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胃癌に対するレーザー治療(PDT)と 全身化学療法の進歩 1

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胃癌に対するレーザー治療(PDT)と 全身化学療法の進歩 1
胃癌に対するレーザー治療(PDT)と
MAIN TOPICS
全身化学療法の進歩
a. 兵庫県立西宮病院 化学療法センター、b. 兵庫県立西宮病院 消化器内科
楢 原 啓 之 a,b、増 田 江 利 子 b、森 田 香 織 b
1
する際には注意が必要である。韓国からの報告
はじめに
では 1 万例を超える胃がん外科手術例の内、57
% の患者にリンパ節転移を認めた
2)
生活習慣病の内、がんは、我が国において死
MAIN
TOPICS
亡原因の第 1 位となっており、国民の約 2 人に
の再発様式は日本と同様に腹膜再発が 44 % と最
1 人ががんに罹患し、約 3 人に 1 人ががんで死
も多く、遠隔転移が 38 % であった。
亡している
1)
。日本人に多いがんは、5 大がん
。胃癌術後
さて 2 次予防としての胃がん検診は、日本の
(胃がん、大腸がん、乳がん、肝がん、肺がん)
成績が感度・特異度ともに約 90 % あり良好であ
と呼ばれる。世界保健機関(WHO)の定義では、
る。Helicobacter pylori 菌の血清診断や二重造
人口の 7 % 以上が 65 歳以上の高齢者で占めら
影法、上部内視鏡検査が国際的評価を得ている。
れる社会は高齢化社会であり、14 % 以上は高齢
Ohata らは、平均年齢 50 歳の無症状患者 4,655
社会である。日本は急速に人口の高齢化が進み、
例を 7.7 年内視鏡的に経過観察した 2)。三木らが
すでに 20 % を超えている。日本人男性 10 万人
開発した血清ペプシノーゲン法により慢性委縮
当たりのがん死亡率は 30 歳代前半では 10 数人
性胃炎のリスク分類が行われた。ピロリ菌感染
にすぎないが、70 歳代後半では千数百人と飛躍
も委縮性胃炎も認めなかった群からの胃がんの
的に増加する。がんは DNA 傷害が積み重なり
発生は経過観察中 1 , 0 0 0 人中 0 人であったが、
最終的に 1 つの細胞ががん化して増殖、浸潤、
両者を認める群では 114 人に 1 人胃がんが発見
転移を経て個体を死に至らせる病である。長く
された。すなわちこれらのハイリスク群では定
生きればそれだけ酸化ストレス等に暴露される
期的な内視鏡検査が必要であることを示してい
期間が延長する。それでは不老長寿のようにが
る。胃体部の病巣は低酸、Helicobacter pylori
んを予防できないか。がんの予防法(1 次予防)
菌感染と関連性があるが、欧米に多い噴門部が
で最も効果的であり、国策となっているのが喫
んはそのいずれも関連性がないとされる。
煙対策である。喫煙者は非喫煙者に比較して喉
さて米国では 1 9 7 8 年から 2 0 0 5 年にかけて
頭がんでは 32.5 倍、肺がんでは 4.5 倍、そして
34 % 胃がん患者が減少した 2)。占拠部位とは関
胃がんでは 1.5 倍リスクが高まる。
連性が認められず、組織型では分化型胃癌が 44
胃がんは、世界規模では毎年 87 万人が罹患し、
2)
% 減少したが、逆に未分化型胃癌は 2000 年ま
65 万人が亡くなっている 。日本、極東アジア、
でに 62 % 増加していた。そして未分化型胃癌は
南米、東欧は多発地域であり 10 万人当たり 30
HER2 過剰発現や HER2 遺伝子増幅の頻度が少
∼ 85 人が罹患する。米国、イスラエル、オース
ないことが報告されている。このように胃癌は
トラリア、ニュージーランド、クウェートでは
病理学的に多形性に富んだ癌腫である。
10 万人当たり 10 人未満である
2)
。冷蔵庫の普
かつて Helicobacter pylori 菌感染が蔓延して
及に伴い多くの先進国では稀な疾患となってい
いたことや高塩分食の摂取により日本人の年齢調
る。また欧米の臨床試験では胃がんの中に噴門
整がん罹患率・死亡率は男女ともに胃がんが第 1
部がんが多く含まれており、日本の成績と比較
