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豚の疣状心内膜炎由来レンサ球菌の同定へのアプローチ [PDF
豚の疣状心内膜炎由来レンサ球菌の同定へのアプローチ 大分県食肉衛生検査所 1 ○佐藤俊介、甲斐雅裕、奈須直子 はじめに 豚のレンサ球菌症は Streptococcus 属菌感染に起因し、敗血症、髄膜炎、心内膜炎、 肺炎、多発性関節炎などが引き起こされる疾病であり、原因菌の中には人獣共通感染 症となる菌も含まれる。中でも敗血症はと畜場法において全部廃棄となる疾病であり、 と畜検査では疣状心内膜炎を認めた際に保留されることが多く、管内と畜場では近年、 1 年当たり約 30~40 頭摘発されている。原因菌として主に Streptococcus suis(以下、 S. suis)、Streptococcus dysgalactiae(以下、S. dysgalactiae)などが多く(約 90%程)分 離されている。 当 所 に お け る 豚 敗 血 症 の 保 留 検 査 に お い て 、 原 因 菌 の 同 定 に は S. suis 、 S. dysgalactiae、Arcanobacterium pyogenes、Erysipelothrix rhusiopathiae の 4 菌種を対象と した multiplex PCR 及び市販同定キットである Rapid ID32 Strep API(シスメックス・ビ オメリュー)による生化学的性状検査によって行っている。しかし、近年では上記の 方法により同定困難な株が分離される例が増加する傾向にある。 そこで今回、当所における現行の検査法により同定困難な Streptococcus 属菌株の解 析を目的として Rapid ID32 Strep API、 API20STREP および連鎖球菌抗原キットプロレ ックス「イワキ」レンサ球菌(イワキ株式会社)を用いた生化学性状試験、16SrRNA 遺伝子シークエンス解析および薬剤感受性試験を行った。 2 材料と方法 (1) 被検菌株:2013 年 10 月から 2015 年 11 月の間に当所が管轄する O と畜場に搬 入され、疣状心内膜炎を認めた豚の病変部から分離された株のうち、5 生産者由来の 計 8 株を用いた。菌株の内訳は、M 農場 4 株に加え HP 農場、K 農場、S 農場、HY 農 場からそれぞれ 1 株ずつとした。マイクロバンク(イワキ株式会社)に保存されてい る菌株を 5%羊血液寒天培地に塗抹し、37℃、18~24 時間培養後、得られたコロニー を純培養し、被検菌株とした。いずれも PCR にて上記の 4 菌種が否定されており、グ ラム陽性球状~短桿状、運動性試験陰性、カタラーゼ試験陰性、オキシダーゼ試験陰 性、CTA 培地を使用した OF 試験にて F を示し、Streptcoccus 属が疑われる株である。 (2)生化学的性状試験: Rapid ID32 Strep API および API20STREP、連鎖球菌抗原キ ットプロレックス「イワキ」レンサ球菌による Lancefield の血清群別試験を行った。 (3)16SrRNA 遺伝子シークエンス解析:衛生環境研究センターに依頼した。 (4)薬剤感受性試験:センシディスク(ベクトン・ディッキンソン)を用いて、薬 剤感受性試験を行った。アンピシリン(ABPC)、セフォタキシム(CTX)、ストレプ トマイシン(SM)、カナマイシン(KM)、エリスロマイシン(EM)、オキシテトラ サイクリン(OTC)、オフロキサシン(OFLX)、クロラムフェニコール(CP)、バ ンコマイシン(VCM)、リンコマイシン(LCM)、ノルフロキサシン(NOR)、バシ トラシン(BC)、オプトヒン(TaxoP)の 13 薬剤を用いた。培地はミューラーヒント ン 5%ヒツジ血液寒天培地(ベクトン・ディッキンソン)を使用した。 3 結果 (1) 生化学的性状試験および 16SrRNA 遺伝子シークエンス解析:Lancefield の血清 群別試験と Rapid ID32 Strep API および 16SrRNA 遺伝子シークエンス解析の結果を表 1 に示した。Lancefield の血清群別試験では株 No.1 と 3 は D、株 No.6 は G、株 No.8 は F を示し、残りの 4 株では凝集は認められなかった。16SrRNA 遺伝子シークエンス解析 では株 No.1、2、3、4、6、7 が Streptococcus alactolyticus(以下、S. alactolyticus)、株 No.5、10 が Streptococcus hyointestinalis(以下、S. hyointestinalis)であった。