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Journal of Business Ethics
電子情報通信学会技術と社会・倫理研究会 インターネットとアーキテクチャ研究会 ・インターネットと運用技術研究会共催 2015年3月6日小名浜オーシャンホテル 2015年3月15日改訂 フィールド実験における 技術者・工学者への信頼の役割 - 技術者倫理からの考察 - 吉備国際大学 大谷卓史 本発表の目的 • 学会倫理綱領一般の意義と機能を再確認し、倫 理綱領による学会の自律的ガバナンスを有効に するための条件を解明する。 • とくに、今後情報通信技術の社会実装を検討す る社会実験の重要性が増す→公衆の研究者・ 技術者への信頼が必要。 • 専門家+倫理・法等の専門家による、影響のア セスメントや実験手順・範囲の自律的チェックが 重要となる。たぶん倫理綱領や技術者倫理が関 係する。 電子情報通信学会倫理綱領 • 1998年7月21日制定、2011年2月21日改正 • 前文+10項目(+行動指針) • 前文:電子情報通信技術にかかわる者は、 – 電子情報通信技術の役割とその社会的影響の 大きさを深く理解し、見通す責務がある。 – 職業的実践および専門的活動を通じて、全人類 社会の健全な発展と地球環境の保全に貢献する 責務がある。 電子情報通信学会倫理綱領 [基本原則] 公正と誠実,他者の権利の尊重→カント主義的な原 則 2. [技術の目的] 人々の安全,健康,福利の向上と社会の発展→功 利主義的? 3. [技術の重要性の認識] 電子情報通信技術とその活用の影響の 客観的解明→功利主義的(帰結主義的)倫理の前提 4. [品質保証] 専門家としての最善努力と成果の品質維持・向上 5. [契約遵守] 公益に配慮しつつ,職務上の契約の遵守 6. [事実の尊重] 事実を重視し,発表と評価の信頼性 7. [オリジナリティの尊重] 他者の創意工夫や成果の尊重 8. [相互協力] 自由な討論と他人との協力 9. [自己啓発と教育] 専門能力の維持・向上努力と、教育活動への 参加 10. [法令の学習] 職務関連の法令・規則の学習と遵守 1. 倫理綱領一般の機能 • 前提1:専門家と非専門家の知識・技能の非 対称性→社会契約、顧客への忠実義務 • 前提2:専門職成立の必要条件→専門職コ ミュニティの自律の必要条件 – 自律的専門職団体の存在 – 専門職養成教育と資格の明確化 – 倫理綱領による自律(自己規制) • Cf.伝統的profession=神学者・法律家・医師 倫理綱領一般の機能 • 20世紀後半の工学者団体の倫理綱領への 関心→工学の専門職としての確立 – 自律的専門職団体の存在→学協会の存在 – 専門職養成教育と資格の明確化→工学教育の 標準化、PE(米国)など – 倫理綱領による自律(自己規制)→倫理綱領整 備の国際的要請 倫理綱領一般の機能 • 専門職コミュニティの内外への価値表明 • より広い社会との社会契約:専門知識を悪用 しない、公益増進に努めるetc. • 顧客に対する忠実義務の表明:19世紀的な 工学倫理の中心的価値 • 専門職団体の自律的ガバナンスの根拠 • 非倫理行為の命令・依頼に対する抵抗根拠 倫理綱領が備えるべき条文 (Jamal and Bowie 1995) • モラルハザードを防ぐ条文:顧客への忠実義 務や技術の悪用・濫用の自己規制の宣言 • 専門職同士の相互配慮にかかわる条文:仲 間への忠実義務(仲間への虚言・欺瞞・盗 用・不正の禁止) • 公益を定義する条文:専門職の公益増進義 務 電子情報通信学会倫理綱領 [基本原則] 公正と誠実,他者の権利の尊重→カント主義的な原則 [技術の目的] 人々の安全,健康,福利の向上と社会の発展→功利主義的? [技術の重要性の認識] 電子情報通信技術とその活用の影響の客観的解明→ 功利主義的倫理の前提 4. [品質保証] 専門家としての最善努力と成果の品質維持・向上→専門家としての インテグリティと忠実義務 5. [契約遵守] 公益に配慮しつつ,職務上の契約の遵守→忠実義務 6. [事実の尊重] 事実を重視し,発表と評価の信頼性→専門家としてのインテグリ ティ(研究倫理:データの捏造・改ざん、虚偽言明の禁止) 、専門家相互の倫理 7. [オリジナリティの尊重] 他者の創意工夫や成果の尊重→専門家としてのインテ グリティ(研究倫理:剽窃禁止)、専門家相互の倫理 8. [相互協力] 自由な討論と他人との協力→ 専門家相互の倫理 9. [自己啓発と教育] 専門能力の維持・向上努力と、教育活動への参加→専門家 としてのインテグリティと社会貢献 10. [法令の学習] 職務関連の法令・規則の学習と遵守→コンプライアンスへの配慮 1. 