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J-POP の音韻的考察
J-POP の音韻的考察 北村 美樹 1.はじめに 最 近 の 日 本 語 の歌 謡 曲 、ポップスは英 語 圏 の 歌 の影 響 で、 昔 ながらの 日 本 語 の歌 とは変 化 してきているように思 える。例 えば、ラップや Mr. Children の歌 で は、英 語 らしいリズムや音 に聞 こえる場 合 がある。このように思 えるのは何 故 だろ うか。実 際 、日 本 語 のポップスに何 らかの変 化 が起 こっているのだろうか。この点 について言 語 学 的 、音 韻 論 的 観 点 から考 察 するのが本 稿 の目 的 である。本 来 、 日 本 語 と英 語 の歌 の音 特 徴 はどのようなものか、また最 近 の日 本 語 の歌 は英 語 の影 響 を受 けているのか、さらに、受 けたとすればどのように受 けたのかについて、 日 本 語 と英 語 の音 構 造 を比 較 しながら分 析 する。二 章 では日 本 語 と 英 語 の音 構 造 の違 いについて、三 章 では日 本 語 と英 語 の歌 について、四 章 では英 語 の 歌 の影 響 を受 けていると思 われる近 年 の日 本 のポップスについて考 察 する。 2.日 本 語 と英 語 の音 構 造 からの分 析 ここ では 音 韻 論 、 音 声 学 の 観 点 か ら 、 日 本 語 、 英 語 の 音 構 造 に つ い て 考 察 する。2.1節 では音 節 とモーラの単 語 を分 節 する単 位 の違 いについて、2.2節 では英 語 の強 勢 アクセントと日 本 語 の高 低 アクセントについて、2.3節 では日 本 語 と英 語 のリズムの違 いについて、2.4節 では英 語 に見 られる音 の脱 落 現 象 に ついて、2.5節 では頭 韻 と脚 韻 についてそれぞれ見 ていく。尚 、本 章 の考 察 は、 『英 語 音 声 学 の基 礎 』(1995)、『英 語 の発 音 と英 詩 の韻 律 』(1991)、『音 韻 論 』 (1994)、『初 級 英 語 音 声 学 』(1991)、『日 本 語 の音 声 』(1999)の記 述 を参 考 に している。 2.1 音 節 とモーラ 日 本 語 と英 語 では単 語 を分 節 する単 位 が異 なる。すなわち一 つの音 として認 識 する単 位 が異 なる。日 本 語 はモーラ単 位 、英 語 は音 節 単 位 で単 語 を分 節 し ている。 まず英 語 から見 ていく。音 節 とは、基 本 的 に母 音 を中 心 とする音 のまとまりで ある。すなわち、母 音 のまわりに子 音 が群 がってできた単 位 である。したがって単 語 がいくつの音 節 からできているかは、基 本 的 にその語 の中 にいくつの母 音 があ るかということで分 かる。1 音 節 を構 成 する子 音 は母 音 の前 後 にそれぞれ複 数 個 存 在 してもよいが、母 音 は二 重 母 音 などの多 重 母 音 ではあり得 ても、1 音 節 内 に 異 な る 母 音 が 複 数 個 存 在 す る こ と は あ り 得 な い 。 音 節 の 例 と し て market と strike の単 語 を取 り上 げてみる。market[mar.ket]は[a:]という長 母 音 と[i] の母 音 を含 んでいるから2音 節 になる。(図 1を参 照 ) 図1 market m a: (r) k i t strike[straik]は、比 較 的 長 い単 語 に見 えるが、音 節 に区 切 ると [ai]とい う 二 重 母 音 を 一 つ 持 っ た 1 音 節 語 と な る 。 一 方 、 strike に ing を つ け 、 striking[straik.ing] に す る と 母 音 の 数 は [ai] と [i] の 2 つ に な る か ら 、 striking は2音 節 語 ということになる。(図 2のAとBを比 較 されたい) 2 図 2-A 図 2-B strike s t r striking a I k s t r a i k i n g 一 方 、日 本 語 の基 本 単 位 はモーラである。モーラは、詩 や発 話 において等 時 的 に繰 り返 される長 さの単 位 である。モーラは基 本 的 に[母 音 ]か[子 音 +母 音 ] の形 で1つのモーラを形 成 する。