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てんかん発作による風呂溺と作為義務者の不作為の

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てんかん発作による風呂溺と作為義務者の不作為の
てんかん発作による風呂溺と作為義務者の不作為の「外来性」
最高裁平成 19 年7月 19 日判決(保毎 2007 年 11 月 21 日号)
(破棄差戻)
(平成 18 年(受)第 961 号)
第2審:大阪高裁平成 18 年2月 21 日判決(判例集未掲載)
(請求棄却)
(平成 17 年(ネ)第 2572 号保険金控訴事件)
第1審:神戸地裁尼崎支部平成 17 年8月 23 日判決(判例集未掲載)
(請求棄却)
(平成 16 年(ワ)第 1114 号保険金請求事件)
[事実の概要]
赴き、A他2名の施設利用者に対し、入浴を終
(1) X(原告・控訴人・上告人)は、平成 14 年4
えるよう指示した。Cは、施設利用者の1人が
月1日、Y損害保険会社(被告・被控訴人・被
Aに対して「あがろうか。」と声をかけた際、A
上告人)との間で下記の傷害保険契約(以下、
に特に異常な様子が認められず、Aが施設利用
者の声にも反応していたので、じきに入浴を終
「本件保険契約」という。)を締結した。
保険金支払の対象
被保険者が急激かつ偶然
な外来の事故によってその身体に被った傷
害の直接の結果として、事故の日からその
日を含めて 180 日以内に死亡したとき
死亡保険金
被保険者
330 万円
A(昭和 55 年1月5日生)
(事故時 23 歳)
えると思い、他の施設利用者の様子を見るため
に施設食堂へ向かった。
Cは、午後5時 20 分頃、施設食堂において、
東フロア浴室で入浴しようとした施設利用者か
ら、「Aが発作を起こしている。」と言われたの
で、急いで東フロア浴室に向かった。Cは、A
が浴槽内で体の左側を上にして沈んでいるのを
死亡保険金受取人
法定相続人(X〔Aの母〕)
発見し、Aを抱きかかえたところ、Aには意識
保険期間
平成 14 年4月1日~平成
がなく、呼吸は停止していた。そこで、Cは、
15 年4月1日(午後4時)
他の施設職員に応援を求めるとともに、蘇生措
1万円
置を講じ、施設長らは 119 番通報をした。
Aは、午後5時 40 分頃、D病院へ搬送され、
保険料
免責条項
被保険者の疾病によって生じた傷
害については、保険金の支払を免責される
(傷害保険普通保険約款3条1項5号)
医師から蘇生措置を受けたが、午後7時頃、医
師によって死亡が確認された。その後、警察の
(2) Aは、本件保険契約を締結した平成 14 年4月
検視で、Aの外傷の有無を確認するため頭部 CT
1日、社会福祉法人B福祉会の運営する知的障
および身体検査が実施されたが、異常は認めら
害者入所更生施設「生活支援センター」(以下、
れず、外傷の痕跡も認められなかった。Aの死
体検案書には、直接の死因が溺水、溺水の原因
「施設」という。)に入所した。
(3) 同 15 年 1 月 14 日、施設職員Cは、施設西フ
ロアの浴室前において、施設利用者の1人から、
施設1階の東フロア浴室で入浴してよいかどう
かを聞かれ、これを許可した。
Cは、同日午後5時前頃、西フロア浴室にお
いて、施設利用者を介助、監視している途中で
あったが、入浴を許可した施設利用者が誰と一
が意識消失、意識消失の原因は不明と記載され
ている。
(4) Aは、1歳2か月頃からてんかん発作を起こ
し始め、中学生の頃には毎月発作が起こってい
たが、高校生の頃には発作の起こる回数が年に
1、2回程度と少なくなり、それ以後は同じ状
態が続いていた。Aの発作は、症状の軽いとき
緒に入浴しているのかを確認するため、東フロ
には1分程度続き、重いときには7分から8分
ア浴室に赴いた。Cは、A他2名の施設利用者
程度続いていた。Xは、医師から、Aの発作の
が入浴しているのを確認できた後、西フロア浴
症状が重いときであっても命に別状はなく、発
室に戻り、同浴室の施設利用者の介助、監視を
作が治まるまで特別な措置は必要ないと言われ
ていた。
続けた。
Cは、午後5時 10 分頃、西フロア浴室での施
(5) Xは、Aが施設に入所する際、医師作成の健
設利用者の介助を終えたので、東フロア浴室に
康診断書を提出した。健康診断書には、現症お
11
よび治療法の欄に、現症名「てんかん」、意見「抗
で溺れたことによるものであり、日常生活で通
てんかん剤投与継続中、発作コントロールは比
較的良好で、昨年は年数回の発作であった。」な
常に行われる入浴の過程で本件発作を起こした
ことが直接の原因となっているというべきであ
どと記載されている。また、施設職員は、Aの
って、本件発作から溺死までの経過においては、
状態を把握しておく必要があるため、Aが病院
それ以外の外来の作用が働いたわけではなく、
において定期的に診察を受ける際には、立ち会
本件事故のように、てんかん発作が入浴中に発
っていた.
