...

集 会 報 告 第 50 回 福岡感染症懇話会 プログラム

by user

on
Category: Documents
20

views

Report

Comments

Transcript

集 会 報 告 第 50 回 福岡感染症懇話会 プログラム
福岡医誌 103(8):163―173,2012
163
集
会
報
告
第 50 回 福岡感染症懇話会
日時:平成 23 年 12 月 16 日(金)
会場:ホテル日航福岡 新館 2 階「ラメール」
はじめに
福岡大学医学部 泌尿器科
田中正利
九州大学病院 グローバル感染症センター/免疫・膠原病・感染症内科
下野信行
第 50 回福岡感染症懇話会は,平成 23(2011)年 12 月 16 日,ホテル日航福岡
新館2階「ラメール」で
開催された.第 50 回という記念すべき会の開催にあたって,今回は特別講演2題の御講演をいただいた.
平成 23 年は,腸管出血性大腸菌による感染症が大きな問題となった年でもある.日本では,焼肉店での
ユッケによる腸管出血性大腸菌 O111 による集団食中毒患者が発生し,生食用の食肉の問題が大きくク
ローズアップされた.また,ドイツを中心としたヨーロッパにおいても,O104 による大規模な集団感染
が発生した.ともに重篤な合併症である脳症や溶血性尿毒症症候群によって,多くの命が失われた.
そこで,今回,以前よりこの生食用の食肉の問題に熱心に取り組んできていらっしゃる九州大学医学部
細菌学分野の藤井潤先生には,
「腸管出血性大腸菌感染症の現状の問題」と題して,御講演いただいた.改
めて,腸管出血性大腸菌感染症に対するさまざまな重要な問題点を再認識する機会となった.
日常の感染症としてよく遭遇する肺炎に対する治療としては,これまで,市中肺炎,院内肺炎に関する
ガイドラインが存在していた.平成 23 年は,これに引き続いて,医療・介護関連肺炎診療ガイドラインが
発表された年でもある.肺炎の起炎菌としては,市中肺炎では,肺炎球菌,インフルエンザ菌,肺炎マイ
コプラズマ,肺炎クラミドフィラなどが代表的であるが,院内肺炎や医療・介護関連肺炎では,これらに
加えて,多くの耐性菌の関与も考えなくてはならない.そこで,東邦大学医学部微生物・感染症学講座の
石井良和先生には,
「肺炎病原体をめぐる最近の話題―耐性疫学,診断法から新しい治療法まで―」として
御講演いただいた.最近の起炎菌の動向のみならず,最新の診断・治療について学ぶ機会になった.
学術情報提供
プログラム
「クラビットの有用性について」 第一三共株式会社
特別講演 Ⅰ
座長 九州大学大学院医学研究院 細菌学分野 教授
吉田
眞一 先生
「腸管出血性大腸菌感染症の現状の問題」
九州大学大学院医学研究院 細菌学分野 准教授
藤井
潤 先生
田中
正利 先生
特別講演 Ⅱ
座長 福岡大学医学部 泌尿器科学教室 主任教授
「肺炎病原体をめぐる最近の話題
―耐性疫学,診断法から新しい治療法まで―」
東邦大学医学部 微生物・感染症学講座 講師
石井
良和 先生
164
︱
︱特別講演 Ⅰ︱
︱
腸管出血性大腸菌感染症の現状の問題
九州大学大学院医学研究院基礎医学部門病態制御学講座細菌学分野
藤
井
潤
1.腸管出血性大腸菌感染症の我が国での問題
腸管出血性大腸菌感染者数は年々増加の一途を辿り(図1)
,私は牛肉を生で食べるようになった近年の
食習慣の変化に社会が対応出来ていないのではないかという懸念を抱いていた.厚労省は,平成 10 年に
牛と馬の生食に関する衛生基準を定め,屠畜場や食肉処理場,飲食店での肝臓などの生肉処理には専用の
まな板や包丁を使い,販売時には「生食用」と表示することを通知していたが,強制力が無かったため,