位であった 1)。1919 年 Helicobacter pylori 菌と
Medical Photonics
No. 10
23
胃潰瘍の関連性に気づいた日本人はいたが、当
稿では低侵襲な内視鏡治療と最近の副作用が少
時の医学会で否定された。1994 年国際がん研究
なく有用性が検証された全身化学療法について
機関(IARC)は、ピロリ菌が胃がんの病原体で
概説する。
あることを発表したが、当初日本の胃がん専門
医は否定的であった。その後 1996 年平山らはス
ナネズミの感染実験に成功し、コッホの 3 原則
が証明された。そして 2005 年オーストラリア人
2
胃がん治療法選択の基本的な考え方
他臓器の癌腫と異なり、早期胃癌の定義は、
のウォーレンとマーシャルがノーベル生理学・
原発巣の深達度が浅いこと(T1: M, SM)であ
医学賞を受賞した。
る(図 1 )。リンパ節転移の有無は問わない
3)
。
日本では 1992 年当時の 20 歳代のピロリ菌感
進行胃がんは深達度が深く(MP 以深)、転移の
染率は 25 % 程度と低率であるが、40 歳以上で
可能性がより高いがんである。従来、日本胃癌
は 7 割を超えていた。先進国の中で日本のみ感
学会胃癌取扱い規約と国際分類である TNM 分
MAIN TOPICS
染率が高いのは、下水道の普及率との逆相関が
類は異なる分類法であった。胃がん手術におい
指摘されている。感染経路は乳幼児期に経口感
て第 1 群リンパ節郭清、第 2 群リンパ節郭清の
染するとされている。ピロリ菌のウレアーゼは、
どちらが優るかの論争が外科医の間で長く続い
塩酸があふれる胃内部の酸性条件下でも菌体周囲
た。日本では消化器を専門とする医師は職人的
の pH を中和して菌が生息する。Helicobacter は、
であり、EBM(Evidence based medicine)の
ヘリコプターのように動く鞭毛を有しているこ
概念が普及していなかったため、多施設臨床試
とから命名され、遊泳して感染部位に集合する。
験が行われる環境整備がなされていなかった。
宿主側の免疫反応として、集合する白血球が産
特に内科医は内視鏡医あるいは肝臓を専門とす
生する活性酸素やモノクロラミンなどのフリー
る医師ばかりで消化器分野では腫瘍内科医が存
ラジカルが生成されて胃粘膜傷害が進行すると
在していなかった。当然のことながら医学部教
考えられている。
育において腫瘍内科学や臨床腫瘍学の講義もな
さて米国では腫瘍内科医がまずがん患者を診
かった。しかし 2005 年 5 月 28 日第 1 回がん患
察し、がんの集学的治療(外科手術、放射線治
者大集会が大阪 NHK ホールで開催されたこと
療、化学療法)のいずれを施すべきか、あるい
なども追い風となり、全国にがん診療連携拠点
は同時に組み合わせて行うか大勢のメディカル
病院が指定され、がん対策基本法の制定にいた
スタッフ間で検討される。一方、我が国では胃
った。
がんが多かったため、また約 20 年前までは患者
本人にがんの病名告知が行われていなかったた
め、内科医ががんの告知を行うことはまったく
なかった。内視鏡検査および病理検査で胃癌と
Depth of invasion
診断された時点で進行度のいかんにかかわらず
患者は消化器外科医の手に委ねられていた。と
Early cancer
Advanced cancer
ころがインターネットの普及に伴い、正確なが
ん情報を誰でも Google などの検索システムによ
り手に入れることができるようになった
Mucosa(M)
2)
。そ
Submucosa(SM)
して社会環境も変化し、以前のように数ヶ月間
Proper muscle
ずっと入院して治療するのではなく、働きなが
Subserosa
Serosa
ら外来で抗がん剤治療を受けられるようになっ
てきた。その背景には制吐剤や G-CSF 製剤など
の支持療法の進歩と臨床試験の推進がある。本
24
Medical Photonics
No. 10
図 1 胃癌の深達度と病期
胃癌に対するレーザー治療(PDT)と全身化学療法の進歩
さらに国立がん研究センター内にがん対策情
膨隆が得られれば snare をかけて電気を通電し
報センターが設置され、正確ながん情報が公開
て焼灼切除する。③病理学的検索により切除断
