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精神障害者の自殺企図行為(マンションからの転落)による 高度障害
精神障害者の自殺企図行為(マンションからの転落)による 高度障害について故意免責を認めなかった事例 奈良地判平成 22 年8月 27 日(平成 20 年(ワ)第 325 号保険金支払請求事件) 判タ 1341 号 210 頁 [事実の概要] 1月結婚し(23 歳)、またすぐに妊娠したと 原告Xは、平成7年7月1日、保険会社Yとの ころ、夫の母親との折り合いが悪かったため、 間で、被保険者をX、死亡保険金受取人を甲、高 同年8月1日に協議離婚し、同年 11月9日 度障害保険金受取人をXとして、下記定期保険特 約付終身保険契約を締結した。 長男を出産したものの、認知されなかった。 ウ ア イ 保険種類 契約者 定期保険特約付終身保険契約 X ウ 被保険者 X エ 死亡保険金[高度障害保険金] 2000 万円 オ 死亡保険金受取人 カ 高度障害保険金受取人 Xは、平成7年7月1日、Yとの間で、本 件保険契約を締結した。 エ Xは、長男が幼稚園に通うようになったこ ろから、主婦のバレーボールクラブに参加し、 友達もできて楽しそうにしていた。 甲 Xは、平成 12 年ころ、本件マンションの6 X 階の2DK の部屋に転居し、平成 13 年3月こ ろ(30 歳)までは、元夫からの養育費月3万 その後、平成 13 年5月5日、Xは保険契約者を Xから姉の乙に、死亡保険金受取人を甲から乙に 円と自ら仕事(宝石販売店やスナックの手伝 変更した(本件保険契約)。 い)をした収入で生計を立てていたが、以下 本件は、原告Xが、平成 18 年1月4日、自宅マ のとおりの症状で仕事ができなくなって、生 ンションの4階から転落したことにより、高度障 活保護を受けて生活するようになり、長男の 害状態になったとして、保険会社Yに対し本件保 面倒をみることもできず、Xの母及び姉が原 告の長男の面倒をみるようになった。 険契約に基づき、高度障害保険金 2000 万円及びこ れに対する本件転落の翌日である平成 18 年1月 オ Xは、平成 13 年初めころ、既婚の男性から 5日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合 妻と離婚するからと言われ、交際し妊娠をし による遅延損害金の支払を求めた事案である。 たが、その男性より、その妻が薬を飲み自殺 1.本件転落に至るまでの経緯及びその後の治療 を図って入院したと聞かされたことから、同 等について 年3月ころ、中絶したところ、不眠、抑うつ、 頭痛、吐き気などの症状が出て、B保険病院 ア Xは、昭和 45 年 11 月*日生まれであり、 姉(昭和 40 年 12 月*日生、乙証人) 、兄(昭 やCメンタルクリニックの診察を受けた。 和 42 年 12 月*日生)がいる。 イ その後、Xは、上記自殺の話が嘘であった Xの性格として、計算的で几帳面、勝ち気 ことを知り、精神的ショックを受け、また、 で負けず嫌いであり、プライドは高く、神経 同年6月ころ、同妻が自宅に訪ねてきて叫ぶ 質で、自分のことをあまりいわない面があっ などのことがあり、体重も 42kg から 36kg に 痩せ、精神状態がおかしくなり、同月 26 日、 た。 Xは、11 歳ころからは奈良県大和郡山市で 睡眠剤 13 錠を服薬し、E病院で胃の洗浄を受 両親・兄弟と共に居住し、中学3年までソフ け、自宅に戻った後も、自宅6階から飛び降 トボールクラブに入り、平成元年3月に高校 りようとしたり、舌をかもうとしたり、刃物 を卒業し、同年4月から、自ら探してきた大 を振り回したりしたので、同月 28 日、適応障 阪にある宝石販売店に就職し、売上成績は良 害、興奮状態、うつ病疑いで、A病院(精神 科病院)に入院し(1回目)、同年8月7日同 かった。 Xは、妊娠が分かって交際相手との結婚を 決めたところ流産したが、それでも平成6年 10 病院を退院し、以後同病院に通院を続けた。 カ Xは、その後、上記男性の妻から慰謝料請 丙氏がX宅に来たとき、Xは、目がすわり、 料請求の調停を申し立てたところ、その終了 まで1年ほどかかった。 何かに取りつかれたような表情であった。丙 氏がXと別れたいと言ったところ、Xは何も キ 求の調停を起こされので、同男性相手に慰謝 Xは、平成 15 年9月 16 日、 不安がつのり、 言わず、同氏をにらみ続け、同氏がもう帰る 大量服薬し、同月 18 日、抑うつ状態、強い不 と言ったときに、Xは、台所に行き、包丁を 安、不眠で、A病院に入院し(2回目)、同年 探したが、ないと分かると、ベランダの方に 10 月7日同病院を退院し、以後同病院に通院 走っていって飛び降りようとしたので、救急 を続けた。 Xは、平成 16 年7月 22 日、不安感から、 隊員や警察官が駆けつけ、警察官や姉夫婦の 説得を受けて自殺行為を思いとどまらされた。 ク 精神薬 50 ジョウほどを服薬し、D大学附属病院 シ 丙氏は帰り、Xの姉の夫とXの兄は、Xに に救急搬送入院し、同月 24 日同病院を退院し、 睡眠薬を飲ませ、寝かせつけ、平成 18 年1月 適応障害で、同月 26 日A病院に入院し(3回 4日の朝まで交替でXに付き添っていたが、 目)、同年9月 27 日同病院を退院し、以後同 Xの姉夫婦・子、Xの長男がXの様子を見に 病院に通院を続けた。 ケ Xは、平成 17 年2月 28 日、ストレスから 行ったところ、姿が見えず、探すと、Xは地 面に倒れていた(35 歳。本件転落)。 包丁で腹を刺そうとしたが刺しきれず、同年 Xは、自室のベランダからではなく、本件 3月1日午前1時ころ、大量服薬し、E病院 マンションの南側屋外階段4階部分から約 に搬送された後、適応障害(心的負荷)、統合 1.5mの手すりを乗り越えて転落し、その直前 失調症、うつ状態で、A病院に入院し(4回 に丙氏に対し、今から飛び降りるから見に来 目)、同月 16 日同病院を退院したものの、適 応障害(心的負荷)で、同月 24 日同病院に入 てとのメールを送信していた。 ス Xは、D大学附属病院に救急搬送され、手 院し(5回目)、同年4月2日同病院を退院し、 術を受け、医師等に本件転落の状況や心境等 以後同病院に通院を続け、適応障害(心的負 を申告した。 荷)、不眠と不安感から、同年9月 12 日同病 セ Xは、平成 18 年2月 28 日、リハビリのた めF病院に転院し、同年7月1日から同病院 を退院し、以後同年 12 月 26 日まで同病院に 通院した。 精神科の丁医師の治療を受け、平成 19 年6月 11 日同病院を退院し、現在も通院して同医師 コ 院に入院し(6回目)、同年 10 月 25 日同病院 Xは、平成 17 年4月、精神の障害で日常生 の治療を受けている。 2.Xの主張 精神障害2級の認定を受けた。 (1) 本件障害は、本件保険契約の高度障害保険金 サ 活に著しい不自由を来す程度であるとして、 Xは、平成 17 年春ころから、生活を立て直 の支払事由である障害状態に該当するから、X そうと、週1、2回、短時間、以前に勤めて いたスナックの手伝いをするようになってい は、本件保険契約に基づき、2000 万円及びこれ に対する本件転落の翌日である同月5日から支 たところ、同年8月ころ、スナックで知り合 払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅 った離婚歴があり母親と中学生の子の3人で 延損害金の支払を求める。 