ていた。 すると既に回復魔法の練習を始めていたらしいルナが素早く駆け 寄ってくる。 ﹁んっ、ネストさんはもう測定は終わったんですか?﹂ ﹁あぁ、ちょうど今終わったところ﹂ 俺は適当に手を振りながらそう返す。 ルナは俺の目の前までやってくると、軽く息を整え、俺を見上げ てくる。 ﹁お疲れ様ですっ﹂ ﹁あぁ、うん﹂ 既に聖女であるルナが俺に対してこういった対応をとるのは周知 のことになってきているので、他に練習している生徒たちは、こち らに軽く視線を向けるだけで直ぐに自分の練習に戻る。 ﹁じ、じゃあ俺も練習してくるから﹂ 1200 俺はこちらを見上げてくるルナにそう言い残して、足早にその場 を離れた。 ﹁よし、じゃあやるか﹂ 俺はルナたちのいる訓練場の中央から少し離れて、隅っこのほう を一人で陣取っている。 といっても単に結構広いために、こちらに人がこないだけの話な のだが。 ここで皆が行っている訓練は、少しだけ特別なものだ。 何やら球体のようなものに向かって回復魔法を唱えて、効果を確 かめているらしい。 しかし、案の定というべきか以前にそれをやってみても、何の効 果もないという結果が出ただけだった。 だから俺は一人、別行動をとる。 ﹁⋮⋮これでいいかな?﹂ 俺は地面に落ちていた木の棒を手にとり、適当に振りかぶる。 ﹁うん、これでいいや﹂ 1201 幸いにして、ちょうど良いくらいの重さだ。 まぁ重さなどは正直関係ないのだが、気分的なやつである。 俺は木の棒を逆手に持ち、少しずつ手に近づけていく。 ﹁⋮⋮⋮⋮っ﹂ 指先に痛みが走ったかと思うと、そこからは赤い血がつらつらと 流れでている。 ﹁⋮⋮ヒール﹂ 俺はゆっくりと回復魔法を唱える。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ しかしやはり一向に傷がふさがる気配はない。 ﹁⋮⋮⋮⋮ヒー、ル﹂ もう一度、もう一度、繰り返す。 ﹁ヒール、ヒー⋮⋮⋮⋮ヒール、ヒール﹂ ⋮⋮⋮⋮。 ﹁やっぱ、無理、だよなぁ⋮⋮﹂ 1202 何時も一人でやっている時と同じ結果に、思わずため息を吐く。 だが、これくらいで諦めるわけにはいかない。 もう一回だ。 ﹁⋮⋮はぁ⋮⋮はぁ﹂ 何時の間にか俺の手は幾つもの切り傷ができており、地面には小 さな血の水溜りが出来ている。 ﹁⋮⋮ふぅ﹂ 乱れた息を整える。 そしてようやく息も整ってきて、俺はもう一度傷だらけの手を見 つめた。 ﹁⋮⋮っ﹂ それを認識した途端に再び忘れかけていた痛みが襲いかかってく る。 ﹁⋮⋮ヒール﹂ ⋮⋮⋮⋮。 1203 やはり、治らない。 腕は痛いままだ。 ﹁⋮⋮くそ﹂ 正直これからどうしたらいいのかが全くわからない。 また回復魔法を使えるようになる未来が想像できない。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 思わずため息を吐かずには居られなかった。 ﹁ネストさん?﹂ ﹁え﹂ 気がつけばそこにはルナが立っていた。 腕の痛みに気を取られていたせいで、気づかなかったがかなり近 くまでやってきている。 ﹁こんな隅で何をして、いるん⋮です、か⋮⋮?﹂ 1204 ﹁っ﹂ ルナの視線に気がついて、慌てて怪我している方の腕を隠す。 しかし、どうやら無意味だったようですぐに怪我した方の腕を覗 き込むようにして俺に詰め寄ってくる。 ﹁⋮⋮っ﹂ ルナは俺の幾つもの切り傷がある腕を見て、口を手で抑える。 ﹁何をやっているんですかっ!?﹂ ﹁⋮⋮れ、練習だけど﹂ ﹁こんなやり方聞いたことありませんっ!﹂ まぁそりゃあ俺が自分で考えてやり始めた方法だから、それも仕 方ないのかもしれない。 だからわざわざ城で練習するときも、夜遅くに密かに行っている のだから。 因みにその時の傷はトルエに治してもらっていた。 ﹁ほら、ちゃんと伸ばしてください﹂ ﹁⋮⋮あぁ﹂ 1205 ルナは俺の手を包み込むように握る。 ﹁⋮⋮ヒール﹂ ルナの詠唱と同時に、腕を温かな光が包み込む。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そして次の瞬間には、今まで治すことが出来なかった傷は綺麗さ っぱり消え失せ、綺麗な元通りの腕がそこにあった。 俺がもう一度手に入れたい力が、確かにそこにあった。 ﹁もうこんなことやったらダメですよ?﹂ ﹁あ、あぁ﹂ 俺は一応の返事をして、ルナを少しだけ離れさせる。 ﹁⋮⋮絶対ですよ?﹂ 上目遣いでそう言ってくるルナに、思わずたじろぐが何とか誤魔 化して、ルナをみんなのいる場所に帰すことができた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は木の棒を拾う。 もちろん回復魔法の練習のためだ。 1206 そういえばルナは俺が木の棒で色んな物を切れることはしらない はずだし、今頃何であそこまでの傷をつけたのか不思議に思ってい るかもしれない。 まぁバレたらバレた時に考えればいいだろう。 今は、練習だ。 ﹁⋮⋮あぁ﹂ また、怒られるのを覚悟してルナに治療を頼まないといけないか もな。 1207 良い思い出がない。︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですっ! 1208 良い思い出がない。 ﹁今日も、やるの⋮⋮?﹂ ﹁あぁ、頼む﹂ 時は夜、既にあたりは暗闇に支配され始めている。 そんな中で、俺はトルエと共に二人で中庭にまでやって来ていた。 もちろん、俺の回復魔法の練習のためだ。 本来であればトルエには部屋で待っていてもらうのだが、今日に 限っては何故かトルエがついて来たがったので、こうして一緒に連 れてきている。 俺としてもそっちの方が皆に怪しまれずに済むので、好都合だ。 ﹁⋮⋮っ﹂ 何時もと同じようにナイフで指をなぞる。 直ぐに自分の指先から赤い液体が流れ出し、止めどなく流れだす。 ﹁⋮⋮﹂ トルエもその様子をジッと見つめたまま、目をそらさない。 1209 ﹁⋮⋮⋮⋮ヒール﹂ そして唱え始めて一体何回目かわからない回復魔法を唱える。 ﹁⋮⋮⋮⋮ヒール﹂ もう一度。 ﹁⋮⋮ヒール、ヒール﹂ もう一度、もう一度。 ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂ やっぱり、無理か⋮⋮。 思わずため息を吐く。 どうしてこんなにやっているのに、回復魔法が全く使えるように ならないのだろうか。 何か、やり方が間違っているのか? いやしかし、俺が最初にやっていた頃はこうやって練習していた はずだし。 ﹁⋮⋮わからん﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮あ、あのご主人様﹂ 1210 ﹁あ、あぁ。じゃあ頼む﹂ 俺は怪我を治してもらうべく、トルエに手を向ける。 少しだけ、まだ痛い。 これは指先の怪我が痛いのか、それとも︱︱。 ﹁あ、ありがとう﹂ 気がつけば、トルエによる治療は終わっていて、俺の指先の傷口 は綺麗に治っている。 ﹁じゃあ、今日はもう帰る?﹂ 今日の回復魔法の特訓も終わったので、俺はトルエにそう提案す る。 ﹁⋮⋮あ、はい﹂ 俺はそう頷くトルエの頭を撫でながら、自分の部屋への廊下に歩 みを進めた。 ﹁⋮⋮えっと?﹂ 1211 俺は、今歩いてきた廊下を振り返る。 俺から少し離れたところに、トルエがちょこんと立っている。 さっきからずっとこうだ。 中庭からずっとついて来ているらしい。 ﹁⋮⋮トルエ?﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 俺の呼びかけに対し、小さく肩を震わすトルエ。 ﹁⋮⋮﹂ しかしそれ以上何か言うでもなく、ずっと顔を下に向けている。 これ以上特に何かできることもないので、俺は再び身体を前に向 けて歩き出した。 ﹁あのー⋮⋮トルエ?﹂ 結局トルエは、俺の部屋の中にまでやって来ていた。 1212 今は俺の勧めでベッドにちょこんと座り込んでいる。 俺はそんなトルエの隣に腰掛けている。 トルエはリリィたちとは違って、俺の膝の上に座ったりするわけ でもなく大人しい。 前に甘えてくれてもいいんだぞ? と言ったときは頷いていたが、 ここ最近ではまたどこか遠慮されている気がする。 ﹁⋮⋮なにかしてほしいことでもあるのか?﹂ 俺は出来るだけ優しい声になるように心がけてトルエに問いかけ る。 けれど、こうやって尋ねてみてもきっとトルエは首をふったりす るのだろう。 そしてまた大人しく自分の部屋に戻るかどうにかするのだ。 ﹁なら、お風呂がいい﹂ しかしそんな俺の予想とは裏腹に、トルエはそんなことを口にし た。 ﹁お、お風呂か⋮⋮﹂ 1213 正直、嫌だ。 別にトルエの裸を見たくないとかそういう訳ではないのだが、ト ルエとお風呂に入るということに対して、あまり良い思い出がない。 だけど、ここで断ったら、もうトルエが二度とこういったことを 言ってくれなくなりそうな気もする。 ﹁⋮⋮分かった。でも、ちゃんと身体に布はまいててくれよ?﹂ さすがに裸を見るのは恥ずかしいので、これが精一杯だ。 ﹁⋮⋮うん﹂ トルエはそう頷くと、ベッドから立ち上がり、ゆっくりと脱衣所 の方へと向かっていった。 ﹁ふぅ⋮⋮﹂ 俺は深呼吸をして息を整える。 ﹁よし⋮⋮!﹂ 俺はベッドから立ち上がり、トルエの向かった脱衣所へと脚を運 ぶ。 1214 ﹁⋮⋮もう、いない、よな⋮⋮?﹂ 少し時間を遅らせたこともあって、トルエは既にお風呂へと入っ てくれたようだ。 服を脱ぎ終えた俺は、ゆっくりとお風呂場への扉を開けた。 扉を開けた隙間から白い湯気が溢れ出てくる。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 湯気の先には、トルエがこちらに背中を向けながら、俺を振り返 ってきている姿があった。 俺はゆっくりとトルエに近づく。 そして、以前にしてあげたように、優しく身体を洗い始めた。 ﹁はぁ⋮⋮! 終わった⋮⋮!﹂ 俺は脱衣所で一人、何とも言えない達成感を味わっていた。 トルエはまだ少しだけお風呂に入っているので、今のうちに着替 えなければならない。 1215 俺は急いで用意していた服を身にまとっていく。 ﹁ネストー、ここにトルエ来てないー?﹂ その時、脱衣所の中に、何故か、アウラが入ってきた。 幸いにも俺は着替え終わっていたので何も無かったが、このタイ ミングはまずい。 ﹁あ、ネストやっぱりお風呂入ってたの? まぁそれは良いんだ けど、トルエが部屋にいないから探してるのよね。部屋に来たりし てない?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 非常にまずい。 何がまずいかって︱︱︱︱︱ ﹁⋮⋮ご主人様ぁ、僕もあがるね﹂ ︱︱︱︱︱これがまずいのだ。 1216 ﹁⋮⋮は?﹂ 案の定、お風呂から上がってきたトルエを見てアウラは固まって しまっている。 ﹁⋮⋮ト、トルエ、あなた今、何してたの?﹂ ﹁⋮⋮え、ご主人様とお風呂に入ってたけど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮﹂ 俺が覚えているのは、ここまでだ。 ただ、物凄い怖い思いをしたことだけは、少し覚えている。 1217 モテ男爆発しろ︵前書き︶ バレンタインなんて、しらないんだ。 バレンタインなんて⋮⋮orz ブクマ評価感謝です!! 1218 モテ男爆発しろ ﹁えっと、チヨコレイトってなんだ?﹂ ﹁チヨコ、じゃなくて、チョコだよ﹂ ﹁ちょこ⋮⋮?﹂ 俺は、皆がしゃべり合っている教室で、ダンに声をかけられてい た。 あの一件以降あまり声をかけられていなかったので少し嬉しい。 かれこれ結構な時間、ダンから話を聞いているがイマイチ何の話 をしているのかが分からない。 何か食べるものの話をしていることは分かったが、それ以上は一 体何の話をしているのだろうか、と必死にダンの言葉に耳をすませ ている。 ﹁そう! チョコレート!﹂ ﹁ちょこ、れーと⋮⋮が何?﹂ 多分﹁ちょこれーと﹂というのが、食べ物の名前なのだろう。 ﹁今日は女子が仲のいい男子や意中の男子にチョコを恵んでくれ る日なんだよ!﹂ 1219 ﹁⋮⋮あぁ、なるほど﹂ だから今日は変に教室の中が騒がしかったのか、と今更ながらに 納得する。 確かに女の子から食べ物がもらえるというのは、それだけで嬉し いのだろう。 俺だって貰いたい。 でも俺はもらえない可能性の方が大きいだろう。 ﹁⋮⋮いいよなぁ﹂ ﹁ん、何が?﹂ 一人でしみじみと頷いていると、ダンがため息をつきながら俺の 肩に手を組んでくる。 ﹁だってお前、チョコたくさん貰えるだろ?﹂ ﹁もらえねぇよっ!?﹂ 一体どういう根拠があってそんなことを言ってるんだろうか。 ﹁だってこの前の女の子とかさ、聖女様とかさ、色々仲がいい人 とかっているだろ?﹂ ﹁む⋮⋮﹂ 1220 確かに、仲がいいと思ってる女の子なら、居る。 アウラ、リリィ、トルエ、ニア、ルナ。 でも、この面子的にきっと今日の﹁女の子が男の子にチョコを渡 す﹂などということすら知らない方が多いだろう。 ﹁ル⋮⋮聖女様とかそういうこと知らないだろ?﹂ ﹁あぁ、確かに﹂ ﹁他の知り合いの女の子もそういうこと知らないような人達だか ら﹂ ﹁⋮⋮むぅ﹂ 俺の言葉に渋々といった風に肩を落とすダン。 ﹁あ⋮⋮﹂ その時俺の頭の中に、とある知り合いの顔が浮かんだ。 ﹁あ!? もしかして誰かいるのか!?﹂ ﹁⋮⋮あー、もしかしたら?﹂ それは、アスハさんだ。 あれだけ義理堅いアスハさんであれば、もしかしたらチョコを俺 1221 にくれたりするかもしれない。 もちろん、仲のいい友達に対して贈る、ということではあるが。 俺はそれでも構わない。 ﹁その人って、美人か⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮かなり﹂ それこそ美人の多いギルド受付嬢の中でも、かなり際立っている とすら思っている。 しかもそれだけでなく、アスハさんには何というかこう⋮⋮大人 の魅力というか、安心感というか、そういうものもあるのだ。 それが一層アスハさんの人気を底上げしている要因かもしれない。 現に俺はアスハさんから貰った弁当などを食べさせて貰ったりと、 色々お世話になった。 お弁当は文句のつけようなどある訳もないくらい、レベルの高い もので、今でもまだ食べてみたいと思えるほどだ。 ﹁⋮⋮まじかよ﹂ ﹁⋮⋮あぁ﹂ ダンは俺の言葉に打ちのめされたように、俺の席から離れていっ てしまった。 1222 俺が思うに、ダンは誰に対してもほとんど態度など変えないので、 普通に女の子からチョコなど貰える可能性は高いと思うのだが、違 うのだろうか。 まぁそこあたりは詳しいわけではないので、知らないが⋮⋮。 ﹁あ、あの⋮⋮!﹂ ﹁ん?﹂ 今、俺が呼ばれたのだろうか? そう思い、振り返る。 ﹁こ、これ食べてください!﹂ ﹁⋮⋮え?﹂ その瞬間、恐らく同じクラスだろう女の子が、俺に何やら箱のよ うな物を押し付けてきた。 咄嗟にことに固まるが、何とか受け取った箱だけは何とか落とさ ずにすんだ。 ﹁じゃあ私はこれでっ!﹂ ﹁え、ちょ⋮⋮﹂ 止めるまもなく、俺の近くから逃げ出していく女の子。 1223 ﹁⋮⋮これって、チョコ、だよな⋮⋮?﹂ きっとこれがダンの言っていたチョコで、間違いはないはずだ。 しかし、どうして俺がもらえたのだろうか。 何か話したりしたような記憶もないし、どこかで会ったりしてい ただろうか。 うーむ、思い出せない。 ﹁⋮⋮あの、これも!﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ ﹁あ、私も!﹂ ﹁あたしだって!﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ 何時の間にか、俺の机は、何やら可愛く包装された箱で一杯にな っていた。 ﹁⋮⋮なんでだ?﹂ これはもしかして、誰かが仕組んだりしたことで俺の反応を後で 皆で笑いものにする予定なのだろうか。 1224 逆にそうとしか考えられない。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は気づかれないように辺りを見回す。 しかしこちらを見てきているのは恨めしそうな顔を浮かべたダン ただ一人。 だからきっと誰かが仕組んだりしたとか、そういう訳ではなさそ うだ。 ﹁⋮⋮えっと﹂ これは、どうしたら良いんだろうか。 明らかに一人で食べきれる量はない。 