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農業の二大転換期を軸に、現代の農業の特徴をとらえる

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農業の二大転換期を軸に、現代の農業の特徴をとらえる
いきいき授業実践
平成25年度『新詳地理B』
平成25年度『新詳高等地図』
平成24年度『新詳地理資料 COMPLETE 2012』
農業の二大転換期を軸に、現代の農業の特徴をとらえる
秋田県立大曲高等学校 藤 田 啓 太
野であり、刻々と状況は変化している。新聞や各種統計
1.はじめに
などにはつねに注意しておきたい。
世界の農業をめぐる動きは、21世紀に入ってから目ま
ぐるしく変わってきている。気候変動や新興国の需要の
3.農業の近代化と課題
〜緑の革命は何が「革命」だったのか〜
増加、投機筋の買い占めなどによる穀物価格の急騰は、
ここでは緑の革命と遺伝子組み換え作物の二つのキー
食料の多くを依存している日本にも大きな影響を与えて
ワードを中心に授業を進めていきたい。今回は緑の革命
いる。今回は、グローバル化が進む世界の農業、農業の
について取り上げる。緑の革命については東南アジアや
国際化について、さまざまな面から光をあてて学習し
南アジアの地誌でも改めて取り上げることができるし、
ていけるように考えてみた。とはいえ、グローバルとい
環境問題や食料問題でも取り上げることができる。した
う言葉からだろうか、私の欲張りな性格からか、どうし
がって、ここではあまり深く掘り下げず、これらが農業
てもいろいろと取り上げたくなって、授業の目標がぼや
の近代化にどのような影響を与え、それによってどのよ
けてしまいがちである。今回は、教科書にあるいくつか
うな問題点が発生したかを学んでいきたい。幸い、『新
のキーワードを取り上げ、資料集や地図帳をフル活用し、
詳地理資料 COMPLETE 2012』(以下、資料集)には
できるだけ内容を精選して取り上げるように心がけた。
随所に統計資料や写真などがあり、これらを存分に活用
することができる。緑の革命は、品種改良や栽培技術の
2.農業の授業の流れ
改善などを通じて、おもに途上国での食料の増産や生活
の改善などを目的としたものである。具体的には、アジ
1〜2時間目 1.農業の発達と分布
・自然条件と社会条件
ア地域における高収量品種(ミラクルライスと称される
・ホイットルセイによる農業地域区分
IR-8)の開発や、灌漑施設の整備、化学肥料の使用など
が挙げられる。導入部分では、資料集p.72 1「インド
3〜5時間目 2.世界の農業地域区分
の穀物生産」
(図1)やp.211 1「1人あたりの食料生産」
・自給的農業(遊牧、焼畑を中心に)
のグラフ(図2)を例に出し、なぜアジアで食料生産が
・ヨーロッパで発達した農業
伸びたのかというところから始めていきたい。
・新大陸で発達した農業
6〜7時間目 3.現代世界の農業の現状と課題
・農業の近代化と課題、途上国における農業の 二重構造
・グローバル化が進む世界の農業
・農業の国際化がもたらすものとは
本時
農業の発達においては、農業が成立する条件や発達過
程などを主として学習する。いわば農業をグローバルな
視点でとらえる。そして、世界の農業地域区分で、各地
11
図1 『新詳地理資料COMPLETE 図2 『新詳地理資料COMPLETE
2012』p.721
2012』p.2111
域の農業の特色について学ぶ。いわばローカルに農業を
インドは緑の革命の恩恵を大きく受けた国の一つであ
見ていく。そして、
「3. 現代世界の農業の現状と課題」
る。とりわけ、北西部のパンジャブ地方は、降水量が少
では、再び地球規模で農業をとらえることになる。とく
なく本来米の生産に適さない地域であったが、地下水の
にこの単元の内容は近年動きが活発になってきている分
利用や灌漑設備の整備などにより、インドの米生産の約
12%(2009年)を占めるほどになった。インドは1980年
代には米の自給を達成し、1990年代以降は余剰米を輸出
0
できるほどにまでなった。資料集「別冊地形図・白地図
T自動車
(日本)
ワーク・統計」p.29②「米の輸出入」でインドが12億の
V自動車
(ドイツ)
人口を抱えながらも輸出国にランクインしていることも
緑の革命について学び、考察していくのに役立つだろう。
一方で、資料集p.50右下には「緑の革命の功罪」も記
されている。主たる内容は、農業地域間や農家間での生
500
1000
1500
1666
チ リ
のGNI
1575
G自動車
(アメリカ合衆国)
1490
S自動車
(ドイツ)
