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Paraneoplastic cerebellar degeneration と Lambert

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Paraneoplastic cerebellar degeneration と Lambert
992
日呼吸会誌
●症
37(12),1999.
例
Paraneoplastic cerebellar degeneration と Lambert-Eaton
myasthenic syndrome を伴った肺小細胞癌の 1 例
藤井 正範1)
田中 裕士1)
斎藤
司1)
兼子
聡1)
村上 聖司1)
表 多希子1)
柏木
基2)
田中 恵子3)
寺本
信1)
阿部 庄作1)
要旨:症例は 57 歳男性.構音障害で発症し,亜急性に歩行困難,全身脱力感,協調運動障害などの小脳失
調症状が出現した.画像上左肺 S3b に約 5×6 cm の腫瘤影を認め,paraneoplastic cerebellar degeneration
(PCD)を合併した肺小細胞癌(T3N2M0,stage
IIIA)と診断した.3 クールの carboplatin と etoposide の
化学療法により腫瘍は消失し,PCD の症状は軽度改善した.また,経過中,筋電図上入院時に認められな
かった単刺激による M 波の低下と waxing 現象が認められ,入院時の保存血清で抗 P Q 型 voltage
gated
calcium channel 抗体が証明されたことから,Lambert-Eaton myasthenic syndrome の合併も判明した.
化学療法終了 15 カ月後,腫瘍の再発は認められていない.
キ−ワ−ド:肺小細胞癌,傍腫瘍性小脳変性症,Lambert-Eaton 筋無力症候群,電位依存性カルシウムチ
ャンネル抗体,自己抗体
Small cell lung cancer,Paraneoplastic cerebellar degeneration,Lambert-Eaton myasthenic
syndrome,Voltage gated calcium channel antibodies,Autoantibody
はじめに
飲酒歴:機会飲酒程度.
現病歴:1997 年 5 月 22 日朝より構音障害を認め近医
Paraneoplastic syndrome は悪性腫瘍の直接的な浸潤
を受診,精査目的にて同日入院となった.翌日には歩行
や転移によらず,栄養障害や放射線照射,化学療法など
困難な状態になり,脳梗塞を疑って頭部 CT,MRI,頭
の副作用の影響が否定される状態で,組織,細胞障害が
頸部動脈 DSA を施行したが,異常所見は認めなかった.
引き起こされる疾患群である.今回我々は亜急性に進行
その後外来リハビリ治療を受けていたが,9 月頃より血
する小脳失調症状を主体とする paraneoplastic cerebel-
痰を認め, 10 月 8 日当院神経内科に紹介入院となった.
lar degeneration(以下 PCD)と,筋力低下や易疲労性
再度頭部 CT,MRI(Fig. 1)施行されるが異常を認め
を症状とする Lambert-Eaton myasthenic syndrome(以
下 LEMS)を合併した肺小細胞癌の 1 例を経験し,血
清抗体の検索を行ったので報告する.
症
例
症例:57 歳,男性.
主訴:構音障害,歩行困難,協調運動障害,全身脱力
感.
既往歴:1996 年より高血圧のため内服治療.
職業歴:タクシー運転手.
家族歴:父;心筋梗塞.
喫煙歴:50 本 日×42 年.
〒060―8543 札幌市中央区南 1 条西 16 丁目
1)
札幌医科大学医学部第三内科
2)
同 神経内科
3)
新潟大学脳研究所神経内科
(受付日平成 11 年 3 月 8 日)
Fig. 1 Brain MRI on October 1997 discloses no abnormalities.
PCD と LEMS を合併した肺小細胞癌の 1 例
993
Fig. 2 Chest X-ray film and CT scan on November 1997 show a 5 cm×6 cm mass in the left hilum.
常は認めなかった.深部腱反射は上下肢とも減弱ないし
Table 1 Laboratory data on admission
Urinalysis
protein
glucose
occult blood
Stool
occult blood
Biochemistry
T.P
(−)
(−)
(−)
(−)
7.5 g/dl
Cerebrospinal Fluid
gravity
1.005
protein
29 mg/dl
albumin
17 mg/dl
globlin
12 mg/dl
sugar
57 mg/dl
Peripheral Blood
WBC
5,200 /μl
RBC
401×104 /μl
Hb
13.2 g/dl
Ht
38.5 %
Plt
24.2×104 /μl
ESR
(1hr)
53 mm
Tumor Markers
消失しており,Babinski 反射は認めなかった.Hoffmann
反射,Tromner 反射は陰性であった.
