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光通信技術のフロンティア 高速・大容量通信の実現に向けて

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光通信技術のフロンティア 高速・大容量通信の実現に向けて
NTTフォトニクス研究所
光通信技術のフロンティア
高速・大容量通信の実現に向けて
神奈川県厚木研究開発センタ内にあるNTTフォトニクス研究所(PH
研)は光通信技術の心臓部にあたる,光部品や電子デバイス,モジュー
ル等の研究開発を行っています.私たちの暮らしを支える次世代の光通
信技術とはどのようなものなのでしょうか.その仕組みや課題,将来の
展望について,同研究所の湯本潤司所長に話を伺いました.
NTTフォトニクス研究所 湯本潤司所長
ありますが,現実的にはかなり難易度が高いといわざるをえま
光通信技術を支えるPH研の
ミッションと取り組み
せん.
光信号を考えた場合,時間はある意味で移動距離と等価とし
てとらえることができますが,そうしますと,電子機器の記憶
◆PH研のミッションをお聞かせください.
PH研は先端技術総合研究所の傘下で,大きな技術革新をも
媒体であるメモリという概念は,「光」を止めることに相当し
ます.しかし,「光」を止めることは基本的に不可能で,それ
たらす光・電子部品,モジュール,および材料等の研究開発に
は,光に質量がないことにも関係しています.ですから,「光」
より,情報通信事業の発展と新事業領域の拡大に貢献すること
は情報を遠くにまで運ぶのには向いていますが,その一方でメ
をミッションととらえています.
モリをつくることに不向きであるということになります.です
NTTグループの光通信ネットワークの高度化,経済化のため
からそこは「電子」に頼らざるをえません.一方,「電子」は
の光デバイスの研究開発とともに,5年後,10年後といった
高速で走らせることが難しく,走行中に他の原子とぶつかりま
将来のブロードバンド・ユビキタスネットワークを実現するた
すと,減速してしまいます.「電子」と「光」は,ある意味で
めのキーとなるデバイスの研究にも取り組んでいます.
◆そもそも「光通信」とは,どのような技術なのでしょう.
「光通信」の概念は1970年代に出たもので,以来,すでに
反対の性質を持つものであり,従いまして,光通信技術では,
「光」と「電子」のそれぞれの良いところを利用したシステム
づくりが必要となります.
約40年が経過しています.もともとは1960年代に発明され
◆PH研で研究開発がなされている光通信技術の中で,もっと
たレーザを通信に利用すれば大量のデータを送ることができる
も力を注がれている重点研究項目について,どのような取り
のではないかという考えから始まっています.細いガラスファ
組みをされているのか,お聞かせください.
イバの中に光信号を通し,それを何百キロも離れた場所にまで
重点研究分野は3つの領域に分かれています.1番目は光半
運ぶというもので,当時は夢のようなことでしたが,長年にわ
導体の研究開発です.光通信の光源となる半導体レーザや,光
たる光ファイバの改良によって,ファイバの中を進む光のロス
と電気の仲介の役目を果たすデバイスである光変調器や光受光
は大幅に低減され,今や海底ケーブルにまで光通信技術が用い
器を中心に研究しています.ここで,光変調器は電気信号を光
られるようになりました.
信号に変換するものであり,光受光器はその逆です.
光通信といっても,送信されてから相手側に届くまで,通信
2番目に光ガラス技術があります.光ガラス技術の中心とな
経路全体を光信号のままで伝わっているのではなく,現在の光
る石英系平面光波回路(PLC)技術は,PH研において開発さ
ネットワークでは,途中で信号処理が必要な際には電気信号に
れた光ファイバ作製技術とLSI加工技術の融合により生まれ,
変換されて処理されています.将来的には,電気信号への変換
平面基板上に多数の機能素子を集積できることを特徴とする光
なしですべて光信号で通信するということも1つの夢としては
集積回路です.高精度な製作技術により回路設計理論との整合
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NTT技術ジャーナル 2007.12
が高く,干渉などの光の波としての性質を制御することにより,
光スイッチや光スプリッタ等をはじめとして,多彩な機能を実
DFBレーザアレイ 合波器
光増幅器
現しています.
