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CSR と両立支援について
~経営戦略情報~ 2006 年 12 月 26 日全 9 頁 CSR と両立支援について 経営戦略研究所 河口真理子 z CSR活動として多様な従業員の働き方(ワークライフバランス)に注目する企業が増えて きた。特に女性活用・子育て支援は、国の少子化対策の後押しや社会的関心の高まりもあり、 両立支援の制度整備に熱心に取り組む企業が増えている。 z これらの両立支援対策の進展は、社会的にも、企業に勤める立場からみても望ましいことだ が、本当の意味のワークライフバランスの取れた職場作りのためには、両立支援だけでは不 十分であり、多様な働き方をしている社員の機会均等の確保、公正な評価、と多様な働き方 を認める職場の風土の醸成が不可欠である。 1.はじめに 最近の企業の CSR としての活動状況を見ると、従業員への対応、特に「女性活用」、「両立支援」 「ワークライフバランス」などの取り組みを積極化する動きが目に付く。その背景には、育児支援対 策推進法が施行されたこと、日本の人口が 2005 年末から減少に転じたことで少子化対策の必要性が より強く認識されるようになってきたこと、ステークホルダーとしての従業員に企業が注目し始めた こと、更に直近では景気回復から人手不足に悩む企業が増えていることなどがあげられよう。 新聞報道などを見ても、実際に少子化対策への公的支援策も強化されつつあり、また連日のよう に各社の女性活用制度や男性の育児支援制度作りなどが報道され企業の取り組みが進んでいること が伺われる。 この勢いで企業側の対応が進展することは歓迎すべきことながら、最近の企業の動きをみている と、本来目指すべき方向、すなわち男性女性を問わず、従業員が仕事と生活のバランスがとれ、仕事 でも生活面からも自己実現が図れるような働き方をめざすこと、からはずれてしまう懸念を感じる。 その点について、本来の女性活用・少子化対策のあるべき姿を考えてみたい。 2.言葉の定義の整理 「女性活用」「両立支援」「ワークライフバランス」これらのフレーズは、CSR 活動のなかで、 同義語として扱われているようにみえる。しかし、これらの言葉が違うようにそれぞれの目的は微妙 に異なっている。 「女性活用」対策とは、戦力として女性社員を活用するための対策であり、その柱は①女性社員 の扱いの見直し(職種の転換や研修の充実、管理職への登用など、いわゆるポジティブアクション) ②女性が抱えることの多い、家庭生活との両立しやすい職場環境を整備することの二つに大別できよ う。更に一歩進めて「女性活用」とは、単に男性の代わりに女性社員に注目するという発想にとどま このレポートは、投資の参考となる情報提供を目的としたもので、投資勧誘を意図するものではありません。投資の決定はご自身の判断と責任でなさ れますようお願い申し上げます。記載された意見や予測等は作成時点のものであり、正確性、完全性を保証するものではなく、今後予告なく変更され ることがあります。内容に関する一切の権利は大和総研にあります。事前の了承なく複製または転送等を行わないようお願いします。 (2/9) らず、働く人の多様性の確保にむけた取り組みの第一段階である、ととらえる企業もある。ここで、 女性以外の多様性のターゲットには外国人や障がい者があげられる。 次に「両立支援」とは、男女問わず仕事と家庭生活の両立をしやすい職場作りが目的であり、具 体的な対策として主だったところでは、①子育てや介護のしやすい制度の導入(育児休業制度、看護 休暇、時短勤務など)②家庭の事情で退職した人の再雇用制度などがあげられよう。「ワークライフ バランス」はこの考え方に似ている。