かと言って、捨てるわけにもいかないだろう。 ﹁⋮⋮あ、良い事思いついた﹂ 俺は沢山あるうちの数箱を手に取る。 ﹁なぁダン、俺食べきれないから何個か要る?﹂ さっきのこともあるので出来るだけ笑顔を心がけて、ダンに話し かける。 ﹁⋮⋮も﹂ 1225 ﹁も?﹂ ﹁⋮⋮もてお﹂ ﹁もて、お?﹂ ダンは何やらぶつぶつと呟いている。 ﹁モテ男爆発しろォォォォおおおおおおおお!!!﹂ その後しばらく、ダンは俺に話しかけてこなくなった。 1226 モテ男爆発しろ︵後書き︶ あ、因みに次回までバレンタイン回にしようと思っているので、 苦しみたくない方は閲覧注意です⋮⋮! 1227 手作りチョコ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 1228 手作りチョコ ﹁⋮⋮えっと、それは?﹂ ﹁あぁ、何かチョコっていうやつをもらったんだよね﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 俺はルナとの帰り道に、手にたくさん持っていた箱について聞か れていた。 ﹁それにしても何でこんなに貰えたんだろうな?﹂ ﹁⋮⋮勘違いされたのでは?﹂ ﹁勘違い?﹂ 俺はそう言うルナに聞き返す。 勘違いとは一体何だろうか。 ﹁えっと、ネストさんをどこかの貴族か何かだと思ってるんです よ多分﹂ ﹁⋮⋮あぁなるほど﹂ 俺はそこでようやく納得することができた。 1229 つまりルナが言いたいのは、俺が聖女であるルナや奴隷であるア ウラたちを連れていたために、変な誤解を与えてしまったというこ とだ。 聖女でもあるルナとあれだけ親しそうにしていれば、こんな風に チョコをたくさんもらうのも仕方ないのかもしれない。 ん、仕方、ないのか⋮⋮? まぁ、うん。 ﹁⋮⋮あの、それでですね﹂ ﹁ん?﹂ 俺が自分の手元にあるチョコ入りの箱について考えていると、何 やらルナが声をかけてきた。 見てみると何やら手をモジモジさせている。 ﹁えっと、何?﹂ ﹁⋮⋮これ、どうぞ﹂ ﹁え?﹂ 俺はルナが差し出してきている箱に目を落とす。 これは、あれだろう。 1230 チョコだ。 ﹁⋮⋮あ、⋮⋮え?﹂ 思わず、変な声が出た。 ﹁ホントは、一番最初に渡せれば良かったんですが⋮⋮﹂ 残念そうに俯きながら、恐らくチョコが入っているのだろう箱を 差し出すルナに、俺は黙って受け取ることしかできなかった。 ﹁⋮⋮わ、私は少し先に帰りますね﹂ ルナはそれだけを言い残すと、あっという間に俺から離れていっ てしまった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺はルナから受け取った小綺麗な箱から、視線を外せなかった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は一人、無言で歩いている。 左手にはクラスでたくさんもらったチョコをいれた紙袋、そして 右手にはルナからもらったチョコが握られていた。 1231 ﹁⋮⋮あれ、ネスト?﹂ ﹁え?﹂ ふと自分の名前を呼ばれ、俺は顔をあげる。 ﹁ネストぉー!﹂ 振り返った瞬間、身体に衝撃が襲ってきたかと思ったら、そこに はリリィが飛びかかってきていた。 なんとか受身を取ることが成功し、チョコは落とさずに済んだが、 とっさのことに思わず混乱する。 ﹁え、なんでこんなところにいるんだ?﹂ ﹁ネストを迎えにきたのよ﹂ ﹁迎えにきたのぉー!﹂ ﹁⋮⋮迎えにきました、ご主人様﹂ 俺の質問に対し、順に答えていくアウラたち。 ﹁⋮⋮ほら、帰るわよ﹂ ﹁あ、うん⋮⋮?﹂ アウラの一言で俺たちはお城までの道を歩き出すが、何か違和感 1232 を感じる。 何か、アウラがよそよそしい。 ﹁⋮⋮?﹂ 見てみれば、何時もなら抱きついてくるようなリリィも今日は何 か不自然にアウラの手を握っている。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ トルエだけは何時もとあまり変わらないように見えるが、そんな トルエもどこか変な気がする。 何が変なんだろう。 ﹁⋮⋮なぁ、アウラ?﹂ ﹁な、なに?﹂ ﹁何か、あった?﹂ 自分でも考えてみたが、結局分からなかったので思わず聞いてみ た。 ﹁⋮⋮⋮⋮そ、その﹂ ﹁⋮⋮?﹂ アウラは少し長い沈黙のあとに、何やら緊張したように切り出し 1233 てくる。 ﹁⋮⋮これ、あげる﹂ ﹁え⋮⋮﹂ それは、またもやの小綺麗な箱だった。 ﹁あ、ずるいー! 私もー!﹂ ﹁ぼ、僕も﹂ それに釣られるようにして、どこに隠していたのか分からない小 綺麗な箱をそれぞれが俺に手渡してくる。 ﹁え⋮⋮っと?﹂ ﹁これ、今日そういう日らしいから﹂ 俺の戸惑う声に対して、アウラがそう教えてくれる。 ﹁⋮⋮あ、ありがと﹂ まさか貰えるとは思わなかったので俺はただそれだけを呟くと、 再び無言のまま、帰り道を歩き出した。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 1234 俺は部屋のテーブルに今日もらったチョコの箱を並べる。 かなりの数だ。 箱の形や包装を見るに、きっとちゃんとしたお店で購入してきた のだろう。 今までこんなことされたことが無かったので、今とても困惑して いる。 ﹁⋮⋮どうしよう﹂ 捨てたりするのは、申し訳ない。 かと言って、食べきれるわけでもない。 ﹁⋮⋮まぁ、明日考えよ﹂ 今日は疲れたし、もう寝よ。 ﹁⋮⋮あ﹂ でも今思い出したのだが、そういえばアスハさんからは、何もも らわなかった。 逆に俺が貰える可能性があると思っていたのがアスハさんだけだ っただけに、驚きだ。 ﹁⋮⋮まぁ、仕方ないか﹂ 1235 もしかしたら受付嬢の仕事が忙しかったのかもしれない。 あ、でも普通にもともと俺にチョコをくれる予定が無かったのか もしれない。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ それでも、少し残念だ。 やっぱ、貰えたら嬉しい。 しかしそれを相手に押し付けることもできない。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ でも少しくらいならため息ついても、いい、よな? 俺は、重たい足取りでベッドに向かう。 ﹁⋮⋮?﹂ ふと、枕元に何か小包のような物が置いてあることに気がついた。 ﹁なんだ、これ?﹂ 俺はおもむろにそれを手に取る。 ﹁⋮⋮﹂ 1236 それは、チョコだった。 多分、チョコだった。 今日もらったチョコは箱から開けていないので、チョコ自体を見 た訳じゃないのだが、どうしてかすぐにそれがチョコであることが 分かった。 ﹁⋮⋮だ、誰から⋮⋮?﹂ その小包が誰からのものなのかと思い、確かめてみると、そこに は﹃アスハ﹄という文字が記されていた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺はもう一度、視線をチョコに落とす。 これは、もしかしなくても、手作りチョコなのだろう。 それでいて形も綺麗に整っているのは、単にアスハさんの料理の 腕がうまいのだ。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ それは疲れからくるため息ではなく、嬉しさからくるため息だっ た。 1237 ︳︶m げんきにしてほしいな︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ 1238 げんきにしてほしいな ﹁うわぁ⋮⋮汚いなぁ⋮⋮﹂ ﹁ほんとだねぇー!﹂ 俺は埃だらけになった我が家に思わず唸る。 そう、今俺たちは久しぶりに自宅へと帰ってきていた。 無駄に広い我が家は、かなりの間放置していたせいで、いたると ころに埃が溜まってしまっている。 ﹁これは掃除だなぁ⋮⋮﹂ 俺はこれからの大変な重労働に、思わずため息を吐いた。 ﹁ふむ、家に帰りたい、と﹂ ﹁あぁ、最近帰ってなかったからさ。直ぐに帰ってくるから良い だろ?﹂ 俺はエスイックにそう頼み込んでいた。 ﹁掃除とかもしないといけないからさ﹂ 1239 ﹁⋮⋮むぅ、確かになぁ﹂ ﹁な? 良いだろ?﹂ まぁ、本当の理由はまた別なのだが。 本当の理由、それは﹃気分転換﹄である。 他意はなく、純粋に気分転換をしたかったのだ。 最近俺は回復魔法を覚えなおすために色々と努力しているが、ど れも上手くいっていない。 そのせいでだんだんとストレスが溜まってきているのが分かる。 今まだ良いが、それが何時爆発するか分からない。 それなら出来る時に、ゆっくりと気分転換などでもしておく方が 得策だろう。 ただ、それをエスイックにいうのは何だか恥ずかしい。 自分の弱いところを見せるのは、その、情けない。 ﹁まぁ別に引き止めておく理由があるわけでもないし、戻ってき てくれるなら帰宅の許可をしよう﹂ ﹁おぉ、ありがとう﹂ 1240 ﹁ただ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 俺はエスイックの勿体ぶるような言い方に、思わずその顔を見る。 ﹁できればニアという娘だけは城に残しておいて欲しいのだが﹂ ﹁⋮⋮あぁ﹂ それは仕方ない。 今回、無事に獣人との戦争を切り抜けた俺たちだったが、人間や 魔族の中に、獣人に対しての苦手意識や敵対心などが無いとは言い 切れないのだ。 そんな今、獣人であるニアを城から出すのは確かに危ないかもし れない。 ﹁⋮⋮うーん、でもなぁ、一人だけっていうのも﹂ ニア一人だけを残していくのも可哀想な話である。 何かいい案は無いものだろうか。 ﹁ネストぉー? ここにいるのー?﹂ 1241 ﹁え?﹂ その時、部屋の扉が勢いよく開かれた。 ﹁⋮⋮り、リリィ?﹂ リリィは何やら怒っているらしく、ずんずんと俺の方へと近づく。 ﹁むぅ! 遊ぼうって言ってたのに!﹂ ﹁⋮⋮あ﹂ 言われてみれば確かに、今朝方、そんなことを言った憶えがある。 ﹁あ、でも俺今少し忙しくて⋮⋮﹂ エスイックの方をちらりと見やりながらリリィに答える。 もちろんその目配せの意味は﹁何か助け舟をだせ﹂というものだ。 ﹁や! リリィと遊ぶのー!﹂ ﹁そ、そう言われてもなぁ﹂ ほらエスイック、早く助けてくれ! ﹁⋮⋮それではこういうのはどうだ?﹂ ﹁?﹂ 1242 ﹁リリィとお主だけで、一度家に帰ればいいのではないか?﹂ ﹁⋮⋮む、確かにそれなら﹂ 一瞬何を言っているのかと思ったが案外それも悪くないかもしれ ない。 それならばニアに特別寂しい思いをさせることもないだろうし、 一石二鳥だ。 ﹁何のはなししてるのー?﹂ そんな俺たちに、リリィが首を傾げながら聞いてくる。 ﹁えっと、リリィ?﹂ 俺はこれからの少し長くなりそうな話を大人しく聞いてもらうた めに、リリィの頭を撫ではじめた。 ﹁うわぁー! きったなーい!﹂ ﹁⋮⋮本当に汚い⋮⋮﹂ 俺たちは口元を布で覆いながら部屋の掃除を開始していた。 まずは全ての部屋の窓を開ける。 1243 通気性が良くなっただけでも、少しは空気が軽くなった気がした。 ﹁⋮⋮ごほっ﹂ しかしやはりそうは言っても、埃は宙を舞っている。 ﹁⋮⋮よし、じゃあ本格的に始めるか﹂ 俺はリリィに呼びかける。 まず初めに掃除するのは︱︱︱︱リビングだ。 ﹁⋮⋮はぁ、今日は疲れたなぁ﹂ ﹁そだねー⋮⋮﹂ 時は夜、既にあたりは暗くなっている。 俺はベッドの中でリリィと二人、大人しく横になっていた。 今はもう指一本動かすのも辛い。 働きすぎた。 以前であれば回復魔法で一発で治していたのたが、それも使えな い今、こうやって疲れと向かい合わなければならない。 1244 ﹁⋮⋮はぁ﹂ でも、案外こういうのも悪くないような気がしてきた。 回復魔法のない生活、それはきっと俺が思っているほど、本当は 大変じゃないはずで、ただ、俺が欲張りなだけかもしれない。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ それに、こんなに頑張って全く使えないのならいっそ、諦めてし まうのも仕方ないのではないだろうか。 ﹁⋮⋮疲れたぁー﹂ リリィが声をかけてくる。 俺はリリィの方へと向けた視線だけで返事をする。 ﹁⋮⋮⋮⋮早く、げんきにしてほしいなぁ﹂ ﹁ッ!!﹂ 俺はその瞬間、頭を何かに殴られたような気がした。 1245 そうだ、俺は一体何を考えていたのだ。 回復魔法が使えなくても、いい? そんな訳無い。 俺には、回復魔法が必要なんだ。 自分のために、皆のために。 ﹁⋮⋮頑張らないとなぁ﹂ 俺はこれからの回復魔法の訓練を思いながらそう呟いた。 ただ、まだ掃除が終わったわけじゃないので、明日はそれを終わ らせられるように頑張らないといけないのだが。 明日は、アウラの部屋の掃除だ。 1246 幼女には勝てなかったよ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です! 一日遅れてしまって申し訳ないですm︵︳ ︳︶m 1247 幼女には勝てなかったよ ﹁⋮⋮よし、今日も頑張るぞぉ⋮⋮﹂ ﹁おー!﹂ 朝早くから掃除をしなければいけないと憂鬱になっている俺とは 違い、元気に腕を掲げるリリィに思わず頬が緩む。 今日は、昨日に掃除が終わりきらなかった残りの場所の掃除をす る予定だ。 お風呂場だったり、空き部屋だったりとまだまだたくさんある。 ﹁じゃあリリィはあっちの部屋やってくるねー!﹂ ﹁おう、頑張れー﹂ 俺はリリィに適当に返事をしながら、目の前の扉に目をやる。 そこは本来であれば俺なんかが入っていい場所ではない。 そう。 そこは、アウラの部屋だ。 乙女の聖域というやつである。 1248 ﹁⋮⋮⋮⋮ふぅ、よし﹂ 覚悟を決めた俺は、ゆっくりとその扉を開け放った。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ なんか、いい匂いがする。 部屋に一歩踏み込んだとき、まず初めにそう思った。 結構長い間、家を開けていたにも関わらず、何か女の子特有の匂 いというものが残っていて、俺は思わず変な汗をかく。 ﹁⋮⋮⋮⋮ま、窓は⋮⋮うん﹂ 開けるのも勿体無い気がするが、掃除のためだ。 仕方ない。 部屋の匂いに変な名残惜しさを感じながらも俺は部屋の窓を開け る。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 開けられた窓からは気持ちのいい風が流れ込んでくる。 別に何か違いなどが分かる訳ではないが、これがいわゆる朝の風 1249 というものなのだろうか。 今まで気にしたこともなかったけど、案外良いものなのかもしれ ない。 ﹁⋮⋮⋮⋮よし﹂ 今度から偶には朝の風を浴びるのも悪くないかもしれないな、と 思いながら俺は部屋の掃除を開始した。 ﹁大体は、終わったか⋮⋮?﹂ そろそろ昼食の時間だろうか、という時に俺は部屋を見回してそ う呟く。 綺麗に磨かれた床、片付けられたベッド。 他に何かすることと言ったら⋮⋮。 ﹁⋮⋮あ﹂ そこで俺は、まだ掃除をしていない場所に気づいた。 それは︱︱︱︱衣類などが片付けられてあるのだろう棚だ。 ﹁む、むぅ﹂ 1250 これは、どうしたら良いのだろうか。 年頃の女の子の衣服棚を、男が勝手に漁るのも悪い気がする。 ﹁⋮⋮で、でもリリィはいないし⋮⋮﹂ 今、リリィには昼食を街まで買いに行ってもらっている。 だから今家にいるのは、俺ひとりだけということなのだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮やるしか、ないか﹂ 長い逡巡の末に、俺はそう決断した。 ﹁⋮⋮む﹂ 俺は手始めに一番上の引き戸を開ける。 そこには数着の服が置いてあった。 確かにこんな服をアウラが着ているのを見たことがあるかもしれ ない。 俺は棚の掃除をするために、それを一度取り出し、部屋に置いて あった椅子に優しくかける。 ﹁っ﹂ その時にふんわりとした柔らかい匂いが再び俺の鼻を刺激してく るが、努めて何もなかったかのように振舞った。 1251 変に舞い上がったりして、やったらいけないことをしてしまった りしたら困る。 ﹁ふぅ﹂ それから少し経ち、一番上の棚は大体掃除が終わった。 俺は一息つき、緊張していた肩の力をぬく。 それにしても、やはり棚の中も凄いいい匂いがした。 今までそんなに匂いなどを嗅いでいなかったのでよく分からない が、女の子というものは皆あんなにいい匂いをしているものなのだ ろうか。 お、恐ろしい⋮⋮! ﹁よ、よし次は、っと﹂ 俺はその下の棚の引き出しを抜く。