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強い農林水産業に資する 予算をどう作っていくか

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強い農林水産業に資する 予算をどう作っていくか
特集
1
高村 泰夫
山川 清徳
佐藤 隆夫
Ya s u o TA K A M U R A
K i y o n o r i YA M A K AWA
Ta k a o S AT O
主計局主計官
(農林水産担当)
[平成2年入省]
主計局主計官補佐
(農林水産第一係)
[平成12年入省]
主計局主計官補佐
(農林水産第三係)
[平成14年入省]
農業関連予算対談
強い農林水産業に資する
予算をどう作っていくか
予算編成
はじめに
TPP(環太平洋パートナーシップ)協定が、平成27年
10月のアトランタ閣僚会合において大筋合意に至り、平
成28年2月のニュージーランド・オークランドで各国代表
により署名されました。TPP協定は我が国経済の成長を
するだけではなく、
コメの生産コストを4割も下げるような大区画
佐藤 我々は納税者の視点から議論することが基本です
化や、
高収益作物への転換を図るための水田の畑地化など
が、
単に予算額が減ればいいというわけではなく、
同時に農林
に的を絞りました。
また②高性能な農業機械や施設の導入
水産業をより強くするものでなければなりません。平成28年度
高村 今回の予算編成プロセスは例年にも増して本当にお
補助については、
生産コストの10%削減などの計画をしっかり
予算は厳しい予算編成でしたが、
経済界の人材を農業界に
疲れ様でした。通常の予算に加え、農林水産分野における
立ててもらうことにしました。
「経営安定対策」については、
例え
取り入れる新事業を後押しする予算を新たに計上するなど、
TPP関連対策の策定が最大の焦点でしたね。一度に2年
ば、牛肉や豚肉の枝肉の販売価格が生産コストを下回った
農業経営の質を向上させる予算は増額できました。
自立した
分の予算編成を行ったかのような、
密度の濃い、
かつ達成感
ときに国と生産者が拠出した積立金から補てんする制度で
農業「経営」を促していくことが必要との考えからです。一方
のある予算編成プロセスでした。農林水産省と議論を尽くし、
は、TPP協定発効後は補てん率を引き上げることとしました。
で、
既存の政策や仕組みの見直しを行うことは簡単ではない
知恵を出し合って、
広く国民の理解が得られる効果的な政策
「体質強化」をしっかりと進め、生産コストを引き下げることに
のが事実です。
パッケージを示すことができたと思います。
よって、仮に価格が低下したときでも
「経営安定対策」による
高村 農業政策で言えば、
やはりコメに関する政策や仕組
山川 基本としていたことは2点あったと思います。
一つは、
農
補てんが出ずに、
安定した経営が続けられるようなケースが増
みの見直しが焦点になりますね。昔は政府がコメを全量買入
林水産業に携わる方々の不安を払拭し、
農林水産業の担い
えれば望ましいと考えています。
れし、過剰米の処理に兆単位の国費が費やされ、減反を行
手が経営の発展に積極果敢に取り組めるようにしなければな
高村 個々の対策の内容や必要額については、
主査が粘り
いました。
それが今では、
コメの流通は自由化され、
政府による
らないこと。
もう一つは、
ウルグァイ
・ラウンド対策に向けられた批
強く農水省と議論してくれました。
おかげで、
私は全体の方向
国産米の買入れは備蓄の目的に限定されています。
こうした
判を再び受けるようなことはあってはならないということ。
こうした
性について、
農水省や各方面と議論を行い、
調整することに仕
政策の前進は、
もちろん政治的な意思決定によって決まるも
決意で臨みました。
事の重心を置くことができました。
どんな仕事もチームワークが大
のですが、
そこには、
その時々の主計官や主査が、
農水省と財