され始めた。今後は米国 SEER のようながん登
端が陰性であれば完全切除、断端が陽性であれ
MAIN TOPICS
録システムの整備が課題とされる。
ば不完全切除と判定される。burning effect に
さて、がん治療は大きく局所治療と全身治療
より結果的に病巣が取りきれている可能性もあ
に大別される。胃がんにおいても同様である。
るが、厳重に内視鏡的経過観察を行う。さらに
局所治療は、がんが限局している早期に行われ
切除標本から癌巣の組織型、深達度、脈管侵襲
る内視鏡治療、外科手術、放射線治療と進行期
の有無を検索する。深達度が sm 浸潤距離 500
に行われる抗がん剤の局所投与などである。全
µm を 超 え て い た り 、 リ ン パ 管 侵 襲 や 静 脈 侵 襲
身治療は、がんが転移している可能性がある早
があるとリンパ節転移のリスクがあるため外科
期に再発予防を目的として行われるか、転移し
的追加切除が考慮される。一括切除できず、分
ている進行期に延命を目的として行われる。
割切除となった場合には局所の遺残再発率が高
い。術後の経過観察中に内視鏡検査で遺残病巣
3
胃癌に対する内視鏡治療
を認めれば hot biopsy、APC(アルゴンプラズ
マ凝固)などの内視鏡治療を追加する。EMR
は簡便な方法であり、治療時間は数分から数十
3.1 EMR(Endoscopic mucosal resection)
分で終了する。E M R 後にピロリ菌の除菌療法
内視鏡的粘膜切除術(EMR)は、日本人が世
を行った無作為比較試験では、非除菌群に比較
界に普及させた方法である
4)
。小病巣では一括
して異時性胃癌の発生が 66 % 減少した 5)。
切除(en bloc)が可能であるが、腫瘍径が 2
cm を超えると分割切除(piecemeal)率が高く
3.2 ESD(Endoscopic submucosal dissection)
なり、正確な病理診断が困難になる可能性があ
内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)は、より大
る(図 2)。
きな病巣を完全切除するために日本人が開発し
方法:①まず粘膜下層に生理食塩水を局注す
た方法である 6)。EMR よりも出血・穿孔などの
る。病巣周囲が膨隆するのを確認する。膨隆し
危険性が高い。穿孔の可能性は 5 % 弱、輸血の
なければ non-lifting sign 陽性と判断して手技
可能性は 1 % 弱であり、いずれも内視鏡的に治
を中止する。この場合粘膜下層の線維化の存在
療することができる。治癒せず緊急手術が必要
や深達度が術前診断より深い可能性がある。②
となるような出血・穿孔は 0.3 % 以下とされる。
また内視鏡スコープの先端で少しずつ粘膜下層
を削いで剥離していくのに、術者の体とファイ
EMR TECHNIQUE
Submucosal saline injection technique:
saline
lesion
バースコープ先端の処置具との距離が離れてい
ることから、正確な手技の習熟に時間を要する。
また粘膜下層の毛細血管網を内視鏡下で観察し
た経験が必要である。出血を恐れるあまり熱凝
固しすぎると視野がとれなくなり、正確な layer
での剥離が困難になる。治療時間がかえって外
科手術より長くかかり中には深夜に及ぶことが
En bloc resection
Additional resection
Piecemeal resection
ある。日本人内視鏡医の執念の結晶のような手
技である。ESD では腹腔鏡下外科手術のように
さまざまな機器が開発された。先端に絶縁体と
してセラミックボールを装着して穿孔のリスク
図 2 EMR の方法
軽減を図る IT(insulation-tipped diathermic
Medical Photonics
No. 10
25
泌尿器科領域における光力学技術の効用
knife)ナイフがまず開発され、フックナイフ、
新たに認可された 9 )。主に外科手術困難な高齢
フレックスナイフ、三角ナイフなどの切開・剥
者や合併症を有する患者を対象として行われる。
離用デバイスが市販された。局注液も生理食塩
MAIN TOPICS
水、グリセオール、ムコアップ(ヒアルロン酸)、
