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1 哺 乳 類 Red Data Book of Wakayama Prefecture 哺乳類の概要 紀伊山地の地形は複雑である。和泉山脈、 長峰山脈、 白馬山脈、 果無山脈が東西にのび、 哺乳類 大峰山脈、台高山脈が南北にのびている。その間を、東西にいくつもの川が流れ、豊富 な水が侵食作用を続け険しく変化に富む地形をつくっている。そのため、急流でV字谷 の蛇行した河川が多い。 紀伊山地の最南端に位置する本県は、温暖多雨の気候により、海岸線から内陸部に至 るまで常緑の照葉樹におおわれている。本県でこれまでに48種の哺乳類が記録されてい る。本州の他地域のものと比較して、その哺乳動物相に特筆すべき種はない。しかし、 険しく変化に富む地形の本県には、ヤチネズミやアズマモグラなどの小型哺乳類の特異 的な分布域がある。 今回の調査で、良好な天然林に依存するとされるモリアブラコウモリが黒蔵谷国有林 で新たに発見され、全部で10種のコウモリ類が県内に生息することが確認できた。その 他、ヒメホオヒゲコウモリ、コテングコウモリ、オヒキコウモリなども奈良県または三 重県において生息記録があり、今後の調査でさらに追加される可能性がある。 今回の改訂にあたり、22種の哺乳類をとりあげた。種の選定にあたって、最も感じた ことは情報量の少なさである。小型哺乳類の研究者及び情報提供者が少ないため、2ケ 年という限られた時間で、 文献にあらわれない情報を現地調査で補うのは不十分であり、 すべての種にわたって定量的な根拠のもとに選定することには無理があった。このよう な場合、生息確認地点が少なく情報量が不十分であっても近隣県での生息状況から判断 して選定した。 また、コウモリ類には、夏季だけ特定の洞穴を利用して出産・哺育をするという習性 をもつ種がある。毎年夏になるとどこからとなく10,000頭を超える個体が1つの洞穴に 集まり大コロニーを形成し、 秋にはすべての個体がその洞穴から姿を消す。その洞穴が、 その種にとって唯一の出産・哺育の場所であるならば、そこが破壊された場合たちまち その種の生息が危ぶまれることになるため、選定基準を柔軟に適用する場合もあった。 北海道を除く、本州、四国、九州とその属島に生息しているモグラ類の分布には興味 深いものがある。紀伊半島にはMogera属のモグラは、コウベモグラ(M. wogura)と アズマモグラ(M. imaizumii)の2種が生息している。コウベモグラは、日本列島南半 に分布し、本州では石川・長野・静岡を結ぶ線より南部一帯、四国、九州、対馬などか ら知られている。アズマモグラはコウベモグラの分布北端より北部の本州北半分に主要 分布域をもっているが、 紀伊半島には大規模な孤立個体群がある。これまでの研究から、 アズマモグラが日本列島で先に分布を広げ、その後コウベモグラが朝鮮半島を経て日本 に侵入したと考えられている。大型で新参のコウベモグラは、アズマモグラを駆逐しな がら北上し、分布を広げてきたと思われる。その結果、広島、四国の剣山・石鎚山、紀 伊半島などの地域に孤立個体群として残っているとするのが定説である。その中でも、 紀伊半島の孤立個体群の規模は大きく、特に本県では、広川町に両種の分布境界線が存 在することがわかっており、白馬山脈より南の地域はすべてアズマモグラの分布域であ る。 26 また、ヤチネズミは、本州の中部・北陸以北と紀伊半島の南部に分布する。紀伊半島 ている。紀伊半島産ヤチネズミと他地域の個体群についての形態的形質調査、細胞遺伝 学・生化学的調査及び分子遺伝学的調査から、その系統分類について専門家の間で様々 な議論が繰り返されてきている。 日本列島は南北に細長く、多様な生態環境と複雑な島の成立過程をもつ。そのため、 哺乳類の種類数は豊富であり、 哺乳動物相は固有度が高くきわめて複雑である。さらに、 多くの哺乳動物群において複雑な要素をもった地域集団が生まれ、日本列島はまさに多 様性研究の宝庫である。なかでも紀伊半島は、アズマモグラやヤチネズミにみられる特 異性など、哺乳類の多様性研究において注目度の高い地域である。ゆえに、土着の哺乳 類を1種たりとも人間の不注意で絶やすようなことがあってはならない。 そこで無視できないのは、土着の生物種の生存を脅かす外来種の存在である。