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Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査(PDF

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Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査(PDF
12
Ⅰ
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
児童のかかえる問題と養育のあり方調査
1 養育の本質とは
2008(平成20)年8月に発行された『児童養護施設における養育のあり方に関す
る特別委員会報告書―この子を受けとめて、育むために―』(全養協)には、児童
養護施設の今後の方向性について、「家庭の機能が弱まってきている現在、養育の
モデルを提示していくことにもなろう」と記されている。これを受けて、本調査で
は、まず養育の現実を知り、それをもとに検討して、そこから子どもたちの幸せを
実現するためにどのような要因が求められるのかを明らかにしようとした。
まず、そこでさまざまな児童養護施設の特質を考慮して、偏りのないように選ん
だ全国12施設にご協力をご依頼した。次いで、各施設をお訪ねし、聴きとりさせて
いただいた61事例のなかから、基本的課題を網羅するように15事例を抽出し、「養
育」を根源的なところからとらえようとした。
インタビューに答えてくださった皆様は、厳しい条件下の養育の場にあって、ご
自身のご苦労についてはきわめて控えめに、そして「事実をして語らしめる」とい
う姿勢で、事例としてあげられた子どもたちの特徴とその背景・環境、これまでの
経過と今後の課題について語ってくださった。
人生の最早期から、つらい経験を重ね、深く心身に傷を負った子ども、なかには
これらの被虐待経験に加えて発達障害のある子どもたちが、生活をとおしての思慮
に裏打ちされたきめ細やかな養育によって、居場所感覚をもち直し、その子らしい
成長の道すじをたどっていくようすが語られている。
これらの記述から、社会的養護児童の必要としていること、それに応えるいとな
み、つまり養育の本質とはつぎのように集約されよう。
養育とは、子どもが自分自身について、「生まれてきてよかった」と意識的・無意
識的に思い、自信をもてるようになることを基本の目的とする。それには、安心し
て自分を委ねられるおとなの存在(養育者の存在)が基本となる。子どもは大切な
存在とまず受けとめられることによって、生きることそのものを尊いと思うように
なり、自分や世界(自分のまわりの人、もの、こと、ひいては世のなか)を受け入
れ、それらに関心を向け、関係をもつようになる。子どもはこうした関係を形成し
ていく過程をとおして、生きる技を会得し、生きる力を培っていく。
つまり、心身の健康や成長の維持、促進のための姿勢を会得し、一方、人やも
の、ことに対して、それぞれの特質に応じてどのようにかかわるか、つまり、生き
るための知恵やスキルを学んでいく。そして、こういう子どもを育てるいとなみを
とおして、おとなもまた人として、プロフェッショナルとして相互に支えあって育
つ、これが養育の本質であろう。
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2 養育のいとなみの実践
養育のいとなみの実践(1)
手を添えて、心を添えてかかわる
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
0歳∼4歳/養育年数4年
○3か月のとき、けいれん発作・無呼吸で、救急車で病院に搬送。
養育の
はじまり ○被虐待児症候群の症状で虐待が疑われることと、入院後、両親が病院に
あらわれず、一時保護委託。両親の同意をえて入所。
までの経緯
育ちの中の ○手に軽度の麻痺。
できごと ○Aさんときょうだいは同施設で生活。別のきょうだいが両親と生活。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所のころ(0歳)から1歳半まで ∼観察と内服管理∼
Aさんの育ち
14
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○入院中にけいれん発作が ○最初はどういう状態にあるのか、その ○両親は虐待と認
頻発していた。入院後半
発達がわからない怖さがあった。けい
めず、虐待の事
は発作が起きなくなった。
れん発作の早期発見と、適切な対応を
実は判断されぬ
重視した。また事故防止のため、ベッ
ままに入所し
ド上での生活や、ほかの子どもの乳児
た。
○入所後は、職員の声かけ
に反応して徐々に表情が
室への立ち入りを禁止した。
○両親のどちらが
豊かになっていった。月
虐 待 し た の か、
齢的発達としてはとくに ○声かけや抱っこ、遊びをとおして発達
聞いていない。
問題ないが、身体的虐待
をうながした。身体的虐待の後遺症の
の後遺症が懸念された。
可能性については、観察と発達のフォ ○両親は面会にき
ローを続けた。
ても、顔をみる
だけで帰るとい
○身体的虐待の後遺症とし ○充分な観察と内服管理を続けた。けい
う印象だった。
て、上肢の麻痺がみられ
れん発作について観察している状態で
た。歩行は安定していな
あり、おんぶが禁止されていたので、 ○3か月で入所し
い も の の、 活 発 に 動 き、
抱っこでスキンシップをはかった。
走ることもできた。また
多動傾向が見られた。
は虐待されたこ
○上肢の麻痺を治療するため、併設の障
害児(者)施設のOT訓練(作業療法)
○精神発達については時間
をかけていくことが必要。
担当職員への後追いがみ
られた。
た の で、Aさ ん
に通所した。また引き続き大学病院へ
定期的に通院した。
とを覚えていな
い。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
2.1歳半ころから2歳半まで ∼スキンシップをとおした愛着形成∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○2歳のときでも、実際の発達や内面 ○乳児室から幼児室への移動にともなって、担
のかかわりは年下という状況だった。
当職員がかわった。スキンシップをたくさん
人との関係をつくるのに時間がか
行い、愛着関係が築けるように努力した。
かったが、いろいろなものに興味が
でてきて、行動範囲も広がった。
○泣くときの対応は、Aさんを一番に行った。
ひっくりかえって泣きだしたときは、しっか
○以前は何をみても、擬音語だけとい
りと抱っこして心の安定をはかった。またAさ
う状態だったが、発語不明瞭ながら
んはおんぶが大好きなので、担当職員の背中
単語数が増え、意味のある2語文もい
はAさんのものとして、なるべくほかの子ども
えるようになった。
はおんぶしないようにした。
○一方、歩行のときにまわりの状況が ○上肢の動きがよくなったためOT訓練を終了
把握できず、よく物やほかの子ども
し、日常生活の自然なかかわりのなかでよう
にぶつかり、転んだりした。また自
すをみるようにした。
分の気に入らないことがあったり、欲
求がとおらなかったりすると、ひっ ○ケース会議を行い、Aさんについて理解を深
くりかえって激しく泣いた。
め、グループ職員でかかわり方を統一した。
3.2歳半ころから4歳半まで ∼成長にあわせたかかわり∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○言語不明瞭ながら、施設内では職員 ○発達面の遅れについて、OT、ST(言語療法)
やほかの子どもとの会話ができるよ
訓練を継続しながら、個別にじっくりとかか
うになった。
わりをもった。言語の遅れは、2歳半から併
設の障害児(者)施設のST訓練で対応し、手
○さらに情緒面もおちつき、衣服の着
の麻痺は3歳半からOT訓練を受けた。
脱や排泄面でも意欲的にとりくんだ。
○Aさんの成長にあわせて、排泄や着脱衣の自立
○遊びのなかで、集中力も少しずつで
をささえた。言語面ではAさんの言葉を代弁し
てきたが、感覚刺激が多いと刺激的
ながら、またAさんの好きな抱っこやおんぶの
な方に流され、落ちついて行動でき
欲求に充分こたえていくことで、あまり要求
ない状態が続いた。
をしなくなり、情緒面が徐々に安定してきた。
15
4.4歳半から4歳8か月まで ∼職員間の養育方針の違いによる葛藤∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○4歳半のときに、同 ○同年齢の入所児童の措置変更により、Aさんが一番年上になっ
年齢の入所児童の措
た。環境に慣れておちつくまで、Aさんの欲求を満たしながら
置変更があり、乳児
安定をはかった。担当職員にとっては一番苦しい時期だった
院内に同年齢の子ど
が、しんぼう強くじっくりAさんとつきあえるようになって、
も が い な く な っ た。
職員自身が変わってきた。
幼 児 グ ル ー プ 11 名
で過ごし、保育のと
きには年齢による横
割りの5名で活動し
た。
○「ご飯を食べた後に ○担当職員は「ご飯を食べて、トイレに行って、それから遊べる」
遊 ぼ う 」 と い う と、
と一つずつきっちりと教えた。
Aさんは食べた直後
にすぐ遊べるように
16
なってきている。
○寂しいのかおちつか ○おんぶ、抱っこのスキンシップをたいせつにし、担当職員との
ないようすで、担当
別れを嫌がるときは、時間外でも落ち着くまで抱っこした。4
職員がいる日は泣い
歳半で平均以上の体格だったが、おんぶをした。Aさんが言っ
て担当職員を求めて、
ていることを再確認する作業は、担当職員しかできなかった。
おんぶを求めた。ま
た担当職員がほかの ○担当職員はおんぶ、抱っこのスキンシップをたいせつにした
子どもを抱っこした
が、ほかの職員のなかには「しつけ期に入らないといけない、
りやおんぶしたりす
言葉で教えないといけない」と主張する人も多く、考えが違っ
る と、
「しないよう
た。担当職員はまわりの職員から、「もっと言葉で教えた方が
に」と怒るようにな
よい」「体が大きくて行動化する子なので危険ではないか」と
り、情緒面の不安定
指摘された。
さがみられた。
○言葉がうまくでない ○本の知識としては、「年齢とずれたとしても、発達月齢に応じ
が身体が発達してき
てやらないといけない」「Aさんは発達月齢が低いのだから、お
た時期で、情緒面も
んぶや抱っこをしないといけない」ということはどの職員も
不安定だったが、こ
十二分にわかっている。ただし現実としては、職員側の事情で
の 時 期 の 前 後 か ら、
できないと意見がわかれた。
ほんとうによく成長
した。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○Aさんが1歳のころ ○子どもが愛着を築くにあたっての重要な局面に、施設として十
からの担当職員との
分共有して対応できないと、その後の成長段階で担当が抱え込
間で、やっと愛着関
まざるをえない。感情的なことが職員のチームワークで難しい
係が築けたのもこの
ところだ。おんぶや抱っこが得意な職員もいれば、言葉で教え
ころだった。それぐ
るのが得意な職員もいるが、現場には「職員全員が同じことを
らい育ちがゆっくり
しないといけない」という雰囲気がある。おんぶが苦手な人で
であり、まわりの子
も、担当職員がAさんをおんぶしていると「自分もおんぶをし
どもとのギャップが
ないといけない」と思ってしまう。「私はできない」といえれ
あった。
ばよいのだが、「あなたもやるべきでない」という話になって
しまい、話がずれていく。養育の方針はわかるが、現実問題と
○散歩の途中でであっ
して受け入れられないこともある。
た初対面の人にあい
さつ、車が止まって ○ケース会議では、身体接触に言葉をそえるという意見がでた。
くれるとあいさつを
愛着理論でいうなら、人間が言葉を栄養にするうえで、愛着が
するようになった。
いかに大事かということである。乳幼児だけでなく何歳になっ
ても、それが土台にあるかという適切な理解があれば、それほ
○集中して遊べるもの
ど考え方を異にしなくてよい。
を自分でみつけて遊
びだし、そのテーマ ○言葉で制するような職員の前では、Aさんはおんぶを求めない。
は1か月ごとに変化
抱っこしてくれる職員の前でぐずって求める。担当職員の前で
していった。
はこんな顔をみせる子どもが、ほかの職員の前では違う顔をみ
せたりする。また職員間で子どもをみていくことの緊張のなか
で、子どもがよく育っていくことの姿をみていくときに、担当
職員としてはやりがいを感じる。
○このケースでは、ほかのケースのときにがんばった現場の担当
職員と心理士がいたのが大きかった。資料を作って担当職員の
思いを言語化し、何をねらいとして、何が原因だからこういう
方法をとりたいということを、みえるように伝えるというチャ
レンジを繰りかえした。
○本施設は職員の年齢幅が広いため、時代背景、経験、言葉の差
がある。経験者にとっては、長年培ってきた経験や自分自身の
子育ての経験が、若手のとりくみを理解するうえで邪魔をす
る。「私のとってきた方法との違いが受け入れられない」とい
うのは年齢が高い人ほど多い。そうした思いが根底にあり、あ
んなことをやっていいのか、という批判となる。
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職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○年齢がプラスになる場合もあれば、経験がマイナスになる場合
もある。経験者は得意なことや不得意なこと、物事の良し悪し
を伝えるが、そこからチームプレーの話になりにくい。
○職員配置をコーディネートするマネジメント側は、「どの職員
にすべてのスキルを求めるというのは望ましくない」というバ
ランス感覚をもっていなければならない。職員の得意、不得
意なことを変えるのは難しいことで、担当させる子どもを選ぶ
か、担当をさせない、というところまでコーディネートしてい
かないと、子どもの成長に望ましくないくみあわせになる。そ
のことで事態が繰りかえされる恐れもある。
○職員間の対立が表面化すればマネジメントも早く介入できる
が、なかなかそうはならない。表面はきれいな言葉でまとまる
が、施設長が聞きとりをしてみると、職員間に意見や考えの違
いがあると知った。
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○担当職員がしっかりと価値観をもってAさんに接している部分
を表にだして、ケース会議でとりあげていくようなチームワー
クをつくるのが望ましい。現場ケアのためのケース会議が重要
だが、方針だけでは現場は動かない。
5.4歳8か月から4歳10か月まで ∼成長をささえる模索∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○情緒面が安定してきた。Aさん ○OT訓練も集中して長く遊 ○きょうだいは帰宅をし
なりに施設での過ごし方が理解
べるようになり、遊びの世
ているが、Aさんはし
できて、職員と楽しく過ごせる
界が広がった。今後、遊び
ていない。きょうだい
ようになった。遊びに集中力も
の幅がどのくらい広がるか
が帰宅する際に、母親
でてきたが、視覚に入った新し
が 重 要 で あ る。 自 尊 感 情
と短時間の面会をして
いことに注意が向かい、おちつ
が崩れないように対応した
いる。父親はほとんど
かない状態が続いている。
い。それがつぶれると後が
面会がない。
苦しい。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○認知面は、待つことやその次が ○Aさんについては、きちん ○母の面会の援助者は曾
あることなど、先がわかるよう
と段階を知らせること、予
祖父母である。Aさん
になった。「待ってね」という
告をすることが重要であ
は曾祖父宅までの帰省
意味がわかるようになり、いろ
り、臨機応変は難しい。成
許可はでているが、実
いろなパターンに対応できるよ
長しても、対応できる幅が
施したことはない。
うになった。
今より弱くなっていくであ
ろう。
○身体面は、歩けないといわれて
○職員は、母親には在宅
いたにもかかわらず、歩けるよ ○新任の言語療法士が一つひ
で話を聞いたが、父親
うになった。ただし、手の軽度
とつていねいにしてくれた
はこれまでほとんど登
の麻痺は残っている。
ため、Aさんにとってはよ
場していない。
かった。また作業療法士が
○年下の入所児童のまねをするこ
担当したおかげで、麻痺が ○Aさ ん が 生 ま れ た と
とが多い。おちついているとき
もっと強くでるはずが、軽
き、両親は地元をでて
は年下の子どもの面倒をみてく
度にとどまっている。
いた。その後、住み慣
れて、お兄ちゃんぶりを発揮し
れた地元に帰って生活
た。一方で物のとりあいをする ○お兄ちゃんぶりを発揮した
がおちついたので、A
など、一緒になっていることも
ときや、あいさつができた
さんのきょうだいは両
多い。ただ、年下の子が読みた
ときなど、よいことができ
親と一緒に暮らせてい
いといった本を貸してあげられ
たときはしっかりほめて満
る。
るようになった。以前はできな
足感を与えるようにした。
かった。
○これまでは、乳児院の中で一人 ○同年齢とのつきあいがポイ
だけ大きくて職員と遊ぶ感じ
ントだと考えている。同年
だったが、物たりなさもあった
齢の子どもとかかわる機会
よ う だ。 最 近「 外 に 行 く 」 と
を与えるために、併設の保
いって、はじめて中学生や小学
育所の園庭開放や子育て支
生と遊んで野球に入れてもらっ
援センターの一時保育など
た り し た。Aさ ん の 小 学 生 の
を利用していきたい。
きょうだいがいることもあって
年上に接する機会があり、上級
生にはかわいがられているが、
長時間は遊ばない。
○脳の影響で視力が悪いため、今
後は同年齢の子どもとくらべ
て、できないことがいろいろと
でてくるだろう。
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<この事例から気づくこと、学ぶこと>
担当職員は、Aさんへのかかわりの不安や悩みをも
ちつつも、発達月齢にあわせて、おんぶ、抱っこのス
キンシップをたいせつにした。ほかの職員には、言葉
で教えないといけないと主張する人も多く、考え方の
違いもあった。
施設長の考えは、きちんと対応してくれる職員が一
人でもいれば、子どもは育つので、そのことを大事に
20
すべき、そもそも職員全員がおんぶ派になることで
も、それを否定することでもない、とのことであっ
た。
この事例には、担当職員の価値観や、じっくりと子
どもへ接している姿がある。子どもとのかかわりにつ
いて、意図的に表にだしてケース会議を行うことによ
り、経験主義的な方針や、固定化された養育論をふり
かざすのではなく、子どもの成長発達はどれくらい
か、という事実にあわせたかかわりの重要性を学ばせ
ていただいた。
苦しいときも、じっくりとAさんにつきあっていく
ことで、職員自身が変わっていった、とのところに、
適切な持続力と寛容さをともなう配慮がうかがえた。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
養育のいとなみの実践(2)
よく観察し、努力してかかわるから、かわいいと思う
かわいいと思うから、何か気がつく
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
0歳∼13歳/養育年数13年
○父親不明、障害のある母親による育児が困難なため、0歳のときに乳児
養育の
院に入所。
はじまり
までの経緯 ○4歳で児童養護施設に措置変更。
○4歳のころに自閉性、7歳のころに広汎性発達障害と診断、コミュニ
ケーション障害など。
育ちの中の
できごと ○アレルギー性鼻炎、アトピー、食物アレルギーなど。
○小2∼小5まで特別支援学級、小6から普通学級に通学。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.施設入所のころ(4歳) ∼職員間のかかわりの共有化∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○障害があるため4歳まで乳児 ○乳児院からの措置変更の際は、施設に入所してから乳
院にいた。
児院と情報を共有した。慣らし保育はなかった。受け
入れのときは、障害の診断名が多かったため本施設で
対応できるのかという不安でいっぱいだった。しかし
医師の判断もあり、児童養護施設で対応できるのでは
ないかということで入所がきまった。
○最初は生活時間や環境につい ○最初は大変だったが、障害にかんする勉強も少しずつ
ての理解ができず、パニック
進めた。ケガをさせてしまうのではないか、ほかの子
を起こすことが多くあった
どもや職員とうまくできるのか不安もあった。外にだ
が、ホームの生活パターンに
すのも大変である。施設内には小さい子から大きい子
徐々に慣れ、パニックを起こ
までいるので、最初は常にみていないといけなかった。
すことは減っていった。
生活に慣れてパニックが軽減すると、職員の気持ちに
も余裕が生まれてきた。
○人となかなか目があわなかっ ○施設内でのAさんの認知についても試行錯誤をした。
た。指導すると、職員の言葉
特異な行動をするため、ほかの子どもも離れたり、攻
を オ ウ ム が え し す る、 チ ッ
撃的だったりしたが、そのつど、Aさんの性格や性質
ク(まばたき)、自傷行為(か
を理解してもらえるように話しあった。また定期的に
さぶたをとる)などの症状が
プレイセラピーをとり入れた。
あった。
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職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○施設内でも対応についてよく協議した。精神科医の助
言をもらい、Aさんがパニック、自傷行為を起こした
場合にどのように接し、言葉をかけていけばよいのか、
職員間で対応を共有化してみまもった。
2.5歳から小学3年生まで ∼主担当職員や学校の先生との一対一の関係∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○幼稚園に入園したときは、おちつか ○幼稚園に登園後、ほかの子どもが揃うまでの
22
ず、椅子に座っていることができな
間、担任の先生と一対一のかかわりをしても
かった。鳥や飛行機など、ほかのもの
らった。一対一のかかわりを少しでも多くも
が目に入ると気がそれて、話を聞いて
てるように、主担当職員宅への外泊、外出を
いないことがあった。
行った。
○行事や新しい遊びなどによって生活の ○最初は感情がわからない子という印象だった
パターンが崩れると、動けなかった
り、パニックを起こしたりした。
が、関係ができてからは、いろいろな行動も
「かわいい」と思うようになり、やりがいもで
てきた。Aさんについて同じホームのほかの
○小学校に入学する際、特別支援学級も
子どもと共有することで、ほかの子どももA
検討したが、職員の加配がつくことか
さんのことを理解してきて、ホームの雰囲気
ら普通学級でスタートした。しかし小
も悪くなかった。縦割りの年齢構成のホーム
学2年生からは特別支援学級に移った。
というのもよかったのかもしれないと考えて
いる。
○手を洗った後や歯磨きした後に確認を
求める強迫症状がみられた。またペン ○幼稚園、小学校とは、連絡会のほかにも密に
で顔を刺すまねをする、かさぶたをと
連絡をとりあい、ようすを伝えあった。学校
るなどの自傷行為もあった。
の先生に診断名を伝えて、理解とていねいな
対応をしてもらった。
○主担当職員とかかわることでAさんは ○日常生活での支援に重きをおき、職員間でそ
ずいぶん変わった。以前にくらべて表
の方針を共有した。主担当職員である保育士
情も豊かになり、同年齢の子どもと遊
が長く担当していたため、それ以外の職員に
ぶ姿がみられだした。下の子をけしか
親しくならないことも多く、ほかの職員に
けて、ふざけることはあったが、年下
とっては面白くないこともあっただろう。
の子の面倒もみるようになった。主担
当職員との一対一の関係、主担当職員
の見方を受け入れることで、人間関係
を広げていった。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
3.小学4年生から小学6年生 ∼職員間の連携∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○小学5年生からは、算数・国語以外の ○主担当職員以外がかかわることも何度かあり、
教科は普通学級へ行くようになった。
そのつどに調子を崩したり、キレたりと、ほ
運動会でも、5年生の運動会ではみ
かの職員も大変だったと思う。
んなと同じようにしっかりできてい
るようになっている。
○しかし、もっとも大変なのはAさんであること
を理解してもらうため、主担当職員からほか
○ずいぶんおちついたので、小学6年