違いは両立支援が主に子育てや介護など家庭生活が大変な社員 全体を対象としているのに対して、ワークライフバランスの場合は、対象を全社員に広げて、仕事と バランスのとれた私生活の充実がはかれるような制度を目指している点にある。この場合、子育て・ 介護に使うか、趣味や交友関係の充実に使うかは従業員の自由である。企業には子育てや介護する必 要性のない社員も少なくなく、彼らは両立支援策のメリットを直接受けることはない。また彼らが、 職場では子育て制度を利用している同僚社員を心情的に応援していたとしても、短時間勤務や休暇の しわ寄せを受けるのも彼らである。こうしたことが鬱積すると「会社は子育て社員を優遇している」 という職場における不公平感と不満をもたらすことも少なくない。そうした社員の不公平感を除くた めのコンセプトが、この「ワークライフバランス」である。 このように、目的や対象者が微妙に異なっているが、それらの共通の対策となっていのが従業員 の子育て支援策である。子育て支援策は、現実には母親(女性従業員)が子育ての責任を負うのが一 般的なために、結果として女性従業員の両立支援策となる。たとえば、女性の従業員が就業継続が困 難なると考える理由として最も多いものが「育児」で 75.4%となっている 1 。また、企業側があげる 女性の活用および登用を妨げる理由のトップの「女性は出産・育児で退職することが多い」で、42.8% となっている 2 。よって女性従業員が子育て支援策の導入により、出産育児でも会社を退職すること なく、キャリア継続が可能となるという面から見るとこれは女性活用・均等推進策ともなる。なお、 これらの制度は原則女性だけの制度でなく男性従業員も対象としている。このような制度の導入は男 性従業員の子育て参加を促す効果も多少ながら期待できるし、場合によってはその結果として男性従 業員の妻のキャリア支援につながる、という間接的な女性活用支援効果も期待できる 3 。(但し、多 くの男性従業員はこれらの制度が自分も利用可能である、という認識を欠いているのが実態であ る。)そして、職場での子育て支援策が充実してくれば、子育ての負担のない従業員をターゲットと したワークライフバランス策が重視されるようになってくる。 つまり、最終的な目標は男女・子育てニーズの有無を問わない全従業員を対象としたワークライ フバランスのとれた職場作りのための対策としては、①まず女性活用の一環としての育児休業支援の 充実、②次にその利用者を男性従業員に広げる努力(両立支援)、最後に③育児休業の恩恵を受けない 従業員もターゲットとしたワークライフバランスに拡充するという 3 段階にわたる対応策を縦軸と することができる。一方で、こうした対策を実施した結果、職場には子育て中の女性・男性従業員、 子育ての影響を受けない従業員など多様な立場の従業員が混在するようになる。当然、彼らの仕事の 機会均等をはかり公正な評価をするための均等推進対策が横軸の対策として重要となる。 出所)21 世紀職業財団「女性労働者の処遇等に関する調査結果報告書」平成 17 年 6 月。 出所)21 世紀職業財団「女性管理職の育成と登用に関するアンケート結果報告」平成 17 年 6 月 3 21 世紀職業財団の「継続就業女性の就労意識等に関するアンケート結果報告書』平成 18 年 3 月、によると、 「出産・育児期に働き 続けた」 、という従業員が育児をするうえで最も必要な支援にあげたのが、配偶者の協力(49.5%)となっている 1 2 (3/9) 3.女性活用・両立支援に関する諸制度 まず「縦軸」の制度の整備状況を見ていこう。そのうちの代表的な、育児・介護休業法と、次世 代育成支援対策推進法の概要について以下に記す。 <育児・介護休業法> 子育て・あるいは介護しながら働ける職場環境の整備は 1992 年に施行された育児・介護休業法 から始まる。出産に関しては同法制定の前から、有給の産前産後休暇が法定で認められているが、産 後の休暇はわずか 8 週間にすぎない。