2. 3. 学術・職能コミュニティの自律性 • 学術・職能コミュニティの外部社会への依存: さまざまな資源(資金・人員・マネジメントな ど)の供給→相対的自律でしかない。 – 理念:CUDOS(Merton 1957=1961) – 現実?:PLACE(Ziman 2000=2006) • 学術・職能コミュニティの自律:専門的知識・ 技能・行為・プロダクトの品質管理→相互 チェックと制裁・報償(例、弁護士) 学術・職能コミュニティの自律性 • 学術・職能コミュニティの外部社会への依存 →資源配分ルールと直接やり取りする外部社 会の性質によって学術・職能コミュニティの性 格も大きく変容する • 学術・職能コミュニティの自律:専門的知識・ 技能・行為・プロダクトの品質管理→相互 チェックと制裁・報償の不在や競争ルールに よって歪曲される 学術・職能コミュニティと外部社会 開放系としての科学(吉岡斉 1987: 113) 研究・社会実験・社会実装 • 研究の自由→公正な競争ルールのもとで、社 会・顧客への影響がない限り最大限尊重され るべき(例外、アシュロマ宣言) • 社会実験の自由→社会・顧客への影響を慎 重に配慮する必要がある、社会的規制を受 け入れるべき場面もあるかも • 社会実装→社会的規制の影響が強い 研究・社会実験・社会実装 • 問題は、研究と社会実験、社会実装の境界 が曖昧であること。 – Winny事件は社会実験であったか、社会実装で あったか?→インターネットにソフトウェアや情報 を公開した時点で社会実装となる? – 3Dプリンタの普及や遺伝子組み換え技術の低コ スト化などがあれば、さらに問題は深刻に・・・ – 規制の方法をあらかじめ考えないと、研究・開発 への支障も(須川 2014) 倫理綱領にしたがって 非倫理的行為を拒否・告発したら • 社内ネットワーク管理者になった新入社員の 電子情報通信学会員が、企業幹部から「全 社員の電子メールを監視してくれ」と要請され たら・・・ 倫理綱領にしたがって 非倫理的行為を拒否・告発したら • 職場の電子メール監視に関連する課題(岡村 2007など参照) – 従業員の職務専念義務 – 企業の施設管理権→プライバシーの合理的期待 の制限 – 監視の合理的必要と公正さ→特定の従業員を恣 意的に監視することは不可 – 監視の事実の公表(就業規則への明記や通知) 倫理綱領にしたがって 非倫理的行為を拒否・告発したら • 上記の要素を勘案したうえで、電子情報通信 学会員が幹部の命令は権利侵害に当たると 判断し、学会倫理綱領に反すると拒否したこ とで、不利益を被ったら、どうするか? • 学会は、企業の不正行為の内部告発者を支 援することができるか? 倫理綱領への批判 • 倫理綱領は看板倒れではないか?倫理綱領 遵守だけでは専門家は倫理的ではない→徳 倫理による教育・啓発への転換提案 (Sadowski 2014) • 倫理綱領遵守による会員の不利益に対して 学会は何ができるか? • 倫理綱領違反による制裁がなければ、倫理 綱領は効力を有さないのでは? 倫理綱領への批判 • 倫理綱領は看板倒れではないか?倫理綱領 遵守だけでは専門家は倫理的ではない→徳 倫理による教育・啓発への転換提案 (Sadowski 2014) • 倫理綱領遵守による会員の不利益に対して 倫理綱領が有効に働かない場合、 学会は何ができるか? 学術・職能コミュニティの自律性が • 倫理綱領違反による制裁がなければ、倫理 さらに動揺する 綱領は効力を有さないのでは? IEEEの事例 (Unger 2006) • BART裁判(1972)でAmicus Curiae Brief提出。 • MCC(Members Conduct Committee)設立 (1978) – 不正行為を行った会員への矯正プログラム – 倫理綱領遵守による不利益を被った会員への支 援(調査と勧告) • USABによる啓発活動(倫理綱領とMCCの会 員への通知、1990年代以降) • 相談窓口、支援基金の創設は失敗 学術・職能コミュニティの自律性 • 学術・職能コミュニティの外部社会への依存 →資源配分ルールと直接やり取りする外部社 会の性質によって学術・職能コミュニティの性 格も大きく変容する • 学術・職能コミュニティの自律:専門的知識・ 技能・行為・プロダクトの品質管理→相互 チェックの不在、制裁・報償の不在、過度の 競争圧力などによって歪曲される 組織・風土・文化に着目する 技術者倫理へ • 個人に注目する技術者倫理は、過酷な責任 を負わせるケースがあるのではないか? – 倫理綱領を抵抗根拠とする非倫理的な命令・依 頼の拒否は、工学者の職分的性格から困難 – 内部告発による不利益の重大性と実質的支援の 不在(Cf 内部告発の倫理的手順はほぼ確立) • 研究・社会実験・社会実装の曖昧さから技術 者倫理による自律が困難なケースも。 組織・風土・文化に着目する 技術者倫理へ • 個人の行為や動機に着目する倫理ではなく、 倫理綱領を活用して、組織を啓発し、倫理的 な組織風土・文化の形成へ • 学会が個人や組織の活動を支えるための継 続的支援と事例ベースの支援が必要ではな いか?→IEEEの活動から見ると、啓発活動+ 裁判への意見表明程度 • さらに、倫理的活動(行為・活動・プロダクトな ど)への表彰制度と制裁の導入も? 電子情報通信学会倫理委員会 • 電子情報通信学会倫理委員会規程(平成21年4 月13日制定、平成21年7月21日改正) • (取り扱う事項) 第6条 本委員会は以下のことを 行う。…… 1. 倫理綱領等の継続的な見直し 2. 会員への技術倫理に関する教育・啓発活動 3. 学会内外からの倫理に関する問い合わせ等への 対応 4. 他学協会との連携 5. その他倫理に関する事項 まとめ • 専門家集団は相対的自律性を有するべき→安 易な「社会のための科学技術論」はマズい。 • 倫理綱領と技術者倫理が自律性の前提。 • 専門家の自律的な研究・社会実験を可能にする ため、倫理綱領と技術者倫理の意義を再度検討 すべき(倫理・法専門家の支援)。 – 専門家による影響アセスメント – 専門家の相互チェック(土屋 2014) • 倫理綱領の有効性を高めるメカニズム導入→継 続的啓発+意見表明+表彰・処罰制度 参考文献 • Jamal, Karim and Bowie, Norman E. (1995) "Theoretical considerations for a meaningful code of professional ethics," Journal of Business Ethics, 14(9), 703-714. • Johnson, Deborah G. (2008) Computer Ethics, 4th edition, Prentice Hall. • Merton, Robert K. (1968)”Science and Democratic Social Structure,” Social Theory and Social Structure, 1968 Enlarged Edition, Free Press, 604-615. • Merton, Robert K. (1961)「科学と民主的社会構造」森東吾・金沢 実・森好夫・中島竜太郎訳『社会理論と社会構造』みすず書房, 503-513. • Sadowski, Jathan(2014)"Leaning on the Ethical Crutch: A Critique of Codes of Ethics," IEEE Technology and Society, (33)4, 44-47, 72. 