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非晶質ケイ酸カルシウム水和物 によるリン回収のメカニズム

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非晶質ケイ酸カルシウム水和物 によるリン回収のメカニズム
早稲田大学総合研究機構リンアトラス研究所
リンの科学と技術
Phosphorus Science and Technology
No. 1-2017
非晶質ケイ酸カルシウム水和物
によるリン回収のメカニズム
A possible mechanism underlying phosphorus recovery by amorphous calcium silicate hydrates (A-CSHs)
宮丸慎平、岡野憲司*、大竹久夫
Shinpei Miyamaru, Kenji Okano, Hisao Ohtake
大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻生物工学コース生物化学工学領域
〒565-0871 吹田市山田丘 2-1
Department of Biotechnology, Osaka University, Yamada-oka, Suita-shi, Osaka, 565-0871, Japan
1.
はじめに
リンは DNA, RNA, ATP など生命活動に必須の化合
物を構成する元素である 1).リンはリン鉱石から得られ,
90%以上のリンが食料生産に利用されている 2). リン
がなければ食料はもとより, 石油に代わるエネルギー
源として期待されているバイオ燃料なども生産するこ
とはできない.
リンの供給源をリン鉱石に依存することは, リンの
安定供給の面からみて問題がある.リン鉱石の生産は
中国, アメリカ, モロッコ, ロシア, チュニジアの上位
5 ヶ国だけで、世界の生産量の約 80%を占めている 3).
2008 年 5 月にリンの産出地である中国・四川省で大地
震が起こった際には, リン資源大国である中国のリン
生産に莫大な被害をもたらし, 世界市場におけるリン
の価格の高騰を招いた 3).リン鉱石は良質なものから枯
渇が進んでおり, リン鉱石の平均リン含有量は 1970 年
代には約 15%であったものが, 1996 年には約 13%まで
低下している. またリンの鉱石の中にはカドミウムな
どの重金属やラジウムやウランなどの天然放射性物質
を含むものもあるため 4), 掘り出しても日本国内への
持ち込みができないものも存在する. リンの安定的な
供給源の確保や, 利用するリン鉱石の量の削減を図る
ためには, 廃棄されているリンを回収しリサイクルす
ることが重要である 3).
下水処理プロセスでは、リンは汚泥に蓄積される.
下水汚泥に蓄積するリンを回収ターゲットとしたリサ
イクル技術の開発がこれまでに多く行われてきた 5).
HAP 法は、高濃度のリン酸を含む溶液に水酸化カルシ
*連絡先:岡野憲司 大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専攻
E-mail: [email protected]
1
ウムを添加することで以下の反応によりヒドロキシア
パタイト (Ca10(OH)2(PO4)6,Hydroxyapatite, 以下 HAP)
を生じさせてリンを回収する方法である 6).
10Ca2+ + 2OH- + 6PO43- → Ca10(OH)2(PO4)6
排水中には炭酸が多く含まれ, 水酸化カルシウムを
そのまま添加すると, 溶液の pH が上昇することで炭
酸イオン (CO32-)が多くなり炭酸カルシウムが形成さ
れる.このことにより, リン除去率の低下やリン回収
物の品質が低下するため, それを防ぐために脱炭酸の
工程, およびそれに伴う pH 調整の工程が必要となる.
MAP 法は、アルカリ条件下で Mg2+, NH4+, PO43-から
以下の反応でリン酸マグネシウムアンモニウム
(Magnesium Ammonium Phosphate, 以下 MAP) を生じ
させることによりリンを回収する方法である 7).
Mg2+ + NH4+ + PO43- + 6H2O → MgNH4PO4·6H2O
プロセスは核形成工程と核成長工程の 2 工程からなる.
しかし反応が反応タンク以外でも生じ, 生じた MAP
が配管の閉塞の原因となるため, 定期的にクエン酸な
どを用いた洗浄を必要とする 8).
Heatphos 法は、ポリリン酸を多量に蓄積した活性汚
泥を 70°C, 1 時間で加熱をすることにより, 活性汚泥
に含まれるほぼ全量のポリリン酸を放出させ,そこに
水酸化カルシウムを添加してリンを凝集沈殿させる 1).
