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新聞記事と統計からみたアメリカ合衆国の産業と経済
いきいき授業実践 平成25年度『新詳地理B』 平成25年度『新詳高等地図』 平成25年度『新詳 資料地理の研究』 時事問題からせまる授業を考える 〜新聞記事と統計からみたアメリカ合衆国の産業と経済〜 大阪府 私立清風南海高等学校 岡森 啓 1.はじめに さまざまな面で世界に大きな影響を与えているアメリ しがあり、次にリード、そして本文と続く。今回授業で 取り上げようと考えている日本経済新聞の記事の見出し は、「デトロイト市 破綻 GM復活 恩恵なく」であるが、 カ経済において、重要な役割を果たしてきたのがアメリ この見出しだけではデトロイト市破綻とGM復活の関係 カ金融システムであろう。 夏休み前にアメリカ合衆国(以 がわかりにくい。この記事のリードは『世界的な「クル 下、アメリカ)の産業や経済について、昨今の新しい状 マの街」として知られ米ゼネラル・モーターズ(GM) 況を取り上げて展開する授業案を考えていたら、「デト が本社を置く米デトロイト市が18日、米連邦破産法第9 ロイト市 破綻」のニュースが7月20日に飛び込んでき 条の適用を申請し財政破綻した。負債総額は米自治体で た。そこで今回は「デトロイト市 破綻」の新聞記事(日 過去最大の総額180億ドル(約1兆8千億円)超。税制 本経済新聞 2013年7月20日発行)と資料集のさまざま 優遇を受けるGMが復活しても市税収入への恩恵はなく、 な統計を使い、ゼネラル・モーターズ(以下、GM)の 富裕層は郊外に脱出した。デトロイトは好調な米経済の 経営破綻と復活、デトロイト市の財政破綻について世界 影の部分を象徴している。』と記載されている。リード 経済に大きな影響を与えるアメリカ金融システムと関連 を読むとGM復活とデトロイト市への恩恵なしとの関係 させた授業が展開できないか、その可能性を探ってみた。 がわかる。授業で新聞記事を使う際は、まず見出しとリ ードを指名した生徒に読ませ、記事の大まかな内容の把 握とともに、授業のテーマは何か認識させる。本文は引 き続いて読ませる場合もあるが、ここでは、導入部が間 延びしないよう、本文を展開部のなかでの講義・考察と 結びつけて読ませる授業案を考えてみた。 3. 展開1 GM経営破綻を長期的と短期的原因で考えてみる 今回の授業案では、展開1でアメリカの自動車産業の 変容を、展開2ではGMの復活とデトロイト市の破綻を 取り上げている。展開1ではGMの経営破綻の原因を、 長期的なものと、短期的なものに分けてみた。その理由 は、長期的原因でオイルショック後のアメリカ自動車産 業の変容がわかり、短期的原因で時事問題、今回の場合 はリーマン・ショックなどの金融システムと関連づけて 授業が展開できるのではないかと考えたからである。 また筆者は1982年から1986年までトヨタ自動車工業 (現トヨタ自動車)に勤務し、号試車両(大量生産直前 日本経済新聞2013年7月20日 11 の新型車両)の設計変更を担当していた。この間、労働 組合の職場委員も経験した。長期的原因では、自らの経 2. 導入部 験をふまえて、日本の企業とアメリカの企業の労働組合 新聞記事の「リード」を活用する の違いを留意しながら、労働組合の側面からもアメリカ 新聞1面に大きく掲載されるような記事は、まず見出 の自動車産業の衰退にふれたい。 (1)GM経営破綻の長期的原因 ①統計からアメリカ自動車産業の生産推移を読み取る 地理の役割の一つに、地域や産業の変容過程およびそ の要因を、統計地図や地形図を使って読み取り、問題点 とその解決策を考察することがあげられよう。