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食用色素(食紅)の彩色材料としての可能性について 笹

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食用色素(食紅)の彩色材料としての可能性について 笹
福岡教育大学紀要,第65号,第5分冊,61   69(2016)
食用色素(食紅)の彩色材料としての可能性について
Possibility of food coloring as paints
笹 原 浩 仁
Hirohito SASAHARA
福岡教育大学美術教育講座
(平成27年 9 月30日受理)
子どもたちの教室での彩色材料の代表格である,クレヨン,水彩絵の具に加え,食用色素(食紅)を彩色
材料とし,「食紅えのぐ」と呼んで,2000 年より子どもたちの表現活動で使用してきた。その,子どもたち
の彩色材料としての有効性をこれまでの実践をふりかえりながら確かめ,教室における新たな絵の具,彩色
材料としての可能性を示した。1)
Key Words:子ども,絵の具
1.はじめに ~教室の彩色材料
現在,子どもたちが学校の教室で使用している
一般的な彩色材料には,クレヨン,オイルパステ
ル,色鉛筆,水彩絵の具,その他にカラーフェル
トペン,コンテなどがある。いずれも,手軽に安
全に使用できるものである。
しかし,鉛筆やペンなど線を描き出す材料に比
べ,これら色を表現する材料は,子どもたちの旺
盛な表現意欲に応えるだけの「たっぷり」の色彩
を手軽に扱える材料とはなり得ていないことを,
表現する彼らの傍らにいて感じ続けてきた。
二十数年前,北九州市戸畑にある「孫次凧」の
工房 2) を訪ねた。凧の鮮やかな彩色には染料を
使う。しかし,「孫次凧」工房では,生まれた息
子さんたちの誤飲のことを考え,せめてもの配慮
として,本来の染料より割高にはなるが「食紅」
を使うようにしたとの話をうかがった。
「食紅」,即ち食用色素 3)(図 1)は,どこのスー
パーでも安価で,手軽に手に入れることができ
る 4)食品添加物である。また,「食用」であるこ
とから,絵の具など既存の彩色材料と同等,もし
くはそれ以上の安全性も確保できる。なによりは,
染料としての色の鮮やかさ,また混色による多様
な色づくりが彩度をほとんど失わずにできるとい
う優れた特性を持つ。
この食用色素を描画彩色材料として用いること
で,子どもたちの色とかかわる活動を,より豊か
なものにしていくことができるのではないかと考
えた。
彩色材料として食用色素を使うことについて
は,前述の凧,そして,ねぶた,鯉のぼり等,伝
統玩具・造形の製作現場での使用が多少見られる。
教育実践では,屋宜,池亀のアートワークショッ
プ 5) のように,食用色素の安全性と紙への浸透
性の高さに着目したすばらしい実践事例はあるも
のの,図画工作科,美術科の表現活動では,色水
づくり,和紙染めなど特別な使い方をする場合を
図 1 市販されている食用色素
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笹 原 浩 仁
除き,従来の水彩絵の具に代わるものとして食用
色素を用いたという実践は耳にしない。
染料には,顔料主体の水彩絵の具に比べ,光に
よる褪色という弱点があるといわれている。この
作品の保存性に劣るという点が,描画材料として
染料が着目されなかった大きな理由ではないかと
考える。
しかしまた,現在広く普及した家庭用のカラー
印刷機では,主に染料が使われているという事実
もある。これは色の表現性においては,現在にお
いても染料が顔料に勝っていることを示す実例で
あり,彩色教材としての染料の可能性を追求する
上での一つの後ろ楯となる。
2.食用色素の教室における効果
では,食用色素を用いることで,子どもたちの
表現活動においての色の取り扱いや表現はどう変