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ やけに軽いと感じたその引き出しには、衣服は入っていなかった。 そこには二片の用紙だけが、入っていた。 1252 ﹁これって、あの時の﹂ 、、、 それは、奴隷契約書だったものだ。 誤って破ってしまった奴隷契約書が、そのままの状態で引き出し に入っていた。 あの後新たな奴隷契約書を貰いに行って、それは今も俺が管理し ているのだが、そういえばアウラに昔の奴隷契約書を渡した記憶が ある。 どうしてアウラは今もこんなものをもっているのだろうか。 もしかしたらこの用紙を捨てたらいけないものだと勘違いしてい るのかもしれない。 ﹁⋮⋮あれ?﹂ しかし、よく思い出してみれば、確か破れた用紙は捨ててもいい と教えながら渡した気がしなくもないのだが⋮⋮。 ﹁ま、まぁこれは、とっておいたほうが良いかな?﹂ 俺はその引き出しを軽く掃除し、その破れた二片の用紙を元の場 所に戻した。 ﹁⋮⋮よし、次で最後だ﹂ 1253 俺はいよいよ最後のひとつになった引き出しに唸る。 一体ここには何が入っているのだろうか。 ﹁⋮⋮っ!?﹂ 恐る恐る引っ張り出したその引き出しに入っていたのは︱︱︱下 着だった。 アウラの下着が、入っていた。 ﹁⋮⋮﹂ 俺は、無言でその引き出しを押し込む、押し込む、押し込むっ。 ﹁⋮⋮これはやばい﹂ きっと今のは見たらダメだったのだろう。 いや、絶対にダメだった。 ここは、無視する他、ないのだろうか。 ﹁⋮⋮いや﹂ そんなことがあっていいはずが、ないっ。 ちゃんと、掃除をしなきゃいけないんだっ。 1254 うん、他意なんてないよ? ﹁⋮⋮よし﹂ 俺は、もう一度引き出しを引っ張り出す。 ﹁⋮⋮お、おおぅ﹂ そして綺麗に畳まれたソレの形を崩さないように、一つ一つ慎重 に椅子の上に乗っけていく。 ﹁⋮⋮あ﹂ そんな時、一枚のソレを運んでいる途中で形を崩してしまった。 当然、その全貌が顕になる。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は、無言のまま、何気なくソレを掲げてみた。 お、おおぅ⋮⋮。 ﹁何してるのー?﹂ その時、扉の方から、聞こえてはいけない声が聞こえてきた。 1255 ﹁り、リリィ⋮⋮?﹂ 俺は恐る恐る振り返る。 ﹁お昼ご飯帰ってきたけど、それってアウラお姉ちゃんのー?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ リリィの質問に俺は何も答えない。 答えられない。 ﹁むぅー?それってネストがやってよかったのー?﹂ 一瞬、リリィなら何の疑問も持たないでいてくれるかもしれない、 と期待した俺が甘かった。 ﹁ねんのためにアウラお姉ちゃんにきいてみるねー?﹂ どうしてそんなことまでっ!? ﹁ふふふぅー!﹂ ﹁なっ﹂ ふとリリィを見てみるとニヤニヤしながらこっちを見ている。 どうやら全てわかった上での行動らしい。 1256 一体誰が無知のリリィにこんなことを教えたのだろうか。 いや、今はそんなことどうでもいい。 この状況を、どう切り抜けるか、だ。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮な、何したらいい?﹂ ﹁あそぼーー!!﹂ 何も、思いつかなかったのだ。 そう。 幼女には勝てなかったよ⋮⋮。 1257 幼女には勝てなかったよ︵後書き︶ http://ncode.syosetu.com/n7341 dd/ 新作﹃ヘタレが画面の向こうに恋してみた︵仮題︶﹄投稿しました! 異世界モノ、バトルものではございませんのでご注意を。 完全に現代恋愛ものです。 ︳︶m 一応区切りの良いところまでは出来上がっているので少しずつ更新 していきます。 一読頂けたら幸いですm︵︳ 1258 クソ生意気らしい︵前書き︶ ブクマ評価感謝です! http://ncode.syosetu.com/n7341 dd/ 新作、ヘタレが画面の向こうに恋してみた︵仮題︶投稿してます! 一読いただけたら幸いです! 1259 クソ生意気らしい ﹁⋮⋮はぁ﹂ ようやく都の城へと帰り着くことが出来た俺は大きくため息を吐 く。 どうしてこんなに疲れているかというと、その原因はリリィにあ る。 家の掃除だけでもかなりの重労働なのに、それに加えて俺たち二 人は丸一日ずっと遊び続けていたのだ。 普段であればさすがに俺も遠慮するのだが、それもできなかった。 偶然俺がアウラの下着を掴んでいたところをリリィに見られてし まったのが運の尽きだったのだろう。 そんなことがあって俺たちは都に帰ってきた。 ﹁あ、ご主人様!﹂ ﹁ただいま、っと﹂ 城に入ってメイドさんたちに挨拶をしていると、どこから嗅ぎつ 1260 けてきたのか、ニアが走りながら俺に抱きついてきた。 こういうことはリリィで良く慣れているので転ばずには済んだが、 さすがリリィとは違って身体が大きいニアの突進はなかなかにキツ い。 上手く回転しながら衝撃を抑えることで難を逃れる。 ﹁意外と遅かったんだね?﹂ ニアはどういうわけかいつも以上に俺に引っ付きながら、上目遣 いでそう聞いてくる。 そういえば確かニアは今発情期か何かだったので、それが原因か もしれない。 ﹁あ、あぁ。家が思ったよりも散らかってたからさ、少し予定よ り時間がかかったんだよね﹂ 本当のことを言えば、掃除だけなら昨日のうちには帰ってこられ ていたのだけれど、それは言わない方が良いだろう。 ﹁ふーん、私も行ってみたかったんだけどなぁ﹂ ﹁まぁ、今回は⋮⋮うん。ごめんだけど仕方ないんだ﹂ ﹁大丈夫。ご主人様が悪いんじゃないのは分かってるから﹂ ﹁⋮⋮そう言ってくれると、助かる﹂ 1261 俺はニアの頭を撫でる。 ニアが寂しくないように、と思ってアウラたち数名を城に残して はいったが、ニアが唯一の獣人であるのもまた事実。 恐らくニアは俺には心を開いてくれているとは思うが、他の皆に 対してどうなのかはまだ分かっていない。 もしかしたら俺がいない間、ずっと独りで寂しい思いをしていた のかもしれないし、それが今のこの行為につながっているのだろう か。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は、ニアが満足して、自分から離れてくれるその時までしばら くなで続けてあげようと、そんなことを思った。 結果から言うと、ニアはすぐに俺の身体から離れた。 自分から離れたのではない。 これまた偶然、城の玄関にやってきたアウラに見つかって、無理 やり俺から離されたのだ。 実はこっそりニアの獣耳を触ろうとしていただけに、何だか名残 惜しい気もするが仕方ない。 1262 アウラは怒った表情のまま、ニアをどこかへと連れて行ってしま い、玄関には俺とメイドさんだけが残されている。 居ると思っていたリリィも何時の間にか居なくなっていて、メイ ドさんに聞いてみると、本当にいつの間にやって来ていたのかわか らないトルエと共に自分たちの部屋に戻って言ったらしい。 ﹁ネスト様﹂ ﹁はい?﹂ 自分も部屋に戻ろうかと思っていたとき、ふと廊下の奥から別の メイドさんが声をかけてきた。 ﹁国王様がお呼びです﹂ ﹁あ、はい﹂ 俺はメイドさんの後ろに従いながら、国王エスイックの待つ部屋 へと向かう。 それにしても帰ってきた早々呼び出すとは何か大事な用事だろう か。 俺はひらひらと揺れるメイドさんのスカートの裾を少しだけ目で 追いながら、そのあとを追い続けた。 1263 ﹁帰ってきて早々に申し訳ない﹂ ﹁まぁ、それは良いんだけど、何か話?﹂ ﹁あぁ、実はな⋮⋮?﹂ ﹁ふむふむ、大体わかった﹂ エスイックの話を簡単に纏めるとこうだ。 まず、今度開かれる武闘大会。 そこに親善試合として、人間、魔族、そして獣人が参加する。 そしてそれが終わった後に、その三種族で同盟を結ぶということ らしい。 いつの間にそんな話になっていたのか正直驚きである。 ﹁ここまで出来たのも全てはお主があの戦争を止めてくれて、獣 王が他の獣人たちを説得させられる時間を用意してくれたお陰だ。 あれがなかったら今頃、どちらかの種族はどちらかの種族の支配下 に置かれていただろう﹂ ﹁⋮⋮まぁ、俺だけの力じゃないんだけどな﹂ 事実、無理な力を行使したせいで今こうやって回復魔法を使えな くなっているのだし。 1264 ﹁それでもお主の力によるところが大きかったのは事実だ。感謝 する﹂ ﹁あー、うん﹂ これ以上変に押し問答をするよりかは、今はこの感謝の気持ちに 答えよう。 その方が、お互いのためだ。 ﹁それで、だ﹂ ﹁?﹂ てっきり今の話だけで終わりだと思っていたのだが、他に何かあ るのだろうか。 ﹁親善試合に出場したり、同盟の手続きをする獣人たち一行がそ ろそろこちらにやってくるらしいのだが﹂ ﹁こちらって、お城?﹂ ﹁あぁ﹂ 獣人たちがたくさん来るのはニアにとっても過ごしやすくなるの で良いかもしれない。 それともあれだろうか。 1265 獣人の国のお偉方が来るから、一度別の宿屋をとって欲しいとか だろうか。 ﹁それで?﹂ ﹁うむ、実は⋮⋮﹂ ﹁?﹂ 何やらバツの悪そうな顔のエスイックに俺は首を傾げる。 ﹁獣王の息子、つまり次期獣王なのだが、どうにも厄介らしいの だ﹂ ﹁厄介?﹂ 一体何が厄介なのだろうか。 戦闘が大好きとか、女の子が大好き、とか俺は色々と厄介につい て考えてみる。 ﹁実は獣王の息子は﹂ ﹁うん﹂ ﹁すごく﹂ ﹁すごく?﹂ ﹁クソ生意気らしいぞ﹂ 1266 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮は? 1267 眠れない夜︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 1268 眠れない夜 ﹁⋮⋮クソ、生意気﹂ それは、一体どの程度なのだろうか。 俺は一人、エスイックに言われた言葉を思い出しながら、暗みが かった廊下を歩いていた。 いつもは沢山いるメイドさんも今日は珍しく誰もいない。 きっと、もうすぐやってくるという獣王様やその他の人たちを出 迎える用意でもしているのだろう。 ﹁⋮⋮むぅ﹂ やはり、今の時点であれこれと考えても仕方がない。 実際に会ってから、そういうことは考えたほうが良さそうだ。 俺は、誰もいない廊下を一人歩き続けた。 ﹁あ、ご、ご主人様﹂ 1269 ﹁ん、ニア?﹂ 何故か俺の部屋から出てきたのは、気まずそうな顔を浮かべるニ ア。 ﹁何か用があった?﹂ ﹁い、いや何でも⋮⋮?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ あからさまに視線を隠すニアに、目を細める。 ﹁ん、それ、何?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮はい?﹂ 俺の視線はニアの腰の後ろに回された両手に向けられている。 こちらからその全てが見えるわけではないが、何やら白いものが 見え隠れしている。 ﹁だから、その白いやつって⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮えっ?﹂ ﹁それ⋮⋮枕か?﹂ ニアに近づいたとき、白いものの正体に何やら見覚えがあるよう な気がする。 1270 そう、それは枕だった。 ﹁そ、そんなわけないじゃないですかー﹂ と言いつつも、ニアは後ずさりを始めていて、少しでも俺から離 れようとしている。 ﹁⋮⋮⋮⋮あ﹂ 、、、、、 、、、、 俺はニアの後ろのほうへと視線を向けながら頓狂な声をあげてみ る。 ﹁んっ?﹂ 、、、 案の定というべきか、ニアは何の疑問を抱くことなく、俺の視線 を追う。 ﹁⋮⋮?何もない、け、ど⋮⋮あ﹂ どうやらそこまでしてようやく俺の狙いに気付いたらしい。 ニアの手にはやはり、枕が握られていた。 ﹁⋮⋮こ、これは違うのよ?﹂ ﹁何が違うんだ?﹂ ニアの今までの行動から考えてみると、きっとこの枕は普段俺が 使っているものなのだろう。 1271 ﹁⋮⋮ご、ごめんなさい!﹂ さすがに誤魔化しきれないと思ったのだろう。 ニアは目に涙を浮かべながら、素直に謝ってきた。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺は少しだけ目線の下にある頭をなでる。 ﹁っ﹂ もしこんなところを誰かに見られてしまったりしたら、まるで俺 が泣かせたみたいになってしまう。 それは勘弁だ。 だから俺は、ニアが少しでも早く泣き止んでくれるように、その 頭をなで続けた。 こっそりと、獣耳を撫でていたのは内緒だ。 ﹁あ、そういえばニア﹂ ﹁なにー?﹂ 1272 すっかり調子を取り戻したニアが、俺のベッドに転がりながら返 事をしてくる。 ﹁なんか、獣王様がこの城に来るらしいよ﹂ ﹁ふーん⋮⋮⋮⋮えっ!?﹂ どうやらやはりニアにとっては衝撃的な一言だったのだろう。 内容を理解するだけでも、相当な時間を要していた。 ﹁じ、獣王様!?﹂ ﹁あぁ、何でも人間と魔族と獣人で、同盟を結ぶらしいんだよね﹂ ﹁えええ!?﹂ さらに、同盟のことを伝えると、驚きすぎてベッドから転げ落ち てしまった。 ﹁そ、それホント!?﹂ ﹁あ、あぁ﹂ かと思えばいきなり詰め寄ってくるニアに俺は戸惑う。 ﹁そ、その同盟が結び終わったら、わ、私ってもうこのお城から もでていいの!?﹂ ﹁⋮⋮⋮えっと、そうなるかな﹂ 1273 確かにニアにとって今もっとも重要なのはそれなのかもしれない。 俺と一緒に城まで帰ってきてからは、他の皆が色々と外に遊びに 行ってる中でずっと留守番していたニア。 やはり、俺たちが気付けていなかっただけで、ニアは色々と我慢 していたのだ。 ﹁一緒に外に行けるようになったら、どこか一緒に出掛けようか﹂ ﹁うん!﹂ 俺はニアの頭を撫でながら、絶対に同盟が成功したあとの未来を 考えていた。 ﹁えっと、それで何で俺の枕を?﹂ ニアはベッドの上で俺の枕に頭を押し当てている。 それをベッドの横に立って見下ろしている最中だ。 ﹁は、発情期で、我慢できなくて⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮あー﹂ 1274 それを言われると俺にはどうすることもできない。 事実ここ数日はリリィと共に、街まで自宅の掃除をするため、城 を離れていたのだ。 だからニアがどういう状態だったかも知らないし、それをダメだ ということも出来ない。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 俺は、諦めのため息を吐いた。 ﹁っ⋮⋮だめ、だった?﹂ それを呆れからのため息だと勘違いしてしまったのか、ニアは枕 から顔を離して俺を見上げてくる。 ﹁⋮⋮いいよ﹂ それをわざわざ指摘することもない。 ただ、受け入れてあげればいいのだから。 ﹁じゃあ今日一緒に寝てもいいっ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂ これは、諦めのため息。 きっと今日は眠れない夜になりそうだ。 1275 1276 眠れない夜︵後書き︶ 新作は、カクヨムに移行させていただきましたm︵︳︳︶m﹂ 1277 あえて聞かないよ︵前書き︶ ブクマ評価感謝です! 1278 あえて聞かないよ ﹁ふぅ﹂ 俺は今、エスイックと共に大きな部屋で皆の到着を待っていた。 皆、とは言わずもがな、獣王様含む、獣人一行のことだ。 どうやらもう城には到着しているらしく、今はメイドさんがこの 部屋まで案内している途中とのことだ。 そして俺がこんなところに居ていいのか、という話にはなるが、 何故かエスイックに呼ばれたのだから仕方がない。 ﹃国王様、お連れしました﹄ そんなことを考えていると扉の向こう側から、メイドさんのだろ う声が聞こえてきた。 ﹁案内して差し上げなさい﹂ エスイックは先ほどまで俺と雑談していた時とは打って変わって、 威厳のある声を響かせる。 すると、ガチャリという鈍い音を立ててまずメイドさんが扉を持 って固定する。 1279 そして続いて部屋に入ってきたのは、見るからに巨躯の一人の獣 人だけ。 ﹁⋮⋮?﹂ その姿を見た瞬間に、きっとこの人が獣王様なんだろうというこ とは分かった。 しかしどうして、一人だけなのだろうか。 ﹁では失礼します﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮?﹂ てっきり少しだけ遅れているのかもと思ったが、結局獣王様一人 だけが部屋に入ってくるだけで、メイドさんはそのまま扉を閉めて、 自分の仕事場に戻って行ってしまった。