独自の育児休職制度の無い多くの企業に勤めている多くの女性 従業員にとっては、実質的に産後 2 ヶ月弱で仕事に復帰することは、保育所の確保や体力の問題から 不可能に近い状況であった。同法により子供が 1 歳になるまでの休職が認められたことで、出産後も 仕事を続ける女性が増えてきた。たとえば、妊娠・出産での退職者の割合は、施行前の 91 年の 31% から施行 5 年後の 97 年には 19%に減った 4 。その後も同法は休職期間中の所得保障の増額などを経 て 2005 年には法定の休職取得期間の延長や未就学児の看護休暇の新設などを含めた改正育児・介護 休業法が成立した。さらに 2006 年 12 月 16 日付け朝日新聞報道によると、厚生労働省は、更なる育 児休業取得を促進するために、2007 年より育児休業給付の給付率を賃金の 40%から 50%に引き上げ、 企業独自の上乗せ分は、賃金の 30%を上限に 2/3 を補助(中小企業の場合は 3/4)する制度を 3 年間 の緊急措置として実施する計画となっている。 <次世代育成支援対策推進法> 一方 2005 年には、10 年間の時限立法として、次世代育成支援対策推進法が施行された。これは、 急速に進む少子化の対策として子育てしやすい環境を整備するために公的機関(国・地方自治体)、 企業 5 に対して、それぞれ独自の行動計画の策定・実行・届出を義務付けるものである。そしてその 行動計画の内容および実績が認定基準(図表2)を満たす場合、企業の申請によって、次世代育成支援 推進企業としての認定を受けることができる。認定企業は認定マーク(図表1)を、自社の広告や商 品・カタログや求人広告などに添付できるので、企業イメージ・従業員の士気などの向上、優秀な従 業員の獲得につながる効果が期待される。 図表 1)認定マーク 4 5 出所)厚生労働省「平成 9 年度女性雇用管理基本調査」 従業員 301 人以上の企業は策定・届出が義務。300 人以下の企業は策定・届出が責務となっている。 (4/9) 図表2)認定基準 認定基準1 認定基準2 認定基準3 認定基準 4・5 認定基準 6 認定基準 7 認定基準 8 雇用環境の整備について、行動計画策定指針に照らし適切な行動計画を策 定したこと。 行動計画の計画期間が、2 年以上 5 年以下であること。 策定した行動計画を実施し、それに定めた目標を達成したこと。 計画期間内に、男性の育児休業など取得者がおり、かつ、女性の育児休業 取得率が 70%以上であること。 3 歳から小学校に入学するまでの子を持つ労働者を対象とする「育児休業 の制度または勤務時間の短縮等の措置に準ずる措置」を講じていること。 次の①から③のいずれかを実施していること。①所定外労働の削減のため の措置。②年次有給休暇の取得の促進のための措置。③その他働き方の見 直しに資する多様な労働条件の整備のための措置。 法及び法に基づく命令その他関係法令に違反する重大な事実がないこと。 出所)厚生労働省・都道府県労働局「リーフレット 17. 次世代育成支援対策推進法に基づく、認定を希望される事業主の皆様へ」 このような制度整備の結果、仕事と家庭の両立がしやすくなった職場環境が増えてきている。特 に、次世代育成支援対策法は、認定マークの使用など、企業のCSR活動での活用もできる仕組みと なっており、従業員対応がCSRとして重要視されてくる中では、利用者(企業)にとっても使いや すい制度といえよう。 4.企業による両立支援の状況 図表 3 には、厚生労働省が主催しているファミリーフレンドリー企業表彰制度で、厚生労働大臣 賞を取得した企業の状況を示した。これらはあくまで先進事例なので企業の全体像を示すものではな いが、先進的な企業では、経験者のニーズに根ざしたきめ細かな制度設計がなされ、かつ実際に男性 や管理職が制度を利用しているという実績が認められる。 