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家計の貯蓄決定とリスクとの関係
家計の貯蓄決定とリスクとの関係 大野 早苗 (高千穂大学助教授) 1.はじめに 日本の貯蓄率は国際的にも高い水準にあったが、趨勢的には低下傾 向にあった。しかし、近年の著しい経済活動のグローバル化による国 際競争の激化を背景に、雇用情勢や相次ぐ企業倒産、年金財政の悪化 に対する懸念が高まり、貯蓄率が上昇しつつあるとの指摘がある。雇 用環境の悪化や株式市場の低迷など、将来の経済状況に対する消極的 な見通しから、リスク・バッファーとして増大した貯蓄は予備的貯蓄 などと呼ばれている。 予備的貯蓄に関する先駆的な研究としては、Leland(1968)、 Sandmo(1970)などがある。また、Caba11ero(1990)は、予備的貯 蓄を考慮することにより、Equitypremiumpuzzleに関する一連 D の研究より示唆されているInterestratepuzzleの解答を提示でき る可能性を指摘している。 中川・片桐(1999)は、近年の日本の家計による株式等の高リスク資 産への投資が消極化した背景には、株価低迷に伴う収益環境の悪化や、 所得環境の悪化に伴う予備的貯蓄動機の高まり(安全資産への退避) 一35- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 による可能性を指摘している。また、1990年代後半以降のマーシャル の〝の上昇は、金融不安などを背景に実体経済活動の拡大を伴わない 予備的動機からの銀行預金の増大によるものだとの指摘もある(木村・ 藤田(1999)、細野・杉原・三平(2001)、大野・猪口(2003))。 GourinchasandParker(2001)は米国のケースについて、低所 得層、低資産階層ほど、十分な流動性資産を保有していないがために 予備的貯蓄のインセンティブが高い可能性を指摘し、また、流動性資 産を十分に保有していない若年層のほうが高齢者よりも予備的貯蓄が 重要であることを示唆している。一方、Arrondel(2002)はフラン スのケースについて、所得に関する主観的なリスクと資産蓄積との関 係について検証しているが、予備的貯蓄の影響はわずかであるとの結 果を示している。 企業のリストラ対策の一環として賃金引下げや解雇の可能性の高ま り、更なる株価下落の期待が予想される現状では、多くの家計にとっ て将来の期待所得の成長率がマイナスになっている可能性があり、そ のために予備的貯蓄が増大している可能性があるO しかし、年功序列 の終焉により将来賃金の予想が困難になる面はあっても、デフレ経済 の下での調整期間を過ぎた後には、賃金変動のリスクは増大するもの の賃金所得の上昇が期待できる状況があり得る。また、家計資金を証 券市場に呼び込むための昨今の証券市場改革の成果が上がり、家計に よる株式等の高リスク証券の保有比率が高まれば、家計が直面するリ スクは増大するものの期待収益の上昇が見込まれる状況も予想できる。 一般に、所得にはハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリター ンの関係が見られる。正の期待所得が予想されれば、所得のリスクの 増大から必ずしも貯蓄の増大に結びつくわけではない(Kimboll(19 90))。 -36- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 本稿では、予備的貯蓄と所得効果の双方を考察し、日本の家計に関 する効用関数の推計から、不確実性下における家計の貯蓄決定につい て考察するO 注1) 現実の消費データの変動と妥当と考えられる危険回避度の値から想定すると、 利子率は低すぎることが指摘されている。(Deaton(1986)) 2.日本の家計の貯蓄・ポートフォリオ決定にみられる特徴 グラフ1は日本の貯蓄率の推移を示している。総貯蓄率や家計貯蓄 率で見てみると、緩やかながら貯蓄率に低下傾向が見られるO しかし、 勤労者世帯を対象にした貯蓄率を見てみると、貯蓄率には上昇傾向が 見られる。 グラフ1:日本の貯蓄率の推移 20 15 10 5 0 繚 廿 掛 掛・掛 繚 繚・掛 繚 糠 掛 繚・樹・融一 掛 掛 繚 掛 掛 掛 繚 圭子〔ぎ;-主上「「日日自ら‖つ日日つつ・享 l..4 ・.4 Fq ▼1 Pd ▼・・4 1.1 ▼・q l・一 ▼・-4 -1 F・4 ..づ ▼・・4 .4 ・・・4 ▼・・1 { ▼・-1 - N 一・⇒←一総貯蓄率-家計貯蓄率…‥一勤労者世帯貯蓄率 グラフ2とグラフ3はそれぞれ、日本、米国、英国、ドイツの総貯 蓄率および家計貯蓄率の推移を示したものである。総じて各国の貯蓄 率に低下傾向がみられる。しかし、低下傾向にあるとはいえ、日本の -37- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 総貯蓄率は国際水準から見れば高い。また、家計貯蓄率でみると、ド イツとの格差は小さくなるものの、米国や英国と比べても高い水準に あるO 国際水準からみた日本の高貯蓄率を説明する理由について、様々な 仮説が提唱されてきた。日本の高貯蓄率に関する仮説を列挙すれば、 ①遺産動機の高さ、②日本の貯蓄優遇・支出冷遇税制、③日本の社会 保障制度の未整備、④不動産価格の高さ、⑤流動性制約、⑥人口成長 率の高さ、⑦日本のボーナス制度、⑧貯蓄を美徳とする風土、などが あげられる(大野(2001))。 (1 グラフ2:貯蓄率の国際比較 総貯蓄率 40 35 30 25 20 15 10 5 0 1991199219931994199519961997199819992α)0 ・-・⇒←日本-米国‥… 英国一一・一ドイツ (- グラフ3:貯蓄率の国際比較 家計貯蓄率 16 14 12 10 8 6 4 2 0 一斗一日本-米国・…一 英国一一一一ドイツ -38- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 従来までの日本の貯蓄率は上記のような要因によって決まっていた 可能性があるが、今後、貯蓄率はどのように変化していくであろうか。 まず、急速な少子高齢化の進行は貯蓄率の低下につながる。純粋なラ イフ・サイクル仮説によって貯蓄が決定されるとすれば、貯蓄を行う 若年世代の減少と貯蓄を取り崩す老齢世代の増大はマクロ的な貯蓄率 2) を低下させる。また、時間選好率や資産収益率の変化も貯蓄率の低下 につながる可能性がある。儒教的精神の希薄化により将来の消費より も現在の消費を重視する傾向が強くなる、もしくは、日本の経済成長 率の鈍化による資産収益率の低下が貯蓄率を低下させる可能性がある。 一方、雇用情勢の悪化や証券市場の不調などを背景に将来に対する 不安が高まり、予備的貯蓄の高まりが見られるとの指摘がある。年金 制度の破綻に対する懸念から私的な貯蓄が増加しても、公的年金など を含めた全体的な貯蓄率は変化しないかもしれないが、勤労者世帯の 貯蓄率は上昇することが予想される。グラフ1では総貯蓄率、家計貯 蓄率が趨勢的に低下傾向を示す中で勤労者を対象とした貯蓄率が上昇 していたのは、前者が少子高齢化に起因するマクロ的な貯蓄の減少に 起因する一方で、勤労者世帯の貯蓄が増大していたためとも考えられ る。 次に、日本の家計の資産選択の状況をみてみる。表1は日本、米国、 英国、ドイツの家計が保有する資産残高比率を示している。他の国と 比較して、日本の現預金の保有比率が突出している一方で、株式等の 高リスク金融資産の保有比率が低いのが特徴的であるO 表2は日本の 家計が保有する各金融資産の保有比率の推移である。高度経済成長期 と比べれば、日本の家計の現預金の保有比率は低下しているが、依然 として総金融資産の約半分を占めており、さらに、ここ最近では現預 金の保有比率がわずかながら上昇している。