佐藤 今回、我々はウルグァイ・ラウンド対策への批判を振り
事だと思いますが、
私自身の主査の経験を踏まえても、
予算編
政・農政それぞれの立場を超えて、
あるべき姿について徹底
返ることから始めました。
ウルグァイ
・ラウンド農業合意が我が国
成の仕事では、
それぞれの責任とやりがいが大きいと思います。
的に議論を尽くしてきたことが貢献していると感じます。
農業・農村に及ぼす影響を緩和するため、
平成6年から平成
山川 今回、十数年に一度というような歴史的な仕事に関
佐藤 最近の例としては、
平成26年度予算編成が挙げられ
13年にかけて、
事業費約6兆円、
国費約2.7兆円もの対策が
われたのは本当に良い思い出で達成感があります。当時は
ますね。
コメの生産調整への参加を要件とする補助金の廃止
実施されました。
しかし、事業の中身よりも金額の議論が先行
精神的にも体力的にもとても辛かったですが、農水省とは信
に伴い、
いわゆる「減反の廃止」の方向性が打ち出されまし
したのではないか、農業の体質強化策とは直接関係のない
頼関係があるので何とかなったのだと思います。
た。
稲作の競争力を高めるために大きな前進と考えられます。
山川 コメに限らず、
既存の制度について問題意識を持つこと
事業が実施されたのではないか、
といった批判がありました。
こ
れも踏まえて今回は、TPP関連対策として必要な事業の政
農林水産業の成長産業化に向けた
を心がけています。
個別の予算の査定だけではなく、
そこから一
策目的や手法、成果指標の設定などについて、農水省と徹
徹底的な議論と不断の見直し
歩離れて、
農水省とフリートーキングをすることはよくありますし、
農業の最新の動向や農業政策への批判が記された文献に
底的に議論していきました。
高村 その際、
まずは大きな枠組みを整理したことがよかった
高村 TPP関連対策は、
農林水産業の体質強化を急ぐ必
当たるとか、
先進的な農業者と意見交換するとか、
そうした形で
ですね。
生産コストの低減や収益力の向上を図る
「体質強化
要があるので、
平成27年度補正予算に計上しましたが、
もちろ
問題意識を持って従来の政策や制度を見るようにしています。
た不安の声も聞かれます。また、TPP協定の有無に関わ
策」はTPP協定発効前から迅速に取り組むこととし、
一方、
農
ん並行して、
平成28年度予算もしっかりとしたものを作成すると
高村 TPPのような重要で難しい課題に対して政策をゼロ
らず、日本農業の改革は待ったなしです。例えば、平成26
業経営の安定の備えとなる
「経営安定対策」の充実は、
関税
いう課題があり、
全力で取り組みましたね。
コメからの転作の拡
から形作っていくこと、
また、
これまでの政策の中身や方向性を
年の農業総産出額は約8.4兆円ですが、平成6年と比べ
が実際に下がり始めるTPP協定発効に合わせて実施するとい
大により転作の助成金が約300億円、
農地の大区画化等を
よりよい方向に動かしていくこと、
そうした政策形成・見直しを
約2.9兆円減少しています。農業従事者の年齢構成(平成
うことを基本的な方針としました。
これにより、
どのような施策をど
目指す土地改良予算が約230億円の増額となりましたが、
予
通じて、
日本の経済・社会にインパクトを与えていくということが、
26年)を見てみると65歳以上が63%を占め、平成16年
のタイミングで講ずるのかが明確になり、
また、
農業者以外の国
算全体を改めて点検しながら編成作業を行い、
結果的には農
霞ヶ関の仕事の醍醐味であり、財務省で経験できるチャンス
の54%と比較すると大きく増加しています。こうした中で
民の方々にも理解されやすくなったのではないかと思います。
林水産関係予算の総額は約2.3兆円で、
前年と同額程度とな
は非常に多いですね。
様々な政策を実際に動かしている職員
行われた平成27年度補正予算と平成28年度予算の編成
山川 その上で、成果が着実に上がるよう、
「体質強化策」
りました。
将来世代に負担を先送りしないためにも、
予算を聖域
