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テレビ CM のクローズド・キャプションによる字幕の有効性に関す る 研究
テレビ CM のクローズド・キャプションによる字幕の有効性に関す る 研究② -聴覚障害者と 60 歳代以上の共通ニーズ- 井上滋樹 1 、吉田仁美 2 、阿由葉大生 3 、歌川光一 4 、神長澄江 1 、柴田邦臣 5 1 博報堂 ユニバーサルデザイン 港区赤坂 5-3-1 赤坂 Biz タワー 2 昭和女子大学 世田谷区太子堂 1-7 3 東京大学大学院総合文化研究科修士課程 東京都目黒区駒場 3-8-1 4 東京大学大学院博士課程・日本学術振興会特別研究員 文京区本郷7-3-1 5 大妻女子大学社会情報学部 多摩市唐木田2-7-1 アブストラクト 現在、日本の総人口の 5 人に 1 人は高齢者であり、今後、この割合はさらに高まり、2055 年には 2.5 人に 1 人(全人口の 40.5%)が 65 歳以上の未曾有の高齢社会が到来すると予測 されている(内閣府 2011, pp.2-4)。このことは、聴力が徐々に低下する老人性難聴の高齢者 が増えることにも当然つながると考えられ、現在、潜在的な難聴も含めると約 2000 万人と いわれる日本の難聴者人口 1)は、さらに増大していくことが予測される。 そこで今回、テレビ CM のクローズド・キャプションの有効性を研究するうえで、聴覚障 害者と一般対象者の双方を調査対象とし、聴覚障害者と 60 歳代以上の共通ニーズを探って みることとした。 キ ー ワ ー ド 聴覚障害者; 60 歳代以上; クローズド・キャプション; 共通ニーズ 1. 研 究 の 背 景 ・ 目 的 ・ 方 法 国連の「障害者権利条約」、企業の社会的責任(CSR)の意識の高まりに見られるとおり、 ユニバーサルデザインや Design for All の思想に基づく社会の実現は、社会全体の普遍的な目 的として認識されつつある。本研究はこうした流れに呼応して、テレビ CM 字幕におけるユ ニバーサルデザイン化に視点を当て、対象を「聴覚障害者」と「60 歳代以上の高齢者の方」 とした研究であり、以下の目的・方法に沿って行われた。 本研究の目的は、聴覚障害者と 60 歳代以上の一般対象者の、クローズド・キャプション(= CC2)、以下 CC と用いる)を付与した字幕付きテレビ CM に対する共通のニーズを検証する ものである。その検証を通じて、聴覚障害者と 60 歳代以上の一般対象者双方にとって、情 報がより分かりやすく、伝わりやすく、理解しやすいキャプション、すなわち「ユニバーサ ルデザイン型字幕」を制作するための実践的な研究である。なお、これまでに聴覚障害者の 視点を含めた「きこえにくさ」の問題を抱える高齢者世代を含めた当事者への調査を用いた 研究はない。 本研究の方法は以下のとおりである。本研究で取り上げるテレビ CM は、平成 24 年 1 月 13 日から 4 月 27 日まで、花王(株)の提供番組である『A-Studio』(TBS テレビ系列 28 局 ネット)で、CC を付与して放送したテレビ CM である。この CM を用いて、聴覚障害者と 一般対象者の双方を対象にした調査を実施し(調査1)、双方の比較を含めた字幕付きテレビ CM の評価と有効性を明確にすることが可能になった。また本研究では、調査分析を実施す るプロセスにおいて、CC のユニバーサルデザイン化を視野に入れ、重度の聴覚障害をもつ 人だけでなく、 「きこえにくさ」の問題を抱える難聴者や高齢世代へのインタビューの実施が 必要であると考え、インタビュー調査を実施した(調査 2)。なお、本研究で用いる調査 1 と 調査 2 の詳細の説明は、以下に続く節のそれぞれの箇所で行っている。 2. 調 査 1 に 関 し て ( 調 査 概 要 ) 15 歳から 79 歳までの全国の男女 900 人(①一般対象者:800 人、②聴覚障害者:100 人) を対象に、2012 年 3 月 7 日(水)~3 月 19 日(月)まで、花王(株)の「ハミングフレア」 「アタック Neo」「ビオレスキンケア洗顔料」「メリットシャンプー」という 4 本のテレビ CM の字幕付き/なしの 2 種類をローテーション呈示し、質問に回答してもらうインターネ ット調査を実施した。なお、本調査では、対象者にあえて、字幕をつけたものを見てもらい 実施した。