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アグロエコロジーに 何を学ぶか - オルター・トレード・ジャパン
アグロエコロジーに ! 何を学ぶか ! ! ! ブラジルのオルタナティブ オルター・トレード・ジャパン オルタナティブ・スタディーズ No3 アグロエコロジーが提起するもの アグロエコロジーという、たぶん日本ではまだ耳慣れない言葉が今、急速に世界で注目を集めている。 農業のアグロとエコロジーを合わせた言葉だが、有機農業の別名ではない。「カタカナではわからない。 日本語にしなければ」、という声が聞こえてくる。確かにそうだ。しかし、それはなかなか困難な作業で もある。一言で定義しようとしても、容易ではない。 アグロエコロジーとは何か? 京都大学の久野秀二氏の定義が本質を突いていると思われる。「アグロ エコロジーは環境面だけでなく、経済、社会、文化の多様性、生産者と消費者の主体性の向上を目指すも のであり、現行の農業食料システムで破壊されてきたものを取り戻すための試みである」(日本農業新聞2012 年9月3日)。だから農業手法に直接関わらないことでもアグロエコロジーでは重視されるものがある。たと えばアグロエコロジーにとって、ジェンダーの問題は避けては通れないものである。 ラテンアメリカでのアグロエコロジーの流れを簡単に紹介しておこう。70年代、世界的に有機農業が盛 んになってくる時代、専門の研究者たちが古代、あるいは先住民族、伝統的住民の農法に積極的要素を見 出していく。その中心人物、ミゲル・アルティエリ氏(チリ出身。現在カリフォルニア大学バークレー校 教授)の著書『アグロエコロジー』が80年代末以降、ラテンアメリカの民衆運動の中で読まれていく1。 ラテンアメリカでは植民地時代に生み出された大土地所有が圧倒的な力を持っている。それに対して、 農業労働者たちが農地改革によって土地を得て農民となり、市民組織の支援のもとで農業の実践を行なっ ていたり、また伝統的な小農民、先住民族やキロンボ(黒人共同体2)などが世代にわたり引き継がれてい る小規模農業を行っているが、多くの場合、遺伝子組み換え企業を筆頭とするアグリビジネスの圧迫のも と、生存をかけて闘わなければならない状況に追い込まれている。このアグロエコロジーは彼らがアグリ ビジネスと闘い、農民として生き残っていく上で有効な力を発揮しており、圧倒的な支持を得るに至って いる。そしてその賛同は世界各地に拡がり、アジア、アフリカはもとより欧米含めて、オルタナティブを 求める人びとの間で語られない日がほとんどない勢いだ。 アグロエコロジーは単なる農業実践に留まるものではなく、それ自身が科学であり、そしてその実現を 求める運動であるとされる。つまり、農業実践と科学、消費者を含む運動が一体となったものであると理 解されている。農民や消費者の主体的な役割を重視しながら、科学の力を活用して、実現可能で、維持可 能な農業と食のシステムを作り出す。生産性においても、アグリビジネス型農業に比べて、むしろ高く、 世界の人口を維持する能力がアグロエコロジー的生産には十分あると言われている。 ! ブラジルでは下からの民衆運動による積み重ねによりアグロエコロジーは全国に広がり、ついには2012 年に政府の政策に取り入れられるに至り、今や、アグロエコロジーの推進に向け、農民の支援や大学での 研究が本格的に始まっている。 こうしたアグロエコロジーは草の根の活動のみならず、全国レベル、そして国際レベルでの動きにもなっ 1 Miguel A. Altieri “AGROECOLOGIA - Bases científicas para una agricultura sustentable” 英語版もある 2 奴隷制時代に奴隷主の元から逃亡した黒人たちが作り上げた共同体。ブラジルで2000以上存在し、一部は先住民族とともに先住者としての権利 が認められている。 !2 ている。たとえば、国連でも食料への権利特別報告者のオリビエ・デ・シュッター氏はアグロエコロジー こそ世界の飢餓、食料危機、気候変動に対するオルタナティブであり、今こそ世界はアグロエコロジーの 推進に舵を切らなければならないと断言している。3 ラテンアメリカやアジア、アフリカばかりではない。すでに英国やフランス、米国などでもこの動きが 始まっている(これについてはこの冊子の末尾に簡単な略年表を加えたので参考にしていただきたい)。 ! 持続不可能な「緑の革命」と気候変動 特に米国で発達した大量の化学肥料と農薬使用を前提とした農業は、「緑の革命」として世界に広めら れつつある。そしてその究極の「緑の革命」、あるいは第2次緑の革命と言われる遺伝子組み換えにより、 世界での化学肥料と農薬使用は拡大を続けている。 この「緑の革命」を一言で言えば、化石燃料を畑につぎ込んで生産性を上げようというものだ。しか し、これは持続できない。この化学肥料や農薬は化石燃料から作られるが、化石燃料はいずれ枯渇してし まう。さらに土壌はこの投入によって崩壊してしまう。この緑の革命を集中的に行った地域では土壌崩壊 が深刻な問題となっている。土壌中の有益なバクテリアが死滅し、保水能力も失われる。そして土壌自身 が流出してしまう。 水資源が枯渇し、引き起こされる局所的な気候変動。米国で猛烈な竜巻や干ばつ、洪水が毎日のように 報道されている。個々の変化と農業との科学的な因果関係の証明は容易ではないが、農業セクターは実は 気候変動効果ガスの最大産出セクターである。 アグロエコロジーではエネルギー代謝を重視する。農業活動は太陽エネルギーを使うことでエネルギー を効果的に取りこむ活動だった。しかし、これは緑の革命により、逆にエネルギーを消耗する活動にな る。つまりかつてはエネルギーを得る活動だったのに、化石燃料を投入してそのエネルギーよりもより少 ないエネルギーを得る活動になってしまう。いくら有機であったとしても、このエネルギー代謝を越える ようなエネルギー投入をするのであればそれはアグロエコロジーとは呼べないことになる。 生態系の崩壊、気候変動により、食料生産の危機が懸念されている。そんな中、なぜ世界がアグロエコ ロジーに向かうのか、われわれもまた真剣にその議論に参加していかなければならない。実際に、日本の 中の実践においても、すでにアグロエコロジー的な要素が存在している。一方、そうした農業を追い詰め るのが強い力を持ち、グローバル化したアグリビジネスである。そうした破壊的な動きに対抗して、お互 いの成果を共有して相互の力を強めていくことが今ほど求められている時代はない。 今後、オルター・トレード・ジャパンでは世界でのアグロエコロジーに関する情報を積極的に紹介して いく予定である。ぜひご注目をお願いしたい。 その第一弾として、ブラジルのアグロエコロジー運動の中心を担っているブラジル・アグロエコロジー 連合4事務局長デニス・モンテイロ氏のインタビューを紹介する。 印鑰 智哉(オルター・トレード・ジャパン政策室室長)! 表紙の写真は第3回全国アグロエコロジー大会 2014年5月17日。撮影 Cintia Barenho氏 https://flic.kr/p/nP7Fg4 3 2010年12月17日国連総会 http://www2.ohchr.org/english/issues/food/docs/A-HRC-16-49.pdf 4 Articulação Nacional de Agroecologia (ANA) http://www.agroecologia.org.br/ !3 ブラジルでのアグロエコロジーの歩み デニス・モンテイロ氏(ブラジルアグロエコロジー全国連合事務局長)に聞く -ブラジル・アグロエコロジー全国連合(ANA)はどのように生まれましたか?! ! 2002年6月に最初のアグロエコロジー全国会議がリオデジャネイロで開かれました。この会議の中で、全国的 なネットワークの必要性が語られ、2002年末にANAの結成となりました。! それ以前はブラジル全国各地で個々のNGOが農地改革で土地を得た人びとや、伝統的住民(先住民族、黒人共 同体など含む人びと)に対して、アグロエコロジーの直接的な技術支援活動を1980年代の終わりから行ってき ていました。! これらの団体はPTAネットワークを形成していました。PTAとはオルタナティブ技術プロジェクトです5。この ネットワークは1980年代の初めに形成され、ブラジルでもっとも古いNGOであるFASE(社会教育支援組織連 合)6とつながっていました。この時代にすでに小さなアグロエコロジーの支援のプロジェクトをつなぐネット ワークが存在していたのです。こうしたネットワークは関連する社会運動ともつながっていました。 CONTAG(農業労働者連合)7、やMST(土地なし農村労働者運動)8など。