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資料編2 - NIRA総合研究開発機構

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資料編2 - NIRA総合研究開発機構
別紙 2
2007.2.23
NIRA アジア金融プラットフォーム小委員会提言 資料編2
金融プラットフォーム構築のためのグランドデザインの必要性
わが国の金融サービス市場に必須のシステムインフラの1つとして、証券投資のプロセスを統
合的に「電子商取引化」する「電子プラットフォーム」のグランドデザインを具体的に描くこと
が必要となっていると考えられる。そこで、その必要性に関して、特に年金等の国際的な機関投
資家などユーザーの観点から見た場合のわが国証券市場のシステムインフラのあり方の議論を
紹介する。ここに述べられていることは専門家の間では当然のことではあろう。しかし一般には
あまり議論されたことがなく、今後の議論の深化のために必要な内容が含まれていると考えられ
るからである。なお、ここでいう「電子プラットフォーム」は、具体的に1つのシステムを構築
するのではなく、複数システムが上手に連携することでシームレスなオペレーションを可能にで
きるような枠組み(フレームワーク)の構築も含まれることに留意されたい。
項目
はじめに
P. 2
Ⅰ.電子プラットフォーム構築プロジェクトの効用
P. 2
1.ユーザーにとっての効用
P. 3
その1.高い流動性の確保
P. 3
その2.取引執行コストほか、コストの低減
P. 3
2.事業主体にとっての効用
P. 4
その1.ブレイクスルーによる、慣行的な業務プロセスの抜本的な見直し
P. 4
(1)商品属性による非効率
P. 4
(2)二重信託による非効率
P. 5
(3)小口分散による非効率
P. 6
その2.全体最適化による、ビジネスモデルの再構築
P. 6
Ⅱ.わが国金融サービス市場(証券市場)の「強み」と「弱み」
P. 9
1.わが国証券市場のフロント・ミドル・バックのオフィス機能の遅れ
P.12
2.機械化と電子化の違い
P.14
3.必要な、証券管理のポスト・トレード・プロセスの見直し
P.16
Ⅲ.ケーススタディ
P.20
1.ステート・ストリートの「プレ・トレード、トレード、ポスト・トレード」 P.20
2.ユーロクリアの「ハブ・アンド・スポーク」
P.21
3.ドイツ証券取引所グループの、垂直統合の「バリューチェーン」
P.23
まとめ
P.25
1
はじめに
2009 年の株券電子化をはじめとして、現在、わが国証券市揚において取引電子化への
取り組みが進展している。特にここ数年の CP・債券・株式へと続く証券電子化への取組み
は、わが国の市場システムインフラ高度化への重要な道標となるものであり、関係者の努
力に敬意を表するものである。ただ、わが国金融サービス市場全体の取引電子化への進展
についていえば、関係業界等の関係者の努力は多としつつも、市場全体の最適を求める誘
因がこれまでわが国の中に明確でなかったこともあって、基本的に既存の組織・体制を前
提として、業態ごと、企業ごと区々のタテ割り個別最適の達成に終始してきた感なしとし
ない。欧米の業務改革あるいは構造改革を伴った組織横断的なビジネスモデル構築と比較
して、ムダが多くサービスレベルが劣るとの指摘もなされてきたところである。
今後、後発のメリット、すなわちレガシーの呪縛のない中国ほかのアジア諸国が、国家
レベルで市場インフラの電子化に取り組んだ場合には、一気にわが国を凌ぐサービスレベ
ルを達成する可能性を否定し得ない。万一、そのような事態を招いた場合には、内外の投
資資金がより効率的なアジア市揚に向かうことになり、わが国の金融サービス市場はロー
カルマーケットに転落する可能性も完全には否定し得ないであろう。
かかる最悪の事態を回避するためには、既存の組織・体制あるいは既成概念に囚われな
い強いリーダーシップが必要とされよう。
アジア・ゲートウェイ構想が掲げる重点政策の1つ「日本の国際金融センター化」実現
のためには、わが国証券市場をはじめとする金融サービス市場における取引の電子化を、
ただ単純に「機械化」として捉えるのではなく、例えばそのスコープを、証券市場を例に
取ると、
「証券分析にはじまり、ポートフォリオ管理、投資計画から、売買取引、証券決済、
キャッシュフローマネジメント(資金管理)、さらには証券保管、会計・決算、税務、パフ
ォーマンス評価やディスクローズなどに至る一連の投資プロセス」全体に広げて、証券投
資サイクルを統合的に「電子商取引化」する、いわば社会インフラとしての「電子プラッ
トフォーム」の構築が必要となるであろう。そしてそのためには、グランドデザインを描
き出すための国レベルのプロジェクトが必要となるのではないか。
Ⅰ.電子プラットフォーム構築プロジェクトの効用
電子プラットフォーム構築は、年金基金に代表される機関投資家などのユーザーにとっ
ての効用と、信託銀行や証券会社、証券取引所などの事業主体にとっての効用とがある。
ユーザーにとっての効用は、高い流動性の確保と取引執行コストほかコスト全般の低減
であり、事業主体にとっての効用は、慣行的な業務プロセスを抜本的に見直す業務改革や
構造改革に繋がるブレイクスルー、換言するとビジネスモデル再構築への動機付けである。
2
1.ユーザーにとっての効用
厚生年金・国民年金の平成17年度収支決算は、厚生年金が 9,672 億円の黒字、国民年
金が 1,071 億円の赤字であった。国民年金は平成 14 年度以来、4年連続の赤字。厚生年
金についても積立金の取り崩しがなければ実質 5 兆 2,825 億円の赤字であった。17 年度
期中の積立金の取り崩し額は、厚生年金が 6 兆 2,497 億円、国民年金が 4,539 億円であ
る。
ことほど然様に、社会・経済が成熟化して、しかも少子高齢化を迎えたわが国において
は、近い将来多くの年金基金において収支決算が赤字となり、積立金の取り崩しが不可避
となるかもしれない。したがって今後年金運用最大の関心事は効率的なキャッシュフロー
マネジメントとなる筈である。キャッシュフローマネジメントのポイントは、高い流動性
の確保と取引執行コストの低減であるが、電子プラットフォーム構築はこれらに寄与する。
その1.高い流動性の確保
昨 2006 年1月、流動性の危機が現実のものとなった。システムの処理能カを上回るラ
イブドア株式の売買集中によって、取引所が取引停止に陥った際、技術的な問題も然るこ
とながら「ITガバナンス」の重要性が指摘された。