また、音声は消した状態で実施した。CC は、非表示にできる字幕だが、調査で は、あえて、表示して実施した。一般対象者の年代ごとの(10 歳代~70 歳代)サンプル数は、 全て 114 名または 115 名とほぼ同数であり、男女比もほぼ 5:5 であった。 3. 調 査 1 の 分 析 本調査では、対象種別(障害の有無)および年代(10~40 歳代、50 歳代、60~70 歳代) を独立変数に、CC に対する評価や好感度を従属変数にとり、クロス集計を行った。クロス 集計とは、独立変数と従属変数とが独立であるかどうかを検討する分析手法であり、これに より対象種別と年齢がともに CM の評価・好感度に影響を与えていることが明らかにするこ とができる。 なお、紙面の都合上詳細は割愛するが、提示する CM の種類、字幕付き CM と字幕なし CM のどちらを先に見せるかが、回答に影響していないことを確かめる分析も行っている 3) 。 3-1. CC に 対 す る 評 価 ・ CM 理 解 度 相 対 評 価 ( 4 素 材 計 ) まず、字幕付き/字幕なしの CM の理解相対評価を従属変数とするクロス集計を行った(表 1、表 2)。結果、「字幕付き CM の方が理解しやすいと思う」と回答した聴覚障害者は 97.0% (以下、小数点以下第二位切り捨て)であり、一般対象者は 43.8%であった(表 1)。一般対 象者の年代別での比較では、10 歳代~40 歳代が 39.3%、50 歳代が 48.2%、60 歳代~70 歳代 が 50.8%であり、60 歳代~70 歳代が他の年代よりも字幕付き CM の方が理解しやすいと感じ ていることがわかった(表 2)。 表1 対象種別と CM 理解度相対評価 字幕付き CM のほうが理解しやすいと思う 字幕なし CM のほうが理解しやすいと思う 351 449 43.88 56.13 期待値 398.222 401.778 偏差 -47.222 47.2222 度数 97 3 行% 97 3 期待値 49.7778 50.2222 偏差 47.2222 -47.222 448 452 900 字幕なし CM のほうが理解しやすいと思う 合計 度数 一般対象者 聴覚障害者 行% 合計 検定:Pearson カイ 2 乗:100.349 合計 800 100 p 値(Prob>ChiSq):<.0001* 表 2 対象種別と CM 理解度相対評価 字幕付き CM のほうが理解しやすいと思う 10~40 代 度数 180 278 行% 39.3 60.7 200.948 257.053 期待値 458 偏差 -20.947 20.9475 度数 55 59 48.25 51.75 行% 50 代 期待値 50.0175 63.9825 偏差 4.9825 -4.9825 度数 116 112 50.88 49.12 100.035 127.965 15.965 -15.965 351 449 行% 60~70 代 期待値 偏差 合計 114 228 800 検定 Pearson カイ 2 乗 9.315 p 値(Prob>ChiSq):0.0095* ・ CM 相 対 評 価 ( a. 商 品 ・ ブ ラ ン ド 名 が 記 憶 に 残 る / b. 商 品 機 能 が わ か る / c. コ メ ントが伝わる) 字幕ありと字幕なし CM の相対評価についてさらに詳しく、「a. 商品・ブランド名が記憶 に残る」「b. 商品機能がわかる」「c. コメントが伝わる」の 3 項目のクロス集計を行った。 結果、これら 3 つを従属変数にとった場合、対象種別と年代という独立変数がともに影響す ることが明らかになった。 【 CM 相 対 評 価 ( a. 商 品 名 ・ ブ ラ ン ド 名 が 記 憶 に 残 る )】 「a.商品名・ブランド名が記憶に残る」と感じるのは字幕付き CM の方(「字幕付き CM の ほう」、「やや字幕付き CM のほう」の合算値)と回答した聴覚障害者は 79.0%、一般対象者 は 41.2%であった(表 3)。また、一般対象者の年代別比較では、10 歳代~40 歳代が 35.5%、 50 歳代が 48.2%、60 歳代~70 歳代が 49.1%であり、60 歳代~70 歳代が他の年代よりも字幕 付き CM の方を選択する傾向があることがわかった(表 4)。 表 3 対象種別と CM 相対評価(a. 