わるのだろうか。実践を通して具体的に確かめて
いきたい。
(1)「食紅えのぐ」の準備
教室の子どもたちの活動では,食用色素粉末を
あらかじめ水に溶いた色液を用意する。
その際,色液はカップに小分けして使っていく
ようにした。色液を入れるカップは透明ペットボ
トルの底部を 3 ~ 4cm 程度に切り取ったものを
使った。透き通った素材であることでカップに
入った色液の色合いがよく確かめられる。
色液に溶かす色素の割合は,伝統的な配合に従
い 4%を基準とした。これは,直接染料を刷毛染
めする場合と同程度の濃度であり,十分な濃い色
の表現までができる色液ができる。
スーパーなどで販売されている食用色素は,ほ
とんどの場合「着色料製剤」として加工されたも
のであり,色素粉末の状態を安定させるため,色
素にデキストリン 6) 等をかなりの割合で含んで
いる。製品によって色素の含有率もまちまちであ
り,色液をつくるにあたっては,本来の色素の含
有率を確かめ,溶く量を割り出す必要がある。
ちなみに,着色料製剤中,色素含有率が 15%,
デキストリン等 85%の場合,250ml の水に対して,
実際に色素 4%を溶かすための着色料製剤粉末の
量は約 67g,通常サイズの紙コップ 3 分の 2 杯程
度にもなる。追試の実践において「食紅を使って
みたが,色が薄かった」との指摘をうけることが
あるが,色素を溶く量が少なすぎることが原因で
ある。
色素粉末を溶かす際には,水と共に粉末をペッ
トボトルに入れ,それをシェイクして溶かすよう
にするが,色素粉末がダマになることを防ぐため,
先に水を入れたボトルに色素粉末を加えシェイク
することがポイントである。
活動に際して用意する色液は,赤,青,黄の三
色を基本とし,各色をペットボトルにつくってお
く。あとは,混色が容易な染料の性質を生かし,
原液を調合して必要な色をつくる。ただし,赤色
については,合成食用色素の場合,表 1 のように
色味の異なるものがいくつもあり,朱色系の赤と
紅色系の赤色では,混色してできる色の雰囲気に
違いが出るので,必要に応じ,その両方を使い分
ける 7)ようにしている。
染液どうしを混ぜてつくる色づくりは,子ども
にとって大変魅力的な活動のようで,色液どうし
の混色ができることを紹介すると,子どもたちは
しばし制作を忘れ,まずは,様々な色づくりに耽
るというのが常である。なかでも,茶色や肌を表
す色をつくることは難しく,うまくできた子が他
の子と色を分け合って使う姿もよく見られた。
また,制作時間や子どもたちが年少である等,
実践上の制約がある場合には,上記の三原色に加
え,中間色の緑,紫,橙,さらに,黄緑,淡青な
どをあらかじめ調合し,カップに用意して制作に
表 1 食品への使用が認められている合成着色料
色
品 名
食用赤色 2 号(アマランス)
食用赤色 3 号(エリスロシン)
食用赤色 40 号(アルラレッド AC)
赤
食用赤色 102 号(ニューコクシン)
食用赤色 104 号(フロキシン)
食用赤色 105 号(ローズベンガル)
食用赤色 106 号(アシッドレッド)
黄
緑
青
食用黄色 4 号(タートラジン)
食用黄色 5 号(サンセットイエロー FCF)
食用緑色 3 号(ファストグリーン FCF)
食用青色 1 号(ブリリアントブルー FCF)
食用青色 2 号(インジゴカルミン)
許可規格は,国ごとに異なる。表は日本のもの。また,食品
への使用に関しては,使用基準が定められている。
食用色素(食紅)の彩色材料としての可能性について
臨む(図 2)。最初に準備された色と量がモデル
となり,制作過程での子どもたち自身による色づ
くりも円滑に進む。
彩色に使用する筆は,色液が液状であるため,
画筆のブラシと比較して,液体の含みが良い毛筆
用の筆が適している。色カップ毎に筆があるほう
が制作効率も良いので,色液の色カップ 1 セット