電子プラットフォームの構築は、まさしく「ITガバナンス」そのものであり、事業継
続計画の遂行とその継続的改善活動によって、高い流動性を確保する効用がある。
その2.取引執行コストほか、コストの低減
いま 1 つのポイントは取引執行コストの低減である。キャッシュフローマネジメントに
おいては時価ベースの基本ポートフォリオ、すなわち国内債券・国内株式・外国債券・外
国株式などの基本となる資産構成割合を維持しつつ、如何に効率よく資金化を図るかが課
題である。まず、余裕資金を短期資産として滞留させておくことは非効率であり不可。し
たがって極力フルインベストメントの状態とすることが基本となるが、いったん資金化が
必要となった場合には、時価ベースでのポートフォリオの構成を極力変化させないように
全資産をスライスするように切り出すこととなり、多種多様な銘柄をほぼ同時に売却等し
なければならないことになる。したがって、運用資産の規模が大きくなればなるほど、運
用担当者は、そういう場合に生ずるマーケットインパクト(自らの売買等により生じる不
利な値動き)を含む取引執行コストを抑えて如何に最良執行を実現するかに腐心すること
になる。
今日、米国では電子商取引の一環としてアルゴリズムトレーディングが普及し始めてい
る。それはコンピュータが大口の注文を細分化のうえ最適な価格や数量を瞬時に判断して
売買執行する手法であり、マーケットインパクトを抑制することができる。人手を介さな
3
いので秘匿性を確保することもできる。多数当事者が参加する社会インフラとしての電子
プラットフォーム構築は、今後世界中で常態化するであろうアルゴリズムトレーディング
を実効あるものとして、取引執行コストの低減に寄与する。そして、今後激化するであろ
う、欧米などとの市場のシステムインフラ間競争への対応力をつけることにもなると考え
られる。
2.事業主体にとっての効用
その1.ブレイクスルーによる、慣行的な業務プロセスの抜本的な見直し
ゼロベースの発想によって全体最適化を図る取り組み:
電子プラットフォーム構築のための国レベルのプロジェクトの必要性について言及した
が、それは、日本のみならずアジアと世界に広がる機関投資家などのサービスの利用者の
立場に立ち、彼らのニーズに応えるべく、競争力のある金融サービスを提供するための基
盤を創造するために必要と考えられるからである。したがって、既存の組織・体制あるい
は既成の商品を前提として、ただ単純に業務プロセスを機械化するものではなく、「事務処
理のスピードアップ」、「省スペースによる保管コストの削減」、「データベース化による情
報共有の拡大」などの電子化のメリットを最大限に引き出すべく、ゼロベースの発想によ
って全体最適化を図る取り組みでなければならないであろう。すなわち、慣行的な業務プ
ロセスを抜本的に見直す業務改革あるいは構造改革に繋がるブレイクスルーとしての効用
を前提として、見直しを行う必要があると考えられる。
例えば、証券投資サイクルにおける、既存の組織・体制あるいは既成の商品を前提とし
た業務プロセスの機械化には、多くの非効率がある。たとえば商品属性による非効率であ
り、あるいは二重信託による非効率であり、はたまた小口分割による非効率などがある。
(8
ページの「証券投資サイクル」の図表参照)
これらの非効率(証券投資サイクルにおける3つのムダ)を排除することによって、証
券分析にはじまり、ディスクローズなどに至る一連の投資プロセスに係るリードタイムを
短縮することができる。リードタイムの短縮はすなわち原価低減であり、そのプロセスに
参加する金融サービス業者(投資顧問業者・資産管理信託業者・証券保管振替機関・証券
会社・取引所・信託銀行)の企業価値を高めるのみならず、投資家や資金調達者などユー
ザーのコスト負担低減として社会に還元することができる。
(1)商品属性による非効率
証券保管振替機構のホームページに「わが国特有の決済環境を前提としたSTP1の実現」
と題する、同機構決済照合システムのコンセプトに関するつぎのような記述がある。
1
ストレート・スルー・プロセシングの略称。
4
「機関投資家取引において、運用を行なう機関と運用財産の管理を行なう機関が別とい
う形態は、わが国に限らず欧米等においてもよく見うけられるものですが、特定金銭信託
取引において信託銀行が運用内容の確定を行なう権限・義務を負っているという点はわが
国特有のものと言えます。そのため、わが国特有の決済環境を前提としたSTPの実現を
目指し、本システムを開発いたしました。」
わが国の機関投資家による証券投資の太宗を占める特定金銭信託スキームにおいては、
受託者責任あるいは自己執行義務の観点から、受託者である信託銀行が投資顧問会社から
の運用指図書に基づき運用内容の確定を行ない、証券会社に対して売買報告書の承認を与
える建前をとっている。しかしながら決済リスク削減のために「T(トレードデート)+
1」への決済期間短縮が叫ばれている今日、このような規制緩和以前からの商品属性に由
来する
わが国特有
の業務プロセスは、プロセスの迅速化の要請によって形骸化を免れ
ないであろう。電子プラットフォームの構築を契機として見直しを図る必要があると考え
られる。
(2)二重信託による非効率
現在わが国の資産管理機関は 3 つの金融グループごとの非上場の子会社であって、各々
が属する金融グループ内の信託銀行が言わば窓口となり、資産管理機関へ再信託する二重
信託方式、あるいは両社の共同受託方式をとっている。これまた
わが国特有
のもので
ある。
このような受託方式について、厚生労働省所管の年金シニアプラン総合研究機構の平成
17年度調査研究報告書「資産管理機関に関する研究一海外主要年金基金における事例調
査を中心に一」は、つぎのように問題点を指摘している。
「日本においてこれまでは従来顧客が運用機関の選定とは別に資産管理機関を選択する
ことが出来なかったが、投資顧問業法の改正により、仕組み的には運用と管理業務を併せ
て受託する信託商品において、年金基金などの顧客が運用と管理機能を分離させ、それぞ
れ別の機関へ受託させることが可能となったことにより、資産管理機関の受託競争はいっ
そう激化する可能性が出てきた。その意味では資産管理機関サイドから提供サービスの拡
大といった資産管理業務の進展が期待されるところであるが、一方現実問題として親会社
との強力な資本関係が有り従来同様それぞれの金融グループの中で資産管理機関が位置付
けられるとするならば、今後の資産管理業務の進展は各金融グループにおける経営判断に
影響されることになりその動向を図ることは困難といえる。」
一般的に、重層的な管理構造においては、責任関係が暖昧になったり非効率が生じたり