2002年の会議はこうしたさまざまな 全国各地で行われていた動きを連携させていくためのものでした。そして、その他の市民組織にもアグロエコロ ジーへの参加を求めるものでもありました。! 5 6 Rede Projeto Tecnologias Alternativas Federação de Órgãos para Assistência Social e Educacional http://www.fase.org.br/ 7 CONTAG, Confederação dos Trabalhadores na Agricultura 農業労働者連盟 http://www.contag.org.br 8 MST, Movimento dos Trabalhadores Rural Sem Terra 土地なし農村労働者運動http://www.mst.org.br/ !4 こうして2002年の末にANAが設立されたわけです。このネットワークにはさまざまなアグロエコロジーに関 係する市民組織が参加しています。農民支援組織、農民自身の組織、アグリビジネスによるモデルではないアグ ロエコロジーのモデルの農業を支援する社会組織も参加しています。こうしてANAが生まれたのです。 ANAはネットワークのネットワークという性格を持っています。ANAは全国的なネットワークですが、その メンバーは地域のネットワークを持っています。ブラジル南部にはEco vida da Agroecologiaというネットワーク があります。サンパウロ含む南部の13州にまたがるネットワークですが、それもまたANAに参加しています。ブ ラジル北東部の半乾燥地域ではASA9という強いネットワークがあります。これもまたANAのメンバーです。セ ラード(ブラジル中央部のサバンナ地域)ではセラード・アグロエコロジーセンター10があり、これはセラー ド・ネットワーク11のメンバーです。こうしたネットワークがANAを形成しています。女性農民運動12、家族農 業労働者連盟13などもそのメンバーです。 最近、活発な議論を行っているのは採集人全国協議会14です。昔は全国ゴム採取人協議会15といいましたが、 名前が変わりました。セリンゲイロ(天然ゴム採取人)の他に、カスタンニャ(ナッツ)を集めるカスタニェ イロやアサイー(アマゾンの果実)の採集経済活動を行っている数々の活動を行う人たちが入っています。 ! 地域のネットワークの他に、労働組合、農民組合、農業学校や大学、農民支援団体、政府の農業関係機関関 係者も入っています。ANAにはアグロエコロジーの研究調査や政府によるアグロエコロジーの技術支援を行う ネットワークであるブラジル・アグロエコロジー協会16も入っています。この協会はアカデミックな性格を持っ ていますが、これもまたANAに参加しています。 ! ブラジルのアグロエコロジーの起源 ! ブラジルの小農民の多くは「緑の革命」の技術パッケージによる農業を使っておらず伝統的な農業を行ってい ます。化学肥料や農薬など外部資源を使うことなく、このような多様性のある家族農業が残っていることがブ ラジルの農業の豊かさです。400万の小農家は輸出向けの穀物生産や畜産をする大規模農家に比べ、耕作面積は ずっと小さいですが、こうした小農家たちがアグロエコロジーの社会的基盤なのです。 ! 1980年代はオルタナティブ農業と呼ばれていました。80年代中頃からすでに小農民にそうした技術を支援する 活動が行われていました。「緑の革命」の技術パッケージではないオルタナティブな技術革新を用いた農業支 援や普及活動が始まっていたのです。この時期は他の国でも始まっていた有機農業のノウハウなどをオルタナテ ィブな農業として具体化していきました。緑肥、有機肥料を使うことを、化学肥料を使おうとしていた農民たち に進めたり、焼き畑を止めたり、畜産との融合を進めたりすることが80年代半ばから始まっていました。 ! 伝統的な農業をやる農民たちの中にも生産性の低い結果になっていたケースもあります。焼き畑などで持続性 が十分でない農法が行われて、土壌が貧困化してしまっていることがあり、そうしたケースをNGOがその頃は オルタナティブ農業と呼ばれていた方法を導入して、持続性と生産性を上げる支援活動がこの時期に本格化して いました。 