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トンガ王国における高い出生率と海外移出率: MIRAB 社会における人口

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トンガ王国における高い出生率と海外移出率: MIRAB 社会における人口
〔特 集〕
民 族 衛 生 Jpn J Health & Human Ecology
2014;80
(1):48−53
トンガ王国における高い出生率と海外移出率:
MIRAB 社会における人口転換の特徴
小西 祥子
High fertility and high out−migration rates in the Kingdom of Tonga:
features of demographic transition in a MIRAB society
Shoko KONISHI
Examples of demographic transition include transitions from high−fertility−high−mortality to
high−fertility−low−mortality and to low−fertility−low−mortality. In general, a high population growth
rate is observed in the high−fertility−low−mortality phase, and the rate of population growth
decreases in the low−fertility−low−mortality phase. Using available demographic data from the Kingdom of Tonga for the years 1891 to 2011, we described the demographic transition pattern in this
country. Since 1953, the crude mortality rate has been lower than 10‰, while the crude birth rate
remained as high as 27‰ until 2011. Despite the high fertility and low mortality rates from 1996 to
2006, the mean annual population growth rate was only 4.2‰, which is attributable to the net migration rate of−17.8‰. In addition, out−migration of both young and older adults, together with the high
fertility rate, contributed to the maintenance of the pyramidal shape of the population age structure of
the country from 1956 to 2006. This study shows that this MIRAB (migration, remittance, aid
financed, and bureaucracy)society, has been experiencing a unique demographic transition due to a
high out−migration rate. Because the international migration rate has been increasing in various
regions throughout the world, we may need to re−examine the demographic transition theory while
considering the significant effects of international migration.
Key words:Kingdom of Tonga, MIRAB, migration
トンガ王国,MIRAB,移住
Ⅰ 諸 言
る.一般的に多産少死の時期には一時的に人口増
加率が上昇し,やがて少産少死の時期に達すると
人類の歴史のなかで,死亡率と出生率が顕著に
人口増加率は再び低下する.
低下した過程を人口転換とよぶ(大塚,2003).
世界の多くの国がすでに人口転換を経験した,
はじめに死亡率の低下が起こり,続いて出生率の
あるいは経験しつつあるが,その様相は国や地域
低下が始まることから,それぞれの集団は多産多
ごとにかなり異なっている(大塚,2003).たと
死から多産少死を経て少産少死の段階を経験す
えば日本では急速な出生率低下が短期間に起こっ
東京大学大学院医学系研究科人類生態学教室
Department of Human Ecology, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo
民族衛生 第80巻 第 1 号 2014年 1 月
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た一方,インドのように死亡率の低下を経験しつ
tics, 1980;1991;1999;2008;2013;Tupou-
つも出生率は非常に緩やかにしか低下していない
niua,1956)
.人口ピラミッドは R ver. 3.0.2 を用い
国も存在する.結果として日本の人口は減少に転
て作成した(R Core Team,2013).さらに 1956
じたが,インドは比較的高い人口増加率を維持し
年から 2006 年までの 10 年おきのセンサス人口
ており,数十年のうちに中国をも抜いて世界一の
を用いて,増加率を一定と仮定して指数関数で補
人口大国となる可能性も指摘されている.
間することにより,年平均人口増加率(人口 1000
ところで,ある国の人口増加率が出生率と死亡
対)を計算した.
率の差によって説明できるのは,あくまで海外移
出や海外移入の数が,出生数や死亡数と比較して
十分に小さいことが前提にある.本稿で分析の対
P
(t1) n1
{(P(t ))−1}×1000(1)
r=
0
P(t)
:年 t における人口,r:年平均人口増加
象とするトンガ王国ならびに他の南太平洋諸国の
率(人口 1000 対)
,n=t1−t0
多くは,この前提が成立しない.なぜならばこれ
各センサス年の人口増加率から自然増加率(粗
らの国々では,物価が比較的高く,生活にある程
出生率から粗死亡率を引いた値)を引くことに
度の現金が必要であるにも関わらず,国内の仕事
よって純移動率を計算した.なお移出数が移入数
が限られていることから,海外で仕事に就くのが
よりも多い場合には純移動率は負になり,逆の場
重要かつ現実的な選択肢となっているからである
合は正になる.
(小西,印刷中)
.実際,南太平洋諸国からは多く
次に 1996−2006 年の年平均純移動率と 2006 年
の人々がニュージーランド,オーストラリア,米
の総人口を掛け合わせることによって,純移動数
国 を は じ め と す る 国 に 移 住 し て い る (小 西,
(移入数から移出数を引いたもの:移出超過の場
2009)
.このような状況を端的に表す言葉として,
合は負になる)を推定した.この純移動数と,
移住(migration)
,仕送り(remittance),海外援
1996−2006 年の純移動数に占める男女別年齢階級
助(aid financed),官僚政治(bureaucracy)の頭
別割合(Tonga Department of Statistics,2008:Fig-
文字をとった MIRAB(ミラブ)が使われている.
ure 20 から数値を読み取った)を掛け合わせて,
本稿では典型的な MIRAB 社会であるトンガ王
男女別年齢階級別の純移動数とした.さらにこれ
国における人口転換の過程を分析することによっ
を 2006 年の男女別年齢階級別人口で除して,男
て,海外移出の影響が非常に大きい社会において
女別年齢階級別の純移動率(人口 1000 対)を計
これまでどのように人口転換がおきてきたのかに
算した.