生したために溺死するに至った場合には、事故
Aは、平成 14 年秋頃、施設外でXと一緒にい
る時に発作を起こしたことが 1 度あったが、施
の発生はもっぱら疾病に起因するものととらえ
るのが相当であり、また、てんかん発作、意識
設内で発作を起こしたことはなかった。Xは、
喪失、溺水の過程で施設職員Cの行為は何ら作
その翌日、Aが発作を起こしたことを施設職員
用しておらず、無関係であるから、Aの死亡の
に伝えた。
直接の原因は意識障害を生じさせたてんかん発
(6) Aは、日常生活全般における自立と社会生活
作であるとみるべきであって、CがAの監視を
への適応の練習のため、平成 14 年4月 1 日、施
設に入所した。当初、入所予定期間は6か月で
怠っていたかどうかということは、施設が安全
配慮義務に違反したかどうかという側面の問題
あったが、期間満了の直前頃に、XおよびAの
であり、事故が外来性のものかどうかというこ
希望で、平成 15 年3月末日まで延長された。A
ととは別個の問題であって、Cの監視義務違反
の入所当初は、施設職員がAの様子を観察する
の内容は持ち場を離れて監視を怠ったというも
ため、入浴時には付添いもしくは見守りをして
のであり、Cの行為がAのてんかん発作から溺
いた。その後、Aはほぼ自立していたことから、
入浴の要注意対象者もしくは全面介助対象者で
死までの経過に外から作用したというものでは
ないから、Cの行為は外来性を肯定する根拠と
はなく、行動を促すための声かけや自立状況の
なりえないとして、請求が棄却された。
確認を行う対象者として対応していた。入所間
もなくの頃、Aは、施設職員の声かけによって、
Aの入浴中の溺死は、てんかん発作というもっ
基本的には西フロア浴室を利用していたが、生
ぱら身体の内部に起因するものであり、施設職
活環境に慣れるに従って徐々に積極的に行動で
きるようになり、他の施設利用者と誘い合って
員の行動に関しては、これが施設利用者に対す
る安全確保義務に違反するか否かの点はさてお
入浴し、東フロア浴室を利用することが次第に
き、その行動と本件事故との間に相当因果関係
増えていた。
があると認めることはできず、また、その行動
(7) 本件事故当日、Aは、午前7時頃に起床した
が、特に変わった様子はなく、午前中は作業室
をもって外来性を肯定することもできないとし
て、控訴が棄却された。
で作業に従事し、午後は食堂清掃をした後、午
後2時 30 分から施設外で散歩、スポーツをし、
[判旨]破棄差戻。
午後3時 50 分に施設に戻った。さらに、Aは、
「4・・・原審の上記判断は是認することができ
自室で洗濯物の取入れ、部屋の掃除をした後、
ない。その理由は、次のとおりである。
他の施設利用者と誘い合わせて入浴をしていた。
(1) 本件約款は、保険金支払事由を、被保険者
(8) Xは、本件保険契約に基づいてY会社に対し
てAの死亡保険金の支払を請求したところ、Y
会社がAの死亡は外来の事故に起因するもので
12
第2審では、Aの入所後の状況を考慮すれば、
が急激かつ偶然な外来の事故によってその身
体に傷害を被ったことと定めている。ここに
いう外来の事故とは、被保険者の身体の外部
はないとしてこれを拒否したので、本訴に及ん
からの作用による事故をいうものであると解
だ。
される。
(9) 第1審では、事故の外来性とは、事故の原因
被保険者以外の者の行為は、被保険者の身
がもっぱら被保険者の身体の外部にあること、
体の外部からの作用であるから、これによっ
すなわち、もっぱら身体の内部に原因するもの
(疾病等)は除外される趣旨であると解され、
て生じた事故は外来の事故に当たる。そして、
Aが入浴中に溺死したのは、入浴中にAがてん
る者の不作為であれば、それは作為義務を負
かん発作を起こし意識喪失状態に陥り、浴槽内
担しない者の不作為とは異なり、被保険者の
被保険者以外の者の行為が作為義務を負担す
身体の傷害の主要な原因となり得るものであ
義務違反の有無、内容等について十分に審理
って、作為による行為と同等に評価すべきで
あるから、それによって生じた事故は外来の
することなく、上記職員の行動が外来の事故
に該当せず、その行動とAが身体に傷害を被
事故に当たるというべきである。
ったこととの間の相当因果関係も認められな
また、被保険者の身体の外部からの作用に
いとした原審の判断には、審理不尽の結果、
よる事故と被保険者の身体の傷害との間に相
