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VZV/HSV抗体保有率の推移
Session 1 基礎Up-to-date VZV/HSV抗体保有率の推移 松尾 光馬 先生 東京慈恵会医科大学 皮膚科 講師 VZV/HSV抗体保有率の把握の意義 水痘ワクチン導入による影響 VZV抗体保有率を知ることは、水痘感受性者の把握、院内感染 2001年から2010年の小児科定点(約3,000ヵ所)からの水痘 予防、胎児・新生児の発症予防に役立つ。 また、年齢別の抗体 患者の報告数は年間約20万∼25万人で、減少傾向はみられ 保有率や水痘発症率を把握することは、帯状疱疹の発症予防も ない 4)。2010年の水痘患者約11万人の年齢分布をみると、0歳が 含め、 ワクチン接種を今後どのように行っていくべきか判断する際の 7.3%、1∼7歳が87.7%、8∼14歳が4.3%であり、 ほとんどが乳幼児・ 指標となる。一方、HSV抗体保有率は、HSV感受性者、性感染症 小児であるが、20歳以上の成人例も0.4%認められた 5)。先述のワク 拡大状況を知るうえで有用である。 19∼29歳 チン導入前後のVZV抗体保有率を検討した報告では1)、 の人口を約1,850万人(2003年時点) とし、抗体保有率を95%程度 とすると、19∼29歳では100万人弱が水痘に罹患する可能性があると 本邦におけるVZV抗体保有率 考えられる。実際に、37歳女性の出産直後の水痘症例を最近経験 しており、妊婦の水痘発症にも注意を要する。 本邦におけるVZV抗体保有率について、水痘ワクチン導入前後 本邦では1987年にハイリスク小児を対象に弱毒生水痘ワクチン (導入前:1977∼1981年、導入後:2001∼2005年) で年齢別に検 (岡株) の任意接種が承認され、 現在では1歳以上の小児への任意 討された結果を図 1に示す。1∼18歳では、水痘ワクチン導入後に χ2 test)1)。 この VZV抗体保有率が有意に上昇していた (p<0.01、 され、1988∼1995年の導入前と1996∼1999年の導入後で水痘に 要因として、水痘ワクチンの効果も考えられるが、任意接種であり、接 その結果、導入前は1年間 よる入院患者数の検討がなされている6)。 種率は低い。 その他の要因として、 保育所在籍児の割合の増加や入 に約10,000名いた入院患者が、導入後には約25%減少したと報告 接種が可能となっている。米国では1995年に、水痘ワクチンが導入 されている。 さらに、 ワクチン導入後早期(1995∼1998年)、中期 所時期の低年齢化があげられる。 このような社会的背景がVZV抗 (1999∼2001年)、後期(2002∼2005年) に分けて、 それぞれの期間 体保有率の上昇に影響していると考えられる。 2001年に大阪大学医学部附属病院で新人医師・看護師271名 ワク のワクチン接種率と水痘関連入院患者数の推移をみると7)、 を対象にEIAでVZV抗体陽性率を調査した結果、21∼30歳で チン接種率が早期:50%以下、中期:57.5∼76.1%、後期:80% また、 であった 2)。 約95.5%(254名)、30歳以上では100%(17名) 以上と経時的に上昇するのに伴い、10万人あたりの水痘関連入院 1999∼2007年の9年間に毎年、川崎市立看護短期大学の看護 患者数の比率は早期:2.54( 2.1∼3.0)、中期:0.80( 0.5∼1.2)、 学生を対象にVZV抗体陽性率を調査した結果、20歳前後の被験 後期:0.62(0.4∼1.0) と明らかに減少していた。 このように、水痘ワク このように他の 者(627名) の抗体陽性率は平均95.8%であった 3)。 チン導入により、水痘の発症は減少し、重症化も抑制されることが 報告をみても抗体保有率は上昇していないことがわかる。 わかる。 図1 水痘ワクチン導入前後のVZV抗体保有率 導入前: (%) 100 *p<0.01 χ2 抗体保有率 70 91.3 100.0 91.5 100.0 94.0 94.9 98.1 120 100.0 94.4 79.5 60 70.8 50 * 40 51.9 30 20 10 0 26.0 17.3 16.0 水痘発症率 帯状疱疹発症率(20∼59歳) 帯状疱疹発症率(10∼19歳) 帯状疱疹発症率(1∼9歳) (%) ワクチン接種前の水痘発症率 * 80 * 100 5 80 4 60 3 40 2 20 1 0 10.0 <1 1∼2 3∼6 7∼12 13∼18 19∼29 30∼49 ≧50(歳) (162) (233) (253) (239) (210) (343) (108) (108)( n ) Ueno-Yamamoto K et al. Pediatr Infect Dis J. 29(7)667(2010) 6 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 帯状疱疹発症率︵症例数/1000 人 /年︶ 90 1977∼1981 導入後: 2001∼2005 * test 図2 米国におけるワクチン接種導入後の水痘、 帯状疱疹発症率 0 ワクチン接種導入後の年数 Goldman GS et al. Vaccine. 31(13)1680(2013) 5 受診者では一般成人よりもHSV-2抗体保有率は高いと考えられる。 抗 水痘発症率と帯状疱疹発症率の関連性 体保有率を検討する際は、地域差や対象集団の特性を加味する 必要がある。 成人25名を対象とした海外の報告では、家庭での水痘患者との 近年の本邦におけるHSV抗体保有率のデータとして、2002年に 接触、 すなわちVZVへの曝露によりVZV特異的細胞性免疫が 15) 。 久山 福岡県糟屋郡久山町で実施された疫学調査がある (図4) また、 日本と同様にワクチンが定期接種 71%上昇するとされている8)。 