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ジェネアビのすすめ - 公益財団法人 航空機国際共同開発促進基金
(公財)航空機国際共同開発促進基金 【解説概要21-7】 この解説記事に対するアンケートにご協力ください。 ジェネアビのすすめ (航空機産業の一層の飛躍を目指して) 1. 概要 1958 年に発売が開始されたスバル 360 が空前の大ヒットとなり、日本のモータリゼ ーションを一気に加速した。この結果、 国民の多くが自動車を運転できるようになって、 ユーザー側からの意見を自動車の設計に反映できるようになり、また、自動車の運転を 当たり前のこととして育った世代がその設計に携われるようになったことが、のちの自 動車大国を育てていく風土を形成したと考えられる。 このドライバーの急増を契機にして驚くべき成長を果たした自動車産業とのアナロジ ーで考えれば、航空機産業をさらに飛躍的に興隆させるためには、パイロット人口を急 増させることも重要なのではないかと思われる。そのためには、誰にでも乗れて、安全 に飛行を楽しめる安価な飛行機を開発することが重要である。いわば、「国民機構想」 と でも言うべき飛行機である。このような飛行機を用いてパイロット人口を一気に増加さ せることが、わが国の航空機産業の基盤をますます強化していくものと考える。 2. 自動車産業の発達 年配の方は記憶されているかと思います が、1950 年代の日本では、まだ自動車は少 なく、大都市圏を除く地域では舗装道路も それほど多くはありませんでした。そして、 道路を走る自動車数が少ない割に、タイヤ がパンクしたりエンスト (エンジンが止ま ってしまうこと) したりする自動車がかな り多く、そのような自動車を路肩で応急修 理する場面がよく見られました。 当時の自動車の多くは外国製でしたが、 1955 年にはダットサン 110 とクラウンが、 1957 年にはコロナの発売が開始されるな ど、1950 年代は、国産車の台頭が目立ち始 めたころです。そして 1958 年に発売が開 始されたスバル 360 が空前の大ヒットとな り、日本のモータリゼーションを一気に 図 2-1 昭和 30 年代初頭の玉川上水と五日市街道 1) 加速しました。 その後、ブルーバード、パブリカ、サニー、カローラなどが相次いで投入され、1963 年 7 月 16 日に日本初の高速道路として開通した名神高速道路と、折から日本経済が高 度成長期にあったことが相俟って、日本のモータリゼーションが確立しました。 こうした流れを作るには、1955 年 5 月 18 日に、通産省 (現経済産業省) が立案した とされる 「国民車育成要綱案 (国民車構想)」 が大きな役割を果たしたものと思われま すが、それとともに、モータリゼーションの加速によって、ドライバー人口が一挙に増 加したことが、のちの自動車産業界の発展に大きく寄与したものと考えます。 1 つまり、国民の多くが自動車を運転できるようになって、ユーザー側からの意見を自 動車の設計に反映できるようになったこと、および、自動車の運転を当たり前のことと して育った世代がその設計に携われるようになったことが、のちの自動車大国を育てて いく風土を形成したのだと考えるわけです。すべての機械がそうであるように、自動車 も使うために製造されるものである以上、このようにして、使用者が増えれば増えるほ ど、自動車が進化していくことも当然のことです。 3. 航空関連産業の発達 一方で航空機産業に目を向けますと、太平洋戦争終戦まで日本は、海軍零式艦上戦闘 機 (ゼロ戦) や陸軍四式戦闘機 (疾風) を始めとする傑作機を数多く生み出した世界の トップクラスの航空王国でした。しかし敗戦の結果、1940 年代後半~1950 年代前半の、 超音速戦闘機の実用化、ジェット旅客機の出現など、航空機の技術史にとっては実に大 きな変革期にあった時期に、日本は航空機の研究も開発も運航も禁止されていました。 いわゆる空白の 7 年間です。 その期間が明けた 1952 年 7 月以降、産学官が一体になって航空王国の再建に立ち上 がりましたが、日本の航空界にとって、7 年間の遅れを取り戻すことは容易なことでは ありませんでした。苦労のあげく 1964 年には YS-11 を就航させ、その後の航空機開発 の基盤を築き、いまや、767、777、787 や A380 といった機体についても、V2500、 CF34-8、CF34-10、GEnx、Trent1000 といったエンジンについても、重要なパートナ ーとして活躍できるまで復権を果たしました。また、数年後の就航が予定されている MRJ がさらに弾みをつけてくれるのではないかと期待されています。 