きめ細かな制度としては、育児休業復帰を 1 歳になった後の 4 月末や 4 月 15 日にする、などが あげられよう。理論上 4 月 1 日から保育園で受け入れられる場合でも、最初の1-2 週間は、「ならし 保育」期間として、半日程度しか預かってくれないので、フルタイムで復帰しても直後から有給休暇 をとらざるを得ないという経験者の苦労から生まれた制度である。また時短を小学校入学後も認める 制度や、小学校以上の子供に認める看護休暇なども従業員の経験を踏まえた制度が構築されている。 また、これらの先進企業では育児休業中の従業員にインターネットを使った情報提供や研修などを行 い、復帰後も看護休暇の充実や、保育料の補助、子供が小学生の間の時短勤務などの制度を整備して おり、復帰後の育児と仕事の両立にきめ細かに配慮している姿勢が伺える。ただし、育児休業制度の 利用状況は「女性はほぼ 100%」であるのに対して、男性はせいぜい数名の取得者が存在する、という 状況で男女間の意識と実態の格差は大きい。 ちなみに、平成 17 年度の平均的な企業の取り組み状況を見ると、育児休業制度の規定のある事 業所は全体の 61.6%、事業所規模 30 人以上に限っても 86%である。育児のための時短などの措置が ある企業は 41.6%にすぎない。子の看護休暇制度のある企業は全体では 3 割程度だが、従業員 500 人 以上の規模の場合は 91.3%に跳ね上がり、制度の充実度は企業規模による格差があることがわかる 6 。 6 出所)厚生労働省「平成 17 年度女性雇用管理基本調査」 (5/9) 図表3)ファミリーフレンドリー企業 厚生労働大臣*優良賞受賞企業 育児休業 平成11年度 介護休業 勤務時間短縮 社内環境整備 再雇用制度、育児・介護 法律制定以前から早期 法律制定以前より導入・ 育児の場合は小学校就 サービスの費用助成、介 事業所内託児所 導入・法定上回る 法定以上の内容 学まで 護休職中の経済的支援 管理職・男性従業員も利 NA 用 育児の時短は3歳の3月 法定以上。1年6ヶ月ま 末まで。介護の時短は3 法定以上。子が1歳到達 平成12年度 で。また分割取得も可 年間利用可能。フレック 後の3月末まで 能。 スタイムと時短勤務の組 み合わせも可能。 男性利用者あり 男性利用者あり 利用者多数 管理職も利用 平成13年度 その他の制度 法定以上。1歳に達した 後の年度末まで 法定以上。同一事由に つき通算1年 育児の場合は小学校就 学まで。介護の場合は介 護事由が解消するまで 男性・管理職の利用 男性・管理職の利用 男性・管理職の利用 時短、始業・就業時間の 繰上げ繰り下げ、とそれ 法定以上。子が1歳まで 法定以上。対象家族1人 の併用。フレックスタイム が原則だが、保育所に入 につき1年。更に1年延長 にも適用可。育児の場合 平成14年度 れない場合は最長6ヶ月 も会社が認めた場合は は4歳までだが,そのうち まで延長可能 可能 半年分は小学校入学後 に利用可能。介護の場 合は休業と同様 男性利用あり 男性・管理職の利用あり NA 時短、始業・就業時間の 繰上げ繰り下げ、とそれ の併用。フレックスタイム にも適用可。育児の場合 は4歳までだが,半年分 1歳になるまで。期間変 最長1年。期間雇用者も は小学校入学後に利用 平成15年度 更が柔軟。期間雇用者も 対象。介護対象家族の 可能。始業就業時間の 対象 範囲が法定以上 繰り上げ繰り下げ、残業 免除は、併用可能。育児 の場合小学校2年生ま で、介護の場合期間の 制限なし。 男性4名利用。女性出産 男性12名、女性10名取 者はほぼ全員 得 NA NA 託児所は男性も利用 看護休暇制度、育児・介 育児介護労使委員会の 護サービス費用助成制 設置、社内HPにて情報 度 提供 NA 家族の看護休暇制度、 育児・介護に伴う在宅勤 務制度、育児クーポン (小学校3年まで)制度 NA 失効有給休暇の積み立 て制度で看護・介護休暇 取得。