GMに代 % 65 60 55 50 45 40 35 1㌦ 20㌣ 1㌦ 90 80 70 60㌣ 1973 74 75 76 77 78 79 80 81 年 表されるアメリカ自動車産業の変容過程は、まず『新詳 1973 74 75 76 77 78 79 80 81 年 資料地理の研究』 (以下、資料集)p.137(図1)のよう (1ガロンあたり。インフレ調整値1977=100) なアメリカの自動車生産台数の推移が示されている統計 を使って考察させたい。オイルショック(1973年、 79年) 後のアメリカの自動車生産の減少については、図1でそ 出所:Wardʼs Automotive Yearbookより。 『アメリカ自動車王国の傾斜』1981 日本工業新聞社より 図3 アメリカにおける ガソリン価格の動き 図4 アメリカ市場における 小型車の比率 の推移を確認させるのがよいだろう。その確認後、事象 日本車のアメリカへの集中豪雨的輸出は、日米貿易摩 の相互関係を考察する授業展開ができそうな図1に関連 擦問題を引き起こした。日本の自動車メーカーは貿易摩 した統計や分布図の利用を以下のように考えてみた。 擦回避と1985年以降の円高ドル安対応のため、1980年代 後半より、図5(資料集p.138)に示されているように、 アメリカでの現地生産に傾く。 図1 『新詳 資料地理の研究』p.137 おもな国の自動車生産の推移 図5 『新詳 資料地理の研究』p.138 日本の自動車メーカーのアメリカでの生産台数 このアメリカでの現地生産とIT産業牽引によるアメ オイルショック後、ガソリン価格の高騰に伴い、燃費 リカ経済の好況で、湾岸戦争時を除き1990年代のアメリ の悪いアメリカの大型車は販売不振に陥り、日本の低燃 カの生産台数は持ち直している。一方、日本の生産台数 費小型車が北アメリカで販売をのばした。ガソリン価格 は、アメリカでの現地生産増加分と、バブル経済崩壊に の高騰は、 資料集p.111のOPECと石油価格の動き(図2) よる国内市場の冷え込みで国内生産台数を減らしている。 で類推できるが、図3・4からアメリカにおけるガソリ その結果、生産台数はアメリカが世界第1位に返り咲き、 ン価格の動きとアメリカ市場の小型車比率の推移がわか 日本は第2位に転落していることを図1で時代背景とと る。 もに読み取らせたい。ここで生徒に注意を払わせたいの は、確かに数字のうえではアメリカは生産台数第1位と なっているが、その実態は、日本をはじめ外国の自動車 メーカーのアメリカでの現地生産によるところが大きく、 ビッグ・スリーの地位は低下している点である。このこ とは図6のおもな国のメーカー別乗用車販売台数の割合 (資料集p.138)で確認できる。 図2 『新詳 資料地理の研究』p.111 OPECと石油価格の動き 図6 『新詳 資料地理の研究』p.138 おもな国のメーカー別乗用車販売台数の割合(一部) 12 ②日本の自動車メーカーのアメリカでの進出先 もう一つ注目させたい点は、日本の自動車メーカーの 線ではなく、自動車工場では頻繁にストライキが行われ る。アメリカの産業別労働組合は、従業員の賃金を高め、 アメリカでの進出先である。これは資料集p.138の日本 医療補助や年金制度などを充実させたが、このことが高 の自動車メーカーのアメリカでの生産拠点(図7)で示 コスト体質に加え、退職年金(レガシーコスト)とよば されている。1台の自動車は2万点以上の部品からなり、 れる過大な退職者向けの医療費・年金負担となった。ま その多くは自動車メーカーではなく、部品会社で生産さ た、会社側が産業用ロボットの導入や工場のオートメー れている。この自動車工業の特徴を説明すれば、アメリ ション化を進めるにはUAWの了解を得なければならな カの部品会社が集積しているミシガン州とその周辺の州 い。UAWは従業員の職を奪われるということで産業用 に、日本の自動車メーカーが進出していることがわかる ロボットなどの導入に反対することも多い。このことが であろう。