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Kota Hirawaka 平 川 恒 太
平川恒太 Kota Hirawaka Ambiguous painting 私は、抽象画とは何かを探究するために1年間ドイツに留学した。しかし、探究すれ ばするほどそれは遠い存在となっていった。 ある日、私はパリで開催されていた浮世絵展を見る。そこには日本でも見た事の無い 数々の作品が並んでいた。そして、それらの作品が印象派以降のヨーロッパの美術史 に与えた影響の大きさを目の当たりにした。「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」は フィンセント・ファン・ゴッホによって模写されているが、雨を単純な線を用いて描 いた表現方法は当時のヨーロッパの画家達を驚かせた事だろう。日本人は雨や風、水 といった不定形で描くのが困難な自然描写をミニマルな方法で表現してきた。 また映画監督の黒澤明氏は『羅生門』のなかで、どしゃぶりの雨の質感を出すために 墨汁を混ぜた水を放水車で降らせるなどその感性は現代もなお受け継がれている。 このシリーズのタイトルとなっている Ambiguous という単語は大江健三郎氏著の「あ いまいな日本の私」からとっている。本来、抽象画は abstract painting というが、戦 後多くのアメリカ文化が輸入されその中の一つとして抽象画も輸入された。アメリカ の抽象画は第二次世界大戦の戦火を避け、ヨーロッパからシュルレアリスム、抽象絵画、 バウハウス関係者など、美術家、音楽家、建築家、デザイナーら、あらゆる種類の前 衛芸術家たちがニューヨークに亡命してきたことで起った。キュビズムやフォーヴィ スムといった運動がダズル迷彩(*注1:カモフラージュが抽象(無対象)絵画へと つながったことも重要である。)などに影響を与え戦後より絵画の問題として発展し抽 象表現主義などに受けつがれていく。 しかし、その中に僕は当時ジャポニスムでヨーロッパに影響を与えた日本的またはア ジア的な感性が形を変えながらも息づいているように感じるのだ。 私は、戦後アメリカから輸入された抽象絵画ではなく、私たち日本人の中に息づく抽 象絵画を描きたいと考えた。 しかし、そこには大きな矛盾が生じる。その矛盾こそが Ambiguous な絵画であり、 私たちの文化や歴史、感性そのもののように感じた。 *注1: 藤する形態ー第1次世界対戦と美術 / 著:河本真理 p.139 より引用