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺たちの間を沈黙が支配する。 これは一体どうしたらいいのだろうか。 ﹁⋮⋮ふっ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ははっ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ 1280 俺が一人困惑していると、突然エスイックが笑い出す。 そしてそれに釣られるようにして、獣王様も笑い出す。 ﹁ふっ⋮⋮久しぶりだな﹂ ﹁おぉエスイック!お前こそ久しぶりだなぁ!﹂ 固まる俺を他所に、二人は楽しそうに話を進めている。 ﹁⋮⋮あ﹂ そういえば以前エスイックに教えてもらったことがある気がする。 エスイック、魔王様、そして獣王様で、昔に話したことがあると いうことを。 つまりこの二人は旧知の仲というわけだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺はエスイックより少しだけ退いた位置で、二人の会話を黙って 聞いている。 二人共、それぞれの国の様子や自分の奥さんの話など、他にも色 々と楽しそうに話している。 ここに魔王様が加われば、それこそ、人間と魔族と獣人が共存し た未来そのものになるのかもしれない。 1281 俺はそんな他愛ないことを考えて二人の会話を聞いていると、少 しだけ胸の中が軽くなった気がした。 ﹁⋮⋮む、それでそこの者は?﹂ ﹁おぉ、そうだ。紹介するのを忘れていた﹂ それからしばらく二人が話していると、突然俺の話題になった。 ﹁こっちはネスト、と言ってな。戦争を止めた張本人だ﹂ ﹁えっ!?﹂ 俺はエスイックの言葉に、思わずその顔を見る。 まさかそのことを言うとは思わなかったからだ。 ﹁ほぉー、この者が、か⋮⋮﹂ ﹁そうだ。﹃漆黒の救世主﹄様だ﹂ ﹁おいっ!?﹂ そういえば戦争が終わったあたりから都とかでも噂になってたけ ど! あえて聞かないようにしていたんだけど! 1282 ﹁ほぉ、それは凄いなぁ﹂ 獣王様は、俺を値踏みするように顎に手をおきながら見つめてく る。 ﹁まぁその戦争を止めるために、自分の力を犠牲にしてしまった のだが﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ エスイックの言うとおりだ。 今の俺には何の力もない。 強いて言えばただ色んな物を切れるということくらいだ。 ﹁でも、ネストが居なければ、こうやって二人で会うことも出来 なかったということは本当だ﹂ ﹁そうだなぁ。何でも物凄いことがあったという報告書も、俺の ところまで来ていたぞ。確か切れたり切ったりしたはずの腕や首が 何事もなかったかのように、変わりない、らしいな﹂ ﹁それは是非とも間近で見たかったのだがなぁ。さすがに戦場に 赴くわけにも行かなかったのでな﹂ エスイックは物凄く残念そうに、大きなため息を吐く。 ﹁エスイック、俺の紹介も頼む﹂ 1283 獣王様は自分を指差しながら、エスイックに催促する。 ﹁おぉそうだったな。こっちはガルムといって、分かっていると 思うが獣王だ。凄く腕っ節が強いから怒らせないようにな﹂ ﹁がははっ、まぁ一対一の試合なら大好きだからな。その力とや らが戻ったた是非ともお相手願いたいものだなぁ﹂ ﹁は、ははは﹂ 俺は曖昧に笑いを返しておく。 さすがに獣王様というのは強いらしい。 確か、魔王様もかなり強いという覚えがあるが、どちらが強いの だろうか。 まぁここに魔王様がいる訳じゃないのでどうしようもないが。 ﹁えっと、今頑張って力を戻そうとしてる、ネストです。よ、よ ろしくお願いします﹂ ﹁おう、よろしく頼む!﹂ 俺は、獣王様の差し出してきた手を握り返した。 1284 ﹁そういえば今、他の獣人の人達はどこに?﹂ ﹁あぁ、まずはエスイックと積もる話もあったからな。別の部屋 で待ってもらってる﹂ ﹁あぁ、息子さんもですか?﹂ 俺はエスイックから言われていたことを思い出しながら、ガルム さんに訊く。 ﹁あぁ、そうだ﹂ エスイックにはクソ生意気というのを聞いていたが、実際のとこ ろはどうなのだろう。 さすがに親本人に聞くわけにもいかないだろう。 ﹁あ、でも気をつけたほうがいいぞ。アイツ、人間に対しては本 当クソ生意気だから﹂ ﹁あ、はい﹂ どうやら、本当にクソ生意気らしい。 1285 あえて聞かないよ︵後書き︶ 新作﹃僕らの恋は、画面の中で﹄はカクヨムに移行させていただき ました。因みに毎日19時更新! 活動報告から作品ページに飛べるようにしてあるので、一読頂けた ら幸いです。 1286 あいつのこと、嫌い︵前書き︶ ブクマ評価、感謝です! 1287 あいつのこと、嫌い ﹃国王様、獣人の他の方々をお連れいたしました﹄ ﹁うむ、入れ﹂ 先ほどと同じように扉の奥から聞こえてくる声に、エスイックは 応える。 ﹁失礼します﹂ そう言って部屋に入ってくるのは、先ほどとはまた別のメイドさ ん。 そしてそれに続くようにして、何人もの獣人一行が、部屋に続々 と入ってくる。 さらに、部屋にある別の扉からは、俺たち人間側のお偉方が入っ てきた。 よく見ると、お互いに屈強そうな男たちがついて来ているのは、 きっとそれぞれの王の護衛の意味もあるのだろう。 俺は相変わらずエスイックの少し後ろで控えていた。 1288 ﹁今回こうやって集まってもらったのは、それぞれの顔合わせの ためだ﹂ ﹁人間と獣人たちが同盟を結ぶには、まず俺らがそういう関係に ならねぇと意味がねぇ!﹂ それぞれの王が、それぞれの部下たちに声を大きくして説明して いる。 それに対して大体は首を頷け、二人の意見に同意しているようだ。 ﹁⋮⋮父上!﹂ これなら順調に進みそうだ、と思っていた矢先、獣人の一行の方 から、少しだけ高い声が聞こえてきた。 見てみるとどうやら、獣人の一行の中でも、頭一つ分だけ小さな 獣人の子供が獣王の方を見つめているのが分かった。 ﹁⋮⋮?﹂ どうして子供がこんなところにいるのか、と俺は首を傾げるが、 今獣王様のことを父上と呼んだので、つまりこの子供がそうなのだ ろう。 曰く、クソ生意気な、獣王様の息子なんだろう。 獣王様の息子は、獣王様からの返事を聞いて発言を続けるようだ。 1289 ﹁どうして僕たち獣人が弱っちい人間なんかと同盟を結ばなくち ゃいけないんですか?﹂ 俺はそれを聞いて確信した。 こいつ、クソ生意気だ、と。 その発言によって、今まで穏やかに進んでいた話し合いの雰囲気 が、固まる。 獣人側は、あぁやってしまった、みたいな顔を浮かべているし、 人間側の方は、何を言われたのか分からないのか、呆然としていた。 中には、ポカンと口を開けている人までいる。 まぁ確かにそれも仕方ないだろう。 俺の場合は、獣王様やエスイックから、クソ生意気であることは 事前に聞いていたので少なからず耐性がついていたんだろうけど、 そんなことを露も知らない他の人たちに、今の状況を理解しろとい う方が酷というものだ。 1290 ﹁グリム! そういう発言は慎めと言っているだろう!﹂ 獣王様は、自分の息子を叱りつける。 グリム、と呼ばれた獣王様の息子は、そう言われることは分かっ ていたのか、特に気にした様子もない。 ﹁僕がいま何か変なこと言いましたか!? 百歩譲って、魔族と 同盟を結ぶというのなら分かります! でも、こんな弱小種族と同 盟を結んだところで何か利益が生まれるとは思いません!﹂ ﹁あぁ? なんだってぇ?﹂ グリムのその爆弾発言に、人間側に居た血の気の早そうな一人の 男が勢いよく立ち上がる。 止めなくちゃいけないところなんだろうけど、止めようとは思わ ない。 正直、事前情報がなければ、俺もこうなっていたはずだからだ。 ﹁落ち着きなさい﹂ エスイックが、静止の声を、小さくあげる。 ﹁わ、わかり、ました﹂ 1291 その声だけで、今にも食ってかかろうとしていたその男は、渋々 と自分の席に戻る。 ﹁グリム、お前も落ち着け﹂ それに続くようにして、獣王様は自分の息子を悟す。 ﹁お前が言う魔族との同盟だって、人間と同盟を結ばない限りは ありえないことなのだぞ。こういう言い方では、人間側に失礼だが﹂ ﹁う⋮⋮そう、かも、しれない、です﹂ ﹁であればそう言った発言は以後、慎め﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 獣王様の言葉に対して、グリムは黙り込む。 肯定をしたわけではないが、さすがにしばらくはそういった発言 もしなくなってくれることだろう。 少しだけ問題はあったが、それからはある程度円滑に双方の話は 進んだ。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 1292 溜息をつく。 時間にしてみれば、そんなに長くないものではあったが、やはり 緊張などもあってかなり疲れた。 俺は、廊下の壁にもたれかかる。 少しだけひんやりとした壁が、少しだけ火照った身体を冷やして くれる。 ﹁⋮⋮む﹂ するとそこに、どういう偶然か、獣王様の息子グリムが通りかか った。 俺はどういう対応をとったらいいのか分からず、少しだけ慌てる。 ﹁⋮⋮⋮⋮あほ、だな﹂ ﹁っ!﹂ すれ違う時に、グリムから、そう言われた。 きっと慌てている俺の姿に対しての言葉だったのだろう。 ﹁⋮⋮あぁ﹂ 俺は息を吐く。 今のことで一つだけ思うことがあった。 1293 別に獣人が嫌いとかそういう訳じゃないけど、俺、あいつのこと、 嫌いだ。 だって、クソ生意気なんだもの。 1294 あいつのこと、嫌い︵後書き︶ 新作をカクヨムに投稿しています。 活動報告から飛べるようにしてありますので、ご一読いただけたら 幸せです。 1295 好きな女の子のことを諦めない︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 1296 好きな女の子のことを諦めない ﹁いや! 私のご主人様はご主人様だけなの!﹂ ﹁なっ! 人間に支配されているお前を助けてやろうと言ってる のに!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂ 俺は先程から目の前で繰り広げられている口論に、ため息を吐い た。 どうしてこんなことになってしまったのか、それは少しだけ時間 を遡る。 ﹁なぁ、ニア。中庭にでも行ってみないか?﹂ ﹁え、いいの!?﹂ ﹁あぁ﹂ 俺は今まで、ずっと部屋にいるように言われていたニアを部屋の 外へと連れ出そうとしていた。 1297 本当は城の外へも連れて行ってやりたいというのが本音なのだが、 今はこれくらいで我慢してもらおう。 どうしてニアが部屋の外に出ていいようになったのか。 それは獣王様を含む、獣人の一行たちが、この城に滞在している からだ。 それならばもし俺の近くに獣人であるニアがいたとしても、少し 仲がいいなぁくらいは思われるかもしれないが、それ以上変に踏み 込まれたりすることもないだろう。 ﹁よし、じゃあ行くか﹂ ﹁うん!﹂ 俺はニアの手を引きながら、いつもの部屋をとびだした。 ﹁⋮⋮うわ﹂ 俺は思わず、唸る。 なぜなら今からニアと一緒に何かしようと思っていた中庭には、 既に先客がいたからだ。 それだけだったら俺だって別に気にしない。 1298 しかし、先客が先客だった。 その先客とは、グリム。 獣王様の、あのクソ生意気な息子である。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ これは、どうするべきだろうか。 チラリと後ろを窺ってみても、ニアは目をキラキラと輝かせなが ら、久しぶりにちゃんと部屋を出れたことを喜んでいる。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ これは、言えない。 やっぱり部屋に戻ろう、なんて、絶対に言えない。 もしこの状態でそんな血も涙もないようなことを言えるものなら、 是非とも俺の目の前に連れてきて欲しい。 ﹁⋮⋮ご主人様? どうかしたの?﹂ 色々と考えていた俺を不審に思ったのか、ニアが声をかけてくる。 ﹁い、いやなんでもない﹂ ここで、止まったままでいるのはまずい。 1299 ニアが何かマズイ事でもあったのかと察してしまうかもしれない。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ きっと、大丈夫だ。 クソ生意気なグリムのことだし、わざわざ俺に声をかけてくるよ うなこともないだろう。 ﹁⋮⋮じ、じゃあ、行こうか﹂ ﹁うん!﹂ 俺は、ニアの手を引きながら、中庭の中心部へと、向かった。 ﹁⋮⋮ん、お前、そこの獣人はなんだ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂ しかしやはりそう物事が上手くいく訳もなく、俺たちはすぐにグ リムに捕まってしまった。 恐らく、俺ひとりだけであれば絡まれることもなかったのだろう が、明らかに獣人であるニアが俺なんかと一緒にいたために、こう やって近寄ってきたのだろう。 1300 ﹁こ、この子は、その、ニアっていって、一応俺の奴隷、だな﹂ 誤魔化さなくてはならないと思ってはいても、突然のことで焦っ てしまい、ついつい言わなくていいことまでも言ってしまう。 ﹁なに? 奴隷、だと⋮⋮っ!?﹂ 俺の言葉に、ニアの顔を覗き込むグリムだったが、突然何かに驚 いたかのように、身体をビクッと跳ねさせる。 ﹁? どうかしたか?﹂ 俺はそんなグリムに声をかける。 ﹁⋮⋮その獣人、僕が国に連れて帰る﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂ すると、グリムは突然何の前触れもなくそんなことを口走った。 当然初めて聞かされる爆弾発言に、俺、そして当事者であるニア でさえも、驚きを隠せない。 ﹁いやいやいや、さすがにそれは﹂ 俺は首を横に振りながら、グリムの言葉を否定する。 ﹁お前の意思など知らん。ほら、そこの女、行くぞ﹂ 1301 ﹁いや!﹂ 中庭に、ニアの大きな声が響き渡った。 俺を無視して、ニアの腕を掴み、そのまま自分のもとへ手繰り寄 せようとしたグリムに、ニアが叫んだのだ。 ﹁な⋮⋮﹂ 既にニアはグリムの手を振り払い、俺の背中の後ろに隠れている。 ﹁おいお前! 奴隷の身分から解放されるのだぞ!?﹂ ﹁いや! 私のご主人様はご主人様だけなの!﹂ ﹁なっ! 人間に支配されているお前を助けてやろうと言ってる のに!﹂ 俺の背中に隠れているニアの言葉を聞いて、グリムは怒り出す。 ﹁ま、まぁまぁ落ち着けよ﹂ 俺はそんなグリムを落ち着かせようと努力するが、やはりグリム の怒りは収まることを知らず、今にも無理やりニアを連れて帰るべ 1302 く、ニアに飛びかかろうとしていた。 ﹁グリムー?﹂ ﹁⋮⋮む﹂ そんな時、中庭に誰の声か分からない初めての声が聞こえてきた。 そちらの方を見てみると、獣人の一行の中の一人が、どうやらグ リムを迎えにきたらしい。 ﹁⋮⋮お前は、僕が連れて帰る﹂ ﹁⋮⋮あぁ、なるほど﹂ 去り際に、そう言い残していくグリムの頬が、赤く染まっていた。 もしかしなくても、グリムはニアに一目惚れでもしたのかもしれ ない。 だからあそこまで頑なに、ニアを連れて行こうとしていたのだろ う。 ﹁⋮⋮はぁ﹂ 嫌なやつではあるものの、好きな女の子のことを諦めないグリム 1303 に、俺は思わず微笑んだ。 1304 好きな女の子のことを諦めない︵後書き︶ カクヨム様にて、 僕らの恋は、画面の中で ︳︶m という作品を投稿させてもらっております。 ぜひ一読くださいm︵︳ 1305 お金が、無い︵前書き︶ ブクマ評価感謝ですm︵︳ ︳︶m 1306 お金が、無い ﹁獣人の奴隷を解放して欲しい﹂ ﹁⋮⋮は、はぁ﹂ 俺は今、エスイックを挟む形で、獣王様と話をしていた。 内容は、ニアについてのこと。 グリムがニアを連れて帰る宣言をしてから少し経ち、俺はエスイ ックから呼び出されたのだが、どうやらグリムが、俺が獣人の奴隷 を手酷く扱っているといるみたいなことを獣王様に告げ口したらし い。 ﹁⋮⋮ということを本当は言いたかったのだが、その様子じゃな あ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 俺は、すぐ隣でじっと俺の腕を掴んでくるニアに目を向ける。 どうやら大分、俺に懐いてくれているということが獣王様にも伝 わってくれたのだろう。 ﹁⋮⋮むぅ、どうするか﹂ ﹁確かに、これから同盟を結ぼうっていう人間が、獣人の奴隷を 1307 持っているのもマズイですよね⋮⋮﹂ ﹁そう、かもしれないな﹂ 俺の言葉に、獣王様は頷く。 やはりそこが問題のようだ。 ﹁⋮⋮うーん、やっぱり、解放した方が良いですよね﹂ ﹁そう、してくれると助かるがなぁ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ ニアの俺の腕を掴む力がより一層強くなったような気もするが、 致し方ない。 これは、俺たちだけの問題じゃないのだ。 これからの人間と獣人、その二種族間の同盟がかかっているかも しれないのだ。 ﹁さすがに、何もせずに解放してもらうだけでは気が引ける。何 かお礼をしなければな﹂ ﹁お、お礼、ですか?﹂ ﹁うむ、奴隷として引き取ってくれたことに対してのお礼と、こ れまでちゃんと守ってくれたことに対してのお礼だ。さしあたり、 購入金額の、倍、でどうだろうか﹂ 1308 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 相変わらず、人をお金でやりとりするという行為には慣れない。 しかし、ここではその選択が一番、手っ取り早いといえばそうな のかもしれない。 ﹁わかり、ました﹂ ﹁⋮⋮ぅぅ﹂ 隣のニアが、俺の腕をぎゅっと握ってくるけど、俺には何も出来 ない。 ﹁む、そういえば因みに、どれくらいだっだのだ?﹂ ﹁えっと、一千五百万エンです﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂ ﹁一千五百万、エンです﹂ ﹁そ、それは、真か?﹂ ﹁はい﹂ 別に嘘なんて一つもついていない。 ﹁⋮⋮むぅ﹂ 1309 ﹁ど、どうしました?﹂ 俺は獣王様が溜息を吐いていることに、思わずそう聞く。 ﹁お金が、無い﹂ ﹁え﹂ ﹁まさかそんな大金が必要になるとはおもわなかったのでな、持 ってきていないのだ﹂ ﹁なるほど﹂ ﹁えっと、それなら別に俺はお金とかは要りませんけど﹂ 俺としては、そうすることで同盟がより円滑に進んでくれるので あれば全然構わない。 ﹁む、そ、そうか?﹂ 俺の提案に乗っかってくる獣王様。 俺は頷く。 ﹁⋮⋮⋮⋮やだ﹂ 1310 ﹁え?﹂ その時ニアが、ポツリと呟いた。 ﹁⋮⋮やだ、やだ⋮⋮やだぁ!﹂ ﹁ニ、ニア⋮⋮?﹂ ﹁やだもん! 何で私がご主人様から離れないといけないの!?﹂ ﹁そ、それは少しでも、同盟を進めやすくするためで⋮⋮﹂ 俺はニアの勢いにたじろぐ。 相変わらず、ニアの手は俺の腕を掴んでいるために、離れること も出来ない。 ﹁そんなの知らないもん! せっかく、っせっかく⋮⋮! ご主 人様といれるならって、寂しいの我慢してずっと部屋で待ってたの に⋮⋮! どうして、離れないといけないの⋮⋮どうして、一緒に いちゃ、いけないの⋮⋮!?﹂ ﹁そ、それは⋮⋮﹂ ニアは、泣いていた。 俺の腕を、ギュッと握り締めながら、俺の目を、ジッと見つめな 1311 がら。 ﹁⋮⋮⋮⋮ネスト殿﹂ ﹁え、は、はい﹂ 突然の獣王様の呼びかけに対して、俺は焦りながらもちゃんと応 える。 ﹁その娘の主人は、君だ。これからもずっと。だから、よろしく 頼む﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっと⋮⋮はい﹂ 俺は、獣王様の言葉を、受け止める。 きっと獣王様は、今のニアを見てから、そう言ってくれたのだろ う。 ﹁⋮⋮⋮⋮ニア、ごめん﹂ 酷いことを、言った。 俺はニアの頭を撫でながら、反省する。 ニアの意思を無視して、獣人のもとへと帰ってもらおうとしてい た。 ﹁⋮⋮ごめんな﹂ 1312 俺は、謝り続ける。 俺は、撫で続ける。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮うん、もう、大丈夫﹂ 結局、しばらくした後に、ニアがそう言ってくれるまで、それは 続いた。 ﹁あぁでも、さすがに同盟を結ぶ間くらいは、獣人のところで預 かってもらっていた方が、良いですかね?﹂ 結局ニアはこれからも俺のもとに居ることが決まったが、それで も少しの間くらいなら、獣人のところにいた方が安全だし、良いだ ろう。 ﹁うむ、そうしてくれるというなら、ありがたい﹂ ﹁じゃあ、ニア、それでいい?﹂ さっきと同じ過ちを犯さないためにも、今度はちゃんと確認をす る。 ﹁⋮⋮私あのグリムって人、嫌いなの﹂ ﹁⋮⋮あぁごめん、俺も﹂ 1313 ﹁⋮⋮⋮⋮すまない﹂ 俺は、ニアの言葉に、獣王様がいることをすっかり忘れて同調し てしまう。 しかし獣王様も息子のことはわかっているだろうから、許してく れるだろう。 ﹁ん、ではこういうのはどうじゃ?﹂ 今まで黙っていたエスイックが、声をあげる。 ネスト ﹁その娘は獣人のところで預かってもらう。お主にはその娘につ いて行ってもらって、獣人の護衛ということにする﹂ ﹁おぉ﹂ ﹁⋮⋮まぁそれなら﹂ ニアは相変わらず嫌そうな顔をしているけど、渋々、頷いてくれ る。 俺自身、やはりグリムは嫌いだけど、それでもニアのことをちゃ んと近くで見てあげられるのであれば、それが一番良いのかもしれ ない。 俺は、これからの護衛生活に、少しだけ期待していた。 1314 僕のどこが紳士的じゃないんだ!?︵前書き︶ ブクマ評価感謝です! 1315 僕のどこが紳士的じゃないんだ!? ﹁おう、帰ったぞ!﹂ ガルム 獣王様は、獣人たち一行がいるはずの扉を、勢いよく開け放つ。 ﹁獣王様! ご無事でしたか!﹂ ﹁無事も何も、この国の王と会っていただけだ﹂ 部屋の中に入ると、ぞろぞろと足音が響いてきて、焦ったような 声が聞こえてくる。 身体の大きい獣王様がいるために、こちらからはまだ部屋の中を 窺うことは出来ない。 ただ、それと同じように向こう側からもこちらを窺うことは出来 ないだろう。 ﹁あれほど護衛をつけてください、と言っておいたでしょうに⋮ ⋮﹂ ﹁まぁそう言うな。何かある訳でもあるまいし﹂ ﹁むぅ、それは、まぁ、そうですが⋮⋮﹂ 恐らく獣王様の部下だろう人との会話を、俺とニアは部屋に少し 1316 だけ入ったところで黙って聞いている。 ﹁お、そうだそうだ。皆に紹介しなければいけない者がいたんだ った﹂ ﹁ん、誰かいるのですか?﹂ ﹁あぁ、この者たちだ﹂ 獣王様はそう言うと、その大きな身体を少しだけ横にずらす。 ﹁なっ!?﹂ 俺たち、否、正確には俺を見た獣人たちは驚きの顔を浮かべてい る。 それも仕方ない。 獣王様直々に、人間を自分たちの空間に連れてきたのだ。 驚かない訳がない。 ﹁⋮⋮あ﹂ 部屋の少し奥の方では、他の獣人たちとは違って明らかに嫌そう な顔を浮かべているグリムもいた。 しかし俺のすぐ隣にいるニアを見て、だらしのない顔を浮かべて いる。 1317 ﹁⋮⋮あ、えっと、ネストって言います。今日からお世話になり ます﹂ 獣王様からの目配せを受けた俺は、慌てて自己紹介を済ませる。 本当は護衛としてここにやってきたのだが、それは事前の話し合 いで伏せることになっていたので、俺は適当にごまかす。 俺が護衛だということが周囲に知られれば、もっと別の優秀な人 材を護衛につけろと色々言われる可能性もあったためだ。 ﹁わ、私は、ニアって言います。よろしくお願いします﹂ 俺の服の裾を掴みながら、ニアも簡単な自己紹介を済ませる。 ﹁うむ、では皆もよろしく頼む!﹂ ﹁御意に!﹂ 俺たちに対して不審な目を向けていた獣人たちだったが、獣王様 の一喝で、皆引き締まった表情を浮かべながら、大きな声でそう返 事をしていた。 少なくともこれで俺が獣人に襲われたりなどという可能性はほと んど無くなってくれたことだろう。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ただ一人、グリムだけはニアを見つめながら、未だにだらしのな い顔を浮かべたままだった。 1318 ﹁何でお前がいるんだ!﹂ ﹁そう言われてもなぁ⋮⋮﹂ 俺は今、グリムに呼び出されて中庭までやって来ていた。 因みに中庭には俺たち以外に人はおらず、グリムの声が嫌に響い ている。 ﹁⋮⋮獣王様に連れてこられたんだから仕方ないだろ?﹂ 本当はニアの主人ということが一番の理由なのだが、それは言う ことは出来ない。 でなければニアが未だに奴隷という身分ということで、獣人たち に不快な思いをさせてしまうだろうからだ。 これも獣王様、エスイックと共に事前に話し合った結果だ。 ﹁そんなの断ればいいだけだろう!?﹂ ﹁断れるわけないだろう!?﹂ あまりの乱暴な意見に、俺は思わず大きな声をあげてしまう。 ﹁なぁ、お前ってさ﹂ 1319 ﹁なんだ?﹂ 俺は、いい加減面倒くさくなって来たので、そろそろ話の核心を つきに行く事にした。 ﹁ニアのことが好きなのか?﹂ ﹁なっ!?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 案の定と言うべきか、グリムはその顔一杯を赤く染める。 ﹁⋮⋮まぁそのことについて俺がとやかく言えるわけじゃないけ どさ、好きになってもらいたいならせめてもっと紳士的なところを 見せたほうがいいと思うぞ?﹂ ニアからしてみれば、グリムはただの乱暴者にしか見えないだろ う。 それでは実るかもしれない片思いも、実るはずがない。 ﹁ふん! 僕のどこが紳士的じゃないんだ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂ あぁ、ダメだこれ。 俺はあまりのグリムの重症さに思わずため息を吐く。 1320 本人にその自覚がないというなら、それを俺が何か出来るわけじ ゃない。 ﹁む! なんだそのため息は!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂ あぁ、本当、これはどうしたらいいんだろう。 俺はグリムにバレないようにもう一度、小さくため息を吐いた。 1321 黒マントを着ない︵前書き︶ ブクマ評価、感謝ですm︵︳ ︳︶m 1322 黒マントを着ない ﹁うわぁ、人多いなぁ⋮⋮﹂ 俺は目の前の、たくさんの人達に思わずそう呟く。 今日は、待ちに待った武闘大会がある日だ。 本来であれば、もう少し前に開催されていたはずだったのだが、 獣人との戦争だったりで、少し延期されてしまっていたのだ。 そんな武闘大会だが、どうやらこれまでには無いほどの盛り上が りを見せているらしい。 それもそのはず。 今回の武闘大会では、優勝者を含む、成績優秀者には、獣人と魔 族との親善試合に参加してもらうことが決まっている。 そんな種族の壁を超えた親善試合に出れるとなっては、周りから の評価もぐんと上がることだろう。 参加者の総数も、歴代の武闘大会で一位二位を争うほどのようだ。 ﹁おぉ、人がゴミのようだ﹂ ﹁おいやめろ﹂ 1323 俺はすぐ隣でとんでもない発言をするグリムの頭をはたく。 これまでずっと獣人たちと一緒に過ごしてきて、グリムとも少し は打ち解けた気がする。 もちろん今でも生意気なことには変わりないが、それでもことニ アのことに関してのアドバイスをすると途端に大人しくなるから面 白い。 それでも未だにニアにとってのグリムの第一印象が抜けないのか、 様々なアプローチがことごとく失敗に終わっているのだが⋮⋮。 ﹁⋮⋮よし、じゃあ俺たちも自分の席に戻るか﹂ 今回俺は、治療員としては参加しない。 当初は、治療員として参加する予定だったが、今、回復魔法が使 えない俺が治療員として参加したところで何の意味もない。 そして、獣人の護衛という立場ということもあって、今回はグリ ムたちと共に武闘大会を観戦することになっているという訳だ。 ﹁私ここに座る﹂ ﹁ん、ニア﹂ 自分たちの席に、グリム、俺という順で座っていると、俺のもう 片方の空いている隣の席に、ニアがすっとやって来る。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 1324 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 隣からの圧力が半端ないです。 確かに今、グリム、俺、ニアというおかしな順番で席に座ってい て、グリムとしては不満なのだろう。 直ぐにでもグリムと場所を変わっては良いと思っているのだが、 ニアが俺の手をがっしりと掴んでいて、離してくれなさそうにない。 どれだけグリムのことが苦手なのだろうか⋮⋮。 そしてそんな俺の手を見たグリムがまたもや不機嫌になる。 とてつもない悪循環だ。 ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂ 試合が始まってくれたら、きっとそちらに注意が向いてくれるは ずだ。 俺は、一刻も早く、武闘大会が始まってくれないか、と切に願っ た。 ﹁⋮⋮おぉ、今の人すごいなぁ⋮⋮?﹂ 1325 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 結果、何も変わりませんでした。 武闘大会が始まってから、既に何試合も過ぎた。 それなのに、相変わらずグリムは不機嫌なままで、ニアも俺の手 を握り締めたままだ。 とんでもなく気まずい。 ﹁⋮⋮⋮⋮ん?﹂ 誰かこの状態から助けてくれないかと途方にくれていたとき、そ いつは現れた。 ﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂ 試合の会場に現れたのは、漆黒のマント。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 会場が静寂に包まれる。 一体あれは、誰なんだろうか。 少なくとも、俺ではないことは確かだ。 1326 ﹁⋮⋮⋮⋮は?﹂ その時、漆黒のマントの試合相手であるもう一人が、会場にやっ て来る。 、 そいつも、漆黒のマントだった。 ﹁⋮⋮⋮⋮あぁ、うん﹂ その瞬間、察した。 この人たち、馬鹿なんだろうな、って。 ﹁⋮⋮⋮⋮少しトイレ行ってくる﹂ ﹁ん?﹂ ﹁え?﹂ 二人が驚いたような顔を向けてくるが、俺は止まらない。 さすがに、これは、きつい。 まさかエスイックのように、漆黒の救世主を真似る人たちが出て くるとは、思わなかった。 ﹁うぉぉぉぉおおおおおお﹂ そして観客たちは、突然に現れた頭のおかしい人たちに対して、 大きな盛り上がりを見せている。 1327 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 逆に俺はすっかり冷め切ってしまって、一人で会場から少しだけ 離れた。 ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂ それにしても、もしかしてこの後も、あんな風に漆黒のマントが 出てきたりするのだろうか。 今回の試合で偶然二人が重なっただけだということを、信じたい ﹁うぉぉぉぉぉおおおおお!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ すぐ近くから、エスイックが叫んでいる声が聞こえてくる。 ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂ もうちょっと威厳のある姿を見せなくていいのだろうか、と俺は 小さくため息を吐いた。 ﹁⋮⋮⋮⋮おい、これ何回目だ?﹂ ようやく俺も落ち着いて、自分の席へ戻っていた。 1328 隣の二人は相変わらずのままだ。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そして俺の質問に答える人は、誰もいない。 でも、俺はその答えを既に知っている。 九人目だ。 今日、武闘大会の中で漆黒のマントを羽織って出てきた選手の数 だ。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 一体どうしてこんなことになってしまったんだろうか。 まぁそれはもしかしなくても、獣人との戦争の時に、俺が漆黒の 救世主として戦争を止めたからだろう。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 別に、そのことに関して何か後悔をしているわけではない。 ちゃんと戦争は止めることができて、喜ぶべきことなのだ。 でも、一つだけ言わせて欲しい。 これからしばらくは、黒マントは着ない、絶対に。 