県内に は、これまでにアライグマ、タイワンザル、クリハラリス、タイワンジカ、チョウセン イタチ,ヌートリア,ハクビシンなど7種の外来哺乳類種が確認されている。 タイワンザルは、和歌山市の動物飼育施設で飼育されていた数頭が野生化したのが起 源である。施設閉園後約40年間にタイワンザルと在来種との交雑ザルからなる200頭を 超える群れに成長し、遺伝子汚染の現実を露わにした。また、近縁種が国内にいないた め遺伝子汚染の問題はないものの人獣共通感染症等で課題の多いのがアライグマとハク ビシンである。アライグマはほぼ県内全域にその分布を広げている。これまで記録がな かったハクビシンは、最近、紀北地方と紀南地方でその生息が確認され、紀南地方では 繁殖も確認されている。 すでに和歌山市を中心に野生化しているクリハラリスは、今後その分布を南に広げ、 日本固有種であるニホンリスの生存に悪影響を与える可能性は否定できない。 (細田 徹治) 27 哺乳類 の集団が分布の南限であり、他の分布域から離れて飛び地状になり孤立個体群を形成し 哺乳類の掲載種 哺乳類 ●絶 滅(EX) ●準絶滅危惧(NT) オオカミ キクガシラコウモリ カワウソ コキクガシラコウモリ モモジロコウモリ ●絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN) ユビナガコウモリ クロホオヒゲコウモリ カモシカ ノレンコウモリ ニホンリス ウサギコウモリ カヤネズミ ツキノワグマ ●情報不足(DD) ●絶滅危惧Ⅱ類(VU) ミズラモグラ カワネズミ モリアブラコウモリ ヒメヒミズ ヒナコウモリ ニホンモモンガ テングコウモリ ヤチネズミ ヤマネ 28 和歌山県カテゴリー オオカミ Canis lupus (Linnaeus, 1758) 食肉目 イヌ科 絶 滅(EX) 旧県 絶 滅(EX) 国 絶 滅(EX) 1905年にM.P.Andersonが奈良県吉野郡東吉野村小川地区(鷲家口)で入手した死体(大 英博物館所蔵)を最後に100年以上確実な生息記録がない。 種の概要 北海道産はエゾオオカミ(C. l. hattai)、本州・四国・九州産はニホンオオカミ(C. l. hodophilax)として亜種で区分される。ニホンオオカミは、オオカミの最も小型の亜種の 一つであり、特に四肢と耳が短いことから独立種とする見解もある。 分布状況 世界的にはユーラシア大陸及び北アメリカに広く分布する。かつて国内では、北海道か ら本州・四国・九州まで広く分布していた。 生息条件 大陸の現存種と同様、シカやイノシシを捕食していたものと思われる。 学術的価値 現存するオオカミやイヌとの形態学的、系統学的研究に重要である。 減少の原因 明治以降の銃器の発達に伴う捕殺、森林開発、狩猟圧上昇に伴う餌不足、イヌの伝染病 の蔓延等が減少の原因であるとする説があり、さまざまな要因が複合的に働き絶滅に至っ たと考えられる。 特記事項 我が国に残されているニホンオオカミの剥製標本3体のうちの1体を和歌山大学教育学部 (現在、和歌山県立自然博物館で保管)が所有している。1904年頃に大台山系で捕獲され たものであり、毛皮標本と頭骨標本が同一個体の完全品である。 文献番号 1、3、12、19、34、38、40 和歌山県カテゴリー カワウソ Lutra lutra (Linnaeus, 1758) 食肉目 イタチ科 絶 滅(EX) 旧県 国 絶 滅(EX) 絶滅危惧ⅠA類(CR) 選定の理由 日本で最後の生息地と考えられている高知県須崎市で1983年に死体が拾得されて以降の 確実な記録はない。本県では、1954年の和歌山市友ヶ島海岸での生息確認が最後であり、 それ以降、約50年以上確実な生息記録がない。 種の概要 河川の中・下流域や沿岸岩礁域に棲み、魚類、両生類、ネズミ類を捕食する。なお、本 州以南の個体群、ニホンカワウソ(L. l. nippon)は、ユーラシアカワウソ(L. lutra)の日 本本土亜種である。形態的遺伝的特徴から独立種ニホンカワウソ(L. nippon)とする意 見もあるがさらに検討が必要である。 分布状況 かつては北海道から鹿児島まで広く分布していた。本県でも主要河川沿いに生息してお り、1948年頃まで太間川(すさみ町)や七色ダム(北山村)周辺で生息情報が得られていた。 学術的価値 日本の哺乳類の中で、現在最も絶滅のおそれの高い種である。 