ごとに,カップの数より多い複数本の筆を用意し
ておいた。
以上のように準備をおこない,「食紅えのぐ」
を通して,子どもたちの色を楽しむ活動がはじま
る。
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(2)具体的実践
実践①「平和のともしび~とうろうづくり」
(小学 4 年生,2006 年)
平和学習の一貫として,広島原爆の日,8 月 6
日に平和をアピールするというコンセプトで,灯
籠づくりにとりくんだ。
光の透過性を考え,描画には溶かした蠟,彩色
には「食紅えのぐ」を使う。これは東北地方の伝
統造形「ねぶた」づくりの技法の応用である。
灯籠本体には,障子紙を使用。現在市販されて
いる障子紙には,天然繊維の他に,レーヨン,ビ
ニロン等の化学繊維が使用されているものが多
く,水濡れに強く丈夫で,子どもたちの描画には
適している。もちろん安価で,入手が容易である
点も大きな選択要因となる。
製作は,まず,鍋で温め溶かした蠟で灯籠本体
となる紙にそれぞれ描きたいものを描いていく。
今回の製作のテーマは「平和」。
子どもたちは,前時で学習した,世界じゅうの
文字で「平和」を綴るクララ・アルテール 8) の
作品づくりをヒントに,いろいろな国の言葉で「平
和」の文字を綴った作品をつくっていく。
また,
「平和は野原にねっころがれること」,
「平
和は勉強できる机といすがあること」等,平和を
象徴的な絵として表現した作品もあり,それぞれ
に自分が考えた平和のメッセージを表現する製作
にとりくんだ。(図 3)
紙に蠟が染み込むことで,描いた部分の光の透
過性がさらに高まり,あかりを灯すことによって
明るく輝くラインを生む。すりガラスを濡らすと
濡れた部分が透き通って見えるという,子どもた
ちがよくやるイタズラと同じ原理である。また,
後の彩色でも,蠟で描いた部分は色液を弾いて染
まらず,色面にシャープな構成要素を与える。
彩色には,前述の,色液カップ,筆,そして,
色液の濃さを調整するための水を入れたボトルを
準備する。色はカップを使って簡単に混色するこ
とができる。また,描きながら紙の上でにじんで
混ざり合う混色の効果も楽しめる。にじみ止めを
していない障子紙の性質が生かされる。
そして,思い思いに紙の上での色遊びを楽しみ
ながら,灯籠絵ができあがっていく。
後片付けの活動もまた子どもにとって「面白い」
活動となる。
カップに残った色液を流しで洗うのだが,その
過程でも色遊び,色体験は続く。カップの色液は
蛇口からの水でさらに薄められ,カラフルに透き
通った様々な色水カップが誕生する(図 4)。そ
れを,窓辺にならべ,またならべ替え,色と光を
楽しむ。混色遊びもさらに続き,不思議な色の色
ジュースが生産されていく。流しのステンレス板
の上にできる色水の流れが広がり混ざり溶け合う
様子を眺め楽しむ子もいる。
図 2 「食紅えのぐ」の準備
図 3 平和へのメッセージを描く
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笹 原 浩 仁
異なる複数の学級で経験した事例であるが,ご
く淡い水色の色水ができると,子どもたちはにお
いを嗅ぐ。そして「サイダーのにおいがする!」
と主張する。まわりの子どもたちも「するする」と,
それに同調する輪が広がり,私にも嗅ぐように勧
めてくる。実際に「におい」がするはずもないの
だが,子どもたちはそう感じるという。子ども期
特有の視覚情報と嗅覚の情報との混信がそこに生
じているのかは定かではないが,一つの教室での
一度の体験ではないので付記した。
以上のような楽しい色遊びが生まれる後片付け
には,時間を確保して臨みたい。
そして,最後は灯籠の組み立てとなる。
思い思いの平和のメッセージをえがいた紙を円
筒形に貼り合わせ,台座にする板に固定して全体
を完成させる(図 5)。光源には,LEDを使用。