1329 黒マントを着ない︵後書き︶ http://ncode.syosetu.com/n758 7dj/ 短編投稿しました。 1330 黒マントを羽織っている馬鹿 ﹁おいおい、まじかぁ⋮⋮﹂ 俺は今、謁見の間にいる。 ただいつもと違うのは、今回は謁見する側ではなく、王様の近く で控えているということだ。 昨日、武闘大会は無事に終了した。 そして今日はその成績優秀者五名が、国王様に謁見している真っ 最中なのだ。 しかし一つだけ問題がある。 その問題のせいで俺だけでなく、その場にいるほとんどの人が困 惑を隠しきれていない。 成績優秀者、その五名の中に、いるのだ。 黒のマントを羽織っている馬鹿が。 いやいやちょっと待て。 一体どうしてこうなった。 俺はここ数日に渡って執り行われた武闘大会のことを思い出して 1331 みる。 まず黒マントを着て出場しているやつは他にもいた。 ただその中で一人だけが順調に勝ち進み、一回の敗北もなく成績 優秀者に選ばれてしまったのだ。 今この場にいる人の中で、本当の漆黒の救世主の正体を知ってい るのは恐らく二人だけ。 俺と国王であるエスイックだけだ。 他にも知っているひとは数人いるが、その人たちは今この場には いない。 そして今回、目の前にいる漆黒の救世主を模した誰かは、かなり の実力を見せてしまった。 つまり、この場にいるほとんどの人が目の前の黒マントを、本物 の漆黒の救世主として見てしまっているのだろう。 中には目を輝かせている人もいるから恐ろしい。 ただこの場で﹁俺が本物だ!﹂といったところでそれを証明する 手立てがない。 今のところ俺は回復魔法が使えない。 というかこれから使えるかも正直分からない。 1332 もちろんエスイックが何か口添えしてくれるかもしれないが、そ れでも心から俺が本物だと信用してくれる人は少ないだろう。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そこで気が付いた。 何で俺は漆黒の救世主であることを他の人に知ってもらおうとし ていたのだろうか。 特に目立ちたいわけではないというのに。 そこまで考えて、考えるのをやめた。 今考えるべきなのはもっと別のことだろう。 目の前の黒マントを着ているのは一体だれかということだ。 もしかして俺が知っている人なのか、それともはたまた、俺の全 く知らない人なのか。 どうにかして知る手段はないだろうか。 ﹁⋮⋮⋮⋮うん、ないな﹂ 早々に諦めた。 やはりここは大人しくしておいた方がよさそうだ。 俺はそれからエスイックの近くで控えながら、事が進むのを待ち 1333 続けた。 謁見が終わり、部屋からぞろぞろと人が出て行く。 そして残されたのはエスイックと俺の二人。 事情が分かっているからこそ、静寂がその場を支配する。 ﹁⋮⋮なぁ﹂ 俺は小さく声をかける。 ﹁さっきの五人って、人間の代表として戦ったりするんだよな⋮⋮ ?﹂ さっきからずっと考えていたことを、聞いてみる。 ﹁あぁ、そうだ。それぞれの種族が五人ずつ出し合って交互に戦っ ていく予定だ﹂ ﹁だよなぁ⋮⋮﹂ 思わずそんな声がでる。 そうなのだ。 ただでさえ目立っている漆黒の救世主の偽物は、これからもっと 1334 目立つ予定なのだ。 さすがにそれはまずい。 あまり人目に映らない状態で行動していた俺だったが、それでも ここ最近では、漆黒の救世主の噂をよく耳にしたりする。 あれは死ぬほど恥ずかしい。 それが、人目に映るところで、さらに活躍でもしてみろ。 街中、都中で、その噂で持ちきりになるだろう。 そんなことになったりしたら、きっと俺は恥ずかしさで死んでし まう。 それだけは何とかして避けたいところだ。 ﹁これで皆も漆黒の救世主の凄さを味あわせることができるな!﹂ ﹁なんでだよ!?﹂ 思わず怒鳴ってしまう。 ﹁だってこのお陰で皆からの支持が高まるではないか!﹂ ﹁嬉しくねぇよ!?﹂ ﹁自分のことなのにか!?﹂ 1335 ﹁それ俺じゃねぇええええええええ!!﹂ 一体エスイックは何を考えているのだろうか。 俺の言葉に対して﹁おぉそうだった﹂などと頷いているし、ちゃ んと考えてくれているのだろうか。 正直心配で仕方がない。 ﹁なぁ、ちゃんとあまり目立たないようにしてくれよ?﹂ ﹁うむ、わかった﹂ しかしやはり現状で頼れるのはエスイックただ一人。 今回はどうにかしてもらうしかないだろう。 ただ、自分でも何かできることがあればやっていくつもりだ。 それは少しずつでも考えていこう。 ﹁あ、そういえばだが﹂ ﹁ん?﹂ 思い出したように口を開くエスイック。 ﹁数日後に、私と魔王と獣王で話をすることがあるから、皆のこと を見てやっててくれ。私たちの方に護衛がたくさん来るので、そち らが手薄になってしまうのだ﹂ 1336 ﹁ん、そういうことなら﹂ こちらも色んなことを頼んでいる身だ。 少しくらい言うことを聞かなければ、申し訳ない。 確かに俺は回復魔法が使えない だからといって、色んなものを切れなくなったりしたわけでもな い。 それだけでもある程度の敵であれば対処できるはずだ。 それにエスイックたちの話がそんなに長くなるとも思えない。 長くても半日ほどで終わってくれるだろう。 たったそれだけの間に、ルナたちが誰かに襲われる可能性のほう が小さい。 ﹁ではまた改めて詳しいことは教える﹂ ﹁了解。じゃあ俺は獣人たちのとこに戻るから﹂ 俺はエスイックに小さく手を振ると、皆の出ていった扉をゆっく りと開けた。 1337 黒マントを羽織っている馬鹿︵後書き︶ 長い間更新停止しており申し訳ないです⋮⋮ ようやく私事も少しずつ落ち着いてきたので、また更新していこう と思います。 よろしくお願いします。 気晴らしに書いてた新作もあげておきます。 http://ncode.syosetu.com/ 本当、長い間申し訳ありませんでしたm︵︳︳︶m 新作1: n5367dl/ ﹃ 僕らの恋は、画面の中で。﹄ 新作2:http://ncode.syosetu.com/n 5374dl/ ﹃ Re:birth ﹄ 突発的に書き始めた新作3:http://ncode.syos etu.com/n5405dl/ ﹃召喚されてペットになったけど、魔王様が可愛いです﹄ 1338 力が欲しくないか?︵前書き︶ ブクマ評価感謝です!! 1339 力が欲しくないか? ﹁ったく、勝手に人の振りしやがって﹂ 長い廊下で一人悪態を吐く。 武闘大会で負けてくれる分には俺には一向にかまわない。 しかしまさか勝ってしまうなんて⋮⋮夢にも思わなかった。 武闘大会で勝ち残って成績優秀者になるような奴だ。 もしかしなくても相当な実力を兼ね備えていると思っていい。 もしかしたら俺よりも強いなんていう可能性だってあるくらいな のだ。 ただそれでも何時か、あいつは殴る。 俺は先ほどの黒マントのことを思い出しつつ、ぎゅっと拳を握り しめ心にそう誓った。 もちろん、殴るときは本気で、だ。 ﹁そういえば獣人たちの代表って誰なんだ?﹂ 1340 今日も中庭で獣人たちと、特にグリムと二人で一緒に木陰に座っ ている。 因みに今日はニアはいない。 どうにもグリムとは出来る限り話したくないらしい。 これはグリムの恋も実りそうにないな⋮⋮。 俺は哀れみの目でグリムに視線を向けつつ、聞きたいことがあっ たので聞いてみる。 それは代表者のことだ。 人間たちの代表は武闘大会を通して選ばれたが、獣人たちがどう なっているかまでは分からない。 ﹁僕たちの代表は、あいつらだぞ?﹂ グリムが視線で示すのは、中庭でちょっとした訓練のようなもの をしている獣人一行の皆だった。 ﹁あぁ、なんだ。あの人たちが代表なのか﹂ 確かによく考えてみれば、代表に選ばれたからこそこうやって、 こんなところまでやってきているだろう。 獣王様とグリムはまだ仕方ないとして、他の人たちにはそれ以外 についてくる理由がない。 1341 ﹁あいつらは強いぞ?﹂ 別に自分が強いでもないのに、得意顔でそう言ってくるグリム。 そんなこと言われなくても分かってる。 代表としてここにやってくるくらいなのだから、かなりの実力者 であることはまず間違いない。 ﹁そういえばお前たちも代表者が決まったんだったか?﹂ ﹁あぁ、武闘大会での成績優秀者たちが今日も集められてたよ﹂ 俺は偽の﹃漆黒の救世主﹄のことを思い出す。 いやなことを思い出してしまったと思わず後悔するがもう遅い。 ﹁確か黒マントを着た奴がいなかったか?﹂ ﹁い、いるな﹂ その時グリムがそんなことを聞いてくる。 折角忘れようと頑張っているのに、水を差すんだ。 文句を言ってやろうと思ったが、お門違いだと反省する。 ﹁いつかの戦争を止めたやつと姿が同じだったと聞くがそれは本当 か?﹂ 1342 いつになく真剣な顔をしたグリムが俺に顔を近づけてくる。 ﹁ら、らしいな﹂ ﹁ふむ、一度会ってみたいな﹂ 俺の答えにグリムは小さくそう呟く。 ﹁グリムにしては珍しく熱心だな﹂ ﹁失礼な。戦争を止めるだけの力に興味があっただけだ。力とはそ れだけで尊ばれるものだからな﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ まさかここで、戦争を止めたのは自分ですなんて言うわけにもい かない。 ましてや成績優秀者として選ばれた代表者が偽物ですなんて言え るわけもない。 今の俺にはそれを証明する力はないし、それにしようとも思って いないのだ。 ﹁グリムは力が好きなのか?﹂ ﹁あぁ、好きだ。そして手に入れたいものだ﹂ ﹁そっか﹂ 1343 あまりに素直な答えに思わずたじろぐ。 今までグリムは態度も悪くクソ生意気なやつだとほとんど思って いたが、こうして真っすぐに力を求める姿は素直に好感が持てなく もない。 ﹁お前は力が欲しくないのか?﹂ 今度は逆にそう尋ねられる。 ﹁⋮⋮うーん﹂ 俺はグリムに見つめられながら考える。 力、か。 欲しいか欲しくないかと聞かれれば、もちろん一人の男として力 が欲しい。 ただ今回、そうやって力を欲しがった結果がこれだ。 それを考えてみれば、素直な気持ちで力が欲しいか欲しくないか を選ぶことは出来ない。 今度力を願えば、もっとひどい代償が待っているんじゃないか。 そう考えると、恐ろしくてたまらない。 しかしこんな答えではグリムは納得してくれないだろう。 1344 きっとまた雑魚だとか何だとか言われる未来が簡単に想像できる。 ﹁グリムー、お前も練習するぞー﹂ その時、偶然にも簡単な訓練をこなしてた一人がグリムに声をか ける。 ﹁分かった﹂ グリムは特にこれと言って気にした様子もなく、呼ばれた方へと 走り去っていってくれた。 ﹁力、ねぇ﹂ 結局のところ、俺はどうしたいのだろう。 回復魔法は使えるなら、もう一度使いたい。 でも、別に今使わなくちゃいけない時でもないのに、そんなこと を軽々しく願ってもいいのだろうか。 現に今、一生懸命もう一度回復魔法を覚えようとしているのに、 全くと言っていいほど成果が無い。 力が欲しい。 そう願うにはあまりにも平和すぎて、俺は思わず芝生に寝転がっ 1345 た。 1346 力が欲しくないか?︵後書き︶ 現代恋愛ものの新作:http://ncode.syosetu. http://ncode.syosetu.c com/n5367dl/ ペットライフ: om/n5405dl/ 1347 一時撤退ッスね︵前書き︶ 結構間が空いてしまって申し訳ないです。 次の更新も出来るだけ早く出来るように頑張ります⋮⋮! ブクマ評価感謝です! 1348 一時撤退ッスね ﹁うーん、風が気持ちいいなぁ﹂ 俺は今、少し久しぶりに都の外へやって来ていた。 何故かというと回復魔法使いの練習のためだ。 城の中ですればいいのではないかと思うかもしれないが、それじ ゃだめなのである。 なぜならルナがいるからだ。 自分で傷をつけて治療の練習をしようとするとルナに怒られてし まう。 しかも結構ガチで。 それはちょっと遠慮したいところなので、こうやってわざわざ都 の外へやってきているのである。 ﹁まぁ最初は肩慣らしにゴブリンとかでも倒そうかな﹂ ここまで来たのも久しぶりだし、ちょうどいい。 最近やってなかった戦いの訓練もしたらいいだろう。 幸い、都の外に出てからちらちらとゴブリンも見かけている。 1349 探すのに困ることもないはずだ。 俺は近くに落ちていた棒を一本拾い、辺りを見渡す。 ちょうど良いところにゴブリンが一匹。 俺は腰を軽く落とす。 そして勢いよく立ち上がり、駆け出す。 ﹁︱︱︱︱ッ!?﹂ ゴブリンまであと少しのとき、俺は突然飛んできた何かにほとん ど無意識で身体を逸らす。 ﹁⋮⋮!?﹂ 慌てて、避けたところを見てみると、そこには一本のナイフが地 面に突き刺さっている。 急に投げられてきたナイフは、もし避けていなかったら俺の身体 に当たっていたのはほぼ間違いないだろう。 今俺は回復魔法が使えない。 もしその状況でそんなことになってしまえば、一体どうなってい たことか、考えるだけで恐ろしい。 ﹁誰がこんなことを﹂ 1350 俺は誰に言うでもなく、ただ呟く。 しかしその問の答えはすぐに分かった。 ﹁⋮⋮﹂ そこにいたのは、漆黒の黒マントを羽織った﹃漆黒の救世主﹄だ った。 別に確証があるわけじゃないが、それがなんとなく武闘大会を勝 ち残った﹃漆黒の救世主﹄であることが分かった。 妙に落ち着いた立ち振る舞い、さっきのナイフの投擲の正確さ。 他のどこをとっても、とても素人とは思えない。 ﹁お前が噂の、漆黒の救世主なのか⋮⋮?﹂ 俺は、顔の見えない相手を見ながらそう聞く。 偽の漆黒の救世主に、一度は聞いてみたかったやつだ。 一体どういう気持ちでそんなことをしているのか、純粋に憧れな のか、知りたかった。 ﹃漆黒の救世主は、お前だろ?﹄ 1351 ﹁ッ!?﹂ 俺は、目の前の漆黒の救世主の発した言葉に目を見開いた。 一体どうしてこいつはこのことを知っているのか、全くわからな い。 それを知っているのはごく限られた人数だけなはずなのに、目の 前の漆黒の救世主を演じている奴は、いったい誰なんだ。 ﹁⋮⋮ッ﹂ その瞬間、漆黒の救世主がこちらへ駆けてくる。 物凄いスピードだ。 俺はほとんど条件反射で身体を横に逸らし、持っていた棒を振り かぶる。 ﹁くっ⋮⋮!﹂ しかしどうやら相手が隠し持っていたらしいナイフが横腹を掠り、 痛みがやってくる。 多くはないが、服が確かに血で染まりだす。 けれど、何も出来なかったわけじゃない。 1352 何とかすれ違った瞬間に、相手の顔を露わにすることが出来た。 ﹁なっ⋮お前⋮!?﹂ すれ違い振り返った先、そこには思いもよらない人物が立ってい た。 そこにいたのは、以前一度剣を交わしたことのあるヴァイスだっ た。 今までどこにいたのか、何をしていたのかも全くわからない。 本当に、何の前触れもなかった。 ﹁あちゃー、まさかバレるとは思わなかったッス。今回は一時撤退 ッスね﹂ ヴァイスは特にそれ以上何か言うでもなく、ただ淡々と背を向け る。 ﹁ち、ちょっと⋮⋮くっ!?﹂ こんなところで出会ってそう簡単に逃がすかと思い、何とかヴァ イスを止めようと試みるが、足に痛みが走る。 何かと思い見てみると、いつの間にやられていたのか太もものあ たりに短剣が刺さっていた。 痛みに気を取られたその一瞬、視線を戻した先にはもうヴァイス はいなかった。 1353 ﹁⋮⋮﹂ 思わず拳を握りしめる。 もっと上手くやっていれば、ヴァイスを捕まえることが出来たか もしれないのに。 でも、恐らくヴァイスはまた俺の前にやってくるだろう。 漆黒の救世主として。 きっと何か目的があるから、わざわざ武闘大会にも参加したのだ ろうし。 もし武闘大会を勝ち残った漆黒の救世主がヴァイスだったなら、 またやってくるのは、ほぼ間違いない。 捕まえるのは、またその時で良いだろう。 俺は血が流れないよう、刺されたところを手で押さえながら城へ 帰り始めた。 城へ帰り着いたらまず、怪我の治療をしなくてはならない。 俺は怪我したところをもう一度確かめ、顔をしかめる。 横腹のところは大したことはない。 1354 ただ、太ももの怪我が短剣を刺されただけあって、結構深い。 そして凄く痛い。 これはまずいことになってしまった。 もしの場合でも小さな怪我くらいしかしないと思っていたので、 トルエにお願いすればいいと思っていたのだが、ここまで大きい怪 我となるとトルエの回復魔法では治療しきれないだろう。 止血は出来たとしても、完全に怪我が治るまで痛みは伴うはずだ。 これはもう、諦めるしかない。 俺は大人しくルナに怒られにいくのだった。 これも全部、ヴァイスのせいだ。 絶対許さねぇ⋮⋮! 1355 あ、美味しい。︵前書き︶ ギリギリ28日セーフ。 ブクマ評価ありがとうございます!! 