減少の原因 1928年に捕獲が禁止されるまでは毛皮目当ての狩猟による乱獲が、それ以降は森林の大 規模伐採や運搬のための筏流しや鉄砲堰、護岸整備、水質汚染などによる生活環境の悪 化及び密猟などが減少に一層拍車をかけたものと考えられる。 特記事項 1928年に捕獲禁止となり、その後、1964年に国の天然記念物、1965年に特別天然記念物 に指定されたが、生存が確認されていない。DNA調査では、大陸産のものと遺伝的差異 が認められている。 文献番号 1、3、5、19、34、40、54 29 哺乳類 選定の理由 和歌山県カテゴリー クロホオヒゲコウモリ 絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN) Myotis pruinosus Yoshiyuki, 1971 旧県 − 翼手目 ヒナコウモリ科 国 絶滅危惧ⅠB類(EN) 哺乳類 選定の理由 全国的に採集記録が少なく、県内では1市1町の4箇所で生息が確認されているのみである。 種の概要 日本産のコウモリ類の中では最小の部類に入る。耳珠の先端がとがっているのが特徴で あり、黒っぽい体毛で、刺毛の先端が銀色に光る。昼間の隠れ家は樹洞であり、夜間に 飛翔する昆虫を捕食する。 分布状況 日本固有種で、日本西部の低標高地を広く覆う森林内に生息する。県内では、大塔川源 流部(田辺市本宮町)、護摩壇山(田辺市龍神村)、京都大学和歌山研究林(有田川町)、 黒蔵谷国有林(田辺市本宮町)で分布が確認されている。 生息条件 本種の存続には、照葉樹の大木が残されていることが重要であるとともに、下層植生の 保全に努め年中昆虫類が一定量発生する環境を残すことが大切である。 学術的価値 紀伊半島で本種の生息が確認されているのは、本県と奈良県で、三重県からは報告され ていない。全国的にも観察例が少ない。 減少の原因 樹洞のある大径木を有する照葉樹林の伐採により、ねぐらと餌場が消失したのが原因で あると思われる。 文献番号 1、3、19、23、24、27、28、31、40 和歌山県カテゴリー ノレンコウモリ 絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN) Myotis nattereri (Kuhl, 1817) 旧県 − 翼手目 ヒナコウモリ科 国 絶滅危惧Ⅱ類 (VU) 選定の理由 県内での記録は、2市1町で4頭のみである。紀伊半島全体でも確認された個体数はきわめ て少ない。 種の概要 腿間膜の後縁にそって縄のれんのように細毛が列生するのが本種の特徴である。日本産 を亜種ホンドノレンコウモリ(M. n. bombinus)とする意見もある。 分布状況 北海道から九州にかけて、15都道府県から採取記録がある。県内では、大塔川支流沿い 廃トンネル(田辺市本宮町)、北海道大学和歌山研究林(古座川町)、椋ノ井洞(新宮市)、 黒蔵谷国有林(田辺市本宮町)に分布する。生息が確認された4箇所は、自然林内、洞窟、 廃トンネル内である。 生息条件 樹洞のある大木を有する自然林。 学術的価値 記録個体数が少ないため、生息地等の現況が不明。 減少の原因 樹洞のある大木を有する自然林の激減によると思われる。 特記事項 生息実態調査を早急に実施し、越冬が確認された隧道や廃坑及び餌供給源となる自然林 の保全が必要である。県内での確認はいずれも単独個体であるが、出産保育コロニーに はしばしばユビナガコウモリが混入する。 文献番号 3、11、17、23、25、34、40、44 30 ウサギコウモリ Plecotus auritus (Linnaeus, 1758) 翼手目 ヒナコウモリ科 和歌山県カテゴリー 絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN) 旧県 国 情報不足(DD) − 県内での記録は、2市1町からのみである。確認個体数もきわめて少ない。 種の概要 名前の由来となった耳介は長く40㎜もあり、耳珠も約19㎜と著しく長く伸縮自在で、休 眠時には翼と体の間に挟み込むようにしてたたむことができる。本来は森林内の樹洞や 洞穴をねぐらとするが、建造物内でも確認されている。日本産を亜種ニホンウサギコウ モリ(P. a. sacrimontis)とする意見もある。 