商品名・ブランド名が記憶に残る) 字幕付き CM のほう やや字幕付き CM のほう 字幕なし CM のほう 合計 122 208 209 261 800 15.25 26 26.13 32.63 期待値 161.778 201.778 200 236.444 偏差 -39.778 6.22222 9 24.5556 度数 60 19 16 5 行% 60 19 16 5 期待値 20.2222 25.2222 25 29.5556 偏差 39.7778 -6.2222 -9 -24.556 182 227 225 266 度数 一般対象者 聴覚障害者 行% 合計 やや字幕なし CM のほう 100 900 検定:Pearson カイ 2 乗 116.348 p 値(Prob>ChiSq):<.0001* 表 4 年代と CM 相対評価(a. 商品名・ブランド名が記憶に残る) 字幕付き CM のほう やや字幕付き CM のほう やや字幕なし CM のほう 52 111 136 159 11.35 24.24 29.69 34.72 69.845 119.08 119.653 149.423 偏差 -17.845 -8.08 16.3475 9.5775 度数 19 36 28 31 16.67 31.58 24.56 27.19 度数 10~40 代 行% 期待値 50 代 行% 字幕なし CM のほう 合計 458 114 期待値 60~70 代 17.385 29.64 29.7825 37.1925 偏差 1.615 6.36 -1.7825 -6.1925 度数 51 61 45 71 行% 22.37 26.75 19.74 31.14 期待値 34.77 59.28 59.565 74.385 偏差 16.23 1.72 -14.565 -3.385 122 208 209 261 合計 228 800 検定:Pearson カイ 2 乗:21.949 p 値(Prob>ChiSq):0.0012* 【 CM 相 対 評 価 ( b. 商 品 機 能 が わ か る )】 「b.商品機能がわかる」と感じるのは「字幕付き CM のほう」または「やや字幕付き CM のほう」と回答した聴覚障害者は合計 97.0.%、一般対象者は 45.3%であった(表 5)。また、 一般対象者の年代別比較では、10 歳代~40 歳代が 42.5%、50 歳代が 47.3%、60 歳代~70 歳 代が 50.0%であり、60 歳代~70 歳代が他の年代よりも字幕付き CM の方を選択する傾向があ ることがわかった(表 6)。 表 5 対象種別と CM 相対評価(b. 商品機能がわかる) 一般対象者 聴覚障害者 字幕付き CM のほう やや字幕付き CM のほう やや字幕なし CM のほう 度数 132 231 173 264 行% 16.5 28.88 21.63 33 期待値 184 224.889 156.444 234.667 偏差 -52 6.11111 16.5556 29.3333 度数 75 22 3 0 行% 75 22 3 0 期待値 23 28.1111 19.5556 29.3333 52 -6.1111 -16.556 -29.333 207 253 176 264 偏差 合計 字幕なし CM のほう 合計 800 100 900 検定:Pearson カイ 2 乗:182.523 p 値(Prob>ChiSq):<.0001* 表 6 年代と CM 相対評価(b. 商品機能がわかる) 字幕付き CM のほう やや字幕付き CM のほう やや字幕なし CM のほう 52 143 109 154 行% 11.35 31.22 23.8 33.62 期待値 75.57 132.248 99.0425 151.14 偏差 -23.57 10.7525 9.9575 2.86 度数 25 29 25 35 行% 21.93 25.44 21.93 30.7 期待値 18.81 32.9175 24.6525 37.62 偏差 6.19 -3.9175 0.3475 -2.62 度数 55 59 39 75 行% 24.12 25.88 17.11 32.89 期待値 37.62 65.835 49.305 75.24 偏差 17.38 -6.835 -10.305 -0.24 132 231 173 264 度数 10~40 代 50 代 60~70 代 合計 検定:Pearson カイ 2 乗:22.865 p 値(Prob>ChiSq):0.0008* 【 CM 相 対 評 価 ( c. コ メ ン ト が 伝 わ る )】 字幕なし CM のほう 合計 458 114 228 800 「c.