月1日取得できる 介護休業制度。ホームヘ ルパー利用料補助、介 護休暇援助金、介護の ための別居手当。電話 相談、育児情報誌の無 料提供などの各種サー ビスを社内HPで紹介 NA NA 労使協力での制度改 善。社内HPなどで利用 マニュアル提供 NA 労使協力の検討委員 会。人事制度などの会社 への提案活動チーム NA 子供に限らず家族の看 護休暇は年間10日(7割 有給)。育児介護サービ ス費用の補助、育児・介 護休業中の経済的援助 事業所内託児所(一時保 育・体調不良児保育に対 応)、従業員意識調査、 労使の検討委員会設 置。社内HPでの情報提 供。 NA 社内HPで情報提供、労 働者の石井調査、労使 の検討委員会 ベビーシッター、ホーム 社内HPで情報提供、労 ヘルパー、介護サービ 働者の石井調査、労使 時短、始業終業時間の ス、施設利用、差額ベッ の検討委員会で情報提 1歳到達後の4月末日ま 1事由につき最長1年ま 繰り上げ繰り下げは子供 ドへの補助。子供の看護 供。休業中はEメールで で、保育所に入所できな 平成16年度 で。復帰後2ヶ月以内の が3歳まで。時短は、子 休暇は1子につき5日。育 情報交換。転勤の場合 い場合最長1年の延長可 再取得可。 供が小学校始期まで延 児・ヵ以後休業中の経済 の家族状況へ配慮。従 能 的援助(給与の6割支 長可能。介護は1年間 業員への意見徴収。両 給)。配偶者出産休暇(2 立に係る検討委員会。 日有給) 男性あり。女性は出産者 10数名取得。男性あり NA NA NA のほぼ全員 ベビーシッタークーポン (小学3年生まで)、介護 クーポン(回数に制限な 1歳6ヶ月または1歳到達 し)、その他サービスの 時短は子が3歳到達後の HPに仕事と子育てサイ 平成17年度 後の4月15日までの長い 同一事由に関して継続し 補助制度。看護休暇は 3月末まで可。介護は継 ト整備。情報提供。休職 A社 期間。配偶者が無職でも て1年まで 子が小学入学まで1子に 続した1年まで。 中も閲覧可能。 可能 対し12回利用可能(一部 有給)、配偶者出産休暇 (5日)、積立休暇制度 (20日限度)、再雇用制度 男性あり。女性は出産者 過去3年で男性6人、女 NA NA NA のほぼ全員 性5人 *)平成11年、12年は労働大臣賞。13年度以降が厚生労働大臣賞 出所)厚生労働省HP「ファミリーフレンドリー表彰受賞企業一覧」「表彰理由をもとに大和総研で要約。NAは、特段記載が無い項目 (6/9) 5.働く女性の現状について 先述したように、育児休業支援制度は、女性従業員にとっては利用しやすい制度になってきた。、 現在女性の育児休業取得率は7割超となっており 7 、「働く女性は出産育児のために仕事を辞めるの が当たり前」という状況は大きく変化しているといえよう。しかし、厚生労働省が 2006 年 6 月に公 表した「両立支援と企業業績に関する研究会報告」によると、2005 年の段階で育児休業を取得せず に出産前に退職してしまう女性従業員は 22%にも上る。また 8%は、復帰後 1-2 年で辞めている。結 婚しても仕事を継続していた女性従業員の三人に一人は育児休業制度を十分に活用していないこと になる。その背後には、本人の事情(自分で子育てしたい、保育園が見つからない)もあるにせよ、 企業側が育児支援制度をいれてもその後のフォロー、つまり復帰後の働き方・処遇の仕方への配慮が 不十分なために、子育てしながらもその職場で働き続けられるのか、従業員に自信が持てないことに も一因があるとも考えられる。 ちなみに企業側が育児支援に取り組む際の一般的な背景・動機として以下のものが考えられる。 ① 企業の CSR 担当部署が、コンプライアンスや経営倫理などを徹底する段階から、実際の活 動を手がけ始めるようになったこと。