株式や投資信託などの保 -39- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 有比率には顕著な上昇はまだ見られない。こうした日本の家計の資産 選択に見られる預貯金偏重という特徴は、①日本の証券市場のインフ ラの未整備、②不動産という高リスク資産の保有比率の高さ、(彰年功 序列・終身雇用で特徴付けられる日本の雇用制度から生じる「危険資 産への見えざる出資」、などから起因すると指摘されている(米澤康 博・桧浦克己・竹澤康子(1999)、古藤久也(2000))O 表1 家計金融資産残高の国際比較(1999年末) 日 金 融 資 産 残 高 (億 円 ) 本 米 14 ,3 78 ,4 12 現 金 預 金 国 英 4 1,7 04 , 858 国 4, 8 11, 20 4 ドイ ツ 3 ,7 0 1,5 1 1 5 4 .0 9 .6 20 . 7 0 .5 1 .2 0.2 0. 0 2 6. 4 30 .5 5 2. 2 26. 4 8 .1 37 .3 17. 7 16. 8 6 .4 24 .2 9. 3 12. 7 株 式 以 外 の証 券 7 .7 20 .4 6.7 20. 6 そ の他 3 .4 1.0 2. 5 1 .1 貸 出 保 険 ・年 金 準 備 金 株 式 ・出 資 金 う ち株 式 35. 2 データ出所:日本銀行「金融経済統計月報」、「国際比較統計」、内閣府「国民 経済計算」 「株式」については、ドイツは帳簿価額、他は市場価額。 為替レートは、1ドル=118円、1ポンド=165.05円、1マルク=52.62円を使用。 表2 各金融資産の保有比率の推移 (単位:%) 金 融 資産 残 高 株式以外 預貯金 の証 券 うち投資信託 う ち 信 託 株式 保 険 ・年 出資金 金準備金 (兆 円 ) 現 金 199 1年 1,0 6 1. 5 1 .8 49 . 1 11 .4 2 .8 6 . 1 8. 6 2 2. 6 199 2年 1,0 9 2. 9 1 .8 49 .5 11 .5 2. 6 6 . 1 8 . 5 23 . 9 199 3年 1, 148 .6 1. 8 4 9 . 1 10 .8 2. 5 5 .9 8 . 9 24 .8 199 4年 1, 190 . 5 1 .8 50 .4 10 .0 1.9 5. 6 7. 6 2 5. 9 199 5年 1,2 6 7.0 1 .9 49 .8 9 .3 2. 4 4 . 9 8. 5 26 . 6 199 6年 1,2 90 .3 1. 9 50 .5 9 .0 2. 2 4 .4 7. 3 27 .3 19 97年 1,3 3 1. 5 2 .0 5 1.9 7 .8 1.9 3. 7 6. 7 2 7. 8 199 8年 1,3 4 5. 1 2 .2 5 1.6 6 .9 2 .0 3.0 7. 7 28 .0 199 9年 1,4 28 .9 2 .2 51 .3 6 .6 2. 3 2. 5 8 .4 27 . 6 2 00 0年 1,4 18 . 1 2 .4 50 .6 6 .4 2 .4 2. 0 8. 5 2 8. 3 資料:日本銀行「資金循環勘定」(新統計ベース) 140- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 雇用情勢の悪化や社会保障制度の破綻などを背景とする所得の不確 実性の高まりは、所得の低下を予想させるものであり、貯蓄率を上昇 させる可能性があるが、所得のリスクの増大は所得の低下だけを意味 するわけではない。年功序列・終身雇用で特徴付けられてきた日本の 賃金体系が、急速に進む国際競争の展開を背景に崩れつつあり、将来 賃金の予測可能性は低下するかもしれない。また、経済のグローバル 化によって企業利益が国内要因のみならず海外要因からも影響を受け やすくなり、競争の激化が企業利益のボラティリティーを高めていれ ば、賃金の不確実性が高まるとも言えるO 成功報酬を取り入れた賃金 制度の導入や嘱託としての雇用形態の拡大など賃金体系の構造的な変 化や企業を取り巻く環境の変化は、賃金の変動を増幅させるかもしれ ないが、これが生産性の向上に寄与すれば、平均的な賃金は上昇する 可能性がある。 また、家計による株式等の高リスク資産の保有比率が高まった場合、 金融所得のリスクは増大するものの、家計が手にする金融所得は必ず しも低下するわけではない。株価のボラティリティーは高く、株式へ の投資は債券投資や銀行預金よりもリスクの高い投資であるが、株式 投資の魅力は債券投資などでは到底達成できない高い収益が期待でき ることであるO現在、家計資金を証券市場に呼び込むことを目的のひ とつとして証券市場改革が進められている。家計による株式等の有価 証券の直接保有が拡大すると、家計の貯蓄に対してはどのような影響 を及ぼすであろうか。 所得の変動性は高まっても高い収益が期待できる状況では、家計の 貯蓄は必ずしも増大するとは限らない。次節ではリスクの増大が家計 の貯蓄決定に与える影響について、理論的な考察を行う。 -41- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 注2) 遺産動機が大きく高齢者層による貯蓄の取り崩しの速度が運ければ、貯蓄の 減少率は制限できる。ただし、今後、家族構成が変化し、小規模家族の比重が 高まれば、遺産に対する価値観も変化するかもしれない。いずれにせよ少子高 齢化はマクロ的な貯蓄率を低下させる方向へ作用することが予想される。 3.貯蓄の決定 家計は各時点で手にする所得を消費と貯蓄に配分し、その貯蓄を用 いてボートフォリオの決定を行う。そのとき、貯蓄は所得の収益やリ スクの変化から次のような影響を受ける。 所得の例として、金利所得を考えるとする。金利が上昇していると きには、貯蓄を増大させることでより多くの資産蓄積が可能になり、 将来の消費を増大させることができる。したがって、金利上昇は貯蓄 を増大させる効果がある、これは金利変動が貯蓄に与える代替効果で あるO 一方、家計が正の純貯蓄を行っているとき、金利の上昇は将来 に受け取る元利金を増大させるが、消費の変動を嫌う家計は将来所得 の増大を期待して将来の消費だけではなく現在の消費も増大させよう とする。金利上昇は現在の消費の増大と貯蓄の減少をもたらすことに なる。これは金利変動が貯蓄に与える所得効果である。このように、 金利上昇が貯蓄に与える影響には代替効果、所得効果と相反する効果 があり、金利上昇が最終的に貯蓄を増大させるか否かは、代替効果と 所得効果の大小関係に依存する。 所得の収益だけではなく、所得のリスクも貯蓄に影響を与える可能 性がある。一つは、リスクの増大が貯蓄を増大させる効果で、こうし て増大する貯蓄は予備的貯蓄と呼ばれる。もし、所得のリスクが増大 するだけで、所得の期待値には変化がなければ、リスクの増大によっ -42一 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 て貯蓄は増大する。一方、所得にはハイリスク・ハイリターン、ロー リスク・ローリターンの傾向がみられ、所得のリスクの高まりは所得 の収益の上昇になっている可能性があるO 将来の所得が不確実でも高 い収益が期待できるのであれば、資産効果から現在、および将来の消 費が増大することになり、貯蓄は減少するかもしれない。 以下では、簡単な2期間モデルを用いて、予備的貯蓄と所得効果か ら貯蓄がどのように決まるかを概説する。 消費の平準化と予備的貯蓄 家計は以下のような生涯効用の最大化をめざして貯蓄を決定すると 想定する。 ル勉ズ・U(5)=〝(cl)+β励(C2)=∼イ(乃-5)+β励(ッ2十百十5(1+ゆ) S =㍑(ッ1-5)+β励(ッ2十百十∫∂ p=1十号 (1) ここで、〝0は効用関数を表し、消費に関する1次の偏微係数が正、 2次の偏微係数が負の条件を満たす関数である。