の職員に対して、主担当職員自身の性格やAさ
生で普通学級にはいった。状態がよ
んへのかかわり方、今までのAさんのようすを
くなったのと、思春期を迎えるタイ
伝え、職員間の連携に努めることによってス
ミングが重なってよかったと考えて
ムーズな対応ができるようになった。
いる。
4.中学1年生 ∼反抗期への対応と、母親との距離のとり方の支援∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○入所時は自閉症という診断 ○現在は乳児院の職員の面会はない。 ○Aさんは祖母とは
だったが、アスペルガー症
乳児院側には、児童養護施設に措
仲はよい。祖母宅
候群がもっとも適切な診断
置 変 更 し て、 そ こ が 生 活 の 場 に
へ年に2回帰宅し
だったと思われる。生活の
なったら、乳児院からのかかわり
ている。祖母はバ
リ ズ ム の 安 定・ 改 善 し た
はもう終わりと考えているようだ。
ザー、クリスマス
ケースであると、精神科医
児童養護施設での新しい関係がで
会などの施設行事
も指摘している。
きにくくなるというのが理由らし
に参加している。
いが、そのようなことはないと思
○現在は2人部屋で小学校高
う。児童養護施設側としては、乳
学年のほかの子どもと入居
児院の職員がきてもよいと思って
している。
いる。
○中学校に入学してからは思 ○反抗的になってしまう時期という
春期・反抗期を迎え、主担
ことは理解しているが、行きすぎ
当職員以外の職員や気に入
た言動があったり、ほかの子ども
らない職員・ほかの子ども
に対して不快な行動があったりす
に対しては態度や言葉づか
る場合は、そのつど行動や言動を
いが悪くなったり、厳しく
考えさせるようにした。精神科医
注意するとキレたりするこ
に相談している。
とがあった。場の雰囲気を
読めないこともある。
○年下の子をかわいがり、一
緒に遊んでくれることもあ
る。
23
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○いらいらすることもあり、
大好きだった主担当職員
を、誰よりも嫌いといった
りする。
○Aさんは、主担当職員以外
の職員とのかかわりをあま
りもっていない。ほかの子
どもについても、好きな子
と嫌いな子がはっきりして
いる。その点が今後の課題
である。
○母親は、現在1日
2時間、リハビリ
をかねて作業所に
かよっている。
○トイレを覗いたりしたこと ○性教育も必要だとセラピストと話
もある。
している。
24
○しだいに勉強につまづきが ○将来に向けては、テスト結果や中
みられ、勉強をすごく嫌が
学校での懇談の話をふまえて、一
るようになった。ただし、 対一でじっくりと話をして、高校
成績は悪いわけではない。 は行ってほしいし行ったほうがよ
もともと職員全員の誕生日
いということを伝えている。今後
を覚えたりするぐらい、記
は思春期を乗り越えてもらい、親
憶力がある。社会科は得意
にも頼れないので、担当職員は一
で、 イ ラ ク の 戦 争 を 見 て
生かかわっていきたいと思ってい
「日本に生まれてよかった」 る。
などといっている。
○Aさんもあきらめてはいな ○母親は職員に対して怒ることはな ○Aさんとは5∼6
いが、怒りながら「高校に
いが、職員の指摘をじゅうぶんに
年ぶりに、年に数
は 行 き た く な い、 行 か な
理解できてはいないようだ。
回の面会を行って
い」「就職したい」といっ
いる。
ている。しっかりしなけれ ○職員間では、Aさんと母親のかかわ
ばいけないとは思っている
りについて「現在は時間を区切っ
ようだ。
てやる方がよい」という方針を共
有している。
○退所後の母親との関係については、 ○Aさんは優しいの
まだAさんと話はしていないが、苦
で母親とも接する
労するだろうと思われる。親子関
が、10分以上会っ
係には手助けが必要である。距離
ていることが無理
のとり方をどうしたらよいかが課
なようすである。
題である。Aさんがつぶされてしま
う懸念がある。だからかかわって
いく必要があると思っている。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
職員ががんばってとりくんでいる意味が、養育実
践にみられる。新しい知識、技術を常に会得しよう
と努力することが、Aさんの理解を深くえることに
なった。
主担当職員は、児童養護施設という限られた職員
数のなかで、Aさんと一対一のかかわりを少しでも
多くもてるように配慮してきた。入所当初から多く
の障害をかかえ、受け入れる児童養護施設側にとっ
ては、かなり精神的な負担が多かったことであろ
う。やがて、「いろいろな行動も『かわいい』と思
うようになり」との受けとめとなっていく。
精神科医の助言を重視しながら、養育実践とい
う「生活の中で」Aさんのおちつきや成長を促進さ
せたことは、職員全体がチームとしてAさんにアプ
ローチし続けた成果であるとともに、学校などほか
の機関とともにAさんへの対応が調整できたことに
も気づかされた事例である。
今後、思春期に入ってきているので、Aさんの思
いや言行動にもこまやかに寄り添っていくことが課
題であろう。
25
養育のいとなみの実践(3)
子どもとであい、話しあい、学びあい
深まっていくチームワークと連携
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
養育の
はじまり
までの経緯
1歳6か月∼5歳/養育年数4年
○母親は精神科受診中(入院歴あり)、両親はAさんと別居、Aさんの養育
は祖母が中心的に担ってきた。祖父が脳卒中で入院したことで母親がA
さんの養育を行う。
○母親が「Aさんが階段で転んで体を打った」と救急外来を受診した。病
院から児童相談所へ、顔面、両手両足打撲の子どもを入院させている、
不自然な打撲である。歯形の古傷も見受けられ、身体的虐待が疑われる。
児童相談所での判断を求められ、協議後、乳児院の入所にいたった。
育ちの中の ○1歳6か月で乳児院に入所し、3歳6か月のときに児童養護施設へ措置
変更。
できごと
26
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所から3歳ころまで
(1)入所当初 ∼職員との信頼関係の構築∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
親・親戚との
かかわり
○歩行が不安定で表情が乏しかっ ○観察視点を言語理解・対人関係にお ○ は じ め は
た。職員には、手を広げて抱っこ
い て、 か か わ り の 方 法 を 目 と 目 を
母親が週
のポーズをし、拒否反応、警戒心
あ わ せ て 話 を す る こ と や、 言 葉 の
1回面会
はなかった。反面、ほかの子ども
フィードバックをていねいに行った。
していた。
が近づくと嫌がり、大きな声で泣
また、担当はAさんとの信頼関係づ
き、拒否反応を示し、警戒心が強
くりを大切にし、手と手をつなぐな
かった。また指吸いがあり、人さ
ど、スキンシップを意識して行なっ
し指と中指を口の中に入れている
た。
状況も見られた。
○最初のころは、まったく、どんなに
○発語はみられず、喃語(なんご)
手をかけても反応がなかったので、
も聞かれなかったが、おとなの問
なかなか発達が伸びてこないと、焦
いかけへの反応はあった。理解は
りを施設職員はもっていた。発達の
しているが、発語が遅れているた
きざしがでてきたのが1年近く経って
め、知的な障害があるのではない
からだった。それからは急激に伸び、
かという懸念があった。
それまでの養育が間違いではなかっ
たという自信を職員がいだいた。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
(2)2∼3歳 ∼職員のチームワークとケアの一貫性の確保∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○2歳4か月のときに2語文がい ○2歳4か月(入所10か月)のときから、乳幼児の虐
え る よ う に な り、「 言 語 表 出 」
待ケアのケースとして、児童精神科医・臨床心理士・
の課題をこえてきた。次に気に
児童相談所の専門機関などが参加する会議でAさん
と め て い く こ と は、 会 話 を 成
の養育が継続的に検討されることとなった。
立させる「言語」と「対人関係
( 子 ど も ど う し )」 だ っ た。 こ ○第1回会議の結果、職員間の行動観察視点の統一を
の「言語」の課題を解決させる
することとなった。具体的な観察の視点は以下のと
ために、併設施設である障害児
おり。
(者)施設と連携し、言語訓練 【行動についての観察項目】
(ST)をとり入れ、Aさんに個 ① 対人関係 ② 言語理解 ③ 排泄
別ケアの時間をつくった。
④ 清潔 ⑤ 着脱衣 ⑥ 食事 ⑦ 睡眠
⑧ 運動と遊び ⑨ 情緒 ⑩ 生活
○2歳8か月のときの発達検査・ 【対人関係についての観察項目】
知能検査で「言語理解」「情緒 ① 子ども ② 担当職員 ③ ほかの職員
と対人関係」などの発達面の伸 ④ 母親 ⑤ 父親 ⑥ 祖父母 ⑦ おじ
びがみられるとともに、検査項 ⑧ 地域の人
目間のばらつきがなくなってい ○こうしてAさんの性格や行動特徴についての認識の
た。
共有化と、養育の一貫性がはかれてきた。そして、
Aさんの身体表現による緊張や不安反応を事前に
○3歳になると、大きな声で笑っ
キャッチし、不適応反応を起こす前の対応ができる
て感情をだし、会話を楽しむま
ようになり、社会性の広がりやほかの職員への安定
でにいたった。また、担当職員
的な関係がみられるようになっていった。
がいないときは関係性、情緒と
もやや不安定なときもあった ○言語発達に問題はなく、3語文もいえるようになっ
が、しだいに安定してきた。ど
ていたことから、入所時の発達の状況(遅れ)は環
の職員に対しても自己主張がで
境原因によるものと判断された。
きるようになり、やりとりの会
話もできるようになってきた。 ○スーパーバイザーから、Aさんは対人緊張が強く、
きちょうめんで、細かいことを気にする面があると
○しかし、見知らぬ人、見知らぬ
場所に対しては、相変わらず緊
いう指摘も受けた。そこで助言にそって、以下を職
員間で理解して日常の養育を進めることとした。
張、警戒心とも強く、慣れるま ① 細かいことにこだわりが強いときはストレスが
でに時間がかかった。同年齢の
あるときなので、サポートが必要であること
友だちとの関係性は安定してき ② こだわりに目をむけてもうまくいかないので、
たが、年下の子どもたちとの関
原因を探り、職員がAさんに対してどんなかか
係性はまだ不安定だった。
わりをしたかに注意を向けること
③ 職員から収め方を提案すると不安定になり、逆
に自分の収め方を選ばせるとうまくいくこと
27
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○これによって、きちょうめんさ ○毎月の乳幼児虐待ケアケース会議で、その時点での
やこだわりは減少していき、拾
とりくみを説明して励まされ、「次はこういう展開
い食い行動やかみつき行動がな
が予想される」との助言を受けられたので、職員は
くなった。
Aさんについて、厳しい不安と悩みをもたなかっ
た。会議でえたアドバイスを実践して、結果を考え
て、それをどうやって現場に伝えるかという課題が
大きかった。担当職員がAさんについて一対一で実
践するだけでなく、ほかの職員に同じように対応し
てもらうためには、会議に出席している有識者の助
言であるということが説得力をもった。そのとおり
にやったらこう変わったという具体性があることが、
施設現場にとって理解となった。
○基本的には担当職員とケース会議の意見は同じ方向
性であった。担当職員がいったことの趣旨は専門医
の助言と同じで、それを専門用語で言ったらこうな
る、という内容だった。担当職員のみたては適切で
28
あった。
2.3歳6か月 ∼ 児童養護施設への措置変更の前後∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○児童養護施設に措置変更になった。措 ○児童養護施設への措置変更による、環境の変
置変更後、慣らし期間中は特性をみて
化への不安に対する対応として、徐々に新し
担 当 を 検 討 す る の で、 担 当 職 員 が き
い環境に慣れていけるように段階的に児童養
まっていない時期が1か月ほどある。
護施設での生活時間を増やしていった。
担当がきまっていない時期、職員がA
さんへのかかわりや配慮が不十分であ ○乳児院時代の担当職員と、児童養護施設の担
ると、Aさんは食事時にあえてマナー
当職員が話す機会を設けて情報共有した。し
の悪い行動を起こし、職員の注意を引
かし、会議だと1ケース20∼30分ぐらいしか
こうとする行動がみられた。また洗剤
とれず不十分であると感じている。
をばら撒き、紙くずを口に入れたりす
るなどの行動もあった。
○家庭から乳児院にきて愛着を作り直し ○最初は、職員の間でかかわるべき視点につい
たが、児童養護施設に措置変更となり、
てのズレがあり、担当職員がきまるまでは、
同じことをまた繰りかえした。
Aさんにとって担当職員という安心できる存
在もいないため、そうした行動が収めるよう
な決定的な対応を行うことができなかった。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○児童養護施設の新しい担当職員は、A
さんの行動が愛着の作り直しだと気づ
か ず、 最 初 は 行 動 の 意 味 が わ か ら な
かった。
○担当職員がきまり生活に安定がみられ ○Aさんからの疑問や質問については、あえて
ると、Aさんから職員へ、どうしてな
すぐに返答しないで、Aさんとかかわる貴重
のと問いかけをするようになり、職員
な機会ととらえ、さまざまな返答を試しなが
とかかわるようになった。
らかえしていった。かかわる時間の確保と、
さまざまなおとなとのやりとりを体験するこ
とによって、情緒の安定と、やりとりの幅が
広がっていった。
○行事、両親との面会、生活環境の変化 ○環境などの変化や、ほかの子どもとのトラブ
など、Aさんが不安や緊張を感じると
ルによる不安や緊張については、試行錯誤を
表情は固まった。さらに紙くずを口に
繰りかえしたが、決定的な対応策はみつから
入れ注意されても何度も繰りかえす行
なかった。しかし、繰りかえしかかわりをも
動や、食事が極端にのどをとおらなく
つことで、ある一定の情緒の安定をはかるこ
なるなどの行動がみられた。
とができた。
○年齢の近い幼児と、けんかなどでトラ ○それらを継続的に行っていくことで、Aさん
ブルになると、Aさんはよい解決手段
が不安や緊張、トラブルで困ったとき、行動
がみつからず、相手の体にかみついた。
化による対処法から、おとなに助けを求める
年齢の離れた子どもと同じ空間にいる
という対処法に移っていった。
と大声で泣きだし、その空間から離れ
ようと職員へ訴えかけるなど対人関係
での緊張は強くみられた。
○幼児棟から学童棟に移るときに部屋が ○そういうときは幼児棟に戻ってきて寝起きを
変わり、担当が替わる。幼児棟の部屋
するということを可能にしている。これを
ではおとなの目がすぐ届くが、学童で
「里帰り」とよんでいるが、祖父母宅のよう
は大きな空間になりギャップがとても
に怒られない場所として乳児院をとらえてい
大きい。そのため学童への慣らし保育
る。おなかがすいたら、乳児院にきて「おか
をするが、壁にぶつかって子どもが不
しちょうだい」とくる。幼児が帰れる場所に
安になって、夜泣きがはじまったりす
なればよいと考えている。
ることもある。
29
3.4歳6か月∼現在 ∼幼稚園への入園と施設での生活∼
(1)日常生活と育ち
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚と
のかかわり
○幼稚園に入園し、通園生活が ○幼稚園ははじめての場所であるため、 ○ 母 親 は き ょ
はじまった。不安や緊張によ
Aさんを事前に担当職員と幼稚園へ
うだいを出
る行動化が懸念されていたが、
見学に行かせ、場所・先生・子ども・
産して精神
めだった行動はみられず、多
幼稚園の活動を知り、環境の変化に
疾患が重症
少、子どもの輪のなかに入る
おける不安や緊張の緩和に努めた。
化 し て、 入
のが苦手であったものの、そ
また、幼稚園側にAさんの不安・緊張
院となった。
の後は順調に幼稚園生活に適
行動を伝え、Aさんへの理解と対応を
応できた。社会的な生活を体
求めた。施設と幼稚園とが連携をす
験することでさまざまな刺激
ることでAさんの不安や緊張は緩和さ
を受け、適応力の幅に広がり
れ、順調に通園生活に適応すること
がみられるようになった。
ができた。
○幼稚園通園をきっかけに対人 ○生活の変化・イベントによる不安・
30
関係にも幅が広がり、職員に
緊張行動の理由について、担当職員
要望があると言葉で具体的に
がAさんの代弁者となり、かかわり
伝えられるようになった。
をもつ職員全体が共通理解をするこ
とで、一貫性をもった対応が可能と
○ し か し、 生 活 や 環 境 の 変 化、
なった。
とくにイベントなどの際には
不安や緊張感が高まり、以前 ○不安・緊張行動に対し、適応をAさん
より比較的緩和してきたもの
に身につけてもらうべく、担当職員
の、紙くずを口に入れる、食
が中心となって、具体的に適応して
欲不振になるなどの行動が2
いくように行動の支援を行った。職
∼3日続くことがある。
員は、行動の抑制をずっと意識して
いたが、Aさんにとってはただの抑制
でしかなかった。
○また、こうした行動への援助
がAさんの安心感を阻害するこ ○Aさんの反応によって職員は失敗だっ
とになり、かえって不安・緊
たと気づいた。あらためて、児童養
張を拡大し、行動を促進させ
護施設における生活場面での安心感
てしまい、入所当時のように
が基盤であること、そのことがAさん
表情のない顔になってしまっ
の成長を助けていたことに気づいた。
た。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○担当職員の勤務・不在にかかわら ○このことで、子どもの安心感や愛着関係が保障さ
ず、ある一定の対応を得られるこ
れてこそ、はじめて「育ち」における次のステッ
とで、安心感が生まれ、どの職員
プアップに移行できるのだと学ぶことができた。
がかかわっても、比較的、情緒面
で安定がみられるようになった。 ○そのような点を留意し、継続してかかわっていく
ことで、特別な指導や対応を行なわずとも、Aさ
んの不安・緊張行動は気づかないほどに緩和され
ることとなった。
(2)家族とのかかわり
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○面会がないことについて、
親・親戚との
かかわり
○ 母 親 は、 入 院 治 療 中 で あ
る。
子どもの反応がさまざまな
行動ででるという職員の予
想とはうらはらに、けなげ
31
にがんばっている。
○きょうだいが誕生後に、担 ○母方実家のかかわりを強め
当保育士、副施設長、Aさ
て、地域で育っていくとい
んで家庭訪問をしたとこ
うことを将来のみとおしと
ろ、赤ちゃんを見て、きょ
しておいている。
うだいとしての自覚を強
め、がんばっている。
○Aさんは不安・緊張した場 ○それらの行動が母親の前で ○父親は勤務形態が変わった
ため、時間がとりづらく、
面になると、紙くずを口に
表出すると、母親が行動を
面会がとだえている。父親
入れる、食欲不振になるな
理解することは困難で、適
は障害があり、祖母を中心
どの行動が依然として起っ
応できずパニックを引き起
に位置づけている。
ている。
こす状態が危惧される。自
宅にはAさんの不安・緊張
行動を代弁し、母親に伝え
られる存在がいない。よっ
て、Aさん自身が母親にも
伝わるような術を獲得する
ことが必要だと感じてい
る。
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
幼児期の虐待により、その後の発達過程におい
て、不安、緊張や問題行動をくりかえしつつも、
育っていくことの経過が読みとれる事例である。
担当職員が一人で背負い込むのではなく、有識
者や専門家を交えたケース会議を活用しながら、
ほかの職員とともにチームでの養育を実現した事
例である。
32
担当職員が、日々の養育についてケース会議で
報告し、有識者や専門職からえたアドバイスを養
育の実践にとり込むことにより、職員間の養育の
一貫性が生まれ、子どもの情緒も徐々におちつい
ていくも、状況変化によってまたくりかえしとな
る。Aさんの反応に気づいたことは、生活場面で
の安心を基盤とすることであった。
こうした体験の積み重ねが、若手の担当保育士
にとって自信へとつながっていく。
子どもをまず受けとめて、よりよきつながりを
みいだしつつ、かかわっていくことの難しさがあ
りつつも、気づきということに、養育のいとなみ
にはたいせつであることを知る実践事例である。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
養育のいとなみの実践(4)
受けとめること、伝え続けていくこと
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
2歳∼12歳/養育年数10年
養育の
はじまり
までの経緯
○両親が離婚し、Aさんはきょうだいとともに母親に引きとられる。母親
の交際相手から、懐かないと身体的虐待を受ける。内臓破裂で入院し、
病院からの通告により退院後一時保護となる。きょうだいとともに措置
入所となる。
育ちの中の
できごと
○昨年実施した知能検査では、発達に課題があるとわかった。注意力が散
漫、何事にも集中することが難しい。
○今年度より特別支援学級に通学している。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所から小学校入学まで ∼入所直後の職員の受けとめ方∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○入所のときは、母親に対 ○担当職員は、Aさんの言動にふりま ○母親は感情表現が
じょうずではな
してもいっさい後追いは
わされ、感情的にかかわることも多
く、Aさ ん は 甘 え
みられなかった。特定の
く、Aさんとともに混乱した。対応
ようなどとはしな
施設職員に対しては、就
する職員が交代してみても、職員と
か っ た。Aさ ん が
寝時に布団をかける、か
の関係は変わらず、状況の改善には
「抱っこ」といえ
けないを繰りかえすなど、 つながらなかった。
ば、母親は抱っこ
試しの行動が随時みられ
するが、ぎゅっと
抱きしめてはいな
た。
いようであった。
○昼寝するにしても、1時 ○ 担 当 職 員 は、Aさ ん に で あ う ま で
間くらいもめて、最後は
泣いて寝る、といった状
況が続き、気もちの切り
替えがきかなかった。
○Aさんの欲求は満
たされずにいたた
童にであったことがなかった。そう
めか、職員との関
いう経験をしてきたAさんへの対応
係にも変化がみら
の難しさを実感する日々だった。自
れなかった。
は、ここまでの虐待を受けてきた児
分もどうしていいのかわからなかっ
たが、自分なりの模索のしかたも少
しずつ考えていった。
33
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○特定の職員に対する表出方法は、依 ○「Aさんが快い、不快ということを感じるよう
然変わらず、泣いてぐずることが多
になるにはどうしたらよいか」「今よりも先に
かった。ほかの子との関係において
進むためにはどうしたらよいか」と思ってか
は、自分より弱い相手に対し年齢に
かわってきた。
関係なく攻撃的となった。
○悲しい、つらい、などのことはわかるように
○体中の傷を引っかいてしまうため、
なってきた。客観的な言葉で伝えようとして
常にどこか出血している状態が続い
も、Aさんはわからない。しかし、「こういう
た。
ことをしたら、私はかなしい、つらいんだよ」
という伝え方をAさんにすればわかってもらえ
たような気がする。
○Aさんはスキンシップを求めており、年少児童
に嫉妬するようすが多々みられたため、同年
齢のほかの子よりも抱っこやおんぶをする機
会を増やし、気もちの安定をはかった。
34
2.小学校のころ ∼集団生活への対応と発達障害∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○施設内では、ある職員に対し攻撃的 ○小学1年生のとき、被虐待体験に対するケア
となり、さまざまな場面で反発を繰
として、医療機関を活用し、1年間プレイセ
りかえし、ぐずることが多くなった。
ラピーを実施した。日常のかかわりのアドバ
イス(できたことを目にみえるかたちで評価
○学校では大きな問題はみられないも
のの、集団に入ることが難しく、遠
くからみているような状況であった。
学校の授業にも、ついていけていな
い感じであった。また、注意力が散
漫 な た め、 集 団 へ の 指 示 を 理 解 し
行動することができず、まわりのよ
うすの変化をみてあわせている状況
