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12月号(No.303)

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12月号(No.303)
ていよう
綴葉
'11
12
No.303
あなたが創る生協の書評誌
▶
話題の本棚
ウォルター・アイザクソン著『スティーブ・ジョブズ』
大野更紗著
『困ってるひと』
特集/冬
新刊コーナー/新書コーナー/私の本棚
(統一イタリア150年)
/読書マラソンへの誘い
〒606-8317 京都市左京区吉田本町
Tel:771-6211 / E-mail:[email protected]
URL: http://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/
京大生協綴葉編集委員会
話題の本棚
大きな希望を見れば見るほど、うまくいかない時の絶望もまた大き
だからこそ、伝記が読者に与えている「夢」は危険なものでもある。
功するし、成功しない人はいくら偉人の伝記を読んでも成功しない。
ジョブズ氏のようになれる人材はそもそも自伝を読まなくても、成
功する保証はない。この伝記を含めた「ジョブズ本」もまた然り、
成功した人物の伝記を読んで前向きな気持ちになるのは結構なこ
とだが、それを読んだからといって、読者が本の主人公のように成
分にする効果は抜群だ。
スティーブ・ジョブズによる最後の仕掛け
スティーブ・
ジョブズ (Ⅰ・Ⅱ)
ウォルター・アイザクソン著
井口耕二訳 講談社
「ジョブズ」の名前を聞いたことがない人でも、彼が作り出した
で擦りまくる人がかならずひとりかふたりいる。その姿は滑稽であ
にすらも見える。今やどこに行っても、小さい画面を一所懸命に指
の欠片を拾い集めるほうが幾分か面白い。少なくとも本書の場合、
では、我々は伝記から何を読むべきか? 著者が意図的に描こう
とする主役の輝かしい生き様よりも、あちらこちらにある「歴史」
﹁ 伝記﹂の何を読むべきか?
い。
る一方、SF小説で書かれているような近未来を身近に感じさせる
道具 iPhone - iPad を目にしたことがある。指で触って操作するとい
う発想は原始的でありながら、いや、原始的だからこそ魔法のよう
光景でもある。
開発者の立場からみたIT業界の歴史は資料価値が高いものである。
わせた形での発売をどこか計画していたのならば、最後の最後まで
は異なり、この伝記は本人直々の依頼だったという。自分の死と合
書が発売された。これまで数多く発売されてきた「ジョブズ本」と
残念なことに、彼が生み出した製品が軌道に乗り始めたその矢先
に、ジョブズ氏は帰らぬ人となった。予知していたかのように、本
かけるものでもあるように思う。(どうでもいい話だが、「第一、本
するものだけではなく、消費者の私たちのこれからの生き様を問い
だろう。その意味では本書は、開発者のジョブズ氏の生き様を提示
IT企業の開発者たちに左右されてきたのかを実感することになる。
すヒントが隠れている。本書を読み終えた後、我々の生活がいかに
本書の様々なところで、なぜ、IT業界が現在の姿になったかを示
﹁ 復活のヒーロー﹂
まったく食えないやつだと言わざるをえない。
と思うぞ!
これはジョブズの経営理論と矛盾していないのか!」
書の電子版を活字版と同じ値段で買わなければならないのはどうか
諸事情によってアップル社を追われた後、華麗に舞い戻り、みご
とに成功したジョブズ氏の人生はまさに「復活のヒーロー」の完璧
と書評を書きながら、心の中で叫んだ私がいる) (あずき)
(
四四八頁(Ⅰ)四三一頁(Ⅱ)税込各一九九五円 ・ 月刊)
11
なシナリオである。だからこそ、お手本の人物としてこれ以上ふさ
わしいストーリーはないだろう。読者をなんとなく「前向き」の気
10
2
話題の本棚
不幸な人は、読んでみよう☆
困ってるひと
大野更紗著
ポプラ社
」の文字。奥付を見ると発売二ヶ月足らずでなん
取り上げるのが遅すぎた。各所で話題になっているのでご存知の
読 者 も 多 い か も し れ な い。 評 者 が 九 月 末 に 購 入 し た 本 の 帯 に は
「一一万部突破
と九刷だ。いったい、どんな本なのか。
﹁ 闘病モノ﹂
《この、『困ってるひと』というタイトルに、「なんだそりゃ」と
お思いになる方も多いだろう。そして、「あなた誰」と。
わたしは、この先行き不安、金融不安…(中略)…鬱の嵐が吹き
病気のものでさえ神妙な気持ちになるだろうに、難病なんて、読後
にはもっと打ちひしがれ無力感を感じるに違いない。という考えは
自己中心的だが、みんなにこの心理がはたらくからこそ闘病モノは
売れなくてエンタメがベストセラーになっているのだろう。
しかし、本書はおもしろい。軽やかな文体、散りばめられたブラ
ックユーモア。単に茶化しているわけのではなく、どうしようもな
く困難な状況にある著者自身を、冷静に観察・分析しており、著者
の知性が垣間見える。上質な「闘病エンタメ」とでも言えそうだ。
きるか、死ぬか
生
東北の片田舎「ムーミン谷」で育った著者は、田舎に決別すべく
上智大学のおフランス語学科に進学、おハイソな雰囲気をまといつ
つ女子大生ライフを送っていたが、ひょんなことからビルマ難民の
研究の道へ。難民キャンプでバリバリ難民支援などしていたところ、
突如発病、それ以来、毎日生きるか死ぬかの日々。
稀な難病にかかった大学院生女子、現在二十六歳。ちなみに、病名
ほど突然だろうが、理解不能だろうが。例えば、突如全身に激痛が
開いたような気持ちになりそう。でもいざ状況が変わったなら、誰
荒れ、そのうえ未曾有の大災害におそわれた昨今のキビシー日本砂
「人生、どこで何があるかなんてわからない」。そんな手垢がつき
漠で、ある日突然わけのわからない、日本ではほとんど前例のない、 まくった言葉を、沈む夕日を眺めながら呟いたら、なんだか悟りを
は、 Fasciitis-panniculitis symdrome
(筋膜炎脂肪織炎症候群)とつ
いている。皮膚筋炎という、これまた難病も併発している。》
が石灰化し、おしりが流出しても。友達に愛想つかされても。
走り、歩けなくなり、高熱が続き、意識が朦朧とし続け、皮下組織
だって「その後」の人生を全力で生きていくしかない。それがどれ
本書は、難病、それもかなり稀なタイプにかかった著者による、
いわゆる闘病モノだ。この類がこれだけ売れるのは異例だそうだが、
本書から伝わってくるメッセージは、いま生きている若いあなた
にシンプルに響くはずだ。 (ゑりく)
(三一三頁 税込一四七〇円 月刊)
6
読んで納得。著者の文体が巧みなのだ。
評者は、闘病モノは殆ど読んだことがない。その理由はズバリ、
「おもしろくなさそう」だからである(ズバッ)。がんなどの身近な
3
!!