且は期待値の演算子 を表す。βは主観的割引率で、時間選好率と1の和の逆数である。Cl、 C2はそれぞれ第1期、第2期の消費である。家計は第1期にプ1の所得 を受け取り、第2期にノ2十百の所得を受け取る。所得には変動リスク があり、将来の所得は平均的に力になることしかわからない(£(百)=0)。 第1期の所得のうち消費に使われなかった部分は貯蓄に回り、将来の 消費に当てられるが、ここでは安全資産だけで運用すると想定するO 効用関数は図1のように凹関数として表される。効用関数が凹関数 であることは、家計が消費の平準化を求めることを意味する。図1に は、確実にCを消費するときの効用水準と、消費が2分の1の確率で C+dかC-dになるときの期待効用が示されており、明らかに消費水 準が確実にわかっているときの効用水準のはうが消費に不確実性があ 一43- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 る場合の効用水準よりも高い。すなわち、 (2) 励(C2+d)<〟(C2) となる。 このとき、家計は消費の変動を回避するために対価を支払う用意が あると考えられ、変動を回避する意向が強いほど、危険回避的である と言える。消費の変動を回避するために支払うリスク・プレミアム花 は確実性等価(CertaintyEquivalence)によって次のように決まるO 血(C2+d)=㍑(C2一花) (3) (3)式が成立するとき、消費の変動を負担することと消費の変動を回 避するために対価を支払うことは無差別となる。7tは、Arrow-Pratt の近似によって、以下のように決まる。 繕考月 (4) ここで、Aは絶対的危険回避度であり、』=一打′′/ぴ′と定義される。 』が高いほど、花も高くなり、消費の平準化に対するインセンティブ も高まることになる。 -44- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 次に、リスクの高まりが貯蓄に与える影響について考察する。その ために、まず所得の不確実性が存在しない場合の貯蓄決定を考えてみ る。最適貯蓄は以下の等式を満たすように決まる。 〝′(y1-5)=紬〟′(y2+sp) (5) ここで(5)式を満たすようにして決まる最適貯蓄を5ホとする。 もし、将来の所得ッ2が増大すると、限界効用の逓減性から、将来の 消費から得られる限界効用は低下し、現在の限界効用を下回る。再び (5)式が満たされるためには、貯蓄が減少して現在の限界効用が低下 し、将来の限界効用が上昇する必要がある。これは消費のスムージン グ効果といえる。将来の所得増大は生涯所得の増大を意味し、将来の 消費のみならず現在の消費も増大することになり、貯蓄が減少するこ とになる。 将来の所得の不確実性が高まり、所得の不確実性が存在しない場合 よりも貯蓄が増大するのは、U′(5ネ)≧0のとき、すなわち、了で生涯 効用を評価したとき、貯蓄を増大させれば生涯消費を増大させること ができる場合である。したがって、予備的貯蓄が増大するのは、以下 の不等式が満たされる場合となる。 伽励′(プ2+毒+百)≧β〆(ッ2十5ホの=〟′(プ2-5ホ) (6) 所得に不確実性が加わると期待限界効用は上昇するO 再び(5)式の ような関係を満たすためには、貯蓄が増大して将来の消費を増大させ る必要がある。すなわち、所得の受取額のリスクが高まると、家計は 貯蓄を増大させ、消費を将来に遅らせるようになる。 Kimball(1990)は、効用関数に関する確実性等価を応用して、予 備的貯蓄に対するインセンティブの強さを測る尺度を提唱したO 所得 のリスクを回避するためのリスク・プレミアムとして灯を導入すると、 軒は以下を満たすように決まるはずである0 -45- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 す (7) 励′(プ2+5㌦+百)=〟′(プ2+gp一㌢) さらに、効用関数に関する確実性等価と同様に考えると、 ダ=撃珪Zp, P=一審 (8) となる。ここで、Pは予備的貯蓄に対するインセンティブの強さを測 る尺度で、絶対的プルーデンス(Prudence)と呼ばれている。Pが 大きいほど、リスクの増大による貯蓄増大の度合いが増すことになる。 また、絶対的危険回避度』が効用関数の局率を決めるのと同様に、P は限界効用関数の局率を決める。 図2には限界効用曲線を描いている。ここで、Z=プ2+毒である。 効用関数の3次の偏微係数がゼロではなく、限界効用の2次の偏微係 数が非正であれば、限界効用関数は下に凸の形状をとる。またガ(百) =0なので、所得の不確実性が存在するときの期待限界効用のはうが 期待所得を確実に確保できるときの限界効用よりも高くなる。Pが大 きくなるほど、限界効用関数の局率が増大するため、励′(Z+百)-〝 (Z)が拡大し、貯蓄のインセンティブが高まる。このように、3次の 偏微係数がゼロではない効用関数をもてば、予備的貯蓄のインセンティ ブを持つことになるO 図2 : 限界効用関数 ∼期待値ゼ ロの変動所得 を持 つ場合∼ g rピ ノ =0 飢'rzd+eノ 〟'rzoJ 〟 ′ rzノ Z e2 zoこgb+eJ Z+e- Z 一46- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 正の期待収益が見込める所得のリスクが貯蓄に与える影響 一般に、ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターンの 関係が見られ、所得のなかにはリスクが高くても高い期待所得が見込 める所得がある。ここでは、正の期待収益が見込まれる所得のリスク 増大にともなう予備的貯蓄と資産効果による貯蓄の変化の双方を考慮 に入れて、貯蓄の決定を考察する。 家計は生涯効用を最大にするように貯蓄とボートフォリオの選択を 行う。ここで、家計は貯蓄Sのうち、αだけ株式へ投資し、残りを安 全資産に預けるものとする。このとき、家計の生涯効用は以下のよう に表される。 ル勉ズ・〝(プ1-5)+β励(プ2+α(1+戸2)+(5一α)(1+rj) 5,〟 =〝(γ1-5)+β励(γ2+SP+α元2) 元2=戸2-γ/(9) ここで、戸2は株式の運用利回りを表すO家計は貯蓄の恋を決定し、そ の後にポートフォリオの選択を行うので、ボートフォリオの決定は貯 蓄の決定には影響を及ぼさないと考えられる。そこで、第1期に貯蓄 の決定を行い、第2期にボートフォリオの決定を行う2期間モデルを 想定することも可能であり、その場合、家計は将来所得の不確実性を 考慮しながら貯蓄の決定を行うと想定できる。 貯蓄のすべてを安全資産で運用する場合の最適貯蓄は(5)式を満た すように決まり、そのときの最適貯蓄は5ネである。将来の所得として 株式運用から得られる不確実な所得が追加される場合に貯蓄が増大す るには、まず、 励′(紺2+Sホβ+αネ斎2)≧湖'(紺2+毒) (10) が満たされる必要がある。ここで、αヰは紺2+毒の資産を保有する投 資家にとって最適な株式投資量である。 株式の保有によって得られる収益のリスクが高いほど、予備的貯蓄 一47- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 が増大し、Pが高いほど予備的貯蓄のインセンティブは高まる。ただ し、株式について高い期待収益が見込める場合、資産効果から現在の 消費が増大し、貯蓄が減少する可能性がある。これは消費の平準化が 貯蓄に与える効果で、』が高いほど増大する。したがって、これらの 二つの効果を相殺して、貯蓄に与える影響を考察する必要がある。図 3は変動要因の期待値が正であるときの限界効用を示している。