し勝ちであり、資産管理機関の経営上のポイントである「専業特化した経営」の実現、あ
るいは「明確なビジネスモデルと採算性」の確保の観点から、電子プラットフォーム構築
を契機として、二重信託ほか、これまでの受託方式の妥当性を検証する必要があると考え
られる。
5
(3)小口分散による非効率
欧米の例から推し量り、装置産業としての資産管理業務において「規模の経済」を実現
するためには、1,000 兆円超の資産集約が必要不可欠となると考えられるが、わが国にお
いては各々の預かり資産規模が百数十兆円程度の資産管理機関 3 社に小口分散しており、
いまだ「規模の経済」は実現していない。また3社の ROE は、実質的に2%台あるいは1%
台であることから、単体では「競争に必要な継続的設備投資」が難しくなる可能性もなし
としない。
小口分散
(※は18年9月末)
17年度管理資産残高
17年度のROE
ユーロクリア
2,277兆円
8.5%
クリアストリーム
1,269兆円
18.0%
ステートストリート
1,164兆円
15.3%
※190兆円
1.3%
日本マスタートラスト信託
※169兆円
8.9%
《営業開始当初表明の500億
円に増資の場合、2%台》
日本トラスティサービス信託
※156兆円
2.8%
資産管理サービス信託
(注)ユーロクリア・クリアストリームの計数は 1ユーロ=145円、
ステートストリートの計数は 1ドル=115円換算
(出典:各社年次報告書および決算資料、NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
その2.全体最適化による、ビジネスモデルの再構築
ブレイクスルーとは、換言するとビジネスモデルの再構築である。わが国において電子
化は、
「STP」や「T+1」をテーマとした証券決済制度改革と同義に語られることが多い。
しかしながら、証券決済分野は投資プロセスの一部に過ぎない。
証券投資のライフサイクルには、
① 証券決済、すなわちトレードと、
6
② トレードに先立つ証券分析から計画策定までのプレ・トレード・プロセス、
③ 会計・決算、税務、パフォーマンス評価、ディスクローズなどを含む証券管理のポス
ト・トレード・プロセス
がある。
また、金融サービス業者の収入がどのプロセスから生じるかに関して、「投資プロセスか
ら得られた収入を分析した結果、24%はプレ・トレード、60%はトレード時、16%はポ
スト・トレードからの収入でした」との報告もある。(詳しくは 20 ページ参照)
それゆえ、収入の過半を占めるトレード、すなわち証券決済制度を中心に、電子化をビ
ジネスチャンスとして議論が進展することは至極当然なことであるが、市場取引全体を通
じて電子化のメリットを最大限に生かすためには、プレ・トレードやポスト・トレードを
含む「証券投資のライフサイクル全体としての最適化」を図る必要がある。さもなければ、
採算性の低いポスト・トレード、すなわち資産管理業務が、電子化のボトルネックとなる
リスクを否定し得ない。
これまでのところ、わが国の証券決済制度改革は、ここ数年来、重要な市場インフラ改
革として数々の成果を挙げてきているが、参加者システム相互の技術的な「接続問題」、
「イ
ンターフェイス問題」のレベルに止まる部分もあり、世界的環境変化に伴って見直すべき
関係機関におけるマネジメントシステムの見直しを含む全体最適化には至っていないと考
えられる。
ところで、平成 14(2002)年3月にとりまとめられた経済産業省の産業構造審義会第
三次提言「ネットワークの創造的再構築」は、インターネットの登場により水平的な機能
毎にアンバンドルされた
情報市場
が出現して、これを活用する産業のあり方を根本か
ら変革すると分析のうえ、日本的な垂直統合型の組織を解体し機能毎、水平型にアンバン
ドルすることを提言した。しかしながら、アンバンドルは直ちにビジネスモデルの構築を
意味するものではない。
規模の経済
を実現するための集約化や、ビジネスモデル再構築のためのリバンドル
が、必要不可欠であると考えられる。
電子プラットフォーム構築のための国レベルのプロジェクトが必要とされるのは、全体
最適化による、ビジネスモデルの再構築に繋げるためでもあるといえよう。
7
投資プロセス
証券決済制度改革のスコープ
プレトレード
(計画・是正)
トレード
(実行)
① 証券分析
電子プラットフォーム構築のための
国家的なプロジェクト創設の
スコープ
ポストトレード
(評価)
④ 注文・出来・約定
⑩ 証券保管
② ポートフォリオ管理 ⑤ 照合
⑪ 会計・決算
③ 投資計画
⑥ 清算
⑫ 税務
⑦ 決済(証券振替)
⑬ パフォーマンス評価
⑧ 決済(DVP決済) ⑭ ディスクローズ
⑨ 決済(資金振替)
(NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
証券投資サイクル
分析
計画
売買
照合
承認
清算・決済
保管
会計
評価
小口分散
のムダ
投資顧問
信託銀行
資産管理機関
承認
のムダ
二重信託
のムダ
証券保管振替機構
証券会社
取引所
プレトレード
トレード
ポストトレード
(NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
8
この「証券投資サイクル」の図表は、証券投資のライフサイクルにおける、業務プロセ
スと関係の事業主体の関わりを略記したものである。蛇行する矢印は、関係事業主体に跨
(またが)る業務の流れあるいはデータの流れをイメージしている。一般に非効率)発生
すると考えられる3箇所に、マークを施してみた。
(その具体的説明は 4 ページから 6 ペー
ジ参照。)
プロセスと収入
ポストトレード
プレトレード
16%
24%
トレード
60%
(出典:グローバルインベスター誌1999.4ステートストリート特集記事、NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
Ⅱ.わが国金融サービス市揚(証券市場)の「強み」と「弱み」
ここで、あらためて、わが国の現状について、以下に概観してみることとする。
ペンション・アンド・インベストメント誌 2006 年9月号によると、世界の5大基金は
以下の別表のとおりであり、わが国の年金積立金管理運用独立行政法人が資産残高 8,710
億ドルでダントツの1位。この年金積立金管理運用独立行政法人は、厚生年金と国民年金
の給付の財源となる年金積立金を管理運用する。
つぎに、国際取引所連合の 2005 年度年次報告書によると、別表のとおり、東証におけ
9
る国内株式の時価総額が、ニューヨーク証券取引所に次いで世界第2位。確かにわが国の