法令の適用を誤った違法があるといわざるを
当因果関係がある場合には、被保険者は外来
得ない。」
の事故によってその身体に傷害を被ったとい
うことができる。
(2) ・・・Aは以前からてんかんの持病があり、
[研究]
1.はじめに
上告人は、B福祉会に対してこのことを伝え
本件は、Xが、Aが急激かつ偶然な外来の事故
ていたが、Aは本件施設において入浴中、本
によって身体に傷害を被ったことにより死亡した
件施設の職員が浴室を離れていた間にてんか
として、本件保険契約に基づきY会社に対して死
亡保険金の支払を求めた事案である。
ん発作を起こし、意識を喪失して浴槽内でお
ぼれたというのである。
第1審では、事故の外来性とは、事故の原因が
また、てんかんは、反復的に発作を起こす
もっぱら被保険者の身体の外部にあること、すな
疾病であり、てんかんの持病のある者は、そ
わち、もっぱら身体の内部に起因する疾病等は除
の病状によっては発作により一時的に意識を
外される趣旨であると解され、てんかん発作が日
失うことがあるというのであるから、てんか
常生活における入浴の過程で発生したために被保
険者が溺死した場合には、事故の発生はもっぱら
んの持病がある者が入浴する場合には、発作
により意識を喪失して浴槽内でおぼれる危険
が存在するということができる。
疾病に起因するものととらえるのが相当であり、
本件では、てんかん発作から溺水までの過程で施
そうすると、本件施設の職員は、Aが入浴
設職員Cの行為は何ら作用しておらず、Aの直接
中にてんかん発作を起こして意識を喪失し、
の死因はてんかん発作とみるべきであって、Cが
浴槽内でおぼれることがないようにその病状
監視を怠っていたかどうかは、施設が安全配慮義
務に違反したかどうかという問題であり、外来性
に応じた適切な方法により安全を確保すべき
注意義務(以下「安全確保義務」という。)を
とは別個の問題であって、Cの行為がAの溺死ま
負っていたというベきである。そして、本件
での経過に外から作用したものではないから、C
事故前のAのてんかん発作の発生頻度や発作
の行為は外来性を肯定する根拠となりえないと判
時の症状に照らして、本件事故発生当時の具
示された。
体的状況等によっては、上記職員にはAの入
第2審では、Aの溺死はてんかん発作というも
っぱら身体の内部に起因するものであり、Cの行
浴を監視するなどして安全を確保すべき義務
の違反があったという余地があり、仮に上記
動と本件事故との間に相当因果関係があるとは認
安全確保義務違反の存在が認められるのであ
められず、また、その行動をもって外来性を肯定
れば、それによって生じた事故は本件約款に
できないと判示された。
おける外来の事故に該当するというべきであ
る。
そして、上記職員がAがてんかん発作を起
こしたことに遅滞なく気付いたとしても救助
これに対して、最高裁は前述のように判示して
原審判決を破棄し、差し戻した。すなわち、本件
判決は、
(ⅰ)外来の事故とは、被保険者の身体の
外部からの作用に事故をいうものであるとして、
することができなかったであろうということ
被保険者以外の者の行為によって生じた事故は外
をうかがわせるような事情も見当たらないの
来の事故であるとし、この者の行為が作為義務を
で、安全確保義務違反の内容によっては、上
負担する者の不作為であれば、それは被保険者の
記安全確保義務違反によって生じた事故とA
身体の傷害の主要な原因になりうるものであり、
それによって生じた事故は外来の事故であると判
が身体に傷害を被ったこととの間の相当因果
関係が肯定される可能性があるというべきで
ある。
(3) 以上によれば、本件施設の職員の安全確保
示し、
(ⅱ)被保険者の身体の外部からの作用によ
る事故とこの者の身体の傷害との間に相当因果関
係を認める旨の判決を下している。
13
以上によれば、被保険者がてんかん発作を原因
75 巻6号 913 頁(1977 年)、潘阿憲「傷害保
として風呂場で溺死(風呂溺)した本件では、外
来の事故であることを判断するにあたり、安全確
険契約における外来性の要件について」都法
46 巻2号 247 頁(2006 年)、山野嘉朗「判批」
保義務を負担する施設職員の不作為が考慮されて
ジュリ 1354 号 121 頁(2008 年)、竹濵・前掲
いることから、本稿では、作為義務を負う被保険
111 頁等。なお、加瀬・前掲 90 頁以下、江頭・