この ように、(10)式のような不等式は必ずしも成立するわけではないO 変 動要因の期待値が高いほど、もしくは限界効用関数の局率が小さいほ ど、(10)式の不等式は成立しなくなる。 図3:限界効用関数 ∼期待値が正の変動所得を持つ場合∼ g値>0 〟'rzoJ 血′rzo十dJ l [ 〟'rzノ Zo-d2 Zo grzo+dJ z。+d Z そこで、リスクの増大によって貯蓄が増大するための条件を考えて ° みる。貯蓄に関する一階の条件、血′(紗2+sp+αホ元2)≧湖′(紗2+毒) と、株式投資量に関する一階の条件、 戌2〟′(紺2+毒+品2)=0 (11) 3ノ をみたすのは、P=≧2AのときであるO 効用関数としてCRRA (ConstantRelativeRiskAversion)型の効用関数、 -48- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 〟(C)=昌,γ=一生‥相対的危険回避度 (12) 〟 を想定すると、P=(1+γ)C 1、月=γC 1であるため、P=(聖)A となり、γ≦1のときにP≧2ノ1を満たすことになる。このときは、 予備的貯蓄の効果が消費の平準化効果を上回り、将来の株式収益が高 まり将来の期待資産の増大が期待されても、リスクの増大によって貯 4) 蓄が増大する。 以下では、日本の家計の所得階層別支出データを用いて相対的危険 回避度の測定を行い、日本の家計に予備的貯蓄に関するインセンティ ブの高まりが見られるかどうかを検証するO 注3) 限界効用関数が凸関数になるのは限界効用関数の逆数とした関数/()=1/〃′() が凹関数のときなので、′′()>0,′′′()≦0、すなわち、一〟'′ノ〃′′≧-〃′′/〝′が 成立すればよい。 4) この条件は、利子率の上昇が貯蓄に与える代替効果と資産効果の関係から導 かれる条件よりも厳しい。(5)式に関して、両辺をβで全微分すると、 -[〟"(ブ1-5)十榊"(両5)]告=伽′(柄S)+伽5〝"(プ2+ps) となる。左辺括弧の中は負の値をとるので、金利の上昇で貯蓄が増大するか否 かは、右辺の値に依存する。右辺第1項は正の値を、第2項は負の億をとり、 第1項が代替効果、第2項が資産効果とみなせる。代替効果が所得効果を上回 れば、金利の上昇によって貯蓄は増大する。右辺を、 β祝′(γ2+PS)[1-月+γ誼],尺= (プl+誓)牢hTp∫).A=-.:(ツl「空 〟′′(ブコ+ps) 〃′(動+p5) と変形すれば、金利上昇によって貯蓄が増大するのは、欠く1<1+ッ2Aのとき となる。いずれにしても、相対的危険回避度が十分に小さいときには、消費の 平準化よりも金利の変化やリスクの変化に応じて消費を変動させる傾向のほう が強くなる。 -49- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 4.実証分析 選好パラメーターの推定 まず、効用関数を(12)式のようなCRRA型と想定し、相対的危険 回避度の推定を行う。推定期間は、1981年1月から2002年4月までで あるO ここで、資産は日本の短期資金、債券、株式を想定し、MSCI 日本株の対前四半期変化率、データストリーム債券指数の対前四半期 変化率、四半期ベースのコール金利のデータを用いる。また、消費デー タとしては、総務庁『家計調査』の収入階層別支出データを用いる。 第1位分類世帯の支出は所得水準が最も低い世帯の支出で、所得水準 の高い世帯へと順に分類分けされている。用いるデータはすべてCPI でデフレートする。推定では、安全性の高い資産として短期資金と債 券のみを用いて危険回避度を推定するテストの他に、株式を追加して 危険回避度を推定するテストも行ってみる。推定方法はGMM(GeneralizedMethodofMoment)である。 表3は債券と短期資金のみを用いて推定を行った結果である。ここ では、バブル崩壊以前とバブル崩壊以降の選好パラメーターにどのよ うな変化が生じていたかを検証するために1990年末で推定期間を二分 割し、以下のようなオイラー方程式を各期間について推定している。 可β紺γ司=1 オ=Cα佑廠)牝7,5わC々 (13) 月まモデルの当てはまり具合を示すHansen(1982)のJ統計量で ある。!統計量はオイラー方程式の等式が成立するとの帰無仮説のも とでβダ(過剰識別制約の数)と等しい自由度を持つx2分布にしたが う0 -50- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 また、選好パラメーターの構造変化の有無を見るために、各資産収 益率について次のような体系を想定する。 ((β陪「㌦佃-1)βgo わr1990・12まで 〔β師rr佃中一β90)ゎγ1991.1以降 (14) β90は1982年1月から1990年12月までの期間で1をとり、1991年1 月以降の期間で0をとるダミー変数である。前半期間の選好パラメー ターと後半期間の選好パラメーターが等しいという制約を置いた上で Jテストを行っても、オイラー方程式体系が棄却されなければ、選好 パラメーターに構造的な変化はなかったことになる。逆に棄却されれ ば、何らかの変化がバブル崩壊以降において生じていたことになる。 このときのJ検定量がJL5/であり、ノLS′は自由度2のx2分布にした こl がう。 前半期間、後半期間ともに主観的割引率βは0.99前後と極めて安定 的な値が得られており、符号条件も満たしている。相対的危険回避度 の推定値は若干ばらつきが拡大するが、2,3のケースでマイナスの 推定値が見られるのみで、それ以外は有意でプラスの推定値が得られ ている。所得階層が最も低い第1位分類世帯では相対的危険回避度が 後半期間において若干高まる傾向が見られるが、それ以外の所得階層 では後半期間のほうが相対的危険回避度の低下がみられるO(1)の操 作変数を用いたテストから得られた91年以降の第1位分類世帯の相対 的危険回避度は1を若干超えており、また、所得階層の最も高い第4 位分類世帯の相対的危険回避度も資産収益率のみを操作変数に用いた 場合には3近くの値を示しているO(2)の操作変数を用いると、第4 -51- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 位分類世帯の相対的危険回避度はどちらの期間においても1を超えて いる。Jは統計量を見てみると、棄却域を1%にとれば帰無仮説が棄 却される結果はないが、10%まで棄却域を上昇させると後半期間のほ うが当てはまり具合が悪化する傾向にある。ノー5′については、すべ てのテストにおいて前半期間と後半期間の選好パラメーターが等しい という帰無仮説が棄却されている。 表3 債券利回りと短期金利を用いた選好パラメーターの推定と構造変化テスト (1)操作変数:EXPt2),BOND12),CALLt21 β 第 1 位 分 類 第 2 位 分 類 第 3 位 分 類 第 4 位 分 類 S .E . γ S .E . J P - V al u e ∠)F 前 半 0 . 9 9 4 0 . 00 1 0 . 7 1 5 0 .0 40 1 4 . 2 7 8 0. 2 83 12 後 半 0 . 9 9 2 0. 00 0 1 . 0 2 3 0 .0 23 2 8 . 9 9 0 0 .0 04 12 前 半 0 . 9 9 0 0. 00 1 0 . 1 4 9 0 .0 28 2 1 . 1 4 8 0, 04 8 12 後 半 0 . 9 9 2 0. 00 1 0 . 0 1 9 0 .0 80 2 0 . 9 7 0 0 .0 5 1 12 前 半 0 . 9 9 0 0. 00 1 0 . 5 7 8 0 .0 69 1 7 . 1 9 0 0 . 143 12 後 半 0 . 9 9 4 0. 00 1 0 . 1 7 4 0 .0 50 1 9 . 1 2 2 0 .O S6 12 前 半 0 . 