市場は大きい。
しかしながらIT革命やこれに連動した金融技術の高度化、さらには世界的な規制緩和
の動きに呼応した各国市場間の競争激化といった環境変化のなかで、市場間競争に直面し
ていることを意識することがこれまで少なかったわが国の証券投資や年金運用を支える
「証券市場のフロント・ミドル・バックのオフィス機能」は、個々の関係者・関係業態の
日々の努力にかかわらず、本格的な見直しが進まず、欧米と比べて劣っているとの指摘が
ある。
世界最大の年金基金
Name
Country
Assets($ billions)
1.Government Pension
Investment
Japan
871
2.Government Pension
Norway
236
3.ABP
Netherlands
227
4.National Pension
Korea
214
5.California Public
Employees
USA
196
Source: Pensions & Investments, September 2006
(注)1.は、年金積立金管理運用独立行政法人
10
世界第2位の時価総額
Exchange
USD bn / end-2005
1 NYSE
USD bn / end-2004
13,311
12,708
2 Tokyo Stock Exchange
4,573
3,557
3 Nasdaq Stock Market
3,604
3,533
4 London Stock Exchange
3,058
2,865
5 Euronext
2,707
2,441
6 TSX Group
1,482
1,178
7 Deutsche Borse
1,221
1.195
8 Hong Kong Exchanges
1,055
861
9 BME Spanish Exchanges
960
941
10 SWX Swiss Exchange
935
826
World Federation of Exchanges(国際取引所連合)annual report 2005
上場外国企業数
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
うちアジア企業
NY
433
461
472
466
459
452
446
53
LDN
448
409
382
381
351
334
315
43
SIN
63
68
67
76
25
122
150
10
東京
41
38
34
32
30
28
24
3
HK
11
10
10
10
10
9
資料:国際取引所連合の2005年度年次報告書ほかから作成
(NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
11
1.わが国証券市場のフロント・ミドル・バックのオフィス機能の遅れ
わが国で市場インフラの見直しが最も進んでいるのは、証券(CP/公社債/株券)の電
子化であるが、その他の市場インフラの、日本と将来のアジアをはじめとする海外の利用
者の観点に立った現代化が、まだ本格的には進んでいない。
たとえば、昨平成 18(2006)年にシステムトラブルが問題になった取引所の現行売買
システムに係る注文処理能カは、報告書の中で「現行の売買システムは海外取引所など国
際的な水準と比較して処理容量(拡張性)、処理速度(高速性)とも比較劣後の状態にあり」
としている(H18.4.21「次世代売買システムにおけるコアファクター」)。
いまだ記憶に新しいが、一昨年平成 17(2005)年の年末から昨 2006 年の年初にか
けて、取引所のシステムトラブルが発生した。
平成 17 年 11 月 1日、オンラインシステム障害により史上初全銘柄の取引が停止。
平成 17 年 12 月 8日、ジェイコム株大量誤発注に際してシステムのプログラムの一部
不具合から誤発注の取消しが不能に。
平成 18 年 1月 18 日、ライブドアショックに際してバッチシステムの処理能カの限界
から取引を全面停止。
このとき、技術的な問題とともに「ITガバナンス」の見直しの必要性が指摘された。
これを受けて、取引所は最高情報責任者 CIO を新設のうえ、役員待遇で公募を行った。
平成 18 年
1月 24 日、
金融庁は、証券取引所のあり方等に関する有識者懇談会を設置。
ただちに検討を開始した同懇談会は、昨平成 18(2006)年9月までに三次にわたる論点
整理を公表。平成 18 年 3月 31 日には、「証券取引所システム整備等に関する工程表」
を明らかにした。
システムの能カ増強の実績は別表のとおり。
12
システムの能力増強
東証/1日あたり注文件数
現行売買システム
次世代システム
「ニューヨーク証取は、
売買注文の受け付けや
約定、注文取り消しな
どの業務を1秒間に1万
3,000件処理でき
る。1時間の処理能力
は4,680万件にも
なり‥」(出典:
2006.1.20読売新聞)
620万件
(2005.10.11)
750万件
(2006.1.10)
900万件
(2006.5.22)
1,200万件
(2006.11.6)
1,400万件
(2007年秋予定)
1,700万件
2009年後半稼働予定
ニユーヨーク証取
拡張性/高速性
(出典:東京証券取引所「東証からのニュース」「社長記者会見」ほか)
(NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
現時点の東証の売買システムの注文処理能カは「工程表」公表時点の1日当たり 900 万
件から 1,400 万件にまで増強されている。システムの構築方法が異なる場合処理能力を単
純には比較できないが、1,400 万件は、1時間当たり 4,680 万件処理することができる
と報道されているニューヨーク証券取引所とは大きな開きがある。なお 2009 年の稼働を
目指している次世代システムでは、処理能力の増強を容易にする分散処理技術の導入を図
るなどして、拡張性あるいは高速性を世界の最高水準に引き上げることを目標としている。
取引所の処理能力強化は、世界的に、取引所間競争の死命を制するといわれる。近年世
界的に盛んになっているアルゴリズムトレーディングなどいわゆるプログラムトレーディ
ングの隆盛は、同じ銘柄の取引がさまざまな場所(取引所など)で可能となった結果とし
て生まれた取引手法であるが、複数の取引所の間の、瞬間瞬間の市場価格の差異に注目し
て、取引所間の裁定取引を超高速のコンピュータを利用して行う手法である。
わが国の取引所はいずれもこれまで世界的な市場間競争に加わっていたわけではなく、