活性汚泥を 70°C に加熱する際の燃料代が高コストと
なる点が問題である.
非 晶 質 ケ イ 酸 カ ル シ ウ ム 水 和 物 (Amorphous
Calcium Silicate Hydrates 以下 A-CSHs)とは太平洋セメ
ント㈱および小野田化学工業㈱により開発されたリン
回収資材である. 地球上に無尽蔵に存在する珪質頁岩
助教 Tel: 06-6879-7437 FAX: 06-6879-7439
宮丸
Fig. 1
A-CSHs 合成に用いた M-rite
Fig. 2
M-rite の X 線回析パターン
および水酸化カルシウムを主原料として合成されるた
め, 原料のコストが比較的かからないというメリット
を有する. また高いリン除去性能, 沈降性能, 濾過性
能を有し, 炭酸イオンの存在下でも高いリン回収性能
を維持するなどの優れた特徴が見出されている 9). こ
のため 従来の凝集沈殿法では実現不可能であった回
収剤の添加によるリン回収工程, 自然沈降による固液
分離工程, 濾過による脱水工程のみからなる画期的に
シンプルなプロセスでのリン回収を行うことができる.
またこのプロセスでは脱炭酸や放流のための pH 調整,
および沈降のための凝集剤の添加を必要としない. こ
れらのことから従来の回収剤を用いた場合と比較し,
低コストでのリン回収が可能となることが期待される.
しかし、A-CSHs の優れた特徴が明らかになってい
るにもかかわらず、A-CSHs によるリン回収の機構に
ついてはいまだに明らかとなっていない. 本研究では、
A-CSHs の構造を明らかにするとともに、リン回収機
構について考察することを目的とした.
2.
実験材料と方法
M-rite は頁岩の一種であり, Fig. 1 に示す鉱物であり、
Fig. 2 に示されるように, Opal-CT (クリストラバイトと
他
トリジマイトからなる結晶性の低いシリカ)と Quartz
(石英)からなる. 以下の手順に従って A-CSHs を合成
した 9). まず 0.125 M 水酸化ナトリウム水溶液 100 mL
を 60°C に加温し M-rite を 20.7 g 投入し, 10 分間撹拌
した. その後静置して沈殿した不溶解性残渣を, デカ
ンテーションにより分離し, 上清中の可溶性ケイ酸に
対してカルシウムのモル比が 1.0 となるように水酸化
カルシウムを 3.23 g 添加し, 3 時間撹拌して反応させ,
スラリー状の A-CSHs を得た. なお, シリカの溶解及
び水酸化カルシウムとの反応においては, 水分の蒸発
を抑えるために, アルミニウム箔で容器上面を覆った.
溶液中に残った可溶性ケイ酸 (以下ケイ酸)濃度の
測定はモリブデンイエロー法を用いて行った 10).吸光
度の測定は, U2000 型ダブルビーム分光光度計(日立製
作所)を用いた.なお, 本手法は弱いながらリンに対し
ても反応を示すため, 試料中にリンが含まれる場合,
ケイ酸量は過剰に見積もられる. 従って試料中に存在
するリン酸量に相当する吸光度を, 測定値から差し引
くことでケイ酸濃度の算出を行った.
溶液中に含まれる Ca2+濃度は, Chlorophosphnazo-III
とカルシウムイオンの錯体形成による発色を比色定量
する Chlorophosphonazo-III 法を用いた 11).試料液 8 µL
に 960 µL の Chlorohoshonazo-III 溶液を加え, 10 分間反
応させた. その後 690 nm の波長を用いて吸光度を測
定した. そしてカルシウム 標準液 (Metallogenics) 2
mg/L, 10 mg/L, 100 mg/L を同様の測定方法を用いて作
成した検量線を用いて試料液中の Ca2+濃度を定量した.
A-CSHs 固形分中の Ca/Si モル比を調べるには, 蛍光 X
線分析 (XRF)を用いた. 装置は ZSX100e (リガク)を用
いた. 前処理として, A-CSHs のスラリーを吸引濾過し,
真空乾燥にて乾燥させた.
