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8)蘭の仲間たち

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8)蘭の仲間たち
花の縁 07-02-08
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8)蘭の仲間たち
ランと名のつく植物は実に多い。しかしこの中には前種のクンシランやスズラン
のようにランとは無関係のものも少なくない。また中国では 10 世紀ごろの唐代まで
蘭は、フジバカマのことを指していた。これが現在の蘭に相当するようになったのは
宋代以降のことである。ラン科植物の大きな特徴は熱帯から亜寒帯まで、湿地から
乾燥地まで、
低山から高山までと、
きわめて多くの適応種が見られるということである。
このためにラン科は 3 亜科 700 属 25,000 種に及ぶ大きな科を構成し、ラン科の学名
は『Orchidaceae』で、このうち日本に分布するものは春蘭、石斛、風蘭、鷺草、紫蘭
など約 150 種ほどである。また園芸の世界では東洋ランと、西洋ランとを便宜的に
区別しており、東洋ランの中にはシンピジウム属のシュンラン、カンラン、イトラン。
デンドロビウム属のセッコク。フウラン属のフウランなどが含まれる。西洋ランとしては
カトレア属、パフィオペジラム属、バンダ属などがある。しかしこれはあくまでも便宜的
なもので分類学的なものではない。またトキソウやサギソウなどは総称して湿生ラン
と呼ぶことも多く、ランの分け方は分類学的なものから園芸的なものまでさまざま
である。これもラン科植物が極めて多様化しているためであろう。
一般的に東洋ランと呼ばれる多くのものは、日本や中国大陸の中南部などの温帯
地域が原産で、一方、西洋ランと呼ばれているものは花色が鮮やかで、アフリカや
東南アジアの熱帯地方に分布するものを指すことが多い。西洋ランのほとんどは明治
になってから日本に導入されたもので、主として欧米で品種改良されたものである。
しかしランの自生地をよくよく見ると、東洋ランでも西洋ランでも気候的には多くの
共通点を見いだすことができる。東洋ランの主たる産地であるビルマの西部から、
インドの西部、アッサム地方など、ヒマラヤ山脈の南部はいわゆるモンスーン地帯で、
平均気温は摂氏 20℃以上で、雨季には低地帯は水没し、水分をたっぷり含んだ空気
がランを包んでいる。 一方、中央アメリカや南アメリカでのランの自生地である
メキシコ、グアテラマ、コロンビア、ギアナ、ブラジルも貿易風が湿気をたっぷり
と含んだ空気を運んで来るために、雨季には多量の雨が降り、霧が発生する。この
東西に共通した環境がランの生育を促すのである。
さて栽培されるランは単茎性のものと複茎性のものとに大別される。バンダ、
ファレノプシス、ナゴランなどの単茎性の種では、一本の茎から葉が左右に互生し、
先端は止まることなく毎年生育を続けて伸長する。またカトレア、
デンドロビウム、
シンピジウム、エビネの様に複茎性のものは、毎年新しい芽は前年完成された茎の
基部から生じ、一年で生育が完成して株立となる。この種は秋までに茎を育て上げて、
完成させないと翌年花をつけないことになる。
ランは地中に根を張って生育するものを地生ランと呼び、これは熱帯から亜寒帯
まで広く分布している。一方、岩上や樹幹に根を張って生育するものを着生ランと
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呼び、特に熱帯地方に多く分布している。また乾期に葉を落とすもの、寒くなると
地上部が枯れるもの、もともと葉のない無葉のもの、葉緑体をいっさい持たず地中
の腐葉を養分として生きるもの、一生を土の中で過ごすものなどさまざまである。
一方ランの花は 3 枚の花弁と 3 枚の萼片から成り立っており、花弁の一枚は『唇状』
となっている。これは虫媒花のため昆虫たちの目印とするために色や形が進化した
ものと、かの『進化論』の著者チャールズ・ダーウィンは説明している。しかし
昆虫の視力がいかばかりかを考えると疑問も残る。この疑問に対してダーウィン
はコリアンテス属のランを用いて、昆虫による受粉の仕組みを克明に観察しており、
香りに誘われた昆虫が特殊な形をしたリップの奥に入り込んで、狭い通路を通るとき
に花粉がうまく受粉すると説いている。確かにランの中にはリップの形が昆虫の
雌そっくりの形をしており、しかも雌そっくりの匂いまで出す種もあり、この点で
ダーウィンの説はなんとも魅力的なのである。ともかくもダーウィンはこうして
ランを用いて、自然淘汰と適応の概念を確立していったのである。それはさておき
ランの唇弁の基部は後ろに長く伸びて、
『距』を形成するものも多くあり、これが
ランの特徴を一層のこと強調していることは確かであろう。
カトレアやデンドロビウムなど着生ランの葉や茎は、多肉化し水分や養分を貯え、
乾燥に耐えられる仕組みになっている。この多肉化した茎は偽鱗茎(ギリンケイ)とか
バルブとか、プセウドバルブなどともいい、新しい葉のあるものをリードバルブ、
古くて葉のないものをバックバルブと呼んで区別している。また着生ランの根は特に
太くて空中に露出していることも多く、これを気根と呼んで、本来の根の外側に、
ベラーメン層というスポンジ状の組織を形成し、根を守るだけではなく、ここでも
水分や養分を貯える働きをしている。しかしウチョウランやサギソウなどのように
根が肥大化して、塊根を形成しているものも多く見ることができる。
ランの種子は種子植物の中でもその種子がきわめて小さく、またその数がきわめて
多いことでも知られている。普通種子の中には発芽のための養分となる胚乳などが
備えられているが、ランの種子は未発達な細胞塊があるだけで、通常こうした蓄え
はない。自然状態ではラン菌と呼ばれるカビの一種が、ランの種子細胞の中で共生し、