その意味で処理能力の問題は最優先課題ではなかったかもしれない。しかし中長期的な観
点から言えば、取引所のみならず仲介業者である証券会社や資産管理機関などにとっても、
システムの更新は莫大な費用を伴うが、仮にそれに対応できないことは、仲介機関にとっ
て顧客に対して負っている最良執行義務を果たせないことを意味しかねない。
13
取引の執行の迅速性を追及する世界中の機関投資家にとって、証券売買仲介機関、資産
管理機関、証券取引所、およびそれらを繋ぐ IT コミュニケーションシステムを、それらの
能力とサービスに基づいて選択する時代に入っているといえよう。仮に、能力面で劣後す
るシステムを使い続けた場合には、裁定取引を専門とするトレーダーに裁定取引の機会を
易々と与えてしまうことにもなりかねない。
わが国の証券市場をはじめとする金融サービス市場と市場インフラが、そのような世界
的競争に参加するのであれば、(そしてそれは不可避であると考えられるが)このような問
題は、国レベルの問題として考えるべきことであろう。
2.機械化と電子化の違い
ここで注意しなければならないのが「機械化」と「電子化」の違いである。「機械化」と
「電子化」のこの両者の違いを十分理解していなければ、一連の業務プロセスを電子商取
引として統合的に管理するという今日的課題を解決することはできない。
ちなみに「機械化」とは、これまでの業務プロセスをそのままに単純に手作業をシステ
ムに置き換えることである。これに対し真の「電子化」とは、
「事務処理のスピードアップ」
「省スペースによる保管コストの削減」「データベース化による情報共有の拡大」など電子
化のメリットを最大限に生かすために、これまでの業務プロセスそのものをゼロから見直
す業務改革、換言するとビジネスプロセス重視のビジネスモデル構築でなければならない。
それは現代的にいえば、世界中に広がるであろう顧客に対して、顧客が当然要求する最良
執行義務を満たすための必要条件である。しかしながら、規制緩和後のこれまでのわが国
における、自前主義を廃したアンバンドルおよび専門性強化の動きは、残念ではあるが多
くの場合「機械化」の域を超えていないと考えられる。
一方、グローバル・カストディアンとして電子商取引のリーディングカンパニーを目指
した米国ステート・ストリートの業務改革や、ドイツ証券取引所グループのビジネスプロ
セス重視のビジネスモデル構築は、正しく「電子化」そのものであると考えられる。
先ほども触れたように、わが国証券市場における「電子化」すなわち電子プラットフォ
ーム構築の遅れは、技術的な問題も然ることながら、「ITカバナンス」すなわちマネジメ
ントの問題であると考える必要があろう。
ところで、企業や政府機関の業務・システム最適化のための方法論として EA(エンター
プライズ・アーキテクチャ)がある。EA のフレームワークには①政策・業務体系、②デー
タ体系、③適用処理体系、および④技術体系の4つの要素があるが、EA の方法論によって
電子プラットフォームの構築を捉えると、ポイントは技術体系ではなく、政策・業務体系
である。業態ごと、企業ごと区々の「電子化」の非効率を排除して、ビジネスモデルを構
築するためには、技術的な問題も然ることながら、業務プロセスの、ゼロベースの発想に
よる見直しが、必要不可欠である。
14
機械化と電子化
「機械化」
「電子化」
(既成の組織・体制、既存の商品が前提)
業務改革・構造改革
機能中心
サービス中心
専門性強化
ビジネスモデル構築
個別・部分最適化
全体最適化
大型汎用機
分散型、オープン化
ステートストリート、
ドイツ証券取引所グループ
(NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
業務システム最適化
EAのフレームワーク
≪現状≫
≪あるべき姿≫
As Is
To Be
<個別最適>
① 政策・業務体系
(Business Architecture)
<合成の誤謬>
② データ体系
(Data Architecture)
③ 適用処理体系
(Application Architecture)
<全体最適化>
ムダの排除と
ビジネスモデル
再構築のための
業務プロセスの
抜本的見直し
④ 技術体系
(Technology Architecture)
(NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
15
3.必要な、証券管理のポスト・トレード・プロセスの見直し
証券投資のライフサイクルには、証券決済すなわちトレードと、トレードに先立つ証券
分析から計画策定までのプレ・トレード・プロセス、および会計・決算、税務、パフォー
マンス評価、ディスクローズ(情報開示)などを含む証券管理のポスト・トレード・プロ
セスがある。それらの中で、トレードの証券決済制度改革などと比べて、業務改革が相対
的に遅れていると考えられるのは、証券管理のポスト・トレード・プロセスである。
取引所の問題が顕在化し業務改革が加速したのに対して、証券管理のポスト・トレード・
プロセスの中核を担う資産管理機関については、これまでのところ問題が顕在化しておら
ず、そのためか業務改革は緒に就いていない。なお、ここで付言すれば、資産管理業務の
原型は、無券面化以前の紙の証券の「物流」のマネジメントである。
そもそもわが国において、紙の証券を前提とした資産管理業務は、機関投資家が証券投
資を積極化させた 80 年代に、信託および生保商品の構成要素として、各信託銀行および保
険会社のなかに内製化された。
2000 年代に入り、規制緩和および折からの金融再編などから、運用・管理の機能分離
が進み、百数十兆円規模の3つの資産管理機関として、系列化したのである。
証券の無券面化と業務の効率化が進む欧米の例から推し量り、資産管理業務は、資産残
高が干兆円規模に達するまで「規模の経済」は働かないということができよう。
わが国の 3 つの資産管理機関は、ICSD(国際証券決済機関)であり同時に資産管理機関
でもあるユーロクリアやクリアストリーム、あるいは代表的なグローバル・カストディア
ンである米銀ステート・ストリートと比較すると、相対的に余りにも小規模である。
また、彼ら欧米勢のアジアに対する熱意と戦略は並々ならぬものがあると見受けられる
のに対して、資産管理機関の業務の対象は、国内中心である。
3つの資産管理機関の詳細は別表のとおり。
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3つの資産管理機関
日本マスタートラスト
信託銀行
日本トラスティサービ
ス信託銀行
資産管理サービス信託
銀行
営業開始日