Rapid ID32 Strep API の結果でシークエンス解析結果と合致する株は No.1 と 7 のみであり、 その他 の株 No.3、4、6 は Leuconostoc spp.、株 No.2、8 は Streptococcus bovisⅡ、株 No.5 は Streptococcus mitis であった。 Rapid ID32 Strep API で得られた各生化学性状試験項目を表 2 に示した。シークエン スの結果で S. alactolyticus を示した株 No.1、2、3、4、6、7 のうちキットに示された基 準株の S. alactolyticus 陽性率と違いが生じていた生化学性状はリボース、メリビオー ス、L-アラビノースの 3 項目であった。しかし、Rapid ID32 Strep API においてリボー スと L-アラビノース陽性を示した株 No.3、4、6 に関しては API20STREP において陰 性を示していた。一方、S. hyointestinalis は Rapid ID32 Strep API による同定可能菌種に は含まれていなかった。 (2) 薬剤感受性試験:薬剤感受性試験結果を表 3 に示す。薬剤別にみると、13 薬剤 中耐性がみられた薬剤は CTX、LCM、OTC、KM、NOR、SM、OFLX、BC、TaxoP の 9 種類であった。VCM や EM には全ての株が感受性を示したが、一般的に豚のレンサ 球菌症の治療に用いられるセフェム系抗菌剤の CTX に耐性を示す株が 5 株認められ た。株別にみると 13 薬剤のうち 8 種類に耐性を示した株が 8 株、7 剤耐性が 3 株、6 剤耐性が 1 株と、8 株すべてが 6 剤以上に耐性を示した。 表1 株No. 1 2 3 4 5 6 7 8 Lancefieldの血清群別 D - D - - G - F 各試験結果一覧 Rapid ID32 Strep API Streptococcus alactolyticus Streptococcus bovis Ⅱ Leuconostoc spp. Leuconostoc spp. Streptococcus mitis Leuconostoc spp. Streptococcus alactolyticus Streptococcus bovis Ⅱ 16SrRNA遺伝子シークエンス解析 Streptococcus alactolyticus Streptococcus alactolyticus Streptococcus alactolyticus Streptococcus alactolyticus Streptococcus hyointestinalis Streptococcus alactolyticus Streptococcus alactolyticus Streptococcus hyointestinalis 表2 βGLU 試験 項目 βグルコ シダーゼ 株No. 1 2 3 4 6 7 陽性率* 5 8 Rapid ID32 Strep API で得られた生化学性状一覧 βGAR βGUR αGAL PAL RIB MAN アルカリ βガラク βグルク αガラクト フォス マンニ ト ロ リボース シダーゼ ファター トール シダーゼ ニダーゼ ゼ + 50 + 0 - GTA HIP 試験 グリシント 馬尿酸 項目 リプトファ ナトリウ ン ム アリルアミ 加水分 株No. ダーゼ 解 1 2 3 4 6 7 1 1 陽性率* 5 8 - SOR TRE ソルビ トール トレハ ロース RAF VP APPA アラニン フェニル アセトイ ラフィ アラニル ン ノース プロリン 産生 アリルアミ ダーゼ + + + + + + + + + + + + + + + + + + 83 100 100 + + + + + MBDG CDEX 1 - + + + + + + 89 + 1 - + + + 0 - 74 - 5 - 26 + + GLYG PUL MAL MEL MLZ SAC LARA メチルβ シクロ Lアラビ Dグルコ デキス ノース ピラノシ トリン ド グリコー ゲン プルラン マル トース メリビ オース メレチ トース 白糖 1 - 1 + + + + + + + + 100 + + + + + + + + 10 + 0 - + + + + + + 99 + + + + 0 - + 50 - 0 - URE ウレ アーゼ 50 - *: S. alactolyticus 基準株の陽性率を示す。 表3 菌株No. 