コメントが伝わる」と感じるのは「字幕付き CM のほう」または「やや字幕付き CM のほう」と回答した聴覚障害者は 98.0.%、一般対象者は 52.3%であった(表 7)。また、一般 対象者の年代別比較では、10 歳代~40 歳代が 51.5%、50 歳代が 52.6%、60 歳代~70 歳代が 53.9%であり、60 歳代~70 歳代が他の年代よりも字幕付きの方を選択する傾向があることが わかった。また一般対象者の全年代で過半数以上が字幕付き CM の方を選択しており、全世 代共通で「コメントが伝わる」と感じている(表 8)。 表 7 対象種別と CM 相対評価(c. コメントが伝わる)の分割表に対する分析 字幕付き CM のほう やや字幕付き CM のほう 字幕なし CM のほう 合計 162 257 147 234 800 20.25 32.13 18.38 29.25 期待値 220.444 239.111 132.444 208 偏差 -58.444 17.8889 14.5556 26 度数 86 12 2 0 行% 86 12 2 0 期待値 27.5556 29.8889 16.5556 26 偏差 58.4444 -17.889 -14.556 -26 248 269 149 234 度数 一般対象者 聴覚障害者 行% 合計 やや字幕なし CM のほう 100 900 検定:Pearson カイ 2 乗:195.146 p 値(Prob>ChiSq):<.0001* 表 8 年代と CM 相対評価(c. コメントが伝わる)の分割表に対する分析 度数 10~40 代 行% 期待値 50 代 合計 やや字幕付き CM のほう やや字幕なし CM のほう 字幕なし CM のほう 72 164 92 130 15.72 35.81 20.09 28.38 92.745 147.133 84.1575 133.965 偏差 -20.745 16.8675 7.8425 -3.965 度数 25 35 22 32 21.93 30.7 19.3 28.07 23.085 36.6225 20.9475 33.345 偏差 1.915 -1.6225 1.0525 -1.345 度数 65 58 33 72 行% 28.51 25.44 14.47 31.58 期待値 46.17 73.245 41.895 66.69 偏差 18.83 -15.245 -8.895 5.31 162 257 147 234 行% 期待値 60~70 代 字幕付き CM のほう 合計 458 114 228 800 検定:Pearson カイ 2 乗:20.924 p 値(Prob>ChiSq):0.0019* 3-2. 字 幕 付 き CM の 好 感 度 ・ 評 価 と 購 入 意 向 次に、字幕付きと字幕なしの「好意度」「購入意向」「企業評価」の相対評価を従属変数と して、対象種別と年代とのクロス集計を行った。結果、対象種別と年代の両方が、これら従 属変数に対しても影響することが明らかになった。 ・ CM 好 意 度 相 対 評 価 ( 4 素 材 計 ) CM への好意度を従属変数にした場合、 「字幕付き CM の方が良いと思う」と回答した聴覚 障害者は 96.0%であり、一般対象者は 33.0%であった(表 9)。一般対象者の年代別比較では、 10 歳代~40 歳代が 27.0%、50 歳代が 36.8%、60 歳代~70 歳代が 42.9%であり、60 歳代~70 歳代が他の年代よりも字幕付き CM に対する好意度が高いことがわかった(表 10)。 