A-CSHs 固形分中に, 合成の際に用いた水酸化カル
シウムが残存しているか, また空気中の二酸化炭素と
Ca2+との反応により炭酸カルシウムが形成されていな
いかを確認するため, 示差熱・熱重量同時測定を行っ
た. 装置は DTG-60 (島津製作所)を用いた. 前処理とし
て, A-CSHs のスラリーから吸引濾過によって上清を取
り除き, 真空乾燥したものを試料とした. 試料を白金
製 の セ ル に 入 れ , α- ア ル ミ ナ 粉 末 (α-Alumina (α Al2O3) powder for DTA Standard Material, 島津製作所)を
同様にして, 白金セルに入れ標準物質とし, 温度範囲
30-900oC, 昇温速度 10oC/min, N2 ガス雰囲気下の条件
で測定を行った. 比較として水酸化カルシウムおよび
炭酸カルシウムも同様に測定を行い, 水酸化カルシウ
ムの脱水反応, および炭酸カルシウムの脱炭酸反応の
生じる温度の確認を行った.
A-CSHs 中に含まれるケイ酸鎖の鎖長および構造を
調べるため, 29Si に対してマジックアングルスピニン
グ法を用い核磁気共鳴分光解析 (29Si MAS NMR) を行
っ た . 装 置 は AVANCE400 spectrometer (Bruker, MA,
USA)を用い, 回転数 7.0kHz, 緩和時間 60 秒, 試料温度
30oC の条件で測定を行った. A-CSHs を 8000×g で 10
分間遠心分離し, 上清を取り除いたものを試料として
用いた.
リン回収実験には, 人工消化汚泥脱離液を用いた 9,).
2
リンの科学と技術 No. 1, 2017
早稲田大学総合研究機構リンアトラス研究所
非晶質ケイ酸カルシウム
人工消化汚泥脱離液は大阪府内の下水処理場において,
2011 年 2 月に採取された消化汚泥脱離液と同等の pH
干渉能を持つ溶液であり, 0.392 g/L KH2PO4, 1.89 g/L
NH4Cl, 3.36 g/L NaHCO3 からなる. 今回の実験では炭
酸の影響を排除するため, 前述の組成のうち炭酸水素
ナトリウムを除いた溶液で実験を行った.リンを含む
緩衝液 500 mL に対し, A-CSHs スラリーを Ca/P モル比
が 3.0 となる添加量である 9.9 g 添加し, 60 分撹拌した,
その際に撹拌 0 (添加前), 5, 10, 20, 30, 60 分でサンプル
を 1 mL 採取し, リン濃度, ケイ酸濃度, Ca2+濃度を測
定した. また同様の実験を, リン酸を含まない緩衝液
500 mL で行い,リンの有無による A-CSHs のケイ酸,
Ca2+放出量の比較を行った.
A-CSHs を用いた沈降実験は, リン酸を含み炭酸を
含まない人工消化汚泥脱離液に対し, まず CaCl2 を
Ca/P モル比が 3.0 となる 0.32 g 添加し, その後 pH を
8.5 まで上昇させることにより, CaHPO4·2H2O (ブラッ
シュ石)を形成させた. 60 分後, A-CSHs を 3.3 g 添加し
さらに 60 分撹拌した. 60 分反応後の液を 500 mL 容の
メスシリンダーに素早く移動させ, 沈降の様子を観察
した. 比較として A-CSHs をリン酸を含み, 炭酸を含
まない人工消化汚泥脱離液に Ca/P=4.0 となる 13.2 g 添
加し 60 分反応させた液を同時に沈降させた.
リン回収後の A-CSHs (A-CSHs-P)を得るため, 炭酸
を除いた人工消化汚泥脱離液に A-CSHs を Ca/P モル
比が 3.0 となるように添加し, リン酸と A-CSHs をリ
ン酸と反応させた. 60 分反応後, 溶液を吸引濾過する
ことによって固形物を回収し, 得られた固形物を蒸発
皿上で薄く延ばし真空乾燥することで A-CSHs-P を得
た. A-CSHs-P に含まれる Ca, Si, P の各元素の分布を測
定するため, エネルギー分散型 X 線分析 (EDS)を行っ
た(JED-2300F、日本電子).
