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鱗粉の構造と形成に関する研究
鱗 粉 の 構造 と 形成 に 関 す る研 究 構造破壊から探った鱗粉構造 群馬県立勢多農林高等学校 理科部 1 はじめに 私たちは、顧問が研修で撮影してきた電子顕微鏡写真を見ました。その中にオオミズアオの 鱗粉の写真がありました。蛾や蝶を採取したとき手につく鱗粉は粉状ですが、拡大すると羽の ような形状をし、整然と並んでいました。さらに高倍率でみると、その翅に格子状の穴が整然 と並んでいました。私たちは、なぜ穴があるのか、なぜ整然と並んでいるのか、他の蛾や蝶も 同じなのか。驚きとともに多くの疑問が湧いてきました。そもそも鱗粉の役割とはどのような も の な の か 。 調 べ て み る と 、 鱗 粉 の 機 能 と し て 水 を 弾 く た め や 体 温 調 節 (1 、 ま た 、 そ の 抜 け や す い 性 質 か ら 、 鳥 や ク モ な ど の 天 敵 か ら 逃 れ る た め と も 言 わ れ て い る よ う で す (2 。 ま た 、 特 殊 なものは鱗粉表面の溝状構造により、構造色といった色を作りだす役割も担っているそうです (1 。 蝶 や 蛾 の 類 は 、 鱗 翅 目 と い う 分 類 カ テ ゴ リ ー に 属 す る 昆 虫 の こ と で 、 そ の 種 類 は 1957 年 発 行 の 図 鑑 で 約 2 0 万 種 以 上 と 言 わ れ て い ま す (3。 翅 の 色 や 模 様 は お も に 鱗 粉 の 色 と 配 列 で 決 ま る (1こ と か ら 、 鱗 翅 目 に は 多 種 の 鱗 粉 が あ る と 考 え ら れ ま す 。 私 た ち は な る べ く 多 く の 蛾 や 蝶 を調べることで、一見全く違う鱗粉同士から、様々な共通点を見いだし、鱗粉の形成過程やそ の祖先など、鱗粉全般についての研究をすることにしました。 2 研究の目的 種の異なる鱗翅目の鱗粉構造を比較検討し、意図的に破壊した鱗粉の状態から鱗粉の構造と 形成過程を明らかにすることを目的とした。 この研究を進めるにあたって、すべての動物の体毛が根元から伸びるように、すべての昆虫 の体毛に相当する鱗粉もまた根元から伸び、鱗翅目に分類される種では同じ形成過程をとると 仮定して考察を進めた。 3 方法 (1)標本の採集方法 本研究では、できるだけ多くの鱗翅目の種を比較検討する必要があった。しかし、蝶のよう に活動時期、場所が限られかつ広範囲に採集活動をしなければならない種では採取に限界があ っ た 。 そ こ で 、 鱗 翅 目 の あ る 種 に 見 ら れ る 光 走 性 を 利 用 し て 紫 外 線 ( NEC:FL20SBL 最 大 波 長 352nm) に よ る ラ イ ト ・ ト ラ ッ プ ( 図 1 ) に よ る 採 集 を お こ な っ た 。 採 集 場 所 は 群 馬 県 北 部 一 帯とし、採取時間は18時から24時とした。採取した試料は展翅乾燥後、翅部を密封保存し た。 シーツ 12V鉛蓄電池 紫外線 12VDC→100VAC コンバーター 図1 蛍光灯 ブラック ライト 20W(NEC:FL20SBL ライト・トラップの方法 -1- (2)鱗粉の破壊標本の作製方法 解体途中のビル、家などを見ていると製作過程を思い起こさせることがある。破壊途中の構 造から製作過程が推測できる一例である。そこで、鱗粉に異なる衝撃を与え、破壊過程、破壊 の程度を比較し鱗粉の構造とともに形成過程を推測した。 破壊方法は図2の (a)鱗粉同士を衝突させて破壊する方法 (b)鱗粉を木材に衝突させて破壊する方法 (c)鱗粉に水を含ませ軟化させたうえ木材に衝突させて破壊する方法の3通りとした。 特に、乾燥鱗粉の破壊を乾燥パンの破壊に例えると、鱗粉に水を含ませ軟化させた後破壊する ことは水分の復活した柔軟性あるパンの破壊と考えられる。つまり、鱗粉構成物質の吸水性の 違いによる破壊差が生じると考えた。 表1に破壊方法の特徴を示した。製作した鱗粉を壊す装置は、破壊する試料を翅ごと薄いプ ラスチック板にはりつけ、モーターの回転によって、軸に取り付けたハリガネが周期的にプラ スチック板を裏から押し上げること利用して鱗粉に衝撃を与えるものである。 鱗粉に衝撃を与える時間は10分∼1時間程度とした。 薄いプ ラスチッ ク板 鱗粉付きの 翅 木 ハ リガネの 回転 鱗粉 付きの 翅 ハリガ ネ モーター (a)鱗粉同士の衝突による破壊(弱い衝撃) (b)木による衝撃で破壊(強い衝撃) 鱗 粉付きの 翅 水 湿ら した後 (a)と同様に 破壊 (c)水を吸収させた後aによる破壊(湿潤破壊) 図2 製作した鱗粉を壊す装置と破壊方法 表1 各破壊方法の破壊の程度と目的 破壊方法 破壊の程度 (a)乾 燥 破 壊 ( 標 本 の 破 壊 ) 弱い 鱗粉同士を衝突させて破壊す る。 目 的 表層の破壊 (b)乾 燥 破 壊 ( 標 本 の 破 壊 ) 鱗粉を木材に衝突させて破壊 する。 強い 主構造の破壊 全体的な破壊 (c)湿 潤 破 壊 鱗粉に水を含ませ軟化させた 後、木材に衝突させて破壊する 鱗粉に柔軟性を 持たせて破壊 破壊程度差の拡大 (鱗粉構成物質の吸湿性の差 を利用して、破壊程度に差を 生 じ さ せ た 。) -2- (3)顕微鏡での観察 電子顕微鏡での観察は、観察時間、観察期間ともに非常に限られた時間内でおこなわなけれ ばならないため、研究は多くの種の鱗粉を光学顕微鏡で観察することから始めた。表2は光学 顕微鏡で観察した種の一覧である。その結果、さらに拡大して観察する必要がある場合は電子 顕微鏡による観察・写真分析をおこなった。