入院時検査所見:軽度の貧血と赤沈の亢進,TTT,
ZTT,および IgG の増加を認めた.髄液検査では外観
は無色透明,細胞数 1 3 mm3,糖 57 mg dl,総蛋白 29
mg dl,グロブリン 12 mg dl とグロブリンの軽度の増
加を認めた.血清学的検査では抗アセチルコリン受容体
Alb
GOT
GPT
LDH
BUN
Cre
4.1 g/dl
24 IU/L
24 IU/L
276 IU/L
27 mg/dl
0.9 mg/dl
Na
K
Cl
FBS
CRP
ANA
139 mEq/L
3.9 mEq/L
102 mEq/L
92 mg/dl
(−)
1+
CEA
CA199
SCC
CYFRA 21
NSE
Pro-GRP
HBsAb
(−)
Anti-Hu Ab
(−)
いた免疫組織染色と Western blot 法では,中枢神経系
HCVAb
(+)
Anti-Yo Ab
(−)
の neurofilament に対する 120 kDa の抗体を認め,これ
HTLV-1Ab
(−)
P/Q typeVGCC Ab
HIV Ab
(−)
抗体は陰性,抗核抗体は陽性だった.腫瘍マーカーは
Pro-GRP 935 pg ml と異常高値を示し,CEA,CA 19-9,
SCC,CYFRA,NSE は正常範囲だった(Table 1)
.
入院後経過:胸部 X 線写真上,左肺門部に 5×6 cm
1.91 ng/dl
26.67 U/dl
0.8 ng/dl
0.8 mg/dl
4.6 ng/dl
935 pg/dl
の腫瘤影を認め,胸部 CT 像では左 S3b に辺縁不整の腫
瘤影を認めた.喀痰細胞診で class V(小細胞癌)が検
出され, c-T3N2M0,stage IIIA の肺小細胞癌と診断した.
また血清中の抗神経抗体検索では,抗 Yo 抗体,抗 Hu
抗体は検出されなかったが,マウス小脳および大脳を用
は 末 梢 神 経 系 の axon に は 染 色 さ れ な か っ た.Car-
2,472 pmol/l
boplatin および etoposide による化学療法を 3 クール施
行し,胸部単純像,CT 像上腫瘍影はほぼ消失し(Fig.
ず,脳波所見も正常範囲であった.電気生理学的には単
3)
,著効と判断した.血中 Pro-GRP 値は 18.3 pg ml と
発刺激による M 波振幅は正常範囲であった.胸部 X 線
正常化した.小脳失調症状,特に構音障害,協調運動障
写真上,左肺門部に腫瘤影を認め(Fig. 2)
,肺癌に合併
害は軽度改善したが,歩行困難が改善しなかったため,
した PCD が疑われ,12 月 19 日当科転科となった.
再度電気生理学的検査を行った.入院時見られなかった
入院時現症:身長 160 cm,体重 60.5 kg,血圧 118 60
単発刺激による M 波振幅の低下が認められ,さらに高
mmHg,体温 36.6℃.心肺音には異常を認めなかった.
頻度(50 Hz)反復刺激で 233% の waxing を認めた(Fig.
表在リンパ節は触知しなかった.神経学的所見では意識
4)
.入院時の保存血で P Q 型カルシウムチャネルブロ
は清明で対光反射は正常,瞳孔不同は認めず,言語は緩
ッ カ−で あ る ω-contoxin
徐で不明瞭であった.また,左上腕二頭筋の筋力の軽度
VGCC 抗体を免疫沈降法で測定したところ5),2472 pmol
低下は認めたが筋萎縮は認めなかった.協調運動では指
鼻試験,膝踵試験にて著明な運動障害と測定障害を認め,
変換運動障害も認められた.表在,深部,複合感覚に異
MVIIC を 用 い た 抗 P Q 型
l(正常上限 20 pmoll )と異常高値であったことから,
LEMS の合併と診断した.化学療法終了直後には抗 P
Q 型 VGCC 抗 体 は 1002 pmol
l と 減 少 し た.1999 年 6
994
日呼吸会誌
37(12),1999.
Fig. 3 Chest X-ray film and CT scan(April 1998)demonstrate a marked decrease in tumor size following
chemotherapy.
Fig. 4 Electromyogram(March 1998)illustrates waxing phenomenon under high-frequency(50 Hz)stimulation.
月現在,腫瘍の再発は認めておらず,抗 P Q 型 VGCC
状が全面に出現している例を報告している.
抗体はさらに 429 pmol l と減少を認めたが,軽度の協
PCD では,小脳 Purkinje 細胞細胞質に反応する抗 Yo
調運動障害,構音障害および歩行障害は残存している.
