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第1節 市民意識の変革

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第1節 市民意識の変革
第3章
エイジレス社会への展望
第1章では「エイジレス社会を考える枠組み」を提示し、その枠組みに沿って第2章では、アド
バイザー・レクチャーや現地調査、意識調査のほか既存資料を駆使して「エイジレス社会を目指す
実態と課題」を把握した。本章では、これらの成果を前提にして、エイジレス社会を展望する際の
変革のポイントを、市民意識、企業・会社文化、中高年者の意識、地域、行政の5領域で、それぞ
れ指摘したい。
第1節
市民意識の変革
1
否定的な高齢者観を生み出した
主な要因
「老い」や「高齢者」に対して市民が抱く意識
(1)老化恐怖症
やイメージ(高齢者観)は、一般的に「柔和」
「思
私たちの多くは、意識するしないに関わらず、
慮深い」といった肯定的なイメージよりも 、「古
年をとるということに対して恐怖と嫌悪のイメー
い」
「役立たず」「頑固」といった否定的なイメー
ジを抱いてしまう。年をとることは「死の序曲」
ジを持つ傾向が強い。また、第2章の分析結果か
であると否定的にとらえ 、「老化は劣化なり」と
らも、高齢者に対するエイジズムや年齢規範の現
して現実から目を背けてしまう。このような老化
実が明らかとなった。
恐怖症は、エイジズムを正当化し、ついには目に
こうした否定的な高齢者観がまん延する現代社
会では、高齢者自身もまた否定的な高齢者観にと
見える差別へとつながっていく。これがエイジズ
ムの生まれる心理的なメカニズムである。
らわれ、自由に生き生きと活動するエイジレスな
アメリカの国立老化研究所の初代所長で1969年
生き方を阻害する大きな要因となっている。エイ
に「エイジズム」を提唱したロバート・バトラー
ジレス社会を展望する上で、まずはじめに、高齢
は、老いに対する6つの偏見を「非現実的な神話」
者観をポジティブなイメージに転換するために、
として提示している(表3−1)
。
私たち市民は何をするべきなのか、その具体的な
方策を次の5点にまとめて提言する。
① エイジズムの存在を認識しよう
② エイジレス度を自己診断しよう
③ 老いのメカニズムを知ろう
④ 新しい高齢者像を描こう
⑤ エイジレス・ライフをデザインしよう
バトラーの指摘は、老いを一般化してはならな
いということ、老いの多様性を発見することが大
切だということである。老いに対する誤った先入
観や偏見こそが、エイジズムを生み出す大きな原
因となっている。
(2)人生50年型のタブー
人生50年時代のライフ・プランは 、「青年期は
これらの具体的な提言内容を論ずる前に、第2
学び、壮年期は働き、老年期は隠居し余生を過ご
章の分析結果なども踏まえながら、現代社会が否
す」という直線的なものであった。50年という短
定的な高齢者観を生み出すに至った主な要因につ
い人生の中では、物事の正常な進路から外れてし
いて考えてみることにする。
まう時間はなく、「それをするには遅すぎる」
「も
うちょっと若ければ」などという思い込みが、
「子
供のくせに 」「年寄りのくせに」といった年齢や
世代のみを理由とする、いわば差別的偏見につな
表3−1
老いに対する6つの「非現実的 な神話」
①加齢の神話・・・・・年をとると思考 も運動も鈍くなり 過去に執着して変化を嫌うようになるという偏見
、
実際には個人 差が大きい。
。
②非生産性の神話・・・老人 は幼児のように自己中心的 で、生産的 な仕事などできるはずがないという偏見。
実際には地域社会への貢献は大きい。
③離脱の神話・・・・・老人 は職業生活や社交生活から離脱し、自分の世界に引きこもるものだという偏見。
④柔軟性欠如の神話・・老人 は変化に順応したり自分を変えたりできないという偏見。実際には年齢よりも
性格 構造によって異なる。脳組織の損傷等がなければ 、人 間は最後まで成長し続ける
。
⑤ボ ケの神話・・・・・老化するにつれてボ ケは避けられないという偏見。実際には老人 も若者と同じよう
に様 々な感情体験をしている。単なる物忘れとボ ケは違う。ボ ケは病気で出現率は
約5%にすぎない。
⑥平穏の神話・・・・・老年期は一種のユートピアであると見る偏見。実際には配偶者との死別による悲し
みのように、老人 はどの世代よりストレスを経験しており、そのため、うつ状態・
不安・心身症・被害感情を持つことがある。
がってきた。
2
市民意識を変えるための方策
そして、人生80年という長寿の時代を迎えた今
日においても、この差別的偏見はいまだに深く私
前項で整理した要因をいかに解消し、高齢者観
たちの意識に内在し、年齢規範という様々な形で
をポジティブなイメージに転換させていけばいい
社会生活の中にタブーを作り出している。このこ
のかという視点に立ち、市民意識の変革を進める
とが、高齢者の積極的な活動を阻害する大きな原
ために必要な方策について、その具体的な内容を
因となっている。
提言していきたい。
(3)「嫌老好若」の文化・思想
老いを嫌い若さを好むという「嫌老好若」の思
提言1
エイジズムの存在を認識しよう
市民の高齢者観を変えるためには、まず第一に、
想は、近代文明の大きな特徴であるといわれてい
私たち一人ひとりが、エイジズムの存在を認識し
る。この思想が生まれた背景には、追いつき追い
問題意識を持つことが必要である。
越せ型で画一的なものの大量生産を目指す近代文
「セクシズム(性差別 )」や「レイシズム(人
明の、行動の敏速性や新技術への順応性などを高
種差別)」とならぶ重要な問題でありながら、
「エ
く評価する考え方が根底にある。行動の敏速性と
イジズム」はいまだにその言葉さえ知られている