暮らしている丙氏と交際をするようになり、 (2) 免責事由の不存在について すぐに結婚を申し込まれたが、同年 10、11 ア 被保険者の自殺を免責事由としているのは、 月ころにはうまくいかなくなり、丙氏から別 れ話を持ち出されていた。 射倖契約としての生命保険契約において要請 される信義誠実の原則に反すること、及び生 Xは、平成 18 年1月3日、丙氏に電話し来 命保険契約が不当の目的に利用されることを てほしい旨言ったが拒否され、薬とやかんを 防ぐためであるとされているところ、本件転 もってトイレに入ろうとしたところ、Xの様 落が、これらに反し、Xが保険契約者と保険 子をみるためX宅を訪れたXの姉夫婦に目撃 者との間の高度の信頼関係を一方的に破壊し され、やめさせられた。 Xの姉夫婦は、同日、丙氏を呼び出し、X たとまでいうことはできない。 Xは、本件転落当時、境界性パーソナリテ イ 宅で、自分たち、X、丙氏と話し合うことに ィー障害あるいは双極性感情障害に罹患して し、台所から包丁やフォークを隠した。 いた。 11 本件転落は、Xが境界性パーソナリティー ③本件転落の態様、④他の動機の可能性等の 障害あるいは双極性感情障害に罹患すること によって、自由な意思決定能力が喪失又は著 事情を総合的に考慮して、当該精神障害が被 保険者の自由な意思決定能力を喪失ないしは しく減退した結果生じたものであり、本件免 喪失と同程度に著しく減弱させた結果自殺企 責条項は適用されない。 図行為に及んだものと認められるか否かによ (3) 遅延損害金の起算点について って判断するのが妥当であるところ、本件に Yは、Y所定の書式に基づく請求がなされな おいては、以下のとおり、本件転落が自由な ければ、遅延損害金は発生しない旨主張するが、 遅くとも、Xが、平成 18 年 10 月 17 日、受傷状 意思決定をすることができない状態でなされ たことの立証を妨げる事情がある。 況報告書を提出した時点において、Yは、Xに (ア)Xの病前性格 おいて高度障害保険金の支払を請求する意思が あることを認識したはずである。 百歩譲っても、民事調停の申立てがなされ、 イドの高い性格、神経質、自分のことを 申立書がYに到達した時点で、Yは、Xの高度 障害保険金請求の意思を認識したはずである。 あまりいわないなどと記述されており、 Xの病前の本来の性格は、一般的に自殺 3.Yの主張 ア 本件転落は、Xが自殺を図るため故意に行 ったものである。そうすると、本件障害は、 行為につながりやすいものといえ、本件 転落とは決してかけ離れたものではない。 (イ)本件転落に至るまでのXの言動・精神 被保険者であるXの故意によるものというべ 状態 きであるから、Yは、本件免責条項により、 Xに対する高度障害保険金の支払を免責され Xは、平成 13 年ころより、適応障害等 でA病院ヘの入・通院を行い、その間に る。 大量服薬等の自殺企図行為もあったが、 イ 被保険者が精神病その他の精神障害中の動 同病院を最後に退院した平成 17 年 10 月 作により自殺企図行為を行ったが一命をとり 25 日以降は、本件転落に至るまで週1回 とめて高度障害状態となった場合は、高度障 の通院を継続し、その間に特に問題行動 害保険金支払の免責事由である「被保険者の 故意」には該当しないが、自殺が企図される は認められなかった。同年 12 月 26 日の 通院の際も、Xは、睡眠はとれており、 ときの精神状態の多くがうつ状態などの精神 食思も認められた。Xは、交際していた 異常状態にあることに照らすと、精神状態に 丙氏との間で別れ話となり、本件転落の 起因する自殺企図行為のすべてが免責事由の 前日である平成 18 年1月3日の夜に姉 「故意」によるものではないと評価すること 夫婦や丙氏の目の前で自殺行為に及ぼう は、契約当事者の合理的意思に反するもので あって相当ではない。 とし、救急隊員や警察官が駆けつけたと ころ、警察官や姉夫婦の説得を受けて自 精神病その他の精神障害中の動作により自 殺行為を思いとどまった。 己の生命を絶とうとする行為が免責事由の Xは、自室のベランダからではなく、 「故意」から除外される理由が、被保険者の 本件マンションの南側屋外階段4階部分 自由な意思決定がないという点にあることか から約 1.5mの手すりを乗り越えて転落 らすれば、その精神障害が行為者の自由な意 思決定能力を喪失ないしは喪失と同程度に著 していること(本件転落)、本件転落直前 に丙氏に対し、今から飛び降りるから見 しく減弱させていたのかという観点から、免 に来てとのメールを送信していることか 責事由の「故意」に該当するかが具体的に検 らすると、本件転落は、衝動的・突発的 討されなければならない。 になされたものではなく、逡巡があった ウ 12 Xは、カルテ等によれば、計算的でき っちりした性格、几帳面、勝ち気でプラ そして、自殺企図行為が精神障害に起因す 後に意を決してなされたものである可能 ることによって本件免責条項の「故意」への 該当性が否定されるか否かは、①うつ病罹患 性が高い。また、Xは、医師等に本件転 落の状況や心境等を申告していることか 前の被保険者の本来の性格・人格、②本件転 らすると、本件転落時のことは認識して 落に至るまでの被保険者の言動及び精神状態、 おり、自己の行為の意味を十分に理解し つつ行為に及んだものと推認し得る。 (ア)現在のエピソードは、精神病症状を伴わ (ウ)本件転落の態様 本件転落は、それまでの大量服薬とは ない重症うつ病(F32.2)の診断基準を満 たさなければならない。 異なり、より死亡ないし障害の結果発生 過去に少なくとも1回の軽躁病性、躁病 の危険性が高い高所からの転落であり、 性、あるいは混合性の感情エピソードがな Xは、上記のとおり、丙氏に対し、メー ければならない。〔証拠略〕 ルを送信して自殺行為を予告し、死に直 (イ)重症うつ病エピソードでは、抑制が顕著 結する蓋然性の高い転落という方法を敢 えて実行していることに照らすと、これ でなければ、患者は通常かなりの苦悩と激 越を示す。自尊心の喪失や無価値観や罪責 は、自殺に向けたXの強い意思の表れと 感をもちやすく、とくに重症な症例では際 みることが可能である。 だって自殺の危険が大きい。身体症状はほ (エ)他の動機の可能性 丙氏との交際関係の破綻は、Xにとっ て非常に衝撃的な出来事であったことは 想像に難くなく、Xの本件転落の動機と して十分に了解可能なものである。 「2争点(1)(免責事由の有無)について (1) 前記認定によれば、Xは本件転落前におい てうつ状態にあったことが認められるところ、 自殺が企図されるときの精神状態の多くが、 以上によれば、Xが自由な意思決定能 うつ状態などの精神異常状態にあることに照 力を喪失ないしは喪失と同程度に著しく らすと、精神状態に起因する自殺企図行為の 減弱させた結果本件転落に及んだものと すべてが免責事由の「故意」によるものでは まではいうことができない。 ないと評価することは、契約当事者の合理的 意思に反するものであって相当ではなく、本 [判旨] 保険金請求認容 「(2) 精神障害について ア とんど常に存在する。