本研究で用いた電子顕微鏡写真は、群馬県総合教 育センターの走査電子顕微鏡を使用して撮影したものである。電子顕微鏡で観察した鱗粉は同 じ種でも、翅の部位によって鱗粉の構造が違うという可能性を考えて、図3の赤丸内4カ所を 観察した。また、必要に応じて他の部位の観察をおこなった。表2は電子顕微鏡を用いて観察 した種の一覧である。 前翅 前翅表 付け根 先端 後翅表 後翅 図3 蝶蛾から採取した鱗粉の部位 (4)鱗粉裏面標本の作成 翅面に整然と生えそろっている鱗粉の裏側を見ることはできない。しかし、鱗粉の形成過程 を明らかにするうえで、鱗粉の表面と裏面の構造を比較する必要があると考えた。そこで、鱗 粉の裏面観察専用の資料を作成した。作成方法を図4に示した。 この方法により、確実な鱗粉裏面だけの観察が可能となった。 1 2 3 4 付着した鱗粉 接 着剤 付ける 図4 乾 かす 鱗粉の裏面標本作製手順 -3- 剥がす 表 2 光学顕微鏡で観察した種一覧 ア ゲ ハ チョ ウ 上 科 ヤガ上科 和 名 : ア カ エ グリ バ 和 名 : メ ネラ ウ ス モ ル フ ォ 学 名 : Oraesia excavata 学 名 : Morpho menelaus 和 名 : ヒ メジ ャ ノ メ 和 名 : ス ジ モ ンヒ ト リ 学 名 : Mycalesis gotama fulginia 学 名 : Spilosoma seriatopunctata seriatopunstata 和 名 : ヒ カゲ チ ョ ウ 和 名 : フ ク ラ スズ メ 学 名 : Lethe sicelis 学 名 : Arcte coerulea 和 名 : モ ンシ ロ チ ョ ウ 和 名 : オ オ シ ラホ シ ア ツ バ 学 名 : Artogeia rapae crucivora 学 名 : Edessena hamada 和 名 : サ トキ マ ダ ラ ヒ カ ゲ 和 名 : ヨ ツ ボ シホ ソ バ 学 名 : Neope goschkevitschii 学 名 : Lithosia quadra 和 名 : オ オム ラ サ キ 和 名 : マ メ キ シタ バ 学 名 : Sasakia charonda 学 名 : Catocala duplicata 和 名 : ミ ドリ ヒ ョ ウ モ ン 和 名 : ク ビ グ ロク チ バ 学 名 : Argynnis tathia geisha 学 名 : Lygethila maxima enormis 和 名 : ナ ミジ ャ ノ メ 和 名 : ゴ マ ケ ンモ ン 学 名 : Minois dryas bipunctatus 学 名 : Moma alpiun 和 名 : ク ロヒ カ ゲ 和 名 : ア ケ ビ コノ ハ 学 名 : Lethe diana 学 名 : Adris tyrannus amurensis 和 名 : キ チョ ウ 和 名 : シ ラ ナ ミク ロ ア ツ バ 学 名 : Eurema hecabe mandarina 学 名 : Badiza notigera 和 名 : ゴ イシ シ ジ ミ シャクガ上科 学 名 : Taraka hamada 和 名 : ア ゲ ハ モド キ 和 名 : ヤ マト シ ジ ミ 学 名 : Epicopaia hainesii hainesii 学 名 : Zizeeria maha argia 和 名 : マ エモ ン シロ オ ビア オ シャ ク セ セ リ チョ ウ 上 科 学 名 : Geometra ussuriensis 和 名 : イ チモ ン ジ セ セ リ 和 名 : ユ ウ マ ダラ エ ダ シ ャ ク 学 名 : Parnara guttata 学 名 : Calospilos miranda ス ズ メ ガ上 科 和 名 : ゴ マ フ キエ ダ シ ャ ク 和 名 : モ モス ズ メ 学 名 : Angerona nigrisparsa 学 名 : Marumba gaschkewitschii 和 名 : オ オ バ ナミ ガ タ エ ダ シ ャ ク 和 名 : ウ ンモ ン ス ズ メ 学 名 : Boarmia lunifara 学 名 : Callambulyx tatarinovii 和 名 : リ ン ゴ ツノ エ ダ シ ャ ク 和 名 : セ スジ ス ス ズ メ 学 名 : Phthomosema tendinosaria 学 名 : Theretra obdenlandiae 和 名 : オ オ ア ヤシ ャ ク 和 名 : エ ビガ ラ ス ズ メ 学 名 : Terpna superans 学 名 : Agrius convolvuli 和 名 : ヨ モ ギ エダ シ ャ ク 和 名 : オ オス カ シ バ 学 名 : Ascotis selanaria cretacea 学 名 : Cephonodes hylas 和 名 : キ マ ダ ラオ オ ナ ミ シ ャ ク ヤガ上科 学 名 : Ganderitis fixseni magnifica 和 名 : オ オシ マ カ ラ ス ヨ ト ウ カイコガ上科 学 名 : Amphipyra monolitha 和名:カイコ 和 名 : ハ グル マ ト モ エ 学 名 : Bombyx mori 学 名 : Speiredonia helicina 和 名 : ツ ガ カ レハ 和 名 : ブ ドウ ド ク ガ 学 名 : Dendrolimus superans 学 名 : Dasychira eurydice 和 名 : ヒ メ ヤ ママ ユ 和 名 : リ ンゴ ド ク ガ 学 名 : Caligula boisduvalii gonasii 学 名 : Dasychira pseudabietis 和 名 : ヤ マ マ ユガ 和 名 : キ シタ バ 学 名 : Antheraea yamamai yamamai 学 名 : Catocala patala 和 名 : オ オ ミ ズア オ 和 名 : ハ ジマ ヨ ト ウ 学 名 : Actias artemis aliena 学 名 : Bambusiphila vulgaris 和 名 : マ ツ カ レハ 和 名 : シ ロヒ ト リ 学 名 : Dendrolimus spectabilis 学 名 : Spilosoma nivea 和名:クワコ 和 名 : シ ロケ ン モ ン 学 名 : Bombyx mandarina 和名:オビガ 学 名 : Acronicta letorina leporella 和 名 : フ タス ジ ヨ ト ウ 学 名 : Apha tychoona 和 名 : ヤ マ ダ カレ ハ 学 名 : Protomiselia bilinea 学 名 : Dendrolimus yamadai -4- シ ャ チ ホ コ ガ 上科 和 名 : オ オ エ グ リシ ャ チ ホ コ 学 名 : Pterostoma sinica 和 名 : シ ロ シ ャ チホ コ 学 名 : Cnethodonta grisescens 和 名 : ハ イ イ ロ シャ チ ホ コ 学 名 : Microphalera grisea 和 名 : イ シ ダ シ ャチ ホ コ 学 名 : Peridea graeseri 和 名 : ナ カ キ シ ャチ ホ コ 学 名 : Peridea gigantea マダラガ上科 和名:ホタルガ 学 名 : Pidorus glaucotis atratus コ ウモ リ ガ 上 科 和名:コウモリガ 学 名 : Phassus signifer ボ クト ウ ガ 上 科 和 名 : ゴ マ フ ボ クト ウ 学 名 : Zeuzera multistrigata 表 3 電子顕微鏡観で使用した種一覧 和 名 : ヤ ママ ユ ガ 学 名 : Antheraea yamamai ヤ マ マ ユ ガ科 2005 年 8 月 2 4 日 沼 田 に て 採集 和名:オオミズアオ 学 名 : Actias artemis aliena ヤママユガ科 和 名 : ア ケビ コ ノ ハ 学 名 : Adris tyrannus amurensis ヤガ科 2005 年 7 月 2 8 日 沼 田 に て採集 和 名 : メ ネ ラ ウ ス モル フ ォ 学 名 : Morpho menelaus タテハチョウ科 標本店にて購入 和 名 : ム ラサ キ ト ビ ケ ラ 学 名 : Eubasilissa regina トビケラ科 2005 年 8 月 4 日 沼 田 に て 採集 和名:フクラスズメ 学 名 : Arcte coerulea ヤガ科 2005 年 2 月 1 4 日 学 校にて採集 和名:エビガラスズ メ 学 名 : Herse conuolvuli スズメガ科 2005 年 8 月 2 4 日 沼 田 に て 採集 和名:ホタルガ 学 名 : Pidorus glaucopis atratus マダラガ科 2006 年6 月 3 0 日 前橋にて採集 和 名 : モ ンシ ロ チ ョ ウ 学 名 : Artogeia rapae crucivora シ ロ チ ョ ウ科 2006 年 5 月 2 8 日 前 橋 に て 採集 和名:キマダラオオナミ シャク 学 名 : Gandaritis agnes agnes シャクガ科 2005 年7 月 2 8 日 赤城山にて採集 和名:不明(原始的な 蛾) 学名:不明 ス イ コ バ ネガ 科 2006 年 6 月 7 日 赤 城 山 に て採 集 和名:オオスカシバ 学 名 : Cephonodes hylas スズメガ科 2004 年8 月 1 日 前橋にて採集 和 名 : キ チョ ウ 学 名 : Eurema hecabe hecabe シ ロ チ ョ ウ科 2005 年 5 月 8 日 赤 城 山 に て採 集 和 名 : ア ゲハ モ ド キ 学名: 和名:トモエガ 学 名 : Speiredonia retorta ヤガ科 2005 年7 月 1 7 日 前橋にて採集 和 名 : マ エ モ ン シ ロオ ビ ア オ シ ャ ク 学名: 和 名 : オ オク ワ コ モ ド キ 学名: 和名:コウモリガ 学名: -5- 4 結果及び考察 4−1 鱗粉の構造 (1)鱗粉の外観観察 図5はホタルガの4カ所の鱗粉である。鱗粉の形状には違いが見られたが、どれも穴が整然 と並んでいる表面構造であり構造として大きな違いはなかった。図6はキマダラオオナミシャ クの鱗粉である。表面の穴はホタルガよりずっと小さく、穴が整然と格子状に並んでいたホタ ルガの鱗粉とは全く異なっていた。このように、鱗粉の採取場所による違いよりも、種による 違いのほうが構造差が大きいことが確認された。また、他の種の観察結果からも鱗粉の構造差 は採取場所による違いよりも、種による違いのほうが大きいことがわかった。そこで、種の違 いによる鱗粉の構造差に着目しつつ、鱗翅目としての鱗粉の基本的な構造を調べた。 図5 ホタルガの翅4カ所の鱗粉比較 (左上:前翅先、右上:前翅根元、左下:後翅先、右下:後翅根元) 図6 表面の穴が小さい鱗粉 キマダラオオナミシャク -6- (2)弱い衝撃を与える→わずかに破壊 鱗粉構造をわずかに破壊して中心となる構造を探った。方法は、鱗粉を破壊する装置で鱗粉 同士を衝突させることにより、鱗粉に弱い衝撃を与え、壊れた部分と残った部分の比較から構 造の中心となる部分を探るというものである。その結果、図7、8のように鱗粉の根元から伸 びる縦軸は破壊されずに縦軸間が裂けるように破壊された。このことからこの縦軸が強度的に 鱗粉の中心構造であると考えた。 