9 ASA, Articulação no Semiárido Brasileiro ブラジル半乾燥地域連合http://www.asabrasil.org.br/ 10 Núcleo de Agroecologia do Cerrado Rede Cerrado http://www.redecerrado.org.br/ Movimento de Mulheres Camponesas http://www.mmcbrasil.com.br/ 11 12 13 FETRAF, Federação dos Trabalhadores(as) na agricultura familiar)http://www.fetraf.org.br 14 CNS, Conselho Nacional das Populações Extrativistas http://www.extrativismo.org.br CNS, Conselho Nacional dos Seringueiros ABA, Associação Brasileira de Agroecologia http://www.aba-agroecologia.org.br 15 16 !5 そして、80年代の末から90年代の初頭にかけて、アグロエコロジーという概念 がよりはっきりと表現されるようになりました。この頃に発表された研究や出版 物が大きな影響を与えていきますが、アグロエコロジーは世界各地で実際に行わ れていた伝統的な農業の実践に出発しています。 伝統的な農民の知恵と科学者の知恵の対話 アグロエコロジーとはエコロジーの原理を応用した農業ですが、これは伝統的 な農民たちの知恵にその源泉があります。伝統的な農民たちを直に支援していた 団体はそうした伝統的な知識の重要性を知っていたので、このアグロエコロジー という概念はそうした活動の意義に光を当てるものとなったのです。アグロエコ ロジーという考え方は伝統的な知恵に価値を置きます。それと同時にこの知恵と もう1つの知恵との対話を行うのです。このもう1つの知恵とは科学から得るも のです。エコロジーに基づく農法の実験などで研究者たちが得た知識とを対話の 中で融合させていきます。これを私たちは「知恵の対話」と呼んでいます。農場 で実践している農民の実践と研究調査で活動している研究者のチームの成果を融 合させていくわけです。 ! ! ! 大きな影響を与えたアルティエ リ氏のアグロエコロジーの著作 1987年初版。写真はポルトガル 語版(1989年初版) ANAの前にPTA(オルタナティブ農業技術)ネットワークがあり、このPTAネットワークを生み出したのは FASEです。このネットワークが元になって、さまざまな地域の団体が生まれてきました。その団体が現在ANA のネットワークを形成しています。 大規模放牧で砂地化した土地を農地改革で得た人びとがアグロエコロジーで緑豊かな土地に。ブラジル・マトグロッ ソ州(撮影 印鑰 智哉 2013) !6 −デニスさん自身はどのようにアグロエコロジーに関わるようになったのですか? !私は農学専攻しており学生時代に小農民支援活動を始めました。90年代にFASEの資料を読みながら学生運動と して活動していました。卒業後、MSTで活動し、AS-PTAで働きました。AS-PTAはこのFASEの活動から生まれ てきたものです。AS-PTAとFASEはANAの全国コーディネートを担う中心的団体です。 ! 社会運動と環境運動の対立を超えたアグロエコロジー !−MSTは今、アグロエコロジーを掲げていますが、MSTはどのようにアグロエコロジーを採用するようになっ たのでしょうか? そしてそれは容易な道だったでしょうか? ! アグロエコロジーを掲げて動いていたさまざまな団体はすでに80年代の終わりにはMSTと共に農地改革によ って得た土地での小農支援で活動していました。ですから、さまざまな地域で、MSTが獲得した農地で外から 化学肥料や農薬を買ったりする農業ではなく、アグロエコロジーのさまざまな実践がこの時代から行われてい たのです。 ! しかし、MST自身がその重要性を十分に認識していたとは限りません。私の個人的な意見ですが、MSTの指 導者たちは長いこと、「緑の革命」による技術的近代化こそが行くべき道と信じていたと思います。そのため緑 の革命モデルを導入していたケースもありました。 ! FASEはそこで大きな活動をしました。90年代初頭の環境保護主義運動は社会問題には無関心でした。農地改 革などには関心を払ってきませんでした。