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8 避難所における生活援助

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8 避難所における生活援助
8 避難所における生活援助
はじめに
1995 年 1 月 17 日午前 5 時 46 分,阪神・淡路大震災が発生した.死者 6,434 人の尊い命が
失われ,ピーク時には避難所数は 1,000 カ所を超え,家を失った被災者 31 万人は避難所生
活を余儀なくされた.以後,日本国内外で数多くの災害が発生し,多くの被災者が避難所
生活を余儀なくされている.
筆者は阪神・淡路大震災時,看護師として病院内で勤務していた.地震直後は少ない医
療スタッフ,24時間の交替制で病院勤務をしていたため,避難所での活動は全くできなか
った.避難所での看護活動が必要であると感じたのは阪神・淡路大震災後に災害看護を学
習し,兵庫県看護協会が主催する「まちの保健室」への活動に参加してからである.まち
の保健室活動では,県営・市営住宅の阪神・淡路大震災の被災者が暮らすコミュニティセ
ンターの健康相談会担当となった.それまで院内でしか活動をしたことがなかった筆者は,
初めて地域活動を行うボランティアの一人としての活動を経験し,そこで初めて自分の暮
らす周囲の人々の暮らしを知ることができた.
2004 年 10 月 23 日午後 5 時 56 分,新潟中越地方を震源地とした大地震が発生した.そこ
で,今までの経験を避難所で生かすことができればと思い,NGO のボランティアの一員
として避難所での活動や仮設住宅へのボランティア活動に参加した.本稿では,筆者が実
際に行った活動を中心に述べる.
避難所での活動に参加する方法
被災地に入って避難所で活動するにはいくつかの方法がある.NGO などの援助団体や
病院の医療チームなどに所属するのも一つの方法である.表 1 に新潟中越地震で実際に活
動した団体の一例を紹介する.
被災地に入って活動をするにはまず,どこかの団体に所属して参加するのかもしくは個
人として参加するのかを決めなければならない.通常,病院勤務の人は病院との調整や家
族の協力が得られなければボランティア活動に参加することは難しい.たとえ無理をして
ボランティア活動に参加しても,その後,日常業務に戻った際に仕事に影響を及ぼしたり,
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表1 参加所属団体・個人
・所属病院の医療チーム(一部DMATチーム)
・日本赤十字社 救護班(赤十字各県支部,各赤十字病院所属救護班)
・各医師会
・日本看護協会 災害支援ナース(看護ボランティア)
・心のケアチーム
・NGO保健医療チーム(シェア=国際保健協力市民の会,日本医療救援機構,etc)
・大学ボランティア団体
・個人でのボランティア
・そのほか
表2 看護師が活動できる場所
・避難所(常設救護所,巡回診療)
・被災病院(救援医療チーム,災害支援看護師の派遣)
・健康センター(常設)
・そのほか
家族関係にも影響を及ぼすおそれがあ
るからである.
次に,看護師として活動できる場所
を表 2 に紹介した.大規模避難所では
常設救護所が展開されるが,小さい避難所では救護班・医療チームの数の関係から,巡回
診療となる場合が多い.
被災病院には,救援医療チームや災害支援看護師として派遣される場合がある.また,
健康センターや個人宅の訪問に派遣されることもあるが,
こちらは保健師のニーズが高い.
シェア(国際保健協力市民の会)での活動の実際
新潟中越地震で,筆者は実際にシェア(国際保健協力市民の会)という団体に所属して
活動を行った.シェアは 1983 年に医療関係者を中心に設立され,国内外を問わず保健分
野に限った活動を続けている NGOである.
シェアは阪神・淡路大震災時の経験から新潟中越地震での活動が検討され,地震発生か
ら4 日後の10 月27日,具体的な活動案を基に現地での活動が決定された.
1) 情報収集
被災地での活動前には①被災地で起こっていることの把握,②どのような活動ができる
のか,③被災地のニーズ把握,④被災地保健医療コーディネーターの把握と連携などの情
報を収集し,それを基に活動が行われることになる.そのため,被災地から離れた東京で
は,メールやインターネット,シェア会員からの情報などから情報収集が行われた.また,
現地入りするにあたっては交通手段,自動車の確保,資金,人員の確保をどのように行う
かが検討された.
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災害医療
現地では,医療チーム全体のコーディネート,医療チームの活動状況,手薄な避難所,
医療機関への後方搬送,医療品の需給状況の情報,現地でのボランティア活動の受け入れ
状況について窓口になっていた日赤災害対策本部や N 市健康センターで集めた.そして,
8
章
シェアの活動計画として計 2 ∼ 3 人の看護師や医師が一カ月滞在して保健活動を行いたい
災
害
発
生
時
に
お
け
る
医
療
ス
タ
ッ
フ
の
必
須
技
術
旨を同窓口で説明し,N 市最大の被災地であった Y コミュニティセンターでの活動が展開
された.