光感受性物質の特性である日光過敏症を予防す
ボスミン(エピネフリン)添加やインジゴカル
などの重篤な合併症を有する患者にも施行する
ミンを混注して用いる場合がある。大きな病巣
ことができる。
るために遮光が必要であるが、肝硬変、腎不全
でも一括切除が可能なため正確な病理診断がで
(1)PDT 単独
きる利点を有する。
今から約 22 年前(1990 年)大阪府立成人病
3.3 PDT(Photodynamic therapy)
センターではパルス波のエキシマダイレーザー
光線力学的療法(PDT)は、腫瘍親和性光感
(EDL-1, 浜松ホトニクス)を導入し、早期胃が
受性物質をあらかじめ患者に投与し、腫瘍への
MAIN TOPICS
集積が最大となる一定時間後、腫瘍病巣へ励起
ん治療への臨床応用を開始した(図 3)。粘膜が
波長の光線を照射することにより、組織内の三
より深達度の深い粘膜下層がん(SM がん)の治
重項酸素から一重項酸素が産生し、その酸化作
癒率は 70 % であった。有害事象は出血 0.73 %、
ん(M がん)は 95 % に局所治癒が得られたが、
用により癌組織を選択的に破壊する方法である
穿孔 0 %、治療関連死 0 % であり、極めて安全
7、8)
性が高いとされ、現在の超高齢社会のニーズに適
用いて早期胃がんに臨床応用したが、満足のい
している。
。三村らは連続波のアルゴンダイレーザーを
く成績は得られなかった。1990 年から 1992 年
そして 2000 年には OES-TV システム
にかけてフォトフリンとパルス波のエキシマダ
(model OTV-S5、オリンパス光学)を導入し、
イレーザー(浜松ホトニクス)を用いて後期臨
ファイバースコープと CCD カメラの間に特注の
床第Ⅱ相試験が行われた。1994 年早期肺がん、
干渉膜フィルター(浜松ホトニクス)を挿入し
早期食道がん、早期子宮がんとともに早期胃が
た。さらに CCD の感度に適合するために ND
んに対して厚生省で認可され、1996 年保険承認
フィルター(富士フィルター)を追加した。こ
された。そして 1999 年には波長可変式で新規光
の新装置により胃粘膜は本来の色調で観察でき、
感受性物質への対応が可能な YAG-OPO レーザ
同時にレーザー光も赤いスポットとして観察で
ー(石川島播磨重工業)がレーザー機器として
きるため正確な照射が可能となり、病巣周辺部
分の照射ムラが解消し、辺縁遺残病巣が減少し
た。しかし中心遺残病巣は減らず、再度 PDT を
行っても遺残したため中心遺残の原因は照射技
術ではなく、レーザー光の深達性の限界と考え
られた。
(2)EMR-PDT
筆者らは、PDT 単独療法の欠点を補うために
EMR-PDT 法を開発した 8)。
方法:①あらかじめ腫瘍の厚さを減じるため
に piecemeal snarectomy (EMR)を行う。生
理食塩水を局注せず、2-チャンネルスコープを
用い大型把持鉗子で病巣を把持し、高周波スネ
ア内に引き込み切除する。②血液の付着が消失
図3
26
EDL-1
Medical Photonics
し、粘膜の浮腫が軽減した 1 週間後、PDT を施
No. 10
胃癌に対するレーザー治療(PDT)と全身化学療法の進歩
CANCER THICKNESS AND RESPONSE
CURE
NON-CURE
MAIN TOPICS
mm
0
③光過敏状態の患者に強い光が当たらないよう
保護し、急性潰瘍の治療を行う。④治療後、1 週
目、2 週目に内視鏡検査を行う。退院後、1 ヶ月
目、2 ヶ月目、3 ヶ月目、6 カ月目に内視鏡検査
5
を行う。以後は 1 年おきに内視鏡検査を行う。
10
そして遠隔転移精査のため CT 検査あるいは
15
PET-CT 検査を定期的に行う。EMR-PDT 法に
20
より SM Massive 胃がんはいずれも局所治癒
し、原病死はない。PDT 単独では超音波内視鏡
25
PDT EMR-PDT
図4
検査による癌巣の厚さが 5 mm でも非治癒症例
があり、最深 10 mm の病巣しか治癒しなかった
癌巣の厚さと治療効果
が、EMR-PDT では 12 mm まですべて治癒し、
最深 15 mm の病巣の治癒が可能であった(図 4
∼ 6)。
87y.o.
male
胃がんに対する PDT のコツは、①側視式ファ