表 9 対象種別と CM 好意度相対評価 字幕付き CM のほうが良いと思う 一般対象者 聴覚障害者 字幕なし CM のほうが良いと思う 合計 度数 264 536 行% 33 67 期待値 320 480 偏差 -56 56 度数 96 4 行% 96 4 期待値 40 60 偏差 56 -56 360 540 合計 検定:Pearson カイ 2 乗:147.000 p 値(Prob>ChiSq) 800 100 900 <.0001* 表 10 年代と CM 好意度相対評価の分割表 字幕付き CM のほうが良いと思う 10~40 代 度数 60~70 代 合計 124 334 27.07 72.93 期待値 151.14 306.86 偏差 -27.14 27.14 度数 42 72 行% 36.84 63.16 期待値 37.62 76.38 偏差 4.38 -4.38 度数 98 130 行% 42.98 57.02 期待値 75.24 152.76 偏差 22.76 -22.76 264 536 行% 50 代 字幕なし CM のほうが良いと思う 合計 458 114 228 800 検定:Pearson カイ 2 乗:18.311 p 値(Prob>ChiSq):0.0001* ・ CM に よ る 商 品 購 入 意 向 相 対 評 価 CM による商品購入意向について、 「字幕付き CM の方を購入してみたい」または「やや字 幕付き CM の方を購入してみたい」と回答した聴覚障害者は合計 96.0%であり、一般対象者 は 37.7%であった(表 11)。一般対象者の年代別での比較では、10 歳代~40 歳代が 32.9%、 50 歳代が 39.4%、60 歳代~70 歳代が 46.4%であり、60 歳代~70 歳代が他の年代よりも字幕 付き CM による商品購入意向が高いことがわかった(表 12)。 表 11 対象種別と CM による商品購入意向・相対評価 度数 字幕付き CM のほうを やや字幕付き CM のほう やや字幕なし CM のほう 字幕なし CM のほうを購 購入してみたい を購入してみたい を購入してみたい 入してみたい 81 221 252 246 10.13 27.63 31.5 30.75 一般対 行% 象者 期待値 136 217.778 226.667 219.556 偏差 -55 3.22222 25.3333 26.4444 聴覚障 度数 72 24 3 1 害者 行% 72 24 3 1 合計 800 100 期待値 17 27.2222 28.3333 27.4444 偏差 55 -3.2222 -25.333 -26.444 153 245 255 247 合計 900 検定:Pearson カイ 2 乗:254.761 p 値(Prob>ChiSq):<.0001* 表 12 年代と CM による商品購入意向・相対評価 度数 字幕付き CM のほうを やや字幕付き CM のほ やや字幕なし CM のほう 字幕なし CM のほうを購 購入してみたい うを購入してみたい を購入してみたい 入してみたい 26 125 157 150 5.68 27.29 34.28 32.75 10~40 行% 代 期待値 46.3725 126.523 144.27 140.835 偏差 -20.373 -1.5225 12.73 9.165 度数 14 31 38 31 12.28 27.19 33.33 27.19 11.5425 31.4925 35.91 35.055 偏差 2.4575 -0.4925 2.09 -4.055 度数 41 65 57 65 17.98 28.51 25 28.51 50 代 行% 期待値 60~70 行% 代 期待値 23.085 62.985 71.82 70.11 偏差 17.915 2.015 -14.82 -5.11 81 221 252 246 合計 合計 458 114 228 800 検定:Pearson カイ 2 乗:29.208 p 値(Prob>ChiSq):<.0001* 3-3. 調 査 1 の 結 果 の 分 析 これまで日本はもとより海外でも行われたことがなかった調査によって、以下のようなこ とが明確になった。 聴覚障害者と一般対象者で比較すると、聴覚障害者の方が字幕付き CM に対する評価が非 常に高く、テレビ CM への CC 付与に大きな期待を寄せていることが明らかになった。 一方、一般対象者においても 60 歳代~70 歳代では他の年代に比べて字幕付き CM に対す る評価が高く、聴覚障害者同様に CM への CC 付与に期待を寄せているという共通性が明ら かになった。この調査が、花王㈱が放送したテレビ CM を対象にした調査であることから、 対象となったテレビ CM が、聴覚障害者および、60 歳以上の高齢に方に、支持されているこ ともわかった。 