薬剤名 クロラムフェニコール セフタキシム リンコマイシン バンコマイシン オキシテトラサイクリン アンピシリン エリスロマイシン カナマイシン ノルフロキサシン ストレプトマイシン オフロキサシン バシトラシン オプトヒン 耐性薬剤数 16SrRNA遺伝子 シークエンス解析結果 薬剤感受性試験結果 1 2 3 4 6 7 5 8 S R R S R S R R R R S R 8 I R R S R S R R R R S R 8 I R R S S S R R R R I R 7 I R R S R S R R R R S R 8 I S S S R S R R R R S R 6 I S R S R S R R R R I R 7 S R R S R S S R R R S I R 7 I I R S R S R R R R R R 8 Streptococcus alactolyticus Streptococcus hyointestinalis ※:S「感受性」、I「中間」、R「耐性」を表す。 4 考察及びまとめ シークエンス解析の結果、今回の豚の疣状心内膜炎を伴う敗血症の原因菌は 8 株中 6 株が S. alactolyticus であり、2 株が S. hyointestinalis であった。S. alactolyticus、S. hyointestinalis のいずれも豚の敗血症の原因菌として分離された報告は少ないが、両菌 種ともに常在 菌であり 豚が主要な分 離源とさ れている[1]。 S. alactolyticus は Streptococcus 属の中でも bovis group に属しており、Lancefield の血清群別試験において D 群への凝集が認められるとされている[1]が、今回使用したキットで D 群への凝集 を示したのは 6 株中 2 株のみであった。これはキットがヒト由来株を対象として開発 されていることから、動物由来株に関しては感度が低いためであると考えられる。ま た、株 No.6 は G 群を示していたが、S. alactolyticus にはまれに G 群を示す株があると 報告されている[2]。シークエンス解析で S. alactolyticus と同定された株のうち Rapid ID32 Strep API で Leuconostoc spp.という同定結果を示した 3 株中 3 株がリボース分解 陽性、3 株中 2 株が L-アラビノース分解陽性を示していた。一方、同株の API20STREP の解析結果ではこれら 2 種の生化学性状はいずれも陰性を示していた。これは、キッ トの判定までの培養時間が Rapid ID32 Strep API では 4 時間であるのに対して API20STREP では 24 時間であることが原因かもしれない。また、生化学性状検査は菌 の状態によっても結果が変わるため、菌の培養方法についての検討も必要であると考 えられる。キットに示された S. alactolyticus 基準株のメリビオース分解陽性率は 10% であるのに対して、今回 S. alactolyticus と同定された 6 株すべてが陽性を示していた。 これに関しては、大部分の S. alactolyticus がメリビオースを分解するという報告[2] がある。 薬剤感受性試験では、CTX などのセフェム系抗菌剤や SM などのアミノグリコシド 系抗菌剤、NOR などのニューキノロン系抗菌剤に耐性が認められた。前述のように豚 レンサ球菌症の治療にはセフェム系抗菌剤が用いられることが多いが、今回、セフェ ム系の CTX に耐性を示す株が 5 株認められた。このような多剤耐性株は豚のレンサ球 菌症の原因菌となりやすいと考えられるため、今後フィードバック事業等の活用によ る家畜生産サイドとの連携を通じて、飼養管理や薬剤使用状況等の情報を収集し、敗 血症発生予防を推進することで安心・安全な食肉生産に貢献していきたい。 今後は、今回検査した S. alactolyticus や S. hyointestinalis について前培養の方法を改 良する等、生化学性状に基づいたキットによる同定をより正確に判定できる方法を検 討していく予定である。また、S. alactolyticus に関しては Jans C らの報告[3]にある Streptococcus bovis/Streptococcus equinus 同定のための multiplex PCR/RFLP 法を用いた 検査を行う等、敗血症原因菌種として分離例が増加している上記菌種に対する当所に おける精密検査体制の整備を進めていきたい。 5 謝辞 本研究に際して、様々なご指導を頂いた衛生環境研究センターの成松浩志主幹研究 員並びに加藤聖紀主幹研究員に深謝いたします。 参考文献 [1]河村良章:モダンメディア 51 巻 12 号 2005 p313-327 [2]Paul Vos ら:Bergey's Manual of Systematic Bacteriology: Volume 3 [3] Jans C: FEMS Microbiol Lett. 2012 Jan;326(2):144-50 p685