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渇水と琵琶湖生態系(PDF:649KB)

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渇水と琵琶湖生態系(PDF:649KB)
オウミア
No.53
琵琶湖研究所ニュース
1995年10月
編集・発行/滋賀県琵琶湖研究所
〒520 大津市打出浜1-10
TEL 077-526-4800
研究トピックス「渇水の琵琶湖生態系への影響」
Q&A「インターネットについて」
世界の湖沼研究①「カナダの湖沼研究(1)」
渇水と琵琶湖生態系
昨年の9月15日に琵琶湖の水位は-123cmにまで下がり、観測史上最低の水位を記録しました。こ
のような低水位は、琵琶湖の生態系に対してどのような影響を及ぼしたのでしょうか。
実験調査船「はっけん号」で観測した琵琶湖の水温分布。南北方向の縦断面をみたもの。
観測は下図の10地点で行い、その結果をもとにグラフ化した。上図で上の分布は1993年8
月、下の分布は昨年1994年8月の観測結果。
昨年の北湖の表層水温は1993年より高く、上層と下層の間で温度が急に変わる水温躍層
(水深10~15m付近)の形成が顕著に現れた。
植物プランクトンの指標であるクロロフィルaの分布。昨年は水温躍層付近で植物プランク
トンが増殖し、表層では1993年に比べ濃度が低かったことがわかる。
昨年は透明度が高く、船上からはきれいに見えた北湖の水であるが、下層まで考えるとき
れいになったとはいえない。
【研究トピックス】
渇水の琵琶湖生態系への影響
昨年は渇水のため9月15日に水位がマイナス 123cmまで低下し、琵琶湖の生態系にどのような影響が現れる
のか懸念されました。この渇水及び水位低下の琵琶湖生態系への影響について、当研究所の研究員にそれぞれ
の専門分野の視点から意見を述べてもらいました。
1.湖内水質への影響
実験調査船「はっけん号」(1993年に進水)を使って、多項目高精度水質プロファイラー「F-probe」による観測結果
から1994年の水位低下時の影響を検討しました。この観測は月一回、北湖の塩津湾北端から南湖の近江大橋の
間(60km)の10観測点(グラビア参照)で鉛直方向に10cmごとの水温、濁度、電気伝導度、クロロフィル-a、溶存酸
素、pHを測定するものです。この観測の結果、1994年の渇水期間の夏季には、北湖の表層水温が平年より高く、
水温躍層の形成が強くなっていることが分かりました(グラビア参照)。渇水のため河川からの栄養塩類・懸濁物の
流入が少なく、表層水はきれいにみえましたが(透明度は9~14mと例年に比べ高かった)、目に見えない躍層付
近ではクロロフィル-a濃度のピークが顕著にみられ(グラビア参照)、水温躍層付近で植物プランクトンが増殖して
いることがわかりました。このように、1994年の渇水期間には、表層では水はきれいになりましたが、我々の目に見
えない深いところでは必ずしもきれいにはなっていないことがわかりました。 (研究員 焦 春萌)
2.河川水質、流入汚濁負荷量への影響
渇水時には汚濁負荷の多くが陸域(川や内湖の底も含む)に堆積し、降雨があるとそれらが一挙に琵琶湖に流
入すると心配されています。この渇水終息時の汚濁物質の一斉流入を把握するための調査を昨年実施しました。
その結果、渇水による家庭排水や工場排水などの特定汚染源からの汚濁物質の陸域への貯留とその流出の影
響は、下水道整備が進むにつれて相対的に小さくなり、代わって農地・山地などの非特定汚染源負荷(面源負荷)
の影響が高まってきたことがわかりました。また、都市の陸上部(道路、屋根等)に堆積した汚濁物量の調査及び
シミュレーション予測計算から、渇水年は汚濁物の堆積量が多くなりますが、平年の2倍を超えることはなく、30mm
の程度の降雨で約6割が流出すると推定されました。一方、渇水が地下水の水質に及ぼす影響についても調査し
てみました。その結果、伏流水の硝酸態窒素(NO3-N)の濃度は、野洲川上流部の土山町では、l994年は8月から9
月にかけて例年に比べやや上昇し、下流部の中主町比江では逆に低下していることがわかりました(下図参照)。
(滋賀県立短期大学 國松 孝男)
3.植物プランクトンへの影響
1994年の渇水期間中は、北湖の植物プランクトンの種組成・現存量と南湖のそれとでは全く違った結果が得られ
ました。北湖では、この期間中、透明度が極めて高くなり(>10m)、その原因は焦研究員が言っているように植物