例えば、「理解度」「好意度」において、字幕付き/字幕なしのどちらの CM を評価するか について、聴覚障害者は字幕付き CM を非常に高く評価している。同様に、一般対象者の 60 歳代~70 歳代でも他世代と比較すると字幕付き CM を高く評価している。この結果から、字 幕付き CM の「理解度」「好意度」の評価における聴覚障害者と高齢者(60 歳代~70 歳代) の共通性が明らかになった。 同様の傾向が、 「a. 商品・ブランド名が記憶に残る」 「b. 商品機能がわかる」 「c. コメント が伝わる」の 3 つの項目における字幕付き/字幕なしの CM 評価にも表れた。更に、 「c.コメ ントの伝わりやすさ」については、高齢者(60 歳代~70 歳代)に限らず、全年代で半数以上 が字幕付き CM を評価しており、「字幕付き CM のコメントの伝わりやすさ」は年代に関係 なく高く評価されることが明らかとなった。 「商品購入意向」においても同様に、字幕付き/字幕なしのどちらの CM の商品を購入し たいと思うかについて、聴覚障害者と高齢者(60 歳代~70 歳代)で字幕付き CM を選択す る傾向が見られた。 以上の結果から、60 歳代以上の高齢の方は「字幕付き CM」についての評価が高い傾向に あることが明らかとなった。 4. 調 査 2 に 関 し て 4-2. 調 査 2 の 概 要 調査1から、CC を聴覚障害者と 60 歳以上の高齢の方が、高く評価していることがわか った。その結果を受け、聴覚障害者の中でも、ある程度の残存聴力がある難聴者(ここでは 障害者手帳 3・4・6 級に該当する人とした)と最近聞こえにくくなっていると感じる 60 歳代 以上の高齢世代(5 名)と難聴者(5 名)を対象にインタビュー調査を実施した(調査 2)。 調査 2 の概要は、柴田・歌川(2012)を参照。本調査の目的は、CC のユニバーサルデザイ ンに対する CC のニーズを、彼ら/彼女らのライフスタイル、家族関係、すなわち利用者の 背景に迫ることで、利用者の CC に求めるニーズを潜在ニーズも含めて「深く」 「豊かに」堀 り下げるためである。聴覚障害者、難聴者と一口にいっても実に多様な背景をもっているこ ともその理由である。よってインタビュー手法は半構造化インタビューを基本としながらも、 15 分程度のデプスインタビュー形式を取り入れた手法を採用した。 4-3. 調 査 2 の 結 果 と 考 察 調査2の分析では、難聴者と、60 歳以上の高齢の方の CC の必要性に関して、共通してい る部分と、そうでない部分があることがわかった。例えば、60 歳以上の方の中で、今は CC を必要としない方もいた。そこで、筆者らは、何が理由で、「CC が必要でない」から「CC が必要になる」と変化していくか、その分岐点を分析した。ユニバーサルデザインの観点か ら、今後の CC のポテンシャルを見極めるためである。 その結果、60 歳以上の高齢の方と難聴者のそれぞれからの具体的なコメントから、60 歳以 上の高齢の方が「CC が必要でない」から「CC が必要になる」と変化していく分岐点の“環 境要因”が、明らかになってきた。 (1)「習慣性」:CC を知っているか知らないか。そして CC に慣れているかどうか。 (2) 「デザイン」 :字幕の位置、字の大きさ、スピード、字幕が表示される音声とのタイミン グ、色。 (3)「利用者と社会との関係性」:ユニバーサルデザインの理解、障害者への配慮。 (4)「聴力」:高齢の方が加齢の年齢を経ていくに従って聞こえにくくなること。 (5)「障害の受容」:「聞こえにくくなる」を受容するプロセス(加齢によるものも含む)。 以下に上記の項目に沿って分析結果を述べる。 (1)の「習慣性」に関しては、「CC 機能については知らなかったが知っていれば、使用 した。」(60 歳以上の高齢の方:80 歳代/男性)「CC機能は利用していないが、今日見て便 利だなと思った。」 (60 歳以上の高齢の方:70 歳代/男性)から、CC に関する知識を得るこ とで、CC が必要と思うようになると考えられることがわかった。一方、難聴者は、CC を知 っているから、その必要性を感じていることがわかった。また、難聴者は CC、すなわち「映 像に字幕が付与された状態」に普段から慣れているのに対し、高齢者は現在、字幕を使い慣 れていないが、それが慣れることにより高齢者の字幕に求めるニーズも変わり、CC が必要 だと思うように推移することもインタビューによって浮かびあがってきている。 (2)の「デザイン」に関しては、インタビュー回答者の多くが「改善を求める」という姿 勢を示している。具体的には、映像と字幕、商品名と字幕が重ならないデザインの工夫を求 めている。また「文字の色」や「大きさ」に対する改善点もあがった。このように、物理的 な見にくさに加えてデザイン的な審美性の観点、つまり、魅力的なデザインかどうかで、CC の必要性に大きく影響を与えることがわかった。これについては、 「今は CC を邪魔だと思う が、(デザインが改善されたら)今後は変わるかもしれない。」(60 歳以上の高齢の方:70 歳 代/女性)、というコメントから、現在 CC をデザインの観点から、「邪魔」と感じている高 齢者も、デザインが改善されれば CC を受け入れると思われる示唆もあった。 (3)の「利用者と社会との関係性」に関しては、高齢者グループより「近所の障害者セン ターで太極拳をやっており、友人にも障害者がいるため、自分も何か役に立ちたいと思う。 CC が付けば内容がわかるので良いと思う。」 (60 歳以上の高齢の方:80 歳代/女性)という 意見があった。このように障害者を身近に感じていることや、ユニバーサルデザインの事を 良く知っているなど、社会的に意識の高い人であることが、そうでない人よりも、一層 CC の必要性に共感していることがわかった。これに追加して、本研究のテーマである ユニバー サルデザイン観点からは、大きな発見があった。 「今の CC だと聴覚障害者向けというのが見 え見えであり、ユニバーサルではない。もっと自然に表示してほしい。」 (60 歳以上の高齢の 方:60 歳代、男性)といった意見もあり、高齢者が、「障害者のため字幕」は、自分たちの ものためのものではないという理解もあること、しかし、CC が、より多くの人を対象とし た、つまり、ユニバーサルデザインであれば、受け入れるというコメントである。この見方 は難聴者へのインタビューによっても明らかになった。例えば「現在の字幕はろう者のため のもの、きこえる人は必要でないと思う。私の周りにいる聞こえる人は字幕そのものが邪魔 だと言う」(難聴者:30 歳代、男性)意見があった。 これは「聴覚障害者向けに字幕を付けている」ことが強調されるデザインがバリアフリー デザインの CC であるとするならば、それをユニバーサルデザインの CC に、対象を広げ、 デザインをだれにでも魅力的なものに変更していくことができれば、そのニーズが飛躍的に 高まる可能性の現れである。また難聴者グループの中で、 「CC は聴覚障害者にとって一番便 利である」が、最終的には誰にとってもつかいやすいものにしてほしい(難聴者:20 歳代/ 女性)」という意見があった。 (4)と(5)の「聴力」及び「障害の受容」に関しては高齢者グループから出たコメント が非常に興味深かった。難聴者は「きこえにくさ」を普段から実感しているが、高齢者は加 齢に伴う聴力の変化を少なからず感じている。例えば、「今はまだ使用したいと思わないが、 今後、今より聞こえなくなったら使用すると思う。CC を使用しなければ、理解できなくな る。」 (60 歳以上の高齢の方:70 歳代/女性)、 「聞こえなくなったら CC を使用したいと思う。」 (高齢者:70 歳代/男性)から、聞こえにくさに関して質問すると、今後 CC が必要だと答 えている。 「今後、高齢化社会が進む中で、耳が聞こえなくなってきた人にとっても、CC が 重要になると思う。」 (60 歳以上の高齢の方:60 歳代/男性)からは、自分を含め高齢者にと って CC が有効なものになっていくと感じていることもわかった。ここに筆者らは、高齢者 のきこえにくさの受容の変化すなわち加齢に伴うアイデンティティの変化を見ることができ た。難聴者は自身のアイデンティティを「難聴」やあるいは「聴覚障害者」というように、 自身の障害の受容及びアイデンティティを医学モデルの視点から受け入れている人がほとん どであった。よって今回の聴覚障害をもつインタビュー協力者の多くは自らの障害ゆえ字幕 が必要であると述べた。一方、高齢の方の障害の受容ならびにアイデンティティに関しては、 回答者によって意見が分かれた。高齢の方では、自分は障害者ではないと強く意識している 人と、障害者の意識に近く共感を覚える人にわかれた。