だった。友人関係は、とくに仲がよ
い子はいなかったが、それなりに話
ができた子どもはいた。
するなど)を受け実践するが、変化はみられ
ず、職員も手ごたえを感じられなかった。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○年長児童との関係において、自分の ○Aさんが感じている心と身体の痛みを、職員が
感情を極度に押さえつけ、したがう
代弁することで、自身に起こっていることを
ことが多かった。自身の感情や感覚
整理できるように働きかけた。また、Aさんも
に鈍く、不当なあつかいを受けても
守られるべきであって、痛みを感じることを
許容してしまっていた。しかし、イ
あらわして当然な存在であることを伝えた。A
ライラとしたときには言語化できな
さんは理解することは難しいようすだが、職
いために、髪をかきむしるしぐさを
員が共感することで、動揺するようすがみら
みせた。
れた。
○中学進学を前にして、同年代児童に ○Aさんの知的な発達に不安を感じ、臨床心理士
くらべて精神的な発達の遅れがめだ
による知能検査を実施したところ、境界線域
つようになった。学習面も数の概念
の状況であることがわかった。学校にも相談
が不十分なことがみられた。小学校
し、就学指導委員会にて再度検査をしたとこ
低学年児との遊びを好むなど、全般
ろ、知的な発達よりも精神発達にはっきりと
的な幼さがきわだっていた。
した遅れがみられたため、中学入学時点での
特別支援学級が適切との見解となった。
○年ごろの女の子のような身だしなみ
はせず、髪の毛は軽くとかして終わ ○児童相談所とも連携し、保護者にもその旨伝
りという状況であった。髪の身だし
え、Aさんに対しても自立に向けたみとおし
なみや色ゴムで髪をとめるといった
(普通高校と高等養護学校)を伝えたうえで、
髪型について気づかうようすはな
自己決定する経過をたどった。Aさんには、漠
かった。
然とではあるが今までは考えたこともなかっ
た『数年後の自分』に思いを向ける機会となっ
た。
35
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
内臓が破裂するほどの暴力とは、いかほどのものであろ
うか。そうした行動を示した母親への思いはいかほどのこ
とであろうか。
自分の感情を極度に押さえつけ、服従するかのような態
度を示すAさんの心と身体の痛みを、担当職員が代弁しよ
うと近づくことで、Aさん自身に起き続けているさまざま
なことの整理へ近づいたように思われる。医療あるいは心
理的接近では、Aさんの心の痛みに近づくことができな
36
かったことからも、Aさんの心を癒すには、かなりの時間
と、安全な空間の提供こそが必須であったのだろう。
職員が心がけ続けた「Aさんは守られるべき存在であっ
て、痛みを感じて当然な存在である」という気づきは、と
もに苦闘した職員だからこそ、という感想をもった。同時
に頭がさがる思いである。
児童養護施設のもつ『養育』という機能は、単に育て直
すとか、育むという甘い言葉ではいいくるめられない、痛
みと哀しみに直面したうえで、作りだす保護膜が求められ
る。
子どもたちが守られるべき居場所として、職員をはじめ
施設のみんながたいせつにしてくれること。そのことが子
どもへ伝わるようなかかわりこそがたいせつだと思われ
る。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
養育のいとなみの実践(5)
子どもと事実をわかちあう、ということ
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
2歳11か月∼13歳/養育年数11年
養育の
はじまり
までの経緯
○父母が結婚後は、祖母と同居していた。Aさんが生まれてから、育児の
ことで母と祖母が対立するようになる。
○2歳のとき、母が精神的に不安定となり精神科へ2か月入院。退院後半
年近くは体調も回復するも、自宅にて母が倒れているのを父がみつけ入
院となる。主治医より退院のメドが立たないと伝えられる。父がAさん
の児童養護施設入所を求め入所。
育ちの中の
できごと
○Aさんは、ADHD(注意欠陥多動性障害)、被虐待児症候群、非言語性
LDとの診断。小学2年生のときから、診断により投薬を受けている。
○Aさんは興味のないことはとりくめず、その場から逃げだしたり、寝そ
べったりする。自己中心的な考え。中学進学後、教室での立ち歩き、授
業についていけてないこともあり、特別支援学級に移る。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所から小学2年生ころまで ∼日常生活動作の訓練と集団生活∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○入所以前、実母は日常の ○最初にであったときに、まっす ○つなぎとめておかない
大半をAさんをおぶって
ぐに歩行ができなかったことが
と子どもをとられると
養育していたため、歩行
印象に残っている。そこで、養
思った母親が、いつも
もままならず転倒するこ
育のなかで散歩を多くとり入
Aさんをおんぶしてい
とが多かった。
れ、歩行訓練を行うことによっ
た。
て改善がみられた。
○興味をもっているものへ
○母親は精神的に不安定
のこだわりがあり、特定 ○知識の面では学習をしていたら
な状況にあるが、子ど
のものへの執着が強かっ
しく、怪獣についての知識をも
もと離れていても波長
た。個別ではおちついて
のすごくもっていたり、漢字が
が あ っ て い る ら し く、
物事にとりくむことがで
読めたりしたことも印象的だっ
お母さんが不安定だと
きるようになってきたが、
た。
子どもも不安定にな
集団での活動になるとお
ちつきなくその場にいる
ことができなかった。
る。
37
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○攻撃的な面があり、意に ○日常のかかわりで個別の時間を
そぐわないことがあると
多くもち、情緒の安定をはかっ
暴力をふるい、たしなめ
たが、グループでの活動になる
られると謝ることはでき
とおちつきがなく、職員の注意
るが、同じことを繰りか
も聞きいれず支援に苦慮してい
えしていた。
た。
○排泄の自立ができておら ○排泄の自立に向けて、トイレト ○入所中に排泄のトレー
ず、廊下でズボンを下ろ
レーニングを行っていくことで
ニングをしても、帰宅
し排便をすることがたび
改善がみられた。
して戻ってくると、一
たびあった。
からやり直しになって
かなり長くかかった。
2.小学2年生から5年生ころまで ∼障害の診断と学校での困難への対応∼
Aさんの育ち
38
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○小学2年生のときに、心理検査の結果に ○発達障害のあるAさんが施設での生活に適
バラつきがみられたため、医学的診断を
応していけるように、特徴・特性を把握し
受けたところ、ADHDとの診断を受け投
個別でのかかわりを心がけた。しかし効果
薬をはじめた。しかし投薬後も、大きな
的な働きかけはできず、状況が改善しない
変化はみられず食事中の立ち歩き、意に
ことに養育者もいきづまりを感じていた。
そぐわないときの衝動的な暴力もたびた
びみられた。興味があることには、ほか
の子どもと交流し遊ぶことができるが、
それ以外は一人でいることが多かった。
○学校では、席に座っていられなかった。 ○病院、学校と密に連絡をとりながらAさん
小学校低学年のときには、自分の意にそ
の状況把握に努めたため、連携ははかれて
わないことがあったら、はさみを持って
いた。学校にはいじめなどはなかった。
ほかの児童につっこんでいったり、ほか
の児童を階段から突きおとしたりしたこ
ともあった。攻撃は、年上にではなく年
下に対してしていた。Aさんなりに行動
を起こす理由があるらしいのだが、理由
が発生してから1か月後に行動に移すな
ど、まわりからみると脈絡がないように
みえる。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○5年生のときは授業についていけなかっ
たので別のところで自習していたが、そ
のときには、パソコンや読書をしてい
た。
○本は好きだが、自分の興味のあるものに
限られる。ストーリーのあるものも好き
だった。
○Aさんは投薬を減らすことは不安で、嫌 ○主治医からは、少し投薬を減らしていくこ
だといった。
とを提案されたことがあった。
○薬を飲むことがAさんにとって安心材料な
のだろうと思う。ただ、かつて薬を飲まな
かった時期もあるが、職員からみると、飲
んでいるときと飲まなかったときでの違い
は、さほど感じられない。
39
3.小学6年生ころから ∼特別支援学級への移行と父親の死の受けとめ∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○教室での立ち歩きや授業についていけてないこ
ともあり、特別支援学級へうつった。学力に
あった授業を受けるようになり、教室でおちつ
いてとりくむことができるようになってきた。
○過去からいだいていた不満やいらだちが原因と ○職員はAさんへの養育場面で、考え
なって、突然なんの脈略もなく、年少児童に対
や行動の抑制を働きかけるようにし
し暴力をふるっていた。
た。しかし、Aさんの独特な考えやこ
だわりを修正していくことは困難で
○中学生になりそういった行為はみられなくなっ
あった。
た。
○生活場面においても能力は高いが、自分に興味 ○対人交流が苦手で一人で過ごすこと
がないことにかんしてはとりくむことが難し
の多いAさんに対し、グループ活動へ
く、寝そべったり、逃げだしたりしてしまうこ
の参加をうながし対人交流の広がり
とがある。
をはかっているが、Aさんをうまく参
加へうながすことができず苦慮して
いる。
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚と
のかかわり
○中学生になり与えられた課題や作業 ○能力は高く、人をみる力もある
を行わなければならないという意識
ことは職員も理解しており、「ほ
をもちはじめ、職員の声かけで宿題
んとうはここまではできるのに、
や洗濯を行う姿もみられはじめてい
甘えでやらないでいる」など、A
る。当施設では5年生くらいから、
さんの全体像を把握してアセス
下着、靴下だけというように、部分
メントをしながら、そのときそ
的に自分のものの洗濯の練習をはじ
のときの対応を考えるようにし
める。自分のものすべてを洗濯でき
ている。基本的にやれることは
るようになるのは、中学生ぐらいに
やらせるようにしているが、今
なってからが多い。
日は調子が悪いと思ったら、や
らせない。Aさんは一つひとつ
プライドを確立していく性格で、
プライドを保つために、できな
さそうなことはやらずに、プラ
イドを保つタイプである。
40
○当時の担当職員が葬儀に参加したと
○ 父 親 が、 昨
きには、Aさんはいつもと変わらな
年 死 亡 し
いようすだった。その後、施設に
た。
戻ってから、不安定な波があったわ
けでもない。Aさんから話題にする
こともなかった。父親の死を理解し
ているかどうかはわからない。施設
での生活には何もかわりがない。逆
に、理解したときにすごくショック
を受けるのではないかと思う。
○しかしあるとき、父親が死亡したこ ○このことを、重大にとらえたい
とについて、「自分がこういう状態
と思った。ただ、職員と個別で
になったのはお父さんのせいなん
一対一でいるときではなく、い
だ。家でお母さんをはたいたりした
ろんな子どもたちがいるなかで、
から、自分はこういう状態になって
Aさんの気持ちがぽこっとでて
しまった。」とAさんがいった。
くるときがあるが、ほかの子が
いるので、父親の死についてA
さんに直接説明しにくかったこ
ともある。タイミングを大切に
して話をしなかったことは反省
している。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
職員はAさんに対して、毎日の生活をていねいにとら
え、継続的にかかわっていった。毎日のリズムを整えるこ
とで、Aさんが精神的に安定していく可能性は高い。
Aさんの課題は、精神的に不安定になる母親による養育
と、その母親の入院による施設活用、さらに父親の死亡と
いう「これまでの育ちの歴史」を、「自分がこういう状態
になったのはお父さんのせいなんだ。家でお母さんをはた
いたりしたから、自分はこういう状態になってしまった。」
とおきかえ、誤解してしまっている。今一度、愛と希望の
うえにAさんが生まれたことを伝える必要がある。
そのうえで、母親の病気や父親の死亡は、Aさんの責任
ではないということを、機が熟したら本人に伝えていくべ
きだろう。Aさんは大切な存在であることに間違いがない
ことを、この施設で築きあげつつある信頼関係のなかで、
理解していくことが求められる。
自分のことを大切な存在だと理解し支えてくれるおとな
の存在に気づくこと、気づくようにかかわることが、育ち
あうということに結びつく。
決して安易ではないかかわりに頭をさげつつ、さらなる
希望を伝えるため、職員のねばりづよいかかわりに期待し
たい。
41
養育のいとなみの実践(6)
あせらず、たゆまずに、信頼感、共通感覚を育む
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
4歳∼18歳/養育年数14年
○父親が出所する前に、母親と別の男性との間にAさんが誕生。その後、
養育の
母親は家出、行方不明になる。
はじまり
○父親による養育が困難なため、児童養護施設入所となる。
までの経緯
育ちの中の
できごと
○高校1年生のときにアスペルガー症候群などの診断。知的には境界域だ
が、療育手帳を取得している。
○高校2年進級時に、特別支援学校高等部に転校。
○対人コミュニケーションに大きな課題があり、人を信頼できない。施設
職員など安全な相手には、おうへいな態度を示し攻撃的言動が著しい。
○反面、暴力や脅しを極端に恐れ、そうした対象には過度に服従する。
Ⅱ.養育のいとなみ
42
1.入所のころ(4歳)から入所から中学生まで ∼愛情欲求と暴力∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○4歳で入所した ○担当職員が学生時代、実習時にはじめてかか ○親とのかかわりが希
ころは、発語や
わったときから、Aさんは強いインパクトが
薄なため、幼少期か
言語理解をはじ
あった。将棋しているのをみて、「ほう」と
ら、季節里親/週末
め、発達の遅れ
いったらいきなり殴られた。
里親制度を利用して
が 認 め ら れ た。
いる。ただし中学に
基本的生活習慣 ○入所直後の幼少期は、愛情欲求が強かったこ
入ってからは実質と
も身についてい
ともあり、担当職員を中心に個別のかかわり
だえている。
な か っ た。 ま
を重視した。暴力については繰りかえし諭す
た、愛情欲求は
ようにした。
強かった。
○とくに若い男性職員に対して、わざわざかか
わって、職員がキレるまで挑発した。職員が
さんざん挑発されて、服をちぎられることも
あった。年少児童とAさんがトラブルになる
と、職員が仲裁に入らざるをえないが、そ
うすると職員がさんざんAさんにやられる。
「これ以上やると警察をよぶ」など、何度か
Aさんを床に押さえつけざるをえないことも
あった。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○幼少期から子どもどうし、おとなの間で ○当時は、職員から子どもへの体罰について、
も適切に距離がとれず、トラブルが多
施設内の統一した対応がとれておらず、体
い。暴力もめだつ。中学生になっても人
罰を容認してしまう雰囲気もあった。当時
間関係のトラブルは変わらず、相手との
Aさんにかかわった新任担当職員は、「いか
力関係によって、威圧的、あるいは服従
なる場合でも体罰はあってはいけない」と
的と、関係のとり方が極端であった。同
いっていたが、これに対しAさんはつっか
年代とのかかわりができなかった。体が
かってきた。
大きくて力もあるが、口で負かされ、か
らかわれるため、中学生になっても、小 ○担当職員は、子どもに挑発されて自分が手
学生の集団のお山の大将で、大勢の小学
をあげたら負けだと考えていたが、もっと
生を引きつれて、キックベースボールを
よいかかわりができなかったかと反省する
やっていた。
こともあった。駅まで歩きながらうなだれ
て、自分の未熟さを感じたこともあった。
担当職員は、施設内の子どもとのかかわり
○Aさんは大舎で、人との距離がとれない
生活をすごしていた。くっつき過ぎる
ではそれほどへこまないが、Aさんとの関
係ではしょっちゅうおちこんだ。
か、離れすぎるか、グループホームの狭
い空間が苦手だった。特定の子どもと継 ○思いにさいなまされて、「この子がいなけれ
続的な関係をもつのが苦手で、狭い環境
ば穏やかに仕事ができるのに」と思ってし
だと同じ人と向かいあう必要があるた
まうこともあった。
め、息苦しいようだった。
○職員にさんざん暴言をいった後に、気ま
ずさもないように食事していた。
○入所後、知的発達は大幅な伸びをみせ ○発達の遅れについては、行政の教育相談、
た。現在は、知的発達に大きな遅れはみ
また近隣大学の発達相談などへのかかわり
られない。当時はアスペルガー症候群が
をはじめ、中学時代までかかわりを継続し
あまり知られていなかったこともあっ
ている。
て、診断はされなかった。
43
2.高校生のころ ∼障害の診断と受けとめ∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○高校1年生のときに、ほかの生徒とのトラブルから ○アスペルガー症候群との診断を
登校できなくなり、児童相談所との間で進路を検討
受け、進路の検討の結果、普通
した。
学級への復帰および卒業後の社
会的自立は困難と考えられた。
○Aさんはプライドが非常に高く、現実認識の欠如と
そこで、療育手帳を取得した。
いう障害のため、「自分は大統領や総理大臣になる」
「オリンピックで世界記録をだす」と本気でいって
いた。自分は超人だと思っている。アスペルガー症
候群だけではなく、妄想人格障害も診断された。ひ
ときわ違う生活をすごしている。
○担当職員や児童相談所の心理職
からも、Aさんの障害について
○高い自己認識をもつAさんにとって、自分が超人で
繰りかえしAさんに説明するよ
はなく普通の人間で、しかも療育手帳が必要だと
うにしてきた。手帳の取得や転
いう現実は受け入れがたかった。当時の担当職員
校についても前向きにとらえる
にも、アスペルガー症候群の診断を受けた直後に、
ことができるよう働きかけてき
「診断に納得いかない」といってきた。
た。
44
○精神的に弱っていた時期だったので、その場では受 ○職員はAさんに、「あなたが社会
け入れ、職員に対しても従順だった。
とかかわれないのは、あなたの
せいじゃない。人とうまくかか
○療育手帳を取得し、高校2年の進級時に特別支援学
われる人、かかわれない人がい
校へ転校した。転校後の学校では生徒会役員を担う
る。だからトラブルがあったが、
など前向きに順応している面もみられた。人間関係
それはあなたのせいではなく、
のトラブルの多さは変わらない。同世代とはかかわ
そういう特性をもっているのが
れず、施設内では小学生と遊んでいる。
原因である。医師と相談すれば
いくらでも方法がある。」と伝え
た。
3.自立に向けて ∼就労支援と知的障害者通勤寮への入所∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○18歳の時点で、現実に選 ○学校での職業実習や、職員が同行しての知的障害者通勤寮
択可能な進路とAさんの
見学、および自治体の障害福祉課への通所相談を経て、現
もつ将来のイメージに大
実的な進路選択をめざした。学校・自治体・児童相談所と
きな乖離があった。担当
の連携を重視してきたが、Aさんの能力や適性に対するみ
職員への過度の依存を含
たての不一致によって、やや混乱を生じた。
め、対人関係のとり方が
極端な状況であった。
○担当職員はそれ以前からすでに感じていたが、18歳では自
立できないと感じた。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○施設退所と同時に通勤寮 ○児童養護施設では、Aさんに主に対応する職員を2人に絞
へ入所し、障害対象での
り、Aさんからの相談や関係機関との連絡調整を続けてい
就労をした。しかし寮、
る。担当しているのは、退所時点の担当者と、障害の診断
職場ともに順応できな
を受けたころの担当職員である。Aさんとの窓口は、職員
かった。仕事は就職した
一人では負担が重過ぎるので、複数にしたり、主担当を交
年のうちに退職し、通勤
代したりしている。
寮もトラブル続きで退寮
となった。
○ そ の 後 も 知 的 障 害 の グ ○自治体の生活福祉課と連携し、入所先との調整や精神科通
ループホームや宿所提供
院のつきそいなどを継続している。
施設を転々としながらも
安定できず、ときとして
ホームレス状態になって
いる。
4.Aさんをめぐる職員のチームワークと思い
(1)職員どうしのチームワーク
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○4歳のときからき ○施設全体では、この子に退所してもらおうという雰囲気にはなら
ていることもあ
なかった。でも個別のかかわりではみんな一歩引いてしまう。職
り、かわいいとこ
員からは、「許せない」、「施設にいられる子ではない」いう意見も
ろもある。状態の
あった。
いいときには人な
つっこい。人に認 ○この子はこの施設においておけないということもあったが、担当
められたくて、浴
職員は「この子にとってここ以上の場所はない」「ここで養育し
室の掃除を一生懸
ていくことを考えないといけない」と主張した。内心はマイナス
命したりすること
の感情があっても、表にだしたことはない。それ以上にまわりが
もある。おとなと
いっていたので、同調して増長させたくなかった。
のかかわりがすべ
てうまくいかない ○担当職員は、Aさんについて、つりあいがとれない感情をいだい
というわけではな
ていた。直接のかかわりでは不快な思いをいだいていたが、どの
い。幼児期はベテ
職員がかかわっても不愉快になる相手である。相手の都合に関係
ラン女性職員から
なく話し続け、しかも内容は文句や脅迫などであった。
かわいがられた。
○職員もまともに対応していたら精神的に安定していられないので、
距離をおきながら接してきた。たとえば、「今日はこれまで。不愉
快で話をする気になれない。」などといって、時間を切ったことも
ある。
45
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○現在でも、ベテラ ○担当職員はこれまでの過程を、「Aさんとのかかわりは、自分一人
ン女性職員にはと
では無理だった」と感じている。Aさんの入所当初に担当してい
んでもないことは
たベテランの女性職員が、担当職員と同じ認識にたってくれたこ
しない。
とが励みになった。
○施設退所後の現在も、Aさんは担当職員とは連絡をとっている。
Aさんから電話がかかってきても、日常的なぐちを受けとめる役、
対外的な調整の担当などと、職員間で役割分担をしている。Aさ
んのことをけっして見放さず、担当職員一人に負担がかからない
ようにしている。
(2)職員のモチベーション維持・向上
職員のかかわり、思い
○施設の常識は、外の社会では非常識というのが往々にしてある。とくにグループホーム
は一人勤務である。業務時間中、追われて職員の考え方がひとりよがりになりやすく、
46
きわめてリスクは高くなる可能性がある。また措置施設なので子どもは施設を選べな
い。一定の基準の担保のもと、各施設の考えがあるのはよいが、職員個人の世界のまま
仕事が展開されて、利用者である子どもの社会性が損なわれることには注意すべきだろ
う。
○さまざまな研修会など、いろいろなところで人の意見をもらうようにして、外から自分
の仕事を検証できる場をもつよう心がけている。あわせて、社会的養護の場において、
今後仕事以外に研修や研鑽の場がシステムとして位置づけられるのは、大変重要である
と思う。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
入所後からほかの子どもや職員とのトラブルが頻回で
あったAさん。ある子どもは「いってもわからないヤツは
自分がたたいてやる」と突っかかり、職員からは「許せな
い」、「施設にいられる子どもではない」という意見もでて
いた、という。Aさんに誘発されるケア現場の摩擦は関係
者の苦渋、虚しさ、悲哀をともない、その場を経験した者
でなければ理解しがたいだろう。
しかしそこにあっても、担当職員に「この子にとってこ
こ以上の場はない」といわしめたものは何であったのだろ
う。この同僚たちに向けた言葉は、同時にAさんへのよび
かけ、自分自身に対する覚悟でもあったのではないだろう
か。その後のAさんは、幼児期にかわいがってくれたこの
担当職員に対しては、とんでもないことをしなかったと報