しかし、図7をよくみれば、ミシガン州など アメリカの自動車メーカーは労働生産性が低い(表1) 五大湖周辺からやや離れたケンタッキー州やノースカロ にもかかわらず、高コストであることにつながり、国際 ライナ州にも進出している日本の自動車メーカーもある 競争力を低下させていったのである。 ことに気づかせ、その理由を考察させたい。その答えは、 表1 自動車メーカー別にみた労働生産性 (単位:時間) 資料集p.138に「アメリカでの現地生産は、労働組合の 組織率が高い五大湖周辺を避けた、やや南部よりの地域 が多い」と記述されている。 1995年 2001年 2002年 2003年 GM 46.00 26.10 24.44 23.60 フォード 37.92 26.87 26.14 26.00 クライスラー 43.04 22.68 28.04 25.40 トヨタ 29.44 22.53 21.83 20.69 日産 27.36 17.92 16.83 17.30 ホンダ 30.96 19.78 22.27 20.65 注:数値は自動車1台を生産するためにかかった時間。 出所:Harbour(1995, 2001, 2002, 2003)より作成。 図7 『新詳 資料地理の研究』p.138 日本の自動車メーカーのアメリカでの生産拠点 ③日本とアメリカの労働組合は根本的に異なる 13 『アメリカ経済とグローバル化』2013 学文社より (2)GM経営破綻の短期的原因 2008年9月に投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破 トヨタ自動車が1988年に進出したケンタッキー州ジョ 綻した。このリーマン・ショックが実体経済に及ぼした ージタウンの工場周辺は、とうもろこし畑以外ほとんど 影響をGMも受け、2009年6月1日にGMは経営破綻し 何もなかったそうである。 「部品は運べばよい。問題は た。この短期的原因については、講義形式の授業となろ そこで働く従業員。ジョージタウンはデトロイトに本部 う。その内容を以下のとおりである。 を置く全米自動車労働組合(以下、UAW)の影響が薄 まず、2008年の世界金融 い。 」私は、このような内容の話をトヨタ自動車在職中 危機は『新詳地理B』p.299 に上司や管理職から何度も聞いていた。ただし、日本の 「プラスα」を使い、その 企業の労働組合とアメリカの労働組合とでは、その形態、 あらましを理解させる。そ 路線が根本的に異なる。トヨタ自動車のような日本の企 の後、2005年以降の流れを 業の労働組合は実質、企業内組合である。私が在職中の 次のように説明する。2005 トヨタ自動車のトヨタ自動車労働組合(以下、トヨタ労 年はアメリカの好景気に市 組)は、原則新入社員は入社時に全員がトヨタ労組へ加 場が支えられたことに加え 入し、課長昇進時に脱退する。具体的な組合活動や職場 て、2001年9月11日の同時 委員の活動は紙面の都合で割愛するが、一言でいうと、 多発テロ以降に沸き起こっ きわめて労使協調路線の労働組合である。一方、アメリ たアメリカを支持する愛国 カは産業別組合で、自動車産業の場合、UAWに工場別 的運動により、北アメリカ で加入する。各職場の組合はチャプターとよばれる の自動車販売台数は史上 UAWの支部で、日本の企業別組合のように労使協調路 最高を記録した。しかし、 図8 『新詳地理B』p.299 アメリカ発の世界金融危機 2005年11月の会計基準改正により従業員の退職年金の債 すが、デトロイト市は2013年に財政破綻をする。ここで、 務不足額を財務諸表に記載することが義務づけられると、 新聞記事の本文を読ませ、デトロイト市の財政破綻原因 2005年のGMの退職年金の債務不足額は約500億ドルと である以下の点を確認させ、終末とする。 判明し、これを盛り込んだ営業利益率は図9のように落 ・GMは再建のためデトロイト市への巨額の法人税支払 いを免除されていた。 ち込んだ形で示される。