平成12年5月9日
平成12年7月25日
平成13年1月30日
資本金
100億円
510億円
500億円
・三菱UFJ信託銀行
46.5%
・日本生命保険 33.5%
・明治安田生命保険
10.0%
・農中信託銀行 10.0%
・りそな銀行 33.33%
・住友信託銀行
33.33%
・三井トラストホール
ディングス 33.33%
・みずほフィナンシャ
ルグループ 54%
・第一生命保険 23%
・朝日生命保険 10%
・明治安田生命保険
9%
富国生命保険 4%
約169兆円
約156兆円
約190兆円
出資者
平成18年9月末現在
の管理資産残高
(出典:各社決算資料ほか、NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
ところで、金融庁の証券取引所改革と軌を一にして、厚生労働省傘下の年金積立金管理
運用独立行政法人が、委託者である『年金プランスポンサー』の立場から、資産管理機関
の集約化に着手する動きがあり、これは効率的でコスト対効果の高い運用資産の委託先の
存在が不可欠であることと関係があるものと推測される。
昨年度平成17年度に年金積立金管理運用独立行政法人は、委託調査研究として年金シ
ニアプラン総合研究機構に対して「資産管理機関の集約化の意義と具体的手法に関する研
究」を委託した経緯がある。なお、この年金積立金管理運用独立行政法人は、内外の資産
管理機関に関する研究(平成 18 年 3 月の報告書「資産管理機関に関する研究
−海外主
要年金基金における事例調査を中心に―」)にも着手している。
この独立行政法人は、平成18年度計画として「資産管理機関の集約化に着手するなど、
管理運用上必要な運用受託機関及び資産管理機関の見直しを行う」旨を明らかにしている
が、今までのところ具体的な動きはない。
ちなみに、資産管理機関の集約のあり方には 2 つのパターンがある。
1 つには、資産管理機関そのものによる寡占化であり、いま 1 つは、年金基金などの委
託者が 1 つの資産管理機関に全資産を集約する動きである。後者は、前者の誘因となる。
米国において、資産管理機関の集約、すなわち寡占化に先鞭をつけたのは、委託者であ
る『プランスポンサー』であった。
17
まず、プランスポンサーが、より競争力のある1つの資産管理機関に全資産を集約する
「マスターカストディ導入」という、極めて合理的な行動を起こした。
次に、資産管理機関が、
「マスターカストディ」を前提として、その付加価値サービスで
ある「マスタートラスト業務」としてのビジネスチャンスを求めた。
そして、資産管理機関が、折からの IT 革命による技術革新を謳い文句に、マスタートラ
スト業務の陣取り合戦を始めたのであり、フィーのダンピング競争に発展したマスタート
ラスト業務の陣取り合戦が、資産管理業務の寡占化を加速することになった。
真偽のほどは定かではないが、1992 年、ステート・ストリートが、カリフォルニア州
公務員退職年金基金のマスタートラスト業務を獲得したとき、それまでのフィー、16ベ
ーシスポイント(bp、万分の1)を、3bp にまで値下げしたと報道された。
現在、わが国資産管理機関は、同様の状況にあるといえよう。
米国においては、マスタートラスト業務の陣取り合戦と並行して、あえて 1 つの資産管
理機関に資産を集約することなく、複数の資産管理機関のデータを幹事となる資産管理機
関が統合管理する、「マスターレコードキーピング」のサービスが編み出されたが、その後
の資産管理機関の寡占化と電子化のうねりの中で、業務としての独自性を失いつつある。
年金積立金管理運用独立行政法人から調査研究を受託した年金シニアプラン総合研究機
構の平成17年度調査研究報告書「資産管理機関に関する研究(平成 18 年 3 月)」では、
「資産管理機関の理想像」として、資産管理機関の経営上のポイントを4点挙げている。
A.専業特化した経営、明確なビジネスモデルと採算性
B.豊かな業務経験と受託実績
C.高い信用カ
D.継続的な設備投資
しかしながら、わが国の3つの資産管理機関は、何れも窓口受託者である信託銀行ある
いは生命保険の共同出資による非上場の子会社であって、
「専業特化した経営」とは必ずし
もいえず、従業員の大半は出資元各社からの出向者であるようである。
さらに、年金シニアプラン総合研究機構の同上報告書は、資産管理機関の組織・体制上
の問題点について、つぎのように述べている。
「特に現状の日本の資産管理機関のように、資産管理機関の従業員の多くが親会社から
の出向という状況では業務へのモチベーションが働きにくいという実情からはなお一層の
工夫が必要となってこよう。」
金融グループの非上場子会社であり、従業員の大半が出向者であるとの現状から推し量
って、資産管理機関自らによる問題解決は至難の業と思われる。したがって、公共財であ
るわが国証券市場のインフラを維持、改善するとの国レベルの見地から、「必要な継続的設
備投資」確保のために、現在 3 つある資産管理機関のあり方の見直しを検討する必要があ
るのではないかとも考えられる。
おって、資産管理機関のビジネスモデルについては、NIRA 研究報告書として 2007 年
18
3月に出版の『アジア域内国際債市場創設構想』第八章「8-2.わが国資産管理機関のビジ
ネスモデルに対する考察」を参照。
(以下、当該部分の抜粋)
(注)NIRA 研究報告書『アジア域内国際債市場創設構想』第八章「8-2.わが国資産管理機
関のビジネスモデルに対する考察」
「Ⅶ.対応策
わが国資産管理専門信託銀行がそのビジネスモデルを確立するためには、
その前提として、何はさて置き、市場原理に基づく企業統治の実現を図る必要がある。そ
の上でビジネスドライバーとして資産運用の業務プロセスを確立する以外に解決策はない
のではないか。
つぎに、わが国市場をアジアの金融拠点にするためには、わが国資産管理機関全体として、
業務・システム最適化を図る国家プロジェクトを創設する必要があろう。
A.市場原理に基づく企業統治の実現
元請け下請けの運命共同体的な重層構造においては、
「経済合理性」というサーキットブ
レイカーが働かない。
「規模の経済」の効用のみを追求した終わりのない消耗戦は、結局の
ところ顧客にとっての不幸に働くことになるのではないか。
何はさて置き、資産移管元である信託銀行および生命保険による非上場、共同出資形態を
改めて上場を果たすことにより、独立企業体として経営の独立性を確保するとともに、市
場原理に基づく企業統治の実現を図る必要があろう。
B.国レベルのプロジェクトの創設
資産管理業務には、金融資本市揚に係わる情報処理基盤の提供という公共性を追求する側
