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豊かな表現力を育成する 総合的な学習の授業づくり

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豊かな表現力を育成する 総合的な学習の授業づくり
確かな学力の育成
豊かな表現力を育成する
総合的な学習の授業づくり
酒 井
抄
録
総合的な学習が目指す学力は,現代社会に「生きる力」
達 哉
③
高い目標を設定して努力を積み重ねていくことが
苦手である。
としての学力であり,表現力はそれを支える重要なもの
そこで,上記の課題を本校の総合的な学習の評価規準
である。総合的な学習における表現力(話すことの力・
と照らし合わせ,児童たちに身につけたい力として,表
書くことの力)はおもに学習成果の発信の過程で推進力
現力の育成を核とした次の3点を重点項目として設定し
として働く。本稿では,児童が教科で培った基礎的な表
た。そして,この項目を充実させることを柱とし,年間
現力を,1年間を通した総合的な学習の中で,いかに応
のカリキュラムを構想していくことにした。
用し,高めていったかを具体的な実践例をもとに述べる。
<キーワード>
カリキュラムの構成,学びの動機づけ,教科との関
連指導,外部評価・相互批評の活用,地域に対する
・体験的な学習を通して地域や人とかかわる力をつける
・自分の考えや思いを人に伝える力を高める
・自分に対する自信を持つ
情報発信(=フォーラム開催),数値による評価
(3)カリキュラムの継承と発展
1
表現力を重視したカリキュラムの構成
(1)魅力ある地域教材を生かして
本校の5年生の総合的な学習のテーマは地域の自然を
扱うこととなっている。平成 16 年度5年生には,まず,
前年度までの先輩たちの地域の自然に関する学びの成果
本校がある今田地区は兵庫県の南東部に位置し,日本
を映像等で確認させた。その結果,今も地域に自生する
六古窯の1つ「丹波焼」の里として知られる。地域には
サギソウは乱獲等で激減しているという現実から,地域
約60件の窯元が軒を並べ,伝統工芸品に囲まれ児童は
の方々に今田の自然環境の素晴らしさと,それを守るこ
生活しているといっても過言ではない。本校では以前よ
との大切さを伝える場の継続が,今田のサギソウを含む
り丹波焼を教材に取り入れた造形活動を行ってきた。
自然を守る上で必要だと児童たちと話し合った。
また,7年前からは丹波焼と並ぶ地域のシンボルであり,
全国的にも絶滅が心配される美しい草花,「サギソウ」
を守る活動を行い,栽培やフォーラム開催等を通して,
サギソウの自生地を保全するとともに,住民の自然環境
に対する関心を高めることにも貢献してきた。継続した
取り組みにより,学校教育に対する地域の認知と協力も
高まり,「特色ある学校」の構築につながっている。
(2)重点的につけたい力を設定する
平成16年度5年生(49名)は明るく元気で,思い
やりのある素直な子が多い。だが,4年生までの実態か
写真1
サギソウの花とフォーラムで発表する児童たち
ら,次のような学年としての課題が挙げられ,総合的な
学習を通しても改善を図っていくことにした。
そこで,上記の重点項目にも留意して,3月に市立さ
①
地域や自然に関心が薄い。
ぎそうホールに地域の方々を招き,フォーラムを開催す
②
自分に自信が持てず,人前で発表する機会をさけよ
ることを最終目標とし,地域の方々に胸を張って伝える
うとする。
ことができる学習活動に取り組んでいくことにした。
SAKAI Tatsuya:篠山市立今田小学校(兵庫県篠山市今田町下小野原61)
- 27 酒井達哉:豊かな表現力を育成する総合的な学習の授業づくり
もちろん,先輩たちのフォーラムでの発表と同じ課題,
物に対する愛情を深め,絶滅の危機が迫っていることを
方法で追究するのではなく,カリキュラムをさらに発展
実感させ,それらを守るためには何ができるのかを考え,
させ,新たな切り口から自然をテーマにした学習を展開
実行する学習活動を春より進めた。
していくことにした。また,学習の具体的な進行状況に
よって,柔軟にカリキュラムの修正をすることとした。
(1)いのちの美しさや神秘性にふれて
児童の興味・関心に基づいて下記の6つの班に分かれ