プランクトンの現存量の高い層が例年になく深かったためでした。さらに、興味深いことに、このとき優占していたの
は微細なピコプランクトンで、現存量のほとんどを占めていました。このような変化の原因は、まだ十分に解明され
ていませんが、少雨のため河川からの栄養塩類の供給が少なくなり、植物プランクトンが栄養塩類の比較的豊富
な深い層で増殖したこと、及び、このような栄養塩類の枯渇した条件に強いピコプランクトンが増殖したためと思わ
れます。また、南湖では特に赤野井湾で頻度、濃度とも高くアオコが発生し、この湾からの流出水が南湖の広い範
囲の水質に影響を及ぼしていることが推定されました。北湖の入りくんだ岸辺でも、アオコの発生がみられました
が、その量は北湖全体の水質に影響するほどではありませんでした。アオコの一種であるアナベナの発生は、栄
養塩類の動態と関係があることが指摘されており、少雨で湖への窒素の供給が特に少なかった昨年は、大気中の
窒素を固定できるアナベナにとって有利な条件がそろったと思われます。また、ミクロキスティスもアオコの原因種
ですが、昨年もアナベナの発生に続き、赤野井湾で大量に増殖しました。ミクロキスティスによるアオコのほうが量
的に多く問題とされていますが、残念ながらこの植物プランクトンがなぜ大量に増殖するのか原因は今だ明かでは
ありません。(研究員 中野 伸一)
4.水生植物への影響
水位低下が浅水域の沈水植物帯にどのような影響を及ぼしているか調査しました。昨年は9月15日に史上最低
の水位(-123cm)を記録しましたが,すでに8月に入るころから,干上がる水草が湖岸で見られるようになり,とくに
浅水域に生育する固有種のネジレモなどへの影響が心配されるようになりました.しかし、9月半ば以降の100mm
を超える降雨や台風26号の通過などにより,水位は10月初めにはー50cm程度までに回復したため、干上がりによ
る直接的な水草の被害は,それほど大きくは無かったと思われました。しかし,渇水傾向はその後も続き,12月29
日にはー90cmまで低下しました.冬期の水位低下は,琵琶湖で越冬する水鳥による水草等の採食を容易にするた
め,浅水域の水草に被害が出た可能性が高く,これについては,現在も調査を継続中です.
夏の渇水時には,水位の低下とともに,透明度が10mを超えるまでになり,航空写真を用いての水草帯の分布域
の把握が可能となりました.県の河港課によって渇水が進行中の7月から8月にかけて全湖岸の撮影が行われ,
その貴重な写真を利用して,湖岸の相観植生図(1/5,000)を作成するとともに,沈水植物群落の面積測定を行うこ
とができました.その結果,琵琶湖全域の沈水植物群落の面積は1440haにのぼり,ヨシなどの抽水植物群落の
126haに比べても,格段に大きな面積を持つことが明らかになりました。 (主任研究員 浜端 悦治)
航空写真による湖岸植生面積
(1994年8月25日 (琵琶湖水位-96cm)撮影)
群落タイプ
面積
沈水植物群落
1440ha
干上がり部 ( 41ha )
水深0~2m ( 386ha )
水深2m以深 (1013ha )
抽水植物群落
126ha
浮草・浮標植物群落 36ha
樹林・低木群落
139ha
陸生草本群落
147ha
自然裸地(砂・礫浜) 112ha
人工構造物・人工利用地 69ha
その他 6ha
5.底生動物への影響
水位の回復過程で底生動物群集がどのように回復するかを追跡するため、1995年2月と3月に北湖岸3地点、南
湖岸2地点の計5地点の湖岸で干陸部、汀線部(水際域)、水深-0.5m~-1.5mの湖底で底生動物の調査を行
いました。
1995年2月の調査では、調査地点の干陸部や汀線部で、本来琵琶湖の沿岸部に生息するヨコエビ目、カゲロウ
目、トビケラ目、巻貝、二枚貝はほとんど死滅するか、より深い水深に移動したようで、代わって陸生昆虫、陸生ミミ
ズなど湿った土壌を好む陸生動物や、あるいはチョウバエ科、ヌカカ科のように湿潤な場所に生息する動物が出現
したことがわかりました。
さらに水位の上昇した3月の調査では、干陸部がほぼ水没し、陸生動物をはじめとするこれらの動物はほとんど
姿を消しました。今後の底生動物相の変化と回復過程は、当然のことながらこの2回の調査からは予測が困難で
すので、今後も同様の調査を継続し、沿岸部における底生動物相の回復過程を明らかにしていきたいと思ってい
ます。 (専門研究員 西野 麻知子)
6.底質への影響
南湖の定点観測では、昨年の9月には一部の地点で例年に比べ高い電気伝導度の値が観測されました。また、
南湖の湖底が無酸素になることはきわめて珍しいのですが、昨年9月には分解途中の水草が堆積した地点では底