ついて検討することを目的とする.
Ⅱ 方 法
Ⅲ 結 果
図 1 に 1956 年から 2006 年人口・粗出生率・
人口,人口増加率,出生率,死亡率および人口
粗死亡率,図 2 に 1956 年・1986 年・2006 年の人
ピラミッドの形状の時系列変化を相互比較するこ
口ピラミッドを示す.トンガ王国の人口は 1891
とにより,トンガ王国における人口転換を記述的
年にはわずか 19,196 人であったが,2011 年には
に分析した.1956 年以降 2006 年まで 10 年毎に
103,252 人まで増加した(図 1)
.粗出生率,粗死
実施されている(ただし 2011 年にも実施された)
亡率ともに 1940 年代から 1960 年代にかけて低
センサスの報告書に記載されている情報に基づい
下の傾向を示したが,1976 年以降はほとんど低下
て,1891 年から 2011 年までのトンガ王国の総人
せず,多産少死の状態が継続していた(図 1).そ
口,粗死亡率(人口 1000 対),粗出生率(人口 1000
れにもかかわらず 1966 年以降人口増加率は急速
対)を比較した(Fiefia,1968;Population Refer-
に低下し,2006 年には 4‰になった.同時期に純
ence Bureau,2011;Tonga Department of Statis-
移動率は−0.4‰から−17.8‰へと大幅に低下し
民族衛生 第80巻 第 1 号 2014年 1 月
50
総人口
総人口
(人)
100,000
80,000
50
粗出生率
荒死亡率
40
60,000
30
40,000
20
20,000
10
0
1891
1911
1931
1951
年
1971
1991
粗出生率・粗死亡率(人口1,000対)
60
120,000
0
2011
図 1 トンガ王国の総人口,粗出生率,粗死亡率の年次推移
1891−2011 年.出典:Fiefia(1968);Population Reference Bureau(2011);
Tonga Department of Statistics(1980,1991,1999,2008,2013);Tupouniua(1956)
年齢階級
(歳)
75+
男
年齢階級
(歳)
75+
女
1956年
8,000
男
年齢階級
(歳)
75+
女
1986年
0∼4
0
0
8,000
(人)
8,000
男
女
2006年
0∼4
0
0
8,000
(人)
8,000
0∼4
0
0
8,000
(人)
図 2 トンガ王国の人口ピラミッド,1956,1986,2006 年
出典:Fiefia(1968);Tonga. Statistics Department(1991,2008)
た(表 1)
.1956 年,1986 年,2006 年のいずれも
ていた(2006 年の粗出生率は 29.0‰).これは海
年少人口割合が高いピラミッド型の人口年齢構成
外移出数が多く,純移動率が非常に低い(移出超
を示した(図 2)
.
過数が多い)ことに起因していた.
純移動率の年齢階級別パタンは男女で似通った
同国にみられた以上の特徴は,MIRAB 型人口
傾向を示した(図 3).10 歳代から 20 歳代にかけ
転換の特徴として次の 2 点にまとめられる.(1)
て純移動率がもっとも低く,50 歳代以降の年代で
多産少死が継続しているものの,高い海外移出率
も一貫して移出が超過していた.
のために人口増加率が低い(2)若者よりは数は
Ⅳ 考 察
トンガ王国は死亡率(2006 年の粗死亡率 7.0‰)
少ないものの中高年も海外に移出するため,集団
の死亡率が低いのにも関わらず高齢者割合が比較
的低く,人口年齢構成はピラミッド型を示す.
と人口増加率(1996−2006 年の年平均 0.42%)は
まず(1)の高い出生率の継続は,高い海外移
すでに人口転換を経験した国々と同程度まで低下
出率があってこそ成立していると推察される.小
した一方で,出生率は依然として高い水準を保っ
さな島国の人口支持力には限りがあるため
民族衛生 第80巻 第 1 号 2014年 1 月
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表 1 センサス年におけるトンガ王国の総人口と人口指標の変化,1956−2006 年
年
総人口(人)
粗出生率a
粗死亡率a
人口増加率ab
純移動率a
1956
56,838
37.7
6.9
30.5
−0.4
1966
77,429
37.6
2.9
31.4
−3.3
1976
90,085
30.0
6.5
15.3
−8.2
1986
94,649
27.0
6.5
5.0
−15.5
1996
97,784
27.0
6.5
3.3
−17.2
2006
101,991
29.0
7.0
4.2
−17.8
a 人口 1000 対
b 該当年のセンサスと前回のセンサスの人口から式(1)を用いて計算した.ただし
1956 年については 1939 年からの年平均人口増加率.