生育を助けることによって、発芽する仕組みになっている。ランの繁殖が当初うまく
行かなかったのはこのためで、ランの人工交配が初めて成功したのは 1852 年に
なってからのことであった。しかし現在では種間はもちろんのこと、属間の雑種も
数多く作り出され、これらはイギリス王立園芸協会に登録されている。
カトレアやファレノプシス、デンドロビウム、レリアなどの仲間で、多肉質の葉
を持った一部のランの炭酸同化作用は、普通の植物のそれとは異なっていることで
知られている。通常の植物は昼間の太陽のあるときに気孔を開いて、二酸化炭酸を
取り込み、根から吸収した水分と、太陽光線によって炭水化物を作るのだが、これら
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のランは、夜間に気孔を開いて二酸化炭素を取り込み、これをいったんリンゴ酸に
合成して蓄え、昼間は気孔を閉じて、蓄えていたリンゴ酸を分解して二酸化炭素を
発生させて、この二酸化炭素で炭水化物を合成するのである。こうした炭酸同化作用
を行なう植物を CAM(キャム)植物といっているが、これと同じ仲間の代表に、もう
一つサボテンがある。
さて中国では紀元前 1 世紀ごろに著わされた『礼記』(ライキ)にも蘭の記述が見ら
れる。当時は鑑賞用のものではなく、薬用としての面が強かった。古代のギリシャ
ではランは催淫剤とされていたことが、ディオスコリテスの『薬物誌』の中に記されて
いる。この不幸な犠牲となったランは以下のものであった。まずアジアの温帯から
ヨーロッパに分布する『Orchis 』(オルキス属)、旧大陸北部冷温帯に分布する
『Dactylorhiza』(ハクサンチドリ属)、さらにはヨーロッパから北アフリカなどに分布
する『Ophrys』(オフリス属)のランなどである。特に『Orchis』はギリシャ語で「睾丸」
のことを意味しており、イギリスでもランのことを『orchid』と呼んでいたから、
強壮剤として犠牲になったというわけである。しかしこれらのランと催淫性との間
には何の科学的な因果関係はなく、ただこれらのランの塊根が睾丸の形に似ている
という、単純な連想によるものであった。しかし中国でも石斛類が古くから薬用に
されており、紀元 500 年頃の『神農本草経』(シンノウホンゾウキョウ)にも、これを
食すると長生きができると記され、消炎剤のほか強壮剤として用いられていた。
日本でも石斛は古くから『須久奈比古乃久須禰』(スクナヒコノクスネ)として『出雲国
風土記』には意宇(オウ)の国は神門郡(カムドグン)の産物として記されており、現代でも
漢方薬として用いられている(01-02-22 セッコクの項参照)。また中国の雲南省では
デンドロビウムの仲間である『黒節草』から作る『龍頭鳳尾』(リュウトウホウビ)は、
中国でも最も高価な薬用飲料の一つとしてあげられている。台湾のツォウ族でも黄花
石斛を神聖視する傾向があり、首狩りの儀式などに用いたという。また熱帯ランの
自生地の女性たちは、ランの花をアクセサリーとして身に付けており、結婚式や葬式
などの重大な儀式にはランの花が用いられた。こうした地方の中ではランの花が、権力
や地位の象徴として独占されることもしばしばだったという。中国では唐代になると
平和な時代が長く続いて、花卉園芸が急速に発達した。姚氏(ヨウシ=01-04-11)は
その著『西渓叢話』(セイケイソウワ)の中で、花卉 30 種を客人になぞらえており、蘭は
『幽客』に例えている。中国では蘭の香りを「香祖」とか「国香」と言って讃え、宋代
の後期になると、蘭の栽培法やそれぞれの品種の特徴などを解説した『蘭譜』が出版
され、中でも王貴学が著わした『王氏蘭譜』には約 50 種類の蘭が取り上げられており、
この頃、南宋においては東洋蘭の栽培が流行していたことを知ることができる。
日本における東洋ランの栽培は江戸時代にフウラン、セッコク、ミヤマウズラなど
が流行し、天保時代(1830~1844 年)に、秋尾亭主人が著わした『長生草』には、
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セッコク 55 品種が、帆兮亭(ハンケイテイ)による『錦蘭品さだめ』には、ミヤマウズラ
111 品種が紹介されている。東洋ランが江戸時代に盛んに栽培されていたのに対して、
西洋蘭の栽培は明治以降のことで特に第二次大戦後、日本人の生活が豊かになって
くるにつれて、次第に栽培されるようになったものである。
一方、欧米に初めて熱帯地方に自生するランがもたらされたのは、1731 年のことで、
バハマ諸島に自生するピンク色をしたブレティア・ベレクンダであった。その後
1788 年にはイギリスのキュー王立植物園で、エピデンドラムの花が咲いたという記録
があり、1812 年にはレリア属のエリデスが、さらに 1818 年にはカトレアの一種が、
また 1836 年にはファレノプシス(胡蝶蘭)がヨーロッパに輸入されている。蘭栽培は
この頃から、特にイギリスやフランスで行なわれるようになり、この美しい花はたち
まち人々の心を捉えて、特に上流階級では間もなくランブームが起こった。1835 年頃
にはイギリスでラン栽培の技術が確立されると、ルクセンブルグのプラントハンター
であるジャン・リンデンは 1835 年から中・南米にラン探索の旅に出て、彼は 10 年の
歳月をかけて、さまざまな困難を克服し 1,200 種もの新しいランの花々をヨーロッパ
にもたらした。これらの中には 4,300m の高地で発見した『エピデンドラム』などの
品種も含まれていた。ラン栽培の歴史の中でジャン・リンデンの果たした役割は
大きく、その後まもなくイギリスでランの人工交配が成功すると、より美しい品種
も次々と開発された。19 世紀の後半はランの全盛期で、17 世紀にオランダで起こった、
かの『チューリップ狂時代』にも匹敵し、ランの珍種が異常ともいえる高値で取り引き