この基準は有名無実化していた.私は平成 20 年度から,市場には厚労省の基準を満たす「生食用牛レ
バー・生食用食肉」は出荷されていない実態を把握し,このことが腸管出血性大腸菌感染者を増加させて
いるのではないかと考えた.焼き肉店など飲食店のほとんどは生食用ではなく,加熱用のレバーを生レ
バーとして提供している,加熱用食肉をユッケなどの生食メニューとして客に提供しているという実態を
国民に明らかにして注意喚起するため,この事実を朝日新聞の「私の視点」
(平成 20 年8月 22 日)に発表
した(資料1)
.2011 年4月,牛の生食「ユッケ」を原因とした腸管出血性大腸菌 O111(O111)による集
団食中毒事件が発生,富山県等3県2市に拡大した感染数は 181 名にものぼり,溶血性尿毒症症候群
(Hemolytic Uremic Syndrome ; HUS)を来して入院した患者数は 34 名,痙攣や意識障害を来した急性脳
症は 21 名にも上り,うち5例が不幸にして亡くなった.この事件を受け,私は当時過熱気味であった牛の
生食ブームに警笛を鳴らすため,
「肉は,よく焼いて食べるもの」という原則に立ち返るべきだと朝日新聞
私の視点で主張した(資料2).私は常々,我が国では牛の生食を自己責任の範囲としてとらえる人が多い
が,リスクを認識して自己責任において食べることと,リスクを知らさずに小児や高齢者にまで積極的に
肉の生食をすすめることとは問題点が大きく異なると考えていた.米国においては 1996 年にパスツリ
ゼーション(加熱による滅菌)を行っていなかった生のリンゴジュースによって O157 感染症が相次ぎ,
2名の幼児が死亡した.こうした緊急事態に際し,生リンゴジュースを提供する場合,
「警告;この産物は
パスツリゼーションがなされていないので,有害な細菌を含む可能性があり,子供や老人,免疫の低下し
た人にとっては重大な疾患を起こしうる」と表示することが米国食品医薬品局(FDA)によって2年後の
1998 年に義務化されたことをすでに知っていた.我が国でもタバコの箱に肺ガンや虚血性心疾患のリス
ク表示を行うことが通例となっており,ユッケや牛レバーを提供する際にも,子供や老人は HUS や急性
脳症によって死亡することがあることをメニューに表記するべきだと平成 20 年より提言してきた.この
私の提言を受け,岡崎市は「レバ刺し,ハツ刺し,ユッケ,センマイは,加熱していないため食中毒を含
む可能性があります.子供,高齢者,免疫力が低下している方は食べないでください.」とメニューに表示
する行政指導を平成 21 年から開始した.岡崎市議会でも飲食店のメニューに細菌性食中毒の危険性を喚
起することが討議された.岡崎市の取り組みは,東海・北陸7県 10 市食品衛生主管課長会議で議題にした
ほか,全国食品衛生主管課長連絡協議会からの厚生労働省への要望事項にも盛り込まれるよう要請されて
いる.こうして,私と岡崎市が一体となって,この牛の生肉を提供する際に「リスク表記」を義務づける
運動を展開した.私達の取り組みが,今回の焼き肉チェーン店で起きた O111 の集団感染事件で各方面か
ら注目され,消費者庁は,牛肉の生食は食中毒のリスクがあることや子供,高齢者,その他食中毒に対す
る抵抗性が弱い者には生食を控える旨の内容をメニュー・ポスター等に明確に表示することを義務づけた
(平成 23 年 10 月1日付改正食品衛生法).この他,この改正食品衛生法において,ユッケなどの生肉を客
集
会
報
告
165
に提供する場合,肉の表面から1 cm 以上の加熱を義務づけている.違反した場合には,2年以下の懲役
または 200 万円以下の罰金が課されることもある.