モーラは機 能 的 に定 義 されることから、どのよう な要 素 が一 人 前 のモーラとして独 立 できるかは、言 語 あるいは方 言 によって異 な ってくるが、日 本 語 の標 準 語 では、撥 音 (ん)、促 音 (っ)、長 母 音 の後 半 部 分 ( ―) 、 二 重 母 音 の 第 2 要 素 が 独 立 したモー ラと して 存 在 す る。こ の 点 が 英 語 の 音 節 と大 きな違 いが出 てくる点 である。 比 較 のために最 初 に、音 節 とモーラが同 じ例 を挙 げる。その後 に両 者 がずれ る例 を挙 げていく。 (1)音 節 とモーラが同 じ例 「岐 阜 」[gi.fu]は[i] と「u」の2つの母 音 を持 つ語 であるから、2音 節 であり、 2モーラである。 (2)音 節 とモーラの数 え方 がずれる例 (a) 撥 音 「天 丼 (てんどん)」の場 合 音 節 で区 切 ると、[ten. don]となり、母 音 [e]と[o]を持 った2音 節 になる。 モーラで区 切 ると、[te.n.do.n]の4モーラとなり、[n]も一 人 前 のモーラとし て扱 われる。 (b) 促 音 「切 手 (きって)」の場 合 音 節 は、[kit.te]となり、母 音 [i]と[e]を持 った2音 節 になる。 モーラは、[ki.t.te]となり、促 音 (っ)を数 えた3モーラになる。 (c) 長 音 「東 京 」の場 合 3 音 節 は、[too.kyoo]と区 切 り、[o:]という切 れ目 のない長 母 音 が2つある2 音 節 語 ということになる。 モーラは、[to.o.kyo.o]という風 に長 母 音 も一 つのモーラとして数 えること ができ、東 京 は4モーラになる。 (d) 二 重 母 音 strike の場 合 音 節 で区 切 ると、[straik]となり[ai]という二 重 母 音 を1つ含 むから1音 節 になる。(図 2-A参 照 ) 一 方 、strike が外 来 語 として「ストライク」という日 本 語 になった場 合 、子 音 連 続 や子 音 で終 わることは許 されないので、その部 分 に母 音 が挿 入 される。 さらに、[ai]が二 重 母 音 ではなくなり、一 つずつ独 立 した母 音 として認 識 さ れ る 。 し た が っ て ス ト ラ イ ク [su.to.ra.i.ku] の 5 モ ー ラ に な る 。 ( 図 3 を 参 照) 図3 strike su to ra I ku モー ラは 、 等 時 的 に 繰 り 返 され る 長 さ の 単 位 なの で 、 川 柳 や 俳 句 、 短 歌 など の詩 歌 や、話 し言 葉 において、リズムの基 本 単 位 となる。このリズム単 位 は日 本 語 に特 徴 的 なものであり、外 国 人 が体 得 することは難 しい。外 国 人 が「こんにち は」と言 うとき、「コニチワ」と発 音 しているのを聞 くことがある。彼 らは「コ」と「ニ」の 間 に「ン」があるのを知 らないわけではない。英 語 の発 音 には独 立 した「ン」がなく、 それだけで音 節 になるということはない。[n]は必 ず、先 行 の母 音 、まれには子 音 と組 み合 わさってはじめて一 つの音 節 を作 るのである。したがって外 国 人 には一 つの音 とし て意 識 され ないのである。日 本 人 が「こんにちは」と言 うとき、「こ・ん・ 4 に・ち・は」と5モーラで言 うのに対 して、外 国 人 は [kon.ni.chi.wa]と4音 節 、 あるいはさらに縮 めて[kon.nich.wa]と3音 節 で言 い、それが「コニチワ」と聞 こえ るのである。 日 本 語 のモ ーラ特 性 は 伝 統 的 な 歌 謡 に よく 表 れている。 日 本 語 の歌 謡 では 一 つのモーラに対 して一 つの音 符 が付 与 されているのが原 則 となっている。「ん」 「っ」のような特 殊 モーラにも独 立 した音 符 があてがわれている場 合 も多 い。作 曲 家 は歌 詞 をモーラの連 続 に分 け、各 モーラに一 つずつ音 符 をあてがいながいな がらメロディーをつけている。(歌 謡 例 1を参 照 。インターネットから引 用 ) 歌謡例1 「しゃぼんだま」 野 口 雨 情 作 詞 ・中 山 晋 平 作 曲 一 方 、英 語 などの言 語 の歌 謡 に見 られる語 の 分 節 法 は、日 本 語 の歌 謡 とは 基 本 的 に 異 なる。英 語 では一 つ一 つの音 節 に 対 して音 符 が付 与 され るのが大 原 則 であり、母 音 が短 いか長 いかというような違 いや音 節 構 造 の違 い(母 音 に子 音 が後 続 しているかどうかなど)は問 題 にならない。