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分度器の指導 高村 明良 1.はじめに 『三角形の三つの内角の和は180

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分度器の指導 高村 明良 1.はじめに 『三角形の三つの内角の和は180
分度器の指導
高村
明良
1.はじめに
『三角形の三つの内角の和は180度である』という定理は、誰にとっても驚きとともに深く記憶
に残る事実の一つでしょう。現在の学校教育では、この事実を小学校6年生で体験的に学び、中学2
年生で数学的に証明します。この事実で中心的な役割を果たしている角については、小学校4年生の
算数で学習します。算数の指導単元の一つである「量と測定」に含まれる内容で、角の大きさとその
単位について学びます。この段階では、分度器を使って角の大きさを測ったり、与えられた大きさの
角を作図したりという操作もします。
今回は、この角の学習に必要な「分度器」を取り上げてみます。視覚障害者用分度器に施されてい
る工夫を確認しながら、触察の特性を配慮した分度器を利用する指導について考えていきます。
現在、日本点字図書館の用具部で、分度器を含む視覚障害者用定規セットを買い求めることができ
ます。この定規セットは、視覚に障害のある児童生徒が算数・数学の学習活動の中で、円を描いたり、
平行線を描いたり、角度を測ったり、基本的な作図をしたりする時に使いやすいように工夫されて作
られたものです。5mm 程度のシリコンマットの上にレーズライター用紙を置くか、軟らかいコルク
板に薄いシリコンマットを重ねた上にレーズライター用紙を置いて、その上で両手を使ってボールペ
ンや点筆で作図することを前提に考えられています。
この定規セットが作られた経緯については、昭和59年12月4日に行われた関視研の算数・数学
部会で、筑波大学附属盲学校小学部の牟田口先生(現在広島大学准教授)によって報告されています。
資料として残されている「盲人用定規セットについて」という研究レポートには、この定規セットの
作成に筑波大学附属盲学校小学部の盲教育研究グループが深くかかわったこと、在籍児童の協力を得
て現在の形になったことが記されています。
また、このレポートに記述されている定規セットの特徴を整理すると、以下の4点になります。
①この定規セットは、「分回し」
、「分度器」、一組の「三角定規」からなっている。
②それぞれの器具には、指先で触知できる凸目盛りが付けられている。
③これらの器具に添って、ボールペンや点筆などで描かれた線が触覚的な死角部分に入らないよう
に器具の肉厚にも配慮されている。
④手の巧緻性の発達段階に合わせた使い方ができるように、それぞれの器具にピンホールを付けて、
レーズライター上に固定できるように配慮されている。
2.分度器で角の大きさを測る
上述した特徴を持つ定規セットの中の分度器を用いて、手で触れながら分度器で角の大きさを測る
学習を進めていく上では、3段階の操作が必要になります。
①角の頂点に分度器の基線の中心を合わせる。
②角を作っている一つの辺に分度器の基線を合わせる。
③目盛りを読む。
眼で確認しながら角の大きさを測るときには、上の①、②の操作を一度に行います。
文房具店で買い求めることができる一般的な分度器には、0度と180度を結ぶ円の直径にあたると
ころの下に遊びの部分が付いています。つまり、分度器の縁と基線が一致していません。視覚障害者
用分度器では、①、②の操作を容易にするために、この遊びの部分を削ってあります。それでも、こ
れだけでは分度器の基線を角の辺に合わせたとき、分度器の厚みのために辺が触覚的な死角に入って
しまい、分度器の基線が辺にぴったり合っているかどうか確認することは困難です。そこで、この操
作を手で触れて正確にできるようにするために考えられたのが、基線部分に切り込みを入れることで
す。現在の分度器には、半円形の切り込みが四つ入れてあり、角の頂点や辺に合わせやすくなってい
ます。また、分度器の強度を上げるために全体的に肉厚になっていますが、角の頂点や辺に合わせる
部分は薄く削られています。さらに、分度器の中心部(五つの突起の真ん中)の先を尖らせて、角の
頂点に合わせやすくなっています。その他の四つの突起の先は、短い直線となっていて辺に合わせや
すくなっています。
①、②の操作が終わったところで、次は③の操作(目盛りを読む)に移ります。測りたい角に合わ
せた分度器を片手で動かないように押さえながら、もう一方の手で目盛りを読みます。しかし、この
両手の操作はそんなに易しいものではありません。児童の発達段階に合わせて、③の操作を、目盛り
を読むことだけにするために、分度器にはピンホールが付けられています。二つのピンホールにピン
を刺して分度器を完全に固定してから目盛りを読む、一方のピンホールにだけピンを刺して分度器を
やや動きにくくしてから目盛りを読むなど、段階を踏んだ指導によって、分度器を押さえながら目盛
りを読む操作ができるようにする必要があります。また、ピンホールに刺すピンも定規セットの中に
3本入っていますが、それは誰にでも使いやすいものとは限りません。児童の発達段階に応じて、文
房具店などで売られているマップピンの中から適切なものを選ぶことも大切です。
視覚障害者用分度器の目盛りは、5度おきに付けられています。10度刻みの位置は線が付けられ