〔証拠略〕」 境界性パーソナリティー障害 件転落が「故意」に該当しないというために は、うつ病罹患前に保険契約を締結した場合 (ア)情緒不安定ないくつかの特徴が存在し、 であって、①うつ病罹患前のXの本来の性 それに加え、患者自身の自己像、目的、及 び内的な選択(性的なものも含む)がしば 格・人格、②本件転落に至るまでのXの言動 しば不明瞭であったり混乱している。通常 及び精神状態、③本件転落の態様、④他の動 機の可能性等の事情を総合的に考慮して、当 絶えず空虚感がある。激しく不安定な対人 該精神障害がXの自由な意思決定能力を喪失 関係に入り込んでいく傾向のために、感情 ないしは喪失と同程度に著しく減弱させた結 的な危機が繰り返され、見捨てられること 果自殺企図行為に及んだものと認められるこ を避けるための過度の努力と連続する自殺 の脅しや自傷行為を伴うことがある。 〔証拠 とを要することは、Y主張のとおりであるが、 略〕 (イ)境界性パーソナリティー障害群の自傷・ 自殺は、突発的な近親者とのトラブルから 衝動的に行われ、 「夫、恋人、親とのトラブ ルからの抑うつ」 「身近な人から裏切られた 怒りと絶望感」などの行き詰まった状況で イ その評価に際しては、純然たる自然科学的評 価ではなく、Xが保険契約者と保険者との間 の高度の信頼関係を一方的に破壊したか否か の観点からされるべきである。 (2) そこで、上記の事情について検討する。 ア うつ病罹患前のXの本来の性格・人格 基底にある「見捨てられ抑うつ」からの離 上記性格等を検討するに当たっては、本 件転落直前のXの性格等を検討するのは相 脱、解消、逃避などのために衝動的に行わ 当ではない。すなわち、前記のとおり、X れ、時に対象への顕示の意味もあり、その は、平成 13 年に、既婚の男性と交際し、妊 衝動性ゆえに防止が困難である。その手段 娠・中絶の末、同男性にだまされたと知っ は、境界性パーソナリティー障害群 37 名中 29 名(78.3%)が大量服薬の方法をとって て以後、同年6月 26 日から平成 17 年3月 いる。 〔証拠略〕 1日まで、4回にわたり大量服薬し、適応 障害、興奮状態、うつ病疑い等で、6回に 双極性感情障害(精神病症状を伴わない重 わたり、A病院に入退院を繰り返したこと、 症うつ病エピソード) 上記交際以前にはこれらの病状は見られな 13 かったことに照らせば、上記交際以前をも 官や姉夫婦の説得を受けて自殺行為を思い って、Xの本来の性格・人格とみるベきで ある。 とどまったこと、睡眠薬を飲んで寝たが、 同月4日の朝、自室のベランダからではな そうすると、前記のとおり、Xは、計算 く、本件マンションの南側屋外階段4階部 的で几帳面、勝ち気で負けず嫌いであり、 分から約 1.5mの手すりを乗り越えて転落 プライドは高く、神経質であって、自分の し、本件転落直前に丙氏に対し、今から飛 ことをあまりいわない面が認められ、これ び降りるから見に来てとのメールを送信し らは自殺行為につながりやすいものという ことも可能であるが、ある意味では前向き ていたことが認められる。 (中略)上記のXの言動は、境界性パー で責任感のある態度のあらわれということ ソナリティー障害の症状に沿うものである もできるし、中学3年までソフトボールク ことに照らせば、本件転落前において、X ラブに入り、高校卒業後は自ら探してきた は、境界性パーソナリティー障害により、 大阪の宝石販売店に就職し、売上成績は良 精神状態に異常なものがあったというべき かったこと、婚姻・離婚・出産後もめげる ことなく生活し、長男が幼稚園に通うよう である。 本件転落の態様 ウ になったころからは、主婦のバレーボール 前記のとおり、本件転落の態様は、丙氏 クラブに参加し、友達もできて楽しそうに に対し、メールを送信して自殺行為を予告 していたことを併せ考慮すると、Xは、本 した上、本件マンションの南側屋外階段4 来、対人関係を苦にすることなく、前向き 階部分から約 1.5mの手すりを乗り越えて に行動し、責任感ある性格・人格を有し、 自殺行為を行う傾向は認められなかったと 転落したものであり、平成 13 年6月 26 日 から平成 17 年3月1日までの4回にわた ころ、平成 13 年に既婚の男性に裏切られて る大量服薬による自殺の試みと態様が異な からは、適応障害、興奮状態、うつ病疑い るものである。 となり、本来の性格等とかけ離れたものと しかしながら、前記のとおり、本件転落 なったというべきである。 前日の平成 18 年1月3日、Xは、薬とやか イ 本件転落に至るまでのXの言動及び精神 状態 んをもってトイレに入ろうとしたところ、 これをXの姉夫婦に見とがめられ、やめさ 前記のとおり、Xは、平成 13 年に、既婚 せられたところ、これによれば、Xは、以 の男性と交際し、妊娠・中絶の末、同男性 後、大量服薬による自殺の手段を失ってい にだまされたと知って以後、同年6月 26 たと認められるから、本件転落の方法をと 日から平成 17 年3月1日まで、4回にわた り大量服薬し、適応障害、興奮状態、うつ 病疑い等で、6回にわたり入退院を繰り返 他の動機の可能性 前記のとおり、Xが本件転落直前に丙氏 した後、同年8月ころから丙氏と交際をす に対し、今から飛び降りるから見に来てと るようになったが、同年 10、11 月ころには のメールを送信していたことに照らせば、 うまくいかなくなり、丙氏から別れ話を持 本件転落の直接の動機は、丙氏から見捨て ち出され、平成 18 年1月3日、丙氏に電話 られることを避けるための同氏に対する脅 し、来てほしい旨言ったが拒否されると、 服薬しようとしたこと、Xの姉夫婦及び丙 し、顕示の意味もあるということができる ところ、境界性パーソナリティー障害は、 氏がXと話し合うことにしたところ、Xは 激しく不安定な対人関係に入り込んでいく 目がすわり、何かに取りつかれたような表 傾向のために、感情的な危機が繰り返され、 情であり、丙氏がXと別れたいと言うと、 見捨てられることを避けるための過度の努 Xは何も言わず、同氏をにらみ続け、同氏 力と連続する自殺の脅しや自傷行為を伴う がもう帰ると言ったときに、台所に行き、 包丁を探したが、ないと分かると、ベラン ことがあることにかんがみると、上記動機 は、境界性パーソナリティー障害の症状の ダの方に走っていって飛び降りようとした 観点から了解可能なものである。 こと、救急隊員や警察官が駆けつけ、警察 14 ったことに不自然さはない。 エ また、X及び保険契約者・死亡保険金受 取人に本件保険契約による保険金入手の目 本件転落時のことは認識しており、自己の行 的等の不法な動機は感じられない。 (3) 以上の事情を総合すると、Xは、本件転落 為の意味を十分に理解しつつ行為に及んだも のと推認し得る旨主張するが、Xが本件転落 当時、境界性パーソナリティー障害により、 時のことを認識しているからといって、本件 精神状態に異常なものがあったというべきで 転落が、Xの自由な意思決定能力が喪失され あり、前記のとおり、境界性パーソナリティ たといえるのと同程度に著しく減弱させた結 ー障害の自傷・自殺は、突発的な近親者との 果なされたものでないということはできない トラブルから衝動的に行われ、 「身近な人から 裏切られた怒りと絶望感」などの行き詰まっ から、同主張も理由がない。」 