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表2_巻頭言 12.12.4 2:15 PM ページ1
みずほ情報総研レポートとは
みずほ情報総研株式会社コンサルティンググループ
に所属するコンサルタントが、企業経営分野・公共
政策分野・社会科学分野・環境分野・情報通信分野
・工学分野等のトピックスを専門的見地から採り上
げ、論述したレポート集です。
※「みずほ情報総研レポート」はweb上でも閲覧することができます。
http://www.mizuho-ir.co.jp/publication/report/index.html
00_目次 12.12.6 6:33 PM ページ1
ビジネス最前線レポート
「環境ビジネス」そして「ビジネスと環境」・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・ ・ 2
プリンシパル 環境エネルギー第 2 部 瀬戸口 泰史
技術動向レポート
防災対策のための地震動評価とシミュレーション技術の応用 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・10
― 地震動予測から地震ハザード評価へ ―
MHIR認定プロフェッショナル サイエンスソリューション部 今井 隆太
ICカードに対するハードウェア評価及び認証制度に関する動向 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・17
情報通信研究部 チーフコンサルタント 飛田 孝幸
「海洋エネルギー発電」実現への道 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・22
環境エネルギー第 1 部 チーフコンサルタント 山田 博資
社会動向レポート
民間事業者の視点からみたマイナンバー法案 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・28
経営・ITコンサルティング部 シニアマネジャー 近藤 佳大
低所得高齢者向け住まいの整備について ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・36
社会政策コンサルティング部 シニアコンサルタント 宇都 隆一 コンサルタント 清水 徹
ディーセントワークの実現に向けて ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・42
― 企業の持続的成長を下支えする補助エンジンとして ―
社会政策コンサルティング部 コンサルタント 小曽根 由実
ビジネス最前線レポート
「環境ビジネス」そして「ビジネスと環境」
プリンシパル
環境エネルギー第 2 部
瀬戸口 泰史
環境を切り口とした「環境ビジネス」と本来の「ビジネスに影響を与える環境制約」に関して、
その特徴を整理した。特に後者はトリガー、ゴールなどが曖昧であることが多く、企業の環境企
画担当者には今後顕在化する課題の見極めが重要となる。
ネスと環境」について少し整理をしてみようと
はじめに
思う。
環境問題が公害問題と呼ばれていた頃は、環
境対策は工場からの排水・排気による汚染防止
2
1. 環境ビジネス
とほぼ同義であったと言って良い。かつては水
規制を代表とするように新たな制度などが導
や大気あるいは健康を最低限維持するための基
入されることを背景にした新たなビジネスとし
準を公が定め、その遵守のための対応策が企業
て環境ビジネスを考える場合、トリガーが法規
にとっての環境であった。その後オイルショッ
制であれば極めて判りやすい。公共用水域の汚
ク以降の省エネと歩調を合わせつつ低環境負荷
濁を防止するために排水浄化装置の設置が義務
型の産業に移行し、現在では間接効果をも含め
化されたことや、東欧の旧共産圏がEU加盟に
た環境への配慮が企業の社会的責任として定着
際して西側の厳しい環境基準に適合するために
するに至っている。その文脈のなかで、「環境
生じた設備更新需要などが典型例であろう。こ
ビジネス」という言葉自体、もはや目新しくも
のような、いわゆるエンド・オブ・パイプ技術の
なくなり、産業系の新聞には環境面までが用意
みでなく、より効率的にパフォーマンスを高め
されている。
るためにマネジメントシステムやコンサルテー
「環境ビジネス」を定義すれば、「環境を展開
ションといったソフトも求められ、事務負担の
フィールド、もしくはドライブ因子にしたビジ
代行などにまで至る様々なサービスも登場する。
ネス」と捉えるのが基本であろう。一方、どん
ただし、緩やかな定着を実現するために公的
な形のビジネスであれ、規制に代表されるよう
な助成措置が用意されることが多いものの、新
に、その展開に一定のバイアスをかける環境要
たに誕生する市場の規模はそのまま規制を受け
因も存在する。環境規制であれば、企業活動が
る側のコストと同値となることが重要な点であ
被る影響も比較的容易にイメージにすることが
る。この場合、大きな伸びしろがあるとすれば、
できようが、決して規制ではない因子が次から
日本で培ったノウハウ・技術の海外移転であろ
次に企業経営を襲っているのも現実である。そ
う。また、極論するならば、先端的で高度な大
こでここでは、
「環境ビジネス」、そして「ビジ
規模設備であるよりも、対象の裾野が広いサー
「 環 境 ビ ジ ネ ス 」そ し て「 ビ ジ ネ ス と 環 境 」
ビスであるほどビジネスとしての果実も多く、
ビジネスが最も活発である。これは設備自体が
また持続的であると言えよう。サービス対象の
設置も運用もシンプルであること、売電価格が
数が多いことだけではなく、普及に対してのキ
有利であることなどが作用している。証券会社
ャッシュフローがスケールダウンすることで導
やIT企業が瀬戸内海の塩田跡地に最大級のメガ
入のハードルが下がるためである。
ソーラー(100万W=1000kW級)を展開して
この7月から施行された「再生可能エネルギ
文字通り発電収入を企図するかと思えば、地方
ーの固定価格買取制度」をめぐる新規ビジネス
自治体が公有地に太陽光発電事業者を誘致した
が賑やかである。既往の電力会社にとっては買
り、中小企業の工場建屋の屋根などの設置スペ
取という新たな義務をもたらすことになるが、
ースを調達・集約し事業者に提供する「屋根貸
そこには直接のコスト負担はなく、買取費用は
し」など、その形態や狙い、またプレイヤー属
一般の電力需要家に転嫁される。したがって、
性も多彩である(図表1)
。
一部には月々の電力価格の上昇に対して異論が
このような法制度がトリガーとなる環境ビジ
提示されてはいるものの、震災以降の脱原発の
ネスは、そのトリガーやバウンダリが確認しや
流れのなかで同制度を活用した新エネルギービ
すい事象であり、起こること、せねばならない
ジネスは完全に追い風基調であることは言を待
ことを確認し、コストと対比の上で経営課題と
たない。特にスタート当初の 3 年間は事業者の
して判断することは比較的容易である。再び固
利潤に配慮した価格設定を行い利用拡大を図る
定価格買取制度を例にとれば、先行事例である
ことが基本戦略であるため、これまでエネルギ
ドイツやスペインでの行き詰まりなどをレビュ
ー供給に全く関係していなかった様々な企業が
ーすることもできる。また、太陽光発電用地取
登場している。その中でも太陽光発電をめぐる
得費の値上がりもじわじわ顕在化しているが、
図表 1 固定価格買取制度のもとで生まれている太陽光発電関連ビジネス
(資料)各種資料より筆者作成
3
コスト・ベネフィットの分岐点をきちんと認識
CO2の問題は日本中が削減に取組むベクトル
することが可能なので、推進も撤退も意思決定
であるので、まだ理解しやすい。環境マネジメ
が曖昧になることはない。
ントの国際規格ISO14000シリーズも、品質マネ
要注意なのは社会の意識変化をトリガーとす
ジメントのISO9000での出遅れの反省から認証
る場合である。「消費者は企業の環境対応を重
取得せねば調達先として劣後する流れにあった
視する時代に入った」などというケースがそれ
ため、これへの積極的な取組も比較的説明しや
に当たる。もちろん消費者は「環境に優しい」
すい方と言える。環境報告の中で様々な指標が
企業が大好きであるが、購買行動がそれに伴う
登場し、環境会計の導入を競った時期もあった
とは限らない。また、温暖化のもたらすであろ
ようだが、導入の目的は達成しているのか、そ
う疾病を提示し、その治療薬の提供能力を謳う
の意義はどこにあったのか…。
企業もあり、規制以外をトリガーとするビジネ
図表 2 は過去、そして近未来の環境をとりま
スの開発は今後も活発に続くであろう。しかし、
く国内外の動きを年表にまとめたものである。
まだまだ普遍的な競争力とはなっていないのが
法規制として明確化されたものだけでなく、環
現状である。
境対応課題の契機となるような事象を記した。
一見して理解できるのは90年以降のトピック
2. ビジネスと環境
環境とは直接関係の薄いように思えるビジネ
スを行っている企業が直面するさまざまな環境
制約とその対応について俯瞰してみよう。
4
の多さであろう。文字通り次から次へと課題ら
しきものがやってくる。
他の先進諸国に先駆け公害問題を克服したわ
が国は、確実に環境先進国である。設備機器と
アニュアルレポートとシンクロして環境レポ
いったハードのみでなく、管理技術に関しても、
ート(最近ではバウンダリを拡大してCSRレポ
さらには行政制度においてもである。しかし、
ート、サステナビリティレポート)を毎年発行
2000年あたりからグローバルなトレンドとの対
することは、大企業においてはもはや当たり前
比で捉えることの重要性が急浮上している。そ
となった。それでは環境レポートの発行は義務
のようななかで、企業の低炭素取組の大きな流
化されているのだろうか? ご存じのとおり、
(1)
れであるCDP(Carbon Disclosure Project)
今の日本では答えは「否」である。
が登場した。個々の企業が自社のサービス、製
企業の担当者が頭を悩ませるのは「曖昧」な
品に対してLCA分析(2)を行いその結果を開示
制約因子である。今年が最終年となる京都議定
することが一般的となっているわが国の先進企
書の第一約束期間であるが日本は CO 2 等温暖
業にとって、当初CDPのチェック項目は「今さ
化効果ガス削減目標として90年比−6%を世界
ら何を問うているのか」、「問題の本質ではなか
に約しているものの、個々の企業には法的な削
ろう」などと、かなり稚拙に映ったと言って良
減義務はない。しかし、世間ではCO2 削減が正
い。率直に言って当初の対応もそれなりのもの
義となっている。規制値があるわけではなく、
であった。しかし、蓋を開けてみると欧米企業
どこまで力を入れれば良いのだろうか。削減を
が積極的に対応しており、韓国や台湾、インド
すすめたとしても直接的に株価が急上昇するわ
などもその機運が高い。企業が孕む環境リスク
けでもない。排出権を買う必要があるのだろう
の大きさを把握するという流れのなかでの指標
か…。
であるため、遠くない将来、海外の投資家が、
「 環 境 ビ ジ ネ ス 」そ し て「 ビ ジ ネ ス と 環 境 」
図表 2 「環境」を取巻く国内外の動き
(資料)各種資料より筆者作成
企業の真の環境対応力を個々に評価せず、
CDPの結果のみから企業の序列化を行うこと
に警戒する必要があろう。
3. 今後・黒船リスト
昨年の東日本大震災の後、わが国ではCO2対
CDPに関してはわが国企業もスタンスを改
策の優先順位が大きく後退している。原発に頼
め欧米企業を急追、本気で対応した先進企業は
れない今、適切なエネルギー源の確保が最優先
肩を並べる以上のポジション獲得には漕ぎ着け
であるため、それは仕方なかろう。しかし、来
たようだが、企業は図表 2 のような多様な動き
年以降わが国が京都議定書と距離を置いたにし
の中から本質的に重要な制約の芽を見出し、出
ても、世界では継続的にCO2問題は深化されて
遅れることなく、また過剰反応することなく自
いく。また日本も京都後の新たな枠組みでは、
社への課題に対応していくことの重要性が理解
再度その流れに合流することが前提である。し
できる。
たがって、今後もCO2問題を忘れることはでき
翻って、現在の環境先進企業の取組を見てみ
ず、現実論としてはエネルギー制約、すなわち
よう。「△△ブーム」と言った画一的な動きに
省エネに率直に取組んでいけばCO2 削減との大
走ることなく、それぞれの事業スタイルに沿っ
きな乖離は生じないと言える。
て、テーマ、あるいは訴求シナリオを洗練させ
ユーロ危機下でも環境への取組の勢いを失っ
ていることが判る(図表3)
。ここからわかる大
ていないアグレッシブなEUや、インデックス
きなトレンドは①グローバル化と②上下流をあ
化を生業にしている団体などもあり、環境制約
わせたサプライチェーン連結 と言えよう。
は次々に登場する。その制約の芽も含めて、我々
は新たな動きについて定点観測を行い、「黒船
5
図表3 環境への取組の動向
(資料)各種資料より筆者作成
リスト」と称してとりまとめるとともに(厳密
にもなるため、行政が「ガイドライン」策定化
には「黒船候補リスト」である)、その影響力
に動くことが多い。策定後も継続的に進展が見
や求められ得る対応について分析を行ってい
られる場合には、改定というローリングもなさ
る。図表4にその一部をお示しする。
れる。自社自らリーディングを狙うのでなけれ
企業の環境企画担当者の立場にしてみれば、
これらの中から対応すべきもの、いずれ対応を
とつの方法である(長期間改定がなされていな
迫られそうなものなどを抽出し、必要最低限の
ければ、完全に消化・定着したか、廃れたかの
準備を行うことが求められる。「環境ビジネス」
いずれかである)。あえて留意点を挙げるとす
を推進するのであれば直接のベネフィットを天
れば、声の大きい先導的企業や、一般企業と立
秤にかけるのであるから思い切ったアプローチ
ち位置を異にした研究者をメンバーとした議論
をしかけられようが、
「ビジネスへの環境制約」
になるため、やや理想化しすぎたアウトプット
というスタンスにいる限り、対応リソースも限定
になる側面も否定できない点である。また、そ
的なはずである。黒船リストをしっかり分析す
こに至るまでの議論・経緯を確認せずに表面的
ることが基本である。分析の一例として、ここ
にガイドラインをなぞることに甘んじると、結
で省エネ的アプローチをご紹介しよう。
果的に隘路にはまってしまう。したがって担当
まず、行政のアクションを上手に活用するこ
とであろう。過去の環境報告書、環境会計の発
6
ば、このような動きを上手に活用することがひ
者には、やはり本質的な流れを見失わない努力
は必要である。
展期にあったように、個社それぞれが自身の取
また、行政はScope3(3)やEUの環境フットプ
組方針を追求していくと標準的アプローチが定
リントといった海外の動きに対しても、国内産
まらず、後に続く企業への拡大を阻害すること
業が不利にならぬようオールジャパンチームを
「 環 境 ビ ジ ネ ス 」そ し て「 ビ ジ ネ ス と 環 境 」
図表 4 環境黒船リスト(抜粋)
キーワード
分 類
概 要
CDPウォーター・ディスクロージャー
情報開示
GHG排出による気候変動を対象とした従来のCDP投資家調査に関する水リスク版。現在は企業の開示情
報を掲載しその傾向分析を行う段階に留まっているが、2012年から、企業格付け導入の検討を開始しており、
早ければ2014年から実施の可能性。企業格付けが実現すれば、企業の水リスク対応評価のスタンダードとな
ることが予想される。
情報開示
2010年9月に、
プラスチック廃棄物の環境影響を削減するための取組として、Clinton Global Initiative(CGI)
によって設立された。具体的な活動については未実施の状況。
海洋の漂流ごみの問題がUNEPのレポートで取上げられ、PDPの必要性について注目された。
情報開示
世界経済フォーラム(ダボス会議)、CDP、4大会計ネットワークなどから構成されるCDSB(気候情報開示基
準委員会)が作成した企業の気候変動に関する情報開示のフレームワーク。現在は2010年に発行されたバー
ジョン1が存在。
IFRS(国際財務報告基準)
と相補的なフレームワークとして開発されているため、IFRS導入後にスタンダード
化する可能性がある。
情報開示
GRI(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)等が主体となるIIRC(国際統合報告委員会)が作成を目指
す企業の戦略・ガバナンス・財務パフォーマンスと、社会・環境・経済的基盤との関連性を示す統合報告のフレ
ームワーク。
GRIガイドラインが世界の環境報告書の構成・内容に与えた影響を考えると、今後の環境分野のレポートの
枠組みを決める可能性もある。
2012年7月にアウトラインドラフトが公開。最終ドラフトは2013年前半になる模様。
見える化
EUの資源効率ロードマップ実現のための指標として欧州委員会(EC)が開発を進める製品及び組織の環
境指標。
ライフサイクル全体を算定範囲としGHGを含めた14の環境影響分類へのインパクトを定量化する考え方を
取る。製品間、組織間での比較が検討されている。
2012年8月に指標の方法論の最終ドラフトを公開。2012年末までに内容が確定される予定。
見える化
製品の原材料調達から、生産、廃棄、
リサイクルまでのライフサイクル全体の水使用量を算出し、水資源への
負荷を定量化する手法。
算定手法は複数の主体が開発しており、2014年のISO 14046発行(予定)後は、方法論が統一される可能
性も。
特に農産品などを扱う食品メーカーを中心に製品のWFを実施する企業が出現している。
法規制
有害な化学物質による人の健康又は環境への影響の不当なリスクを防止することを目的とした米国の法
律。制定自体は1976年と古い。
米国内で製造、
もしくは国内に輸入される化学物質を全て「TSCAインベントリー」と呼ばれるリストで管理し
ており、現在8万4000物質以上が収載。TSCAインベントリーに収載されていない新規の化学物質を製造、輸
入する場合は米国環境保護庁(EPA)に対して届出を行う必要がある。
今後もナノマテリアルを含めて対象物質を拡大するとともに、既存化学物質に関するリスク評価も行う予定。
…
…
プラスチック・ディスクロージャー
プロジェクト
(PDP)
気候情報開示フレームワーク
(CCRF)
国際統合報告フレームワーク
EC環境フットプリント
ウォーターフットプリント
(WF)
米国:有害物質規制法
TSCA
(Toxic Substance Control Act)
…
(資料)各種資料より筆者作成
組織化し、海外に協力あるいは牽制といったタ
いうことも意識しておく必要があろう。例えば
スクに相応のリソースを割いている。このよう
先に記したCDPについて、世界の名だたる企
な行政の動きを的確に理解することが重要であ
業が何故あのように積極的に対応するのか、筆
る。月並みなようであるが、これに勝る合理的
者は未だに得心していない。単に、それが流れ
な安全策は少ない。
であるから、という理解である。
多くの黒船候補がいても、実際に直接の課題
として開国を強要してくるものは必ずしも多く
注
(1)
大手機関投資家らによって設立されたGHG
なく、むしろ慌てずスルーする冷静な胆力が求
(Greenhouse Gas ; 温室効果ガス)情報の開示に関
められるのかもしれない。さらに付け加えれば、
する国際的なプロジェクト(2000年に設立、本部
あまり理詰めに分析しても正解には至らないと
はロンドン)
。
7
企業等にGHG情報の開示を要求し、投資家の視点
からその評価・格付けを行う「投資家CDP」が有
名で世界的なプログラムとしても機能している。
(2)
Life Cycle Assessmentの略。一般には製品やサー
ビスのCO 2 排出を把握する際の手法で、製造時の
みでなく、資源採掘、使用段階、さらには廃棄に
いたる製品のライフサイクルを通じての総環境負
荷を評価する方法。
例えば、バッテリーなど余分に装備することから
製造時にはどうしてもCO 2 排出量が大きくなるハ
イブリッドカーは、走行段階での排出が少ないこ
とが大きな長所でありLCAによる評価を行わない
と製品性能を表現できない。
(3)
企業の温室効果ガス排出算定を行う際のバウンダ
リの考え方。例えば、製造時の直接燃料消費等に
よるCO 2 直接排出を対象とする最も狭義なものが
Scope1。購入消費している電力が発電所で排出し
ているCO 2 などの間接的な排出をも含めよう、と
いうものがScope2。また、企業のバリューチェー
ン全体を通じた(すなわち材料の納入者、製品の
購入者サイドまでを含む)排出量を評価しようと
いうのがScope3。
CDPでの採点評価においては、各社がスコープ3の
アプローチをとって評価を行っているか否かがポ
イントとなる。
参考文献
「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達