3番目は超高速電子技術です.超高速の光通信を実現するた
めには,電気の信号処理を行う電子デバイスの高速化も必須で
す.半導体としてもっとも一般的に用いられるSi(シリコン)
よりも高速・高周波性に優れたInP(インジウム燐)やGaN
波長選択光源チップ
(窒化ガリウム)などの化合物半導体電子デバイス集積回路技
術により,次世代ネットワーク用のキー I C・モジュールの研究
波長選択光源モジュール
開発を行っています.電子デバイスは高速化にともない消費電
力も増えてしまいますので,低消費電力設計技術も重要な研究
テーマです.
PH研では,このように光通信においてキーとなるさまざま
な技術を保有しており,それらを統合する複合技術により光デ
図 波長可変レーザ(TLA)
バイスの技術開発を行っています.それぞれの研究分野におい
て,デバイスの下地となる結晶成長法などの材料研究から,デ
くなります.それでいて,信頼性に優れ,壊れないものである
バイスの設計・加工プロセス技術,測定評価技術,モジュール
ことが求められます.
実装技術まで行っています.中でもデバイスの設計技術は光通
例えば,半導体レーザを例にあげると,波長を自由に変えた
信デバイスにおいては生命線となる部分です.製品の優位性を
い,あるいは高速に変調させたい,といった機能性に関する要
保ち,外部との差別化を図るためには,設計の段階でいかに必
望と,価格の低減という要望の,その両方を求められるわけで
要とされる機能を付加しながら,かつ低消費電力で高速・低コ
す.研究から製品までの短期化はもちろんのこと,競争にどう
ストのデバイスをつくることができるかということが,非常に
打ち勝つのか,それらの要望にいかに対応するかということは,
重要です.
大きな課題でもあります.
PH研で開発した光デバイス・モジュールは所内での評価の
◆研究が実用化に結びつき,市場に出ている製品にはどのよう
後に,NTT未来ねっと研究所やNTTアクセスサービスシステ
なものがありますか.
ム研究所等に提供し,実際に光通信という1つのシステムの中
今までに,さまざまな研究成果が製品化されており,例えば,
に組み込み,使えるかどうか総合的な評価を行っています.
光スプリッタをはじめとするPLC関連製品はNTTグループの
ネットワークに多数導入されています.最近実用化された研究
スピードへの対応とコスト低減のジレンマ
成果の一例として,波長可変レーザ(TLA)があげられます
(図).発振波長を変えることができる波長可変レーザは,1
本の光ファイバに複数の異なる波長の光信号を伝送する波長多
◆光通信技術は最もスピードの速い分野の1つですが,そのた
重(WDM)伝送システム用の光源として期待されています.
めに,どのような対応を迫られているのでしょうか.
当研究所では,発振波長が異なる複数の半導体レーザ,光信号
光通信にかかわわるデバイスの研究が始まり,40年近く
を束ねる合波器,光信号を増幅する光増幅器を1つの半導体チ
経っていますが,その間の積み重ねがあり,ようやく今にたど
ップ上に集積した波長可変レーザを実現しています.個々の半
り着いた,という見方もできます.今使われている部品は10
導体レーザの波長可変幅は小さいのですが,発振波長が少しず
年ほど前から研究がなされているものが多く,言い換えれば,
つ異なるレーザを多数集積することにより,結果的に大きな波
「これが必要なのではないか」と思ってから,実際に市場に提
供できるようになるまでには長い歳月がかかっているというこ
長可変幅を実現しています.このTLAはすでにグループ会社か
ら発売されています.
とです.ですから,そこで方向性を間違えてしまいますと,完
全に競争に負けてしまいますし,また一歩リードしていたとし
ても,ちょっと油断してしまいますと,すぐに相手に先を越さ
マーケティングを意識した研究開発が必要
れてしまいます.
デバイス・部品研究というのは,普遍化が当たり前で,そう
なりますと,価格は限りなくゼロに近づいていきます.最終的
◆光通信技術の今後について,所長が特に留意されていること
をお聞かせください.