分布状況 本県では、紀の川市貴志川町の隧道内、橋本市彦谷の鍾乳洞(数個体)、高野町の寺院(約 10頭のコロニー)の3箇所から生息情報が得られている。いずれも複数個体が確認されて いるので繁殖洞がある可能性が高い。 生息条件 樹洞のある大木を有する自然林。 減少の原因 樹洞のある大木を有する自然林の激減によると思われる。 文献番号 3、19、22、23、30、34、40 ツキノワグマ Ursus thibetanus (Cuvier, 1823) 食肉目 クマ科 和歌山県カテゴリー 絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN) 旧県 国 絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN) − 選定の理由 紀伊半島の個体群は、他地域と分断された地域個体群であり、生息数も少ない。紀伊半 島全体での生息数は180頭と推定され、平成6年より捕獲禁止措置が執られている。 種の概要 全身黒褐色で、多くの個体は胸に白い三日月模様がある。県内産の個体は、東北から北 陸地方産に比べると小型である。冷温帯落葉広葉樹林を中心に行動し、植物質を中心と した雑食性である。草本類、堅果類、昆虫類、シカやカモシカなどの死体を漁り、とき には子ジカを捕食する。母子を除き単独行動する。 分布状況 紀伊半島での分布域は、三重県、奈良県、和歌山県にかけての2,500㎢にわたる地域で、 他の個体群から分断され孤立している。県内では2008年から2010年の5年間に、4市13町1 村で延べ115件の目撃情報が寄せられている。 生息条件 落葉広葉樹自然林、二次林。 学術的価値 クマは冬眠する最大の哺乳類である。冬眠中に出産する。 減少の原因 第二次世界大戦後、大規模な人工林拡大が行われた結果、生息地の質が悪化した。併せて、 有害駆除やくくりわなによる錯誤捕獲等の狩猟圧が個体数の減少を加速させたものと思 われる。また、雌の性成熟が約3歳であり、2 ~ 3年に1 ~ 2仔と、繁殖のペースが遅い。 特記事項 紀伊半島のツキノワグマは、冬期、活動量は低下するものの、完全な冬眠に入ることは なく、越冬中に採食活動を行う個体が多いという報告があることから、県内のツキノワ グマは「冬眠しない」とする説もある。 文献番号 1、3、19、20、24、33、34、36、40、55 31 哺乳類 選定の理由 カワネズミ Chimarrogale platycephala (Temminck, 1842) 食虫目 トガリネズミ科 和歌山県カテゴリー 絶滅危惧Ⅱ類(VU) 旧県 情報不足(DD) 国 − 哺乳類 選定の理由 10箇所程度から生息が確認されている。水域に生息し、その生息環境が限定的である。 種の概要 トガリネズミ科の中では大型である。水生に適応し、四肢の指の両側には水掻きの役割 をする偏平な剛毛が生えており、尾の下面には長い毛総がある。山間部の岩や倒木の多 い渓流沿いに生息する。昼夜を問わず活動し、小魚、水生昆虫、サワガニ等を捕食する。 分布状況 本州、九州に分布する日本固有種。県内では3市2町で生息記録がある。丹生川、真国川、 日高川、日置川、富田川、平井川、小口川など10河川から13頭が捕獲されている。 生息条件 清流の天然河岸。 学術的価値 本種が生息できる環境は、人間にとっても好環境であり、指標生物にもなりうる。 減少の原因 清流の河岸で生息するため、コンクリート等による護岸整備や生活排水の流入、農薬散 布等の影響を受けやすく、それらが減少の原因であると考えられるが詳細は不明である。 文献番号 2、3、34、40 ヒメヒミズ Dymecodon pilirostris True, 1886 食虫目 モグラ科 和歌山県カテゴリー 絶滅危惧Ⅱ類(VU) 旧県 情報不足(DD) 国 − 選定の理由 生息確認地点がきわめて少なく、生息環境が限定的でかつ局所分布である。 種の概要 非常に小型のモグラである。外形はモグラとトガリネズミの中間である。吻と尾が長い 点でトガリネズミに似るが、耳介がない点でモグラに似る。比較的標高の高い地域の草地、 落葉層中で昆虫類、ミミズ等を捕食する。 分布状況 本州、四国、九州に分布する日本固有種。下北半島などでは低標高地域の森林でもみら れるが、通常、ヒミズの分布域よりも上に分布している。