泥表面が無酸素でした。このように場所によっては、水草の繁茂や分解あるいは底泥の巻き上げなどの影響が大
きかったことが推定されました。1985年度の水位低下時には底泥の巻き上げが顕著にみられましたが、底泥の巻
き上げが起こると、底泥中の栄養塩類の溶出条件が大きく変化することが予想されます。このため、水位が110cmを越えた9月6日に採泥を行い、間隙水中の栄養塩類濃度の測定を行ってみました。アンモニア態窒素は、
同様の方法で測定した1978年時よりも平均的には1994年の方が低下し、特に中央部や東岸で低下の傾向が大き
くみられました。西岸では逆に上昇している所がみられました。これは東岸が遠浅なため西岸に比べ巻き上げが起
こりやすく、底泥間隙水中の栄養塩類が湖水中に溶けだしたためと考えられました。一方、西岸では巻き上げが少
なく、水草やアオミドロ等が湖底に堆積し、それらの分解によって間隙水中のアンモニア態窒素の濃度が上昇した
と考えられました。リン酸態リンの間隙水濃度は1994年は1978年より明らかに低下し、特に東岸でその傾向が大き
いことから、水位低下によって湖底に酸素が供給されやすい状態が形成され、底泥が酸化的な環境になったため
と考えられました。 (鹿児島大学 前田 広人、研究員 横田 喜一郎)
【Q & A】
インターネットについて
Q 最近、インターネットが話題になっていますが、琵琶湖研究でも活用されているのですか?
A 琵琶湖研究所では、昨年度、県機関では2番目にインターネットに接続しました。なぜ琵琶湖研究所がインタ
ーネットに接続する必要があったのでしょうか? 一つは、各研究員が研究活動を行う上での情報交換に今後必要
不可欠になるためです。研究活動という性格上、情報は相手と正確にやりとりしなければなりません。その際、地
球規模のコンピュータネットワークである「インターネット」を利用すれば、直接対面することなくどこにいる相手とい
つでも、確実でスピーディなやりとりができます。実際に、現在、研究員たちは、電子メールで盛んに国内外の人々
とやりとりしています。
もう一つは、「分散型ネットワーク」であるインターネットでは、情報提供ツールであるWWW(World Wide Web)サ
ーバに代表されるように、静止画・動画などのマルチメディア情報を容易にインターネットの大海原に自ら情報発信
できる利点があるためです。これは、図や写真などを用いて説明しなければならない研究情報を伝えるのに非常に
有効な方法なのです。
琵琶湖研究所でも、より多くの人々に琵琶湖とその保全の重要性を知っていただけるよう、研究所のコンピュータ
から研究情報を伝える試みを始めました(上図)。この「琵琶湖研究所ホームページ」へのアクセスは、
http://www.lbri.go.jp/ ですので、みなさんも一度のぞいてみてください。(研究員 東 善広 )
【世界の湖沼研究①】
カナダにおける湖沼研究(1)
今号から連載記事として新しく「世界の湖沼研究」を始めます。世界各地の湖沼で何が問題になり、どのような
研究が進められているかを取材していく予定です。今回はカナダから琵琶湖研究所に客員研究員として7月から
来所しているフレネット博士にカナダの湖沼研究についてうかがいました。
まず、カナダの湖沼の概況ですが、カナダは湖沼や河川が多いことで特徴づけられます(下図)。私の住んでい
るケベック州だけでも100万もの湖沼があります。これらの湖沼はカナダの広大な土地(北極圏から温帯、太平洋
岸から大西洋岸まで)に分布しているため変化に富んだ水界生態系がみられます。セントローレンス川は北アメリ
カ大陸で最も大きな河口域(estuary)を持つ河川であり五大湖を流域に含んでいます。この五大湖は世界一の淡
水貯留量を持ち、五大湖を含めたセントローレンス川の流路延長は3,700kmに達します。大きな湖としては、スペ
リオル湖(83,270 km2)、グレイトベア湖(31,795 km2)、グレイトスレイブ湖(28,440 km2)、ウイニペグ湖(24,514
km2)などがあります。カナダでは人間活動が湖沼環境にどのような影響を及ぼしてきた(いる)のか、また、環境
を保全していくためにはどうすればよいのかという観点から湖沼研究が行われています。湖沼研究の中には物理
現象と生物現象の相互作用に関する基礎的研究や池を利用した廃水処理方法などの応用研究もあり、幅広い
研究が行われています。(次号に続く) (客員研究員 ジョン・ジャック・フレネット)
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