に関する特別措置法」
(2011年)
8
「 環 境 ビ ジ ネ ス 」そ し て「 ビ ジ ネ ス と 環 境 」
9
技術動向レポート
防災対策のための地震動評価とシミュレーション技術の応用
― 地震動予測から地震ハザード評価へ ―
MHIR認定プロフェッショナル
サイエンスソリューション部
今井 隆太
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は、防災対策のあり方に対する反省を各
方面に促している。とくに耐震基準の見直しの議論が活発になってきており、サイト固有の条件
を反映した地震動評価とそれに基づく耐震解析の重要性がますます顕著になってきている。本稿
では、地震調査研究推進本部による「全国地震動予測地図」に基づいて地震動評価の現状を概観
し、地震動予測のバラツキを考慮した防災対策を検討するための地震ハザード評価のあり方につ
いて考える。
施するための地震ハザード評価(4)について説
はじめに
明する。また、地震動評価に関する当社のシミ
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖
(1)
地震は、マグニチュード9.0(Mw9.0
(2)
うわが国観測史上最大の超巨大地震
)とい
であり、
ュレーション応用例を紹介して、シミュレーシ
ョン技術の地震ハザード評価に対する貢献の可
能性を述べる。
深刻な被害をもたらした想定外の地震動をめぐ
って、防災対策のあり方を反省する声が強まっ
ている。これまでの耐震設計では、設計用入力
地震動として基本的に全国一律に過去の地震記
(1)全国地震動予測地図
文部科学省傘下の地震調査研究推進本部(以
録やスペクトルモデルを使用することが多く、
下、地震本部)は、平成17年以来、「全国を概
震源断層・伝播経路・地盤特性というサイト固
観した地震動予測地図」を公表しており、平成
有の条件がほとんど考慮されてこなかった。気
(5)
21年からは「全国地震動予測地図」
として、
象庁の分析によれば、今回の東北地方太平洋沖
地震は3つの地震が連動して発生した連動型地
震であると考えられており、従来の想定の範囲
「震源断層を特定した地震動予測地図」と「確
率論的地震動予測地図」を公表している。
また、防災科学技術研究所(以下、防災科研)
外であった。今後は、想定の範囲を拡大する努
では、「全国地震動予測地図」をWeb上で閲覧
力が一層求められることになり、地震動予測の
することができるシステム「地震ハザードステ
重要性が増すと思われる。
ーションJ-SHIS」を開発、運用しており、地
本 稿では、 地震調査研究推進本部の「震源
震動予測地図を作成するために用いられた断層
断層を特定した地震の強震動予測手法 (レシ
モデル、地盤データなどをダウンロードするこ
(3)
ピ) 」を引用して地震動評価の現状を概観し、
地震動予測のバラツキを考慮した防災対策を実
10
1. 地震動評価の現状
とも可能となっている(図表1)
。
これらの研究機関が提示する地震動評価は、
防 災 対 策 の た め の 地 震 動 評 価 と シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 技 術 の 応 用 ― 地震動予測から地震ハザード評価へ ―
図表 1 地震ハザードステーションのWeb画面(6)
a. 特性化震源モデルの設定
b. 地下構造モデルの作成
c. 強震動計算
d. 予測結果の検証
① 特性化震源モデルの与え方
特性化震源モデルの設定では、巨視的震源特
性、微視的震源特性、その他の特性という3つ
の震源特性パラメータを設定する。巨視的震源
パラメータでは、震源断層の位置・走向・傾斜
(資料)http://www.j-shis.bosai.go.jp/
角・大きさ・地震規模(地震モーメント・平均
滑り量など)を設定する。微視的震源パラメー
あくまでも代表的な地震シナリオに基づく評価
タでは、アスペリティ(7)の位置・個数・アス
であり、特定のサイトの立地条件や特定の地震
ペリティ面積・アスペリティと背景領域の平均
シナリオを考慮した地震動評価は個別の事業者
滑り量と応力降下量・滑り速度時間関数などを
が行うことが前提とされている。地震ハザード
設定する。その他の震源パラメータでは、破壊
ステーションJ-SHISの提供するデータを利活
開始点・破壊伝播速度などを設定する。
用することによって、個別の事業者がサイト固
有の条件を考慮した地震動評価を行うための環
② 地下構造モデルの与え方
境が整いつつあると言えるが、地震動予測を行
地下構造モデルでは、地震基盤以深の広域地
うために必要となるパラメータの設定やパラメ
殻構造、地震基盤上面から工学的基盤までの
ータの不確定性に起因する予測結果のバラツキ
深部地盤、工学的基盤から地表までの表層地
の評価など、そのハードルは必ずしも低くはな
盤という3 つの構造に分けてモデル化を行う
い。次節以降では、地震動予測の考え方の概要
(図表2)。
を説明する。
図表 2 地下構造と地震波伝播の概要
(2)地震動予測の概要
「震源断層を特定した地震の強震動予測手法
地表
表面波
(レシピ)」(以下、レシピ)は、強震動予測手
表面波
法の構成要素である震源特性、地下構造モデ
S波速度300∼700m/S
程度の地盤の上面
ル、強震動計算、予測結果の検証についての考
え方を取りまとめたものであり、震源断層を特
定した地 震を想定した場合の強震動を高精度
に予測するための「誰がやっても同じ答えが得
られる標準的な方法論」を確立することを目指
浅い地盤構造
工学的地盤
実体波
深い地盤構造
震源断層
地震基盤以深
の地殻構造
地震基盤
S波速度3km/S程度の
地盤の上面
(資料)震源断層を特定した地震の強震動予測手法(レシ
ピ)の付録3-18
している。レシピは次の4つの手順から構成さ
れる。
地震基盤とは、地殻最上部のS波速度が
11
3km/s程度の硬い岩盤であり、工学的基盤とは
図表 3 理論的方法による強震動計算
S波速度が400m/s程度の地層である。深部地盤
は主に地震波の長周期成分の増幅に影響を与え
るとされており、表層地盤は主に短周期成分の
増幅に影響を与えるとされている。それぞれの
地下構造に対して、P波速度・S波速度・密度・
Q値(8)および境界面形状を与える。これらのパ
ラ メ ー タ は 、地 震 ハ ザ ー ド ス テ ー シ ョ ン J SHISから、表層地盤と深部地盤のデータをダ
ウンロードして利用することができる。また、
地殻構造を含む全国1次地下構造モデルは地震
本部による「長周期地震動予測地図」2012年
試作版(9)のWebページからダウンロードする
(注)太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界に震
源断層を想定した場合の計算例。速度分布のスナッ
プショット。
(資料)
GMSを用いてみずほ情報総研が計算実施
ことができる。
ハイブリッド合成法は、短周期成分を半経験
③ 強震動計算
的方法で評価し、長周期成分を理論的方法で評
ここでは、工学的基盤面上面までの強震動の
価し、それらを適切に接続する方法である。
計算方法について概観する。工学的基盤面まで
の強震動の計算方法は、経験的方法・半経験的
方法・理論的方法・ハイブリッド合成法という
12
2. 地震ハザード評価
前章では、震源断層を特定した強震動予測手
4つの方法に大きく分類される。経験的方法は、
法について説明することで、サイト固有の条件
過去の地震記録に基づいて、最大加速度や加速
を反映したシナリオ地震に対する地震動評価の
度応答スペクトルなどの値をマグニチュードと
現状を概観した。断層破壊のメカニズムや地下
震源距離の関数(距離減衰式)で算出する簡便
構造の詳細な把握、地震波動伝播モデルの精緻
法である。半経験的方法は、既存の小地震の波
化などの地震学や地質学のたゆまざる努力の結
形や統計的地震波をグリーン関数として想定断
果、シナリオ地震に対する地震動予測の精度は
層面で足し合わせる方法である。理論的方法は、
確実に向上している。一方で、震源パラメータ
弾性波動論により計算する方法であり、時刻歴
の多くは現時点の地震学や地質学の知見をもっ
波形を予測することができ、破壊過程の影響や
てしても不確定性を逃れられない。そもそも、
アスペリティの影響を考慮することができる
地震がいつ、どこで、どのくらいの規模で発生
(図表3)。理論的方法としては、3次元差分法
するかという問題について決定論的に議論する
(例えば、Aoi and Fujiwara. 1999など)や3次
ことは不可能であろう。従来から工学分野では、
元有限要素法が用いられている。防災科研では、
このような不確定性のもとでの意思決定の問題
(10)
3次元差分法による強震動シミュレータGMS
に直面しており、多くの方法論が開発されてい
を公開している。また、防災科研からの委託に
る。本章では、このような方法論の代表として、
より当社が開発した3次元有限要素法による強
確率論的地震動予測地図の概要と地震ハザード
震動予測シミュレータVFEMもある。
評価の現状を説明する。
防 災 対 策 の た め の 地 震 動 評 価 と シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 技 術 の 応 用 ― 地震動予測から地震ハザード評価へ ―
(1)確率論的地震動予測地図
とが可能となる。このような確率論的地震ハザー
地震本部では、主要活断層帯(11)や海溝型地
(12)
震
の過去の地震発生の調査研究に基づいて、
将来発生する可能性のある地震の規模や確率を
(13)
評価して公表しており、
「長期評価
」と呼ばれ
ド評価とシナリオ型地震動予測(震源断層を特
定した地震動予測)の融合は、防災対策の策定に
真に資する取組として重要な課題であり、その
実現に向けた努力は今なお続けられている。
ている。確率論的地震動予測地図では、この長
期評価を利用して、地震動の強さとその超過確
3. シミュレーション技術の応用
率(14)の関係を表現している。例えば、震度など
不確定性のもとでの意思決定の問題に対応す
の地震動強さを指定したとき、ある期間にその
るために、個別の地震シナリオに基づく地震動
強さを超える地震動が発生する確率の空間分布
予測だけでなく、地震動予測のバラツキを考慮
をコンター図として表現している。このような地
した地震ハザード評価の重要性が顕著になって
震動強さとその超過確率の関係を評価すること
きている。実際、震源パラメータの不確定性に
を地震ハザード評価といい、各地点毎に実施し
起因する地震動予測のバラツキを把握しようと
た地震ハザード評価の結果を地図情報としてま
いう取組が行われつつある。例えば、山田ら
とめたものが確率論的地震動予測地図である。
(2007)は、シナリオ型地震動評価における震源
パラメータの設定でアレアトリー不確定性(15)に
(2)地震ハザード評価の現状
地震ハザード評価の手順の概要は次のとおり
である。
起因する地震動予測のバラツキを評価する方法
を検討している。具体的には、不確定な震源パ
ラメータとしてアスペリティ強度と破壊伝播速
a. 対象地点周辺の地震活動をモデル化する
度を選定してランダムサンプリングを行い、膨
b. 地震規模の確率、震源距離の確率、地震
大なサンプリング毎に強震動予測を実施して、
の発生確率を評価する
c. 地震の規模と震源距離から地震動強さを
推定する確率モデルを設定する
d. 上記のa.∼c.の操作をモデル化した地震の
数だけ繰り返す
e. その都度、結果を足し合わせることによっ
その結果のバラツキを検討している。このよう
に、地震動予測のシミュレーション手法の開発
が進み、計算機の演算能力が格段に向上してい
る現在、震源パラメータに関する膨大なパラメ
ータスタディをシミュレーション技術で高速に
実現できる状況になってきている。当社でも、
て地震動強さとその超過確率の関係(ハ
震源パラメータの不確定性による地震動予測の
ザード曲線)を算出する
バラツキを評価する方法論を検討している。本
確率論的地震動予測地図の作成で適用される
章では、当社で実施したプレート境界地震を想
地震ハザード評価では、詳細法による強震動予
定した強震動予測のパラメータスタディの一部
測(1章で説明した半経験的方法や理論的方法、
を紹介する。プレート境界地震として、相模ト
ハイブリッド法)は用いられておらず、専ら簡便
ラフ沿いの太平洋プレートとフィリピン海プレ
法が用いられている。しかし、考え得る全てのシ
ートの境界に震源断層を想定した。本件では、
ナリオ地震に対して発生確率を割り当て、それ
想定する震源断層の位置の不確定性を考慮する
らに対する強震動計算を詳細法で行うことによ
ために、図表4のように12通りの位置に震源断
って、よりきめ細かい地震ハザード評価を行うこ
層を想定した。
13
図表 4 想定した震源断層の配置と地下構造
140m×140m×140mとし、深さ70kmまでの
第2領域の格子間隔は420m×420m×420mと
した(総格子数は約8億)。震源断層の位置を
12通りに変えて、それぞれのケースの強震動
計算を行った(図表6)
。
図表 6 観測地点の速度波形(東西方向)
(注)色分けは、地下構造の分布を示す。
(資料)GMSを用いてみずほ情報総研が計算実施
それぞれの震源断層は太平洋プレートの上面
に配置し、断層面の形状は、地表面へ射影すれ
ば50km×50kmの矩形領域となるように設定
(注)フィルター処理前の速度波形。
(資料)
GMSを用いてみずほ情報総研が計算実施
した(図表5)
。震源パラメータはレシピに基づ
図表 5 震源断層と太平洋プレートの位置関係
得られた速度波形に対して、各観測地点毎に
速度応答スペクトルを算出した。なお、速度応
答スペクトルを算出する際に用いた速度波形
は、GMSの計算結果に対して遮断周波数を0.5
[Hz]としたローパスフィルタ(16)を施してい
る。図表7に、ある観測地点における速度応答
スペクトルのバラツキの様子を示す。
図表 7 ある観測地点における
速度応答スペクトルのバラツキ
(資料)GMSを用いてみずほ情報総研が計算実施
いて設定した。地下構造モデルは、地震本部の
「長周期地震動予測地図」2012年試作版で公開
されている全国1次地下構造モデルを一部修正
して使用した。強震動予測はGMSを使用して
実施した。GMS用メッシュは、不連続格子
(資料)GMSを用いた計算結果に基づき、みずほ情報総
研が作成
(Aoi and Fujiwara, 1999)を採用した。つま
り、深さ8kmまでの第1領域の格子間隔は
14
図表7から、震源パラメータの不確定性とし
防 災 対 策 の た め の 地 震 動 評 価 と シ ミ ュ レ ー シ ョ ン 技 術 の 応 用 ― 地震動予測から地震ハザード評価へ ―
て震源断層の位置の不確定性を考慮した場合
は、現在も地震動評価に関する業務に取組んで
に、地震動予測の結果として得られる速度応答
おり、シミュレーションの技術開発の立場から
スペクトルに大きなバラツキが生じていること
防災対策の策定に貢献することを目指している。
が確認される。この速度応答スペクトルのバラ
ツキを用いて、各周波数毎にハザード曲線を算
4. おわりに
地震動予測の現状を概観した後、不確定性の
出したり、ハザード曲線の集合としてのハザー
(17)
を算出
もとでの意思決定の方法論のひとつとして地震
したりすることが可能である。また、設計用入
ハザード評価の重要性がいよいよ顕著になって
力地震動として、一様ハザードスペクトルに適
きていることを説明した。また、震源パラメー
合するような速度波形を合成することも可能で
タの不確定性による地震動予測のバラツキを評
ある。しかし、一様ハザードスペクトルは、そ
価することで地震ハザード評価を精緻化する取
の定義から、各震源パラメータに対応した個別
組が始まっていることを説明した。このような
の地震動の特性を識別することが難しいとも言
バラツキ評価では膨大なケースのパラメータス
われる。そこで、速度応答スペクトルのバラツ
タディを実施する必要があり、シミュレーショ
キから、それぞれの震源パラメータが地震動エ
ン技術を駆使することでバラツキ評価の一層の
ネルギーの期待値に及ぼす影響の度合いを抽出
精緻化に貢献できる可能性が高まっている。
ド曲面から一様ハザードスペクトル
今後の防災対策の策定に資する地震動計算を
することを目的として固有直交分解の適用を試
みた(図表8)
。
実現するためには、(1)東北地方太平洋沖地震
図表 8 固有直交分解により抽出された重み付け
のような超巨大地震による地震動計算、(2)内
陸活断層の極近傍での地震動計算が重要な問題
として残っており、防災科研をはじめとした研
究機関では、これらの研究が現在進行形で進め
られている。これらの研究が進展し、地震動計
算の結果がハザード評価、さらに防災対策へつ
ながっていくことを期待している。
謝辞
(資料)GMSを用いた計算結果に基づき、みずほ情報総
研が作成
本稿を執筆するにあたり、独立行政法人防災
科学技術研究所 社会防災システム研究領域長
観測地点毎にこのような特徴抽出を行うこと
で、バラツキの類型化と観測地点の分類などの
藤原広行博士から貴重なご助言を頂いた。ここ
に感謝の意を表します。
議論につながることが期待される。
また、2章で述べたように、考え得る全ての
注
(1)
シナリオ地震に発生確率を割り当て、それらに
モーメントマグニチュード。地震の大きさを示す
尺度であるマグニチュードには複数の定義がある。
対する強震動計算を詳細法で実施してきめ細か
Mwは断層運動による地震モーメントから算出され
いハザード評価を行うという方法論は、シミュ
る尺度であり、モーメントマグニチュードという。
レーション技術の格好の応用問題である。当社
気象庁マグニチュードMjでは8.4とされる。
(2)
一般的にマグニチュード(M)8以上のものを巨大
15
地震、M9以上のものを超巨大地震と呼ぶことが多
2
“ Statistical Analysis of Ground Motions
い。大地震は、M7以上のものと定義されている。
(3)
(4)
震源断層を特定した地震の強震動予測手法(レシピ)
Estimated on Basis of a Recipe for Strong-motion
http :// www.jishin.go.jp/main/p_hokokukaigi01B.ht
Prediction : Approach to Quantitative Evaluation
m
of Average and Standard Deviation of Ground
地震ハザード評価とは、ある地点において将来発
Motion Distribution”, Pure Appl. Geophys. 168,
pp.141-153
生する「地震動の強さ」、
「対象とする期間」、
「対象
とする確率」の3つの関係を評価するものである。
(5)
3
地震調査研究推進本部のWebページからダウンロ
ード可能。
(7)
究所研究発表講演会(2010)
5
震源断層の中で特に強い地震波を発生する領域。
(8)
災科学技術研究所研究資料,第258号(2004)
6
Quality factorのこと。地震波のエネルギーの減衰
No.12(2010)
7
(9)
「長周期地震動予測地図」2012年試作版
9
(2009)
8
地震調査研究推進本部:全国地震動予測地図,地
9
地震調査研究推進本部:全国を概観した地震動予
(10)
Ground Motion Simulatorのこと。防災科研によっ
てパッケージ化された地震波伝播のシミュレーシ
ョンを行うためのツール群の名称。GMSのWebペ
ージよりダウンロード可能。
10
http://www.gms.bosai.go.jp/GMS/
(11)
測地図,地震調査研究推進本部(2005)
10 Aoi, S. & Fujiwara, H.(1999)
“3-D finite difference method using discontinuous grid”, Bulletin
of the Seismological Society of America, Vol.89,
将来も活動する可能性があると推定される断層。
pp.918-930
プレート間および沈み込むプレート内で発生する
地震。
(13)
地震発生可能性の長期評価。地震本部のWebペー
ジにて公開。
http://www.jishin.go.jp/main/p_hyoka02.htm
(14)
指定した地震動強さを超える地震が発生する確率。
(15)
偶発的なバラツキ。
(16)
フィルタ処理にはSMDA2を使用した。SMDA2は、
強震観測網(K-NET, KiK-net)で公開している強
震記録の表示・解析のためのGUIツールである。
(17)
周波数毎にハザード曲線を作成し、全てのハザード
曲線に対して同一の超過確率となるような地震動
強さを対応させると、その超過確率における周波
数─地震動強さの関係(スペクトル)が定義できる。
参考文献
山田雅行、先名重樹、藤原広行:強震動予測レシ