て地域の希少な動植物を卵や種から育てる活動を行っ
た。児童たちが選んだ動植物はいずれも環境省や兵庫県
のレッドデータブックに記載される,絶滅が心配される
希少種である。ここでは体験的な学習にとどまらず,3
月のフォーラムでの発表内容や方法も想定させて,写真
や動画等で成長記録や活動記録を残したり,生息地の調
査や専門家へのインタビューを行ったりと,問題解決的
な学習につながるように留意した。
①ナガレホトケドジョウ
②カスミサンショウウオ
③ハッチョウトンボ
④今田の不思議な植物
⑤ギフチョウ
(2)活動例
⑥モリアオガエル等めずらしいカエル
ハッチョウトンボ班
ハッチョウトンボは地域の湿地にすむ世界最小のトン
ボの一種であり,全長はわずか1.6センチしかない。生
息地のヤゴが付近の開発による汚水で危機にさらされて
いたので,10匹のヤゴを保護した。児童たちが毎日採
集するミジンコやユスリカを食べて幼虫は脱皮を繰り返
し,全長9ミリにまで成長した。その小さなヤゴから羽
化する神秘的な変身を児童たちは息を飲んで見つめてい
た。その後,生息地での生態をビデオ撮影して編集する
図1
総合的な学習の1年間の流れ
(4)大切にした5つの意識
表現に関する学習では,活動を展開していく上で,次
の5つの意識を明確に持って学習活動を進めていくこと
とともに成虫を生息地近くの安全な場所に返した。
3
外部評価を生かして表現力を高める
10月下旬には3月のフォーラムを想定し,前述の6
の大切さをおりにふれて指導した。
つの生き物班ごとに学んだ内容を,県立嬉野台生涯教育
① 目的意識…今田の素晴らしい自然を大切に思う気持
センターで約200名の生涯大学の学生に対して発表す
ちを伝える。
る場を設定した。学生の方々に自然を大切にする心を伝
② 相手意識…地域住民,行政,関係機関の方々
えるとともに,児童たちの表現力に対する学生の方々の
③ 場面意識…300人収容の市立さぎそうホール
評価をもとに,表現内容や方法を練り直していく学びが,
④ 方法意識…効果的に表現を工夫して,パワーポイン
3月のフォーラムの成功につながると考えたからであ
ト(静止画,動画)で
る。
⑤ 評価意識…前時までの,自己評価,相互批評,外部
評価を生かす。
(1)国語科と関連させて発表原稿を作成
国語科単元「ニュースを伝え合おう」と関連させた作
2
体験を通して学びの動機づけを図る
文指導の中で,生き物班ごとに発表原稿を作成した。発
表時間は1班6分程度とし,パワーポイントの静止画と
体験を通して醸成された課題意識は,その後の学習の
動画に合わせた発表を基本パターンとした。さらに,会
展開にあたって確かな推進力になる。そこで,サギソウ
場との双方向性をより高めるために,その生き物に関す
以外にも希少な動植物を育てる学習を通し,小さな生き
る3択クイズを入れることにした。
- 28 学習情報研究 2005.9
フォーラムに向けての改善点がより明らかになった。
<発表原稿の例>
みなさんは,大人の親指のつめぐらい小さなトンボが,この今田に
いることを知っていますか。このトンボはハッチョウトンボと言い,
世界最小のトンボの仲間です。ハッチョウトンボのヤゴはきれいな水
の流れる湿地にすんでいます。でも,開発などで湿地が減ったり,水
が汚れたりして,今田でも生息地はわずか1か所になりました。それ
ではビデオで今田の生息地の様子をご覧下さい。
私達はこのトンボをヤゴから観察することにしました。ヤゴは1円
玉の1の数字より小さいです。ヤゴの飼育は大変でした。夏の羽化に
備えて,休み時間に毎日最低10匹のボウフラなどを集めてやらなけ
ればなりませんでした。家からも毎日,ボウフラを持ってきました。
4
感動の涙に包まれたフォーラム
(1)相互批評で切磋琢磨して
フォーラムでは,生き物班ごとの発表を第1部とした。
手だてとして,表現の工夫の観点をより難易度を高いも
のにするとともに,6つの生き物班を人数構成の似通っ
た2組ずつをペアにして,お互いの発表方法についてア
(2)表現の工夫の観点を示す
ドバイスし合う相互批評の練習を取り入れた。先輩たち
劇団員に発声指導を受けた後,発表練習が始まった。
が相互批評を涙ながらに行っている映像を参考に,とき
表現力を高めるため,表現の工夫の観点を3点ごとに難
には厳しい指摘も飛び交う中,児童たちは友達と励まし