者以外の者の不作為の外来性について検討する。
前掲 487 頁注(3)を参照)
。
(2) 判例
2.外来性に関する一般的解釈
(1) 学説
傷害保険における保険事故の外来性につき、
の原因がもっぱら被保険者の身体の外部にあ
学説の多くは、被保険者の身体に生じた事故
ることと判示するにとどまるもの(【1】東京
が身体の内部に原因があるものではなく、外
高判平成9年9月 25 日判タ 969 号 245 頁、
部からの作用に原因があることを要件とする
【2】東京地判平成 12 年9月 19 日判タ 1086
ものをいうと解し(石田満『商法Ⅳ(保険法)
〔改訂版〕』348 頁(青林書院・1997 年)、西
号 292 頁、
【3】大阪地判平成 18 年 11 月 29
日判タ 1237 号 304 頁等)と、事故の原因がも
嶋梅治『保険法(第3版)』381 頁(悠々社・
っぱら被保険者の身体の外部にあること、つ
1998 年)、加瀬幸喜「保険事故-外来性」山
まり、もっぱら身体の内部に原因するもの(疾
野嘉朗ほか『傷害保険の法理』45 頁(損保総
病等)は除外されることと判示して、その趣
研・2000 年)、江頭憲治郎『商取引法(第4
旨を明らかにするもの(【4】大阪地判平成4
版)』486 頁(弘文堂・2005 年)、山下友信『保
険法』454 頁(有斐閣・2007 年)等)、疾病に
年 12 月 21 日判時 1474 号 143 頁
(生保)、
【5】
福岡高判平成8年4月 25 日判時 1577 号 126
よる身体の事故を傷害から除外することに要
頁(生保)、【6】東京地判平成8年6月7日
件の意味があるとされる(西嶋・前掲 381 頁、
(生保)、【7】名古屋地裁一宮支判平成 14
江頭・前掲 486 頁、山下・前掲 454 頁)
。かか
年2月 14 日金商 1161 号 53 頁(生保)
、【8】
る多数説は、身体の外部から作用する傷害の
大阪高判平成 17 年 12 月1日判時 1944 号 154
原因につき、直接的原因のみを指すのか、間
接的原因をも含むのか必ずしも明らかではな
頁、【9】大阪地判平成 18 年 11 月 29 日判タ
1237 号 304 頁、本件第1審判決等)とがある。
いが、疾病による身体の事故を傷害から排除
最高裁の判決では、【10】最判平成 19 年7
する要件として外来性を位置づけていること
月6日(民集 61 巻5号 1955 頁)は、パーキ
から、間接的原因をも含む趣旨であるとみら
ンソン病と診断されたものの飲食に支障のな
れ(竹濵修「判批」リマークス 37・110 頁(2008
かった被共済者が餅を喉に詰まらせて窒息に
年))、たとえば、被保険者が疾病を原因とし
て溺死した場合、傷害事故は外来性がないと
より要介護常態になった事案(災害補償共済)
につき、外来の事故とは、被共済者の身体の
判断されるゆえに(西嶋梅治「浴槽内の溺死
外部からの作用による事故をいうとして、本
(風呂溺)の外来性の要件」損保研究 65 巻1
件事故がこれにあたること、本件事故と傷害
=2号 27 頁以下(2003 年))、疾病が間接的
との間に相当因果関係があることが明らかで
原因であってもこれを原因とする傷害事故に
あると判示し、【11】同平成 19 年 10 月 19 日
は外来性がないから、傷害保険契約の保険事
故には該当しないこととなる(山下・前掲 455
(判時 1990 号 144 頁)は、狭心症発作予防薬
を定期的に服用していた被保険者が、自動車
頁)。
これに対して、外来性について同じように
14
外来性に関する主な下級審判決のうち、そ
の意義について明示しているものでは、事故
を運転中に自動車ごと溜池に転落し溺死した
事案(人身傷害補償特約付き自動車総合保険)
解しながらも、たとえば直接の死因が溺水の
につき、外来の事故とは、被保険者の身体の
場合、溺水による急性窒息死という外来の事
外部からの作用による事故をいい、被保険者
故と死亡という結果という関係になり、溺水
の原因が内因性の疾患であっても、外来性は
の疾病によって生じた運行事故もこれにあた
ると判示している。本件判決はこれら2判決
否定されないとする見解がある(山下丈「傷
の間で判示されたものであるが、外来の事故
害保険契約における傷害概念(2・完)」民商
について、最判【10】と同じ表現をしている。
(3) 小括