9 9 4 0. 00 1 1 . 4 0 8 0 .0 28 1 4 . 7 1 3 0 .2 58 12 後 半 0 . 9 9 3 0. 00 0 0 . 2 5 9 0 .0 44 2 2 . 2 4 9 0 .0 35 12 √ 5 ′ p - V a lu e 5 1 . 1 2 9 0 .0 00 3 8 . 8 1 1 0 .0 00 3 9 . 5 0 9 0 .0 00 3 7 . 6 2 2 0 .0 00 (2)操作変数:EXPtl),BONDt2),CALLt21 β 第 1 位分類 第 2 位分類 第 3 位分類 第 4 位分類 上)ダ √ Sf p -V a lu e 前半 0. 99 3 0 .0 01 S .E . 0 . 71 2 0. 04 9 γ S .E . 14 .2 49 0 . 16 2 10 37 .0 4 3 0.0 0 0 後半 0 . 99 3 0. 00 1 0 .8 48 0 . 04 7 20 .7 00 0 .0 23 10 前 半 0. 9 94 0 .0 0 1 0 .4 0 6 0. 03 7 16 ,9 08 0 . 07 6 10 後半 0 . 99 3 0 .0 01 -0 .0 2 6 0. 08 5 19 .3 50 0 .0 36 10 前半 0 . 98 8 0 .00 0 0 . 128 0 . 064 16 、6 23 0 .0 83 10 後 半 0. 9 93 0 .0 0 1 0 . 30 8 0. 07 4 21 .0 13 0 . 02 1 10 前半 0 . 99 3 0 .0 01 1. 26 8 0. 07 2 14 .5 12 0 . 15 1 10 後 半 0, 9 88 0 .0 0 1 1. 02 5 0. 16 0 21 .0 96 0 . 01 6 10 -52- J P -V a lu e 39 . 78 2 0. 00 0 40 .3 8 1 0.0 00 37 .8 04 0.0 0 0 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 (3)操作変数:BOND14),CALLt41 β 第 1 位分類 第 2 位分類 第 3 位分類 第 4 位分類 S .E . γ S .E . J P -V a lu e βダ 前半 0 .9 95 0 . 000 0. 7 98 0. 0 36 14 .5 28 0 、55 9 16 後 半 0. 9 95 0 .0 0 1 0 78 9 0. 03 9 30 .4 68 0 .0 1 6 16 前 半 0 .9 93 0 .0 0 1 0. 58 3 0. 02 5 7 .9 83 0 . 94 9 16 後 半 0. 9 79 0 ,0 0 1 0. 29 2 0. 29 5 前半 0. 9 92 0 .0 00 後 半 0. 9 94 0 .0 02 前半 後半 26 .7 6 1 0 , 04 4 16 0. 82 3 0. 08 0 4 .5 75 0 .9 9 7 16 1. 27 2 0. 10 9 17 .7 42 0 , 33 g 16 0. 99 6 0 .0 01 0.8 6 2 0. 00 4 12 .14 1 0 .7 34 16 0. 98 3 0 .0 06 2. 98 0 0. 82 4 18 .8 89 0 . 274 16 J -St p -V a lu e 42 . 23 7 0. 00 0 46 .0 79 0. 000 34 .0 4 0 . 000 33 .4 62 0 .0 00 (4)操作変数:EXPt4) β 第 1 位 分類 第 2 位 分類 第 3 位 分 類 第 4 位 分 類 S .E . T S ,E . ノ p - V a lu e βF 前 半 0 . 9 9 5 0 . 00 1 0 . 6 6 6 0 .0 38 1 1 . 5 3 5 0. 17 3 8 後 半 0 . 9 9 6 0. 00 1 0 . 5 8 0 0 .0 54 1 1 . 2 0 7 0. 19 0 8 前 半 0 . 9 9 3 0 .0 0 1 0 . 4 2 3 0 .04 1 7 . 4 9 8 0 . 48 4 8 後 半 0 . 9 9 7 0 . 00 1 0 . 1 7 4 0 .0 66 1 2 . 8 6 5 0. 1 17 8 前 半 0 . 9 9 2 0 . 00 1 0 . 2 7 8 0 .0 66 5 . 7 7 0 0 、6 7 3 8 後 半 0 . 9 9 7 0 .0 0 1 0 . 0 6 8 0. 0 74 1 2 . 4 9 7 0 、1 3 0 8 前 半 0 . 9 9 3 0 .0 0 0 0 . 8 6 4 0. 0 78 1 3 . 7 3 7 0. 08 9 8 後 半 0 . 9 9 6 0 .0 0 1 0 . 2 8 6 0. 06 0 1 2 . 1 7 7 0 . 14 3 8 ′扉 p - V a lu e 2 1 . 4 9 4 0. 00 0 2 5 . 0 7 0 0. 00 0 1 9 . 8 8 7 0 .00 0 2 2 . 5 4 5 0. 00 0 (5)操作変数:EXPf41,BONDf41,CALLt41 β 第 1 位分類 第 2 位分類 第 3 位 分類 第 4 位 分類 S .E . γ S .E . 前半 0. 99 4 後半 0. 99 2 0. 00 0 0 .8 77 前半 0. 99 3 0. 00 1 0 .4 5 2 0.0 4 8 後半 0 .9 94 0. 00 0 0 .0 01 0.7 1 6 0. 00 7 j p -V a lu e 16 、1 95 0 .8 8 1 0.0 3 8 2 2. 95 1 βダ 24 0 .5 23 24 10. 64 7 0 .9 9 1 24 0 .2 02 0 .0 2 1 2 3. 39 2 0. 4 97 24 前半 0 .9 8 9 0. 00 1 0 .3 10 0 .0 70 14. 46 6 0 .9 35 24 後 半 0 .9 9 7 0. 00 1 -0 .1 28 0 .0 38 19. 95 9 0. 6 9 1 24 前半 0 ,9 9 3 0. 00 1 0 .9 94 0 .0 50 2 7. 75 2 0. 27 1 24 後半 0 .9 9 1 0 .3 44 0 .0 20 2 3. 73 4 0. 4 77 24 0. 00 0 J rst p -V a lu e 39 .7 77 0 .0 00 4 9 .5 19 0 .0 00 4 0 .5 85 0 .0 00 4 3. 4 71 0 .00 0 前半期間:1982年1月-1990年12月、後半期間:1991年1月-2002年4月 操作変数の説明:EXP支出の変化率(対前四半期)、BOND債券指数期間利回り(3ケ月)、 CALLコール金利(四半期ベース)、括弧内の数値は操作変数のラグ次数。 S.E.:標準偏差、PLValue:検定統計量のP値、DF:過剰識別制約の数(=J統計量の自由度) !ノ統計量、√sf:構造変化テストに関する!統計量 一53- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 表4は債券と短期資金に株式を追加して推定した結果である。株式 を追加しても主観的割引率にはほとんど違いはみられない。相対的危 険回避度の推定結果も表3と類似した結果が示されており、第1位分 類の世帯の危険回避度には後半期間において上昇する傾向がみられる が、それ以外の世帯については後半期間に低下する傾向のほうが顕著 である。ここでは、第1位分類世帯の危険回避度が1以下から1以上 に変化しているケースが見られ、また第4位分類世帯の危険回避度が 1以上から1以下の値に低下しているケースも見られる。!