図7 モンシロチョウの鱗粉を弱く破壊 図8 モンシロチョウの香鱗部を弱く破壊 (3)強い衝撃を与える→広く大きく破壊 鱗粉の中心構造も含めて大きく破壊して鱗粉構造を観察した。方法は、鱗粉を木に直接衝突 させることで強い衝撃を与えて破壊するというものである。このようにして破壊した鱗粉 (図9)は、上層の凸凹部分が破壊され、下層部分が露出している。このことから、鱗粉は2 層構造になっていることがわかった。ここでは上層を表層部、下層を基底部と名付けた。 表層部の中心構造は縦軸であったが、鱗粉全体としては基底部が中心構造であることがわか っ た ( 図 1 0 )。 表層部の中心構造(縦軸) 弱い破壊で形状保持 表層部 図9 表層部が破壊された鱗粉 モンシロ チョウ: 2006 年5月2 8日前 橋にて採集 強い破壊で形状保持 基底部 鱗粉全体の中心構造(基底部) 図 10 -7- 鱗粉を構成している各部品の中心構造 (4)基底部の構造を調査 鱗粉の2層構造を発見した後の光学顕微鏡を用いた観察では、表層部の穴を基底部が補強し ていると考えていたので基底部に穴はないと考えていた。しかし、破壊した鱗粉や鱗粉裏面の 観 察 を 電 子 顕 微 鏡 で お こ な っ た と こ ろ 、 開 い て い る 種 が 多 数 発 見 さ れ た 。( 図 1 1 , 1 2 )。 ま た 、 基 底 部 が 全 く な い 種 も 見 つ か っ た ( ヤ マ マ ユ ガ )。 鱗 粉 裏 面 の 観 察 か ら 、 基 底 部 の 無 い 種 で は 、 裏 面 よ り も 表 面 の ほ う が 凹 凸 が 強 い こ と が わ か っ た ( 図 1 3 )。 光学顕微鏡での観察では全ての鱗粉が透けて見えたが、電子顕微鏡の観察では透けているも のと透けていないものがあった。光での観察の場合、ガラスの様に実際は穴が開いていないも のでも、透けて見えることがあるが、電子顕微鏡(走査型)での観察の場合、観察の前に試料 に金属を蒸着させるため、穴がなければ透けることはない。この電子顕微鏡の特徴は、基底部 に穴が存在するかしないかの手がかりとなった。 図 11 破壊したホタルガの鱗粉 図 12 図 13 トモエガの鱗粉の裏側 ト モエガ: 2005 年7月 17日前橋 にて採集 ホタル ガ:2006 年6 月30日 前橋にて 採集 ヤママユガの鱗粉(左:翅表、右:翅裏) ヤ マ マ ユ ガ : 2005 年 8 月 2 4 日 沼 田 に て 採 集 図 14 トモエガの鱗粉(電子が透過し、下の鱗粉が透けて見えている) -8- (5)湿潤破壊→基底部の破壊 基 底 部 の 構 造 を 調 査 す る た め 、湿 ら せ て か ら 強 く 破 壊 し た 。鱗 粉 に 水 を 含 ま せ 軟 化 さ せ た 後 、 強く破壊する方法は、例えれば通常は乾燥パンの破壊、この方法は水分の復活した柔軟性ある パンの破壊といえる。図15、16ともにほぼ縦軸構造が維持されたまま縦軸、表層部がはが れている。図17,18では、基底部が分離していることがわかる。これら破壊状況の差から 表層部と基底部は一体ではなく、分離できる程度の結合であることがわかった。 図 15 図 17 アケビコノハの鱗粉を湿潤破壊 図 16 ホタルガの鱗粉を湿潤破壊 ホタルガの鱗粉を湿潤破壊 図 18 キ チ ョ ウ の 鱗 粉 を 裏 か ら 湿 潤 破 壊 (6)鱗粉構造の分類 図19はこれまでの観察から確認された鱗粉の構造の分類である。まず、表層部の縦軸と穴 の分布状況から大きく2つに分類した。スイコバネガ類にみられた非常に太い縦軸同士の間に 小 さ な 穴 が 不 規 則 に 開 い た 構 造 ( a )、 は っ き り と し た 細 い 縦 軸 と 規 則 的 な 穴 が 開 い た 構 造 の ( b ) の 2 構 造 で あ る 。 ま た 、( b ) は 、 縦 軸 間 物 質 上 に 小 さ な 穴 が た く さ ん 開 い て い る タ イ プ ( b − 1 )、 縦 軸 間 物 質 に 大 き な 穴 が 形 成 さ れ 横 軸 を 形 成 し 、 表 層 部 の 穴 が 格 子 状 に 見 え る タイプ(b−2)の2構造に分類した。次に、基底部の構造に着目して分類すると、 ( b − 1 ) に 分 類 さ れ た 鱗 粉 で は 基 底 部 に 穴 が 見 ら れ な か っ た 。 し か し 、( b − 2 ) に 分 類 さ れ た 鱗 粉 は ( A ) 基 底 部 に 穴 が あ る 構 造 、( B ) 穴 が 無 い 構 造 、( C ) 基 底 部 が 存 在 し な い 構 造の3構造があることがわかった。 -9- 透過性なし 穴 縦軸 穴 透過性なし 切断線 基底部 (a)縦軸が太く、表層の穴が不規則で小さい構造 透過性なし 穴 表層部 穴 縦軸 切断線 基底部 (b−1)穴が小さい構造 - 10 - 透過性なし 透過性なし 透過性なし 透過性なし (A) 横軸 縦軸 (B) 透過性あり 切断線 基底部 穴 (b−2)格子状の大きな穴がある構造で (A)基底部に穴がない構造 (B)基底部に穴がある構造 透過性あり 横軸 透過性あり 縦軸 切断線 (C) 表 裏 (b−2)(C)基底部が消滅した構造 図 19 鱗粉構造の模式図とその断面図 - 11 - 4−2 鱗粉の形成 (1)鱗翅目と毛翅目の比較 鱗 翅 目 の 祖 先 に 近 い 特 徴 を 持 つ 昆 虫 と し て 、 毛 翅 目 ( ト ビ ケ ラ 類 ) な ど が 挙 げ ら れ る (4 。 今 回 は 毛 翅 目 に 属 す る ム ラ サ キ ト ビ ケ ラ の 翅 と 、体 の 構 造 上 、原 始 的 で あ る 蛾( ス イ コ バ ネ ガ 科 ) の翅の電子顕微鏡画像を比較した。 