しかし一方で、ドライバーの急増を契機にして驚くべき成長を果たした自動車産業と のアナロジーで考えれば、航空機産業をさらに飛躍的に興隆させるためには、パイロッ ト人口を急増させることも重要なのではないかと思われます。そのためには、誰にでも 乗れて、安全に飛行を楽しめる安価な飛行機を開発することが重要です。いわば、「国民 機構想」 とでも言うべき飛行機です。以下、この考えについての一つの私案です。 4. ジェネアビ機の機数とパイロット人口 ここでは、米国におけるジェネアビ (General Aviation) 機の状況を見てみましょう。 ちなみに、ここでいうジェネアビ機は、定期航空 (エアライン) および軍用の航空機を除 くすべての航空活動を指しており、したがって、下記のすべてを含んでいます。 ・ 個人的な飛行に用いる機体 ・ チャーター用の機体 ・ 航空写真等の航空機使用事業に用いる機体 ・ 官公庁や報道機関が用いる機体 ・ その他:飛行船、気球、グライダー 等 まず、機数ですが、GAMA (全米ジェネラルアビエーション製造者協会) が発行してい る 「2008 General Aviation Statistical Data Book & Industry Outlook」2) によりますと、 表 4-1 のようになっています。また、パイロット人口は、計 613,746 名となっていま すが、その内訳は表 4-2 のとおりです。さらに、空港の数は表 4-3 のとおり、Public Use 2 だけで 5202ヶ所、8,476ヶ所の Private Use を合わせると、合計で 13,678ヶ所にも達 します。 表 4-1 米国のジェネラルアビエーション機 (2007) カテゴリー 機数 166,907 機 ピストン機 ターボプロップ機 9,514 機 ターボジェット機 10,385 機 ヘリコプタ 9,567 機 グライダー 1,947 機 飛行船、気球 等 3,993 機 Experimental クラス 23,228 機 Light Sports Aircraft 6,066 機 うち、単発機は 147,569 機 (ビジネスジェット機) (ホームビルド機等) (新カテゴリー) 231,607 機 合計 表 4-2 米国のパイロット人口 (2007) カテゴリー 訓練生 レシプロ機のみ Light Sports Aircraft のみ 人数 80,989 表 4-3 米国の空港数 (2007) 252 2,623 飛行機 自家用操縦士免許 222,596 事業用操縦士免許 124,746 定期運送用操縦士免許 146,838 回転翼のみ 14,647 グライダーのみ 21,055 合計 Public Use 5,202ヶ所 Private Use 8,476ヶ所 合計 13,678ヶ所 613,746 (うち操縦教育証明) 93,202 (うち計器飛行証明) 325,247 図4-1 毎年7月末の1週間、10,000 機以上の ジェネアビ機等が集結して Oshkosh (WI) で開催される AirVenture の様子。3) 3 次に、英国におけるジェネアビ機の状況を、CAA (イギリス民間航空局) 等が 4),5),6) 発 行しているデータから見てみますと、機数、パイロット人口および空港数は、それぞれ 表 4-4、表 4-5 のとおりとなっています。 表 4-4 英国のジェネラルアビエーション機 (2009.1) カテゴリー 機数 固定翼機 (注) 9,480 機 ヘリコプタ 1,493 機 グライダー、モータグライダー、マイクロライト、 7,325 機 ジャイロプレーン、ハンググライダー 2,004 機 飛行船、気球等 21,331 機 合計 注: ここでは、重量 15,000 kg 以下の固定翼機に限ってあります。 表 4-5 英国のパイロット人口および空港数 約 40,000 名 (2002) パイロット数 322ヶ所 (2002) 空港数 最後に、わが国の状況を見てみますと、機数、パイロット人口および空港数は、それ ぞれ 表 4-6、表 4-7 のとおりとなっています。ただし、わが国の場合には、かならずし も資料が完備しておりませんので、ほとんどの値が推定値になっています。 表 4-6 日本のジェネラルアビエーション機 カテゴリー 機数 ピストン固定翼機 約 600 機 ヘリコプタ 約 900 機 ターボプロップおよびビジネスジェット 約 200 機 グライダー 約 350 機 約 2,050 機 合計 表 4-7 日本のパイロット人口 (ジェネアビに限る) および空港数 パイロット数 約 3,000 名 空港数 約 100ヶ所 5. ジェネアビ機の運航環境の比較 表 5-1 と表 5-2 は、米国と英国におけるジェネアビ機の運航環境と日本におけるそれ を、空港密度と機数密度を尺度にして比較してみたものです。