?
綴 葉
2011. 12. 12
その夜、
ぼくは奇跡を祈った
田口ランディ著
大和出版
冬といえばクリスマス
クリスチャンでもロマンチ
〈特集〉
冬
ストでもないが、クリスマス
が近づくと何だかちょっと嬉
しくなる。子どもの頃に刷り
込まれたからかもしれない。
チキンとケーキを食べて、サ
ンタに遭遇し、プレゼントに熱狂する。子ど
もにとって間違いなく一年で一番幸せな時間
だ。けれど大人になってもやっぱり待ち遠し
くなる。寒さと静寂が生み出す冬の寂しさ。
灰色の空。師走の忙しさ。街のイルミネーシ
ョンとテレビの喧騒がこれに追い討ちをかけ、
クリスマスという日を明るくまぶしい夢に変
えていく。キラキラキラ……。
恋人とのデート、友達との鍋や焼肉、はた
また家族と過ごすのもいい。私の運命かもし
れないが大学で勉強なんてのもありだ。いず
れにせよ、何か凄い事が起こるわけではない。
けれど、誰もがその日を特別に思い、何か起
こるかもと期待する行動が、本当にちょっと
嬉しい事や幸せな事を舞い込ませる。そこに
クリスマスのミラクルがある気がする。
本作は三編のクリスマス・ストーリーから
スの特別な空気に触発されて奇跡や幸せにつ
ながっていく過程が、繊細なタッチで描かれ
ている。随所の水彩画が心に残る。貧乏な若
者音楽家がイブの病院で体験した小さな奇跡。
決算期の多忙に疲労困憊のOLが孤独な帰り
道に出会った心温まる出来事。イブの夜に仕
事に勤しむ男が至った心境。お気に入りは最
初の二作。嘘くさくないほんの小さな奇跡だ
からこそ暖まる。少し早いが、今年もケンタ
ッキーのチキンが食べたくなってきた。みな
さま、メリー・クリスマス! ( れくた)
月、冬のはじまりです。冬とい
うと何をイメージされるでしょう。
身 を 切 る 寒 さ? そ れ と も 暖 か い
鍋? 秋の夜長に読書とはいいます
が、冬も夜は長いもの。この季節に
ちなんだ一冊で、夜を越してみては
︵道祖︶
いかがでしょう。
成る短編集。些細な感情や出来事がクリスマ
12
(92頁 税込1260円)
4
綴 葉
No.303
京都極楽銭湯案内
雪
由緒正しき京都の風景
林宏樹著 杉本幸輔写真 淡交社
中谷宇吉郎著
岩波文庫
冬といえば雪
冬といえばお風呂
一面広がる銀世界、しんし
手も足も凍りつく寒い季節。
んと降り積む姿はこの辺では
温泉にでも出かけてゆっくり
稀だけれど、それでも冬には
入り浸りたいところだけど、
雪が欠かせない。雪は地上に
そうもいかないそこのあなた。
清澄さをもたらし、あらゆる
京都には温泉はなくともいい
音を飲み込んで、ひたぶるに
銭湯がたくさんありますよー。
降る。部屋の中でもつい音を消す。思わず表
広々とした湯船で思う存分身体を伸ばして温
へ出て、ぶるりと震えて逃げ帰るが、硝子越
まれば、日頃の疲れも取れるというもの。本
しにいつまでも眺めていたりする。
書は200軒以上ある京都の銭湯からよりすぐ
ところで雪は雪害をもたらす。とりわけ近
りの53湯を紹介するガイドブックだ。
代化以前、豪雪地帯の生活は常に雪害ととも
元料理旅館の豪華絢爛な内装と檜露天風呂
にあった。きしむ家屋から雪の重荷を取り除
を楽しめる船岡温泉、巨岩がそそり立つ岩風
けたその夜、再び降り出し一晩でまた雪降ろ
呂が自慢の吾妻湯など由緒正しい京都情緒漂
しを必要とする自然の容赦なさに、人々は怨
う銭湯の一方で、夜 3 時まで露天風呂の開い
言くらいは言っただろう。先に掲げたつき合
ている紫野温泉、モザイク絵の滝から打たせ
いとは、ずいぶん違う雪がある。
湯の出る小町湯、自動製氷機から氷が落ちて
忍従し受け容れるだけが付き合いではない、
くる水風呂のある加茂湯など小さくてもユニ
というのが著者の出発点だったか。東京・ロ
ークなお風呂屋さんの数々が紹介される。
ンドンで物理学を修めた後、彼は北海道で雪
また浴槽以外にも趣向を凝らした数々の銭
の研究を始める。以来、ヨーロッパとは異な
湯があるのも京都の特徴だ。入浴しながら
る雪が多様に降る地の寒中で、雪研究の見取
100羽以上のインコを鑑賞できる松葉湯、冷
り図をどんどん書き換えて行く。何よりも観
凍サウナのある衣笠温泉、錦鯉を眺められる
察重視。マッチの軸を折って作ったささくれ
柳井湯、なぜか雄大なスイスの山々の風景が
を使って雪の結晶を自在に操作し(!)、画
描かれたタイル絵の泉湯(オーナーがスイス
期的な顕微鏡写真を撮りためる。毎日雪の結
好きだからとのこと)など、風呂にとどまら
晶と格闘していると、「不思議なことには雪
ない銭湯世界の奥深さを教えてくれる。
の結晶が段々大きく見えて来て、それに硝子
ほとんどの銭湯にはサウナもついているが
細工か何かのように勝手に弄り廻すことが出
サウナの追加料金を取らないのは京都だけと
来るようになって来」るという。果ては、そ
いった豆知識も身に付く。入浴料について、
れまで誰も真面目に取り組んだことのなかっ
脱衣籠の使い方など注意書きも付いているの
た人工雪まで降らせてしまう。
で銭湯初心者にも安心だ。京大周辺の風呂も
科学の何であるかを、一般の言葉で語った
多いので底冷えする晩には一度外湯につかり
名著である。こういう本は、情報が多少古び