紀伊山地では、ヒメヒミズと ヒミズの間にみられる垂直分布による棲み分けが認められず、土壌条件によって棲み分 けているものと思われる。県内での生息確認は、1985年に新宮市高田(海抜200m)、古 座川町平井(海抜400m)の2箇所のみである。 生息条件 自然林、二次林。 減少の原因 個体数及び生息確認地点ともに少なく情報不足であるが、ヒミズとの競合及び生息範囲 が狭いため林道工事等による生息地の改変が生息地の消滅につながるものと思われる。 特記事項 紀南地方では、さらに低標高地でも生息している可能性がある。 文献番号 1、3、14、33、39、40、49、50 和歌山県カテゴリー ニホンモモンガ Pteromys momonga Temminck, 1844 齧歯目 リス科 絶滅危惧Ⅱ類(VU) 旧県 準絶滅危惧(NT) 国 − 選定の理由 生息確認地点が4箇所しかなく、本種に関する情報量はきわめて少ない。 種の概要 ムササビ同様に滑空できる。山地帯から亜高山帯の森林に生息し、樹木の葉、芽、樹皮、 種子などを採食すると言われているが、生態については情報が少なく繁殖についてもほ とんど知られていない。 32 本州、四国、九州に分布し、日本固有種である。県内での生息確認記録は、新宮市熊野川町、 橋本市彦谷、高野山国有林(高野町)、北海道大学和歌山研究林(古座川町)の4例である。 生息条件 樹洞のある大木を有する自然林。 学術的価値 本種の分布及び生態に関する情報量はきわめて少ないため、早急に調査研究する必要が ある。 減少の原因 戦後の大規模な拡大造林による自然林の消滅が大きな原因であろう。 文献番号 3、20、34、40 和歌山県カテゴリー ヤチネズミ Eothenomys andersoni (Thomas, 1905) 齧歯目 ネズミ科 絶滅危惧Ⅱ類(VU) 旧県 国 学術的重要(SI) − 選定の理由 生息環境が限定的であり、かつ分布域が狭く紀南地域に集中する。 種の概要 本州には、広義のヤチネズミ類のうち、ヤチネズミ(E. andersoni)とスミスネズミ(E. smithii)が生息する。このうちヤチネズミは東北・関東地方、中部山岳地帯、飛び地状に 紀伊半島南部に分布域をもつ。紀伊半島産は、東北や中部山岳地帯のものに比べると大 きい。 分布状況 本州の中部・北陸以北と紀伊半島南部に分布し、日本固有種である。県内では、新宮市 高田・相賀・熊野川町、古座川町平井、田辺市本宮町(大塔山)、那智勝浦町(那智山) などで生息記録がある。 生息条件 ヤチネズミ類は、人為的に攪乱された環境を好まず、森林の沢沿いやガレ場で生活し人 目に触れることはほとんどない。「ヤチ」という名も、生息環境の「谷地」に由来する。 学術的価値 系統分類学的な問題が未だ解決しておらず、トウホクヤチネズミ(E. andersoni)、ニイガ タヤチネズミ(E. niigatae)、ワカヤマヤチネズミ(E. imaizumii)を設けて独立種とする 見解もある。 減少の原因 生息環境が限定的であり、かつ分布域が狭いため、林道が開設されるだけで消滅する。 文献番号 3、7、13、14、15、17、21、34、40、41、47、48 和歌山県カテゴリー ヤマネ Glirulus japonicus (Schinz, 1845) 齧歯目 ヤマネ科 絶滅危惧Ⅱ類(VU) 旧県 準絶滅危惧(NT) 国 準絶滅危惧(NT) 選定の理由 県内での生息確認情報は少なく、これまでの巣箱調査による結果からも生息数が少ない ものと思われる。 種の概要 ネズミに似るが、背中の一本の黒毛と尾の長い毛が特徴である。自然林が主な生活の場 所であるが、人工林内でも生活する。夜行性で、主に樹上で活動し、果実や昆虫を採食 する。また、冬の間は冬眠するのが本種の特徴であり、温暖な本県では11月から翌年の2 月まで冬眠するという報告がある。 分布状況 1属1種の日本固有種である。県内では1976年に旧本宮町で生息が確認されて以降は、京 都大学和歌山研究林(有田川町)と高野町相ノ浦の2つの記録しかない。しかし、最近の 調査により、2009年に日高川町初湯川で8頭の生息を確認し、2010年に北海道大学和歌山 研究林(古座川町)に設置した巣箱で蘚苔類を丸めた巣を確認した。 生息条件 広大な面積を有し、連続した森林が不可欠である。 33 哺乳類 分布状況 哺乳類 学術的価値 動物生理学、分子遺伝学などの面において学術的価値が高い。 