乾電池で一晩といわず明かりを灯し続ける。
余談となるが,本実践では,灯籠の台座にヒノ
キ板を使用した。製材したばかりの板からは,森
のさわやかな香りが広がり,食紅で彩られた灯籠
のあかり浮かびあがる夏の一夜を,さらに爽やか
で鮮やかなものとした。
実践②「おさかなのぼり」づくり
(小学 2 年生 /2010 年,4 年生 /2011 年)
海に川に遊び,また食し,豊かに幸を得て暮ら
す地域の子どもたちと,青空にたくましく泳ぐ鯉
のぼりを,水に生きるすべての生き物の生命力に
あやかるべく「おさかなのぼり」としてつくるこ
とを考えた。
かつて庶民の鯉のぼりは和紙製であった。
実はこの実践には,全校児童で和紙製鯉のぼり
を製作するという 10 年をさかのぼる筆者による
先行実践があり,その食紅の使用をさらに展開さ
せたものである。(図 6)
ここでも,のぼり本体の素材には紙を使う。使
う紙は柔軟性,強度,コストを考え障子紙とした。
障子紙のロール幅 94㎝を正方形に裁断し,そ
れを二つ折りにして「おさかな」を描く用紙とす
る。小学生の子どもたちにとっては,自分のから
だの大きさとあまり違わない大きな作品づくりと
なる。
はじめに,油性ペンで,つくりたいさかなを用
紙の面積を最大限に生かしながら描いていく。最
終的に「のぼり」として筒状になることから,風
の入口と出口を確保することを忘れないようにす
る。余白を使って,さかなの背びれ,胸びれ,尻
びれ等,後貼りにする「部品」も描いておく。
図 4 後片付けが色水遊びになる
図 5 完成した灯籠「平和のともしび」と点灯風景
図 6 食紅を使った鯉のぼりづくり(2000 年)
食用色素(食紅)の彩色材料としての可能性について
描き進めると,ペンが油性であることから,二
つ折りのもう一枚の面に描線が染み写っていく。
それを利用し,今度は反対の面にも染み写った
線をなぞりながら同じかたちの魚を描いていく。
(図 7)
シンメトリーの魚影ができたところで,今度は,
紙を広げ「魚のひらき」の状態にして,彩色をお
こなう。(図 8)
青空で泳ぐのぼりであることを考え,透過光を
生かせる「食紅えのぐ」を使う。顔料系の絵の具
では,絵の具が光を遮り,くすんだのぼりになっ
てしまう。
彩色は「灯籠」と同様だが,作品が大きい分,
製作場所には教室の床や廊下までを使う必要がで
てくる。床での作業の場合,子どもが色液カップ
を誤って蹴ってこぼす等の事象が多々発生。子ど
もたちはそれを「えのぐじごく」(図 9)と呼ん
だが,中にはカップを運ぶ途中でつまずいて友だ
ちの服に色液を浴びせたり,振り返りざま友だち
の筆が顔をかすめ,顔を染めてしまったりなどの
トラブルも発生。作業用の衣服の準備や,家庭へ
の起こり得ることに関しての事前の連絡を怠らな
いようにする。
「食紅えのぐ」の場合,かき氷を食べた直後の
舌の色のように,手や皮膚に付くと,健康上の大
きな問題は無いが,ただちには落ちにくい。この
「えのぐこぼし」は,後に,「カップはカゴに入れ
て運んだり使ったりする」という工夫で多少減少
させることができた。
そうして子どもたちは,「大きくても,どんど
ん塗れるところが楽しいね」と,「食紅えのぐ」
を使い,全身を使って,小学校生活で最大級の彩
色活動にとりくみ,自分の「おさかな」をつくっ
ていった。そしてもちろん,後片付けには楽しく
色水遊びをおこなった。
描いた作品を十分乾燥させてから,さかな本体
両面,そして「ひれ」などの部品をはさみで切り
取り,糊で貼り合わせてのぼりを仕上げる。(図
10)
さかな本体の糊付けでは「のりしろ」は設けず,
本体の紙を上下に 1cm 程度ずらし,はみ出した
部分を「のりしろ」として貼り合わせていく。伝
統的な和紙製鯉のぼりの製法 9)である。
最後に,ひれ,口輪を貼り込み,さかなを結わ
えるひもを取り付け「おさかなのぼり」は完成す
る。口輪には,帯状の厚紙のクラフトバンドを両