作 曲 家 が歌 詞 を音 節 に区 切 って作 曲 していることがうかがえる。(歌 謡 例 2を参 照 。インターネットから引 用 ) 5 歌謡例2 “Kookaburra” オーストラリア民 謡 このように日 本 語 と英 語 の童 謡 から、日 本 語 はモーラ単 位 、英 語 は音 節 単 位 でメロディーをつけていることが分 かる。 2.2 強 勢 アクセントと高 低 アクセント 世 界 中 の言 語 はアクセントを用 いるか否 かによって大 きくアクセント体 系 と無 ア クセント体 系 に分 けられる。さらにアクセント体 系 は、強 勢 アクセント言 語 と高 低 ア クセント言 語 の二 つに分 けることができる。強 勢 アクセント言 語 には英 語 があり 、 高 低 アクセント言 語 には日 本 語 がある。また、無 アクセント体 系 も音 調 言 語 と無 アクセント言 語 に分 けることができ、音 調 言 語 には中 国 語 、無 アクセント言 語 には 日 本 語 の無 アクセント方 言 などがある。 英 語 の よ う な強 勢 アク セント 言 語 は声 の強 さ ( 音 量 、長 さ 、ピッチ の 高 低 等 の 6 複 合 体 )として具 現 化 される。英 語 の発 話 はアクセント(強 勢 )のある音 節 とない 音 節 の区 別 が明 瞭 である。アクセントのある音 節 は強 く発 音 され、その結 果 、副 次 的 に長 く発 音 されやすい。一 方 、アクセントのない音 節 は弱 く発 音 され、その 結 果 短 くな りやすく、 他 と結 合 したり 省 略 したり することもある。アクセントの位 置 によって単 語 の品 詞 や意 味 が異 なる場 合 もある。そのような例 を挙 げる。 (3)アクセントの位 置 によって品 詞 が異 なる場 合 IMport (名詞) imPORT DEsert (形容詞) deSERT EXpert (名詞) (動詞) (動詞) exPERT (形容詞) (4)複 合 語 か句 によってアクセントが違 い、意 味 が異 なる場 合 複合語 BLACKboard 句 black BOARD (黒い板) (黒板) WHITE House (ホワイトハウス) white HOUSE (白い家) RUNNING shirt (ランニングシャツ) running BOY (走っている少年) SLEEPING car (寝台車) sleeping BABY (眠っている赤ん坊) 日 本 語 のような高 低 アクセント言 語 は、ピッチの高 低 によって語 の意 味 が区 別 さ れる。 (5) ア メ メ (雨 ) ア 7 (飴 ) ハ シ シ (箸 ) ハ (端 ) 2 .3 日 英 語 のリズムの違 い 音 声 の 流 れ の 中 で 、 音 の 強 弱 や 長 短 が 規 則 的 に 繰 り 返 さ れ る 現 象 を リズ ムと いう。日 本 語 のリズム単 位 の基 本 は2.1節 で論 じたモーラである。日 本 語 はほぼ 同 じ強 さで、等 間 隔 に発 話 されるので、拍 数 が多 くなれば発 話 時 間 も長 くなる。 一 方 、英 語 のリズム単 位 は強 弱 アクセントである。したがって強 音 節 の数 が同 じ ならは、発 話 時 間 はほぼ等 しくなる。つまり発 話 時 間 は、日 本 語 はモーラの数 (拍 数 )に比 例 するが、英 語 は音 節 数 ではなく、強 音 節 の数 に比 例 す るのである。 い くら弱 音 節 が間 にあろうとも、発 話 時 間 は長 くはならないのである。 英 語 では単 語 に強 音 節 と弱 音 節 があるように、句 においても強 く発 音 される 語 と、弱 く発 音 される語 がある。ストレスを受 ける語 を内 容 語 と言 い、弱 く発 音 さ れる語 を機 能 語 と言 う。強 音 節 間 を時 間 的 にほぼ等 しく発 話 するという英 語 のリ ズム特 徴 のために、ストレスを受 けない機 能 語 は速 く、弱 く発 音 される。これを弱 形 と言 い、強 く発 音 される場 合 の形 を強 形 と言 う。文 の発 話 時 間 の長 さ は、単 語 の数 ではなく、強 音 節 の数 に比 例 することは、(6)の例 から示 される。 (6) (a) DOGS BITE BONES. (b) The DOGS will BITE the BONES. (c) The DOGS will have BITTEN the BONES. (a)(b)(c)は単 語 に違 いはあるが、ほぼ同 じ時 間 で発 話 されることになる。 