ピに基づく予測結果のバラツキ評価の検討∼震源
パラメータのばらつきについて∼,日本地震工学
会論文集,第7巻,第1号(2007)
16
震調査研究推進本部(2009)
活断層。第四紀または第四紀後期に繰り返し活動し、
(12)
1
社団法人日本建築学会:最新の地盤震動研究を活
かした強震波形の作成法,社団法人日本建築学会
http://www.jishin.go.jp/main/chousa/12_choshuki/
index.htm
野津厚:レベル2地震動の評価はなぜシナリオ型地
震動評価に基づくべきか,日本地震工学会誌,
を表す指標であり、この値が大きいほどエネルギ
ーの減衰が少ない。
防災科学技術研究所:地震動予測地図の工学利用
─地震ハザードの共通情報基盤を目指して─,防
滑り量や応力降下量が大きい領域に対応すると考
えられている。
平井俊之、澤田純男:地震動予測結果の妥当性評
価への地震動エネルギーの適用,京都大学防災研
防災科学技術研究所のWebページからもリンクさ
れている。http://www.j-shis.bosai.go.jp/
平井俊之、澤田純男:地震動エネルギーの距離減
衰等の特性,土木学会地震工学論文集(2010)
4
http://www.jishin.go.jp/main/p_hokokukaigi01B.htm
(6)
M.Yamada, S.Senna and H.Fujiwara(2011),
ICカードに対するハードウェア評価及び認証制度に関する動向
技術動向レポート
ICカードに対するハードウェア評価及び認証制度に関する動向
― □□□□□□□□□□□□□□ ―
情報通信研究部
チーフコンサルタント
飛田 孝幸
日常生活で広く利用されているクレジットカードなどのICカードは、高いセキュリティを確
保する機能が要求される。本稿ではその機能を保証する評価・認証制度を日本国内に確立するた
めに、日本が行ってきた様々な取組について解説する。
れらの日本における取組の意義と効果について
はじめに
解説し、今後に向けた課題を考察する。
個人の識別認証を要する行為や商取引を目的
としたキャッシュカード、クレジットカード、
IC乗車券、社員証など、日常生活の中でICカ
1. 欧州のICカードに関する制度
ICカードのセキュリティ認証実績が豊富な
ードが身近に利用されるようになって久しい。
欧州では、盗まれたICカードから物理的な操作
これらの用途ではセキュリティを確保するニー
によってデータを抜き取るといったハードウェ
ズが高いため、ICカードには暗号鍵などの秘
ア攻撃にも着目し、各国のセキュリティ評価・
密情報とその鍵を利用して外部との通信を安全
認証制度の整合を図る運用体制を形成してい
に行う仕組みが搭載されている。さらにその鍵
る。欧州のICカード工業会であるEurosmart
や仕組みを様々な攻撃から保護する機能をIC
により設立されたICカードに関する技術グル
カード内部に構成している。これらの保護機能
ープの後身として、2002年に設立されたISCI
が正しく実装されていること、すなわちICカ
(International Smartcard Certification
ード自体のセキュリティ対策が適切に施されて
Initiative)には、欧州のCC評価・認証制度に
いるかどうかについて、第三者が評価・認証す
係る認証機関、評価機関、ICチップベンダ、
る複数の認証制度が、欧州では既に確立されて
ICカードベンダ、及びそのユーザが参加する
いる。日本においても、国際標準であるコモン
複数のワーキンググループや、その傘下のサブ
クライテリア(CC)による評価・認証制度の
ワーキンググループがあり、ICカードなどへ
枠組みの中で、IC(集積回路)を含むハードウ
の攻撃シナリオの調査・分析が積極的に行われ
ェア・セキュリティに関する評価・認証体制が
ている。これらのワーキンググループで議論さ
構築され、立ち上がりつつあるところである。
れたICカードに関する具体的な評価方法が、
経済産業省主導で進められた「平成21年度企
ISCI加盟各国のCC評価・認証制度で適用され
業・個人の情報セキュリティ対策促進事業高度
ている。
大規模半導体集積回路セキュリティ評価技術開
ISCIのサブワーキンググループであるJHAS
発」はその中心的な施策である。本稿では、こ
(JIL Hardware-related Attacks Sub Working
17
Group)には、独、仏、蘭、英、西、伊の6カ
国が参加しており、ICカードなどに対する最
2. 日本における国内ハードウェア評価の
幕開け
新の攻撃手法を分析・評価し、ICカードのセ
日本では、ソフトウェア分野においては、既
キュリティ評価の過程で実施される試験に必要
にCCに基づく評価・認証制度が機能しており、
な情報(脆弱性情報や攻撃手法毎の許容基準値
多くのCC認証製品を国内外の市場に送り出し
など)の共有・標準化、及び加盟各国の相互認
ている。例えば、多機能プリンタは日本に多く
証に関する合意形成が行われている。また、こ
のベンダが存在し、海外の政府関連機関や民間
れらの情報を入力源としICカードのCCをベー
企業にも数多くの製品を納入している。これら
スとした評価手法に関するドキュメントは、
のベンダは納入先の調達要件に対応するため
JHASの上位ワーキンググループであるJIWG
に、日本国内の評価機関に評価を依頼し、日本
(Joint Interpretation library Working Group)
のCC評価・認証制度で認証を受けている。こ
により維持されている。CC評価・認証制度で
のように海外展開を図るベンダにとって、CC
は、PP(Protection Profile:調達者が調達物
評価・認証制度は、かかるコストに見合った効
件のセキュリティ要件を特定する文書)に適合
果が得られる制度として認識されている。
する製品として評価が実施されることが推奨さ
ICカードなどの製品分野においても、ルネ
れている。ICカードのハードウェア・セキュリ
サスエレクトロニクス、東芝など国内に有力な
ティ評価においては、ドイツの認証機関である
ベンダが存在し、CC認証取得を調達要件とす
BSIで認証されたPP「BSI-PP-0035」が実質的
る国内外の機関やユーザ企業に各社製品が導入
な標準として位置づけられており、現在欧州で
されている。またICカードのセキュリティに
流通するほとんどのICカードがこのPPに適合
対する日本国内の意識も高まっている。最近で
する認証を取得している。なお、クレジット系金
はB-CASカードに対するバックドア(1)脆弱性
融ブランド各社で構成されるEMV(Europay、
が発見され話題となった。しかしIC分野のハ
MasterCard、VISAにより発足した団体)では、
ードウェア・セキュリティの評価・認証を行え
EMVが認定したラボで脆弱性試験を行うこと
る評価機関・認証機関が今まで日本国内に存在
を指定した金融I C カードの独自認証制度を
しなかったため、ICチップベンダやICカード
2003年より運営している。この金融ICカード
ベンダは納品先の調達要件に対応して、欧州の
の脆弱性試験においても、CC評価機関が実施
評価機関・認証機関に依頼せざるを得ない状況
するJHAS方式の試験手法が適用されている。
が続いていた。
このように、欧州におけるIC分野のハード
このような背景を受け、2009年度から独立
ウェア・セキュリティ評価(以下、ハードウェ
行政法人情報処理推進機構(IPA)が中心とな
ア評価)は、国際標準であるCCをベースとし
り、ICカードのセキュリティ評価・認証に必
ながらも、IC分野固有の脆弱性に特化した具
要な規定類の整備やICカードに対する攻撃手
体的な評価手法がJHASにより最新の攻撃手法
法の調査を行い、さらにはJHASへの参加を通
を考慮するよう維持されており、評価・認証実
して欧州で評価・認証を行なう各機関との連携
績は近年益々増加傾向にある。
を深めつつ、試験に必要な設備を導入・配備し
てきた。2009年度には経済産業省がICカード
のセキュリティの試行評価を行う評価機関の設
18
ICカードに対するハードウェア評価及び認証制度に関する動向
立を含めた公募(2)を行い、ICハードウェア・
は、ICカードが外部から入力されたデータを
セキュリティに関する評価・認証体制の組成に
暗号化してICカード内のメモリに保存すると
向けた準備活動が本格的に開始された。しかし
いう動作を行う場合に、暗号化処理の時間経過
日本国内でこの評価・認証制度を立ち上げるた
に対する消費電力の変化を観察し、得られるデ
めにはいくつかの課題があった。
ータを解析することによってその暗号化に用い
3. ハードウェア評価・認証を行う際の
課題
た鍵を導出する攻撃手法である。もし鍵もしく
CC評価・認証制度では、評価機関の認定範
このICカードの安全性は保証できないという
囲を超えた製品の評価・認証を行う際、ベンダ
評価結論に帰着する。この攻撃には、まず暗号
合意の下に試行評価というプロセスを実施す
化に用いられるブロック暗号の暗号アルゴリズ
る。これは評価機関の能力を確認するためのプ
ムの知識と、暗号アルゴリズム毎の攻撃の観点
ロセスである。
の知識が必要となる。DES(3)という暗号アル
はそれと同等のカード内情報が算出されれば、
日本においてICハードウェア・セキュリテ
ゴリズムを実装しているのであれば、16ラウ
ィの評価・認証制度を立ち上げる際に問題にな
ンドからなる暗号化の過程で生じる特定の中間
ると考えられた主な課題として、第一に欧州の
値から鍵の一部が得られ、暗号処理を繰り返し
ICカードの評価及び認証で求められるセキュ
行わせることにより異なるタイミングの中間値
リティ評価保証レベル(EAL)が、これまで
を集めることで鍵が計算できるという知識が必
日本のソフトウェア評価・認証で経験のない高
要となる。次に、様々な保護機構が施されるこ
いレベルであったこと、また第二の課題として、
とで、そのデータ波形から内部処理の特定が困
求められるJHAS方式の評価手法がハードウェ
難となっているような消費電力波形をもとに、
ア評価に特化したものであるため、ソフトウェ
暗号処理が行われている部分を探し出す技術が
ア評価で培った技術が応用できず、評価及び認
必要となる。これはオシロスコープなどの機器
証の関係者は、試行評価において行うべき試験
の設定や調整を行うという単純な機器操作レベ
手法を一から整備しなければならなかったこと
ルの作業ではなく、暗号処理の目的のラウンド
が挙げられる。評価すべきセキュリティ機能は、
の波形を得る過程で、インピーダンス整合(4)
PPに準拠した実装により特定できるが、ICカ
により反射波を抑え、フィルタリングにより雑
ードの評価に求められる攻撃手法は、JHASの
音を削る。そして各波形の遅延を吸収し、適切
Attack method文書によって定義され、電力解
な精度で必要な波形数を収集するという技術が
析(power analysis)、タイミング解析(tim-
必要となる。そして最後に、得た波形から鍵を
ing analysis)、故障利用(fault injection)な
算出するためには高度な統計学の知識が必要と
どが含まれる。これらはいずれも特殊な機材及
なる。このように、それぞれの攻撃には複合的
びそれらを適切に操作して評価を実施する高度
で高度な知識と技能が要求される。
な技能、さらに膨大なデータを解析して攻撃を
また、JHASのAttack methodに従って評価
成立させる高い知識が求められることに加え、
を行う場合、EALが高くなればICカードが対
1つ1つの攻撃に長い時間を要するものであっ
抗すべき攻撃能力にも当然のことながら高い攻
た。
撃力を想定することとなり、考察すべき攻撃に
電力解析を例にとって解説する。電力解析と
費やす時間も長くなる。例えば、JHASの
19
Attack methodには、攻撃に必要な時間が 1ヶ
完了すれば、ICカードのハードウェア評価・
月以上要するか否かという判断基準がある。試
認証が実施可能な評価機関、認証機関が日本で
みなければならないJHAS方式の数十の評価項
正式に活動を開始できることになる。
目の1つ1つに数ヶ月を掛けていては、評価は
ただし、試行評価だけでは評価に必要な知識
終了しない。その結果、評価に要する時間の遅
や技能の確認は十分とは言えない。試行評価を
延が市場への製品リリースの遅延に繋がり、こ
行ったICカードがJHASのAttack methodに従
のハードウェア評価・認証制度はベンダの製品
って評価する項目を全て搭載しているとは限ら
開発ライフサイクルに適さず利用されなくなる
ない。また、試行評価を行ったICカードが最
ことになる。このような事態を回避するために
新のものであれば、評価のための攻撃が成功し
は、評価の過程で、顕在化する脆弱性の有無を
ない(顕在化する脆弱性が存在しない)ことが
見極めるための判断根拠を、効率的に導き出す
多く、その場合、日本と欧州で評価結果は同一
能力が要求される。ベンダの視点ではリリース
でも、本当にその項目を適切な攻撃能力で評価
遅れは許容できない問題であり、将来において
したかどうかは解らない。例えば前述した電力
日本国内で評価・認証を依頼した場合に、従来
解析のために収集するデータは、その波形が適
どおり欧州に依頼するよりも多くの手間や時間
切な知識と技術力を以って分析したものかどう
を要するのであれば、国内の制度を利用するメ
かによって数万波形で解析できる場合もあれ
リットはない。
ば、10倍以上の波形数を要する場合もある。
分析の過程で雑音と一緒に必要な情報を削って
4. 課題克服に向けた日本の取組
日本は2009年の「平成21年度企業・個人の
このようなリスクを避けるためには、評価者が
情報セキュリティ対策促進事業高度大規模半導
JHASのAttack methodに従った項目を適切に
体集積回路セキュリティ評価技術開発」におけ
実施できるだけの高い知識と技術を真に持って
る試行評価の認証作業を行う際に、欧州の評価
いることを確認する必要がある。
機関、認証機関に協力を依頼して共同で複数方
20
しまえば、誤った評価結果を招く場合もある。
そこで、2010年度にIPAはテストビークルと
式の検証を行うこととした。第一の検証方式は、
いう評価者の能力の適切性を検査するための試
日本のベンダが開発し欧州でCC認証を取得し
験用ICカードの作成を依頼する公募を行い、
たICカードに対して、既存の認証済み評価結
高い技術力と豊富な評価経験を持つ欧州の企業
果と、今回国内で行った試行評価の結果を開発
がテストビークルの作成を行うこととなった。
ベンダが比較検証するものである。第二の検証
このテストビークルは、電力解析、タイミング
方式は、別のベンダのICカードを対象として、
解析、故障利用などの各攻撃に対する脆弱性を
日本と欧州で並行して試行評価及び認証作業を
ある程度の難易度で仕込んだICカードであり、
行いその結果を比較する方式である。これら2
3ヶ月程度攻撃を試みることにより、必要な知
つのタイプの検証により、評価手法及び認証手
識と相応の攻撃能力を持つ評価者か否かを判断
順の妥当性をチェックしながら進めることで、
することができる。このテストビークルは、ハ
日本の制度がJHASのAttack methodを深読み
ードウェア評価機関の新規参入やハードウェア
して過度な要求をベンダに課すといった事態も
評価者育成など、評価能力の維持・推進を図る
防ぐことができる。また、これらの試行評価が
ツールとして、あるいは評価能力の比較検討の
ICカードに対するハードウェア評価及び認証制度に関する動向
基準として、今後の有効な利用が期待される。
CC認証済みとなったICカードまたはICチップ
5. 日本のハードウェア評価・認証制度に
対する期待
に特定のソフトウェアを搭載した製品全体(製
またIPAは、2011年度には第2のテストビー
を評価するものであり、従来の単体評価方式よ
クル「JavaカードOSを実装するテストビーク
りも実際的かつ効率良く製品全体のセキュリテ
ルの開発」に係るプロジェクトを進めた。この
ィ評価を行うことができる。今後は日本国内に
テストビークルは、JavaカードOSソフトウェ
ハードウェア評価を行える機関が存在すること
アが関与する脆弱性に対する攻撃能力(評価能
で、コンポジット評価を依頼するベンダにとっ
力)を検査するための試験用ICカードである。
て、実際の評価プロセスにおいて関係者間のコ
これらのテストビークルは、適切な評価能力水
ミュニケーションが取りやすく、また秘密情報
準を確立することに貢献する効果的なツールと
を海外に持ち出さずに日本国内で評価・認証を
してJHASでも情報共有されており、いずれ海
完結することができ、コスト効果にもつながる
外の評価・認証制度でも利用されていくことが
ことから、大きなメリットをもたらす評価方法
期待される。ICカードの評価能力試験用にテ
として期待されている。
品化された特定チップやカードデバイスなど)
ストビークルを作成する考え方は、ICチップ
を搭載した決済端末の試験用テストビークルの
注
(1)
作成が進められるなど、ICカード以外の製品
り設置される「裏口」であり、不正な侵入に利用さ
分野へも広がりを見せている。
これら一連の施策により、日本にはIC分野
れる。
(2)
「はじめに」に示した経済産業省の「平成21年度
企業・個人の情報セキュリティ対策促進事業高度
のハードウェア評価が可能な評価機関、及び認
大規模半導体集積回路セキュリティ評価技術開発」
証機関の体制が整いつつある。一方、2012年
10月現在、ハードウェア分野の認証取得済み
に係る委託事業のこと。
(3)
ない。2009年からの施策で想定されていた期
限を考えると、何らかの問題により想定以上の
Data Encryption Standardの略、1960年代後半に
開発されたブロック暗号であり、現在では暗号と
製品が掲載されるリスト(5)を確認すると、そ
こには未だ認証済みICカード製品は見当たら
攻撃や、開発者がメンテナンス用に残すことによ
しての強度が低いと言われている。
(4)
ICカードと計測機器の回路のインピーダンスを合
わせる事により、反射波や出力低下を抑える。
(5)
http://www.ipa.go.jp/security/jisec/hardware/
index.html
時間を要している可能性が考えられる。ICカ
ード分野のセキュリティ評価において欧州に肩
を並べ、国内外ベンダから利用される評価・認
証制度を確立するためには、実際の評価・認証
実績を積み上げる中で、評価の品質と効率を両
立し、制度としての信頼性を獲得することが重
要である。
現在、欧州をはじめ日本においても、ICカ
ード単体の評価に加え、コンポジット評価とい
う評価手法のニーズが存在する。コンポジット
評価とは、単体でハードウェア評価をパスし
21
技術動向レポート
「 海 洋 エ ネ ル ギ ー 発 電 」実 現 へ の 道
― □□□□□□□□□□□□□□ ―
環境エネルギー第1部
チーフコンサルタント
山田 博資
再生可能エネルギーのフロンティアの一つである海洋エネルギー発電について、その実現に向
けた方途を海外事例から探り、技術成熟度に応じた技術開発・実証フィールドの整備・発電事業
者の育成の重要性を説明した。
1. わが国における海洋エネルギー発電
に向けた取組の背景
から20%)を見込むためには、そのフロンテ
わが国の総発電電力量に占める水力発電を除
いくと思われる。
ィアを海洋に求めていくことが不可欠になって
く再生可能エネルギーによる発電の割合は、
らの代替を大きな駆動力にして、北海等におい
エネルギー資源の多くを海外に依存しているわ
て、大規模に洋上風力発電を展開する事業が進
が国では、私たちの生活と産業を支える安定し
んでいる。こうした洋上風力発電の展開と共に、
た電源として原子力発電を推進してきた。しか
実用化に向けて推進されているのが海洋エネル
し、2011年3月11日に起きた東日本大震災は、
ギー発電である。海洋エネルギー発電とは、波
これまで受容されてきた原子力発電に大きな国
力・潮流・海洋温度差といった海洋の持つ様々
民的不安を投げかけたことで、今後のエネルギ
なエネルギーを利用した発電の総称で、太陽光
ーセキュリティのあり方を再考する重大な転換
発電や風力発電に比べて発電出力の予測可能性
2010年度の実績によると、わずか1%である
。
(2)
点となった
22
現に欧州においては、化石燃料による発電か
(1)
。
が高いことから、安定した電源として期待が持
このような状況の中で、将来、わが国のエネ
たれている。洋上風力発電の普及は、陸上風力
ルギーセキュリティの一翼を担うことができる
発電の普及(2010年頃)から約10年経過して
“国産”で“クリーン”な再生可能エネルギーの
(2020年頃)本格的になると言われており、本
成長が望まれている。2012年7月1日には、「電
稿で紹介する海洋エネルギー発電は、さらにそ
気事業者による再生可能エネルギー電気の調達
の10年後(2030年頃)に本格的な普及が見込
に関する特別措置法」が施行されるなど、再生
まれている(3)。なお、洋上風力と海洋エネルギ