易度によって3つのステージに分けて設定し,次のステ
合い, 切磋 琢 磨する こと で 表現力 を高 め ていっ た。
ージに進むには教師の観点に基づく評価で80%以上に
全ての班が上達して初めて自然を愛する心が地域の方々
到達しなければならないという「壁」を作った。
によく伝わりフォーラムは成功する。それゆえ,児童た
客観的に自分たちの表現を分析させるため,ビデオで
ちは他の班のアドバイスも自分の班のことのように懸命
のチェックや大鏡の前での練習,保護者にも見ていただ
に行い,ペアの班が教師による評価で合格点に達すると
き,大人の視点から助言をいただく等の手だてを行った。
自分のことのように肩を抱き合って喜び合った。
リーダーを中心に班ごとに話し合い,ときにはけんかも
して何度もテストに挑戦し,1つのステージに合格する
ごとに喜びを重ね,チームワークも高まっていった。
(2)活動紹介を総合表現「今田のサギソウ物
語」に組み込んで
フォーラムの第2部では,1年間の今田の自然を守る
(3)アンケートを分析し,さらに表現力の向
上を目指す
活動を児童自らの手で劇化させたいと考え,秋から,劇
いよいよ,当日,緊張しながらも児童たちは生涯教育
てオリジナル脚本を完成させた。ストーリーは,今田の
センターでの発表に臨んだ。発表後の学生の方々へのア
サギソウに絶滅の危機が迫り,姿が消えかけているサギ
ンケートの項目「自然を大切にする気持ちがよく伝わっ
ソウの妖精を救うため,今田小学校の5年生がさまざま
たか」が80%以上が「はい」ならば発表は成功と設定
なプロジェクト(図1参照)を展開するというものであ
し,児童はそれを目標に練習に励んできた。結果は98.
る。ラストは,児童たちの自然を守ろうとする懸命な思い
8%の人から「よく伝わった」と答えていただき,児童
が地域の方々に伝わり,未来の今田は自然いっぱいの町に
たちは春から一番大きな達成感に包まれた。5年生はこ
なる。そして,そのような地域は,実は人間にとっても住
の発表を通して,自分たちに自信を持ち始めた。
みよい町であることに気づいていくという設定である。
スタッフがストーリーを練り,全体でのアイデアを加え
その後,児童は約180枚の学生の方々へのアンケー
練習方法としては全体を6つの場面に分け,それぞれ
トを整理し,児童の表現力に対する評価(内容・方法)
演出スタッフを中心に,児童の主体的,自主的な表現の
のよかったところと改善点をグラフにまとめた。
練習を行わせ,教師は包括的な助言にとどめた。休み時
間を教師が強制的に取らせないとずっと練習を続けるほ
どの熱の入れようであった。
(3)学んだことを自信を持って伝える喜び
フォーラムの日を児童は大きな緊張を持って迎えた。
そこで,本番前に地域を学びの場とした1年間の学習を
写真や映像で振り返り,さまざまな体験や厳しい相互批
評の練習の積み重ねを思い出させることにより,自分た
ちの学びに自信を持たせた。緊張は一生懸命に学んだこ
との証であると。会場には約250人の観客が詰めかけ
図2
改善点をグラフ化する
ビデオ映像と合わせて見ると,発表内容,方法ともに,
ていた。
第1部の生き物班別の発表が始まった。舞台の上には
- 29 酒井達哉:豊かな表現力を育成する総合的な学習の授業づくり
友達と「今田の自然を守りたい」という思いを懸命に伝
(4)数値による評価から見えてきたもの
えようとする児童たちの姿があった。大きくはっきりし
本実践の評価はワークシートのみならず,作文指導と
た声,豊かな表情,体いっぱい使った表現で見る人を魅
関連させた「振り返り作文」を多用した。それは児童が
了していった。第2部の「今田のサギソウ物語」がフィ
課題に対する思いや今後のかかわり方等を書きたいだけ
ナーレに近づくにつれ,5年生49人の心はさらに1つ
書いて考えをまとめることができるし,教師も返事や対
にまとまり,伝える喜びに,学びのゴールに感極まって
話により作文の内容を次の指導に即座に生かせるからで
涙ながらに思いを伝える児童もいた。客席でも児童たち
ある。また,前述の地域や保護者の方々による外部評価
の熱い思いに引き込まれ,涙ぐむ参観者も数多かった。
や友達から見た成長を述べる相互評価も積極的に取り入
れた。
春に設定した重点項目「体験を通して地域や人とかか
わる力」「自分の考えや思いを人に伝える力」「自分に