1356 あ、美味しい。 ﹁それにしてもヴァイスはどうしてこんなことを⋮⋮?﹂ とりあえず、大会で勝ち残った漆黒の救世主はヴァイスである可 能性は高い。 それは戦いのときの動き方なんかもそうだが、大会の通過組とし て漆黒の救世主に用意されていた部屋には誰もいなかったのだ。 荷物も含めて全て、である。 聞くところによると今朝がたまでは普通に黒マントを着て生活し ていたらしいので、大方、黒マントを着たままの生活が面倒になっ たのだろう。 それで城の外に出たタイミングが偶然俺と一緒だったとしか考え ようがない。 まぁでも、あの時どうしていきなり攻撃をしかけてきたのかはよ く分からないが⋮⋮。 初め俺はヴァイスの気配には全く気付いていなかった。 攻撃されていなかったらそのままやり過ごすことだって出来ただ ろう。 それなのにわざわざ攻撃をしかけてきたかと思うと、急にどこか 1357 へと行ってしまった。 一体どういう思惑だったのだろうか。 そしてどうして、漆黒の救世主に化けてまで武闘大会を勝ち進ん だのだろうか。 ﹁⋮⋮﹂ 思い当たる節としては、ここには今三種族の王がいる。 国王、魔王、獣王。 その三人がいるこのタイミングでというのは、どうにも引っかか る。 前回は国王様が一人で街にやってきていたから危機に陥ったもの の、今回はたくさんの護衛がついている。 そしてそれは他の二人の王様も同じだろう。 さらに魔王様と獣王様はかなりの手練れと聞く。 ヴァイスで太刀打ちできるかどうか聞かれれば、恐らく無理だろ う。 では一体何を狙っているのか、分からない。 ﹁⋮⋮⋮⋮俺か?﹂ 1358 適当にそんなことを言ってみるが、さすがにそれはないだろうと 俺は頭を振る。 しかしさっぱり分からない。 これはどうするべきなのだろうか。 ﹁国王様たちには伝えないほうが良いよな⋮⋮?﹂ 俺は今日ヴァイスに会ったことを誰にも言ってない。 治療してもらった聖女にも、ゴブリンにやられたなどと言って誤 魔化しておいた。 まぁその結果しばらく外出禁止です! と怒られたのだが⋮⋮。 どちらにせよ、今このことを誰かに伝えるのはまだ早い。 そんなことを言って混乱を招くのはあまり良い手ではないだろう。 まだ今の段階では、ヴァイスが本当に漆黒の救世主であるかも、 可能性の中での話でしかないのだ。 せっかくの三つの種族がこうして平和にやっている中で、問題は 起こしたくない。 ﹁⋮⋮やっぱり黙っているか﹂ 結局そうすることに決めた俺は、まだ少しだけ痛む治療の跡をさ すりながら部屋へ戻った。 1359 ﹁ほらネストさん、今日は大人しくしていてもらいますからね!﹂ 俺は今、ルナに引っ張られながら城の中を回っている。 因みに護衛に行くのも許してもらえなかったので、渋々休みを貰 った。 ﹁はーい﹂ 俺の手を引いてずんずんと進むルナは異様にテンションが高い気 がする。 一体何をするつもりなのだろうか。 しばらくすると一つの部屋の前まで連れてこられる。 ルナに連れられてその部屋に入ると、何の部屋なのかは明らかだ った。 そこはキッチンだ。 綺麗に整頓されたその部屋は、恐らく城で出される料理を作って いるところなのだろうと容易に想像できる。 ﹁それにしてもたくさんあるなぁ﹂ 見えるだけでも何十本と包丁や、その他の料理器具がある。 1360 中には初めて見るものまであり、どんな風に使うのか分からない ものもあるほどだ。 ﹁⋮⋮それで、今日はここで何を?﹂ 突然こんなところに連れてきて、何をするつもりなのだろうか。 まさか一緒に料理をするでもあるまいし。 ﹁一緒に料理の練習をしようと思いまして!﹂ そのまさかだった。 ﹁お父様がそれ以外で包丁を持つのは許してくれなくて⋮⋮﹂ 確かに以前俺はルナに料理を教えたことがあるが、まさか今更も う一度一緒に料理をする羽目になるとは。 さてはルナ、危ないことはさせないというのは口実で、一緒に料 理の練習をする機会を窺っていたな⋮⋮!? しかしここまで来たらなんとやらだ。 ルナが以前よりも美味しい料理を作れるように、頑張ってみるか。 俺はひとしきり材料の揃った厨房を見渡しながら、食材を選んで いく。 今回作るのは肉野菜炒めだ。 1361 これなら、ルナにとってもそこまで難しくはない。 そして味付け次第で色々な応用もきくので便利だ。 俺は早速ルナと一緒に、料理に取り掛かった。 因みに、ルナが一人で作り上げた肉野菜炒めを国王様へ持ってい くと、これから一人でもキッチンを使ってもいいという許可がおり た。 これで次からは別に俺と一緒じゃなくていいはずだ。 しかし、喜びながらルナにそう伝えると、どういうわけか不機嫌 になり色々文句を言いながらどこかへ行ってしまった。 一体どうしたというのだろうか。 俺は自分で作った肉野菜炒めを頬張りながら、首を傾げた。 あ、美味しい。 1362 あ、美味しい。︵後書き︶ http://ncode.syosetu.com/n2704 do/ ﹃絵師無双∼僕の描く絵に命が宿る∼﹄ 新作です。 是非一読ください。 1363 少しだけ怖い︵前書き︶ ブクマ評価感謝です! 1364 少しだけ怖い ﹁そういえば、近々会談をすることになってるんだ﹂ ﹁会談?﹂ 城の中で国王様とすれ違った時に、ふと声をかけられる。 突然のことに驚きはしたが、それよりも内容の方が気になった。 ﹁国王三人だけで、これからの種族同士の関係について話す予定だ﹂ 国王様は思い出したように言うが、かなり重要なことだろう。 ﹁それって大丈夫なのか?﹂ 俺が言っているのは安全面に関して、だ。 今回、恐らく都にはヴァイスがいる。 もちろん今現在に、城にいるかは分からないが、その可能性だっ て少なからずある。 そんな状態で国王三人で会談なんてしたら、狙われてしまうので はないだろうか。 ﹁それは大丈夫だ﹂ 1365 俺の言葉の意味を理解してくれたのか、国王様はそう言う。 ﹁私はまだしも獣王と魔王は腕が立つからな﹂ ﹁なるほど﹂ 言われて思い出したが、魔王様が強いことは覚えている。 獣王様もかなりの力を持っていると聞いた。 確かにその二人が一緒にいるならば、国王様の安全も大丈夫だろ う。 そこらの護衛なんてつけても逆に邪魔になるのは分かり切ってい る。 ﹁うーん⋮⋮﹂ ﹁どうしたんだ?﹂ 俺はヴァイスのことを考える。 確かに獣王と魔王は強いし、きっと大丈夫だろう。 ここでヴァイスのことを言って、変に心配させすぎるのも良くな いかもしれない。 ﹁⋮⋮いや、何でもない﹂ 結局俺はヴァイスの言うのはやめておいた。 1366 そもそも俺の勘違いかもしれないし、可能性の話をするのはあま り良くない。 ﹁ん、そうか?﹂ 国王様は俺の反応に若干首を傾げていたが、それ以上追及してく ることはなかった。 ﹁因みに、このことは一応極秘のことだから内密に頼む﹂ ﹁り、了解﹂ じゃあなんでこんな廊下で話した、と突っ込むのはやめておこう。 ﹁うーん、やっぱ言えばよかったかなぁ⋮⋮﹂ 俺はそれからしばらくたった後ベッドに横になりながら、未だに ヴァイスのことを伝えるべきだったのか悩んでいた。 いくら可能性の話だったとは言え、せめてヴァイスと会ったこと くらいは言っておくべきだっただろうか⋮⋮。 しかし折角これからの三種族の未来について話し合うって時に、 無駄な心配をさせたくないというのも分かってほしい。 ﹁どうしたのー?﹂ 1367 ﹁うおっ!?﹂ いきなり布団から出てきたのはリリィ。 いつの間に潜り込んでいたのか分からないが、全く気付かなかっ た。 リリィは俺が悩んでいると、首を傾げる。 ﹁そんなこわい顔しちゃだーめだよ?﹂ リリィは俺の頬を軽くパチンと挟み、顔を近づけてくる。 ﹁あ、ありがと﹂ 俺は思わずたじろぐ。 リリィが可愛すぎるのだ。 本当に可愛い、これはやばい。 俺は可愛い顔のリリィの頭を撫でる。 てぐし やわらかい髪を手櫛してあげると、気持ちよさそうに目を細める。 その流れでほっぺたに手をやると、ふにふにしていてとても気持 ちいい。 この気持ちよさをどう表現すればいいんだろうか。 1368 ただ、ずっと触っていたいと思えるふにふにの気持ちよさだ。 ﹁むー? 元気出たー?﹂ そんなことを考えていると、リリィがぱっちりと目を開き、そう 聞いてくる。 これがまた可愛い。 ﹁出た出た、ちょー出た!﹂ ヴァイスのことは結局答えは出ていないが、これ以上考えても仕 方ないだろう。 俺は、暗くなっていく部屋の中でリリィの可愛さに癒される。 ベッドはリリィがいるせいで少し狭く、落とされないように身体 を中央に寄せている。 すると必然的にリリィとは身体がかなり触れ合ってしまうわけで。 リリィの心臓の音が聞こえる。 いつも元気だからか、その鼓動は少しだけ早い。 俺がリリィの頭を撫で続けていると、リリィは俺の身体をぎゅっ と抱きしめる。 身体が痛くならないように気を付けてくれているのか、その力は 普段のリリィの力から考えるととても優しい。 1369 そんな気を遣ってくれるリリィの優しさに思わず嬉しくなる。 以前、リリィを魔王城から連れ戻してきたときのことを思い出す と、本当に良かったと思う。 今ここにリリィがいなかったら、どうなっていたんだろう。 というよりも、リリィだけじゃなく、俺の周りにいる人たちのう ちの誰かが欠けていたどうなっていたんだろう。 そう考えると少しだけ怖い。 出来るならこれからもずっと、一緒にいられたらいい。 そのためにはまず、種族間の隔たりを無くさなくてはならないの だ。 それが一番重要で、一番難しい。 ヴァイスがどうしてこんなところにいるのかは、やっぱり分から ないけれど、その邪魔だけはさせるつもりはない。 それは俺が回復魔法が使えるとか使えないとかそんなことは関係 ない。 会談しているところを邪魔しようとするなら、どうにかしてでも 止める。 俺は、眠たそうに目蓋を閉じていくリリィの頭を撫でながら、密 1370 かにそう決意した。 1371 少しだけ怖い︵後書き︶ 新作﹃絵師無双∼僕の描く絵に命が宿る∼﹄ 投稿してます。 是非一読ください。 http://ncode.syosetu.com/n2704 do/ 1372 すんごい︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 1373 すんごい ﹁おいお前、今暇かっ?﹂ ﹁ん、特に用事とかはないけどどうしたんだ?﹂ 俺は少しだけ久しぶりに獣人の護衛としてグリムのところへやっ て来ていた。 俺たちは今中庭でくつろいでいたのだが、突然グリムが声をかけ てくる。 しかも何やら興奮気味だ。 ﹁ちょっとすんごいの思いついたからそれを試そうと思ったんだ! 付き合ってくれ!﹂ ﹁はぁ?﹂ そう言いながら木剣を渡してくるグリム。 一体何を考えているのだろう。 しかし本当に特にすることもなく、ちょうど暇していたところだ ったので、案外タイミングは良かったかもしれない。 俺は暇つぶしに付き合ってやることにする。 1374 ﹁それで凄いのってなんだ?﹂ ﹁凄いんじゃない! すんごいんだ!!﹂ ﹁あ、はい﹂ 本当に意味の分からないことを言っているが、まぁそこは触れな いで置いてあげよう。 大人な対応ってやつかな? ﹁じゃあ構えておいてくれ﹂ ﹁了解﹂ 俺はグリムの指示通り、いつ何をされても対応できるように構え ておく。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ グリムはいつもの雰囲気とは違って真剣そのもの。 そして腰を低く卸している。 これは本当にすんごいのが来てしまいそうだ。 ﹁⋮⋮はぁっ!!﹂ すると次の瞬間グリムが大きく跳躍する。 1375 ほとんど天井すれすれまで跳んでいるんじゃないだろうか。 ﹁ジャイアントスマァァァァァァァッッッッシュうううううううう ッッ!!!!﹂ ﹁!!??﹂ グリムは大きく何かを叫びながら剣を振り下ろしてくる。 思わず反応してしまいそうになるが俺が何かを切ろうとしたらこ んな木剣じゃなくても木の棒で十分にグリムを切ってしまいそうだ。 かといってそのまま受けてしまえばこちらの木剣が折れてしまう だろうし⋮⋮。 結局俺は普通に避けることにした。 というのも正直それが一番楽で簡単だった。 グリムの今の攻撃は威力こそ凄そうではあったものの、大振り過 ぎてもはや当たる方が難しいのではないだろうか。 ﹁なぁぁぁぁぁぁ!!??﹂ 避けられることを想定していなかったのかグリムはその勢いのま ま地面に激突する。 中庭には大きな土埃が起こり、視界が悪くなる。 1376 もしかしたらこのまま連続攻撃が来るかもしれないと念のために 用心しながら土埃が収まるのを待つ。 しかし結局その後グリムは襲い掛かってこない。 そしてそのまま土埃が収まったかと思うと、グリムは地面に座っ ている。 確かにすんごいと思っていた技があんな簡単に避けられたら、あ ぁなってしまうのも無理はない。 今はそってしておいたほうが良いだろう。 俺はグリムを一人にするために中庭から出ようとする。 ﹁お、おい。ちょっと待ってくれ﹂ ﹁⋮⋮?﹂ しかしグリムはそんな俺の気遣いを知ってか知らずか声をかけて くる。 振り返ってみるとグリムは以前地面に座り込んだままだ。 ﹁どうしたんだよ﹂ 俺は一向にこちらを向こうとしないグリムを不審に思い近寄って みる。 ﹁うわっ!?﹂ 1377 するとグリムは突然俺の腰辺りをがしっと掴んでくる。 もしかして罠だったのか!? 俺は咄嗟にグリムを突き飛ばそうとする。 ﹁あ、あ、足挫いた﹂ ﹁⋮⋮は?﹂ ﹁さっきので高く跳び過ぎた⋮⋮﹂ ﹁グリムお前、すんごいな﹂ 俺はルナのところまでグリムを担いで行った。 ﹁まったく! ネストさんは毎回毎回!﹂ ﹁いやいや今回は俺のせいじゃないだろ!?﹂ 理不尽に怒るルナに思わず反論する。 しかし今回そもそも俺は怪我していないし、グリムが怪我したの だって自分から阿呆なことをやらかしたからだ。 それを俺のせいと言われるのは納得いかない。 1378 ﹁ネストさんの方が年上なんですからちゃんと面倒見てあげるのが 普通です!﹂ ﹁ぐっ﹂ 確かにそう言われればそうだ。 グリムが何をしようとしているのか最初に聞いておくべきだった かもしれない。 ルナの正論に俺はぐうの音もでない。 ﹁この前だって怪我して帰って来たしっ、回復魔法使えないんです から危ないことはしないでくださいって言いましたよね!﹂ ﹁そ、そうだったかな?﹂ あまりのルナの怒り具合に俺は目を逸らす。 確かにここ数日俺は回復魔法が使えないのによく怪我をしている。 前までは自分の回復魔法で治療できていたから特に気にしていな かったのだが、今でもその癖が出てしまっているのかもしれない。 ﹁次怪我なんてしたら許しませんからね!﹂ ふんっと言いながらもグリムの治療を進めていくルナ。 魔族に対してはあまり効果のない回復魔法だが、どうやら獣人に 対しては普通に効果を発揮するようだ。 1379 しかしさすが聖女というべきか手際が良い。 もちろん回復魔法が使えていたころの俺に比べてしまえばそれま でだが、ルナの回復魔法もなかなかのものだ。 それに初めてルナの回復魔法を見たときに比べてもかなり成長し ているような気もする。 ﹁⋮⋮﹂ ルナの回復魔法を目の当たりにしてグリムもぽかんと口を開けて いる。 ﹁よし、終わりましたよ﹂ 治療をしてくれたルナにお礼を言うと、また怒られ始めそうだっ たので早々にグリムを連れて中庭へと向かう。 グリムはよほどさっきの回復魔法に見とれてしまったのか、未だ に口を開かない。 しかしようやく目が覚めたのか口を開く。 ﹁さっきのお姉さん、胸すんごいおっきかったな﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 思わず拳骨したくなった俺を誰が責められるだろうか。 1380 1381 すんごい︵後書き︶ 新作:絵師無双∼僕の描く絵に命が宿る∼ 連載中です。 http://ncode.syosetu.com/n2704 do/ ぜひ一読ください。 1382 窓が割れた︵前書き︶ お待たせしましたああああ!! 展開が進み始めます! 1383 窓が割れた ﹁⋮⋮ふぅ、今のところ怪しいやつはどこにもいなさそうだな﹂ 俺は城の中を歩き回って、とりあえずの確認をして回っている。 その結果、少なくとも今は誰かが侵入している様子も痕跡もなか った。 というのも、国王様たちは今、三人だけで会談をしているのだ。 他の誰にも知られないよう極秘で行われているようで、その三人 は今この城の中にはいない。 どこか別のところで会談を進めているらしい。 誰か護衛をつけなくて大丈夫かと思うかもしれないが、それは国 王様から大丈夫だと言われている。 