GMはこの落ち込んだ営業利益 率を上げるため、商品開発や生産コスト削減といった経 ・多国籍企業化したGMの資金はデトロイト市に回され 営努力ではなく、2005年から全米のディーラーやローン ず、進出先の新興国に回された。 会社と契約をかわし、借り手のローン返済能力を裏づけ なお、この新聞記事の本文にはデトロイト市の都市問 る職業や所得を問うことなく、GM車のローンを組ませ 題の記述も多い。引き続いて次の授業でもこの新聞記事 た。そして、大量の自動車ローンの借用書をウォール街 を使って都市の授業を行うことも可能であろう。 の投資銀行に売り、その手数料などでGM本社の経営を 5.結びにかえて 支えた。投資銀行によるハイリスク・ハイリターンの証 〜系統地理と地誌の授業バランス〜 券化ビジネスは、低所得者層向けの住宅ローン「サブプ 授業案を考えていると、系統地理と地誌が一冊に盛り ライム・ローン」の焦げつきによって、リーマン・ブラ 込まれている地理B教科書のボリュームの多さに驚く。 ザーズの経営破綻、これに巻き込まれたGMも経営破綻 今回示した時事的でトピックス的な授業案をどこで扱え の道を進む。このような証券化商品は、アメリカの投資 るのだろうか。勤務校の地歴・公民のカリキュラム(表 銀行が積極的に組成し、アメリカ国内のみならず、海外 2)で考え、結びにかえさせていただきたい。 の金融機関や投資家にも打撃を与え、国際的な金融危機 表2 清風南海高等学校 地歴・公民カリキュラム を招いた。 (%) 必修 10 93 95 97 99 01 03 05 07 −15 選択 91 理系 文系 理系 世界史A 地理A、 GM VW トヨタ ホンダ 出所:吉川浩史(2009) 『アメリカ経済とグローバル化』2013 学文社より 図9 GMの営業成績(1991〜2007年)営業利益率 地理B、日本史B、 地理B、日本史B、 高2の選択 高2の選択 日本史Aから 倫理・政経から 1科目 −5 −10 文系 高3 各科目3単位 現代社会 5 0 高2 各科目3単位 高1 各科目2単位 2科目 倫理・政経から 2科目を 1科目を 1科目 継続履修 継続履修 地理の授業の進め方は二つの案を考えている。1案は 高3の3単位のうち、地誌に2単位、受験対策に1単位 (2学期からは地誌1単位、受験対策2単位)とし、高 3の地誌の授業の要所で時事的・トピックス的なものを 取り入れながら、地誌の内容はプリントでまとめる。も 4. 展開2 と終末 う一つの案は、高1の地理Aを、1学期から2学期まで デトロイト市の財政破綻で新聞記事の本文を活用 に「地球儀や地図」「地形」「気候」を学習し、高1の3 展開2ではまず、GMの経営破綻から回復までの内容 学期において「世界の諸地域の生活と文化」の単元で各 を次のように説明する。 ・2009年6月1日、GMは経営破綻。負債総額1728 億ドル→連邦政府はGMに公的資金を投入(追加 融資301億ドル)しながら、GMを国有化 ・2009年7月10日、優良資産譲渡を完了、破産法管 理下から脱却し「新生GM」が発足 ・ 2010年11月18日、GMはニューヨーク証券取引所 に再上場を果たし、黒字に転化 デトロイト市に本社を置くGMは短期間に復活を果た 地域を時事的・トピックス的に人文分野を中心に授業を 展開する方法である。時事的・トピックス的な授業を入 れることにより、年間の授業の流れのなかで、メリハリ をつけることになり、好奇心を高める生徒が出てくる可 能性もある。ほかの地理担当者とともに時事的・トピッ クス的な授業の扱い方について思案中である。 ■参考文献 ・渋谷博史、樋口均、塙武郎(編)『グローバル化を読みとく2 アメリ カ経済とグローバル化』2013 学文社 ・山崎憲『デトロイトウェイの破綻 日米自動車産業の明暗』2010 旬報社 ・『真の豊かさをもとめて 40年のあゆみ』1986 トヨタ自動車労働組合 ・巳野保嘉治『アメリカ自動車王国の傾斜』1981 日本工業新聞社 14