図21の原始的な蛾には、翅面に細く短い毛(アクレア)が存在する。これは図20の毛翅 目の昆虫の翅面にある細く短い毛(小毛)の名残ではないかと考えられる。そして、図21の 原始的な蛾では鱗粉の並びも不規則であった。小毛は鱗粉の出現と同時に退化、消失する傾向 に あ る と い わ れ て い る( 3 。そ れ は 鱗 粉 が 小 毛 の 役 割 を 補 う こ と が で き た 為 で あ る と 考 え ら れ る 。 し か し 、ま だ 確 か な こ と は 不 明 で あ る 。ト ビ ケ ラ に は 他 に 、大 毛 と い う 大 き な 毛 が 存 在 す る( 図 2 0 の 赤 丸 。 図 2 2 が 拡 大 図 )。 大 毛 に は 表 面 に 溝 状 の 構 造 が 見 ら れ 、 根 元 に は ソ ケ ッ ト ( 毛 穴)の原型らしいものが見られる。原始的な蛾には、小毛も大毛も痕跡的に残っているため、 鱗粉の祖先がどちらであるかははっきりしないが、図24の高倍率で撮影したムラサキトビケ ラの小毛には表面に溝状の構造は無く、根元にソケットの原型様器官も見られない。翅から直 接突き出しているようにも見える。これらの観察結果から、鱗粉の祖先は大毛である可能性が 高いと考えられる。 小毛 図 20 毛翅目トビケラ類ムラサキトビゲラ 鱗翅目の祖先に近い種類 アクレア 図 21 鱗翅目スイコバネガ科の蛾 原始的な蛾 ム ラ サ キ ト ビ ケ ラ : 2005 年 8 月 4 日 沼 田 に て 採 集 図 22 ムラサキトビケラの大毛 図 19 ス イ コ バ ネ 科 の 蛾 : 2006 年 6 月 7 日 赤 城 山 に て 採 集 図 23 赤 丸部の拡 大 原始的な蛾に残る大毛 図 20 - 12 - 赤丸部 の拡大 図 24 ム ラ サ キ ト ビ ケ ラ の 小 毛 ( 手 前 の も の は 大 毛 ) (2)原始的な鱗翅目の鱗粉 鱗 粉 が 大 毛 か ら 進 化 し た と す れ ば 、 大 毛 は 中 空 の 器 官 で あ る (3 こ と か ら 原 始 的 な 鱗 粉 に も 中 空構造が見られる可能性がある。そこで、原始的な鱗翅目であるスイコバネガ科の蛾の鱗粉を 観察した。図25の原始的な鱗粉は、全体的に厚みがあり、円柱状で表裏の区別は無い(きゅ う り の よ う な 形 )。ま た 、そ の 先 端 に は 縦 軸 が 弧 状 に 集 合 し て い て 中 心 部 に は 凹 み が 見 え る( 図 2 6 )。 こ の よ う な 構 造 上 の 特 徴 は 、 原 始 的 な 鱗 翅 目 の 鱗 粉 が 中 空 大 毛 の 構 造 を ま だ 残 し て い るためであると考えられる。図27は破壊されたスイコバネガ類の鱗粉である。上下方向の力 により押しつぶされていることがわかる。潰れても鱗粉の形をほぼ保っていることから、この 画像からもこの鱗粉は内容物などがほとんどない中空であることがわかる。 図 25 図 27 スイコバネガ科の原始的な鱗粉 図 26 押しつぶされた原始的な鱗粉 - 13 - 原始的な鱗粉の先端 スイコバネガ科の蛾 (3)高等な鱗翅目の鱗粉 高等な鱗翅目の鱗粉としてヤガ科のアケビコノハとトモエガの鱗粉を観察した。図28のア ケビコノハの鱗粉は紙のように薄く、図29のように表裏の区別があり表と裏の構造には大き な違いがあった。しかし、トモエガの鱗粉(図30)の先端を拡大したところ図31のように 原始的な鱗翅目であるスイコバネガ科の蛾の鱗粉先端と類似した構造がみられた。 図 28 アケビコノハの鱗粉 前翅先端の表 図 30 トモエガの鱗粉 図 29 アケビコノハ鱗粉 左:表と右:裏 図 31 - 14 - 縦軸先端に残る曲がり (トモエガ) (4)鱗翅目にみられる円柱状の鱗粉 観察した多くの鱗翅目の昆虫の鱗粉は扁平で裏表がある。しかし、中には翅の付け根や体毛 に糸状の鱗粉を持つものもあり、そのような鱗粉は円柱状で裏表がない。 図32に示したように外見上は、ヤママユガの糸状鱗粉と、ムラサキトビケラの大毛の違いは そんなに無いようであるが、電子顕微鏡で観察すると、糸状鱗粉にははっきりと表層部がある ことがわかる。 最初で述べたように、鱗粉は元々大毛が進化した器官であると考えると、同一個体に糸状鱗 粉と扁平鱗粉が存在している理由が説明できる。図33は糸状鱗粉と扁平鱗粉が混在している 部分の写真である。各鱗粉の付け根(ソケット)に注目すると、糸状鱗粉に比べ扁平鱗粉は隙 間 が 大 き い 。こ れ は 、糸 状 鱗 粉 と し て 形 成 さ れ た 後 扁 平 鱗 粉 へ と 変 化 し た 痕 跡 で あ る と 考 え た 。 図 32 ムラサキトビケラの大毛(左)とヤママユガの糸状の鱗粉(右) 図 33 フ ク ラ ス ズ メ の 糸 状 鱗 粉 と 扁 平 鱗 粉 こ れ ま で に わ か っ た 鱗 粉 の 構 造 や 、鱗 粉 の 祖 先 な ど を も と に 、鱗 粉 の 形 成 モ デ ル を 作 成 す る 。 幼虫が蛹になると、まずその内部では、鱗粉の原型、大毛が作られてゆく。 次に、その大毛を基盤に、序々に表層部ができてくる。従って、最初は全ての鱗粉が糸状であ ると考えられる。下層の大毛の部分は後の基底部となる。そして、糸状のまま機能を果たす鱗 粉と、さらに扁平状になる鱗粉とに分かれていく。扁平状鱗粉には表裏があり、また大毛や原 始的なスイコバネガ類の鱗粉は中空と考えられることから、扁平になる鱗粉は、ちょうど丸ま っ た ポ ス タ ー を 広 げ る よ う に 、 扁 平 な 鱗 粉 と な る と 考 え ら れ る ( 図 3 4 参 照 )。 中 空 鱗 粉 の 外 側面は扁平状鱗粉の表層部となり、内側面は基底部となる。 