論 文 の 要 旨 Summary of the Dissertation Name Seal 氏名 内田
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論 文 の 要 旨 Summary of the Dissertation Name Seal 氏名 内田
論 文 の 要 旨 Summary of the Dissertation Name 氏名 内田 豊海 Seal , 論文題目: ザンビア基礎教育における計算能力に関する研究 -妥当性と弁別性に注目した診断的評価を通してDissertation title: ヴィゴツキー(1926)はかつて、教育学を事実と規範の両側面から論じる必要性を説いた。 一方は教育事象において学習する主体の発達的特徴や教室における相互作用をありのままに捉 えようとする自然科学的な方向性と、他方は教育の理念や目的を掲げるに当たり必要となる規 範的・学問的な方向性とからなるものである。事実そのものは、我々を如何なる場所にも導か ないであろうし、事実に基づかない規範は、夢物語で終りかねない。すなわち、教育において は、自然科学のように事実をありのままに記述・分析する方向性と、その事実を一定の地点へ 導いていく方向性の双方が必要であり、両者を結びつけるものを教育実践と捉えることができ よう。 本研究の対象国であるザンビアにおいては、様々な規範的理念が作成・実施されてきた一方 で、その基となる科学的研究の蓄積は薄い。教授・学習の根幹に関わる生徒の認知的側面に焦 点を当てた研究は少なく、またそれらの結果はザンビアの生徒の低い到達度を浮き彫りにした ものの、生徒がいかなる能力を有しているかを示すものはない。 そこで本研究では、ザンビア基礎教育において、特に「数と計算」領域に焦点を当て、生徒 の計算能力を、診断的評価を通して明らかにすることを目的とし、その達成のため、以下の5点 を実施した。 1. ザンビア教育の理念である政策指針およびシラバスを分析することにより、ザンビア教育の 特徴を把握する 2. これまで実施された到達度調査を実施することにより、本研究における焦点を明確にする 3. 予備調査を行い、ザンビアの生徒の身につけた学力へ近接する方法を考案する 4. 1.2.3.を踏まえ、調査枠組みを設定する 5. 4.で検討した調査枠組みに則り、妥当性、弁別性のある診断的評価を開発・実施・分析する ことを通し、ザンビアの生徒の計算能力を明らかにする。 ここで、計算能力とは、「数と計算」領域における算数科基礎能力を指す。 さて、本研究は8章からなる。1章では、研究の課題、目的を明確にした後、他文化において 教育研究をするための準備的考察を行い、本研究の妥当性について論じた。ここでは、診断的 評価を開発・実施するにあたり、調査目的と結果が一致し得るかを検討する「結果としての妥 当性」、また調査枠組みを作成するに際し、その設定過程を検討する「過程としての妥当性」 という2つの妥当性を定義し、後者に関しては、調査内容がザンビアの生徒の理解の状態を細分 化できるかという「弁別性」を考慮することから論じることとした。 次いで2章ではザンビア教育を俯瞰することより、ザンビアの文脈性を浮き上がらせ、ザンビ アにおける事象を解釈するにあたっては、その文脈性に沿う必要があることを確認した。 3章では、ザンビアの教育指針、および基礎学校算数科のシラバスを分析することにより、そ の特徴を明らかにした。その際、数学の学問性に視点を向けた構造的側面と、日常生活との関 連性について論じるべく応用的側面という2つの軸を設定し、分析を行った。その結果、技能の 個別能力的発達に主眼がおかれ、反復により習熟を試みるシラバスの傾向が明らかになった。 4章では、これまで実施されてきた2つの到達度調査、「教育の質に関する調査のための東南 部アフリカ諸国連合(SACMEQ)」及び「ザンビア全国学習到達度調査」をレビューすること により、そこから得られる知見と課題について考察した。これらより、筆記調査においてザン ビアの生徒は問題設定により敏感に反応すること、また文字に対する繊細さなどが明らかにな り、診断的評価を実施するためには、筆記調査において細かな問題設定を行い、正誤のみなら ず、解法を通し思考過程まで推測できるような構成を整える必要性、また筆記調査に代わる代 替調査の検討が示唆された これらを踏まえた上で、5章では、診断的評価法開発にあたり、その妥当性・弁別性を検証す べく予備調査を行った。調査対象として、基礎学校2校を選出し、3〜7学年までの生徒に筆記調 査、およびインタビュー調査を行った。筆記調査は、どの学年において、どの程度の計算能力 を有しているかを把握することを目的とし、「数と計算」領域を「数概念」「四則演算」「文 章題」の3つに分け、問題の難易度を細かく設定して出題した。インタビュー調査では、現実場 面における問題解決過程を観察すべく、お金や商品といった具体物を用意し買い物場面を設定 し、実際にそれらを用いながら、生徒がいかに商品の金額やおつりを計算するかを観察した。 その結果、生徒は独自のアルゴリズムを用い、計算を行っていることが見えてきた。学年が低 い段階では、計算に際し、棒を引き、その数を数えるというストラテジーを用いており、学年 が上がるに連れ、次第に筆算を用いる傾向が伺えた。しかしながら、筆算においては、正確な アルゴリズムの習得に至っておらず、生徒が個々独自な擬似的アルゴリズムを用いていること がわかった。また、インタビュー調査より、文章題は解けなくとも、具体的場面設定において は、同様の問題を解決することができることがわかった。 6章では、3、4、5章の結果と考察を踏まえ、「数と計算」領域における診断的評価の枠組み を設定した。問題設定に際しては、予備調査結果より、ザンビアの生徒の「できること」と「で きないこと」の境界を検討し、特に位取りと2桁の乗法、そして文章題の解法過程に焦点を限定 し、筆記調査とインタビュー調査を補完的に用いることで、より包括的に生徒の計算能力を把 握できるような調査枠組みを作成した。 6章で作成した調査枠組みを基に、7章では実際に診断的評価を実施し、その結果を検討した。 調査対象として、基礎学校2校の3〜7年生を選出した。筆記調査の結果より、生徒は問題の出題 形式により、棒を数えるストラテジーを用いたり、筆算を用いることがわかり、両者の間をス ムーズに行き来することができないことがわかった。また、解法や誤答の傾向より、学年や問 題ごとに、生徒の思考過程がいかに変容して行くかを推測できることがわかった。インタビュ ー調査結果からは、生徒の言語的繊細さが浮き彫りになった。文章題の題意を把握し問題解決 するにあたり、自分で文章を読んで問題解決する生徒、他者が問題文を読み、それを聞くこと により問題解決する生徒、丁寧な現地語での説明を受けると解決できる生徒、具体物を見るこ とにより解決する生徒など、問題解決に至るためには、様々な段階があることが明らかになっ た。この他、位取り、命数法などの調査結果をまとめることから、ザンビアの生徒の計算能力 の一端が明らかになった。 最後に8章では本研究の総括を行い、また残された課題を論じた。本研究で開発・実施した診 断評価は、弁別性を有し「過程としての妥当性」及び「結果としての妥当性」が認められるも のであった。研究の結果として、これまで見ることのできなかったザンビアの生徒の実際の一 端である計算能力が明らかになり、生徒の持つ特徴が、ザンビアという文脈に大きく依拠して いることが浮き彫りになった。今後の課題として、一層の実証的研究の蓄積を目指すべく、計 算能力のみならず、数学全領域における生徒の能力の把握、さらにその変容過程を明らかにす ることが求められよう。