参考文献 • V. W. Schermer et al.,(2014) “The Crisis of Consent: How Stronger Legal Protection May Lead to Weaker Consent in Data Protection,” Ethics and Information Technology, 16(2), 171-182. • Unger, Stephen H. (1994)Controlling Technology: Ethics and Responsible Engineer, Second Edition, Wiley. • Unger, Stephen H. (2006) "The Assault on IEEE Ethics Support," Online Ethics Center for Engineering 6/22/2006 National Academy of Engineering Accessed: Wednesday, March 11, 2015 <http:www.onlineethics.org/Topics/LegalIssues/LegalEssays/wrongf ulessays/unghot.aspx> • Ziman, John (2000)Real Science: what it is, and what it means, Cambridge: Cambridge University Press= (2006)東辻千枝子 訳『科 学の真実』吉岡書店. 参考文献 • 上園忠弘(1995)「情報通信倫理綱領試案策定に向けて」『電子情報通信 学会技術研究報告. FACE, 情報通信倫理』 95(396), 1-5. • 映像センサー使用大規模実証実験検討委員会(2014)「調査報告書」 October 2014. http://www.nict.go.jp/nrh/iinkai/report.pdf最終アクセス 日:2015年2月4日 • 大谷卓史(2012)「技術者と倫理」電子情報通信学会(編) 『知識ベース』 http://www.ieice-hbkb.org/files/S1/S1gun_07hen_04.pdf 最終アクセス 日:2015年2月4日 • 大谷卓史(2012)「メディアの現代史29 ウィニー開発者判決を読む」『みす ず』(622), pp.2-3, March 2012. • 岡村久道(2007)「最近の情報セキュリティ関連裁判例について」< https://www.jpcert.or.jp/present/2007/ciip2007_02.pdf>最終アクセス日: 2015年3月12日 • 川口由起子(2012)「組織と倫理」電子情報通信学会(編) 『知識ベース』. http://www.ieice-hbkb.org/files/S1/S1gun_07hen_03.pdf 最終アクセス 日:2015年2月4日 参考文献 • 須川賢洋(2014)「3Dプリンタの法的問題序説」『情報処理 学会研究報告』2014-EIP-63(5), 1-5. • 須川賢洋(2014)「3Dプリンタの社会的問題と法政策の一 提言」『情報処理』55(7), 638-639. • 土屋俊(2011)「情報技術者の職能倫理」『土屋俊 言語・ 哲学コレクション』第5巻, 92-123(初出:越智貢・水谷雅彦・ 土屋俊(2000)『情報倫理学 電子ネットワーク社会のエチ カ』ナカニシヤ出版, 108-144). • 土屋俊(2014)「学術情報流通の倫理的側面: 出版倫理・ 研究倫理・教育倫理・図書館倫理」第16回図書館総合展 (パシフィコ横浜), 2014年11月7 日.http://www.slideshare.net/tutiya/110714-ethicsatlibraryfair最終アクセス日:2015年3月18日 参考文献 • 日野 辰哉(2008)「情報化社会における市民のプライバシー 保護-労働者の私用メールに対する監視と不法行為責任を 中心に-」『人文社会論叢(社会科学篇)』(19), pp.77-90. <http://repository.ul.hirosakiu.ac.jp/dspace/html/10129/827/AA11349190_19_77.pdf>最 終アクセス日:2015年3月12日 • 吉岡斉(1987)『科学革命の政治学』中央公論社.