2.ヨーロッパにおけるドイツを中心とした凝集付着性大腸菌 O104:H4 の大規模集団感染
同年5月〜6月にドイツ北部を含む周辺 16 カ国に及んだベロ毒素2型を産生する凝集付着性大腸菌
O104:H4 の大規模集団感染は,患者数が 4,075 人にも及び,うち 908 名(22%)が HUS を発症し,50 名
が死亡したことが報告された.この類を見ない大規模集団感染によって,すべての下痢原性大腸菌は
ファージによりベロ毒素遺伝子を獲得して,血清型に関係なく,出血性下痢,HUS,急性脳症を発症し重
症化する可能性がある.O104:H4 感染患者は下痢発症からわずか5日で HUS をきたし,HUS のハイリ
スクグループは,小児および高齢者ではなかった1).全 HUS の成人が占める割合は 89% であり,特に女
性が 68% を占めていた.しかも基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase ;
ESBL)を有しており,多剤耐性菌であったことなどが判明し世界を震撼させた2).原因食材は共通食材か
ら「もやし」と判断され,2009 年にエジプトからドイツに輸出されたフェヌグリーク種子によることが判
明している(図2)3).
3.研究結果 1
「ユッケ」を原因とした O111 による集団食中毒事件が発生において痙攣や意識障害を来した急性脳症
の全 HUS に対する割合は 47% にも上り,死亡や人工呼吸器からの離脱ができない患者が相次いだ.平成
23 年7月 15 日に開催された第 15 回腸管出血性大腸菌感染症研究会「緊急報告・緊急提言」の中で,富山
大学医学部小児科から以下のことが報告された.今回の O111 感染関連の脳症は発症とともに激烈な経過
をたどり,死亡例,重症例が相次いだ.このような特異な HUS の発生に直面し,これまでの HUS ガイド
ライン従った管理では,救命不可能な状況に陥った.よって,これまでのスタンダードな支持療法(待ち
の医療)から,血漿交換,ステロイドパルス療法(攻めの医療)へと治療方針が大きく転換された.それ
に伴い,徐々に救命例が報告されるようになった.
私達は,2009 年,ウサギにベロ毒素2型を静注した動物モデルで,ステロイドパルス療法が,ベロ毒素
2型による脳浮腫に有効であることを報告した4).ウサギにベロ毒素2型(Stx2)を静注し,①1日2回
betamethasone sodium phosphate(BSP)同量投与した群(ステロイドパルス治療群:BSP twice a day),
②2日後から1日1回,(BSP)を静注した群(BSP once a day),③ベロ毒素のみを静注し治療しなかった
群の生存率および生存期間を比較した.さらに精製ベロ毒素2型を静注し,ステロイドパルス療法を行っ
て,その治療効果をガドリニウムで強調され MRI を用いて観察した.その結果,ステロイドパルス治療群
は未治療群に比較して有意に生存期間が延長し,80% 生存した(図3).またステロイドパルス療法の治
療効果はガドリニウムで強調された MRI でも確かめられた.図4上段にコントロールウサギの(cont.
T1W + Gd),中段にベロ毒素2型静注後5日目の(Stx2, T1W + Gd),最下段にベロ毒素2型静注後2日
目からステロイドパルスを行ったウサギの大脳冠状断ガドリニウム強調 MRI を示す(BSP + Stx2, T1W +
Gd).未治療のウサギは,ガドリニウムがウサギの視床を中心に広がっており,血液脳関門の破綻が示さ
れているが(Stx2, T1W + Gd),ステロイド治療群はコントロールと同様にガドリニウムが脳実質内に検
出されていなかった(BSP + Stx2, T1W + Gd).
研究成果 2
私達は,1994 年 O157 を経口感染させることによって急性脳症を発症するマウスモデルを開発した5).
このマウスモデルは O157 を大量(1010 CFU)経口感染させ,同時にマイトマイシン C を腹腔内投与する
ことによって開発された.このマウスモデルのマウスは四肢麻痺や脊椎の変形を伴って死亡した(図5).
このマウスモデルの脳を電子顕微鏡で解析した結果,ベロ毒素による血液脳関門の破壊が観察された5).