2 .4 音 の脱 落 2.2節 で英 語 の強 勢 アクセントを見 た。2.3節 では強 勢 を有 する音 がリズムを 8 担 うため、強 勢 を受 けない音 節 や語 は弱 く速 く発 音 されることを見 た。したがって アクセントを受 けない語 は、ゆっくりとした発 話 では発 音 されても、速 い発 話 では 発 音 さ れ な く な る こ と が あ る 。 こ れ は 、 脱 落 ( elision ) と 呼 ば れ る 音 声 現 象 で 、 母 音 にも子 音 にも起 こり、単 語 内 でも単 語 間 でも見 られる。これらの英 語 特 有 の現 象 を、2.4.1節 では母 音 の脱 落 、2.4.2節 では子 音 の脱 落 、2.4.3節 では 音 節 の脱 落 という順 で見 ていく。 2.4.1 母 音 の脱 落 速 い発 話 では 弱 音 節 における弱 母 音 (/e/,/I/)はしばしば脱 落 する。 (7)/ e/の脱 落 fam(i)ly cam(e)ra → I am I’m c(o)rrect let us → let’s (8)/ I/の脱 落 b(e)lieve it → (e)xcuse b(e)hind it’s 2.4.2 子 音 の脱 落 同 じ子 音 が連 続 する場 合 や、調 音 場 所 や調 音 方 法 が同 じ か、似 ている子 音 が連 続 する場 合 に、前 の子 音 が 発 音 されなくなることがある。 (9 )同 じ子 音 が連 続 する場 合 同 じ 子 音 が連 続 する場 合 、先 行 子 音 が後 続 子 音 に吸 収 されて発 音 されなく な る。 First time (/t/の脱 落 ) big game(/g/の脱 落 ) good dream(/d/の脱 落 ) ( 10)調 音 場 所 が同 じ場 合 /(t)d/ nex(t) door /(t)s/ ou(t) side /(d)n/ goo(d) night /(t)b/ ro as(t) beef /(d)b/ han(d) bag ( 11)調 音 方 法 が同 じ場 合 /(p)t/ em(p)ty 9 ( 12)調 音 場 所 ・方 法 が似 ている場 合 las(t) chance firs(t) show clo(th)es ( 13)先 行 子 音 が閉 鎖 音 の場 合 goo(d) morning fas(t) foot bi(g) man (1 4)歴 史 的 脱 落 元 々発 音 されていた音 が歴 史 的 過 程 の中 で発 音 されなくなっていったものが ある。これらは綴 りに変 化 が起 こらなかったため、脱 落 した音 は黙 字 となってい る。 han(d)some (k)night (w)rite (1 5)弱 形 の場 合 語 頭 子 音 が脱 落 して、さらに弱 化 する場 合 がある。 her, him の h them の th will の w 2.4.3 音 節 の脱 落 速 い、くだけた発 話 においては、弱 音 節 そのもの、あるいはその一 部 (弱 母 音 は必 ず含 む)が発 音 されない場 合 がある。つまり、母 音 のみ、子 音 のみの脱 落 で はなく、弱 母 音 +子 音 (子 音 +弱 母 音 )の単 位 で脱 落 する場 合 である。このよう な現 象 は歌 詞 や字 幕 等 ではアポストロフィによって表 される。 (16) because → ‘cause between → ‘tween excuse → ‘ scuse 音 の脱 落 はしばしば英 語 の歌 詞 の中 に見 られる。現 代 のアメリカのポップス、 Backstreet Boys の 2曲 を取 り上 げ、検 証 する。( 節 の脱 落 を示 す。 10 )は音 の脱 落 、下 線 部 は音 歌 謡 例 3 “Get Down” Backstreet Boys [Chorus:] Ge(t) down Ge(t) down An(d) move it all around [ 2x] Hey baby love I need a gir(l) like you But tell me if you feel it too I'm in delusion every minut(e) every hour My heart is crying out for you get down の[t]と[d]は調 音 場 所 が同 じなので、ゲットダウンと区 切 って言 わずに、 [t]を脱 落 させスムーズに発 音 している。