統計量に ついては、ここでも後半期間においてモデルの当てはまり具合が悪化 しているケースが多く、また、1-5才から構造変化の存在が示唆され ているO 表4 株式を追加した場合の選好パラメーターの推定と構造変化テスト (1)操作変数:EQt2),BONDt21,CALLt2) β 第 1 位 分 類 第 2 位 分 類 第 3 位 分 類 第 4 位 分 類 S .E . γ S .E . ノ p - V a lu e 上)F 前 半 0 . 9 9 0 0. 00 1 0 . 5 1 0 0 .0 65 1 6 . 6 4 8 0 ,6 14 19 後 半 0 . 9 9 6 0. 00 1 1 . 2 3 7 0 . 0 15 1 4 . 4 1 1 0 . 759 19 前 半 0 . 9 9 1 0. 00 1 0 . 5 7 6 0 . 02 6 1 3 . 7 4 8 0 . 798 19 後 半 0 . 9 9 4 0. 00 1 0 . 1 6 5 0 . 0 6 2 3 3 . 4 7 9 0 .0 2 1 19 前 半 0 . 9 9 3 0 .00 1 0 . 6 2 5 0 . 0 6 9 1 3 . 2 2 2 0 . 82 7 19 後 半 0 . 9 9 4 0. 00 1 0 . 4 3 1 0 . 15 9 2 5 . 7 0 8 0 . 139 19 前 半 0 . 9 9 4 0. 00 1 0 . 7 5 9 0 . 18 3 1 2 . 5 3 7 0 .8 6 1 19 後 半 0 . 9 9 6 0 .0 00 0 . 3 4 9 0 . 03 9 2 4 . 4 0 5 0 .4 9 6 19 J LS t p - V al u e 3 8 . 8 8 7 0 .0 00 4 0 . 8 4 5 0.0 00 3 4 . 9 4 9 0.0 0 0 5 8 . 5 1 0 0.0 00 (2)操作変数:EXP(21,EQt2),BONDI21,CALLt21 β 第 1 位 分類 第 2 位 分類 第 3 位 分類 第 4 位 分類 βダ f st p -V a lu e 前半 0 . 99 3 0. 00 0 S .E . 0 .6 94 0 .0 2 6 γ S.E . 14 .7 98 0 .9 46 25 40 .2 14 0 .0 0 0 後半 0 .9 9 9 0. 00 0 0 .4 78 0 .0 1 2 15. 2 19 0 .9 36 25 前半 0 . 99 3 0 .0 02 0 .6 8 9 0 . 72 1 27 .5 07 0 .3 3 1 25 後半 0 . 99 3 0. 00 1 0 .0 74 0 .0 40 25 .3 54 0 .4 43 25 前半 0 .9 8 8 0. 00 0 0 . 17 1 0 ,0 5 5 16. 2 55 0 .8 06 25 後半 0 . 97 8 0 .0 01 0 .6 3 8 0. 16 0 26 .9 50 0 . 21 3 25 前半 0 . 98 0 0. 00 1 1.3 4 5 0 . 22 7 15 .3 48 0 .9 33 25 後半 0 .9 9 6 0. 00 0 0 .3 49 0 .0 3 9 24 .4 05 0 .4 96 25 -54- J P -V a l ue 3 1.4 7 7 0 .0 0 0 37 . 127 0 .0 00 44 .4 96 0 .0 0 0 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 (3)操作変数:EXPt1),EQt11,BONDtlI,CALLtlI β 第 1 位分類 第 2 位 分類 第 3 位 分類 第 4 位 分類 前半 S .E . 0. 99 3 0, 00 1 γ S .E . 0 . 58 7 0. 06 3 J P rv a lu e 24 .4 90 I)ダ √ sf p -V a lu e 0 . 32 2 13 57 .8 12 0 . 00 0 後半 0. 994 0. 00 1 1.4 5 3 01 14 4 3 2 .7 56 0 .0 6 5 13 前半 0 . 984 0. 00 1 0 .9 13 0. 10 7 18. 83 8 0 . 128 13 後半 0. 99 2 0. 00 1 0 . 15 7 0. 05 5 25 .54 6 0 .0 20 13 前半 0. 98 7 0. 00 0 -0 .0 57 0.0 8 4 後半 0 . 99 1 0. 00 1 13. 48 5 0 .4 1 1 13 0 .3 74 0 .0 9 7 2 3. 36 9 0 .0 37 13 0. 35 4 前半 0. 98 2 0. 00 1 2. 26 1 18. 8 17 0 .6 57 13 後半 0 . 994 0 .3 17 0 .3 75 0 、0 6 7 2 4. 59 3 13 0. 00 0 4 2 .0 93 0 .0 00 39 .5 05 0 .0 0 0 77 .6 63 0 .0 0 0 (4)操作変数:EXPt2) β 第 1 位 分 類 第 2 位 分 類 第 3 位 分 類 第 4 位 分 類 S .E , γ S .E . ノ p - V a lu e 上)ダ 前 半 0 . 9 9 6 0 . 00 1 0 . 6 0 3 0 .0 44 2 0 . 6 5 9 0 .00 4 7 後 半 0 . 9 9 6 0 .0 0 1 0 . 6 0 9 0 .0 59 1 0 . 7 0 7 0 .15 2 7 前 半 0 . 9 9 2 0 . 00 1 0 . 4 1 9 0 .0 48 9 . 0 1 7 0 .2 51 7 後 半 0 . 9 9 7 0 .0 0 1 0 . 1 4 8 0 .0 77 1 0 . 3 0 9 0 .17 2 7 前 半 0 . 9 9 2 0 .0 0 1 0 . 4 0 3 0 .05 6 6 . 9 8 6 0. 43 0 7 後 半 0 . 9 9 6 0 .0 0 1 0 . 1 7 4 0 .0 72 1 0 . 8 8 1 0 .14 4 7 前 半 0 . 9 9 3 0 .0 0 1 0 . 6 5 0 0 .09 2 1 1 . 7 0 1 0. 1 11 7 後 半 0 . 9 9 6 0 .0 0 1 0 . 3 1 4 0 .05 4 1 1 . 0 6 8 0 . 13 6 7 J -S t P r v a lu e 2 2 . 6 9 1 0 .0 00 2 5 . 5 5 5 0 .0 00 2 1 . 8 8 2 0 .00 0 2 7 . 6 1 6 0 .00 0 前半期間:1982年1月一1990年12月,後半期間:1991年1月-2002年4月 操作変数の説明:EXP支出の変化率(対前四半期)、EQ株価指数の変化率(対前四半期)、 BOND債券指数期間利回り(3ケ月)、CALLコール金利(四半期ベース)、括弧内の数値は 操作変数のラグ次数。 S.E.:標準偏差.p-Value:検定統計量の♪値、DF:過剰識別制約の数(=J統計量の自由度)、 !ノ統計量、1-虜:構造変化テストに関する!統計量 一55- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 以上、オイラー方程式をもとに各所得階層世帯の相対的危険回避度 を推定してみたO 操作変数の選択方法によっては相対的危険回避度が 1を上回るケースも見られたが、多くの場合では相対的危険回避度は 1を下回っていた。もし、CRRA型の効用関数が家計の効用関数を 適切に描写していれば、バブル崩壊以前から予備的貯蓄のインセンティ ブを持っていたことになる。この傾向は特に低所得・中所得階層の世 帯で顕著であった。高所得階層の世帯では、バブル崩壊以前の時期に おいて相対的危険回避度が1を上回るケースがみられたことから、高 所得階層の世帯は株式保有などでリスクを増大させても、リスク・バッ ファーの蓄積を行うのではなく、将来資産の蓄積を期待して現在の消 費を増大させていた可能性が示唆される。