減少の原因 本種の生活の大部分が樹上であることから、森林の伐採、自動車道路の建設に伴う分断 などは大きな脅威となる。 特記事項 1975年に国の天然記念物に指定された。今後、ヤマネの生息地域で、森林伐採や道路建 設が必要な場合には、森林間を結ぶグリーンベルト、道路上を往来するヤマネブリッジ 等の対策は必須である。 文献番号 3、18、19、24、33、34、37、39、40 キクガシラコウモリ Rhinolophus ferrumequinum (Schreber, 1774) 翼手目 キクガシラコウモリ科 和歌山県カテゴリー 準絶滅危惧(NT) 旧県 − 国 − 選定の理由 現在、県内に広く分布しているが、開発により、ねぐらとなる樹洞や洞穴が消滅し、生 息環境が悪化している。 種の概要 広くて短い(広短型)翼をもつ。体毛は淡い褐色で、頭部前面に馬蹄形の鼻葉があるの が本科のコウモリの特徴である。分布域が重なるコキクガシラコウモリとは、大きさで 明瞭に区別できる。 分布状況 県内では、1982年~ 2010年の間に、4市9町の19箇所から生息確認の記録がある。ねぐら の多くは廃坑であり、10頭を超える集団は1例のみである。その他、炭焼き窯跡、隧道で 確認されている。 生息条件 採餌場となる森林と、ねぐらとなる樹洞や洞穴。 減少の原因 開発による生息洞穴の破壊によるねぐらの消滅、廃坑などの崩壊事故防止のための出入 口の完封、餌場としての森林の伐採などが考えられる。 文献番号 3、11、22、23、34、40、42、44 コキクガシラコウモリ Rhinolophus cornutus Temminck, 1835 翼手目 キクガシラコウモリ科 和歌山県カテゴリー 準絶滅危惧(NT) 旧県 国 準絶滅危惧(NT) − 選定の理由 現在、県内に広く分布しているが、開発によりねぐらとなる樹洞や洞穴が消滅し、生息 環境が悪化している。 種の概要 キクガシラコウモリに外部形態は極めて似るが、大きさは約半分である。体毛は淡い褐 色で、広くて短い(広短型)翼をもつ。昼間は、洞穴で100頭を超す大きな集団で休息す るが、日没後に出洞して採餌する。 分布状況 日本固有の可能性が高いが、中国東部にも同一種が分布するという意見もある。本県では、 新宮市熊野川町、那智勝浦町、古座川町、田辺市、日高川町、湯浅町、紀の川市、かつ らぎ町などの隧道や廃坑に生息し、特に橋本市彦谷の自然鍾乳洞は200頭以上のコロニー が知られている。 生息条件 採餌場となる森林と、ねぐらとなる樹洞や洞穴。 減少の原因 開発、生息洞穴の破壊によるねぐらの消滅、廃坑の崩壊事故防止のための出入口の完封、 餌場としての森林の伐採などが考えられる。 文献番号 3、11、22、23、26、34、40、42、44 34 モモジロコウモリ Myotis macrodactylus (Temminck, 1840) 翼手目 ヒナコウモリ科 和歌山県カテゴリー 準絶滅危惧(NT) 旧県 国 絶滅危惧Ⅱ類(VU) − 開発により、ねぐらとなる洞穴が減少し、生息環境の悪化が懸念される。 種の概要 体毛は灰黒褐色で、腹面は背面に比べて白っぽい。下腹部から大腿部にかけて白い毛が 密生していることから本種の名がついた。本種は、湖沼や河川の水面上で採食すること が多い。 分布状況 県内では、新宮市熊野川町、古座川町、上富田町、串本町、紀の川市にある廃坑や隧道 の8箇所から知られている。1993年に上富田町(新川旧導水トンネル)で、2,000 ~ 3,000 頭を数えたという記録があるが、それ以外の地点ではすべて10頭未満である。2010年に、 古座川町相瀬にある車道トンネル内で約100頭が休息しているのを確認した。 生息条件 ねぐらとなる洞穴。 減少の原因 廃坑、隧道などの取り壊しや出入口の完封によるねぐらの減少が考えられる。 文献番号 3、11、23、26、34、40、43、44、45、52 ユビナガコウモリ Miniopterus fuliginosus (Hodgson, 1835) 翼手目 ヒナコウモリ科 和歌山県カテゴリー 準絶滅危惧(NT) 旧県 − 国 − 選定の理由 近畿地方における本種の繁殖場所は、白浜町の千畳敷海蝕洞のみである。 種の概要 幅が狭くて長い(狭長型)翼をもち長距離を高速移動できる。白浜町千畳敷の海蝕洞か ら飛び立った個体が、直線距離で208㎞離れた福井県の鳥羽川隧道で確認されたという記 録がある。