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1 山形県朝日町 ― 朝日町エコミュージアム構想 ―

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1 山形県朝日町 ― 朝日町エコミュージアム構想 ―
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山形県朝日町 ― 朝日町エコミュージアム構想 ―
●位置・地勢
山形県中央西部
磐梯朝日国立公園の朝日連峰の東麓
最上川中流、五百川渓谷の急流部に位置する
中山間地域
●人
口
約9,800人(H10年3月末現在)
●面
積
約196K㎡
●主 な 産 業
リンゴを中心とした果樹や米などの農業
●その他特色
「りんごとワインの里」
1
地域の概況
(1)地勢
朝日町は、山形県中央西部、磐梯朝日国立公園の朝日連峰の東麓、最上川中流の五百川
渓谷と呼ばれる急流部に位置する中山間地域で、面積の大半は国有林である山岳地帯で占
められている自然豊かな町である。比較的風水害は少なく、土地も肥沃であり、リンゴを
はじめとする果樹、米、畜産などいろいろな農産物が生産されており、特に「無袋ふじ」
のリンゴと自治体ワインが有名で「りんごとワインの里」として知られている。
人口は約 9,800 人で過疎化及び高齢化が進行しつつある。
(2)産業
農業を基幹産業としている。生産額では日本一の品質を誇るといわれるリンゴを中心と
した果樹の伸びが大きく、次いで米・畜産となっており、1997 年度における農業粗生産
額は 42 億 5,000 万円となっている。工業は、農業中心の町として栄えてきたこともあっ
て産業全体に占める割合は小さいが、企業立地が順調で、製造業が順調に伸びつつあり、
1997 年度における出荷額は 116 億 2,442 万円に達し、若年労働力の定着に貢献している。
2
朝日町エコミュージアム構想の概要
人間と自然との共生を目指し、自然豊かな朝日町で楽しく暮らせる生活環境にするため
には 、町に住む人々が町の良さを認識するところからスタートする必要がある。それには、
「行政と地域住民が一体となって、地域の生活、自然、文化などを歴史的に探求し、現地
において保存し、育成し、展示することを通して地域の発展に寄与する」というエコミュ
ージアムの理念が合っていることから、町内に在住する西沢信雄氏を中心とするメンバ−
が 1989 年に「朝日町エコミュージアム研究会」を発足させた。同年、メンバーの一人が
エコミュージアム発祥の地であるフランスのルクルーゾを訪問して、朝日町におけるエコ
ミュージアムの可能性を確信し、「町第3次総合開発基本構想・基本計画」にエコミュー
ジアムの理念を取り入れるよう提案した。住民へのエコミュージアムの浸透を図るため、
町のシンクタンクである「エコミュージアム研究機構」を設立するとともに、国際シンポ
ジウムの開催等エコミュージアムの普及・啓蒙活動等を展開しており、日本最初のエコミ
ュージアムの実現を目指している。
3
朝日町エコミュージアム構想の経過
(1)構想段階
ア
エコミュージアムとの出会い
西沢氏が、 1982 年に「朝日ナチュラリストクラブ」を設立、町内の小学生を対象に朝
日町の豊かな自然に親しむための自然観察会や養蜂、炭焼き、機織りなどの体験や町の文
化財巡りを行っていた。そうした中で、この町にはいろいろな資源や伝承技術があること
に気付き、より多くの町民に町の良さを見直し、知ってもらうにはどうすれば良いかと考
えるようになった。
1989 年に山梨県で開催された「環境教育フォーラム」に参加した際、フランスで生ま
れたエコミュージアムを知る。そこで朝日町の自然や文化を保護しながら、人々が町に誇
りを持って生活できる仕組み、すなわち「人間と自然との共生」を実現させるため、同年
「朝日町エコミュージアム研究会」を結成した。この研究会は民間組織で、教員・僧侶・
旅館業・会社員・公務員など 18 名で構成されている。
イ
「自然との共生」のシンボル ― 空気神社の建立
朝日町は、 1984 年に運輸省の「家族旅行村整備事業」の指定を受け、白倉地区に「ホ
テル自然観」やコテージ、スキー場などを総事業費約 20 億円で建設することになった。
この事業は高額のため、住民から反対の声もあったが、1989 年、家族旅行村「朝日自然
