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淡水域の生活および資源培養に関する研究
博士 (水産学 )眞山 紘 学 位 論 文題 名 サク ラマ スOncorhynchus rnasoひく Brevoort)の 淡水域の生活および資源培養に関する研究 学位論文内容の要旨 サクラマス は北部日本,特に日 本海沿岸において春季の重要な漁業資源の―ーっである。しかし, 産卵 床から浮上後, 少なくとも1年間の淡水生活 を経てスモルト化 して降海する特性 を持っため, 沿川 の 開発 に伴 う 生育 環境 の悪化は降海までの 生残に深刻な影響 を与えてきた。淡 水生活への依 存度 の 高い サク ラ マス の資 源培養技術の確立に は河川生活期幼稚 魚の生活実態を明 らかにし,限 られ た 生産 カを 効 率的 に利 用できる増殖方法の 開発が不可欠であ る。また固有資源 が減少した河 川で の 資源 回復 の ため には ,サクラマスの生物 特性や遺伝特性の 解明が急がれてい る。本研究で は, 発 育に 伴う 形 態変 化, そして淡水生活幼稚 魚期の食性及び分 散移動を主体とし た生活実態か ら, 北 海道 南西 部 沿岸 河川 のサクラマスの生活 様式を明らかにし ,得られた知見に 基づいた増殖 技術を実証的 に検討して資源培養 の総合的な技術体 系を提起した。 発 育 過程 での 外 部形 態の 変 化の 観察 結 果か ら,遊泳 に関わる機能は浮上 時(体長30 一35 mm) に 低流 速 域で の生 活 に対 応し た基本的な変化が完 成し,体長50 亠60m mの時にこの機能 が強化されて 流れ の 中で の生 活 が可 能に なるとみなされ,摂 食機能は外部栄養 依存期への移行期 である浮上時 にす で に高 い能 カ を備 えて い ると 推察 さ れた 。個 体 間の 社会 的 関係 に関わると考 えられたpa rr ma rkと 不対 鰭の 形 態変 化か らは,体長60 mm 前後 の時にこの行動が 最も強まることが 示唆された。 これ ら のこ とか ら ,遊 泳生 活を始める浮上時前 後には多くの基本 的な機能が完成し ,鱗形成が進 行す る 体長 50 一 60m mの 時に 幼魚としての形態が 整えられ,生活域 の拡大が生じると 考えられた。 そし て スモ ルト 時 の形 態変 化は,降海期だけに みられる一時的な 変化と,生活域の 変化に伴う機 能的な変化に 分けられた。 河 川 生活 期幼 魚 の主 要な 食物である流下動物 量は春から夏にか けて高い水準が維 持されるが, 秋か ら 初冬 (9 月一1 1月 )に か けて 著し く 減少 し, そ の後 再び 増 加す る顕著な季節 変化を持つ。 一方 , サク ラマ ス 幼魚 の摂 食 活動 は6月 ―7月 と翌 春 3 月 以 降に 高ま り ,流 下動 物 量の 多い これ ー 201 らの時期には流れの早いところで活発に摂食していることが明らかにされた。しかし,これ以外 の季節には一時的に高まる秋季を除けば摂食活動は不活発で,流下動物量変化との対応も失われ て低流速の所を摂食場としていることが伺い知れた。 分布魚と降下移動魚のサイズと性比の季節変化,幼魚の消化管に寄生する鉤頭虫Aca nt ho ce・ pha lus s p.を生物標識として得られた情報,そしてこれらに食性の季節変化の知見を加え,発 育に伴うサクラマス幼魚の住み場の変化を検討した結果,河川生活期サクラマスは基本的には強 い定着性を持っことが確かめられ,発育に伴う利用可能な摂食空間の拡大,なわばり形成にみら れる個体間の社会的関係,餌料生物量の季節変化と対応した摂食方法の変化により,大小の移動 を伴いながら住み場を変化させていることが知られた。 人工ふ化稚魚を河川放流した時,雌魚が先行して降下移動し,放流点付近への残留魚の性比が 顕著に雄に偏る分布の性差現象が確かめられた。この分散の性差は,上流に残留した初期成長の 良い雄魚の当歳魚での高い成熟率と産卵場付近への分布による産卵行動への参加の有利さ,そし て初期成長が悪く下流へと追いやられた形の雄魚と数多くの雌魚が下流域で良好な成長により高 いスモルト化率を遂げるという,サクラマスの相分化にとって都合の良い生活の場の使い分けを もたらす適応であると考えられた。 河川生活期サクラマスの魚体サイズは高い成長速度が示される6月から7月にかけて個体差が 拡大した。この結果,体長組成は成長形態の異なる2 群に区分できるようになった。