に行ってみては?(2004年の出版後、廃業し
ても色褪せることはない。窓の外には驚きが
たところもある。実際に行く前には電話やネ
降る。雪の姿も違って見えるか。(一升瓶)
ットなどで確認を忘れずに。)(夏太郎)
いじ
5
まわ
(181頁 税込525円)
(126頁 税込1575円)
綴 葉
八甲田山死の彷徨
やみなべの陰謀
新田次郎著
新潮文庫
冬といえば寒さ
今年も終わりが近づき、冬
本番といった感じになってき
た。街はクリスマスに浮かれ、
それが過ぎればお正月に向け
て大忙しだ。このように楽し
い雰囲気をもった冬であるが、
苦手な人も多いのではないだろうか。なぜな
ら「寒さ」という大敵がそびえているからだ。
そんな冬にちなんで私が紹介するのは、こ
の本。これは日露戦争を間近に控えた明治35
年に実際に起こった八甲田雪中行軍遭難事件
をもとに書かれた記録文学である。この作品
は高倉健主演で映画にもなっている大ベスト
セラーであるが、これを楽しい冬の連想とし
て思い浮かべる人はそうそういないと思った
のであえて挙げてみた次第だ。
この本は「寒さ」の表現に厳しい。史実を
もとにしているとはいえ、読んでいるこちら
まで息を詰め、寒さに打ち震えるほどのリア
リティがあるのは、気象学者であり山岳小説
の代表格である新田次郎の筆によるものであ
るからであろう。息もつかぬ吹雪、雪で見え
ない道の不安さ、じわじわと迫り来る手足の
凍傷、そして死の影……。暖房で暖かくした
部屋でぬくぬくと読んでいると、罪悪感を覚
えてしまうほどだ。
私たちは毎年、寒い寒いと言っては暖を求
める。その中には自分からあえて寒い格好を
しておきながら、寒いとのたまう人びともい
る。そんな人にこそ、寒いこの冬に是非とも
これを読んでほしいと思う。なぜなら、オシ
ャレは我慢、という人たちもオシャレより防
寒が大切だ、というふうに180度方向転換し
てくれると思うから。(ねこた)
2011. 12. 12
(267頁 税込540円)
田中哲弥著
ハヤカワ文庫
冬といえば鍋
冬の料理の定番といえば鍋
である。一人で食べるのもよ
し、大勢でわいわいとつつく
のもよし。地域や家庭によっ
て様々な具材や調理法が存在
する。しかし、その中でも一
際異彩を放つ伝統のメニュー(?)といえば、
やはり闇鍋だろう。
暗闇の中で各々が持ち寄った具材を鍋に入
れ、正体もわからぬまま口に運ぶ。自分が咀
嚼しているのはおいしい定番の具材かもしれ
ないし、悪戯な誰かが持ってきたキワモノの
食材かもしれない。もしかしたら、非道な人
間が用意した汚染物質によって、鍋の中身全
体がとんでもないことになっているかもしれ
ない。本作はそんな「闇鍋」的な読書感を味
わわせてくれる作品だ。
大学生の主人公のもとに突如届けられた謎
の千両箱。その箱の正体を探るうちに主人公
がヤクザのいざこざに巻き込まれたかと思え
ば、初対面の美女といきなり運命めいた恋に
落ち、そして舞台はなぜか江戸時代へ。下級
武士と幼馴染の切ない恋物語が描かれつつ、
時空を越える剣技の力によって舞台は再び未
来へ。未来の大阪では、府知事によってお笑
いファシズム体制が敷かれ、主人公はレジス
タンスとしてその圧制に抵抗している。
不条理劇かと思えば、作者に思わず腐った
卵を投げつけたくなるようなご都合主義的な
恋愛もあり、さらに時間SF的な仕掛けもあ
る。本作はキレのいい関西ノリのギャグが光
るごった煮の連作短編集だ。とりわけ、お笑
いディストピアと化した未来の大阪を描い
た 4 編目のエピソードは大阪人パロディとし
て非常に秀逸。冬の夜長に本書を読んで笑い
転げてみるのも一興ではなかろうか。(柚木)
(275頁 税込651円)
6
綴 葉
No.303
枕草子 上・下
愛と情熱の日本酒
清少納言著 石田穣二訳注
角川ソフィア文庫
冬といえば朝
冬といえば酒
冬に酒とくれば、まずは人
肌の燗。暖かい部屋でビール
も旨い。釣りを嗜む人なら、
冬といえば「つとめて」。
といえば、このあまりに有名
なエッセイ集が思い浮かぶと
いうものです。しかしこの本、
あの有名な一段だけではなく、
あちこちで冬だの正月だの寒
さだのを扱っています。雪が降る中で色々の
着物が映えるのは美しい、火桶を持って行き
かうさまには風情があってよい、寒い日に部
屋に集まってお喋りしたら楽しかった、雪が
瓦の目につまって面白い模様になっているの
を見るのが好き、などなど、四季折々を扱っ
た文章の中で、冬の好さや冬ならではの楽し
みがぎゅっと詰まっています。
著者いわく、夏はものすごく暑くて冬はも
のすごく寒いのがいいそうです。子どもはプ
クプクしているのがいいそうです。痩せてい
る男性が直衣を着ているのに萌えるそうです。
あれは好き、これは嫌い、このあいだこんな
うわさを聞いた、そういえばこんな話もあっ
た、私ったらこんなに賢くて困っちゃう……
云々。
誰しもかつて一度は読んだことがあるかと
思いますが、テストも受験も関係なくなって
から読み直してみると、妙に赤裸々だったり、
しかし色々な知識を背景にして書かれていた
りして、さすがは随筆の古典です。丁寧な訳
注が付いているので古文を読めなくても平気
です。もしかしたら、漫画の『臨死!
