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巻頭言 地域活性化のマーケティング

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巻頭言 地域活性化のマーケティング
Japan Marketing Academy
巻頭言
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地域活性化のマーケティング
本誌編集委員
上田 隆穂
学習院大学 経済学部 教授
伝統的なマーケティングの基本は,いうまでもなく STP,つまり
Segmentation,Targeting,そして Positioning である。しかしながら,あらゆ
る企業がこの基本に従い同じ方向に動けば,多かれ少なかれ数で勝る都市住民
がターゲットとなりやすい。そして類似の調査に基づいて戦略を立てることで
同質的な競争となりやすい。自企業のコアコンピタンスを活かす部分でわずか
に差別化が残される。ところが昨今の不況によるコスト改善の努力により,標
準化が進展するとより一層同質的な競争が行われるようになっている。
改めてこの観点から地方を見るとそこには極めて多くの差別化の要素が潜ん
でいる。ビールなどのプロモーションで地方の食材とタイアップが行われてい
るのを見れば,初歩的な段階であるが,差別化要素が豊かであるのは明らかだ
ろう。大都市偏重の成熟化したマーケティングから脱却し,差別優位性を活か
したマーケティングで企業の優位性を高めるためには,これまでの都市から地
方への天下り的なマーケティングではなく,地方から都市への坂登りのマーケ
ティングも重要な 1 つの手段だろう。このような逆転現象はこれに限ったこと
ではない。従来のマーケティングが,「市場調査→新製品開発→広告制作→店
頭プロモーションづくり」という流れであったが,不況期におけるマーケティ
ング失敗確率低減を背景に「消費者の深層心理調査・店頭実験に基づく確実に
売れるプロモーション訴求の発見・全国展開→この訴求を元にした広告制作→
よりヒット確実な新製品の開発」という動きを見せているのと同様である。し
たがって,地方産物のブランド化をいかに図り,大需要地である都市と坂登り
的にいかに結びつけていくかが重要となり,さらに地方での交流人口を増すこ
とにより,移動需要の拡大,および地方が豊かになり,消費需要も活発化させ
ることが景気の浮揚にとっても重要である。
ただ重要ではあるが,具体的にどうすればいいのかはそれほど簡単ではない。
これまでの一般的な地域活性化の方法は,地域イノベーション論と地域ブラン
ド論が代表的なものである。前者では行政主導の「産業集積論」,つまり「企
業誘致モデル」が中心であったが,これも地域自治体のインセンティブ提供競
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争に陥り,結局誘致した企業の撤退が多く,うまく行かなかった。現在では,
多くの下請け関連企業や技術提供先となる大学や研究機関が存在し,しかも
需要地へのチャネルが必要であるとする「産業クラスター論」へと発展を遂
げている。これによって,明確に差別化・充実化した地域基盤作りが可能と
なり得る。過去の成功事例としては,フィンランドのオウル(ノキア),イン
ドのバンガロール(IT 都市)などが挙げられる。
もう 1 つが,地域ブランド・マネジメント論である。地域は地域独自のブ
ランド・マネジメントが必要であり,『単なる「特産品」「観光地」を売るた
めの努力ではなく,何度も買ってくれる,何度も訪れてくれる,さらに住み
たいと思ってくれるブランドの育成を行っていかねばならない。』というもの
である 1)。
そのためには訪れた観光客による単なる「買う」「みる」だけでは不十分で
あり,感動を伴う体験が重要であるとしている。従来型の地域活性化はいわ
ゆるハコモノ行政と言われるように行政・土木建設業界主導の活性化であっ
たが,この効果は一時のもので,すぐに不要な建物があふれるようになった。
このようなことを避けるために大事なことは,地域ブランド・コンセプト開
発ステップである。つまり地域資産の棚卸しを行い,今の時代にマッチした
活性化の種を拾い出し,その意味づけを行い,潜在的な旅行者にとって資産
の編集・体験のデザインを行うことによって地域ブランドを作り上げること
である。ただし,この資産は必ずしもモノである必要はなく,重要無形民族
文化財のような文化的価値でもよい。地域資産の例は,岡山県総社市の古墳
群,神奈川県三浦市商店街の夜市などたくさんある。珍しいところでは衰退
した町の廃墟を資産に映画撮影に利用したアメリカのデトロイト市などもあ
る。そしてこれらを実行するのに重要なのはその実行組織を構成する人々,
つまり地域振興のアクター達である。誰が旗振り役を務めるのか,誰が進む
べく方向の青写真を描くのか,だれが多くの情報を整理して,かつ外へ情報
を発信していくのか,誰が地域での調整役の役割を担うのかである。これら
のアクターの連係プレーがうまく動かないと前進は困難である。特にその中
でもヨソモノの担う役割は大きい。なぜならヨソモノは目利きの役割をなし,
住民が「平凡」と思っていたものがヨソモノだから「平凡でない」ことがわ
かり,その指摘が可能だからだ。卑近な例を用いれば奥能登の"べん漬け”と
いう漬け物は住民にとって当たり前のつけものにすぎないが,ヨソモノから
みると「いしり」というイカの魚醤で漬けたもので,特に大根は炙って食べ
るという一種変わった地域独特の漬け物に思えるのだ。また宮崎県綾町(あ
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やちょう)の町興しに集うアーティスト達も,地域資産の目利きではないが
外部からの集客に立派に貢献しているヨソモノ達である。
そして地域活性化のプラニングであるが,地方では現地の人々の手によっ
て,多くの観光ポイント,地域食材がばらばらに訴求されていることが多い。
しかしながら,それでは全体での魅力に欠け,魅力的ものになることは少な
い。活性化のプランは,新たに地域資産の棚卸しをヨソモノの目で行い,そ
して利用可能な資源でいくつかのまとまりにして,少数の訴求ポイントを考
案し,そこへ向けてこれらのまとまりのベクトルを合わせることで強力な魅
力を作り上げることだろう。
しかもこれらは短期的に成し遂げることが難しく,最終的なゴールを決め,
段階を踏んで進めていくことである。大事なことは実行可能なことの積み重
ねであり,1 つ 1 つクリアすることによって地域住民の期待感を盛り上げてい
くことが必要である。そして最後に忘れてはならないことは,地域住民の支
持を集めつつの実行がベースとなる。特にこのことは重要であり,住民感情
を無視した地域振興は意味を持たない。例えば,中国南西部の雲南省・麗江
古城は,現存する世界最後の象形文字・トンパ文字を伝えるナシ族が暮らす
古い町であるが,1997 年世界遺産に登録されて以来,観光的な俗化が進み,
物価の高騰,生活環境の悪化で半数以上のナシ族が町を去ったという失敗例
である 2)。
地域活性化のポイントは,地域資産の棚卸しで質の良いヨソモノの目を活
用することであり,ふさわしいアクターを選び出し,割り当て,活性化組織
をうまく作り上げ,動かすことである。そして住民の大切にしたいものを守
りつつ,実施することである。またプランニングに際しては,ゴールを明確
に設定し,小さなことから成功を積み上げ,一歩一歩近づいて行くことであ
ろう。一挙にゴールから実現しようとしても対応する組織が成長しておらず,
受け皿となることは難しい。徐々に地域住民の期待と参加意思を高めていく
ことが望ましいと思われる 3)。
注
1)和田充夫・菅野佐織・徳山美津恵・若林宏保(2009)『地域ブランド・マネジメント』有
斐閣,p.7
2)讀賣新聞,2010 年 12 月 30 日朝刊
3)本文は一部,上田隆穂(2011)『地域活性化のマーケティング:石川県能登町を事例とし
て』「日経研月報 2 月号」に基づいている。
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