これらの比較結果は、日本 4 にはまだ、ジェネアビ機の世界を発展させ得る余地があるのではないかということを示唆 しています。 表 5-1 空港密度から見た欧米と日本の比較 日本 米国 英国 主要空港数 約 100ヶ所 約 5,000ヶ所 約 320ヵ所 国土面積 約 37.8 万 km2 約 962.9 万 km2 約 24.5 万 km2 空港密度 2.6ヶ所/1万 km2 5.4ヶ所/1万 km2 13ヶ所/1万 km2 表 5-2 機数密度から見た欧米と日本の比較 日本 米国 英国 機数 約 2,050 機 約 231,600 機 約 21,330 機 国土面積 約 37.8 万 km2 約 962.9 万 km2 約 24.5 万 km2 機数密度 54.2 機/1万 km2 241 機/1万 km2 870 機/1万 km2 6. 何から始めればよいのか これまで述べてきましたように、航空産業界を支える底辺であると言えるジェネアビ の世界における欧米との間には気が遠くなるほどの差があり、一朝一夕で簡単には追い つけない状況にあります。しかしながら、このような状況を放置しておけば、彼我の差 がますます拡大することが懸念されます。 したがって、日本においても速やかにジェネアビ機を増加させる必要があると思うの ですが、残念ながら我が国においては、「空を飛ぶ楽しさ」 を知っている人はまだ多くは ありません。 そこで考えられることは、非常に安全で安価な飛行機を作ることです。できれば意匠 にも凝って、かわいくて小さな飛行機を実現できればよいと思います。こういった飛行 機を使用して飛行体験学校を開設すれば、かなり人気が出るのではないかと思います。 北海道などで、ロープに繋いだいわゆるテザード気球の体験コースが設定されています が、この程度でも早朝にもかかわらず長蛇の列を作って待っている人がいるのですから。 この種の機体には、ごく簡単な計器を装備した軽量の機体で十分であり、つまりはウ ルトラライト級の機体で十分かと考えますが、芝生の滑走路から離陸して、高度 300 m 程度で 1 km×2 km 程度の区域 (あえて空域とは呼びません) の中で、インストラクタ ー同乗といえども自由に飛ぶことができれば、多くの人が 「空を飛ぶ楽しさ」 を体験で きると思うわけです。また、こういった体験飛行学校と、たとえば温泉やゴルフを組み 合わせれば、地域振興にも役立つこと請け合いです。 二泊三日でのこうした体験コースを10万円以下で提供できれば、爆発的なヒットにな る可能性がありますが、そのためには、機体を200万円程度で販売できる必要があります。 当初は、たとえば阿蘇の山麓で、数百機の規模でスタートし、理解が得られるにしたが って全国展開すれば、最終的には千機を超える規模になるかもしれませんので、この価 格はあながち不可能であるとは言えないと考えています。 ただし、安全の確保には徹底した対策が必要です。困ったときには、あるスイッチを 5 押せば、自立的に自動着陸してくれるようなシステムや、さらに困ったときには、スイ ッチ操作に応じてパラシュートが開いてゆっくりと着地する、などといったシステムを 装備することも考えられます。副産物ですが、こうしたシステムを考案し実用化するこ とは、わが国がなかなか追いつけない技術分野の一つであるアビオニクスの発展に大き く寄与できる可能性もあります。 以上が 「空飛ぶスーパーカブ構想」 ですが、これと同時に、小学生~中学生の年代の ために、プライマリーグライダーを製作し、子供の頃から 「空を飛ぶ楽しさ」 を体験さ せることも重要です。 「空飛ぶスーパーカブ」 によって空に魅せられた人たちの一部は、1 km×2 km 程度の 区域内での飛行だけでは我慢できなくなって、ほかの地点まで飛んでいきたくなるでし ょう。このときには、ウルトラライト級の機体ではなく、本格的な軽飛行機が必要にな ります。 この機体も安全の確保には十分なる配慮がなされていることはもちろんですが、性能 は格段に上がり、計器類もはるかに充実したものが必要です。これが 「空飛ぶスバル360 構想」 です。この段階になると、自家用操縦士免許も必要になりますので、訓練費もか なり高くなるかと思いますが、この機体を700万円程度で販売することができれば、数千 万円もする輸入機を使用した現在の訓練に比べて、費用を大幅に削減できるものと考え ています。 7. どこで始めればよいのか このような計画を実現していくため の候補地として、最初に挙げられるの は九州ではないかと思われます。