江古
田ちゃん』みたいかも知れません。寒い日に、
こたつの中でストーブの前で、エッセイの最
高傑作をお読みになるのはいかがですか。
(大福)
(上巻 445頁 税込900円)
(下巻 492頁 税込980円)
7
魂をゆさぶる造り酒屋たち
山同敦子著 ちくま文庫
氷の張った湖畔で一斗缶に重
油を焚き、湖面に穴をあけて
ワカサギを釣り上げながら呑
るのも絶品である。だが今回は少し回り道を
してみよう。日本酒の仕込みは冬の仕事であ
る。山同敦子『愛と情熱の日本酒 魂をゆさ
ぶる造り酒屋たち』(ちくま文庫)はこのほ
ど 6 年ぶりに文庫で再版された。
唎酒師でありソムリエでもある著者は、酒
蔵に息づく造りの魅力を伝える書き手として
も知られる。山同氏が本書で描き出すのは、
酒を醸す人々の息遣いと試みだ。「蔵入りの
日には精進潔斎の意味合いで頭を丸め、その
後は、皆造の日まで、髭も剃らずに酒造りだ
けに集中する」出雲の酒蔵「王祿」の社長兼
杜氏の石原氏の姿には神事にも似た鬼気迫る
気魄が滲む。酒を醸すのは人間だが、酒がで
きるのは微生物、地理や気候条件といったい
わば人為の及ばないものごとの作用である。
厳寒の最中に米を磨き麹を仕込む、その苦労
の理由もここにある。自然に寄り添わなけれ
ば自然の力を借りることはできない。
だが古式に則るばかりが現代の酒造りでは
ない。愛知県、知多は大高の酒蔵「萬乗」の
銘酒「醸し人九平次」はパリのレストランで
も供されるという。著者もソムリエであるた
めか西洋料理との相性が俎上に上る。造りの
場でも温度管理など従来は勘が頼りだった工
程が今では機械化されることも珍しくない。
真冬の空気が五感を刺し貫く。冴えきった
熟練の腕が丹念に、着実に美酒を醸す。冬の
長い夜には、馥郁な日本酒の味わいの中のこ
うした声に耳を傾けてみるのもいい。(峰)
(381頁 税込998円)
綴 葉
ザ・ロード
2011. 12. 12
冬のかたみに
コーマック・マッカーシー著
黒原敏行訳 ハヤカワ epi 文庫
立原正秋著
新潮オンデマンドブックス
冬といえば“核の冬”
冬といえば、立原正秋
かつて冷戦があり、核の恐
……なんて思うのは私ぐら
怖は現実のものだった。ソ連
いに違いない。だが、思い返
の解体とともに、一度は現実
してみると、それにはきちん
的ではなくなったように思わ
とした理由がある。
れたが、現在でも残念ながら
万葉集の中には「冬ごもり
その恐怖は有効なもののよう
だ。アメリカでは2006年に本書が、翌年には
ジム・クレイス著『隔離小屋』(白水社)が、
ともに文明の崩壊した後の世界で生きる人々
を描いた。ともに文明が滅びた原因は説明さ
れない。本書では、描写の端々から核の冬が
きたように思われるが、それも確かなことで
はない。
のっけからテーマを否定しているようにみ
えるが、本書から感じられるのはまぎれもな
く冬の手触りであることを言い添える。人類
にとっての文明が崩壊した世界を、男とその
子供が彷徨する。植物は生えず、人間以外の
動物たちは息絶えた。食べることができるの
は人家の跡に残された缶詰などの保存食、そ
して――人間だけである。空は常に雲に覆わ
れ、大気は冷え込んでいる。男と子供が歩く
のは、そのような冬の世界だ。気候はまるで
冬のようであり、そして人類という種にとっ
ての冬が訪れている。
春さり来れば」という言葉が
ある。これを、私自身は「冬が隠れて去った
後に、春はやってくる」と解釈している。い
ずれにせよ、冬の終わりを待ち望むのが普通
だろう。ところが、1966年直木賞受賞の小説
家立原正秋は「冬のつぎに春の来るを思わ
ず」と記している。つまり、春などまだ見な
い未来に希望を持つのではなく、冬こそ人の
生きる季節だ、と。私自身、その言葉をどこ
で読んだかでさえ覚えていないが、その一言
だけが、立原の名前とともに鮮明に記憶に残
った。
読売新聞での連載を経て1970年にドラマ化
された『冬の旅』をはじめ、立原の作品の中
で「冬」を冠にするタイトルが多く、本人に
とって「冬」とは特別な意味を持っているこ
とは明らかだ。その立原について知るには本
書『冬のかたみに』が一番の手がかりだろう。
男と女の物語と出自にかかわる血のテーマに
冬を越えれば春がくると人は言う。だが、
大きく分かれる立原の作品のうち、本書は後
この世界に先などあるようには見えない。食
者を代表する自伝的小説だ。立原の特殊な生
人さえまかり通る世界は滅亡へと向かってい
い立ちゆえの苦労と努力が垣間見える。
るように思える。しかし、二人は旅路で「火
禅門の子を自認するだけに全編に禅問答的
を運ぶ」というフレーズを繰り返す。その意
思索が語られ、初心者には厳しい部分もある。
味は深長だ。寒ければ寒いほど火の暖かさは
だが、そんな「冬を生きる男」立原と共に今
沁みる。二人が運ぶ「火」とは一体なにか。
年の寒い冬を過ごすのも悪くないと思う。
二人の旅を読み進めるうちに、きっとそれが
(あずき)
見つかる。(道祖)
(256頁 税込2730円)
(351頁 税込840円)
8
新刊コーナー
マザーズ
金原ひとみ著
新潮社
母親は、独立した存在ではあり得ない。子
どもと溶け合っており、それ故に彼女達はも
ア」とは何かが論じられ、よいケアとは当事
基 づ く と 述 べ ら れ る。 第 Ⅱ 部 で は「 よ い ケ
が定義不可能であり本書が「当事者主権」に
はや一方的な崩壊はできない。しかし、それ
後半二〇〇頁は息もつかせぬ展開。ギリギ
リで保っていた彼女達の歯車が狂い始め、思
すなわち市民社会(本書では介護NPOと生
かを検討し、著者の用語でいう「協セクター」
、
どこで誰によってなら継続的に提供可能なの
れる。第Ⅲ部は、そのような「よいケア」が
わぬ断絶が訪れる。それでも生活は続く。だ
でいて母親と子どもは必ずしも一体ではない。 者の要望にそった個別のケアであると結論さ
が、《 神 を 知 っ た も の は、 神 の い る 世 界 あ る
の中に置きなおし「ケアワークの値段はなぜ
文句のつけようがないだけに、「当事者」な
たい。「当事者主権」という立場に政治的な
題 名 に も か か わ ら ず、 本 書 が 本 当 に「 ケ
ア」を「社会学」しているかどうかは保留し
ケア」を実施する具体的な方針を提示する。
はケアを日本国内からグローバリゼーション
研究室で読んでいた評者は人目を気にしつ
つも涙を垂れ流しながら一気に読んでしまっ
安いのか?」を繰り返し問う。そして「よい
いはいない世界しか、生きることができない》。 協)がその役目を果たすと指摘する。第Ⅳ部
い( 摂 食 障 害 の )
た。繊細な人物描写が素晴らしく、女性だけ
著者の作品に出
てくる女性は大抵
若い女達だった印
崩壊してゆく危う
象がある。そんな「母親」から最も遠そうな
(四五七頁 税込一九九五円 ケアの社会学
当事者主権の福祉社会へ
る語のお手軽さは(著者がいかに文脈依存性
を強調するにしても)目について仕方がない。
家庭内別居状態で不倫関係を断ち切れない。
と実践の両輪を備
著者いわく「理論
一見して大冊。
頁をめくれば大作。
解でもない。これは決定版ではなく叩き台だ。
上野千鶴子著 太田出版会
彼女達はそれぞれ何かが欠けているが、ギリ
えた調査研究の成
これを社会学と呼ぶなら、社会学徒の悪戦苦
ギリの所で保っている。子どもへの愛情、周
果」が、このほど書店に並んだ。
でなく男性にもぜひ読んで欲しい。
(ゑ
りく)
月刊)
女ばかり書いてきた著者が「母親」を書いた。