そして新しい活動分野として、身近な「労働分野」 に関心が向いてきたこと。 ② 子育て支援は、少子化問題が社会的課題としてクローズアップされるなかで、社会的理解 も得られやすいてテーマであること。 ③ 子育て支援を含めた女性活用のための対策は、外部のコンサルタントなどに頼らなくても、 女性従業員や育児休業経験者など、社員を活用することで比較的容易にかつ安価に出来る。 ④ 多くの従業員にとってはこうした制度は歓迎すべきことであるし、また働きやすい会社と 見られることは企業ブランド向上であり優秀な人材確保につながる。 ⑤ 景気が回復して人手不足になってきたので、投資して戦力となった従業員を家庭の事情で 辞めさせるのは勿体ないという経営判断。 すなわち多くの企業にとって従業員の両立支援策は「単なるコストではなく、企業にとってプラ スとなる投資活動」とみなされるようになっているのである。図表3に示したように、実際多くの両 立支援対策は、育児休職経験者などを交えた女性社員を中心にしたチームが策定していることが多い ので、利用したい従業員(多くは女性)にとって使い勝手が良くなるよう工夫されている。こうした きめ細かい制度をつくること、またその利用を促進させることは、いずれも「従業員の出産・育児を 支援」のための有効な戦術である。 しかしながら、育児休業制度を利用して職場に復帰した多くの従業員は、復帰後は仕事と子育て の両立について、職場の上司や同僚の理解・協力が得られず肩身狭い思いをしたり、評価・昇進の面で 不利な扱いを受けることも少なく無い。そうした状況を見ている職場の育児休業取得者予備軍は、「制 度は整っていても、ここで子育てしながら仕事は続けられない」と子育てと仕事を両立していくこと に二の足を踏む、という状況もある。企業が本気で、従業員の両立支援やワークライフバランスの確 保を目指すのであれば、従業員の育児支援を企業戦略のひとつに明確に位置づけなければならない。 7 厚生労働省「平成17年度女性雇用管理基本調査概要」によると、女性の育児休職取得率は 72.3%、男性は 0.5%。男女割合で は女性 98%、男性2%。 (7/9) 6.人事戦略としての両立支援・ワークライフバランス 1)機会均等推進策の重要性 必要な人事戦略とは具体的には、2章の最後に触れた「横軸」に当たる機会均等推進対策の推進 および、子育て従業員のかかえるリスクを企業のリスクと認識することから始まる。 まず機会均等推進対策の必要性を考えてみたい。「縦軸」にあたる育児休業・復帰後の時短・看護 休暇・ベビーシッター代の補助などの対策によって、仕事と子育ての両立をはかる従業員が増えるの は一見好ましいことである。しかし、こうした多様な働き方をしている従業員が増える職場で、彼ら を均等に評価処遇したくても、従来の人事評価の仕組みのままではそれは困難である。 たとえば、21 世紀職業財団のアンケート調査によると、現在 68%の企業が「女性管理職登用に当 たって女性がクリアしがたい条件は無い」としながらも、「主任・係長相当」の管理職すらいないとし た企業が 19%、部長相当職に至っては 79%の企業では存在していない 8 という状況が報告されている。 このように女性管理職が少ない背景には、出産・育児のために退職することが主要因とされるが、そ れだけではない。復帰後の処遇をみると、育児休業を取るとその後の人事評価が不利になるという実 態も厳然として存在する。たとえば、賞与の算定にあたり産休の取り扱いをみると、「不就業期間と する」、という企業が半数の 50.7%、「就業期間したものとみなす」、はその半分の 26%に過ぎない。 育児休業期間となると、55.7%が「不就業期間とする」とし、「就業期間とみなす」企業は 14%にし かすぎない 9 。