90年以降になると、第4位 分類の世帯の危険回避度も1を下回る傾向が顕著になり、また、中所 得階層の世帯でも相対的危険回避度の低下が見られたO このことから、 バブル崩壊以降においては、高所得階層の世帯もリスクの増大に備え て貯蓄を積み増す傾向へと変化し、中所得階層はさらにこの傾向を強 めた可能性があるO 一方、低所得階層については逆に相対的危険回避 度が1を上回るケースが見られる。このような結果が得られた原因と して、低所得階層の世帯は所得の低下によって貯蓄を積み増す余裕さ えなかったことなどが考えられる。 消費変化率の決定 表3、表4では相対的危険回避度が1を下回り、予備的貯蓄のイン センティブが消費平準化のインセンティブを上回っていた可能性が示 唆されたO しかし、これは金利等の変化に関する代替効果を表した結 果かもしれないO そこで、所得のリスクの増大が貯蓄を増大させ、消 費の成長率を高めていたかどうかを検証するために、消費成長率を所 -56- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 得のリスク変数で回帰してみたO 回帰式は次のようなものであるO ご・ . .. △C什1=α。十∑α1,んγ佃-′7+∑α2,高十卜ゐ+∑α3,拙+1一九 九=0 /i=0 /∼=0 e. .・ +∑α。詔+1-力+∑α5,万町… わ=0 か=0 ここで、△C什1は対前四半期の消費の変化率、γは金利、戸は株価変 化率、タは賃金変化率である。町十トカとrLトカはそれぞれ株式お よび貸金のリスクの代理変数で、1年間毎のロールオーバーで求めた 株価上昇率および貸金上昇率の分散を用いている。また、リスクの規 模は同じでも、株価や賃金所得の上昇時と下落時では消費の成長率に 与える影響が異なる可能性があるため、過去1年間の間に株価や賃金 所得が上昇したときに1をとる係数ダミーをリスク変数に導入し、上 昇時と下落時の間で違いが見られるかを検証したO 推定結果は表5に示してあるO 表の左側は株価や賃金の上昇時・下 落時の区別をせずに株式や賃金のリスク変数を説明変数に入れて推定 をした結果であり、右側は株価や賃金の低下時を表す係数ダミーを導 入して推定した結果である。ここでは、1期前までのラグ変数を含め た。カッコ内の数値が変数のラグ次数を示している。 第4位分類世帯を除けば、同時点での金利の係数は正で有意である。 このことから、金利変化が貯蓄に与える代替効果が示唆される。また、 所得が低い世帯ほど、金利に対する消費の反応度は高い。一方、第4 位分類世帯については、金利の係数がマイナスであり、金利変動が貯 蓄に与える資産効果が示されている。低所得・中所得階層については 金利上昇が資産蓄積のインセンティブを高めて貯蓄を促す傾向がみら れ、その傾向は所得水準が低い世帯ほど顕著であるO 一方、高所得階 -57- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 層では、資産効果から金利上昇によって貯蓄を減らしている可能性が 示唆される。これは表3、表4の結果と整合的である。 表5 所得のリスクが消費の成長率に与える影響 (第1位分類世帯) 定 数 前 半 後 半 前 半 後 半 推 定 値 推 定 値 推 定 値 推 定 値 -0 . 10 ネ 金 利 t01 0 . 8 3 コ ホキホ 金 利 (1 1 0 .0 0 0 . 6 6 コ やヰホ 0 . 1 2 ホ 0 .8 5 糾 * -0 .03 0 . 70 糊 ホ -0 .13 0.0 2 0 .00 0.0 1 0 .00 0 .0 1 ホ 0. 00 0 .0 1 0 .00 0 .0 1 糾 ホ 0 . 2 2 串 " 0 .3 1 * * * 0 . 2 0 ホ* * 0 .3 1 * H 0 . 1 7 ネ* * 0.0 6 0 .20 * * ネ 株 式 リ ス ク (0 ) 0 .15 0 . 6 6 ホネ* 株 式 リ ス ク tl 〉 0 . 9 1 * ホホ 貸 金 リ ス ク 10 1 4 1 . 6 5 ホホホ 賃 金 リ ス ク 11 ) -9 .93 株 価 変 化 率 (0 ) 株 価 変 化 率 (1 ) 賃 金 変 化 率 10 ) 貸 金 変 化 率 lH -0 . 1 5 * - 0 . 6 0 * * ホ 6.4 8 0 .00 0 .03 -0 . 2 1 0 .79 0 .9 6 糊 ホ 4 8 . 0 0 ホホ 1 5.4 8 ホ* * - 0 . 8 2 * * * 23 .15 * 4 .38 -19 .99 係 数 の合 計 株 式 リ ス ク ダ ミ ー (0 ) 0 .19 0 .0 0 株 式 リ ス ク ダ ミ ー 1 1) -0 . 0 1 16 .00 賃 金 リ ス ク ダ ミ ー (0 1 -3 .89 貸 金 リ ス ク ダ ミ ー tl) 9 .54 R 2 0 .8 3 0. 77 係 数 の 合 計 0 .34 ** ネ 3 6 .9 4 * * * 1 8 . 1 8 * ホホ 榊 ネ -0 .0 1 7 . 2 5 ポホホ 9 5 8 1 .31 0 4 1 8 .89 1 .0 9 0 8 4 0 .8 1 (第2位分類世帯) 前 半 後 半 前 半 後 半 推 定 値 推 定 値 推 定 値 推 定 値 定 数 0 .0 6 金 利 (0 1 0 . 7 6 小用 金 利 (1 1 0 . 3 2 コ ホホ 0 . 5 1 ホホ -0. 50 * * ホ 0 .00 0 . 7 8 串頼 0 .2 8 0 . 5 7 糾 ホ - 0 . 18 -0 .50 株 価 変 化 率 川 ) 0 .0 0 0 .0 2 0 .0 1 0 .0 1 株 価 変 化 率 tlI 0 .0 0 0 .0 1 0 01 0 .0 1 貸 金 変 化 率 (0 1 0 . 4 1 ホネホ 0 . 4 8 ネ* * 0 . 3 7 * * ホ 0 . 4 7 糊 ネ 賃 金 変 化 率 ( 11 0 .0 2 0. 2 1 * * 0 .0 2 0 . 1 9 * 株 式 リ ス ク (0 ) 0 .6 8 0 .8 1 * * 0 .0 7 1 .3 0 * * 株 式 リス ク(1) 0 . 54 0 . 5 9 * 0 .0 2 - 1 . 1 0 ホホ -0 . 15 貸 金 リス ク(01 16 .8 4 4 6. 44 * ネ -15 .7 5 貸 金 リス クtlI -12 .0 7 - 5 4 . 4 2 和睦 3 . 11 40 .17 - 5 5 . 9 7 ネ* 係 数 の 合 計 株 式 リス クダ ミー 川 ) 係 数 の 合 計 0 .00 賃 金 リ ス ク ダ ミ ー (0 1 -0 .0 3 0 .3 5 2 0 . 2 6 * * ホ 0 .09 1 .3 6 貸 金 リ ス ク ダ ミ ー (1 1 -4 .7 3 0 .02 - 1.4 7 株 式 リ ス ク ダ ミ ー tl ) R 2 0 . 61 0 .4 4 0 .6 4 -58- ホ* 0 .15 - 0 .0 6 0 .10 0 .4 5 4 . 10 ネネ 2 .4 5 2 . 8 3 ホ 4 . 9 1 ホホ 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 (第3位分類世帯) 前 半 後 半 前 半 後 半 推 定 値 推 定 値 推 定 値 推 定 値 0 .52 * * 定 数 0. 08 0 .5 1 * 0 ,0 1 金 利 tO I 0 . 5 2 舶用 0 . 17 0 .54 * * * 金 利 (1 1 0. 0 1 -0 . 17 0 株 価 変 化 率 (0 1 0. 00 -0 .0 1 0 .0 1 0 .0 1 株 価 変 化 率 11 1 -0. 