3.
Fig. 4
遠心分離後の A-CSHs 脱水ケーキの 29Si NMR 測定
の結果を Fig. 4 に示す. 29Si NMR 測定の結果, -80.2, 84.6, および-86.4 ppm の位置に 3 つのピークが確認さ
れた. また波形分離後のそれぞれのピーク面積の比は
57.6:12.7:29.8 (4.6:1:2.4)であった. A-CSHs 中には SiO2
が 42% (w/w), CaO が 39% (w/w)含まれ, SiO2 の分子量
が 60, CaO の分子量が 56 であることから, A-CSHs の
Ca/S 比は 1.0 と推算できる.
ケイ酸ポリマーを構成する SiO4 四面体の表記には
Qn 表記を使用するのが一般的であり 12), -80.2, -84.6, お
よび -86.4 ppm のピークはそれぞれ下記の Q1, Q2p, Q2Ca
に相当する 12). ここで Q は SiO4 四面体を意味してお
り, Q1 は「1 つのケイ酸原子と 3 つの水酸基と結合し
ている SiO4 四面体」であり, Q2p は「2 つのケイ酸原子
および 2 つの水酸基と結合している SiO4 四面体」, Q2Ca
は「2 つのケイ酸原子と 2 つのカルシウム原子と結合
している SiO4 四面体」である. それらの構造を Fig. 5
に示す. なおケイ酸ダイマーも Q1 で表現されるが, ケ
イ酸ダイマーは可溶性であるため, A-CSHs 構造内には
含まれないと仮定した. 3 つ以上のケイ酸原子と結合
する Q3 や Q4 四面体が存在しない場合, ケイ酸ポリマ
ーは直鎖構造を有し, その平均鎖長は以下の式より求
めることができる.
平均ケイ酸鎖長= (Q1+Q2p+Q2Ca) /Q1×2
Fig. 4 よりそれぞれのピーク面積の比は Q1 Q2p:Q2Ca
= 4.6:1:2.4 であるため, 上式より, A-CSHs の平均鎖長
は 3.5 であることが明らかとなった. Q2Ca を有すること
から A-CSHs は平均鎖長 3.5 のケイ酸ポリマーがカル
シウムイオンによって架橋された構造体であると考え
ることができる.以上まとめると、A-CSHs は①Ca/Si
= 1.0,②平均鎖長 3.5,③水酸化カルシウムおよび炭酸カ
ルシウムを含まないことが明らかになった.
仮に Si が 100 個ある状況を考えると、A-CSHs 中
に Q1, Q2p, Q2Ca はそれぞれ 57.6, 12.7, 29.8 個存在する.
Ca2+は 2 つの SiO4 四面体と結合しているため, SiO4 四
面体 1 つあたりには実質半分の Ca2+が所属しているこ
とになる. 従って Ca/Si = 1.0 の時, A-CSHs 内部では 1
つの SiO4 四面体は, Ca2+2 つと結合していると考えら
れる. ここで仮に Q2Ca のみに Ca2+が結合しているとす
ると, その際の Ca/Si モル比は 29.8 / (57.6+12.7+29.8) =
0.30 となるため, Ca/Si =1.0 であることと矛盾する.
結果と考察
合成した A-CSHs の XRF 測定を行ったところ, ACSHs 中には SiO2 42% (w/w), CaO 39% (w/w)が含まれ
ることがわかった. TG-DTA 測定の結果を以下の Fig. 3
に示す. A-CSHs を測定した結果, 400°C から 500°C
での水酸化カルシウムの脱水反応による吸熱ピークお
よび重量減少, 700°C から 800°C 付近での炭酸カル
シウムの脱炭酸反応による吸熱ピークおよび重量減少
はいずれも見られなかった.
