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小川原湖における治水効果の定量評価に関する検討

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小川原湖における治水効果の定量評価に関する検討
Vol.36
JANUARY 2014
小川原湖における治水効果の定量評価に関する検討
東北支店 水圏部(河川) 有田 茂
高瀬川治水事業の治水効果について、堤内地に主眼を置いた従来の評価手法では、地域の経済基盤である小川原
湖(堤外地)における便益を反映させることは困難でした。そこで、便益項目を追加し小川原湖の資産価値や被害軽減効
果等を定量的に評価する手法を検討することで、当該地域の特性を考慮した治水事業の効果を確認しました。
※本業務は、国土交通省東北地方整備局 高瀬川河川事務所からの委託で実施しました。
はじめに
青森県三八上北地方に位置する高瀬川水系では、
2006年に高瀬川水系河川整備計画(大臣管理区間)が
策定され、治水効果が早期に発現する湖岸堤整備を中
心に治水事業が進められてきました。
当社では、国土交通省東北地方整備局高瀬川河川
事務所からの業務を受け、今後の河川整備事業の進め
方について検討しました。ここでは、河川整備事業の費
用対効果の検討のうち、地域の特性を考慮した便益(整
備により得られる利益・価値)算定項目の抽出および定
量評価検討について紹介します。
便益算定項目抽出の着目点
(1)「たから湖」小川原湖の価値
高瀬川は八甲田山系の八幡岳を源流とする流域面積
867km2、幹川流路延長約64kmの一級河川です。流域
下流部には広大な海跡湖である小川原湖を有し、大臣
管理区間延長(約40km)の8割以上が小川原湖で占めら
れています(図1)。また、湖の周辺地域は洪水はん濫域
(洪水時の河川水位より地盤の低い区域)となっています。
小川原湖は、古くから「たから湖」と呼ばれ、魚介類が
豊富で地域の産業基盤を担ってきました。代表的な水産
資源であるヤマトシジミは全国3位の漁獲量を有し、内水
面漁業(湖沼)では全国2位の総漁獲量を誇っています。
しかし、これまで高瀬川の治水事業に用いてきた治水
経済調査マニュアル(案)による定量評価は、堤内地の被
害防止の便益を主に評価したもので、堤外地である小川
原湖の資産価値を十分に評価できていませんでした。そ
こで、小川原湖の資産価値に対する被害防止の便益に
着目し評価することにしました。
(2)高瀬川放水路拡幅整備による洪水期間短縮効果
もう一つの着眼点として、小川原湖における洪水期間
短縮による被害軽減効果が挙げられます。小川原湖の
洪水が一般的な河川の洪水と大きく異なるのは、湖水位
の高い状態が長く続くことです。湖周辺の地形はすり鉢状
になっているため、洪水時には浸水域が拡大し、湖周辺
のはん濫域では長期間の被害・損害を受けることになり
ます。高瀬川放水路は洪水を湖口部から太平洋へ最短
距離で放流できるため、湖水位ピーク値を低減させるとと
もに洪水期間を短縮させる効果が高いといえます(図2)。
そこで、洪水期間短縮による被害軽減効果に着目し評
価することにしました。
水位(T.P.m)
2006年10月洪水における出水状況 10/6~10/12
3.0
流域平均時間雨量
2.0
計画高水位
高 瀬 川流域
km
km
40
64
:約
:約
長
長
延
延
間
路
日 本 海
IDEA Consultants, Inc.
高
20
30
40
1.7m
50
はん濫危険水位 1.3m
60
はん濫注意水位 1.0m
水防団待機水位 0.8m
70
80
0.5
大
90
放水路拡幅後の水位
太 平 洋
6
理
管
臣
図1 高瀬川流域図
放水路
区
流
川
幹
1.0
10
はん濫注意水位以上
90時間(約4日)
湖水位の低減と同時に
洪水期間が大幅に短縮
2.5
1.5
雨量(mm/hr)
0
瀬
川
→
0.0
6日
7日
8日
9日
10日
11日
図2 放水路整備前後の小川原湖水位の変化
大臣管理区間延長の
8割以上が小川原湖
12日
100
Working Report
便益項目の抽出
治水経済調査マニュアル(案)の便益項目に対して、
高瀬川治水事業による自然環境・産業等への効果・影
響等(治水事業による環境の保全効果、内水面漁業へ
の影響、長期洪水期間等)に着目して、図3に示す5項目
(黄色の項目)を追加しました。
また、同時期に国土交通省が開催した「河川事業の評
価手法に関する研究会」において、高瀬川へ適用可能な評
価項目として挙げられた3項目(青・ピンクの項目)について、
小川原湖の特性を踏まえた定量化手法を検討しました。
直接被害
農産物被害
間接被害
営業停止損失
・事業所
・公共サービス
・漁家(営業停止損失および
営業停止波及被害)
下記定量化例(2)参照
高度化便益・環境の財の価値
凡
例
公共土木施設等被害
水産業資機材被害
(漁船・桟橋・前浜)
定量化例(1)参照
下記定量化例(1)参照
・湖水浴場砂浜被害
(砂浜修復)
人身被害
(長期孤立による被害)
応急対策費用・家庭
・事業所
・地域(水防団、避難施設)
・国・地方公共団体(内水排除)
表2 魚類別日当たり漁獲額
魚種
ワカサギ シラウオ
日あたり漁獲額
(百万円/日)
7.46
24.78
シジミ
ウナギ
コイ
計[A]
19.57
2.13
2.17