何でも獣王様や魔王様たちは皆かなり腕も立つらしいので、変に ついてこられても迷惑という感じだった。 そういうわけで会談自体は恐らく大丈夫だろうとは思うが、その 三人がいないということはつまり今度は城の中の守りが薄くなると いうことでもある。 しかもこういう時に限って、獣人や魔族たちの腕の立つ人たちが 都に観光に行ってしまった。 1384 もちろん止めようとはしたが、会談が極秘である以上強く引き止 めることは出来ず、結局今城の中にいるのは使用人たちを除いて、 ルナやリリィ、グリムといった面子だけが残っている。 一応そこあたりの面々に関しては、ちゃんと一部屋に集まっても らっておいたので、何かあったらすぐに駆けつければ大丈夫だろう。 ﹁あ、アスハさん! わざわざ来てもらってありがとうございます !﹂ ﹁いえいえ、全然構いませんよ﹂ 廊下を歩いていると、見知った顔を見つける。 それは国王様たち不在の件を知っている数少ない内の一人でもあ るアスハさんだった。 以前、国王様はアスハさんに助けられたこともあり、会談のこと を教えても構わないということだったので、護衛の一人としてやっ てきてもらったのだ。 ﹁アスハさんは確か、こっちのギルドを手伝っているんでしたよね ?﹂ ﹁そうですね。街に比べて依頼の数も多いですし、大変ですよ﹂ ﹁お疲れ様です﹂ アスハさんは普段は、例え仕事が大変でも涼しい顔をして片付け 1385 ていくイメージがあったので、こんなことを言うのは少しだけ意外 だった。 もちろんマイナス的な意味ではなく、アスハさんの新しい一面を 見れて嬉しいという意味だ。 そんなアスハさんに労いの言葉をかけるが、アスハさんは少しだ け不満そう。 ﹁ど、どうかしたんですか?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ そして無言の圧力でこちらを見つめてくる。 これは一体どうするのが正解なのだろうか。 ﹁⋮⋮それだけですか?﹂ そんなことを考えていると、アスハさんは小さく呟く。 しかも少しだけ首を傾けていて、かつ上目遣い。 思わず唸ってしまうのを耐えながら、俺はどうするか考える。 ﹁⋮⋮え、えっと﹂ そこで偶然、目の前にあるアスハさんの頭が、いつも同じように そこにあるリリィの頭と重なる。 1386 それが偶然かどうかは分からないけれど、少しでもそう思ったの なら何かの縁かもしれない。 もしかしたら怒られるかもしれないが、普段リリィにやっている ことをすることにした。 俺はゆっくり手を伸ばし、アスハさんの柔らかい髪の上に触れる。 滑らかで、繊細で、いつまででも触れていたいその髪をゆっくり と流れに沿うように撫でる。 髪を乱さぬように注意を払いながら撫でると、アスハさんは少し だけ身をよじる。 ﹁っ﹂ 俺はそんな反応に慌てて手を離す。 確かにアスハさんに対して頭を撫でるというのは無かったかもし れない。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ アスハさんも無言のままで顔を俯けているし、次からはしないよ うにしよう。 ﹁あ、そろそろ皆のいるところに戻りましょうか﹂ そう決意すると同時に、この変な空気を紛らわせようと俺は話題 を変えた。 1387 実際これ以上ルナたちだけにしておくのはあまりよろしくない。 グリムは多少なら腕も立つようだが、もしヴァイスがやってきた りしたらとてもじゃないが太刀打ち出来ないだろう。 ﹁えっと、こっちです﹂ 俺は未だに若干緊張しながら、俯くアスハさんを案内した。 ﹁⋮⋮あ、あれ?﹂ 皆がいるはずの部屋に着くと、何故か部屋の中には誰もいなかっ た。 何かあったのかと一瞬慌てるが、部屋の中は特に荒れた様子もな く何時もどおりだ。 つまり皆でどこかに行っているのかもしれない。 確かにそちらの方がバラバラに行動するよりは良いだろう。 だがせめて俺が帰ってくるまでは待って欲しかったと言わざるを 得ない。 今だって何時誰が城に侵入してくるか分からないのだ。 探しに行って変にすれ違うよりかは俺も大人しくここで待ってい 1388 たほうが良いだろうが、それでも心配せずにはいられない。 まぁちゃんと見回ったし、そんなタイミングよく誰かが侵入して くるとも思えないが⋮⋮。 そんなことよりも今はこの状況である。 この気まずい空気をどうにかしようとここまで急いだのに、誰も いないのでは意味がない。 アスハさんは相変わらずだし、これは本当どうしたものか⋮⋮。 そんなことを考えている時だった。 ﹁︱︱︱︱︱︱︱︱ッ﹂ どこか遠くで、窓が割れた音が聞こえたのは。 1389 窓が割れた︵後書き︶ 新作始めましたよ! ︻魔族が聖女に惚れてみた∼接触禁止、浄化されちゃいます∼︼ http://ncode.syosetu.com/n508 6dr/ どうやらこの魔族、好きになった子に触れたら浄化されちゃうみ たいです︵´・︳・`︶ ︻好きだった女の子が実は有名配信者で、その秘密を知った僕は配 信の手伝いをさせられています︼ http://ncode.syosetu.com/n6036 dr/ ジャンル:現代ラブコメ 是非一読ください。 1390 私のことも助けてください︵前書き︶ ブクマ評価感謝です。 1391 私のことも助けてください ﹃キャアアア︱︱︱︱︱ッ!﹄ そして続いて聞こえてくるのはアウラの悲鳴。 ﹁ッ!﹂ 俺とアスハさんは慌てて声のする方へ駆け出す。 聞こえ方から察するに、さほど遠くはなかったはずだ。 その見立て通り、徐々にアウラたちの背中が見えてくる。 そしてその背中の奥に見えるのは漆黒のマントを被った侵入者。 ﹁ヴァイス⋮⋮!﹂ 間違いない。 あれはつい先日、俺が一戦交えたヴァイスだ。 ﹁ネ、ネストっ!?﹂ 俺の声に気付いたアウラたちがこちらを振り返り、駆け寄ってく る。 1392 ﹁アウラ! 無事か!?﹂ ﹁わ、私は大丈夫だけど⋮⋮、グリムって子が⋮⋮っ!﹂ アウラに言われる通りグリムを見てみると、どうやらヴァイスに 立ち向かって返り討ちにあったのか怪我をしている。 ただこちらはルナが既に治療を始めていて、怪我も徐々に治って いっている。 ﹁ヴァイス⋮⋮っ!﹂ 俺は目の前にいる侵入者︱︱ヴァイスを睨む。 フードで顔は見えないが、隠れた顔には笑みが浮かんでいるよう な気がした。 ﹁くそ⋮⋮っ﹂ このままでは不味い。 俺は懐から取り出したナイフをヴァイスに向けながらも、この状 況の危うさに気づいていた。 今俺はアウラやルナたちといった皆を庇いながら戦おうとしてい る。 アスハさんも応戦してくれるだろうが、この状況でどこまで凌げ るか⋮⋮。 1393 そして更にはここには現国王の子息や娘といった面々が集まって いる。 恐らくヴァイスもそれを見越して侵入してきたのだろうが、もし ヴァイスがその中の誰かに手をかけたりなんてことがあったら、同 盟どころの話ではない。 国王様は責任問題を問われるかもしれないし、獣王様や魔王様た ちとの中も険悪になってしまう可能性だって全然ある。 もしそんなことになってしまったら、これまで頑張ってきたこと 全部が水の泡になる。 それだけは、避けなければならない。 ﹁⋮⋮っ﹂ だが、それが分かったところでどうする。 俺とアスハさんがヴァイスを足止めしている間に、他の面々、特 にリリィ、ルナ、グリムの三人をどこかに隠れさせるか。 でもそんなこときっとヴァイスだって予想しているだろうし、侵 入者がヴァイスだけとは限らないのだ。 でもこのまま戦い続けていてもジリ貧になるのは目に見えてる。 どうする、どうする⋮⋮!? ﹁⋮⋮ネストさん﹂ 1394 ﹁⋮⋮?﹂ そんな時、突然隣にいるアスハさんから声がかかる。 俺はヴァイスから目を離さず、耳だけをアスハさんに傾ける。 ﹁私が、時間を稼ぎます﹂ ﹁な⋮⋮っ!?﹂ しかしアスハさんの提案は目を見張るものだった。 ﹁そ、そんなの無謀です⋮⋮!﹂ アスハさんには失礼かもしれないが、この際構っていられない。 アスハさんではヴァイスには敵わないだろうし、危なすぎる。 ﹁⋮⋮ですが、これしか方法がありません﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ 俺は思わず唇を噛み締める。 悔しいがアスハさんの言う通りだ。 きっと現状ではそれが一番の最善手なのだろう。 しかし頭では分かっているが、納得出来るわけがない。 1395 ﹁ネストさん﹂ ﹁なん、ですか⋮⋮?﹂ ﹁大事な、大切な皆さんのことを、絶対安全だと思うところまで連 れて行ったら今度は私のところへ来てください﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁そしたら、私のことも助けてください﹂ ﹁⋮⋮っ﹂ きっとアスハさんも自分が目の前の敵に敵わないことを理解して いるのだろう。 それでも俺が、大切な人達を守るための時間を稼ごうとしてくれ ているのだ。 自分の身を挺しながら。 ﹁⋮⋮分かり、ました﹂ 俺はヴァイスに向けていたナイフを下げると、戸惑う他の皆に向 かう。 ﹁出来るだけ早く戻ってきますから⋮⋮!﹂ 俺は皆の背中を押すようにして、アスハさん達から離れていく。 1396 その間、俺は一度も振り返らない。 振り返る一瞬さえも、惜しいように感じた。 静かな廊下に鳴り響く、幾つもの足音。 俺は絶対に安全な場所、というのを探して城を駆け回っていた。 思い当たるところといえば、以前一度だけ入ったことのある国王 様の自室。 あそこならば誰にもバレずに隠れられるだろう。 ただ以前一度だけ教えてもらっただけなので、どこにあるのかす っかり忘れてしまっていた。 ルナに聞いてもどうやら知らないらしく、俺は皆を連れてただひ たすらに走り続けていた。 ﹁⋮⋮はぁっ⋮⋮はぁ﹂ 息が切れる。 以前であれば回復魔法をかけて疲れなんて取れていたはずなのに。 ルナに頼もうにも、本人も辛そうで頼むには厳しいだろう。 1397 ﹁⋮⋮くそっ﹂ 思わず悪態が出る。 一刻も早くアスハさんの下へ帰らなければならないというのに、 こんなに時間をかけていられないのだ。 ﹁︱︱︱︱﹂ 気のせい、だろうか。 その時微かに、ナイフの弾かれるような嫌な音がした。 1398 私のことも助けてください︵後書き︶ 新作上げました ︻好きだった女の子が実は有名配信者で、その秘密を知った僕は配 信の手伝いをさせられています︼ http://ncode.syosetu.com/n6036 dr/ ジャンル:現代ラブコメ もし良ければご一読ください。 1399 バレンタインデー︵前書き︶ バレンタインなので、本編とは関係ありませんが投稿してみました。 1400 バレンタインデー バレンタインに告白したら、恋が実る。 どうやらそんな噂が街中で広がっているらしい。 そもそも俺からしたらバレンタインとは? みたいなレベルなの だが女の子たちが盛り上がっているのに水を差すわけにはいかない。 こういうイベントごとに男の子は関係ない。 女の子が主役なのだ。 というわけで今日は家に一人だ。 アウラもいなければリリィもトルエもいない。 うーん、どうしたものか。 とりあえず何か暇つぶしをと思ったけれど、この家にそんな趣味 のいいものはない。 ﹁⋮⋮料理でもするか﹂ ちょうど今は三時のおやつ頃だ。 冷蔵庫を覗けば幸い色々と材料もある。 1401 上手くできたら帰ってきた皆にも食わせてあげればなどと企みな がら、俺は早速準備に取り掛かった。 ﹁皆やけに遅いな﹂ 三時のおやつはとっくに作り終えた。 しかし結構な量を作ってしまったために、出来れば皆が帰って来 てから食べたい。 かなりな出来栄えになったと思うので、恐らくアウラたちも喜ん でくれることだろう。 その時のことを考えると頬が緩む。 俺は目の前に広がる自作のデザートを前に、皆を待ち続ける。 ﹁ただいまー!﹂ ちょうどそのタイミングで、玄関からリリィの声が聞こえてくる。 どうやら帰ってきたらしい。 俺は鼻歌を歌いながらリビングに向かってくる足音を聞いていた。 ﹁おかえり﹂ 1402 リビングの扉が開かれ、そこからリリィ、アウラ、トルエの順に リビングへ入って来る。 それぞれの手には何やら小包のようなものが握られている。 ﹁えっと、ネストごめんね。ちょっと色々あって遅くなっちゃっ⋮ ⋮た?﹂ アウラが一歩前に出て事情を説明しようとしていると、突然その 言葉が聞こえなくなる。 一体どうしたのだろうとアウラの顔を見てみると、アウラはリビ ングに置かれてあるテーブルへとその視線を向けたまま固まってし まっていた。 正確にはテーブルに置かれているデザートに目を奪われていると 言った方がいいかもしれない。 因みに俺作だ。 ﹁そ、それって何?﹂ ﹁あ? 何って⋮⋮デザートだけど?﹂ ﹁チ、チョコよね?﹂ ﹁まあそうなるのかな?﹂ アウラの言う通り、俺は今回のデザートはチョコをベースにして ケーキを作っていた。 1403 我ながらかなりの完成度だと思う。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ すると何を思ったのか突然アウラは無言のままリビングを出て行 ってしまう。 そしてその直後、アウラの部屋の方から勢いよく扉が閉まる音が 聞こえてくる。 ﹁え、え⋮⋮?﹂ あまりに突然のことに俺は思わず固まってしまう。 一体どうしてアウラがあんなことになっているのか分からない。 ﹁すごーい! これどうしたのー!?﹂ リリィがそんな俺を知ってか知らずか、大きな声で聞いてくる。 そうだ、俺はこういう反応を待っていたのだ。 それなのにアウラはあんな反応で、俺が何かしたというのだろう か。 ﹁これは俺が作ったんだよ、食べる?﹂ ﹁うん!﹂ 1404 とびきりの笑顔でリリィが頷く。 ﹁ん、これおいしい!!﹂ そして一口食べると、それ以上の笑顔を咲かせる。 思わず俺まで釣られて笑顔を浮かべてしまいそうになるが、今は アウラの方が心配だ。 だがこうなった理由が分からない以上、俺に何か出来るとも思え ない。 ﹁あ、そういえばネストー﹂ ﹁ん、どうした?﹂ その時、突然リリィが思い出したように口を開く。 ﹁これ今日つくったのー﹂ そう言ってリリィは帰ってきた時から持っていた小包のようなも のを手渡してみる。 ﹁えっとこれは⋮⋮チョコ?﹂ その小包を開けてみると、そこには不格好ながらチョコと言えな くもない代物が入っていた。 ﹁リリィがつくったの! ネストにたべてもらいたくて!﹂ 1405 ﹁お、おぉ! ありがとう!﹂ まさかリリィが俺なんかにチョコを作って来る日が来ようとは思 わなかった。 しかし嬉しくないわけがない。 これは後でおいしくいただこう。 ﹁ご、ご主人様、僕のも貰ってくれませんか⋮⋮?﹂ これまで黙っていたトルエも照れながら小包を渡してくる。 ﹁もちろん、ありがたくいただくよ﹂ トルエの殺人料理は俺も良く知っているが、恐らく俺のために頑 張って作ってくれたのだと考えると嬉しくないわけがない。 俺は若干緊張しながらも、トルエからチョコの入っていた小包を 受け取る。 ﹁えっと⋮⋮﹂ ただどうしてもやっぱりアウラが気になって仕方がない。 俺は先ほどまでのアウラの様子をもう一度思い出す。 ﹁そういえば⋮⋮﹂ 確かアウラもリリィたちと同じように小包を持っていた。 1406 もしあの中にアウラが作ったチョコが入っていたとしたら。 俺が変にこだわって作ったチョコケーキを見てどう思っただろう か。 リリィやトルエはまだ子供だから分からないかもしれないが、劣 等感を覚えてしまっても仕方がないような気がする。 逆の立場だったら、恐らく俺だって同じことになっていたはずだ。 俺は自分の愚かな行動に一度大きくため息を吐くと、椅子から立 ち上がる。 これから俺はアウラの部屋に行かなければならない。 そしてちゃんとあのチョコケーキのことをを説明して、アウラの チョコを貰おう。 それで今日のバレンタインは終わりだ。 1407 バレンタインデー︵後書き︶ 新作投稿しました。 珍しくファンタジーです。ぜひ一読ください。 ﹃暗躍する宮廷魔導士の護衛譚∼最強魔導士が我儘姫の用心棒にな ったようです∼﹄ http://ncode.syosetu.com/n7461 du/ 1408 PDF小説ネット発足にあたって http://ncode.syosetu.com/n7298cu/ 聖女の回復魔法がどう見ても俺の劣化版な件について。 2017年2月14日19時48分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 1409