物語は三人の母親の語りによって展開する。
彼女達は同じ保育園に子どもを預けている。
作家のユカは週末婚とクスリによって危うい
バランスを保っており、主婦の涼子は夫や母
親の理解を得られず密室育児に疲れ果ててい
りとの関係、自己、等の諸々を。彼女達の間
とは変わりない。大作ではあるが重厚でも難
ただし、それは本書の価値を下げはすまい。
福祉、医療、公共政策を包括する作であるこ
闘は大半が消滅するだろう。
では羨望や愛着や理解や誤解が渦巻き、それ
る。完璧な母親業をこなすモデルの五月は、
らが彼女らの次の行動を微妙に変え、子ども
議論を進めるのはこれからだ。 (大福)
(四九七頁 税込二九九三円 月刊)
9
7
第Ⅰ部では本書に先行する理論研究と本書
の拠って立つ規範的立場が整理され、「ケア」
の行動を変え、状況を変える。
8
綴 葉
No.303
プチ・プロフェスール
れてきた。さて、本書はどうだろうか。
未訳や入手困難であった重要な作品が刊行さ
を鮮やかに描いた。それはいまや当たり前の
答えが同じになるのが、科学のいいところだ
ことだが、ヴァンスはそうした作品が描ける
からね……わたしが計算しても理緒ちゃんが
ばオイラーの公式が得られる。アメリカ人で
ことを人々に提示した。その影響は大きく、
計算しても、十二足す二十五は三十七だし、
も中国人でも、フーコーの振り子を使えば地
知られている。異星での暮らしや事物、歴史
球の自転を証明することができるし、信心深
ジ ャ ッ ク・ ヴ ァ ン ス は 一 般 に S F 小 説 に
「文化」を描く視点を持ち込んだ作家として
「 プ チ・ プ ロ フ
ェ ス ー ル 」、 そ れ
記〉のアーシュラ・K・ル=グウィンをはじ
〈ハイペリオン〉のダン・シモンズ、〈ゲド戦
恵人くんがやってもトキノさんがやっても、
は「 小 さ な 教 授 」
い人にも無神論者にも、はしかの予防接種は
指数関数と三角関数をマクローリン展開すれ
という意味……こ
効く」と。
伊与原新著
角川書店
れは、昔プチ・プ
めとして、現代の英米SF、ファンタジー作
ロフェスールだった大学院生と現役プチ・プ
家の大御所たちが敬意を表している。しかし、
本書にはそうした歴史的価値のみがあるわけ
ではない。影響を与えられるのも、ただ文化
を描いたことのみではなく、それを高いレベ
絶対なんて言える論はそうそう存在しない。
文系論文には書き手の数だけの解釈があり、
あったSF界の伝
して長らく未訳で
された。第一弾と
叢書〈未来の文
学〉第三期が開始
で素晴らしい作品を届けてくれた氏への感謝。
を語ることなど到底できないだろう。最後ま
ルで描いたからに他ならない。特に本書後半
の三中編は色鮮やかでエキゾチックな世界を
描いた傑作となっている。〈未来の文学〉の
名の通りの一冊だ。
それが文系研究の難しさや曖昧さであると同
説『ダールグレン』が刊行され、第二弾が本
ジャック・ヴァンス著 浅倉久志編訳
酒井昭伸訳 国書刊行会
奇跡なす者たち
みませんか? (ねこ
た)
(二九五頁 税込一四七〇円 月刊)
同じ学校にいても精神的にはとても遠い存
在……、そんな文理の壁をこの小説で越えて
ロフェスールである小学生、二人の理系女子
=リケジョの物語である。
である。文系は基本的に個人プレー、毎日に
私ねこたは紛れも無く文系女子=ブケジョ
(になるのだろうか……何か無駄に強そうだ)
らめっこするお相手は論文や資料などの活字
資料といった無機物だ。研究といえば先人の
知に学び、読み込んだ資料の分析からいかに
時に、面白さや醍醐味でもあるのだが。
書 で あ る。〈 未 来 の 文 学 〉 で は、 六 ○ 年 代 か
を捧ぐ。 (道祖)
(四四八頁 二六二五円 月刊)
また、本書は翻訳家、浅倉久志氏の遺稿で
もある。昨年逝去された浅倉氏は半世紀近く
しかし、理系の世界は少し違うらしい。こ
の物語のラストで大学院生リケジョの律は次
ら七○年代の作品を中心に、英語圏SFでも
9
を届けてくれた。氏の影響なしに日本でSF
にも渡って、質の高い訳文で海外のSF作品
のように 言っている。「どんな人にとっても
新しいことを主張できるかである。そのため、
9
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綴 葉
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オデュッセイアの失われた書
い空気が流れる。また参戦させようとしたア
キレウスは死んでいてトロイア戦争で大活躍
クノーといえば、実験文学サークル「ウリ
ポ」に所属し、ユーモアに溢れた文体と実験
本書でもそうしたクノーのスタイルはいか
んなく発揮されている。ダブリン在住の架空
離れ業をやってのけた。
的な作風で知られている。中でも有名な『文
英雄譚を歌いさすらう羽目になる……。
の少女サリー・マーラによって書かれた散文
した彼はオデュッセウスの作ったゴーレムだ
本書はこんなワクワクする趣向で描かれた
短編集だ。単なるパロディだけでなく、巧み
集というメタフィクション的な体裁で綴られ
エピソードを九九の異なる文体で描くという
な心理描写からアッと驚くオチ、しみじみと
た本書では、十代後半にして未だ愛の営みが
体練習 』(朝日出版社)では、同一の単 純な
奇計によりギリシ
した味わいまで、原典と同じく深い人間洞察
った。戦場で出会ったドッペルゲンガーに人
ア勢に勝利をもた
がみられ、きらめくイメージの織り込まれた
生を乗っ取られた彼は吟誦詩人として自分の
らした知略の英雄
何なのかを知らない純真な少女サリーの、真
ザッカリー・メイスン著
矢倉尚子訳 白水社
オデュッセウスは、悠々帰国の途に就く。だ
この新オデュッセイアは、読者を想像力の大
十年に及ぶトロ
イア戦争で木馬の
が海神ポセイドンの怒りを買った彼は、長い
れる。サリーの日記では、フランス語の用法
女のセクシュアルな欲望を巡る滑稽劇が描か
摯でコミカルな性の探究を始めとして、男と
冒険の末故郷イタケ島に帰還し、不在の二〇
ミスを装った(ときに卑猥な)駄洒落が頻出
するなど、言葉遊び的な演出も特徴的だ。実
験的な言語表現を散りばめながら、読者の笑
いを誘う馬鹿馬鹿しさに満ちた物語は、クノ
レーモン・クノ
ー・コレクション
組み合わせることで一〇〇兆通りの詩が楽し
ー作品の真骨頂といえるだろう。
の刊行が十月から
めるという奇書の中の奇書だ。この機会に是
レーモン・クノー著
中島万紀子訳 水声社
サリー・マーラ全集
海原に連れて行ってくれる。 (夏太郎)
(二二〇頁 税込二五二〇円 月刊)
年間妃につきまとった狼藉者を射ち殺し彼を
待ち続けた妻ペネロペイア、息子テレマコス
と二〇年ぶりの再会を果たす……。世に知ら
れ る『 オデ ュ ッ セ イ ア 』( 岩 波 文 庫 ) は、 古
代ギリシアの詩人ホメロス作と伝わる一大叙
事詩だ。物語を読んだことはなくても、美し
人のキュクロプスのことは知っている人も多
配本は映画化もさ
い歌声で船員を惑わすセイレーンや一つ目巨
いだろう。
れた出世作『地下鉄のザジ』と、本邦初訳と
プレゼントされるらしい。一行ずつの詩句を
余談だが、本コレクションを全巻予約購入
した読者にはもれなく『一〇〇兆の詩篇』が
しかし実は『オデュッセイア』にはホメロ
スのものとは別のバージョンが存在してい
な る 本 書『 サ リ ー・ マ ー ラ 全 集 』。 今 後、 全
非入手してみてはいかがか。 (柚木)
(四五九頁 税込三六七五円 月刊)
!?