1996 年 O157 の集団感染が全国で相次いだのを受け,厚生省は O157 感染症にホスホマイシン,カナマイ
166
4617
4322
3889
4315
3900
2999
図1
腸管出血性大腸菌感染症の年別・症状別発生状況
(1999 年4月〜2010 年)
エジプトフェヌグリーク種子 15 トン Nov. 24 2009輸出
ドイツ 同種子15ト
トン Dec. 15 2009輸入
ドイツ 10.5トン保管
エジプト産フェヌグリーク種子
英国 Jan. 13 2010
輸入
ドイツ発芽させ、モヤシと
して出荷 Feb. 10 2011
フランス Jan. 2011
輸入
フランス Jun.8 2011
O104による集団感染
ドイツ規模 O104 集団感染の汚染食材とされたフェルグリーク
種子の輸入経路
BSP twice a day
BSP once a day
Stx2
BSP or saline only
Survival rate %
図2
ドイツApr. May. 2011
大規模集団感染
Days after intravenous injection of Stx2
図3
Effects of intravenous injections of BSP on Stx2
toxemic rabbits
集
図4
会
報
告
167
ガドリニウム(Gd)強調 MRI による BSP の効果
ストレプトマイシン
5g/L 給水開始
腸管正常細菌叢にダメージを与え、ストレプトマイシン
耐性O157(E23511/HSC)を定着しやすくするため
ストレプトマイシンを連続3日間飲ませ続ける
ICRマウス
ストレプトマイシン耐性O157のみ経口感染させた 失敗!
生存
死亡
下肢の麻痺
図5
脊椎の変形
O157を経口感
染させ、同時に
マイトマイシン
を腹腔投与
成功!
ベロ毒素による急性脳症マウスモデルの開発過程
シン,ノルフロキサシンの抗菌剤3剤を認める方針を打ち出した.しかし,ベロ毒素1型は菌の外膜と内
膜の間のペリプラズムに留まっており,殺菌的抗菌薬で菌体を破壊することによって,ペリプラズムなど
に留まっていたベロ毒素が腸管に放出され,症状が悪化するのではないかという懸念から,米国では抗菌
薬の使用を認めていない.私達が開発した O157 経口感染マウスモデルを用いて,これら抗生物質の効果
を調べたが効果を認めなかった6).こうした中,2009 年,O157 を経口感染させた無菌仔ブタモデルでア
ジスロマイシン(azithromycin ; AZM)が O157 感染による脳症に有効性であることが報告された7).
AZM の効果を私達の開発したマウスモデルで確かめた結果,AZM の経口投与により,マウスは 100% 生
存した.さらに,経口感染マウスモデルで観察されたベロ毒素による脊髄全角細胞のアポトーシスをも
AZM 経口投与によって抑制された.in vitro で調べた結果,AZM によって腸管出血性大腸菌からのベロ
毒素2型の分泌が他の抗菌剤に比べ強力に抑制することが明らかとなった.
4.腸管出血性大腸菌感染症の現状の問題を踏まえ,以下のことを提言する
1) 腸管出血性大腸菌感染は年齢に関係なく HUS 等に重症化することが判明し,
「成人の HUS の診断・
治療ガイドライン」作成しなければならない.
2)腸管出血性大腸菌感染症による脳症の医学的根拠に基づいた治療指針の作成を急ぐ必要がある.
168
3)ドイツでの大規模集団感染を受け,トレーサビリティの強化を図るため,我が国だけではなく,外国
からの農産物の細菌学的検疫を強化する必要がある.
4)ドイツにおいて多剤耐性ベロ毒素産生大腸菌が出現したことから,ワクチン開発を急ぐ必要がある.
参考文献
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
Frank C, Werber D, Cramer JP, Askar M, Faber M, an der Heiden M, Bernard H, Fruth A, Prager R, Spode A,
Wadl M, Zoufaly A, Jordan S, Kemper MJ, Follin P, Müller L, King LA, Rosner B, Buchholz U, Stark K and
Krause G : HUS Investigation Team, Epidemic Profile of Shiga-Toxin-Producing Escherichia coli O104 : H4
Outbreak in Germany. N Engl J Med. 365 : 1771-1780, 2011.
Rasko DA, Webster DR, Sahl JW, Bashir A, Boisen N, Scheutz F, Paxinos EE, Sebra R, Chin CS, Iliopoulos D,
Klammer A, Peluso P, Lee L, Kislyuk AO, Bullard J, Kasarskis A, Wang S, Eid J, Rank D, Redman JC, Steyert
SR, Frimodt-Møller J, Struve C, Petersen AM, Krogfelt KA, Nataro JP, Schadt EE and Waldor MK : Origins of
the E. coli Strain Causing an Outbreak of Hemolytic-Uremic Syndrome in Germany. N Engl J Med. 365 :
709-717, 2011.