された。しかしやがてメリクロンと呼ばれる成長点を無菌状態で培養する繁殖方法
が開発されると、ランの苗は同時にたくさんの数を作り出すことができるようになり、
価格も次第に落ち着き、むしろ普及に拍車がかかった。ランは単に貴族や上流階級
のものではなく、広く生活の中にとけこんでいったのである。
しかしランが普及する過程で、不幸な出来事も少なくなかった。ヤマッケのある
不心得なプラントハンターの中には、自ら採取したランの価格を釣り上げようと、
自生地のランを全て処分してしまい、おまけに採取したランの繁殖にも失敗し、この
地上から永遠に消えてしまったランも、少なくなかったのである。また 1837 年に
インドのアッサム地方で発見された青色のラン、バンダ・セルレアは特に珍重され、
高額取り引きの対象になったために乱獲を呼び、インドやビルマなどの政府は、この
ランの国外への持ち出しや採取を禁じる措置をとるほどであった。自然花の植物が
禁輸されたのは、ランが歴史上初めてのことである。
このようにしてランは今では贈答品として、切り花としてのバラやキクにも勝る
取引量を誇っており、一つの花が 1 カ月近くも咲いていたり、切り花にしても花期が
長く、重宝な花として不動の地位を築いてきたのである。幸運にして、そんな高価な
ランを手に入れたら、心をこめて丹精し、翌年も立派な花を咲かせたいものである。
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バンダの仲間:品種名不詳(さいたま市見沼区市民の森)。
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バンダの仲間:品種名不詳(さいたま市緑区園芸植物園)。
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パンダの仲間:品種名不詳(東京都調布市神代植物公園)。
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バンダの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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パフィオペディラムの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
ミニカトレアの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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ミニカトレアの仲間:品種名不詳(東京都調布市神代植物公園)
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東洋ランのシンピジウムの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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ミニカトレアの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
ミニカトレアの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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ファレノプシス(胡蝶蘭)の仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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カトレアの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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カトレアの仲間:品種名不詳(東京都調布市神代植物公園)。
ファレノプシス(胡蝶蘭)の仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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ファレノプシス(胡蝶蘭)の仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
ミニカトレアの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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ファレノプシス(胡蝶蘭)の仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
デンファレの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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ファレノプシス(胡蝶蘭)の仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
ファレノプシス(胡蝶蘭)の仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
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ミニカトレアの仲間:品種名不詳(埼玉県深谷市)。
東洋ラン、シンピジウムの一種アンミツヒメ(埼玉県深谷市)。
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