また、数値データにはないが、休業をとった従業員は、昇進の際の評価が自動的に引 き下げられるという人事制度のもとでは、育児休業の場合も他の休業と同様にその後の昇進時の評価 が下がり、場合によってはほとんど昇進が望めない状況となってしまう。 企業側が、表向きには産休や育休取得促進のために制度を作るのであれば、復帰後の仕事におけ る評価を従来の人事評価制度のまま放置していたとしたら、それは対策として不十分である。確かに、 現場では、管理職が部下を評価する際に、育児が理由であろうと職場に来ない部下を毎日職場で働い ている部下と同列に評価できるか、といえば心情的にも難しい点があろう。しかし、企業が「子育て 支援する」と宣言して、一連の子育て支援策を充実させ、採用やブランド戦略として活用し、そうい う従業員が増えることを奨励するのであれば、その後のフォローも当然必要になってくる。なお、育 児のために休業したり時短をとった社員は、仕事する時間が減る(=会社に貢献する時間が減る)か ら上司としては評価しずらいという感情的な面があるにせよ、一方では、それが生産性を向上させて いる、と言う指摘もある。 厚生労働省の「男性が育児参加できるワーク・ライフ・バランス推進用議会」が 2006 年 10 月に出 した報告書には、ある管理職の意見として「部下の男性が短時間勤務にして育児のための時間を取っ て一番よかったことは、限られた時間で質の高い仕事をし、生産性が上がったことです」また、労働 者の意見として「育児のために業務量を軽減していただいているので、何とか会社に貢献したい。時 間で貢献できないので、知恵を出してどうやったら貢献できるか考えています」「家事も育児もマネ ジメントをきちんとしないと 1 日が回りません。子供といると何が起きるか予測できないので、突然 のリスクにどう対処するかという感覚も学びました。計画的に時間内に収めるという感覚やリスク対 8 出所)21 世紀職業財団「女性管理職の育成と登用に関するアンケート結果報告書」17 年 6 月。全国の上場・店頭公開企業 3400 社の人事担当者むけアンケート、平成 17 年 3 月実施。回収率 12%。 9 出所)21 世紀職業財団「女性労働者の処遇などに関する調査結果報告書」平成 17 年 6 月。労働者 100 人以上の企業 13000 社の 女性労働者対象。平成 16 年 12 月~17 年 1 月実施。回収率 19.4% (8/9) 処感覚は、職場に戻ったときに役立つという新たな発見がありました」というコメントが記載されて いる。 また、5 章で述べた「両立支援と企業業績に関する研究会報告」では、両立支援策の導入状況が 優れている企業群のほうが、そうでない企業に比べて、従業員一人当たり売上高も経常利益も高い、 という結果が報告されている 10 。 両立支援の促進を企業価値に転嫁させるためには、従来の日本企業の人事評価の慣行すなわち、 「長時間労働・長時間会社にいること=会社に貢献すること」という「神話」から脱却し、両立してい る従業員のメリットを生かしつつ、現場で働いているほかの従業員との不公平感をなくし、すべての 従業員のやる気を出させるための対策を人事戦略として経営判断で行う必要がある。 ちなみに、改正男女雇用機会均等法が 2006 年 6 月に成立し、2007 年 4 月から施行される。図表 4 に改正のポイントを示したが、妊娠出産・産休など子育てを理由にした不利益扱いの禁止や、母 性健康管理措置などが盛り込まれており、両立をはかる従業員の機会均等に配慮した内容となってい る。 図表4)改正男女雇用機会均等法の改正ポイント 1.性別による差別禁止の範囲の拡大(男性への差別も禁止、間接差別の禁止など) 2.妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止(妊娠・出産・産休を理由とする解雇など) 3.セクシャルハラスメント対策 4.母性健康管理措置 5.ポジティブアクションの推進 6.