始まった。第一回
た エジプトのパピルス文書から発掘され
た異本では、夫が死んだものと思ったペネロ
一三巻が順次刊行される予定だ。
11
7
ペイアは既に再婚していて、再会には気まず
10
綴 葉
No.303
読んだだけでは分からない。偉大な業績とは
まれたかについていくつか分かる。さらっと
っているだけでよい。ふと読み返してなぜ生
の原著(もしくはその訳書)なのである。持
も、持たずにはいられない、というのが偉人
にとってはそうでもない。そうでありながら
解を深められたか、というと少なくとも評者
これらは初等の教科書を当たれば全てのこ
とが整理して書かれていて、本書でもって理
が起きた年である。
五で挙げた仕事で一年のうちに物理学の革命
ろ、「 テ ー マ 別 の 哲 学 史 」 で あ る。 そ こ で は
その意味で、本書のような試みは哲学史の
本来的な姿かもしれない。本書はつまるとこ
って行かなければならない。
する問いへの答えを求めて、連なる小径を辿
質を変える。その変質に自覚的になり、生起
を投げかける側の関心や常識の変移によって
だから哲学史は不断に語りなおされなけれ
ばならない。過去へと向かう眼差しは、それ
を繰り返すからである。
のは、哲学という営みが事後的な捉えなおし
アインシュタイン論文選
頂いても構わない
﹁奇跡の年﹂
の 論文
アルベルト・アインシュタイン著
のだけれど(そちらの方が理想的なのは間違
ジョン・スタチェル編 青木薫訳 ちくま学芸文庫
英語が得意な方
はもちろん英語版
(もしくは原著)
を基に読み進めて
歴史語りと不可分に思われる《時間》は脇役
にまわり、時間を貫き受け継がれる《問い》
に主要な役割が与えられている。その結果、
存在論を扱う本書(全四巻シリーズの第一)
ひら
は古代ギリシャで「存在」についての問いを
打ち披いたパルメニデスから説き起こし、そ
の問いに大きな衝撃を受けたプラトン(そし
いて」。一はあまりよく知られていないが、
成と変換に関する、ひとつの発見的観点につ
れるエネルギーに依存するか」。五、「光の生
力学」。四、「物体の慣性は、その物体に含ま
粒子の運動について」。三、「運動物体の電気
がその都度必要に応じて切り開いてきた、過
こで「道」というのは先ず、後の世代の思想
学が道を辿るかというと、辿りはしない。こ
ある。しかし、哲
てきた道の ことで
れは、哲学の辿っ
哲学史とは何か。
言うまでも なくそ
に向かうことを推奨しているように思われる。
さて、見通しを得たら次に何をすべきか。
複数考えうるが、本書は哲学者その人の著作
﹁ある﹂の衝撃からはじまる
神崎繁、熊野純彦、鈴木泉編
講談社選書メチエ
二はブラウン運動、三と四は特殊相対性理論、
迷ったら本書に戻ればよい。 (一 升瓶)
(四五一頁 税込一九九五円 月刊)
てアリストテレス)を経由して、ニーチェ・
五は量子論に関する仕事である。「奇跡の年」
去へと向かう小径である。これが大道となる
はすこぶるよい。
10
えて、太い線が一本通る快感がある。見通し
ハイデガーにまで至る。時間的な隔たりを越
とはもちろん一九〇五年のことであり、二~
いない)、論文を読む上で言語というのは一
つの大きな壁である。そうは言っても偉大な
業績に関する論文を読みたいと常々思ってい
る人は少なからずいる。
さて、読んでいなかったアインシュタイン。
ここに含まれるのは一、学位論文「分子の大
きさを求める新手法」。二、「熱の分子運動論
西洋哲学史Ⅰ
きっとそんなものだ。 (星の
屑)
(三四九頁 税込一三六五円 月刊)
5
から要請される、静止液体中に浮かぶ小さな
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2011. 12. 12
綴 葉
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新・ムラ論TOKYO
資本主義卒業試験
新・現代思想講義
以上のようなくだりで始まる本書であるが、
イントロダクションと対話形式で形作られて
は今、都市の中にこそ、「ムラ」を求める。」
方と選択肢のよりどころである。わたしたち
「「ムラ」とは、人が安心して生活していけ
る共同体のありかであり、また、多様な生き
人生の楽しみに飢えた若い男。経済競争の勝
のためロハス生活を送らざるを得なくなって
主義から降りましょう!」と言う都会の彼女
望」にしらける現実主義の女子大生。「資本
ら れ な い 辛 さ で 自 殺 寸 前 の 男。「 夢 」 や「 希
夢を実現して売れっ子漫画家になったが、
成功し続けなければならないレースから降り
ではその論理を理解できないだけでなく、逆
ナショナリズムを悪と決めつけ非難するだけ
まさにこの風潮に一石を投じる。著者はいう。
徹底的に批判し糾弾してきた。しかし本書は
ろで、日本の論壇はこれまでこうした現象を
若者の右傾化が顕著で他人事ではない。とこ
反韓流デモやネット右翼など、日本でもア
クチュアルな問題のナショナリズム。最近は
ナショナリズムは悪なのか 萱野稔人著 NHK出版新書
いることに加えて、ここからわかる通りかな
者となったが虚無感が拭えない五〇歳手前の
山田玲司作
星海社新書
り感性的な内容になっている。建築家の隈研
情論的な思考停止を乗り越え、今や次の点を
商社マン。慢性的な閉塞感に失望した彼らが、 にその勢いを加速させてしまいかねない。感
隈研吾、清野由美著
集英社新書
吾氏とジャーナリストの清野由美氏がともに
原因となる格差問題の解決には、その問題を
慎重に思考すべきだ。ナショナリズムは悪な
まさしく「国内問題」として浮かび上がらせ
ある教授が出した奇問、「資本主義卒業試験」
登場人物の発想は時に素朴すぎ、少年漫画風
解決に向かわせるナショナリズムの動員力が
現地を歩き、そこの雰囲気に触れながら「ム
の台詞は軽い鳥肌モノ。しかし気が付くとハ
不可欠との主張。一理あるが、経済が順調で