1236
カーギル社
(アメリカ合衆国)
1204
水の大量使用による地下水位の低下や塩害による土地の
ニュージーランド
のGNI
1188
不毛化の進行によって生産量が頭打ちになっている。地
広島県の
県民総生産
1046
N 通 信
(日本)
1037
I コンピュータ
(アメリカ合衆国)
1036
掘らねばならず、もつ者ともたざる者との間で生産量、
ひいては所得の格差が起こることにつながることも触れ
ておきたい。
4.グローバル化のなかの世界の農業
〜農業の工業化?〜
①農業のグローバル化とは
グローバル化という言葉は地理ではどのように扱われ
ているのか。例えば工業においては、平成25年度版『新
詳地理B』
(以下、教科書)p.139において、次のように
記述されている。
H 電 機
(日本)
カザフスタン
のGNI
2500 億ドル
2044
産性の格差についてである。パンジャブ地方では、地下
下水位が低下すれば、多大な費用をかけて新たに井戸を
2000
995
966
図3 『新詳地理B』p.135 ②大企業の売上高と各国のGNI
との比較のグラフに、穀物メジャーの一つであるカーギ
ル社の売上と広島県の県民総生産を追加したもの。デー
タはいずれも2008年。為替レートは1ドル110円で計算
した。県民総生産は総務省統計局より。
図3とともに、工業を先取り学習する形で、多国籍企
業は工業だけでなく、農業にも存在していることやその
経済規模にも気づかせたい。
②アグリビジネスとフードシステム
〜第1次産業から
第3次産業までを網羅した巨大システム〜
あたり前だが、
(鉱)工業は主として第2次産業とし
てとらえられる。農業はもちろん第1次産業であるが、
グローバル化が進行するということは、このような枠も
『新詳地理B』p.139 「グローバル化が進む工業」抜粋
(アンダーラインは編集部、以下同)
少しずつ外れてくる。農業が第1次産業だけでなく、第
2次や第3次産業の側面をもつようになってくる。そこ
にフードシステムやアグリビジネスというキーワードが
また、多国籍企業については、同p.135に、
かかわってくる。
ア グ リ ビ ジ ネ ス は、 農 業(Agriculture) と 商 業
(Business)とを組み合わせた言葉であり、戦後アメリ
カ合衆国の経済学者が初めて使用したとされている。生
『新詳地理B』p.135 「先進工業国と多国籍企業」抜粋
徒にとってはもしかすれば、「農業は農作物をつくって、
それを売っているから農業と商業をわざわざくっつけて
言わなくても…」と思うかもしれない。そう思うかどう
と記述されている。農業におけるグローバル化では、地
かは別として、ここでの主役は農家である一方、企業の
球規模で活動を行い、世界経済に影響を与えている多国
力も大きいことを示したい。
籍企業の存在が大きい。
12
図4 『新詳地理資料COMPLETE 2012』p.60
図4「穀物メジャーのさまざまな活動」をみると、農
ょうに大きな意味をもつことになる。GATT、WTOと
家は穀物商社が築いたフードシステムのなかに組み込ま
農業はどのようにかかわりあってきたのかをまとめてみ
れている一部門にすぎないことがわかる。それまでの学
たい。ただし、これらは別単元でも取り扱う内容である
習ではいわば農家が主役であったが、ここでは企業が主
ため、あくまで農業とのかかわりに絞っていくように心
役で、農家はその一翼を担っていることになる。フード
がけたい。
システムは、生産(上流)から流通・加工(中流)
、販売・
GATTもWTOも目的を一言でいえば、関税その他の
消費(下流)に至るまでの流れ、体系をあらわす。この
貿易における障害や差別待遇などを徹底的に取り除き、
システムの規模は、巨大な資本力と労働力、マーケティ
自由公正な貿易を推進することにある。ここでは、日本
ング力などに支えられ世界へ広がっている。
の食料自給率の推移と、日本が輸入数量制限を撤廃した
③農業と貿易
おもな品目とをまとめてみた。これらも別単元で取り上
農業がグローバル化することは、貿易においてもひじ
げられているが、先んじて紹介してもよいと思う。
(%)
140
図5の①〜④の作物につ
(①∼④は、米・小麦・大豆・牛肉のいずれかをさす)
いては、自給率とのかかわ
りに着目させ、入試(もし
(①)
120
くは定期考査)を意識させ
ながら生徒にじっくり考え
100
させたい。また、なぜ国内
でほぼ自給できている米ま
80
果実
60
でもが輸入自由化となっ
た の か、GATTやWTOと
(④)
40
(③)
(②)
いった用語を使わせながら
発問、もしくは「〜字以内
で」記述させてみるのもい
20
いと思う。
0