面と、個別委託者の利便性追求という 2 つの側面があるが、標準化を旨とする前者と個別
最適化を旨とする後者とでは自ら業務プロセスが異なり、二兎を追う信託銀行の経営効率
を殺ぐ結果となっているのではないか。言うまでもなく公共性の追求において差別化は無
意味であり、公共財としてひたすら標準化とコスト削減を図る必要があると考えられる。
したがって、広く信託銀行は公共性の追求を「信託大連合」で実現し、個々には委託者の
利便性追求に特化すべきではないだろうか。
資産管理機関の集約の可能性を排除しない機関のあり方の見直しついては、
「過度の集中リ
スク」を唱える向きがあるが、木を見て森を見ない議論であるといえないか。わが国市場
をアジアの金融拠点にする観点から積極的な議論を展開の必要がある。
ちなみに、ステート・ストリートは、情報システムおよび通信のための経費として、年間
300 億円から 500 億円、時として 600 億円近くを支出している。
資産管理サービス信託銀行は、平成13年度決算短信において、資本金を 250 億円から
500 億円に増資した理由を「資産管理業務の本格化及び今後年間 100 億円規模のITシ
ステム投資二一ズ等に対応した事業基盤の拡充を目的としたもの云々」としているが、平
成 21 年1月実施目標の株券電子化のみならず、国際的な市場間競争の高まりに対応して
わが国金融市揚の競争力を強化し、その国際的地位の向上を図るためには、各社バラバラ
19
に 100 億円程度を投資したのでは焼け石に水であろう。CSD の機能を含むわが国資産管
理機関全体として、業務・システム最適化を図る、1,000 億円規模の国レベルのプロジェ
クトを創設する必要があるということがいえるのではないか。
まさに、デジタル化された資産管理の業務情報は、これまでの本券現物を前提とした物
流とは本質的に異なり、ITネットワークを通じて直ちに外部から捕捉されあるいは脅威
を受けるリスクが存在する。したがって、国民の生命と財産を守る国家安全保障の観点か
らも、本邦資産管理機関のあり方を検討することも重要であろう。
」
Ⅲ.ケーススタディ
海外における資産管理機関あるいは証券決済機関を含む一連のビジネス・セグメントの
業務の改革・再編・効率化のあり方のベストプラクティスには、
①「プレ・トレード、トレード、ポスト・トレード」、
②「ハブ・アンド・スポーク」、
③「バリューチェーン」
、の3つのパターンがある。要約は以下のとおり。
1.ステート・ストリートの「プレ・トレード、トレード、ポスト・トレード」
グローバルインベスター誌 1999 年4月号によると、米銀ステート・ストリートを世界
屈指のグローバル・カストディアン、かつ電子商取引のリーディングカンパニーにまで業
務変革したマーシャル・N・カーター元 CEO(現ニューヨーク証券取引所議長)は、「投
資プロセスから得られた収入を分析した結果、24%はプレ・トレード、60%はトレード時、
16%はポスト・トレードからの収入でした。当社の事業戦略は、トレード時およびプレ・
トレードに照準をあわせた商品開発を推進することです。これこそが当社がクレディ・ス
イス・ファースト・ボストンから「ラティス」を購入し、アスカリ社とプリンストン・フ
ァイナンシャル社を買収し、「ボンドコネクト」を開発した理由です」と語った。
同CEOは 90 年代の後半にそれまでのポスト・トレード中心の業務プロセスを抜本的に
見直して、プレ・トレードからトレード時、ポスト・トレードに至る一連の投資プロセス
全体を、情報処理の技術を駆使して一体的に管理・運営する新たなビジネスモデルを構築
したのである。
同誌はさらにつぎのように続けている。
「カーター会長は、ポートフォリオ・マネージャーが
プレ・トレード、トレード時およびポスト・トレードにそれぞれ何を必要とするかを示したチャ
ートを持っている。プレ・トレードのチャートには、ポートフォリオ管理のソフトウェア、経済
のファンダメンタルズに関するデータ、ニュース、および分析などの項目が並んでいる。トレー
ド時は、取引管理ツール、オーダー・ルーティングおよび国際債券取引の執行などの項目がある。
20
これらの項目の上には、ブリッジ、ブルームバーグ、BARRA、SS&C、マグレガー、メリン、
ITG、ロイターなどの企業名が記載されている。ポスト・トレードのチャートには、すべてのビ
ジネス・セグメントにおいてステート・ストリートの名前が記載されている。
」
プレトレード/トレード/
ポストトレード
プレ・トレード
○ポートフォリオ管理
○ファンダメンタルデータ
○ニュース
○市場データ
トレード時
○トレード管理ツール
○取引指図の流れ
○グローバル株式取引執行
○グローバル債券取引執行
○セキュリティーズ・レンディング
○通貨取引執行
ポスト・トレード
○電子取引確認 ○カストディー ○パフォーマンスと分析
○ポートフォリオ/ファンド会計 ○日々の時価情報
○コンプライアンス・モニタリング ○税金関係情報
(出典:State Street Corporationホームページ、NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
2.ユーロクリアの「ハブ・アンド・スポーク」
ベルギーのブリュッセルにある ICSD(国際証券決済機関)のユーロクリアは、2001 年
1月フランスの CSD(証券決済機関)シコバムと合併、さらに 2002 年9月英国の CSD
クレストと合併。ICSD(国際証券決済機関)であるユーロクリア自らを中心に置いて各国
CSD(証券決済機関)がユーロクリアとリンクを結ぶ、水平統合の「ハブ・アンド・スポ
ーク」方式を提唱している。ここで注目すべきは、欧州において、ICSD(国際証券決済機
関)は、同時に資産管理機関であり、銀行でもある点である。
ユーロクリアの「ハブ・アンド・スポーク」方式に先立つ 2000 年9月、システム統合
などを目的として、パリ証券取引所とアムステルダム証券取引所およびブリュッセル証券
取引所が合併し、ユーロネクストを設立した。これも水平統合である。2006 年6月、ユ
ーロネクストはニューヨーク証券取引所を運営するNYSEグループとの合併を発表した。
21
このような証券取引所の世界規模での寡占化は、電子化による既存の組織・体制の見直
しを先取りする動きとして捉えるべきとも考えられる。
ハブ・アンド・スポーク
ベルギー
CSD
クレスト
英国
CSD
Crest
CIK
ユーロクリアネザーラント
ハブ
ユーロクリアバンク
ICSD
ユーロクリアフランス
フランス
CSD
シコバム(SICOVAM)
オランダ
CSD
Necigef