のか、それはどこまで批判されるべきなのか。
隈氏は建築家の目線から、前書の『新 ・都
市論TOKYO』(集英社新書)とは違った
マっているから不思議。データの信頼性、論
も排外主義は生じてきたし、ナショナリズム
の答えを求め奔走する。漫画と小説が入り混
まちの在り方を模索している。前回扱ったテ
理の正確さなどは不十分な点もあるが、お話
の利用が容易に悪に転化することは歴史が証
じる一風変わった冒険ファンタジーだ。
ーマが「都市開発」だったのに対し、今回は
として面白く、資本主義について考えるには
明している。この点がもっと考察されるべき
ラ」の可能性について考えていくというのが、
都会の真ん中でオアシスになるような少しす
良い「はじめの一冊」になるかも。作者が中
「下北沢」「高円寺」「秋葉原」「小布施」の四
すけたまちを求めている点が大きく異なった
二病ぶっているのか本当にそうなのか分から
ヶ所について繰り広げられている。
点だ。是非併せて読んでいいただきたい。な
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目論見は刺激的だが、やや尻切れトンボの
「ハッピーマウス」が支配する「資本主義
ランド」、「 国と 国」など、皮肉たっぷり。 感は否めない。例えば、右傾化と排外主義の
ぜならまちの見方を変えてくれる、ちょっと
だ。しかし入門としてはお薦め。 (
れ くた)
(二二四頁 税込七七七円 月刊)
ず、不気味な作品である。 (ゑ りく)
(二五一頁 税込八六一円 月刊)
刺激的な本たちであるから。 (ね こた)
(二三五頁 税込七九八円 月刊)
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10
綴 葉
No.303
A
C
私の本棚
統一イタリア、一五〇年
今 日 私 た ち が イ メ ー ジ す る「 イ タ リ ア 」 は、 ち ょ う ど 今 か ら
一五〇年前に成立した。本の中で、その歩みをふり返ってみよう。
タリア人をつくる︱︱統一戦争から第一次世界大戦へ
イ
本書は豊富な話題と明確な主張を展開する。ただし、その主張点が
歴史的に見て正しいかどうかは疑問。ファシズムがその当時もって
いた魅力を理解することと、その実態を理解することは別である。
六十年代に西側世界を揺るがした学生運動は、イタリアでは運動側
ファシスト政権の崩壊と世界大戦の終わりは、王政から共和制へ
と転換したイタリアに、再び北と南、右と左の分裂をもたらした。
﹂︱︱大戦の終わりから二一世紀へ
﹁ No Future
対する思想を簡潔にまとめている。その理想と高揚感は、しかし、
の 合 従 連 衡 を 繰 り 返 し、 七 七 年 に は 全 土 を 揺 る が す「 運 動
の義
イタリア統一の立役者、ジュゼッペ・マッツィーニの『人間
務について』(岩波文庫)は、彼の国家・家族・経済・権利と義務に
ド ミ ノ 倒 し の よ う に 進 む 統 一 戦 争 の 中 で 流 さ れ て い っ た。 シ モ ー
︱―イタリア・アウトノミア運動史』(洛北出版)では、この「全
ての転回が起こった年」をその中心人物が総括する。著者自身の議
」 へ と 発 展 し た。 フ ラ ン コ・ ベ ラ ル デ ィ 著『 No Future
Movimento
ナ・コラリーツィ著『イタリア二〇世紀史︱︱熱狂と恐怖と希望の
一〇〇年』(名古屋大学出版会)は、二〇世紀史といいつつ、一九
世紀後半から筆を起こす。「イタリアは成った。これからはイタリ
ア人を作らねばならない」。しかし、イタリア語の普及率や自治運
統一イタリアの嫡子︱︱マフィアとファシズム
と不可分なイタリア現代思想の輪郭が掴める。
加わって、七七年から今につながるイタリア社会運動と、実はそれ
動の変遷をみる限り、そう簡単に「イタリア人」は生まれなかった。 論は難解だが、付録のインタビューと日本の読者へのメッセージも
成立当初から、イタリア王国は北部の発展のため南部の発展と治
いかに国家警察や政界と綱引きをし、イタリアを裏から支配する勢
てくる、現代イタリアを知るのに不可欠な一冊だろう。
事エッセイまで盛り沢山だ。著者が楽しんで書いているのが伝わっ
安向上を犠牲にしてきた。そこから生まれたのが、世界に名だたる
(青
もう一冊お勧めするのは伊藤公雄著『光の帝国/迷宮の革命』
イタリア・マフィアだ。藤澤房俊著『シチリア・マフィアの世界』 弓社)だ。残念ながら今はもう書店に置かれていないが、ファシズ
(講談社学術文庫)は、いかにしてマフィアがシチリア島に生まれ、 ム揺籃期における映画・文化運動、戦後イタリアの社会運動から時
力となっていったかを丁寧に追っていく。頁をめくって見えてくる
かつてマッツィーニはイタリアの労働者に対して統一国家の理想
を説き、「これが君たちの未来です」と書いた。二〇一〇年、ベラ
(大福
)
希望も絶望もあふれ出てくる。本の中からは、オペラもピザも関係
ルディは「未来なんてない」と書く。性急な統一の生んだ混沌から、
のは統一イタリアのいびつな姿と、あまりに重いその代償だ。
イタリアの理念的な統一は、ある意味でファシズムの到来を待た
ねばならなかったかも知れない。ニコラス・ファレル著『ムッソリ
ーニ』(白水社)は、ファシスト党首ムッソリーニを正面切って好意
的に描いた問題作だ。ファシズムを扱った日本語の本が少ないなか、 ない、今のイタリアが伝わってくる。
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読書マラソンへの誘い
走りはじめる人たちのために
読書マラソンという企画
「 読 書 マ ラ ソ ン 」 を 知 っ て い ま す
を買わなきゃいけない時、割引券というのはとても心強いです。こ
んなこと書いて生協に怒られないか心配ですが、文庫本をバンバン
読んで専門書は割引券で……なんて、ちょっと悪い事してるみたい
感想を書くだけ。POPカードは店舗に提出して、その時に引き換