面テープで貼り込むようにした。この作業には多
少のコツが必要で,支援を求める子どもには貼り
図 7 写った線をなぞる
図 8 さかなへの彩色
図 9 「えのぐじごく」と絵の具かご
図 10 さかなを貼り合わせひれをつけて完成
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笹 原 浩 仁
込みを手伝う。ひもは口輪を貼り込み丈夫になっ
た部分に穴あけパンチで穴をあけ取り付ける。
晴れ渡った青空の下,銘々が思い思いにつくっ
た「おさかなのぼり」を竹の棒に結わえ,子ども
たちは運動場いっぱいに走り回る。(図 11)魚た
ちは,体に風を孕み,太陽の光のなかを色鮮やか
に子どもたちと共に泳いだ。そして,汗をかいて
帰った教室では「えのぐじごく」のことなど,み
んなでやった製作を思い出し,楽しい談笑のひと
ときをもって活動は終了した。
空を彩る製作という点では,「凧」づくりもま
た同様である。
染料の光の透過性が最大限に生かされる,空間
的な作品づくりとなった。
実践③,④,⑤ 既存の絵の具の代わりとして
前述の実践での好結果を踏まえ,紙版画の刷り
紙へのにじみを生かした彩色(小学 2 年生),木
版画への裏彩色(小学 4 年生)に「食紅えのぐ」
図 11 子どもたちと泳ぐ「おさかなのぼり」
図 12 紙版画の刷り紙へのにじみを生かした彩色
(小学 2 年生 /2011 年)
を使用することを試みた。(図 12,13)
版画の黒く明快な表現に,
「食紅えのぐ」のオー
ガニックな色面がよく調和し,表現の効果とつく
る楽しみとをさらに増すことができた。
また,画用紙への描画そのものにも「食紅えの
ぐ」を用いることを試みた。(図 14)
小学 4 年生,「宇宙の冒険」というテーマでの
制作であったが,絵全体のトーンを「食紅えのぐ」
で組み立て,細部では,従来の水彩絵の具,カラー
ペン,色鉛筆などを使い,彩色材料を使い分けて
作品をしあげていく子どもたちの主体的な活動が
見られた。すでに「食紅えのぐ」の使用経験をも
つ子どもたちは,その効果を十分理解して他の彩
色材料と併用して使っていくことができた。洋紙
への使用についても,特に問題は無く,むしろ,
水彩絵の具と異なる独特の彩色の調子を楽しめる
ことがわかった。
図 13 木版画への裏彩色(小学 4 年生 /2007 年)
図 14 「食紅えのぐ」を含め多様な画材で描く
(小学 4 年生 /2011 年)
食用色素(食紅)の彩色材料としての可能性について
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図 16 子どもたちのねぶたおみこし
図 15 学生製作のねぶた
実践⑥ ねぶたづくり
(小学 3,4 年生/2013,参考:大学 1 年生 /2014)
運動会で踊るソーラン節の,シンボルとなる造
形として「おみこし」をつくりたいとの相談,製
作支援の依頼が地域の小学校から筆者に届いた。
そこで,学生と大学の授業で製作してきた「ね
ぶた」
(図 15)の表現方法で,子どもたちとおみ
こしをつくることを考えた。
今回,対象の子どもたちが,小学 3,4 年生で
あるということで,木材骨組みと針金の造形は,
大人が担当し,紙はり,デザイン及び彩色を子ど
もたちがおこなうかたちで,製作を実施した。
子どもたちは,運動会までの限られた製作期間
のなかで,みんなでデザインを考え合い,一気に
みこしをしあげていった。
液状であり,毛筆用大筆,刷毛等を使ってすば
やく彩色していくことができる,また,水で洗い
流すことができるので道具等の後片付けにも手間
をとらない,ポスターカラーやペンキと比べコス
トパフォーマンスにも優れるという点で,「食紅
えのぐ」は,ねぶた等,大型の造形作品への彩色
を容易にすることがわかった。
海辺の小学校,秋の大運動会で,子どもたちが
描いた色鮮やかなねぶたのおみこしは,保護者,