イバースコープを用いて病巣を正面視する。直視
式ファイバースコープに比べて呼吸性移動や蠕動
運動によるレーザースポットのずれが少ない。②
肛門側から照射を開始する。③同じ場所に計画さ
れた線量を照射し終えてから残りの部分に移る。
④オリンピックマークのように一部を重ね合わせ
て照射する。⑤浮腫を生じたり、白色の膜に覆わ
れる前に速やかに照射を終える。⑥照射中は石英
図5
87 歳男性(65 ページカラー頁参照)
ファイバーの先端出力を定期的にモニターする。
先端の汚染や鉗子挙上装置による屈曲のためファ
イバーの破損があればレーザースポットが薄くな
ったり、変形したりする。⑦レーザースポットは、
約 1 cm 大が適している。
4
胃がんに対する外科手術
適切な治療法選択のための病理学的臨床病期
決定のためには少なくとも 15 個以上のリンパ節
郭清が必要とされている 2 )。従来、日本胃癌学
会胃癌取扱い規約では胃がんの占拠部位により
1 w later
図6
6 m later
左 1週間後、右 6ヶ月後(65 ページカラー頁参照)
第 1 群リンパ節、第 2 群リンパ節、第 3 群リン
パ節を別々に規定しており、外科手術の標準術
式が D1 か D2 か日本と欧米の間で長く論争され
ていた。しかし 2010 年に発行された第 14 版で
行する。フォトフリン 2 mg/kg 静注し、630
はリンパ節転移の程度は、リンパ節群によらず、
nm のレーザー光を病巣の周囲 5 mm まで含め
N0 : 0、N1 : 1 ∼ 2、N2 : 3 ∼ 6、N3 : 7
2
て照射する。照射線量は 6 0 J / m 以上である。
個以上とされ、リンパ節転移数のみの記載に変
Medical Photonics
No. 10
27
更された。
せず国際共同試験として行われた第Ⅲ相試験
(FLAGS 試験)では、シスプラチン +TS-1 併用
5
胃がんに対する化学療法
療法の米国の標準治療(シスプラチン +5-FU 療
法)に対する優越性が証明されなかった。これ
他の疾患では内服薬は基本的に内科医が処方
らの経緯から現在でも TS-1 は米国 FDA の承認
する。しかしかつて日本では消化器がん、特に
を得ていない。その一方で日本の成績や FLAGS
胃がんでは抗がん剤のみ外科医が処方していた。
試験をもとに韓国、台湾、シンガポール、中国
胃がんに対する全身化学療法の適応は明確では
なかった。①アジュバント:術後再発予防、②
再発・転移:延命、③ネオアジュバント:外科
全生存期間
手術の治癒率向上の 3 つが混同された発表が多
く、臨床試験の概念も乏しかった。当然、1 次治
MAIN TOPICS
療(ファーストライン)、2 次治療(セカンドラ
する抗がん剤の効果も第Ⅲ相試験で検証されて
いなかった。
5.1
殺細胞性抗がん剤
殺細胞性抗がん剤は、基本的に細胞分裂に対
100
Estimated probability (%)
イン)の区別もなかった。ましてや胃がんに対
MST
1 yr survival
2 yr survival
80
S-1+CDDP
148
13.0
54.1 %
23.6 %
Log-rank p-value: 0.0366
HR: 0.774 [ 95% CI: 0.608 - 0.985]
Median follow-up time (M): 34.6
60
40
20
11.0
する毒からの抽出物や化合物である。有害事象
S-1
150
11.0
46.7 %
15.3 %
No. of pts
13.0
0
0
は、細胞分裂が活発な臓器に出現するため骨髄
6
12
18
24
30
36
42
Months
48
54
ASCO2007
抑制、消化管毒性、脱毛がいずれの薬剤にも共
通している。有害事象の発現時期も概ね共通し
図 7 SPIRITS 試験
ているため、後述の分子標的薬剤に比べてマネ
ジメントが簡便である。
Irinotecan plus S-1 (IRI-S) versus S-1 Alone as First-line
Treatment for Advanced Gastric Cancer: Results of Study
GC0301/TOP-002
(1)ファーストライン治療
日本では長く 5-FU が標準治療とされてきた。