いう点では、やはり老人は若者にかなわないから
とはいえない。ましてや、高齢者に対する偏見や
である。
差別が私たちの意識に深く浸透して、高齢者を縛
現代社会では、すべてが物や財産の増加を価値
観とする効率主義とはいえなくなっているが、こ
りつけ、積極的な活動を阻害していることにさえ
気が付いていない。
のような「嫌老好若」の文化・思想は、現在でも
バトラーが指摘するように、エイジズムの大半
少なからず根付いていることだけは確かである。
は、老いに対する誤った先入観や偏見から生まれ
るものなのである。社会全体がこの高齢者への差
別的偏見に気が付き、エイジズムへの問題意識を
持つことによって、高齢者や高齢社会に対する否
定的なイメージを変革する第一歩を踏み出すこと
ができるのである。
うことでもある。
エイジレスな生き方の原動力は 、「人間は年を
とっても発展する可能性を持っている」という信
提言2
エイジレス度を自己診断しよう
エイジレス社会を展望する上で、まず手始めに
念である。すべてを年のせいにしてあきらめる必
要はない。
自分自身のエイジズムやエイジレスな感覚を自己
診断することから始めてみることを提案したい。
提言4
新しい高齢者像を創ろう
当研究会は、高齢者への偏見をもたらすような
高齢者のすべてを 、「保護するもの」としてと
基本的誤解がどの程度あるかを手早く判断するた
らえるのではなく 、「社会の重要な構成員として
めに有効な手法として、
の役割を担うべき社会的資源」であるということ
『エイジレス・テスト』
をよく理解し、ポジティブな新しい高齢者像を描
を作成し報告書資料編
き出すことが大切である。そのためには 、「高齢
(P121)に付録した。
者は65歳以上」などと一定の年齢で画一的に区分
エイジズムに関する
する考え方を改める必要がある。
自己診断や高齢者観を
現代社会では、一般的に年寄りの入り口を示す
変えるための啓発、調
目印は「65」を指している。しかし 、「65」とい
査研究資料として広く
う数字を老齢の始まりに結びつける、生物学上、
活用されることを期待
心理学上の理由は全く存在しないのである。アメ
する。
リカにおける老年学の権威の一人で、シカゴ大学
の人類発達学教授のベルニース・ニューガートン
によると、
「ヤング・オールド 」
(65∼74歳)の大
提言3
老いのメカニズムを知ろう
多数は、少なくとも40代、50代の働き盛りといわ
私たち一人ひとりが老化恐怖症をうち破り、年
れる中高年に比べて、医学的に見ても、体力や脳
をとるということに対してよりポジティブなイメ
の機能など肉体的・精神的な実用レベルで大きな
ージを確立するためには、老いのメカニズムをよ
差がないことが実証されている。
く理解し、自分自身の老化に対応していく正しい
知識を身に付けることが必要である。
老化の状態には身体、精神、情緒の面で大きな
高齢者は、多様な生き方や考え方を持ち、身体
的・精神的・経済的にも、非常に幅のある集団と
してとらえ直していく必要がある。
個人差があり、年齢によって画一的にとらえるこ
エイジレス・ライフをデザインしよう
とはできない。また、人間の体や脳は、ある時か
提言5
ら急に年をとるというものではなく、20代からす
年齢規範にとらわれた人生50年型のタブーをう
でに老化が始まっており、その連続性の中で年を
ち破るためには、私たち一人ひとりが、若いうち
とるものなのである。
から自己実現に向けた夢「エイジレス・ライフ」
前出の、北海道における老年医学の第一人者で
をデザインすることが必要である。
ある北海道女子大学の浦澤喜一教授は 、「老化現
人生80年という長寿の時代を迎えた今日では、
象の出揃った人が『老人』であり、暦年齢の高い
定年後に控える20年以上の長い歳月は、もはや
人を『高齢者』と区別して考えるべきで、両者を
「余生」ではなく「本生」と考えるべきである。
同一視することは正しくない」と指摘している。
そして、定年後の長い人生を視野に入れ、一生の
このような考え方は、年をとることによって高齢
うちに何度でも目的を変え、就労、教育、余暇な
者になることは避けられないにしても、老人には
どのあらゆる分野において生涯現役として新たな
なるべくならないで生きようという意志につなが
チャレンジを繰り返すといった柔軟性に富んだ循
り、年をとっても多くの可能性が期待できるとい
環的なライフ・プランをデザインすることが大切
よせい
ほんせい
ライフ ・プランの比較
表3−2
年齢
80
70
学習
60
循環的
50
就業
40
直線的
30
余暇
20
10
0
人 生50年型の
直線的 ライフ・プラン
人 生80年型の
エイジレス・ライフ・プラン
である(表3−2)
。
生涯現役とは、単に生産的な意味で現役であり
続けることではなく、自分の果たすべき役割・責
任を体力や能力に応じて自分自身が設定し、多様
な場面で貢献していくことである。バトラーが老
人の「非生産性」を神話として指摘することや周
防大島が「生涯現役の島」と呼ばれる理由はそこ
にある。
今まで社会が個人を、そして個人が自らを縛っ
てきた鎖からフリーになって、自分自身のライフ
デザインを自由に描くことができる社会こそが
「エイジレス社会」なのである。
「年を感じさせない、
年に制約されない生き方。」
こういう老後こそ、誰もが望む理想の姿ではない
だろうか。ただ手をこまねいて待っていても、理
想の老後が訪れてくれるわけではない。今後ます
ます進行するであろう高齢社会を生きるために
は、私たち一人ひとりの意識を変革し、固定観念
にとらわれず、個性が年齢を超えるようなエイジ
レスな感覚を持って、自らの自立した新しい生き
方にチャレンジすることが最も大切であろう。
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