地域の人々も巻き込んで,大きな踊りの輪を生み
だしていった。
3.食用色素の絵の具としての適性
子どもたちとの,食用色素でつくった「食紅え
のぐ」を使った表現をふりかえった。
「こぼす」,衣服等への付着等の課題はあるもの
の,食用色素を用いることで得られた使用感には,
他の彩色材料には置きかえられない良さと表現の
効果が認められた。以下に,整理する。
(1)絵の具としての特長
① 色の鮮やかさ
「食紅えのぐ」の最大の特長は,その色彩の鮮
やかさにある。混色によってもその彩度はほとん
ど損なわれず,また,色の階調も,水で薄めてい
くだけで,冴えを失うことなくつくることができ
る。
② 光の透過性
また,水に溶ける染料系色素ならではの光の透
過性を持ち,凧やのぼり,灯籠など,透過光を楽
しむ作品づくりでは,その色の鮮やかさはより際
立つものとなる。
③ 色づくりの学習と楽しさ
教材としての特長では,食用色素を色液として
液体で使用することで,大変容易に混色や色づく
りが経験できるという点があげられる。二つの色
が混ざり合い,全く異なった色が生まれる瞬間は,
大人ですら,見ていてマジックであると感じられ
る。
また,カラフルに透きとおった色水カップをな
らべる活動など,子どもたちが遊びを通してごく
自然に「色」について学んでいく活動を生み出す
ことができる。
④ 色を存分に使える環境
さらに,食用色素を色液として液体で用いるこ
と,また,それをカップに小分けし,筆を使って
68
笹 原 浩 仁
図 17,18 こぼれない「ゼリーえのぐ」
描くことで,子どもたちは墨と筆で習字にとりく
むように,勢いのある線を描いたり,かすれやに
じみをつくったりすることを「色の表現」として,
存分に楽しめるようになった。
そして,
「食紅えのぐは広い面でもどんどんぬっ
ていける」と子どもが評してくれたように,活動
的な子どもの表現欲求に応えるだけの,彩色の機
動力が生まれたのである。
(2)絵の具としての課題
しかし,「食紅えのぐ」にはまた,絵の具とし
ての解決すべき課題も残されている。
① 光による褪色,変色
食用色素は顔料系の彩色材料と比べ,その耐光
性の低さから,光による褪色,変色は避けること
ができない問題である。
しかし,子どもたちの作品の保存状態を見ると,
直接には日光があたらないところへの展示,額縁
等に入れての展示など,一定の配慮で,既存の顔
料系水彩絵の具とあまり変わらない保存状態が保
てることも確認できた。10)
② 乾燥後の水溶け,染み
「食紅えのぐ」はアクリル樹脂やアラビアゴム
などのバインダーを含まない状態で使用してい
る。そのため,作品乾燥後も水濡れに極端に弱
く,水滴などが付着するとその部分の色素が溶け
出し,濡れた部分の周囲を縁取るように染みがで
き,修復ができない。「食紅えのぐ」の特長を損
ねないようにしながら,固着材を加えるなど,軽
減策を探ってみる必要がある。
③ 活動上のトラブル
制作活動のなかで色液を「こぼす」事象が何度
か発生したが,これは短所とせず,むしろ,子ど
もたちが「気をつけること」,また「行動のしかた」
として,共同空間で作業する上での身につけるべ
きマナーとしての学習課題とする方がふさわしい
と考える。水彩絵の具を使った活動時の筆洗の水
こぼしと頻度は変わらない。それ以上に,こぼれ
た「えのぐ」が基本的には「食用」の材料である
ということの安心感のほうが大きい。
皮膚に付着した場合の色の落ちにくさもある
が,石鹸で多少丁寧に洗い流せば,その場ですぐ
に気にならない程度に洗い流すことができる。も
ちろん,入浴するなどすれば,すっかり着色はと
れる。
また,衣服への付着の場合は,洗濯用漂白剤を
使用すれば,ほぼもとの状態に戻すことができる。
墨汁と比較すれば脱色は,はるかにやさしい。
4.おわりに ~今後の展開
以上,食用色素を用いた「食紅えのぐ」を日常
の造形活動に導入することで,子どもたちの色と