著者らは 2007 年米国臨床腫瘍学会(ASCO)に
おいて進行胃がんに対する第Ⅲ相比較試験を発
表した
10、11)
90
。シスプラチン +TS-1 併用療法は、
胃がん化学療法のキードラッグの 1 つである
Survival rate (%)
(図 7)。
70
60
50
40
30
TS-1 は、日本人と日本企業(大鵬薬品工業)が
20
開発した経口フッ化ピリミジン製剤である。薬
10
理学的にはテガフール・ギメラシル・オテラシ
ルの合剤である。海外では、MD アンダーソン
Arm A
Arm B
80
TS-1 単剤に比較して全生存期間の優越性を証明
し、現在日本における標準治療となっている
S-1 alone (Arm A):
MST = 10.5 months (95 % Cl 9.4-13.0)
S-1 + CPT-11 (Arm B):
MST = 12.8 mpnths (95 % Cl 1.7-15.1)
100
0
0
Patients at risk
160
155
6.0
12.0
120
127
71
80
18.0
Monthe
40
42
24.0
30.0
14
12
2
3
がんセンターで行われた第Ⅰ/Ⅱ相試験において
28
Medical Photonics
No. 10
0 Arm A
0 Arm B
ASCO-GI 2008
白人に下痢が多く出現したため日本よりも TS-1
の用量設定が低くなった。その後、日本が参加
36.0
図 8 GC0301/TOP-002 試験
胃癌に対するレーザー治療(PDT)と全身化学療法の進歩
で保険承認されている。最近タイ、香港、欧州
剤ごとに異なることから腫瘍内科医の役割は大
でも保険承認され、北欧 4 カ国と英国ではすで
きい。また間質性肺炎は白人より日本人に多く
に発売されている。
発現するため真のチーム医療が必要である。
MAIN
TOPICS
その後、著者らは塩酸イリノテカン(CPT-11)
+TS-1 併用療法の TS-1 単剤に対する第Ⅲ相比
較試験(GC0301/TOP-002)を行った
12)
(1)小分子化合物(TKI)・ mTOR 阻害剤
。本試
ラパチニブやエベロリムスの早期臨床試験の
験は残念ながら併用療法の優越性を証明できな
結果は良好であったが、第Ⅲ相試験において有
かったが、2 剤併用群の生存曲線は SPIRITS 試
用性が証明されていない。
験の生存曲線とほぼ一致しており、単剤群のセ
カンドライン治療への切り替え時期の learning
curve などが有為差のない一因と類推されてい
る(図 8)。
(2)抗体医薬
トラスツズマブは、乳がんで保険承認されて
いる抗 HER2 モノクローナル抗体である。乳が
んでは従来、HER2 陽性症例は予後不良因子で
(2)セカンドライン
あったが、本剤の登場により逆転し、予後良好
保険制度や社会制度が異なるためセカンドラ
因子となった。ToGA 試験は、HER2 陽性進行
インへの移行率は国により大きく異なる。日本
胃がんを対象として行われた。シスプラチン +5-
を含めたアジアでは 66 % と高率であるが、欧州
FU(あるいはカペシタビン)に対するトラスツ
では 31 %、アメリカ大陸では 21 % と報告され
ズマブの上乗せ効果を検証した比較第Ⅲ相試験
ており、胃がん発生の背景因子の違いのみなら
である
ず治療環境の違いや人種差の可能性が考えられ
SPIRITS 試験に匹敵すると考えられる。HER2
13)
15)
。全生存期間で 13.8 か月という成績は
。またセカンドライン治療においても引き
強陽性のサブグループ解析では 16.0 か月という
続き TS-1 を継続するほうが良いのかは結論が得
極めて良好な成績が得られた。これらの成績か
られておらず、セカンドライン治療としてエビ
ら日本でも HER2 陽性胃がんに保険承認が得ら
デンスが証明されているのはドイツからの CPT-
れた。なお日本では胃がん全体の 10 ∼ 15 % が
る
11 単剤の成績に過ぎない
14)
。
HER2 陽性と考えられる。
次に抗 VEGF モノクローナル抗体であるベバ
5.2
分子標的薬剤
基礎研究と臨床研究を橋渡しするトランスレ
ーショナルリサーチの重要性は日本でも認識さ
シツマブのシスプラチン + カペシタビンに対す