ていて、30度、60度、120度、150度の位置にはその線の先にやや大きめの点が一つ、90
度の位置には二つ付けられています。その他の位置には小さな点が付けられています。そして、目盛
りを読み取りやすくするために、分度器の外周部分を強度が落ちない程度に薄く削ってあります。ま
た、角を作る辺が短いときのことを考慮して、分度器の中を半円形にくり貫いてあります。このくり
貫かれた中の半円周上に並ぶように30度刻みの大きめの点が配置されています。
しかし、実際には角を作る辺が分度器の外周から外へ出ないような角の大きさを測ることはかなり
難しいことなので、辺を延ばして測る方がよいでしょう。どちらかというと、この半円形にくり貫か
れた部分は、角の大きさを測るときに辺の位置を、人刺し指と中指の2本の指で、分度器の外側と内
側から同時に確認するために使われることが多いようです。
3.角を作図する
与えられた大きさの角を作図するときは、次の4段階の手順で行います。
①線分を引く。
②線分の一端に分度器の中心点が重なるように、線分に基線を合わせる。
③分度器から作図する角の大きさと一致する場所の目盛りを読み取り、その位置に印を付ける。
④分度器を取り除いて、分度器の中心点をあてた点と③で付けた印を結ぶ。
②の操作は、角の大きさを測るときと同じ操作です。③の操作も分度器が動かないように押さえな
がら目盛りを読むところまでは同じですが、さらにボールペンや点筆を持って、その目盛りの位置に
印を付けなければなりません。角の大きさを測るときの操作に比べてさらに複雑な操作になります。
そこで、目盛りの位置がボールペンや点筆の先で確認しやすいように、分度器の側面に10度刻みで
小さな切り込みが入れてあります。この切り込みは、ボールペンや点筆の先がちょうど入る大きさに
なっています。この切り込みを利用して、ボールペンや点筆の先を使って、印を付ける位置を容易に
決めることができます。ボールペンや点筆で印を付ける代わりにピンを刺しておくのも一つの方法で
す。どちらかというと、ピンを使う方がきれいに作図できます。もちろん、児童の発達段階に合わせ
て、分度器が動かないようにピンで固定してからこの操作をさせることも必要です。
分度器の中をくり貫いてできた内側の半円周上にも10度刻みで同じ切り込みが入っていますが、
こちらの切り込みは外側の切り込みに比べて頻繁に使われるものではありません。また、これらの切
り込みを爪の先で数えることで、目盛りを読む代わりにすることもあります。
4.もう一つの工夫
手で触れながら線の長さや角の大きさを測ったり、線分や角を描いたりするとき、道具の選び方に
よっては触覚的な死角部分が大きくなったり小さくなったりします。視覚障害者用分度器でも、この
触覚的な死角部分となる範囲をできるだけ小さくするために、基線部分に半円形の切り込みを入れて、
さらに残った突起部分を薄く削ってあります。また、目盛りを読み取る外周部分もできるだけ薄く作
られています。しかし、線の太さや紙の表面からの線の高さによっては、完全に触覚的な死角部分を
取り去ることはできません。
これまでの説明では、角の頂点に分度器の中心点を合わせるときには、常に指先に分度器の突起部
分が触れている状態で、指の先端部分よりも少し奥のところで角の頂点を確認しながら合わせること
になります。この操作は、指の先端部分より少し奥のところで分度器の突起に触れている状態で、指
先で角の頂点を確認しながら合わせる操作よりもやや困難です。そこで、分度器を180度回転して、
分度器の基線を合わせる角の辺を変えます。このように分度器を180度回転して使うことで、触察
でより効率よく角の大きさを測ることができます。この場合、辺の長さによっては目盛りを読み取り
にくくなることがありますが、辺を延ばすことで読み取りやすくすることが可能です。
-[分度器の指導]という単元では、2本の線分によって作られる角の大きさに焦点が当てられていま
す。角を触察して、児童のやりやすい方法でその大きさを測って、それを実感することが大切です。
分度器の向きを変えて角の大きさを測ったり、角を描いたりしても、指導要領に示されている算数の
内容を理解するには何も影響はありません。
5.おわりに
2直線が交わってできる角の大きさについては、小学校の算数で単位としての度の感覚を養い、中
学の数学の一次関数の単元では直線の傾き(タンジェント)として学びます。さらに高校の数学では、
半径1の円弧の長さを利用して表す弧度法を学習して、次の数学へと繋げていきます。この流れから
みても、算数の段階での目的は、分度器を使って角の大きさを正確に測ったり、角を正確に描いたり
する力を身に付けることではありません。このような操作を通して、角度の感覚をしっかり育てるこ
とが非常に大切なのです。
この感覚を育てるために視覚に障害のある児童には、角を触察する、その角の大きさを測る、もう
一度それを触察して確認するという繰り返しが必要です。いろいろな大きさの角を作図すること、い
ろいろな大きさの角を紙で折ること、それらの角を分度器で測ること、そしてもう一度その角を触察
してその尖がり具合を確認する。角に触れた感覚と数値を組み合わせて記憶する。こうした繰り返し
が角に対する感覚を育てていきます。
角の大きさの学習は、分度器を効果的に用いた触察体験をさせることで、将来の学習や日常生活に
おいて大切な感覚の一つを育てるよい機会です。
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