の話を聞いてもらって、進路を決断する際の参考にしてもらえ
を、担当主計官と主査2名が振り返ります。
については、
例えば、
①土地改良事業では、
単に農地を整備
なく見直して改善を図ることが私たちの大事な仕事ですね。
たらと思います。
大きく後押しするものと考えられますが、
「安価な輸入品が
増加し、国内農業に悪影響を与えるのではないか」といっ
19
農林水産分野におけるTPP関連対策
(平成27年度補正予算)
20
特集
BEPSプロジェクト
2 多国籍企業による租税回避との戦い
はじめに
リーマンショック以降、
各国が悪化した財政状況を立て直すために、
より多くの国民負担を求める中、
多国籍企業が国際的な税制の隙間を利用した租税回避スキームを用いることで、
税負担を軽減していることが大きな問題となっています。
多国籍企業による租税回避に対応するため、
OECD租税委員会は2012年6月にBEPSプロジェクトを立ち上げました。
G20と共同で進められたBEPSプロジェクトは、
2015年10月に最終報告書が公表されました。
日本代表としてBEPSプロジェクトに取り組んだ主税局の担当者が、
国際課税をめぐる現状について対談します。
髙橋 BEPSプロジェクトの最終報告書が無事2015年10
自国の税収の最大化を目指します。
そのため各国の課税権が
月に公表されましたが、国際課税の歴史上、最も画期的な
競合する国際課税分野は、
本質的に各国間での税収の争奪
取組みと言われるプロジェクトだけあって、とにかく慌た
戦という側面を持っており、
他の国際経済分野と異なり、
国際
だしい日々でしたね。
協調という理念が馴染みにくい分野です。
しかし、
多国籍企業
緒方 私も毎月のようにパリに行って各国の代表団と議論
による租税回避という共通の課題に対応するため、
BEPSプロ
するなど、公務員人生の中でも相当ハードな日々でした。
ジェクトでは、
各国が協調して国際課税ルールの再構築が行
企業の経済活動はグローバルである一方で、課税は各
われました。
言い換えれば、
BEPSプロジェクトを契機として
国独自のローカルな税制に基づいて行われます。そのた
「税の競争」から「税の協調」への第一歩が踏み出され
め、各国の税制には必然的に隙間が生じることになり、
たということができます。
多国籍企業の中には、その隙間を濫用して、グループ全
また、
中国やインドといったG20メンバーのうちOECD
体の税負担を過度に軽減する企業がいます。BEPSプロ
非加盟国の8か国も巻き込んで議論が行われたという点
ジェクトは、このような多国籍企業による租税回避に対
も大きな特徴だと思います。
国際課税分野では、
戦後一貫し
応するために、各国の税制を調和させるとともに、これま
て、
先進国クラブとも呼ばれるOECDが主導してルールを策定
なければ、
BEPSプロジェクトの成功はなかったと思います。
浅
で築き上げられてきた国際課税ルール全体を見直すもの
し、
それを新興国・途上国に展開していくという方法が取られて
川財務官の議長としての活躍、主税局スタッフの献身的
であり、極めて壮大なプロジェクトだと思います。
きました。
しかし、
新興国・途上国にはそれぞれのスタンスがあり、
髙橋 緒方さんから見て、
BEPSプロジェクトの特徴はどういうと
必ずしもOECDが策定したルールを受け入れるとは限りません
ころにあると思われますか。
でした。
新興国・途上国の税制を利用した租税回避が数多く
緒方 最大の特徴として、
国際課税の分野において、初め
存在する以上、
先進国だけでは世界的な国際課税ルールの
て「協調」という流れを作り出したことが挙げられると思い
再構築はできないことから、
BEPSプロジェクトはルール策定段
ます。
当然のことながら租税は国家歳入の中核であり、
各国は
階からG20メンバーを巻き込んで進められました。
この意味では、
BEPSプロジェクトは初めて真にグローバルなフレームワークで
国際課税に関する議論が行われたと言うことができます。
緒方 健太郎
Ke n t a r o O G ATA
主税局