天候 に恵まれているほか、各県にジェット 化空港があり、島嶼部にも空港が完備 されており、さらに、枕崎空港や大分 県央空港あるいは天草空港などローカ ル色ゆたかな空港も揃っていますし、 なんといっても阿蘇の山麓という、ウ ルトラライト級の軽量機を用いた体験 飛行には打ってつけの環境が整ってい ます。 さらに、阿蘇山麓を使用すれば、温 泉もありゴルフ場もあり、パッケージ ツアを組む材料には事欠きません。こ ういった環境の中、芝生の滑走路から 離着陸するウルトラライト級の軽量機、 夢が膨らむと思いますが、みなさま、 いかがでしょうか。 6 7. まとめ 米国や英国のアマチュアパイロット人口は、日本と桁違いに多い事実に驚きます。こ れには、日本に比べて、維持費、燃料費、修理費などが安いことも影響しているに違い ないと思いますし、また、日本は人口の密集した地域が多く、いったん事故を起こすと 大変なことになるという事情もあります。 しかし、航空産業界のさらなる発展のためには、ジェネアビという底辺の拡大が急務 であることも事実です。日本の航空工業界が世界に肩を並べるようになった現在、「空の 原点」 に立ち返って、もう一つの世界を構築する、そのような余裕も生まれてきたので はないかと思うのですがいかがでしょうか。 航空ジャーナリストであった渡部一英とおっしゃる方が、昭和 18 年 (1943 年) に、 航空時代社から出版された 「滑空日本歴史寫眞輯」 7) なる本のコピーが手元にありま す。以下、その本からの引用です。 「私は、グライダー普及上の宣伝効果を考えて、誌名を 「グライダー」 と題したのであ るが、併しその内容はグライダーに関する記事のみで満たされていたのではなかった。 即ちグライダーの記事の外に模型飛行機の記事と、本物の飛行機に関する記事が加味さ れていたのであった。これは此の三者の関連性を重視し、併進的の発達を希望したから に他ならない。即ちグライダー界を隆昌ならしめることは、飛行機を軸心とする航空界 を盛大ならしめる所以であり、模型飛行機を全国的に流行せしめることは、グライダー 界を大いに振興せしめる結果を招来すると考えたのに依る。私は斯の信念に基づいて雑 誌 「グライダー」 の活用を期し、第二巻一月号からは毎号優秀模型飛行機の大設計図を 付録に添えたのであるが、また日本グライダー倶楽部の外に新たに日本模型飛行機協会 と云うのを組織して、各地に二十有余の支部を設け、全国の模型飛行機を奨励し、その 模様の報道にも努力したのであった。 我等のこの 「模型飛行機からグライダーへ、グライダーから飛行機へ」 の運動は斯くの ごとくにして ・・・」 この文章は、私にとっては心に沁みる文章なのですが、戦時中のパイロット大量養成 を至上命題としていた特殊な状況下にあったとはいえ、この時期にこのようなことが指 摘されていたことには驚きを隠せません。また、この指摘は、航空産業界が今後いっそ うの発展が期待される現在においても、まさに正鵠を得たものであると信じます。 空域や航空管制などに関する諸問題への対応、周辺の環境に及ぼす影響に対する対応 など、いろいろな課題はあるものの、今後のジェネアビの発展が、わが国の航空機産業 の基盤をますます強化していくことを願ってやみません。 参考文献 1) 東京都水道局発行 「史跡玉川上水保存管理計画書」(平成19年3月) http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/press/h19/press070416b.pdf 2) http://www.gama.aero/files/2008_general_aviation_statistical_databook__indust_ 499b0dc37b.pdf 3) http://www.eaa.org/apps/galleries/photos/g208/p2732.jpg 7 4) UK Register of Civil Aircraft Statistics、 http://www.caa.co.uk/default.aspx?catid=56&pagetype=90&pageid=107 5) http://www.gaac.org.uk/gasar/GASAR_NationalPilotSurvey.pdf 6) http://www.gaac.org.uk/gasar/GASAR_AerodromeCategorisation.pdf 7) 滑空日本歴史寫眞輯、渡部一英著、航空時代社発行、昭和18年 (1943年) 6月 その他:空とイギリス人、佐藤信弘著、サイマル出版会、1998 年 7 月 8