1960 62 64 66 68 70 72 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96 982000 02 04 06 08 10
(年)
(③) バナナ ぶどう (④)
(②)
(①)
しょうが 粗糖 りんご オレンジ 大麦
コーヒー豆 豚肉 乳製品
1955 チョコ 86 94
2000
日本GATTに参加 ウルグアイ・ラウンド交渉 WTO農業交渉
図5 日本の食品自給率と、輸入制限が撤廃されたおもな農産物・年次
(食料自給率の推移は農林水産省ホームページより。
輸入制限撤廃品目は、
『平成22年度 食料・農業・農村白書』
より)
13
日本ではもともと自給率の低い大豆や、栽培の不向き
アジアは緑の革命などによる食料増産がおおむね成功
なバナナやコーヒー豆などは早い時期から輸入制限が撤
し全体としては順調に食料生産が増えている。一方アフ
廃、つまりほぼ自由化されてきた。自給率がほぼ100%
リカは人口の増加に食料生産が追いついていない。その
である米までもが自由化されてきたところにも注目した
理由については別単元で詳しく取り扱うとして、ここで
い。
は資料集と地図帳をフル活用させたい。資料集p.2101
表 米の輸入自由化をめぐるおもな動き
「飢えている人の多い国」のアフリカ諸国に着目させつ
1986 GATT ウルグアイ・ラウンド交渉開始
つ、コートジボワールを例として紹介する。図7のよう
1987 日米農相会談で、アメリカ合衆国側が米の市場開放を要求
に穀物を買うために換金用作物をつくるという構図と
1991 GATT事務局長のダンケルによる「例外なき関税化」提案
なっている。ならば初めから穀物を生産すればいいのに、
冷夏により米の大不作
1993
⇒タイ・中国・アメリカ合衆国などから米の緊急輸入
なぜそれができないのか。この疑問に対して、気候やプ
1994 米のミニマムアクセスを受け入れ、ウルグアイ・ラウンド終結
ランテーション農業の特色、ひいては欧米諸国による植
1995 WTO発足、協定発効
民地支配などに着目して整理させ、ひも解いていくと、
1995 食糧管理法廃止、新食糧法施行
これまでの学習内容を復習することもできる。農業の枠
1998 米の関税化(市場開放)決定
5.農業の国際化がもたらすもの
農業の国際化は、それまで農業をローカルな視点で考
えていたものを、よりグローバルな視点でとらえること
をこえて複合的に思考させるきっかけにもなる。
輸入
輸出
その他
38.1
原油・
石油製品
24.3
の必要性を私たちに投げかけた。とはいえ、ボーダーレ
ス化の進行が、自然に農業の国際化につながったかとい
うとそうではなく、各国や地域におけるさまざまな要因
がある。ここは教科書をじっくり読ませ、農業の国際化
の内容について考えさせたいものである。
カカオ豆
27.3%
カカオ
調製品
10.3
その他
55.1
原油
26.0%
米
8.4
機械
5.6
魚介類
4.9
図7 コートジボワールの主要貿易品(2011年)
(日本貿易振興機構(JETRO)HPより)
6.おわりに
農業と貿易、国際化を学ぶには、工業、食料問題、人
口問題なども関連して学習しなければならないことがわ
かる。その分野に関する知識も求められる。生徒にして
みれば一見取っつきにくいようにも見えるが、さまざま
な切り口から考えることができるので、単に知識の暗記
『新詳地理B』p.99 「農業の国際化がもたらすもの」抜粋
だけで終わることはない。センター試験における、
思考・
判断力を問う問題にも対応しうる力を養うことができる
もちろん食料問題は別単元で取り扱う内容だし、食料
のではないかと思う。今世紀に入ってから世界はもちろ
問題がからめば人口問題や環境問題など、さまざまな問
ん、日本の農業も目まぐるしく変化している。その動き
題や課題が出てくるだろう。平成25年度版『新詳高等地
に私たちは敏感に対応し、これからの農業のあり方につ
図』p.132⑦「食料生産と人口の推移」
(図6)では、人
いても考察していく機会を設けていきたいものである。
口の増加と食料生産の推移がいちどに比較できる。
食料生産指数
図6 『新詳高等地図』p.132⑦
■参考文献
・髙橋正郎(監修)
・堀口健治・下渡敏治(編集)
『世界のフー
ドシステム』2005 農林統計協会
・矢ケ𥔎典隆『食と農のアメリカ地誌』2010 東京学芸大学
出版会
・柴田明夫(監修)
・榎本裕洋・安部直樹『絵でみる食糧ビ
ジネスのしくみ』2008 日本能率協会マネジメントセンター
14
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