かかわる活動をより豊かなものにしていくことが
できないかと考え,積み重ねた実践をもとに検証
した。
食用色素のもつ特長を考えれば,少なくとも奇
異な彩色材料ではなく,既存の水彩絵の具に迫る,
または用途によってはそれを凌ぐ表現の効果を生
み出し,子どもたちの表現活動を活性化させるも
のでもあることが確かめられたと考える。
さらに,この「食紅えのぐ」が,各地,様々な
教室の子どもたちの多くの活動によって確かなも
のにされていくことを願う。
現在,
「食紅えのぐ」に種々の食品添加物を加え,
安全性はそのままに,こぼれにくくすることをね
らい多少の粘度もたせた「ゼリーえのぐ」「ジャ
ムえのぐ」11) を開発,有効性の検証をおこなっ
ている。さらに,それぞれの絵の具に食品保存料
を加え,保存性を向上させること,常温で比較的
食用色素(食紅)の彩色材料としての可能性について
長期間保存できるようにすることについても,そ
の効果を検証中である。12)
この詳細と結果については,稿を改め報告した
い。
註
  1)本稿は,拙稿「児童の彩色材料としての食用色
素の可能性」造形教育九州学会誌 No.7, 2011,
pp. 13-21 を底本としながら,その後の研究の
展開と成果,改善した点を踏まえ,修正,加筆
したものである。
  2)工房名称は「カイトハウスまごじ」
  3)ここでの食用色素とは,タール系合成食用色素
を指す。
最近はスーパー店頭でも「天然食用色素」見か
けるようになったが,価格は比較的高い。
  4)青色については,用途が和菓子などに限定され
るため置いてある店は少ない。しかし現在は,
インターネット通信販売を利用すれば簡単に入
手できるようになった。
  5)屋宜久美子 / 沖縄県立芸術大学,池亀直子 / 秋
田公立美術大学「多様な子どもの参加を目指し
たアートワークショップの環境構成─保育園児
と特別支援学校生徒による『偶然性』の交流
に着目して─」(第 54 回大学美術教育学会ポス
ター発表,2015)
  6) 澱粉と麦芽糖の中間生成物。水溶性。糊精(こ
せい)とも呼ばれる。
  7)筆者は,食用赤色 102 号を成分とする食用色素
溶液を赤色として使用しているが,赤色と青色
とを混色して紫色をつくるためには,食用赤色
3 号を成分とする食用色素を使う方がより鮮や
かな紫色を得られるので,使い分けている。
  8)クララ・アルテール(Halter, Clara),フランス
在住。「平和の壁」プロジェクトとして,世界
各国の言語で壁(作品)に「平和」の文字を刻
む表現を続けている。2005 年,広島に「平和
の門」を設置。
  9)香川県坂出市 山下手描き鯉のぼり店,山下信
一氏より。
10)2006 年より 2011 年までの約 6 年間の追跡。学
校廊下への展示物の変化を継続観察した結果。
11)「ゼリーえのぐ」は,食紅えのぐに常温で固ま
る寒天の一種,アガー(カラギーナン)を加え
粘度を持たせたもの。同様に
「ジャムえのぐ」
は,
ペクチンを加え粘度を持たせたもの。他に,ゼ
ラチン,寒天等を加えたもので,試作品を製作,
検証中である。
「こぼれにくさ」は,子どもたちの教室ではも
ちろん,特別支援教育の現場などで,子ども
のニーズに合わせ利用することができると考え
る。
69
12)
「食紅えのぐ」液は,腐敗防止のため,通常,
冷蔵庫で保存するようにしている。
安全性を保持しつつ,絵の具の腐敗を防止する
ために,それぞれの絵の具に,食品保存料とし
て使用されている安息香酸ナトリウム,または,
ソルビン酸カリウム,またはその両方を加えた。
参考文献
・江崎正直編著『色材の小百科』工業調査会,1998
・藤井正美監修,清水孝重,中村幹雄著『新版・食
用天然色素』光琳,2001
・堀口正二郎著『色材入門』米田出版,2005
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