れるとすれば、保険金支払義務の範囲がいた
事故の外来性につき、多数説と最高裁の立
場とは少し異なっているとの指摘がある(竹
ずらに広がることはないと考えられる。
濵・前掲 110 頁)。それによると、後者は傷害
3.作為義務を負担する被保険者以外の者の不作
事故の間接的原因を問題としていないのに対
為
し、前者は、疾病を原因とする事故を排除す
(1) 裁判例
る要件として外来性を位置づけているので、
作為義務を負担する被保険者以外の者によ
間接的原因を含む趣旨であると解されると指
摘される。
る不作為について判示した下級審判決として、
【12】大阪地判平成 11 年1月 14 日
(判時 1700
前述の下級審判決のうち、被保険者の疾病
号 156 頁。こども総合保険)、【13】大阪高判
と死亡との間に何らかのでき事がみられる判
平成 11 年9月1日
(判時 1709 号 113 頁。
【12】
決では、その多くが外来性を否定している
の控訴審判決)、【3】と本件第1審判決があ
(【1】(てんかん発作による路上死)、【2】
る。
(高齢者が飲酒後、心疾患による風呂溺)、
【4】
【6】
(急性心不全による風呂溺)、
【8】
【12】【13】では、A(事故時 14 歳)は出
生後すぐに糖原病と診断され、40 回近く入退
(重篤な意識障害による嘔吐窒息死亡)、本件
院を繰り返してきたところ、平成4年頃、入
第1審判決・第2審判決)。しかし、
【3】
(初
浴中にてんかん発作を起こしやすくなり、母
老期痴呆(認知症)の被保険者の嚥下)では、
はAが中学入学後から医師の指示でAの入浴
疾病等の内的要因と外的要因とが併存する場
に付き添い、平成9年4月、3日に1回の割
合には、内的要因以外の外的な事情が主要な
原因をなし、これが直接的に結果の発生に作
合で発作に起因して浴室で倒れるようになり、
同月 28 日に6回の発作を起こして入院し、5
用したと認められる場合には、外来性の要件
月 10 日朝、発作を2回起こし、同日午前 10
を満たすものと解するのが相当であると判示
時 15 分頃入浴したが、看護師は途中で退室し、
され、
【5】の原審判決(長崎地裁大村支判平
同 30 分頃、Aが発作により浴槽内で意識を失
成7年 11 月 24 日判時 1577 号 128 頁)では、
っているのを発見され、翌日溺水を原因とす
急性心不全は死亡に至る原因の1つになった
ものにすぎず、発作の時点で被保険者が風呂
る窒息により死亡した事案について、
【12】で
は、本件事故は、Aの発作と看護師の監視義
場の浴槽中にあって意識もうろう状態で口に
務違反による過失の双方を原因とするもので
水が入る状況であったことが死亡に繋がった
あり、看護師の過失が原因となっている限度
と考えるのが相当であり、被保険者の死亡は
において外来性の要件を満たすが、Aの死亡
「急激かつ偶然な外来の事故によってその身
までの経過を考察すると、糖原病による脳障
体に被った傷害」により生じたと認めるのが
相当であると判示されている。
害が看護師の過失よりも強くAの死亡に寄与
しているから、疾病免責事由にあたると判示
一方、最判【11】では、被保険者の疾病に
されたのに対して、
【13】では、本件事故はA
起因する運行事故も外来の事故に該当すると
が入浴中てんかん発作を起こして風呂溺した
判示されており、間接的原因を問題にしない
ものであるから、本件事故がAの疾病に起因
としていると解される。ただ、最判【11】が
するものであることは否定できないが、てん
対象とする約款には疾病免責条項がなく、そ
れがゆえに前述の結論が導かれているとも考
かん発作は生命に別状があるものではなく、
Aが発作で溺死する危険を回避するために付
えられるが、かかる運行事故を外来の事故と
き添っていた看護師が、浴室から離れた際に
して認めているのは、最高裁が判決文で外来
発作が生じたという因果の流れからすると、
性についてその立場を明らかにした直後なの
看護師が浴室を離れたことが溺死事故の直接
で、前述の解釈が妥当すると解される。とは
の原因であり、看護師の行動と本件事故との
いうものの、最判【11】が対象とするのは自
動車総合保険の特約条項であるゆえに、同判
時間的近接性や、看護師の行動は病院側およ
び両親にとって予想外のでき事であったこと
決の射程範囲は、運転者の突然の疾病が原因
などを考えると、その行動は急激かつ偶然な