町は人口約8,000人で40年間ほぼ変化がなく、年齢・職業などは 化されていないスペインで、 帯状疱疹患者153名、 コントロール614名を 平均的な日本人集団とされる。 その結果、HSV-1の抗体保有率 対象として、15歳以下の子供に接する時間と帯状疱疹の発症率との は4 0 歳 未 満では5 0 % 以 下であり、低い値が続いている。 また、 その結果、15歳以下の子供と接する 関連を調査した報告がある9)。 HSV-2では10%以下とそれ程変化はみられず、女性の保有率が高 時間が長くなるほど、帯状疱疹の発症率が減少していた。宮崎スタ いことも以前と同様である。 ディでも、水痘の発症率が減少する時期に帯状疱疹の発症率が 本邦を含め、 オーラルセックスの増加によりHSV-1による初発型性 増加することが示されており10)、水痘患者との接触(VZVへの曝露) 器ヘルペスは依然として多く、特に抗体保有率が低い若年層では によってVZV特異的細胞性免疫が上昇すると考えられる。 感染リスクが上昇しつつある16)。HSV抗体保有率の把握は、今後 米国では水痘ワクチン接種導入後、水痘の発症率が減少する の対策を考えるうえで重要であると考えられる。 一方で、20∼59歳の帯状疱疹の発症率は増加している (図2)11)。 図4 近年 (2002年)の本邦におけるHSV抗体保有率 ワクチンによって水痘の発症が減少すると、水痘にかかわる医療費 は削減できる。 しかし、水痘発症の減少に伴いVZV特異的細胞性 男性 免疫の上昇機会が失われ、帯状疱疹の発症が増加する可能性が HSV-1 あることも考慮する必要がある。帯状疱疹関連の医療費は水痘の (%) 4.5倍という報告もあるため 12)、帯状疱疹発症予防のためのワクチン 80 を何歳で接種するべきかを検討することが今後の課題と考える。 *p<0.01 vs. 18∼29歳 χ2 test * * 79.0 * 71.7 66.7 60 40 本邦におけるHSV抗体保有率の推移 44.4 45.8 44.2 (%) 12 11.1 10 50.5 49.0 6.0 6 7.0 8.6 7.1 4.4 4 2 18∼29 30∼39 40∼49 50∼59(歳) 0 18∼29 30∼39 40∼49 50∼59(歳) Doi Y et al. J Epidemiol. 19(2)56(2009) 本邦におけるHSV-1およびHSV-2の抗体保有率を1973年、 1983年、 1993年と経時的に検討されたHashidoらの報告13)によると、男女とも 9.6 8.6 8 20 0 女性 HSV-2 1)Ueno-Yamamoto K et al. Pediatr Infect Dis J. 29(7)667(2010) 2)Asari S et al. Am J Infect Control. 31(3)157(2003) 3)高橋亮 他. 川崎市立看護短期大学紀要. 13(1)31(2008) 4)国立感染症研究所 感染症情報センター 2012年2月 5)IDWR. 感染症週報. 感染症動向調査. 2011年12月 6)Galil K et al. Pediatr Infect Dis J. 21(10)931(2002) 7)Reynolds MA et al. J Infect Dis. 197(Suppl 2)S120(2008) 8)Arvin AM et al. J Infect Dis. 148(2)200(1983) 9)Salleras M et al. Vaccine. 29(44) 7602(2011) 10)Toyama N et al. J Med Virol. 81(12)2053(2009) 11)Goldman GS et al. Vaccine. 31(13)1680(2013) 12)Nowgesic E et al. Can Commun Dis Rep. 25(11)100(1999) 13)Hashido M et al. Microbiol Immunol. 43(2)177(1999) 14)橋戸円. 日本臨牀. 58(4)828(2000) 15)Doi Y et al. J Epidemiol. 19(2)56(2009) 16)Roberts C. Herpes. 12(1)10(2005) にHSV-1の抗体保有率は低下していた (図3)。特に20∼29歳での 低下が男女ともに顕著であった。HSV-1の抗体保有率は、家族の構 成人数や衛生状態など社会経済的レベルの影響を受けやすいと言 われており、 周辺環境が改善するとHSV-1の抗体保有率が低下すると 考えられる。 また、 HSV-1の抗体保有率には地域差があり、 妊婦 (平均 年齢29歳) を対象とした1989年の調査では、東京では50%、鹿児島 また、先述のHashidoらの報告によると、HSV-2 では73%であった14)。 の抗体保有率も男女ともに経時的に低下していた。 ただし、 本検討は CSW (commercial sex workers) 一般成人を対象としたものであり、 やMSM(men who have sex with men)、性感染症クリニック 図3 年齢、 年代別HSV-1抗体保有率の変化 20∼29歳 男性 (%) 80 64.5 76.0 75.3 76.7 67.4 75.6 37.5 60 59.4 80.5 77.8 74.6 69.1 59.6 51.4 40 33.3 20 0 total 97.1 84.8 80.6 80 56.7 54.4 60 40 100.0 100 90.9 86.7 40∼49歳 女性 (%) 100 30∼39歳 31.7 20 1973年 1983年 0 1993年 6 1973年 1983年 1993年 Hashido M et al. Microbiol Immunol. 43(2)177(1999)