56.12
日当たり漁獲額=年漁獲額/操業日数
年漁獲額=流通単価×年漁獲量
表3 漁家の営業停止による損失軽減額算定結果
被害防止便益
一般資産被害
・家屋、家庭用品
・事業所償却・在庫資産
・農漁家償却・在庫資産
(2)洪水期間短縮による漁家の営業停止損失軽減効果
放水路の整備による洪水期間の短縮により、地域の主
要産業である漁業の営業停止による損失を定量的に評
価しました。主要魚種の実績漁獲量と市場価格より、営
業停止による損失軽減額を算定しました(表2、表3)。
長期交通途絶波及被害
(道路)
水害廃棄物発生被害
湖水位ピーク値
営業停止日数 営業停止損失 操業停止損失
(T.P.m)
(日)
軽減日数[B] 軽減額[A×B]
整備前 整備後 整備前 整備後
(百万円)
(日)
1/5
1.329 1.213
6
4
2
112.2
1/10 1.475 1.323
6
4
2
112.2
1/20 1.632 1.438
6
4
2
112.2
1/30 1.714 1.501
14
5
9
505.0
1/50 1.846 1.579
14
5
9
505.0
1/80 1.951 1.644
14
5
9
505.0
1/100 1.997 1.674
14
5
9
505.0
年超過
確率
下記定量化例(3)参照
湖の利用機会の減少被害・水辺利用機会(利用期間)
治水経済調査マニュアル(案)で定量化されている便益項目
小川原湖の特性を考慮し、追加する便益項目
第4回河川事業の評価手法に関する研究会の提案項目
第4回河川事業の評価手法に関する研究会の提案項目
から小川原湖の特性を考慮して評価した便益項目
図3 便益算定項目
便益項目の定量化例
(3)洪水期間短縮による応急対策費用の軽減効果
放水路の整備により湖水面の高い期間が短縮されること
で、内水応急対策に要する費用が軽減される効果を定量
的に評価しました。排水ポンプ車の実績運用経費と稼働軽
減時間より、内水対策費用軽減額を算定しました(表4)。
表4 内水対策費用の軽減額算定結果
地域の特性を踏まえて追加した5つの便益項目のうち3
項目について、被害実績や市場価格等を用いて洪水時
の被害額を算定し、定量化した検討事例を紹介します。
(1)湖水位の低減による水産業資機材の被害軽減効果
放水路の整備によって洪水時の湖水位が低減し、小
川原湖内にある水産業資機材の被害が軽減する効果を
定量的に評価しました。既往の被災実績をもとに湖水位
に応じた被害数量を算出することで、湖水位の低減による
被害軽減額を算定しました。表1に漁船の例を示します。
①青森県防災消防課資料より近年の洪水における小川原湖の漁業被害
(漁船被害数)を集計
②湖水位ピーク値と漁船被害数の関係を近似式により設定
③近似式に確率規模別湖水位ピーク値を適用し漁船被害数を算出
表1 湖水位に応じた漁船の被害軽減額算定結果
湖水位ピーク値
漁船被害数
漁船被害額
年超過
(T.P.m)
(隻)
(百万円)
確率
整備前 整備後 整備前 整備後 整備前 整備後
1/5
1.329 1.213
27
9
129.6
43.2
1/10 1.475 1.323
49
26
235.2 124.8
1/20 1.632 1.438
73
43
350.4 206.4
1/30 1.714 1.501
85
53
408.0 254.4
1/50 1.846 1.579
105
65
504.0 312.0
1/80 1.951 1.644
121
75
580.8 360.0
1/100 1.997 1.674
128
79
614.4 379.2
漁船被害
軽減額
(百万円)
86.4
110.4
144.0
153.6
192.0
220.8
235.2
年超過
確率
湖水位ピーク値
(T.P.m)
固定式ポンプ
可搬式ポンプ
運転時間(時間) 運転時間(時間)
運転費用
(百万円/箇所)
整備前 整備後 整備前 整備後 整備前 整備後 整備前 整備後
運転費用
軽減額
(百万円/箇所)
1/5
1.329
1.213
80
55
0
0
1.4
1.0
0.4
1/10
1.475
1.323
89
63
0
0
1.6
1.1
0.5
1/20
1.632
1.438
98
68
0
0
1.7
1.2
0.5
1/30
1.714
1.501
103
71
0
0
1.8
1.3
0.6
1/50
1.846
1.579
108
73
24
0
2.6
1.3
1.3
1/80
1.951
1.644
112
74
35
0
3.0
1.3
1.7
1/100
1.997
1.674
114
76
38
0
3.2
1.3
1.8
内水対策費用軽減額=時間当たり運転経費×稼働軽減時間
時間当たり運転経費=稼働実績費用/稼働実績の洪水継続時間
おわりに
本検討では、堤内地に加えて堤外地(小川原湖)にお
ける治水事業の効果を定量的に評価するための手法を
検討し、効果を確認することができました。なお、本検討
にあたっては学識者からなる「高瀬川治水検討会」よりご
指導をいただき、検討結果については堤外地の便益を最
大に試算したものとして有効な方法のひとつであるとの評
価を得ました。
本業務で得た知見を今後も他の地域・河川にも展開し、
さらなる評価手法の確立を図っていきたいと考えます。
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