And move の場 合 は、先 行 子 音 [d]の閉 鎖 音 を脱 落 させている。girl like と minute every のところはそれぞれ[l]と[e]という 同 じ子 音 が連 続 しているので、先 行 子 音 が後 続 子 音 に吸 収 されて発 音 されなく な る。 歌 謡 例 4 “I Want It That Way” Backstreet Boys [Chorus:] Tell me why Ain't nothin' but a heartache Ain't nothin' but a mistake Tell me why I never wanna hear you say 11 (never wanna hear you say it) I want it that way ‘Cause I want it that way are not を ain’t、nothing を nothin’、because を‘cause とくだけた表 現 をして、曲 の流 れを崩 さないように、後 続 単 語 との連 携 をスムーズにできるようにしていること が 分 かる。 2. 5 韻 韻 は本 来 、詩 において用 いられた文 学 上 の技 巧 である 。ここでは2.5.1節 で は 頭 韻 について、2.5.2節 では脚 韻 について見 ていく。 2.5.1 頭韻 頭 韻 とは、同 一 詩 行 の強 勢 のある音 節 同 士 が同 じ音 で始 まることである。まず (17)の例 を比 較 されたい。 (17) (a) Don’t Drink and Drive. (イギリス) (b) 飲 んだら乗 るな、乗 るなら飲 むな (日 本 ) いずれも口 調 の良 い表 現 を用 いているが、口 調 の良 さは日 本 語 と英 語 では異 な る言 語 学 的 理 由 から生 じている。日 本 語 の場 合 にはモーラ数 の規 則 性 と、飲 む、 乗 るという音 形 的 にもよく似 た2つの動 詞 の交 替 により口 調 の良 さが作 られてい る。これに対 し、英 語 の場 合 は、/d/あるいは/dr/の共 通 性 、すなわち頭 韻 によるも の である。 2.5.2 脚韻 脚 韻 とは単 語 末 音 節 の rhyme(母 音 +子 音 )の部 分 が2語 以 上 について一 致 することを 指 す。 脚 韻 は英 語 の 童 謡 やポップ スの 歌 詞 な ど、詩 に 似 た体 裁 を 12 持 つものに広 く見 られ、口 調 の良 さを作 っている。 歌 謡 例 5 “Twinkle,Twinkle, Little Star” Twinkle, twinkle, little s tar , How I wonder what you are . Up above the world so high, Like a diamond in the sky! 一 行 目 と二 行 目 は[a:]、三 行 目 と四 行 目 は[ai]が脚 韻 を踏 んでいる。 3. 日 英 語 の歌 に見 られる違 い 3 .1 英 語 らしい歌 歌 謡 例 6 “Yesterday” The Beatles Yesterday, All my troubles seemed so far away. Now it looks as though they're here to stay. O h, I believe in yesterday . Sudden ly , I'm not half the man I used to b e . There's a shadow hanging over m e . O h, yesterday came sudden ly . 13 Why she had to go I don't know she wouldn't say. I said something wrong, now I long for yesterday. Yesterday, Love was such an easy game to play. Now I need a place to hide a way . Oh, I believe in yesterda y . Mm mm mm mm mm. 行 の最 後 に注 目 すると、5行 目 から8行 目 は[i:]、それ以 外 のすべての行 には [ei] の 脚 韻 が 見 ら れ る 。 