European Food Safety Authority. Tracing seeds, in particular fenugreek (Trigonella foenum-graecum) seeds,
in relation to the Shiga toxin-producing E. coli (STEC) O104 : H4 2011 Outbreaks in Germany and France.
1-23, 2011.
Fujii J, Kinoshita Y, Matsukawa A, Villanueva SY, Yutsudo T and Yoshida S : Successful steroid pulse therapy
for brain lesion caused by Shiga toxin 2 in rabbits. Microb Pathog. 46 : 179-184, 2009.
Fujii J, Kita T, Yoshida S, Takeda T, Kobayashi H, Tanaka N, Ohsato K and Mizuguchi Y : Direct evidence of
neuron impairment by oral infection with verotoxin-producing Escherichia coli O157 : H- in mitomycin-treated mice. Infect. Immun. 62 : 3447-3453, 1994.
Yoshimura K, Fujii J, Taniguchi H and Yoshida S : Chemotherapy for enterohemorrhagic Escherichia coli
O157 : H infection in a mouse model. FEMS Immunol Med Microbiol. 26 : 101-108, 1999.
Zhang Q, Xiao H and Sugawara I : Tuberculosis complicated by diabetes mellitus at shanghai pulmonary
hospital, china. J Infect Dis. 62 : 390-391, 2009.
集
会
報
資料1
資料2
告
169
170
︱
︱特別講演 Ⅱ︱
︱
肺炎病原体をめぐる最近の話題
―耐性疫学,診断法から新しい治療法まで―
東邦大学医学部微生物・感染症学講座
石
井
良
和
肺炎の主要病原菌を表1に示した.肺炎球菌やインフルエンザ菌,肺炎マイコプラズマや肺炎クラミド
フィラは外来・入院に共通して高い頻度で分離される病原菌であることがわかる.加えて入院患者の肺炎
の原因菌としてレジオネラ属菌,集中治療室入院中の肺炎患者からはこれらに加えて黄色ブドウ球菌やグ
ラム陰性桿菌も分離されている1).
本邦において分離される肺炎球菌のうち,約 50%の菌株がペニシリンに対して感受性を示さず,ペニシ
リン耐性株は約8%を占めている2).肺炎球菌による感染症の診断には,菌体表層の抗原を標的とする,
尿中抗原検出キットで診断が市販されている.尿中抗原を対象としたシステムは患者に対して侵襲性が低
く,感度も比較的高い優れた診断法の一つである.しかし,小児における偽陽性の問題から,小児科領域
における診断的価値には疑問がもたれていた3).そのような背景から,菌種特異的なリボゾームタンパク
質を標的とした検出システムが考案されている.現在,開発中であるが小児においても有用な検査法とし
て期待がもたれる.
日本におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の分離頻度は,諸外国と比較して高いことはよ
く知られている.最近,医療従事者の意識向上と努力により,MRSA の分離頻度が低下している施設も多
い.しかし,これら MRSA による感染症の治療に対して有効な複数の抗菌薬が存在する.さらに,MRSA
による感染症の治療薬として 2011 年 11 月からダプトマイシンの臨床使用が認められた.ダプトマイシン
は肺胞サーファクタントにより不活化を受けるという欠点を有している4)5).しかし,バンコマイシンの
MIC 値が 2 µg/mL 以上の菌株による感染症にはバンコマイシンが有用ではないことが示されている(図
1)6).今後,ダプトマイシンはリネゾリドと同様,様々な局面で使用される可能性があると考えている.
多剤耐性緑膿菌(MDRP)の分離頻度も年々低
くなる傾向がある.現在,臨床材料から分離され
る緑膿菌に占める MDRP の頻度は,2%前後を
推 移 し て い る.同 様 に メ タ ロ β ラ ク タ マ ー ゼ
(MBL)産生菌の検出頻度も高くなっていない7).