この小型群 は7 月下旬以降平均体長70 −75m mで成長が停滞し,その大きさは越冬期まで変化しなかった。一 方,7月下旬に平均体長85 ―90m mの大型群は8月中旬以降成長が停滞したが,9月下旬から越冬 期直前までの間に若干成長した。越冬期前の両群の境界は8 0亠8 5mm にみられた。大型群は一部の 成熟雄魚を除けば1年魚でスモルト化して降海する群であり,小型群は翌春にはスモルト化出来 ずに河川残留型となることが知られた。これら2 成長群は,それぞれが河川内の異なる生育環境 を使い分けていて,これに分散の性差が組み合わされることにより,個体群サイズを最大化させ ていると考えられる。 得られた河川生活期幼稚魚の生活様式の知見から,人工飼育サクラマスの放流方式として,春 の稚魚期での放流,未分化幼魚の越冬期直前の秋季放流,そして降海型幼魚(スモルト)の放流 が効果が高いと判断された。稚魚期(椎魚後期)での放流は生存率の向上と効率的な分散移動が 期待できる体長40―50mmのサイズでの放流が効果的と考えられた。水温低下により摂食要求量が 減少する季節に合わせた未分化幼魚(幼魚後期)の秋季放流は,先住者に与える影響を少なくし ながら資源量の添加を可能とする放流方式で,放流試験結果からその有効性が確かめられたが, 放流後の環 境順応性及び越冬 環境の改善によりさ らに回帰効率がmLするl ・j丁能性が 高いと考えら れ た。 降海 期 に合 わせ て 河川 放流す るスモルト放流は ,天然資源への添 加効果の高いこと, 特に 固 有資 源が 減 少し た河 川 での 短期間 での資源回復には 最も有効な手法で あることが放流試験 から 確かめられ た。 北海 道日 本海沿岸とオホ ー`ソク海沿岸の 河川問(河口間距離 が約6 00k m)での交換移植放 流試 験の結果, 移植群の回帰効率は地場群に比べ,沿岸への回帰魚では1 1 .0- 3 6.4%(平均2 2.3へ), 河川再捕魚 では2 .9ー4.8 00(平均4 .2 %)と顕 著に低かヮた。移 植群の放流後の生 存率を低下さ せ た要 因の ー っと して , 降海 時期の 不一致など生活史 を通しての生育環 境への不適合が考え られ た 。こ の結 果 から ,サ ク ラマ スの増 殖にはその河川固 有群を用いること が最も重要で,移植 を行 う 場合 には 移 入先 及び 周 辺地 域の河 川に生息する在来 の固有群への遺伝 的影響を十分に検討 する 必要のある ことが指摘された 。 回帰 親魚 の 自然 産卵 に 関わ る特性 の中で産卵時期は きわめて変化しに くい性質であること が知 ら れた 。親 魚 はこ の時 期 に合 わせて 産卵直前に上流域 に溯上移動するこ と,そしてこの移動 は河 川 水量 の増 加 によ り強 く 誘発 される ことが確かめられ た。このため自然 界での繁殖効率は気 象条 件に影響を 受けやすく不安定 なことが示唆された 。 生態 特性 に 多様 性を も っサ クラマ ス資源の効率的な 増殖のためには, 河川毎の基盤資源( 遺伝 資 源) の保 存 は欠 かせ な い。 遺伝的 な面からは発育段 階毎の自然淘汰を 経る天然繁殖が最も 望ま し いが ,安 定 的な 資源 増 大に は人工 ふ化幼稚魚の放流 との併用が効果的 と考えられた。河川 を高 度 に利 用し な がら 培養 効 果を 高める には,適正な生息 空間(摂食場所及 び休息場所)の存在 が不 可 欠で ある が ,近 年の 沿 川の 開発に より失われてきた 休息空間の不足は サクラマス資源量を 制限 す る要 因の ー っと なっ て いる と考え られた。放流効果 の向上のためには 環境保全の努カと共 に適 正な生息空 間造成のための技 術開発が必要である 。 203 学位論文審査の要旨 主 査 教 授 山 崎 文 雄 副 査 教 授 島 崎 健 二 副 査 助 教 授 後 藤 晃 淡水生活への依存度の高いサクラマスの資源培養にはシ口サケで確立された資源培養法とは異 なった独自の方法を開発する必要がある。このため,サクラマスの河川生活期幼稚魚の生活実態 を明らかにし,河川の限られた生産カを効率的に利用する増殖方法の開発が望まれている。 申請者はこの点に注目し,本論文ではサクラマスの発育に伴う形態変化,河川の餌生物の分布 と季節的な数量変化,淡水生活幼稚魚期の食性及び分散移動の実態を明らかにし,サクラマスの 増養殖技術を実証的に検討して資源培養の総合的な技術体系を提起しようとしたものである。本 論文で特に評価される成果は以下の通りである。 