過料の創設 出所)厚生労働省雇用均等・児童家庭局パンフレット「男女雇用機会均等法が変わります!」平成 18 年 7 月 2)従業員の子育てリスクの扱い 次に、人事戦略を考える上で、重要なことは、育児は企業にとり短期的には大きなリスクであり、 両立支援は短期的には、企業にとりコストアップ要因である、という認識である。ここでコストとは 従業員の子育てリスクを会社リスクとして引き受けることである。 乳幼児が病気や怪我をする割合は大人の比ではなく、よって従業員が突然休むリスク(=業務が 中断されるリスク)は他の社員と比べて極めて高い。また子供が小さい間は、基本的に長時間労働へ の対応は不可能であり、多くの場合は通常勤務より短い勤務(時短)を認めているほどである。この ことは、企業が労働力を確保しておきたい時間に労働力を確保できないリスクにつながる。 かつての男性正社員を前提とした終身雇用制度のもとでは、専業主婦がこうした子育てリスクを 引き受けていたので、従業員たる男性正社員はこのリスクから自由であった。今、両立支援策を導入 するということは、過去に専業主婦が抱えていたリスクを会社が引き受けることを意味する。 しかしながら、両立支援推進といいながらも、経営としてこのリスクを引き受ける覚悟が本当に できており、それを人事戦略に落とし込んでいる企業はまだ少ないのではないだろうか。たとえば化 粧品会社では、子育て中・時短勤務の美容部員の業務をサポートするために、美容学校の学生をパー 両立支援が進んでいる企業群とそうでない企業群を比較すると一人当たり売上高は前者が 9330 万円vs後者が 7470 万円、一人当たり経常利益は 380 万円 vs220 万円となっている 10 (9/9) トとして活用するなどの対策をとっている。しかしながらこのように明確な形で子育て・時短勤務社 員をサポートする制度を設けている企業はわずかである。多くの企業では、それぞれの職場が、こう した子育て社員のリスクを吸収せざるを得ない状況である。 よって、同じ企業内でも、周りに子育て経験者が多いなど理解のある職場では、復帰後も職場の サポートが得られるために子育てと仕事の両立が容易にできる。しかし、職場で子育て経験のある上 司や同僚がいなかったり、または子育てリスクを抱える従業員では務まらないような激務の職場や職 種の場合、周囲の理解が得られにくく、軋轢が大きくなったり、両立継続が困難になり辞めてしまっ たりする。そしてその場合辞める原因は、従業員の資質の問題として処理されてしまう。 CSRの一環としてそのリスクを認識しない「子育て支援策」を大々的に打ち出せば一時は従業 員にも歓迎され、会社のイメージもよくなる。ただし、経営として子育てリスクをコストとして明確 に認識して引き受ける覚悟(とそれに基づく体制作り)がなければ、時間の経過とともに職場と従業 員に子育てリスクを押し付けるだけのあまり評価されない制度に堕してしまう懸念が残る。 子育てリスクを経営が企業のリスクとして引き受ける制度の整備とは、本当の意味で、従業員の 多様な働き方を企業が容認することであり、それはワークライフバランスのとれた職場作りから始ま る。 7.結び 以上みてきたように、国の制度整備の後押しと、少子化問題への社会的関心の高まりから、女性 活用、両立支援、ワークライフバランス策などが企業のCSR活動の目玉として、熱心に取り組まれ るようになった。ここであげた事例に見られるように、素晴らしい両立支援制度を導入する企業も増 えてきている。このこと自体は歓迎すべきことだが、両立支援だけでは、本当の意味でのワークライ フバランスのとれた職場とはならない。両立支援の結果生まれた異なる働き方をする従業員を公平に 評価、処遇し、士気を高めるような組織作り、つまり機会均等を担保する制度づくりとそうした働き 方を容認する企業風土作りも含めた包括的な対策が肝要となる。