た状況で基底にある「見捨てられ抑うつ」か [研究] らの離脱、解消、逃避などのために衝動的に 1.序論 行われ、その衝動性ゆえに防止が困難である ことに照らせば、同障害がなかったならば本 件転落に至ったとは考えられず、本件保険契 約締結時及び同障害発症前の本来の人格が失 判旨およびその判断基準には疑問がある。 本件は、精神疾患に罹患した被保険者が自殺行 為に及んだ結果、高度障害状態に陥ったという事 案につき保険者が故意免責を主張したことに対し、 われていたということができるから、本件転 被保険者が本人の自由な意思決定能力を「著しく 落は、Xの自由な意思決定能力が喪失された 減弱させた」結果、自殺行為におよんだものと評 といえるのと同程度に著しく減弱させた結果 価され、保険者免責が否定された事案である。 なされたものであるとみるのが相当である。 本件判決に関しては、まず、前提問題として(本 論とは関係がないが)、自殺行為に対する「故意」 そして、このように評価することは、契約当 事者の合理的意思に反するものということは できない。 (4) これに対し、Yは、Xは、A病院を最後に は結果として陥った高度障害状態の免責事由とし ての故意としても認められるかという問題が生じ る。 退院した平成 17 年 10 月 25 日以降は、本件転 また、本件判決は、保険者が抗弁として故意免 落に至るまで週1回の通院を継続し、その間 責を主張し、これが否定された数少ないケースの ひとつであり、自由な意思決定能力を「著しく減 に特に問題行動は認められず、同年 12 月 26 日の通院の際も、睡眠はとれており、食思も 弱させた」状態とはどのような状態を指すかを検 認められた旨主張するが、前記のとおり、平 討する必要があり、この観点から本件判決の認定 成 13 年6月 26 日から平成 17 年3月1日まで、 事実の評価と、これに基づく判断の当否が検討さ 4回にわたり大量服薬し、適応障害、興奮状 れる必要がある。 態、うつ病疑い等で、6回にわたり入退院を また、本件は「境界性パーソナリティ障害」に 罹患していたとされる被保険者が、自由な意思決 繰り返したこと、F病院精神科の丁医師は、 本件転落日である平成 18 年1月4日のXの 定により自殺行為に及んだか否かが争われた、稀 精神状態は、心因反応による精神運動興奮状 有な事案であり、先例的な判決例が見当たらない 態及び睡眠薬服用による譫妄状態で意識障害 事案である。 を伴っており、現実検討能力は著しく欠如し 精神障害又は精神障害中の者の自殺行為にもと たと考えられるとしていることに照らせば、 づく保険金請求に対し保険者免責を認めるか否か というテーマは、主にうつ病に関してではあるが、 同主張は採用できない。 次に、Yは、本件転落の前日である平成 18 年1月3日の夜に姉夫婦や丙氏の目の前で自 保険事例研究会においても度々取り上げてられて きた。 殺行為に及ぼうとしたところ、警察官や姉夫 冒頭でも述べたように、報告者は、本件判旨の 婦の説得を受けて自殺行為を思いとどまった 評価の妥当性、判断基準等について疑問を有する 旨主張するが、Xは、親族監視の下、自殺行 ものであり、過去のこれら事案に関する研究や判 決例等を参考にしつつ、その論拠を示していきた 為ができなかったにすぎないと解されるから、 同主張も採用できない。 また、Yは、Xは、医師等に本件転落の状 況や心境等を申告していることからすると、 いと考える。 2.自殺企図行為における「故意」の射程範囲 前記の通り、本件判決が対象とする保険事故は、 15 高度障害状態であるため、被保険者が自殺を企図 とともに「著しく減弱させた」状態が同様に取り し、未遂に終わった結果、高度障害状態等に該当 した場合、自殺に対しての故意が、結果として該 扱われるべきものとされており、学説においても 概ねこれを肯定しているものと考えられる。 当した高度障害状態に対する免責事由としての故 但し、自由な意思決定能力が「著しく減弱」し 意と評価することが可能か否かが一応問われる可 た状態とは、具体的にどのような状態を指すかは 能性がある。 必ずしも明確ではなく、これに関する先例として この点については、既に、判決例において、 「自 は、概ね、大分地判平成 17 年9月8日(判時 1935 殺の故意は、当然に自己の身体を傷害する故意を 含むものということができ、たとえ、自殺企図者 号 158 頁) を見いだしうる程度と思われる(但し、 同判決の判断に関しては後記の通り批判が多い)。 の主観において、未遂に終わり高度障害状態とな 因みに、本件判決は、 「本件転落は、Xの自由な ることを望まない場合であっても、自殺企図行為 意思決定能力が喪失されたといえるのと同程度に の敢行は、すなわち自傷行為の敢行であり、後者 著しく減弱させた結果なされたものであるとみる についての認容を含むものといわなければならな のが相当である。」と判示しており、これに関した い。 」(東京高判平成 13 年7月 30 日、生命保険判 例集第 13 巻 620 頁、同旨、釧路地判平成 11 年 11 判断を示した数少ない判決例と考えられる。 4.従来の判決例および判断基準 月8日、生命保険判例集第 11 巻 635 頁以下、およ 判決例において、精神障害者の自殺行為が、自 び控訴審の札幌高判平成 12 年3月 30 日、生命保 由な意思決定能力に基づいたものか否かについて 険判例集第 12 巻 252 頁)などと判断されており、 は、単に、自殺行為が精神障害に起因しているか また、学説においても「客観的に自殺が可能な自 否かのみではなく、個別事案に認められる具体的 傷行為を自殺する意思で実行する場合には高度障 害状態になることの認識は当然にあるとみられ な事情を考慮のうえ、判断がなされてきた。 また、比較的近時の判決例についてみると、特 る」 (山下友信「保険法」470 頁)などと同様に解 にうつ病による自殺に関して、新潟地判平成 13 されている。 年3月 23 日(生命保険判例集第 13 巻 338 頁以下) 自殺免責や高度障害に関する免責事由としての および控訴審、東京高判平成 13 年7月 30 日(生 故意が、いずれも善意契約としての保険契約の本 命保険判例集第 13 巻 617 頁以下)<以下、本稿で 来的な性質や、保険契約における信義則に基づく ものと解され、その趣旨において共通性を有する はこれらを「東京高判平成 13 年7月 30 日」とい う>以降の判決例の多くは、 「精神状態に起因する ものであること、及び、自殺行為の目的不達成の 自殺企図行為のすべてが本件免責事由の『故意』 場合における高度障害状態の惹起、乃至、発生可 によるものではないと評価することは、契約当事 能性は、社会通念上、常識的に予見可能であると 者の合理的意思に反するものであって相当ではな 考えられるものであること等を考慮すれば、少な い」との前提のもとに、自殺行為における自由な くとも、法的な評価においては自殺の故意は高度 障害状態を惹起することの故意を当然包含すると 意思決定能力の評価において考慮すべき判断事項 を分類のうえ評価を行っており、その判断基準は 考えるべきである。 より具体的になっているといえる。 3.精神障害中の自殺の意義 保険法 51 条1号(商法 680 号1項1号)や生命 16 以下にいくつかの判決例を挙げ、事案ごとに判 断を左右したと考えられる要素を検討することで、 保険約款における自殺の意義について、被保険者 その共通点等を明らかにしたい。 