抗体,中枢及び末梢神経細胞の主に核成分に対する抗体
考
察
として抗 Hu 抗体,抗 Ri 抗体などが報告されている.
抗腫瘍免疫反応の実態や神経組織障害の分子機序は現在
本邦での LEMS と PCD を伴った肺小細胞癌の報告
も明らかではないが,LEMS では患者血清 IgG を用い
は,われわれの検索した範囲では,本症例を含めて 16
た受動免疫により疾患モデルが作成されることから抗 P
,男性 10 例,女性 6 例,年齢は
Q 型 VGCC 抗体が易疲労性を伴う四肢筋力低下の発現
平均 56 歳(37∼73 歳)であった.本邦における 1989∼
に直接的な関与があると考えられている.一方細胞内抗
94 年の 5 年間の paraneoplastic syndrome の 159 例のア
原を認識する抗 Yo 抗体,抗 Hu 抗体,抗 Ri 抗体などに
例と比較的稀であり
1)
∼4)
5)
,PCD
ンケート調査によると ,LEMS は 45 例(28%)
ついては抗体のみで細胞障害を起こすという証拠は得ら
は 40 例(25%)で,その中で両者の合併は 5 例と報告
れていない.PCD では,病理学的には小脳 Purkinje 細
されている.本例では構音障害,歩行障害の出現時の胸
胞の選択的な消失が特徴的であるが,脳内に抗 Yo 抗体
部単純像では明らかな異常影が指摘されておらず,PCD
陽性 IgG を動物に注入しても小脳 Purkinje 細胞が変性,
の症状が先行した肺小細胞癌で,その後の経過で LEMS
脱落することは証明されていない7)8).本症例ではこれら
の合併が明らかになったものと考えた.過去の PCD と
抗 Yo 抗体,抗 Hu 抗体とも陰性であったが,axon に存
1)
LEMS の合併 15 例の報告で ,明らかに PCD による症
在する neurofilament に対する 120 kDa の抗体が認めら
状で発症したと考えられる症例は,3 例のみ2)∼4)で他は
れた.本抗体についても PCD の症状に一義的に関与す
同時か LEMS の症状が先行している.一方,Clouston
るか否かは今回の我々の検討では不明であった.
ら6)は,本例の入院時の所見と同様に,血中 VGCC 抗体
LEMS ではその 60% に肺小細胞癌が合併し9),血中
が陽性で LEMS が臨床的に顕在化しておらず PCD の症
の VGCC 抗体は 80% 以上で陽性になる10)と報告されて
PCD と LEMS を合併した肺小細胞癌の 1 例
いる.LEMS の重症度と抗 P Q 型 VGCC 抗体価は有意
に相関しないことが多い.本例の入院時には,血中抗 P
Q 型 VGCC 抗体は高値を示したが,電気生理学的には,
generation
995
and
Eaton-Lambert
syndrome : An
autopsy case. Jpn J Med 1988 ; 27 : 203―206.
4)Tanaka K, Tanaka M, Miyatake T, et al : Antibodies
単発刺激による M 波振幅の低下が認められず LEMS の
to brain proteins in a patient with subacute cerebel-
合併は明らかではなかった.身体所見についても,PCD
lar degeneration and Lambert-Eaton myasthenic
の症状が全面に出現していたため,筋力低下 な ど の
LEMS の症状が入院後いつ頃から出現したかについて
は不明であった.Peterson ら11)は PCD を臨床免疫学的
に 4 つに分け,1)Yo 抗体陽性例,2)ホジキン病随伴
syndrome. Tohoku J Exp Med 1987 ; 153 : 161―167.
5)平成 7 年度 厚生省特定疾患免疫性神経疾患調査研
究班 傍腫瘍性神経症候群プロジェクトグループ:
本邦における傍腫瘍性神経症候群のアンケート実態
調査.臨床神経学 1997 ; 37 : 93―98.
例,3)SCLC を合併し LEMS を合併しやすい例,4)
6)Clouston PD, Saper CB, Arbizu T, et al : Para-
SCLC を合併し抗 Hu 抗体陽性例の 4 つに大別して,本
neoplstic cerebellar degeneration. III. Cerebellar de-
例の様に SCLC を合併し LEMS を合併しやすい PCD の
generation, cancer, and the Lambert-Eaton myas-
一群が存在すること示している.
thenic syndrome. Neurology 1992 ; 421944―1950.