0 2 - 0 . 0 2 * 0 .0 2 -0 .02 貸 金 変 化 率 (0 1 0.4 1 コ ー* ホ 賃 金 変 化 率 tl I 0. 0 1 株 式 リ ス ク †0 ) 1. 1 5 0 . 6 9 榊 ホ -0 . 18 * 0 .17 -0 .17 04 0 . 3 8 糾 キ 0 .67 -0 .17 0 .04 0 . 36 - 1. 38 * ホ -0 . 39 -2 .09 賃 金 リ ス ク †0 ) -8 .9 3 - 1. 66 - 1 4 9 4 貸 金 リ ス ク (1 ) 2 1 .30 3 1. 44 3 8 .23 **ネ * 0 .83 1 .79 * * 株 式 リ ス ク tl I ネ *相 -0 .8 7 35 .9 5 ネ 6 .70 係 数 の 合 計 係 数 の 合 計 株 式 リ ス ク ダ ミ ー (0 1 -0 .1 9 6 .51 * * 0 .0 4 株 式 リ ス ク ダ ミ ー †1 1 1 .82 0 . 17 8 .26 * * * 0 .2 6 0 .9 1 貸 金 リ ス ク ダ ミ ー (0 1 5 .3 1 0 .28 2 .8 2 2 .19 貸 金 リ ス ク ダ ミ ー ( 1) 9 . 9 7 ホ 1 .87 4 .7 3 0 .0 1 R 2 0 .5 8 0 .6 3 0. 44 0 .4 5 (第4位分類世帯) 前 半 後 半 前 半 後 半 推 定 値 推 定 値 推 定 値 推 定 値 0 . 5 9 * * ホ 0 . 5 5 * * ホ 定 数 0. 04 金 利 (0 ) 0. 58 … 金 利 (1 ) 0. 18 0 . 07 株 価 変 化 率 (0 1 0 . 0 2 * 0 . 02 株 価 変 化 率 (1 1 0. 0 1 0 . 0 0 * 貸 金 変 化 率 (0 1 1 . 4 7 * * ネ 1 . 1 8 * * * 賃 金 変 化 率 (1 1 0 .1 1 - 0. 23 0 . 18 0 .2 1 株 式 リ ス ク (0 1 -0 .0 2 - 0. 13 -0 .4 4 0 .0 3 株 式 リ ス ク t1 1 0 .1 1 0. 5 1 0 .4 5 賃 金 リ ス ク (0 ) -8 .6 3 8 5. 16 貸 金 リ ス ク (1 ) 22 .4 3 -8 2. 04 - 0 . 5 9 * ホ 0 .0 3 -0 .60 -0 .74 **ホ 0 .2 5 0 . 11 0 ,0 1 -0 .0 2 0 .00 -0 .0 1 コ ホ 1 .50 串相 1 3 1 ネ* * ネ* * 0 .4 6 - 1.9 9 - 14 .7 1 1 0 1 . 8 8 榊 * 20 . 12 係 数 の 合 計 係 数 の 合 計 株 式 リス ク ダ ミー 川 ) 0 . 16 0 .50 -0 .4 3 0 .68 株 式 リ ス ク ダ ミ ー ( 11 0 .0 1 1 .3 1 0 .0 4 0 .7 1 貸 金 リ ス ク ダ ミ ー (0 ) 13 .4 1 -9 9 . 7 4 * * ホ 貸 金 リ ス ク ダ ミ ー i lI R 2 0 .7 1 0. 34 0 .7 2 0 .00 0 .0 1 - 8 7 . 4 2 ホホ 57 .4 4 0 .70 0 .48 0 .3 7 軸ホ、糾、ホ:それぞれ有意水準1%、10%でゼロから異なることを示す。括弧内の数値はラグ 次数、「係数の合計」は、係数ダミーが付与されていない項の係数と係数ダミーの係数の和に関 する∬2検定統計量である。 ー59- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 株価の上昇は、バブル崩壊以前において、同時点での高所得階層の 世帯の消費変化率を増大させているが、バブル崩壊以降では影響が見 られなくなっている。賃金所得の増大はどの世帯でも消費変化率を増 大させており、特に高所得階層の世帯において影響が大きい。 所得のリスクが貯蓄に与える影響を見てみると、係数ダミーを入れ ずに推定した場合には、株式リスクの増大が第1位分類世帯や第2位 分類世帯の消費変化率を増大させ、また、バブル崩壊以降では賃金リ スクの増大が第2位分類世帯の消費を増大させている。概して所得の 低い世帯において所得のリスクの増大が貯蓄を増大させる傾向が示唆 されている。 係数ダミーを入れてみると、1990年末までの期間では、全般的に賃 金成長率の下落時に消費成長率が高まる傾向が見られ、予備的貯蓄の 可能性が示唆される。なお、係数の合計に示されている数値は、係数 ダミーが付与されている項と付与されていない項の係数と係数ダミー の係数の和がゼロという制約に関するx2検定統計量である。1991年 以降では、第1位分類世帯や第2位分類世帯において、株価の下落時 に株式リスクの増大が貯蓄を増大させる結果が得られているが、賃金 については貸金の下落時に賃金リスクの増大が消費成長率を低下させ ている。低所得階層の世帯でこのような結果が得られたのは、賃金の リスクが高まっても賃金の下落によって貯蓄を積み増す余地が低下し たためかもしれない。一方、所得の高い世帯においては所得に関する リスクの高まりが消費成長率に与える影響は見られない。 注5) Hamilton(1994)を参照。 -60- 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 5.まとめ 長引く不況や雇用不安を背景に予備的貯蓄の高まりが指摘されてき たO 貯蓄は将来の予期せぬ支出のバッファーとなるため、将来の不確 実性が高まっているときに貯蓄が増大する可能性がある。しかし、リ スクの増大が所得の増大をともなっている場合には、消費平準化のた めのインセンティブが予備的貯蓄のインセンティブを相殺する効果を 持つため、必ずしも貯蓄を増大させるかどうかは分からないOリスク の増大によって貯蓄が増大する条件は、絶対的プルーデンスが絶対的 危険回避度の2倍を上回る場合であり、CRRA型の効用関数を想定 すれば、相対的危険回避度が1を下回る場合となる。 本稿では、家計の最適行動から導かれるオイラー方程式の検証によっ て相対的危険回避度を推定した。所得階層別にみてみると、バブル崩 壊以前では、高所得階層の世帯では消費平準化効果が予備的貯蓄のイ ンセンティブを上回り、リスクが増大しても将来所得の増大を期待し て現在の消費が増大し、その結果、貯蓄は低下していた可能性が示さ れた0 -方、低所得・中所得階層の世帯では、バブル崩壊以前から予 備的貯蓄のインセンティブのほうが強った。バブル崩壊以降では、高 所得階層の世帯でも予備的貯蓄の動機が高まり、また、中所得階層の 世帯では予備的貯蓄の動機をさらに高めていた可能性がある。逆に、 低所得階層の世帯では相対的危険回避度が1を上回るケースが見られ、 リスクの増大によって貯蓄が低下するという結果が示された。 消費成長率を所得のリスク変数を用いて回帰分析を行ってみると、 バブル崩壊以前では貸金リスクの増大によって貯蓄が増大していたが、 バブル崩壊以降では低所得階層の世帯において賃金の下落時に賃金リ スクの高まりが消費成長率を低下(貯蓄を減少)させている可能性が -61一 家計の貯蓄決定とリスクとの関係 示唆された。相対的危険回避度の推定と上記の結果から、低所得階層 の世帯では賃金リスクが高まっても賃金の下落によって貯蓄を増大さ せる余地が低下していた可能性が伺える。 【参考文献】 Arrondel,(2002),``Riskmanagementandwealthaccumulation behaviorinFrance,"EconomicsLetters,Vol.74,pp.187194. 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