CSD=Central Securities Depository
=中央証券保管振替機関、
証券決済機関
ICSD=International Central
Securities Depository
=国際証券決済機関
(NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
22
3.ドイツ証券取引所グループの、垂直統合の「バリューチェーン」
ドイツ証券取引所傘下のクリアストリームは、ルクセンブルグの ICSD(国際証券決済機
関)セデルとドイツの CSD(証券決済機関)ベルゼクリアリングとの合併により 2000
年1月に誕生した。ドイツ証券取引所を中心としたグループは、取引から決済、管理に至
る垂直統合により、一連のバリューチェーンを構築しようとしており、数億ユーロを投じ
て清算、決済、保管のプラットフォームを構築しつつある。
おって、ドイツ証券取引所グループの取り組みについては、フランクフルト市のつぎの
ような広報記事がある。
「ドイツ証券取引所株式会社は、ずっと以前から単なるドイツ証券
取引所であるだけなく、先端技術をもつ企業や投資家に、グローバル資本市場への道を開
く各種業務を行う企業です。その商品とサービスは、どのライバルよりも広範囲にわたっ
ています。株式と先物取引の注文処理から、マーケット情報の入手、電子取引システムの
開発・運営に至るまでのプロセス全体における業務を行っています。そのプロセス重視の
ビジネスモデルは、資本市場の効率を向上させています。つまり、有価証券発行者は資本
コストを抑えることで、そして投資家は高い流動性と低い取引手数料によって利益をあげ
ています。ドイツ証券取引所グループの 3,200 人以上のスタッフがヨーロッパ、アメリカ、
アジアの顧客にサービスを提供しています。」
ドイツ証券取引所グループには、
「現物取引市場、先物取引市場、マーケット情報と分析、
取引・決済・管理、およびIT(情報科学技術)」の、5つのビジネス・セグメントがある
(「フランクフルト・アム・マインの町」ホームページから引用)。とりわけ注目に値する
のが、マーケット情報と分析のセグメントである。
ドイツ証券取引所は 1999 年 6 月以降、株価指数であるDAXの算出に、電子取引シス
テム「Xetra」の価格のみを用いることとして、株価指数を経営資源としたのである。
マーケットの収益率との対比によってパフォーマンス評価するベンチマーク運用により
説明責任を果たすことが主流となった今日、市場収益率の構成要素となる株価などの指数
は運用者の必需品となっている。すなわち今日の運用は統計処理抜きに語ることはできず、
日々の株価などを二次加工した時系列データに対して排他的な権利を主張することにより、
まったく新しいビジネスチャンスが生まれるのである。
それは、紙の証券のような物の移動を収益機会としていた物流関連業務から、統計処理
を収益機会とする、いわば物流から情報処理への経営環境の変化に対応したビジネスモデ
ルの構築であり、これは、日本においても、大いに学ぶべき発想の転換であるといえよう。
23
バリューチェーン
システム
ドイツ証券取引所
子会社
② 現物取引市場
① IT
ユーレックス
(情報科学技術)
③ 先物取引市場
ドイツ証券取引所
⑤ マーケット情報&
分析
クリアストリーム
④-3.管理
クリアストリーム
④-1.清算
クリア
ストリーム
④-2.決済
(出典:フランクフルト・アム・マインの町ホームページ、NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
バリューチェーン
ビジネス・セグメント
ドイツ証券取引所グループ
①
IT(情報科学技術)
システム子会社(100%)
②
現物取引市場
ドイツ証券取引所
③
先物取引市場
ユーレックス
④-1.清算
④-2.決済
クリアストリーム
(100%子会社)
④-3.管理
⑤
マーケット情報&分析
ドイツ証券取引所
(出典:フランクフルト・アム・マインの町ホームページ、NIRA研究会小委員会メンバー有志作成)
24
まとめ
アジア・ゲートウェイ構想が掲げる7つの重点政策のうちの1つである「日本・アジア
の金融資本市場機能強化」すなわち日本をアジア・世界の国際金融センターにするために
は、何はさて置き、証券市場をはじめとするわが国金融サービス市場の足腰をしっかりと
鍛えなければならない。
したがって、そのためには、官邸のリーダーシップを基礎として、早急にこれまでわが
国で実行されてきた各種市場インフラ整備のプロセスにヨコ串を刺し、
「証券分析にはじま
り、ポートフォリオ管理、投資計画から、売買取引、証券決済、キャッシュフローマネジ
メント、さらに証券保管、会計・決算、税務、パフォーマンス評価やディスクローズなど
に至る、一連の投資プロセス」を統合的に電子商取引化する「電子プラットフォーム」構
築のための、国レベルのプロジェクトを創設する必要があると考えられる。
ここで特に注意すべきは、電子化による情報の流れは、これまでの証券の本券現物、つ
まり紙を中心とする物流とはまったく異なり、地理的・物理的な制約がなく、情報共有の拡
大により、いちはやく機関投資家など需要サイドの要求が世界規模で標準化することであ
る。そして、この需要サイドの要求に対する、わが国供給サイドのビジネス感応度が、わ
が国市場の趨勢を決めることになる。
一般に、ビジネス感応度は収益性と連動することから、証券投資プロセスにおいて留意
しなければならないのは、収益性の低い「ポスト・トレード・フェーズ」である。
したがって、国レベルのプロジェクトとして、わが国に構築すべき金融プラットフォー
ムのグランドデザインを明らかする上でも、その重要な構成要素たる資産管理機関につい
て、その機能と組織のあり方の抜本的な見直しを行う必要が出てくると考えられる。そし
て特にポスト・トレード・フェーズの機能の整備・強化については、最優先課題として十
分議論を尽くすべきではないかと考えられる。なお、そこにおいては、アジア域内クロス
ボーダー市場の将来を見据えて、わが国を拠点とするアジア・ゲートウェイとしてのグロ
ーバル・カストディアンと同グローバル・カストディアンをハブとするアジア・セトル(ア
ジア発の ICSD)の機能のあり方についても、検討の対象になるのではないか。
(「資料編2(別紙 2)」は、NIRA 研究会小委員会のメンバー有志によって、独自・独立の
立場から、今後の議論の深化のための資料提供を目的として、作成されたものである。)
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