Fig. 3
A-CSHs の 29Si NMR 測定結果
A-CSHs 乾燥粉体の TG-DTA 測定結果
3
宮丸
他
Fig. 7
Fig. 5
Q1, Q2p および Q2Ca の構造
このため Q2Ca 以外に, Q1 も Ca2+との結合に関与するこ
とが示唆される. 分解能の低さから 29Si NMR スペク
トル上では確認できないが, Q1 は Q1p, Q1Ca1, Q1Ca2, Q1Ca3
(p, Ca1-3 は結合する Ca2+の数が 0-3 の時を意味する)と
いった複数の種類に分類できると考えられる.
Q2Ca には 29.8×2=59.6 個の Ca2+が結合しているた
め, 残りの 200-59.6=140.4 個の Ca2+は Q1 に結合してい
ると考えられる. Q1 に含まれる酸素原子の数は 57.6×
4=230.4 であるため, Q1 に含まれる 4 つの O のうち 2
つ強の O (140.4/230.4×100=61%であるため)が Ca2+と
結合していると考えられる. このことより Q1 の平均
構造は, Fig 6 のように表わされることがわかる.
以上の考察を元に Q1, Q2p, Q2Ca に含まれる元素の数
を算出することができる. まず Q1 には Si が 57.6 個存
在する, Q1 に所属する Ca2+の量は Q1 に結合している
Ca2+の個数 140.4 の半分の 70.2 である. H の数は Q1 に
Fig. 6
A-CSHs 内での Q1 の平均構造
29
Si NMR 解析から推定される A-CSHs の構造
含まれる O のうち, Ca にも他の Si にも結合していな
い O の数と一致するので, H の数は, 57.6×4-140.4-
57.6 = 32.4 (Q1 に含まれる O の個数-Ca に結合してい
る O の個数-他の Si に結合している O の個数)となる.
O の数は 57.6×0.5+140.4+32.4 = 201.6 (-Si-O-Si-由来の
O の量+-O-Ca 由来の O の量+ -OH 由来の O の量)で
ある.
Q2p には Si が 12.7 個, H が 12.7×2 個=25.4 個, O が
12.7×2×0.5+12.7×2=38.1 個 (-Si-O-Si-由来の O の量
+ OH 基由来の O の量)含まれている. そして Q2Ca には
Si が 29.8 個, O が 29.8×2×0.5+29.8×2=89.4 個, Ca が
29.8×2×0.5=29.8 個含まれている. これらの情報をま
とめると, A-CSHs の分子式は(Ca3.5(SiO3.3)3.5H2)n と表す
ことができ, これを満たす A-CSHs の構造は Fig. 7 の
ようになる.
次に、推定された A-CSHs の構造を考慮して、リン
回収の機構について検討を行った。まず、リンを含ま
ない緩衝液における上清への A-CSHs からの Ca2+およ
びケイ酸の放出量を Fig. 8(A)に, リンを含む緩衝液に
おけるリン酸の量および上清への A-CSHs から見かけ
上の Ca2+, ケイ酸の放出量を Fig.8(B)に示す. リンを含
まない緩衝液では, 60 分後の上清には 2.7 mmol の Ca2+
および 1.7 mmol のケイ酸イオンが放出されていた. 添
加した A-CSHs 中にはそれぞれ 4.3 mmol の Ca, およ
び Si 元素が含まれているため, それぞれの総量に対す
る放出量は Ca2+が 62%, ケイ酸が 39%であった. リン
を含む緩衝液では, 60 分後の上清中には 0.04 mmol の
リン酸, 0.6 mmol の Ca2+および 2.1 mmol のケイ酸が含
まれていた.
リン回収物の沈降試験の結果を Fig.9 に示す. リン
酸に A-CSHs を添加した沈殿物はリン回収物が沈んで
上清が清澄であるのに対し, CaHPO4·2H2O に A-CSHs
を添加したものは, A-CSHs と CaHPO4·2H2O とが分離
して沈降し, 上清にもリン回収物が含まれている状態
であった. A-CSHs によるリン回収物 (A-CSHs-P)の
EDS による Ca, Si, P の元素分布解析の結果を Fig.10 に
示す. A-CSHs-P において, Ca は回収物の全域に均等に
分布していることが確認された. これに対し, Si およ
び P は分布に偏りが見られ, Si の分布が多い部分では,
P の分布が少なく, また Si の分布が少ない部分では, P
の分布が多いという結果となった.