表1
市中肺炎の主要な原因菌
患者種別
病原菌
外来
肺炎マイコプラズマ
MBL をコードする遺伝子は,インテグロンと呼
インフルエンザ菌
ばれる 1 か所に耐性遺伝子を効率よく蓄積する遺
伝子構造中に存在することが多い.したがって,
肺炎球菌
肺炎クラミドフィラ
入院(ICU 以外)
肺炎球菌
MBL 産生株は,アミノ配糖体系薬など,他系統
肺炎マイコプラズマ
の抗菌薬に耐性を示す,いわゆる多剤耐性菌であ
肺炎クラミドフィラ
インフルエンザ菌
8)
る可能性が高い .事実,MDRP の約 80%の菌
株 が 多 剤 耐 性 を 示 し て い る2).こ の よ う な
MDRP による感染症に対しては併用療法などに
レジオネラ属菌
入院(ICU)
黄色ブドウ球菌
よる治療が実施されている9)10).一方で,MDRP
レジオネラ属菌
の大多数が MBL 産生菌であることは,Aoki らが
グラム陰性桿菌
報告した Ca-EDTA などの MBL の阻害薬とカル
バペネム系薬との併用が MDRP による感染症治
肺炎球菌
インフルエンザ菌
文献 1 より改変
集
会
報
告
171
療に対する有用性が示唆される(図2)11).
アシネトバクター属菌は乾燥や低温環境に強く,またプラスチックなどに付着しやすいことはよく知ら
れている.多剤耐性アシネトバクター属菌(multidrug-resistant Acientobacter spp. : MDRA)による院内
感染が一昨年,大きな社会問題として取り上げられた.欧米では 2000 年以降,急速にアシネトバクター属
菌のカルバペネムに対する耐性化が進行している.しかし,本邦におけるカルバペネム系薬耐性アシネト
バクター属菌の検出頻度は5%未満である.欧米では,multilocus sequence type による型別により,
Clonal Complex(CC)92 に分類される Acinetobacter baumannii による院内感染が多発している12).そし
て,この CC92 を含む特定起源の A. baumannii は多剤耐性化しやすいことを示す報告もある.Kouyama
らの報告では,2007 年に分離された 598 株のアシネトバクター属菌を対象に調査したところ,カルバペネ
ム系薬に 27 株(4.5%)の菌株が耐性を示した.そのうち,14 株が A. baumannii で,13 株が CC92 に属す
る菌株であったと報告している(表2)13).この結果は,諸外国で院内感染を引き起こす CC92 が日本に流
入していることを示している.
MDRP や MDRA などの多剤耐性グラム陰性菌に有用な治療薬として海外ではコリスチンやチゲサイク
リンが使われている14).しかし,コリスチンは,臓器移行性が悪いことに加えてプロテウス属菌やセラチ
ア属菌など自然耐性菌の存在に留意しなければならない.また,コリスチンは単剤ではなく,アミノ配糖
体系薬などとの併用が推奨されている.現在日本でコリスチンを使用することは困難であるが,将来的に
はコリスチンが保険収載されて多剤耐性グラム陰性菌感染症の治療薬となることが期待される.