具体的に述べると、「現状の CC は、 障害者用の字幕であるので『きこえにくさ』の問題をもつ自分にとって必要なものと思う」 人か、 「実際に聴力の低下が生じてもまだまだ聞こえると自分では思っているし、自身は障害 者とは異なった存在であるので、CC は必要ない」と思っている人に二分された。このよう に自分自身のアイデンティティがどの位置にあるかによって CC の必要性が変わるというこ とがわかった。 また難聴者に視点を当てると、 「私は難聴というアイデンティティをもっているが、CM 字 幕が普及すればきこえる人との情報の共有がスムーズに進む。コミュニケ―ションの幅が広 がる」 (難聴者:20 歳代/女性)にあるように、CC がきこえる世界によりアプローチできる ツールであると期待している人もいる。これは CC が普及すれば、きこえる世界ときこえな い世界の二つを結びつけることが可能となることを示唆させるコメントである。 以上の調査を通じて上記で触れた環境要因が、CC の受容性や必要性の決定に大きく影響 していることがわかった。今後、CC=聴覚障害者のためのものではなく、CC=より多くの 人のためのものという認識を持てるような教育、情報発信の機会が増えること、またデザイ ンの改善が CC 普及につながることがインタビューによって指摘された。 5. ま と め 以上を通じて、聴覚障害者と一般対象者で比較すると、聴覚障害者の方が字幕付き CM に 対する興味・関心が非常に高く、テレビ CM への CC 付与に大きな期待を寄せていることが 明らかになった。とりわけ、60 歳以上の高齢の方は字幕付き CM に対する興味・関心が高い 傾向にあり、テレビ CM への CC 付与を聴覚障害者同様、高く評価、必要としていることが わかった。このことは、花王㈱が放送した CC を付与したテレビ CM が、聴覚障害者および、 60 歳以上の高齢に方に、指示されていることも示している。 さらに高齢で字幕を必要でないと感じている人も、テレビ CM の CC の認知、メリットの 訴求デザインの改善、などによって、CC を必要になることが示された。本研究の最大の発 見は、CC のユニバーサルデザイン化のポテンシャルである。CC は、必要としない時には非 表示にできる字幕であるが、現在字幕を必要としていない人も有効に活用していく大きな可 能性があることもわかった。 今後の課題としては、テレビ CM の CC の有効性に関して、より多く、かつ多様な方に対 して、多くの CM サンプルを用いた検証を継続していく必要がある。 また、テレビのCMだけでなく、インターネットの WEB サイト、携帯やモバイル、さら に、空港や電車、店舗などで、音声なしでテレビ CM を放映する際に字幕が付与される機会 も増えている。こうした研究の積み重ねから生まれた知見を体系化し、より多くの人に情報 を届けることに役立てられることが望まれる。 謝辞 本研究は、花王(株)からの調査研究助成を受け、㈱博報堂 博報堂ユニバーサルデザイ ンが大妻女子大学社会情報学部と共同研究調査を実施したものである。社会的に極めて意味 の高い、CC を自社のテレビ CM に取り組んだ活動をされている花王(株)には、その活動 に心から敬意を表したい。さらに加えて、調査に必要な資金、研究の素材をご提供していた だくなど、多大なご支援をいただいたことに、深く御礼を申し上げる。 参考文献 内閣府, 2011. “平成 23 年版 高齢社会白書”印刷通販株式会社、東京. 柴田・歌川 ほか,2012. “テレビ CM のクローズドキャプションによる字幕の有効性に関す る研究③”. 1) 詳しくは日本補聴器工業会のホームページ内「補聴器供給システムの在り方に関する研究 2 年次報告書」を参照されたい。 URL:http://www.hochouki.com/academy/news/program/index.html (2012/5/23 にアクセス) 2) CC とは、ビデオ及びテレビ番組の会話・音響効果・擬音すべての文字を原文のまま書き出 すもので、ビデオの中に埋め込まれたオープン・キャプションが常に画面上に映し出される 「隠せない字幕」のことを指すのに対し、CC は「隠すことのできる字幕」であり、リモコ ン操作などによって見たいときだけ字幕を見ることができるものである。 3) 本調査の単純集計結果については必要に応じて口頭報告にて補足する。さらに本年度中に報 告書のかたちで出版される予定である。