PCD の治療としては,本症が腫瘍と密接に関連して
起こることから腫瘍の除去により神経症状の改善または
進行の停止を認めた症例も報告されている
12)
13)
が,小脳
Purkinje 細胞の早期の高度消失のため症状は改善する
ことは少ない.本例でも PCD の症状は軽度の改善を認
めたのみでその後症状は固定化してきている.一方,悪
性腫瘍を合併している神経組織に対する自己抗体保有者
について,最近,Maddison ら14)は LEMS 合併 SCLC 患
者の生命予後が SCLC 単独患者よりも良好であったと
7)Graus F, Illa I, Agusti M, et al : Effect of intraventricular injection of an anti-Purkinje cell antibody
(anti-Yo)in a guinea pig model. J Neurol Sci 1991 ;
106 : 82―87.
8)Tanaka K, Tanaka M, Onodera O, et al : Passive
transfer and active immunization with the recombinant leucine-zipper(Yo)protein as an attempt to establish an animal model of paraneoplastic cerebellar
degeneration. J Neurol Sci 1994 ; 127 : 153―158.
9)尾崎 勇,馬場正之,松永宗雄,他:Eaton-Lambert
報告している.本症例でも化学療法終了 15 カ月後の時
症候群―本邦報告例の集計―.神経内科 1984 ; 20 :
点で,腫瘍の再発は認められておらず経過は良好である.
95―97.
謝辞:本稿を終えるにあたり,血清中抗 P Q 型 VGCC 抗
10)Motomura M : An improved diagnostic assay for
体を測定していただいた長崎大学医学部第一内科 本村政勝
Lambert-Eaton myasthenic syndrome. J Neuro Neu-
先生に深謝いたします.
rosurg Psychiatry 1995 ; 58 : 85―87.
なお,本論文の要旨は第 207 回日本内科学会北海道地方会
(1998 年 6 月 13 日)で発表した.
11)Peterson K, Rosenblum MK, Kotanides H, et al :
Paraneoplastic cerebellar degeneration : I. A clinical
analysis of 55 anti-Yo antibody-positive patients.
文
献
1)大久保和昭,大石清澄,本村政勝:Paraneoplastic
cerebellar degeneration と Lambert-Eaton myathenic
syndrome を伴った肺小細胞癌の 1 例.脳神経
1994 ; 46 : 285―289.
2)森健一郎,渋谷統寿,辻畑光宏,他:Eaton-Lambert
症候群―亜急性小脳変性症を伴った肺癌の一例―.
神経内科 1983 ; 26 : 360―367.
3)Kobayashi H, Matsuoka R, Kitamura S, et al : Bronchogenic carcinoma with subacute cerebellar de-
Neurology 1992 ; 42 : 1931―1937.
12)Paone JF, Jeyasingham K : Remission of cerebellar
dysfunction after pneumonectomy for bronchogenic
carcinoma. N Engl J Med 1980 ; 302 : 156.
13)Kearsley JH, Johnson P, Halmagyi GM : Remission
with excision of the primary tumor. Arch Neurol
1985 ; 42 : 1208―1210.
14)Maddison P, Newsom-Davis J, Mills KR, et al : Favourable prognosis in Lambert-Eaton myasthenic
syndrome and small-cell carcinoma. Lancet 1999 ;
353 : 117―118.
996
日呼吸会誌
37(12),1999.
Abstract
Small Cell lung Cancer Associated with Paraneoplastic Cerebellar
Degeneration and Lambert-Eaton Myasthenic Syndrome
Masanori Fujii, Hiroshi Tanaka, Tsukasa Saito, Satoshi Kaneko, Shin Teramoto,
Seiji Murakami, Takiko Omote, Motoi Kashiwagi,
Keiko Tanaka and Shosaku Abe
Third Department of Internal Medicine, Sapporo Medical University School of
Medicine, South―1, West―16, Chuo-ku, Sapporo, 060―8543, Japan
A 57-year-old man was admitted to our hospital in November 1997 because of dysarthria, progressive ataxia,
generalized weakness, and incoordination in both hands. He had been aware of the dysarthria 6 months earlier.
Chest roentgenograms and computed tomographic films disclosed a 5 cm×6 cm mass in the left S3b. The patient
was given a diagnosis of small cell lung cancer(T3N2M0, stage IIIA)associated with paraneoplastic cerebellar degeneration(PCD).Three courses of chemotherapy(carboplatin and etoposide)eliminated the tumor and slightly
alleviated the PCD symptoms. In March 1998, electromyograms revealed a fall in the single-stimulated M wave
and a waxing phenomenon that had not been observed on admission. Anti-P Q type voltage gated calcium channel antibody was detected in serum samples obtained on admission and after chemotherapy. These findings confirmed an association with Lambert-Eaton myasthenic syndrome. No relapse of the tumor has been observed 15
months after the last course of chemotherapy.
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