が自らの意思決定に基づき自己の死亡を企図して 行う行為を指し、精神障害に起因し、被保険者の ア 東京高判平成 13 年7月 30 日前の判決 (1) 東京地判平成 11 年8月 30 日(生命保険判 意思決定によらない行為の結果、死亡に至った場 例集第 11 巻 501 頁以下、判タ 1063 号 238 頁 合は、自殺に含まれないとするのは確立された判 以下)自由な意思決定にもとづく自殺を肯 例であり通説である(大判大正5年2月 12 日民録 定:ホジキン病再発のおそれという恒常的な 22 輯 234 頁等、大森忠夫「保険法〔補訂版〕 」291 不安、行為の2ヵ月ほど前に、医師より胃癌、 頁、西嶋梅治「保険法〔第三版〕」361 頁、山下 前 掲 468 頁ほか)。 ホジキン病の再発の可能性を伝えられていた 状況、遺書の存在、会社経営における悩み等 さらに、近時の判決例においては、特にうつ病 を動機として自殺したものとみるのが自然で 等に関して、自由な意思決定能力を喪失した場合 あるとし、自殺当時、言動等に多少理解困難 なものがあるとしながら、意思決定ができな はいえないこと、②につき、単に落ち込むだ い状態で自殺したものとまでは認められない とした。 けではなく、自分の不安や疑念を家族や看護 婦らに積極的に述べており、対話がある程度 (2) 大阪地判平成 11 年9月 28 日(生命保険判 できていたこと、医師からの説明を受けて、 例集第 11 巻 542 頁以下) イ 少し落ち着きを取り戻したこと、③につき、 自由な意思決定にもとづく自殺を否定:自 家族から腰ひもを取り上げられ、安心して目 殺行為の直前、被保険者には、幻聴に基づき を離したすきに行為(縊首)に及んだもので 警察官に助けを求める等の異常行動が認めら れたこと、さらに、2人の医師より、被保険 あり、自殺行為の態様としても不自然とはい えないこと、④につき、自分が決めつけてい 者は行為当時、精神分裂病のため心身喪失状 た末期癌の病苦から逃れるという動機から 態にあったとの判断が示されたこと、さらに 自殺を企図したものと推察できるものであ 自殺の動機となるべき事情が認められなかっ ることなどの事情を認め、被保険者が罹患し たことを総合し、被保険者の死亡は自由な意 ていたうつ病が、被保険者の自由な意思決定 思決定に基づく自殺にあたらないと判断した。 東京高判平成 13 年7月 30 日及び以後の判決 能力を喪失又は著しく減弱させた結果、本件 行為に及ばせたものと認めることはできな (3) 東京高判平成 13 年7月 30 日(前掲) いと判断し、保険者免責を肯定した。 自由な意思決定にもとづく自殺を肯定:① (5) 大分地判平成 17 年9月8日(判時 1935 号 うつ病罹患前の本来の性格・人格、②行為に 158 頁以下) 至るまでの被保険者の言動及び精神状態、③ 自由な意思決定にもとづく自殺を否定:上 自殺行為の態様、④他の動機の可能性等の事 情を総合的に考慮し、当該精神障害が行為者 記(3)の判決の枠組みを踏襲した上で、上記 ①につき、うつ病罹患後の被保険者の性格や、 の自由な意思決定能力を喪失ないしは喪失と 自殺行為自体を本来の性格とかけ離れたも 同程度に著しく減弱させた結果自殺企図行為 のと評価し、②につき、事務所に訪れた銀行 に及んだものと認められるか否かという判断 員から身を隠すなど、奇異な行動もみられ、 枠組みを提示したうえで、上記①つき、被保 他者から精神科の受診を勧められるほどで 険者は元々自分に厳しく妥協を許さない几帳 面な性格であったこと②につき、行為当日は あったことなどから、言動及び精神状態が異 常なものを感じさせる程度であったと評価 異常行動がまったくみられず、長男と冷静な し、③につき、自ら用意したザイルを2重に 会話をしていたこと、③では、行為(縊首) 巻いての縊首という態様を、ある程度計画的 にあたっては家人に発見されにくい深夜を選 な態様ともいうことができるとする一方で、 び、さらに妻が就寝したのを確認のうえで決 薬や入院に希望を託すかのような様子が認 行に及んでいること、④につき、医院の経営、 職員の退職等に関し多くの悩みを抱えていた められた数時間後に自殺行為に及んでおり、 うつ病による発作的な自殺であるとみられ ことなどの事情を認め、これらを総合的に考 る面もあると評価し、④につき、動機は不明 慮し、被保険者が当時罹患していたうつ病が、 であり、心身の不調、会社の経営苦、人間関 被保険者の自由な意思決定能力を喪失ないし 係などが動機になった場合でも、うつ病の多 は喪失と同程度に著しく減弱させた結果、自 大な影響を否定することができないとした。 殺企図行為に及んだものとは認められないと 判断した。 また、行為前も、ある程度適度なコミュニケ ーションが取れており、幻覚や妄想状態まで (4) 大阪高判平成 15 年2月 21 日(生命保険判 は存在しなかったことや、自殺行為がある程 例集第 15 巻 99 頁以下) 度計画的な態様であることから、被保険者が 自由な意思決定にもとづく自殺を肯定:上 行為時に心神喪失の状態にあったとまでは 記(3)判決の示した判断枠組みを踏襲の上、 いえないとしながらも、少なくとも、「死」 同判決の示した①につき(以下、同様)、被 保険者は元来、神経質であって、病院側も落 に関しては、「自由な意思決定能力が著しく 減弱していたもの」とみるのが相当であると ち込みやすい性格であるとみており、従前と 判断した。 比べて性格や人格に大きな変動があったと ウ 判決例に見られる判断要素 17 18 (1) 判決については、ホジキン病再発のおそれ に著しく減弱させた」結果自殺企図行為に及 や、それが疑われる病状、苦痛等に加え、法 人経営上の悩みにより、これら動機と認めら んだものとして、保険者免責を否定したケー スであり、自由な意思決定能力を否定した判 れる具体的な事情の存在が、自由な意思定能 断に関しては、批判的な見解が多数である 力の存在を肯定する大きな要素となってお (竹濱修「判批」商事法務 1878 号 67 頁、芦 り、加えて、遺書の存在が、本件自殺行為が、 原一郎 保険事例研究会レポート 215 号 14 覚悟のもと行われたことを裏付ける重要な 頁)。しかし、この点を措き同判決をみると、 判断要素となったと考えられる。 (2) 判決については、会社を早退したうえで、 会社経営上の悩み、男女関係の問題等におい て、自殺の動機を形成する原因において切迫 「やくざに追いかけられている。」などと口 性や切実性が希薄であると判断されたこと 走ってパトカーに助けを求めるなど、異常な が影響し、むしろ、うつ病の影響という判断 言動が認められたことに加え、被保険者を診 を増幅したものとも考えられる。また、本来 察した2人の医師より、行為当時、被保険者 の性格に関しては、本来気分に波があり、気 が心神喪失状態にあったと認められたこと が、自由な意思決定能力を否定する事情とし が小さく繊細との指摘はあるものの、会社経 営やスポーツ等何事にも前向き、意欲的で逆 て重く評価されたと考えられる。また、自殺 境でも克服する精神的強靱さを有していた の動機となるべき事情が認められないこと と認められたことが判断に影響したものと も、自由な意思決定にもとづく自殺にあたら 考えられる。 