可能エネルギーの中でも、特に、太陽光発電や
ーは、合わせて「海洋再生可能エネルギー」と
風力発電等の導入を支援する取組がいっそう加
呼ばれている。
速されている。しかし、こうした発電に必要な
わが国においては、1970年代、オイルショ
設備を設置できる場所は限られてきており、原
ックを受けて、海洋エネルギーの利用に関する
子力発電や化石燃料による発電の代替に位置付
研究が盛んに行われ、海外をリードする研究開
ける規模(総発電電力量に占める割合が10%
発プロジェクトが行われていたが、石油価格が
「 海 洋 エ ネ ル ギ ー 発 電 」実 現 へ の 道
安定し、発電コストの壁にぶつかったことから、
置(システム)が複合的で大規模である。第三
こうした海洋エネルギー研究の成果は、海洋エ
に、装置(システム)が利用される環境が過酷
ネルギー発電の実用化に結実しなかった。しか
でその装置(システム)が故障等に見舞われる
し、その後の約10年の間に、海外で海洋エネ
リスクがある。第四に、利用される環境におけ
ルギー発電の実用化・事業化に向けた取組が着
る技術の信頼性を確認するための試験に多額の
実に進んできたことを受けて、わが国でも再び
費用が必要である。このような技術の特徴は、
海洋エネルギー発電の実現に向けた取組が始ま
宇宙というフィールドへ飛行機を飛ばす技術を
った。
確立することと多くの共通点が見出されること
本稿では、海外の最新事例を紹介しながら、
わが国で海洋エネルギー発電を実現していく方
途を探る。
がわかる。
そのため、国際エネルギー機関の海洋エネル
ギー実施委員会(IEA OES-IA)のガイドライン
2. 海外事例に見る海洋エネルギー発電
実現の3つのキーポイント
では、海洋エネルギー発電技術の開発アプロー
海外の最新事例を参考に、海洋エネルギー
している(4)。そこでは、宇宙飛行機の開発で用
発電を実現するためのキーポイントを3点紹介
いられる 9 段階の技術成熟度に準えて、海洋エ
する。
ネルギー発電の技術成熟度が5つのステージに
チとして、技術成熟度の概念を紹介しアレンジ
まとめられている。それぞれのステージの技術
(1)技術成熟度に応じた段階的な技術開発の推進
要件は、ガイドラインを公表している機関によっ
技術成熟度(TRL:Technology Readiness
て多少の差異があるものの、おおよそ図表 1 の
Level)は、もともと米国航空宇宙局(NASA)
ように整理されている。技術開発の進め方とし
が、宇宙飛行機の開発を多くの試行錯誤と失敗
て、次のステージに進む際に、
「ステージゲート」
を繰り返しながら進める中で形成してきた指標
と呼ばれる技術やコストに関する評価を行うこ
で、現在では宇宙産業や軍事産業などの技術開
とで、次のステージにおける致命的な失敗のリ
発に広く用いられている。技術成熟度を用いる
スクを最小化していくことが推奨されている。
ことによって、新しい技術をコンセプト段階か
RenewableUK(6)は、欧州を中心に開発され
ら実用段階まで開発する際に、それぞれの段階
ている9種類の波力発電装置と12種類の潮流発
で確認される「技術の要件」が明確になる。ま
電装置の2002年から2012年までの技術段階を
た、技術の開発段階の把握と合わせて、最終的
整理し、各年の平均(トレンド)の技術段階と、
に目指す「コストの要件」も議論することによ
トップランナーの技術段階を、グラフ化して紹
って、開発を次のレベルに進めるかどうかの判
介している。図表1で紹介した海洋エネルギー
断を適切なタイミングで行うことが可能とな
発電技術のステージとの対応を記入したものが
り、開発工程全体で見たときに、リスクを最小
図表2である。図表2を見ると、2002年から
化できるメリットがある。
2012年の約10年間に、着実な技術開発が行わ
それでは、海洋というフィールドから電気を
れてきており、波力発電技術・潮流発電技術と
取り出す技術には、どのような特徴があるだろ
も、トレンドとしてステージ4まで到達してい
うか。第一に、これまでにない新しい技術とい
ることがわかる。また、一部のトップランナー
える。第二に、その技術を用いて作成される装
は、既に発電装置を海洋に複数機配列させるス
23
図表 1 技術成熟度(TRL)に準えた5つのステージ区分とその技術要件
宇宙飛行機
技術要件
TRL
1
基礎的な原理が観察され報告され
ている
2
技術のコンセプト・応用が定式化
されている
3
解析的研究が実験的研究で検証さ
れている
4
コンポーネントが、実験室レベル
で検証されている
5
コンポーネントが、現実と近い環
境で検証されている
6
システム/サブシステムが、現実
と近い環境で検証されている
7
システムのプロトタイプが、現実
環境(宇宙)で検証されている
8
実システムが完成し、デモンスト
レーションを通じて“飛行資格”
が与えられている
9
実システムがミッション成功を通
じて“飛行証明”されている
海洋エネルギー発電装置
技術要件
ステージ
1
【コンセプトの検証】
1/25から1/100のスケールで、実験室レベルの試験によってコンセプトが検証され
ている
2
【設計の検証】
1/10から1/25のスケールで、水槽試験によってサブシステムが検証されている
3
【システムの検証】
1/2から1/10のスケールで、水槽または静穏な実海域の試験によってシステムが検
証されている
4
【プロトタイプの検証】
1/1から1/2のスケールで、実海域の試験によってプロトタイプが検証されている。
5
【経済性の検証】
1/1のスケールで、実海域における複数機配列の試験によって、プレ商用機が検証さ
れている
(資料)OES-IA Annual Report 2009、NASA資料(http://www.hq.nasa.gov/office/codeq/trl/trl.pdf)等により筆者作成
図表 2 海洋エネルギー発電装置の開発状況
ステージ
【ステージ5】
技術段階
複数機配列
GWhの発電
【ステージ4】
フルスケール
実海域試験
潮流トップランナー
潮流トレンド
【ステージ3】
スケールモデル
実海域試験
【ステージ2】
水槽試験
【ステージ1】
コンセプト
波力トップランナー
波力トレンド
(資料)Marine Energy in the UK(2012)より筆者作成
テージ5に進んでいることがわかる。
のステージを見てわかるように、海洋エネルギ
ー技術を確立していくためには、水槽試験等の
24
(2)実証フィールドの整備による実用化の支援
予備的な試験を経た後に、実海域に発電装置を
「実証フィールド」とは、海洋エネルギー発電
設置した本格的な試験(実海域試験)を実施し
技術を実海域で試験するために必要な共通イン
なければならない。しかし、制御できない実海
フラが整った施設・海域のことである。図表 1
域での試験には、荒天等によって、これまで経
「 海 洋 エ ネ ル ギ ー 発 電 」実 現 へ の 道
験・予測しなかったような気象・海象条件が出
験することで、装置の組み立てから、海洋にお
現することや、海水による腐食・海洋生物の付
ける施工、運用、保守の貴重な教訓を得ること
着など、陸上で十分確認することに限界がある
ができ、それらを元にさらなる発電コストの低
事象が複合的に発生し、係留や発電装置の故障
減化を進めている。
につながりかねないリスクが存在する。また、
本格的な実海域試験に際しては、発電した電力
を系統に接続する試験も実施していく必要があ
(3)海洋フロンティアに挑戦する発電事業者の
育成
ることから、発電装置やその設置・保守の費用
発電事業は発電事業者により営まれるもので
に加え、送電線等のインフラ整備にも多額の費
あるため、海洋エネルギー発電の事業化を実現
用が必要となる。さらに、試験を行う海域を確
するには、これに挑戦する事業者を育成しなけ
保するために、漁業関係者、地方公共団体、所
ればならない。また、技術開発をより円滑に進
管官庁など非常に多くの関係者との調整が必要
めるためには、実証事業の段階から発電事業者
になる。そのため、技術開発が実海域試験の段
に関与してもらうことが重要となる。例えば、実
階に至ると、民間企業が単独で取組むことが急
海域試験を実施するステージになってくると、
激に難しくなってくる。
発電された電力を系統へ接続する試験を行うこ
欧州においては、上述のような背景を踏まえ、
とになる。この際、発電事業者が開発メーカー
実証フィールドを公的機関が整備することで、
とともに、電力系統への接続に関わる課題の発
実用化を目指す民間企業が実海域試験に進むこ
見と解決に取組み、必要に応じて国に新たな施
とを支援している。実証フィールドの整備は、
策の立案を働きかけることが効果的である。
民間企業にとって、単独で実海域試験をすると
国としては、発電事業者を海洋エネルギー発
きに必要となる多額のコストと、海域を調整す
電の実用化・事業化に積極的に関与させるた
るために必要な時間を、大幅に縮小できるとい
め、海洋エネルギーを中長期的に促進していく
うメリットがある。
という明確な方針を示すとともに、海洋エネル
欧州では、既に域内に16箇所もの実証フィー
(4)
ルドが存在し
、とりわけ、欧州海洋エネルギ
ギー発電の収益性を高める制度を策定すること
が必要となる。
ーセンター(EMEC)は、その先駆的な施設と
英国は、発電事業者が、海洋エネルギー発電
して知られている。EMECは、2003年にスコ
に積極的に取組んでいけるよう支援している。
ットランド政府、英国政府、EU等からの公的
まず、海洋エネルギー発電の導入目標として
資金によって設立され、海底ケーブル・変電
2020年までに2.0GW(スコットランドで1.6GW)
所・観測所等の実海域試験に必要なインフラを
を掲げており、そのためのロードマップを作成
備えている。設立後の運営は民間で行われてお
している(5)。国として海洋エネルギー発電を推
り、順調に利用者が増えていった結果、現在は
進する意思と具体的な計画を示すことにより、
EMECを利用する民間企業からの収入によっ
多くのプレイヤーが海洋エネルギー発電分野に
て経営が安定しているという。これまでに、
中期的に取組むための土壌を作っている。
Pelamis社の波力発電装置や、OpenHydro社の
特にスコットランドでは、導入目標実現に向
潮流発電装置など多くの装置の信頼性が試験さ
けて、英国沿岸海域を管理するクラウンエステ
れている。利用者は、本格的な実海域試験を経
ートが、波力発電・潮流発電のための事業展開
25
海域(1.6GW相当)を準備し、既にリースを
開始している(6)。それぞれのリース区画には、
新エネルギー・産業技術総合開発機構
Scottish Power Renewables等の電気事業者が
(NEDO)は、2011年度から5ヵ年総額50億円の
参入することが既に決まっており、そこでは
予算で海洋エネルギー発電の実証研究・要素技
EMEC等で試験された発電装置が導入される
術開発のプロジェクトを開始している(7)。特に、
見込みである。
実証研究のプロジェクトは、開発メーカーの実
さらに、英国では、電力事業者が、再生可能
海域試験(ステージ3からステージ4)を支援
エネルギーの中でも特に海洋エネルギー発電に
し、海洋エネルギー発電技術の実用性を高めて
積極的に取組んでいけるよう、再生可能エネル
いく先駆的なプロジェクトである。実海域試験
ギー購入義務制度で海洋エネルギー発電に大き
は、企業が単独で進めることが難しいため、国
なメリットを与えている。同制度では、電力事
が補助して進めることによって、多くの技術の
業者に、供給電力の一定割合(2030年までに
確認や改善の示唆が得られると期待される。こ
30%)を再生可能エネルギーによって発電さ
のプロジェクトを通じて、わが国の多様な海洋
れた電力とすることを義務付けている。再生可
エネルギーに見合った技術が育ち、国際的にも
能エネルギーで発電された電力であることが認
通用するコアな技術となっていくことが、希望
定されると、電力事業者に対して、市場で売買
をもって待たれている。
可能な再生可能エネルギー証書が発行される。
制度面の整備としては、2012年5月25日に総
この際、単位電力量あたりの価値が発電技術に
合海洋政策本部会合で、海洋エネルギー発電の
より差異化されており、例えば、陸上風力発電
実証フィールド整備を含む「海洋再生可能エネ
では1MWhあたり0.9単位の証書が発行される
ルギー利用促進に関する今後の取組方針」が確
のに対し、海洋エネルギー発電(波力・潮流)
認された(8)。同方針によれば、2012年度中に
では1MWhあたり5単位と、陸上風力発電に比
は、実証フィールドの候補地の公募条件が公表
べ約5倍の大きさに設定されている。海洋とい
され、2013年度に最初の候補地が選定される
う過酷な環境で発電事業に挑戦するプレイヤー
こととなっている。また、実証フィールドの運
を育成し、本格的な事業化が進んでいくよう、
営主体は、EMECをモデルとして、海洋再生
再生可能エネルギーの中でも、特に海洋エネル
可能エネルギー分野における専門的な知見を有
ギー発電を支援していることがわかる。
する非営利の組織であることが望ましい、とし
3. わが国における最近の取組と今後の
展望
ている。同方針では、海域利用に関する調整の
これまで紹介してきた海外、特に英国におけ
者等との共存共栄を図るため、地方公共団体が
る事例は、「海」という特殊な場所での発電事
調整役として大切なプレイヤーになることが示
業を実施していくために生じるさまざまな困難
されている。海洋再生可能エネルギーの利用促
を、国が率先して取り除くことで、民間の事業
進にむけて、政府が一丸となってその課題解決
者が発電事業を行うことができる環境を国とし
に取組む方針が示されていることから、海洋再
て整備していることが特徴である。これを踏ま
生可能エネルギー実現への道が大きく開かれた
え、わが国における最近の取組と今後の展望を
と言える。
述べる。
26
(1)最近の取組
あり方についても言及しており、他の海域利用
「 海 洋 エ ネ ル ギ ー 発 電 」実 現 へ の 道
(2)今後の展望
http://www.decc.gov.uk/assets/decc/11/meetingenergy-demand/renewable-energy/2167-uk-
今後は、発電事業者の育成について支援する
取組が期待される。まずは、国が再生可能エネ
renewable-energy-roadmap.pdf
(6)
英国The Crown EstateのPentland Firth and
ルギーの導入目標や、中・長期的なロードマッ
Orkney Watersの海域リース
プの策定をすることによって、その実現のため
http://www.thecrownestate.co.uk/energy/wave-
の予算が強化されることが大切である。また、
and-tidal/pentland-firth-and-orkney-waters/
(7)
先述した政府の取組により、海洋エネルギー発
電技術の実用化への道が開かれてきたため、今
後行われる実海域試験の経験を通じて、発電コ
NEDOホームページ
http://www.nedo.go.jp/ koubo/FF3_100007.html
(8)
内閣官房総合海洋政策本部ホームページ
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/dai9/
9gijisidai.html
スト改善の具体的方策や、将来、固定買取価格
を決めるのに必要な基礎データの取得が期待で
きる。そこで、海洋フロンティアへ挑戦する発
電事業者を育成するためには、技術開発のステ
ージを見極めながら、本格的な実海域試験を行
うステージ4の時期に、固定価格買取制度
(FIT)等の施策の検討が行われることが望ま
しい。
最後に、洋上風力発電や、海洋エネルギー発
電といった、今後10年、20年先の海洋フロンテ
ィアへの挑戦を着実に進めていくためには、こ
れまで述べたことに加えて、新たな電力網の整
備や、海洋での施工・運用を行う海洋関連産業
の育成等も含め、国家的なプロジェクトを創設
すると同時に、国民のさらなる理解と信任を得
ながら進める必要性を申し添えたい。
注
(1)
資源エネルギー庁 ホームページ資料
(1)
http://www.enecho.meti.go.jp/info/committee/
kihonmondai/13th/13-3-1.pdf
(2)
今後のエネルギー・環境政策について(平成24年9
月19日閣議決定, 国家戦略会議)
http :/ / w w w . n p u . g o . j p / p o l i c y / p o l i c y 0 9 / p d f /
20120919/20120919_1.pdf
(3)
Oceans of Energy − European Ocean Energy
Roadmap 2010-2050(EU-OEA, 2010)
http://www.waveplam.eu/files/newsletter7/
European%20Ocean%20Energy%20Roadmap. pdf
(4)
OES-IA Annual Report 2009(OES-IA, 2010)
http://www.ocean-energy-systems.org/library/
(5)
UK Renewable Energy Roadmap (DECC, 2011)
27
社会動向レポート
民間事業者の視点からみたマイナンバー法案
― □□□□□□□□□□□□□□ ―
経営・ITコンサルティング部
シニアマネジャー
近藤 佳大
第180回国会に提出された法案を前提に(1)、マイナンバー法案が成立した際の民間事業者に
おける利用の可能性、影響を国際比較をとおして整理するとともに、そうした影響をもたらす仕
組みが採用された背景を解説する。
制度検討の背景として、行政手続きに多数の添
1. マイナンバー法案の概要
付書類が必要になるという不便や、自分の納め
(2)
2012年2月14日、マイナンバー法案
が閣議
た保険料等にふさわしい社会保障が行われてい
決定され、国会に提出された。マイナンバー法
るかどうか自分の目で確認できない等の問題の
案は、わが国の住民一人一人に固有の番号(マ
根本的な原因は、
「複数の機関に存在し、かつそ
イナンバー)を付番しようという法案である。各
れぞれに蓄積される個人の情報が同一人の情報
人には、住んでいる市町村から番号が通知され、
であるということの確認を行うための基盤が存
必要とする者には番号が記載されたマイナンバ
在しないこと」にあるとされた(図表1)。その
ー・カードが交付されるというものである。
ため、住民一人一人に番号を付番することによ
マイナンバー法案は、政府・与党社会保障改
り、複数の機関が持っている情報が同一人のも
革検討本部が2011年1月31日に決定した「社会
のであることを確認できるようにしようという
保障・税に関わる番号制度についての基本方針」
わけである。
に基づいて検討が進められた。基本方針では、
具体的な国民へのメリットとしては、例えば、
図表 1 番号制度基本方針の基本的な考え方
複数の機関に存在し、かつそれぞ
れに蓄積される個人の情報が同一
人の情報であるということの確認
を行うための基盤が存在しない
結果
税金や保険料にふさわしい社会保障など、
自分の権利がしっかりと守られ、それを自
分の目で確認できる制度が不十分
結果
行政手続きでは、一つ一つの手続に重
複した添付書類が求められるなど、煩雑
かつ不便
結果
行政では、多大なコストと時間と労力をか
けて数多くの書類を審査し、結果人的な
ミスを誘発しやすい作業を繰り返している
結果
民間事業者も、正確な本人特定・本人
確認のために多大なコスト・時間・労力
を要している
原因
(資料)社会保障・税に関わる番号制度についての基本方針(政府・与党社会保障改革検討本部、平成 23年1月31日)より筆者作成
28
民間事業者の視点からみたマイナンバー法案
図表 2 総合合算制度(仮称)のイメージ
マイナンバーを用いて複数制度にまたがる自己負担額総額を世帯別に把握
介護・医療・障害・保育
サービス提供事業者
(介護保険)
市町村・広域連合
(後期高齢者医療)
広域連合
給付の請求
支払機関
(医療保険)
共済・市町村等
給付の支払い
給付の請求
(障害者自立支援)
市町村
(保育新システム)
市町村
給付の支払い
総合合算制度
のための資金
世帯
事業者A
総合合算給付費
(仮称)の請求
事業者B
サービス
利用者負担
上限額まで
の窓口負担
支払い
夫
妻
総合合算給付費
(仮称)の支払い
(資料)第24回社会保障審議会「資料 2−4 総合合算制度について」より筆者作成
マイナンバー制度を利用して、総合合算制度を
とから、わが国でマイナンバー制度が導入され
導入することなどが考えられている。これは、医
ようとしているのである。
療・介護・保育・障害者自立支援にかかる費用が
機関・組織の間で個人に関わる情報の交換を
一定額(収入に応じて決められる)を超えると、
行う仕組みは、社会保障及び税の分野において
それ以上はサービスを受けても費用を払わなく