A-CSHs のリン回収メカニズムについては、加賀見
4
リンの科学と技術 No. 1, 2017
早稲田大学総合研究機構リンアトラス研究所
非晶質ケイ酸カルシウム
(A)
(B)
Fig. 11 加賀見による A-CSHs によるリン回収機構の仮説.
④の反応からなる. すなわち、①A-CSHs が溶液中で一
部解離し Ca2+を放出する. ② 放出された Ca2+がリン
酸水素イオン HPO42- (中性付近で優勢なリン酸イオン
種)と反応し, CaHPO4·2H2O (ブラッシュ石)を形成する
14)
. ③解離せずに溶液中に残存した A-CSHs がブラッ
シュ石と水和物同士の相互作用により凝集体を形成す
る.④凝集体の形成により共沈作用が強くなり沈降す
る.これらの反応は以下の 3 つの平衡式によって表す
ことができる.
Fig. 8 リン酸を含む(A)および含まない(B)緩衝液での
A-CSHs からの Ca2+および H3SiO4-の放出
(Ca3.5(SiO3.3)3.5H2)n + 10.4 m H2O ⇄
(Ca(3.5-1.7m/(n-m))(SiO3.3)3.5H(2+0.6m/(n-m)))(n-m) + m(SiO3.3H2.6)3.5
+ 5.2mCa2+ + 10.4mOH- (A-CSHs の解離)
KH2PO4 ⇄ K+ + H+ + HPO42- (pH 7-9 付近でのリン酸イ
オンの解離)
Fig. 9 リン回収物の沈降性試験結果 (10 min 後)
(左)リン酸に A-CSHs を添加 (右)CaHPO4·2H2O に A-CSHs を
Ca2+ + HPO42- + 2H2O ⇄ CaHPO4・2H2O (aq)
CaHPO4・2H2O (aq) ⇄ CaHPO4・2H2O (s) (Ksp = 1.0× 10-19)
(ブラッシュ石の形成および沈殿 15))
添加したもの.
この平衡式で A-CSHs のリン回収メカニズムが説
明できるならば, リンを含む緩衝液においては, ACSHs より放出される Ca2+が, ブラッシュ石の形成に
よって消費され, A-CSHs の解離が促進されるため, リ
ンを含まない緩衝液より A-CSHs の分解が進むと考え
られる. しかし, リンを含まない溶液では, A-CSHs か
ら 2.7 mmol の Ca2+が放出されているのに対し, リン
を 含 む 溶 液 で は リ ン 酸 と 反 応 し た Ca2+ が す べ て
CaHPO4 ·2H2O の形成に使用されたと考えると, ACSHs からはリン酸と反応した 1.5 mmol および上清中
に残った 0.6 mmol の計 2.1 mmol の Ca2+が放出された
と考えられる. リンを含まない溶液での Ca2+放出量が,
リンを含む溶液での Ca2+放出量より多くなっているこ
とから, A-CSHs によるリン回収メカニズムは従来の仮
説のようなブラッシュ石の形成によるものではなく別
のメカニズムによって起こっていると考えられる.
Fig. 9 に示したように A-CSHs はブラッシュ石では
なくリン酸と直接反応させた場合, リン回収物の沈降
性が良いという結果が得られた. この結果からも ACSHs はブラッシュ石と反応をして沈降しているので
Fig. 10 リン回収物の SEM 像と EDS による元素マッピング
(左上)SEM 像 (右上)カルシウム (左下)ケイ素 (右上)リン.
により Fig. 11 のような仮説が立てられている 13). この
仮説によると, A-CSHs によるリン回収は以下の①から
5
宮丸
他
石のみが形成されるものの, ブラッシュ石の重量が短
時間での自然沈降をするには軽いため, 沈降率が低い
ものと考えられる.