大毛 表層部 表層部 基底部 基底部 図 34 蛹のなかで扁平鱗粉が形成される過程の想像図 - 15 - (5)鱗粉根元の観察 図 35 ホタルガ前翅根元の鱗粉 図 36 エビガラスズメ後翅根元の鱗粉 鱗粉の根元付近を観察すると、図35、36のように中心線から両側へいくほど大きい穴が 確認できる。また、中心線の根元付近では、穴が無かったり、小さかったりしていて不完成で あ る 。縦 軸 が 十 分 に 開 か な い こ と か ら 縦 軸 間 を 形 成 す る 物 質 が 余 っ た 状 態 で あ る と 考 え ら れ る 。 このことから、鱗粉形成の初期状態では縦軸及び縦軸間形成物質が中心部に集合しており、縦 軸が拡張することで引っ張られるように序々に左右に広がってゆくと考えた。そのため、縦軸 があまり大きく広がらない根本付近では、縦軸間形成物質がうまく広がらず、縦軸間形成物質 の層が厚くなるため、穴の開き方が鈍いのだと考えられる。従って糸状鱗粉はただポスターを 広 げ る よ う に 広 が る だ け で な く 、 さ ら に 左 右 に 引 き 伸 び る の で は な い か と 考 え た 。( 図 3 7 ) 縦軸間形成物質が最も多いところ 縦軸間形成物質が多いところ 縦軸間形成物質が少ないところ 図 37 鱗粉の拡張モデル 縦軸間形成物質が最も少ないところ - 16 - (6)羽化前の鱗粉観察 羽化3、4日前と思われるオオミズアオの蛹から翅を取り出し、観察した。 図 3 8 は 羽 化 前 の サ ナ ギ か ら と り だ し た オ オ ミ ズ ア オ の 鱗 粉 で あ る 。( 図 4 0 は 拡 大 図 ) まだ全体的に細い鱗粉が多く、図41の無事に羽化した成虫の画像と比較すると、表層部の穴 は開ききっていないように見える。図39のように、すでに鱗粉の形になっているものもある ので、鱗粉は羽化後ではなく、蛹のなかで形成されることがわかった。 これまで観察した成虫の鱗粉には見られなかった縦軸の分割(図42)が観察された。これ は、羽化前に縦軸分割により鱗粉が広がっていく証拠であると考えられる。図43は、構造上 古い種であるコウモリガの鱗粉である。成虫であっても鱗粉周辺部を中心に縦軸割れが残って いた。 図 38 羽化前の鱗粉 図 39 オ オ ミ ズ ア オ : 2005 年 8 月 2 1 日 赤 城 村 に て 卵 時 に 採 集 図 40 羽化前の鱗粉を拡大 図 41 オ オ ミ ズ ア オ : 2005 年 8 月 2 1 日 赤 城 村 に て 卵 時 に 採 集 図 42 縦軸分割中(羽化前の鱗粉) 羽化前の鱗粉 オ オ ミ ズ ア オ : 2005 年 8 月 2 1 日 赤 城 村 に て 卵 時 に 採 集 羽化後の鱗粉 オ オ ミ ズ ア オ : 2005 年 8 月 2 2 日 沼 田 に て 採 集 図 43 - 17 - コウモリガ (7)蛹中での鱗粉形成 鱗粉は蛹内で形成され、その形状ははじめ全て糸状に形成され、扁平状になる鱗粉はポスタ ーを広げるように広がると考えられる。また、ただ広がるだけではなく、扁平状になった鱗粉 は縦軸同士の拡張および縦軸同士の分裂によってさらに左右に広がるものと考えられる ( 図 4 4 、 4 5 )。 図 44 蛹のなかで鱗粉が広がっていく過程 図 45 図35の画像を元に作成した鱗粉中の縦軸間物質が広がっていく様子(イメージ) (色が濃い部分ほど物質の量が多い) - 18 - 4−3 表層部の形成 (1)特殊な構造の鱗粉を持つ種の表層部形成 図46はメネラウスモルフォの構造色の部分の鱗粉の表層部を翅と翅を1時間衝突させて破 壊した写真である。メネラウスモルフォの鱗粉には、板状の縦軸が基底部の上に乗っているこ とがわかる。板状の縦軸は基底部に直接乗っているのではなく、赤○で囲んであるところのよ うに、細い柱状の突起物が板状の縦軸の下から出ていて、そこで基底部と付いていることがわ かる。これは、文献(8とも一致した 構造であった。また、この鱗粉の表層部形成過程を記述 した文献によると、縦軸が隆起し、縦軸下部が部分消滅することで形成される(図47)とい う。 構造色を持つ蝶の鱗粉の特異的な構造は、初期段階でできる大毛の溝状構造が大きく伸び、 その根元部分が部分消滅し、細かい柱状になることによってできると考えられる。 図 46 メネラウスモルフォの構造色の部分の鱗粉の表層部破壊画像 (翅と翅を1時間衝突させたもの) 1 縦軸(大毛表面の溝状構造)の形成 2 縦軸の伸長 3 図 47 メ ネ ラ ウ ス モ ル フ ォ の 構 造 色 の 部 分 の 鱗 粉 の 表 層 部 - 19 - 縦軸の根元部分の部分消滅 (2)縦軸下部の構造変化 縦軸があるように思われたアケビコノハの鱗粉も電子顕微鏡で拡大観察(図48)してみる と縦軸の下部が部分消滅していることがわかった。この縦軸下部の部分消滅は、モルフォの縦 軸下部の部分消滅と同じ現象であると考えられる。これまでの考察結果と、基底部の消滅した ヤママユガの鱗粉構造(図13)を考慮すると、縦軸下部の部分消滅が基底部へと及んで基底 部 の 消 滅 と な っ た 可 能 性 が あ る 。そ こ で 、ヤ マ マ ユ ガ の 鱗 粉 を 破 壊 し 、構 造 分 析 を お こ な っ た 。 その結果、図49,50からも分かるように、鱗粉構造が二層に分離することからヤママユ ガにも基底部があることがわかった。以上の結果から、縦軸下部の部分消滅が基底部へ及ぶこ と は な く 、 基 底 部 は 独 自 の 変 化 を 遂 げ た こ と が わ か っ た ( 図 5 1 )。 