利用し(フェーズⅠ)
、将来的に幅広い行政分野
ても良くする制度である(図表2)
。また、転居
や(フェーズⅡ)、国民が自らの意思で同意した
した場合でも継続的に健診情報・予防接種履歴
場合に限定して民間のサービス等に活用(フェ
が確認できるようにすることや、各種の申請を
ーズⅢ)する(図表8項番③)ことを検討すると
行う際に所得証明・納税証明や住民票の添付を
(4)
されている(図表 3)
。
不要にすることが考えられている。
このように、さまざまな制度に基づく支払額
図表 3 機関・組織間で個人に関わる情報を
交換する仕組みの利用範囲拡大の方向性
を合算して把握したり、所得証明の添付を不要
フェーズⅠ
フェーズⅡ
としたりするためには、行政機関間で各人の情
社会保障
及び
税の分野
幅広い
行政分野
報を交換する情報連携の仕組みが必要となる。
住所や氏名を用いて、行政機関間で個人に関
する情報の交換を行うことは非常に難しい。特
に住所は、省略して記載されていたり、マンシ
ョン名が書いてあったりなかったりで、同一か
フェーズⅢ
国民が自らの意思で
同意した場合に限定して
民間の
サービス等
(資料)政府・与党社会保障改革検討本部「社会保障・税番
号大綱」
(2011年)より筆者作成
どうかをシステムで自動的に判断することが難
2. 民間で利用可能な仕組みは
諸外国に比べて当面限定的
しいからである。また、結婚に伴い苗字が変わ
一方、世界に目を転じてみると、経済協力開
ることもある。一方、一人一人に番号があれば、
発機構(OECD)が昨年、
「OECD諸国における
システムで自動的に誰の情報なのかを正確に判
デジタルIDマネジメントに係る国家戦略及びポ
断することができる。氏名が変わっても番号は
リシー」というタイトルのレポートを発行して
変わらない。そのため、行政機関間で情報を交
いる。これは、18カ国の国家戦略の調査結果を
(3)
換することが著しく容易になる
。こうしたこ
まとめたものであり、わが国ではマイナンバー
29
証にマイナンバー・カードが用いられる予定で
制度が取り上げられている。
同レポートでは、各国のデジタルID国家戦略
ある。そのため、公的個人認証法が改正され、
策定とその実施がどこまで進んでいるかをまと
ログイン認証にもICカードを利用できるように
めている。それをみると、わが国は18カ国中最
なる。それに合わせて、これまで国や自治体に
も遅れている状況にある(図表4)
。最も進んで
限られていたICカードの利用が民間に開放され
いるのは、オーストリア、オランダ等のEUの
る(ただし、自由に利用できるわけではなく、
国々と韓国である。米国は比較的遅れていると
総務大臣の認定が必要となるため、利用のハー
の評価となっている。
ドルは高いと見込まれる)
。
こうした海外のデジタルID国家戦略と比較す
このように、マイナンバー法の成立に合わせ、
ると、わが国のマイナンバー制度は、第一に行
民間企業の自由度も増加するものの、海外に比
政分野での利用に特化しているという特徴があ
べると民間で利用できる範囲は限られている。
る。そのため、民間企業にとって、マイナンバ
デジタルID国家戦略が国によりどのように違う
(5)
の可能性は限
かをイメージで例示すると、図表5のようにな
定的で、マイナンバー・カードをログイン認証
る。最も民間を活用しようという戦略を有して
に利用することができるようになることなどに
いるのは米国である。Google Inc. 等民間事業者
当面限られると思われる(図表 8項番 ①)
。
が提供するIDサービスを行政側が使うという戦
ー制度による事業の選択肢拡大
(6)
では電子データの真
略を採用している。国が用意するマイ・ポータ
正性を保証するための電子署名にしか自治体が
ルやマイナンバー・カードを民間でも利用でき
発行するICカード(住民基本台帳カード)の利
るようにすることを考えているわが国とは反対
用が認められていない。しかし、マイナンバー
の方向性といえる。
現在、公的個人認証法
制度では、自分の情報がどのように利用された
ドイツの場合は、わが国の場合と同様に、国
り行政機関間で交換されたりしているかを国民
が国民全員にICカードを提供するが、民間事業
が把握できるようにするために、国が用意する
者がICカードから取得してよい情報の項目を国
マイ・ポータル(Webサイト)へのログイン認
が承認し(利用可能なことを示す電子証明書を
図表 4 国家IdM戦略の状況
戦略実行
進行中
On going
戦略実行
初期段階
Early stage
戦略実行
未実施・計画段階
Not started or planning
日本
スロベニア
米国
ルクセンブルグ
ドイツ
トルコ
オーストラリア
国家戦略策定
初期段階
Early stage
オランダ
デンマーク
韓国
イタリア
ポルトガル
スペイン
スウェーデン
ニュージーランド
カナダ
チリ
国家戦略策定
計画段階
Not started or planning
オーストリア
国家戦略策定
最終段階
Final stage
国家戦略策定
完了段階
Fully developed
国家戦略策定
進行中
On going
(注)各国の進行状況を示したものであり、右上の国々が優れた仕組みを構築している(左下の国々の仕組みが劣っている)
ことを意味するものではない。
(資料)OECD(2011)
,
“National Strategies and Policies for Digital Identity Management in OECD Countries”より筆者作成
30
民間事業者の視点からみたマイナンバー法案
図表 5 番号(デジタルID)制度と民間事業の関係(国による違いのイメージ)
国民・消費者への
サービス提供
ポータルサイトの
提供
行政
サービス
民間
サービス
行政
サービス
マイ・
ポータル
公利
表用
さ想
れ定
ては
い
な
い
(なし)
民間利用想定
用途毎・事業者毎
識別子の提供
属性情報の提供
情報提供
NWシステム
Equifax
Google
PayPal
VeriSign
Wave Sys.
Verizon
等
(なし)
NTT ID
Yahoo! J. ID
等
民間用公表なし
本人認証
手段の提供
民間
サービス
民間
サービス
マイ・
ポータル
マイナンバー
カード
行政
サービス
民間
サービス
(なし)
(なし)
民間用は将来
OpenID等オープン
スタンダードに基づく
認証サービスの提供
民間
サービス
(なし)
ICカード
(nPA)
民間
サービス
MeinGuter.
Name
xlogon
mymobile-ID
等
(なし)
ICカード
(nPA)
民間利用可
(行政系)
利用
(民間)
(行政系)
わが国の場合
利用
(民間)
米国の場合
(行政系)
利用
(民間)
ドイツの場合
(注) 1 わが国の場合において、民間サービスからマイナンバー・カードに矢印を引いているのは、民間サービスでマイナ
ンバー・カードの電子認証機能等が利用可能となるためである。
2 「OpenID等オープンスタンダードに基づく認証サービスの提供」という機能を記載しているのは、米国のデジタル
ID国家戦略上重要な視点と考えられるからである。
(資料)各種資料より筆者作成
発行し)、それに基づきWebサイトはICカード
イバシー保護の観点から非常に重要な機能と考
からユーザの氏名、生年月日、住所等を読み取
えられている。わが国では、行政機関間で情報
ることができる。
を交換する際に同様の仕組みを用いることにな
プライバシーにも留意されており、
「限定特定
っているが(11)、マイナンバー法案(図表 3のフ
(Restricted Identification)
」と呼ばれる機能をド
ェーズⅠ)では民間でそうした仕組みを利用す
イツのICカードは備えている。これは、図表5
ることはできない状況であり、フェーズⅢを待
において、
「用途毎・事業者毎識別子の提供」と記
つ必要があると考えられる。
(7)
載した機能である
。事業者がユーザを特定す
るためにWebサイトで用いる識別子を、ICカー
3. 見える共通番号の重視で
民間には負担先行の面も
ドが事業者毎に異なるように生成する(8)。また、
わが国のマイナンバー制度を海外の仕組みと
個人を特定せず年齢が18歳を超えているかどう
比べた第二の特徴は、目に見えて国民が書類等
(9)
かのみを確認するといった機能も備えている 。
に記入することができる「見える番号」が重視
ちなみに、「用途毎・事業者毎識別子の提供」
されていることである。これは、
「複数の機関に
機能は、米国の行政機関が民間のIDサービスを
存在し、かつそれぞれに蓄積される個人の情報
利用する際にも必須とされており(非公開個人
が同一人の情報であるということの確認を行う
識別子:Private Personal Identifiersと呼ばれて
ための基盤が存在しないこと」をできるだけ解
(10)
いる) 、複数の事業者や行政機関が同一の認
消しようとすると、デジタル(電子的に)で対
証サービス・認証手段を用いる場合には、プラ
応できる範囲は限られることから、非電子的に
31
図表 6 「番号制度」を税務面で利用する場合のイメージ
①
納
税
者
税
務
署
番号の付与
②
番号告知
③
取引の相手方
法定調書の提出
(番号記載)
・給与・年金等の支払者
②
・金融機関
現金支払等
等
⑤
税務当局
番
号
で
名
寄
せ
⑥
突合
④
納税申告書の提出
(番号記載)
(資料)平成22年度税制調査会第5回納税環境整備小委員会資料
も対応できる必要があるためと思われる(12)。こ
の「見える番号」が必要なことについて、財務
民間事業者へのマイナンバー制度の影響とい
省は『調書の提出義務を負う事業者の数は多く、
う面では、このプライバシー保護へ対応しなけ
経営規模も多様であることから、特別の設備等
ればならないという点で、
「民−民−官」という
を用いなくとも容易に番号が確認できるよう、
流れの中で中間の「民」の立場となる事業者が
「目で見える番号であること」が必要となる』と
している。このように、わが国の制度では、図
表6に示すように、
「納税者」⇒「取引の相手方」
果たさなければならない役割(負担)も大きく
なる(14)。
ほとんどの民間事業者が関係することになる
⇒「税務当局」
(民−民−官)という流れの中で
と考えられるのが、源泉徴収票(給与支払報告
(13)
書)への従業員のマイナンバーの記載である(図
番号を利用することが強く想定されている
。
また、国民への給付の観点でも「オランダで導
表 8 項番 ④)。マイナンバーが利用できるのは、
入されている市民サービス番号(BSN番号)は、
源泉徴収票等への記載等の法律が定める業務に
国と国民の間のコミュニケーション・ツールと
限定されており、その他の目的に利用することは
しての役割を果たしている」という議論が税制
禁止されている(本人の同意があっても禁止であ
調査会で行われている。社会保障関連では、高
る)
。そのため、マイナンバー制度が開始された
齢者が手続きを行うことも多いことを考えると、
際には、マイナンバーをどう管理するか、取扱い
目に見え、手書きで対応できるようにしておく
できる部署や担当者をどう制限するか等の社内
ことは重要な側面といえよう。
規程、手続き等の整備が必要になることが考え
一方で、
「見える番号」を幅広く利用すること
32
取組んでいく必要がある。
られる。また、社員教育も必要になってこよう。
については、プライバシー保護の面から大きな
また、個人番号を管理し、必要に応じて帳票
懸念があることは言を待たない。実際、
「見える
に出力できるようにするために、システムの改修
番号」である社会保障番号(SSN)を幅広く用
等が必要になってくると考えられる。閲覧可能
いていた米国では多くの問題が発生しており、
な社員を限定する必要があるため、マスキング
SSNを利用しない仕組みにするための取組が進
や暗号化などの対策の検討も必要になってくる。
められている。わが国の場合、そうした問題が
特に影響が大きいと考えられるのは、これま
将来にわたり生じないよう、制度開始当初から
で個人情報の数が5,000以下で個人情報取扱事業
民間事業者の視点からみたマイナンバー法案
者に該当しなかった事業者である(図表 8 項番
相互に連携して情報の共有及びその適切な活用
⑤)
。マイナンバー法では、そうした事業者にも
を図るように努めなければならない」
(図表 8 項
図表7に示す個人情報取扱事業者と同様の安全
番 ②)と規定されており(17)、その実施に向けて
管理措置等が求められることになる(安全管理
さまざまなユースケースの検討が進められてい
(15)
措置の規定は個人情報保護法
と同じである)
。
るところである。
図表 7 マイナンバー法案の安全管理措置
個人番号取扱事業者は、その取り扱う特定個人
情報の漏えい、滅失又は毀損の防止その他の特
第28条
定個人情報の安全管理のために必要かつ適切な
措置を講じなければならない。
個人番号取扱事業者は、その従業者に特定個人
情報を取り扱わせるに当たっては、当該特定個
第29条 人情報の安全管理が図られるよう、当該従業者
に対する必要かつ適切な監督を行わなければな
らない。
本稿で記載してきたように、わが国のマイナ
ンバー制度は、全てをデジタル化することは難
しいという現実の中で、行政機関間で個人情報
の交換を効率的に行うことを主眼として組み立
てられた仕組みと考えられる(18)。そのため、①
プライバシー保護と成りすまし等の不正行為防
止の両立、②民間を含めたオンライン処理によ
その他、新たに対応が必要になる可能性とし
る業務効率化の促進等を目指すデジタルID国家
て、確定給付年金を行う事業者、確定拠出年金
戦略という側面が薄くなっているのは否めない。
の内、企業型を採用している事業者がある(図
しかしながら、マイナンバー制度が実現すれば、
表 8 項番 ⑥)。これらの事業者は、年金業務で
その端緒となるべきことは間違いない。民間側
個人番号を利用して行政機関等と個人情報を交
もマイナンバー制度のフェーズⅢの理想像を早
換する場合、個人情報の漏えいの発生の危険性
期に提示する等、新たな時代を切り開くデジタ
等についての評価(情報保護評価:PIA)を行い、
ルID国家戦略の策定に向けて産官学が協力して
(16)
公表しなければならないと規定されている
。
いくことが求められているといえる。
一方、負担軽減については、
「同一の内容の情
報が記載された書面の提出を複数の個人番号関
係事務において重ねて求めることのないよう、
図表 8 本稿に記載した民間事業者への影響のまとめ
分類
時期※ 項番
フェーズⅠ
メリット
民間事業者への影響
備考
公的個人認証サービス(マイナンバー・カードを
総務大臣の認定が必要
①
用いたログイン認証等)を利用可能になる
②
同一の内容の情報が記載された書面を重複して提
削減量は今後の検討結果に依存
出する必要が無くなる
フェーズⅢ ③
個人番号等を利用した行政機関等との情報連携が 平成30年を目途としたマイナンバー法の
可能になる
見直しの中での検討となると思われる
④
官公庁、自治体等に提出する書面にマイナンバー マイナンバーには利用制限があるため、
を記載することが必要になる
社員教育等が必要となる
負担 フェーズⅠ ⑤
個人情報保護法レベルの安全管理措置(セキュリ これまで個人情報取扱事業者で無かっ
ティ対策等)が必要となる
た場合に該当
⑥
個人情報の漏えいの発生の危険性等についての評価 確定給付年金及び企業型年金で個人番
(情報保護評価:PIA)
の実施、公表が必要となる
号を利用して情報連携する場合
※時期については、図表 3参照
33
注
する。
(1)
(2)
紙幅の関係等から、本稿ではマイナンバー制度に
(8)
り、EUでは第7次欧州研究開発計画(FP7)等に
イナンバー法案のあるべき姿等については特に触
おいて、より高いプライバシーを確保するための
れない。また、事業者の視点から整理を行い、プ
技術開発とその実用化を目指して取組が進められ
ライバシー保護のあり方等、国民の視点からの記
てきている。その成果を引き継ぐものとして、例
載は含めない。また、マイナンバーに特化し、法
えばABC4Trustのパイロットプロジェクトなどが
人番号による影響については特に触れない。
ある。このように、デジタルID国家戦略において
行政手続における特定の個人を識別するための番
は、暗号等の研究者、技術者の果たす役割も大き
号の利用等に関する法律案
(3)
税分野と社会保障の分野で異なる番号が使われて
いると、例えば税務署が持つ情報と市町村の介護
保険課が持っている情報が同一人物のものである
ことを氏名、住所等から推定することはできても、
順次年齢を確認することで誕生年を把握することが
できないようにといった工夫も行われている。
(10)
「用途毎・事業者毎識別子の提供」機能は、
OpenID等の一般的な仕組みで実現可能なものであ
り、Google等の図に示した米国の事業者(米国政
づき本人に確認することなく行政処分(給付決定
府の承認を受けた事業者)は既に実現している。
等を含む)を行うことは難しいと思われる。一方、
ドイツの仕組みは、サーバ側ではなく端末側に
同一の番号が使われていれば、番号に基づき同一
「用途毎・事業者毎識別子の提供」機能を備えてい
人物の情報としてそれをもとに行政処分を行うこ
るため、よりプライバシーに配慮した仕組みとい
とが容易になると考えられる(本人に確認するこ
える。オーストリアはサーバ側で共通識別子を保
とが可能であれば、番号が異なっていても他分野
存することを禁止しており、米国とドイツの中間
側の両者の負担が増えるものの共通の番号を用い
る必要は無くなると考えられる。また、共通の番
号は対象者を識別するために各組織で一度必要と
なるだけであり、行政機関が保持し続ける必要は
的な仕組みである。
(11)
番号大綱では、『(a)情報連携の対象となる個人情
報につき情報保有機関のデータベースによる分散
管理とし、(b)情報連携基盤においては、
(中略)
「番号」を情報連携の手段として直接用いず、当該
必ずしもない)
。
個人を特定するための情報連携基盤等及び情報保
具体的には、「番号制度の情報連携基盤がそのまま
有機関のみで用いる符号を用いることとし、(c)更
国民ID制度の情報連携基盤となり、将来的に幅広
に当該符号を「番号」から推測できないような措
い行政分野や、国民が自らの意思で同意した場合
に限定して民間のサービス等に活用する場面にお
置を講じる』とされている。
(12)
「見える番 号」を用いて同一人の情報であることの
いても情報連携が可能となるようセキュリティに
確認を確実に行うことができるようにするため、
配慮しつつシステム設計を行うものとする」との
住民基本台帳法の改正(具体的には、本人確認情
記載が番号大綱に行われている。また「平成30年
報への個人番号の追加、本人確認情報を利用でき
(2018年)を目途にそれまでの番号法の執行状況等
る事務の追加、本人確認情報を利用できる機関の
を踏まえ、利用範囲の拡大を含めた番号法の見直
しを行うことを引き続き検討する」とされている。
(5)
(6)
追加等)がマイナンバー法と合わせて実施される。
(13)
このため、番号の唯一無二性(各人がただ 1つの番
この点において、民間サービスでの活用が触れら
号を持ち2つ以上の番号を持つことが無いこと)が
れているのは情報連携に関してであり、番号その
重要となり、わが国では民間事業者が提供する認
ものを民間で利用することについて触れられてい
証サービス等のみを用いる米国型モデルは採用す
るわけではないことに留意が必要である。
ることが難しいと考えられる。唯一無二性を確保
システム関連の事業者にとっては、システム改修
するためには、事業者を1つに絞る必要が生じるか
や機能変更のビジネスにつながるが、ここではそ
らである(ただし、初期登録時の本人確認の課題
うした面は考慮外としている。
はあるが、マイ・ポータルへのログイン認証に民
電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する
間の認証サービスを用いること等は可能と思われ
法律
る。また、唯一無二性を確保するための電子デー
(7)
34
いと考えられる。
(9)
確実に同一人物の情報として、保有情報のみに基
での番号を本人に確認することで行政側及び民間
(4)
本方式は、2010年度から実用化している技術であ
伴う民間事業者への影響という視点に集中し、マ
「用途毎・事業者毎識別子の提供」機能は、必ずし
タは国で管理し、当該電子データを保持する物理
もICカードで実現する必要は無く、オーストリア
的なICカードは民間のものも利用可能とするオー
のように、ソフトウェアで実現している国も存在
ストリアのような方法も存在する)
。
民間事業者の視点からみたマイナンバー法案
(14)
ドイツの限定特定(Restricted Identification)
、米
5
国 の 非 公 開 個 人 識 別 子 ( Private Personal
Identifiers)のように企業固有の識別子により個人
いて」
(2012年)
6
Countries”
.