また、冬季や夏季に大規模集団を形成するのが特徴である。 分布状況 県内では、新宮市、串本町、古座川町、すさみ町、上富田町、白浜町、紀の川市の洞穴、 廃坑、隧道などで記録されている。 生息条件 狭い空間を器用に飛ぶ能力に欠けるため、大きな洞窟を利用する。 学術的価値 白浜町千畳敷海蝕洞は、近畿地方の唯一の繁殖洞であり、毎年約30,000頭のメスが出産・ 哺育を行う。 減少の原因 廃坑や旧隧道の取り壊しや、出入口の完封、洞窟周辺の森林の消失などによる洞窟内の 乾燥化や餌場の消失などがあげられる。 特記事項 近畿地方における本種の繁殖場所は、白浜町千畳敷の海蝕洞のみであり、毎年ここに6月 末頃から出産直前の妊娠メスが集合し、すぐに出産・哺育が始まる。その数は、約30,000 頭にも達する。その後、出生した幼獣が自力で飛翔と餌取りが可能になる8月中旬には、 次々と移動し始め、8月末にはほとんどいなくなり、9月から翌年6月までの間は全くこの 洞窟を利用しなくなる。一方、雌雄からなる冬眠集団は、白浜千畳敷海蝕洞から数㎞東 の上富田町旧新川導水路で5,000頭確認されている。 文献番号 3、9、10、16、23、26、32、34、40、43、44、46、52、53 カモシカ Capricornis crispus (Temminck, 1845) 偶蹄目 ウシ科 和歌山県カテゴリー 準絶滅危惧(NT) 旧県 国 学術的重要(SI) − 35 哺乳類 選定の理由 哺乳類 選定の理由 紀伊半島のカモシカは孤立個体群であり、個体群の規模が小さく、個体数は減少傾向に ある。 種の概要 雌雄とも13㎝前後の黒い円錐形の角をもち、生え替わることがなく、基部に加齢と共に 毎年一つずつ角輪が形成される。この角輪数から、年齢を推定することができる。低山 帯から亜高山帯にかけての落葉広葉樹林、針広混交林を主な生息地とし、木本類の葉、 草本、ササなどを採食する。雌雄ともナワバリをもって単独行動をする。 分布状況 日本固有種で、本州、四国、九州に分布する。 生息条件 下層植生豊かな、岩場のある自然林、二次林。 学術的価値 ウシ科のなかでは、比較的原始的な形態と社会構造をとどめているとされ、生物学的に 貴重な種である。 減少の原因 カモシカ保護地域における平均生息密度は0.4頭/㎢と、第3回特別調査(0.6頭/㎢)に比 べて低下した。一方、同所的に生息するニホンジカは、4.1頭/㎢と、第3回特別調査(2.9 頭/㎢)に比べて増加しており、ニホンジカの生息密度はカモシカの10倍に達している。 このことが、カモシカの個体数を減らしている一因であることは確かである。 特記事項 1955年に国の特別天然記念物に指定。岩出市、和歌山市、海南市、湯浅町、印南町を除 く全ての市町村で生息が確認された。また、ニホンジカによる下層植生の食害は、カモ シカの生息を困難にしているため、早急に下層植生の回復に努めなければならない。 文献番号 1、3、20、33、34、35、40 ニホンリス Sciurus lis Temminck, 1844 齧歯目 リス科 和歌山県カテゴリー 準絶滅危惧(NT) 旧県 − 国 − 選定の理由 アカマツ林や広葉樹の二次林があれば広く分布するが、近年、アカマツの枯死など生息 環境の悪化により、個体数は減少傾向にある。 種の概要 夏毛は、背面が赤褐色、冬毛が灰褐色で、耳の先にふさ毛が生じる。平野部から亜高山 帯までの森林に生息するが、低山帯のマツ林に多い。昼行性でありほとんど樹上で生活 する。植物食性でありドングリ、クルミなどの堅果やマツの種子などを好む。本種の生 活痕として、樹上巣やマツカサを剥いて種子を食べた跡にできる「エビフライ」のよう な形をした芯が生息を確認する手がかりになる。 分布状況 日本固有種で、県内では古座川町平井、日高川町初湯川、日高川町上初湯川、由良町三尾川、 有田川町上湯川、海南市孟子、橋本市彦谷で生息記録がある。 生息条件 マツを含む自然林、二次林。 減少の原因 近年、マツの枯死が各地で進行しており、マツ類の種子を好んで食べる本種の生息にも 影響を及ぼしていると考えられる。 文献番号 3、6、20、33、34、40 カヤネズミ Micromys minutus (Pallas, 1771) 齧歯目 ネズミ科 和歌山県カテゴリー 準絶滅危惧(NT) 旧県 − 国 − 選定の理由 営巣場所である川原や草原などの環境が激減している。 