1)発育に伴う外部形態の変化の中で特に遊泳に関わる尾柄高,鰭の大きさの比成長は尾鰭を 除くといずれも,その変曲点が体長3 0ー3 5mm と50-60 mm の2点でみられ,比体長が最大となるの はいずれの鰭でも体長6 0mmである事を明らかにした。これらの事実から体長3 0一35 mm で低流速域 での生活に対応した基本的な形態が完成し,体長50ー6 0m mでは形態が強化されて流水の中での生 活が可能になると推定した。この知見はサクラマス稚魚の放流サイズを決定する上で極めて重要 である。摂食行動と消化機能に関わる眼径,上顎長の比体長,胃袋の形態,幽門垂教はいずれも 体長35 ―4 0l mn に変曲点を持っことから摂食機能は外部栄養依存期への移行期である浮上時にすで に高い能カを備えていると推定した。更に個体間の社会的関係に関わるPar r mar kと不対鰭は 体長60 mm前後に変化すること,この時期には縄張りなどの社会行動が強まり,幼魚としての形態 が整えられ,生活域が拡大することを明らかにした。 2)河川生活期幼魚の主要な食物である流下動物量は春から夏にかけて高い水準が維持され, 秋から初冬(9月11月)にかけて著しく滅少し,その後再び増加する顕著な季節変化のあるこ とを明らかにした。一方サクラマス幼魚の摂食活動は流下動物量に対応して,6月―7 月と翌春 3 月以降に高く,これ以外の季節に一時的に高まる秋期を除けば摂食活動は不活発で低流速の所 を摂食場としていること,幼魚は餌環境に合わせて大小の移動を伴いながら住み場を変化させて いることを明らかにした。 3)人工孵化稚魚を河川放流し,その後の稚魚の移動行動を観察し,雌魚が先行して降河移動 - 204 する こ と, 放流 点 付近 の性 比は顕著に雄 に偏ることから移動 行動には明らかに 性差があり,この 性差 と 相分 化に み られ る性 差の関連を餌 環境への適応の観点 から考察した。体 長組成には成長形 態の 異 なる 2群が あり , 小型 群は 7月下 旬 以降 平均 体 長70―75mmで成 長が停滞 し,その大きさは 越冬 期 まで 変化 せ ず, 翌春 に は河 川残 留 型と なる こと,大型群は7月下旬で85ー9 0m mに達し,一 部の 成 熟雄 を除 け ば翌 春一 年 魚ス モル ト とし て降 海することを確か めた。これら2成長群は河川 内の 異な る生 育環 境 を使 い分 けて 個体 群サ イズ を最 大化 していると推論した。 4)北 海道 日本 海 沿岸 とオ 一 `ソ ク海 沿 岸の 河川 間 (河 口間 距 離約 60 0k m) で の交換移植放流試 験を 行 い, 移植 群 と地 場群 との回帰率を 比較した。その結果 ,移植群は地場群 に比べて沿岸への 回帰で11 . 0∼36 .4 %(平均2 2.3% ),河川回帰で2 .9 ∼4.8%(平均4.2%)と顕著に低いことを見 出し た 。こ の結 果 は現 在サ ケ・マスの増 殖を目的として広く 行われている。移 植放流の問題点を 明ら か にし た点 で 極め て注 目に値する。 申請者はこの点を論 じ,系群の違いに よる降海時期の不 一致 , 異な った 生 育環 境へ の不一致を指 摘し,遺伝的相違に よって生ずる回帰 率の低下を防ぐた めサ ク ラマ スの 増 殖に はそ の河川固有群 を用いることの重要 性,移植を行う場 合には移入先及び 周辺 地 域の 河川 に 生息 する 固 有群 への 遺 伝的 影響 に っい て検 討 する ことの必 要性を指摘した。 5)サ クラ マス の 人工 増殖 を 目的 とし た 幼稚 魚の 放 流方 式と し て春 の椎魚期 での放流,未分化 幼魚 の 越冬 期直 前 の秋 放流 , 降海 型幼 魚 (ス モル ト)の放流の3方式を提案し た。春の稚魚期で の放 流 は生 存率 の 向上 と効 率的な分散移 動が期待できる体長 4 0−5 0mm サイズで の放流を提案し, 秋放 流 は水 温低 下 によ る摂 食要求量が減 少し,先住者に与え る影響が少なく, 翌春の降河による 資源 量 の増 加が 期 待さ れる ことからその 有効性を指摘した。 スモルト放流は固 有資源の減少した 河川で短期間 に資源の回復を計 る有効な方式として 提案した。 本 論 文は サク ラ マス にお ける河川生活 期幼稚魚の生活実態 ,河川内の餌生物 種とその季節的数 量変 動 ,河 川間 に みら れる 遺伝特性を明 らかにして,新しい 資源培養技術の構 築を提案したもの であ り ,応 用上 極 めて 価値 が高く,審査 貝一同は本論文を博 士(水産学)の学 位論文として十分 な業績と判定 した。 205 -