報セキュリティへの配慮、安全管理措置のレベル
7
CYBERSPACE”
.
個人情報の保護に関する法律
マイナンバー法案第15条及びマイナンバー法案別
THE WHITE HOUSE(2011),“NATIONAL
STRATEGY FOR TRUSTED IDENTITIES IN
るための負担が極めて大きくなると考えられる。
(15)
(16)
OECD(2011)
,
“National Strategies and Policies
for Digital Identity Management in OECD
を識別する方法であれば、事業者に求められる情
は低下すると考えられるが、逆に識別子を入手す
第24回社会保障審議会「資料2-4 総合合算制度につ
8
Federal Identity, Credentialing, and Access Management
表第2の第99列及び第100列による。マイナンバー
(2009)
,
“Trust Framework Provider Adoption
法案第14条の「特定個人情報ファイルを保有しよ
Process(TFPAP)For Levels of Assurance 1, 2,
and Non-PKI 3”
.
うとする者に対する指針」という見出しからは、
特定個人情報ファイルを保有する企業はすべて情
報保護評価を行う必要があるようにも感じられる
が、一般的な事業者は、情報保護評価は不要とさ
9
Federal Identity, Credentialing, and Access Management
(2009)
,
“Federal Identity, Credentialing, and Access
Management OpenID 2.0 Profile”
.
れている。また、第15条により職員・従業員の人
10 Federal Identity, Credentialing, and Access Management
事、給与、福利厚生等については対象外とされて
(2009)
,
“Federal Identity, Credentialing, and Access
いることもあり、職員・従業員の福利厚生に係る
Management Identity Metasystem Interoperability
ものとして情報保護評価の対象外(またはしきい
値評価のみ実施)となる可能性がある。
(17)
加えて、マイナンバー法案は情報連携を求められ
.
1.0 Profile”
11 Federal Office for Information Security(2010),
.
“Innovations for an eID Architecture in Germany”
た政府機関や地方自治体は「情報を提供しなけれ
12 Federal Office for Information Security(2012)
,
ばならない」と義務として規定しており、添付書
“Advanced Security Mechanisms for Machine
類の削減を行いたい機関の側の意向により情報連
携が進む仕組みとなっていると考えられる。また、
「他の法令の規定により当該特定個人情報と同一の
内容の情報を含む書面の提出が義務付けられてい
Readable Travel Documents”
.
13 Ulrich Waldmann(2011)
,
“The New German eID
.
Card: Concepts, Technologies and Opportunities”
14 Bundeskanzleramt(2004)
,
“The Austrian Citizen
るときは、当該書面の提出があったものとみなす」
Card”
とのみなし規定があり、法律、主務省令等の改正、
http://www.buergerkarte.at/konzept/securitylayer/
制定等を行わなくても添付書類の削減が可能とな
っていると考えられる(ただし、法人情報につい
ては同様の義務規定、みなし規定が行われていな
いため、個人情報に比べると添付書類削減の促進
効果が低くなることが考えられる)
。
(18)
その他、住民基本台帳ネットワークシステムに係
spezifikation/aktuell/Index.en.html
15 財務省「資料(国税関連)」
(2010年、平成22年度税
制調査会第5回納税環境整備小委員会資料)
16 金山剛『わが国における(納税者)
「番号制度」の考
察 : 税と社会保障の一体化を見据えて』札幌学院法
学(2011年、二七巻二号)
る最高裁判所の判決(平成20年3月6日)も、わが
17 内閣官房IT担当室「資料電子行政の視点からの検
国の仕組みを検討するうえでの極めて重要な前提
討」
(2010年、税制調査会第5回納税環境整備小委
条件(制約条件)となっていると考えられる。
員会資料)
18「情報提供ネットワークシステムを利用しない事業
参考文献
者向け指針における論点」
(2012年、第5回情報保
1
護評価サブワーキンググループ)
政府・与党社会保障改革検討本部「社会保障・税
に関わる番号制度についての基本方針」
(2011年)
2
政府・与党社会保障改革検討本部「社会保障・税番
号大綱」
(2011年)
3 「行政手続における特定の個人を識別するための番
号の利用等に関する法律案(マイナンバー法案)
」
4 「行政手続における特定の個人を識別するための番
号の利用等に関する法律案の施行に伴う関係法律
19「特定個人情報保護評価指針素案(中間整理)行政機
関・独立行政法人等・機構・情報提供ネットワー
クシステムを使用する事業者向け」
(2012年、第5
回情報保護評価サブワーキンググループ)
20「情報保護評価の必要性の判断(しきい値評価)基準
(案)」
(2012年、第3回情報保護評価サブワーキン
ググループ)
の整備等に関する法律案」
35
社会動向レポート
低所得高齢者向け住まいの整備について
― □□□□□□□□□□□□□□ ―
社会政策コンサルティング部
シニアコンサルタント
コンサルタント
宇都 隆一
清水 徹
高齢化が急速に進む中、医療・介護に対応した住居の整備が重要な課題となっている。本稿は、
年収200万円程度の所得水準でも円滑に入居できる高齢者向け住まいの確保のあり方について
「サービス付き高齢者向け住宅」を中心に検討した。
を目指す国の意気込みが感じられる。
はじめに
高齢者向け住宅の整備制度が本格化するな
わが国では高齢化が急速に進展しており、そ
れに伴い医療・介護を必要とする高齢者の数も
か、低所得高齢者がこうした住宅施設へ円滑に
入居できるような施策が求められている。
増加している。また、今後の傾向として、高齢
者に占める単身世帯の割合が増加すると予想さ
れている。単身世帯においてはこれまでのよう
な家族によるサポートも期待できないことから、
1. 高齢者の実態
(1)単身高齢者世帯の比率が上昇
わが国において高齢化が急速に進展している
医療・介護等のサービスの提供が受けられる住
ことは周知の事実であるが、改めてその実態を
まいに対するニーズが高まると予想される。
整理したい。
一方で、高齢者世帯は、現役世帯と比べ相対
2010年時点では、65歳以上人口は2,925万人
的に所得水準の低い世帯が多くを占めるため、
で、全人口に占める割合(高齢化率)は22.8%に
そうした所得水準でも円滑に入居できるような
のぼる。今後の人口推計をみると、65歳以上人口
住まいの確保が求められている。
(2)
は2030年には3,685万人に達すると見込まれる
。
こうしたなか、2011年10月に「サービス付き
(1)
高齢者向け住宅制度」がスタートした
。国土
国立社会保障・人口問題研究所の調査による
と、世帯主が65歳以上の高齢者世帯は2010年
交通省と厚生労働省の共同所管によるもので、
の1,568 万世帯から2030 年には 1,903 万世帯に
国土交通省が担う住宅政策と厚生労働省が担う
増加することが見込まれている。このうち、単
医療・介護サービス提供を組み合わせること
身高齢者世帯数は2010年の466万世帯から2030
で、高齢者が安心する住環境の実現を目指そう
年には717万世帯に増加し、高齢者世帯に占める
というものである。国は、サービス付き高齢者
割合は2010年の29.7%から2030年には37.7%
向け住宅に対して、補助金、税制優遇、融資の
に上昇することが見込まれる(3)。
3本柱で普及を図っている。平成24年度の予算
は、厳しい財政状況にもかかわらず、前年度対
比30億円増の355億円となっており、制度普及
36
(2)要介護人口の増加が続く
以上のような高齢化の進展に伴い、介護が必
低所得高齢者向け住まいの整備について
要な高齢者数も増加している。要介護認定者数
279,436円であり、年間に換算すると、単身世帯
は、2000年度の256万人から2009年度には約
男性で1,995,432円、単身世帯女性で1,924,920
(4)
1.9倍の485万人に増加している 。今後も、高
円、二人以上世帯で3,353,232円を支出してい
齢者、特に、要介護認定率が特に高くなる75
ることがわかる。すなわち、二人以上世帯はも
歳以上人口は2055年ごろまで増加を続けるこ
とより、単身世帯であっても、年間でおよそ
とが予想されており(5)、要介護認定者数も中長
200万円程度の支出を行う計算となる。
そこで本稿では、主なターゲットである低所
期的に増加傾向が続くものと考えられる。
得高齢者の「低所得」の水準について、世帯収
(3)世帯所得が200万円未満の層が多い
入が200万円未満の所得階層と位置づける。こ
続いて、平成22年国民生活基礎調査(2010年
の定義に基づけば、2010年では、世帯収入が
調査)より、高齢者世帯(65歳以上のみで構成
200万円未満の「低所得」世帯は、高齢者世帯
するか、または、これに18歳未満の未婚者が
全体の37.8%を占める。
加わった世帯)の所得について見てみると、
2010年の1世帯当たり平均所得は307.9万円と
2. 高齢者向け住宅・施設の実態
なっている。所得区分ごとに見ると、
「150 ∼
高齢化の進展に伴い、医療・介護が必要な高
200万円未満」が最も多く、以下「100∼150万
齢者数も増加する。医療・介護が必要になった
円未満」
「250∼300万円未満」と続く。
場合の対応としては、それまでの住居において
一方、全国消費実態調査から高齢者世帯の月
家族による介護や在宅サービスなどを受ける
当たりの平均的な支出額を見てみると、高齢者
か、あるいは、医療・介護等のサービスが受け
世帯(無職)における実支出(生活費である消
られる高齢者向けの住宅・施設に転居してサー
費支出と社会保険料等の非消費支出の合計額)
ビスを受けるという方法が考えられる。今後、
は、1 か月平均で単身世帯男性が166,286 円、
単身高齢者世帯が増加する中、後者の医療・介
単身世帯女性で 160,410 円、二人以上世帯で
護等のサービスが受けられる高齢者向け住宅・
図表 高齢者世帯の所得(濃い色は世帯年収200万円未満の層)
1世帯当たり平均所得金額:307. 9万円
世帯人員1人当たり平均所得金額:197. 9万円
(資料)厚生労働省「平成22年国民生活基礎調査」より筆者作成
37
施設のニーズが高まると想定される。
住宅・施設の定員数を上回っている。今後、要
介護認定者数及び単身高齢者世帯が増加するこ
(1)医療・介護等のサービスが受けられる高齢
者向けの住宅・施設数は不足
医療・介護等のサービスが受けられる高齢者
とを考慮すれば、医療・介護等のサービスが受
けられる高齢者向け住宅・施設には不足感があ
ると言えるだろう。
向けの住宅・施設の実態をみると、絶対数が不
足しているという課題がある。社会保障審議会
(2)低所得層が利用しやすい住宅・施設も不足
介護保険部会(第28回、2010年7月)資料によ
低所得層が利用しやすい住宅・施設も同じよ
ると、2008年度時点の医療・介護等のサービ
うな状況にある。介護等が必要となった場合の
スが受けられる高齢者向け住宅・施設(6)の全て
施設の代表的なものとして介護保険3施設(特
のサービスを合計した定員は143万となってい
別養護老人ホーム、介護老人保険施設、介護療
る(高齢者向け住宅は戸数でカウントされてい
養型医療施設)があげられるが、3施設の定員は
るため、人数に換算すれば定員の上積みが予想
合計84万人、介護療養型医療施設を除くと74
される)。一方、医療・介護等のサービスが受
万人となっている。このうち、特別養護老人ホ
けられる高齢者向けの住宅・施設の潜在的利用
ームでは、2009年時点で約42万人の待機者が
者である要介護認定者数は、2008年度末時点
生じており、社会問題化している。
で467万人に上る。
また、当社が実施したアンケート調査より、
要介護認定者の全てが医療・介護等のサービ
旧高齢者専用賃貸住宅の費用水準をみると、旧
スが受けられる高齢者向け住宅・施設を利用す
高齢者専用賃貸住宅における単身者の居住にか
るわけではないことから単純な比較はできない
(7)
かる平均的な費用(月額)
は、「8 万円以上」
が、例えば要介護度3以上の要介護認定者数だ
が全体では56.5%、都市部では70.3%と多くを
けでも2008年度末時点で184万人に上り、医
占めた。これに食費やその他生活費等の支出を
療・介護等のサービスが受けられる高齢者向け
含めて考えると、旧高齢者専用賃貸住宅は、年
図表 旧高齢者専用賃貸住宅における単身者の居住にかかる平均的な費用(月額)
(資料)みずほ情報総研株式会社「平成23年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業
低所得高齢者の住宅問題に関する調査研究事業報告書」
(2012年3月)
38
低所得高齢者向け住まいの整備について
収200万円以下の層にはまだ割高感があるとこ
①集住のメリットを活かした収益機会の確保
高齢者住宅を賃貸物件としてみた場合、一般
ろが多いといえる。
当社が実施した高齢者住宅の運営事業者に対
の賃貸マンションと比較すると収益性は決して
するヒアリング調査では、食費や光熱水費等を
高いとは言えない。高齢者の安心・安全を確保
含んだ家賃ベースで15万円前後の「厚生年金モ
するためには、廊下幅やエレベーターなどは広
デル」から、10万円前後の「国民年金モデル」
めに確保しなければならないし、食堂や談話室
への取組を志向する事業者も見られた。こうし
なども必要となってくる。賃貸物件の収益性を
た取組に見られるように、低所得層でも入居可
規定する指標として、延床面積に占める賃貸部
能な価格帯の住宅、特に介護等が必要になっ
分の割合を示す“レンタブル比”があるが、一
た場合に利用しやすい住宅の供給が求められて
般の賃貸マンションが90%前後であるのに対
いる。
して、高齢者住宅は、60 %を切るところも珍
3. 低所得高齢者の円滑な入居に向けた
4. 対策と課題
しくない。その分収益機会を逸失していること
になる。
(1)鍵を握る医療機関の参入
各事業者は介護保険収入などで、賃貸物件と
現在、高齢者住宅市場に参入しているプレー
しての低収益性をカバーしようとしているが、
ヤーには、不動産・建築会社、民間介護事業者、
医療機関は、これに加えて訪問診療や訪問看護、
社会福祉法人、医療機関(病院・診療所)など
さらには、ターミナルケアの加算料といった収
がある。
益機会を見込むことができる点で優位性がある。
それぞれのプレーヤーが独自の強みを生かし
訪問診療や訪問看護は、患者から患者への移
て、この事業に参入しているが、そのなかで低
動時間を考慮するとどうしても非効率になって
所得高齢者向けの住宅供給という点で注目され
しまいがちであるが、集合住宅であればこの時
ているのが「医療機関」である。
間を大幅に節減できる。特に、病院の上層階に
医療機関が、高齢者住宅事業を前向きに検討
している理由として以下の点が挙げられる。
高齢者住宅を設置することができれば、集住の
メリットを最大限に享受することができる。
図表 サービス付き高齢者向け住宅事業に参入している主なプレーヤー
事業者
不動産、建築会社
参入の背景
・事業の多角化推進
・アパートやマンションの需要低下による空室率の上昇
介護事業者
・総量規制(介護付き有料老人ホーム)
・在宅系サービスと居住系サービスとの連携
社会福祉法人
・総量規制(特別養護老人ホーム)
・特別養護老人ホームの入居待機者の受け皿
医療法人
・在宅医療に対する診療報酬上の高評価
・療養病床の再編
・医療法人の付帯業務
(資料)ヒアリング等により筆者作成
39
おりしも、医療機関のなかには、施設の老朽
民間事業者)と比較して家賃水準を相対的に低
化に伴う建替え適齢期を迎えているものが少な
水準に設定するポテンシャルがある。“病院機
くない。病棟の建替えを機に、余剰容積率等を
能”を維持するための補完的な位置づけとして
活用することで、上層階に高齢者住宅の設置を
の住宅事業と割り切ってしまえば、必要最低限
検討するところが今後増えてくる可能性もある。
のコストを回収する水準に家賃を設定すること
も可能だからである。
②政策動向への対応
政府が進める「社会保障と税の一体改革」に
おける医療・介護のシミュレーション(2025年
(2)所得階層に応じた施設整備の充実(間接的
な低所得層の支援)
モデル)では、病床の機能・役割の分化が明示
医療機関が高齢者住宅の入居者家賃引下げの
されている。このなかで、急性期機能を担う病
ポテンシャルを有していることは上述したとお
院・病床は、平均在院日数のさらなる短縮化が
りであるが、他の事業主体(特に民間事業者)
求められることとなる。従来と同じ収入水準を
はどうであろうか。
維持するには、退院患者の受け入れ先を確保し
現在の高齢者住宅のラインナップは、一部富
たベッドコントロールの巧拙がこれまで以上に
裕層向けの有料老人ホームと、主に介護等が必
重要なポイントとなってくる。地域連携によっ
要な低所得者も利用しやすい特別養護老人ホー
て、他の病院と連携しながら役割分担を行って
ム等に代表される介護3施設に二分化されてお
いくことも考えられるが、自前でこうした後方
り、健常者を含む低∼中間所得層向けが絶対的
ベッドを確保していれば、患者にとっても大き
に不足している状況にある。各事業者は、こう
な安心感につながるであろう。言い換えれば、
した絶対的不足ゾーンに商機を見出している
急性期病院が急性期病院としての機能を維持し
が、低所得者層への供給には必ずしも注力して
高めていくためには、一定の後方ベッドとして
いるわけではない。この点だけでみると、直接
の位置づけたる高齢者住宅の設置は重要な意味
的な低所得者対策には寄与していないようにも
を持ってくる。
みえる。
また、期限が延長されたとはいえ、療養病床
しかし、主に介護等が必要となった場合の施
の再編も医療機関にとっては重要な課題であ
設の代表的なものである特別養護老人ホームの
る。全国で約38万床を数える療養病床は医療
入居者、あるいは入居待機者のなかには、本来、
費抑制の観点から大幅に再編されることとなっ
特別養護老人ホームに入る必要のない人が少な
た(特に介護療養病床は全廃の方向が打ち出さ
からず存在するという(8)
。そのなかには、高額な
れた)。療養病床を多く抱える医療機関にとっ