観」の開村に当たり、住民の間から「目玉になるモニュメントをつくっては」という
気運が高まった。この過程で、10 年ほど前から住民の間で、「ブナの原生林が多い自然豊
かな朝日町には、一番大切である空気に感謝する空気神社が必要」と提唱されていたが、
その意見が採用となり、空気神社の建立に至った。観光協会を中心に町民各層を巻き込ん
だ運動が展開され、民間独自の募金活動で 5,000 万円以上の寄付が集まった。1990 年 10
月、家族旅行村があるブナ林に囲まれた小高い山の上に、本体を地下に埋めた 5 m四方の
ステンレス製版の鏡だけのモニュメントである「空気神社」が完成した。自然との共生を
目指した朝日町エコミュージアムのシンボルができ上がったわけである。1993 年には、
季節的にブナ林が一番きれいである6月5日を「空気の日」に制定している。
(2)調査計画段階
ア
エコミュージアムが総合開発計画に
1989 年には「朝日町第3次総合開発基本構想策定委員会」が発足した。自然と人間の
共生をテーマに、まちづくりの基本テーマを「楽しい生活環境観、エコミュージアムの町」
とした。
キャッチフレーズは 、「地球にやさしい活力のまち」とし、エコミュージアムの理念を
反映させることにした。
そして、住民が自分たちの生活や自然、地域に誇りを持ち、楽しく暮らし、地域の良さ
を認識しながら生活するという考え方が、1991 年3月に策定された「第3次総合開発基
本構想」の中に取り入れられた。
イ
エコミュージアム研究会の動き
1991 年3月には、エコミュージアム研究会のメンバーが中心となり、「朝日町エコミュ
ージアム基本構想」を策定した。図3−1のようにコアとサテライトを位置付けるととも
に、町の計画にこの考え方を取り入れてもらうため、住民と行政の協力によるシンクタン
ク「エコミュージアム研究所」の設立を提案した。
1991 年 10 月に朝日町の住民9名がフランスのエコミュージアムを視察したのがきっか
けで、1992 年6月にはフランス人を招いて、「国際エコミュージアム・シンポジウム」を
開催し、全国から約 150 人が参加した。
(図3−1
朝日町エコミュージアム概念図∼略)
(3)実施段階
ア
サテライト
「朝日町エコミュージアム基本構想」を受け 、町はエコミュージアムを具現化するため、
サテライトづくり及び候補地選びを始める。朝日町の基幹産業であるリンゴを理解しても
らうため、農業研究所内に「りんご資料館」をつくり、リンゴの歴史や利用方法、加工品
などが理解できるようパネルで紹介したり、展示などを行っている。「りんご資料館」の
隣には、13 カ国 170 種類のリンゴの木が植えられている「世界のりんご園」もある。
また、民間が先行してつくったサテライトの一つである「ビーズファーム」では、ミツ
ローソクを作っており、ミツバチの巣から作る「ミツローソクづくり体験」や消費者団体
とのワークショップを行い、ミツバチと森の関係を訴えながら、付加価値づくりを目指し
ている。この他にも、明治時代に建設され、今は廃校となっている五百川小学校・旧三中
分校やりんご温泉、八ツ沼、ワイン工場など産業遺産、歴史遺産、自然遺産、公共施設な
ど 17 か所をサテライトとして位置付けている。
イ
エコミュージアム研究機構の設置
1995 年には 、「朝日町エコミュージアム基本構想」で提案のあったエコミュージアム研
究所の機能を有する「朝日町エコミュージアム研究機構(民間人5名、役場職員6名で構
成)」を設置した。
これは、町の機構の外に位置付けられ、シンクタンク的な役割を果たしている。設置規定
及び要綱には 、「第3次総合開発基本構想」に掲げたエコミュージアムの理念に基づくま
ちづくりを推進するための調査、研究、提言する機関であることが明記されている。この
機構を設置したことにより、関係者を研究員として必要に応じて素早く国内外に派遣しや
すくなり、ネットワーク・情報をストックすることが容易になった。
また、現在、研究機構では、「案内人の会」をつくり、町内を案内して歩くことのでき
るリーダーを養成している。
ウ
行政事務事前協議制度
1995 年4月、町は、縦割り行政のため、事前協議がなく道路や施設などの建設がエコ
ミュージアムの視点・計画を軽視して進みがちであることから 、「行政事務の事前協議に
関する要綱」を作成し、施行させた。
エ
エコミュージアム国際会議
1995 年6月 、「朝日町エコミュージアム研究機構」は、同年3月に発足した「日本エコ