ま た 、 1 行 目 の yesterday は 音 節 に 区 切 る と [yes.ter.day]で3音 節 、4行 目 の believe は [be.lieve]で2音 節 、5行 目 の suddenly は[su d.den.ly]の3音 節 になり、一 音 節 に一 音 符 があてがわれてい る ことが分 かる。 3 .2 日 本 語 らしい歌 「 さくら」はほぼ一 音 符 一 モーラで歌 われている。 14 歌 謡 例 7 「さくら」 森 山 直 太 朗 4 .英 語 の歌 の影 響 を受 けた日 本 の歌 4 .1 ラップの分 析 ラップは一 音 符 一 モーラが崩 れた 典 型 的 な例 である。最 近 の日 本 のポップス で ある DA PUMP の曲 を検 証 する。 歌 謡 例 8 “We Can't Stop the Music” DA PUMP Rap つくろうこと不 得 手 な性 格 ゆえに評 価 はえてして失 格 予 想 通 りの優 等 生 のアンサー 今 に見 てな 明 日 はトップランカー 15 あふれる野 望 見 えぬ軌 道 無 責 任 な中 傷 に傷 付 く希 望 背 中 に君 の胸 の鼓 動 感 じ 飛 ばすバイク fun like funk! 同 じ時 を過 ごすことの幸 福 共 に怒 り望 みには貪 欲 会 えなけりゃ今 の俺 不 在 そんな大 事 な人 たちの存 在 影 響 環 境 与 えてくれたリスペクト&感 傷 そして俺 まだ止 まらない 強 く shout! can't stop emotion! 二 重 線 は韻 を踏 んでいる。ま た韻 を踏 んでいるところに強 アクセントがあり、リズム を とっていることが分 かる。 4 .2 Mr.Children の歌 の分 析 Mr.Children の歌 には現 代 の日 本 語 の歌 の特 徴 、すなわち英 語 的 な音 特 徴 が 多 く 表 れ ている 。例 えば 、 一 音 符 一 モ ーラ がくず れた り 、2モー ラが 二 重 母 音 化 したり、韻 を踏 んだりしているのである。波 線 は一 音 符 一 モーラがくずれたもの、 点 線 は二 重 母 音 化 しているもの、二 重 線 は韻 を踏 んでい るもの、太 線 はモーラ の くずれと韻 を踏 んでいるもの、( )は音 の脱 落 を示 す。 歌謡例9 「名 もなき詩 」 Mr. Children ちょっとぐらいの汚 れ物 ならば 残 さずに全 部 食 べてやる Oh darlin' 君 は誰 真 実 を握 りしめる 君 が僕 を疑 ってるなら この 喉 を切 ってくれてやる Oh darlin' 僕 はノータリン 16 大 切 な物 をあげる Wow Wow 苛 立 つような街 並 みに立 ったって 感 情 さえもリアルに持 てなくなりそうだけど こんな不 調 和 な生 活 の中 で たまに情 緒 不 安 定 になるだろう? でも darlin' 共 に悩 んだり 生 涯 を君 に捧 ぐ あるがままの心 で生 きられぬ弱 さを 誰 かのせいにして過 ごしてる 知 らぬ間 に築 いてた自 分 らしさの檻 の中 で も がいてるなら僕 だってそう なんだ どれほど分 かり合 える同 士 でも 孤 独 な夜 はやってくるんだよ Oh darlin' このわだかまり きっと消 せはしないだろう Wow Wow いろんな事 を踏 み台 にしてきたけど 失 くしちゃいけない物 がやっと見 つかった気 がする 君 の仕 草 が滑 稽 なほど 優 しい気 持 ちになれるんだよ Oh darlin' 夢 物 語 逢 う度 に聞 かせてくれ 夢 はきっと奪 うでも与 えるも のでもなくて 気 が付 けばそこにある物 17 街 の風 に吹 かれて唄 いながら 妙 なプライドは捨 ててしまえばいい そ こからはじまるさ 絶望 失望 何 をくすぶってんだ 愛 自由 希望 夢 足 元 をごらんよきっと転 がってるさ Rap 成 り行 きまかせの恋 におち 時 には誰 かを傷 つけたとしても その度 心 痛 めるような時 代 じゃな い 誰 か(を)想 いやりゃあだになり 自 分 の胸 つきささる だけどあるがままの心 で 生 きよう と願 うから 人 はまた傷 ついてゆく 知 らぬ間 に築 いてた自 分 らしさの檻 の中 で も がいてるなら誰 だってそう なんだ 愛 情 ってゆう形 ないもの 伝 えるのはいつも困 難 だね だから darlin'この名 もなき詩 を いつまでも君 に捧 ぐ 2.1節 で音 節 とモーラの 数 え方 がずれる例 を取 り上 げたが、この歌 の中 には 18 それらの特 徴 が見 られる。 (a ) 撥 音 の脱 モーラ化 9行 目 の「こん」、10行 目 の「悩 ん」、16行 目 と19行 目 の「るん」などの撥 音 と 組 み合 わさった単 語 は、日 本 語 のモーラ単 位 では撥 音 も一 つのモーラとして 数 え る こ と が で き る が 、 こ の 歌 で は 、 [n] は 一 つ の 音 と し て 認 識 せ ず 、 [kon],[yan],[run]で 、それぞれ一 つのモーラとして発 音 している。 (b ) 促 音 の脱 モーラ化 1行 目 の「ちょっと」[chotto]は日 本 語 のモーラ単 位 で数 えると[cho.t.to]で 3 モ ー ラ に な る が 、 こ の 歌 では [chot.to]と い う 風 に 促 音 は 独 立 し て 数 え ら れ ず、2モーラになっている。また32行 目 の「きっと」[kitto]も本 来 は3モ ーラの 単 語 であるが、[kit.t o]の2モーラになり、促 音 は数 えられていない。 (c ) 長 音 の脱 モーラ化 15行 目 の「そう」、31行 目 の「自 由 」「希 望 」など長 音 を含 む単 語 は、日 本 語 では[so.o]は2モーラ、[ji.yu.u]と[ki.bo.o]は3モーラになり、長 音 も一 つ の独 立 したモーラとして数 えることができる。しかしこの歌 では、[o:]、[u:]とい う よ う に 、 切 れ 目 の ない 長 母 音 と し て 認 識 さ れ 、 一 つ の 音 符 に ま と め ら れて い る。 (d) 2モーラの二 重 母 音 化 (1モーラ化 ) 1 行 目 の「ぐらい」は[gu.ra.i]と3モーラで発 音 するが、この歌 では[grai]と い う 風 に 速 く 発 音 さ れ 、 [u] が 脱 落 し 、 [ai] が 二 重 母 音 に な り 、 1 モ ー ラ で 発 音 さ れ て い る よ う に 聞 こ え る 。 ま た 、 9 行 目 の 「 生 活 ( く ら し ) 」 は [ku.ra.si] で 本 来 3モーラであるが[ku]の[u] が脱 落 し、[kra]で1モーラになり、[kra.si] という風 に2モーラに聞 こえる。 (e ) 韻 2行 目 の「darlin'」と「誰 」は[da:(r)]という共 通 の頭 韻 を踏 んでいる。 5行 目 の「ノータリン」、10行 目 の「だり」、17行 目 の「まり」、22行 目 の「語 (が た り ) 」 は 、 そ れ ぞ れ 「 darlin' 」 と 統 一 性 を 持 た す た め 、 英 語 の よ う に 発 音 し 19 [a:(r)lin]の部 分 が脚 韻 を踏 んでいる。 (f ) 脱 落 36行 目 の「誰 かを」の「を」は後 続 の「想 い」と同 じ[o]という音 なので、音 の連 続 を避 け先 行 の「を」は脱 落 している。 5. 結 論 近 年 の日 本 語 の歌 謡 曲 は英 語 の歌 謡 曲 の影 響 を受 けて、英 語 のような歌 い 方 で歌 われる場 合 が多 く見 られる。日 本 語 と英 語 の歌 の音 特 徴 はどのようなもの か、また最 近 の日 本 語 の歌 は英 語 の歌 の影 響 を受 けているのかについて、日 本 語 と英 語 の音 構 造 を比 較 しながら分 析 した。 二 章 では日 本 語 と英 語 の音 構 造 の違 いとして、単 語 を分 節 する単 位 の違 い、 アクセントの違 い、リズムのとり方 、英 語 の音 の脱 落 、韻 の5つの面 から分 析 した。 2.1節 では英 語 は音 節 単 位 、日 本 語 はモーラ単 位 で単 語 を分 節 している違 い について述 べた。英 語 の音 節 と日 本 語 のモーラの共 通 点 は、基 本 的 には母 音 を一 つ の 単 位 とし て 数 える こと がで きる 点 で あ る。 英 語 の 場 合 、 単 語 がいく つ の 音 節 でできているかは、その語 の中 の母 音 の数 で分 かる。日 本 語 のモーラは基 本 的 に[ 母 音 ] か[ 子 音 + 母 音 ]の 形 で 一 つ の モ ー ラ と し て 数 える こと が で き る 。 音 節 とモーラの違 いは、撥 音 、促 音 、長 音 、二 重 母 音 の数 え方 である。これらは、 モーラではそれぞれ独 立 して数 えることができるが、音 節 では一 つの音 節 として 独 立 できない。撥 音 と促 音 は、先 行 の音 とくっついて一 つのまとまった音 節 にな るのである。