告されている。かわいいところもあったに違いないが、こ
こに養育の関係の何かたいせつなことが潜んでいるに違い
ない。
その後Aさんをグループホームから本体施設へ移した判
断にはじゅうぶんうなずけるものがあり、グループホーム
と本体施設(大舎)を適切に使う、『施設のソーシャルワー
ク能力』こそ、今日もっとも望まれるものである。
児童養護施設ではこうした事例が増えているので、すべ
てをケアワークに依存すべきでない。現在も続けられてい
るフォローにはこうした視点がうかがえるが、これはAさ
んにとって重要である。高1の精神科の診断(アスペル
ガー、妄想人格障害)も考えあわせると、社会にでてから
の挫折や不測の事態など、フォローの必要性は高いからで
ある。
47
養育のいとなみの実践(7)
漂っていた子どもが、施設の人やであいをとおして
自分の居場所をみいだしていくとき
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
48
6歳∼14歳/養育年数8年
養育の
はじまり
までの経緯
○両親の離婚後に父が養育していたが、仕事の関係で育てられずに児童養
護施設に入所。
○その後、父による虐待が明らかになる。父との交流が途絶え、里親に委
託となる。
○里親家庭委託後にAさんが不調を訴え、小学6年生で児童養護施設に再
入所になり、現在にいたる。
育ちの中の
できごと
○うつ傾向と診断され、精神科に隔週で通院し、服薬している。被害妄想
が強く、ささいなことでも、不安定になるとパニックを起こす。
○理解力が低く、周囲の状況を判断することが苦手。特別支援学級にか
よっている。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.再入所から小学校卒業まで ∼施設への期待と職員のかかわり∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○Aさんは、里親とうまくいかなかったことから、 ○再入所したときの担当職員は、施設
施設に入りたがっていた。Aさんには、最初に
が安心できる場であり、自分の気持
施設に入所したときの職員が、再入所後も面倒
ちをいえる場であることを伝えた。
をみてくれる、という思いがあったのかもしれ
あわせて、過去に里親では家出・飛
ないが、再入所時にその職員は退職していた。
びだしがあったので、お互い気持ち
よく生活するには、やってはいけな
いルールがあることを伝えた。
○グループホームへ入所することになった。再入
所直後は、緊張しながら生活をすごしており、
自室で勉強やお絵かきなどをして過ごす時間が
多かった。
○失禁、便漏らしの処理がうまくできず、洗髪も ○便漏らしのときのお尻の拭き方、髪
じょうずにできない状況であった。グループ
の洗い方まで、基本的な生活を一つ
ホームでは赤ちゃんがえりをしたが、十分に赤
ずつ教えた。
ちゃんがえりもできす、生活のリズムは崩れて
いた。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○環境を大きく変えることで、日常生活をよくし ○周囲の状況、Aさんの気持ち、相手
ていきたかった。しかし、異性の話になると周
の気持ちを言葉にして伝えていっ
囲の状況がわからず、みんなの前で異性に告白
た。また、異性との距離のとり方、
などをした。
ほかの人との関係のきずき方を伝え
ていった。
○Aさんは、甘えの要求のがまんができなくなり、 ○道筋をもっての判断が必要であり、
ぐずるようになった。また、自分に都合がよい
職員の対応方針を確認して、一貫し
ように勝手に解釈したり、うそをいってごまか
て同じような対応をとった。
したり、金銭トラブルもあった。
○時間のつながりがもてないことが多く、母親の ○児童精神科への通院をはじめ、中学
存在を強く求めた。
進学にあたり、普通学級か特別支援
学級かの判断をした。
2.中学生のころ ∼グループホームから本園小舎への移動∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○運動部に入部するが、心身の負 ○部活動を辞めることを自分で判断させる、という対
担となりトラブルが増えた。行
応をした。担当職員のみではAさんへの対応が厳し
事前は必ず不安定になり、朝ぐ
い状況になり、週1回の一対一の話しあいをとおし
ずってパニックを起こすように
て、主任職員とのかかわりももつようにした。
なった。パニックには自傷のも
のも、他害のものもあった。
○Aさんの言動を先読みして、職員が一切引かない雰
囲気、声かけ、対応をするということを、早い段階
から示した。それによってパニックも増えたが、A
さん自身のがまんする力、ストレスを発散させよう
とするがんばりもみられるようになった。
○学校では保健室が逃げ場になっ
た。授業にでないため、学校で ○学校教員と連絡を密にとりあい、役割分担をはっき
は休み時間以外の保健室利用を
りさせていった。
制限した。その結果、学校生活
は何とかなるようになったが、 ○Aさんが学校から帰ってきたら、本園小舎でパニッ
学校でがまんした分が、施設に
クを起こすというのが、職員間での了解となってい
帰ってきてから噴出するように
る。これまでにも何度となくパニックになった。本
なった。また、友人との金銭ト
園小舎内でパニックを起こしても、ほかの子どもへ
ラ ブ ル、 関 係 上 の ト ラ ブ ル も
の影響は小さいため、症状がおちつくまで本園で対
あった。
応するようにしている。
49
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○Aさんの希望、および「人間関係が濃密 ○Aさんとほかの子どものことでは、グルー
な環境は向かない、ほどよい関係が保た
プホームでは難しかった。
れる環境がよい」との精神科医のアドバ
イスもあり、本園の小舎に移動した。移
動当初は児童や職員との人間がかかわれ
る環境のなかでよい状態が続いていた。
○学校でのトラブルをきっかけに、施設内
でも職員の対応に関して問題行動を起こ
した。交番に行って「施設で虐待を受け
ている」といった話をした。
○施設職員が迎えに行ったが、警察では確 ○警察でのトラブルがあっても、最終的には
認手続きをとっており、すぐにAさんを
施設のことを信頼してもらえた。
引き渡してくれず、施設内での虐待を疑
われた。その後、事実無根であることが ○対応が困難であったため、特別支援学級へ
50
判明して、警察から謝罪の連絡もあった。
の移行を検討して、各機関との協議を行
い、夏休み中の約1週間の体験入学を経
○担任、養護教諭・スクールカウンセラー
て、2学期より特別支援学級へ転校するこ
との連携のなかで、守るべきことを伝え、
ととなった。授業というよりも、対人関係
それを守らせることで学校生活が維持で
の面で普通学級での対応が困難であった。
きたが、学校担任などが異動するという
Aさんも特別支援学級に移ることを希望し
環境の変化に、緊張関係が崩れた。
た。
○学校での不調をきっかけに状態が悪化、 ○特別支援学級での生活が鍵となる。生活が
生活が後退していった。教室に入れない
厳しい場合には、入院やほかの児童福祉施
と早退し、登校を渋ることにつながり、
設での生活も検討する必要があると考え
パニックを起こすことが多くなった。登
た。
校しても、すぐに連絡が入り迎えに行っ
て早退という日が続き、授業にまったく
参加しない状態となった。
○特定の職員との関係で適度な距離を保つ ○医師や心理療法担当職員と連携をとりなが
ことができない。
ら、職員が注意して、適度な距離感を保つ
ことができるよう配慮している。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
3.自立に向けて ∼特別支援学級での生活と、施設退所後をみすえた準備∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○友人との交流では、金銭のやりと ○自制力の弱さがあり、何らかのわくぐみが必要で
りや不登校などの問題があり、ま
ある。
た興味があることをがまんするこ
とができない、制止されることで ○Aさんは、施設退所後も支援が必要と思われる。
パニックになる。
医師や児童相談所などと連携して、退所後をみす
えた準備をしていく必要がある。
51
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
施設入所、里親、そして施設への再入所とな
るものの、生活と人とのかかわりに厳しさがあ
る事例である。
子どもにとっては、ありのままの自分を受け
入れてくれるおとなの存在に、自分の居場所を
みいだし、安心とくつろぎ、やすらげる場所と
なる。そうした「場」とは、あるがままを受け
52
入れてくれる「人」がいて、はじめて子どもは
実感するのではないだろうか。
施設職員は、日々のいとなみをとおして子ど
もの可能性に期待を抱きつつ、寄り添う存在で
あってほしい。
また、養育環境の豊かさには、チームワーク
が必要である。一人の職員に力を与えてくれ
る、それがチームのもつ力である。
Aさんは、生きづらさのなかで苦労しながら、
成長していこうとしているのである。施設で生
活する子どもが、誰によって、どのように育て
られたか、環境(ひと・もの・こと)が大きな
意味をもつ。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
養育のいとなみの実践(8)
良きことも、悪しきことも成長の過程
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
7歳∼18歳/養育年数11年
○虚弱体質、言語遅れもあり、育児が難しい子ども。父親の協力がなく、
養育の
母親は育児ノイローゼとなってAさんを虐待し、Aさんをまったく受け
はじまり
入れられなくなり、入所にいたった。
までの経緯
育ちの中の ○虐待によるPTSD、小∼中学校は情緒障害児学級、高校は養護学校高等
できごと
部に通学。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.施設入所のころ(7歳)から小学校低学年まで ∼母親への思い∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
親・親戚との
かかわり
○入所のとき、両親に ○入所したときに両親が帰った後、担当 ○母親は、施設の精神科
背を向け、堅い表情
職員が「がんばろうな」と肩に手をか
医のもとでカウンセリ
でずっと固まってい
けようとしたら、ぱっと避けた。この
ングを受けていたが、
た。両親が帰っても
反応に、虐待をかなり受けていると察
3か月くらいでやめ
表情は変えなかっ
した。施設が安心して暮らせる場だと
た。
た。
知ってもらい、あたたかい養育をして
あげたいというのが最初の思いだっ
た。
○母親はAさんのきょう
だいを溺愛している。
○最初は、ほかの子ど ○入所直後は一緒に入浴、添い寝、外出
一方、Aさんは母親と
もの前でご飯を食べ
など一対一の時間をもつようにした。
似ていて、Aさんがか
ることができなかっ
たえず寄り添い、緊張場面へのサポー
わいくなかった、自分
た。最初の3日間く
トによって、安心感を構築していっ
の嫌なところを見せつ
らいは部屋に運んで
た。学校に何度も説明して理解と協力
けられてたまらなかっ
あげて、そこで食べ
を求めた。
た、などの自分の思い
るのが精一杯だっ
をカウンセリングで吐
た。その後も、みん
露した。母親自身も虐
なの食事が終わった
待を受けて育ったこと
後に食べていた。
もあって、そういうこ
とから愛せなかった、
といっていた。
53
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○2度の自宅帰宅のと ○帰宅への拒否反応が出て、精神科医が ○一時帰宅ではじめて家
きに、精神剥奪状態
「この状態で家に帰すのは無理」と診
に帰ったとき、2日目
を み せ、 本 施 設 に
断したため、今後は家に帰さないとい
に母親から、Aさんの
戻った後は職員に安
う方針で進めることになった。父母宅
面倒ができないから、
心したのか、赤ちゃ
への帰宅を中止し、祖母宅への帰宅を
今から施設につれて行
んがえりを起こし
依頼するとともに、カウンセリングを
く、と連絡があった。
た。
はじめた。
○被虐待の影響で気分 ○家庭とのつながりがもてなくなったの ○入所して2か月目に2
にむらがあり、調子
で、それにかわる場所を提供したいと
回目の一時帰宅を行っ
よく話せたと思う
考え、担当職員に慣れたころに、職員
たが、本施設に帰った
と、寡黙になってし
宅へ一緒につれて帰ることにした。お
後に、Aさんは嘔吐が
まったりもした。
よそ2週間に1回のペースで連れて
続いてベッドに閉じこ
帰った。どこかにつれていくとか、何
もってしまった。
か買ってあげるわけではなく、自分の
子どもと同じように接し、特別なこと
54
はしていない。本施設では、Aさん以
外にも、職員が子どもを自宅につれて
○ほかの子どもとの関
帰るとりくみは行われている。
係が困難だった。ま
○Aさんは入所して1年
た経験不足により、 ○Aさんについて、定期的に職員会議を
くらいは母親のことを
新しい場面において
とおして養育のあり方を検討した。精
よくいい、どこかに連
混乱したり、不適応
神科医から「母親にかわって安心でき
れて行ってもらったこ
だったりした。学校
る存在をつくることが、Aさんの心の
とや、抱いてもらった
にも不適応だった。
回復につながる」とアドバイスがあ
など、現実に経験がな
り、定期的な職員宅への帰宅や個人的
いことを話していた。
なつながりの継続が必要と、職員全員
○1ホーム児童8∼
で確認した。
11名 で、 3 人 の 職
員と生活した。入所 ○担当職員は、最初は母親的な立場に ○母親をよくいうような
後3年間はホームで
いると意識しないでかかわっていた
話をいわなくなったこ
最年少だったが、そ
が、ケースカンファレンスでAさんの
ろに、つねられたこと
の後は同年齢児が入
心のほぐれを聞いたことや、精神科医
など事実がいえるよう
所した。居室は3∼
から、そのままかかわってください、
になった。その後は、
4名の部屋で生活し
といわれたことによって、「ああ、母
結婚式には母親はよば
た。
親代わりをしないといけないんだ」と
ないとの発言に変わっ
思った。
た。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○学校生活も安定し、
学力の向上もみられ
る状態だったが、粗
暴な年長児が入所し
て不安定になり、オ
ドオドと生活するよ
うになった。
2.小学校3∼4年生 ∼あるできごとへの対応と一対一のかかわりの重視∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○あるできごとが起こる。その ○あるできごとに、Aさんの家庭に連絡したりした。そ
ときは両親がそろって駆けつ
の対応については、セラピストのほか、まわりの職員
けて、母親がAさんをしっか
も協力した。担当職員はAさんにかかりっきりとなり、
り抱きしめた。Aさんにとっ
ほかの子どもたちは同じチームの2名の職員にまかせ
ては、母親に抱きしめられる
た。
のがこのときだけだった。
○その後、2日間は担当職員がAさんに密着してかか
○母親に抱きしめられたり、職
わった。それから半年間、泥棒ごっこを続けた。担当
員を独占できたりした喜びと
職員はその行動に対してどう対応すればよいかわから
できごとのショックで、高揚
ず当惑したが、セラピストから「泥棒ごっこを何回も
した状態が続き、泥棒ごっこ
することで、つらい経験を胸におさめようとしている
を半年間演じるようになっ
のだから、一緒に遊んであげて」と示唆されみまもっ
た。
た。すると泥棒ごっこの回数は減り、安定していった。
○担当職員は一対一の時間をとることを心がけ、同時に
Aさんをひいきしているととらえられないように気を
つけた。ほかの入所中・高生は本施設にいる時間帯が
違うので、そういう時間を使ってかかわった。
また、自転車に乗る練習を一緒にした。乗れるように
なると、自転車乗りの一人遊びをいつも楽しんでいた。
○Aさんの入浴は、かならず職員と一緒に入っていた。
同じホームでは、Aさんのみ小学生だったので、ほか
の子も、Aさんへのかかわりをあたりまえとして受け
とめていた。そういうときに一対一の時間をもつよう
に心がけた。
55
3.小学校5∼6年生 ∼子どもどうしのいじめへの対応の悩み∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○以前は職員にしか甘えられなかっ ○担当職員はAさんを自宅にときどきつれて帰り、
たが、年長児童に対して甘えをみ
自分ひとりの生活の空間で過ごさせるようにした。
せるようになった。
それが息抜きであり、緊張した生活をもちこたえ
る抜け道だった。担当職員宅への帰宅とチーム
○非行の児童が連続して入所し、集
団が苦手なAさんは緊張した生活
ワークによる役割分担があったため、ほかの子ど
もから孤立はしていたが、安定感は続いた。
をすごし、不安定になった。
○施設内にいろいろな厳しい課題のある子どもが多
56
○さらに、同年齢で厳しい虐待を受
い時期で、担当職員はAさんのことだけでおちこ
けた子どもたちがホームに入所し
んでいる余裕もないまま、その日その日起こるこ
てきた。その子たちとAさんが施
とに対応して、一人ひとりに何とか向きあうのに
設内の同じ分教室に通ったが、そ
精一杯だった。そのような状況のなかでも、何回
の子たちがくっついて、職員にみ
もケース検討を行い、みえない希望に向かって
えないところでAさんをいじめた。
ゴーサインをくれる支援者がいた。
○Aさんは同年齢のその子たちから ○担当職員は子どもどうしのいじめに、「Aさんを
仲間はずれにあい、自分で頭を壁
ホームから離してほしい」と精神科医にいった。
にぶつけたり、嘔吐が続いたりし
しかし精神科医は、「そういう状況を避けるのでは
た。身体症状の訴え、対人恐怖症
なく、乗り越える力を養わないと、社会にでてか
的行動、学力の低下、カウンセリ
らもそうした関係に苦しみながら生きていくこと
ングの後退などがみられた。
になる。無理でもがんばることが、社会にでてい
くことの耐性になる」と言った。担当職員は、医
○Aさんは、同年齢の子どもたちと
師の言葉について理解はしても、現実に向きあう
同じ特別支援学級で仲間はずれに
と、「どうしていいかわからない」「つらさから逃
あい、だんだん登校できなくな
げ出したい」と感じたこともあった。
り、不登校となった。
○「ほかの子どもとの関係のなかでの成長に意味が
○半年ほど施設内の分教室にかよっ
ある」という精神科医の判断によって、ホーム構
た が、Aさ ん が し っ か り し て き
成を変えないで対応した。ホーム内での子どもど
て、「卒業式は本校に行きたい」
うしのいじめがあった。
といい、参加することができた。
結局、Aさんとその子どもたちは ○小6になってもAさんが担当職員の膝に乗るのをみ
仲よしにはなれなかったが、いじ
て、
「おかしい」という子どもはいた。しかし施設に
めた子どもたちも成長とともに安
はいろんな子どもがいて、その子なりに満足する方
定し、いじめをしなくなった。
法をもっている。ほかの子どもがそのような疑問を
もったときは、
「この子はこうやるとおちつく。あ
なたも抱っこがよかったらしてあげるよ」と伝えた。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○Aさんはこうした時期をやがて乗り越えたが、そ
のときの対応がよかったのかはわからない。職員
も常に悩みながら、どう手助けすることもできな
いジレンマの時期であった。
4.中学∼高校生のころ ∼担当職員宅への定期的な帰宅と、自立へ向けた支援∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○中学校には同級生 ○中学1年生の終わりに、入所時からの担当 ○Aさんは、とくに
と登校できるまで
職員が交代したが、引きついだ担当職員
年下のきょうだい
に 成 長 し た。 直 接
は、Aさんに何が必要かきちんと状況を把
をとても大事に
的助言や指導を理
握していたので、元担当職員とのつながり
思 っ て い る。「 何
解する力もついた。
をたたないように、重要なところではかか
カウンセリングを
わりを依頼された。
歳になった」とか
「今日が誕生日だ」
再 開 し、 問 題 は か
とか、いろいろと
か え つ つ も 安 定 し ○次の担当職員と連携をとりながら、精神的
気にかけていた。
つつ成長をみせた。
安定をはかり、逃げ場を確保するようにし
た。Aさんの意思を尊重しながら、いろい ○ 退 所 す る 最 後 の
○Aさ ん の 同 意 も え
て、 中 学 3 年 で 養
ろな体験をとおして将来について自己決定
2年は、母親がA
ができるよう援助した。
さんの誕生日祝い
護 学 校 へ 転 入 し、
として、刺繍など
居 場 所 を 得 て の び ○元担当職員はAさんのケースカンファレン
ちょっとした手作
の び と 生 活 し た。
スに継続してかかわり、意見を伝えた。ま
りのものをもって
仲のよい友だちも
たAさんにとって母親的役割として、定期
きたりしたが、A
的な職員宅への帰宅を継続した。ただし
さ ん に は 会 わ ず、
「おばあちゃんの家に行くのよ」というこ
職員を通じて渡し
できた。
とにして、ほかの子どもにみえないように
ていた。
つれて帰り、ほかの子に特別あつかいとい
われないように配慮した。
○母親は、Aさんに
対する母の情が
○元担当職員は、当初週1回Aさんのいる
戻ってきていた部
ホームにご飯を食べに行っていたので、あ
分はあるが、まだ
まり関係が切れたという感じはなかった。
顔をあわせる段階
Aさんについては、毎日一緒に生活しなく
ま で に い た ら ず、
ても心がつうじているという安心感があ
入所中Aさんに会
る。Aさんもいざとなったら元担当職員に
うことはなかっ
相談すればよいという関係が築けていた。
た。
57
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○家庭復帰は望めず、Aさんもそ ○退所に向けては、養護学校や福 ○父親との関係だ
のことを望んでいなかったの
祉ホームを訪問して説明し、Aさ
けでも回復を望
で、高校卒業後に向けて福祉
んへの理解と協力を求めること
み、 退 所 荷 物 な
ホームへの入寮を進め、Aさん
によって、退所後も支援を継続
どの準備の応援
にとって就業可能な職業を選
することを理解してもらった。
を 依 頼 し た。 父
択した。
の支援を受けて、
○Aさんの気持ちを職員が代弁して
Aさ ん も 少 し 安
○同年齢の多い職場では不適応
いくことによって、父親に対し
堵感をもったよ
を起こしやすいので、年上の
てAさんへの理解と協力を求め
うだった。
多い職場でかかわってもらえ
た。
そうなところを選んだ。何回
か実習を重ね、Aさんも納得し
て就労した。
5.自立に向けて ∼元担当職員による、退所後のつながり∼
58
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○PTSD症状もあり、対人関係が ○退所後もときどき、Aさんの要望で ○ 祖 母 宅 へ は
うまく結べないこともある。会
元担当職員宅への外泊が続いてい
盆・ 正 月 に
話がぎくしゃくしたり、一方的
たが、社会人として安定してきた
行 っ て お り、
な受けとり方しかできなかった
ことや、困ったときに父が頼れる
父親との交流
りすることがある。
ようになったため、近年外泊はな
もわずかだが
い。
ある。
○就労後1∼2年は、新しい環境
や対人関係の問題やトラブルな ○連絡があったときは、元担当職員 ○母親にはかか
どを連絡してきたが、20歳を過
も対応してきた。連絡の頻度が少
わりをもとう
ぎたころから新しい生活に定着
なくなり、安定しているのを感じ
とはしていな
していった。
る。今後も、Aさんの要望に応じて
い。
支援していきたい。
○現在の仕事の給与が安く、ほか
○きょうだいの
の仕事に転職しようと試みてい
間で連絡は
るが、新しい環境に変わること
とっていない
について不安も大きい。
が、父親をと
おして母親か
らの情報をえ
ている。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
入所から長きにわたる育み、支援の事例である。母親
からの虐待にあって、虐待を受けてのAさんの心身の傷
の深さははかり知れない。入所のときのとまどい、子ど
もどおしの関係、学校での状況…。Aさんのたどった経
過は辛苦の状況にあったものと思われる。
それに応じつつ担当職員は、「母親に代わって安心で
きる存在、環境をつくらないと癒しにならない」と考
え、定期的に担当職員宅への外泊(帰宅)も実施してい
る。
また担当を離れてからも、常に「みまもる」というか
たちでAさんに寄り添い、自立に向けてねばり強く継続
的にとりくんだ。回復への援助から自立への支援まで
と、そのときのかかわりと支援には、Aさんにしっかり
と向きあうとの姿勢と、育ちを支えるとのとりくみは、