となっていることが疑われる交通事故に限ら
外来の事故にあたり、本件事故はかかる事故
15
によるものと認めるのが相当であると判示さ
浴室を離れたことが溺死事故の直接の原因で
れた。
【3】では、初老期痴呆(認知症)のAが
あるとして因果関係を判断の基準としており、
【3】も同じ立場にあり、それぞれ介護上の
特別養護老人ホームBに滞在中、メロンパン
義務違反を外的要因としている。
を喉に詰まらせ窒息死した事案について、外
これらに対して、本件第1審判決は、被保
来性については、被保険者の身体の外部に存
険者の溺水までの過程で職員の行為は作用し
する事情が主たる原因となり、これが結果の
ておらず、職員の懈怠は施設が安全配慮義務
発生に直接作用したといえれば足り、被保険
者の疾病等の内的要因と外的要因が併存する
に違反したかどうかという、外来性とは別個
の問題であるとして、職員の不作為について
場合には、内的要因以外の外的な事情が主要
外来性を否定している。
な原因をなし、これが直接的に結果の発生に
作用したと認められる場合には、外来性の要
件を満たすものと解するのが相当であり、本
本件判決は、外来の事故につき、被保険者の身
件では、AがC病院を退院後、本件事故が起
こる直前まで、34 回の診察の際、喉に食事を
体の外部からの作用による事故であることを明ら
かにし、被保険者以外の者の行為によって生じた
詰めそうであると訴え続けていたが、その間
事故は外来の事故であるとして、この者の行為が
は誤嚥事故が発生しておらず、それは周囲の
作為義務を負担する者の不作為であれば、それは
者が注意していた結果であり、AをBに預け
被保険者の身体の傷害の主要な原因になりうるも
るにあたり、食事には留意するように申し出
のであり、それによって生じた事故は外来の事故
ており、B側も、食事の際は注意し、誤嚥等
の危険を回避する援助をしていたところ、本
であると判示するとともに、被保険者の身体の外
部からの作用による事故と被保険者の身体の傷害
件事故は、Bの職員DがAにメロンパンを提
との間に相当因果関係を認める旨の判決を下して
供し、Aの配膳終了後、Aから約5メートル
いる。
離れた配膳車に向かい、その目を離した間に、
外来性につき、学説・判例では、傷害の原因が
Aがメロンパンを食べてしまったために起き
被保険者の身体の外部からの作用であることをい
たものであり、本件事故はDのAに対する介
護上の義務違反という過失(外的要因)によ
うと解することでほぼ一致している。しかしなが
ら、学説において解釈に違いがみられるのは、本
って生じたことが明らかであるところ、Aの
件のように、被保険者が疾病(てんかん発作)に
初老期痴呆は本件事故の誤嚥の一般的原因の
起因する事故(風呂溺)により死亡した場合、保
域を出ておらず、それが本件事故の具体的原
険金支払の有無を判断するにあたって疾病を考慮
因をなしていたことまで論証されておらず、
するか否かという点である。
本件事故は、B側の過失という外的な事情で
生じた人的事故であると認めるのが相当であ
外来性について検討する際、傷害保険の約款に
定める外来性要件と疾病免責条項とをあわせてみ
り、本件事故は、かかる外的な事情が主要な
るべきであろう。傷害保険の約款では、保険金支
原因をなし、これが直接的に結果の発生に作
払の対象について、被保険者が急激かつ偶然な外
用したと認められるものであるから、本件事
来の事故によってその身体に被った傷害の直接の
故は、外来性の要件を満たすものと認めるの
結果として、事故の日からその日を含めて 180 日
が相当であると判示された。
(2) 小括
16
4.検討
以内に死亡したときと定められ(傷害保険普通保
険約款1条1項)、被保険者の疾病によって生じた
【12】では、Aの発作と看護師の監視義務
傷害については、保険金の支払を免責されると定
違反による過失との2つを原因とし、後者に
められている(同3条1項5号)。この約款規定か
外来性を認めるが、2つの原因についてAの
らして、外来性とは、被保険者の身体の外部から
死亡に対する寄与度の違いを判断の基準とし、
の作用であると解し、直接的原因のみを問題とす
保険者免責としている。これに対して、【13】
では、風呂溺がAの疾病に起因するものであ
べきであろう。というのは、それが約款規定の簡
明な解釈であり、傷害事故を引き起こした間接
るが、看護師が浴室から離れた際に発作が生