る上乗せ効果の検証が行われたが(AVAGAST
試験)、優越性は証明されなかった 13)。
れているが、実際に臨床応用まで実現する確率
は非常に低い。最近、胃がんでも分子標的薬剤
が保険承認され、免疫組織化学やシークエンス
解析を含めて病理診断の重要性は増している。
6
緩和ケア
緩和ケアは、生命を脅かす疾患に起因した諸
さてがんのバイオマーカーは、特定の治療法
問題に直面している患者と家族の QOL を改善す
の効果が出やすいか出にくいかという効果予測
る方策で、痛み、その他の身体的、心理的、ス
因子(predictive marker)と治療法にかかわら
ピリチュアルな諸問題の早期かつ確実な診断、
ず患者の予後と関連があるとされる予後因子
早期治療によって苦しみを予防し、苦しみから
(prognostic marker)に大別される。分子標的
解放することを目標とする 16)。これらの 4 つの
薬剤は、predictive marker がその作用機序か
痛み total pain に対する治療は全人的医療と考
ら判明しているものが多く、従来の殺細胞性抗
えられ、医の原点である。身体の痛みは、最も
がん剤と大きく異なる点である。その一方で、
よくみられる症状である。がん患者の 3/4 は痛
作用機序が薬剤ごとに異なるため有害事象も薬
みを感じており、1/3 は 1 ヶ所、1/3 は 2 ヶ所、
Medical Photonics
No. 10
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1/3 は 3 か所以上とされる。緩和ケアチームは、
従来の手術場のようなピラミッド構造
(Multidisciplinary team)ではなく、時間と手
間がかかっても柔軟的・流動的に分担される
Interdisciplinary team が適しているとされる。
7
おわりに
医療の現場ではほとんどの出来事が、必ずこ
うなるとか絶対こうなるはずはないということ
はない。医学はいまだ医科学にまで発展してお
らず、オーダーメード医療は発展途上である。
MAIN TOPICS
分子標的薬剤の臨床応用により少しずつ実現に
向かいつつある。必ずいつか人間は死亡し、死
亡した人間は生き返らないことのみ真実である。
そのため Oncology 領域では全生存期間が最重
要視されている。
筆者は、大学院教育を担当した経験から日本
でも義務教育の時から死の教育やリーダーシッ
プ教育を行うべきと考える。大リーグのバレン
タイン監督はリーダーの条件として 3 つの R
(Responsibility, Respect, Reality)を掲げて
いる。また日産自動車のカルロス・ゴーン CEO
7)加藤治文、PDT ハンドブック、2002、医学書院
8)楢原啓之、at al:胃癌の光線力学的療法(PDT)、Medical
Science Digest30,364-367,2004
9)Mimura S, et al: Cooperative Clinical Trial of
Photodynamic Therapy for Early Gastric Cancer With
Photofrin Injection and YAG-OPO Laser. Diagn Ther
Endosc. 1998; 4(4):165-171
10)竜田正晴、飯石浩康、片山和宏、楢原啓之:消化器がん化
学療法即戦マニュアル第 2 版、2010、金芳堂
11)Koizumi W, et al: S-1 plus cisplatin versus S-1 alone for
first-line treatment of advanced gastric cancer
(SPIRITS trial): a phase III trial. Lancet Oncol. 2008;9
(3):215-221
12)Narahara H, et al: Randomized phase III study
comparing the efficacy and safety of irinotecan plus S-1
with S-1 alone as first-line treatment for advanced