ミュージアム研究会」と共催して、フランスとスウェーデンから専門家を招き、「エコミ
ュージアム国際会議」を開催した。この会議では、「日本型エコミュージアムを探る」を
テーマに 、全国の大学の研究者、グリーンツリーズム、ナショナルトラスト、町並み保存、
生涯学習、環境保全などの地域づくり実践家が集まり、日本におけるエコミュージアムの
可能性について討議を行った。
そして 、バブル崩壊後の地域の方向性や住民参加など多様化する社会情勢の変化の中で、
地域づくりにはエコミュージアムが必要であり、有効であることが再認識された。
オ
サイン
サテライトづくりも進んだことから、産業、交流、教育.文化、福祉、健康、自然・環
境ごとに色分けをし 、サテライトからコアセンターや他のサテライトへ案内するサイン(看
板)を設置した。このサインの設置により、当初、なかなかそのイメージがつかめなかっ
た住民の間にも、エコミュージアムの具体像が少し見えてきているといわれる。
(表3−1
4
朝日町エコミュージアム取り組み経過∼別紙)
実現の背景・要因と今後の課題
(1)リーダーシップを取る人材がいて、地元の人を仲間として巻き込んだ
朝日町エコミュージアム研究会代表である西沢氏の存在が、エコミュージアムを導入す
る一番の原動力となった。西沢氏は関西出身である。朝日連峰に囲まれた朝日町の豊かな
自然や町の良さを地元の人よりも感じていた。地元の魅力を地元の人に知ってもらうシス
テムを模索していた中で、エコミュージアムを知り、地元の若い人たちや農協職員、役場
職員などを仲間として巻き込むことができた。
(2)行政と民間のパートナーシップ
朝日町では、住民有志による「エコミュージアム研究会」がいち早く設立され、活動が
スタ−トした 。「朝日自然観」のオープンのとき、住民の間でも「何かやろう」という気
運が高まり、空気神社を建立した。こうした活動を受けて、行政は、次のようなエコミュ
ージアムの推進に向けた体制を整備した。
①
「町第3次総合開発基本構想・基本計画」にエコミュージアムの理念である「自然と
人間との共生」を取り入れた。
②
エコミュージアムが住民に具体的に浸透するようシンクタンク的な役割を果たす「エ
コミュージアム研究機構」を設置した。
③
縦割りの弊害を排除し、エコミュージアムの理念を反映させるため 、「行政事務事前
協議制度」を創設した。
(3)エコミュージアムを受け入れる素地があった
朝日町におけるエコミュージアムの導入・展開には 、「ナチュラリストクラブ」の活動
が重要であった。その小学生を対象にした自然観察会や文化財巡り、地場産業の体験など
を通して、人々は朝日町の隠れていた魅力を見い出すことができた。
また 、「自然観」のオープンと「空気神社」の建立などで、朝日町の自然が住民の中で
見直されたり、最上川の浄化やゴミ減量など環境問題がクローズアップされるなど、エコ
ミュージアムが受け入れられやすい時期であった。
(4)今後の取り組みの課題
「ワイン工場」や「りんご温泉 」、「空気神社」などをサテライトに指定し、サインを
設置したり 、「エコミュージアム研究機構」が町の広報誌などを通じてエコミュージアム
の理念・意義を啓蒙・普及しているが、理解していない住民が多数いる。したがって、い
かにエコミュージアムを幅広く住民に浸透させ、朝日町の魅力を自覚してもらうかが大き
な課題となっている。
それには、何といってもエコミュージアムへの正しい理解が重要である 。「エコ」の意
味を単に自然環境や、あるいは観光開発などととらえてしまうと、エコミュージアムの長
所である地域の特性や良さを見直し活用していくという視点が抜けてしまう。
いずれにしても、朝日町では、エコミュージアムについての基本理念や正しい意味、内
容を、今後とも粘り強く住民に訴え続けることが求められよう。
朝日町の場合、サテライトやサインなどの整備はめどがついた。1999 年度よりコアセ
ンター(公民館と図書室などの機能を備えた生涯学習センター)の建設に着手する。問題
は、この施設の有効活用である。当面、朝日町では、エコミュージアムの学芸員と位置付
けられる案内人を養成しているが、今後は、この施設の運営・活動に参加・協力する住民
を一人でも多く見い出し、育成していくことも課題となろう。
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