国際租税総合調整官
[平成4年入省]
髙橋 緒方さんが指摘された特徴に加えて、
国際課税がこ
れまでになく大きな政治的モメンタムを得たという点も
挙げられると思います。
これまで国際課税というと、各国のtax
expertが集まって専門的な議論を行うという閉鎖的なイメージ
だったのですが、
国際課税ルールの抜本的見直しの必要性
が政治的ハイレベルでも共有された結果、
G20やG7の場にお
いて各国首脳レベルでも活発な議論が行われました。
これほど
までに国際課税が政治的に注目されたのは初めてのこと
です。BEPSプロジェクトの結果、
今では国際課税が金融・貿
21
易などと並んで国際経済分野の主要テーマになりました。
BEPSプロジェクトの成功に対し、
日本は他の参加国と比べ
ても一際大きな貢献をしたと評価されていますが、
その理由はど
こにあるのでしょうか。
緒方 主税局のスタッフが労を惜しまずに日々積極的に取り組
んでくれたことはもちろんのこと、
財務省の浅川財務官がOECD
租税委員会の議長を務めていたことが大きな理由だと思いま
す。
浅川財務官は、アジア諸国から初めて租税委員会議
長に選ばれたのですが、
とかく各国の利害が対立しがちな国
際課税の議論の中で、優れたチェアマンシップを発揮し
て、各国の意見を調整してくれました。
浅川財務官の活躍が
な努力もあって、BEPSプロジェクトを通じて、
国際課税分野
における日本のプレゼンスは飛躍的に向上したと思います。
髙橋 最終報告書の公表をもって、
BEPSプロジェクトは国際
課税ルールの抜本的見直しという当初の目的を達成しました。
今後は、
各国が報告書の内容に沿って自国の税法を改正する
という実施の段階、
いわゆるポストBEPSが始動します。
な税制を有する国があれば、
その国を利用した租税回避が可
能となってしまいます。
そのため、
今回ルール策定に参加してい
ない非G20メンバーにもBEPSプロジェクトの成果を普及してい
く必要があります。
しかし、途上国の中には、経験不足等の理
由により、
BEPSプロジェクトの成果はおろか、
既存の国際課税
ルールも充分に実施できていない国があります。
このような途上
国に対して、知的支援を行うことにより、世界全体の底上
げを行っていくことが重要です。これまでもアジア諸国を中
心に積極的に知的支援を行ってきた日本としては、
更に積極的
に支援に取り組んでいきます。
(笑)
しかし、
日本企
髙橋 まだまだ忙しい日々が続きそうですね
業は相対的に租税回避と距離を置いていると言われている中、
BEPSプロジェクトの成果が実施されることにより、
他国の多国
籍企業の租税回避行為が制限される結果、
日本企業の競
争条件の改善にもつながることから、
今後も全力で取り組ん
でいきたいと思います。
※ Base Erosion and Profit Shifting(税源浸食と利益移転)。多国
籍企業による租税回避に対処するためのプロジェクトであり、OECD加
盟国に加え、 G20メンバーのうちOECD非加盟国である8か国全てが参
加した。最終報告書では、現在の国際課税ルールが直面する15の問題
について、解決策を提示している。
せっかく国際課税ルールが見直されたにもかかわらず、
その
内容に従わなかったり、
不十分にしか実施しない国がでてきたり
しては、
BEPSプロジェクトの実効性は大きく減殺されてしまいま
す。
そういう意味では、
これからのポストBEPSは極めて重要であ
ると言えると思います。
緒方 髙橋君の言うとおり、
ポストBEPSをどれだけしっかりと進
められるかが、
BEPSプロジェクトの成否の鍵を握っています。
そ
髙橋 龍太
R y u t a TA K A H A S H I
主税局参事官補佐
[平成12年入省]
の中でも特に重要なのが途上国に
対する知的支援です。多国籍企業
は世界各国の税制の隙間を利用で
きるため、
1か国でも租税回避に脆弱
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