ないという判断の重要な要因になったと考 上記のように、上記(3)の、東京高判平成 えられる。 (3)、(4) 判決は、いずれも判断項目を4項目 13 年7月 30 日(生命保険判例集第 13 巻 617 頁以下)前の(1)(2)判決においては、病状に に分類したうえで、それぞれの項目で自由な 加えて、動機の有無や遺書の存在等が重要な 意思決定能力を肯定する事情を認め、保険者 判断要素となっており、(3)以降の判決では、 免責を肯定している。項目別に見れば、①う それまでの評価基準を踏襲しつつ、意思決定 つ病罹患前の本来の性格・人格について、 「几 能力の評価にあたり、①うつ病罹患前の本来 帳面」「神経質」といった性格が、自殺に親 和性のある性格と評価されたとみられ、さら の性格・人格、②行為に至るまでの被保険者 の言動及び精神状態、③行為の態様、④他の に、自殺行為時における人格に大きな変化を 動機の可能性等の事情を総合的に考慮し、当 認めないことも、自由な意思決定にもとづく 該精神障害が行為者の自由な意思決定能力 自殺を肯定する要素になったと考えられる。 を喪失ないしは喪失と同程度に著しく減弱 また、②行為に至るまでの被保険者の言動及 させた結果自殺企図行為に及んだものと認 び精神状態につき、行為前の言動に異常がみ られず、会話等が可能であった点が、自由な められるか否かを基準にしており、また、そ れぞれがどのような判断要素となっている 意思決定能力の存在を認める要素となった かについて考える場合、①では、本来の性 とみられる。また、③自殺行為の態様につき、 格・人格が自殺に親和性を持つと認められる 縊首という能動的な方法、行為に及んだ状況 か否か、および、うつ病罹患後の性格・人格 から、自殺として不自然な点が認められない、 が精神疾患によりいかなる影響を、どの程度 もしくは、決意の自殺を窺わせるものと評価 され、自由な意思決定能力の肯定につながっ 受けていたかが検証され、②では自殺直前の 被保険者の具体的な言動に徴して、精神障害 たものと考えられる。④他の動機の可能性等 の影響度合や判断能力の有無の状況が検証 については、(3)、(4)判決ともに、自殺の動 され、③では自殺行為の態様から、計画性・ 機となり得る事情の存在が、自由な意思決定 決意の有無、および、行為自体に異常なもの にもとづいた自殺であると判断する要素に はないか等が自由な判断能力の有無との関 なったと思われる。 (5) 判決は、上記(3)判決が示した判断要素や判 係で検証され、④では自殺行為に関して、本 人の自由な意思決定を裏付けるような動機 断枠組みに従いながら、本件と同様に、被保 の有無といった点が同様の視点から検証さ 険者が「自由な意思決定能力を喪失と同程度 れているものと考えられる。 また、特に、動機の有無や、行為直前の言 この評価は本来の性格の自殺への親和性を否 動、行為の態様等が大きな判断要素となる点 では、ある程度一貫しており、共通している 定しているようであるが、「ある意味では前向 き」な性格という評価が本来の自殺行動との親 ものと考えられる。 和性を否定するに足るものであるのか否か疑問 5.本件判決の検討 があるうえ、 「責任感がある」と換言された場合 ところで本件判決は、基本的には東京高判平成 でも、この性質はむしろ「責任感がない」場合 13 年7月 30 日(前掲)以後の判断枠組みを踏襲 よりも自殺に親和性があるとも考えられ、これ したうえで、自由な意思決定の有無の評価を行っ ているかのようにみえるものの、「その評価に際 らが否定要因として取扱われることには疑問を 感じざるを得ない。 しては、・・・Xが保険契約者と保険者との間の また、本件判決は、4回にわたり大量服薬し、 高度の信頼関係を一方的に破壊したか否かの観 6回にわたり、A病院に入退院を繰り返したこ 点からされるべきである」としている。 と等、平成 13 年既婚の男性と交際以後すべての これは過去の判決例のいずれにもみられない説 示である(ちなみに、前掲大分地裁判決は、信義 則等に言及しているが、同判決の判断がこれに左 期間の異常行動を本来の性格との比較対象とし、 本来の性格とかけ離れたものとなったものと判 断していると考えられる。 右されたか否かは別として、それはあくまでも しかしながら、Yが、ⅩがA病院を最後に退 「著しく減弱していた場合」も自由な意思決定能 院した平成 17 年 10 月 25 日以降は、本件転落に 力が喪失されていたのと同様に評価すべきであ 至るまで週1回の通院を継続し、その間に特に るという観点からの言及であるにすぎない)。 問題行動は認められなかったと主張しているよ また、判旨をみる限り、従前の判決例における 評価とは異なると考えられる点や、個々の事情が うに、上記交際以後、病状は、必ずしも一定で はなく、Xは、平成 17 年春ころから、週1、2 どの程度自由な意思決定能力を裏付けるか、また 回、短時間、以前に勤めていたスナックの手伝 は否定すべきものかという点に関する評価や判 いをするようになり、頻度は少ないものの、就 断が不十分であると思われる点が多々あり、むし 労が可能となっていたという事実も認定されて ろ、それぞれの事情が、被保険者が罹患していた いる。それにもかかわらず、これら事実がほと とされる、境界性パーソナリティー障害の症状に 沿うか否かの観点からの評価に重点が置かれ、従 んど評価されていないように思われる。 本来の性格や、その変容は、その自殺行為が 来の判決例と異なる判断基準が用いられている 実行された時点での精神能力の有無、異常性の と考えざるを得ないところがある。 有無や、これらの程度を判断するための項目と 以下、本件判決が従来の判決例と異なる基準を して検討されるものであるから、行為時より5 用いて評価を行っているのではないかと思われ 年近く前の期間を含む、Ⅹに最初に精神症状が る点、および、評価の妥当性に疑問がある点につ き、従前の判決例において示されてきた「うつ病 現れて以後の大量服薬や治療歴等すべてを一律 に比較対象とすべきではなく、むしろ、行為直 罹患前の本来の性格・人格」、「自殺行為に至るま 近の期間における上記のような事実も慎重かつ での言動及び精神状態」、「自殺行為の態様」、「他 適切に評価されるべきであり、以上のような認 の動機の可能性」の4つの評価項目ごとに検討し 定事実は自由な意思決定能力の存在を肯定する たい。 要素として評価されるべき意味を有するもので ア うつ病罹患前の本来の性格・人格 Xの本来の性格のうち、少なくとも、 「几帳面」、 はなかったのではないかと思われる。 イ 自殺行為に至るまでの言動及び精神状態 「神経質」といった点は、前記(3)(4)判決の判 本件転落直前のXの言動につき、自殺企図を 断基準を検討した際に触れたとおり、従来の判 繰り返したこと、目がすわり、何かに取りつか 決例では、自殺に親和性のある性格と評価され れたような表情であり、丙氏がⅩと別れたいと てきたとみられる。判旨は、Xの本来の性格を 言うと、何も言わず、同氏をにらみ続けたこと 「自殺行為につながりやすいものということも 可能」としながら、直後に「ある意味では前向 などが認められている。Xは行為当時、一定程 度、精神障害の影響下にあったとは否定できな きで責任感のある態度のあらわれということも いものの、男女間の別れ話の際に上記のような できる」と評価している。 