入居一時金等を支払って有料老人ホームに入る
ては切実な問題であり、受け皿として、高齢者
ほどの資力はないために特別養護老人ホームを
住宅に期待が寄せられている。
選択している人も存在するといわれている。こ
うした人々の受け皿となる手ごろな価格帯の介
40
このように、医療法人が高齢者住宅事業に取
護サービス付き住宅が整備されれば、現在42
組む場合、賃料以外の収益機会があること、病
万人に達するといわれる特別養護老人ホームの
院機能維持のための第二、第三ベッドとしての
入居待機者は整理され、特別養護老人ホームは
位置づけ等を踏まえると、他の事業主体(特に、
低所得者も利用しやすい施設として機能してい
低所得高齢者向け住まいの整備について
くと考えられる。いわば、中間所得層向けの高
を見直すことも視野に入れるべきであり、これ
齢者住宅の整備が、間接的に低所得高齢者の住
が低所得高齢者向けの住まい確保にもつながっ
まいを支えるという考え方である。
てくるであろう。
4. 最後に∼補助制度のあり方について∼
注
(1)
高齢者住宅供給の切り札として、2011年10
サービス付き高齢者向け住宅制度のスタートに伴
い、高齢者専用賃貸住宅(高専賃)、高齢者円滑入
月にスタートした「サービス付き高齢者向け住
居賃貸住宅(高円賃)、高齢者向け優良賃貸住宅
宅」は、政府による補助制度の後押しもあり、
(高優賃)といった従来の高齢者向け住宅制度は廃
現在のところ比較的順調に供給戸数を増やして
止、一本化された。
(2)
2010年の人口:総務省「国勢調査」、2030年の人
いる。しかし、事業者へのヒアリング調査では、
口:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来
低所得高齢者に対する住宅供給という点からみ
推計人口(平成24年1月推計)」の出生中位(死亡
たこの補助制度の問題点について指摘があっ
中位)
(3)
た。最後にこの点について触れておきたい。
サービス付き高齢者向け住宅の普及事例をみ
ると、土地所有者が上物(住宅)を建築し、運
将来推計(2008年3月推計)
」
(4)
厚生労働省「介護保険事業状況報告(平成21年
度)
」
(5)
営は事業者に委託する「所有と運営を分離」す
る形態が多くなっているが、今回の補助制度の
国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計
人口(平成24年1月推計)
」の出生中位(死亡中位)
(6)
介護療養型医療施設、老人保健施設、特別養護老
人ホーム、養護老人ホーム、軽費老人ホーム、有
対象は主に「建築」に偏ったインセンティブ制
料老人ホーム、認知症高齢者グループホーム、旧
度になっている。建築に対する補助は、所有者
高齢者向け有料賃貸住宅、旧高齢者専用賃貸住宅、
のほか金融機関や建築事業者にとってはメリッ
シルバーハウジング。社会保障審議会介護保険部
会資料では、単に「高齢者向け住宅・施設」と呼
トがあるものの、運営事業者がそれを十分に享
称しているが、本稿ではこれらを「医療・介護等
受できるとは限らない。運営事業者側にメリッ
のサービスが受けられる高齢者向けの住宅・施設」
トがないと、家賃も下方硬直的になりがちであ
として扱うこととする。なお、上記のうち、旧高
齢者専用賃貸住宅3万戸の中には生活支援等のサー
り、入居者もメリットを実感しにくくなる。建
ビス提供を伴わないものも含まれるが、便宜上そ
物にかかるコストを建築から運営、廃棄に至る
ライフサイクルでみると、建築にかかるコスト
れらも含めている。
(7)
および各種付帯サービスのうち多くの入居者が利
(イニシャルコスト)は一般的に2割程度に過ぎ
用しているサービスにかかる生活支援サービス費
ないとされている。運営費、修繕費、保全費、
その他一般管理費等といったランニングコスト
平均的な費用(月額)は、家賃、共益費・管理費、
を含む。また、住戸の間取りは単身者の居住を想
定した平均的な間取りとした。
(8)
の占める割合の方がはるかに大きく、この点に
たとえば、「第90回社会保障審議会介護給付費分科
会」では、特別養護老人ホームの待機者の実態を
対する助成が、コスト削減、ひいては入居者家
調査しており、その半数近くは緊急性がないとし
賃引下げにつながってくると思われる。
ている。
もちろん、政府が掲げた「10年間で60万戸」
という整備目標を達成するためには、ハード面
※
本稿は、厚生労働省からの助成を受けてみずほ情報総
の整備に重点を置くべきであり、その意味で現
研株式会社が作成した「平成23年度老人保健事業推進
状の補助制度には合理性もある。しかし、一定
費等補助金老人保健健康増進等事業低所得高齢者の住
の供給量が確保された後は、補助制度のあり方
宅問題に関する調査研究事業報告書」(2012年3月)を
基にしたものである。
41
社会動向レポート
ディーセントワークの実現に向けて
― 企業の持続的成長を下支えする補助エンジンとして ―
社会政策コンサルティング部
コンサルタント
小曽根 由実
企業には持続的成長の源泉となる人材の確保・定着を図るため、ディーセントワーク(働きが
いのある人間らしい仕事)の実現に係る取組の展開が求められる。本稿では、この取組が進んで
いる企業の特徴を考察する。
ーク』の実現に向けて、『同一価値労働同一賃
はじめに
労働力人口の減少、また労働者の働くことに
税額控除の検討、最低賃金の引き上げ、ワー
対する価値観が多様化する現在、各企業では人
ク・ライフ・バランスの実現(年次有給休暇の
材の確保ならびに定着を図るためにも、ワー
取得推進、労働時間短縮、育児休業等の取得推
ク・ライフ・バランスの実現をはじめとするデ
進)に取組む」旨が明記されており、併せて、
ィーセントワークに係る取組をこれまで以上に
2020年までの数値目標が掲げられている。
展開する必要性が生じている。
ディーセントワークとはまだ耳慣れない言葉
さらに、2012年9月に厚生労働省が公表した
「平成24年版労働経済の分析(労働経済白書)」
であるかもしれないが、1999年に開催された
においても、「『分厚い中間層』の復活に向けて
第87回ILO総会においてソマビア事務局長が提
は、1.誰もが持続的に働ける全員参加型の社
唱した概念であり、わが国では「働きがいのあ
会の構築、2.能力開発による人的資本の蓄積、
る人間らしい仕事」と訳され、数年前からこれ
3.ディーセントワーク(働きがいのある人間
の実現に向けた政策の検討が進められている。
らしい仕事)の実現、が不可欠」との指摘がな
たとえば、2007年に関係閣僚、経済界・労
されたところである。
働界・地方公共団体の代表等からなる「官民ト
当社ではこうした流れを踏まえ以下の3点に
ップ会議」が策定した「仕事と生活の調和(ワ
着目し、全国の非上場企業を対象とした「『す
ーク・ライフ・バランス)憲章」では「仕事と
べての社員にとって働きやすい職場づくり』に
生活の調和に向けた取組を通じて、『ディーセ
向けたアンケート調査」を実施した。3点とは
ントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)』
具体的に、
の実現に取組み、職業能力開発や人材育成、公
正な処遇の確保など雇用の質の向上につなげる
ことが求められている」との記述がある。また、
2010年6月に閣議決定された「新成長戦略」の
雇用・人材戦略においても「『ディーセントワ
42
金』に向けた均等・均衡待遇の推進、給付付き
A.各企業においてディーセントワークの実
現に向けた取組がどの程度進んでいるか
B.どのような属性の企業でディーセントワ
ークの実現に向けた取組が進んでいるか
C.ディーセントワークの実現に向けた取組
デ ィ ー セ ン ト ワ ー ク の 実 現 に 向 け て ― 企業の持続的成長を下支えする補助エンジンとして ―
は「平均勤続年数」「女性正社員比率」
「売上高」「経常利益」等に好影響を及ぼ
のある人間らしい仕事」と訳し、その具体的内
容を図表 1 の(1)∼(4)のように4 つに分けて
整理するのが一般的である。
しているか
今回調査ではこの(1)∼(4)の内容をさらに
であり、本稿では同調査の分析結果およびそこ
から得られた示唆を取りまとめている。
図表1の表中下線 ①∼⑦ のように要素分解し、
なお、非上場企業を調査対象とした理由は大
これら7つの要素をそれぞれ数値軸で捉えるこ
きく以下の2点にある。1点目は、ディーセン
とで、企業のディーセントワークに係る取組進
トワークに関する非上場企業を対象とした企業
展度が把握できるようアンケート調査票を設計
アンケート調査はこれまでに実施されていない
した(図表2)
。これは前述の「厚労省調査」と
ため(上場企業を対象とした代表的調査には、
同じ考え方に基づくものである。ただし、両調
みずほ情報総研「ディーセントワークと企業経
査は同一設問を設定しているわけではないため
(1)
営に関する調査研究事業
」(平成23年度厚生
比較分析できるものではない。
労働省委託調査)がある。以下、
「厚労省調査」
)
2. 調査仮説
である。2点目は、近年、上場企業においては
CSR(企業の社会的責任)を重要視する株主の
声といった外部要因を背景に、長時間労働削減
ここで、今回調査における2つの仮説を提示
する。
1つ目の仮説(以下、「調査仮説その1」)は、
等のいわゆるワーク・ライフ・バランス施策を
はじめとするディーセントワークに係る取組が
「ディーセントワークに係る取組が進んでいる
定着しつつある一方で、こうした観点からの外
職場」すなわち「従業員にとって働きやすく、
部的後押しは得にくい非上場企業における当該
働きがいがある職場」はその企業の経営姿勢や
取組の進展度合いをみることは、わが国企業経
職場風土として、
営者が純粋に「働きがいのある人間らしい仕事」
の実現をどの程度志向しているかを把握できる
と考えたためである。
1. 今回調査における
2. ディーセントワークの捉え方
わが国ではディーセントワークを「働きがい
①経営者が働きやすさ向上に資する取組に理
解を示している
②経営者自らが働きやすさ向上に資する取組
や制度づくりに関与している
③各種制度・取組は法定レベル/最低限であ
っても、運用により柔軟に対応している
図表 1 ディーセントワークの内容(わが国の整理)
(1)働く機会があり①、持続可能な生計に足る収入が得られる ④ こと
(2)労働三権などの働く上での権利が確保され、職場で発言が行いやすく、それが認め
られる ⑤ こと
(3)家庭生活と職業生活が両立でき ①、安全な職場環境⑥や雇用保険、医療・年金制度な
どのセーフティネットが確保され⑦、自己の鍛錬もできる ③ こと
(4)公正な扱い、男女平等な扱いを受ける ② こと
(資料)各種資料より筆者作成、下線および丸数字は筆者付記
43
④各種制度・取組が社員に周知され、社員が
⑤女性管理職比率が高い
これを理解している
⑥売上高が高い
等の傾向が認められるのではないか、というも
⑦経常利益が高い
のである。
等の傾向が認められるのではないか、というもの
また、2つ目の仮説(以下、
「調査仮説その2」
)
である。
は「ディーセントワークに係る取組が進んでい
図表3を用いて、上記2つの調査仮説の背景に
る職場」すなわち「従業員にとって働きやすく、
あると想定される「企業におけるディーセント
働きがいがある職場」ではそうでない職場と比
ワークの実現とそこから得られる成果に関する
較して、人事面や経営面への影響として、
メカニズム」を説明したい。
①男性・女性ともに平均勤続年数が長い
ディーセントワークに係る取組(図表3の表
②女性正社員比率が高い
中【アウトプット】に該当。具体的には「ノー
③所定外労働時間が短い
残業デーの設定」「定年の引き上げ」「計画的
④年次有給休暇取得率が高い
OJTの実施」等の取組)は、企業における「経
図表 2 ディーセントワークを捉えるための7つの軸
「ワーク」と「ライフ」をバランスさせながら、いくつになっても働き続
①WLB軸
けることができる職場かどうかを示す軸
②公正・平等軸
性別や雇用形態を問わず、すべての労働者が「公正」
「平等」に活躍でき
る職場かどうかを示す軸
③能力開発軸
能力開発機会が確保され、自己の鍛錬ができる職場かどうかを示す軸
④収入軸
持続可能な生計に足る収入を得ることができる職場かどうかを示す軸
⑤労働者の権利軸 労働三権などの働く上での権利が確保され、発言が行いやすく、それ
が認められる職場かどうかを示す軸
⑥安全衛生軸
安全な環境が確保されている職場かどうかを示す軸
⑦セーフティネット軸 最低限(以上)の公的な雇用保険、医療・年金制度などに確実に加入
している職場かどうかを示す軸
(資料)各種資料より筆者作成
図表 3 ディーセントワークの実現に向けた取組の流れ
【インプット】
【アウトカム】
経営戦略
【アウトプット】
人事戦略
ディーセントワークに
係る取組の実施
「
『働きやすさ向上』
に
向けた経営者の
理解や関与」
「良好な職場風土」等
44
具体的には
・ノー残業デーの設定
・計画的OJTの実施 等
「平均勤続年数の
長期化」
「女性正社員比率の
上昇」
「売上高の上昇」
「経常利益の上昇」等
デ ィ ー セ ン ト ワ ー ク の 実 現 に 向 け て ― 企業の持続的成長を下支えする補助エンジンとして ―
営戦略」や「人事戦略」に基づきその方向性が
ここではまず、本アンケート調査の実施概要と分
定められ、また、同取組は単に制度化されるだ
析・仮説検証の方法・手順について概観する。
けでなく、こうした制度が実効的に運用される
ような「経営者の理解や積極的関与」
「良好な
職場風土」があってはじめて円滑に機能するも
のだと言える。
本調査ではこれら「経営戦略」「人事戦略」
「経営者の理解や積極的関与」
「良好な職場風土」
(1)調査実施概要
「ディーセントワークの実現に向けた取組」
を把握するための「『すべての社員にとって働
きやすい職場づくり』に向けたアンケート調査
(2)
」は、商用データベースから無作為抽出した
等をディーセントワークの実現に向けた【イン
全国10,000社の非上場企業を調査対象とした。
プット】として整理した。すなわち、「経営・
2012年1月下旬∼2月上旬に郵送にて配布・回
人事戦略、経営者の理解や積極的関与、良好な
収し、有効回収率は9.8%であった。
職場風土の実現等」という【インプット】が、
「ノー残業デーの設定」
「計画的OJTの実施」等
の「ディーセントワークに係る取組の実施」と
いった【アウトプット】をもたらすというメカ
(2)分析ならびに仮説検証の方法・手順
本調査の分析ならびに仮説検証に当たって
は、下記の方法・手順を採った。
ニズムである。当該メカニズムは上記「調査仮
説その1」と関係するものである。
また、
【アウトプット】である「ディーセントワ
<ディーセントワークの実現に向けた取組がど
の程度進んでいるか>
ークに係る取組の実施」を通じて従業員の職場
働きやすい職場づくりに向けた制度・取組の
に対する満足度が向上すれば、「平均勤続年数
(3)
整備・運用状況(=各設問)
についてそれぞ
の長期化」
「女性正社員比率の上昇(たとえば育
れ1pt∼5ptでポイント化の上、各軸の平均ポイ
児・介護等を理由として退職せずにすむため)」
ントを足し上げることで「7軸合計アウトプッ
等、人事面での成果(図表3の表中【アウトカム】
トポイント=ディーセントワークに係る取組進
に該当)が見込まれるのみならず、たとえば従
展度」を算出した(4)。
業員のモチベーションが向上することにより「売
なお、同ポイントは分析・検証を単純化する
上高の上昇」
「経常利益の上昇」等の経営面での
ために設定したものであり、あくまで「他の企
成果(これも図表3の表中【アウトカム】に該当)
業より取組が進んでいるか」という相対的な位
ももたらされる可能性が高まると考えられる。
置づけを示す。すなわち、「ポイントの水準自
つまりこれは、上記【インプット】によってもた
体が意味を持つものではない」ことに留意が必
らされた【アウトプット】が「平均勤続年数の長
要である。
期化」等の人事面の成果や「売上高の上昇」等の
経営面での成果という【アウトカム】をもたらす
というメカニズムである。当該メカニズムは上
記「調査仮説その2」と関係するものである。
3. 調査実施概要、分析ならびに
4. 仮説検証の方法・手順
以上に記した2つの調査仮説を検証する前に、
<調査仮説その1の検証>
まず、サンプル企業ごとに前述のディーセン
トワークに係る取組進展度を示す指標である
「7軸合計アウトプットポイント」と当該ポイン
トの構成要素でもある「各軸平均ポイント」を
算出した。つづいて、「経営・人事戦略、経営
45
者の理解や積極的関与、良好な職場風土の実現」
イントが高いことがわかった。これは言い換え
という【インプット】を8つの「インプット指
れば「経営者の理解や積極的関与、良好な職場
標(図表4)
」として整理し、サンプル企業がイ
風土の実現等は、ディーセントワークに係る取
ン プ ッ ト 指 標 に 対 し て 「『 大 い に 当 て は ま
組を進展させ、結果として従業員に働きやすく、
る』+『やや当てはまる』」または、「『あまり当
働きがいのある仕事をもたらす」傾向があるこ
てはまらない』+『まったく当てはまらない』」
とを示している。
の2つのカテゴリに分け、各カテゴリに属する
ここで上記「当てはまる」企業群と「当ては
サンプル企業の「7軸合計アウトプットポイン
まらない」企業群のアウトプットポイントの差
トの平均値」を算出し、両カテゴリの比較分析
が大きい順にインプット指標を順位付けする
を実施した(図表5)
。
と、以下のようになる(図表5では上位3位分
を詳細表示)
。
<調査仮説その2の検証>
1位:経営者は「従業員の働きやすさ向上」
に資する取組に理解がある
アウトカム指標となる「平均勤続年数」「女
性正社員比率」
「売上高」「経常利益」等の傾向
2位:定期的に従業員意識調査等を行い、こ
や水準と、
「7軸合計アウトプットポイント」の
の結果を人事制度等の改定に反映させ
間の相関関係を分析した(図表6)
。
ている
4. 仮説検証結果と
5. そこから得られた示唆
3位:管理職に対して、「働きやすい職場」に
関する制度・取組の内容を各種研修内
(1)調査仮説その1の検証結果から
調査仮説その1の検証では、「7軸合計アウト
で時間をとって説明している
4位:非管理職に対して、「働きやすい職場」
プットポイント=ディーセントワークに係る取
に関する制度・取組の内容を各種研修
組進展度」と、今回設定した8つの「インプッ
内で時間をとって説明している
ト指標」すなわち「経営者の理解や積極的関与
5位:経営者自らが「従業員の働きやすさ向
度合い」「良好な職場風土の実現度合い」等と
上」に資する取組や制度づくりに積極
の関連をみると、いずれのインプット指標にお
的に関与している
いても当該状況に「当てはまる」企業群が「当
6位:部下が上司に仕事のこと・プライベー
てはまらない」企業群に比べてアウトプットポ
トなことを問わず相談できる職場風
図表 4 本調査で設定したディーセントワークの「インプット指標」
(1)経営者は「従業員の働きやすさ向上」に資する取組に理解がある
(2)経営者自らが「従業員の働きやすさ向上」に資する取組や制度づくりに積極的に関与している