gastric cancer (study GC0301/TOP-002). Gastric
Cancer. 2011;14(1):72-80
13)Van Cutsem E, et al: Bevacizumab in Combination With
Chemotherapy As First-Line Therapy in Advanced
Gastric Cancer: A Biomarker Evaluation From the
AVAGAST Randomized Phase III Trial. J Clin Oncol.
2012;30(17):2119-2127
14)Thuss-Patience PC, et al: Survival advantage for
irinotecan versus best supportive care as second-line
chemotherapy in gastric cancer--a randomised phase III
study of the Arbeitsgemeinschaft Internistische
Onkologie (AIO). Eur J Cancer. 2011 ;47(15):23062314.
15)Bang YJ, et al: Trastuzumab in combination with
chemotherapy versus chemotherapy alone for treatment
of HER2-positive advanced gastric or gastrooesophageal junction cancer (ToGA): a phase 3, openlabel, randomised controlled trial. Lancet. 2010 ;376
(9742):687-697
16)日本臨床腫瘍学会:新臨床腫瘍学改訂第 2 版、2009、南江
堂
は、"What is key to determining whether
you can trast someone? How is your
relationships with parents, for example
particularly they are older, this is a very
good test."と述べている。なぜ医者になったの
楢原 啓之(ならはら ひろゆき)
兵庫県立西宮病院 化学療法セン
ター長・内科部長・消化器内科部
長
か、医学生や研修医に必ず問うようにしている
が、まともに答えられない方もいる。
「医の原点」
を肝に銘じて日々の診療に励むことを期待する。
増田 江利子(ますだ えりこ)
兵庫県立西宮病院 内科医長・消
化器内科医長
参考文献
1)大島明ほか:がん・統計白書 2004、2004、篠原出版新社
2)Vincent T DeVita,et al:Cancer principles& Practice of
Oncology 9th edition, 2011, Lippincott Wiliams &
Wilkins
3)日本胃癌学会:胃癌取扱い規約第 14 版、2010、金原出版
4)竜田正晴、飯石浩康、楢原啓之ほか: EMR テクニックマ
ニュアル、2002、南江堂
5)Fukase K, et al: Effect of eradication of Helicobacter
pylori on incidence of metachronous gastric carcinoma
after endoscopic resection of early gastric cancer: an
open-label, randomised controlled trial. Lancet 2008 372
(9636):392-397
6)日本消化器内視鏡学会、消化器内視鏡ガイドライン第 3 版、
2006、医学書院
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Medical Photonics
No. 10
森田 香織(もりた かおり)
兵庫県立西宮病院 内科医長・消
化器内科医長
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