その他方でMSTはその時代は環境問題には関心が弱かったのです。こ の時期は環境運動は農地改革を求める運動に反対し、農地改革を進める運動は環境運動とは紛争状態にあった と言えます。ここでFASEはこの状況に介入し、2つの運動がいっしょに動かなければならないということを働 きかけました。この2つの問題を生み出している力は一つなのですから。 ! MSTの農地改革農場のいくつかはこの「緑の革命」のモデルが導入されました。トラクターを買って機械化 し、種子を買って、この時代はまだF1の時代で、今では遺伝子組み換えですが、化学肥料と農薬を買って、生産 していたのです。その後、そうした農場では経済的に困難な状況になっていきました。なぜならこの「緑の革 命」のモデルを採用したからです。農民は借金漬けになり、生産で作り出した富は外部に行ってしまいます。 ! たぶん、10年前くらいだったと思いますが、MSTにとってもこの「緑の革命」モデルではなく、アグロエコ ロジーこそが進むべき道だということが明らかになってきたと思います。実際に地域でさまざまな運動とのネッ トワークを通じて、そうした方向がはっきりしてきました。 ! またMSTにとってビア・カンペシーナ への参加によって、世界の他の地域の経験を学ぶことによってもそれ 17 は補強されていきました。 アグロエコロジー政策の確立へ -ANAの現在のチャレンジは何ですか? ! ANAには3つの柱があります。1つは農民たちの間、現場でのポリシーの確立、2つ目はANAのネットワーク を生かしたアグロエコロジー農業政策の確立であり、3番目がアグリビジネスとの対決です。遺伝子組み換え種 子への依存を作り出したり、農薬による汚染をもたらす動きに対して対決して告発していくことです。この3つ 17 Via Campesina 1993年に設立された国際的な小農民連帯組織。加盟農民数は2億 http://viacampesina.org/ !7 がANAの活動の軸となっています。 最近は2012年の初めからブラジル政府の「アグロエコロジーと有機生産政策」について集中してきました。 2012年8月に大統領令によって確定したこの政策はANAにとってアグロエコロジーを前進させるための重要な可 能性を切り開く機会だと考えています。というのもそれまではブラジル政府の政策というものはほぼすべてアグ リビジネスによって作られ、彼らのために実行されるようなものでした。それをアグロエコロジーと小農民の ための政策に振り向けさせることができる機会となり、具体的な成果があげられる可能性が開けました。そこ でこの実行計画の策定のための政府との議論にANAも参加しています。 ANAが取り組んできている政策領域にはまず、食料保障があります。PAAとよばれる食料調達計画18がありま す。全国学校給食プログラム19(PNAE)という2つの計画は家族農業にとってひじょうに重要な政策です。な ぜなら地域の住民の食料を保障しながら、同時に地域の農家の生産の奨励とその生産物の買い取りの保障を行 う政策だからです。この2つの政策は新しいものです。PAAは2003年に作られたものですが、農村で活動する社 会運動に高く評価されています。アグリビジネスに使われている金額からしたらとっても小さなものに過ぎない のですが、ひじょうにポジティブな効果があります。小規模家族農業が公共政策に大きな役割を果たせることを 示しています。 学校給食計画はさらに新しく2009年にできたもので、給食の材料30%を地域の家族農業からの買い上げを義 務化するものです。アグリビジネスの影響が強い地域や都市部ではなかなかうまく機能していないところもあり ます。しかし、家族農業が機能しているところでは大きな効果を上げています。 この2つがANAの活動の柱の一つになっています。もう1つの領域が種子の問題です。もし、種子を守る強 横断幕:「フェミニズムなしにアグロエコロジーはありえない」第3回全国アグロエコロジー大会(ブラジル・バイ ア州ジュアゼイロ)パラ州北東部女性運動 2014年5月16日(撮影 Cintia Barenho氏)https://flic.kr/p/nP7vzF 18 Programa de Aquisição de Alimentos (PAA) 19 Programa Nacional de Alimentação Escolar (PNAE) !8 い運動、農業生物多様性を守る小農民の活動、遺伝子組み換えを種子を押しつける多国籍企業の脅威に対して種 子を守っていく活動がなければアグロエコロジーは不可能ですので、ANAの成立時からこの種子を守る活動は 中心的な関心事になっています。 ! この分野でも大きな獲得がありました。2003年の種子法は初めて、クリオーロ種子(固有種、その地域にし かない土着の種子)の存在を認めました。それ以前のブラジル法制ではクリオーロ種子は単なる穀物でしかあ りませんでした。公共政策の対象となるものではありませんでした。この種子法は全体としては企業の種子の集 中のための法ではありますが、これはクリオーロ種子の存在を公共政策の対象としてとりあげたものです。その 結果、PAAの中でもクリオーロ種子の利用が促進される政策が取られるようになりました。地域の中で農家が 作るクリオーロ種子を買い上げ、その地域のより広い農家にその利用を広げていきます。この実現にANAはエ ネルギーを注ぎました。 ! 大きな活動となっているものが女性の活動です。アグロエコロジーにおいて女性が主人公として活躍していく ことの重要性について活動しています。家族の中、地域の活動、そうしたレベルでの女性の役割の重要性を再認 識していくこと、そしてそれを国全体の政策にしていくことについて活動しています。 ! もう1つの活動は融資に関するものです。融資はアグリビジネスの牢獄に農民を入れることに使われていま す。農民が「緑の革命」を受け入れて、化学肥料や農薬とセットになった種子という技術パッケージを購入すれ ば政府による融資が認められます。ここでもANAはこの政策を変えるために活動しています。 ! 小農民への融資はルラ政権になって以降、総額でも対象となる農家の数でも大幅に増強されました。しか し、この「緑の革命」を家族農家たちに勧めるという枠内で増強されています。この政策を変えることに関して はなかなか成果を上げることができていません。 ! 農民の権利を奪う「モンサント法」 !−メキシコでは農民が種子を保存することを禁止するモンサント法案とよばれる法案が2012年に出され、メキシ コ農民の憤激を買い、廃案になりましたが、そうした面はブラジルではどうなっているのですか? ! ブラジルでは2003年に改訂された種子法は種子の生産と商業販売を規定しています。この法は実質的に小農民 の組織が種子を生産して、商業的に販売することを不可能にしています。商業販売される種子は公的に登録され ています。その点、この法はアグリビジネスのための法律だということができます。しかし、この法はよい点が あります。それがクリオーロ種子条項です。この条項はクリオーロ種子の存在を認識し、家族農家、先住民族や キロンボーラ(黒人共同体住民)のような伝統的農家によって何世代にもわたって、種子が保存されてきたこ と、そうした種子は公共政治の中で排除されてはならないものだとしています。これは重要な獲得物なのです。 ! それ以前はこのクリオーロ種子はその存在を認められておらず、公共政策でも取り上げられていませんでし た。だからこのクリオーロ種子を発展させるための政策も何も取られなかったのです。しかし、この条項によ って、その道が開かれました。いまだに十分な政策が実現しているとはいえませんし、まだまだ小さいのです が、この道が開かれたことは重要です。 ! もう1つの法律は植物品種保護法です。この法律は国や企業の研究に基づき、作物の品種を開発するための 法律です。その品種は全国植物品種登録として登録されます。クリオーロ種子はこの登録からは排除されていま す。これらに登録された品種は種子企業や研究機関の開発したものに限られます。この法律においても農民が種 子を生産して、保存し、翌年に使うということが権利として認められています。たとえばトウモロコシの種子を サンタカタリーナ州の研究所から購入した農民がその種子を周辺の農民と共有することもできます。こうした権 利を否定しようとする動きがあります。毎年、その種子を開発した企業に権利を払わなければならないとする ものです。 !9 ! 遺伝子組み換え種子の場合はその権利はもうありません。種子を買う時に、遺伝子組み換え企業が開発した 技術に対して技術料を払わなければならず、もし、その種子を保存して、翌年に使ったら賠償金を払わなければ ならなくなっています。遺伝子組み換えは農民の権利をすでに奪ってしまっています。 ! クリオーロ種子条項や植物品種保護法では遺伝子組み換えでない種子に関してはまだ農民は自分たちの種子 の権利を一定持っていると言えます。私たちの運動はその権利を奪う法案の動きを止めてきました。しかし、そ の法案の動きは常にあります。種子企業、遺伝子組み換え企業はその権利を奪おうと狙っています。20 ! 有機農業とアグロエコロジーの違い !−有機農業とアグロエコロジーは同じですか? それとも違いがありますか? ! ブラジルでアグロエコロジーを実践する農家たちには有機農業の学校を出ている人が多いです。農の実践にお いては自然を重要視するその方法などはアグロエコロジーとも共通しています。ただ、何をもって有機農業とす るかという段になると国の認証となってしまいます。 ! 有機農業は当初、消費者と直接的な関係から発達していきましたが、しかし、認証を必要となることによっ て、外部の機関に監査するという規制的な形になってしまいます。たとえば輸出向けに有機生産物を作るような 場合はこうした機関に認証を委ねることになるでしょう。こうしたあり方に対して参加型認証というもう1つの あり方があります。また有機の朝市で直接、農家が消費者に直接売るという形態もあります。これは社会的なコ ントロールの例と言えると思います。同じ有機農業の生産でもアグロエコロジー的な生産もあれば、そうでない 生産もあるということになります。 ! アグロエコロジーの提案には別の次元があります。農学的な耕作方法に留まらないものです。農業に関する諸 分野を超えた連携です。ジェンダーの問題、さまざまな社会の連携・連帯、地域の発展など、アグロエコロジー に関わる団体は土壌の問題だけを気にしているわけではありません。 ! ブラジルにおいて発達したアグロエコロジーにおいてはアグリビジネスのモデルとの共存はありえません。ア グリビジネスに対して告発し、対決せざるをえません。この姿勢は必ずしも有機農業の中にあるとは限りませ ん。有機農業をやっている人たちの中には有機農業モデルとアグリビジネスのモデルは共存ができると考えてい る人がいますが、それはアグロエコロジーではありえないのです。 ! ブラジル政府はこの有機認証の農家の数を倍増させようとしていますが、それが必ずしもアグリビジネスによ る支配から農民を守ることにはつながらないでしょう。ここ近年、ブラジルでは巨大な大豆とトウモロコシ、サ トウキビ、ユーカリのモノカルチャーが拡大し続けて、 毎年、小農民は追い詰められています。そんな中でこ うしたモノカルチャーを作り出すアグリビジネスと対 決していくことが小規模家族農民の生存にとってます ます重要になっています。! (2013年7月25日リオデジャネイロにて。! 聞き手 印鑰 智哉)! 写真左 第3回全国アグロエコロジー会議 2014年5月での種子 の交換会http://enagroecologia.org.br/2014/05/23/economiasolidaria-e-agroecologia-somando-forcas-na-construcao-dealternativas-ao-agronegocio/ 20 2014年8月 クリオーロ種子にも種子登録を義務付けることで種子支配をもたらす法案の動きが報じられた。http://www.mst.org.br/node/16432 !10 アグロエコロジー略年表 1970年 有機農業の本格化 1980年代 適正技術として有機農業の普及運動 1987年 Miguel Altieri氏(チリ人、現カリフォルニア大学バークレー校教員)のアグロエコ ロジーの著書がスペイン語で出版、89年にはブラジルでもポルトガル語版が出版さ れ、ラテンアメリカで普及 1991年 ソ連崩壊により、キューバで大規模農業モデルの放棄余儀なくされ、急速にアグロ エコロジーが進展 1990年代末 遺伝子組み換え作物の導入とその破壊に対して対抗運動としてブラジルなどでアグ ロエコロジー運動に注目が集まり始める 2002年 アグロエコロジー全国会議(ブラジル)開始、全国的に民衆運動としてアグロエコ ロジー運動への取り組みが本格化。 2002年! ブラジルでアグロエコロジー全国連合(ANA)が発足 2003年 ブラジルで種子法、クリオーロ種子条項で農民の種子の権利の認知 2008年∼ 世界食料危機。