(3)管理職に対して、
「働きやすい職場」に関する制度・取組の内容を各種研修内で時間をとって説明している
(4)非管理職に対して、
「働きやすい職場」に関する制度・取組の内容を各種研修内で時間をとって説明している
(5)従業員の個別事情に応じて、制度を柔軟に運用する職場風土がある
(6)従業員の個別事情を「お互いさま」と認め合える職場風土・雰囲気がある
(7)部下が上司に仕事のこと・プライベートなことを問わず相談できる職場風土・雰囲気がある
(8)定期的に従業員意識調査等を行い、
この結果を人事制度等の改定に反映させている
(注)アンケート調査では、上記 8 項目ごとに「貴社ではどの程度当てはまるか」を4 段階(「大いに当てはまる」
「やや当ては
まる」
「あまり当てはまらない」
「まったく当てはまらない」)で尋ねている。
46
デ ィ ー セ ン ト ワ ー ク の 実 現 に 向 け て ― 企業の持続的成長を下支えする補助エンジンとして ―
図表 5 経営姿勢や企業風土等の項目(インプット)別にみたディーセントワークに係る取組進展度(アウトプットの状況)
−「当てはまる職場」
「当てはまらない職場」間のポイント差が大きい上位3項目−
1位:経営者は「従業員の働きやすさ向上」に資する取組に理解がある(インプット指標)
①WLB軸
5
〔各軸の平均ポイント〕
4
〔7軸合計アウトプットポイント〕
⑦セーフティネット軸
②公正・平等軸
3
大いに+
やや当てはまる
18.79pt
2
(n=807)
1
⑥安全衛生軸
あまり+
まったく当てはまらない
③能力開発軸
15.97pt
(n=160)
大いに+
やや当てはまる
⑤労働者の権利軸
④収入軸
あまり+
まったく当てはまらない
2位:定期的に従業員意識調査等を行い、この結果を人事制度等の改定に反映させている(インプット指標)
①WLB軸
5
〔7軸合計アウトプットポイント〕
〔各軸の平均ポイント〕
4
⑦セーフティネット軸
②公正・平等軸
3
大いに+
やや当てはまる
19.96pt
2
(n=334)
1
⑥安全衛生軸
あまり+
まったく当てはまらない
③能力開発軸
17.47pt
(n=634)
大いに+
やや当てはまる
⑤労働者の権利軸
④収入軸
あまり+
まったく当てはまらない
3位:管理職に対して、
「働きやすい職場」に関する制度・取組の内容を各種研修内で時間をとって説明している
(インプット指標)
①WLB軸
5
〔7軸合計アウトプットポイント〕
〔各軸の平均ポイント〕
4
⑦セーフティネット軸
②公正・平等軸
3
大いに+
やや当てはまる
19.80pt
2
(n=382)
1
⑥安全衛生軸
あまり+
まったく当てはまらない
③能力開発軸
17.37pt
(n=588)
大いに+
やや当てはまる
⑤労働者の権利軸
④収入軸
あまり+
まったく当てはまらない
(注)1 7軸合計アウトプットポイントとは各軸の平均ポイントを足し上げたものであり、ディーセントワークに係る取組
進展度を表す。
2 各軸の平均ポイントとはディーセントワークの7つの軸ごとに、働きやすい職場づくりに向けた制度・取組の整備・
運用状況をポイント化したものである。
47
土・雰囲気がある
7位:従業員の個別事情を「お互いさま」と
認め合える職場風土・雰囲気がある
8位:従業員の個別事情に応じて、制度を柔
軟に運用する職場風土がある
この順位は、上位のインプット指標ほど「従
業員にとって働きやすく、働きがいがある職場」
向けた取組進展度」と、「アウトカム指標」す
なわち以下に挙げた「ディーセントワークの実
現がもたらすであろう人事面や経営面での具体
的成果」との相関を確認した。
・女性正社員比率の「変化」
・平均勤続年数、および、その「変化」(男
性・女性)
の実現に寄与している度合が高い(下位のイン
・月平均所定外労働時間
プット指標では「当てはまる職場」と「当ては
・平均年次有給休暇取得率
まらない職場」の「従業員にとって働きやすく、
・女性管理職比率
働きがいがある職場」への寄与度の差が小さい)
・売上高の「傾向」
ということを意味している。
・経常利益の「傾向」
一方で、
「7軸合計アウトプットポイント=デ
結果は図表6 の通りであり、ディーセントワー
ィーセントワークに係る取組進展度」と、今回
クに係る取組進展度と人事面・経営面の数値・
アンケート調査で把握した「業種」「経営面で
変化・傾向に明確な関係は認められなかった。
重視して取り組んできたこと(「収益性の向上」
翻って、「はじめに」で触れた上場企業を対
「品質の向上」等)」「人事面で重視して取り組
象とする「厚労省調査」では、「ディーセント
んできたこと(
「高齢者の積極活用」
「従業員満
ワークの『達成度』」と「正社員の平均勤続年
足度の向上」等)」との間には明確な関連は認
数」に相関関係が認められている。しかしなが
められなかった。
ら当該調査における「達成度」とは、今回調査
以上をまとめると、非上場企業においては、
の分析で採り上げた「ディーセントワークの取
・業種や注力して取組んでいる経営課題・人
組進展度」の指標に、当該企業で働く従業員を
事施策に関わらず、
・経営者が「従業員の働きやすさ向上」に資す
対象として実施したアンケート調査の結果から
算出した「取組に対する認知度・役立ち度」
る取組に理解がある姿勢を示すとともに、
「仕事や職場に対する認識」等の数値を組み込
・定期的に従業員意識調査等を行い、この結
むことで別途作成した指標である。つまり、今
果を人事制度等の改定に反映させ、
・これらの制度等を管理職・非管理職を問わ
ずに従業員に周知していること、
・加えて、従業員の個別事情を「お互いさま」
と認め合える職場風土・雰囲気があること、
回調査では従業員を対象としたアンケート調査
を実施しておらず、これらを基にした数値を組
み込んでいないために相関関係が認められなか
った可能性があり、単純に「上場企業ではディ
ーセントワークに係る取組の成果が現れやす
等がディーセントワークの実現に有効である
く、非上場企業ではそうでない」と言えるもの
と言うことができる。
ではない。
上記を踏まえると、ディーセントワークの実
(2)調査仮説その2の検証結果から
48
現に向けた効果的な企業内施策のあり方を掘り
調査仮説その2の検証では、「7軸合計アウト
下げて検討するためには、非上場企業で働く従
プットポイント=ディーセントワークの実現に
業員の制度・取組の認知度や職場満足度等を考
デ ィ ー セ ン ト ワ ー ク の 実 現 に 向 け て ― 企業の持続的成長を下支えする補助エンジンとして ―
慮した調査や、上場企業と非上場企業の調査結
度」「フレックスタイム制度」「ふるさと勤務正
果の差を分析するような調査を継続して実施す
社員制度(Uターン支援)」等の様々な制度を
る必要があると言えるだろう。
立て続けに整備し、こうした成果から2012年
5. ディーセントワークの実施に向けた
6. 取組事例
には東京都新宿区の「ワーク・ライフ・『ベス
非上場企業のなかにももちろん、ディーセン
旅行や運動会、部活動(ランニング等)といっ
トワークの実現に向けた取組度合いが高く、ま
た従業員のコミュニケーション円滑化に向けた
た、ディーセントワークの実現が人事面・経営
イベントも数多く実施するなど業務外の活動も
面で一定程度の成果をもたらしていることが類
活発で、ほとんどの従業員がこれらに参加し、
推される企業が少なくない。たとえば、事例と
交流を深めているという。
ト』バランス賞」を受賞している。また、社員
して図表7にみるような企業が挙げられるが、
同社が上記にみる「働き方変革のための諸制
ここではクラスメソッド株式会社(東京都)の
度整備」や「業務外のコミュニケーション活動
管理部長に伺った同社のケースを紹介したい。
活発化」に注力し始めたのは会社設立後5年を
当該事例には今回定量的調査からは明示しきれ
経過した頃であり、そのきっかけは、同社代表
なかった「ディーセントワークの実現に向けた
取締役にお子さんが生まれたことでご自身の就
ポイントとその効用」がみてとれる。
労観が「仕事に全力」から「仕事にも余暇にも
クラスメソッド株式会社は2004年に設立さ
全力」へと変化したことだという。
れた正社員30名強(うち男性約8割、女性約2
代表取締役は手始めに自らの態度・行動から
割)、平均年齢約30歳の情報システム会社であ
「仰々しさ」を一掃することで、職場に「自由
る。代表取締役や管理部長のワーク・ライフ・
でラフに物事を言える空気感」を持ち込み、形
バランス、公正・平等等の実現に向けた意欲は
式張らない風土を醸成することに努めた。
非常に高く、「在宅勤務制度」「短時間正社員制
さらには「働き方改革のための制度整備を進
図表 6 ディーセントワークに係る取組進展度(アウトプットの状況)と
アウトカム指標(人事面・経営面)との相関関係
アウトカム指標(人事面・経営面)との相関比
7軸合計
アウトプット
女性正社員比率の変化
平均勤続年数の変化(男性)
平均勤続年数の変化(女性)
売上高
経常利益
0.0143
0.0060
0.0153
0.0059
0.0045
①WLB軸
0.0049
0.0077
0.0069
0.0033
0.0066
②公正・
平等軸
0.0223
0.0108
0.0096
0.0090
0.0021
③能力開発
軸
0.0067
0.0106
0.0181
0.0052
0.0020
④収入軸
0.0101
0.0023
0.0061
0.0122
0.0096
⑤労働者の
権利軸
0.0022
0.0008
0.0029
0.0005
0.0006
⑥安全衛生
軸
0.0078
0.0010
0.0081
0.0003
0.0012
⑦セーフティ
ネット軸
0.0010
0.0023
0.0023
0.0026
0.0041
アウトカム指標(人事面)との相関係数
7軸合計
アウトプット
月平均所定外労働時間
平均年次有給休暇取得率
女性管理職比率(役員)
女性管理職比率(部長相当職)
女性管理職比率(課長相当職)
平均勤続年数(男性)
平均勤続年数(女性)
−0.0201
0.1839
−0.1165
−0.0478
−0.0486
0.2502
0.2094
①WLB軸
0.0106
0.1488
0.0342
0.0346
0.0344
0.0932
0.0984
②公正・
平等軸
−0.0346
0.0177
−0.0190
0.0112
0.0407
0.1158
0.0832
③能力開発
軸
−0.0282
0.0907
−0.0363
−0.0005
−0.0229
0.0796
0.0574
④収入軸
−0.0445
0.1160
−0.0941
−0.0143
−0.0462
0.0436
0.0133
⑤労働者の
権利軸
−0.0121
0.1564
−0.1342
−0.0987
−0.0826
0.2838
0.2745
⑥安全衛生
軸
0.0134
0.1453
−0.0865
−0.0345
−0.0406
0.1984
0.1634
⑦セーフティ
ネット軸
0.0316
0.0613
−0.0372
−0.0310
−0.0203
0.1124
0.0910
49
図表 7 非上場企業におけるディーセントワークの実現に向けた取組事例
−インプット・アウトプット・アウトカムの内容別に整理−
企業名
インプットの内容
アウトプットの内容
アウトカムの内容
クラスメソッド
・ 代表取締役自らが職場に「自由で ・ 在宅勤務制度、短時間正社員制度、 ・ 大半の従業員が同社で働き続け
ることを希望。
フレックスタイム制度、ふるさと勤
株式会社
ラフに物事をいえる空気感」を持
(情報サービス業、 ち込み、形式張らない風土を醸成。 務正社員制度(Uターン支援)等 ・ 業績も5年前と比較して上昇傾向。
の様々な制度を整備。
正社員数30名強) ・ 経営者と従業員、従業員同士が
業務改善や働き方改善に向けた
意見を自由に発言できる仕組みを
創設。
A社
・「女性が活躍できる職場は、男性 ・ 従業員の意見を基に、育児休業 ・ 男性も育児休業を取得。
のうち1日分は有給として取扱う ・ 従業員の多能工化が進み、日々
(製造業、
にとっても良い職場であり、成長
の業務の中でも自然と稼動の平
制度を開始。
正社員数約70名)
する」との意識の下、社長をはじ
準化が進行。直近3年では残業も
めとしてワーク・ライフ・バランスを ・ 細分化された業務一覧から自身が
繁忙期を除き発生しておらず、有
習得したい業務を指定し、その担
積極的に推進。
給取得率も向上。
当者に弟子入りする形式にて、一
・ 従業員をメンバーとする男女共同
人の従業員が複数の業務を行え
参画に関する委員会を発足し、委
るようにする「一人三役」を推進。
員長から経営層への協力依頼を
実施。経営層もこれに対応。
B社
・「会社の中に連帯感・一体感があ ・ 本人の誕生日、結婚記念日、一親 ・ 男性も育児休業を取得。
等以内の家族の誕生日に取得で ・ 休業者が発生した際に「チームワ
(製造業、
れば強い経営が可能になる」との
ークでカバーしよう」という雰囲気
きる有給休暇取得促進日、半日単
正社員数約70名)
社長の考え方の下、従業員アン
になるなど、職場連帯感・一体感
位で取得可能な有給休暇制度を
ケート調査や育児休業取得者へ
が醸成。
のヒアリング調査の結果を踏まえ、 導入。
各種制度を改定・新設。
・ 育児短時間勤務制度の利用対
・ 子育て関係の特別休暇等の社内
制度等を周知、
その活用を推奨。
象者を小学校就学前の子供をも
つ従業員まで拡大。
(注)1 A社の事例は厚生労働省「中小企業における両立支援推進のためのアイディア集(平成23年度)」
(pp.39∼40)より筆
者作成
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/best_practice/pdf/bp.pdf
2 B社の事例は厚生労働省「平成23年版厚生労働白書」
(第2部 第1章 第8節)より筆者作成
http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpax230301/b0149.html
める」とともに制度が実際に利用されやすいよ
う職場風土の変革や、従業員の声を反映させる
うに「職場の実態に合わせて制度を微調整し続
仕組みの創設(図表3における【インプット】
ける」ことに取組んだ。また、
「制度運用(微調
に該当)は、同社のディーセントワークの実現
整)の幅」に節度を持たせるべく、経営者と従
に大きく寄与し、結果として従業員の仕事に対
業員、または従業員同士の「本音のコミュニケ
するモチベーションややりがいを向上させた
ーション」をサポートする仕組みも整備した。
(図表3における【アウトカム】に該当)
。また、
この仕組みとは具体的にはイントラネットを利
「仰々しい職場風土の時代」には目立っていた
用したもので、業務改善や働き方改善等に向け
離職者はほぼなくなり、現在では「同社で働き
た従業員の意見をいつでもどこからでも書き込
続けたい」と考える従業員が大半を占めるよう
め、これに代表取締役が直接回答することもで
になったという。さらには、必ずしもその成果
きる。さらにこれらの意見は前述の社内諸制度
のみとは言い切れないが、同社の業績は5年前
の整備や改訂時に適宜採り入れられている。
と比較して伸びている(図表3における【アウ
以上にみるような代表取締役の意識変化に伴
50
トカム】に該当)
。
デ ィ ー セ ン ト ワ ー ク の 実 現 に 向 け て ― 企業の持続的成長を下支えする補助エンジンとして ―
decentwork.html
おわりに
(2)
具体的には、正社員を対象とした働きやすい職場
づくりに向けた制度・取組の整備・運用状況につ
現在の厳しい経済情勢下においては、事業存
いてディーセントワークの7つの軸(図表2)に基
続のために採用抑制や賃金の変更などを行わざ
づき調査項目を設定し、たとえば「法定を上回っ
ている/法定どおり」「制度として整備・実施して
るを得ない非上場企業も少なくないと考えられ
いる/運用で対応している/対応していない」等
る。しかしながら、採用抑制は企業内の年齢構
でその整備・運用状況を明らかにした。
成別人口ピラミッドをいびつにするだけではな
また、調査仮説その1に対応する調査項目を設け、
各企業においてこれらがどの程度当てはまるかの
く、従業員一人ひとりの仕事負担を増やすこと
程度を把握した。
に、また、賃金の急激な減少は従業員の生活に
併せて、調査仮説その2に対応する調査項目を設定
直接的な影響を及ぼすことにつながり、ひいて
し、「上昇・長期化傾向/おおむね横ばい/低下・
短期化傾向」
「高い水準/同程度の水準/低い水準」
は従業員のモチベーション低下や離職をもたら
といった、各企業におけるその傾向や水準を把握
す可能性も否定できない。
本稿にて概観してきた調査分析結果やディー
セントワークの実現に向けた取組事例では、と
した。
(3)
今回調査では、正社員を対象とした制度・取組に
限定してその整備・運用状況を把握している。
(4)
具体的な方法・手順は以下の通り。
りわけ経営者の「働きやすさ向上」に係るさら
・ 働きやすい職場づくりに向けた制度・取組の整
なる理解や積極的関与が、企業における人材の
備・運用状況(=各設問)について、それぞれ
確保・定着につながるディーセントワークの実
1pt∼5ptでポイント化(たとえば、「長時間残業
を是正・解消するために実施している取組」に
現に寄与することが明らかになった。すなわち、
ついて、「特に実施していない=1pt」「1つに取
コスト削減に代表される合理化一辺倒ではな
り組んでいる=2pt」「2つに取り組んでいる=
く、経営者の「働きやすさ向上」に係るさらな
る理解や積極的関与を促しながら、ディーセン
トワークの実現といった人的資源管理面の取組
強化を進めていくことが、今後の企業の持続的
成長や事業存続の実現に必要なのではなかろう
か。もちろん、この際には調査分析結果や取組
事例でみたように、「働きやすさ向上」に関す
る制度・取組を用意するのみならず、これらを
3pt」「3つに取り組んでいる=4pt」「4つ以上に
取り組んでいる=5pt」等)
。
・ ディーセントワークの7つの軸それぞれに該当す
る各設問のポイントを、軸ごとに足し上げ。
・ 各軸は設問数が異なるため、各軸ごとに1問あた
りの平均ポイント(=各軸の平均ポイント)を
算出。
・ 各軸の平均ポイントを足し上げ、これを「7軸合
計アウトプットポイント=ディーセントワーク
に係る取組進展度」とする。同ポイントは最低7
点、最高35点。
従業員にしっかりと周知し、利用できる職場環
境・風土を整えることも忘れてはならない。
ディーセントワークの実現を重視した企業経
営理念の構築は、今後の日本企業の持続的成長
を下支えする補助エンジンになる可能性を秘め
ているのである
注
(1)
厚生労働省委託事業「ディーセントワークと企業
経営に関する調査研究事業」
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudouseisaku/
51
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コンサルティング業務部
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