態度を取っていたことは、むしろ別れ話を持ち 19 掛けられた者の態度としては必ずしも不可解と そればかりか、判旨は「本件転落時のことを認 もいえないという評価や解釈も可能であろう。 また、Xが行為直前に自殺の予告メールを送 識しているからといって、本件転落が、Xの自 由な意思決定能力が喪失されたといえるのと同 信している点、更に、行為後医師に心境や転落 程度に著しく減弱させた結果なされたものでな 時の状況を自ら語っていることは、寧ろ自由な いということはできない」と判示しており、被 意思決定能力を肯定すべき事情とも考えられる 保険者が行為の意味を理解しつつ行為に及んだ (なお、本件判決は、医師による「譫妄状態」 という事情は、自由な意思決定能力の評価にお 等とする評価についても言及しているが、文脈 上、これが判断の有力な要素となったとは解し いて、そもそも考慮しなくてもよいかのようで ある。 がたい。 「譫妄状態」とは「幻視を中心とした幻 本件転落の態様について、判旨における評価 覚、錯覚、不安、妄想が次々に現れる・・・ (中 は、単に、 「Xは、以後、大量服薬による自殺の 略)多くは後に強い健忘を残す」 (野村総一郎・ 手段を失っていたと認められるから、本件転落 樋口輝彦・尾崎紀夫編、福井顯二「標準精神医 の方法をとったことに不自然さはない。」と示さ 学」39 頁)とされているから、Ⅹの上記のよう な直前、または行為後の状況に照らしても「譫 れるのみである。従来の判決例では、行為の態 様から、計画性の有無や、覚悟のうえで行為に 妄状態」との評価はそもそも無理であろう)。 およんだか否か等が検討されたうえ、自由な意 さらに、判旨を見ると、上記のようなXの言 思決定能力の判断要素とされてきた。本件転落 動を、自由な意思決定能力の有無や、その程度 は、家人の目を盗んで敢行されたとみることも に関連づけて具体的に評価しているようにも思 可能であり、これは、ある意味では計画性や意 われない。 むしろ、本件判決は、 「Ⅹの言動は、境界性パ 図性を推認させる事情であって、本件転落の態 様として認められる事情が、自由な意思決定能 ーソナリティー障害の症状に沿うものであるこ 力の存在を肯定する要素となるか否かの検討す とに照らせば、本件転落前において、Ⅹは、境 らされていないことは不自然の感を禁じえない 界性パーソナリティー障害により、精神状態に ところであり、従来の判決例とは異なる判断基 異常なものがあったというべきである」と判示 準が働いていることが推測される。 し、個々の事情が、境界性パーソナリティー障 害の症状に矛盾しないという評価は明確に示し 他の動機の可能性 本件では、自殺行為の動機として、別れ話を ているものの、本来問題とされ、検討されるべ 切り出されていた丙氏に対する、Xの脅し、顕 き精神障害の有無及びその程度に関する言及や 示という点が認められる。しかし、このような 判断に乏しい感が否定できない。 動機は必ずしも不合理なものと断定しうるもの この点は、従来の判断基準による評価よりも、 でもなく、むしろそのような心情の発露は理解 むしろ、認定された事実が境界性パーソナリテ ィー障害の症状に沿うか否かの評価に重点が置 可能ともいいうるものである。 これらの動機の存在は従前の判決例における かれているように考えざるを得ない。 判断に照らしてみても、自由な意思決定の存在 ウ 20 エ 自殺行為の態様 を示す有力な判断要素と評価されて不自然では 本件転落は丙氏に対し、メールを送信して自 ないと考えられる。しかしながら、本件判決は 殺行為を予告したうえで敢行されている。この 「上記動機は、境界性パーソナリティー障害の 事実は、被保険者の自殺行為に対する決意と、 明らかな計画性を示すものといえる。さらにX 症状の観点から了解可能」とし、動機とみられ る事情がどの程度、自由な意思決定の存在に結 は、後日、本件転落時のことを医師に話す等、 びつくかといった、具体的な評価を行っていな 行為を認識のうえで行っていることから、Yの いばかりか、境界性パーソナリティー障害の症 主張をそのまま借りれば「自己の行為の意味を 状に沿うか否かの観点から評価を示している。 十分に理解しつつ行為に及んだもの」と評価で この評価内容からも、やはり、境界性パーソナ き、従来の判決例の評価基準からいえば、意思 決定能力が存在したことの有力な判断要素とさ リティー障害の症状に合致するか否かという、 過去の判決例とは異質な評価基準が働いたもの れるはずである。しかしながら、判旨には、こ と考えざるを得ないのである。 れらの事情に関する十分な検討がみられない。 以上のとおり、本件には、それぞれの評価項目 において、従来の判決例の基準にもとづいて評価 ような事情には疾病、経済的理由、愛情関係のも した場合、自由な意思決定能力の存在を肯定する とみられる事情が多く認められ、特に、被保険者 つれなども含まれていることは当然の前提として いるはずであり、その上で一律的な免責事由とし が本件転落前に、丙氏に対して自殺行為を予告す ていると解されるべきものであろう。 るメールを送るなど、行為に対しての計画性や決 それ故、法や約款規定は、そもそも、一方的に 意が認められることや、明確な動機となるべき事 信頼関係を破壊したものと認められる場合に限定 情の存在は、少なくとも過去の判決例においては、 するような制限を設けてはいないのである。 意思決定に基づく自殺を示す重大な要因と評価さ れたと考えられるものであって、このような事情 自殺免責を否定する自由な意思決定能力の喪失 又はその著しい減弱という概念は従前の判決例や が認められながら、本件自殺行為において、被保 学説において、そのような理解のもとに解釈され 険者が自由な意思決定能力を「著しく減弱させた」 てきたものと考えられるべきものである。 と判断されたことに関しては疑義を持たざるを得 また、約款規定の解釈は、保険制度の健全な維 ない。 持、運営とも無関係ではなく、自殺免責の趣旨は、 ところで、本件判決の以上のような判断がもた らされた理由について考えると、本件判決が従前 「保険契約上の危険予測を確実にして健全な保険 制度の運営維持を図るということをも趣旨として の判決例において積み重ねられてきた判断枠組み いると考えられるもの」(前掲大阪高判平成 15 年 に付加して「・・・Y主張のとおりであるが、そ 2月 21 日、生命保険判例集第 15 巻 106 頁)であ の評価に際しては、純然たる自然科学的評価では って、単に信義則や生命保険の不当利用にとどま なく、Xが保険契約者と保険者との間の高度の信 らず、「保険契約上の危険予測を確実にする」、す 頼関係を一方的に破壊したか否かの観点からされ るべきである。」とわざわざ判示していることに基 なわち制度運営に直結する役割を含むと解される。 この観点に徴しても、 「保険契約者と保険者との づいているものと理解するほかないのではないか 間の高度の信頼関係を一方的に破壊したか否かの と考えられる。 観点」は、極めて漠然としており、また、恣意的 本件被告となった保険者が従前の判決例の枠組 みによる判断基準に基づく主張をなしていること な判断をもたらしかねないのである。 前記大分地裁判決に対する評釈において、 「信義 に対し、敢えて「・・・Y主張のとおりであるが、」 というのは、当然ながら、それを修正する意図が 則違反や不当利用がないことから保険金を支払っ てよいと解釈するのは、自殺に限定的な条件をつ 含まれていると言わざるを得ないであろう。 