図 48 縦軸の下が部分消滅したアケビコノハの鱗粉 図 49 強く破壊したヤママユガの鱗粉 横軸 図 50 湿潤破壊したヤママユガの鱗粉 縦軸 縦軸下部の部分消滅 図 51 縦軸下部の部分消滅から基底部の変化 - 20 - 基底部の変化 (3)鱗粉表層部の穴の形成過程 図52の羽化前のオオミズアオの鱗粉から、蛹内では表層部の穴が開いていない状態の鱗粉 があることがわかった。同じ倍率の他の蛾の鱗粉の縦軸同士の幅(図53)とこの鱗粉の幅が ほぼ同じことから、この鱗粉は縦軸同士の拡張がすでに終了しているものと考えられる。この ことから、表層部の穴は縦軸の拡張の段階で開くのではなく、縦軸の拡張がすみ、十分に扁平 状 に な っ た 後 、 縦 軸 下 部 の 変 化 と 同 様 に 徐 々 に 穴 が 開 い て ゆ く と 考 え ら れ る ( 図 5 4 )。 図 52 羽化前の鱗粉(オオミズアオ) 基底部 縦軸形成 縦軸間物質 図 53 エビガラスズメの成虫の鱗粉 縦軸の拡張 開穴 図 54 表層部の穴の出来方の模式図 - 21 - 縦軸間物質の薄膜化 (4)表層部の高倍率写真分析 多くの鱗翅目の表層部には、縦軸上に V 字状構造(ラメラ)が見られる。その両端には木 の年輪の様な構造(マイクロリブ)があり、これらの構造は鱗粉初期の形成過程で生じる成長 痕 で は な い か と 考 え た ( 図 5 5 ∼ 5 8 )。 こ れ ら 鱗 翅 目 で は 鱗 粉 形 成 の 土 台 と な る 大 毛 の 形 成 と同時に、縦軸上のラメラも形成されてゆき、結果として成長ごとに節のようなものができる と考えられる。図58は構造上古い種であるコウモリガの鱗粉裏にみられた穴とマイクロリブ である。図55の構造上新しい種であるアケビコノハのものよりも穴が小さく、マイクロリブ の曲がりも小さい。 図59はこれまでの観察から考察した鱗粉の形成過程と縦軸の拡張・分岐過程である。縦軸 形 成 は ラ メ ラ に み ら れ る よ う に 鱗 粉 の 伸 長 過 程 で す で に 形 成 さ れ ( a − 1 )、 そ の 後 ラ メ ラ 構 造を乗せたまま、縦軸として隆起する(a−2)と考えられる。さらに、その後形成される穴 の 拡 張 の 痕 跡 が マ イ ク ロ リ ブ に 残 っ て い る と 考 え た 。縦 軸 の 拡 張 と 縦 軸 の 分 岐 の 過 程 を( b )、 (c)に示した。 マイクロリブ ラメラ 図 55 ア ケ ビ コ ノ ハ の ラ メ ラ と マ イ ク ロ リ ブ 図 56 ヤママユガのラメラとマイクロリブ 図 57 図 58 コウモリガのマイクロリブ 原始的な蛾のラメラ - 22 - ラメラ(縦軸先端) 縦軸 (a−1)縦軸の伸長 縦軸 (a−2)縦軸の隆起 縦軸 穴 マイクロリブ (b)縦軸間の拡大 マイクロリブ 縦軸分裂 縦軸 穴 穴の拡大と マイクロリブの湾曲 (c)縦軸分裂と開穴 図 59 マイクロリブ、ラメラに注目した鱗粉の表層部形成過程 - 23 - 4−4 鱗粉の構造と進化 これまでの考察から、大毛が鱗粉の祖先である可能性が高まった。そこで、鱗翅目の進化の 系 統 図 (7 ( 図 6 0 ) と 、 私 た ち が 分 類 し た 鱗 粉 の 構 造 ( 図 6 1 ) と の 関 係 を 検 討 し た 。 図 6 1 の鱗粉構造(a)はトビケラ類やスイコバネガ類の大毛など、表層部に穴が見られない種、鱗 粉構造(b)はスイコバネガ類の鱗粉ような表層部に穴が開き始めた種、鱗粉構造(c)はス イコバネガ類と二門亜目の間に位置する単門亜目のコウモリガのものである。コウモリガの鱗 粉の表は縦軸の太さが不均等であり、穴も大きくない。加えてマイクロリブの曲がりかたも小 さ い 。( d ) の 鱗 粉 構 造 は 二 門 亜 目 に 見 ら れ る 構 造 で 、 は っ き り と し た 細 い 縦 軸 と 規 則 的 な 穴 という共通した構造を持つ。鱗翅目全体としては図61の左側断面図の矢印のように(a)か ら(d)へと進化していったことがわかった。 これまでの構造と進化の流れの考察を行う。鱗翅目ではない毛翅目の大毛には表層構造が無 く、縦軸の原型のような器官が見られるのみである。鱗翅目内で原始的と考えられるスイコバ ネガの鱗粉には縦軸や穴、ラメラといった鱗粉に見られる基本的な構造は存在している。さら に、高等な種を観察すると、縦軸は細く均一の太さになる方向へと進化していると考えられ、 コウモリガ類のような太さの揃っていない縦軸は、その途上にある種であるといえる。また、 高等な種(二門亜目)内では基底部の穴が大きく、表層部の構造に近いヤママユガ(カイコガ 上科)が系統樹の上位(上位ほど高等な種)に位置することから全体的に基底部、及び表層部 の軽量化という方向へ進化していると考えられ、鱗翅目全体では鱗粉は軽量化する方向へ進化 していると考えられる。二門亜目内では(d−1)から(d−2)へと進化した可能性が考え ら れ る 。( d − 2 ) で は 3 タ イ プ が あ り 「 基 底 部 に 穴 が な い ( A )」 か ら 「 基 底 部 に 穴 が あ る ( B )」 へ と 進 化 し 、 さ ら に 「 基 底 部 の 穴 が 大 き く 、 表 層 部 と 似 る ( C )」 へ と 進 化 し た と 考 えられる。 