担当職員のみならず、施設内の相互理解とチームワー
ク、地域関係者の連携なくしてとりくめない状況にあ
る。
社会的養護において、入所してくる子どもたちがもつ
重篤な問題や質的な変化に対しては、子どもたちの生活
のいとなみを基本として、養育の質を高めていくことが
喫緊の課題である。
59
養育のいとなみの実践(9)
障害の理解にとどまらず、その個人を理解する
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
8歳∼13歳/養育年数5年
○祖父母に養育されてきたが、祖父が入院、祖母が祖父の介護に追われ、
養育の
Aさんの養育が困難になり入所にいたる。
はじまり
○その後祖父は退院したが、祖母は父親が引きとるまでの入所を希望して
までの経緯
いる。
○心身障害等の診断はないが、自閉症の傾向がみられる。
育ちの中の
○母親は離婚後行方不明、父親は内縁女性と同棲中である。
できごと
○父親の送迎で祖父母宅に帰宅することがある。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所当初から小学校3年生くらいまで
Aさんの育ち
60
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚と
のかかわり
○施設にきた日も、担当職員 ○Aさんの入所に際し、副所長と担当職員が ○入所までA
の手をかむような状況であ
家庭および学校に訪問し、アセスメント
さんを養育
り、相当に不安があるよう
を行った。
していた祖
すだった。
母は、Aさ
んのいうこ
○入所後も、祖母とのかかわ ○入所時点で非常に大きな不安をかかえて
とを何でも
りと同じように、職員やほ
いるようすだったため、まずは一対一の
聞くような
かの子どもに命令したり、
関係をつくり、その後徐々にほかの児童
スタンス
自分の思いどおりにならな
との関係づくりへの広げるように心がけ
だった。
いことについて、職員やほ
た。同時に、担当職員はAさんに対して
かの子どもに「あやまれ」 「私は祖母と違う」ということをはっきり
といったりすることがあっ
と伝えるようにした。
た。
○自閉症の傾向がみられたが、担当職員は、
Aさんを担当した時点で自閉症に対する
専門的な知識や理解が不十分だったため、
施設の心理療法担当職員と連携し、集中
的に勉強した。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○施設は小舎であり、一軒家 ○担当職員は、Aさんの不安や思いを聞きながら、思い
に、Aさんを含め8人(男性
どおりにならないときにどう行動するとよいのかを一
5人・女性3人/高校生2
緒に考えて行動した。結果、Aさんは周囲に命令する
人・中学生1人・小学生3
ことが少なくなり、生活のリズムを一定にしたことで、
人・幼稚園年長児童1人)と、
生活面でもおちつきがみられるようになった。
住み込みの担当職員が生活
している。
○担当職員のAさんへの日常的な接し方については、本
施設のスーパーバイザーがアドバイスを行っている。
○それ以外の、Aさんが思いや課題を解決できるようにす
るための具体的な方法については、心理療法担当職員
のアドバイスを受けて、担当職員が実践している。
2.小学校高学年から卒業まで ∼自閉症傾向を理解し、かかわりを考えて∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○施設や学校での生活に慣れ、2∼3人では
61
あるが、学校で一緒にいることができる友
人ができたようだ。しかし、余暇の時間な
どは一人で過ごすことが多いようすだっ
た。
○時間を意識して行動することが苦手であ
り、学校での集団行動に遅れることがしば
しばあった。小6のときには万引き行為が
あった。
○担当職員が提案した、「ほかの児童の考え ○担当職員が心理療法担当職員と連携し、
を聞くように」する方法を受け入れようと
Aさんのこだわりへの理解を深め、ほか
する姿勢がみられたが、あまり定着はしな
の児童の考えを聞くようにする方法を検
かった。
討した。
○Aさんが担当職員からアロマをプレゼント ○Aさんがいらだったときにおちつく方法
された結果、すべてではないがおちつくよ
として、心理療法担当職員と相談して香
うすがみられた。
りのアロマをプレゼントした。
3.中学校入学から現在 ∼学校、児童相談所、親とのかかわり∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○中学校に進学後は友人 ○時間を意識して行動できるよう、紙に書い
とでかけることもみら
て視覚的に理解したり、腕時計を用意した
れ る よ う に な っ た が、
りといった方法をとったが効果がなかっ
時間を意識して行動す
た。そこで、登校前にあらかじめ時間を伝
ることは依然苦手で
えたり、準備の手伝いをしたりして対応し
あった。
ている。
○ 学 校 の 担 任 は、Aさ ん ○時間を意識できず遅刻してしまうことや、
に対するかかわりにつ
ほかの児童の話を聞くことができないこと
いて理解があり、協力
については、Aさんへの接し方、遅刻への
してくれているが、自
対応方法、部活動の転部を含めて学校の担
閉症について専門的な
任と相談している。学校の担任もAさんに
知識・理解は十分とは
話が伝わっていないと感じることが多いよ
いえない状況である。
うで、担当職員だけでなく、心理療法担当
職員などほかの職員とも連携し、Aさんへ
62
○中2になってからは1
のかかわりを考える機会をもっている。
学期の半分を遅刻して
登校した。勉強への意 ○中学卒業後のことをみすえ、担当職員は、
欲がなく成績も5教科
中学2年になってからは意識的にAさんと
すべてが低い成績の状
将来について話す機会を増やすようにして
況である。また、部活
いる。
動(運動部)も人間関
係がうまくいっていな ○中学卒業後の進路について、児童相談所と
いらしく、転部したい
保護者の意見があわない状況である。
といっている。
○職場体験の行先を考え ○Aさんも現実味をもって自立を考えている
るなかで、「それしかマ
わけではないため、実際にさまざまな仕
シなのがなかったから」
事への理解を深めながら、Aさんとともに
という理由をあげなが
Aさんのやりたいことを考えている。ただ
らも、美容師になるこ
し、進学するにしても就職するにしても、
とを目標としている。
時間を意識できるようになることが大事な
課題である。
親・親戚との
かかわり
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
親・親戚との
かかわり
○Aさ ん に は「 父 親 と と
○父親が内縁女
もに暮らしたい」とい
性との結婚を
う思いがある。
機 に、 A さ ん
の引きとりを
希望している。
○父親と内縁
の 女 性 は、A
さんについて
は高校に進学
してほしいと
思っている。
○同じ小舎の女子小学生 ○基本的に小さい子どもが嫌いなので、小舎
に対して、夜間に暴力
に自分より年下の子どもが入ってきたこと
をふるっていることが
がストレスになり、暴力となってあらわれ
わかり、ほかの児童の
たのではないかと考えた。
安全のため、Aさんを
別の小舎に移した。
○Aさんは大変な思いをもっているうえに、
反抗期だということを理解はしていても、
○現在は、子どもが2人
さまざまなリアクションがあるので、担当
しかいない環境で暮ら
職員は、いわれたその場ではおちこむこと
しているためおちつい
もある。そういうときは、ほかの職員と話
ている。
をし、聞いてもらったりアドバイスをも
らったりすることで安心することができて
いる。
○担当職員にとっては、施設のなかに別の居
場所があることが、モチベーションを継続
させるポイントになっている。小舎だと児
童と向きあう時間が多くなる。子どもの養
育のことで相談したいとき、隣の家(小舎)
に行けば同じ思いをもった職員がおり、相
談できるということが、担当職員の安心に
つながっている。
63
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
自閉症の傾向にあるAさんは、小学校から中
学へとたどるなかで、施設や学校でも人間関係
においてうまくいっていない状況が続いてい
く。担当職員は、Aさんのさまざまな言行動に
おちこむこともありつつも、Aさんこそ大変な
思いや不安をもっているだろうと、寄り添って
いく考えであった。
64
そこには、子どもは信頼感のある人の存在と
言葉によって思いが伝わる、信じられる、とい
うかかわりがみられる。子どもの育ちは、おと
なを信頼することをとおしていとなまれていく
ものである。
また、養育の連続性は職員のチームから生ま
れる。チームワークは、身近な人間関係であ
る。おとながその個人を同じように理解して対
応をしてくれることは、子どもの生活のうえ
で、安定したときを送れることとなる。そこに
は、職員間の協力と心的な安定感をはかってい
くことも大事な要素である。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
養育のいとなみの実践(10)
力まずに、でも、あきらめない
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
養育の
はじまり
までの経緯
8歳∼15歳/養育年数7年
○両親別居中で父子家庭に育つ。父はネグレクト状態ながらも養育してい
たが、脳梗塞で意識不明となり、養育できず入所措置となる。
○現在、父親は会話はできない状態だが、病状は安定しており、Aさんと
きょうだいはときどき病院に面会に行っている。
○母親は、入所当時は精神疾患により非常に不安定で養育できない状況。
現在は安定してきているが、面会ができる状況ではない。
○きょうだいが児童養護施設に入所している。
○祖母が、母親を経済・精神面で支え、またAさんらの養育も支援してい
たが、Aさんが小学5年生のときに病気で死亡。
育ちの中の
○おばは、Aさんの児童養護施設入所前から、Aさんら家族に深くかか
できごと
わって支援している。Aさんは長期休暇のときはおば宅に外泊している。
○診断はされていないが、アスペルガー症候群にみられるような状態が
65
多々あった。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所当初のようす ∼日常生活習慣の獲得∼
(1)入所以前
Aさんの育ち
親・親戚とのかかわり
○Aさんは自分の好きなよう ○父親は働いていて、Aさん以外のきょうだいを仕事につ
に暮らしていた。夜中まで
れて行っていた。Aさん以外のきょうだいは、父親が仕
ずっとゲームをしていた。
事をしている間、そこにくるみ知らぬ不特定多数のお客
さんにかわいがられていた。逆に、Aさんは学校に行っ
ていた。もちろん学校側もめんどうはみていたとは思う
が、しっかりめんどうをみていたとはいえない状態だっ
た。
○母親は精神疾患だったが、入院をずっと拒否していた。
病状も精神的にかなり不安定で、母親の部屋は手をつけ
られないような状況だった。
○一般の感覚ではないような ○祖母から、毎月仕送りを受けていた。実家は財産があり、
金銭感覚をもっていた。
さまざまな問題をお金で解決することもあったようだ。
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○父親が倒れてから、児童相談所の一時保護所に半年 ○いろいろ不安などもあっておち
ほどいた。児童相談所に施設の職員が面会に行った
つかなかったというのもある
ときも、とにかくじっとしていなかった。きょうだ
が、それにしてもおちつかない
いで、面会室にあるソファーに乗ったり降りたり、
状態だという印象であった。
走りまわったりした。
○いろいろな話をするなかで、児童相談所の職員が「児 ○お金の感覚も、理解しにくいよ
童養護施設ではお小遣いももらえるんだよ」と話し
うに思えた。
たときに、児童養護施設の職員がAさんに「いくら
ほしい」と聞いたら、Aさんは「1日500円」と答えた。
○その後に施設に措置がきまり、何度か施設にきて、1
泊泊まったりした。
○この行動に、担当職員は「どう
66
○最初、担当職員がホームから一時保護所までつれて
しよう」と思った。「これから
帰るときに、駅前の宝くじ売り場の前で、みんなに
この子とやっていかなくてはい
聞こえるような大きな声で「あたらない」と叫んだ。
けないんだ」ということの重さ
に あ ら た め て 気 づ い た。 こ れ
が、担当職員が感じた驚きのは
じめだった。
(2)入所当初(8歳、小学4年生)
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○それまでAさんは自分の好きなように暮らし
ていた。とにかくゲームが好きだったので、
夜中までずっとゲームをやって、どんなにが
んばって学校に行っても、防災ずきんをまく
らにしてグーグー寝ているような生活だっ
た。
○施設職員が注意をしたり、ゲームの時間を制 ○ゲームはあまりよい影響がないという
限しようとすると、激しく興奮したり怒った
ことで、強硬手段で、入所後1か月後く
りした。
らいに「あなたにゲームは必要ないか
ら、やらせない」と、電源を切ってし
○Aさんにとってはすごくストレスになったと
思う。
まった。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○あいさつなどは、最初から比較的はっきりし ○人に何かいわれること自体が、今まで
た声でできていた。しかし、いろいろな細か
にあまりなかったのだろう。
いことを注意されたり、まわりの人と協調し
ながら何かをするといった経験がない。
○きょうだいはいたものの、年が離れて
いたので協調したり、折りあいをつけ
○頭がいいので、いろいろ話そうとはするが、
それではこちらは納得できないと話をつめて
たりといったことがあまりなかったの
だろう。
いくと泣いたりすることも多い。かといっ
て、いっていることがすんなり入っていった
かというと、そうでもなく、また同じことを ○まず、「ふつうの生活はこういうもの
繰りかえす。
だ」ということを伝えていくことから
はじめないといけないと思った。それ
までの生活と、施設にきてからの生活
には、かなりの差があるが、受け入れ
○学校に行っても、漫画が読みたいと思った
ていってもらうことを考えた。
ら、図書館に行って漫画を読んでいたり、み
んなと共通のことをしなかったり、先生の
67
いっていることのあげあしとりをしょっちゅ
うやった。クラスのなかでも、かなりストレ
スが溜まっているといわれたこともある。だ
から学校に行っても、Aさんは友だちを作り
たいという思いはあるのだろうが、実際はか
なりトラブルが多い。
○人懐っこくて、誰とでも話ができるような反
面、自分について何かいわれて自分が嫌だと
思ったり、攻撃的な子に少しでもなにかをい
われたとすると、かなり激しくあばれること
もあったりもした。
○日常の養育についての記録はとってい
るが、今から思うと、昔の記録をあま
り読みかえしたくない。記録を読みか
えすと、別の子どものようだなと思う
こともある。
○かつて職員から注意された言葉づかいや箸の ○最初はAさんにとって不本意な指摘で
使い方を、今では年少の子どもに対して注意
も、長い年月の間に、少しずつ身につ
するようになっている。
いてきたことがあるのだろう。
3.日常生活のようす ∼日常生活での育ちをふまえたかかわり∼
(1)食事の場面
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○ほかの子どもがガラス食器を割り、職員がかたづけて
いる最中に「デザートが食べたいよう∼」というなど
の行動がみられた。
○食事のマナー、周囲の状況の把握ができるようになっ ○状況をわきまえるよう話をし
た。
た。
○率先して手伝い、マナーについては少々しつこくほか
の子どもに注意するようになった。
(2)持ち物や衣類
Aさんの育ち
○気候による衣類の調節ができなかった。
68
職員のかかわり、思い
○日々の声かけのなかで、気温
で衣類を変えることを気づか
○声をかければ気づいて、衣替えもするようになった。
せるようにした。
○自分の持ち物、髪型には愛着があり、担当職員が買っ ○衣服の購入はときどき一緒に
た衣類について、「これはあまり好きじゃない、着な
行き、Aさんに選ばせるよう
い」などと意見をいうようになった
にした。
○色やデザイン、着やすさの好みにあった必要なもの
を、適当な金額のなかで買うようになった。
(3)遊びの場面
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○携帯型ゲーム機やテレビゲーム、漫画に夢中になる ○日常生活や学校生活など全体
と、時間で区切ることができなかった。また、とくに
の生活とのバランスがとれな
カードゲームは、自分の具合が悪くなるまでやってい
いので、ゲームを禁止した。
た。
○禁止の間、相当のストレスでさまざまな問題をひきお
こすが、バランスをとるということを納得する。
○現在は、生活のなかで、やるべきこと、やりたいこと
を考え、節度ある行動をとっている。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○年間の行事のなかでは、海水浴が大好きだった。楽し ○海水浴から帰ってきてから職
く泳ぐが、ほかの子にとって支障が生じる行動もまま
員がそのときのようすを聞く
あり、ほかの子どもから砂をかけられたり、海に投げ
と話すので、何がいけなかっ
込まれたりもした。
たのか考えさせるようにした。
○毎年、何かしらのトラブルを起こして帰ってくるが、
中学2年くらいからおちついて、行事を満喫してい
る。
○また、入所間もないころ、職員が庭の草とりをしてい ○子どもだし、こんなものだな
て手伝ってほしいと声をかけたら、ちょっと手伝っ
と思い、それっきりになって
てくれたが、20∼30分もたたないであきて辞めてし
しまったが、日ごろから植物
まった。
や動物に興味のある子だとい
う印象を職員はもっていた。
○その後、中学2年生のときに、職員が草とりをしてい ○職員が「園芸部をはじめよう、
たら、自ら「手伝おうか」と申しでてくれて、1時間
私が部長で、あなたが副部長
もやってくれて、でてきた虫の話をした。
ね」と声をかけた。
69
○職員の声かけに応えて、活動をするようになった。草 ○Aさんにとって、ハサミで剪
とりをして、何かを植えたり、虫の消毒をしよう、木
定したり、道具を研ぐのが好
を剪定しようなど活動も具体化してきた。活動報告の
きだったりしたようだ。ゲー
紙を作って記録したり、園芸部のマークを作ったり、
ムや機械ではなく、生きてい
部活動のまねごとみたいなことをした。
て、自分の思うとおりにはな
らないものを相手にして、そ
れもまたおもしろいと思うこ
とでバランスがとれたと思う。
(4)学習の場面
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○知的好奇心は旺盛で、好きなことには集中するが、興味ないと ○ひらがなの書き順か
きはふざけたり、先生の話のあげあしをとり授業を妨害してい
ら教えた。
た。
○これらをつうじて、授業中、大声や勝手に教室をでるなどは ○宿題の提出期限がわ
徐々になくなり、中学2年のころにはおちつくようになった。
かっていないことが
現在では、知的好奇心、理解度も大変高く、集中力もある。や
多 い の で、 担 任 の
や自分勝手な理解に走ってしまう面もあるものの、学年でも成
先生と連絡をとりあ
績はトップクラスで、漢字検定、英語検定を受験し合格するな
い、確認作業をまめ
どの意欲もみせている。
に行なった。
(5)非行・問題行動やその他の課題
Aさんの育ち
○入所前は、怒ると泡を吹いて暴れていた。
職員のかかわり、思い
○職員からは、周囲との適切な距
離感、一般社会のルールなど何
○毛布をかぶって外を歩き、入所当初も初対面の人に
かことあるごとに話をした。
平気でダジャレをいったり、街中で大声をだしたり
した。
○カッとなると暴力をふるう、担当職員の小銭を盗む ○障害のある子どもに関する就
などの行動がみられた。
学・教育相談を行う行政の相談
センターに相談した。
○現在では、入所当初のような行動は減ってきている
が、いまだに状況判断ができず、ひとりよがりの判
断で行動し、確認しないことで失敗することがある。
たとえば、中学1年のときにも、小学校の運動会中、
1人だけジャングルジムのてっぺんに登ってみるな
ど、1人では恥ずかしくてできないことをしてしま
う面がある。ただし羞恥心は十分あり、人前での言
70
動は普通にできるようになってきている。
○小学校5年生の後半から6年生くらいのころに、3回 ○自発的には帰ってこられず、施
くらい家出をした。野球部に入っていたが、練習が
設のまわりをうろうろしてい
面倒だったりすると、どこかへ行ってしまう。初め
て、近所の人に「お宅の子では
に家出をしたときは、おばのところに帰った。警察
ないのか」と連絡してもらった
に迎えに行ったのだが、なかなか名前をいわなかっ
りしたこともある。
た。
○また、街中の人目につきにくい場所で、誰かにゲー ○職員は探しに行ったりして大変
ムを借りてやっていたりしたこともあった。
だった。後をつけたり、探しに
行ったりもした。
○中学に入ってからは、家出をすることはほとんどな
くなった。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
4.課題とのかかわり ∼人間関係の構築∼
(1)親との関係
Aさんの育ち
職員のかかわ
り、思い
親・親戚との
かかわり
○Aさんにとって父親は愛着の対象であり、一緒に ○現在は父親に ○おばとの関係が良
釣りに行った思い出などがある。
対する愛着を
好である。
継続させるた
○母親については養育ができなくて父に追いださ
れたという認識をしている。
めに面会して
いくようにし
ている。
○現在は、父親については変わらぬ愛着をもって
いる。病院での面会から帰ってくると「父さん ○精神的に不安 ○精神的に不安定な
元気だったよ∼」とうれしそうに報告してくる。
○母親についてはほとんど話すことはないものの、
心のなかでは心配しているようである。
定 な 母 親 とA
母親からは、子ど
さんとの直接
もたちのようすを
の接触はさけ
心配する電話など
るようにして
が頻繁に児童相談
いる。
所やおば宅にある。
71
(2)大人や社会との関係
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○知らない人にも平気で接することができるなど、人なつっ ○細かいことでもひとつひ
こさはあるものの、相手の気持ちに配慮してというよりも、
とつ考えさせ、そのとき
自分の快・不快で行動するので関係性を築くことが難しかっ
の相手の気持ちを考えさ
た。
せ、 記 憶 さ せ る 工 夫 を
してきた。またAさんに
○学校の先生に対しても、嫌だからいうことをきかないとい
対して話したことが言葉
うよりも、自分の好きなようにしたら相手の迷惑になった
としては理解されている
という感じだった。
が、心に伝わっていない
と感じるので、場面場面
○自分の欲求だけで行動し、人とのかかわりのなかで生活が
で話しあうこととした。
あり、社会が成り立っているということがわからないよう
だった。たとえば、Aさんがカウンセリングに遅れたとき ○施設内でのカウンセリン
に、カウンセラーが「遅れているな、どうしてこないのか
グ を、 週 1 回 受 け て い
な」と心配しているということがわからなかったようだ。
る。
また、ほめられるのに慣れていないといったことがあった。
ほめられると、きょとんとしたような表情をした。
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○その結果、担当職員などとの継続した関係のなかから、ほ ○学校については、先生と
んとうに悪いと思ってあやまるようになってきた。また、
の連絡を密にし、情報を
周囲とコミュニケーションをとることによって、生活がス
共有するとともに、問題
ムーズにまわることがわかる。たとえば、約束の時間に遅
があれば反省文などで考
れるときに、自分から連絡を入れることができるようにな
えさせてもらうように依
り、生活のなかの繰りかえしで習得したことについてはス
頼した。
ムーズになってきた。
○しかしいまだに、状況判断の不正確さがあり、言葉に含ま
れている、言語化しない意味について察知できないことが
ままある。現在は、自分のことが相手に理解されてないか
もしれないと悩むこともあり、相互に心をかよわせたいと
いう心の動きがみてとれる。また、これまで自分が人にど
う思われるかを気にすることはまったくなかったが、人に
どうみられるか、こうみられたら恥ずかしいと感じるよう
になってきた。
72
(3)子どもどうしの関係
Aさんの育ち
職員のかかわり、
思い
○友だちと交わって遊んだりしたいという思いは強いが、自分 ○職員からみると、ほか
の欲求がとおらないと激しく怒ったりしていた。知らない子
の子にけがをさせた
にも平気で声をかけ、気味悪がられていた。それでも、まわ
り、ほかの子がつらそ