種の概要 低地から1,200m付近まで広く分布するが、通常は、低地の草地、水田、畑、休耕田、沼 沢地などのイネ科、カヤツリグサ科植物が密生して水気のあるところに多い。鳥の巣の ような球形の巣を、地上70 ~ 110㎝位のところにつくる。野外での寿命は約1年である。 36 橋本市、海南市、高野町、有田川町、新宮市から6件の生息記録があるのみである。いず れも水田があり本種にとって好環境である。 生息条件 営巣場所である川原や草原。 減少の原因 多くの河川は、コンクリートでの護岸整備が行われ、水田が宅地に変えられたりして、 本種の生息環境が減少している。 文献番号 3、6、8、20、40 ミズラモグラ Euroscaptor mizura (Günther, 1880) 食虫目 モグラ科 和歌山県カテゴリー 情報不足(DD) 旧県 国 − 準絶滅危惧(NT) 選定の理由 県内では、1971年に橋本市根古谷で1頭捕獲されているだけで、それ以降の記録はない。 種の概要 低山帯から高山帯までの森林に生息するが、多くは、比較的高標高地の森林で捕獲され ている。これは、低標高地にはコウベモグラとアズマモグラという強力な対抗種が分布 するため、一種の生態的閉じこめにより高標高地域が生息の場となっているものと思わ れる。 分布状況 本州の青森県から広島県まで分布する日本固有種である。これまで、生息が確認されて いる地域は、和歌山県を含む14県である。 学術的価値 小型種で、原始的な真正モグラである。 文献番号 1、3、34、40、41、48、51 モリアブラコウモリ Pipistrellus endoi Imaizumi, 1959 翼手目 ヒナコウモリ科 和歌山県カテゴリー 情報不足(DD) 旧県 国 − 絶滅危惧ⅠB類(EN) 選定の理由 県内では、2010年9月3日に黒蔵谷国有林内で捕獲された1頭が新記録である。 種の概要 小型のヒナコウモリ科の仲間で、イエコウモリと同属である。 分布状況 本州、四国に分布する日本固有種である。 生息条件 良好な天然林に依存。 文献番号 3、23、34、40 ヒナコウモリ Vespertilio sinensis (Peters, 1880) 翼手目 ヒナコウモリ科 和歌山県カテゴリー 情報不足(DD) 旧県 国 情報不足(DD) − 選定の理由 県内では、2010年10月16日に護摩壇山で捕獲された雌雄2頭が新記録である。 種の概要 樹洞がねぐらと考えられるが、岩の割れ目や橋桁の隙間などで確認されている。 分布状況 シベリア東部、中国東部、朝鮮半島、台湾、日本に分布する。日本では、北海道、本州、 四国、九州から捕獲記録があるが、繁殖地の情報は少ない。 文献番号 3、23、25、34、40 37 哺乳類 分布状況 テングコウモリ 和歌山県カテゴリー 情報不足(DD) Murina hilgendorfi (Peters, 1880) 旧県 翼手目 ヒナコウモリ科 国 − 絶滅危惧Ⅱ類(VU) 哺乳類 選定の理由 生息確認できたのは、古座川町平井(骨格、1995年)、高野山(写真、2003年)のみである。 種の概要 出産・哺育がいつどこで行われているのかなどの情報はほとんどない。 分布状況 北海道、本州、四国、九州に分布する日本固有種である。 文献番号 3、4、23、29、34、40 (細田 徹治・芝田 史仁) 参考文献一覧 1 阿部 永.2000:日本産哺乳類頭骨図説.279pp.北海道大学図書刊行会,北海道. 2 阿部 永.2003:カワネズミの捕獲、生息環境および活動.哺乳類科学,43 (1),51-65. 3 阿部 永・石井信夫・金子之史・前田喜四雄・三浦慎吾・米田政明.2008:日本の哺乳類 [改訂2版] .206pp.東海大学出版会,神奈川. 4 阿部勇治・前田喜四雄.2004:滋賀県多賀町の鍾乳洞「河内風穴」におけるテングコウモリ、 Murina leucogaster Milene-Edwards, 1872の個体数の年間変動.奈良教育大学附 属自然環境教育センター紀要,6,19-23. 5 安藤元一.2008:ニホンカワウソ.233pp.東京大学出版会,東京. 6 有本 智.2008:北野上・山東地誌.自然編 1-148. 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