長 音 は切 れ目 のない長 母 音 として一 つの音 節 として扱 われ、[ai]な どの日 本 語 では2モーラの音 は、二 重 母 音 として認 識 される。2.2節 ではアクセ ントの違 いについて考 察 した。英 語 は強 勢 アクセント言 語 で、強 勢 のある音 節 と ない音 節 の区 別 が明 瞭 である。アクセントの位 置 によって単 語 の品 詞 や意 味 が 異 なる場 合 も見 られる。特 に複 合 語 と句 の違 いはアクセントで表 され、アクセント は重 要 な役 割 を果 たしていると言 える。一 方 、日 本 語 は高 低 アクセント言 語 で、 20 ピッチの高 低 によって「雨 」、「飴 」など同 じ発 音 のものが区 別 される。2.3節 では リズムの違 いについて考 察 した。日 本 語 のリズム単 位 の基 本 はモーラであり、ほ ぼ同 じ強 さで等 間 隔 に発 話 され、拍 数 が多 くなれば発 話 時 間 も長 くなる。一 方 英 語 のリズム単 位 は強 弱 アクセントであり、強 音 節 の数 が同 じならば、文 章 が長 くなっ ても 、 発 話 時 間 は ほぼ 等 しく なる 。つ ま り 発 話 時 間 は 、 日 本 語 は モー ラの 数 (拍 数 )、英 語 は強 音 節 の数 に比 例 するのである。2.4節 では英 語 の母 音 、 子 音 、音 節 の脱 落 についての例 を取 り上 げた。この音 の脱 落 現 象 は、英 語 のリ ズム単 位 が強 弱 アクセントであることに因 り、したがって、英 語 に特 有 の現 象 であ ると言 える。日 本 語 の歌 にはこの現 象 が見 られず、英 語 の歌 にはこの現 象 がよく 表 れることを示 した。2.5節 では頭 韻 と脚 韻 について述 べた。英 語 の 童 謡 に脚 韻 が見 られることから、韻 を踏 むという文 化 は昔 から存 在 し、韻 を踏 むことで口 調 の 良 いリズムを作 っていることが分 かった。 三 章 では日 本 語 と 英 語 のそれぞれ の音 特 徴 が 見 られる歌 を取 り上 げ検 証 し た。 “Yesterday”は 、一 音 符 一 音 節 の 英 語 らしい 構 造 で、 全 ての 行 に 脚 韻 が 見 られ た。一 方 、「さくら」では一 音 符 一 モーラの、日 本 語 らしい構 造 になっていた。 四 章 では英 語 の歌 の影 響 を受 けた日 本 語 の歌 を取 り上 げた。近 年 のJポップ は英 語 の歌 の影 響 を受 け、“We Can’t Stop the Music”のように、歌 の一 部 にラ ップを含 んでいるものが多 く見 られる。またラップには脚 韻 を踏 んでいることが多 く、 脚 韻 している語 には強 アクセントがあるのも、英 語 の歌 の影 響 だと思 われる。また、 「名 もなき詩 」のほとんどは、一 音 符 一 モーラが崩 壊 していて、2モー ラが二 重 母 音 化 したり、韻 を踏 んだりと、英 語 的 な音 特 徴 が多 く表 れている。 元 々、日 本 語 の歌 には一 音 符 一 モーラという日 本 語 らしい音 特 徴 が見 られた が、近 年 、英 語 の歌 をよく耳 にするようになり、日 本 語 の歌 は英 語 圏 の歌 の影 響 を 受 け る よ う に な った 。 一 音 符 一 モ ー ラ が 崩 壊 し 、 一 音 符 二 モ ー ラ で 歌 っ た り、 本 来 2モーラの単 語 が二 重 母 音 化 したり、韻 を踏 んだり、アクセントをつけたりと、 英 語 圏 の歌 の特 徴 を取 り入 れた歌 が多 くなってきている。日 本 語 の歌 に英 語 の 音 特 徴 を入 れることによって、新 鮮 さを感 じ、歌 がかっこ よく聞 こえ、「名 もなき詩 」 21 のような日 本 語 らしく聞 こえない歌 が流 行 るのだろう。 参考文献 上斗晶代、片山嘉雄、長瀬慶来 『英語音声学の基礎』 研究社出版 (1995) 窪園春夫 『日本語の音声』 岩波書店 (1999) 窪園晴夫、溝越彰 『英語の発音と英詩の韻律』 英潮社 (1991) 斉藤弘子 、清水あつ子、竹林滋、渡邊未耶子 『初級英語音声学』 大修館書店 (1991) 原口庄輔 『音韻論』 開拓社 (1994) http://www.isc.toyama-u.ac.jp/~hamada/song/song_top.html http://www2.kget.jp/ http://www.songs-lyrics.net/ 22