りの友だちがかばってくれたこともひんぱんにあった。
うにしていても、気持
ちの動きがないように
○いろいろトラブルもあったが、小学校のときも中学校のとき
みえたので、職員から
も、友だちがいた。友だちといえるほどではないかもしれな
は気もちがあればこう
いが。そうやって優しくみてくれる子がまわりにいてくれた。
いう行動をとるはずだ
また、地域の野球チームの同級生が「野球をやめるな」と励
ということを話して、
ましてくれることもあった。
一緒にさせるようにし
た。
○その後、家庭の事情で学校にこられなくなった子を、本気で
心配するような姿もみられるようになった。
○現在、施設は最年長だが、ほかの子どもから同じようにみら
れている。それでも気づいたことを細かくいい、嫌がられた
り、無視されることがあっても、自分を抑えて行動すること
ができる。現在は、知的能力が高いこともあってか、だいぶ
自分に自信がついてきたようである。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
(4)将来に向けて
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○大学に進学しつつ、知的興味の探求と経済自立をし、漫 ○大学進学にあたり、高校の
画家をめざすという目標を描いている。4年制大学への
成績による推薦がとれるよ
進学を希望しており、学力的には実現可能性がきわめて
う、日常の学習を充実させ
高い状況にある。
る。
○一方で、漫画家をめざして漫画を描いている。
○漫画はAさんの重要な生活
の活力のもとになっている
ので尊重していく。
73
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
「育てなおし」の事例である。ネグレクトの生
育史を指摘することはたやすいが、それは病理に
目を奪われやすくするものであり、Aさんがそこ
に生活に根をおろしていく、という視点を見失う
ことにもつながる。落ちつきがなく、かなり違っ
た金銭感覚をもち、ささいなことにも反応過剰な
Aさんと、ともに生活をはじめることへのグルー
74
プホーム担当職員のとまどいは当然であったろ
う。この点で、まず担当職員が「これからこの子
とやっていかなければならない」ということの重
大さについて、気づいていたことが重要である。
「育てなおし」は、次から次へとでてくる 行
きづまり のなかで、何かの手がかりをみつけな
がらの生活とならざるをえない。中2になったA
さんと担当職員との間ではじまった二人だけの
「園芸部」。ラッキーな話ということになってしま
うが、そこには担当職員が「日ごろから植物や動
物には興味のある子だという印象をもっていた」
という伏線もあったことに気づかされる。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
養育のいとなみの実践(11)
きめこまやかで、多面的かかわりと連携
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
9歳∼13歳/養育年数4年
○母親は人格障害の診断があり、Aさんに対する代理ミュンヒハウゼン症
養育の
候群がわかり、Aさんを病気に仕立てている事実が明らかになった。
はじまり
○母親が、Aさんを道づれに何をするかわからない危険な状態であったた
までの経緯
め入所した。
育ちの中の
できごと
○入所時は、被虐待児症候群(身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト)、発
達障害、仮性腸閉塞、栄養障害であった。
○現在、健康状態は安定。ホルモン治療の定期通院をしている。日常の生
活ができて、中学校の特別支援学級に在籍している。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所から小学生まで ∼入所時の状況と母親とのかかわり∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○入所前は、病院で寝たきり ○病状の管理を中心に、医 ○母親は、事実と思えない話
の状態で管を入れられてい
療職員(看護師・保健師)
に応えると、機嫌が悪くな
た。 母 親 が 隠 れ て 食 べ さ
などによる手厚いかかわ
り、知事あてに、施設に対
せ、また吐かせていた。自
りのなかで食事療法、服
する抗議の手紙を匿名でだ
力での排便もできずオムツ
薬、 浣 腸 な ど の 処 置 を
してしまうこともあった。
を利用していた。
行った。
○入所時は、発達障害および
栄養障害から、階段の昇降 ○担当保育士が身辺自立に ○母親が満足するように、な
もおぼつかず、階段もしが
向けて優しくかかわっ
おかつAさんに危害を加え
みつかないと一歩が上れな
た。Aさんは「児童養護
ないようにするために、母
いくらい手足も細かった。
施設での生活が楽しい」
親には施設のPTA役員を引
というようになり、Aさ
き受けてもらった。自分が
んが安心してきた手ごた
役に立っている、と感じて
えを感じた。
気分よく出席してもらえる
○自分で、行動したり、自分
で判断したりすることがで
きず、困ったことがあると
ようにしたところ、一生懸
赤ちゃんのように泣いた。
命務めてくれた。
75
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○Aさ ん は、 母 親 が 病 気 に
なって自分につき添えない ○Aさんには母親の病気に
ために自分は施設に入っ
ついては、具体的に伝え
た。母親が元気になるまで
る必要はないと判断し、
は会えないことは理解して
伝えていない。
いた。Aさんは母親にされ
たことについてはわかって
おらず、母親は優しいと受
けとめており、母親のこと
が好きだった。
○体の状態にあわせた教育・
支援を受けて、学校に毎日
かよえるのを楽しみにする
ようになった。学習意欲が
あり、自分でできることも
76
ふえて自信がついてきた。
体力もついて階段も自由に
昇降できるようになった。
しかし対人関係は幼く、友
だちとじょうずに遊べな
かった。
○みんなと同じことができる ○体の状態をじょうずに管
ことがとてもうれしい様子
理して特別に配慮しなが
で、がんばれたことをひと
ら、みんなと同じ行事に ○児童相談所と協議し母子交
つひとつほめていき、そう
参加できるように支援し
流をスタートした。まず母
した体験を積んだことが自
た。
親がきて面会をはじめ、そ
信につながってきた。
の後はAさんと電話で話を
○母子の交流について児童
○母親に会いたい気もちを表
現するようになった。
するところからはじめた。
相談所と相談し、電話で
話す機会をもった。
○Aさんや家族一人ひとり
の要求や思いについて、 ○母親の安定とともにAさん
各担当職員がきちんと寄
の わ が ま ま も 表 出 し た が、
り添うようにした。それ
母親がそれを受けとめられ
でも難しいことは心理
るようになっていった。
士、個別対応職員や施設
長も対応した。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○職員一人がかかえこむの
ではなく、それぞれの職
員の適性や専門分野から
アプローチすることを訓
練した。子どもを守るこ
とは一人ではできないの
で、「自分の力がないか
らやれない」のではなく、
「生活環境も含めてでき
ない現状があるが、それ
をよくするために何を利
用したらよいか」という
考え方をもっている。
○体力もつき、運動会で走っ
たりすることも普通にでき
る よ う に な っ た。 夜 尿 は
あったが、自分でかたづけ
77
たり、身辺のことも少しず
つできるようになってき
た。
○母親との定期的な面会、外 ○月1度の立ち会い面会、
出、 外 泊 を 継 続 し た な か
外出の許可、外泊などの
で、自分の気持ちをいえる
交流の進め方は、児童相
ようになった。自己主張し
談所のソーシャルワー
たり、わがままをいったり
カー、児童養護施設の精
でき、母親との関係もよく
神科医、施設の三者で協
になり、友だちとも遊べる
議していった。母親と一
ようになった。
つひとつのことを確認し
ながらとりくみの評価を
○このころから、定期受診以
行った。
外は通常生活を維持できる
ようになり、病状的な配慮 ○母親とのトラブルは何度
はあまり必要としなくなっ
も起きたが、そのつど関
た。
係を修復した。精神科医
への母親の定期受診の状
況を確認しあい、母親と
施設の関係の安定に努め
た。
2.中学生のころ ∼施設、児童相談所、精神科医の連携∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○Aさんは、家に帰って家族と暮 ○母親から問題を訴えられたときに、反発するのでは
らしたいという気持ちがはっき
なく、その場では受け入れ、児童相談所にすべて
りしてきた。養父を紹介され、
フィードバックした。その後に児童相談所、施設、
養父も含めて外泊して、よい関
精神科医の三者で確認するようにしたら、母親が施
係が深まった。
設に話してくれるようになった。母親を敵にまわさ
ないようにした。
○学校や施設の行事を確認してか
ら、家族と相談して外泊の日程 ○母親への対応は苦慮したが、施設職員でかかえるの
をきめたり、荷物を自分で準備
がつらくなったら児童相談所のソーシャルワーカー
する練習をした。プレッシャー
に任せた。施設で判断に困ったときには精神科医と
で母親に訴えることもあった
コンサルテーションを組み、接し方をきめた。
が、母親および養父との関係は
深まった。
○精神科医の判断とともに、方向づけは児童相談所の
ソーシャルワーカーを含めて医師・施設との三者で
連携して納得して進めることをルールできめた。
78
○養育の過程で、児童相談所のソーシャルワーカーが
何度か交代したが、施設の担当職員と精神科医が
継続して担当したことから、新しいソーシャルワー
カーもうまくかかわることができた。
○母親が入籍し、Aさんときょうだいが正式に養子縁
組されて母親の生活基盤が安定したことから、精神
科医のアドバイスによって、はじめにきょうだいが
家庭引きとりになった。母親、養父、きょうだいの
生活の安定に向けた支援とAさんとの交流を継続す
るなかで、Aさんの家庭復帰が現実のものとして検
討されるようになった。母親が家庭復帰を希望した
ときに、母親についての精神科医の診断にしたがっ
て、対外的な調整を進めた。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
3.自立に向けて ∼家庭復帰への準備∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○外泊の日程調整、荷物の準備 ○精神科医との確認のうえ、母親と一緒に、Aさんの病
などを、自分の言葉で担当職
気のためにホルモン治療をはじめた。児童相談所を中
員に伝える練習をした。なか
心に、地域の福祉関連機関との情報交換を進め、みま
なかできなかったが、あきら
もり体制をつくった。
めずがんばった。転校先の学
校見学に行ったり、学校の好 ○児童相談所のソーシャルワーカー、地域の相談員、施
意で体験学習に参加したり、
設のファミリーソーシャルワーカーで家庭訪問を実施
実際に歩いて学校への道のり
した。養父や母親の意向、家庭の受け入れ状況、転校
を練習した。
先などについて確認を進め、転校先は養父と母親に調
整してもらうことができた。
○きょうだいが増えることがわ
かったときに赤ちゃんがえり ○転校先は、Aさんにとってははじめての普通学校であ
などもあったが、家に帰るこ
る。家庭復帰をきめたのは精神科医とソーシャルワー
とをきちんとイメージでき
カーだが、学校側の受け入れが心配だった。そこで、
た。
今まで通っていた養護学校から、転校予定先の学校に
情報共有を呼びかけたところ、転校予定先の学校が主
体的に受け入れ体制の構築を行ってくれた。
○受け入れる学校も、ノウハウがわからないと困ってし
まう。たとえば登下校中に何か事故があったり、学校
で倒れたりしたらどうすればよいかわからない。養護
学校としては、教育内容も含めて不安があった。その
ため、家庭復帰に向け、転校先の中学校主催で支援会
議を開催した。児童相談所、地域の福祉関係機関、施
設、養護学校、教育委員会が集まり、Aさんへの対応、
母親とのかかわり方、みまもりの体制を確認した。
4.自立後に向けて ∼みまもりのしくみづくり∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○養父が車で送迎を支援してお ○医療治療は、本施設に併設した病院で管理している。
り、休まず元気に通学してい
月1回の定期受診の際は、母親、養父、Aさんから近
る。健康状態も良好である。
況を得て、児童養護施設との継続的な関係をはかって
いる。
○Aさ ん、 き ょ う だ い2 人、 母
親、父親の5人家族で、よい ○転校先の学校でのみまもりならびに、養護学校と転校
関係と環境のなかで生活して
先の学校間の情報交換をしている。地域の福祉関連機
いる。
関との情報交換や、児童相談所による精神科医と母親
との調整なども続いている。
79
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
歩けないまでに弱まっていたAさんを受け入れての
養育と、厳しい課題のある母親とのかかわりの実践で
ある。
子どもを守るということは一人の職員ではできない
ので、「自分の力がないからやれない」のではなく、
「生活環境も含めてできない現状があるが、それをよ
くするために何を利用したらよいか」という考え方を
80
もつようにしたとの追求こそ、子どもの養育を担う人
にとって、自らに問い続けていくことである。
母親への接し方で基本にしたのは、本施設の担当職
員、児童相談所のソーシャルワーカー、精神科医の三
者で確認するということであった。徐々に母親とAさ
んの面会を重ねながら、養父やきょうだいとの関係性
を回復させつつ、精神科医の診断やアドバイスをもと
に、方向づけはソーシャルワーカーを含め、担当が交
代しつつも引き継ぎ、三者で連携して納得しつつ進め
ている。
つまり、援助する側となる職員は、同時に援助され
る側であることを、この実践にみいだすのである。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
養育のいとなみの実践(12)
いっぱい受けとめられ、たくさん失敗し、
深く豊かに学んだ歩み
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
9歳∼20歳/養育年数11年
養育の
はじまり
までの経緯
○遺伝性の障害児として生まれ、すぐに治療のために障害児施設に入った。
家族は混乱し、両親が離婚した。
○障害児施設から別の児童養護施設に移ったが、地域医療に頼ることも限
界となった。
○常時、医療等の対応が可能で医療的ケアが備えられた施設での養育が必
要となり、医療的必要性から措置変更となった。
育ちの中の
できごと
○小児科、形成外科、歯科、皮膚科、耳鼻科、口控外科などの多くの医療
的治療を要する。
○退所後は父親と連絡をとっている。母親ときょうだいについては、父親
はAさんに隠そうとしており、一切を明かされていない。
81
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所のころ(9歳)から小学6年生まで ∼ほかの子どもとのかかわりを大切にする∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○障害児施設が閉所して別の児童養護施設に移っ ○Aさんとのかかわりで第一に留意し
たが、医療ケアが必要だということで施設に入
たことは、体調の変化に気づいて対
所した。これまでも施設での生活を余儀なくさ
応・管理することである。
れてきたせいか、新しい生活に慣れるのも早
かった。病気を気にせず明るい性格である。A ○Aさんのかつらについて、ほかの子
さんは入所して半年後に児童会役員に選ばれた。
どもにきちんと伝えて、Aさんを理
解し受け入れてもらうことの協力を
○話す能力は高いが、うまく発音ができない。ま
えた。
た髪毛の問題があった。入所したときはきれい
なかつらをかぶってきた。この施設にきてから ○長期的みとおしをもち、ゆっくり甘
は、かつらにはこだわらず、外にでるときは帽
えられる、受け入れるという関係を
子をかぶっていた。
つくることに努めた。
○身辺は年齢相応に自立しているが、汚れた下着
の交換と入浴時の洗髪を嫌がった。食事がきざ
み食となったが、おかゆが嫌いで、好き嫌いは
多かった。
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○掃除やかたづけは、嫌いながらもしかたなさそ ○病気についての配慮をしながら生活
うにやった。進んで働くのは苦手である。掃除
させてきたが、1人の子どもとして
の場面では朝に起きられず、何もしないことを
特別あつかいせずに生活させてき
まわりからも指摘されるが、何としても「自分
た結果、いろいろな課題もみえて
はやった」と主張し続けることもたびたびあっ
きた。Aさんの育ちの面からも考え
た。
て、子どものなかで解決することが
必要なので、子どもたちが集まる場
○要求が強かったり、自分をみてほしいという気
(部屋会など)で、話しあいを続け
持ちが強かったりと、子ども集団でも孤立して
た。
しまうこともあった。友だちといるよりも職員
にくっついていることが好きだった。もっとも ○仲間との生活で楽しいことや厳しい
大変だったのは、愛着障害もあったことである。
ことなど多くを体験できるようにな
誰とはかまわず、職員にべたついた。
る。けんかやいじめも成長の過程で
あり、子どもたちのなかで解決する
○育ちの経過における体験不足から、社会のでき
ように援助してきた。
ごとやこの年齢でわかる程度のことについて知
82
らないことが多い。5年生のときに、お菓子の
万引きをした。
2.中学1年生から高校2年生まで ∼子どもどうしの向きあいの支援∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○学習面はまじめにとりくみ、成績も安定していた。 ○人間関係で、精神的に不安定と
さまざまなことについて積極性があらわれ、ピアノ
なって身体症状にあらわれるま
レッスンを希望して受け入れられた。
でになり、Aさんを守るための
緊急一時保護として、入院させ
○施設内や学校などにおいてリーダーとなり、責任
て静養室を利用した。
をもって役割を果たそうとし、少しずつ自信をつ
けた。話が聞きとれないこともあるが、臆さないで ○部屋も移動させて、安定してき
リーダーを務めていた。
たなかで、子どもどうしが向き
あえるように支援した。
○反面、施設での生活で、いじめや嫌がらせなどの問
題行動があると、自分に有利になるような立場をと ○人間関係についてトラブルや悩
ろうとしたり、人にみえないところでの嫌がらせを
みをためこまず、言語化して伝
したりするといった行動もみうけられた。
える、あるいはそのことを考え
てみることにつなげられるよう
○人間関係では、人を外したり自分が外されたりなど
トラブルも増え、それが原因で不調を訴えるように
なった。
に、側面から働きかけた。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
3.高校3年生から専門学校まで ∼退所前の心の揺れ∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○ 施 設 生 活 が 長 か っ た の ○高3の夏に措置解除となり、本来 ○Aさんは、自分の母
で、相手が幼児であって
は退所しなければいけないが、家
子手帳さえも父親か
も対等に感情をだし、ほ
には帰ることができない。「がんば
らみせてもらってい
かの子どもにとって「怖
るなら高校卒業まで施設にいても
ない。
い存在」だった。
よい」と伝え、措置終了後、行政
から措置費はでないが、施設が負 ○父親自身が大病した
○施設から「自立しなけれ
担のうえ、Aさんを養育した。
ことがあり、Aさん
ばいけない」と言われて
が一人になったとき
将来に対する不安を抱い ○自立のときがやってくるまで、「甘
を考えて少し厳しく
たこと、また父親から、
えさせてほしい」「好きにさせてほ
接したようだ。Aさ
こっちにきてはいけない
しい」といっているように感じた。
んが毎年手術を受け
といわれたことで、心身
措置が解かれた後、施設のすべて
るとき、気持ちをう
ともに不安定になった。
のケアがAさんに向かったという感
まく伝えられなく
不調を訴え学校を欠席し
じだった。職員にいっぱいかわい
て、一言がコツンと
たり、休養生活をするこ
がられ、社会の愛情を受けた。
いう感じで終わって
ともあった。
しまっていた。
○将来の夢があり、父親の ○職員間は何でもいえる関係であり、 ○Aさんは、父親に恐
反対を押しきって専門学
お互いに口をはさむ。いいあえる
怖心をもっていた。
校に進学した。就職につ
関係で安心してとりくんでいける。
本施設は親の宿泊が
ながる確率は非常に低
担当職員がAさんをみまもるよう
可能だが、父親は本
かったが、なかなかその
に、ほかの職員もAさんをみまもっ
施設を訪問した際も
ことを受けとめることが
た。担当職員が最後までみるので
泊まらない。2人だ
できなかった。
は な く、 困 っ た ら ほ か の 職 員 が
けで食事にも行け
寄ってくる。
ず、職員に「一緒に
○専門学校に入学してから
きて」といった。
は、入所児童のなかでも ○Aさんが自立するにあたって何が必
最も年長であることと、
要なのかを、父親、専門学校、児 ○父親と旅行に行った
実際のAさんの現状(幼
童 相 談 所 と 協 議 し た。「 人 と の コ
際、部屋の関係では
さなど)の乖離から、生
ミュニケーションのとり方」「衣食
じめて父親と同じ
活も乱れ、職員に対する
住についての知識と準備」「病気か
部屋で寝ることに
甘えからくる試し行動も
らくる容姿についての準備」など
なったが、父親から
強まった。退所前の最後
を進めた。具体的な進路は、Aさん
「こっちを向くな」
の1年間は気もちも大き
自身による決意を固めるために専
く揺れ、心と行動の波が
門学校が協力した。
あった。
といわれた。
83
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○中高校生をまきこんで万
引き、喫煙、飲酒などを
○父親自身が彼女を受
していた。「いずれ自立
け入れるのに時間が
のときがくる。そうなっ
かかった。専門学校
たらちゃんとやるから」
の費用はだすが、後
と何度もいい、退所前は
は施設にお願いしま
状態がさらに悪化した。
すという感じだっ
た。
○「私はここにいるうちは
ぎりぎりまで甘える」と
宣言し、とくに職員に対
して悪態ともいえるよう
ないいたい放題、やりた
い放題を繰り返した。
○職員の写真を、入院のと ○一人暮らしをしたら誰でも部屋に
84
きにももっていった。そ
入れてしまうのではないかと心配
の職員に対して父親像を
だった。「女性なのだから、それは
求めているようである。
ダメだと」いうが、心ではわかっ
ていない。
4.自立に向けて ∼父親とのつながりと、施設との継続的なかかわり∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○就職試験を受けるときめ ○住むところがきまり、Aさんと一緒 ○ 何 と か 就 職 が き ま
ても甘え続け、試験当日
に父親のところに挨拶に行き、生
り、自立生活ができ
もぎりぎりまで施設から
活に必要なものを揃えて、アパー
るまで一緒に行動
動かなかった。
トでお別れをした。
し、すべて整ったと
ころでAさんを父親
○就職してから自立生活を ○父親に託してからは、施設からは
に委ねた。
送 っ て い る。 社 会 人 に
連絡を入れずにいた。夏ごろまで
なったらみごとにきりか
は連絡をとらずにようすをみよう ○Aさんが父親と同じ
えた。めざましを5つか
と思っていたが、連休明けにAさん
職業を選び、父親は
けて、遅刻も欠勤もなく
が施設に元気にやってきた。「休ま
そのことがとても嬉
ず働いていること」「職場の様子」
しかったようで、父
働いている。
「父とのかかわり」を聞き、少し安
心してAさんとの交流をもつように
なった。
親との関係がよく
なっていった。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○家計管理もきちんとして
○就職当初、朝起きれ
おり、余計なお金は使わ
なかったAさんを心
ない。父親にも必要な分
配した父親は毎日の
だけを連絡する。節約が
ように朝、めざまし
じょうずである。
コールを送った。
○月に1回以上は施設に遊
○心の交流をもてな
びにくる。初給料でお菓
かった親子がつなが
子をもってきた。また、
りをもちはじめてい
自分の誕生日の日にあら
る。「お父さんには
かじめ宣言して施設にき
こういうところが
たが、前月に誕生日だっ
あって好きだ」「お
た施設長の誕生日プレゼ
父さん、心配して何
ントももってきた。