Y コミュニティセンターは,隣接する保育園や道を挟んだ小学校の体育館が避難所にな
っており,3 カ所の避難所の管理窓口となっていた.
2) 健康センターやほかの医療支援団体との連携
N 市の保健医療支援に関しての窓口は健康センターであった.しかし,避難所の状況や
支援団体は日々変化するために,ほかの医療系支援団体すべてを把握しているわけではな
かった.また健康センターの職員も各部署への対応や会議などがあり,避難所に配備され
ている市販薬の在庫・補充方法の確認,誰に活動報告をするかなどの調整が難しく,統率
が取れていない状況であった.そこで,Y コミュニティセンターに来る医療支援団体に関
しては,各団体の引き継ぎ,ミーティング場所の提供,各団体の近隣の避難所の活動場所
の設定や情報提供を健康センターの避難所担当者とともにシェアが行った.
災害時は情報の混乱が発生しやすい.また,発災から日が経つと多くの個人ボランティ
アやボランティア団体が被災地に入ってくる.そこで,被災者個々人に対してより最大限
に援助が発揮されるよう,調整を行う者が必要だが,現地の職員などでは手が回らないこ
ともあるため,その役割を外部の者が担うことも重要である.
3) 避難所の生活援助の実際
シェアの活動で,看護師が継続的に行った活動は,①健康相談室の開設および被災者の
健康管理,②避難所内の朝・夕の被災者への巡回訪問,③手洗い,うがいの励行,マスク
配布,④避難所の環境整備,⑤ミニミニ健康講話,⑥壁新聞,⑦そのほか,であった.
また,シェアの避難所での活動では,医師も看護師も白衣は着用せず普段着のままで行
う.これは,被災者に気軽に声を掛けてもらうためであり,さらに,名札を首からかけて
所属や名前が一目で分かるようにしていた.
●健康相談室の開設および被災者の健康管理
震災後 7 日目の 10 月 31 日からY コミュニティセンター内の図書室で「避難所における保
健室」として 24 時間いつでも体調について相談できる場所を設け,被災者に安心できる
場を提供した.
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健康相談室は 10 畳ほどの図書室に事務所机を置き,相談スペースを設営した.開設当
初は避難所で全館放送が流され,被災者への周知が行われた.
また,健康相談室開設当初は外傷の被災者からの相談が多かったが,日数が経つに従っ
て慢性疾患の悪化,風邪や肺炎などの感染症,ストレスなどの問題が目立ってきた.
震災後 3 週間が経つと学校や保育所が再開され,小さい子どものいる母親が避難所に残
っているケースがあり,廊下で立ち話をしている母親の姿も見られた.そのため,座って
お茶を飲みながらゆっくりと話ができるよう,健康相談室をサロンとして活用することが
提案された.サロンは,被災者同士の情報交換や近所の人に話せない悩みをうち明ける場
として活用された.
また,
「震災前にはおとなしかった子どもが震災後から落ち着きがなくなってしまった」
と話す母親がおり,シェアスタッフが交替で子どもたちに絵本の読み聞かせをすることに
なった.絵本の読み聞かせが始まると子どもたちはおとなしくなり夢中で聞いている.一
つ終わると「これも読んで」と図書室内の本を持ってくる子どもの姿も増えていった.さ
らに,21 時以降は廊下で勉強する中・高校生の姿が見られたため,健康相談室を開放し
て学習の場も提供した.このことから,数日すると2 階の一室に勉強部屋が作成された.
避難所での生活支援活動では,被災者の方々が自由に話すことができる場所,子どもの
遊び場作りや年齢に応じた学習支援体制も重要となる.
●朝・夕の避難所での巡回訪問
当初より健康相談室では被災者を待つだけでなく避難所内の被災者の所に出向いて直接
話しを聴くことが行われた.筆者も朝・夕と被災者への巡回訪問を行ったが,朝は仕事に
行かれたり,自宅の片付けをしに家に帰ったりする方も多く,ゆっくりと話はできなかっ
た.そのかわり夕食後の巡回訪問では健康上の問題だけでなく,経済的な問題や将来への
不安など,色々な問題について話を聞くことが多かった.そのため話を聴き,健康上の問
題についてのアドバイスはもちろん,それ以外の問題についても,時には相談先について
アドバイスを行うこともあった.