A-CSHs は, リン酸とケイ酸ポリマーが置換するこ
とで, A-CSHs 内にリン酸が取り込まれ,Ca2+と結合し
A-CSHs-P となり, A-CSHs の自重によって沈降が進む
と考えられる. ケイ酸とリン酸が置き換わる反応であ
るため, 炭酸イオンによる阻害を受けずリン酸が ACSHs に取り込まれることで, リン酸カルシウムの自
重だけでなく, A-CSHs の重量も沈降に関与するため沈
降性が良いと考えられる.
謝 辞
Fig. 12 本研究による A-CSHs によるリン回収機構の仮説
はなく, 溶液中のリン酸と直接反応しているものと考
えられる. また Fig.10 に示すように,リンのシグナル
が高い場所では, Si のシグナルが低くなっており, Si の
シグナルが高い場所は, P のシグナルが低くなってい
る.この結果は,リン酸と A-CSHs 中のケイ酸ポリマ
ーとが置き換わっていることを示唆する. 以上のこと
から A-CSHs によるリン回収メカニズムは, リン酸と
ケイ酸ポリマーによる置換反応であると考えることが
できる. この仮説の概略図を Fig. 12 に示す.
この仮説によると, A-CSHs-P は A-CSHs 自身の自重
によって沈降するため, 高い沈降性を示すと考えられ,
A-CSHs-P の沈降性が良いという従来の実験結果をう
まく説明する.
4.
結論
A-CSHs は平均鎖長 3.5 のケイ酸鎖が Ca2+によって
架橋した構造体である. A-CSHs の構造に関する知見は,
高機能なリン回収材の合理的な開発に有用であると考
えられる. 現在 Si 源として用いている M-rite は鉱物資
源であるため, わずかながらコストがかかる, しかし
A-CSHs と同様の構造を持つ物質を廃コンクリートな
どのケイ酸を多く含む資材から合成することができれ
ば,コストをひき下げることができると考えられる.廃
棄にコストがかかる資材から高効率でリンを回収する
資材を開発することができれば, 廃棄物処理のコスト
削減になるばかりか,リン回収コストも削減できると
考えられる.
A-CSHs を用いたリン回収法では, 従来の回収材と
は異なるメカニズムを持つことが示唆された. 従来の
水酸化カルシウムや塩化カルシウムなどの回収材を用
いたリン回収のメカニズムは Ca2+が放出され溶液中の
リン酸と反応し, 溶液中の pH に応じてブラッシュ石
などのリン酸カルシウム塩を形成するというものであ
る. そのため, 水酸化カルシウムを用いた場合は, 溶
液中の pH が上昇し, 炭酸イオンが形成される. そして
炭酸イオンが Ca2+とリン酸の反応と競合し, リン酸カ
ルシウムだけでなく, 炭酸カルシウムも形成するため,
リン除去率の低下やリン回収物のリン含有量の低下に
つながる. 塩化カルシウムを用いた場合, ブラッシュ
本論文を執筆するにあたり, 終始御指導ならびに御
鞭撻を賜りました大竹久夫教授, 本田孝祐准教授, 岡
野憲司助教に心より感謝申し上げます.
本研究を行う上で欠かすことのできない資材や御
助言を賜りました, 太平洋セメント株式会社、小野田
化学工業株式会社, 三國製薬工業株式会社の関係者の
皆様に厚く御礼申し上げます.
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リンの科学と技術 No. 1, 2017
早稲田大学総合研究機構リンアトラス研究所
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本論文は、大阪大学大学院工学研究科生命先端工学専
攻生物工学コース生物化学工学領域平成 26 年度修士
論文「非晶質ケイ酸カルシウム水和物を利用したリン
回収技術のリン回収機構の解明」より抜粋したもので
ある。本論文の一部は、Okano, K., Miyamaru, S., Kitao,
A., Takano, T., Aketo, T., Toda, M., Honda, K., and Ohtake,
H. A possible mechanis of phosphorus recovery by
amorphous calcium silicate hydrates (A-CSHs). Sep. Purif.
Technol., 149: 63-69 (2015)に発表されている。
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