対する自信」にかかわる5段階の数値による評価は,児
童,保護者の両方とも1年間で大きく伸び,平均数値は
いずれも4を超えた。児童の姿や文章による自己評価に
加え,数値からも目標はおおむね達成できたと考える。
数値による評価で特に注目したいのは, 総合的な学習
での学びは,教科学習に向かう意欲も培ったということ
写真2
フォーラムのクライマックス
全ての発表が終わり,最後にコメンテーターとしてお
である。「教科学習でも向上を目指すことができる」と
いう項目では,より客観的な保護者による数値評価を見
招きした,鳴門教育大学の村川雅弘教授に講評をいただ
ても,3月の平均値は5段階で4.1(児童4.2)である。
いた。全国の多くの総合的な学習の授業を見てこられた
表現力を高める学習活動を通して芽生えた「自分もやれ
先生なので,研究者の立場からの外部評価がいただける
ばできる」という自信が,苦手な学習内容でも一生懸命
と児童たちと期待をしていた。村川先生は声を詰まらせ
やれば理解できるはずだという思いを生じさせたからで
ながら「感動した…100点もしくはそれ以上!」と感
あろう。各教科のテストの平均点の向上に加え,私が学
想を述べてくださり,1つ1つの言葉が児童の胸に刻ま
力向上の一環として行っている,「輝きノート」(1P
れていった。
あたり532字の自主的に学習を進めるノート)のペー
そして,どんちょうが下りフォーラムがすべて終了し
ジ数も年間平均で一人当たり600ページを越えた。
た。と同時に児童たちのむせび泣く声が客席に聞こえて
きた。舞台の上でやり遂げた達成感に包まれ,仲間とと
もに声を上げて泣いていたのだ。どんちょう越しに聞こ
えてくる児童たちのむせび泣きは,この1年の個人の,
そして,学年集団としての学びの結晶であった。
5
おわりに
表現力の育成を核とした総合的な学習を,学びの動機
づけを重視して展開することにより,児童たちはフォー
ラムを成功させたいという目的意識を高め,意欲的に学
最後はもう本当に,「終わりたくない」という気持ちでした。そし
て,コメンテーターの村川先生が「感動した。」とおっしゃると,だ
んだん,じわじわと涙が出てきました。そして,「100点」と言わ
れた時にぐっとあふれてきました。最後にさぎそうの絵のどんちょう
が下りたとき,みんな舞台の上でいっせいに泣き始めました。私もカ
エルのようにおえつして泣きました。涙が止まりませんでした。その
涙はいろんな涙が混じっていました。よくここまで私達はがんばれた
なという涙,目標であった「100点」の涙,地域のみなさんに伝わ
ったという涙,そして,もう5年生は卒業なんだという悲しみの涙。
やり終えたという達成感あふれた涙もありました。
家に帰ると,お母さんが「感動した。」と言っていました。すごく
うれしかったです。
私は4年生の時,はずかしがりやでした。でも,5年生になって先
生に出会ってから,今田のたくさんの自然に出会ってから変わりまし
た。発表が楽しくなりました。何にでも自信が持てるようになりまし
た。命の大切さを知りました。本当の友達を知りました。はずかしく
なくなりました。そして,今日,今までに感じたことのない達成感を
感じられました。私はこんなに成長できたのは,ワールド(=総合)
があったからだと思います。あとになるけど,フォーラムまで私達が
歩んで来た道は,でこぼこ道だと思います。でも,普通のでこぼこ道
じゃなくて,険しい道だけど光輝く道だったと思います。
(振り返り作文より)
- 30 学習情報研究 2005.9
習活動を進めることができた。
その結果,1年間の集大成としてのフォーラムで友達
と力を合わせて学んだことを地域の方々の前で堂々と胸
を張って発表し,学校での学びが社会の中でどう生きて
くるの かも 体 験を通 して 実 感でき たの で はと思 う。
この1年の児童たちの表現力の向上,人間としての成長
を目の当たりにし,教師としても総合的な学習が持つ可
能性の大きさを改めて認識することができた。今後も児
童や地域の実態をふまえ,学校全体で研修を積み重ねて
教師側のさまざまな課題を乗り越え,児童たちの未来を
支える「生きる力」を育むために,魅力ある総合的な学
習の授業づくりに邁進していきたい。
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