に,部品はお客さまから見た場合,いかに自分たちの要求
現在,世の中の技術の流れ,進歩のスピードが大変速く,手
にかなった製品が安くなるか,ということ以外の何ものでもな
持ちの技術をどうやって使うのか,ということだけを考えてい
NTT技術ジャーナル 2007.12
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◆所長の横顔
○これまでのご経歴をお聞かせください.
私は1984年にNTT(当時の電電公社)に入社し,その1年後に民営化されました.最
初に基礎研究所に配属され,約15年間在籍しましたが,1999年7月にNTTの再編成時に
先端技術総合研究所の人材開発担当に異動しました.2001年にPH研に赴任した後,
2004年にNTTエレクトロニクスに出向し,波長変換の技術を用いた新規ビジネスを立ち
上げました.そこで営業,原価計算,製造管理など,ありとあらゆることを行い,その後,
物性科学基礎研究所に戻りました.PH研の所長には2007年7月に就任いたしました.
○研究者の方に望まれることは何ですか?
湯本潤司所長
PH研の研究員は約180名です.私はよく,
「イノベーションのジレンマ」
(クレイトン・
クリステンセン著)の言葉を引き合いに出すのですが,技術が進むと顧客の要求を越えたあたりから全く違う技術が出現し,世の
中は,そちらの方に移行し,従来型の技術を売ることが難しくなる,ということが描かれています.
技術の進歩を線で書くと,1本の線で描いてしまいますが,実際は小さな研究の集まりで,仮に,個々の研究開発を個別の矢印
で描くと,その方向も少しずつ違うものです.ところが束ねると,1本の線に描ける.しかし,そこにまでたどり着くためには大
変な努力と手間,時間もコストもかかっています.
技術者,研究者はお客さまの仕様を満足させようと,一生懸命になります.その行動は素晴らしいことですが,研究開発により
市場からの要求が満足されると,市場は過度と思われるほどの低価格化を求めてきます.ある意味では,研究技術者集団は,次か
ら次へと新しい技術を世に送り出し,それは,自分たちで開発した製品や技術の寿命を自分たちで短くしているともいえます.し
かし,それは,普遍化に至る必然の過程です.もし,現状に満足してしまったら,後がありません.ですから,満足することなく,
常に走り続けるように,言っています.今やっている目の前のことを一生懸命やりながら,一方で5年先,さらにその先のことも
考えてほしいということです.要は,現在の研究と次のコアとなるシーズを考える.そのバランスが大切である,ということです.
○休日はどのように過ごされますか?
土日は,スイミングプールでクロールを1kmずつ泳ぐようにしています.今流行りのメタボリック症候群等の予防も兼ねていま
すが,最近では,泳がないと体が鈍ってくるような,何かすっきりしない気分がして,今ではすっかり習慣になっています.また,
平日は毎朝5時に起床し,読書と40分程度の散歩をしています.
文学では,宮城谷昌光の作品が好きです.彼は,直木賞,司馬遼太郎賞などを受賞し,古代中国をテーマにしています.ただし,
ハードカバーは値段が高いので(笑)
,もっぱら文庫本になってから購入し,読みあさっています.たぶん,文庫本として発売され
ているすべての作品を読んでいると思います.これらの作品を読み,当時の人物や主人公になった気分で,あれこれと想いを馳せ,
その世界に酔っています.かと思うと,いまだにそうした人物が成し得た偉業や心情に到達できない自分を嘆いたりもしています.
さらには,仕事上の判断に苦しんだときは,小説の主人公だったらどうするだろうと考えることもあります.ビジネス書では,や
はりジャック・ウェルチが好きです.出向してビジネスを立ち上げたときに一番影響を受けたと思います.彼は,イリノイ大学で
化学の博士号を取得してからGEに入社しており,研究者出身という親近感があるのかもしれません.
ては,競争に乗り遅れてしまいます.それを避けるためには,
市場の情報収集にあたらせています.まずは市場性を考えるこ
世の中の流れ,とりわけ市場性を見て,判断をするということ
とのできる研究者の育成に取り組むことから始めています.
が成功のカギになると思います.