ヤ ガ 上 科 ×19 カ イ コ ガ 上 科 ×9 シ ャ チ ホ コ ガ 上 科 ×5 シ ャ ク ガ 上 科 ×9 ス ズ メ ガ 上 科 ×5 キバガ上科 ア ゲ ハ チ ョ ウ 上 科 ×12 スカシバ上科 スガ上科 メイガ上科 トリバガ上科 セ セ リ チ ョ ウ 上 科 ×1 ボ ク ト ウ ガ 上 科 ×1ハ マ キ ガ 上 科 ヒロズコガ上科 カストニアガ上科 マ ダ ラ ガ 上 科 ×1 二門亜目 コ ウ モ リ ガ 上 科 ×1 モグリチビガ上科 マガリガ上科 単門亜目 ス イ コ バ ネ ガ 上 科 ×1 スイコバネガ亜目 コバネガ上科 鱗翅目 毛翅目 図 60 進 化 の系 統 図 (図中の赤色数字は実際にその上科で観察した種の数) - 24 - 表層部 縦軸 切断線 基底部 (a)上層部に穴がない 縦軸 穴 穴 切断線 基底部 (b)縦軸が太く、表層の穴が不規則で小さい構造 穴 穴 縦軸 切断線 基底部 (c)縦軸の太さや高さが不均等で、表層の穴が小さい構造 穴 表層部 縦軸 穴 切断線 基底部 (d−1)穴が小さい構造 横軸 縦軸 (A) 切断線 (B) 基底部 穴 (d−2)格子状の大きな穴がある構造 (C) 図 61 鱗粉構造から考察した進化の流れ - 25 - 5 結論 (1)鱗粉破壊からわかった鱗粉の構造 鱗粉は2層構造をしており、この研究では上層を表層部、下層を基底部と名付けた。 ①鱗粉全体からみる中心構造は基底部である。 ②表層部の中心構造は縦軸である。 ③縦軸間には縦軸間物質がある。 縦軸間物質によって縦軸間の面が形成されたり、横軸が形成されたりしている。 ④高等な種(二門亜目)内で、鱗粉表層部の構造に着目すると、 縦軸間物質に小さな穴が開いている構造と格子状の大きな穴が開いている構造に分けられ る。 ⑤高等な種(二門亜目)内で、鱗粉基底部の構造に着目すると、 鱗粉表層部に格子状の大きな穴のある構造は、基底部に穴が無い構造、基底部に穴がある構 造、基底部と表層部の構造が似ている構造の3構造に分けられる。 ⑥原始的なスイコバネガ類(二門亜目下位)では縦軸の幅の方が縦軸同士間の幅より太く、 穴が不規則という特異的な構造をしている。 ⑦表層部と基底部は分離できる構造である。 (2)鱗粉の形成過程 ①毛翅目の大毛と原始的な鱗翅目の糸状鱗粉は多くの類似点があり、鱗粉の祖先は大毛である 可能性が高い。 ②鱗粉には糸状鱗粉と扁平鱗粉がある。 ③毛翅目の大毛と同様に、原始的な鱗翅目の糸状鱗粉は中空である。 ④伸びる向きと垂直の方向に糸状鱗粉が開き、扁平鱗粉となる。 ⑤糸状鱗粉の外側が扁平鱗粉の表層部になり、糸状鱗粉の中心が基底部となる。 ⑥ 糸 状 鱗 粉 か ら 扁 平 鱗 粉 に な っ た 後 、縦 軸 間 の 拡 張 と 共 に 縦 軸 間 物 質 も 広 が り 、薄 膜 化 し た 後 、 穴の形成が始まる。 ⑦縦軸は糸状鱗粉形成初期からあるものと、縦軸分割によって形成されるものがある。 ⑧鱗粉は蛹内で完全に形成された後、羽化する。 (3)表層部の形成 ①縦軸の下部が部分消滅することで表層部の多層構造が形成される。 ②表層部の穴は縦軸の拡張した後、薄膜化した縦軸間物質上に形成される。 ③ラメラには鱗粉の縦軸伸張の痕跡が、マイクロリブには穴の拡張の痕跡が残っている。 ④縦軸下部の部分消滅が基底部へ及ぶことはなく、基底部は独自の変化を遂げる。 (4)鱗粉の構造と進化 図61に示したように、鱗粉構造の違いを進化の流れと関係づけることができた。 こ れ に よ り 、「 鱗 粉 構 造 の 違 い を 鱗 粉 構 造 の 変 化 ( 進 化 ) と 考 え る 」 こ と が 可 能 と な っ た 。 - 26 - 6 今後の課題 今回の研究では、多くの種の鱗粉観察、破壊程度を変化させた鱗粉観察、羽化前の鱗粉観察 から鱗粉の構造と形成過程を主に明らかにした。その過程で、鱗粉構造の違いが進化に関係が あることに気づいた。その気づきから構造の差異と進化を関係づけた。私たちが二門亜目内で ( d − 1 ) の タ イ プ が 原 始 的 で あ る と し た 理 由 は 、( d − 1 ) の タ イ プ で 基 底 部 に 穴 の あ る 種 が見つかっておらず、また表層部の穴も小さくコウモリガの構造に近いことから軽量化という 面では進化が進んでいないと考えたからである。しかし、この構造を持つ種は様々な上科内に 不規則に分布するため、生息環境などの要因で独自の進化をとげた種の可能性もある。また、 進化という現象は直線的に起こるものではないため、鱗粉には原始的な構造を保持したまま体 の構造が進化する可能性も十分考えられる。今後は調査種の範囲を広げ、生息環境なども考慮 して研究を進めてゆきたいと考えている。 7 参考文献 ( 1 ) http://www.pteron-world.com/topics/anatomy/scale.html 鱗 粉 の ペ ー ジ ( 2 ) http://www10.plala.or.jp/kasuga3/insect/rinpun.htm チ ョ ウ の 鱗 粉 ( 1999) ( 3 ) 江 崎 悌 三 、 一 色 周 知 、 緒 方 正 美 、 岡 垣 弘 、 黒 子 浩 、 六 浦 晃 、 井 上 寛 ( 1958) 原色日本蛾類図鑑上・下 ( 4 ) http://homepage1.nifty.com/kasatosi/column160.html 分 岐 学 と 分 類 学 ( 5 ) 福 田 元 次 郎 ( 1995) コ ン パ ク ト 版 1 5 I・ 原 色 昆 虫 図 鑑 ( 6 ) 松 本 克 臣 ( 1999) ヤ マ ケ イ ポ ケ ッ ト ガ イ ド 9 チ ョ ウ ・ ガ ( 7 ) http://homepage3.nifty.com/ueyama/words/words.html 蝶 の 生 態 用 語 解 説 図 鑑 ( 8 ) 木 下 修 一 ( 2005) モ ル フ ォ チ ョ ウ の 碧 い 輝 き 8 謝辞 本研究をおこなうにあたり、群馬県総合教育センター(高校教育研究グループ指導主事)中 村清志先生から電子顕微鏡観察のご指導を頂きました。また、群馬県総合教育センターの先生 方には休日のセンター利用で私たちの便宜をはかっていただきました。この場をかりて御礼申 し上げます。 - 27 -