的・主たる原因を問題とする疾病免責条項との関
じたという因果の流れからすれば、看護師が
係が明らかになると考えるからであり(竹濵・前
掲 111 頁)
、その限りにおいて、外来性に関する少
為が、安全確保義務の有無によって一方では外来
数説、および本件判決をはじめとする最高裁の3
判決の立場は支持することができる。
の事故にあたり、他方ではそれにあたらないとい
うのは、いかなる理論的根拠によるのか不明であ
とはいうものの、傷害保険契約において保険金
り、さらに、外来の事故の有無を判断する場合、
支払の可否を判断するにあたり疾病が事故に関連
安全確保義務の負担の有無といった主観的事情を
する場合には、外来性の要件だけでは決着できず、
考慮しなければならず、判断基準が不明確となり、
因果関係の有無が問題とされると指摘される(山
外来の事故の範囲が拡大し、それが外来性要件の
下・前掲 455 頁)
。その意味において、本件判決で
相当因果関係が示されていることは意義がある。
形骸化に繋がると懸念する(同「コメント」事例
研レポ 227 号 12 頁~13 頁(2008 年)
)。
かかる指摘によると、たとえば、心臓発作で倒れ
ところで、Aの死体検案書には、直接の死因が
たところに自動車が走行してきてこれに轢かれて
溺水、溺水の原因が意識消失、意識消失の原因は
死亡した場合のように、疾病による通常の経過と
不明と記載されていることから、認定事実と合わ
はいえない事故が発生した場合には傷害事故とそ
せると、本件では、Aのてんかん発作→意識消失
れによる死亡を認めることが可能であるが、風呂
溺の場合、日常生活で通常行われる入浴というプ
→溺水→死亡という時間的経過が考えられ、意識
消失と死亡との間に、作為義務を負う被保険者以
ロセスの中で疾病による発作が生じてそれをもっ
外の者の行為として、施設職員が安全確保義務を
ぱら原因として溺死しているのであるから、前者
怠ったという不作為という事実が位置づけられる。
のケースとは同日には論じられず、死亡は疾病に
最判【11】は、狭心症発作予防薬を定期的に服用
よる結果であるとされる(山下・前掲 482 頁)
。本
していた被保険者が、自動車ごと溜池に転落し溺
件第1審判決もまさしくこの立場である。
かかる指摘によると、保険金支払の有無を判断
死した事案につき、被保険者の疾病によって生じ
た運行事故も外来の事故に該当するとしている。
する場合、外来性の要件と因果関係の有無につい
本件判決が、事故の外来性について最判【11】と
て検討することになるが、その際、被保険者の事
同じ解釈をしているとすれば、本件においては、
故当時の状況を考慮すべきではなかろうか。すな
てんかん発作により意識を消失し、その結果、気
わち、本件のような風呂溺の場合、日常生活で通
管から水を吸飲したことに外来性を認めることが
常行われる入浴というプロセスの中で疾病による
発作を原因として溺死しているわけであるが、入
できるのではないかと考えられ、施設職員の安全
確保義務の有無を問題にすることもなく、傷害事
浴していなければ死亡しなかった可能性もあり、
故の成立は肯定されるとする前述の反対意見が妥
また、被保険者の発作と死亡との間に気管から水
当する。しかしながら、本件判決は、身体の外部
を吸い込むという外部からの作用が存在している
からの作用として、てんかん発作後の職員の安全
わけであるから、その限りにおいて、この場合で
確保義務の有無を問題としていることから、身体
あっても外来性が認められるのではないかと考え
る。
の外部から作用する傷害の原因について直接的原
因を指しているのではないかと解される。また、
つぎに、本件判決は、被保険者以外の者の行為
本件第1審判決は、施設職員の懈怠は施設が安全
によって生じた事故は外来の事故であって、この
配慮義務に違反したかどうかという、外来性とは
者の行為が作為義務を負担する者の不作為であれ
別個の問題であるとして、施設職員の不作為につ
ば、それは被保険者の身体の傷害の主要な原因に
いて外来性を否定しているが、
【13】のごとく、施
なりうるものであり、それによって生じた事故は
外来の事故であると判示している。本件判決の立
設職員が浴室から離れた際に発作が生じたという
因果の流れからすると、施設職員の行為が溺死事
場を支持する見解(小林和則「判批」事例研レポ
故の原因の1つになりうると解される。そうであ