度も連絡くれる」と
うれしそうに話すよ
うになった。
85
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
重い障害があり、幼いときから施設での生活
を余儀なくされつつも育っていくAさんを、特
別あつかいせず、いろいろなことがあってもか
かわっていく職員と子どもたち。そして社会へ
の自立生活へ。
本施設では、医療ケアの必要な子どもに対応
するために関係機関とのネットワークを作っ
86
てきた。9歳から成人にいたるまでの過程で、
ネットワークの機能が養育・ケアに反映されて
きていることを骨身にしみて認識できていった
そうだ。
明るい性格といえども、自立への不安からく
るAさんの心と行動の波について、職員はとき
には厳しく、ときには「動きだすまでいつまで
も待つ」という日々が続いた。そのことに、複
数の職員がスタンスの違いをもちながらエネル
ギーを結集してAさんにかかわることで、Aさ
んの精神的な安定と自立につなげた。
ようやく、父親との関係性もできつつあり、
みまもっていくことがたいせつである。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
養育のいとなみの実践(13)
同じ地平で考え、同じ地平で悩み、苦しみ、考える
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
養育の
はじまり
までの経緯
10歳∼17歳/養育年数7年
○養父がAさんの問題行動について反省をさせようと、「しつけ」といって、
罰として顔面を手でたたく、食事を与えない、入浴をさせないなどの虐
待行為を繰りかえしていた。
○Aさんの顔にあざが絶えないため、学校が児童相談所に通告し、一度家
に帰るものの、Aさんが「養父が怖い」と言い2回目の一時保護となった。
○養父は拒否的になり、最終的に児童福祉法28条措置で児童養護施設に入
所となった。
育ちの中の ○母と父の間のきょうだいと、母と養父の間のきょうだいが、母と同居し
できごと
ている。母は養父と、家庭を壊さないでほしいと思っている。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所のころ(10歳)から小学校高学年まで ∼親への思い∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○入所してきた当初 ○担当職員は、入所当初から、現在にいた
は、年齢のわりに
るまで継続して担当している。Aさんに
小柄でかわいらし
会う前に、ケース記録から虐待で児童福
い 顔 を し て い た。
祉法28条入所のケースであると知った。
おとなにとても気
を遣っており、気 ○それまで同じようなケースの子どもに
にしながら行動を
会ったことがなかった。しかしAさんに
している姿がみら
実際に会ってみると、虐待を受けていた
れる。
にも関わらず、にこにこしてかわいらし
い子どもだった。そのため、とくに意識
○何かと体調不良を
訴えてくること
はせずに、ほかの子と同じように接する
ようにした。
が多く、病院を受
診するもののとく ○担当職員は考えすぎてのめりこんでしま
に原因はわからな
うタイプなので、子どもに接するときに
かった。
はなるべく構えないようにしていた。ま
た、子どもはいっぱいいるので一人の子
どものことばかり考えられないというこ
ともある。
親・親戚との
かかわり
87
Aさんの育ち
親・親戚との
かかわり
職員のかかわり、思い
○Aさんが「親に会 ○「親に会いたい」との思いに、職員が訪 ○ 施 設 長、 担 当 指 導 員
いに行きたい」と
問しても会ってもらえなかったというこ
で家庭訪問するもの
いっていた。
とを、Aさんにいったほうがいいのか、
の、 親 か ら 受 け 入 れ
連絡がとれなかったというごまかしがい
て も ら え ず、 家 に あ
いのか、とまどいがあった。
げてもらえなかった。
○Aさんには、親へ ○結局、家庭訪問したことをいわなかっ ○ そ の た め、 親 に は 手
の 怒 り も あ っ た。
た。
紙でAさんの写真を送
入所直後は養父を
るだけのかかわりで、
殺す、などと口に ○家に帰れないさみしさが大きかったの
そ の 後、 手 紙 も 受 け
していたが、しだ
で、保育士の家へつれて行ったり、里親
とってもらえなかっ
いになくなってき
を探したりと、Aさんが帰れる家を作ろ
た。
た。
うとした。
2.小学校6年生から中学1年生のころ ∼親への葛藤と職員の受けとめ∼
88
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
親・親戚との
かかわり
○ 同 じ 居 室 の1 つ 年 上 の 児 童 ○同室の子どもとのかかわ
がAさんに威圧的に接するた
りのなかで、Aさんがとて
め、そのことを気にしながら
も窮屈な思いをしていた
生活していた。しかしその反
の で、 職 員 は 一 対 一 の 関
面ストレスがたまるといって
係をとり、Aさんに甘えら
いらだちをつのらせ、年下の
れる場面を作るようにし
児童を殴ったり蹴ったりとい
た。
う姿もみられた。
○おとなに対しては、素直に甘 ○Aさんのベタベタな甘えに
えがだせず、就寝時や職員が
担当職員がどまどうこと
一人でいるときにベタベタと
があったため、施設内で、
かかわろうとしてきた。
Aさんが月4回カウンセリ
ングをうけることになっ
た。
○職員は祖父母に対して、A ○中学1年の夏に、祖父母
さんとの関係を長くもっ
が突然施設を訪問してき
てほしいことを伝えた。
た。 祖 父 母 が 家 を 訪 ね
たところ、Aさんがおら
ず、母親から「児童養護
施設に入所している」と
の情報をえて来訪した。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
親・親戚との
かかわり
○養父についてAさんは、憎ん ○担当職員は、「養父がした
で い て 許 せ な い、 殴 っ て や
こ と を や り 返 す こ と は、
る、 と い う こ と が あ り、 6
同じことの繰りかえしだ
年生か中学生ぐらいのころで
からしないほうがいいね」
暴力、暴言によって、自分を
「手を挙げて満足するのは
強くみせたいという時期だっ
どうかと思うよ」という
た。
ことをいうようにした。
○Aさ ん は、 怒 っ て「 そ れ で ○反応がさまざまだったの
も・・・」というときもあれば、
で、職員からみると、「伝
泣いて「そうだな」というこ
えようとしていることが
ともあった。
ほんとうにわかっている
のか」と疑問にも思った。
3.中学2年生から3年生のころ ∼高校受験の不安をささえる職員∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
親・親戚と
のかかわり
○人に手を挙げた後に、
「悪いこと ○職員も注意することが多くなった。
をしたら殴られないとわからな
対応策のひとつとして、児童相談所
い」といったりもした。人のせい
の臨床心理士と話す機会をもった。
にして逃げることが多くなった。
○進学についてとても不安があり、 ○Aさんの不安な気持ちを少しでも解 ○母親と同居
イライラしたりすることが多く
消するために、Aさんに自信をつけ
し て い る
なり、壁をたたいたり人にやつ
させる声かけや、一緒に何かをする
きょうだい
あたりをする場面をよくみるよ
ように心がけた。
から突然連
うになってきた。
絡 が 入 っ
○職員からみると、Aさんの実力から
た。A さ ん
○学校はレベルの高い学校への進
すると、ちょっとがんばれば合格す
も「 き ょ う
学を希望した。Aさんは勉強に
るかもしれないというみとおしは
だいと一緒
集中できないのを養父のせいに
あったものの、点数的には難しかっ
に住めるな
したり、頭が痛いといったりし
た。
ら高校進学
た。
しないで働
○Aさんが、働きながら高校に行くと
きたい」と
○受験の前に、高校は行かないと
い い だ し た と き、Aさ ん の 実 力 な
いう気持ち
いいだした。先が不安で、お金
ら、定時制だと勉強しなくても入
が で て き
も支援してくれる人もいないか
れ る の で、 担 当 職 員 はAさ ん に 対
た。
ら、働きながら高校に行くとい
して、「それは逃げではないか」と
いだした。
いった。
89
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
○受験日が近づくが ○受験に先立って、担当職員とAさんの間でもっとも多く話をした。
勉強はほとんどせ
そのときに「自分の気持ちがわかるか」と言われて、「わからない
ず、逆に、高校を
けれど逃げても解決にならない、とりあえずやってみて、(だめな
受験せずに働きた
ら)そのときに考えよう」と言った。ふたりで泣きながら話しあっ
いといいだした。
た。「自分の気持ちがわかるか」、といわれたときに担当職員はと
てもショックを受けたが、Aさんにとってはまさに本音だったの
だろう。
○高校に受かったと ○担当職員は、「自信がついたでしょう」「やればできるでしょう」
きの顔はすごくい
といった。
い顔だった。
4.高校生時代
∼自信をつけるAさんと、Aさんのこれからを考えた職員のアドバイス∼
Aさんの育ち
90
職員のかかわり、思い
○希望していた高校に合格し、Aさんの ○Aさんは、今後の不安はかかえているものの、
やりたい勉強ができることにとても
高校合格は自信につながったのだろう。
喜びを感じているようだった。無理
だといわれていた高校に合格したこ
ともあってか、自分に自信もついて
きたようだった。以前のようななげ
やりな態度はなくなった。
○Aさんの留守中に、担当職員がほかの中高生と
○部活でも少しずつ力がついてきて、
食事をしていたら、Aさんに対する不満の声を
ほめられることが多くなり、毎日楽
耳にした。それが予想以上だったので驚いた。
しそうに学校へかよっている。
このことについて、Aさんにも気づいてほし
かったので「あなたがいなかったときにこう
○ただ、Aさんは施設内のほかの児童に
対して注意をするも、自分のことを
いう話がでてきたから、なんとなくわかる?」
と聞いてみた。
棚にあげている。自分が中心になら
ないと思っているようだが、度が過 ○いわない方がよかったかな、と思いもしたが、
ぎていて反感をかっている。
気づかないでやっていたと思ったので、早く
気づいてほしかった。
○わからないといっていたが、伝わる ○まずは自分からこころがけてみてはどうか、
部分もあっただろう。寂しそうな感
じでもあった。
と伝えるようにしている。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
親・親戚とのかかわり
○養父との面会、祖 ○今後の将来のことを、 ○児童相談所があいだに入って、養父と
父母宅への帰宅を
少しずつAさんを含め
の面会もできるようになってきた。
行っている。
話していける関係づく ○母親との面会はまだ難しい状況である。
りをしていこうと考え
母親は、養父に気を遣っていて、Aさ
ている。
んに「自分の家庭を壊さないでほしい」
といっている。
○いとこに会いに
○祖父母との関係も続いており、夏休み
行ったり、いとこ
などは祖父母宅に帰宅している。
宅に外泊したりし
ている。いちばん
○いとこが近隣の大学に進学した。
仲のよい親戚でた
いせつな存在であ
る。
5.自立に向けて
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
親・親戚との
かかわり
○ 工 業 系 を 勉 強 し て い る の ○施設を退所した人の話をした ○ よ う や く 養 父・ 母 親
で、Aさんの希望としては
り、Aさんがこの先どうしてい
との面会が進みだし
自動車整備士になりたいと
きたいのかを話す機会をもって
たので、慎重にAさん
思っている。
いる。
の今後の生活につい
て話をすすめていこ
○Aさんなりにどうしていき
たいかは考えており、学校
の先生に相談もしている。
○ただひとりで生活していく
ことに不安を感じている。
うと思う。
91
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
ほかのきょうだいは家族として同居し、母さえもが自分
の家庭を優先し、家族にうけいれられない、いわば「自分
は遺棄された」とAさんは感じていたであろう。その孤立
無援感はいかばかり辛いものであったかと思われる。
はじめに、28条入所であるからと特別視することより、
子どもをあるがまま肯定的な気持ちで受けとめ、特別視し
て構えないというであいは、Aさんにとり、「ひとりの子
どもとして受けとめられた」という、よいはじまりであっ
たと思われる。
92
徒に遠い将来を考えて不安にとりつかれるより、毎日の
日常生活をたいせつに着手できることから、ひとつひとつ
話しあい、行動をつみ重ねていったことも、A さんが自
信をしだいにもてるようになった要因であろう。そして、
折にふれ、ぎりぎりの決断や友だちから違和感をもたれて
いるという厳しい事実についても、考え抜いた末、担当職
員が率直に話しあっておられることにも感じ入った。
ただ、意見を述べるというレベルではなく、「自分の気
もちがわかるか!」と子どもから問われて、自らにも問い
かけ、正直にご自身と向きあった結果の職員の言葉である
からこそ、Aさんのこころに届いたのだと教えられた。言
葉を裏打ちする自分自身への問いを行うことと、一日、一
日の積み重ねをていねいに行うこと、率直な相互性の話し
あいのたいせつさが伝わってくる。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
養育のいとなみの実践(14)
子どもの目線にあわせながら、試行錯誤をとおして
積みかさねていく成長の日々
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
11歳∼/養育期間5か月
○ひとり親家庭の母がうつ病。軽度の知的障害のあるAさんの養育ができ
養育の
ず、ネグレクト状態になった。
はじまり
までの経緯
育ちの中の
できごと
○3歳のときに自閉症の診断を受ける。
○母親は、祖母が他界したことで、うつ病を発症。精神科に入院となった
が、現在は退院し、Aさんの祖父宅に戻っている。仕事はしていない。
○父親は、入所前の時点から現在にいたるまで交流はない。
○祖父とおじさんは、Aさんの養育に協力的ではないが、おばさんは、施
設への入所をきっかけに協力を申しでてくれている。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所当初(1週間程度) ∼自閉症への理解を深めたかかわり∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○母がうつ病のためほとんど食事を作ること ○これまでがネグレクト状態にあったため
ができず、栄養状態が悪く、偏食で肥満体
に、まずは生活リズムや食生活を整える
型だった。また、坂道を数十メートル歩い
ことに努めた。
ただけで疲れてしまうような状態だった。
体を動かすことに不慣れで、おわんや箸の ○職員が自閉症についての知識をあまり
もちかたもじょうずでなかった。
もっていなかったため、自閉症に効果的
な声かけやとりくみを勉強し実践した。
○時間の使い方がわからないようで、ゲーム
以外の一人遊びができず、また集中して一 ○一日の流れをスケジュールにし、してい
つの遊びをすることもできなかった。
いこととしてはいけないことを視覚化す
ることで、Aさんの行動にもわずかなが
ら変化がみられた。
○意思疎通はできるが、会話はかたことであ
り、自分でいいたいことや気になることが ○家に戻ってからのことを想定して、一人
あると一方的に質問ぜめにするような状況
遊びができるように、具体的な遊びを示
であった。
すように努めた。
○暇になると人前でも性器をいじることがみ ○できるだけ声かけすることで、人前で性
られた。
器をいじることは減った。
93
2.入所の初期(アセスメント後1か月程度)∼養育に限界を感じた∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○アセスメントの期間を終え、施設の小舎 ○自閉症の特性をふまえたうえで、どのよう
に引越した。施設での生活には慣れてき
な養育が効果的なのか、職員もわからずに
たが、ほかの子どもを意識しながらの集
頭をかかえる状況だった。
団生活は難しいようで、自室にいても、
物音が聞こえるたびに外へでたり、勝手 ○ほかの子どもの部屋に許可なく入らないよ
にほかの子の部屋に入ったりして、トラ
う、何度もAさんと話し、また視覚的にも
ブルが絶えなかった。
理解できるよう張り紙を作るも、Aさんの
行動に変化はみられなかった。
○興味があるものが目の前にあると衝動を
抑えられず勝手にさわり、ほかの子ども ○Aさんやほかの子どもの安全を守るため、
とのトラブルとなった。
夕方や夕食時にはサポートの職員を配置し
たが、Aさんの状況は変わらず、ほかの子
○ほかの子どもとの遊びも一方的で、自分
どもたちの不満ばかりつのった。担当職員
の思いどおりにいかないと、かんしゃく
も、子どもたちをみながらのAさんの指導
を起こしたり手がでることもあった。
に限界を感じた。
94
○学校の担当教員からも、興味のない授業
では集中できずに一人勝手な行動をとる
ことを指摘された。
3.その後、現在まで ∼刺激の少ない環境で、学校も含め一貫した対応をつづけていく∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○生活する小舎を変更し、Aさん ○Aさんは、集団生活をするには社会的なスキルがたり
1人に対し、担当2名の体制
ない状態だった。多くの子どもたちとの刺激の多い生
を整えた。小舎の変更直後は、
活のなかで、社会的な適応性を教えていくのは難しい
「元に戻りたい」といったり自
と判断した。
分の思いどおりにできなかっ
たりした際にかんしゃくを起 ○より効果的なかかわりができるよう、自閉症につい
こしていた。
ての理解を再度深め、これまで日々の養育のなかで
試行錯誤しながらのかかわり方を、より具体的なもの
○日々の安定した刺激の少ない
にあらためようとした。たとえばスケジュールにして
環境のため、徐々におちつい
も、単に図化するのではなく、カードで貼り替えて自
て過ごせるようになってきた。
分でくみたてることができるようにした。今ではスケ
ジュールを使わなくても予定をたてて行動できてい
る。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○日々の散歩とバランスのよい ○職員はAさんとの間で約束事をきめ、「約束リスト」
食事で、体重も約10kg減量し、
として貼りだした。こうすることでAさんの態度にふ
体力もついてきた。
りまわされすぎることなく、また職員がかわっても
一貫した対応をとることができるようにした。その結
果、Aさんも約束事を守ろうとし、かんしゃくを起こ
す回数も減った。
○一貫性を保つために、担当職員だけでなく、心理療法
担当職員やスーパーバイザーとの連携が役立った。担
当職員だけだと、さまざまな用件で変化が起きてしま
うが、ほかの職員のサポートを受けることで、その変
化に気づくことができた。
○学校では特別支援学級に通学している。施設内と同じ
ように、学校でも「こうしたらこうする」という約束
事をはっきりさせている。社会的なスキルがそなわっ
ていないときは、刺激ができるだけ少ない環境で一貫
してとりくむことが必要だと考えた。
○刺激が少ない環境と、学校と連携しながらの一貫した
対応をとおして、Aさん自身の生活の基盤が安定した
ためか、施設行事や外出、学校、遊びなど、周囲の刺
激が多いなかでもおちついて過ごせるようになってき
た。
○折にふれ、わかりやすい言葉で話しあいを積みかさ
ね、以前にくらべて最後まで職員の話をおちついて聞
くことができるようになった。このあたりから、担当
職員も手ごたえを感じるようになった。
○現在は、自分のいった言葉で相手がどう感じるかを理
解しにくいため、いってよいことといけないことの線
引きを明確に教えるとともに、顔の表情やようすから
その人の気持ちを考える練習を定期的に実施してい
る。また、語彙(ごい)を増やすため、自分の言葉で
学校のようすや気持ちを伝えるような声かけを意識的
に行っている。
95
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
親・親戚との
かかわり
○引きとり時期が具体的になり、 ○今後のみとおしが未定のな ○母親が退院後にAさん
個別援助で自らの生活を自ら
か、ほかの子どもとの交流
の引きとりに不安を示
いとなむとの思いをつけてき
を増やし、社会適応をはか
し、引きとりが難しく
た。
りながらの措置が続いてい
なっている。
る。
○児童相談所と当初話しあった
措置解除の予定日は延びてお
り、今後のみとおしもたって
いない状況である。
96
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
ネグレクト状態にあって自閉症のあるAさん
への理解を深めようと、かかわりに試行錯誤し
つつも、担当職員は、Aさんがおとなとの日々
のやりとりのなかで、いろいろなことをまわり
の人に伝えようとしていることに気づいてい
く。Aさんをありのままにみつめ、みまもるこ
とによって、その行動からAさんの思いに気づ
いていく。そこには理屈ではない、「限界」か
ら「手ごたえ」となっていく展開がみられる。
おとながいだく子どもへのイメージは、とき
として「この子はこういう子だ」ときめつけて
いないだろうか。ありのままとは、実に難しい
ことである。洞察力と想像力を常にはたらかせ
ていく感性が求められる。
子どもの育ちとは、そもそもおとなの思うと
ころとそうものでない。人とのさまざまなかか
わりをとおして、その子らしく主体的に生活を
いとなんでいくなかで、その子の資質がその子
のペースで育っていけるようにかかわることが
たいせつである。
97
養育のいとなみの実践(15)
見すてずに、いき長く、ささえつづける年月
Ⅰ.養育のはじまり
養育年数
14歳∼18歳/養育年数4年
○母親が父親の暴力を逃れるため転居。その後であった男性と同居するが、
養育の
子どものAさんが、その男性から虐待を受ける。母親はそうした間に失
はじまり
踪。
までの経緯
育ちの中の ○当時6歳のきょうだいと施設に入所。
できごと ○父親、母親ともに入所時以来、行方不明。
Ⅱ.養育のいとなみ
1.入所当初 ∼施設をあげて支援しようと決めた∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
98
○Aさんは虐待被害を告訴することを決心
したが、警察の事情聴取を受けたことも
あって、Aさん自身がさらに心身ともに
ずたずたの状況となった。
○はじめて会ったときに担当職員がAさんに
対していだいた印象は、存在感があり、い
ろいろな経験をしてきたような、おとなび
たような、それでいてもろく漂っているよ
うな、矛盾したこころもとなさを感じさせ
る雰囲気だった。
○施設長からは、担当職員に「虐待ケースの
○施設の生活に慣れ、施設内の演劇活動に
ため、とにかくずっとつき添うこころもち
も手をあげるなど、努めてがんばろうと
で細やかに接してほしい」ということを伝
していた。
えた。
○担当職員ばかりでなく「施設全体で互いに
支えあってかかわっていこう」ときめた。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
2.高校進学から高校中退まで ∼日々の積みかさねが、たった一言で崩れる∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○高校に進学した。
○高校への進学をすすめたのは、「高校に行く
ことをきっかけにして実力をつけ、人間関
○施設の演劇サークルに参加して元気に活
係を広げて、自立していければ」との思い
動するが、夜になると無断外出などがめ
があった。少しずつでもがんばり、自分自
だつようになった。
分の努力の積み重ねが自信を形成していけ
るように、との考えだった。
○携帯電話を使った出会い系サイトへのア
クセスや、援助交際がみられるように ○携帯サイトの使い過ぎで、多額の携帯電話
なった。
代を施設が負担したこともあった。
○高校を中退。
○あるとき、児童相談所の精神科医に「が ○軽率と思えるような一言で、施設における
んばらなくてもいい」といわれたことを
日々の養育の積み重ねが崩れてしまうこと
きっかけに、それまでいろいろあったも
を、精神科医、児童相談所に申し入れて話
のの、努めてきた積み重ねがすべて崩れ
しあい、以後の関係はよくなっている。
てしまった。
○高校の担任は、高校中退後も住居のこと
など親身になって相談にのっていたが、
Aさんのやる気がどんどんなくなり、摂
食障害があらわれた。
3.自立に向けて 高校中退から結婚まで
∼施設を離れても、職員がかたわらでみまもり、ささえる∼
Aさんの育ち
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