けていない自殺免責条項の文言からみても行きす また、前記の通り、本件判決は境界性パーソナ ぎであると思う」 (竹濱 前掲 69 項)という見解が リティー障害との関係で理解可能等の判示をなし 示されているのも同様の趣旨を含むものと考えら ているが、上記のように「信頼関係を一方的に破 れるのである。 壊したか否かの観点」からみれば、主として疾病 に起因したものであるという評価や判断が可能で 6.まとめ 上記のとおり検討し、また、冒頭でも示したと あれば、むしろ、それ以上の踏み込んだ判断は不 おり、報告者は判旨およびその判断基準に疑問を 要となったものとも考えることができるのである。 持つ。 しかしながら、そのような基準を「自由な判断 一方で、前記の通り本件は境界性パーソナリテ 能力が喪失され又は著しく減弱した場合」という ィー障害と診断された被保険者が自殺行為を行い、 判断の要素として付加した結果として、上記の判 断がもたらされたとすれば、これに関しても疑義 これに関する自由な判断能力の有無等が争われた、 先例が見当たらない稀有な事案である。 を持たざるを得ない。 この疾患の特徴としては、 「境界性パーソナリテ 自由な判断能力の喪失ないし著しい減弱という ィ障害の人は、見捨てられることに対して、強い 概念は精神能力ないし判断能力に関する評価であ 不安感を抱く。この不安感は親しくなった瞬間か って、そもそも「保険契約者と保険者との間の高 ら始まり、親密さが増し、頼るようになればなる 度の信頼関係を一方的に破壊したか否かの観点」 とは、異質な内容である。 ほど、増すことになる。」(岡田尊司「境界性パー ソナリティ障害」42 頁)、と医学的見地から解説 法や約款規定が、自殺を免責事由としているの されているように、他者に見捨てられることに対 も、自殺には多種多様な事情等が認められ、その しての不安感が非常に強いという点が挙げられ、 21 22 又、自殺企図や、自傷行為を繰り返す傾向が認め 意に保険事故を起こして保険者に保険給付を行わ られている。 境界性パーソナリティ障害を含む、いわゆる「人 せることが信義則に反すると考えられることによ る。高度障害保険給付の約款規定において、被保 格障害」は「病的な個性」、あるいは、「自我の形 険者等の故意による保険事故招致を保険者免責と 成不全」とも換言され、人格自体が不適合とみな する趣旨は、期間限定なく保険期間中つねに保険 される状態である。それ故、そもそも、被保険者 者免責とされることから、被保険者の故意の事故 ないし患者の行為が、本来の人格に起因するか、 招致という高度の危険を保険者が通常の保険料で 病的な人格障害の影響または、これにより支配さ れたものであるか否かに関する判断にあたっては は引き受けないということにあると解する方が自 然であろう。これは、いわば危険の引受範囲の問 困難が伴うものと考えられる。 題であり、被保険者等の主観的な危険を保障範囲 また、自由な意思決定能力の喪失ないし著しい から除外するためであると考えられる。自殺免責 減弱という概念は、例え、それが意図的、目的的 条項のように、契約締結当初の一定期間の生命保 である場合でも、その判断能力が疾病等に基づく 険契約の不当利用を防止するというのみならず、 ものであるが故に、また、通常人ないし通常の人 間が具有している合理的な判断能力に基づくもの 高度障害保険給付にあっては、保険期間中を通じ て、かかる故意の事故については、たとえ被保険 とはおよそ評価できないもの、または、その能力 者本人に多大な苦痛を生じさせる事故であっても、 が著しく減退しているが故に行われたものと解さ これを故意に惹起して被保険者自身が保険給付を れる場合をも含むと解されるが(ただし、人間は 得ることとなる場合には、保険の利益を得る者の 必ずしも合理的な行動を行うものではなく、それ 保険者に対する信義則に反すると考えることもで が常識的な意味で通常人の理解しうる判断に基づ く行動と考慮される場合も含む)、上記のような患 きよう。 したがって、本件で問題となる高度障害条項に 者の行為は感情の発露等としての意図的又は目的 おける被保険者の故意の保険事故招致に当たるか 的な行動が多いと考えられるが故に異質性を有し 否かという判断に当たっては、被保険者の故意の ており、自由な意思決定能力を喪失したか、また 保険事故招致が保険金取得目的であったかどうか は著しく減弱していたのかという評価を行うには (保険者に対する信頼関係を破壊するような事情 自ずから困難が伴うと考えざるをえないところが ある(例えば、本件事案に関してみても男女関係 があったかどうかなど、その主観的意図がどうか) が重要になるのではなく、客観的に見て(保険金 や、それに基づく別れ話等により逆上することは 取得目的がなくとも)、故意の事故招致となって保 必ずしも人間の行動として著しく不合理であると 険者に保険給付をさせることが問題となっている か、ありえないことであるなどとも言い得ないで のである。ここでは、故意といえるだけの被保険 あろう)。 者の精神活動があれば、本件の故意免責条項の適 以上のとおり、本件判決は、 「境界性パーソナリ ティ障害」に罹患したとされる被保険者の自殺企 用には十分である。本件判決は、この免責条項の 適用は、 「保険契約者と保険者との間の高度の信頼 図行為について、自由な意思決定能力の有無の評 関係を一方的に破壊したか否かの観点から」判断 価を行ったという点において、その判断の当否は すべきものであるかのように言うが、本件免責条 別として、希少な先例ともなりうるものであって、 項の趣旨および約款文言から逸脱しており、妥当 このような事案に関しては更に今後の判決例の蓄 な解釈ではないと思う。 積や推移を見守る必要があると思われる。 また、故意といえるためには、被保険者に一定 の自由な精神活動ができなければならないが、一 (竹濵修教授追加説明) 方で、故意を否定するためには、被保険者が心神 生命保険の約款に見られる被保険者の故意の保 耗弱・心神喪失の状態や事理弁識能力がなく、お 険事故招致に対する保険者免責条項のうち、契約 よそ本人の意思活動とはいえない場合を要すると 時より一定期間の被保険者の自殺を保険者免責と 解するのが一般である。病気等により精神障害が する趣旨は、①生命保険契約の不当な利用の仕方 を防止し、②保険事故発生の危険の大きい部分を あるとしても、それが行為時点において心神耗弱 など被保険者の意思活動をほぼ無きに等しい状態 保障範囲から除外するものであり、③被保険者が にしていたと認められることがなければ故意を否 保険契約者でもある場合は、契約当事者が自ら故 定することはできない。自由な意思決定能力が病 気等により多少制限されたとしても、そのことか ら直ちに故意を否定することはできない。本件で は、被保険者が故意を否定されるほどに意思活動 の自由をほぼ完全に失っていたとまで認めること は困難ではないかと思われる。その意味で、本件 判決の判断には相当に疑問がある。報告者が本件 判決に疑問を呈されるのももっともであると思う。 (大阪:平成 24 年 11 月9日) 報告:大同生命保険株式会社 保険金部保険金課 座長:立命館大学 大阪大学 高橋 祐司 氏 教授 竹濵 修 氏 教授 山下 典孝 氏 23 24