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子供でOCD
日心第70回大会(2006) 強迫傾向に至る心理的メカニズムの検討 ―強迫的信念の役割に着目して― 李 暁茹 (東京大学大学院教育学研究科) Key words:強迫傾向 強迫的信念 親の養育態度 【 目 的 】 強迫性障害(Obsessive Compulsive Disorder:OCD)は,よく見 られる不安障害の1つである。近年生物学的研究や薬物療法 の進歩により,その発症は脳機能障害に基づくという考え方 が注目されている。しかしその一方で,認知行動療法特に暴 露-反応妨害法の治療効果が見出されている。こうした認知行 動療法の一定の効果は,薬物療法等の研究成果とあわせ,発 症への心理的要因の関与を示唆している。OCD の治療におい て,心理発達的や人格的問題などの心理学的要因の把握・理 解が重要な役割を果たしており,それが患者の対人関係上に 生じた問題を扱う際には不可欠なものとなっている。 ところで,強迫的な思考や行動は,健常者の中でも認めら れている(Rachman & de Silva,1978)。健常者に認められる強迫 的な状態は,強迫傾向と呼ばれ,OCD 患者の強迫症状と比べ て頻度,強度,苦痛度などが軽くて,増悪すると心理社会的 適 応 が 低 下 し , OCD 発 現 の 素 因 と な る と の 指 摘 も あ る (Salzman,1973)。この点で健常者の強迫傾向への着目は、OCD の予防を考える上で極めて重要といえる。李(2004)では, 心理的な要因として親の養育態度に着目し,強迫傾向との関 連を検討した。その結果, 両者の間に有意な相関を見られた。 しかし,OCD の発症メカニズムを検討する際に参考する認知 行動理論の中で,中心となるのは侵入思考(健常者が体験し ている強迫観念)に対する認知的評価である(杉浦,2002)。 この認知的評価は「信念」によって個人差を生む。つまり, OCD の発症は「強迫的信念」を持っている人は,侵入思考に 対して歪んだ評価を与え,苦痛を引き起こす。さらに苦痛を 軽減するため,強迫行動を頻繁に行い,OCD まで発展してい く過程である。そこで,李(2004)の研究を受け,養育態度 は子供の認知的発達に影響を及ぼしており,強迫傾向と比べ, 強迫的信念とより関連しているのではないだろうか。つまり 強迫的信念は養育態度から強迫傾向への過程では媒介要因と して存在するのではないだろうか。本研究では,親の養育態 度→強迫信念→強迫傾向という媒介モデルについて検討する。 【 方 法 】 予備調査 目的:強迫的信念尺度(Obsessive Beliefs Questionnaire: OBQ)の中国語版を作成する。 方法:2005 年 11 月に中国2つの大学の大学生・大学院生 210 名に対して質問紙調査を集団実施した。強迫的信念尺度は 44 項目からなり,1(非常にあてはまらない)~7(非常にあ てはまる)の7件法であった。 分析と結果:有効回答 207 人について分析を行った。質問紙 に含めた全 44 項目に対して,因子分析を行なった(最小二乗 法,プロマックス法) 。因子数は固有値の変化の仕方と,実際 の解釈しやすさという2つの観点から総合的に決定した。そ して,4因子解が適切だと判断し(「思考の意味」 「完全主義」 「責任の過大評価」 「脅威の過大評価」 ), 下位尺度を構成した。 本調査 方法:2006 年 1 月に中国4つの大学の大学生・大学院生 250 名に対して質問紙調査を集団実施した。質問紙は強迫傾向尺 度(李,2004) ,予備調査で作成した強迫的信念尺度 OBQ,親 の養育態度尺度 EMBU を使用した。 分析:有効回答 249 人について分析を行った。質問紙に含め た,全 114 項目の評定値の分布を検討し,極端に偏っている 項目は見受けられなかったため,すべての項目を分析対象と なった。まず,相関分析を行い,単純相関を算出した。そし て,養育態度と強迫的信念のどれが強迫傾向とより関連して いるかを検討するため,重回帰分析を行った。さらに,養育 態度,強迫的信念と強迫傾向の3者関連をより直観的に,分 かりやすく検討するためパス解析を行った。 【 結果と考察 】 単純相関の結果(表1)から見ると,全面的に強迫傾向よ り強迫的信念の方が養育態度と大きく関連していることが分 かった。 養育態度・強迫的信念と強迫傾向との関連について, 標準偏回帰係数の有意の結果は表2のように示す。強迫的信 念はより強迫傾向に影響しているとこが分かった。そして, パス解析の結果は図1のようになる。表1からは養育態度と 強迫症状の間にやや弱いけど,有意な相関が見られた。しか し,強迫的信念という要因を入れることによってモデルの形 が変わって,強迫的信念は養育態度から強迫症状への媒介要 因として存在することが分かった。 以上の結果から,以下の2点があげられる。まず OCD 患者 は、対人関係で葛藤が生じ易いとされている。特に家族成員 とのトラブルが多く,夫婦の離婚率も他の精神疾患より高い ことが指摘されている(高橋ら,1996) 。したがって、強迫性 障害の治療では、家族成員間、特に母子関係や父子関係への 介入は重要なポイントとなっている(市川,1988) 。本研究で 得られた知見は,このような OCD の特徴とも関連しており、 注目されるものといえる。また,すでに強迫傾向が強く現わ れたか,もしくは親への介入が不可能の場合は認知的側面― 強迫的信念への介入は症状の改善が期待できると考えられる。 表1 相関係数 強迫 強迫的 養育 父親 母親 傾向 信念 態度 養育態度 養育態度 強迫傾向 1 .60*** .21* .21* 強迫信念 .60*** 1 .33*** .29*** ***p<.001 従属変数 強迫傾向 * p<.05 表2 .33*** 標準偏回帰係数 独立変数 β r 強迫的信念 .29*** .60*** 養育態度 -.01 .21* R-Square .34*** β:標準偏回帰係数,r:相関係数,R-Square:重決定係数 ***p<.001 * p<.05 e1 -.01 × 養育態度 強迫傾向 .27*** .55*** 強迫的信念 e2 ***p<.001 図1 パス解析 (Xiaoru Li)