○過食症がみられるようになり、精 ○アルバイトをはじめたとき、児童相談所から「収
神科に受診したものの、過食は止
入があるならば措置解除」と指摘されたが、施設
まらなかった。
職員は「現実的には自立には遠い」と申しでて、
児童相談所と何度も話しあいを重ねた。その結
○過食症からくる働く意欲の減退で
就職できず、アルバイトを転々と
果、措置継続が決まったため、アパートを借りて
一人暮らしをはじめることにした。
するようになった。
○数々のアルバイト先の店長も、Aさんのことを助
けてあげたいというくらい、まわりにさまざまに
支えられていた。
99
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○施設を退所する年に、「自分は高校 ○「同級生とともに退所を迎えさせてあげたい」と
中退だが、みんなと一緒に退所し
思い、アルバイトをしながらアパートを借りて暮
たい」と言った。
らすようになってからも、施設の部屋を空けて、
いつでも受けとめられるようにした。
○18歳 で 措 置 解 除 と な り、 施 設 と
の関係がなくなってしまう不安か ○思春期に外来に通院していたこともあり、施設退
らか、自殺をはかった。自殺未遂
所後も、しばらく措置解除はしなかった。
だったが、気を引くための段階で
はなかった。
○バイク免許取得後、同棲していた ○児童相談所の理解もあり、児童相談所に住民票を
人の住居へ住民票を移したが、過
おいてバイク免許を取得した。自立に向けて、免
食が止まらず、労働意欲がなくな
許取得は必要不可欠だと考えた。
り仕事を辞めてしまった。
100
4.自立後の支援 結婚、出産
∼Aさんの葛藤を受けとめ、まわりの支援者とともに次のステップへ∼
職員のかかわり、思い
関係機関の協力
Aさんの育ち
○仕事を辞めた後も、同棲していた ○同棲の人から手をあげられることもあり、そのた
人に「働いている」ふりをするた
びに施設側でAさんの思いを受けとめることも
めに、こっそりと消費者金融に手
あった。
をだした。そのほとんどが菓子代
に費やされた。
○消費者金融の金利を、ずっと支援してくれていた
弁護士が負担していたことがわかったため、自己
破産に向けて対応策を検討することにし、最終的
に消費者金融数社分の債務を自己破産として処理
した。
○同棲していた人の理解もあり、結
婚して、子どもが生まれた。
○自己破産に際して、同棲していた人と施設長が話
し、Aさんの生いたちを含めて理解し、Aさんに対
して手を挙げないことを約束してもらった。
○最近、きょうだいが誕生したの ○子どもの誕生祝いをもっていったら、Aさんはほん
で、本施設の子育て支援短期利用
とうにうれしそうな表情をしていた。その表情は
事業(ショートステイ)を利用し
それまでの表情とまったく違うものだと感じた。
たいとの申しでがあった。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
<この事例から気づくこと、学ぶこと>
虐待、母は護ってくれずに失踪、実父も行方
不明、Aさんは基本的に自分も他者も信じられ
ない深い傷つきをもって入所したのであろう。
担当職員ばかりでなく、施設をあげて相互に支
えあいながらAさんに身を添わせる心もちでか
かわる、という最初の施設の方針によって、A
さんははじめて「居場所」がこの世にありうると
感じた。だが、部活や進学など積極性を示す反
面、容易に人やことが信じられず、さまざまな
行動上の問題や症状によって、周囲の人々の支
える気持ちの真偽のほどを確かめた。
それに対して、あきらめずみすてずにチーム
ワークとねばりづよさ、限度をときに超えるほ
どのさまざまな援助の手がさしのべられたこと
が、Aさんに「生きていてよい、命の尊さ」を実
感させたのだと思う。
根気づよく長期にわたって、しかも個別の事
情に即応して、いき長く援助されたことに心を
打たれる。
101
3 職員は、何に悩み、何に苦しんだか
1
子どもにとっての家族/自分の育ちに向きあう
①「他者との関係性」を回復していくために求められるもの
児童養護施設は、子どもたちにとって生活の場であり、家庭から離された子ども
に与えられた 養育のいとなみの場 、 育ちの場 である。
本来ならば、家庭において親の手によって行なわれるべきはずの 生活のいとな
み が、なんらかの事情によって家庭・家族を離れ、施設の職員という他者の養育
者によって、子ども自身が成長過程で失ってしまった経験を、再生するかかわりと
体験をとおして成長発達が保障されていく。ここでいう他者の養育者の役割とは
親たるべき養育 をいとなむことにあり、現に施設職員は、職として日々の生活
のなかで親がわりの役割、養育を担っている。しかし、いかほど信頼している職員
であっても、それはけっして親ではない。まして施設はいかほどすみごこちがよく
ても施設であり、この本質は変わらない。
102
それゆえに施設職員には、子どもがその発達の過程で失った「他者との関係性」
を回復していくための個別的かかわりにおける、子どもと養育者との「相互作用の
質」や養育者の「応答性の質」が求められる。人間的に、子どものために何ができ
るのかを追い求めていく姿勢が必要である。
子どもが未来に向かって歩んでいくためには、自分自身の過去を決して否定的に
とらえるのではなく、自分の過去を受け入れ、自己の物語を形成することがきわめ
て重要な課題である。そのためには、施設職員自身がその子どもの歩んできた事実
をありのままに受けとめ、子どもが言葉にはあらわしえない深い悲しみや思いを理
解し、寄り添う養育者としての姿勢をもちたい。
②相手との「かかわり」を育てる
施設ではじまる生活は、子どもがそれまで過ごしてきた家庭生活や、子どもをと
りまく環境的背景を断ち切ってスタートするのではなく、それまでの生活を引き継
ぐことから、施設での養育のいとなみがはじまらなければならない。多くの子ども
たちは、家族から離されたことを納得してはいない。
施設での生活とケアのはじまりに、自ら進んで入ろうとしているものでもない。
思いもよらない家庭崩壊や、親からの虐待に遭遇した子どもたちの背負わされた悲
しみ・苦痛に、私たちはどれだけ想いをはせているのであろうか。それまでに過ご
してきた家族生活、その根源である親、家族への理解は、ケアの引き継ぎ・連続性
への不可避的課題である。親から離れて生活する子どもに、親との心理的、物理的
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
な関係への配慮、養育過程でのはからいは、子どもの施設生活を安心、安全の場と
するために欠かせないことはいうまでもない。なぜなら、子どもにとって、どのよ
うな場合でも、親は天地に唯一だけの存在であり、そのことを抜きにして、自分の
存在を考えることはできないからである。
今日の家庭内虐待が象徴するように、親との関係不全を体験し、重篤なこころの
課題をかかえた子どもたちに用意される生活の場は、従来の「家庭代替」から、家
族機能の支援・補完・回復を重層的に果たす、さらなる家庭支援の場へと転換が求
められている。なぜなら、その子どもたちは、「家族」を失っているのではない。
「家庭」を失っているのである。すなわち親との関係不全を理由とする子どもたち
にとって、親子援助するとは、「救うこと」、「助けること」ではなく、「相手とのか
かわりを育てる」ことである。そうした親子間の関係調整、回復支援の過程は、養
育の重要なとりくみ課題である。
2
子どもの発達障害を、どのように受けとめるか
①「発達すること」の過程に生じる乱れ、つまづき
本報告に登場する子どもたちについている診断名のうち、いわゆる発達障害名
は、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)、自閉症、広汎性発達障害、
アスペルガー障害、知的障害、境界知能などである。また精神科医療でよく知られ
る、被虐待症候群、愛着障害、心的外傷後遺症(PTSD)、妄想人格障害、うつ病
といった障害名も子どもたちについている。
このことはなにを物語っているのかといえば、社会的養護を必要とする子どもた
ちは、発達することという過程のそれぞれに大きな乱れ、つまづきの繰りかえしが
認められ(発達障害)、同時に心に痛手を負っている(精神科医療の診断名)とい
うことである。
しかし、これは施設に働く方々からすれば、「新しい子どもたちの登場」を実感
したものでもなく、ただこれまでの子どもたちが示した生活場面での行動や心の動
きを『医学的名称』でおきかえただけにすぎないのである。つまり、新しくなった
のは表現のしかたにすぎないように思われる。
しかし、聞いたこともない言葉は人を不安にする。
親子の絆がさまざまな事情でじょうずに結ぶことができずに、親子ともども生
きづらい思いの果てに遭遇した子どもにであい、職員は「今こんな子がいるのよ
ね。寂しいとも、哀しいともいいきれず、すねては背を向け、ときには甘えて膝に
のり、それでもちっとも心が満たされていないように」感じる。これを医学的には
「愛着障害」と称する。
103
親からひどく折檻(せっかん)され、身も心もぼろぼろになり、とうてい人を信
じることなどしたくてもできない、ましてや折檻した親を、「ほんとうは僕のこと
を思ってくれているよい親なんだ」と思い、「いや実は僕を愛していない親なんだ、
でも僕は愛して欲しい」と、人間不信とさまよう心をもっている子ども、という職
員の理解は、医療現場で『被虐待児症候群』とおきかえられる。
生来的に、人とのコミュニケーションが苦手で、自分の世界に没頭し、状況変化
に弱くみとおしがもてないと不安がる、という状態を示す子どもを、医学的には自
閉症、あるいは広汎性発達障害とよび、おちつきを欠き、衝動性が高く、注意が散
漫な子どもについて、ときにADHDと診断する。
たしかに発達障害とは、個々の成長・発達の過程、とくに初期段階で何らかの原
因によりその過程が阻害され、認知、言語、社会性、運動などの機能の獲得が障害
された状態をいう。ゆえにこの診断名は、それぞれのつまづきが子どもたちに内在
したものであるという判断に立つ。
しかし、ではなにが内在しているのか、今一度問うべきである。そのためここ
で、『子どもの発達』についておさらいしたい。
104
②「安心」と「信頼」を基本に、社会ルールを学ぶ
生まれたばかりの子ども(赤ちゃん)は、自然でありつつ、おそらく不安と恐怖
のまっただなかにいると思われる。誕生するというのは、この世に一人でほうりだ
されることを意味する。この不安・緊張を和らげるのは、『温かく包まれる』なか
での安定した栄養補給と身辺のケアであろう。こうした他者からお世話されること
も、誕生したばかりは正しく認識していない。赤ちゃんと養育者は一体化してい
る。
徐々に、育つ『私』と育てる『あなた』が個々別々であるということを自覚して
いく。それまでの過程で、子どもは他者への基本的な信頼感を作りだし、共感や
別々の存在だけれど一緒という一体化が生まれる。これを愛着の絆とよぶ。子ども
の育みの本質がそこにある。
この「大切にされた」という育ちの経験から、子どもは「護られ感(安全感)」
が育まれる。同時にこの育ちの場は、非言語的な感情交流から言語的な交流へとす
すみ、『言葉』というものが生まれる。言葉に力があることがわかることで、人は
言葉の指示に従えあえる。なんとなくでなく、はっきりとした意思表示での交流
は、より信頼を強め、自分自身にもそれなりの力、万能感が育まれる。
運動機能の育ちと相まって、この時期に、自己主張(反抗期)を示し、信頼する
他者から離れて一人で歩きだし、離れていこうとし、慌てて戻ってくる。しばらく
は、この接近と分離を繰り返しながら、一人だけれど一人ではないという自覚をも
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
ち(心のなかに他者を育てる)、より強い安心を手に入れる。
この安心と信頼をバネに、子どもたちは社会ルールを学んでいく。しつけと称さ
れるこの社会性の獲得は、単純なパワーゲームではなく、愛着者への期待に添いた
い(愛される,ほめられる,認められる)という気持ちが基盤になる。このルール
が獲得できると、衝動性の自己抑制(暴力暴言を控えること)ができるようになる。
中枢神経系は、おそらくこうした関係性をバネにして、発達変化をしていくもの
であろう。すると、はじめに述べた発達障害は、この関係性をバネにして発達変化
をしていく過程につまづいていると理解したほうが、子どもそのものを理解するこ
とにつながる場合もあるだろう。もちろん、中枢神経系そのものの機能がうまく働
いていないために、関係性をバネにすることができなくて、結果発達変化が乏しい
ということもある。
その意味で前者を機能的発達障害、後者を器質的発達障害といってもよいかもし
れない。
③日常生活に求められる「関係性の修復」の視点
さらにいえば、社会的養護が求められる子どもたちの場合、この機能的発達障害
という視点で検討するべき事例が少なくないように思われる。つまり、日常生活に
求められる『関係性の修復』という視点が求められる。
もちろん、器質的発達障害も器質的事情そのものは、変えられないわけであるか
ら、行うべき支援は日常生活をより豊かにすることにかわりはない。つまり、生活
するうえでの不都合さ、不便さ、といった「問題」が生じて「障害」となるのであ
る。つまり生活モデルでの気づきが求められる(全養協「この子を受けとめて、育
むためにp29−33」)。支援するのは生活の質の向上であり、めざすのは豊かな生活
の構築であるととらえなおすべきである。
職員に期待し、願っているのは、職員には、発達障害とか、愛着障害とかいう名
称に臆することなく、『子どもの存在そのものを虚心に受けとめようとする姿勢が
まず基底に求められる、ということを自覚しておく』(この子を受けとめて、育む
ためにp26−27)べきである。名称に臆すると、子どもにある潜在能力、可能性の
芽を摘みとってしまう危険性がある。「子どもたちが自らの可能性を切り拓くこと
ができる生活環境(人格形成に及ぼす影響)が求められる」
(「この子を受けとめて、
育むためにp29」)という指摘は、発達障害が疑われる子どもたちにとってもなん
らいろあせる指摘にはならない。むしろ強調されるべき提言である。
障害ではなく、子ども一人ひとりとこれまでの育ちの歴史、さらにその歴史を一
緒に作りあげてきた家族の思いに虚心に向きあっていただければと思う。
105
(参考文献)
1)「この子を受けとめて、育むために」全国児童養護施設協議会(2008)
2)「軽度発達障害 繋がりあって生きる」田中康雄(2008)金剛出版
3
子どもとの関係における養育者の『受動性』について
①「不確実性を受けとめる」という姿勢
ここに掲げられた15の事例は、けっして「成功」でもなければ「失敗」でもなく、
いわは「養育の実際」である。そして、ここから私たちが知ることになるのは、そ
こでの養育のいとなみ(社会的養護)が想像以上に複雑なことがらを背景としてと
りくまれていること、施設で養育されている子どもたちがあらわすとまどいやさま
ざまな言動は、想像を超えていること、そうした子どもたちを養育する職員たちの
苦悩や逡巡は、これまた想像を絶していること、などである。ここでは、職員の苦
悩や逡巡ということをテーマにして、それを子どもとの関係における養育者の「受
動性」という視点から考えてみることにしたい。
106
そもそも養育とは、ひとすじなわではいかないものであって、そのいとなみは不
確実性に満ちている。このことは諦念ではなく、養育をめぐる生活事象からもたら
される帰結(経験的事実)である、といってよいだろう。だからこそ養育にたずさ
わる私たちには、この「不確実性に耐える」ことが求められてくるのであるが、こ
の事態は施設のケア担当職員だけに限ったことではなく、里親においても、さらに
は実親にとっても、基本的に変わらない。したがってこれは養育にかかわる私たち
にとって、きわめて大切な認識となる。もしも養育について、皆が互いに、このこ
とを認めあっているならば、そこでは少なくとも養育者の肩から力が抜けることを
期待できるかも知れないからである。ところで、この「不確実性に耐える」という
ことは、人間の「受動性」に属するものではないだろうか。
ところが皆が互いに、こうした前提に立ちながら養育にかかわっているわけでは
ない。養育をめぐる生活事象への関心よりも、子どもを「対象化」しながら、養育
に確実性を求めようとする考え方もある。そうした努力が無駄だというつもりはな
4
4
4
4
いが、それは「不確実性に耐える」という姿勢ではなく、「不確実性を忌避する 」
というスタンスになるのではないだろうか。そこではなぜだか、養育にともなう不
可避なできごとまで、管理的なとりくみのなかで、誰かの責任とみなしてしまう他
罰的な傾向も強まるように感じられるのであろう。ところで、養育に確実性を求め
るということをやってのけた施設はあるまい。人間の情動性、感情と行動、人とし
ての思いのなかに、支配はゆきづまる。養育を担う人間の「能動性」から発する条
理とともに、入所している子どもたちの側にもあてはまる条理といえるだろう。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
②子どもたちの自立に寄り添うために求められる、養育者の「受動性」
こうしてみると、養育者に求められてくるのは、子どもがこれまでかかわってき
たおとなたちとは、いささか違う存在である。養育者の実践には、「柔軟性」、「能
動性」の両面がある。その「受動性」にという観点で、ここでテーマとなっている
職員の苦悩や逡巡も考えていく方がいいのではないかと思われる。心かきむしられ
るようなできごと、反抗、家金持ち出し、家出、警察ざたなど、ありとあらゆる困
難が起こることになる。それらの行動は何を訴えるものなのか。その状態の背景
等やサインを受けとめる必要がある。そうした日常の繰りかえしを積み重ねなが
ら、その子がまとまりをもつようになるまで支援を惜しまないのは、そこに養育者
の「受動性」と「能動性」があってのことであろう。きっと、はじめに描いていた
養育の姿とはずいぶん違っているはずだが、こうしたことを自ら受け入れながら
(「不確実性に耐える」)子どもとかかわっている施設職員、里親、実親も少なくな
いのである。
想像以上に複雑なことがらを背景とした社会的養護のとりくみ、想像を超える子
どもたちの状態像、これらを無視していえることではないが、前述のような養育者
の「受動性」が、たぶん私たちには 想像を絶している のであろう。もちろんう
まく子育てしている人もいるだろうが、養育とは、そうした長いスパンのなかで語
られなければならないことである。この点では、社会的養護が短いスパンのなかで
評価することになっていないか、という反省が求められよう。つまり、社会の将来
を担う人の育成という施設目的として、子どものもつ未来への可能性への雄飛のた
めの準備の過程として、その可能性を描きだすことを考えていくことが必要であ
る。
新生児の「絶対的受動性」から、育ちとともに社会性として位置づけられるかの
ような、この養育者の「受動性」と「能動性」は、どこで芽生え、そして豊かに成
長していくものなのであろうか。
4
職員のチームワークの視点で考える
①「気持ちよく、順調に」生活をしたい主体は誰なのか
養育のいとなみの実践の話を聞かせていただき、「職員のチームワークの重要性」
について再度強くその必要性を痛感している。
児童養護施設や乳児院の実践において、子どもと向きあったとき、瞬時に子ども
の精神状態を理解し、良好な信頼関係を築くことは、まずありえない話である。
・子ども自身が体験してきた人的環境はどうであったのか
・親と子どもとの関係はどうであったのか
107
・子ども自身が今感じている自己イメージはどのようなものであるのか
・子どもは生活することになったこの施設についてどのように感じているのか
・今後のみとおしはどのようなものなのか、などなど
児童相談所から渡された「援助指針」のみでは、なかなかすべてを理解できない
ものである。
毎日の生活のなかで、職員は子どもと向きあい、さまざまな上記のような「わか
らないこと」を少しずつ理解しようと努力している。養育者は、できることなら
ば、楽しく有意義な温かい雰囲気で生活をおくらせたいと切望している。しかし、
子どもたち自身が、自分のおかれたこの状況に「わからなさ」を感じているのであ
る。そこから表出する問題とされる行為行動に悩み、途方にくれ、「子どもが好き
なので児童福祉の仕事を選びました」と、新任職員として仕事に就こうと決心した
純粋な気持ちがぐらぐらと揺れ動いてしまう。
私たちが実践している施設での仕事は、そもそも自分たちの思い描いたような子
どもたちとの愛着関係や信頼関係が構築され、「気持ちよく、順調に」生活ができ
るものではなく、生きての関係性に日々変化と向きあうことであろう。ここでいう
108
「気持ちよく、順調に」生活をしたい主体は、職員側つまりおとな側なのであり、
知らず知らずのうちに、養育の仕事の主体を子どもたちから自分たちおとな側へと
移行させてしまう危険性がいつも存在している。
②子どもの今に、「自分のこと」として向きあう姿勢をどう共有するか
しかしそんなときに、「今この子にとって何が大切か」「職員が一体となって大
切にしたい視点は何か」、そしてかかわる職員自身を「どのようにチームとしてサ
ポートしていくことが大切なのか」について、施設長や主任的な存在である職員
が、「自分のこと」として職員と向きあい、子どもと向きあう姿勢が非常に重要に
なってくる。そもそも、与えられるから与えることの歓びをいだくものでもなく、
与えるからこそ与えることの大切さを知るのであろう。
今回の養育のいとなみの実践の調査では、多くの施設において、いろいろな試行
錯誤がありながらも子どもと懸命に向きあおうとしている職員や、そんな職員の横
でじっくり話に耳をかたむけている施設長にであうことができた。また、他職種と
の連携をもって、その子を主体に、相互にとりくんでいることがわかった。職員の
チームワークを大切にしている施設の存在に勇気づけられ、多くのエネルギーをい
ただき、それを全国の関係者に届けたいと感じている。
Ⅰ 児童のかかえる問題と養育のあり方調査
4 事例から考えられる、養育の実践における課題
1
子どもをうけとめ、かかわっていくこと
養育の第一歩とは「よく生まれた、よく今日まで生きてきた」と、まず理屈ぬき
に子どもの存在をあるがままに受けとめることである。たとえ行動上の問題を呈し
ている子どもであっても、そうならざるをえなかった背景や必然性をどれだけ的確
に深く、その子どもに身を添わせる心もちで理解できるかを、養育の場では常に問
われている。ジェネラルアーツ、専門的知識や技能、そして何よりも豊かで的確な
想像力が求められる。
2
社会的養護での統合性と個別性
子どもが育っていく発達の道筋についての理解、心身の傷を癒し和らげる技法、
これらがあるレベルの質を担保したものであるように、スタンダードや各種のプロ
グラムについての会得、習熟がのぞましいことはいうまでもない。
だが一方では、子ども一人ひとりの個別的特質や発達の状態、環境要因を考慮し
たうえで、いま、目前のその子どもが必要としていることは何か、これを考えて個
別的にかかわり方を創意工夫すること、このありかたがどれだけその子どもに適合
した、かつ心地よいものであるかによって、非常に難しいと思われる養育の局面に
おいても、何かしら必ず次にどうすればよいか、その行方を照らし、成長の道筋が
開かれていく。標準となることをよく知ったうえで、どこまで個々の子どもを個別
的に理解し、かかわることができるかが問われている。
3
生活のいとなみと育み
養育とは、何気ない日々のいとなみのなかにたえ間なく展開されていく。した
がって、日常的な衣・食・住にまつわること、衣服をどう整え、着るのか、栄養の
バランスがとれ、こころこもる食事の提供、質素でも手入れされ、調和を考えられ
たここちよい住環境、さりげないしかし相手に心配りした言葉かけやふるまい、こ
れらの一見平凡ともみえる、しかしよく考え整えられた日常生活のいとなみが安定
して継続されることをとおして、「養育」は行われているのである。
109
4
職員の資質、役割とチームワーク
養育とは、子どもとおとなとの人間関係、信頼関係をもとに展開されるいとなみ
である。人として、子どもから委ねられるにたるおとなであるには、自分自身のあ
り方を問い高めることを続けるとともに、知識や技法の会得と研鑽を不断に続けね
ばならない。また、自分の立場、役割、責任を自覚したうえで、チームワークや状
況に応じて、他職種や他機関との連携、協働を行っていかねばならない。他者どう
しの間に協働関係が成りたつことをまのあたりに経験することは、家族関係の不調
から信頼の感覚を損なっている子どもたちにとり、「他人ですら信頼・協調関係が
もちえるのだ」、「人は信じあえるのだ」という、信頼感再生の契機となろう。
養育にかかわることは、狭義の専門的知識や技法のみならず、養育者自身の人間
性をも含めた総合的人間力が問われることである。これは容易ではない、しかしそ
れゆえにこそ尊い有為ないとなみである。子どもや職員相互間に相互信頼感覚を
もって、切磋琢磨し、支えあうことが求められている。
110
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