227 号 12 頁(2008 年))もあるが、反対する見解
るとすると、本件においては、疾病と外来性のあ
によれば、外来性の要件は、もっぱら被保険者の
るでき事とが競合しているだけでなく、外来性の
身体への外的作用であったか否かを基準に判断す
あるでき事が複数存在しており、それらも競合し
べきであり、職員に安全確保義務があったか否か
を問題にすることもなく、傷害事故の成立は肯定
ているといえることから、原因とされる複数ので
き事について、たとえば、被保険者の死亡に対す
され
(潘阿憲「判批」保毎 2007 年 11 月8日4頁)
、
る寄与度の違い等を考え、その外来性を判断して
また、職員が浴室を離れたという外形的に同じ行
いるのではないかと解される。
17
しかしながら、本件判決のように、被保険者以
状)に応じて安全確保義務の程度および義務違反
外の作為義務を負担する者の不作為に起因する事
故も外来の事故にあたると解することになれば、
の存在について判断すべきであろう。
Aのてんかん発作→意識消失→溺水→死亡という
5.おわりに
時間的経過の中で、Aの風呂溺を外来の事故とす
本件判決は、外来の事故とは、被保険者の身体
ることができなくなり、本件判決は、外来の事故
の外部からの作用による事故をいうとして、被保
に関する解釈について、最判【10】と【11】のそ
険者以外の者の行為によって生じた事故は外来の
れとは異なる立場にあると言わざるを得ない。ま
た、外来の事故が複数存在しており、それらが競
事故であるとし、この者の行為が作為義務を負担
する者の不作為であれば、それは被保険者の身体
合しているとして、その因果関係を問題にすると
の傷害の主要な原因になりうるものであり、それ
すると、そのような考え方は、保険契約における
によって生じた事故は外来の事故であると判示す
保険事故の概念からはずれ、損害賠償の概念に踏
るとともに、被保険者の身体の外部からの作用に
み込んでしまうことになるのではないかと解する。
よる事故とこの者の身体の傷害との間に相当因果
それゆえに、被保険者以外の作為義務を負担する
者の不作為に起因する事故も外来の事故であたる
関係を認める旨の判決を下している。しかしなが
ら、被保険者がてんかん発作により意識を消失し、
と解することには問題があり、本件においては、
その結果、気管から水を吸飲したことに外来性を
Aがてんかん発作により意識を消失し、その結果、
認めるべきであり、施設職員の安全確保義務の有
気管から水を吸飲したことに外来性を認めるべき
無を問題にすることもなく、傷害事故の成立は肯
であり、施設職員の安全確保義務の有無を問題に
定されると解するべきであると考える。
することもなく、傷害事故の成立は肯定されると
解するべきであろう。
なお、本件判決において、最高裁は、被保険者
以外の作為義務を負担する者の不作為に起因する
事故も外来の事故であたると判示していることか
ら、とりあえず、その内容を検討するが、この場
合、被保険者が置かれている状況を考慮して判断
すべきであろう。そうであるとすると、被保険者
以外の者に安全確保義務がある場合とない場合と
で結論が異なることになる。ただ、安全確保義務
等の作為義務を負担する者の不作為に起因する事
故がつねに外来の事故であたると判断されること
はないであろう。本件判決は「本件事故前のAの
てんかん発作の発生頻度や発作時の症状に照らし
て、本件事故発生当時の具体的状況等によっては、
上記職員にはAの入浴を監視するなどして安全を
確保すべき義務の違反があったという余地があり、
仮に上記安全確保義務違反の存在が認められるの
であれば」と判示しており、義務違反がつねに外
来性を持つとしているのではないと解される。ま
た、本件判決では、安全確保義務違反の存在が認
められる場合について明示されていないが、作為
義務を負担する被保険者以外の者による不作為に
ついて判示した下級審判決【12】
【13】および【3】
と本件判決とを比較すると、被保険者の状況(症
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(大阪:平成 21 年1月 16 日)
報告:神戸学院大学 教授 岡田
指導:大阪学院大学 教授 中西
立命館大学
教授 竹濵
豊基
正明
修
氏
氏
氏
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