デバイスが最終的にお客さまの手元に届き,それが使われる
研究開発に時間はかかるが競争は厳しい,というのは光部品
開発の宿命だと考えています.その中でどのように生き延び,
ためには,世の中の5年先,10年先を読む,ビジネスオーナー
発展していくかは,研究開発のスピードと開発したものを市場
としてのマーケティングをきちんと行わなければなりません.
へ投入するタイミング,これらが重要なポイントになると考え
モノをつくってはみたが,方向性が全く違っていたというので
ています.
は困ります.世の中は,ものすごいスピードで,ある方向に向
かっているが,その情報がなく,完成したときにはすでに出遅
れてしまっている,ということは避けなければなりません.や
るからには勝つことが必要です.
そのためには,市場が何を求め,お客さまがどのような考え
をお持ちなのかということを,まず知る必要があります.その
一環として,若手研究員を米国での海外研修などにより,海外
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NTT技術ジャーナル 2007.12
(インタビュー:松本美菜)
◆研究者紹介
PH研はヒトにも動物にも優しい職場
フォトニクスデバイス研究部 光半導体アクセスデバイス研究グループ グループリーダ 主幹研究員
大橋 弘美 さん
PH研発の波長可変レーザ(TLA)の研究開発プロジェクトでリーダとして活躍しているのが,光半導体アクセスデバイス研
究グループの大橋弘美さんです.大橋さんは20年のキャリアの持ち主で,2006年4月にPH研で初めて女性のグループリー
ダに抜擢されました.現在,約10名いるグループ員の長として,ご自身のデバイスのご研究の傍ら,メンバーの時間や,リ
ソースの配分,プロジェクトスケジュールの調整や対外折衝等にも携わり,陣頭指揮を執っておられます.「リーダに」と言わ
れたときには「責任の重さを感じました」とおっしゃる大橋さんに仕事のこと,職場のことをお聞きしました.
●男性が働きやすい社会は女性にとっても働きやすい環境
PH研の女性研究員は現在4名,他の研究所と併せても,女性研究員の比率は決して高くありません.男女雇用機会均等法が
1986年4月に施行されると同時に,NTTの研究所では女性研究者の雇用が始まりました.そういう経緯もあり,研究所の場
合はもともと女性が少数派であることを考えると,私たちの世代になり,管理職が出てきたということは,順当なことなので
はないでしょうか.他の研究所と併せますと,同期の女性は6名ですから,その中からリーダが出るということは,特別なこ
とではないと思います.
もともと研究者という専門的な世界で,男も女も関係のない仕事です.男性が働きやすい社会になれば,それは女性にとっ
ても働きやすい環境となります.ただ,世の中は「女がプロジェクトリーダになった」と話題にしたり,こうして取材された
りすることからも,まだ特別なことなのか,とも思います.
●自然に親しみ,心癒される日々
私は過去約2年間,グループ企業に出向したことがありましたが,戻ってきたときに,あらた
めてPH研の恵まれた環境を認識しました.例えば,夕陽.私はクリーンルームにしばしば足を運
びますが,そこに続く渡り廊下の窓から眺める,大山に沈む夕陽はまさに絶景.本当に心が癒さ
れ,ここで働ける幸せをしみじみと噛みしめています.春は敷地内が色とりどりのツツジに覆わ
れるなど,自然に囲まれた研究環境は抜群です(写真1).1年に2,3回は付近に鹿もやってき
て,私たちの目を楽しませてくれます.時には,鹿が道路を横断するのを待つために,車が行列
写真1 研究所敷地内の風景
をつくり,渋滞が起きることもあるようです.
◆我が所のイチ押し
■クリーンルーム
ここでは光半導体や超高速電子デバイス,光ガラ
ス部品の研究開発を行っています(写真2).
■大山の夕陽
厚木研究開発センタから眺める大山の夕陽(写真
写真2 クリーンルーム 写真3 大山の夕陽
写真4 鹿
3).神奈川県伊勢原市,厚木市等にまたがる大山は標
高1 252メートル,丹沢山塊の一角を占めます.小学校の遠足地としても人気があります.
■鹿
敷地内に現れた鹿は皆の人気者(写真4).一目見ようと,思わず仕事の手を休めます.
◆問い合わせ先
NTT先端技術総合研究所
TEL 046-240-5157
NTT技術ジャーナル 2007.12
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