60
52.4%
有効率 (%)
50
40
30
30%
20
10
8%
0
0.5
1
2
MIC値 (mg/mL)
文献6より改変
図1
バンコマイシンの MRSA 感染症治療に対する
有効性に与える菌側因子
皮下
吸入
Bleian+IPM
Bleian+IPM
IPM
IPM
Bleian
Bleian
コントロール
コントロール
文献11より引用改変
図2
マウス肺炎モデルによる効果の確認
172
表2
菌
種
カルバペネム非感性 Acinetobacter spp. に対する分子疫学調査結果
カルバペネマーゼ
MLST
OXA-51* OXA-23 OXA-58 IMP-1
CC
A. baumannii(14)
Acinetobacter pittii(3)
MIC (mg/L)
分離地域
喀痰
8/14 4/2-128/64 2-64 8-128
AMPC/SBT IPM MEPM
14/14
6/14
1/14
1/14
92(13/14)
Kanto
(13/14)
0
0
3/3
2/3
-
Kanto(2/3)
2/3
4/2-8/4
16-64 8-128
Tokai(4/4)
3/4
2/1-4/2
16-64 64-128
Kyushu(3/4) 4/4
2/1-4/2
16-64 16-128
A. calcoaceticus(4)
0
0
0
4/4
-
A. nosocomialis(4)
0
0
0
3/4**
-
A. lwoffii(2)
0
0
1/2
2/2
-
-
0
International Clone 2 ≒ ST92
1/0.5-4/2
8-32 16-64
文献 13 より作図
最近,第三世代・第四世代セファロスポリン系薬を分解する能力を獲得した,基質特異性拡張型βラク
タマーゼ(Extended-spectrum beta-lactamase : ESBL)産生大腸菌の分離頻度が上昇し,且つ市中感染症
の原因菌として分離される15).その原因として,健常人が ESBL 産生大腸菌をその腸管内に保菌している
ことが挙げられる.健常人が ESBL 産生大腸菌を保菌する原因として最も有力な仮説は,食品に由来する
というものである16).最近,オランダやカナダからヒトと家畜から分離される ESBL の型が同一であると
報告されている17).私たちも日本産の食用肉が ESBL 産生大腸菌によって汚染を受けていることは確認
している(未発表).しかし,それらを詳細に解析したところ,国産肉と家畜由来の細菌が保有する ESBL
の遺伝子型は同一であるが,ヒトから分離される大腸菌由来の ESBL の遺伝子型は明らかに異なっていた.
具体的にはヒト由来大腸菌に由来する,主要 ESBL の遺伝子型は blaCTX-M-9 サブグループであるのに対
し,国産肉および国内で飼育されている家畜糞便由来大腸菌から検出される ESBL の遺伝子型は
blaCTX-M-2 サブグループが主であった.さらに,ヒトおよび家畜が保有する大腸菌の起源も全く異なって
いた.したがって,本邦の健常人が保菌する ESBL 産生大腸菌は国産の食肉に由来するものではないと考
えている.
ESBL 産生大腸菌は第三世代・第四世代セファロスポリン系薬のみならずフルオロキノロン系薬にも耐
性を示す菌株が多いことはよく知られている18).私たちの解析でも,特定クローンの ESBL 産生大腸菌の
大多数の菌株がフルオロキノロン系薬に耐性を示していた(未発表).このことは院内および市中で増加
している ESBL 耐性大腸菌には特定のクローンの関与があることを示している.
これまで耐性菌は院内の問題として捉えられてきたが,今後は外来患者からも分離される可能性につい
ても注意を払うべきである.このような状況の下,ESBL 産生菌に対する院内感染対策や感染制御は困難
であることが予想される.確かに市中においてその増加を抑制することは困難である.しかし,腸内細菌
科に属する菌種の伝播様式が接触感染であることを考えると,標準予防策を遵守することにより,院内に
おける拡散を防ぐことは可能であると考えられる.
参考文献
1)
Mandell LA, Wunderink RG, Anzueto A, Bartlett JG, Campbell GD, Dean NC, Dowell SF, File TM Jr, Musher
DM, Niederman MS, Torres A and Whitney CG : Infectious Diseases Society of America/American Thoracic
Society consensus guidelines on the management of community-acquired pneumonia in adults. Clin Infect Dis.
44 Suppl 2 : 27-72, 2007.
2) Yamaguchi K and Ohno A : Investigation of the susceptibility trends in Japan to fluoroquinolones and other
antimicrobial agents in a nationwide collection of clinical isolates : a longitudinal analysis from 1994 to 2002.
Diagn Microbiol Infect Dis. 52 : 135-143, 2005.
3) Navarro D, García-Maset L, Gimeno C, Escribano A, García-de-Lomas J and the Spanish Pneumococcal
Infection Study Network : Performance of the Binax NOW Streptococcus pneumoniae urinary antigen assay
for diagnosis of pneumonia in children with underlying pulmonary diseases in the absence of acute
pneumococcal infection. J Clin Microbiol. 42 : 4853-4855, 2004.
4) Bliziotis IA, Plessa E, Peppas G and Falagas ME : Daptomycin versus other antimicrobial agents for the
集
5)
6)
7)
8)
9)
10)
11)
12)
13)
14)
15)
16)
17)
18)
会
報
告
173
treatment of skin and soft tissue infections : a meta-analysis. Ann Pharmacother. 44 : 97-106, 2010.