FAOなどの国際機関が方針転換 2010年12月 国連総会で食料への権利特別報告者のOlivier De Schutterが人権の食料への権利のた めに企業的大規模農業ではなく小規模生産者によるアグロエコロジーへの転換を求 める報告を行う。 2012年8月 ブラジルで「アグロエコロジーと有機農業生産政策」確立。アグロエコロジーがブ ラジル政府の政策に 2013年1月 イギリスでアグロエコロジー同盟結成、政府がアグロエコロジー推進政策を取るよ うに活動を本格化 2013年5月 フランス、農業省、アグロエコロジー推進プロジェクトを開始 2013年9月 国連貿易開発会議(UNCTAD)報告書『手遅れになる前に目覚めよ』で、大規模企 業的農業から小規模農業、アグロエコロジーへの転換を求める 2013年10月 国連食糧農業機関(FAO)、家族農業・アグロエコロジー推進のためVia Campesina と連携を発表 2013年10月 ブラジル「アグロエコロジーと有機農業生産政策」の実行がスタート。 2014年 国際家族農業年 2014年2月 インド、アグロフォレストリー政策策定(農民の権利にたった世界でも類のない政策) 2015年 国際土壌年 !オルタ・トレード・ジャパン政策室ではアグロエコロジーに関する情報を適宜、下記Webサイトで アップデートしていきます。 http://altertrade.jp/alternatives/agroecology ご注目ください! !11 今回収録したインタビューは2013年7月31日から8月3日まで ブラジル、サンパウロ州ボトゥカトゥ市で開かれた第3回アグロ エコロジー国際会議の前に、リオデジャネイロで行ったものです。 この第3回アグロエコロジー国際会議には3000人近い人びとが集 まり、インドからはバンダナ・シバ氏とブラジルのMST(土地な し農村労働者運動)のリーダーのジョアン・ペドロ・ステジル氏、 SOCLA(ラテンアメリカ・アグロエコロジー学会)のミゲル・ア ルティエリ氏が基調講演を行いました。ブラジルやラテンアメリ カを中心に、欧米やアジア、アフリカの参加者も来ていました。 ブラジルでは各地域での会議に加え、全国会議、国際会議が頻 繁でしかも、大きな規模で開かれているのには驚かされます。言 葉の近いラテンアメリカでは成功した実践はすぐに広まります。 アグロエコロジーはブラジルのみならず、ラテンアメリカに大きな動きとなっています。日本にも日 本独自の有機農業、産直、生協運動があり、こうした経験の交流は確実に大きな意味を持つと思われ ます。 このブックレットをきっかけにそうした経験の交流が生まれることを切に祈っています。 オルター・トレード・ジャパン(ATJ)は、バナナやエビ、コーヒーなどの食べ物 の交易を行う会社です。現在、食生活をはじめとし、私たちの生活はあらゆる 部分で世界の人々の生業や暮らしと密接につながっていますが、その交易を支 配しているのはごく少数の機関や企業です。ATJは生産と消費の場をつなぐ交易 を通じて「現状とは違う」、つまり「オルタナティブ」な社会のしくみ、関係を作り出そうと、生協や産 直団体、市民団体により設立されました。 !オルタナティブ・スタディーズ・バックナンバー ATJでは世界のオルタナティブな取り組みを紹介していきます。その内容はATJWebサイトからすべて無料で ダウンロードできます。 http://altertrade.jp/aboutus/publications オルタナティブ・スタディーズ・シリーズ No.1 『バナナと日本人』以後のバナナと日本人を考えるために」 2014年6月6日発行/A4 24ページ 2014年3月16日に行われたセミナーの内容を収録。バランゴンバナナの可能性と、 一方でのプランテーションの問題を概観。 ! オルタナティブ・スタディーズ・シリーズ No.2 「国際家族農業年と人びとの食料主権」 2014年7月28日発行/A4 28ページ 2014年6月14日に行われたセミナーの内容を収録。国際的な小規模家族農業を重視 する潮流の背景に焦点を当てる。 ! ATJオルタナティブ・スタディーズ・シリーズ No.3 アグロエコロジーに何を学ぶか ブラジルのオルタナティブ 2014年9月18日発行 編集・発行 株式会社オルター・トレード・ジャパン(ATJ)政策室 〒169-0072 東京都新宿区大久保2-4-15サンライズ新宿3F TEL:03-5273-8163 FAX:03-5273-8162 !12