出典:Fiefia (1968)
, Tonga Department of Statistics, 1980;1991;1999;2008;2013),
Tupouniua(1956)
0
純移動率(人口1,000対)
−5
−10
−15
−20
−25
−30
−35
女
−40
男
−45
0∼
4
5∼
10 9
∼
15 14
∼
20 19
∼
25 24
∼
30 29
∼
35 34
∼
40 39
∼
45 44
∼
50 49
∼
55 54
∼
60 59
∼
65 64
∼
70 69
∼
75 74
∼
79
−50
年齢段階
(歳)
図 3 1996−2006 年における年平均の男女別年齢階級別純移動率
(Cohen,1998)
,人口増加率が十分に低くなけれ
る.これをコールドウェルの「富の流れ理論」に
ば高い出生率は継続不可能だからである.もし海
照らすと,トンガにおいては依然として「富」が
外移出が現在の水準よりも少なくなれば,住宅や
親から子どもへと流れており,だからこそ出生率
農地の不足が生じるであろう.また個人や家族の
が低下しないことになる(梅崎,2003)
.1953 年
適応戦略という点からみると,やはり子どもの数
以降,粗死亡率は一貫して 10 を下回っているの
が多い方が適応的である.トンガに残って家を
にも関わらず,粗出生率は 2011 年にまだ 27 とい
守ったり年老いた親の世話をしたりする子ども
う高水準を保っていることは世界でみても非常に
と,海外で働いて現金収入を得て祖国に仕送りし
稀な人口転換の例であろう.換言すると,高い海
てくれる子どもの両方が必要であり,結果として
外移出率と,子どもの海外移出を前提とした家計
子供の数が多くなる.つまり,トンガでは子ども
維持戦略によって可能となったとも解釈できる.
を育てるコストよりも子どもから得る利益の方が
中高年の海外移出(2)は,海外に移住した子
大きいために出生率が下がらない,とも解釈でき
どもが,トンガに住む親が年老いてきた時に自分
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の国に呼び寄せる習慣などによる.またガンなど
している.国境を越えた移動がますます盛んにな
高度な医療を必要とする場合に,海外に移住して
る現在,移動の影響を考慮した人口転換理論の再
治療を受けることもある.これは近年の日本で若
検証が必要なのではなかろうか.
者が都市部へと移住し,地方で高齢化と過疎化が
進展しているのとは対照的である.トンガ人にみ
謝辞
られる家族の結束の固さが,結果的に祖国の高齢
本研究は,第 21 回ファイザーヘルスリサーチ振興
化を防いでいるともいえる.このように高齢者の
財団国際共同研究事業「ポスト人口転換期におけるオ
海外移出によって,ピラミッド型の人口年齢構成
プティマルな対処方策の研究」の研究助成によって行
が持続するのは世界的に稀な事例であろう.
われました.
人口転換理論において,出生率低下の要因とし
て挙げられている要因―教育程度の向上,義務教
育の普及,識字率の上昇,市場経済への移行,家
族計画の普及,死亡率低下(河野,2007)―は同
王国もすでに経験済みである.近代的な避妊方法
は 1958 年 に ト ン ガ に 導 入 さ れ, 1971 年 か ら
1980 年にかけての家族計画を推進する政策のも
とさらに普及し,既婚女性の半数以上が利用する
ようになった(Daly,2009).にもかかわらず,ま
だ出生率が低下しないのは,やはり彼らが多くの
子どもをもつことを希望していること,そしてそ
の背景に海外移出によって人口が流出しているこ
とがあると考えざるを得ない.このように海外移
住が人口動態に及ぼす影響が非常に強い MIRAB
社会は,従来の人口転換理論が前提としてこな
かった人口構造を有しており,結果として人口転
換 も ユ ニ ー ク な 特 徴 を 示 す. さ ら に い え ば,
MIRAB 諸国に限らず国境を越えた人口移動が盛
んな他の国々でも同様のことがあてはまるであろ
う.
Ⅴ 結 論
トンガ王国においてはポスト人口転換期にみら
れる低い死亡率と人口増加率が達成されている一
方で,人口の減少や高齢化といった状況にはまだ
達していない.これは高い海外移出率によってい
る.換言すれば,
同国はその高い海外移出率によっ
て人口の高齢化をともなわずに人口転換を経験し
つつある.このことは裏返せば,移民受け入れ国
の政策によって海外移住パタンが変化すれば,人
口転換の様相もまた急激に変わりうることも示唆
文 献
Cohen JE 著,重定南奈子,瀬野裕美,高須夫悟訳(1998)
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遠藤央,印東道子,梅崎昌裕ほか編,オセアニア学,
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小西祥子,トンガ人はなぜ太る?:人類生態学から考
える,古田元夫監修,東大 ASNET 編集,アジアの
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河野稠果(2007)人口学への招待:少子・高齢化はど
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大塚柳太郎(2003)出生力転換,日本人口学会編,人
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2013 年 11 月 27 日取得
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梅崎昌裕(2003)出生力の社会文化的要因,日本人口
学会編,人口大事典,504−508,培風館(東京)
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