Cantón R, Ruiz-Garbajosa P, Chaves RL and Johnson AP : A potential role for daptomycin in enterococcal
infections : what is the evidence?. J Antimicrob Chemother. 65 : 1126-1136, 2010.
Moise-Broder PA, Sakoulas G, Eliopoulos GM, Schentag JJ, Forrest A and Moellering RC Jr : Accessory gene
regulator group II polymorphism in methicillin-resistant Staphylococcus aureus is predictive of failure of
vancomycin therapy. Clin Infect Dis. 38 : 1700-1705, 2004.
Ishii Y, Ueda C, Kouyama Y, Tateda K and Yamaguchi K : Evaluation of antimicrobial susceptibility for
β-lactams against clinical isolates from 51 medical centers in Japan (2008). Diagn Microbiol Infect Dis. 69 :
443-448, 2011.
Cornaglia G, Giamarellou H and Rossolini GM : Metallo-β-lactamases : a last frontier for β-lactams?. Lancet
Infect Dis.11 : 381-393, 2011.
Araoka H, Baba M, Takagi S, Matsuno N, Ishiwata K, Nakano N, Tsuji M, Yamamoto H, Seo S, Asano-Mori Y,
Uchida N, Masuoka K, Wake A, Taniguchi S and Yoneyama A : Monobactam and aminoglycoside combination
therapy against metallo- β -lactamase-producing multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa screened
using a 'break-point checkerboard plate'. Scand J Infect Dis. 42 : 231-233, 2010.
Tateda K, Ishii Y, Matsumoto T and Yamaguchi K : 'Break-point Checkerboard Plate' for screening of
appropriate antibiotic combinations against multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa. Scand J Infect Dis.
38 : 268-272, 2006.
Aoki N, Ishii Y, Tateda K, Saga T, Kimura S, Kikuchi Y, Kobayashi T, Tanabe Y, Tsukada H, Gejyo F and
Yamaguchi K : Efficacy of calcium-EDTA as an inhibitor for metallo-β-lactamase in a mouse model of
Pseudomonas aeruginosa pneumonia. Antimicrob Agents Chemother. 54 : 4582-4588, 2010.
Durante-Mangoni E and Zarrilli R : Global spread of drug-resistant Acinetobacter baumannii : molecular
epidemiology and management of antimicrobial resistance. Future Microbiol. 6 : 407-422, 2011.
Kouyama Y, Harada S, Ishii Y, Saga T, Yoshizumi A, Tateda K and Yamaguchi K : Molecular characterization
of carbapenem-non-susceptible Acinetobacter spp. in Japan : predominance of multidrug-resistant
Acinetobacter baumannii clonal complex 92 and IMP-type metallo-beta-lactamase-producing non-baumannii Acinetobacter species. J Infect Chemother. 18 : 522-528, 2012.
Li J, Nation RL, Turnidge JD, Milne RW, Coulthard K, Rayner CR and Paterson DL : Colistin : the re-emerging
antibiotic for multidrug-resistant Gram-negative bacterial infections. Lancet Infect Dis. 6 : 589-601, 2006.
Peirano G and Pitout JDD : Molecular epidemiology of Escherichia coli producing CTX-M β-lactamases : the
worldwide emergence of clone ST131 O25 : H4. Int J Antimicrob Agents. 35 : 316-321, 2010.
Carattoli A : Animal reservoirs for extended spectrum β-lactamase producers. Clin Microbiol Infect. 14
Suppl 1 : 117-123, 2008.
Bergeron CR, Prussing C, Boerlin P, Daignault D, Dutil L, Reid-Smith RJ, Zhanel GG and Manges AR : Chicken
as Reservoir for Extraintestinal Pathogenic Escherichia coli in Humans, Canada. Emerg Infect Dis. 18 :
415-421, 2012.
Rogers BA, Sidjabat HE and Paterson DL : Escherichia coli O25b-ST131 : a pandemic, multiresistant,
community-associated strain. J Antimicrob Chemother. 66 : 1-14, 2011.
Fly UP