これがまた簡単なんです。生協店舗に置いてある「エントリーカ
ード」に記入して、後は本を読んでいくごとに「POPカード」に
参加の仕方
んて、生協さん太っ腹。参加者は随時募集中みたいです。
格でお得な買い物させてもらっているのに、そこからさらに割引な
ごとに、生協で使える割引券がもらえるとか。ただでさえ組合員価
が結構おいしいらしい。一〇冊読む
まり高くないようなのですが、これ
あなたも相当にくせ者ですから、面白いものも見つかるんじゃない
したら癖などあるかもしれませんが、このページを読んでる時点で
て面白い本を集めてみました。編集委員のセレクトなので、もしか
読む本は何でもいいんですが、迷ってしまう人には『綴葉』も協
力しようと思います。生協吉田ショップに棚を借りて、読みやすく
本選びの参考に
てはどこかの書評誌の編集委員に……これはこちらの願望でした。
につけ頼もしいことです。本について語ることが愉しくなって、果
じゃないかと思います。一緒に走っている人がいるというのは、何
POPに慰められながら、また走ろうと奮い立つなんてのもあるん
あるいは気持ちの面でも有益かもしれません。読書って時には孤
独な営みで、泣きそうになることもあるんですが、他の人が書いた
で好いじゃないですか(え、あまり大きな声で言うなって?)。
えでスタンプを押してもらう(これが一〇個たまると割引券になる
かと期待しています。もちろん本誌に載っている本やレビューも参
か? 「 四 年 間 で 一 〇 〇 冊 本 を 読 も
う!」を合言葉に、大学生協が進め
んですね)。これを繰り返して一〇〇冊達成すれば、一応完走した
ている企画のことです。知名度はあ
ことになるという運びです。もちろん完走後は次の一〇〇冊へ。
びはありません。
http://www.s-coop.net/service/book/
。 走 り は じ め る 皆 さ ま の、 健 闘
marathon/
と幸せを心から祈っています。 (
一升
瓶)
考 に:
読書マラソンについての詳細は、生協の
各店舗にお尋ね下さい。下記のページも参
考にして頂けるのであれば、これに勝る喜
大学生協組合員なら誰でも参加できること、教科書・雑誌・コミ
ックは対象外であるということ、生協で買った本でなくても構わな
いということを付記しておきます。あ、POPカードにはペンネー
ムを書いて下さいね。
読書マラソンの使い方
現金な話が続くようで気後れしないわけではないのですが、この
企画、結構使えるみたいなんです。たとえば専門書とか少し高い本
15
綴 葉
2011. 12. 12
当てよう!図書カード
編集後記
底冷えの寒い寒い季節がやってきましたが、
冬といえばお正月。お正月を詠った漢詩、
いかがお過ごしでしょうか。僕も京都での生活
「爆竹声中一歳除/春風送暖入屠蘇/千門万
が長くなりましたが、いまだに底冷えには慣れ
戸瞳瞳日/総把新桃換旧符」の作者は次の誰
ません。師走ということでテストやレポート
でしょうか。
(人によっては大学院試験や就職活動)に忙し
1. 岑参
くなる慌ただしい時期でもあります。年末年始
2. 李白
は実家に帰省する方も多いでしょうが、院生に
3. 王安石
なるとなかなかそうもいきません。僕も修士の
4. 杜審言(大福)
時には知恩寺の除夜の鐘を聞きながら修士論文
《応募方法》読者カードに答えを書いて生
を書いていました。しかしこうした学部時代に
協のひとことポストに入れてください(また
は考えられない過密スケジュールのなかで、研
はe-mail:[email protected])。 正 解 者 の 中 か ら
究の合間をぬって読書する術も身につけること
抽選で 5 名の方に図書カードを進呈いたしま
ができたようにも思います。その中で学んだの
す。締切りは 1 月16日です。
ですが、読書はこちらの状況に合わせてスタイ
り向き合うだけでなく、複数冊と同時に付き合
8・9 月号の解答
うような不埒な付き合い方も許してくれます。
8・9 月号の「『綴葉』編集委員のものでは
本はこちらが振り向くのをいつまでも待ってく
ないペンネームは?」の答えは「2.月の屑」
れている律儀な恋人といえるかもしれません。
でした。応募者17人全員が正解でした。図書
みなさんもこの冬まだ見ぬ相手との新たな出会
カードの当選者はとおなさん、秋幸さん、蛍
いを探してみませんか。そして大事な一冊に出
さん、mathyさん、海亀さんでした。おめで
会ったら、僕達にもそっと教えて下さい。どう
とうございます。これからも皆さんのご応募
ぞよろしく。(夏太郎)
をお待ちしています。(あずき)
ルを変えることが可能な営みです。一冊じっく
月号の特集〈知の館〉がよかった。図書
読者からひとこと
◯
館や美術館は大好きなので、何となく読んで
みたいと思った。 (理・
リュサック)
―ありがとうございます。いろいろな館の独
自の空気感に私もウキウキします。
(工・へこ)
月 号 の 出 題 者 で す( 笑 )。 最 近
◯ここ最近のクイズがひと癖あって難しいで
すね。 ― ど う も、
の高正解率と google
先生にせり勝とうと頭を
捻った結果、少々暴走した感があります(笑)。
ただし、昨今の地図・画像検索にかかれば未
知の土地のことも簡単にわかってしまうので、
便利と同時にちょっと怖いですよね。
◯「『フクシマ』論」は読まねば…と思いま
した。感情論ではない、公平で現実的な視点
からこの問題を見た時、何が見えるのかを知
(文・ぜんざい)
◯いつも読みごたえのある、バラエティ豊か
りたいです。
な書評たちをありがとうございます。
(文・コーヒー)
―嬉しいご感想をありがとうございます。編
(れく
た)
集委員一同、皆様からのコメントを心の糧に
しております。忌憚のないご意見、ご感想を
心よりお待ちしております。
10
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