●手洗い,うがいの励行,マスク配布
避難所という集団で生活する場所では風邪の蔓延を防ぐための対策は必須である.その
一環として,食事前に毎回,館内放送で「食前に手洗いとうがいをしてください.手洗い
とうがいの後に食事を取りに来てください」というアナウンスを流していた.これにより,
手洗いとうがいが習慣化されていくことができた.うがい薬は 1 日 2 回交換を行い,マス
クの配布は巡回訪問に伺ったときに配った.
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災害医療
●避難所の環境整備
前述の通り,保育園や小学校の体育館が避難所になっていたが,特に体育館では 11 月
初旬で 200 人以上の被災者が避難生活を送っており,ここでの出入りは土足であったため
8
章
埃が舞い,朝晩の冷え込みもひどかった.そのため,避難所運営スタッフに,体育館内の
災
害
発
生
時
に
お
け
る
医
療
ス
タ
ッ
フ
の
必
須
技
術
土足禁止とストーブの導入を依頼した.また,空気の乾燥による感染症(風邪など)の増
悪も考えられたため,加湿器やトイレにエアゾル式手掌消毒薬が置かれた.
避難所では,個人居住場所・共有場所・トイレ・洗面所・浴室の清掃に留意し,清潔に
過ごせるようにしていく必要がある.また,室温や湿度に関しても留意しなくてはならな
い.特に入浴の場合,仮設の風呂場は温かくても脱衣所の気温は低いため,激しい気温の
差による血圧の急激な変化に気を付ける必要がある.そのため,入浴前に血圧を測定して
から入浴するように指導していた.
●ミニミニ健康講話
O 県の保健師の提案で K 県の心のケアチーム,シェア,Y 県医療チーム,O 県の保健師
と協力して持ち回りで健康教育として10 ∼15分程度の健康教育を行った.
心のケアチームからは避難所生活でのリラックス方法として,リラックス体操が行われ
た.また,避難所生活での食事では野菜不足に陥りやすいため,栄養士によりクイズ形式
で「避難所でのよりよい生活を送るための豆知識」と題した話が行われた.
●壁新聞
毎日 1 日 1 枚壁新聞が作成された.A4 サイズの用紙には,現在,活動を行っているボラ
ンティアの名前や医師の診察時間,健康に関する情報が記載され,いつでも被災者が見ら
れるよう,健康相談室と避難所の玄関付近に掲示されていた.
●救援者への支援
避難所における支援活動は,被災者だけではなく救援者に対しての支援活動も必要であ
る.災害時における急性ストレス障害(Acute Stress Disorder; ASD)や心的外傷後スト
レス障害(Post-Traumatic Stress Disorder ; PTSD)などのストレス反応は被災者だけに
限ったことではない.特に災害現場で活動している人は,自分の受けているストレスに気
が付くことがない.活動後には被災者が起こすようなストレス症状が救援者に現れる場合
もあり,救援者自身が隠れた被災者となりやすい.そこで,救援者に対するサポートも重
要となってくる.自分自身のサポートや一緒に活動を行っている人のケアも必要である.
特に忘れてはいけないのは,被災者を支えるために自分も被災者でありながら働く人々の
ケアである.そのため,現地では,そういった人たちとサロンで話をしたり,血圧の定期
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表3 救援者のための参考ホームページ
「災害被害者を支援する人の基本的態度と技法」:東京都立中部総合精神保健福祉センター
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/chusou/kokoro/saigai.html
「心のケアハンドブック」:日本赤十字社
http://www.jrc.or.jp/active/saigai/manual/kokoro.html
測定を行うなどの健康管理を行っていた.
●被災地外での支援
前述したように,被災地での活動前には現地の様子や被災地のニーズ把握などの情報収
集が必要である.シェアでは今回の新潟中越地震発生後から支援希望者のためのメーリン
グリストが立ち上げられ,これから被災地で活動する人や現在被災地にて活動を行ってい
る人たちの情報交換の場となっていた.
筆者ももちろんこのメーリングリストに活動前より参加したが,送られてくるメールの
中には,震災後,1 カ月も経過していない時期から PTSD という言葉がときどき出てきて
いるのが気になった.そこで,PTSD と ASD の意味についてや被災者への対応,救援者の
心構えなど,参考になるホームページの紹介(表 3)をするなど,現地での活動に役立つ
と思われる情報を流していた.
おわりに
保健・医療にかかわる支援のほかに,避難所では時に,生活全般に対しての支援も必要
である.そのため,そのときに自分たちがどのようなことができるかをあらかじめ検討し
ておき,実践していくことが求められる.
災害はいつ起こるか分からない.避難所で活動するには地域で暮らす人を知ることから
始まると筆者は考える.普段の生活の中では防災訓練や各都道府県で行われている町の保
健室活動などに参加するのも一つの方法である.
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